さて、月での戦いにボロ負けした東風谷早苗は、八坂神奈子による猛特訓の真っ最中。
「今日は特別講師をお招きしたよ。己の弱さを見事に克服して、異変解決を成し遂げた英雄サマのお出ましだ」
「えッ……今回の異変って、もう解決しちゃったんですか? 特訓が無駄に終わってしまった……」
「あまーい! 勝って兜の緒を締めよ、負けて悔しい花いちもんめ……次の戦いはもう始まってると思いねぇ」
「戦いは当分コリゴリで……かっ、神奈子様! アタマ! 頭から耳が!」
ふと気づくと、神奈子の頭上で二本の兎耳がゆらゆら揺れていた。
イーグルラヴィの襲撃か? それとも中途半端なコスプレ趣味か?
どちらも否。神奈子の背後から顔を覗かせたのは、件の特別講師にして、先の異変の解決者。その名も……。
「シロさん!? なぜシロさんがここに……逃げたのですか? 自力で幻想入りごふっ!?」
「彼女はエア○セではない」
「なんか物凄く懐かしいネタを聞いた気がするわ」
神奈子の腹パンで悶絶する早苗を眺めつつ、シロっぽい兎――鈴仙・優曇華院・イナバは感慨深げに呟いた。
「くっ、私が時代錯誤かつ理不尽極まる特訓を課せられている間に、よりにもよってアナタに手柄を奪われるとは……!」
「早苗、もう一発いっとくかい?」
「ひっ……! す、すみません神奈子様ゆるしてくださいお願いします土下座でも何でもしますから!」
「……とまあこんな具合なので、ひとつ根性を叩きなおしてやって貰いたいワケよ」
「なるほど、大体の事情はわかりました。保護者の方に同席されると指導の効果が見込めませんので、この場は私にお任せください」
「そうしましょう。ではよろしくね」
退席する神奈子を見送った後、鈴仙は微笑みながら早苗の方に向き直った。
「弾幕は根性……だっけ? 何それ超ウケるんですけど」
「勝手にウケててください。少なくとも、怪しげなクスリに頼るよりは何倍もマシです」
「まあそう云わずに、コイツを試してみなさいって」
そう言って鈴仙は、持参した小行李から小さな瓶を取り出した。
中に込められているのは、何やら怪しげな蛍光色の液体で……マジ面妖!
「兎角同盟製薬マル秘印抗鬱薬に更なる改良を施し、服用者の精神を神の領域にまで到達させるハイパー超人薬……名付けてパワースペック・フォー!」
「パッ、パワースペック! 言葉の意味は分かりませんが、そこはかとなくファンタスティックな響き!」
「私が作りました」
「アナタがですか? 八意永琳さんじゃなくて?」
「永琳さま……? その力を私がすでに超えてしまっている現実。まだ教えるには忍びない……かな……」
顔をしかめる早苗をよそに、鈴仙はここぞとばかりに調子に乗りまくる。
念のため申し上げておくが、彼女はまったくの素面である。念のため。
「コレを用いれば、アナタのトーフ谷メンタルも向上改善間違いなし。東西南北中央風谷スーパー早苗の爆誕よ」
「ヒトの苗字で遊ばない! 第一、そんな胡散臭いクスリ飲めるワケないでしょうがっ!」
「飲まなきゃ実験にならないでしょーが。一体全体何の為に、この私がワザワザ山登りまでして、こんなところまで来てあげたと思ってるの?」
「私に退治される為ですね! うりゃー覚悟ごふっ」
勇敢にも躍りかかる早苗であったが、鈴仙の狙い澄ました腹パンに迎撃され、ナメクジの如く地を這う破目に陥った。
なめえもんは関係ない。念のため。
「くっ……チキンハートな鈴仙さんの分際で、何という落ち着き払ったインターセプト……」
「フッフッフ……数多の激戦で鍛え上げられた私のメンタルはまさに鋼。かのスティーブ・ロジャースに勝るとも劣らないと、界隈では専らの評判よ」
「マン・オブ・スティールという事ですか……」
「それ違う人じゃん」
本編と全く関係の無い話で恐縮ではあるが、ここ最近幻想郷において、星条旗めいた衣装に身を包んだ人物が目撃されていると、専らのウワサである。
興味を抱いた方は、月間コンプエースにて好評連載中の東方三月精をチェックしてみよう。
「私に少しでも近づきたいのであれば、コイツをぐいっと一飲みしちゃって、アイキャンドゥーディスオールデイな根性を身に付けるしかないってコトよ」
「まず、それを飲む為にガッツが必要って話ですよ。ユニクロに着ていく服がない的な……そもそも、副作用とかは大丈夫なんですか?」
「ああ、それなら心配には及ばないわ。ただ、アナタのその鈴奈庵仕様なスレンダーボディが、ステレオタイプなR-18わがままボディに変わるだけのことで……」
「副作用ってレベルじゃねーですよ! むしろそっちがメインなのでは!?」
使用上の注意を守ってくだされば安全です――この手の薬によくある注意書き。
特に意味はない。
「健全な精神は、健全な肉体にこそ宿る……とは限らないけれど、健全であることに越したことはないでしょ?」
「あらゆる意味で不健全ですよ! そんなクスリに頼るなんて……ダメ。ゼッタイ。です!」
「ふーん。それじゃあアナタは、あの意味が有るんだか無いんだか分からないような特訓モドキを続けて、貴重な青春時代を無為に消費したいってワケ?」
「人生台無しにされるよりはマシです! もう帰ってくださいよ!」
激昂した早苗は、手元にあったダンベル、アブトロニック、ワンダーコアといったトレーニング用品を投げつけた。
……が、それらは全て鈴仙にキャッチされ、逆に投げ返される始末。力の差は歴然といったところか。
「やれやれ。どうやら薬に対する偏見を取り除くところから始めなければならないようね」
「偏見もベッケナーもありませんよ。こんなものに手を出したが最後、皆から何て言われるやら……」
「ちょっと想像してみましょうか」
“ねえ魔理沙? 最近の早苗って、なんかイケてると思わない?”
“ホントだぜ。あのブルンブルン揺れるミラクルフルーツときたら、どっかの貧乳巫女とは大違いで……ああッ痛い! やめるんだぜ霊夢!”
「なんだ、全然問題無いじゃん」
「どうしてその二人なんですか! 第一、そんなの都合良過ぎますって! 今の二人なら、もっとこう……」
“ねえ魔理沙? 早苗のヤツ、なんだかロクでもないクスリに手を出しちゃったみたいよ?”
“マジかよ、幻滅だぜ……やっぱり霊夢がナンバーワンだな。レイマリこそが宇宙の真理だぜ”
“んっ……ちょっと魔理沙、いけないわこんな昼間から。しかもここ人里よ……”
“かわいいぜ霊夢……皆に見せ付けてやろうぜ”
「こうです! こうなるに決まってますって!」
「どんなシチュエーションなのよ……」
「私的にはレイサナ以外ありえないので、鈴仙さんには頑張って魔理沙さんを陥落(おと)して頂きたいところですねえ」
「ここ最近の公式展開のみならず、アナタまで鈴仙×魔理沙をプッシュしてくるとは……これも時代の流れというヤツかしら」
“魔理沙……もう霊夢とキスはしたの? まだだよねェ。初めての相手は霊夢ではないッ! この鈴仙だ――ッ!”
“ううっ、水筒での間接キッスはノーカンなのだぜ……ちょっとドロ水で口を洗ってくるぜ”
“口を洗うならイイ薬があるわよ。はい、どうぞ!”
“サンキュー鈴仙。グビッ、グビッ……うおっ!? 薬を飲んだ途端に、強靭な精神と豊満な肉体が備わったぜ! この薬は一体!?”
“私が作りました”
“流石は私の鈴仙! 永琳よりも天才だぜ! こんな素晴らしい薬、飲まないヤツは大馬鹿者としか言い様がないぜ!”
「魔理沙もこう言ってる事だし、早苗もそろそろ覚悟を決めたら?」
「イマジナリー魔理沙さんの証言なんざアテにならねーんですよ! っていうか、いきなり話を戻さないでください!」
「私も色々と忙しい身だからねえ。例のEXTRAな展開も控えているし……」
「ずるいです。エコヒイキです。私も参戦したいです」
「だったらこの薬を飲みなさい。そうでなければ、新たな舞台(ステージ)に上がる資格など与えられないわ」
「アナタ何様!?」
勝ち誇ったような笑みを見せ付ける鈴仙。
憤る早苗であったが、対抗する術など持ち合わせてはいない。現実はガチでキビシイのである。
「このまま狭い世界で朽ちてゆくか、それともパワフルでストロングなワールドに飛び込んでゆくのか! さあ、選びなさい!」
「私は……くっ、私は今のままで十分です」
「懐と安とは実に名を敗る。貴方は安心を求め成長を妨げているように見える」
「それ、誰かの受け売りですか?」
「うっさいわね。現状に満足せず、常に向上心を持って行動する……それこそが兎角同盟の心意気というモノよ」
「うーん……」
早苗は迷っていた。
幻想郷に来てはやホニャララ年。こういった誘いは二度目であった。
得体の知れない怪しげな薬。胡散臭い兎。
「その時、早苗に電撃が走る……」
「走りませんよ! 勝手にナレーション入れないでください!」
「ノリ悪いなあ。アナタそれでも長野県民なの?」
「なんでですか! 長野は関係ないでしょう!」
長野は無関係……。
でも、この機会は偶然なのだろうか。それとも……。
そう思っているうちに口が勝手に開いた。
「あの……鈴仙さんが先に飲んでくれるならいいですよ」
「えッ……それってまさか、口移しでっていう?」
「違いますよ! 先に毒見をしろと言ってるんです! 飲んだ途端に爆発したら困りますからね色々な意味で!」
「国士無双の薬は関係ないでしょう! いい加減にして!」
「そんな逆ギレは要らねーんですよ! さあ飲め! 飲んでみせろ!」
勢いに任せて飛びかかる早苗! 迎撃の腹パンを紙一重でかわし、そのまま鈴仙の腕を掴む!
さあ、薬の奪い合いだ! 二人の全年齢向け鈴奈庵ボディが艶かしく絡み合い……まだ健全!
と、ここで瓶の蓋が外れて……パワースペック・フォーが怒涛の如く注ぎ込まれた! どこに!?
「ンムーッ!?」
早苗の口だ! 中に出された! 中出しだ!
「ふっ……梃子摺らせてくれるわね」
「ンーッ! ンムッ、ンムムムーッ!」
「こうやって口を手で塞いで……鼻も摘んじゃったりして」
「!!!!?!?!??!!!?!?」
必死に耐える早苗であったが、河豚の如く膨らんだ頬をモミモミされたとあっては、もはや抗い難し。
ブルーハワイと青汁の風味を併せ持った蛍光色の液体が、無情にも嚥下されてゆく。
「ゲーッ! グエーッ! ゲホッ、ゴホッ……エエ~ッ!?」
「いや、そんな深秘録魔理沙めいた驚愕の表情で見つめられても……まあ、紺珠伝魔理沙の無表情よりはマシだけど」
「……………………」
「やらんでいい! つうか余裕あるのねアンタ」
四つん這いのまま見上げてくる早苗に対し、鈴仙は渋い顔を見せる。
と、次の瞬間! 地鳴りの如き不吉な音を伴って、早苗の全身が小刻みに震え始めたではないか!
「ななな何が始ままままるんででです?」
「すばらしいことだよ」
「ううう嘘ですゼッタイ大惨事でででででウアアアアアアアアアァ!?」
サナエッサナエッという不気味なオノマトペを伴いながら、早苗の全身が淡い緑色の光に包まれていく。
彼女のシルエットが激しく伸縮し始めるのを、鈴仙は固唾を呑んで見守った。実体化したオノマトペが飛来しようとも、彼女は意に介さない。
光の烈しさが最高潮を迎え、流石の鈴仙も正視に耐え難くなった頃、ぼやけていた輪郭が明確に人の形を取り戻した。
「ウオーッ!」
雄叫びと共に光が発散し、人型の存在――おそらくは東風谷早苗であろう者が、その姿を露にする。
彼女がよろめきながら立ち上がるのを、鈴仙は恐る恐る見守って……やがて見上げる事となった。
その身長は優に2メートルを超え、発達した筋肉組織と相まって優美なラインを描いている。
また、装束から零れ落ちんが如くに膨張したバストは、鈴仙がかつて対峙した地獄の女神の謎球体を彷彿とさせた。
「……って、何ですかコレはー!?」
「う~ん……なんか想像してたのと違う……」
何より異様なのは、肌の色が毒々しい緑色へと染め上げられていた事であろう。
護謨鞠めいた胸部を抱えて叫ぶ早苗に対し、鈴仙は無責任としか言い様のない呟きで答える。
ステレオタイプなR-18わがままボディとは何だったのか。その疑問に明確な回答を示せる者は、そう多くない筈だ。たぶん。
「鈴仙さん……事情を説明して貰いましょうか」
「いま少し時間と予算を頂ければ……」
「弁解は罪悪と知りなさい! ウオーッ!」
「ごふっ……!?」
砲弾の如き早苗のボディーブローを受け、鈴仙は目を白黒させながら昏倒した。
三寸級のスペースデブリすら比較にならぬ程の破壊力。超人の名に相応しいだけの力が、今の早苗にはあった。
「さっきから妙に騒がしいけど、一体全体何を……うおっ!?」
様子を見に現れた神奈子へと、早苗の威圧的な視線が向けられる。
並の人間であれば、失禁卒倒不可避の一瞥。しかし神奈子は神であり、何より早苗の成長を心から願う者でもあった。
「あんなに貧弱貧弱ゥだった早苗が、まるでシーハルクのように逞しく……いや、グリッサ・サンシーカーも捨て難いわね」
「ウオーッ!」
「ごふっ裏切り者グリッサ……」
体色への配慮が行き届いたコメントに腹を立てたか、早苗は神奈子に対しても無慈悲な腹パンを決行する。
山坂と湖の権化とも謳われし彼女もまた、鈴仙と枕を並べて深い眠りに就く事と相成った。
「ひええ、こりゃあやべえ」
「ウオーッ!」
一部始終を覗き見していた洩矢諏訪子に対しても、早苗の矛先は向けられる。
賢明な諏訪子は、間一髪のところで地中へと退避。
しばし辺りを見回した後、早苗は人間離れした跳躍を繰り返しながら、妖怪の山を後にした。
幾度かの跳躍を経て、早苗は博麗神社の境内に“スーパーヒーロー着地”をキメた。
この着地はヒザに悪い。でもみんなあれをやる。
「何よアンタは!?」
突如現れた緑色の怪人に対し、掃き掃除をしていた博麗霊夢は素早く箒を放棄して、御札と針を取り出した。
……が、時すでに遅し! 瞬きひとつする暇も無く、早苗が尋常ならざるスピードで肉薄していたのだ!
「東方茨歌仙第十六話の恨み! ウオーッ!」
「ごふっ怒鳴っただけじゃん……」
怒りの篭った早苗の拳が、霊夢の腹部に容赦なくめり込む!
ムゴイ! あの時の彼女は実際乱暴であった。だが考えて頂きたい。ここまでされる謂れは無い!
「ああっ、霊夢がやられた! 一体何なんだオマエは!?」
泡を吹いて引っくり返る友の姿に、たまらず声を上げる霧雨魔理沙!
彼女の存在に気付くや否や、早苗は目にも留まらぬ速さで急接近!
「東方茨歌仙第十六話の恨み! ウオーッ!」
「ごふっ因果応報だぜ……」
当然の如く腹部に叩き込まれる拳! ここまでされる謂れは……どうだろうか?
まあ、悪く思わないで欲しい。一回は一回なのだから……。
「ウオーッ! ウオーッ! ウオーッ! ウオーッ!」
倒れ伏す二人を尻目に、早苗は勝利の雄叫びを上げる!
彼女の前にもはや敵は無し。神々よ震えて眠れ。ラグナロクは近い!
「アレ頭大丈夫かしら」
「こっちが聞きたいよ。アンタのお弟子さんの所為で、ウチの早苗があの始末だ」
茂みの中から早苗を窺う、謎の二人の姿あり!
一人は永遠亭の薬師、八意永琳。事の元凶である鈴仙が、師と仰ぐ人物である。
もう片方は先程逃亡した諏訪子。自身の手に余ると判断した彼女は、事態の収拾を永琳に依頼したのであった。
「まあいいわ。気付かれる前にさっさと仕留めちゃいましょう」
そう言って永琳は、愛用する弓に矢をつがえる。
「念のため聞いておくけど、それ当たっても大丈夫なヤツだよね? 早苗死なないよね?」
「死なないでしょ……多分」
「おい! 師弟揃って無責任かよ!」
諏訪子の非難をよそに、永琳は無表情のまま矢を放つ。
放たれた矢は、寸分過たず無防備な早苗の横顔へ――否!
彼女は超人的な反射神経でもって、ギリギリのところで矢を掴んでしまったのだ!
「ニマァ……」
茂みに潜む二人に向かって、渾身のドヤ顔を見せつける早苗!
千歳一隅の機会を逃し、もはや万事休すかと思われた、次の瞬間!
「ウオーッ!?」
鏃が爆発し、早苗の頭部が緑色の霧に包まれた!
これぞ天才・八意永琳が僅かな時間で作り上げた、超即効性の解毒剤(アンチ・パワースペック)である!
「ウオーッ!? ウオーッ! ウオーッ……うおぉ……」
一頻りもがき苦しんだ後、早苗は自らが手に掛けた二人と同様に、泡を吹いて昏倒した。
彼女のボディ、フェイス、そしてカラーも、元の鈴奈庵仕様へと回復している。万事解決!
「やれやれ、一時はどうなる事かと思ったよ」
「救い料、百億万円ね」
「金取るのかよ!? しかも私から!?」
「ローンも可よ」
「知るかっ!」
交渉の結果、なんとかタダにしてもらいました。よかったね!
さて、翌日の守矢神社では、再び早苗が猛特訓の真っ最中。
上半身は変じゃないTシャツ、下半身はスパッツというスポーティーな姿で、上体起こしを行っている。
「やはりっ、地道にっ、心身をっ、鍛えるのが……あ~しんどい!」
「コラッ、まだ二百回しかやってないのにへばらないの。早く起きないとスパッツに顔を埋めるわよ?」
「永琳さんにチクられたいなら、どうぞ」
「くっ」
早苗の足を押さえつつ、汗ばんだ股間に熱い視線を注いでいるのは……鈴仙だ!
諸悪の根源である彼女は、先の一件の償いとして、守矢神社へと無料で貸し出されてしまったのだ。
「しっかし体力無いわねぇ。そんな事じゃあ、犠牲になった霊夢と魔理沙が浮かばれないわよ?」
「えッ……あの二人、死んじゃったんですか? 鈴仙さんの薬の所為とはいえ、可哀想な事をしてしまった……」
「まあ、ピンピン生きてるんだけどね」
「紛らわしい言い方やめてください!」
鈴仙の態度に憤りを覚えつつ、早苗は自らの“暴走”について考えていた。
思い起こせば、かつて霊夢と魔理沙が凶暴化した件にも、今回のような怪しい薬めいたアイテムが関わっている。
怪力を得る代償として、性格が鬼のようになるという百薬枡……形は違えど、その効能はパワースペック・フォーと良く似たものであった。
「私、気付いたんです。いくら強大な力が備わろうとも、精神の強さが伴わなければ、それは単なる凶器に過ぎないと」
「精神も強くなったと思うけどなぁ。あの時の早苗ときたらもう、出会うヤツすべてを殴り倒さんが如くに……」
「アレはむしろ、私の弱さの顕れだと思っています。本当の強さとは、付け焼刃で身につくものでは無いのですね」
「そうは言うけれど、悠長な事を言ってたらアッという間に機会は過ぎ去ってしまうわよ? アナタそれでもいいの?」
「いいんです。例のEXTRAな展開とやらが、私にとって最後の機会という訳でもありませんから」
得意気に言い放つ早苗に対し、鈴仙は苦笑いしつつ肩をすくめてみせる。
紆余曲折はあったものの、“早苗の根性を叩きなおす”という神奈子からの依頼については、達成できたと言るだろう。
心残りがあるとすれば、自信作であったパワースペック・フォーの実験が、やや不本意な結果に終わってしまったことであろうか。
黙考の末、鈴仙は早苗に覆い被さって、耳元でそっと囁いた。
「また薬に頼りたいと言うのなら、新作のパワースペック・ナインをあげてもいいのだけど……」
「もう薬はコリゴリですよ……って、ナイン!? この短期間でフォーから進化し過ぎでしょ!」
「おっ、その反応は興味アリって感じ?」
「ありません! 何を出されようと、もう薬なんて飲みませんからね!」
「ええ、飲む必要は無いの。パワースペック・ナインは鼻からキメて……」
「それ駄目なヤツじゃないですか! ダメ。ゼッタイ。です!」
ダメだった。
「今日は特別講師をお招きしたよ。己の弱さを見事に克服して、異変解決を成し遂げた英雄サマのお出ましだ」
「えッ……今回の異変って、もう解決しちゃったんですか? 特訓が無駄に終わってしまった……」
「あまーい! 勝って兜の緒を締めよ、負けて悔しい花いちもんめ……次の戦いはもう始まってると思いねぇ」
「戦いは当分コリゴリで……かっ、神奈子様! アタマ! 頭から耳が!」
ふと気づくと、神奈子の頭上で二本の兎耳がゆらゆら揺れていた。
イーグルラヴィの襲撃か? それとも中途半端なコスプレ趣味か?
どちらも否。神奈子の背後から顔を覗かせたのは、件の特別講師にして、先の異変の解決者。その名も……。
「シロさん!? なぜシロさんがここに……逃げたのですか? 自力で幻想入りごふっ!?」
「彼女はエア○セではない」
「なんか物凄く懐かしいネタを聞いた気がするわ」
神奈子の腹パンで悶絶する早苗を眺めつつ、シロっぽい兎――鈴仙・優曇華院・イナバは感慨深げに呟いた。
「くっ、私が時代錯誤かつ理不尽極まる特訓を課せられている間に、よりにもよってアナタに手柄を奪われるとは……!」
「早苗、もう一発いっとくかい?」
「ひっ……! す、すみません神奈子様ゆるしてくださいお願いします土下座でも何でもしますから!」
「……とまあこんな具合なので、ひとつ根性を叩きなおしてやって貰いたいワケよ」
「なるほど、大体の事情はわかりました。保護者の方に同席されると指導の効果が見込めませんので、この場は私にお任せください」
「そうしましょう。ではよろしくね」
退席する神奈子を見送った後、鈴仙は微笑みながら早苗の方に向き直った。
「弾幕は根性……だっけ? 何それ超ウケるんですけど」
「勝手にウケててください。少なくとも、怪しげなクスリに頼るよりは何倍もマシです」
「まあそう云わずに、コイツを試してみなさいって」
そう言って鈴仙は、持参した小行李から小さな瓶を取り出した。
中に込められているのは、何やら怪しげな蛍光色の液体で……マジ面妖!
「兎角同盟製薬マル秘印抗鬱薬に更なる改良を施し、服用者の精神を神の領域にまで到達させるハイパー超人薬……名付けてパワースペック・フォー!」
「パッ、パワースペック! 言葉の意味は分かりませんが、そこはかとなくファンタスティックな響き!」
「私が作りました」
「アナタがですか? 八意永琳さんじゃなくて?」
「永琳さま……? その力を私がすでに超えてしまっている現実。まだ教えるには忍びない……かな……」
顔をしかめる早苗をよそに、鈴仙はここぞとばかりに調子に乗りまくる。
念のため申し上げておくが、彼女はまったくの素面である。念のため。
「コレを用いれば、アナタのトーフ谷メンタルも向上改善間違いなし。東西南北中央風谷スーパー早苗の爆誕よ」
「ヒトの苗字で遊ばない! 第一、そんな胡散臭いクスリ飲めるワケないでしょうがっ!」
「飲まなきゃ実験にならないでしょーが。一体全体何の為に、この私がワザワザ山登りまでして、こんなところまで来てあげたと思ってるの?」
「私に退治される為ですね! うりゃー覚悟ごふっ」
勇敢にも躍りかかる早苗であったが、鈴仙の狙い澄ました腹パンに迎撃され、ナメクジの如く地を這う破目に陥った。
なめえもんは関係ない。念のため。
「くっ……チキンハートな鈴仙さんの分際で、何という落ち着き払ったインターセプト……」
「フッフッフ……数多の激戦で鍛え上げられた私のメンタルはまさに鋼。かのスティーブ・ロジャースに勝るとも劣らないと、界隈では専らの評判よ」
「マン・オブ・スティールという事ですか……」
「それ違う人じゃん」
本編と全く関係の無い話で恐縮ではあるが、ここ最近幻想郷において、星条旗めいた衣装に身を包んだ人物が目撃されていると、専らのウワサである。
興味を抱いた方は、月間コンプエースにて好評連載中の東方三月精をチェックしてみよう。
「私に少しでも近づきたいのであれば、コイツをぐいっと一飲みしちゃって、アイキャンドゥーディスオールデイな根性を身に付けるしかないってコトよ」
「まず、それを飲む為にガッツが必要って話ですよ。ユニクロに着ていく服がない的な……そもそも、副作用とかは大丈夫なんですか?」
「ああ、それなら心配には及ばないわ。ただ、アナタのその鈴奈庵仕様なスレンダーボディが、ステレオタイプなR-18わがままボディに変わるだけのことで……」
「副作用ってレベルじゃねーですよ! むしろそっちがメインなのでは!?」
使用上の注意を守ってくだされば安全です――この手の薬によくある注意書き。
特に意味はない。
「健全な精神は、健全な肉体にこそ宿る……とは限らないけれど、健全であることに越したことはないでしょ?」
「あらゆる意味で不健全ですよ! そんなクスリに頼るなんて……ダメ。ゼッタイ。です!」
「ふーん。それじゃあアナタは、あの意味が有るんだか無いんだか分からないような特訓モドキを続けて、貴重な青春時代を無為に消費したいってワケ?」
「人生台無しにされるよりはマシです! もう帰ってくださいよ!」
激昂した早苗は、手元にあったダンベル、アブトロニック、ワンダーコアといったトレーニング用品を投げつけた。
……が、それらは全て鈴仙にキャッチされ、逆に投げ返される始末。力の差は歴然といったところか。
「やれやれ。どうやら薬に対する偏見を取り除くところから始めなければならないようね」
「偏見もベッケナーもありませんよ。こんなものに手を出したが最後、皆から何て言われるやら……」
「ちょっと想像してみましょうか」
“ねえ魔理沙? 最近の早苗って、なんかイケてると思わない?”
“ホントだぜ。あのブルンブルン揺れるミラクルフルーツときたら、どっかの貧乳巫女とは大違いで……ああッ痛い! やめるんだぜ霊夢!”
「なんだ、全然問題無いじゃん」
「どうしてその二人なんですか! 第一、そんなの都合良過ぎますって! 今の二人なら、もっとこう……」
“ねえ魔理沙? 早苗のヤツ、なんだかロクでもないクスリに手を出しちゃったみたいよ?”
“マジかよ、幻滅だぜ……やっぱり霊夢がナンバーワンだな。レイマリこそが宇宙の真理だぜ”
“んっ……ちょっと魔理沙、いけないわこんな昼間から。しかもここ人里よ……”
“かわいいぜ霊夢……皆に見せ付けてやろうぜ”
「こうです! こうなるに決まってますって!」
「どんなシチュエーションなのよ……」
「私的にはレイサナ以外ありえないので、鈴仙さんには頑張って魔理沙さんを陥落(おと)して頂きたいところですねえ」
「ここ最近の公式展開のみならず、アナタまで鈴仙×魔理沙をプッシュしてくるとは……これも時代の流れというヤツかしら」
“魔理沙……もう霊夢とキスはしたの? まだだよねェ。初めての相手は霊夢ではないッ! この鈴仙だ――ッ!”
“ううっ、水筒での間接キッスはノーカンなのだぜ……ちょっとドロ水で口を洗ってくるぜ”
“口を洗うならイイ薬があるわよ。はい、どうぞ!”
“サンキュー鈴仙。グビッ、グビッ……うおっ!? 薬を飲んだ途端に、強靭な精神と豊満な肉体が備わったぜ! この薬は一体!?”
“私が作りました”
“流石は私の鈴仙! 永琳よりも天才だぜ! こんな素晴らしい薬、飲まないヤツは大馬鹿者としか言い様がないぜ!”
「魔理沙もこう言ってる事だし、早苗もそろそろ覚悟を決めたら?」
「イマジナリー魔理沙さんの証言なんざアテにならねーんですよ! っていうか、いきなり話を戻さないでください!」
「私も色々と忙しい身だからねえ。例のEXTRAな展開も控えているし……」
「ずるいです。エコヒイキです。私も参戦したいです」
「だったらこの薬を飲みなさい。そうでなければ、新たな舞台(ステージ)に上がる資格など与えられないわ」
「アナタ何様!?」
勝ち誇ったような笑みを見せ付ける鈴仙。
憤る早苗であったが、対抗する術など持ち合わせてはいない。現実はガチでキビシイのである。
「このまま狭い世界で朽ちてゆくか、それともパワフルでストロングなワールドに飛び込んでゆくのか! さあ、選びなさい!」
「私は……くっ、私は今のままで十分です」
「懐と安とは実に名を敗る。貴方は安心を求め成長を妨げているように見える」
「それ、誰かの受け売りですか?」
「うっさいわね。現状に満足せず、常に向上心を持って行動する……それこそが兎角同盟の心意気というモノよ」
「うーん……」
早苗は迷っていた。
幻想郷に来てはやホニャララ年。こういった誘いは二度目であった。
得体の知れない怪しげな薬。胡散臭い兎。
「その時、早苗に電撃が走る……」
「走りませんよ! 勝手にナレーション入れないでください!」
「ノリ悪いなあ。アナタそれでも長野県民なの?」
「なんでですか! 長野は関係ないでしょう!」
長野は無関係……。
でも、この機会は偶然なのだろうか。それとも……。
そう思っているうちに口が勝手に開いた。
「あの……鈴仙さんが先に飲んでくれるならいいですよ」
「えッ……それってまさか、口移しでっていう?」
「違いますよ! 先に毒見をしろと言ってるんです! 飲んだ途端に爆発したら困りますからね色々な意味で!」
「国士無双の薬は関係ないでしょう! いい加減にして!」
「そんな逆ギレは要らねーんですよ! さあ飲め! 飲んでみせろ!」
勢いに任せて飛びかかる早苗! 迎撃の腹パンを紙一重でかわし、そのまま鈴仙の腕を掴む!
さあ、薬の奪い合いだ! 二人の全年齢向け鈴奈庵ボディが艶かしく絡み合い……まだ健全!
と、ここで瓶の蓋が外れて……パワースペック・フォーが怒涛の如く注ぎ込まれた! どこに!?
「ンムーッ!?」
早苗の口だ! 中に出された! 中出しだ!
「ふっ……梃子摺らせてくれるわね」
「ンーッ! ンムッ、ンムムムーッ!」
「こうやって口を手で塞いで……鼻も摘んじゃったりして」
「!!!!?!?!??!!!?!?」
必死に耐える早苗であったが、河豚の如く膨らんだ頬をモミモミされたとあっては、もはや抗い難し。
ブルーハワイと青汁の風味を併せ持った蛍光色の液体が、無情にも嚥下されてゆく。
「ゲーッ! グエーッ! ゲホッ、ゴホッ……エエ~ッ!?」
「いや、そんな深秘録魔理沙めいた驚愕の表情で見つめられても……まあ、紺珠伝魔理沙の無表情よりはマシだけど」
「……………………」
「やらんでいい! つうか余裕あるのねアンタ」
四つん這いのまま見上げてくる早苗に対し、鈴仙は渋い顔を見せる。
と、次の瞬間! 地鳴りの如き不吉な音を伴って、早苗の全身が小刻みに震え始めたではないか!
「ななな何が始ままままるんででです?」
「すばらしいことだよ」
「ううう嘘ですゼッタイ大惨事でででででウアアアアアアアアアァ!?」
サナエッサナエッという不気味なオノマトペを伴いながら、早苗の全身が淡い緑色の光に包まれていく。
彼女のシルエットが激しく伸縮し始めるのを、鈴仙は固唾を呑んで見守った。実体化したオノマトペが飛来しようとも、彼女は意に介さない。
光の烈しさが最高潮を迎え、流石の鈴仙も正視に耐え難くなった頃、ぼやけていた輪郭が明確に人の形を取り戻した。
「ウオーッ!」
雄叫びと共に光が発散し、人型の存在――おそらくは東風谷早苗であろう者が、その姿を露にする。
彼女がよろめきながら立ち上がるのを、鈴仙は恐る恐る見守って……やがて見上げる事となった。
その身長は優に2メートルを超え、発達した筋肉組織と相まって優美なラインを描いている。
また、装束から零れ落ちんが如くに膨張したバストは、鈴仙がかつて対峙した地獄の女神の謎球体を彷彿とさせた。
「……って、何ですかコレはー!?」
「う~ん……なんか想像してたのと違う……」
何より異様なのは、肌の色が毒々しい緑色へと染め上げられていた事であろう。
護謨鞠めいた胸部を抱えて叫ぶ早苗に対し、鈴仙は無責任としか言い様のない呟きで答える。
ステレオタイプなR-18わがままボディとは何だったのか。その疑問に明確な回答を示せる者は、そう多くない筈だ。たぶん。
「鈴仙さん……事情を説明して貰いましょうか」
「いま少し時間と予算を頂ければ……」
「弁解は罪悪と知りなさい! ウオーッ!」
「ごふっ……!?」
砲弾の如き早苗のボディーブローを受け、鈴仙は目を白黒させながら昏倒した。
三寸級のスペースデブリすら比較にならぬ程の破壊力。超人の名に相応しいだけの力が、今の早苗にはあった。
「さっきから妙に騒がしいけど、一体全体何を……うおっ!?」
様子を見に現れた神奈子へと、早苗の威圧的な視線が向けられる。
並の人間であれば、失禁卒倒不可避の一瞥。しかし神奈子は神であり、何より早苗の成長を心から願う者でもあった。
「あんなに貧弱貧弱ゥだった早苗が、まるでシーハルクのように逞しく……いや、グリッサ・サンシーカーも捨て難いわね」
「ウオーッ!」
「ごふっ裏切り者グリッサ……」
体色への配慮が行き届いたコメントに腹を立てたか、早苗は神奈子に対しても無慈悲な腹パンを決行する。
山坂と湖の権化とも謳われし彼女もまた、鈴仙と枕を並べて深い眠りに就く事と相成った。
「ひええ、こりゃあやべえ」
「ウオーッ!」
一部始終を覗き見していた洩矢諏訪子に対しても、早苗の矛先は向けられる。
賢明な諏訪子は、間一髪のところで地中へと退避。
しばし辺りを見回した後、早苗は人間離れした跳躍を繰り返しながら、妖怪の山を後にした。
幾度かの跳躍を経て、早苗は博麗神社の境内に“スーパーヒーロー着地”をキメた。
この着地はヒザに悪い。でもみんなあれをやる。
「何よアンタは!?」
突如現れた緑色の怪人に対し、掃き掃除をしていた博麗霊夢は素早く箒を放棄して、御札と針を取り出した。
……が、時すでに遅し! 瞬きひとつする暇も無く、早苗が尋常ならざるスピードで肉薄していたのだ!
「東方茨歌仙第十六話の恨み! ウオーッ!」
「ごふっ怒鳴っただけじゃん……」
怒りの篭った早苗の拳が、霊夢の腹部に容赦なくめり込む!
ムゴイ! あの時の彼女は実際乱暴であった。だが考えて頂きたい。ここまでされる謂れは無い!
「ああっ、霊夢がやられた! 一体何なんだオマエは!?」
泡を吹いて引っくり返る友の姿に、たまらず声を上げる霧雨魔理沙!
彼女の存在に気付くや否や、早苗は目にも留まらぬ速さで急接近!
「東方茨歌仙第十六話の恨み! ウオーッ!」
「ごふっ因果応報だぜ……」
当然の如く腹部に叩き込まれる拳! ここまでされる謂れは……どうだろうか?
まあ、悪く思わないで欲しい。一回は一回なのだから……。
「ウオーッ! ウオーッ! ウオーッ! ウオーッ!」
倒れ伏す二人を尻目に、早苗は勝利の雄叫びを上げる!
彼女の前にもはや敵は無し。神々よ震えて眠れ。ラグナロクは近い!
「アレ頭大丈夫かしら」
「こっちが聞きたいよ。アンタのお弟子さんの所為で、ウチの早苗があの始末だ」
茂みの中から早苗を窺う、謎の二人の姿あり!
一人は永遠亭の薬師、八意永琳。事の元凶である鈴仙が、師と仰ぐ人物である。
もう片方は先程逃亡した諏訪子。自身の手に余ると判断した彼女は、事態の収拾を永琳に依頼したのであった。
「まあいいわ。気付かれる前にさっさと仕留めちゃいましょう」
そう言って永琳は、愛用する弓に矢をつがえる。
「念のため聞いておくけど、それ当たっても大丈夫なヤツだよね? 早苗死なないよね?」
「死なないでしょ……多分」
「おい! 師弟揃って無責任かよ!」
諏訪子の非難をよそに、永琳は無表情のまま矢を放つ。
放たれた矢は、寸分過たず無防備な早苗の横顔へ――否!
彼女は超人的な反射神経でもって、ギリギリのところで矢を掴んでしまったのだ!
「ニマァ……」
茂みに潜む二人に向かって、渾身のドヤ顔を見せつける早苗!
千歳一隅の機会を逃し、もはや万事休すかと思われた、次の瞬間!
「ウオーッ!?」
鏃が爆発し、早苗の頭部が緑色の霧に包まれた!
これぞ天才・八意永琳が僅かな時間で作り上げた、超即効性の解毒剤(アンチ・パワースペック)である!
「ウオーッ!? ウオーッ! ウオーッ……うおぉ……」
一頻りもがき苦しんだ後、早苗は自らが手に掛けた二人と同様に、泡を吹いて昏倒した。
彼女のボディ、フェイス、そしてカラーも、元の鈴奈庵仕様へと回復している。万事解決!
「やれやれ、一時はどうなる事かと思ったよ」
「救い料、百億万円ね」
「金取るのかよ!? しかも私から!?」
「ローンも可よ」
「知るかっ!」
交渉の結果、なんとかタダにしてもらいました。よかったね!
さて、翌日の守矢神社では、再び早苗が猛特訓の真っ最中。
上半身は変じゃないTシャツ、下半身はスパッツというスポーティーな姿で、上体起こしを行っている。
「やはりっ、地道にっ、心身をっ、鍛えるのが……あ~しんどい!」
「コラッ、まだ二百回しかやってないのにへばらないの。早く起きないとスパッツに顔を埋めるわよ?」
「永琳さんにチクられたいなら、どうぞ」
「くっ」
早苗の足を押さえつつ、汗ばんだ股間に熱い視線を注いでいるのは……鈴仙だ!
諸悪の根源である彼女は、先の一件の償いとして、守矢神社へと無料で貸し出されてしまったのだ。
「しっかし体力無いわねぇ。そんな事じゃあ、犠牲になった霊夢と魔理沙が浮かばれないわよ?」
「えッ……あの二人、死んじゃったんですか? 鈴仙さんの薬の所為とはいえ、可哀想な事をしてしまった……」
「まあ、ピンピン生きてるんだけどね」
「紛らわしい言い方やめてください!」
鈴仙の態度に憤りを覚えつつ、早苗は自らの“暴走”について考えていた。
思い起こせば、かつて霊夢と魔理沙が凶暴化した件にも、今回のような怪しい薬めいたアイテムが関わっている。
怪力を得る代償として、性格が鬼のようになるという百薬枡……形は違えど、その効能はパワースペック・フォーと良く似たものであった。
「私、気付いたんです。いくら強大な力が備わろうとも、精神の強さが伴わなければ、それは単なる凶器に過ぎないと」
「精神も強くなったと思うけどなぁ。あの時の早苗ときたらもう、出会うヤツすべてを殴り倒さんが如くに……」
「アレはむしろ、私の弱さの顕れだと思っています。本当の強さとは、付け焼刃で身につくものでは無いのですね」
「そうは言うけれど、悠長な事を言ってたらアッという間に機会は過ぎ去ってしまうわよ? アナタそれでもいいの?」
「いいんです。例のEXTRAな展開とやらが、私にとって最後の機会という訳でもありませんから」
得意気に言い放つ早苗に対し、鈴仙は苦笑いしつつ肩をすくめてみせる。
紆余曲折はあったものの、“早苗の根性を叩きなおす”という神奈子からの依頼については、達成できたと言るだろう。
心残りがあるとすれば、自信作であったパワースペック・フォーの実験が、やや不本意な結果に終わってしまったことであろうか。
黙考の末、鈴仙は早苗に覆い被さって、耳元でそっと囁いた。
「また薬に頼りたいと言うのなら、新作のパワースペック・ナインをあげてもいいのだけど……」
「もう薬はコリゴリですよ……って、ナイン!? この短期間でフォーから進化し過ぎでしょ!」
「おっ、その反応は興味アリって感じ?」
「ありません! 何を出されようと、もう薬なんて飲みませんからね!」
「ええ、飲む必要は無いの。パワースペック・ナインは鼻からキメて……」
「それ駄目なヤツじゃないですか! ダメ。ゼッタイ。です!」
ダメだった。
それはそうとほんとにMTG好きだな!