短い梅雨が開け晴天が続く博麗神社の軒に、霧雨魔理沙は寝転んでいた。神社の主では無いものの、勝手知ったる建物の中で、腕を伸ばした彼女は真上の風鈴を眺めていた。
「何やっているのアンタ」
部屋の奥より声が聞こえて魔理沙は振り返る。黄ばんだ畳の向こうに、博麗神社の主である博麗霊夢が寝転んでいた。彼女の着物は汗ばみ、白い巫女装束の向こうに薄っすらと素肌の色が映る。目を半開きにして魔理沙は霊夢に応えた。
「……涼みに来た」
「見てるだけで暑そうだから帰ってくれないかしら」
「お前も似たような格好だろ」
畳を間に置き、真昼の神社で二人は寝転がっていた。二人の額からは汗が流れ、畳に薄くシミができる。梅雨が開けて数日しか立っていないにも関わらず、真夏を思わせるような猛暑が続く。
「霊夢、ここで寝るくらい多目に見てくれよ。魔法の森なんて酷いもんだからさ」
「あら、あそこは霧も出てるし涼しいんじゃないの?」
魔理沙が住む魔法の森は、生い茂る草木のため昼間でも薄暗い。そして木々の合間を霧がたちこめているため、神社の境内に照りつける激しい日光とは無縁であった。
「全然。それに湿気が酷くて家中ベトベトするんだ」
「それは……災難ね」
「この辺りは風通しも良いし、まだ涼しいんだ。昼間のうちは休ませてくれや」
そう言って魔理沙は背を伸ばした。
「休むんなら人里でもいいじゃない」
「人里はダメだ。あまりに暑くてどの店も開店休業。休めたもんじゃない」
「そういえば最近、人里からの参拝者が多かったわ。……雨乞いして下さいっていうね」
額に出る汗を霊夢は手で払う。風通しが良い屋内とはいえ、外からの熱気が神社の中にまで押し寄せてくる。床の畳の生暖かさを感じつつ、魔理沙は口を開いた。
「さっさとやってくれよ」
「できるならやっているわよ」
霊夢はため息を吐き、天井を見上げる。部屋の隅に置かれた蚊取り線香の細い煙が、天井の木板の周りを薄っすらと白く染めている。
その白い煙を、汗にべたついた髪を払いつつ、魔理沙も見上げていた。
「ああ、雨とか雪とかふらないかなあ」
「夏に雪なんて降るわけ無いでしょ」
「言ってみただけだよ。雪でもふらなきゃ、とてもじゃないがやってられないぜ」
魔理沙はため息を吐き、軒先の風鈴に目を移す。薄っすらと金魚の柄が描かれたそれは、外からの微風に合わせ、時折音を鳴らしている。
汗ばむ背中を感じつつ、風鈴を眺める魔理沙の横で、霊夢が起き上がった。
「魔理沙。あんたいいこと言ったわね」
「何が?」
横を向いた魔理沙は、霊夢の満面の笑みを見た。
「雪を降らせてしまえばいいのよ!」
「はあ!?」
魔理沙は口を大きく開いて固まった。彼女の視線の前で、霊夢は不敵に微笑んでいた。
「アイシクルフォール!」
氷の妖精、チルノがかざした手より多数の氷塊が現れ、前方に浮く三人の妖精、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアに襲いかかる。三人は慌てて宙を逃げ惑い、それを応用に四方八方にチルノが氷を撒き散らす。
魔理沙は空中で弾幕を飛ばす彼女達を人混みの中で眺めていた。
「雪を降らせるってそういうことかい」
横にいる霊夢が笑みを浮かべて頷く。
夏というのに人間の里の上には、細かく小さな氷粒がふり注いでいた。里の上を飛ぶチルノが手をかざす度に、白い粒が空より舞い降りた。
「あのバカ達に適当なことを言って、人里で戦わせたの。その結果がこれってわけね」
晴天の中をきらめく氷の粒と、チルノが漂わせる冷気が地上へ降り注ぎ、辺りの熱気は次第に薄れていく。外の様子の変化に驚き、屋内より飛び出してきた里の人々も、漂う冷気に喜びの声をあげている。
「ありがたや、ありがたや」
「さすが霊夢さんじゃ」
先程まで熱気と砂埃を漂わせていた地面を小さな氷が叩く。屋根板を、瓦の上を、銀色の粒が陽の光をきらめかせて舞い落ちる。
珍しいもの見たさのためか、先刻まで人通りの少なかった里の大通りは、今や人混みが生まれている。宿屋や旅籠の二階に目を移せば、キセルを片手に男衆が空を見上げて談笑している。道の脇で乾かしていた福を、慌ててしまう人々の、顔にも心なしか笑顔がうつっている。
魔理沙は帽子にかかった氷の粒を払いつつ、霊夢に微笑んだ。
「涼しくなるし、珍しい物も見えるし、大成功じゃないか」
「ま、私も少しは里のために働かないとね」
腰に手を当て、得意気に周囲を見る霊夢であったが、彼女の顔が曇るのにさして時間はかからなかった。
「……痛!」
里へ降る氷の粒は次第に大きく、重くなっていく。瓦に当たる氷の音は激しくなり、周囲からは段々と悲鳴が聞こえる。
「なんだなんだ!?」
上空を見上げた魔理沙の目には、逃げ惑う三人の妖精に対して氷塊を投げつけるチルノの姿がうつる。彼女の周りは霊気で白く陰っており、動くたびに氷の軌跡が光る。しかしそこから降る氷の粒は段々と大きくなっていく。
「おい霊夢。これ、まずいんじゃないか?」
答えようとした霊夢は背後から聞こえた轟音に振り返った。板葺きの民家の屋根に、スイカほどの穴が開いていた。目を疑った霊夢の前に氷解が落ち、地面が凹む。大通りにいた人々は我先にと逃げ出す。慌てて飛び出そうとした霊夢と魔理沙も、人混みに押されてチルノたちから遠ざかっていく。激しい音が二度三度響き、瓦が吹き飛び、障子が枠ごとはじけ飛ぶ。相変わらず三妖精は逃げ続け、チルノは氷を撒き散らし、その下には瓦礫と氷の山ができる。霊夢達はと言うと、肝を冷やした里人に押され、チルノ達より段々と遠ざかっていった。
「いやあ、ひどい目にあったな。霊夢」
右腕に包帯をまいた魔理沙が神社を訪れたのはその翌日だった。境内で箒を掃く霊夢の頬には絆創膏がはられていた。
「迂闊だったわ。あいつらの攻撃があんなに激しいだなんて」
「まあ多少怪我人が出た程度ですんでよかったじゃないか」
「良くないわよ! 民家の天井に穴があくし、商店の商品は吹き飛ぶし、道は氷で塞がるし、最悪ね!」
霊夢は深くため息を吐き、石畳の上の砂埃を払った。あのあと霊夢と魔理沙で妖精たちをボコボコにしたが、瓦礫と氷を片付けるはめになった。冷たい氷も照りつける炎天下のなか溶けて、土埃を吸い込み黒い泥となり、その中に散らばる障子や木戸の残骸を取り除くことになったのも、チルノたちを呼び寄せた霊夢と魔理沙には仕方ないことだった。
日が暮れるころにようやく片付け終わった二人だが、そのあとは里の人々にこっぴどく叱られた。開放された頃には満月が空に大きく輝いていた。
「終わったことだから、もう良いじゃないか」
頭に手を当て笑う魔理沙を、霊夢は目を細めて見やる。
「良くないわよ! 片付けで体は痛いし、壊れた建物は弁償しないと行けないし……。ああ、もう!」
霊夢は地団駄を踏む。石畳を叩く彼女の黒靴は、昨日の騒動のせいか細かな傷ができていた。
ケラケラと霊夢の様子を笑った魔理沙は空を見上げた。今日も雲ひとつなく、太陽が暑く地上をてらしている。魔理沙は頬を伝う汗を拭った。
「それにしても、今日も暑いな」
「何言っているのよ。全然寒いでしょ」
「お前こそ何を言っているんだよ?」
「寒いのよ。私の財布の中身が!」
深い溜息をはく霊夢の様子に、魔理沙は苦笑した。
今日も幻想郷は夏日であった。
「何やっているのアンタ」
部屋の奥より声が聞こえて魔理沙は振り返る。黄ばんだ畳の向こうに、博麗神社の主である博麗霊夢が寝転んでいた。彼女の着物は汗ばみ、白い巫女装束の向こうに薄っすらと素肌の色が映る。目を半開きにして魔理沙は霊夢に応えた。
「……涼みに来た」
「見てるだけで暑そうだから帰ってくれないかしら」
「お前も似たような格好だろ」
畳を間に置き、真昼の神社で二人は寝転がっていた。二人の額からは汗が流れ、畳に薄くシミができる。梅雨が開けて数日しか立っていないにも関わらず、真夏を思わせるような猛暑が続く。
「霊夢、ここで寝るくらい多目に見てくれよ。魔法の森なんて酷いもんだからさ」
「あら、あそこは霧も出てるし涼しいんじゃないの?」
魔理沙が住む魔法の森は、生い茂る草木のため昼間でも薄暗い。そして木々の合間を霧がたちこめているため、神社の境内に照りつける激しい日光とは無縁であった。
「全然。それに湿気が酷くて家中ベトベトするんだ」
「それは……災難ね」
「この辺りは風通しも良いし、まだ涼しいんだ。昼間のうちは休ませてくれや」
そう言って魔理沙は背を伸ばした。
「休むんなら人里でもいいじゃない」
「人里はダメだ。あまりに暑くてどの店も開店休業。休めたもんじゃない」
「そういえば最近、人里からの参拝者が多かったわ。……雨乞いして下さいっていうね」
額に出る汗を霊夢は手で払う。風通しが良い屋内とはいえ、外からの熱気が神社の中にまで押し寄せてくる。床の畳の生暖かさを感じつつ、魔理沙は口を開いた。
「さっさとやってくれよ」
「できるならやっているわよ」
霊夢はため息を吐き、天井を見上げる。部屋の隅に置かれた蚊取り線香の細い煙が、天井の木板の周りを薄っすらと白く染めている。
その白い煙を、汗にべたついた髪を払いつつ、魔理沙も見上げていた。
「ああ、雨とか雪とかふらないかなあ」
「夏に雪なんて降るわけ無いでしょ」
「言ってみただけだよ。雪でもふらなきゃ、とてもじゃないがやってられないぜ」
魔理沙はため息を吐き、軒先の風鈴に目を移す。薄っすらと金魚の柄が描かれたそれは、外からの微風に合わせ、時折音を鳴らしている。
汗ばむ背中を感じつつ、風鈴を眺める魔理沙の横で、霊夢が起き上がった。
「魔理沙。あんたいいこと言ったわね」
「何が?」
横を向いた魔理沙は、霊夢の満面の笑みを見た。
「雪を降らせてしまえばいいのよ!」
「はあ!?」
魔理沙は口を大きく開いて固まった。彼女の視線の前で、霊夢は不敵に微笑んでいた。
「アイシクルフォール!」
氷の妖精、チルノがかざした手より多数の氷塊が現れ、前方に浮く三人の妖精、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアに襲いかかる。三人は慌てて宙を逃げ惑い、それを応用に四方八方にチルノが氷を撒き散らす。
魔理沙は空中で弾幕を飛ばす彼女達を人混みの中で眺めていた。
「雪を降らせるってそういうことかい」
横にいる霊夢が笑みを浮かべて頷く。
夏というのに人間の里の上には、細かく小さな氷粒がふり注いでいた。里の上を飛ぶチルノが手をかざす度に、白い粒が空より舞い降りた。
「あのバカ達に適当なことを言って、人里で戦わせたの。その結果がこれってわけね」
晴天の中をきらめく氷の粒と、チルノが漂わせる冷気が地上へ降り注ぎ、辺りの熱気は次第に薄れていく。外の様子の変化に驚き、屋内より飛び出してきた里の人々も、漂う冷気に喜びの声をあげている。
「ありがたや、ありがたや」
「さすが霊夢さんじゃ」
先程まで熱気と砂埃を漂わせていた地面を小さな氷が叩く。屋根板を、瓦の上を、銀色の粒が陽の光をきらめかせて舞い落ちる。
珍しいもの見たさのためか、先刻まで人通りの少なかった里の大通りは、今や人混みが生まれている。宿屋や旅籠の二階に目を移せば、キセルを片手に男衆が空を見上げて談笑している。道の脇で乾かしていた福を、慌ててしまう人々の、顔にも心なしか笑顔がうつっている。
魔理沙は帽子にかかった氷の粒を払いつつ、霊夢に微笑んだ。
「涼しくなるし、珍しい物も見えるし、大成功じゃないか」
「ま、私も少しは里のために働かないとね」
腰に手を当て、得意気に周囲を見る霊夢であったが、彼女の顔が曇るのにさして時間はかからなかった。
「……痛!」
里へ降る氷の粒は次第に大きく、重くなっていく。瓦に当たる氷の音は激しくなり、周囲からは段々と悲鳴が聞こえる。
「なんだなんだ!?」
上空を見上げた魔理沙の目には、逃げ惑う三人の妖精に対して氷塊を投げつけるチルノの姿がうつる。彼女の周りは霊気で白く陰っており、動くたびに氷の軌跡が光る。しかしそこから降る氷の粒は段々と大きくなっていく。
「おい霊夢。これ、まずいんじゃないか?」
答えようとした霊夢は背後から聞こえた轟音に振り返った。板葺きの民家の屋根に、スイカほどの穴が開いていた。目を疑った霊夢の前に氷解が落ち、地面が凹む。大通りにいた人々は我先にと逃げ出す。慌てて飛び出そうとした霊夢と魔理沙も、人混みに押されてチルノたちから遠ざかっていく。激しい音が二度三度響き、瓦が吹き飛び、障子が枠ごとはじけ飛ぶ。相変わらず三妖精は逃げ続け、チルノは氷を撒き散らし、その下には瓦礫と氷の山ができる。霊夢達はと言うと、肝を冷やした里人に押され、チルノ達より段々と遠ざかっていった。
「いやあ、ひどい目にあったな。霊夢」
右腕に包帯をまいた魔理沙が神社を訪れたのはその翌日だった。境内で箒を掃く霊夢の頬には絆創膏がはられていた。
「迂闊だったわ。あいつらの攻撃があんなに激しいだなんて」
「まあ多少怪我人が出た程度ですんでよかったじゃないか」
「良くないわよ! 民家の天井に穴があくし、商店の商品は吹き飛ぶし、道は氷で塞がるし、最悪ね!」
霊夢は深くため息を吐き、石畳の上の砂埃を払った。あのあと霊夢と魔理沙で妖精たちをボコボコにしたが、瓦礫と氷を片付けるはめになった。冷たい氷も照りつける炎天下のなか溶けて、土埃を吸い込み黒い泥となり、その中に散らばる障子や木戸の残骸を取り除くことになったのも、チルノたちを呼び寄せた霊夢と魔理沙には仕方ないことだった。
日が暮れるころにようやく片付け終わった二人だが、そのあとは里の人々にこっぴどく叱られた。開放された頃には満月が空に大きく輝いていた。
「終わったことだから、もう良いじゃないか」
頭に手を当て笑う魔理沙を、霊夢は目を細めて見やる。
「良くないわよ! 片付けで体は痛いし、壊れた建物は弁償しないと行けないし……。ああ、もう!」
霊夢は地団駄を踏む。石畳を叩く彼女の黒靴は、昨日の騒動のせいか細かな傷ができていた。
ケラケラと霊夢の様子を笑った魔理沙は空を見上げた。今日も雲ひとつなく、太陽が暑く地上をてらしている。魔理沙は頬を伝う汗を拭った。
「それにしても、今日も暑いな」
「何言っているのよ。全然寒いでしょ」
「お前こそ何を言っているんだよ?」
「寒いのよ。私の財布の中身が!」
深い溜息をはく霊夢の様子に、魔理沙は苦笑した。
今日も幻想郷は夏日であった。
綺麗にオチもついていて楽しく読ませて貰った。
ただ、欲を言えば、霊夢はチルノと三妖精をどう言いくるめたのか、というのが個人的には気になるところだ。
よかったです