昨今の妖怪は生ぬるい。
私を見てみろ、私は人間たちの間でも正体不明を保っているし
つい最近も牛の首で人里を恐怖のどん底に落としてやったんだ。
私は一輪が漬けた大根にかじりつきながらふんと鼻息を吹き出した。
なんだこの旨さは、妖怪のくせにこんなに上手く美味く漬けやがって。
まあいい、一輪はだいぶんマシな方だ。
この間だって聖と一緒に都市伝説を使ったり決闘で信仰を集めていたし
まだ妖怪の思考寄りだといえるだろう。
ムラサだって聖に内緒でしょっちゅう船を沈没させているし(子供が作った笹舟とかだけど)
マミゾウは言わずもがな。あいつは妖怪のお手本みたいなものだから問題ない。
そう、どちらかと言うと問題なのは、最近命蓮寺に入ってきた新参者のやつらの方だろう。
あいつらはどうにも妖怪のくせに腑抜けている。
私はそろそろ我慢ができず
食事が終わったら早々に自分の部屋に駆け込んだ、新参者の部屋へと潜入することにした。
部屋の前についた。
ここで障子をばきんとやって飛び込んでやろうと思ったが
あとで絶対に聖に怒られるのでそれはやめておく。
私はそっと障子を開け、中の様子を伺った
「ふうむ、なかなかやるな」
中には目当ての妖怪が一人、自身の手元に向かって何やらひとりごちていた。
何をやっているのかは知らないが、妖怪をサボっているのは事実も事実。
妖怪たるものこんないい天気の日に部屋にこもっているなど言語道断だ。
私はここで様子を伺うだけなのも面倒なので、中に入ってみることにした。
「おい面霊気、今ちょっといいか」
「む、お前か…… ちょうどいい。お前もやるか?」
面霊気の思わぬ一言に、私は一種の安堵感を覚えた!
なぜなら妖怪が言う、『お前もやるか?』の台詞はだいたい
人間を殺るか酒を飲るかの時だと決まっているからだ!
こいつは妖怪としての本分を忘れていなかったようだ。良かった、ぬえひひひ。
妖怪というのは他人が決めたルールに縛られてはいけない。
それがたとえ、恐怖の化身、聖の下に付いている時も例外ではない。
命蓮寺において、殺しや飲酒は大罪だ。
もし聖にバレた時は動かなくなるまでエア巻物でぶん殴られるか
動かなくなるまでバイクのパーツでをぶん殴られるので
覚悟を決めた時にしか私たちは酒を飲めない。
それをこんな白昼堂々破るなんて、私はこの面霊気に対する態度を見なおさなくてはいけない。
「やるじゃん面霊気、見なおした!」
「痛い痛い背中をばんばんするな。
……それでどうする、やるか、やらないのか」
「今の私は気分がいい、付き合ってやるよ」
「やったあ! じゃあこれを」
面霊気は私に何かをよこした。
人間を殺るための凶器か何かか、それとも酒を飲るためのお猪口か何かか。
しかし、その差し出されたものは私の想像とははるかに遠いものだった。
「……なんだこれ」
「え、コントローラーだよ」
「……これで何をやるんだ?」
「スマブラ」
「は?」
「ん? ……あ、ごめん。ロクヨンのやつの方が良かった?」
「……は?」
「私は何でもいいぞ。但しウィーのスマブラは嫌だ。
あれはつまらない」
「…………は?」
「ん?」
私は久しぶりに怒りで身体が震えた。
こいつには説教せざるを得なかった。
面霊気を引きずって命蓮寺の庭までやってきた。
引きずっている間は般若や猿や蝉丸の面をとっかえひっかえしておろおろとしていたが
外に出た時に観念したのか、最終的には姥の面をのっぺりと頭に付け、しくしくとやっていた。
「しくしく、何するんだよう。ぬえっちょ」
「誰だぬえっちょって! いいか、私はお前に物申したいんだ」
「なあに? わたしきれい?」
面霊気は悪びれた様子もなく
けろっとした顔でけろっとした面を被り「けろっ」と言い放った。
「おい、いち妖怪がこんないい天気の日に人間に悪さをするでもなく
テレビゲームとはどういうご身分だ!」
「だってゲームは面白いし……」
「面白いゲームが何だ! 人間を恐怖の世界に落とすのはもっと快感だぞ。
一人よりも二人。そのほうが大きな恐怖を人間に与えられるだろう。一緒にどうだ?」
「うーん、面倒だなあ」
面霊気はむにゃむにゃと言い訳を続けるので
これは本当に腰を据えて妖怪という身分をわからせる必要があった。
こういう奴がいるから妖怪は人間に馬鹿にされるんだ。
「聞け、面霊気。そもそも妖怪というのは人間を脅かすために存在してだな」
「でもぬえっちょ」
面霊気は私を遮り
不細工な女の面を被って口を開いた。
「妖怪には色んな種類がいるんだよ」
「あん? そんぐらい知ってるよ」
「ぬえっちょが妖怪たるもの、っていうのはわかるんだけど
私はそういう妖怪じゃないの」
「……ほう、どういうことだ? 続けてみろ」
「例えば多々良のところの傘女は人間をべろべろばーする妖怪だけど
門前にいる響子は人を怖がらせるというよりも人に応える妖怪だよ。
つまり私はそれと一緒。面霊気だから人間を怖がらせるたぐいじゃない。
だから部屋に戻ってゲームをやっていい?」
「ふむ、なるほど」
一理あった。
どころか、二理も三理も有るような気がした。
しかしながら、こいつは墓穴をほってしまったことを私は見逃さない。
「お前のいうことはわかった面霊気」
「いえーい。じゃあゲームやろっと。ぬえっちょも一緒にマリオパーティやる?」
「まあまて、だがお前は面霊気で有るといったな。
人間を怖がらせる、恨みが有るわけではないと」
「そう、私はそういう種族だよー わたしきれい?」
「だが、お前は面霊気でありながら付喪神だろう」
「ど、どきり」
面霊気は私の予想通り大飛出の面を被り、どきりと言いながらしどろもどろしている。
「付喪神は一般的にどういう経緯で妖怪化するんだ?」
「わ、わからんぞい」
「しらばっくれるな。付喪神は長らく使われなかった道具がなるものだ。
お前も長い間使われなかったんだろう?
せっかくの道具だったのに、人間に忘れ去られていたんだろう?
人間に恨みがあるんだろう?」
「そ、そんなことないよ。私は結構有名な人達に作ってもらったし
長い間、崇められたりしたんだぞ」
「ふうん」
「な、なんだその確かめるような怪しむようなうたぐる様な正体不明な目は!」
私は一息おき、こほんと咳払いをして続けた。
「本当にそうなのか?」
「……本当だ」
「本当に?」
「本当だ!」
「もう一度聞く、本当にお前は人間に恨みは無いのか?
お前は一応、仏教に身をおく存在だろう?
不妄語戒(嘘をついてはいけない戒め)ぐらい、知ってるよな?」
「……む、むう」
「どうなんだよ面霊気」
「……だ、だって」
「うん?」
「だって! かわかっちゃんもみみみこもすぐ死んじゃうんだもん!」
堕ちた。
くくく、認めた。
ついに認めたぞ。
こいつは人間に少なからず恨みがある。
面霊気が言ったのはきっと製作者と作らせた奴の名前だろう。
そいつらに対して恨みがあるんだ。
「私だってもっともっと見てもらえたり使ってもらえたりしたかったんだ!」
「そうだよな。こころ、わかるぞ」
「ぬ、ぬえっちょ。今お前、私の名前を……」
「こころ、お前の気持ち痛いくらいわかるぞ。
だからお前もわかるよな? 憎むべきは?」
「……に、人間?」
「そう! 恨むべきは?」
「……人間」
「恐怖と絶望の世界に導くべき種族は?」
「人間!」
「そうだ人間だ! そうとなったら里に向かうぞこころ!」
「よし! でも一体どうやって恐怖と絶望と混沌の世界に導くの?」
「まずは里の近くの木の上に待機だ!」
「それでそれで?!」
「人間が通ったら正体不明な声で笑う!」
「そうすると人間は恐怖と絶望と混沌と深淵の世界にいざなわれるのか!」
「おうともよ」
「すごいぞぬえっちょ」
「そんな褒めるなって」
「すごすぎるぞぬえっちょプトパピトプペン」
「あ?」
「あ、ごめん私のスマホのライン電話が鳴ったみたいだからちょっと待って」
「ん? う、うん」
こころは何やら意味不明な事を言っていたが
とりあえず待てと言われたから待ってみた。
ここから盛り上がる所だったのに。むう。
「もしもしこちらはこころですがー
……うん、うん。今はぬえっちょと一緒だよ。
あ、そうなのか。うん? えーいないぞ。あ、そっちか。ぬえっちょー」
「何だよ」
「うしろうしろ」
「うん?」
「どーん! 貴方の後ろに古明地こいしー!」
「うわっ!」
突如私の後ろから現れたのは
私が説教しようとした新参者のもう一人、こいしであった。
ちょうどいい、こいつにも妖怪の本分というものをわからせる必要がある。
こいつも腑抜けきっているからな。
「こころちゃんもぬえぬえもなんで私に内緒で面白そうなことしてるのよう。
この後暇ならモノポリーしない?」
「ぬえぬえなんて可愛らしい名前で呼ぶな!」
「古明地こいし、今こそ革命の時だ!」
「うん? どうしたのこころちゃん。ライトノベルでも読んで影響されたの?」
こいしのやつはこころの変わりようにクエスチョンマークを浮かべていた。
くくく、こころは既に私の仲間だからな。
その変わり様に驚いているのだろう。
「おい石ころ帽子、私はお前に言いたいことが有る」
「えーなになに! 愛の告白かな?」
「惜しい、これはある意味告白だが愛の告白ではない。お前、人間に恨みがあるだろう」
「私ー? うーん、どうかなー」
かつて地底に居た私だ。こいつらさとりの姉妹のことは知っている。
こいつらは嫌われ者の集う地底の中でもさらに嫌われた種族。
その嫌われたものの中に、きっと人間はいるだろう。
「思い出してみろ、人間のやつらは私ら妖怪をゴキブリの如く嫌う。
こっちは何もしていないのに、妖怪だからって嫌うんだ。
そんな野蛮な考え持つのは人間しか居ない。
知能の低い野生の動物だって、自分を危険に脅かす存在以外を好んで攻撃したりはしないんだ。
人間の奴らは動物以下だ」
「確かにねー ぬえぬえも人間に退治されて地底に来たんだもんね」
「ぐ、う……ま、まあそうなんだけど、だから嫌だろ? 人間
嫌いだろ? 人間」
「んーまあ、そうかな?」
「そうだろう、そうだろう。だからこんな平和な所でモノポリーをしている場合じゃない。
頭の中が寅丸みたいになるぞ!」
「うーん寅丸みたいになるのはいやかなあ、ねえこころちゃん」
「うん。寅丸みたいになるのはいやだ」
満場一致で寅丸みたいな平和ボケになりたくないと言った。
これはもう、私たちは一丸となったと言っていいだろう。
今度はいい意味で腕が震えてきた。
「時は満ちた!」
「わ、どうしたのぬえぬえ」
「古明地こいし、時は満ちたみたいだぞ」
「どうしたのこころちゃんも。怪しい宗教にでもはまったの?」
「おい古明地こいし、命蓮寺に居ながらそういう言い方をするのは良くないんじゃ」
「そういえばそうだね。やっちった」
「な、なあ、私の話を聞いてくれないか?」
どうにも話の逸れる奴らだが
ひとまず制して私は話を続ける。
「時は満ちた! 今こそ人間を恐怖と絶望と混沌と深淵と無秩序の世界に陥れるべきだ。
まずは人里近くの大きな木の上に行く!
あそこで正体不明の恐怖を植え付けるんだ! 正体不明の笑い声の準備はいいか!」
「お、おー!」
こころは拳で賛同してくれた。
あとはこいしだけだ。こいつがその握り拳を上げてくれれば
私たちは人間の恐怖でお腹いっぱい夢いっぱいのお祭りだ!
「……ぷ」
「うん、どうした石ころ帽子」
「ぷくく」
「何を笑っている?」
「時は満ちた! なんていうからなにかと思ったら。
ぷくく、昔のファイナルファンタジーのラストボスでもそんなこと言わないよ。ぷくく」
「な、なんだと!」
ちょっと例えがよくわからなかったが
馬鹿にされているということだけはわかった。
「それにこんな昼間からあの木の上で笑い声を?
ばれちゃうよー ただでさえ私達は、はではでな格好してるんだから」
「そういえばそうだな。おいぬえよ、古明地こいしの言う通りだぞ。
お前の羽は嫌でも目立つ」
「そ、それはうまく隠れて見つからないようにすれば……
あ、それか私の正体不明の種で!」
「ごめん。正体不明の種はこの間マミゾウおやびんと飲んだ時にこっそり拝借して全部食べちゃった。
麦酒と結構合うんだよね。ごめんね」
「あー! なんてことを!」
「それに、ちょっと怒るかもしれないけど言っていい?」
「な、なんだよ。言ってみろよ」
「ぬえぬえの笑い声、可愛いよね。全然怖くない」
「な、なんだと!」
「あーわかるぞ。『ぬえひひひ』って感じだよな」
「あ、こころちゃんわかる? そうそう、『ぬえひひひ』なんだよね。可愛い」
「そんな変な風に笑ってない!」
なんて失礼な奴らだ!
人の迫真の演技をこうまでして馬鹿にするなんて。
「おいこころ、お前もこいしと一緒になってるんじゃない。
人間に恨みがあるんだろ!」
「そ、そういえばそうだった。私は私の製作者たちに恨みがあるんだった」
「でもこころちゃん、その人はもう復活したでしょ?」
「え?」
「とよさとみみみみみみみこ」
「あ、そっか。あの人にはけっこう構ってもらってる。こないだはお小遣い貰ったし」
「おふるのヘッドホンももらったもんね」
「うん、なかなか良い重低音を出すから結構いい感じ。
最近寝る前にそのヘッドホンで亡失のエモーションばかり聞いているんだ」
「わ、私の知らない話をするんじゃない!」
こいつらは気づくと私の話をしてしまうから厄介だ。
話を本筋に戻さなきゃ。
「……こいし、お前も妖怪なら人間の恐怖心が好きだろう。
私と一緒に恐怖を人間たちに与えよう」
「うん、でも食べ過ぎたら食あたりになっちゃうよ。
この前の都市伝説で遊んだ時にだいぶ味わったし私はいいかなー」
「だからっていつまでも腑抜けていい理由にならないだろ。
じゃあ私がもう一つくらい、正体不明の都市伝説の噂を流してやる。
お前らの時みたいに、また噂になれば再び恐怖心が得られるぞ!
一緒にどうだ?」
「ねえ、ぬえぬえ」
「な、なんだよ」
「寂しかったのね。あのオカルトボール異変の時、置いてけぼりにされて」
「な、なんだと?!」
なんてことを言うんだ、このさとれないさとり妖怪は!
天下の大妖怪、封獣ぬえを捕まえて、寂しいだなんて!
「もういいもういい! お前なんか仲間にいれてやらん。
私はこころと一緒に新たな都市伝説を生み出し……」
「こころちゃんならもう飽きたみたいで
あそこでいい天気だから庭で寝ている寅丸をもふもふして遊んでるよ」
「……いい、私一人でやるから!」
「でもぬえぬえ、都市伝説なんてもうとっくに時代遅れだよ。人里で噂はもう飽和状態。
ぬえっちょは考えがちょっと古臭いんだよなあ」
「……ふ、古臭い?」
「やるにしても、もっと新しい方法があると思うんだよね」
「……」
「どうしてもやるっていうなら付き合うよ」
「…………ぬ、ぬえ」
「うん、どうしたの?」
「……ぬえええん」
「え?」
「ぬえええん、ぬええええん!」
「わ、ぬえぬえ!」
「なんだよ、私が頑張ろうとしてるのに! 否定ばっかして! ぬえええん!」
どうにも悔しくって、私は涙が止まらなかった。
私はただ、こいつらと一緒に人間を恐怖に陥れたかっただけだったのに!
こいつらは私の気持ちを何一つわかってくれない。
「ぬえええん、もういいよお前らなんかあっちいけ!」
「ご、ごめんねぬえぬえ。泣かないで。
こころちゃん助けて! ぬえぬえ泣いちゃった」
「なんだと! 古明地こいし、お前ぬえっちょをいじめたのか?!」
「間接的にこころちゃんもいじめてたんだからね!
ぬえぬえはか弱い心の持ち主なんだから繊細に扱えってマミゾウおやびんも言ってたでしょ!
……あ」
「ま、マミゾウのやつが私のことをそんな風に……? ぬえええん!!!!」
「古明地こいし、余計なことを言うんじゃない!」
「ご、ごめんつい…… こころちゃん、何か早くおもしろいことやってよ」
「そんな急に言われても何もないぞ…… ぬ、ぬえっちょ」
「な、なんだよう、ひっく、うぐ、ぐず、ぬえっく、ぬえっく」
「べ、べろべろばー」
「こころちゃんそれ無表情でやっても馬鹿にしてるようにしか見えないって!」
「……ぬえええん! いつまでもばかにしやがって! ぬえええん!」
もう、よくわからなかった。
こいつらは私のことをけなし、いじめ、地底に追い返す為に来た地底からの使者なんじゃないのか。
私を仲間はずれにして命蓮寺から追いだそうとする奴らなんじゃないのか。
せっかくこの間の牛の首で少し命蓮寺に恩返しができたのに。
私はこいつら妖怪の為に、聖の為に少しでも為になることをしようとしただけなのに。
「ぬえええん、ぬええええん!」
「だ、駄目だよ、ぬえぬえ泣きやまないよこころちゃん!」
「お前が悪いんだからな! ぬえっちょいじめるから!」
「私だけのせいじゃないもん!」
「ふたりとも」
その『ふたりとも』という言葉から、あたりは恐怖心につつまれた。
尤も、それは人間のものではなく、妖怪のもの。
こころとこいしの恐怖心であった。
なにやらめきめきといった音が聞こえてくる。
「何があったのか説明してください」
「びゃ、白蓮和尚……説明するから私の六十六あるお面を一握りに破壊しようとしないで……あがが」
「わ、私の目が…… 私の目……ひしゃげるひしゃげる……いぎぎ」
目は涙でいっぱいになっていたので
二人が何をされているのかはわからなかった。
だけど、何か苦しそうなうめき声が聞こえてくるので何かをされているのかはわかった。
でも、私はただ泣くことしか出来なかった。
この不満を、泣くことでしか発散出来なかった。
「ぬえええん、ぬええええん!」
泣いてしまった疲労からか、私は寝てしまったのだろう。
目を開けると天井が見えた。
顔を傾けると、こころとこいしが死ぬほどの恐怖を味わったかのような顔で
私の側につき、正座をしていた。
目が覚めた事に気づくと、声を揃えて「ごめん」と言った。
許してやるのが癪だったので、布団に潜って返答はしなかった。
「おうおう、随分盛大にやったようじゃの」
こころとこいしが去った私の部屋に、昔なじみの声が響いた。
被った布団はとってやらない。
「かかか、お前さん。泣いたのなんて久方ぶりなんじゃないか」
「……私はか弱いからな」
「なんじゃ、本気にしたのか。呆れた」
「どういうことだよ!」
布団を投げ捨ててマミゾウに詰め寄った。
マミゾウは私の赤くなっているだろう目を見つめて、にやりと笑った。
「お前さんは一度退治されている身だろうに。
だから弱さを知っていると言ったんじゃ。
弱さを知っているやつじゃあないと、人の弱きをつけないからな。
人間の恐怖心も煽れないじゃろ」
マミゾウはぷかりと煙を吐いて続けた。
「お前さんと私は日陰者じゃろ。
そう欲張るな、妖怪としての本分は大事じゃが、そればかり求めてたら足元掬われるぞい。
強い妖怪が弱い人間に負けるときはどういう時か、経験上よく知ってるじゃろ」
「……余裕が無い時」
「そういうことじゃ。あいつら二人は気の抜き方が上手い。お前さんよりは確実にの。
……少し抜きすぎな気もするが。まあ、見てみい」
なんとなくわかった気がした。
マミゾウはそれだけ言うと、部屋から出て行った。
見てみろ、とマミゾウが指差した先を見る。
「古明地こいし、落とし穴をほったぞ!
これで人間を怖がらせるのはどうかな?」
「うーん、それはびっくりするだけなんじゃ……」
「そうか。それでお前は何をさっきから作ってるんだ?」
「見てこれ、めちゃくそ怖くない?
この血みどろのピエロのお面を被ってバック転しながら人間の前に現れるの。
帰るときは排水口の隙間ね」
「こ、古明地こいし、それは怖すぎるぞ……」
「なんだ、あいつら……」
庭先で、恐怖を与える為にどうすればいいのか、試行錯誤している二人の姿があった。
しかしどうにも、上手く行っていないようだ。
それもそのはず、あいつらはまだ初心者のはずだ。
妖怪として、恐怖とはなんたるかをわかっていない。
私は二人の前まで行って、大きく息を吸った。
恐怖初心者のあいつらに、レクチャーしてやらないとな。
それが先輩妖怪の本分だろう。
「お前ら! なってないな!」
「ぬえっちょ!」
「ぬえぬえ!」
ムカつくが仕方ない。
遠回りだが、無駄ではない。
余裕ができた私はゆっくりとこいつらと人間を恐怖に陥れる方法を考えようじゃないか。
きっと簡単だ。
なぜならここにはそれに特化した妖怪が三人もいるんだから。
この思いは、きっとさっきと違い一方通行じゃないはずだろう。
『正体不明とお面と小石』
おわり
「こころのは単純すぎる。だが発想は悪く無い、シンプルな恐怖ほど心に根付く」
「ふむふむ」
「こいしのは怖すぎるし意味不明だ。もっとわかりやすい恐怖の方がいい。
恐怖より先に唖然としちゃうからな」
「そっかー」
「古明地こいし、私たちは都市伝説以外は恐怖初心者なんだから
まずはぬえっちょにお手本を見せてもらうべきでは?」
「こころちゃんの言う通り! ねえねえ基本を教えてよぬえぬえ」
「な、なんだお前らそんなに私に頼りたいのか。
しょうがないな、ぬえひひひ」
「あ、それそれ可愛い笑い方。今の可愛かったよねこころちゃん。けらけら」
「うん、今のは可愛いな。くすくす」
「……ぬえええん!」
私を見てみろ、私は人間たちの間でも正体不明を保っているし
つい最近も牛の首で人里を恐怖のどん底に落としてやったんだ。
私は一輪が漬けた大根にかじりつきながらふんと鼻息を吹き出した。
なんだこの旨さは、妖怪のくせにこんなに上手く美味く漬けやがって。
まあいい、一輪はだいぶんマシな方だ。
この間だって聖と一緒に都市伝説を使ったり決闘で信仰を集めていたし
まだ妖怪の思考寄りだといえるだろう。
ムラサだって聖に内緒でしょっちゅう船を沈没させているし(子供が作った笹舟とかだけど)
マミゾウは言わずもがな。あいつは妖怪のお手本みたいなものだから問題ない。
そう、どちらかと言うと問題なのは、最近命蓮寺に入ってきた新参者のやつらの方だろう。
あいつらはどうにも妖怪のくせに腑抜けている。
私はそろそろ我慢ができず
食事が終わったら早々に自分の部屋に駆け込んだ、新参者の部屋へと潜入することにした。
部屋の前についた。
ここで障子をばきんとやって飛び込んでやろうと思ったが
あとで絶対に聖に怒られるのでそれはやめておく。
私はそっと障子を開け、中の様子を伺った
「ふうむ、なかなかやるな」
中には目当ての妖怪が一人、自身の手元に向かって何やらひとりごちていた。
何をやっているのかは知らないが、妖怪をサボっているのは事実も事実。
妖怪たるものこんないい天気の日に部屋にこもっているなど言語道断だ。
私はここで様子を伺うだけなのも面倒なので、中に入ってみることにした。
「おい面霊気、今ちょっといいか」
「む、お前か…… ちょうどいい。お前もやるか?」
面霊気の思わぬ一言に、私は一種の安堵感を覚えた!
なぜなら妖怪が言う、『お前もやるか?』の台詞はだいたい
人間を殺るか酒を飲るかの時だと決まっているからだ!
こいつは妖怪としての本分を忘れていなかったようだ。良かった、ぬえひひひ。
妖怪というのは他人が決めたルールに縛られてはいけない。
それがたとえ、恐怖の化身、聖の下に付いている時も例外ではない。
命蓮寺において、殺しや飲酒は大罪だ。
もし聖にバレた時は動かなくなるまでエア巻物でぶん殴られるか
動かなくなるまでバイクのパーツでをぶん殴られるので
覚悟を決めた時にしか私たちは酒を飲めない。
それをこんな白昼堂々破るなんて、私はこの面霊気に対する態度を見なおさなくてはいけない。
「やるじゃん面霊気、見なおした!」
「痛い痛い背中をばんばんするな。
……それでどうする、やるか、やらないのか」
「今の私は気分がいい、付き合ってやるよ」
「やったあ! じゃあこれを」
面霊気は私に何かをよこした。
人間を殺るための凶器か何かか、それとも酒を飲るためのお猪口か何かか。
しかし、その差し出されたものは私の想像とははるかに遠いものだった。
「……なんだこれ」
「え、コントローラーだよ」
「……これで何をやるんだ?」
「スマブラ」
「は?」
「ん? ……あ、ごめん。ロクヨンのやつの方が良かった?」
「……は?」
「私は何でもいいぞ。但しウィーのスマブラは嫌だ。
あれはつまらない」
「…………は?」
「ん?」
私は久しぶりに怒りで身体が震えた。
こいつには説教せざるを得なかった。
面霊気を引きずって命蓮寺の庭までやってきた。
引きずっている間は般若や猿や蝉丸の面をとっかえひっかえしておろおろとしていたが
外に出た時に観念したのか、最終的には姥の面をのっぺりと頭に付け、しくしくとやっていた。
「しくしく、何するんだよう。ぬえっちょ」
「誰だぬえっちょって! いいか、私はお前に物申したいんだ」
「なあに? わたしきれい?」
面霊気は悪びれた様子もなく
けろっとした顔でけろっとした面を被り「けろっ」と言い放った。
「おい、いち妖怪がこんないい天気の日に人間に悪さをするでもなく
テレビゲームとはどういうご身分だ!」
「だってゲームは面白いし……」
「面白いゲームが何だ! 人間を恐怖の世界に落とすのはもっと快感だぞ。
一人よりも二人。そのほうが大きな恐怖を人間に与えられるだろう。一緒にどうだ?」
「うーん、面倒だなあ」
面霊気はむにゃむにゃと言い訳を続けるので
これは本当に腰を据えて妖怪という身分をわからせる必要があった。
こういう奴がいるから妖怪は人間に馬鹿にされるんだ。
「聞け、面霊気。そもそも妖怪というのは人間を脅かすために存在してだな」
「でもぬえっちょ」
面霊気は私を遮り
不細工な女の面を被って口を開いた。
「妖怪には色んな種類がいるんだよ」
「あん? そんぐらい知ってるよ」
「ぬえっちょが妖怪たるもの、っていうのはわかるんだけど
私はそういう妖怪じゃないの」
「……ほう、どういうことだ? 続けてみろ」
「例えば多々良のところの傘女は人間をべろべろばーする妖怪だけど
門前にいる響子は人を怖がらせるというよりも人に応える妖怪だよ。
つまり私はそれと一緒。面霊気だから人間を怖がらせるたぐいじゃない。
だから部屋に戻ってゲームをやっていい?」
「ふむ、なるほど」
一理あった。
どころか、二理も三理も有るような気がした。
しかしながら、こいつは墓穴をほってしまったことを私は見逃さない。
「お前のいうことはわかった面霊気」
「いえーい。じゃあゲームやろっと。ぬえっちょも一緒にマリオパーティやる?」
「まあまて、だがお前は面霊気で有るといったな。
人間を怖がらせる、恨みが有るわけではないと」
「そう、私はそういう種族だよー わたしきれい?」
「だが、お前は面霊気でありながら付喪神だろう」
「ど、どきり」
面霊気は私の予想通り大飛出の面を被り、どきりと言いながらしどろもどろしている。
「付喪神は一般的にどういう経緯で妖怪化するんだ?」
「わ、わからんぞい」
「しらばっくれるな。付喪神は長らく使われなかった道具がなるものだ。
お前も長い間使われなかったんだろう?
せっかくの道具だったのに、人間に忘れ去られていたんだろう?
人間に恨みがあるんだろう?」
「そ、そんなことないよ。私は結構有名な人達に作ってもらったし
長い間、崇められたりしたんだぞ」
「ふうん」
「な、なんだその確かめるような怪しむようなうたぐる様な正体不明な目は!」
私は一息おき、こほんと咳払いをして続けた。
「本当にそうなのか?」
「……本当だ」
「本当に?」
「本当だ!」
「もう一度聞く、本当にお前は人間に恨みは無いのか?
お前は一応、仏教に身をおく存在だろう?
不妄語戒(嘘をついてはいけない戒め)ぐらい、知ってるよな?」
「……む、むう」
「どうなんだよ面霊気」
「……だ、だって」
「うん?」
「だって! かわかっちゃんもみみみこもすぐ死んじゃうんだもん!」
堕ちた。
くくく、認めた。
ついに認めたぞ。
こいつは人間に少なからず恨みがある。
面霊気が言ったのはきっと製作者と作らせた奴の名前だろう。
そいつらに対して恨みがあるんだ。
「私だってもっともっと見てもらえたり使ってもらえたりしたかったんだ!」
「そうだよな。こころ、わかるぞ」
「ぬ、ぬえっちょ。今お前、私の名前を……」
「こころ、お前の気持ち痛いくらいわかるぞ。
だからお前もわかるよな? 憎むべきは?」
「……に、人間?」
「そう! 恨むべきは?」
「……人間」
「恐怖と絶望の世界に導くべき種族は?」
「人間!」
「そうだ人間だ! そうとなったら里に向かうぞこころ!」
「よし! でも一体どうやって恐怖と絶望と混沌の世界に導くの?」
「まずは里の近くの木の上に待機だ!」
「それでそれで?!」
「人間が通ったら正体不明な声で笑う!」
「そうすると人間は恐怖と絶望と混沌と深淵の世界にいざなわれるのか!」
「おうともよ」
「すごいぞぬえっちょ」
「そんな褒めるなって」
「すごすぎるぞぬえっちょプトパピトプペン」
「あ?」
「あ、ごめん私のスマホのライン電話が鳴ったみたいだからちょっと待って」
「ん? う、うん」
こころは何やら意味不明な事を言っていたが
とりあえず待てと言われたから待ってみた。
ここから盛り上がる所だったのに。むう。
「もしもしこちらはこころですがー
……うん、うん。今はぬえっちょと一緒だよ。
あ、そうなのか。うん? えーいないぞ。あ、そっちか。ぬえっちょー」
「何だよ」
「うしろうしろ」
「うん?」
「どーん! 貴方の後ろに古明地こいしー!」
「うわっ!」
突如私の後ろから現れたのは
私が説教しようとした新参者のもう一人、こいしであった。
ちょうどいい、こいつにも妖怪の本分というものをわからせる必要がある。
こいつも腑抜けきっているからな。
「こころちゃんもぬえぬえもなんで私に内緒で面白そうなことしてるのよう。
この後暇ならモノポリーしない?」
「ぬえぬえなんて可愛らしい名前で呼ぶな!」
「古明地こいし、今こそ革命の時だ!」
「うん? どうしたのこころちゃん。ライトノベルでも読んで影響されたの?」
こいしのやつはこころの変わりようにクエスチョンマークを浮かべていた。
くくく、こころは既に私の仲間だからな。
その変わり様に驚いているのだろう。
「おい石ころ帽子、私はお前に言いたいことが有る」
「えーなになに! 愛の告白かな?」
「惜しい、これはある意味告白だが愛の告白ではない。お前、人間に恨みがあるだろう」
「私ー? うーん、どうかなー」
かつて地底に居た私だ。こいつらさとりの姉妹のことは知っている。
こいつらは嫌われ者の集う地底の中でもさらに嫌われた種族。
その嫌われたものの中に、きっと人間はいるだろう。
「思い出してみろ、人間のやつらは私ら妖怪をゴキブリの如く嫌う。
こっちは何もしていないのに、妖怪だからって嫌うんだ。
そんな野蛮な考え持つのは人間しか居ない。
知能の低い野生の動物だって、自分を危険に脅かす存在以外を好んで攻撃したりはしないんだ。
人間の奴らは動物以下だ」
「確かにねー ぬえぬえも人間に退治されて地底に来たんだもんね」
「ぐ、う……ま、まあそうなんだけど、だから嫌だろ? 人間
嫌いだろ? 人間」
「んーまあ、そうかな?」
「そうだろう、そうだろう。だからこんな平和な所でモノポリーをしている場合じゃない。
頭の中が寅丸みたいになるぞ!」
「うーん寅丸みたいになるのはいやかなあ、ねえこころちゃん」
「うん。寅丸みたいになるのはいやだ」
満場一致で寅丸みたいな平和ボケになりたくないと言った。
これはもう、私たちは一丸となったと言っていいだろう。
今度はいい意味で腕が震えてきた。
「時は満ちた!」
「わ、どうしたのぬえぬえ」
「古明地こいし、時は満ちたみたいだぞ」
「どうしたのこころちゃんも。怪しい宗教にでもはまったの?」
「おい古明地こいし、命蓮寺に居ながらそういう言い方をするのは良くないんじゃ」
「そういえばそうだね。やっちった」
「な、なあ、私の話を聞いてくれないか?」
どうにも話の逸れる奴らだが
ひとまず制して私は話を続ける。
「時は満ちた! 今こそ人間を恐怖と絶望と混沌と深淵と無秩序の世界に陥れるべきだ。
まずは人里近くの大きな木の上に行く!
あそこで正体不明の恐怖を植え付けるんだ! 正体不明の笑い声の準備はいいか!」
「お、おー!」
こころは拳で賛同してくれた。
あとはこいしだけだ。こいつがその握り拳を上げてくれれば
私たちは人間の恐怖でお腹いっぱい夢いっぱいのお祭りだ!
「……ぷ」
「うん、どうした石ころ帽子」
「ぷくく」
「何を笑っている?」
「時は満ちた! なんていうからなにかと思ったら。
ぷくく、昔のファイナルファンタジーのラストボスでもそんなこと言わないよ。ぷくく」
「な、なんだと!」
ちょっと例えがよくわからなかったが
馬鹿にされているということだけはわかった。
「それにこんな昼間からあの木の上で笑い声を?
ばれちゃうよー ただでさえ私達は、はではでな格好してるんだから」
「そういえばそうだな。おいぬえよ、古明地こいしの言う通りだぞ。
お前の羽は嫌でも目立つ」
「そ、それはうまく隠れて見つからないようにすれば……
あ、それか私の正体不明の種で!」
「ごめん。正体不明の種はこの間マミゾウおやびんと飲んだ時にこっそり拝借して全部食べちゃった。
麦酒と結構合うんだよね。ごめんね」
「あー! なんてことを!」
「それに、ちょっと怒るかもしれないけど言っていい?」
「な、なんだよ。言ってみろよ」
「ぬえぬえの笑い声、可愛いよね。全然怖くない」
「な、なんだと!」
「あーわかるぞ。『ぬえひひひ』って感じだよな」
「あ、こころちゃんわかる? そうそう、『ぬえひひひ』なんだよね。可愛い」
「そんな変な風に笑ってない!」
なんて失礼な奴らだ!
人の迫真の演技をこうまでして馬鹿にするなんて。
「おいこころ、お前もこいしと一緒になってるんじゃない。
人間に恨みがあるんだろ!」
「そ、そういえばそうだった。私は私の製作者たちに恨みがあるんだった」
「でもこころちゃん、その人はもう復活したでしょ?」
「え?」
「とよさとみみみみみみみこ」
「あ、そっか。あの人にはけっこう構ってもらってる。こないだはお小遣い貰ったし」
「おふるのヘッドホンももらったもんね」
「うん、なかなか良い重低音を出すから結構いい感じ。
最近寝る前にそのヘッドホンで亡失のエモーションばかり聞いているんだ」
「わ、私の知らない話をするんじゃない!」
こいつらは気づくと私の話をしてしまうから厄介だ。
話を本筋に戻さなきゃ。
「……こいし、お前も妖怪なら人間の恐怖心が好きだろう。
私と一緒に恐怖を人間たちに与えよう」
「うん、でも食べ過ぎたら食あたりになっちゃうよ。
この前の都市伝説で遊んだ時にだいぶ味わったし私はいいかなー」
「だからっていつまでも腑抜けていい理由にならないだろ。
じゃあ私がもう一つくらい、正体不明の都市伝説の噂を流してやる。
お前らの時みたいに、また噂になれば再び恐怖心が得られるぞ!
一緒にどうだ?」
「ねえ、ぬえぬえ」
「な、なんだよ」
「寂しかったのね。あのオカルトボール異変の時、置いてけぼりにされて」
「な、なんだと?!」
なんてことを言うんだ、このさとれないさとり妖怪は!
天下の大妖怪、封獣ぬえを捕まえて、寂しいだなんて!
「もういいもういい! お前なんか仲間にいれてやらん。
私はこころと一緒に新たな都市伝説を生み出し……」
「こころちゃんならもう飽きたみたいで
あそこでいい天気だから庭で寝ている寅丸をもふもふして遊んでるよ」
「……いい、私一人でやるから!」
「でもぬえぬえ、都市伝説なんてもうとっくに時代遅れだよ。人里で噂はもう飽和状態。
ぬえっちょは考えがちょっと古臭いんだよなあ」
「……ふ、古臭い?」
「やるにしても、もっと新しい方法があると思うんだよね」
「……」
「どうしてもやるっていうなら付き合うよ」
「…………ぬ、ぬえ」
「うん、どうしたの?」
「……ぬえええん」
「え?」
「ぬえええん、ぬええええん!」
「わ、ぬえぬえ!」
「なんだよ、私が頑張ろうとしてるのに! 否定ばっかして! ぬえええん!」
どうにも悔しくって、私は涙が止まらなかった。
私はただ、こいつらと一緒に人間を恐怖に陥れたかっただけだったのに!
こいつらは私の気持ちを何一つわかってくれない。
「ぬえええん、もういいよお前らなんかあっちいけ!」
「ご、ごめんねぬえぬえ。泣かないで。
こころちゃん助けて! ぬえぬえ泣いちゃった」
「なんだと! 古明地こいし、お前ぬえっちょをいじめたのか?!」
「間接的にこころちゃんもいじめてたんだからね!
ぬえぬえはか弱い心の持ち主なんだから繊細に扱えってマミゾウおやびんも言ってたでしょ!
……あ」
「ま、マミゾウのやつが私のことをそんな風に……? ぬえええん!!!!」
「古明地こいし、余計なことを言うんじゃない!」
「ご、ごめんつい…… こころちゃん、何か早くおもしろいことやってよ」
「そんな急に言われても何もないぞ…… ぬ、ぬえっちょ」
「な、なんだよう、ひっく、うぐ、ぐず、ぬえっく、ぬえっく」
「べ、べろべろばー」
「こころちゃんそれ無表情でやっても馬鹿にしてるようにしか見えないって!」
「……ぬえええん! いつまでもばかにしやがって! ぬえええん!」
もう、よくわからなかった。
こいつらは私のことをけなし、いじめ、地底に追い返す為に来た地底からの使者なんじゃないのか。
私を仲間はずれにして命蓮寺から追いだそうとする奴らなんじゃないのか。
せっかくこの間の牛の首で少し命蓮寺に恩返しができたのに。
私はこいつら妖怪の為に、聖の為に少しでも為になることをしようとしただけなのに。
「ぬえええん、ぬええええん!」
「だ、駄目だよ、ぬえぬえ泣きやまないよこころちゃん!」
「お前が悪いんだからな! ぬえっちょいじめるから!」
「私だけのせいじゃないもん!」
「ふたりとも」
その『ふたりとも』という言葉から、あたりは恐怖心につつまれた。
尤も、それは人間のものではなく、妖怪のもの。
こころとこいしの恐怖心であった。
なにやらめきめきといった音が聞こえてくる。
「何があったのか説明してください」
「びゃ、白蓮和尚……説明するから私の六十六あるお面を一握りに破壊しようとしないで……あがが」
「わ、私の目が…… 私の目……ひしゃげるひしゃげる……いぎぎ」
目は涙でいっぱいになっていたので
二人が何をされているのかはわからなかった。
だけど、何か苦しそうなうめき声が聞こえてくるので何かをされているのかはわかった。
でも、私はただ泣くことしか出来なかった。
この不満を、泣くことでしか発散出来なかった。
「ぬえええん、ぬええええん!」
泣いてしまった疲労からか、私は寝てしまったのだろう。
目を開けると天井が見えた。
顔を傾けると、こころとこいしが死ぬほどの恐怖を味わったかのような顔で
私の側につき、正座をしていた。
目が覚めた事に気づくと、声を揃えて「ごめん」と言った。
許してやるのが癪だったので、布団に潜って返答はしなかった。
「おうおう、随分盛大にやったようじゃの」
こころとこいしが去った私の部屋に、昔なじみの声が響いた。
被った布団はとってやらない。
「かかか、お前さん。泣いたのなんて久方ぶりなんじゃないか」
「……私はか弱いからな」
「なんじゃ、本気にしたのか。呆れた」
「どういうことだよ!」
布団を投げ捨ててマミゾウに詰め寄った。
マミゾウは私の赤くなっているだろう目を見つめて、にやりと笑った。
「お前さんは一度退治されている身だろうに。
だから弱さを知っていると言ったんじゃ。
弱さを知っているやつじゃあないと、人の弱きをつけないからな。
人間の恐怖心も煽れないじゃろ」
マミゾウはぷかりと煙を吐いて続けた。
「お前さんと私は日陰者じゃろ。
そう欲張るな、妖怪としての本分は大事じゃが、そればかり求めてたら足元掬われるぞい。
強い妖怪が弱い人間に負けるときはどういう時か、経験上よく知ってるじゃろ」
「……余裕が無い時」
「そういうことじゃ。あいつら二人は気の抜き方が上手い。お前さんよりは確実にの。
……少し抜きすぎな気もするが。まあ、見てみい」
なんとなくわかった気がした。
マミゾウはそれだけ言うと、部屋から出て行った。
見てみろ、とマミゾウが指差した先を見る。
「古明地こいし、落とし穴をほったぞ!
これで人間を怖がらせるのはどうかな?」
「うーん、それはびっくりするだけなんじゃ……」
「そうか。それでお前は何をさっきから作ってるんだ?」
「見てこれ、めちゃくそ怖くない?
この血みどろのピエロのお面を被ってバック転しながら人間の前に現れるの。
帰るときは排水口の隙間ね」
「こ、古明地こいし、それは怖すぎるぞ……」
「なんだ、あいつら……」
庭先で、恐怖を与える為にどうすればいいのか、試行錯誤している二人の姿があった。
しかしどうにも、上手く行っていないようだ。
それもそのはず、あいつらはまだ初心者のはずだ。
妖怪として、恐怖とはなんたるかをわかっていない。
私は二人の前まで行って、大きく息を吸った。
恐怖初心者のあいつらに、レクチャーしてやらないとな。
それが先輩妖怪の本分だろう。
「お前ら! なってないな!」
「ぬえっちょ!」
「ぬえぬえ!」
ムカつくが仕方ない。
遠回りだが、無駄ではない。
余裕ができた私はゆっくりとこいつらと人間を恐怖に陥れる方法を考えようじゃないか。
きっと簡単だ。
なぜならここにはそれに特化した妖怪が三人もいるんだから。
この思いは、きっとさっきと違い一方通行じゃないはずだろう。
『正体不明とお面と小石』
おわり
「こころのは単純すぎる。だが発想は悪く無い、シンプルな恐怖ほど心に根付く」
「ふむふむ」
「こいしのは怖すぎるし意味不明だ。もっとわかりやすい恐怖の方がいい。
恐怖より先に唖然としちゃうからな」
「そっかー」
「古明地こいし、私たちは都市伝説以外は恐怖初心者なんだから
まずはぬえっちょにお手本を見せてもらうべきでは?」
「こころちゃんの言う通り! ねえねえ基本を教えてよぬえぬえ」
「な、なんだお前らそんなに私に頼りたいのか。
しょうがないな、ぬえひひひ」
「あ、それそれ可愛い笑い方。今の可愛かったよねこころちゃん。けらけら」
「うん、今のは可愛いな。くすくす」
「……ぬえええん!」
なんかもうしぬほどこいごころ!(意味不明)
あざとかわいい
どのスマブラが一番いいかって聞かれたらゲームキューブだけど‼
前半の扇動者みたいなぬえちゃんも、後半の頑張ってたのにポッキリ折れて泣いちゃうぬえちゃんも
最後の一矢報えそうで報えなかったぬえちゃんも、とにかく可愛すぎてニヤニヤが止まらなかったです。
ぬえってこんなに可愛かったんですね。ごちそうさまでした。
マミゾウさんのフォローも素敵でした!
いやしかし、とても可愛いぬえさんでした。特に「ぬええええん!」がツボです。
小ネタもたっぷりで楽しかったです。
ぬええええええんんん。
こころもこいしも良い感じで表現出来ていて最高でした。
ぬえちゃんはもう言うまでもなく、可愛かったです萌えましたprpr