Coolier - 新生・東方創想話

初恋 

2016/04/17 22:54:46
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※この作品は5月の博麗神社例大祭で配布するss本のうちの一本全文サンプルです。


 私はよく、笑わない子だね、と言われる。それは別に気分が悪いとか、天気が悪いとか、そういうことを考えて笑わないわけではない。むしろ、お賽銭が入らなくても、異変が起きても、妖精が悪戯しに来ても、いきなりスペルカードを放たれても、私は不快にはならないのだ。私の心を掻き乱すものといったら、それは、ひとつだけだった。
 そういえば、最近その原因にも会ってもいない。お賽銭を入れるわけでもなく訪れるのは、胡散臭いスキマ妖怪と、説教ばかりの仙人と、別に写真を撮りに来るでもない天狗くらいのものだ。別に、アイツに会いたいとか、そういうのでは決してない。ただ、いつも使っている髪留めがここのところ見つからないとか、きっと、その程度のことなのだ。

 アイツのことだけを考えているのも癪なので、今日は満月かしら、なんて考えながら薄い月をみつめた。すると箒に二人乗りで滑空している魔法使いが視界に入った。見慣れた白黒服にとんがり帽子のアイツが前に乗っていて、短めのブロンドに藍色のスカートのアリスが後ろに跨っていた。仲が良さげである。
「ふーん……」
 そういうことだったの、と一人納得する。最近顔を見せないと思ったら、アイツってばアリスにご執心だったのね、と。仲が悪いんじゃなかったの? と。そのとき、胸の奥が冷水でも流し込んだみたいに冷え込んだ。
「ま、私には関係ないことね」
 そう言ったものの、やはりどこかで気になる自分が居ることにも気づいていた。アイツといるときの自分を思い出してみたけれど、この感情が何であるかは、皆目見当がつかなかった。だって、こんな気持ちは初めてだったから。

 × × ×

「花見の季節ね」
 声に振り向くと、縁側にいつのまにか腰掛けている妖怪がいた。神社以外に訪れることはないのか、この吸血鬼は。
 レミリアは縁側にひらりと舞い落ちた桜の花弁を指先でもてあそんでいた。
「今年も春が来たのね」
 今頃春告精は幻想郷中を駆け巡っているのだろう。
「アンタんとこの引きこもり達も連れて来たらどう? たまには外の空気も吸いなさいよって」
「ああ、伝えておくよ」
 レミリアはそれだけを言いに来たのか(そうであったらなんてコイツは暇なんだろう)、薄桃色の日傘をさし、踵を返してうららかな午後の空に飛び立った。咲夜がいないあたり、コイツも少しは自立への道を歩んでいるのかもしれない(ただし神社は自立支援施設ではない)。

 リリーホワイトが春をつれてきたということは、もう初夏が近づいているということだ。そんな風に思うのは気が早いだろうか。私は天色の空を目を細めて見つめた。からっとしたいい陽気に心地よい風。桜が散ってしまえば、きっと春は死んで、また今年も夏が生まれるのだ。
 夏は嫌いではない。暑いのもまた風流であるし、油蝉の鳴き声に耳を傾けたり、ツチノコを発見したり、四季の中で一番わくわくできる季節だった。けれど、そんな私の隣には、いつもアイツがいたのだ。私の思考を鈍らせる、忌々しい霧雨魔理沙。
 はにかんでから、いつもコイツは、霊夢はよく笑うな、と言う。こんなことを言うのはコイツだけだった。


 × × ×

 朝、やけに騒がしい、と感じて目が覚めた。襖を開いて外の様子を確認。何も見なかったことにしようと戸を閉めようとする。
「霊夢ぅ、遅いわよぉ」
 博霊神社の境内一面にござが引かれていて、紫はじめ紅魔館の面々や、山の巫女などが座っていた。手招きをされる私。
「霊夢さん! 今年はちゃんとお料理作ってきましたよ!」
 早苗が褒めて褒めてと言わんばかりに重箱を開けようとする。
「私はもちろんお・さ・け」
 紫の手には見たこともないような薄緑色のお酒や、私には読めない文字が書かれている茶色の大瓶を取り出す。お酒を運ぶときに紫は結構頼もしい宴会のパートナーなのである。何故かってそりゃあ、スキマにぽいぽい重いものが入るんだから。
「引きこもりつれてきたわよ」
 とレミリア。憔悴しきっている表情である。きっと出発するときに館を半壊でもさせられたのだろう。咲夜はそんな主に日傘をさしている。
「霊夢! 久しぶり!」
 フランは相変わらず元気いっぱいだ。さすが館をぶっ壊してきた(多分)だけある。
「日陰ないの?」
 よろよろと小悪魔に支えられながら階段を上がってきたパチュリー。相変わらずの様子だ。紅魔館の面々としては足りない者が一人居るけれど、それは仕方がないことらしい。紅美鈴は毎年門番としてお留守番なのである。
 皆とそれなりに挨拶を終えてから、何か欠けているものがある気がして境内を見渡す。そうだ、いつもだったら一番に来ているはずのアイツがいないのだ。

「主役は遅れてくるものなんだ」
 
 と、神社の瓦の上から飛び降りて、そんな台詞を口にしたのは、もうずっと会っていなかった魔理沙だった。
「あら、来ないものだとてっきり」
 心の中に渦巻いている気持ちがなんとなくと棘棘しいように思えて、自分が嫌になる。私は何がそんなに不快なのだろう。
「なんだ、そんな言い方ないじゃないか」
 一瞬魔理沙の瞳が揺らいだような気がして、少し清々した。自分でも性格が悪いと思うけれど、ちょっと意地悪な気分なのだ。
「はいはい、ごめんなさいね。さあ飲んで食べましょ」
 そんな私の態度に魔理沙は少し傷ついたような顔をしているような気がした。何故そんな顔をするのだろう。
「魔理沙」
 遠くから、今はあまり聞きたくなかった声が聞こえた。

 × × ×

 魔理沙とアリスがなにやら話し込んでいた。もう日も暮れるというのに、ずっと二人で何かを論議しているようだった。私はそれを悟られないようにそうっと見つめていた。時折魔理沙の顔が真っ赤になったり、急に頭を抱えだしたり、普段の私だったら、どうしたの、の一言くらいはかけるであろう。けれど、そのときの私は、それどころではなかったのだ。
 
 あんな魔理沙、見たことがなかった。

 その事実に打ちのめされているのである。アリスと一緒だと、あんなに可愛い反応をするのね、と。そうして気づく。これはもしかして、嫉妬というものなのだろうか、と。もしかして、私は魔理沙のことが、と。



 しばらくすると魔理沙がお茶をたかりに縁側に座りに来た。
「なあ霊夢」
 まるで子犬のような目で私を見上げる魔理沙。そう感じるのは私の気のせいだろうか。
「星、見たくないか?」
 今度、十年に一回ってくらいに大きい流星群が来るんだ、と、魔理沙は弾んだ声で笑った。妖怪にとってはあっという間の10年でも、私たち人間にとっては大きく見積もっても人生の10分の1であるのだ。
「別に、いいけど」
 返事をすると、魔理沙は人懐っこいような愛嬌ある笑顔を見せた。
「霊夢、星好きか?」
 にこにこしながら歌うように言葉を紡ぐ魔理沙。少しまっすぐすぎるコイツにほだされてしまったのか、頬が緩む。しかしそれを知られたくなくて、すぐに唇を硬く噛んだ。
「……キライじゃない」
 自分でも偏屈だと思う。けれど、コイツにだけはどうしても素直になれなくて。それがどうしてなのかが分からないということが、私をもどかしくさせる。
「そうか、ふふ、そっかあ」
 魔理沙はやけに嬉しそうに空を見上げた。私もつられて顔を上げる。
「きれいだなあ」
 無垢な瞳に素直なこころ。私は自分にない何かをコイツは持っている。
 ああそうか、と。コイツに対する執着に似た何かの正体が少しずつ分かり始めてきてしまう。
「ねえ」
 ん、と振り向いた魔理沙は無防備で、あまりにも子どものようで、泣きたくなってくる。現に目じりには涙が滲んで、それを悟られたくなくて俯いた。ぽつりと落ちた雫が、地面に暗く染みをつくる。
「どうしたんだ? 霊夢?」
 魔理沙は私の顔を心配そうに覗きこんでくる。あまりにも距離が近かった。
 どくどくと脈打つ心臓が次第に落ち着いてくる。好き、とは言えなかった。ただその代わりに、私は静かに魔理沙の肩に手を添えて、それからゆっくり唇を重ねた。生まれて初めてのキスは涙の味がした。
 唇を離すと、魔理沙は一瞬ぽかんとした表情をしていた。そうして、ゆっくり目を見開いて、唇を中指でなぞった。頬は熟したりんごのように紅かった。この少女は本当に魔理沙なのだろうか、と数度目を瞬かせる。しかし何度見ても、目の前にいるのは霧雨魔理沙に他ならなかった。
「な、なんなんだ、なに、っ、考えて……っ」
 魔理沙はどんな顔をしたらいいのか分からないようにも見えたし、少し怒りに震えているようにも見えた。そうしてそれだけ言うと、ブラウスの袖で目の辺りを擦り、私の隣から走り去っていった。もしかしたら、泣いていたのかもしれない。いや、泣かせてしまった、が正しいのだ。魔理沙のあんな顔、見たことがなかった。罪悪感が押し寄せる。けれど共に、魔理沙の知らない一面を見てしまった、私だけが見てしまったのだ、というおかしな喜びが私の身を襲う。
 遠く視線の先に神社の階段を駆け降りて行くアイツとアリスが見えた。アリスはちらりとこちらを振り返りながら、魔理沙の背中を撫ぜていた。
 酷いことをしたと思う。好きでもないヤツにいきなりキスなんてされて、嬉しい人間がいるはずがない。
 薄々気づいていた。やけに気になるアイツ。何故気になっていたかなんて、簡単な話だったのだ。煌く星に手を伸ばしてみたくなるように、私はきらきらのお星のような、生まれたままの、可愛い魔理沙に惹かれていたのだ。
 けれど、気づいた瞬間には手遅れ、失恋。もう友達としてもやっていけないのだろう。自分の不器用さに、乾いた笑いさえ出てくる。ひとしきり様々な感情を整理し終えたころ、処理しきれない気持ちが出てきて。
「っ」
 意思とは関係なく、瞳から雫が滴り落ちてきた。ぽたぽたと、ぽたぽたと。まるで血のように。
 私が泣くことなんて、とんと無い。しかもその原因が魔理沙だというのなら、私は大分心が擦り切れている。アイツの隣にいるときだけ、私はいつも笑っていたのだから。
 魔理沙はきっとアリスと仲が良いのだろう。それが友情か愛情かは分からないけれど、私がそこに踏み込む権利はないのだ。
 羨ましい、と思った。アリスが羨ましい。私の知らない魔理沙を、アリスに限らず知ってほしくない、そんな歪んだ感情に頭がガンガンしてくる。
 もし魔理沙にもっと早く好きと伝えていたら、魔理沙はアリスではなく私の傍に居てくれたのだろうか。
 私の隣で、キノコについて熱く語ったり、去年の夏みたいに線香花火を一緒に落としたり、紅魔館で紅茶を飲んだり、雪合戦をしたり、妖精を捕まえたり、色々なことをしてきた。私の隣にはいつもアイツがいて。
 その夜はもう、ひたすらに泣くだけだった。

 × × ×


 宴会の数日後、アリスが宴会以外では珍しく神社を訪れた。私は平手打ちくらいならかまされる覚悟をしていた。
けれどそれは見当違いだったようで。
「あのね、いま、魔理沙寝込んでいるの」
 そんなことを彼女はひょこりと言った。当然のように魔理沙の看病をしているような言い方だ。アリスの考えていることが分からなかった。何故私にそんなことを言えるのだろう。私が魔理沙を傷つけたことなんて、知っているに決まっているのに。
「私に何させたいのよ」
 また、またつっけんどんけんな態度を取ってしまう。
「だってあの子、うなされながら、ずっと」
 けれど、その言葉の続きを聞いて、私はもう何がなんだか分からなくなってしまった。私は額に手のひらをあてて、深く息をついた。微かに滲んだ冷や汗が、指先を湿らせたことには到底気づく余裕も無く。
だって、アリスは信じられないようなことを言ったのだから。

 
 アイツが、憎らしいほどに好きな魔理沙が。


 ――霊夢、霊夢って、あなたのことを呼んでるのよ。


 × × ×


 神社の扉に「しばらく留守にします」と書いた紙を張り、私は身ひとつで空に飛び出した。
 雲行きは怪しく、今にも雨が降り出してきそうだった。風の香りが湿っている。きっとアイツの家に着くころには、ずぶ濡れになるだろう。けれどそんなことを気にしていては魔理沙のところへはたどり着けないのだ。がむしゃらに、ただ雷鳴とどろく魔法の森へと自分の持てる最高の速さで飛んだ。


 そこは相変わらずの濃い瘴気に満ちていた。魔理沙の家はこの森の一番奥にある。木が犇めき合っていて流石に飛ぶことはできなかったので、地に足をつけた。そうして全力で走り出す。いつのまにか雨が降っていたようで、土はぬかるんでいた。服に泥が飛び散るのも気にせずに、息を切らせているのにも気がつかないくらいに、頭の中は魔理沙のことだけだった。
 そうして魔理沙の家に着いたときにはもう、巫女装束の体なんてまったく保たれておらず、あちらこちら泥まみれ雨まみれのひどい姿だった。けれどそんなことを言っている場合ではないのだ。
「魔理沙!」
 返事は無い。もしかしたら、今もつらそうに魘されているのかもしれない。
 ドアノブをひねると簡単に扉は開いた。何か嫌な予感がして急いで魔理沙の寝室に向かった。途中リビングに水の入っていたであろうコップが割れているものが床に落ちているのを発見した時には本当に息が詰まりそうになった。
 寝室のドアをノックもせずに開ける。するとそこには、床に倒れ、苦しそうな呼吸をしている魔理沙がいた。私は魔理沙に駆け寄り、抱き上げ、ベッドに寝かせた。明らかに高い熱があった。私が氷嚢を探しにキッチンに行こうとしていた。
「れいむ……たすけてよ、れいむぅ」
 魔理沙は目を開けていなかったし、目が覚めているわけでもないのに。そんな言葉を聞いてしまったら、もう、自分の気持ちを認知せざるを得ないではないか。
 私は一度大きく息を吐いた。気持ちを切り替えなければ、と思ったのだ。それから、氷枕を作り、魔理沙の頭の下にそっとひいた。魔理沙の乱れていた呼吸も次第にゆっくりになっていく。
「れいむ?」
 魔理沙は目を瞑ったまま私の名前を呼んだ。どんな顔をして何を言えばいいのか分からなくて黙っていると、魔理沙は目を閉じたまま言った。
「そんなわけないよな、アリス。なんだかさ、こういうとき、いつも傍に居てくれたのは霊夢だったから、都合のいい勘違いをしちゃった」
 私は涙を堪えるのに必死だった。魔理沙が閉じた瞼の端からつぅっと雫を零していたものだから。この涙の意味が分からないほど私は鈍くない。しかし、これ以上ここにいたら、魔理沙のことをまた傷つけてしまいそうな気がして、私は簡単な粥を作り、枕元において霧雨邸を後にした。
 
 神社への帰り道、アリスと遭遇した。
「わかった?」
 開口一番主語のない台詞を口に出されて、私は思わず嘆息をついた。
「何が」
 そう返すと、
「あの子に今一番必要な人は誰かってこと」
 アリスの言葉はとても鋭いように感じられて、息をするのを数秒忘れた。
「……アンタのほうがずっとお似合いよ」
 霧雨魔理沙が私のことを好きだということはもう揺るぎようのない事実だと分かっていても、そうして私がアイツのことを好きだとしても、こんがらがってしまった糸は、もう、解けないのだ。



 × × ×


 神社の桜も散り始めた頃の夕方、魔理沙はやっと本調子になったのか、いつもの黒白装束に愛用のほうきを携えて、石階段を上ってきた。私はどくどく高鳴る心臓を抑えるために、拳を強く握った。あんな不貞な接吻をされて、魔理沙はどんな気持ちだったのだろう。そして私はどんな顔をしたらよいのだろうか。
「よお」
 けれど、そんな魔理沙の一言で、私はいつもの自分を取り戻せてしまった。具体的に言えば。
「死んだんじゃないかと思ってたわ」
 そんな皮肉が言えるくらいには。
「ああ、アリスから聞いてたか」
 コイツは私があの時霧雨邸に行ったことを知らない。
「……まぁね」
 いつものように振舞えても、いくら魔理沙が私をとがめなくても、私が自分を許せなかった。

「なあ霊夢、星を見ようよ」
 この前言ったやつ、今夜なんだ、と魔理沙は弾むような声をして笑った。私はと言うと、『この前』という単語に以上に敏感になっていた。
「アリスと見たほうが楽しいんじゃないの?」
 ついつい吐き出してしまう毒に自分自身嫌気がさす。
「もしかして、妬いてるのか?」
 珍しくにたにた笑うので、私も釣られて口角が上がってしまった。
「久しぶりに霊夢の笑った顔を見た気がする」
 魔理沙があんまり嬉しそうに微笑むので、なんだか照れてしまって、顔を背けた。頬が段々熱くなってくる。
「アリスには相談事をしてただけなんだ」
「そう」
 興味なさそうな声音を作り、呟くと、魔理沙は寂しい子犬のような顔を一瞬だけした。けれどすぐにいつもの輝き始めた一番星のような笑顔に戻る。
「さ、行くぞ、霊夢!」
 きっと天体観測スポットにでも連れて行かれるのだろう。
 魔理沙はほうきに跨って、後ろの開いているスペースをぽんぽんと、まるでここに座れというように叩く。
「はあ」
 嫌なわけがなかった。私は渋々、というような表情を作り、ため息をつき、しょうがないわね、というかんじのスタンスでほうきの後ろに跨った。
 夜の帳は降り始めていて、西の空に一番星が輝いていた。

 × × ×

 着いたのは人っ子一人居ない守矢神社だった。
「ここが一番良く見えるんだ」
 魔理沙は少し得意げに、にかっと白い歯を見せた。
「あっ、霊夢っ、今流れ星見えたか?!」
 流星ひとつでこんなにもはしゃげる魔理沙はとても愛らしいと思う。子どものように無垢で、爛漫で。

 二刻ほど神社の境内に寝転んで流れ星を2人で見つめ続けた。ジッパーを開くような大きな星から、爪楊枝のように細い星まで。
「なあ霊夢」
 自然な音程の声が心地よかった。ん、と返事とも呼べないような返事をする。
「私のこと、好きか?」
 唐突なその言葉に思考が停止する。私が黙っていると、魔理沙はこう続けた。
「どうしてキスなんてしたんだ……?」
 魔理沙の横顔を盗み見る。頬には、いつかと同じ、涙が流れていた。
「……キライじゃ、ないから」
 少し考えてからそう答えると、魔理沙は上体を起こして私を視界に納めた。頬が上気していた。それから魔理沙は何度か深呼吸をして、まっすぐ私の目を見て顔を綻ばせた。救われるような、許されるような、そんな気持ちになるような笑顔だった。それからこんなことを言うのだ。


 ――私、知ってるんだ。霊夢の『キライじゃない』は『すき』って意味だって。


× × ×


 夏の青い葉たちがそよそよと風に揺れる。もうすぐ魔理沙がやってくる頃合だ。私は、麦茶を冷やしてそれを待っている。穏やかな時間だった。
 最近、「霊夢はよく笑うようになった、優しくなった」と言われことがある。きっと、それはどこかの黒白魔女のおかげだ。まっすぐで、純真な、私の恋人のおかげだ。私が優しいというのなら、それは多分、魔理沙からもらった優しさなのだろう。
「おーいれいむー!」
 境内に下りた魔理沙が遠くで手を振っている。
「はいはい」
 私はそれに小さく答えて、縁側から腰を上げた。
                 
ご読了に感謝致します。
純朴な魔理沙が、書きたかった。

例大祭5月8日(日)ち35a 新村工場
レイマリと幽リグのSS本。50ページ300円になります。
おまけもあるかも……?
よろしければ。
桜野はる
簡易評価

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コメント



0.130簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
甘酸っぱいやり取りに溢れていてにやけながら読み進めていました

例大祭の新刊も楽しみにさせていただきます!
3.100名前が無い程度の能力削除
こういう綺麗なのを書ける心をしていたかった。
4.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
6.100非現実世界に棲む者削除
とても良いレイマリでした。素晴らしい。
8.100名前が無い程度の能力削除
2人とも可愛くてとても良かったです
9.100とーなす削除
全文サンプルとは、これまた太っ腹な。楽しませていただきました。
良きレイマリでした。
10.無評価とーなす削除
誤字っぽいところ報告。

>私は自分にない何かをコイツは持っている。
「私は」が余計かと。
11.100名前が無い程度の能力削除
最高でした。
途中ハラハラもしましたが、最終的には素敵な終わり方でよかった、とホッとしました。
ありがとうございます。