皇子のたまはく、「命捨てて、かの珠の枝持ちて来る」とて、
「かぐや姫に見せ奉り給へ」
いやまさか、ほんとうにあるわけがない。これは何か……そう、きっと姫様の悪戯に相違あるまい。
日が照り始め燦々とした陽の光が差す中、彼女――鈴仙・優曇華院・イナバは蓬莱山輝夜に対して幾ばくかの懐疑心を胸中に抱いていた。
なんだって、なんだって私がこのようなことを……。こういうのはてゐあたりに任せておけば良いものを。
今回も例によって(ここでは初めてであるが)輝夜のわがままによるもので、その例によって彼女は遣わされた。
「大体、姫様は檻の中にずっといたから世間を知らないのよ……。
いやまあ、私は月の住人だったから主である姫様の意を汲んでにべもなく『承知しました』と答え、
そのままお遣いに行くことに何らの疑問を抱くことはあってはならないのだけれどさ、それはそれ。
もう私はエクス、『元』月の住人。主従関係は破綻しているはず。あの温室無菌室箱入り育ちのお嬢様に、んなもんあるわけないでしょ。と、一言漏らしても良かったはず」
だけど、だけどさ……と、彼女は大きく嘆息した。
「実際、姫様前にすると尻込みしちゃうんだよぉ……。はぁ……、本当にあるのかなあ」
遡ること数時間前。
清々しい程の朝であった。ぐんと背伸びをして庭で深呼吸をした。
斎戒沐浴。永遠亭は周囲を竹林で囲まれている。呼吸をするだけで身が清められそうではないか。
そんなことを思い巡らせながら体操をしていると、縁側に輝夜が現れた。
「さんしーごー、あ、姫様おはようございます」
「おはよう。直角三角定規がどうかしたの?」
「は? 私はただ体操を」
「随分大層な身分だこと」
「まぁ元とはいえ月の住人ですからね」
「竹林の中で体操、深呼吸。穢れを拭うために斎戒沐浴、ってことね?」
「いやいやそんな大層なことではなくてですね……」
「え? でも体操していたのでしょう?」
「ええしていました、って、あれ?」
輝夜は困却極める鈴仙を微笑みながら眺めている。
「うどんげ、実は折り入って頼みがあるの」
「突然ですね。頼み、ですか。それはつまり頼りにしてくれる、ということですか」
「そうよ。貴女しかいないの。貴女にしかできないの」
「は、はは、そうですかそうですか! それならこのわたくしめにおまかせあれ。して、その頼みとは」
「蓬莱の玉の枝のお遣い、頼めるかしら?」
「はいはい蓬莱の珠の……え?」
「そうよ、それをね買ってきてほしいの」
「買ってくる? え、買ってくる? バイ? 狩ってくるとか刈ってくるとかではなく? 枝的には後者のほうが近いと思いますが」
「購入してきて。最近巷で流行っているらしいのよ」
「幻想郷で巷ってすごく局地的ですね」
「どうやら里にあるらしいわ。うどんげ頼んだわよ!」
「嘘でしょ! 里に!? なんでまた、どうして! って、姫様ー! 姫様ったらー!」
輝夜は振り返ることなく去っていった。残された鈴仙はその場に屈み、よく知っているのによく分からない物を果たして手に入れられるのかと早速心配した。
どうしたって鈴仙には理解できなかった。
なんだってあの「蓬莱の玉の枝」が人間の里にあるのか。あったとしても「蓬莱の玉の枝」などみつかるものか。というかアレって姫様が持っていなかったかしら?
ということはなに。もう一個欲しいってこと? え? 傲慢。さすがお嬢様ね。
というか、例えそれがあったとして、貴重なものだろうし手に入れられるかなぁ?
それに里のどこにあるというのか。ううむ。
蓋し、そういった貴重なものは邸にありそうだ。里で邸といったら稗田家だ。
則ち、「蓬莱の玉の枝」は稗田家にある! どうよ私の推理は!
でも、永遠の命を手に入れられる枝があの稗田家にあるって何なのよ……。
里。人間の里ねぇ……。あの猫を売り歩いた時以来ねぇ。
あのあと永琳様に絞られて頒布中止しちゃったからなぁ。
あの時と同じ装束だから、また猫希望されたりしちゃって。
そうしたら、しょうがないよねぇ。需要があるんだから供給しないとねぇ。
ニマニマしながら里を歩いていると前から声がした。女の声だ。
「あー、おい大丈夫か?」
ハッと鈴仙は我に返った。笠を顔を隠すようにずらした。
「あ、ああ。大丈夫です。問題ないです」
「そうか。……ん、お前どっかで見たことあるなぁ」
「へ?」
ちらりと前方の女性に目を見やる。魔理沙だった。すると向こうも気がついたらしい。
「あーお前! 永遠亭の兎か。どうした里に。また猫を売りに来たのか?」
「いいや、今日は違うのよねぇ。スーパーを超越したハイパーはまたいずれ……」
「軽く絞られたんだろ? 師匠に」
「あれは師が弟の粗相の後始末としての対応。つまりは愛情ってことよ。それにあれは私は悪くない」
「ようわからんな」
「あんたのような人間には理解できないでしょうねぇ」
「分かりたくないな。じゃあ猫売りじゃなかったらなんなんだよ」
「あぁ、実はねぇ『蓬莱の玉の枝』をね探しに来たのよ」
「おぉ! あれか! あれは実に良いぞ。一回だけでは飽き足らず何度も何度も欲したくなる」
「そうなの? そっか、あんた大魔法使いになりたいんだもんねぇ、不老不死の願望あるものねぇ」
「あー? まぁ、とにかくあれはオススメだぜ?」
「私が欲しいのではなくて姫様が欲しいらしいのよ」
「あの箱入りの。一体全体どこからお外の情報を仕入れたのか」
「大方てゐからでしょうね」
「弟? お前のことか」
「いいやてゐ……って、あれ?」
「まぁ、お嬢様なら気にいると思うよ、じゃあな」
魔理沙と別れ、稗田家の邸を目指す。
魔理沙があんなに勧めてくるということはそれほど里ではメジャーということか。
……蓬莱の玉の枝が?
不死の薬は、あの始皇帝の使いですら見つけることが出来なかったというのに……。
輝夜様は何を考えているのか?
世にも珍しい、というか現世にあるのかも分からないもの。あったとしても霊験あらたかな場所にあるであろう。
里にあるものか、馬鹿馬鹿しい。
稗田家の邸に着いた。とても厳かな雰囲気漂う。
「ごめんくださーい」
我ながら恥ずかしい。早く誰か使用人でもいいから出てきて。
すると小使が一人でてきた。要件を聞いてきたので阿求を出せと言った。
小使が私を妖怪とようやく認識したらしく縮こまりながら客間まで案内した。
数分経ってから襖の向こうで声がした。
およそ小使と思しき人間が、くれぐれもご用心をと言っているので、なる程あの背丈の小さい影が阿求だなと
この時気付いた。確かに私は妖怪だからな。向こうからしたら剣呑なヤツであろう。
それでいい。恐れてもらわなければ。
「お待たせしました。それで、要件とは」
「単純よ。江湖騒がせている例の物、出してちょうだい」
「巷間で賑わっているものね、あなたもご存知だったのね。あんな竹林にいながら」
「ふん、ちんちくりんのあんたにいわれたくないわ」
「でも、どうしてわざわざここにいらしたのかしら」
「は? それはあんたが持っているんじゃ」
「なにを?ここにあるわけないじゃない。どうしたらそういう考えになるのかしらね」
「いいや、こことしか考えられないでしょ? あんた不死になりたいんじゃなくて?」
「おかしな話ね。私が? 不死に? ははは、お生憎様。私は不死になりたいわけではなくてよ」
「え? あれ? じゃあ一体どこに?」
「仕方ないわねぇ。私が案内するわ。付いてきなさい」
ううむ、この邸に無いとするとどこにあるというのだ。というか里にあるのだろうか。
でも阿求が案内してくれるそうだし……。
門の前で考察していると阿求が出てきた。奥で小使たちが自分らが代わりに行くと声を上げていたが
阿求はそれを全て翻していた。
「さあ、行きましょう」
「あ、うん」
阿求の後に付いて行く。しかし、背丈小さいなぁ。
後ろに自分よりも背の高い妖怪がいるのに物怖じしないとは。
幻想郷縁起を記す生業上妖怪との面識も広いからだろうか。
「あのさ、一つ聞いてもいい?」
「なにかしら」
「なんで、あんた直々に案内してくれるわけ?」
「ああ、それわね……」
阿求の歩が止まった。それに追従する形で私もあゆみを止める。
「あれよ」
阿求が指差す先には……え? 焼き鳥屋?
「あれは、焼き鳥屋? それがどうしたの?」
「あんたがご所望の物はあそこにあるわよ」
「はぁ? バカじゃないの? あんなところに蓬莱の玉の枝があるわけないでしょ?」
稗田家当主。終に痴呆になる。早いものねぇ。まぁ彼女は通常の人間よりも寿命短いから
換算すれば還暦程度の年齢かもしれないしね。
「あなたこそ馬鹿ではないかしら? まあ見てなさい」
阿求が焼き鳥屋に並んだ。私もその後ろに並ぶ。
こんなところにあるわけないでしょう。この女が恥をかくところを後ろから大笑いしてやるわ!
「おじさん、蓬莱の玉の枝2つ頂戴」
まいどあり! と店主のじいさんは答えた。
「いや嘘でしょ! なんで通じるのよ! じいさんボケた? ボケたの? てかあるの!?」
「うるさいわねぇ、黙っていなさいよ」
はいお待ち……、とじいさんは萎縮して焼き鳥を阿求に差し出した。
「え、なにそれ?」
「蓬莱の玉の枝」
「は?」
「美味しいわよ」
甘辛そうな、香ばしいタレにくぐらせたであろうその焼き鳥は陽の光によって黄金に照っている。
さながら蓬莱の玉の枝を想起させるその焼き鳥。侮れない!
「え? 蓬莱の玉の枝よね?」
「そうよ、これは蓬莱の玉の枝」
「え? 商品名?」
「そうよ。見た目が似ているのよね。だからそう名付けたのよ。ねぇ店主のおじさん」
おうともよ! タレは自家製の秘伝のタレさ! 構想十年、心血を注いだ俺の魂の力作さ! とじいさんは拳を握り語る。
「なんで、2つ?」
「ん? ああ、小使に買いに行かせると1本しか残らないのよねぇ。道中でたべちゃうから」
「だから、案内も自分からかってでたのね」
「そういうこと」
阿求はもう1本目を完食していた。
良い食べっぷりだねぇ嬢ちゃん、とじいさん。
「あぁ、さっきの不死になりたくないという発言。これが里にある限りは取り消すわ」
「そんなに美味しいの?」
絶品だぜ、とじいさん。
「自分で言うか! じゃ、じゃあ2本頂くわ」
「あら、貴女も2本食べるの?」
「違うわよ。1本は姫様の」
「ふーん。おじさんもう1本」
手に入れた蓬莱の玉の枝を食べる。とてつもなく美味かった。先程までの徒労による鬱憤の蓄積が解脱していった。
「う……美味い。なにこれすごく美味い」
「でしょう? 食べた者は永遠に生きてこれを食べ続けたくなる。心理上不死にさせる。蓬莱の玉の枝という名に恥じない逸品よ」
「言い得て妙ねそれは」
「うーん、1本では足りないわねぇ……、また買えば良いわよね。頂きます」
「……ん? あら、今日の分はもう終わったみたいね」
「へぇー、……え!? 嘘どうしよう! 半分食べちゃった!」
殺される、確実に姫様に亡き者にされる。どうしよう……。
「そうなったら最後の手段ね」
「いや、最初だけど」
「思うにあの焼き鳥の味付けは、醤油、酒、味醂、砂糖とあとナニかよ」
阿求は力強く語る。その目は熱く燃え滾っていた。
「ナニかって、ナニよ……」
「それは神とおじさんのみぞ知る事柄よ。さておき。こうなったら自力で作るしかないわ」
二人は稗田邸の調理場に来ている。物陰から小使数名がのぞき見している。
「大丈夫かしら阿求様は……。お怪我でもされたら……」
「心配する点はそこ? 隣のアレ。妖怪でしょ? 食われたら……」
「アレ妖怪だったの? この前里にいたからてっきり人間かと」
「あんなに耳の長い人間なんていると思う?」
「鼻の長い人間がいるのだから、耳の長い人間だって……」
「あんたら! そんなこといいから阿求様の心配を……」
小使達がせめぎ合っている。
「あなたたち。心配しなくとも結構よ。私は妖怪に食われる程にヤワではないわ」
「阿求様……。数十年しか生きられないのにヤワではないとは……」
「そ、れ、に、この兎は人間を襲える程の脅威も勇気も無くてよ」
「でなきゃ。焼き鳥自作しに来ませんものね」
「ちょっと小使も阿求も酷くない? 仮にも元月の住民よ?」
「しかしあれよね」
阿求がキッとうどんげの方を向く。
「兎が鳥を調理するなんて。皮肉よね」
阿求が嗤いを堪えながら言う。
「はぁ? なんでさ」
「なんでもよ。さぁ、醤油と味醂と酒と砂糖と酢とナニかで調理よ」
「だからナニかってナニ! というか酢、増えてるし! 酸味なんてなかったよ!」
永遠亭に戻ってきたのはもう月が登ってからだった。
こっそりと門から入ってこっそりと輝夜の部屋の前に蓬莱の玉の枝と優曇華の花束を添えて置いた。
蓬莱の玉の枝はあのあと、阿求と一緒に作った自家製のものだ。それに申し訳程度に優曇華の花束を添えた。
「うどんげー買ってきたー? あら? これは」
輝夜が焼き鳥を手に取った。その焼き鳥は何とも惨めなもので、光沢も無く、
聞いていた焼き鳥とはまるっきり違った。
一口食べる。
「……うどんげ。花束なんて罪滅ぼしになるとでも思っているのかしら、ふふ。でも、どう考えても酢とケチャップは無いわ」
「かぐや姫に見せ奉り給へ」
いやまさか、ほんとうにあるわけがない。これは何か……そう、きっと姫様の悪戯に相違あるまい。
日が照り始め燦々とした陽の光が差す中、彼女――鈴仙・優曇華院・イナバは蓬莱山輝夜に対して幾ばくかの懐疑心を胸中に抱いていた。
なんだって、なんだって私がこのようなことを……。こういうのはてゐあたりに任せておけば良いものを。
今回も例によって(ここでは初めてであるが)輝夜のわがままによるもので、その例によって彼女は遣わされた。
「大体、姫様は檻の中にずっといたから世間を知らないのよ……。
いやまあ、私は月の住人だったから主である姫様の意を汲んでにべもなく『承知しました』と答え、
そのままお遣いに行くことに何らの疑問を抱くことはあってはならないのだけれどさ、それはそれ。
もう私はエクス、『元』月の住人。主従関係は破綻しているはず。あの温室無菌室箱入り育ちのお嬢様に、んなもんあるわけないでしょ。と、一言漏らしても良かったはず」
だけど、だけどさ……と、彼女は大きく嘆息した。
「実際、姫様前にすると尻込みしちゃうんだよぉ……。はぁ……、本当にあるのかなあ」
遡ること数時間前。
清々しい程の朝であった。ぐんと背伸びをして庭で深呼吸をした。
斎戒沐浴。永遠亭は周囲を竹林で囲まれている。呼吸をするだけで身が清められそうではないか。
そんなことを思い巡らせながら体操をしていると、縁側に輝夜が現れた。
「さんしーごー、あ、姫様おはようございます」
「おはよう。直角三角定規がどうかしたの?」
「は? 私はただ体操を」
「随分大層な身分だこと」
「まぁ元とはいえ月の住人ですからね」
「竹林の中で体操、深呼吸。穢れを拭うために斎戒沐浴、ってことね?」
「いやいやそんな大層なことではなくてですね……」
「え? でも体操していたのでしょう?」
「ええしていました、って、あれ?」
輝夜は困却極める鈴仙を微笑みながら眺めている。
「うどんげ、実は折り入って頼みがあるの」
「突然ですね。頼み、ですか。それはつまり頼りにしてくれる、ということですか」
「そうよ。貴女しかいないの。貴女にしかできないの」
「は、はは、そうですかそうですか! それならこのわたくしめにおまかせあれ。して、その頼みとは」
「蓬莱の玉の枝のお遣い、頼めるかしら?」
「はいはい蓬莱の珠の……え?」
「そうよ、それをね買ってきてほしいの」
「買ってくる? え、買ってくる? バイ? 狩ってくるとか刈ってくるとかではなく? 枝的には後者のほうが近いと思いますが」
「購入してきて。最近巷で流行っているらしいのよ」
「幻想郷で巷ってすごく局地的ですね」
「どうやら里にあるらしいわ。うどんげ頼んだわよ!」
「嘘でしょ! 里に!? なんでまた、どうして! って、姫様ー! 姫様ったらー!」
輝夜は振り返ることなく去っていった。残された鈴仙はその場に屈み、よく知っているのによく分からない物を果たして手に入れられるのかと早速心配した。
どうしたって鈴仙には理解できなかった。
なんだってあの「蓬莱の玉の枝」が人間の里にあるのか。あったとしても「蓬莱の玉の枝」などみつかるものか。というかアレって姫様が持っていなかったかしら?
ということはなに。もう一個欲しいってこと? え? 傲慢。さすがお嬢様ね。
というか、例えそれがあったとして、貴重なものだろうし手に入れられるかなぁ?
それに里のどこにあるというのか。ううむ。
蓋し、そういった貴重なものは邸にありそうだ。里で邸といったら稗田家だ。
則ち、「蓬莱の玉の枝」は稗田家にある! どうよ私の推理は!
でも、永遠の命を手に入れられる枝があの稗田家にあるって何なのよ……。
里。人間の里ねぇ……。あの猫を売り歩いた時以来ねぇ。
あのあと永琳様に絞られて頒布中止しちゃったからなぁ。
あの時と同じ装束だから、また猫希望されたりしちゃって。
そうしたら、しょうがないよねぇ。需要があるんだから供給しないとねぇ。
ニマニマしながら里を歩いていると前から声がした。女の声だ。
「あー、おい大丈夫か?」
ハッと鈴仙は我に返った。笠を顔を隠すようにずらした。
「あ、ああ。大丈夫です。問題ないです」
「そうか。……ん、お前どっかで見たことあるなぁ」
「へ?」
ちらりと前方の女性に目を見やる。魔理沙だった。すると向こうも気がついたらしい。
「あーお前! 永遠亭の兎か。どうした里に。また猫を売りに来たのか?」
「いいや、今日は違うのよねぇ。スーパーを超越したハイパーはまたいずれ……」
「軽く絞られたんだろ? 師匠に」
「あれは師が弟の粗相の後始末としての対応。つまりは愛情ってことよ。それにあれは私は悪くない」
「ようわからんな」
「あんたのような人間には理解できないでしょうねぇ」
「分かりたくないな。じゃあ猫売りじゃなかったらなんなんだよ」
「あぁ、実はねぇ『蓬莱の玉の枝』をね探しに来たのよ」
「おぉ! あれか! あれは実に良いぞ。一回だけでは飽き足らず何度も何度も欲したくなる」
「そうなの? そっか、あんた大魔法使いになりたいんだもんねぇ、不老不死の願望あるものねぇ」
「あー? まぁ、とにかくあれはオススメだぜ?」
「私が欲しいのではなくて姫様が欲しいらしいのよ」
「あの箱入りの。一体全体どこからお外の情報を仕入れたのか」
「大方てゐからでしょうね」
「弟? お前のことか」
「いいやてゐ……って、あれ?」
「まぁ、お嬢様なら気にいると思うよ、じゃあな」
魔理沙と別れ、稗田家の邸を目指す。
魔理沙があんなに勧めてくるということはそれほど里ではメジャーということか。
……蓬莱の玉の枝が?
不死の薬は、あの始皇帝の使いですら見つけることが出来なかったというのに……。
輝夜様は何を考えているのか?
世にも珍しい、というか現世にあるのかも分からないもの。あったとしても霊験あらたかな場所にあるであろう。
里にあるものか、馬鹿馬鹿しい。
稗田家の邸に着いた。とても厳かな雰囲気漂う。
「ごめんくださーい」
我ながら恥ずかしい。早く誰か使用人でもいいから出てきて。
すると小使が一人でてきた。要件を聞いてきたので阿求を出せと言った。
小使が私を妖怪とようやく認識したらしく縮こまりながら客間まで案内した。
数分経ってから襖の向こうで声がした。
およそ小使と思しき人間が、くれぐれもご用心をと言っているので、なる程あの背丈の小さい影が阿求だなと
この時気付いた。確かに私は妖怪だからな。向こうからしたら剣呑なヤツであろう。
それでいい。恐れてもらわなければ。
「お待たせしました。それで、要件とは」
「単純よ。江湖騒がせている例の物、出してちょうだい」
「巷間で賑わっているものね、あなたもご存知だったのね。あんな竹林にいながら」
「ふん、ちんちくりんのあんたにいわれたくないわ」
「でも、どうしてわざわざここにいらしたのかしら」
「は? それはあんたが持っているんじゃ」
「なにを?ここにあるわけないじゃない。どうしたらそういう考えになるのかしらね」
「いいや、こことしか考えられないでしょ? あんた不死になりたいんじゃなくて?」
「おかしな話ね。私が? 不死に? ははは、お生憎様。私は不死になりたいわけではなくてよ」
「え? あれ? じゃあ一体どこに?」
「仕方ないわねぇ。私が案内するわ。付いてきなさい」
ううむ、この邸に無いとするとどこにあるというのだ。というか里にあるのだろうか。
でも阿求が案内してくれるそうだし……。
門の前で考察していると阿求が出てきた。奥で小使たちが自分らが代わりに行くと声を上げていたが
阿求はそれを全て翻していた。
「さあ、行きましょう」
「あ、うん」
阿求の後に付いて行く。しかし、背丈小さいなぁ。
後ろに自分よりも背の高い妖怪がいるのに物怖じしないとは。
幻想郷縁起を記す生業上妖怪との面識も広いからだろうか。
「あのさ、一つ聞いてもいい?」
「なにかしら」
「なんで、あんた直々に案内してくれるわけ?」
「ああ、それわね……」
阿求の歩が止まった。それに追従する形で私もあゆみを止める。
「あれよ」
阿求が指差す先には……え? 焼き鳥屋?
「あれは、焼き鳥屋? それがどうしたの?」
「あんたがご所望の物はあそこにあるわよ」
「はぁ? バカじゃないの? あんなところに蓬莱の玉の枝があるわけないでしょ?」
稗田家当主。終に痴呆になる。早いものねぇ。まぁ彼女は通常の人間よりも寿命短いから
換算すれば還暦程度の年齢かもしれないしね。
「あなたこそ馬鹿ではないかしら? まあ見てなさい」
阿求が焼き鳥屋に並んだ。私もその後ろに並ぶ。
こんなところにあるわけないでしょう。この女が恥をかくところを後ろから大笑いしてやるわ!
「おじさん、蓬莱の玉の枝2つ頂戴」
まいどあり! と店主のじいさんは答えた。
「いや嘘でしょ! なんで通じるのよ! じいさんボケた? ボケたの? てかあるの!?」
「うるさいわねぇ、黙っていなさいよ」
はいお待ち……、とじいさんは萎縮して焼き鳥を阿求に差し出した。
「え、なにそれ?」
「蓬莱の玉の枝」
「は?」
「美味しいわよ」
甘辛そうな、香ばしいタレにくぐらせたであろうその焼き鳥は陽の光によって黄金に照っている。
さながら蓬莱の玉の枝を想起させるその焼き鳥。侮れない!
「え? 蓬莱の玉の枝よね?」
「そうよ、これは蓬莱の玉の枝」
「え? 商品名?」
「そうよ。見た目が似ているのよね。だからそう名付けたのよ。ねぇ店主のおじさん」
おうともよ! タレは自家製の秘伝のタレさ! 構想十年、心血を注いだ俺の魂の力作さ! とじいさんは拳を握り語る。
「なんで、2つ?」
「ん? ああ、小使に買いに行かせると1本しか残らないのよねぇ。道中でたべちゃうから」
「だから、案内も自分からかってでたのね」
「そういうこと」
阿求はもう1本目を完食していた。
良い食べっぷりだねぇ嬢ちゃん、とじいさん。
「あぁ、さっきの不死になりたくないという発言。これが里にある限りは取り消すわ」
「そんなに美味しいの?」
絶品だぜ、とじいさん。
「自分で言うか! じゃ、じゃあ2本頂くわ」
「あら、貴女も2本食べるの?」
「違うわよ。1本は姫様の」
「ふーん。おじさんもう1本」
手に入れた蓬莱の玉の枝を食べる。とてつもなく美味かった。先程までの徒労による鬱憤の蓄積が解脱していった。
「う……美味い。なにこれすごく美味い」
「でしょう? 食べた者は永遠に生きてこれを食べ続けたくなる。心理上不死にさせる。蓬莱の玉の枝という名に恥じない逸品よ」
「言い得て妙ねそれは」
「うーん、1本では足りないわねぇ……、また買えば良いわよね。頂きます」
「……ん? あら、今日の分はもう終わったみたいね」
「へぇー、……え!? 嘘どうしよう! 半分食べちゃった!」
殺される、確実に姫様に亡き者にされる。どうしよう……。
「そうなったら最後の手段ね」
「いや、最初だけど」
「思うにあの焼き鳥の味付けは、醤油、酒、味醂、砂糖とあとナニかよ」
阿求は力強く語る。その目は熱く燃え滾っていた。
「ナニかって、ナニよ……」
「それは神とおじさんのみぞ知る事柄よ。さておき。こうなったら自力で作るしかないわ」
二人は稗田邸の調理場に来ている。物陰から小使数名がのぞき見している。
「大丈夫かしら阿求様は……。お怪我でもされたら……」
「心配する点はそこ? 隣のアレ。妖怪でしょ? 食われたら……」
「アレ妖怪だったの? この前里にいたからてっきり人間かと」
「あんなに耳の長い人間なんていると思う?」
「鼻の長い人間がいるのだから、耳の長い人間だって……」
「あんたら! そんなこといいから阿求様の心配を……」
小使達がせめぎ合っている。
「あなたたち。心配しなくとも結構よ。私は妖怪に食われる程にヤワではないわ」
「阿求様……。数十年しか生きられないのにヤワではないとは……」
「そ、れ、に、この兎は人間を襲える程の脅威も勇気も無くてよ」
「でなきゃ。焼き鳥自作しに来ませんものね」
「ちょっと小使も阿求も酷くない? 仮にも元月の住民よ?」
「しかしあれよね」
阿求がキッとうどんげの方を向く。
「兎が鳥を調理するなんて。皮肉よね」
阿求が嗤いを堪えながら言う。
「はぁ? なんでさ」
「なんでもよ。さぁ、醤油と味醂と酒と砂糖と酢とナニかで調理よ」
「だからナニかってナニ! というか酢、増えてるし! 酸味なんてなかったよ!」
永遠亭に戻ってきたのはもう月が登ってからだった。
こっそりと門から入ってこっそりと輝夜の部屋の前に蓬莱の玉の枝と優曇華の花束を添えて置いた。
蓬莱の玉の枝はあのあと、阿求と一緒に作った自家製のものだ。それに申し訳程度に優曇華の花束を添えた。
「うどんげー買ってきたー? あら? これは」
輝夜が焼き鳥を手に取った。その焼き鳥は何とも惨めなもので、光沢も無く、
聞いていた焼き鳥とはまるっきり違った。
一口食べる。
「……うどんげ。花束なんて罪滅ぼしになるとでも思っているのかしら、ふふ。でも、どう考えても酢とケチャップは無いわ」
キャラや情景にもう少し踏み込んだ描き方はできんものかな