ある日、アポも取らず勝手に八雲家に侵入した天子が見つけたのは、卵だった。
まごうごとなき卵である。
窓から差し込む日の光を反射し、ツヤツヤとした質の良さそうなそれが机の上に一つだけ置かれている。
そしてその隣には器に盛られたホカホカのご飯と一膳の箸。
「よし」
特にこれと言って疑問に思わず、卵を割ってご飯にかけ、卵かけご飯として美味しく頂くことにした。
ツヤツヤのご飯に、質の良い卵が絡んで、調味料を使わなくとも素材本来の旨みが天子の舌を満足させる。
あっという間に飯を平らげた天子は、卵で内側が黄色くなったお椀を置いて両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
うむ、美味だった。そう満足気に頷いて余韻に浸る
この素材を生み出してくれた顔も知らぬ存在に、手を合わせて感謝を念じた。
天子が清々しい気持ちで祈っていると突然ふすまが開き、血走った眼を見開いた紫が現れて、その眼に睨まれて思わずギョッとする。
「天子、ここにあった卵は!?」
「卵? 食べたけど。どうしたのよ変な顔して」
「あ、あの卵は……」
天子の返答を聞いた紫は、わなわなと拳を握って震えだす。
「あの卵は、私が苦労して産んだものだったのにいいいいいい!!!」
「いや、いやいや、いやいやいやいやいや!!?」
産地直送健康卵
「いきなりなにアホで馬鹿で変態的なこと言ってんのよ!?」
「何って、ただありのままのことを言っただけのことよ……うぅ……」
「いや、あんたが卵産むとかわけわからないんだけど」
「天狗だって卵を産んだりするものなのよ? スキマ妖怪が卵を産んでもそうおかしな話じゃないはずよ。あぁ、私の卵ちゃん……オロロロロロローン」
「えっ、なに、マジでアレがあんたの卵!?」
新説、スキマ妖怪は卵生だった。
「私のかわいい卵ちゃんが、もうすぐ孵りそうだったのに……ぐすっ」
「その、アレがホントに紫の卵だったとして、相手は誰?」
「相手?」
「そりゃ有精卵を産むんだからつがいは必要でしょ。雌雄同体とか言うのなら別だけど」
言っておいて何だが、割とありそうな気がする。
仮説、スキマ妖怪は雌雄同体だった。
「流石にそれはないわー」
「ですよねー。で、相手は誰よ」
「あなたよ」
「えっ」
すかさず指で指されて、天子は釣られて自身に人差し指を向ける。
「あなたの子供よ、天子」
「はあ!? そんなR-18的なことした覚え一切ないんだけど!」
「毎日毎日、天子のことを考えていたらボコッと」
「想像妊娠か!?」
毎日考えてそのまま妊娠するとは、色んな意味で想像力が逞しすぎる。
「って言うかおかしいでしょ! 想像妊娠は胸が張ったりつわりが来たりするだけで、本当に妊娠したりしないってば!!」
「あら、人間の常識がスキマにも当てはまると思っているのかしら?」
「仮にそうだとしても、あんたが一人で孕んだんだから私の子供とは言えないじゃないの」
「いえ、スキマ妖怪の場合は相手のことを想いすぎると、無意識に相手の精子とか卵子とかスキマで取って自分とかけあわせちゃうものなのよ」
「何そのキモ過ぎる習性!?」
恋するゆかりんははせつなくて好きな人を想うとすぐ妊娠しちゃうの。
そして妊娠と同時に、相手に認知してくれと詰め寄るのだ。怖い、怖すぎる。
「というか天子、あなた地味に詳しいわね」
「えっ、いやそれは」
「不良天人は意外と耳年増……」
「そ、それよりもよ! まずそんなのをご飯と並べて机の上に置くな!!」
「だって卵にも栄養は必要だもの。胎内の赤ん坊がへその緒から栄養を供給してもらうように、スキマ経由で卵の殻の中に直接ブチ込んで食べさせないといけないの」
「マジなんなのよスキマって……」
一つの疑問に答えが出るとまた一つの疑問が出てくる。
終わりの見えないスキマと言う謎妖怪に天子もげんなりしてくる。
「それで……どうだったの?」
「どうって」
「美味しかった?」
「いやまあその、美味しかったけど……」
紫の卵と知らず食べてしまい、今更ながら罪悪感で天子の口が言い淀む。
正直なところいきなりあなたのお子さんですよなんてすっとんきょなこと言われても実感ゼロだが、それでも段々と罪悪感が沸いてきた。
「私が産んだ卵を天子が……」
「悪かったわよ。その、私に出来る事ならなんでもするから」
「想像してみたら興奮してきたわ」
「あんた全然落ち込んでねえな」
紫は恍惚とした表情で天井を仰ぎ、両頬に手を当てて悦に浸っていた。
「……まあでも良かったわ」
「え?」
「私も女の子だし子供ができた時のことを考えたこともあるけえど、きっと私ならワンワン泣いちゃうもん。紫がそんなに落ち込んでないならそれがいいわ」
「えっ、あ、えぇはい」
「でも私の子でもあるのよね……何の実感も沸かないけど手厚く葬って」
「ところで天子、今さっきなんでもするって言ったわよね!?」
「うっ、また嫌なとこ突いてくるわねあんた」
突如として緩んでいた頬を締めて表情を固くした紫が、天子に顔を向き直した。
「なんでもしてくれるのよね天子!」
「ちょ、ゆ、紫! まだ心の準備が……」
鼻息を荒くし興奮した紫が飛び掛かり、天子の両手を押さえこんだ。
来るのか来ちゃうのか、一線を超える瞬間が来てしまうのか!?
予想外の急展開に天子の体の奥で心臓がバクバクと高鳴る。
近づいてくる紫の顔を前にギュッと目を閉じた時、部屋の戸が開いた。
「紫様、私のおやつの卵かけごはん知りませんか――ってうわ!?」
部屋に入ってきた藍は、主に組み伏せられた天子を見て驚いて声を上げる。
しかしその発言の内容に天子もまた驚いて藍を仰ぎ見て、やがてギギギと首を鳴らして紫に顔を向けた。
「…………紫?」
「だ、脱出!」
「逃がさん!!」
真相がバレたと見るやすかさず開いたスキマに飛び込んで逃げ出そうとした紫を、天子は腕にしがみついて引き戻した。
「この紫! あんたまた嘘つきやがったわね!?」
「ううううう、ウソじゃないわ。スキマ妖怪が卵生の可能性が平行世界には微粒子レベルで……」
「ごまかすなー! どうせお得意のスキマで、藍のご飯そこに置いといたんでしょ!」
「おーい、紫様がそこに移動させたのはわかったが、なんでそれがもう食べられてるんだ? おーい」
テーブルの上の器と卵の殻を見て声をかける藍だが、もはや彼女では割り込めないほどに事態は深刻化していた。
荒ぶる天子は緋想の剣を取り出して、怒気をみなぎらせ紫に詰め寄る。
「一体全体どうしてあんなこと言い出した!? 言えー!!!」
「あんなことって、えーっとその……」
凄む天子に珍しく押されてうろたえた紫は、両手の指を合わせて可愛く片目を閉じた。
「な、なんとなーく。てへっ♪」
それを聞いた天子はわなわなと肩を震わせ始め、見ていた八雲の主従は同時に「あっやべ」と脳裏に過ぎる。
「――――――こんの、バカゆかりー!!!」
「いや、お前もなんとなくで異変起こしてるし人のこと言えな」
藍の指摘は地震の地鳴りと崩壊する屋敷に巻き込まれてそれ以上伝わることはなかった。
「ということがあって、家を壊すのはやり過ぎたって天子が申し出て。今は紫ったら天子の家に住んでるのよ」
「はあ、相変わらずぶっ飛んだことしますね、どっちも」
白玉楼の縁側に腰掛ける幽々子は、この後ここにやってきて久しぶりに合う予定の紫の身に何があったのか、それを妖夢に教えていた。
「まあ元々良い関係だったし、一緒に住んだのなら、なんだかんだ言ってしっぽりしてそうですけどね」
「そうよねぇ、今日は久しぶりに話すんだし、その辺を根掘り葉掘り……」
友人の恋愛事情に興味津々な幽々子と妖夢の前に、件の妖怪が庭の空間に開いたスキマから現れた。
しかし何故か白玉楼に足を踏み入れた紫は、両手で白い物体を包み込むように優しく握っている。
「あら紫、お久しぶりだけど、どうしたのそれ?」
「これは天子との卵を温めてるのよ」
「「……え?」」
まごうごとなき卵である。
窓から差し込む日の光を反射し、ツヤツヤとした質の良さそうなそれが机の上に一つだけ置かれている。
そしてその隣には器に盛られたホカホカのご飯と一膳の箸。
「よし」
特にこれと言って疑問に思わず、卵を割ってご飯にかけ、卵かけご飯として美味しく頂くことにした。
ツヤツヤのご飯に、質の良い卵が絡んで、調味料を使わなくとも素材本来の旨みが天子の舌を満足させる。
あっという間に飯を平らげた天子は、卵で内側が黄色くなったお椀を置いて両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
うむ、美味だった。そう満足気に頷いて余韻に浸る
この素材を生み出してくれた顔も知らぬ存在に、手を合わせて感謝を念じた。
天子が清々しい気持ちで祈っていると突然ふすまが開き、血走った眼を見開いた紫が現れて、その眼に睨まれて思わずギョッとする。
「天子、ここにあった卵は!?」
「卵? 食べたけど。どうしたのよ変な顔して」
「あ、あの卵は……」
天子の返答を聞いた紫は、わなわなと拳を握って震えだす。
「あの卵は、私が苦労して産んだものだったのにいいいいいい!!!」
「いや、いやいや、いやいやいやいやいや!!?」
産地直送健康卵
「いきなりなにアホで馬鹿で変態的なこと言ってんのよ!?」
「何って、ただありのままのことを言っただけのことよ……うぅ……」
「いや、あんたが卵産むとかわけわからないんだけど」
「天狗だって卵を産んだりするものなのよ? スキマ妖怪が卵を産んでもそうおかしな話じゃないはずよ。あぁ、私の卵ちゃん……オロロロロロローン」
「えっ、なに、マジでアレがあんたの卵!?」
新説、スキマ妖怪は卵生だった。
「私のかわいい卵ちゃんが、もうすぐ孵りそうだったのに……ぐすっ」
「その、アレがホントに紫の卵だったとして、相手は誰?」
「相手?」
「そりゃ有精卵を産むんだからつがいは必要でしょ。雌雄同体とか言うのなら別だけど」
言っておいて何だが、割とありそうな気がする。
仮説、スキマ妖怪は雌雄同体だった。
「流石にそれはないわー」
「ですよねー。で、相手は誰よ」
「あなたよ」
「えっ」
すかさず指で指されて、天子は釣られて自身に人差し指を向ける。
「あなたの子供よ、天子」
「はあ!? そんなR-18的なことした覚え一切ないんだけど!」
「毎日毎日、天子のことを考えていたらボコッと」
「想像妊娠か!?」
毎日考えてそのまま妊娠するとは、色んな意味で想像力が逞しすぎる。
「って言うかおかしいでしょ! 想像妊娠は胸が張ったりつわりが来たりするだけで、本当に妊娠したりしないってば!!」
「あら、人間の常識がスキマにも当てはまると思っているのかしら?」
「仮にそうだとしても、あんたが一人で孕んだんだから私の子供とは言えないじゃないの」
「いえ、スキマ妖怪の場合は相手のことを想いすぎると、無意識に相手の精子とか卵子とかスキマで取って自分とかけあわせちゃうものなのよ」
「何そのキモ過ぎる習性!?」
恋するゆかりんははせつなくて好きな人を想うとすぐ妊娠しちゃうの。
そして妊娠と同時に、相手に認知してくれと詰め寄るのだ。怖い、怖すぎる。
「というか天子、あなた地味に詳しいわね」
「えっ、いやそれは」
「不良天人は意外と耳年増……」
「そ、それよりもよ! まずそんなのをご飯と並べて机の上に置くな!!」
「だって卵にも栄養は必要だもの。胎内の赤ん坊がへその緒から栄養を供給してもらうように、スキマ経由で卵の殻の中に直接ブチ込んで食べさせないといけないの」
「マジなんなのよスキマって……」
一つの疑問に答えが出るとまた一つの疑問が出てくる。
終わりの見えないスキマと言う謎妖怪に天子もげんなりしてくる。
「それで……どうだったの?」
「どうって」
「美味しかった?」
「いやまあその、美味しかったけど……」
紫の卵と知らず食べてしまい、今更ながら罪悪感で天子の口が言い淀む。
正直なところいきなりあなたのお子さんですよなんてすっとんきょなこと言われても実感ゼロだが、それでも段々と罪悪感が沸いてきた。
「私が産んだ卵を天子が……」
「悪かったわよ。その、私に出来る事ならなんでもするから」
「想像してみたら興奮してきたわ」
「あんた全然落ち込んでねえな」
紫は恍惚とした表情で天井を仰ぎ、両頬に手を当てて悦に浸っていた。
「……まあでも良かったわ」
「え?」
「私も女の子だし子供ができた時のことを考えたこともあるけえど、きっと私ならワンワン泣いちゃうもん。紫がそんなに落ち込んでないならそれがいいわ」
「えっ、あ、えぇはい」
「でも私の子でもあるのよね……何の実感も沸かないけど手厚く葬って」
「ところで天子、今さっきなんでもするって言ったわよね!?」
「うっ、また嫌なとこ突いてくるわねあんた」
突如として緩んでいた頬を締めて表情を固くした紫が、天子に顔を向き直した。
「なんでもしてくれるのよね天子!」
「ちょ、ゆ、紫! まだ心の準備が……」
鼻息を荒くし興奮した紫が飛び掛かり、天子の両手を押さえこんだ。
来るのか来ちゃうのか、一線を超える瞬間が来てしまうのか!?
予想外の急展開に天子の体の奥で心臓がバクバクと高鳴る。
近づいてくる紫の顔を前にギュッと目を閉じた時、部屋の戸が開いた。
「紫様、私のおやつの卵かけごはん知りませんか――ってうわ!?」
部屋に入ってきた藍は、主に組み伏せられた天子を見て驚いて声を上げる。
しかしその発言の内容に天子もまた驚いて藍を仰ぎ見て、やがてギギギと首を鳴らして紫に顔を向けた。
「…………紫?」
「だ、脱出!」
「逃がさん!!」
真相がバレたと見るやすかさず開いたスキマに飛び込んで逃げ出そうとした紫を、天子は腕にしがみついて引き戻した。
「この紫! あんたまた嘘つきやがったわね!?」
「ううううう、ウソじゃないわ。スキマ妖怪が卵生の可能性が平行世界には微粒子レベルで……」
「ごまかすなー! どうせお得意のスキマで、藍のご飯そこに置いといたんでしょ!」
「おーい、紫様がそこに移動させたのはわかったが、なんでそれがもう食べられてるんだ? おーい」
テーブルの上の器と卵の殻を見て声をかける藍だが、もはや彼女では割り込めないほどに事態は深刻化していた。
荒ぶる天子は緋想の剣を取り出して、怒気をみなぎらせ紫に詰め寄る。
「一体全体どうしてあんなこと言い出した!? 言えー!!!」
「あんなことって、えーっとその……」
凄む天子に珍しく押されてうろたえた紫は、両手の指を合わせて可愛く片目を閉じた。
「な、なんとなーく。てへっ♪」
それを聞いた天子はわなわなと肩を震わせ始め、見ていた八雲の主従は同時に「あっやべ」と脳裏に過ぎる。
「――――――こんの、バカゆかりー!!!」
「いや、お前もなんとなくで異変起こしてるし人のこと言えな」
藍の指摘は地震の地鳴りと崩壊する屋敷に巻き込まれてそれ以上伝わることはなかった。
「ということがあって、家を壊すのはやり過ぎたって天子が申し出て。今は紫ったら天子の家に住んでるのよ」
「はあ、相変わらずぶっ飛んだことしますね、どっちも」
白玉楼の縁側に腰掛ける幽々子は、この後ここにやってきて久しぶりに合う予定の紫の身に何があったのか、それを妖夢に教えていた。
「まあ元々良い関係だったし、一緒に住んだのなら、なんだかんだ言ってしっぽりしてそうですけどね」
「そうよねぇ、今日は久しぶりに話すんだし、その辺を根掘り葉掘り……」
友人の恋愛事情に興味津々な幽々子と妖夢の前に、件の妖怪が庭の空間に開いたスキマから現れた。
しかし何故か白玉楼に足を踏み入れた紫は、両手で白い物体を包み込むように優しく握っている。
「あら紫、お久しぶりだけど、どうしたのそれ?」
「これは天子との卵を温めてるのよ」
「「……え?」」
卵ってアンタ…
でもゆかりんの卵なら卵なら食べたいかも
面白かったです。藍さんに黙祷。
面白かったです
あとがきで脳内にUnicornがかかりました(風評被害)
そして作者のゆかてん愛もよくわかった
しかしスキマ妖怪は卵を産むと言われて疑いつつも「もしかしたら」と思ってしまうところがあるのも恐ろしいです
それはどんな物事でも納得させてしまう魔法のコトバ。
しかし……おぉ、愛し合いすぎるカップルのなんと恐ろしい事か!(笑)
よかったです