「どうしたの? 早苗、元気ないじゃない」
「そうですか?」
「明らかにテンションが低いぜ」
「いつものうっとおしいくらいの陽気さが感じられないわね」
「……鬱陶しいって」
「天子とケンカでもしたのか?」
ビクッ
「あん? 図星なの?」
「べ、別にそんな」
「ふ~ん 何があったんだよ」
「暇だから聞いてやっても良いわよ」
「あの、言い方って大切ですよ?」
「まあまあ、とりあえず話して見ろよ」
いつもの博麗神社でいつもの三人。珍しくおとなしい東風谷早苗に博麗霊夢と霧雨魔理沙が絡んでいる。
「多分私がヒドい事言っちゃったみたいで。機嫌が悪いと言うか冷たいというか」
「多分って何よ」
「何を言ったんだよ」
「心当たりがあるような、ないような……」
「意味分かんないわよ。何か言ったんでしょ?」
「昨日、会った時からブスッとしてたんです」
「それじゃ、お前のせいじゃないかも知れないぜ」
「バカやってお父さんにお説教貰ったんじゃないの?」
「いえ、そのくらいで堪えるヒトじゃないですよ」
「アイツも大概だからな」
「私が気を遣って色々と話しかけても生返事ばかりだったんです」
「珍しいな」
早天コンビは天子がリードしているように見えるが、その実、早苗の機嫌を損ねないように天子の方が気を遣っていることが多いのだ。このことは周囲からすれば丸分かりだった。
「で、『いつまでもブスッとしているとブスに拍車がかかりますよ』って言ったんです」
比那名居天子は美形揃いの幻想郷においても最上位クラスの美少女だ。そして当人もそのことにプライドを持っている。性格にかなり難があるため人気投票には弱いがブスと呼ばれることは未来永劫ないと言い切れる。
「あんたにブスって言われたら頭にくるでしょうね」
「言って良いことと悪いことがあるんだぜ?」
「ぐぐっ」
よりによってこの二人に言われるのか。腹の底から怒りがこみ上げてきたが喉のあたりで我慢した早苗さん。
「予想通りくだらない話だったわね。聞いて損したわ」
「まあ、そう言ってやるなよ。こんな早苗でも気にしてんだからさ」
「ぐむうっ」
あと少しで怒りが口をついて出そうだ。
「早苗、いいモン見せてやろうか」
「なんです唐突に」
「ここ見てみ」
魔理沙は腕まくりしてぐっと肘を曲げた。
「な? 小さいお尻。セクシーだろ?」
「………………それが何か?」
「元気出たか?」
「出るわけないですよ」
「っかしーなー、チルノたちにはバッカウケだったのに」
「はああ~~」
あまりのバカバカしさに溜めていた怒りもプシュー―っと何処かへ抜けてしまった。
「私の知ったこっちゃねーけど、元気出しなさいよ」
「それって、慰めてるつもりなんですか?」
「別に」
「よーし、早苗とテンコを仲直りさせてやろうぜ」
「テンコじゃありません、テンシです」
「な? 霊夢」
「面倒臭いわね」
「お前はホント、ブレないな」
「自分で言っておいてなんですけど、余計なお世話は要りませんから」
「そう言うなよ。私たちに任せておけばどんな異変も即解決だぜ。な?」
「これって異変なの?」
「どうぞお構いなく」
この二人に任せて事態が好転するイメージが全く湧かない早苗だった。
―――†―――†―――†―――
「仲直りには切っ掛けがあったほうが良いぜ」
「泣いて縋るとか?」
「違う」
「カラダを差し出すとか?」
「違うって。相変わらずお前の感性は間違えだらけだな」
「じゃあ、何なのよ」
魔理沙の指摘に腕組みしてブスッくれる霊夢。
「例えばちょっとしたプレゼントなんか良いだろ?」
「物で釣ろうっての?」
「だからー、切っ掛けだって」
「物で機嫌が……良くなるかもね」
「霊夢さんはそうでしょうね」
立ち直りの早さには定評のある風祝がいつものようにツッコミ始めた。
「お菓子なんてポイント高そうだぜ」
「お菓子ねえ」
「ブルーな気分の時には甘いモノを食べるに限ります」
「落ち込んでるのはあんただけよ」
「でも甘いモノは賛成だぜ。なんか無いのか?」
「私たち、スイーツ作りに挑戦すべきですよ」
「なによ藪から棒に」
「今までガッツリ系の料理ばかりですし」
「そりゃ早苗がいるからな」
「私のせいなんですか?」
「ほとんどね」
「女子力を上げるためにもスイーツ作りが必要でしょう。幸いもうすぐバレンタインデーです」
「何が幸いなんだか」
「こちらをご覧ください」
持ち歩いているトートバッグから雑誌を取り出す。
「お前ってホントへこたれないよな」
「そこだけは感心するわ」
早苗が取り出した雑誌は【月刊 生女子(なまじょし)】。発行者は匿名の【女子之助(じょしのすけ)】鴉天狗達も記事や写真を提供している幻想郷のおしゃれ女性雑誌だ。
「あんた、そんなの読んでんの?」
「知らないんですか?」
今月号の特集は【賢い女子のバレンタイン必勝法】だった。
「タイトルからして賢くなさそうだぜ」
「必勝ってなんなのよ」
「荷電粒子かなんかの放射線帯だよな」
「それはバン・アレン帯ですよ」
「今のはわざとだぜ。バレンタインデーって一応は愛の告白行事なんだろ?」
「らしいわね」
「元は聖人の祝日ですが、女性の方から思いを寄せている男性に贈り物やメッセージを送っても良い日とされたそうです」
昔のことなので、そこそこ男尊女卑の匂いのする考え方ではある。
「近年、お菓子業界がチョコレートを利用して一大イベントに組み上げたんですよ」
「そこまで知っていて乗っかるのかよ」
「それはそれ、これはこれです」
「たくましいモンだな」
「乙女の思いは鉄筋入りですからね」
「つまり、ついでにスイーツ作りをしようってハラなわけ?」
「はい、チョコレートスイーツを作りましょう」
「誰かに告白すんのか?」
「その予定はありませんけど今は友チョコ、自分チョコもアリですから」
「チョコあげて告白……それもアリなのかしら」
「霊夢は好きなヒトいないのか?」
実にあっけらかんと問いかける魔理沙。
巫女二人はそれぞれの理由で暫しフリーズした。
(これだから天然ジゴロと言われるんでしょうね)
(伝わってないの? ホントに伝わってないの?)
「霖之助はどうだ?」
「お世話になってるし、良いヒトだとは思うけどね」
「好きってほどじゃないのか」
「んー、好き勝手にしたい相手はいるけど。チラッ」
「チラッて口で言いましたよ」
「……それは置いといて」
「霊夢さん、置いておかれましたよ」
「いちいち実況しなくていーわよっ たくっ いつの時代でも【レイマリ】は圧倒的支持を得るってのに」
「ちょくちょく聞くけど、なんなんだそれ」
「……知らないの?」
「【霊夢vs魔理沙】の弾幕勝負のことか?」
くらぁ~
激しい目眩に襲われた無敵の超人巫女。思わずヘタり込みそうになった。
(魔理沙さん、ホントは分かってるんじゃないかしら?)
―――†―――†―――†―――
「私達はいつになったらキス以上の関係に進めるの?」
半ばヤケになった霊夢が詰め寄る。
「すでに唇は許しているみたいに言うなよ。ないから、いっぺんもないから」
「あんたが寝てる時に何度もいただいてるわよ」
「……マジか」
青ざめる普通の魔法使い。
「うそよ」
今度は魔理沙がヘタり込みそうになった。
「……あのなあ、霊夢、早くいいヒト作れよ」
「何? 作るモンなの? 粘土か何かで? それって私を愛してくれるの?」
「ピグマリオンの例もありますけどね」
「そんな神話級の難しさなの?」
「霊夢が男だったら惚れてるかもな」
「ホント?」
ノリで口走ってしまったが、男性版霊夢を想像してみる魔理沙。
面倒臭がりでグータラで仕事しない、そのくせ宴会好きな亭主…… (いや、ダメだ、コイツと結婚したら絶対苦労しそうだ)
「女で残念だぜ」
「私、気にしないわよ?」
「そこは気にしてくれ」
―――†―――†―――†―――
いつものようにピントのずれた霊夢の告白はいつものようにファールチップに終わった。全くの空振りではないが前には飛んでいかない。(少しずつタイミングが合ってきてるわ。次は真芯を捉えるはずよ)←頑張ってください。
「告白って、重大なイベントだよな?」
「えーえー、そーでしょうね」
話題を少し前に戻す魔理沙。霊夢は機嫌の悪さを隠そうとしていない。
「それをチョコレート一個でまかなうのはどうなんだろう」
「役者が不足って言いたいの?」
「うん、まあ、重みが伝わらないっていうか」
「そんなら米十俵とか大根百本とかなら良いわけ?」
「その重みとは違うんだけどな」
「切っ掛けだから良いんじゃありませんか? 肝心なのは告白なんですから」
「そりゃそうだな」
「愛の告白シーンは一大事、いわば乙女の戦場ですね」
「ドスの代わりにチョコ持って、タマの代わりにハートを取りに行くってことよね」
「殺伐とした話ですね。もっとフワッとした感じになりませんか?」
「合ってるようなハズレてるような、だな」
―――†―――†―――†―――
雑誌の特集記事を広げている霊夢の左右で魔理沙と早苗が覗き込んでいる。
『もうすぐバレンタイン! 好きな人にチョコをあげようとウキウキしている人もいるかもしれませんね。ですが、いくらチャンスとは言え、本命チョコをあげてベタに告白なんて、ちょっとあざとすぎて恥ずかしい気も……』
「確かにそうですよね」
「ちょっと勇気がいりそうだぜ」
「わっかんないわー」
『賢い女のバレンタイン必勝法!
心構えその①=男性はそれほどイベントが好きでないと心得ておく』
「そうなんだ」
「その先読んでみてください」
『男性は女性ほどイベント事にそれほど興味はなく、彼女や好きな女のコが盛り上がっているから乗っている振りをしている、という場合が多いのです。だから彼もワタシからのチョコをワクワクして待ってるに違いない! という過度な期待は失望のもと。相手と自分との温度差にビックリして一気に冷めてしまうかもしれません』
「そんなモンなのかな」
「わっかんないわー」
『心構えその②=チョコだけで心を射止めるのは不可能と理解する。
バレンタインは、すでに出来ているカップルや夫婦間をちょっと盛り上げるイベントなのです。チョコをあげるというのは、愛を深めるための行為にほかなりません。最高に美味しいチョコをあげれば意中の男性が落ちるというわけではありません』
「胃袋を掴むってのは聞いたことあるけどな」
「でもチョコ好きの男性は少数だと思いますよ」
「わっかんないわー」
『心構えその③=手作りチョコ神話は間違い。
手作りで健気なワタシ、を主張しすぎると男性はゲンナリしてしまいます。それにあまり面識のない女性からの手作り食品はなんだか怖いと感じている男性が多いのです』
「あ、これ言えてるぜ」
「分かるんですか?」
「たまに里の女の子たちから手作り菓子をもらうけど、中には微妙なのもあるからな」
「いつ? 誰から? どんなのをよっ?」
「ちょっ 近い、顔近いって」
他の項目では『気の利いたメッセージを添える』『いっそあげずにヤキモキさせる』など毒にも薬にもならないようなことが書かれていた。
「分かんなかったわ。結局なんなの?」
「んー、手作りチョコは恋の万能薬じゃないってことかな」
「元々仲の良い同士の潤滑剤的なモノってことでしょうかね」
「つまり、意味無いってことね」
バッサリ切り捨てた。
「いや、待てよ。告白云々は抜きにしてもチョコ菓子作りはアリだろ?」
「そうですよ。今後のための女子力アップですよ」
「あんたは天子にあげたいだけでしょ」
要らんところで妙に聡い霊夢が斬りつけた。
「そ、それは」
「それでも良いじゃないか。あ、私は霊夢にあげたいぜ?」
根は律儀な魔理沙は当初の目的(早苗がチョコ菓子を作って天子に云々)を忘れていない。霊夢を乗せるために身体を張ってやった。
「ホント? ホントに? 告白付き?」
「それは抜きだって十秒前に言ったろ」
―――†―――†―――†―――
「早苗、お菓子作ったことないのか?」
つい最近までイマドキの女学生だった早苗に期待がかかるが。
「それがないんですよ」
「どうせガッツリ系の料理ばっかりだったんでしょ」
「うぐっ」
確かに【あちら】の調理実習ではスイーツ作りの経験はなかった。
日常的に料理をしているが、スイーツは出来合いのモノばかりだ。
「だったら誰かに教わらなきゃだぜ」
「チョコレート……洋菓子なら咲夜かアリスよね」
霊夢も腹を括ってチョコスイーツ作りに望むようだ。
「咲夜さんに教わるなら紅魔館に行かねばなりませんよ」
「んー、色々と面倒臭そうね」
「ではアリスさんですか?」
「よーし、カチコミかけるわよ!」
「なあ、アリスを巻き込むのはどうかと思うんだけどな」
「どうしてですか?」
「アリスはなんて言うか……繊細なんだよ」
「だから何なのよ」
「意味が分かりませんね」
「だからー、アリスにこのノリは無理なんだよ」
「このノリって?」
「あの、本気で分からないんですけど」
「……ハッキリ言うぜ、このバカっぽいやりとりのことだ」
「今のは聞き捨てならないわね」
「そうですよ」
「バカっぽいのはもっぱら早苗でしょ」
「はあ? ちょっと待ってください、異議ありですっ」
「るっさいわね。アリスは魔理沙に関しては相当バカだと思うけど」
「健気バカですよね」
「そういう言い方やめろよ。アイツは意外と傷つきやすいんだよ」
「私が傷ついていないとでも?」
「随分とアリスをかばうじゃないのよ」
「とにかく反対だぜ!」
腕を組んで顔を逸らし、断固拒否の姿勢。こうなると霧雨魔理沙は梃子でも動かない。そのことは博麗霊夢が誰よりも知っている。
「ちっ、この機会にカタァつけてやろうと思ったのに」
「なんでもかんでも武力で解決しようとするのは良くありませんよ」
「ふん、生き残った方が美味しいお肉にありつけるのよ」
「だからそーゆーのやめろって!」
―――†―――†―――†―――
「要はレミリアに話をつければいいのね?」
霊夢が二人に確認している。十六夜咲夜の協力を得るためにはその主人であるレミリア・スカーレットの承諾を先に得なければならない。
「そうなるな」
「よろしくお願いします」
「面倒臭いわねー」
そう言いながらも外出の仕度をする霊夢。そして三人揃って紅魔館へGO。
―――†―――†―――†―――
レミリアの承諾はあっさり得られた。なんだかんだで霊夢好きのレミリアだからここまでは計算通り。問題はこの後だ。
「おじゃまするわよ。あら?」
「こんにちわー。あれ?」
「おりょ? お前、何してんだ?」
博麗神社の社殿より広い紅魔館の厨房に通された三人は場違いな人物に驚いた。
「まり……さ?」
それは動かない大図書館パチュリー・ノーレッジだった。
ピンクのエプロン、長い髪は後ろに束ねて三角巾を被っている。
「いらっしゃいませ皆様。お嬢様から聞いております。私がお菓子作りの指導をさせていただきます」
ずいっと前に出たのは紅魔館が、幻想郷が三千大世界に誇るアルティメットメイド十六夜咲夜だ。
「改めて近くで見ると、ものスゴい美人ですね……」
「あんた、いつかコイツを追い越すんでしょ?」
「そのつもりです」
「せいぜい頑張んなさいよ」
巫女二人のヒソヒソトーク。
「パチュリー、お前」
その枠外で再び問いかける魔理沙に対し、聡明な七曜の魔女は下手な言い訳は却って状況を悪化させると見てとった。
「咲夜にチョコレートのお菓子を教わっているの。それだけよ、ふん」
ここまで開き直れば後は何を聞かれても怖くない、はずだ。
「鴉天狗にやんのか?」
「ごぼっふっ!」
「東海道のホタテだったかしら?」
「違いますよ。姫海棠はたてさんですよ」
「な、な、な、な」
なぜ皆が知っている?
本人は驚いているが、パチュリー・ノーレッジが姫海棠はたてとなんだか良い感じなのは周知の事実。隠せていると思っているのは当人だけだ。すでに幻想郷【見守ってあげたいカップル】の第一位(ちなみにブッちぎり)なのだから。
―――†―――†―――†―――
「そうよ。悪い? 悪いの?」
もう一度開き直ったパチュリー、腰に手を当て胸をそらす。ちょっと目が潤んでいるのが可愛い。
「別に」×3
何の痛痒もない。むしろ応援してあげたいくらいだ。
「では始めたいと思います」
このドタバタに全く影響されていないのは唯一人。もちろん咲夜さんだ。マイペースの司会進行。
「お菓子作りと普段の料理とは違いがあります。分かりますか?」
「なんたってお菓子は甘いよな~」
魔理沙がぺろっと答える。
ズダムッ!
咲夜がぶっとい麺棒を調理台に叩きつけた。
「真面目に」
「……ふあい」
「お菓子は勘じゃ作れないわ」
ビュオッ!
麺棒が霊夢の鼻先でピタリと止まった。
「正解」
「なんか、メッチャ怖いです……」
「料理は勘で作れますが、お菓子は勘じゃ作れません。正確な計量、正確な工程、正確な温度管理、お菓子作りのほうがシビアなのです。良いですか?」
「霊夢、お前、良く分かったな」
「梅外郎(うめういろう)作ってるからね。違いがなんとなくね」
博麗神社名物【梅外郎】をナズーリンのレシピ通り忠実に作っている霊夢の言は説得力があった。
「あれだけは真面目に作ってるんですね」
ズダムッ!
「私語は無用」
「……ふあい」
「あのね咲夜、【タイム】いいかしら?」
パチュリーが左の手のひらに右手の指先を垂直に当てた。
「どうぞ」
パチュリーは外様三人を部屋の隅に引っ張っていった。
「貴方達、咲夜に、いえ、レミィに何と言ったの?」
「チョコレートのお菓子の作り方を教えて欲しいって」
実際に折衝した霊夢が答える。
「その時レミィは何か言ってなかった?」
「教え方、『厳しめ、普通、優しめ、どれにする?』って」
「どれにしたの?」
「どうせならキチンとやりたいから『厳しめで』って」
「……それでか」
「どういうことだ?」
「咲夜は真面目だから言葉通り『厳しめ』の指導をしているのよ」
「そうだったんですか。でも、これじゃあまりにも……」
「そうね。これじゃダメよね」
そう言ってパチュリーは咲夜にペタペタと歩み寄る。
「咲夜、あのね、指導強度を『厳しめ』から『普通』に変更して」
「……かしこまりました。パチュリー様」
「みんな、こっちに来ていいわよ」
恐る恐る寄ってくる三人。
「咲夜、まずはチョコレートのお菓子の全般的な知識からお願いね」
「かしこまりました。では基本から参ります」
「そうね、そうして」
「では魔理沙」
「私?」
「これは何かしら?」
チョコレートの塊を指差す咲夜。
「何って、チョコレートだろ?」
「発音が違います『チョコリッ』です」
「は?」
「チョコリッ さんハイ」
「ちょ、ちょこりー」
「ノンノン、チョコリッ です。もう一度」
「タイム! ターイム!」
パチュリーが割って入った。
「あのね咲夜」
「はい」
「そーゆーコトじゃないの」
「はあ」
―――†―――†―――†―――
「チョコレートを使ったお菓子、中でもケーキは代表的な物がいくつかあります」
「なんだよ。チョコレートで良いんじゃないか」
魔理沙はぶつぶつ。
「ガトーショコラ、チョコブラウニー、ザッハトルテ、フォンダンショコラ、あとはオペラとビュッシュ・ド・ノエルでしょうか」
このピックアップに異論はあろうかと思うが咲夜基準なので了承願いたい。
「あのー」
「はい、なんでしょう。守矢神社の東風谷早苗さん」
「私たち初心者なので簡単なモノをやってみたいんですけど」
「道理でございますね。しかしながらチョコブラニーは比較的簡単ですから挑戦する価値はあると思われます」
「なんか、かたいなー。もっとフランクにしてくれないか?」
そう言われ咲夜はパチュリーに顔を向けた。
本虫魔女は二回頷く。
「チョコブラウニーは手順さえ間違えなければ誰でも作れるわ。それこそ貴方達でもね」
「いきなりざっくばらんになったわね」
「しかも微妙に失礼ですよ」
十六夜咲夜は主人であるレミリア・スカーレットとその妹、そして友人であるパチュリー・ノーレッジには最大限の敬意をはらうが、その他に対しては普通に会話する。しかし敬意の対象がその場にいれば基本的には誰にでも慇懃な態度を崩さない。今のは態度を改める許可をもらった、ということだろう。
「何もショコラティエ(チョコレート専門の菓子職人)、いえ、女だからショコラティエールか。それを目指しているのじゃないんでしょ? 安心なさい。ちゃんと教えるから」
―――†―――†―――†―――
大きめの鍋にお湯が沸いている。そしてテーブルの上にはレンガ大のチョコレートの塊が数個。
「おっきいなー」
「これ、一つでも食べるのは苦労しそうです」
「このまま食ってどーすんのよ」
三人ともこれほどのチョコ塊を目にするのは初めてだった。
「まず、チョコレートをお湯で柔らかくするのよ」
「分かったわ」
ドポンッ ドポンッ
「と言っても直接お湯に入れてはダメよ」
「霊夢! 早くお湯から出せ!」
「え? あ、熱つっ! 熱いじゃないの!」
「お前なら平気だろっ つか、箸でも何でも使えよ!」
「貴方達、ヒトの話は最後まで聞きなさい」
「なあ咲夜、頼むから大事なことは先に言ってくれよ」
「善処しましょう。ボウルにチョコを入れてからお湯に漬けるの。この工程を湯煎と言うのよ」
「湯煎ならそう言ってくれよ、そんくらい分かるぜ」
金属のボウルにチョコの塊を入れ、お湯に浮かべる。
「なかなか溶けませんね」
「もっとお湯を熱くすればいいのかしら?」
「チョコレートは事前に細かく刻んでおけば早く溶けるわ」
「だからっ そーゆーのは先に言ってくれって!」
「何事もまずやってみることが大事よ」
しれっと言い放つスーパーメイド。
「たぁーーいむぅ」
今度は魔理沙が【タイムアウト】を要求する。
咲夜に認められ、三人は厨房の隅に移動した。
「なんだか上手くいかないぜ」
「いつもは教わった通りにやって成功してますのにね」
「つまり咲夜の教え方がヘタってこと?」
「しーっ! 声がデカいぜ」
「だって、そーゆーことでしょ?」
「あの独特の感性にはついていけませんよ」
「アイツに教え方を変えさせるのは難しいと思うな」
「どーすんのよ」
「プロに聞こうぜ」
「プロって、咲夜さんがプロなんですよね?」
「だから【咲夜のプロ】に聞くんだよ」
「は? 意味分かんないわ」
「おーい、パチュリー」
チョコを刻んでいたパチュリーがテコテコとやってくる。
「なに?」
「お前を咲夜のプロと見込んで聞きたいんだ」
「咲夜のプロ? なんとなく言いたいことは分かったけど」
「さすが天才魔女様だぜ」
「お世辞は結構。言っておくけど、咲夜を完全に理解するのは神でも悪魔でも不可能よ」
「このままではチョコレートのお菓子が作れません」
「あのトンデモメイドの攻略法を教えてよ」
「咲夜はなにも悪くないわよ」
霊夢の言に不機嫌な顔をする。この魔法使い、身内はとても大事にしているから。
「取っかかりだけでも良いんだ」
「そうね……たずね方の問題ね。咲夜は具体的な課題、質問には具体的に答えてくれるわ」
「冷やし中華のタレはそうでしたね」
「漠然としている課題、質問の場合が問題なのよ」
「漠然とした答えが返ってくるんじゃないの?」
「違うわ。質問の意図を察して具体的に対応してくれるわ」
「文句無いじゃないの」
「その『察する』が問題なのよ。大体は正解なのだけど、ハズレ始めるとどんどん勘違いと思い込みで収拾がつかなくなるのよ。ドツボにはまったら大変よ」
「マジかよ」
「今回は『チョコレートのお菓子の作り方を教える』と言う漠然とした課題に対して『失敗を通して学んでいく』方法を選択したのだと思うわ」
「面倒臭いヤツね」
「慣れの問題なのよ。私も完全に慣れているわけではないけれど」
「慣れるほど付き合いきれそうにないですよ」
「イイヤツだとは思うんだけどなー」
「とにかく、このままでは私も困るわ。全くいい迷惑よね」
咲夜とマンツーマンなら苦労はなかったのに。
「そう言うなよ。何とかしてくれよ」
「分かったわ。……咲夜っ」
メイド長に顔を向け、普段より少し大きな声を出した。
「はい」
「インストレーション・システムコール! ……フランドール!」
けほっ けほっ
喘息持ちなのに急に大声を出すから……
「パチュリー様、それは」
「言葉通りよ。やってみなさい、けほっ」
「ですが、これまで他人に使ったことがありません」
「知っているわ。何事にも初めてはあるのよ」
「私、自信がありません」
こんなに不安そうな表情の咲夜は珍しい。
「大丈夫よ。自分を信じて」
「でも……」
「大丈夫、貴方を信じる私を信じなさい」
咲夜の両手を己が両手で優しく握る。
しばし見つめ合う魔法使いとメイド。
「…………はいっ!」
「一体何が始まんの?」
「よく分かりませんが、ただ事ではなさそうですね」
「んー、もしかして……」
―――†―――†―――†―――
「ではチョコブラウニーを作りましょう」
いつもの無表情とは打って変わり、柔らかい口調と優しい表情。
「どうなさったんですか?」
三人娘はそれぞれに身構え、厳戒態勢をしいていた。
「いや、特には無いんだが」
「急に変わったから、何と言いますか」
「正直恐いわよ」
「恐いことなどありませんよ。さあ、始めましょうね」
そう言うと落札価格一億ドルの笑顔を炸裂させた。
「お、おう」
「チョコレートのお菓子のポイントは先ほどの湯煎にあります。これさえ失敗しなければもう大丈夫なのですよ」
「タイム願います」
今度のタイムは早苗だった。
「はい、どうぞ」
三人はパチュリーを引っ張ってお馴染みとなったコーナーへ集まる。
「どういうことなんですか?」
「なんかの魔法なの?」
「【フランドール】がミソなんだろ?」
魔理沙の言葉にだけ深く頷いた。ほぼ正解らしい。
「今の咲夜にとって貴方達はフランなの」
「それってつまり……」
「フランにお菓子作りを教えていると自分に言い聞かせているのよ」
「無茶しやがるわね」
「これが最後の手段なのだから文句を言わないで」
「じゃあ、こちらはフランみたいに無邪気に可愛く反応すれば良いのか?」
「やめてよ、気持ち悪い」
心底イヤそうな顔のパチュリー。
「言い過ぎじゃないの?」
「普通にしていて良いんですか?」
「むしろそうして」
「おっしゃ、行こうぜ」
ぱぱんっ
ハドルを終えた四人は同時に手を打ち鳴らしフィールドに戻っていく。
―――†―――†―――†―――
「材料は砂糖、牛乳、無塩バター、薄力粉これらはすべて70グラム。チョコレートは倍の140グラム、ココアパウダー20グラム、玉子は2個です。クルミは50グラムにしましょう」
各自で作ることになったが、上記の分量は一人分にはかなり多い。
「クルミ入れるのか?」
「チョコケーキのクルミ、大好きです」
「私も好きよ」
「あれって、ボソボソしない?」
「入れる前に乾煎りすると風味が違いますよ。クルミは大事なアクセントですね。殻を割るのが手間ですけど」
袋から十数個のクルミをテーブルに転がした。
「さすがに固いな。トンカチあるか?」
「このクルミ割りをお使いください」
クルミ割りは固い殻を割るための道具である。咲夜が渡した【やっとこ】に似た形をしたものがもっとも一般的で、手前の窪みの部分にクルミを挟み込んで、てこの原理を利用して割る。意匠を凝らした【くるみ割り人形】も有名だ。
ぐぎょりっ
霊夢の人差し指と中指、親指に挟まれていたクルミが割れた音だった。
「……えっ」
パチュリーと咲夜が目を丸くしている。
ごぎゅりっ
次のクルミが割れた音。
「あー んーっと、気にしなくていいぜ」
「クルミは霊夢さんに任せておきましょう」
ぐぼばりっ
―――†―――†―――†―――
「砂糖とバターとチョコレート、ハンパない量だな」
「こりゃ太るわね」
「お菓子とはこういうモノ(です)(よ)」
早苗とパチュリーの声が揃った。
「チョコレートを溶かすためには細かくする作業がとても重要です」
作業台の上にペーパーを敷き、包丁の水分を丁寧に拭う。
「水分が含まれると味も落ちますし、べたべたくっついて失敗します」
ざくっ ざくっ ざくっ
各自、咲夜に渡されたチョコを無言で刻んでいる。
「そのくらいで結構です。ボウルに移しましょう」
此度はそれぞれが別個に作ることにしたのでボウルも四つある。
ざらら ぱらぱら
「このボウルにバターと牛乳を加えます」
べちょ、とぽとぽ
「湯煎します。お湯はお風呂よりもちょっと熱めの温度ですね」
「煮立ってなくても良かったのか」
50度で十分だ。
「そのお鍋にボウルを乗せたら一、二分溶けるのを見守ります。ちなみにこれはビターチョコですよ」
「びたーってなに?」
「あまり甘くないチョコレートです。色々足しますのでこれでよろしいのです」
「ふーん」
「溶けてきたみたいです」
「では、ゆっくりと混ぜます。けっしてぐるぐるかき混ぜたりしません」
「霊夢、気をつけろよ」
「分かってるわよ」
「お湯が入らないよう注意してください」
「霊夢さん、気をつけましょうね」
「わーってるって!」
―――†―――†―――†―――
「溶け合わさりましたか?」
「はーい」×4
「お鍋からあげて砂糖と溶き玉子を入れましょう」
ざぱっ たらたら
「優しく混ぜてください」
ぐるぐるぐるぐる
「薄力粉(振るっておく)とココアパウダー、クルミを加えます」
ばさばさっ ぱっぱっ ざらざらっ
「また混ぜます。切るようにさくっさくっと」
四人はゴムベラでシャキシャキ混ぜる。
「オーブンで焼いたら出来上がりです」
「恐ろしいほど順調だな」
「分かりやすいですね」
「ウチの咲夜が本気を出したらこんなモノよ」
パチュリーは誇らしげ。
「やりゃあできるじゃないのよ。最初っからやんなさいよね」
余熱したオーブンは180度。
混ぜ終わった生地をバットに流し入れて表面を平らにならし、5センチくらいの高さから何回か落とす。
ばすんっ ばすんっ ばすんっ
「この行程は何ですか?」
「空気を抜いています」
「あ、なーる」
「それやめろって」
四つのバットを中に入れ、焼き上げ開始。
「20分くらいですね」
しろがねの懐中時計を確認する咲夜。
―――†―――†―――†―――
オーブンから取り出し、粗熱が取れたら食べやすい大きさに切って出来上がり。
「紅茶を入れてあげるわ」
咲夜が無表情で言った。
「あれ? 元に戻ってるぞ」
「タイムアップね。かなり無理なモードだったから」
パチュリーがやれやれとため息をついた。
「さっきの咲夜さん、ステキでしたのに」
「間に合ったからいーじゃないの」
制作途中で通常営業になっていたらエラいことだったろう。
「いただきまーす」×4
もっく もっく むぐむぐ
「うんまいなー」
「自分で作ったからでしょうか。格別な気がしますっ」
「魔理沙、私にくれるんでしょ?」
「同じモノ食べてるじゃないか」
「魔理沙からもらいたいの。私のあげるから」
「交換か。まあ、いーぜ。ほらっ」
「ありがとう魔理沙!」
「変なヤツだなー」
「今、ほんの微かですけど乙女臭がしましたよ」
「乙女臭ってヤな感じね」
わいわいやってる三人をよそに、パチュリーは仕上がりを確認しながらじっくり味わっていた。
(よーしよしよし、これならイケるわ。はたて、待っててね!)
こちらの乙女臭はたっぷり目だった。
―――†―――†―――†―――
「チョコブラウニー作ったんですよ」
「早苗が?」
比那名居天子はちょっと驚いた。早苗は洋菓子作りの経験がないと言っていたはずだから。
「もちろん」
「私のために?」
「うーん、ついでですけどね。召し上がってください」
渡された茶色い塊を見て怯む天子。
実は数日前から虫歯に悩まされているのだ。天人でも人によってはなるらしい。おかげで口数も減り、眉間に皺も寄ってしまう。チョコ菓子なんぞ勘弁して欲しいところだ。
「あのね、実は私ね……」
「どうしたんですか? 早く食べてみてくださいな」
ニコニコ ワクワク
深呼吸する天子。覚悟を決めたようだ。
「いただくわ」
もしゃり もしゃり もしゃり
「いかがですか?」
「そうね……あがっ!」
「どうしました?」
クルミの欠片が虫歯に刺さった。思わず涙が滲む。
「な、なんでも、ない、わ」
「あら、泣くほど美味しいんですか? ちょっと大げさですよ」
そう言いながらもとても嬉しそうな早苗。
「お、美味し、い、わ」
「良かったー!」
ちょっとだけ漢前な比那名居天子であった。
閑な少女たちの話 了
「そうですか?」
「明らかにテンションが低いぜ」
「いつものうっとおしいくらいの陽気さが感じられないわね」
「……鬱陶しいって」
「天子とケンカでもしたのか?」
ビクッ
「あん? 図星なの?」
「べ、別にそんな」
「ふ~ん 何があったんだよ」
「暇だから聞いてやっても良いわよ」
「あの、言い方って大切ですよ?」
「まあまあ、とりあえず話して見ろよ」
いつもの博麗神社でいつもの三人。珍しくおとなしい東風谷早苗に博麗霊夢と霧雨魔理沙が絡んでいる。
「多分私がヒドい事言っちゃったみたいで。機嫌が悪いと言うか冷たいというか」
「多分って何よ」
「何を言ったんだよ」
「心当たりがあるような、ないような……」
「意味分かんないわよ。何か言ったんでしょ?」
「昨日、会った時からブスッとしてたんです」
「それじゃ、お前のせいじゃないかも知れないぜ」
「バカやってお父さんにお説教貰ったんじゃないの?」
「いえ、そのくらいで堪えるヒトじゃないですよ」
「アイツも大概だからな」
「私が気を遣って色々と話しかけても生返事ばかりだったんです」
「珍しいな」
早天コンビは天子がリードしているように見えるが、その実、早苗の機嫌を損ねないように天子の方が気を遣っていることが多いのだ。このことは周囲からすれば丸分かりだった。
「で、『いつまでもブスッとしているとブスに拍車がかかりますよ』って言ったんです」
比那名居天子は美形揃いの幻想郷においても最上位クラスの美少女だ。そして当人もそのことにプライドを持っている。性格にかなり難があるため人気投票には弱いがブスと呼ばれることは未来永劫ないと言い切れる。
「あんたにブスって言われたら頭にくるでしょうね」
「言って良いことと悪いことがあるんだぜ?」
「ぐぐっ」
よりによってこの二人に言われるのか。腹の底から怒りがこみ上げてきたが喉のあたりで我慢した早苗さん。
「予想通りくだらない話だったわね。聞いて損したわ」
「まあ、そう言ってやるなよ。こんな早苗でも気にしてんだからさ」
「ぐむうっ」
あと少しで怒りが口をついて出そうだ。
「早苗、いいモン見せてやろうか」
「なんです唐突に」
「ここ見てみ」
魔理沙は腕まくりしてぐっと肘を曲げた。
「な? 小さいお尻。セクシーだろ?」
「………………それが何か?」
「元気出たか?」
「出るわけないですよ」
「っかしーなー、チルノたちにはバッカウケだったのに」
「はああ~~」
あまりのバカバカしさに溜めていた怒りもプシュー―っと何処かへ抜けてしまった。
「私の知ったこっちゃねーけど、元気出しなさいよ」
「それって、慰めてるつもりなんですか?」
「別に」
「よーし、早苗とテンコを仲直りさせてやろうぜ」
「テンコじゃありません、テンシです」
「な? 霊夢」
「面倒臭いわね」
「お前はホント、ブレないな」
「自分で言っておいてなんですけど、余計なお世話は要りませんから」
「そう言うなよ。私たちに任せておけばどんな異変も即解決だぜ。な?」
「これって異変なの?」
「どうぞお構いなく」
この二人に任せて事態が好転するイメージが全く湧かない早苗だった。
―――†―――†―――†―――
「仲直りには切っ掛けがあったほうが良いぜ」
「泣いて縋るとか?」
「違う」
「カラダを差し出すとか?」
「違うって。相変わらずお前の感性は間違えだらけだな」
「じゃあ、何なのよ」
魔理沙の指摘に腕組みしてブスッくれる霊夢。
「例えばちょっとしたプレゼントなんか良いだろ?」
「物で釣ろうっての?」
「だからー、切っ掛けだって」
「物で機嫌が……良くなるかもね」
「霊夢さんはそうでしょうね」
立ち直りの早さには定評のある風祝がいつものようにツッコミ始めた。
「お菓子なんてポイント高そうだぜ」
「お菓子ねえ」
「ブルーな気分の時には甘いモノを食べるに限ります」
「落ち込んでるのはあんただけよ」
「でも甘いモノは賛成だぜ。なんか無いのか?」
「私たち、スイーツ作りに挑戦すべきですよ」
「なによ藪から棒に」
「今までガッツリ系の料理ばかりですし」
「そりゃ早苗がいるからな」
「私のせいなんですか?」
「ほとんどね」
「女子力を上げるためにもスイーツ作りが必要でしょう。幸いもうすぐバレンタインデーです」
「何が幸いなんだか」
「こちらをご覧ください」
持ち歩いているトートバッグから雑誌を取り出す。
「お前ってホントへこたれないよな」
「そこだけは感心するわ」
早苗が取り出した雑誌は【月刊 生女子(なまじょし)】。発行者は匿名の【女子之助(じょしのすけ)】鴉天狗達も記事や写真を提供している幻想郷のおしゃれ女性雑誌だ。
「あんた、そんなの読んでんの?」
「知らないんですか?」
今月号の特集は【賢い女子のバレンタイン必勝法】だった。
「タイトルからして賢くなさそうだぜ」
「必勝ってなんなのよ」
「荷電粒子かなんかの放射線帯だよな」
「それはバン・アレン帯ですよ」
「今のはわざとだぜ。バレンタインデーって一応は愛の告白行事なんだろ?」
「らしいわね」
「元は聖人の祝日ですが、女性の方から思いを寄せている男性に贈り物やメッセージを送っても良い日とされたそうです」
昔のことなので、そこそこ男尊女卑の匂いのする考え方ではある。
「近年、お菓子業界がチョコレートを利用して一大イベントに組み上げたんですよ」
「そこまで知っていて乗っかるのかよ」
「それはそれ、これはこれです」
「たくましいモンだな」
「乙女の思いは鉄筋入りですからね」
「つまり、ついでにスイーツ作りをしようってハラなわけ?」
「はい、チョコレートスイーツを作りましょう」
「誰かに告白すんのか?」
「その予定はありませんけど今は友チョコ、自分チョコもアリですから」
「チョコあげて告白……それもアリなのかしら」
「霊夢は好きなヒトいないのか?」
実にあっけらかんと問いかける魔理沙。
巫女二人はそれぞれの理由で暫しフリーズした。
(これだから天然ジゴロと言われるんでしょうね)
(伝わってないの? ホントに伝わってないの?)
「霖之助はどうだ?」
「お世話になってるし、良いヒトだとは思うけどね」
「好きってほどじゃないのか」
「んー、好き勝手にしたい相手はいるけど。チラッ」
「チラッて口で言いましたよ」
「……それは置いといて」
「霊夢さん、置いておかれましたよ」
「いちいち実況しなくていーわよっ たくっ いつの時代でも【レイマリ】は圧倒的支持を得るってのに」
「ちょくちょく聞くけど、なんなんだそれ」
「……知らないの?」
「【霊夢vs魔理沙】の弾幕勝負のことか?」
くらぁ~
激しい目眩に襲われた無敵の超人巫女。思わずヘタり込みそうになった。
(魔理沙さん、ホントは分かってるんじゃないかしら?)
―――†―――†―――†―――
「私達はいつになったらキス以上の関係に進めるの?」
半ばヤケになった霊夢が詰め寄る。
「すでに唇は許しているみたいに言うなよ。ないから、いっぺんもないから」
「あんたが寝てる時に何度もいただいてるわよ」
「……マジか」
青ざめる普通の魔法使い。
「うそよ」
今度は魔理沙がヘタり込みそうになった。
「……あのなあ、霊夢、早くいいヒト作れよ」
「何? 作るモンなの? 粘土か何かで? それって私を愛してくれるの?」
「ピグマリオンの例もありますけどね」
「そんな神話級の難しさなの?」
「霊夢が男だったら惚れてるかもな」
「ホント?」
ノリで口走ってしまったが、男性版霊夢を想像してみる魔理沙。
面倒臭がりでグータラで仕事しない、そのくせ宴会好きな亭主…… (いや、ダメだ、コイツと結婚したら絶対苦労しそうだ)
「女で残念だぜ」
「私、気にしないわよ?」
「そこは気にしてくれ」
―――†―――†―――†―――
いつものようにピントのずれた霊夢の告白はいつものようにファールチップに終わった。全くの空振りではないが前には飛んでいかない。(少しずつタイミングが合ってきてるわ。次は真芯を捉えるはずよ)←頑張ってください。
「告白って、重大なイベントだよな?」
「えーえー、そーでしょうね」
話題を少し前に戻す魔理沙。霊夢は機嫌の悪さを隠そうとしていない。
「それをチョコレート一個でまかなうのはどうなんだろう」
「役者が不足って言いたいの?」
「うん、まあ、重みが伝わらないっていうか」
「そんなら米十俵とか大根百本とかなら良いわけ?」
「その重みとは違うんだけどな」
「切っ掛けだから良いんじゃありませんか? 肝心なのは告白なんですから」
「そりゃそうだな」
「愛の告白シーンは一大事、いわば乙女の戦場ですね」
「ドスの代わりにチョコ持って、タマの代わりにハートを取りに行くってことよね」
「殺伐とした話ですね。もっとフワッとした感じになりませんか?」
「合ってるようなハズレてるような、だな」
―――†―――†―――†―――
雑誌の特集記事を広げている霊夢の左右で魔理沙と早苗が覗き込んでいる。
『もうすぐバレンタイン! 好きな人にチョコをあげようとウキウキしている人もいるかもしれませんね。ですが、いくらチャンスとは言え、本命チョコをあげてベタに告白なんて、ちょっとあざとすぎて恥ずかしい気も……』
「確かにそうですよね」
「ちょっと勇気がいりそうだぜ」
「わっかんないわー」
『賢い女のバレンタイン必勝法!
心構えその①=男性はそれほどイベントが好きでないと心得ておく』
「そうなんだ」
「その先読んでみてください」
『男性は女性ほどイベント事にそれほど興味はなく、彼女や好きな女のコが盛り上がっているから乗っている振りをしている、という場合が多いのです。だから彼もワタシからのチョコをワクワクして待ってるに違いない! という過度な期待は失望のもと。相手と自分との温度差にビックリして一気に冷めてしまうかもしれません』
「そんなモンなのかな」
「わっかんないわー」
『心構えその②=チョコだけで心を射止めるのは不可能と理解する。
バレンタインは、すでに出来ているカップルや夫婦間をちょっと盛り上げるイベントなのです。チョコをあげるというのは、愛を深めるための行為にほかなりません。最高に美味しいチョコをあげれば意中の男性が落ちるというわけではありません』
「胃袋を掴むってのは聞いたことあるけどな」
「でもチョコ好きの男性は少数だと思いますよ」
「わっかんないわー」
『心構えその③=手作りチョコ神話は間違い。
手作りで健気なワタシ、を主張しすぎると男性はゲンナリしてしまいます。それにあまり面識のない女性からの手作り食品はなんだか怖いと感じている男性が多いのです』
「あ、これ言えてるぜ」
「分かるんですか?」
「たまに里の女の子たちから手作り菓子をもらうけど、中には微妙なのもあるからな」
「いつ? 誰から? どんなのをよっ?」
「ちょっ 近い、顔近いって」
他の項目では『気の利いたメッセージを添える』『いっそあげずにヤキモキさせる』など毒にも薬にもならないようなことが書かれていた。
「分かんなかったわ。結局なんなの?」
「んー、手作りチョコは恋の万能薬じゃないってことかな」
「元々仲の良い同士の潤滑剤的なモノってことでしょうかね」
「つまり、意味無いってことね」
バッサリ切り捨てた。
「いや、待てよ。告白云々は抜きにしてもチョコ菓子作りはアリだろ?」
「そうですよ。今後のための女子力アップですよ」
「あんたは天子にあげたいだけでしょ」
要らんところで妙に聡い霊夢が斬りつけた。
「そ、それは」
「それでも良いじゃないか。あ、私は霊夢にあげたいぜ?」
根は律儀な魔理沙は当初の目的(早苗がチョコ菓子を作って天子に云々)を忘れていない。霊夢を乗せるために身体を張ってやった。
「ホント? ホントに? 告白付き?」
「それは抜きだって十秒前に言ったろ」
―――†―――†―――†―――
「早苗、お菓子作ったことないのか?」
つい最近までイマドキの女学生だった早苗に期待がかかるが。
「それがないんですよ」
「どうせガッツリ系の料理ばっかりだったんでしょ」
「うぐっ」
確かに【あちら】の調理実習ではスイーツ作りの経験はなかった。
日常的に料理をしているが、スイーツは出来合いのモノばかりだ。
「だったら誰かに教わらなきゃだぜ」
「チョコレート……洋菓子なら咲夜かアリスよね」
霊夢も腹を括ってチョコスイーツ作りに望むようだ。
「咲夜さんに教わるなら紅魔館に行かねばなりませんよ」
「んー、色々と面倒臭そうね」
「ではアリスさんですか?」
「よーし、カチコミかけるわよ!」
「なあ、アリスを巻き込むのはどうかと思うんだけどな」
「どうしてですか?」
「アリスはなんて言うか……繊細なんだよ」
「だから何なのよ」
「意味が分かりませんね」
「だからー、アリスにこのノリは無理なんだよ」
「このノリって?」
「あの、本気で分からないんですけど」
「……ハッキリ言うぜ、このバカっぽいやりとりのことだ」
「今のは聞き捨てならないわね」
「そうですよ」
「バカっぽいのはもっぱら早苗でしょ」
「はあ? ちょっと待ってください、異議ありですっ」
「るっさいわね。アリスは魔理沙に関しては相当バカだと思うけど」
「健気バカですよね」
「そういう言い方やめろよ。アイツは意外と傷つきやすいんだよ」
「私が傷ついていないとでも?」
「随分とアリスをかばうじゃないのよ」
「とにかく反対だぜ!」
腕を組んで顔を逸らし、断固拒否の姿勢。こうなると霧雨魔理沙は梃子でも動かない。そのことは博麗霊夢が誰よりも知っている。
「ちっ、この機会にカタァつけてやろうと思ったのに」
「なんでもかんでも武力で解決しようとするのは良くありませんよ」
「ふん、生き残った方が美味しいお肉にありつけるのよ」
「だからそーゆーのやめろって!」
―――†―――†―――†―――
「要はレミリアに話をつければいいのね?」
霊夢が二人に確認している。十六夜咲夜の協力を得るためにはその主人であるレミリア・スカーレットの承諾を先に得なければならない。
「そうなるな」
「よろしくお願いします」
「面倒臭いわねー」
そう言いながらも外出の仕度をする霊夢。そして三人揃って紅魔館へGO。
―――†―――†―――†―――
レミリアの承諾はあっさり得られた。なんだかんだで霊夢好きのレミリアだからここまでは計算通り。問題はこの後だ。
「おじゃまするわよ。あら?」
「こんにちわー。あれ?」
「おりょ? お前、何してんだ?」
博麗神社の社殿より広い紅魔館の厨房に通された三人は場違いな人物に驚いた。
「まり……さ?」
それは動かない大図書館パチュリー・ノーレッジだった。
ピンクのエプロン、長い髪は後ろに束ねて三角巾を被っている。
「いらっしゃいませ皆様。お嬢様から聞いております。私がお菓子作りの指導をさせていただきます」
ずいっと前に出たのは紅魔館が、幻想郷が三千大世界に誇るアルティメットメイド十六夜咲夜だ。
「改めて近くで見ると、ものスゴい美人ですね……」
「あんた、いつかコイツを追い越すんでしょ?」
「そのつもりです」
「せいぜい頑張んなさいよ」
巫女二人のヒソヒソトーク。
「パチュリー、お前」
その枠外で再び問いかける魔理沙に対し、聡明な七曜の魔女は下手な言い訳は却って状況を悪化させると見てとった。
「咲夜にチョコレートのお菓子を教わっているの。それだけよ、ふん」
ここまで開き直れば後は何を聞かれても怖くない、はずだ。
「鴉天狗にやんのか?」
「ごぼっふっ!」
「東海道のホタテだったかしら?」
「違いますよ。姫海棠はたてさんですよ」
「な、な、な、な」
なぜ皆が知っている?
本人は驚いているが、パチュリー・ノーレッジが姫海棠はたてとなんだか良い感じなのは周知の事実。隠せていると思っているのは当人だけだ。すでに幻想郷【見守ってあげたいカップル】の第一位(ちなみにブッちぎり)なのだから。
―――†―――†―――†―――
「そうよ。悪い? 悪いの?」
もう一度開き直ったパチュリー、腰に手を当て胸をそらす。ちょっと目が潤んでいるのが可愛い。
「別に」×3
何の痛痒もない。むしろ応援してあげたいくらいだ。
「では始めたいと思います」
このドタバタに全く影響されていないのは唯一人。もちろん咲夜さんだ。マイペースの司会進行。
「お菓子作りと普段の料理とは違いがあります。分かりますか?」
「なんたってお菓子は甘いよな~」
魔理沙がぺろっと答える。
ズダムッ!
咲夜がぶっとい麺棒を調理台に叩きつけた。
「真面目に」
「……ふあい」
「お菓子は勘じゃ作れないわ」
ビュオッ!
麺棒が霊夢の鼻先でピタリと止まった。
「正解」
「なんか、メッチャ怖いです……」
「料理は勘で作れますが、お菓子は勘じゃ作れません。正確な計量、正確な工程、正確な温度管理、お菓子作りのほうがシビアなのです。良いですか?」
「霊夢、お前、良く分かったな」
「梅外郎(うめういろう)作ってるからね。違いがなんとなくね」
博麗神社名物【梅外郎】をナズーリンのレシピ通り忠実に作っている霊夢の言は説得力があった。
「あれだけは真面目に作ってるんですね」
ズダムッ!
「私語は無用」
「……ふあい」
「あのね咲夜、【タイム】いいかしら?」
パチュリーが左の手のひらに右手の指先を垂直に当てた。
「どうぞ」
パチュリーは外様三人を部屋の隅に引っ張っていった。
「貴方達、咲夜に、いえ、レミィに何と言ったの?」
「チョコレートのお菓子の作り方を教えて欲しいって」
実際に折衝した霊夢が答える。
「その時レミィは何か言ってなかった?」
「教え方、『厳しめ、普通、優しめ、どれにする?』って」
「どれにしたの?」
「どうせならキチンとやりたいから『厳しめで』って」
「……それでか」
「どういうことだ?」
「咲夜は真面目だから言葉通り『厳しめ』の指導をしているのよ」
「そうだったんですか。でも、これじゃあまりにも……」
「そうね。これじゃダメよね」
そう言ってパチュリーは咲夜にペタペタと歩み寄る。
「咲夜、あのね、指導強度を『厳しめ』から『普通』に変更して」
「……かしこまりました。パチュリー様」
「みんな、こっちに来ていいわよ」
恐る恐る寄ってくる三人。
「咲夜、まずはチョコレートのお菓子の全般的な知識からお願いね」
「かしこまりました。では基本から参ります」
「そうね、そうして」
「では魔理沙」
「私?」
「これは何かしら?」
チョコレートの塊を指差す咲夜。
「何って、チョコレートだろ?」
「発音が違います『チョコリッ』です」
「は?」
「チョコリッ さんハイ」
「ちょ、ちょこりー」
「ノンノン、チョコリッ です。もう一度」
「タイム! ターイム!」
パチュリーが割って入った。
「あのね咲夜」
「はい」
「そーゆーコトじゃないの」
「はあ」
―――†―――†―――†―――
「チョコレートを使ったお菓子、中でもケーキは代表的な物がいくつかあります」
「なんだよ。チョコレートで良いんじゃないか」
魔理沙はぶつぶつ。
「ガトーショコラ、チョコブラウニー、ザッハトルテ、フォンダンショコラ、あとはオペラとビュッシュ・ド・ノエルでしょうか」
このピックアップに異論はあろうかと思うが咲夜基準なので了承願いたい。
「あのー」
「はい、なんでしょう。守矢神社の東風谷早苗さん」
「私たち初心者なので簡単なモノをやってみたいんですけど」
「道理でございますね。しかしながらチョコブラニーは比較的簡単ですから挑戦する価値はあると思われます」
「なんか、かたいなー。もっとフランクにしてくれないか?」
そう言われ咲夜はパチュリーに顔を向けた。
本虫魔女は二回頷く。
「チョコブラウニーは手順さえ間違えなければ誰でも作れるわ。それこそ貴方達でもね」
「いきなりざっくばらんになったわね」
「しかも微妙に失礼ですよ」
十六夜咲夜は主人であるレミリア・スカーレットとその妹、そして友人であるパチュリー・ノーレッジには最大限の敬意をはらうが、その他に対しては普通に会話する。しかし敬意の対象がその場にいれば基本的には誰にでも慇懃な態度を崩さない。今のは態度を改める許可をもらった、ということだろう。
「何もショコラティエ(チョコレート専門の菓子職人)、いえ、女だからショコラティエールか。それを目指しているのじゃないんでしょ? 安心なさい。ちゃんと教えるから」
―――†―――†―――†―――
大きめの鍋にお湯が沸いている。そしてテーブルの上にはレンガ大のチョコレートの塊が数個。
「おっきいなー」
「これ、一つでも食べるのは苦労しそうです」
「このまま食ってどーすんのよ」
三人ともこれほどのチョコ塊を目にするのは初めてだった。
「まず、チョコレートをお湯で柔らかくするのよ」
「分かったわ」
ドポンッ ドポンッ
「と言っても直接お湯に入れてはダメよ」
「霊夢! 早くお湯から出せ!」
「え? あ、熱つっ! 熱いじゃないの!」
「お前なら平気だろっ つか、箸でも何でも使えよ!」
「貴方達、ヒトの話は最後まで聞きなさい」
「なあ咲夜、頼むから大事なことは先に言ってくれよ」
「善処しましょう。ボウルにチョコを入れてからお湯に漬けるの。この工程を湯煎と言うのよ」
「湯煎ならそう言ってくれよ、そんくらい分かるぜ」
金属のボウルにチョコの塊を入れ、お湯に浮かべる。
「なかなか溶けませんね」
「もっとお湯を熱くすればいいのかしら?」
「チョコレートは事前に細かく刻んでおけば早く溶けるわ」
「だからっ そーゆーのは先に言ってくれって!」
「何事もまずやってみることが大事よ」
しれっと言い放つスーパーメイド。
「たぁーーいむぅ」
今度は魔理沙が【タイムアウト】を要求する。
咲夜に認められ、三人は厨房の隅に移動した。
「なんだか上手くいかないぜ」
「いつもは教わった通りにやって成功してますのにね」
「つまり咲夜の教え方がヘタってこと?」
「しーっ! 声がデカいぜ」
「だって、そーゆーことでしょ?」
「あの独特の感性にはついていけませんよ」
「アイツに教え方を変えさせるのは難しいと思うな」
「どーすんのよ」
「プロに聞こうぜ」
「プロって、咲夜さんがプロなんですよね?」
「だから【咲夜のプロ】に聞くんだよ」
「は? 意味分かんないわ」
「おーい、パチュリー」
チョコを刻んでいたパチュリーがテコテコとやってくる。
「なに?」
「お前を咲夜のプロと見込んで聞きたいんだ」
「咲夜のプロ? なんとなく言いたいことは分かったけど」
「さすが天才魔女様だぜ」
「お世辞は結構。言っておくけど、咲夜を完全に理解するのは神でも悪魔でも不可能よ」
「このままではチョコレートのお菓子が作れません」
「あのトンデモメイドの攻略法を教えてよ」
「咲夜はなにも悪くないわよ」
霊夢の言に不機嫌な顔をする。この魔法使い、身内はとても大事にしているから。
「取っかかりだけでも良いんだ」
「そうね……たずね方の問題ね。咲夜は具体的な課題、質問には具体的に答えてくれるわ」
「冷やし中華のタレはそうでしたね」
「漠然としている課題、質問の場合が問題なのよ」
「漠然とした答えが返ってくるんじゃないの?」
「違うわ。質問の意図を察して具体的に対応してくれるわ」
「文句無いじゃないの」
「その『察する』が問題なのよ。大体は正解なのだけど、ハズレ始めるとどんどん勘違いと思い込みで収拾がつかなくなるのよ。ドツボにはまったら大変よ」
「マジかよ」
「今回は『チョコレートのお菓子の作り方を教える』と言う漠然とした課題に対して『失敗を通して学んでいく』方法を選択したのだと思うわ」
「面倒臭いヤツね」
「慣れの問題なのよ。私も完全に慣れているわけではないけれど」
「慣れるほど付き合いきれそうにないですよ」
「イイヤツだとは思うんだけどなー」
「とにかく、このままでは私も困るわ。全くいい迷惑よね」
咲夜とマンツーマンなら苦労はなかったのに。
「そう言うなよ。何とかしてくれよ」
「分かったわ。……咲夜っ」
メイド長に顔を向け、普段より少し大きな声を出した。
「はい」
「インストレーション・システムコール! ……フランドール!」
けほっ けほっ
喘息持ちなのに急に大声を出すから……
「パチュリー様、それは」
「言葉通りよ。やってみなさい、けほっ」
「ですが、これまで他人に使ったことがありません」
「知っているわ。何事にも初めてはあるのよ」
「私、自信がありません」
こんなに不安そうな表情の咲夜は珍しい。
「大丈夫よ。自分を信じて」
「でも……」
「大丈夫、貴方を信じる私を信じなさい」
咲夜の両手を己が両手で優しく握る。
しばし見つめ合う魔法使いとメイド。
「…………はいっ!」
「一体何が始まんの?」
「よく分かりませんが、ただ事ではなさそうですね」
「んー、もしかして……」
―――†―――†―――†―――
「ではチョコブラウニーを作りましょう」
いつもの無表情とは打って変わり、柔らかい口調と優しい表情。
「どうなさったんですか?」
三人娘はそれぞれに身構え、厳戒態勢をしいていた。
「いや、特には無いんだが」
「急に変わったから、何と言いますか」
「正直恐いわよ」
「恐いことなどありませんよ。さあ、始めましょうね」
そう言うと落札価格一億ドルの笑顔を炸裂させた。
「お、おう」
「チョコレートのお菓子のポイントは先ほどの湯煎にあります。これさえ失敗しなければもう大丈夫なのですよ」
「タイム願います」
今度のタイムは早苗だった。
「はい、どうぞ」
三人はパチュリーを引っ張ってお馴染みとなったコーナーへ集まる。
「どういうことなんですか?」
「なんかの魔法なの?」
「【フランドール】がミソなんだろ?」
魔理沙の言葉にだけ深く頷いた。ほぼ正解らしい。
「今の咲夜にとって貴方達はフランなの」
「それってつまり……」
「フランにお菓子作りを教えていると自分に言い聞かせているのよ」
「無茶しやがるわね」
「これが最後の手段なのだから文句を言わないで」
「じゃあ、こちらはフランみたいに無邪気に可愛く反応すれば良いのか?」
「やめてよ、気持ち悪い」
心底イヤそうな顔のパチュリー。
「言い過ぎじゃないの?」
「普通にしていて良いんですか?」
「むしろそうして」
「おっしゃ、行こうぜ」
ぱぱんっ
ハドルを終えた四人は同時に手を打ち鳴らしフィールドに戻っていく。
―――†―――†―――†―――
「材料は砂糖、牛乳、無塩バター、薄力粉これらはすべて70グラム。チョコレートは倍の140グラム、ココアパウダー20グラム、玉子は2個です。クルミは50グラムにしましょう」
各自で作ることになったが、上記の分量は一人分にはかなり多い。
「クルミ入れるのか?」
「チョコケーキのクルミ、大好きです」
「私も好きよ」
「あれって、ボソボソしない?」
「入れる前に乾煎りすると風味が違いますよ。クルミは大事なアクセントですね。殻を割るのが手間ですけど」
袋から十数個のクルミをテーブルに転がした。
「さすがに固いな。トンカチあるか?」
「このクルミ割りをお使いください」
クルミ割りは固い殻を割るための道具である。咲夜が渡した【やっとこ】に似た形をしたものがもっとも一般的で、手前の窪みの部分にクルミを挟み込んで、てこの原理を利用して割る。意匠を凝らした【くるみ割り人形】も有名だ。
ぐぎょりっ
霊夢の人差し指と中指、親指に挟まれていたクルミが割れた音だった。
「……えっ」
パチュリーと咲夜が目を丸くしている。
ごぎゅりっ
次のクルミが割れた音。
「あー んーっと、気にしなくていいぜ」
「クルミは霊夢さんに任せておきましょう」
ぐぼばりっ
―――†―――†―――†―――
「砂糖とバターとチョコレート、ハンパない量だな」
「こりゃ太るわね」
「お菓子とはこういうモノ(です)(よ)」
早苗とパチュリーの声が揃った。
「チョコレートを溶かすためには細かくする作業がとても重要です」
作業台の上にペーパーを敷き、包丁の水分を丁寧に拭う。
「水分が含まれると味も落ちますし、べたべたくっついて失敗します」
ざくっ ざくっ ざくっ
各自、咲夜に渡されたチョコを無言で刻んでいる。
「そのくらいで結構です。ボウルに移しましょう」
此度はそれぞれが別個に作ることにしたのでボウルも四つある。
ざらら ぱらぱら
「このボウルにバターと牛乳を加えます」
べちょ、とぽとぽ
「湯煎します。お湯はお風呂よりもちょっと熱めの温度ですね」
「煮立ってなくても良かったのか」
50度で十分だ。
「そのお鍋にボウルを乗せたら一、二分溶けるのを見守ります。ちなみにこれはビターチョコですよ」
「びたーってなに?」
「あまり甘くないチョコレートです。色々足しますのでこれでよろしいのです」
「ふーん」
「溶けてきたみたいです」
「では、ゆっくりと混ぜます。けっしてぐるぐるかき混ぜたりしません」
「霊夢、気をつけろよ」
「分かってるわよ」
「お湯が入らないよう注意してください」
「霊夢さん、気をつけましょうね」
「わーってるって!」
―――†―――†―――†―――
「溶け合わさりましたか?」
「はーい」×4
「お鍋からあげて砂糖と溶き玉子を入れましょう」
ざぱっ たらたら
「優しく混ぜてください」
ぐるぐるぐるぐる
「薄力粉(振るっておく)とココアパウダー、クルミを加えます」
ばさばさっ ぱっぱっ ざらざらっ
「また混ぜます。切るようにさくっさくっと」
四人はゴムベラでシャキシャキ混ぜる。
「オーブンで焼いたら出来上がりです」
「恐ろしいほど順調だな」
「分かりやすいですね」
「ウチの咲夜が本気を出したらこんなモノよ」
パチュリーは誇らしげ。
「やりゃあできるじゃないのよ。最初っからやんなさいよね」
余熱したオーブンは180度。
混ぜ終わった生地をバットに流し入れて表面を平らにならし、5センチくらいの高さから何回か落とす。
ばすんっ ばすんっ ばすんっ
「この行程は何ですか?」
「空気を抜いています」
「あ、なーる」
「それやめろって」
四つのバットを中に入れ、焼き上げ開始。
「20分くらいですね」
しろがねの懐中時計を確認する咲夜。
―――†―――†―――†―――
オーブンから取り出し、粗熱が取れたら食べやすい大きさに切って出来上がり。
「紅茶を入れてあげるわ」
咲夜が無表情で言った。
「あれ? 元に戻ってるぞ」
「タイムアップね。かなり無理なモードだったから」
パチュリーがやれやれとため息をついた。
「さっきの咲夜さん、ステキでしたのに」
「間に合ったからいーじゃないの」
制作途中で通常営業になっていたらエラいことだったろう。
「いただきまーす」×4
もっく もっく むぐむぐ
「うんまいなー」
「自分で作ったからでしょうか。格別な気がしますっ」
「魔理沙、私にくれるんでしょ?」
「同じモノ食べてるじゃないか」
「魔理沙からもらいたいの。私のあげるから」
「交換か。まあ、いーぜ。ほらっ」
「ありがとう魔理沙!」
「変なヤツだなー」
「今、ほんの微かですけど乙女臭がしましたよ」
「乙女臭ってヤな感じね」
わいわいやってる三人をよそに、パチュリーは仕上がりを確認しながらじっくり味わっていた。
(よーしよしよし、これならイケるわ。はたて、待っててね!)
こちらの乙女臭はたっぷり目だった。
―――†―――†―――†―――
「チョコブラウニー作ったんですよ」
「早苗が?」
比那名居天子はちょっと驚いた。早苗は洋菓子作りの経験がないと言っていたはずだから。
「もちろん」
「私のために?」
「うーん、ついでですけどね。召し上がってください」
渡された茶色い塊を見て怯む天子。
実は数日前から虫歯に悩まされているのだ。天人でも人によってはなるらしい。おかげで口数も減り、眉間に皺も寄ってしまう。チョコ菓子なんぞ勘弁して欲しいところだ。
「あのね、実は私ね……」
「どうしたんですか? 早く食べてみてくださいな」
ニコニコ ワクワク
深呼吸する天子。覚悟を決めたようだ。
「いただくわ」
もしゃり もしゃり もしゃり
「いかがですか?」
「そうね……あがっ!」
「どうしました?」
クルミの欠片が虫歯に刺さった。思わず涙が滲む。
「な、なんでも、ない、わ」
「あら、泣くほど美味しいんですか? ちょっと大げさですよ」
そう言いながらもとても嬉しそうな早苗。
「お、美味し、い、わ」
「良かったー!」
ちょっとだけ漢前な比那名居天子であった。
閑な少女たちの話 了
しかし、咲夜さんめんどくせぇなぁ。
霊夢は酔八仙の一人を再現できそうですね…
3人とも無事にチョコ作れて良かったですね。
ところでパチュリは無事にチョコを渡せたのかな?小悪魔に変な知識を植え付けられなければいいんですが。
面白かったです。咲夜さんがいろいろと凄かったですw
しかし咲夜さん、意外と扱いづらいのねw(そういや原作の設定でも思いたったら主のレミリアにゲテモノ紅茶を飲ませるような人だったし)。
ていうか霊夢、クルミを握り潰して割ってたけど、実は握力計破壊出来るんじゃないの?(あな恐ろしや)
あとパチュリーがはたてへのチョコづくりの所で、あなたの小説の設定でパチュリーがはたてに想いを寄せているのを思い出しました。懐かしいなぁ。
気になるオチはよくあるずっこけ系だけど、天子の漢前ぶりが良かったです。
いつもありがとうございます。
2番様:
ありがとうございます。このめんどくささこそ咲夜の魅力なんです!
4番様:
酔拳、面白いですよね。ありがとうございます。
7番様:
おお、小悪魔-パチュリーの関係をご存知でいらっしゃるとは!
自分塗りチョコを推奨されましたが「あ、あと三年待って!」のパチュリーさんでした。
絕望様:
歯磨きしててもなるんですよね、これが。ありがとうございます。
19様:
はたぱちゅを覚えていてくださってとても嬉しいです。この秋【七曜のキッキー】製本しますから(あっと驚く有名絵師さんのイラストです)よろしければどーぞ。
早天、私、このコンビが一番好きかもしれません。