Φ月XΔ日
昔。とは言っても私がこの館にやってきた頃だからかなり小さい時になるだろうか。館の裏庭には綺麗な庭園があった。ような気がする。
「気がする」としたのは今の裏庭は荒れ放題で、正直昔のような庭園があったとは思えないからだ。部屋の窓から見える裏庭は雑草の背丈が自分の身長の2倍近くまで生い茂り、よく分からない植物まで生えている。
当時の裏庭に入ったことはない。だから、昔の裏庭がどうであったのかと問われると、今のようにただ草が伸び放題の放置された土地だったと言われるとそうだったかもしれない。
如何せん、その原風景は物心つく前の小さな時のもの。子供の夢物語よね、と思考を一蹴した。
ただ、もしもその原風景が実際のものだったら
一度でいいから見てみたい
そう日記に書き残し、今日は眠りについた。
朝起きると私はいつもの通り支度を済ませてからワイシャツに袖を通す。着慣れた女中服を身に纏うと、自ずとスイッチが入る。
まずは朝食の用意をしてからお嬢様を起こしに行かねばと、ルーティンワークのことを思い浮かべる。その後は掃除に洗濯と、やることは山積みだ。
そういえば最近、美鈴のサボる頻度が増した気がする。いや、居眠り自体は昔からしていたのだが、最近は門前にいないことすらある。そういった時は必ず、ナイフでの制裁を加えているのだが、やはりそういう暴力に訴えた教育方針ではダメなのだろうか。手加減はしているつもりだが、ナイフに刺されていい気持ちはしなうだろう。上司として、部下の教育方法を本で学ぶ必要がある。
今度大図書館にでもよってみようかしら。
ややあって数月。
最初の頃に比べると、美鈴のサボる頻度が減った。やはり図書館から借りた本が功を奏したのか。
そういえば今日、美鈴からお茶の誘いを受けた。予定は明日、どういうわけか美鈴はお嬢様へ取り付けて、私は明日休みらしい。正直館内のことや仕事のことで不安でいっぱいなのだが、ここはひとつ彼女に甘えるとしよう。今日は一日中雨が降っていたが明日は運良く晴れそうだ。
翌朝、私はいつも通りの時間に目を覚ます。職業病だろうか、休みなどしばらくとっていなかったから、休日はいつ目を覚ますのが良いのか分からない。美鈴は、有給はちゃんと消費しなきゃですよ。なんて言っていたがあなたはいつも休みみたいなものでしょ。と、内心毒づく。
私服なぞ持っていなかったから仕方なく女中服に袖を通した。
ややあって扉からノックと美鈴です。という声が聞こえた。
入っていいわと美鈴を促す。失礼しますと律儀にも断って入ったあたり、緊張でもしているのだろう。プライベートな時ぐらい、改まらなくてもいいのにと思う。
「で、今日のことはあなたなりの考えがあってのことなんでしょ?」
「あはは、ばれちゃいましたか。実は咲夜さん疲れてるんじゃないかと思って考えたんですけど。」
「別に、私は自分で休憩ぐらいとってるわ。人に心配されなくても自己管理はしてるつもりよ。」
「まあ、強いて言うなら昔みたいに構ってくれないなー、なんて。」
「構ってくれないって...どれだけ昔のこと言ってるのよ。メイド長って結構忙しいのよ?それとももっと説教が欲しいのかしら?それだったらもっと居眠りでもしてていいけれど」
「それは遠慮しておきます。じゃあ、もういい時間ですし、そろそろお茶にしましょうか。実はもう、朝食の準備を済ませてますから。」
美鈴の手際の良さに感心するのと同時に、部屋のドアに向かおうと腰掛けていたベッドから立ち上がる。すると美鈴に自分の足と背中に腕を回され、抱きかかえられた。
「え?なにしてるの美鈴。」
「何してるって、咲夜さんこそどこに行こうとしてたんですか?」
朝食なんていうものだからてっきり私は食堂に行くものだと思っていた。どうやらそれは違ったらしい。美鈴は器用に部屋の窓を開けると私を抱きかかえたままそこから飛び降りた。
何処に降りたかは自分でも想像はついた。
私は紅魔館の敷地内に実際にこんな場所があると思いもしなかった。
そこに着くとまず、ラベンダーが鼻腔を満した。何とも穏やかな気持ちになる。植物の蔓が巻きついたアーチをくぐるとパンジーやコスモスなどだけでなく、つつじや薔薇などの花木が私達を囲み、この庭全体が自分を歓迎してくれているとすら思える。
見惚れたのは花弁だけではない。植物の葉や茎でさえ青々としており、その表面に生い出でた朝露が日の光を通して輝くプリズムのようだった。
庭園の周りはやはり背の高い雑草が伸び切っており、この庭園は館の方からは死角となっていた。
庭園の中心にある白い椅子と食事の用意が済まされた丸いテーブル。椅子に降ろされたが心ここに在らずという心持ちで、庭の様子を眺める。
「美鈴、ここって...」
「ええ。ここ、どうですか?」
「美鈴...まさかここってあなた一人で?」
「まあ、そうです。少し仕事サボったりしちゃいましたけど...喜んでくれると思ってやってたんですけど、ダメでしたか?」
「嬉しいに決まってるじゃない!」
「喜んでくれて私も嬉しいです。この子達の世話も中々大変だったんですよね。咲夜さんがメイド長になるまではちゃんと世話してたんですけど、それ以来って感じですかね。」
ナイフで刺されたり、叱責を受けたりして正直嫌われていると思った。でも彼女は違った。
今回ばかりは。いや、これからは彼女のサボりは大目に見るとしよう。こんな私にここまでしてくれる美鈴にそう思った。
私の原風景は自分が思う所よりずっとそばにあった。
昔。とは言っても私がこの館にやってきた頃だからかなり小さい時になるだろうか。館の裏庭には綺麗な庭園があった。ような気がする。
「気がする」としたのは今の裏庭は荒れ放題で、正直昔のような庭園があったとは思えないからだ。部屋の窓から見える裏庭は雑草の背丈が自分の身長の2倍近くまで生い茂り、よく分からない植物まで生えている。
当時の裏庭に入ったことはない。だから、昔の裏庭がどうであったのかと問われると、今のようにただ草が伸び放題の放置された土地だったと言われるとそうだったかもしれない。
如何せん、その原風景は物心つく前の小さな時のもの。子供の夢物語よね、と思考を一蹴した。
ただ、もしもその原風景が実際のものだったら
一度でいいから見てみたい
そう日記に書き残し、今日は眠りについた。
朝起きると私はいつもの通り支度を済ませてからワイシャツに袖を通す。着慣れた女中服を身に纏うと、自ずとスイッチが入る。
まずは朝食の用意をしてからお嬢様を起こしに行かねばと、ルーティンワークのことを思い浮かべる。その後は掃除に洗濯と、やることは山積みだ。
そういえば最近、美鈴のサボる頻度が増した気がする。いや、居眠り自体は昔からしていたのだが、最近は門前にいないことすらある。そういった時は必ず、ナイフでの制裁を加えているのだが、やはりそういう暴力に訴えた教育方針ではダメなのだろうか。手加減はしているつもりだが、ナイフに刺されていい気持ちはしなうだろう。上司として、部下の教育方法を本で学ぶ必要がある。
今度大図書館にでもよってみようかしら。
ややあって数月。
最初の頃に比べると、美鈴のサボる頻度が減った。やはり図書館から借りた本が功を奏したのか。
そういえば今日、美鈴からお茶の誘いを受けた。予定は明日、どういうわけか美鈴はお嬢様へ取り付けて、私は明日休みらしい。正直館内のことや仕事のことで不安でいっぱいなのだが、ここはひとつ彼女に甘えるとしよう。今日は一日中雨が降っていたが明日は運良く晴れそうだ。
翌朝、私はいつも通りの時間に目を覚ます。職業病だろうか、休みなどしばらくとっていなかったから、休日はいつ目を覚ますのが良いのか分からない。美鈴は、有給はちゃんと消費しなきゃですよ。なんて言っていたがあなたはいつも休みみたいなものでしょ。と、内心毒づく。
私服なぞ持っていなかったから仕方なく女中服に袖を通した。
ややあって扉からノックと美鈴です。という声が聞こえた。
入っていいわと美鈴を促す。失礼しますと律儀にも断って入ったあたり、緊張でもしているのだろう。プライベートな時ぐらい、改まらなくてもいいのにと思う。
「で、今日のことはあなたなりの考えがあってのことなんでしょ?」
「あはは、ばれちゃいましたか。実は咲夜さん疲れてるんじゃないかと思って考えたんですけど。」
「別に、私は自分で休憩ぐらいとってるわ。人に心配されなくても自己管理はしてるつもりよ。」
「まあ、強いて言うなら昔みたいに構ってくれないなー、なんて。」
「構ってくれないって...どれだけ昔のこと言ってるのよ。メイド長って結構忙しいのよ?それとももっと説教が欲しいのかしら?それだったらもっと居眠りでもしてていいけれど」
「それは遠慮しておきます。じゃあ、もういい時間ですし、そろそろお茶にしましょうか。実はもう、朝食の準備を済ませてますから。」
美鈴の手際の良さに感心するのと同時に、部屋のドアに向かおうと腰掛けていたベッドから立ち上がる。すると美鈴に自分の足と背中に腕を回され、抱きかかえられた。
「え?なにしてるの美鈴。」
「何してるって、咲夜さんこそどこに行こうとしてたんですか?」
朝食なんていうものだからてっきり私は食堂に行くものだと思っていた。どうやらそれは違ったらしい。美鈴は器用に部屋の窓を開けると私を抱きかかえたままそこから飛び降りた。
何処に降りたかは自分でも想像はついた。
私は紅魔館の敷地内に実際にこんな場所があると思いもしなかった。
そこに着くとまず、ラベンダーが鼻腔を満した。何とも穏やかな気持ちになる。植物の蔓が巻きついたアーチをくぐるとパンジーやコスモスなどだけでなく、つつじや薔薇などの花木が私達を囲み、この庭全体が自分を歓迎してくれているとすら思える。
見惚れたのは花弁だけではない。植物の葉や茎でさえ青々としており、その表面に生い出でた朝露が日の光を通して輝くプリズムのようだった。
庭園の周りはやはり背の高い雑草が伸び切っており、この庭園は館の方からは死角となっていた。
庭園の中心にある白い椅子と食事の用意が済まされた丸いテーブル。椅子に降ろされたが心ここに在らずという心持ちで、庭の様子を眺める。
「美鈴、ここって...」
「ええ。ここ、どうですか?」
「美鈴...まさかここってあなた一人で?」
「まあ、そうです。少し仕事サボったりしちゃいましたけど...喜んでくれると思ってやってたんですけど、ダメでしたか?」
「嬉しいに決まってるじゃない!」
「喜んでくれて私も嬉しいです。この子達の世話も中々大変だったんですよね。咲夜さんがメイド長になるまではちゃんと世話してたんですけど、それ以来って感じですかね。」
ナイフで刺されたり、叱責を受けたりして正直嫌われていると思った。でも彼女は違った。
今回ばかりは。いや、これからは彼女のサボりは大目に見るとしよう。こんな私にここまでしてくれる美鈴にそう思った。
私の原風景は自分が思う所よりずっとそばにあった。