Coolier - 新生・東方創想話

At last, they are ...

2016/02/07 21:44:33
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「また来たか、ですか」

 ええ、私です。古明地さとりです。地底の覚妖怪です。
 はい、今日もですよ。お仕事も済ませましたので、お邪魔させていただきました。

 わざわざ、というわけではありませんよ。好きだから来ているのです。来たいから来ているのですよ。
 ……ふふっ、その考えは間違えではありません。ええ、隠さなくともわかります。
だからほら、かぶっているお布団から出てそのお顔を見せてください。

「おはようございます、霊夢さん」



***



 秋めくこの時期でも、相も変わらずちゃぶ台にいつも通りのお茶の時間。縁側を開けて景色を楽しみながら飲むのが好きなんですよね。
 霊夢さん、粗茶ですが……。熱いのでお気をつけて。ごゆっくり、どうぞ。

「あら」

 少し熱い、あなたのレベルに追い付くのはまだまだである、と?……すみません、精進します。こうして続けてはいますが、茶の道とは難しいものです。
 ですからまた明日も、飲んでください、ね。

 ところで、私の家―――地霊殿では紅茶が主流なのですよ。緑茶と違った香りと甘さがあって、ちょっとしたお菓子と一緒に食べるとおいしいのです。
 霊夢さんは紅茶はあまり飲まないのでしょうか?ここには緑茶か麦茶くらいしかありませんし。
 えっ、紅魔館でよく飲んでいた、と。確かにあそこは幻想郷における西洋文化の紅一点ではありますが。メイド長も手練れだったと聞きましたね。

「……そうですか。」

 ……なんですか、その目は。私の目が怖い? 据わっている、と?
 目つきが悪いのはいつものことじゃないですか。言われるのは慣れてますよ。ええ。地底の薄暗い明りで暮らしていればこういう目つきになるものなんですよ。

 何を笑っているんですか。何がごめんなさいなんですか! もう!



***



 箒が枯れ落ちた葉っぱを掃いていき、境内でそれを掃くお燐のしっぽも一緒にゆらゆら揺れる。こういう秋の色とりどりの、のんびりとした景色もいいと思いませんか?

「え? 儚い、ですか」

 確かに、秋は多くの命がその役目を終える季節。寂しく、そして儚い季節。それ故にそんなに好きな季節ではない、と。……けどそれは建前で、落ち葉の掃除が面倒になるし寒くなるから、というのが本当の理由ですよね。
 まぁまぁそう睨まないでください。今はうちのお燐やお空が当番でしているではないですか。昔よりは楽でしょう。……何が「掃除は巫女の仕事」ですか。あなたの本業は妖怪退治だったでしょうに。だから万年妖怪神社と言われたりするんですよ。

 ふふ、怒ったつもりでお札なんか出しても無駄ですよ。もうあなたに私は追い払えない。あなた自身もわかっているでしょう。
……それも、本気で祓おうと思ってない人には、ね?



***



 あら、寝てしまったようで……。
 そうね、お燐。布団を被せてあげないとね。人間は気温の変化に弱いのだから。
 地獄業火の余熱が伝わる地霊殿とは違い、肌寒い。とりわけ神社は高い位置にあるため地上より寒いから。白い息をはぁ~っと吐いてみれば、縁側で座布団に座ってる膝をすり合わせ暖を取ろうとしてみたり。
寝ている霊夢さんの布団に入りたくなる。

「火鉢でも焚きますか」

 押し入れにあった火鉢をゆっくりと引出し、灰や炭の残量を確認。……十分に残ってますね。流石私、計画的です。
 ゆっくり静かに持ち上げて、霊夢さんと暖をとれるように、近くに寄せて。
 ただ問題は、火種がない。河童に機械化された台所にコンロとやらがあるけど、これで炭に火をつけるのはちょっと怖い。
……風が飛び込んでくる。

「こんにちは、魔理沙さん」

 境内がお燐の掃除できれいにされていてよかったですね。そうでなければあなたは今頃落ち葉まみれですよ。「慣れている」で済ましますかそれを。本当あなたは昔から変わっていませんね。……その元気さといい、体つきといい。
 あら、それをここで撃ちますか? 神社で弾幕ごっこをした後の霊夢さんの恐ろしさはあなたが一番身をもって知っていますよね。加えて今彼女は寝ています。昼寝を邪魔された霊夢さんは言うまでもないでしょう。
 ……よろしい、それが賢明です。

 それで、今日はどうしました? 霊夢さんに用事ですか?
……そう、少しの間魔界に行くから少しばかり挨拶を、と。それはまた長い旅になりそうですね。
 どういうことかですって? 大方またアリスさんとケンカして出て行かれたんでしょう。……ちなみに心は読んでませんよ。あなたが思い浮かべる前からわかります。そんな読む前からそんな想像はつきます。何度目だと思ってるんですか、あなたがそれで来るの。
 ああもう! あなたが悪かったとか彼女が悪くなかったとか知りませんから。心で私にぶつけるように愚痴らないでください!
全く、それでうまくやっていけるあなたたちがうらやましいですよ。

「……うらやましい、ね」

 いいえ、なんでもありませんよ。お気になさらず。
 ところで、魔理沙さんは八卦炉で火を起こせましたよね。ちょうどいいのでこの火鉢をつけてくれませんか。
 ええ、それで結構です。ありがとうございます。

 いかがです、お礼というわけではないですが、霊夢さんが起きるまでお茶でも飲んで行かれますか?……そう、霊夢さんを起こすのも忍びないし、急ぎますか。
 ではお姫様の救出、がんばってくださいね。悪い魔女さん。



***



 おはようございます、というには暗いですね。
 ふむ、いい夢が、見られたのですか。それはよかったです。
 え? 私や皆さんと宴会する夢は大変だった? 楽しそうな夢だったみたいではないですか。ほら、思い出している。 人は夢なんて早く忘れてしまうものです。それを覚えているということは、よほど印象深いものだったはずですよ。そうでしょう?
 ……ちなみに実際見ていた夢とあなたが今記憶している夢にほぼ相違はありません。記憶違いではないのでご安心を。

 そろそろ夕食の時間ですよ。今日は私が用意しました。少しごめんなさい、湯呑みを退かしますから。
 ところで、さっき魔理沙さんがいらっしゃってました。ええ、いつもの夫婦喧嘩です。気にする必要はないかと。
 そう易々と魔界に繋げられては迷惑、ですか。まぁ紫さんやあの娘がしっかりやってくれている以上、魔理沙さん一人が魔界に出ることはあまり問題ないでしょう。
 あの子のことはあなたが一番知っているじゃないですか。大丈夫です、あなたが出ずとも。
 よっこいし……。

「雑炊、好きでしょう」

 ほかほかの雑炊です。ちょっとだけ冷ましてあげましょうか。……ほら、どうぞ。
 あらら、まだ恥ずかしいのですか? あーん、なんていつもやっていることでしょうに。どの道あなたに拒否権はありません。わかっているのに毎回まだ抵抗を続けるとは、実にあなたらしい。
 ……そんな目で睨んでも無駄ですよ。もうあなたは私には勝てないのですから。

 あなたも空腹には勝てないでしょう。それにあなたは、この誘惑に喜びさえ覚えてしまっているのですから、ね。
 ええ、嫌な奴で結構ですよ。慣れてますからね。ふふふ……。



***



 ここは本当に景色のいい場所ですね。地底からはまず眺められない景色です。 このような光景を「見飽きた」で済ませるのは贅沢ですよ、全く。
 ……月見酒って、お酒ですか? 少しだけですよ。
この瓶でいいんですよね、萃香さんからのお土産。私も頂きます。縁側で一緒に飲みましょう。ほら、ここからなら大きな月が見えますよ。

「……月が、綺麗ですね」

 知ってますか? ある文学者は西洋文学にあった告白の言葉をこう翻訳したそうです。どんな作品だったかは忘れましたが、素敵だとは思いませんか。
 ふむ、じれったい言い回しであると? ……素直になることが少ない霊夢さんには言われたくないと思いますが。 え、私は本心が読めるからいいじゃない、ですって?
 私だけ……?

 もう、どうしてそう恥ずかしいことをさらっと言えるんですか! 罰です! 晩酌はおしまい! お酒も没収です! もうっ!
これだから霊夢さんという人は……!


 とりあえずお酒は没収。瓶もあの部屋の押し入れの中も全部持っていく。台所の、霊夢さんがあまり使わない上の収納へ。背は届かないけど、飛べば楽々。妖怪なめんなって話です。

 ……お燐? どうしたの、そんなおずおずとして。ああ、さっきのを見て気まずくなってきたのね。別に大丈夫よ。
 ところで、猫車まで持ち出してどうしたの? ……閻魔様からの呼び出し? 緊急の用件?せっかくの日だというのに。まぁこれもお勤めなので文句も言えない。残念さで足取りが重くなるとはこのことね。
 ……あら、霊夢さん。まだ月を見てたのですか。ここまで襖を大きく開けてたら冷えますよ。そろそろ夜も遅いですし、閉めましょう。

「すみません、霊夢さん。地獄の方でトラブルがあったようで、今日はここで地底に帰ります」

 あの子に伝えておいた方がいいのかしら。いえ、余計なお世話のようですね。あなたがそう考えているのなら。何かありましたら、あの陰陽玉で連絡をください。……私より紫さんやあの子のほうが早いでしょうけれど。
ごめんなさいね、霊夢さん。また来ます。
 お燐、行きましょうか。猫車を出して。




***




「……おはようございます」

 遅い、ですか。すみません、外せない緊急の用でしたので。ええ、何日ぶりでしょう。一週間は経っていないと思いますが、お久しぶりですね、と。
 寂しかったですか? ……そうですか。

 ところで、お土産があるのですよ。地霊殿お出ししている来客用の紅茶です。そして次に出る事は「すぐに入れろ」ですか……。全く、こういうのには目がありませんね、あなたは。
 ああ、朝はあの子が用意したのですか。でしたら、午後の紅茶として頂きたいところですが? まぁ待てるわけありませんよね。
 わかりました、いま注ぎますから。

 何気に、神社に置いておいたティーカップ。彼女は気付いていないかもしれないけど、実は私のカップと外底面の柄がお揃い。
 ちょっと熱めだったのを冷まして、注ぐ。ちゃぶ台に紅茶、ミスマッチに見えて違和感のない不思議。

「お待たせしました」

 熱くはないですよ。今の霊夢さんにも優しい温めの紅茶です。
興味深いことに、入れ方次第では温めのお湯のほうがおいしくなるんだそうです。昨日執務の間に紅魔館のメイドさんに教えてもらいました。
 どうですか?

 おいしい、それはよかった。毎日入れているだけあって、紅茶には自信がありますよ。フフン。
 しかしまぁ、なんと幸せそうなふわふわした心で。……だからと言ってその速さでお替りは行儀も体にも悪いですよ。
 もう二度と飲めないかもしれないからですって? もう、また持ってきますから。もうちょっと落ち着いていただきましょう。

 ……大丈夫ですよ、約束です。私が約束します。また一緒にこの紅茶を飲みましょう。


 あら、いつの間にかカップが一つ増えて……こいし!?もう、いきなり驚かさないで! え……初めからいて、霊夢さんは気付いていた?教えてくれてもいいじゃないですか。心に思い浮かべてくれたって……。
 私と一緒についてきたのね。地上には出ていいといったけど、あまり人に迷惑をかけちゃだめよ。

 ああこら! こいし、布団の上に乗っちゃダメでしょう。そんな仔犬みたいにすりつかないの!
 霊夢さんも! そんなにこいしを甘やかさないでください! 加えてなでなでなんて……。

「……娘?」

 こいしを見て娘、ですか……。霊夢さんも、そういうことも考えるのですね。
 ただこいしからしてみれば「おばあちゃん」だそうですよ。年齢的に言えば私の方がよっぽどかもしれませんが……。

 けど、こうして霊夢さんがこいしを撫でているのを見ると少しそんな感じはします。霊夢さんはあやすのがうまいですから。紅魔館の吸血鬼とかよく来ては撫でてましたね。
 ふふ、あの背丈ならば確かに「おばあちゃん」ですね。本人も妹の方がしっかりしているみたいですし、ピッタリじゃないですか。魔理沙さんも結局アリスさんといるせいか、どうも子供な感覚が抜けてませんし。

 え、なんですかその笑みは。なんですかその手は!……ちょっと! 私の頭も撫でないで!
 ふああぁぁ……



***



 紅茶に合うしっとりめのクッキーを持ってきましたよ。……こいしは帰りましたか。どうぞ、欠片をこぼさないように。

「あなたもいかがですか。紫さん」

 あなたが来ると独特な気配がするのですよ。霊夢さんが阿吽と言わずに反応できるのがわかる気がします。
 あら、花の贈り物ですか。ありがとうございます。

「彼岸花……」

 まぁ、いいご趣味を。もう冬眠でもなさるので? あ、別にそういうわけではないのですね。
 というか霊夢さん、これ飾るんですか。私は……まぁ構いません。ここはあなたの神社ですし。

 ところで、今日はどのようなお話で? 結界の話にあの子の話ですか? お話が終わるまで、私は隣の部屋にいることにしましょう。ごゆっくり。

 あら、なんでしょう。霊夢さんではなく私に? 結界の整備に少し空ける……そうですか。
 その間の神社でしたら大丈夫ですよ。私やあの子、いざとなればいろいろな人が来るでしょうし。ええ、相変わらずですよ、霊夢さんの人気は。ふふふ……。



***



 ティータイムも終わって紫さんもお帰りになりましたし、またゆっくりしますか? ……いえ、日が落ちてきたからか霊夢さんの心もゆらゆらしてきてますし、お休みしましょう。
では、失礼しますね。

 何をしているか、ですって? 寝る準備に決まっていますよ。
そんなに逃げないで下さいよ。今日が初めてじゃないでしょう? 気にする年頃でも間柄でもありませんし。
 寝る用の着物はこちらでしたよね? まぁ聞かずとも今は私の管理下なので全部把握していますが。 これが私用のサイズなんですよ。似合いますか?

 ……生唾を飲み込んでどうしました? ふふ、霊夢さんのくせに初々しいですね。そのなりでもムラッと来るんですね。別に私としては悪い気はしませんよ。あなたですから。
 けれどこんな体がきれいだなんて、霊夢さんも変わった趣味をしていますこと。……冗談ですよ。

 さて、私も体を拭いて寝ますか。今日は冷えてきたので湯船につかるのはやめておいた方がいいでしょう。火鉢は私が管理して部屋を暖めておきますから、安心してください。

 ……大丈夫ですか、舟をこぎ始めていますよ? もう横になりましょう。いきなり倒れたら痛いです。ほら、頭もふらふらしてますし、心もいろいろな考えでごっちゃごっちゃし始めてますよ。
 わたしですか? 火鉢もありますから霊夢さんが寝た後に寝ます。
 ほら、その布団を少し開けてくださいな。……いいじゃないですか。私と添い寝ですよ。うれしい癖に。

 ついでにどんな夢を見てるか覗かせてもらうのも、私の楽しみの一つなので。ふふ……。



***



 霊夢さんがなかなか起きないので、そばに座りつつその顔を眺める。
 あら、縁側に誰か……新聞? ああ、射命丸さん。ご苦労様です、今開けます。
 今日は珍しく勧誘ではないのですね。霊夢さんを一目見に来た、と。また珍しい。今は残念ですが寝ていますよ。
 それと……余計なお世話かもしれませんが、私の目が黒いうちは「そういうこと」はさせません。全部お見通しですからね。「その目は黒ではなく赤」? うまく返したつもりですか、それで……。

 まぁあなたは本気かそうでないかがわかりやすいので助かります。もちろん私からしたら、ですが。
 若干は本気? ……ふむ、鴉としての本能なのですか。種族の性というものに抗いにくいのは私もよくわかります。私も、人の心を読んではかき回したくなるのですよ。例え知り合いでも、好きな人であったとしても……ね。

 あら「やっぱり嫌な奴」だなんて、あなたも人のこと言えないでしょう。
 私に若干の嫉妬を抱いてなお、ここにいる。私が心を読めることを知りながら暗に自分の独占欲を見せびらかしている。
あなたも私と同じだったのでしょう。知ってますよ、あの時地底で会った時から。私たちは同じ、人間博麗霊夢に惹かれた、ただの妖怪。
けど、その隣にいるのは、この私なのですよ。

 ……残念、あっさり認めちゃいますか。まぁ、それがあなたらしいといえばそうなのですがね。珍しいですよ。自分の醜さを曝されてあっさり認める方は。
 あなたの場合は打算ありきの行動なのかもしれませんが、霊夢さんを思う感情は本物ですからね。
寝顔だけでも見ていかれます? まぁ写真も……いいでしょう。

 ところで、外の鴉をどうにかできないでしょうか。……さっきからうるさくて。山の鴉でしょう、あれは。
 え? 彼らも本能でここに来た、と。

「そう……ですか」

 日が落ちるのも早いもので、もう夕方。
 できれば、今夜は……。



***



 おはようございます。もう夜ですが。
 先ほど射命丸さんが来られましたよ。これを届けてくれました。写真帳、いわゆるアルバムだそうです。主に霊夢さんの。
見えますか? ほら、どうぞ。

 まぁまぁ、ストーカー紛いの行動の集大成ではありますが、腕は確かな天狗の写真です。良かったですね。ほら、懐かしい光景です。まだ霊夢さんがリボンつけてた頃ですよ。
 ……って、なんで私まで映ってるんですか。あまり写真は好きじゃないんですけれど、いつの間に撮ったのやら。

 ええ、この写真は私が初めて地上に出たときです。霊夢さんが無理やり連れてきたときです。全く強引でしたよ。 ……私が嬉しそうだった? そんなまさか……なんですかその想像は! そんな顔! そんな抜けた顔なんてしてません!
 え? 写真に写って……? やめてくださいそんな顔で見ないでください! もう、恥ずかしい……。


 確か、初めて地上に出た日の月も、こんな大きな月でしたね。
覚妖怪の暗さを気にしなかった霊夢さんの手に引っ張られて地上に出て、いろいろな初めてを経験しました。
 何かある度に霊夢さんの頭に浮かぶたくさんのことに見とれて、地上が、あなたが好きになりました。

 異変解決の時も、宴会の時も、お祭りの時も、あなたはいつも幻想郷の巫女でした。
 最後まで、ずっと。

 でも私は、とてもよい日々だったと言い切ることができます。あなたのそばに居させてもらえた。それは私にとって、本当に素晴らしい日々でした。
 霊夢さん、あなたはどうでしたか? 私なんかが隣にいて、本当によかったんでしょうか。

 本当、ですか? 証拠が、頭の中に?

 ……ああ、私だ。霊夢さんの思い出の中に、たくさんの私がいる。
 前後もわからないめちゃくちゃな記憶だけど、全部に、わたしの、姿がある……。霊夢さんは多分わかっていないとは思う。けど、私には、それをすべて覚えているほどにわかる。
 本当に私の勘違い、ただ、自分にとって、都合のいい解釈ではなかった……。そう思って、いいのかもしれない。

 あなたの中にいる私は、本当に幸せそうな私。
 それに負けず劣らず、今の私も、本当に、幸せ……。


 ずっと終わらないでほしいけど、今日も、終わる。
 今日が、終わる。

「霊夢さん」

 ぐるぐる回る霊夢さんの世界。ぐるぐる回る霊夢さんの心。

「霊夢さん」

 まどろんでいく。白く、染まっていく。

「霊夢さん」

 彼女の中の私が霞んでいく。

「霊夢……さん……」

 目が、静かに閉じていく。

「………」

 どんな夢を、見ているのですか?
 どんな事を、考えているのですか?
 だれの声を、聴いているのですか?

 一度として、こいし以外に人の心を読めなかったことのない私ですが、今のあなたの心が読めないです。

「ねぇ、霊夢さん。」

 もうその心からは何も読み取れない。

 最後に、もう一度、あなたの心を見せてください。
 私の心を、見てください。
 もう一度、最期に……。


「……さようなら」


ちょっと寄り道をしていたらすっかり暗くなった。
愛用の猫車を押しながら、博麗神社へ向かう裏道をふらりふらり。
やがて見覚えのある社の建物に近づいて、ひと声かけた。

「さとり様ー。お仕事の道具お持ちしましたよー」

と、声を出したところで、何か慣れた臭いがした。

「……あ」

神社の方から漂うその臭いは、自分の職場でよく嗅ぐ臭い。
そして、ここからしてはいけない臭い。

「さとり様! お姉さん!」

境内まで駆けつけると、うっすらと見える縁側でさとり様が泣いていた。
縋り付いているのは、力なく垂れる白い着物を纏った霊夢の体。

死者の臭い。魂のない臭い。

「巫女さんを呼ばないと……!」
「もういますよ」

驚いて振り返ると、かつて霊夢が着ていた巫女装束。
霊夢に比べて若干短い髪が特徴な今代の巫女は、八雲様が連れてきたらしい。

「もう少し、二人だけにしておいてあげてください」
「ほかの人に知らせなくてもいいんですか?」
「まだいいんです。ようやく、二人だけになることが許されたんですから」

しゅるり、と彼女は自分のリボンを解いて見つめた。
霊夢からもらった、あの大きな後ろに止めるリボン。

「博麗の巫女は中立たれ。ましてや妖怪に肩入れなど――こう教えられました」

あの人が言えた口ではないですが、と軽く馬鹿にするような口は、この子の悪い癖でも親しみやすい面でもある。

「だからこそ、私の『親』になるべきにしてなることができなかった二人なんです」

そんなことをいう彼女だけど、バッサリと言い切るのは霊夢やさとり様に似た所を感じる。
なんだかんだ、お二人に愛されていたのだ。この子は。

「限りなく近くにいることができても、たった一枚の薄い壁に阻まれて一緒にはなれない。そんな関係……」

二人の関係は周知の事実ではあった。けれど、それを公の事実としては残すことができない。
見せる建前だけのために、一緒になることはできない。それを承知の上で、お二人はお互いを選んだんだ。

「だから、最期くらいは……そう思いまして」

離れた場所から、あたいたちはその最期の抱擁を見続ける。
最初で最後の、本当の抱擁を。


―――――――――――


さとれいむしつつ、さとり視点のみで叙述トリック(?)を試してみようという話でもありました。
「心が読めるなら一人二役できるんじゃ」と変なやり方に挑戦してみました。
リーダーと句読点が多く若干読みづらかったかもしれませんが、すみません。
さとりの反応で相手がどんな発言をしているのか思い浮かべることができれば、霊夢のことを騙すことができればいいのですが……。
monolith
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コメント



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2.90名前が無い程度の能力削除
1ゲット!
3.90奇声を発する程度の能力削除
とても素晴らしかったです
5.90名前が無い程度の能力削除
こういうのに弱いです……。(;_;)
6.90名前が無い程度の能力削除
寿命ネタは卑怯…
とても良かったです。