「雨か……」
魔理沙がつぶやいた。体が若干濡れている。雨の中を飛んできたのだ。
「これじゃ見れないか……」
「……そうね」
冬に差しかかった寒空の下、雨は止む気配を見せない。
空気が寂しい。だいたいは魔理沙の気分が原因だろうけど……。
今日は流星群のある日だった。
何年か前に、霖之助さんのお店の屋根の上で流れ星を見た。
それからずっと、毎年流れ星を見るようになった。
それから、魔理沙は星を模した魔法を使うようになった。
だから、あの流れ星は大切なもの。
今年はそれが見られそうもない。
ただそれだけなのに……。
ただそれだけなのに、梅雨よりもジメジメした気分。
魔理沙は帽子から水を滴らせ、柱にもたれかかって外を、空を見ていた。
暗い空から雨が降ってくる。
この雲さえなければ、今年も二人で笑うことができたのだろうか?
雨が地面に当たる音が静寂をより静寂らしくしているような気がした。
「ねぇ」魔理沙の横に座る。「お願いごと、何考えてたの?」
「……魔法の事とか。いろいろ」
「去年もそんなこと言ってなかったっけ?」私は微笑んだ。「毎年同じね。ほんと、変わってないわね」
「そういえば、そうか」
魔理沙の肩にもたれかかる。
濡れていて少し冷たい。
「……私はあんたとこうしているだけで満足だけどね」
水の下には微かに体温がある。
「それに、願いごとも一つだけだったし……」
体温が相互に伝わる。
目を閉じて、体を魔理沙に預ける。
意識が融け合う。
目を開けた。
相変わらずの雨。
「体拭いたほうがいいわよ」
私は立ち上がって体を拭くものを取りに行こうとした。
でも、私が振り向くよりも早く、魔理沙は私の手をとった。
「その願い、叶えてやるよ」
いたづらな微笑み。
そのまま、外へ引っ張られた。
雨が降っている。
「ちょと、濡れるじゃない!」
私の声を、魔理沙が遮った。
「やっぱり、願いは星に託すものだろう?」
いつもの、なにか企んでいる顔。
そう、この表情が見たかった。
「……その星がないのに、どうするの?」
冬の雨は冷たく、私達の体を冷やしていく。
「この雨の中で星を見る方法は三つある」魔理沙は三本指を立てて私の前に突き出した。
「一つは雲を吹き飛ばすこと。私がもう少し魔法をうまく使えればできたことだ。まあ、星に願えばなんとかなるかもしれんが」
魔理沙らしい派手な解決方法だ。
指が一本減った。
「二つ目は心の目で見ること」
私はそこで吹き出してしまった。どうせくだらないことだろうと思っていたからだ。
「それ、本気?」
「やっと笑ったな」魔理沙が更にニヤリと微笑んだ。
ああ、確かに自然に笑った。
……笑えていなかったのは私の方だったのか。
「まあ、さっきのよりは現実的な話だ。昔から月見は月が隠れていたら心のなかで想像するのが風流らしい。無理すればなんとかなる」
「ええ、無理すればね」
また一本減って、人差し指だけが残った。
「で、最後だが……」
指は、そのまま私に向けられた。
「見てのお楽しみだ」
また私の手を引いて、魔理沙は走りだした。
神社に立てかけてあった箒をつかむ。
星を見る方法がわかった。
まったく、もう……。
私は箒の後ろに乗る。
浮遊。
浮上。
空を目指して体は宙に浮かんでいく。
雨が落ちていくのに逆らって。
雲が近づいてきても、そのままに。
真っ直ぐ。
目を閉じて、半分魔理沙に抱きつく。
こんな発想は素敵。
こんな魔理沙も素敵。
急に空気が乾いた。
雨はもう落ちてこない。
目を開けて周りを見渡す。
辺り一面の雲。
雲海。
視線は上に。
普段より近いソラ。
星が鮮明に見える。
その時、一筋の弧が浮かぶ。
「きた!」魔理沙が声を上げた。ソラを指さしている。「今の見たか?」
「うん」魔理沙の指差す、弧が消えてしまったソラを見つめる。
流れ星はいつだって、相手と同じ場所を見ていないと、同じものを見ることはできない。
あそこにあったと伝えるよりも早く、星は姿を消すのだ。
今度はソラに二つの線が引かれた。
「いまのは二つ同時だったな」興奮気味の声で魔理沙が言う。
「願いごとは?」
「そうだな……」
ひとつ、ふたつ、みっつ。それよりももっとおおく。
星は流れていく。
「魔法魔法魔法」とても早口で魔理沙はつぶやいていた。
三回言わないといけないなんて、ちょっと意地悪。
「本本本」
これで何個目なのか……。本当に、とても多くの願いごとを用意してきたらしい。
ソラに描かれる弧は、だんだんとその数を増やしていった。
ひとつ生まれ、それが消えるまでにもうひとつが生まれる。そうして途切れることなく、星は流れていく。
「いまならなんでも叶いそうだな」
「そうね」
「なら、今のうちに……」
魔理沙は長い言葉を唱え始めた。
その言葉の響きを、一字一句、細かく聞く。
本当に、楽しそう。
「そういえば、霊夢の願いごとってなんだったんだ?」
魔理沙の向こうには、星がきらめいている。止まっているもの、光って消えていくもの。
「……別にいいのよ」
長い息を吐く。白いモヤが私の周りを覆った。そうか、今は冬だ。
「運運運」
まだ言ってる。
「星星星」
何を願っているのか……。星に星を願うのはどうかと思う。
私の視線は星ではなく魔理沙に注がれていた。
目に映った星。
その無邪気な顔。
私は、こうして星を見るよりも前から、魔理沙のことが好きだった。
そんなことを思い出す。
「霊夢!」
大きな声に驚く。魔理沙またソラを指さしていた。
ソラに描かれた弧。
ただの流れ星ではなかった。
ゆっくりと、長い尾を引いて。
周りが明るくなり、白い雲海が揺れているのが見えた。
彗星だ。
はっきりと、ソラに焼き付けるように軌跡を残していく。
魔理沙を横目で盗み見しながら、私は星に願いごとをした。
心のなかで、三回となえて。
まだ、ソラは明るい。
「……すごいな」
私の右手が魔理沙の左手に触れた。
そっと握る。
お互いにお互いの体温を感じて。
お互いにお互いの存在を確かめて。
「やっぱり、星に祈るものね」
魔理沙は首を傾げた。何のことかわかるはずはない。
魔理沙の指が絡みついてくる。
お互いにお互いの目を見る。
魔理沙は、同じ言葉を三回となえた。
絡み合った指は、ほどけそうにない。
魔理沙の顔が近づいてくるのも私は避けることなく、ただ目を見据えていた。
星を閉じ込めたこの目。
それが見えなくなってしまうほど、魔理沙は近づいてきた。
唾液が混ざり合う。
口の中で、舌が絡んでお互いを探す。
その時間がもっと続いて欲しいと思った。
でも、程となく私たちは離れてまた見つめ合った。
きっと、これを見ているのは彗星しかいない。
だから、何をしても構わない。
そう言い聞かせた夜は、その後しばらく続いた。
キスよりも甘美な感情に彩られて。
*
流れ星の王子様
今日は流れ星を降らせたというのに、あいにくの曇りで誰も願いごとをしてくれなかった。
少し残念に思いながらもう引き上げようかと思ったときに「魔法」と三回となえるひとが現れたんだ。
僕は喜んで願いを聞いたよ。だって、それが僕だもの。
よく見ると、そのひとは数年前から毎年願いごとをするひとだったんだ。いつも隣に紅と白の服を着た人がいる。
嬉しさ半分、とっても困った。
だって、毎年すごい数の願いごとをしてくるひとだったんだもの。
まあ、今日はこの二人くらいしか願いごとをしてくれなさそうだったから、ちょっと頑張ろうと思ったんだ。
でも、ちょっと得意になったのが失敗だった。
星をふらせすぎちゃった。
途切れることなく降っていく星は、彼女たちの願いを正確に僕に伝えてきた。
長いのも、短いのも。本当にたくさん。
それこそ両手じゃ数え切れないくらい。
ね、困った人でしょ?
やっとそのときに星を降らせすぎたことに気づいたの。
このままだと来年の星がなくなっちゃうから仕方なく僕が彗星に乗って直接願いごとを聞きに行ったんだ。
そうしたらね、今まで聞こえてこなかった紅と白のひとの願いごとが聞こえてきたんだ。
でも、声に出さずに心のなかで。
近くに来てたから、僕はその小さな声も聞き取ることができたんだ。
それはね、とても素敵な願いごとだったんだ!
でも、僕の力じゃどうすることもできないような願いごとだったんだ。
困り果てていると、また白と黒の魔法使いのひとが願い事を言ったんだ。
とても素敵な願いごとだったんだ!
でもそれも、僕の力じゃ叶えてあげられないものだった。
それでも、願いは叶っていたんだ。
二人はね――。
だめだめ。こんなところで言うべきことじゃないんだ。
でも、すごく素敵だったよ。
それこそ、星をたくさん作れるくらい幸せなもの。
あの二人に僕の力なんて必要ないんだ。
お互いに「一緒にいること」を願うんだから!
魔理沙がつぶやいた。体が若干濡れている。雨の中を飛んできたのだ。
「これじゃ見れないか……」
「……そうね」
冬に差しかかった寒空の下、雨は止む気配を見せない。
空気が寂しい。だいたいは魔理沙の気分が原因だろうけど……。
今日は流星群のある日だった。
何年か前に、霖之助さんのお店の屋根の上で流れ星を見た。
それからずっと、毎年流れ星を見るようになった。
それから、魔理沙は星を模した魔法を使うようになった。
だから、あの流れ星は大切なもの。
今年はそれが見られそうもない。
ただそれだけなのに……。
ただそれだけなのに、梅雨よりもジメジメした気分。
魔理沙は帽子から水を滴らせ、柱にもたれかかって外を、空を見ていた。
暗い空から雨が降ってくる。
この雲さえなければ、今年も二人で笑うことができたのだろうか?
雨が地面に当たる音が静寂をより静寂らしくしているような気がした。
「ねぇ」魔理沙の横に座る。「お願いごと、何考えてたの?」
「……魔法の事とか。いろいろ」
「去年もそんなこと言ってなかったっけ?」私は微笑んだ。「毎年同じね。ほんと、変わってないわね」
「そういえば、そうか」
魔理沙の肩にもたれかかる。
濡れていて少し冷たい。
「……私はあんたとこうしているだけで満足だけどね」
水の下には微かに体温がある。
「それに、願いごとも一つだけだったし……」
体温が相互に伝わる。
目を閉じて、体を魔理沙に預ける。
意識が融け合う。
目を開けた。
相変わらずの雨。
「体拭いたほうがいいわよ」
私は立ち上がって体を拭くものを取りに行こうとした。
でも、私が振り向くよりも早く、魔理沙は私の手をとった。
「その願い、叶えてやるよ」
いたづらな微笑み。
そのまま、外へ引っ張られた。
雨が降っている。
「ちょと、濡れるじゃない!」
私の声を、魔理沙が遮った。
「やっぱり、願いは星に託すものだろう?」
いつもの、なにか企んでいる顔。
そう、この表情が見たかった。
「……その星がないのに、どうするの?」
冬の雨は冷たく、私達の体を冷やしていく。
「この雨の中で星を見る方法は三つある」魔理沙は三本指を立てて私の前に突き出した。
「一つは雲を吹き飛ばすこと。私がもう少し魔法をうまく使えればできたことだ。まあ、星に願えばなんとかなるかもしれんが」
魔理沙らしい派手な解決方法だ。
指が一本減った。
「二つ目は心の目で見ること」
私はそこで吹き出してしまった。どうせくだらないことだろうと思っていたからだ。
「それ、本気?」
「やっと笑ったな」魔理沙が更にニヤリと微笑んだ。
ああ、確かに自然に笑った。
……笑えていなかったのは私の方だったのか。
「まあ、さっきのよりは現実的な話だ。昔から月見は月が隠れていたら心のなかで想像するのが風流らしい。無理すればなんとかなる」
「ええ、無理すればね」
また一本減って、人差し指だけが残った。
「で、最後だが……」
指は、そのまま私に向けられた。
「見てのお楽しみだ」
また私の手を引いて、魔理沙は走りだした。
神社に立てかけてあった箒をつかむ。
星を見る方法がわかった。
まったく、もう……。
私は箒の後ろに乗る。
浮遊。
浮上。
空を目指して体は宙に浮かんでいく。
雨が落ちていくのに逆らって。
雲が近づいてきても、そのままに。
真っ直ぐ。
目を閉じて、半分魔理沙に抱きつく。
こんな発想は素敵。
こんな魔理沙も素敵。
急に空気が乾いた。
雨はもう落ちてこない。
目を開けて周りを見渡す。
辺り一面の雲。
雲海。
視線は上に。
普段より近いソラ。
星が鮮明に見える。
その時、一筋の弧が浮かぶ。
「きた!」魔理沙が声を上げた。ソラを指さしている。「今の見たか?」
「うん」魔理沙の指差す、弧が消えてしまったソラを見つめる。
流れ星はいつだって、相手と同じ場所を見ていないと、同じものを見ることはできない。
あそこにあったと伝えるよりも早く、星は姿を消すのだ。
今度はソラに二つの線が引かれた。
「いまのは二つ同時だったな」興奮気味の声で魔理沙が言う。
「願いごとは?」
「そうだな……」
ひとつ、ふたつ、みっつ。それよりももっとおおく。
星は流れていく。
「魔法魔法魔法」とても早口で魔理沙はつぶやいていた。
三回言わないといけないなんて、ちょっと意地悪。
「本本本」
これで何個目なのか……。本当に、とても多くの願いごとを用意してきたらしい。
ソラに描かれる弧は、だんだんとその数を増やしていった。
ひとつ生まれ、それが消えるまでにもうひとつが生まれる。そうして途切れることなく、星は流れていく。
「いまならなんでも叶いそうだな」
「そうね」
「なら、今のうちに……」
魔理沙は長い言葉を唱え始めた。
その言葉の響きを、一字一句、細かく聞く。
本当に、楽しそう。
「そういえば、霊夢の願いごとってなんだったんだ?」
魔理沙の向こうには、星がきらめいている。止まっているもの、光って消えていくもの。
「……別にいいのよ」
長い息を吐く。白いモヤが私の周りを覆った。そうか、今は冬だ。
「運運運」
まだ言ってる。
「星星星」
何を願っているのか……。星に星を願うのはどうかと思う。
私の視線は星ではなく魔理沙に注がれていた。
目に映った星。
その無邪気な顔。
私は、こうして星を見るよりも前から、魔理沙のことが好きだった。
そんなことを思い出す。
「霊夢!」
大きな声に驚く。魔理沙またソラを指さしていた。
ソラに描かれた弧。
ただの流れ星ではなかった。
ゆっくりと、長い尾を引いて。
周りが明るくなり、白い雲海が揺れているのが見えた。
彗星だ。
はっきりと、ソラに焼き付けるように軌跡を残していく。
魔理沙を横目で盗み見しながら、私は星に願いごとをした。
心のなかで、三回となえて。
まだ、ソラは明るい。
「……すごいな」
私の右手が魔理沙の左手に触れた。
そっと握る。
お互いにお互いの体温を感じて。
お互いにお互いの存在を確かめて。
「やっぱり、星に祈るものね」
魔理沙は首を傾げた。何のことかわかるはずはない。
魔理沙の指が絡みついてくる。
お互いにお互いの目を見る。
魔理沙は、同じ言葉を三回となえた。
絡み合った指は、ほどけそうにない。
魔理沙の顔が近づいてくるのも私は避けることなく、ただ目を見据えていた。
星を閉じ込めたこの目。
それが見えなくなってしまうほど、魔理沙は近づいてきた。
唾液が混ざり合う。
口の中で、舌が絡んでお互いを探す。
その時間がもっと続いて欲しいと思った。
でも、程となく私たちは離れてまた見つめ合った。
きっと、これを見ているのは彗星しかいない。
だから、何をしても構わない。
そう言い聞かせた夜は、その後しばらく続いた。
キスよりも甘美な感情に彩られて。
*
流れ星の王子様
今日は流れ星を降らせたというのに、あいにくの曇りで誰も願いごとをしてくれなかった。
少し残念に思いながらもう引き上げようかと思ったときに「魔法」と三回となえるひとが現れたんだ。
僕は喜んで願いを聞いたよ。だって、それが僕だもの。
よく見ると、そのひとは数年前から毎年願いごとをするひとだったんだ。いつも隣に紅と白の服を着た人がいる。
嬉しさ半分、とっても困った。
だって、毎年すごい数の願いごとをしてくるひとだったんだもの。
まあ、今日はこの二人くらいしか願いごとをしてくれなさそうだったから、ちょっと頑張ろうと思ったんだ。
でも、ちょっと得意になったのが失敗だった。
星をふらせすぎちゃった。
途切れることなく降っていく星は、彼女たちの願いを正確に僕に伝えてきた。
長いのも、短いのも。本当にたくさん。
それこそ両手じゃ数え切れないくらい。
ね、困った人でしょ?
やっとそのときに星を降らせすぎたことに気づいたの。
このままだと来年の星がなくなっちゃうから仕方なく僕が彗星に乗って直接願いごとを聞きに行ったんだ。
そうしたらね、今まで聞こえてこなかった紅と白のひとの願いごとが聞こえてきたんだ。
でも、声に出さずに心のなかで。
近くに来てたから、僕はその小さな声も聞き取ることができたんだ。
それはね、とても素敵な願いごとだったんだ!
でも、僕の力じゃどうすることもできないような願いごとだったんだ。
困り果てていると、また白と黒の魔法使いのひとが願い事を言ったんだ。
とても素敵な願いごとだったんだ!
でもそれも、僕の力じゃ叶えてあげられないものだった。
それでも、願いは叶っていたんだ。
二人はね――。
だめだめ。こんなところで言うべきことじゃないんだ。
でも、すごく素敵だったよ。
それこそ、星をたくさん作れるくらい幸せなもの。
あの二人に僕の力なんて必要ないんだ。
お互いに「一緒にいること」を願うんだから!
そんなレイマリが私は好きです。次も楽しみにしております。
自分も星になって2人をずっと見守っていたいです
青春的なレイマリは素敵ですね