Coolier - 新生・東方創想話

ミルクティは恋の味

2016/01/26 19:40:06
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深夜はミステリィ

 雪が降り始めた。
 今年の初雪だろうか。
 月明かりだけの空から、雪と一緒に寒さが空から降ってきて、足元の辺りで漂っていた。
 窓越しの情景。
 私がいる室内はそれとなく暖かかく、眠気を誘う。
 座っている椅子が少し軋んだ。
 今日の仕事はもう終えていた。
 別にもう寝てもいいのだけれど。
 机の上に積んだ本を横目で見る。
 大半はミステリィ。最近の私の流行り。
 残りはいつも、適当に。
 今回は恋愛小説にあたった。
 ありきたりで、チープな内容だったが、ミステリィにはない刺激があった。これは収穫ありだと考えるべきだろうか。
 私は椅子から本を持って立ち上がった。
 図書館に本を返しに行こう。
 といっても、また借りるのだが。
 返して借りてまた返して。それを何度繰り返してきたのか。
 ――最初から返しているのはいかがなものか。
 自分の過去の誰にも理解されないような思考に思わず吹き出しそうになった。
 最近、ずっとこんな感じ。
 ああ、そういえば借りて借りてまた借りてのやつもいるか……。
 地下へ進むたびに気温は下がっていく。息も白くなった。マフラかコートを羽織ってくればよかったと今更後悔する。
 階段を降りてくる足音。
 「おっと」聞き慣れた声。「メイドがこんなところで何してる?」
 「あなたこそ、何か用かしら?」
 振り返れば白黒。
 「本を借りにな。そこを通してくれないか?」
 「前の本を先に返したらね」
 魔理沙はそこで白い息を吐いた。暖かそうな格好だ。この寒空の下を飛んできたのだから当たり前だが。
 「とにかく、入らせてもらうぜ。ここじゃ寒くてかなわないからな」
 私の横を通り過ぎて行く魔理沙。
 私はため息を付いた。
 白い息が空気中でとどまっていた。しばらく消えることはない。
 魔理沙の金色の髪も後ろになびいて止まっていた。
 地下まで降りきって、図書館の扉を開ける。
 そこら中に積んである本の上に持ってきた本を置いた。
 図書館の主は、この膨大な本の中のどこかに埋もれているのだろうか。姿は見えなかった。
 今一番気に入っているシリーズの続きを棚から取り出す。
 本の背表紙を目で追う。情報が入り、消えていく。琴線に触れるタイトルが見つかるまで繰り返し、繰り返し。
 恋愛モノが詰まった棚の前で足が止まった。
 最近興味が出てきたというのも、どうも陳腐な言い回しだ。
 ただ、同じジャンルばかり読んでいると生まれてくるマンネリを解消するための起爆剤に使っているだけ。
 そう、それだけ。
 きっと、それだけ。
 一冊だけ抜き取って図書館を後にする。
 階段の途中で動きの止まった魔理沙がいた。
 白い息が消える。
 魔理沙が動いた。
 「……時間を止めて瞬間移動なんて悪趣味だな」
 私は吹き出してしまった。実際には図書館の中で本を吟味していたのだから。
 「何がおかしいんだか……」
 調子を狂わせたせいか、どこか空回りしていた。
 「ねえ、お茶でもどう?」
 魔理沙は目を丸くしていた。
 「こんな夜中にか?」
 「ええ、もちろん」
 私は、表面と内面の誤差に気がついた。
 内側には緊張が潜んでいるのだ。

 *

アルコールこそネセサリィ

 久しぶりに暖房のある部屋に入った。
 「ここがお前の部屋か?」魔理沙は帽子を取りながら部屋の中をジロジロと見ていた。
 「まあね」
 私は持っていた本をベッドに放り投げた。
 「そこに座ってて。いまお茶入れるから」
 珍しく魔理沙は私の言うことに従っていた。
 水を入れたポットを火にかけて、ついでに両手を温める。じんわりと表面だけを温めて、少し離せばまた冷える。根本的に、これであたたまることはない。
 「おい、まだか?」
 横に魔理沙が立っていた。
 「ちょっと落ち着きなさいよ」私は微笑んだ。
 カップを二つ、ポットを一つ棚から取り出した。
 「何に使うんだ?」魔理沙は腕を組んで柱にもたれかかっていた。あまり行儀がいいとはいえない。
 水が沸騰した。
 火から離して、沸騰しているお湯をからのポットに注ぐ。ティーカップにも注ぐ。
 空になったポットに水を入れてまた火にかける。
 「何してるんだ?」あっちは首を傾げていた。
 「カップとポットを暖めてるのよ。こうするとちゃんと温かいものが飲めるからおいしくなるのよ」
 ティーカップとポットに入れたお湯を捨てる。
 「茶葉は……」一番のお気に入りを選ぶ。
 紅茶の種類は多岐にわたっているが、ほとんどの特徴は覚えている。
 これなら魔理沙も飲みやすいだろうか。ひとつ、茶葉の入った缶を手にとった。
 茶葉を適量、ポットに入れる。
 水蒸気が見えた。正確には水滴になった霧。水が沸騰した証拠である。
 温めたポットにお湯を注ぐ。同時に、懐中時計で時間を確認した。紅茶独特の香りが少し漂う。
 蓋をした。
 「ほら、座って」
 立っていた魔理沙は私のベッドに帽子を投げて椅子に座った。
 ティーマットとソーサとカップ、スプーンを指の間で器用に持って一度に運んだ。
 魔理沙の分と私の分。きちんと机に並べる。
 紅茶の入ったポットを取りに戻る。バラの絵が描いてある角砂糖入れも。
 そして、ブランディ。
 時計を確認する。
 時間ぴったり。
 ポットからカップへ紅茶を注いだ。
 「やっとか」魔理沙は眠そうな声を出していた。「たかが紅茶に手間だな」
 「そっちのほうが美味しくなるからね。無駄にはならない」
 二つのカップは紅茶で満たされた。
 「その酒は?」魔理沙がブランディのボトルを指さして言った「食前酒か?」
 「まあ、見てなさいよ」
 部屋の明かりを消す。
 スプーンの上に角砂糖をひとつのせる。
 それをカップに橋のようにかけて、角砂糖の上からブランディを少しだけ注ぐ。白い砂糖は少し琥珀色に染まった。
 ポケットからマッチを取り出す。
 片手で火をつけた。
 一瞬部屋が明るさを取り戻した。
 昔、片手でマッチをつけたとき、魔理沙はすごく驚いた顔をしていた、と思い出した。
 火をスプーンに近づける。
 アルコールに引火。
 青い炎へ。
 マッチの火を軽く吹いて消す。
 部屋は月光に染められているような奇妙な色に見えた。
 ブランディの匂いが漂う。
 コバルトような透けた青の炎が揺らめいた。
 炎の奥に、好奇心で満ちた目をした魔理沙がいる。
 いつも魔理沙は星のように輝いた目をしている。
 スプーンを少し傾けて炎を砂糖ごと紅茶の中に落とした。
 ポチャンと水音が鳴った時にはもう部屋は暗くなっていた。
 「さ、召し上がれ」
 私はランプにマッチで火をつけた。
 「いい香りだな」魔理沙がスプーンでカップの中をかき混ぜながら言った。
 「香りなんてわかるのかしら?」いたずらっぽく言ってみる。
 普段なら、こんなことは言わない。
 どこかに乖離した自分がいる。
 同じように私のカップにもスプーンと角砂糖、ブランディをセットして火をつけた。
 「この青い炎は?」先程の好奇心が残っているようだ。
 「アルコールの燃焼よ」
 「ああ、なるほど」魔理沙は炎を眺めながらカップに口をつけた。
 ランプで明るい中でもまだ鮮明に見える青い炎。
 この火はやがて、アルコールを燃やし尽くし、燃料を砂糖へと変える。
 その時、炎は青からランプのようなオレンジを帯びた色に変わる。
 その後に残るのは炭。味も、焦げ付いた苦味だけ。
 この幻想的な光景はほんの数秒だけだなのだ。
 私はスプーンを傾けて炎を琥珀色の紅茶の下に沈めた。
 この事実は伝えないでおこうと思った。
 考えればわかることだ。
 確かにその通り。あたりまえのこと。
 それでも、あの好奇心にブレーキをかけてはいけない。
 あれは、私が失ったものだから……。
 依然として現実と非現実の間をさまよう自分の気配を感じながら、紅茶をかき混ぜた。
 一口飲む。
 ブランディの香り。
 紅茶とブランディが混ざって何とも不思議。共存しているわけでもなく、競合しあっているわけでもない。
 「これね、私の最近のイチオシなの」
 「ああ。これは温まるな」
 確かに紅茶より少しアルコールが入ったのだから温まりやすいはずだ。
 魔理沙は以外にも紅茶を味わって飲んでいた。行儀はいいのか?
 「で、どうして私は深夜のお茶会に誘われたんだ?」魔理沙はカップを置いた。
 「さあ? どうしてでしょう?」
 自分でも、よくわからない。
 よくわからない別の自分があなたを誘ったと言っても、伝わりはしないだろう。
 「例えば、寂しかったからとかか?」魔理沙が口元を緩ませて冗談ぽく言った。
 ああ、なんだろう。
 「そうかもしれないね……」
 浮遊感。
 視線を暗闇にうっすらと浮かぶベッドに移す。
 私によって整えられたシーツ。借りてきた本、魔理沙の帽子。
 虚構と現実。
 ホンネとタテマエ。
 私と私の中の誰か。
 私かつ私たち。
 私とあなた。
 まどろむ。
 寂しかったか……。
 そうだった?
 ランプのノスタルジックな明かりだけが夜を切り裂く。
 窓の少ないこの館では、明かりがなければ闇になる。
 それこそ、自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。
 否、自分がいるのかわからなくなってしまう。
 今夜は雪雲が空を覆っていた。月は隠された。窓のあるこの部屋の中も闇に閉ざされてしまうだろう。
 紅茶を一気に飲みほす。
 口の端から数滴分の紅茶が零れた。
 右手の指先でそれをぬぐい取った。
 僅かな液体。
 口元に運んで舐めとる。
 「お前……大丈夫か?」魔理沙がこっちを見ていた。「そんな大胆なやつだったか? 本もベッドに投げてたし……」
 「……大丈夫じゃない。普段とは違う」
 どうして?
 「でも、心配しないで。いえ、そんな顔しないで」
 どうしてこんなことを言う?
 これが私?
 いや、これも私。
 そう考えてきた。
 私の心の奥底の、ほんの小さな欲望の囁き。
 それがいまの私。
 立ち上がって、コップを両手に持って戻る。
 ブランディを開ける。
 「飲むでしょう?」
 二つのコップにブランディを注いだ。

 *

ミステリィよりブランディ

 頭が痛くなってきた。浮遊感は飲むたびに増して、その対比として地面に縛り付けられた自分を見た。悪い気分ではない。
 「そのくらいにしとけよ」他人に注意しながらも魔理沙はまたブランディをコップに注いでいた。
 こんな悪酔いをしたのはいつ以来だろうか。
 そう、余裕がなかった。
 そう思い込んでいた。
 「……恋愛ってどう思う?」ポツリと言ったその一言は、ほとんどただの独り言。
 「そんなこと私に聞いてどうする?」
 「どうしてでしょう?」
 「……やっぱり変だぜ」
 ブランディをもう一杯注ぐ。
 ランプはいつまで燃え続けるのか。
 さっきろうそくを取り替えたのは私だ。しばらくは消えない。
 ああ、気持ち悪い。
 紅茶みたいなものか。
 ティー・ロワイヤル。
 ブランディを燃やした時の炎が綺麗。
 紅茶と、アルコールがほとんど飛んだお酒。
 味は混ざり合って、でも両方自己主張している。
 紅茶とブランディで擬人法を使うなんてね……。
 これは私、そして私たちに似ている。
 weは私ともう一人は誰?
 sheかな?
 魔理沙のこと。
 混ざり合うこともなく、かと言ってお互いを阻害しているわけでもない。
 その程度。
 手を目元に運ぶ。
 ああ、泣いているの?
 どうして?
 よくわからない。
 あなたなら答えられるでしょう?
 あなたって誰?
 恋愛なんてこんなもの。
 チープな小説でももう少しうまくやるというのに。
 私は何をしているのだろう。
 声にすればそれでおしまい。
 ただそれだけなのに……。
 言葉が出てこない。
 口に出せば、彼女は私から離れてしまうかもしれない。
 そんな恐怖。
 弱くなった私。
 ミステリィなら、こんな時は奇妙な密室でも作り上げて殺人に見せかけた自殺を図る。
 でも、死ぬ気はない。それに、この幻想郷ではどんな謎でもただの不思議で片付いてしまう。
 ――こんなことを考えるのは、きっとお酒のせいだ。
 酔っている時の浮遊感はもうどこかに消えていた。残ったのは頭痛のみ。
 酔いなんて、とっくに冷めていた。
 それを理由に逃げることはできない。
 「早いとこ休んだほうが身のためだな」魔理沙が立ち上がった。「さっさと寝ろ」
 魔理沙が私の横を通り過ぎて行く。
 持ち物の帽子はベッドの上。それを被ったらもう帰ってしまう。
 それが普通。
 私もひとりでゆっくりと休む。
 それが普通。
 「……じゃあな」
 帽子を深くかぶった魔理沙が見えた。
 私の手は、私の意識の外側で動いていた。
 袖口をつかむ。
 魔理沙が止まった。
 「泊まっていって」声が出た。
 「お前、ほんとに大丈夫か?」魔理沙の顔はよく見えなかった。
 「大丈夫じゃないって言ったでしょ」
 風が窓にぶつかってフラッタを起こしていた。
 こんな吹雪なのだから、ここに泊まっていってはくれないだろうか。

 *

素直さはウィ

 私はベッドの上に突っ伏していた。普段と対して変わらない。
 数値の変化があるだけ。
 一人が二人になった程度。
 私の横で、魔理沙はベッドに座っていた。
 部屋の中のランプ。ロウソクを変えてからもうかなり経っていた。あとどれくらい部屋を照らすのだろう。
 「毛布をよこせ。私はあの椅子で寝る」頭をおさえながら魔理沙が言った。たぶん、あっちも酔っている。
 「お客にそんなことはさせないわ。私が椅子で寝る」体を少し起こして言う。
 「うるさい。病人は寝てろ」
 「駄目。私のプライドが許さない」
 「お前なぁ」呆れたような声。
 「一緒にベッドで眠ればいいじゃないの」
 これも、私じゃない誰かの言葉。理性以外は誰かが支配している。
 「お前が言ったからだぞ……」魔理沙がボソッとつぶやいた。
 「ええ、私が言ったから」
 普段なら一人のベッドに、人間が二人寝転がっている。
 自分のベッドで自分以外の誰かが寝るなんて考えたこともなかった。ましてや、一緒に寝るなんて。
 でも、まあ、いいか。
 普段より狭くなったベッド。
 それでもとても落ち着く。
 どうしてだろうか。
 「私ね、時々考えるんだけど」今日の『私』はよく喋る。「このベッドで寝ている時って、広い世界に自分が一人だけみたいに思えるの。誰にも理解されない孤独。そんなものを感じる」
 返事はなかった。
 もう寝てしまったのだろうか。
 早すぎるよう。もう。
 結局、また孤独か。
 一人には広すぎるベッドが、二人ならちょうどいい。
 それでも、この世界は孤独で満ちている。
 誰かが側にいれば、ほんの少しの間だけ忘れられる。
 今では、その誰かが黙って、側にいるとは言えなくなってしまった。
 あなたなら、何か答えを見つけてくれると思ったのにね……。
 「今は私がいるのに。それだけじゃ不満か?」
 え?
 ああ、そうか。
 別に孤独ではなかったのか。
 広すぎるベッドの空いた空間に潜む孤独は、魔理沙がそばにいるだけで、とっくに埋まっていたのか。
 横を向く。
 魔理沙は私に背中を向けていた。
 ああ、素直じゃない。
 私が言える立場でもない。
 背中にそっと触れた。
 シルクの柔らかい生地の上を指でなぞった。
 魔理沙は一瞬体を震わせた。「くすぐったい……」敵意のない声。かわいげがあった。
 私は手を離した。
 届かないところにいるわけではない。
 すぐそこにいる。
 私は後ろから魔理沙を抱きしめた。
 ベッドが軋んだ音を出す。
 「咲夜?」腕の中で魔理沙は軽くもがいて抵抗していた。
 優しく、逃げられない程度に抱きしめる。
 今日くらい、いいよね。
 「おやすみなさい」耳元でささやいた。
 「このまま寝る気か?」
 ランプの火が消えた。

 *

自己非現実はドリーミィ

 カチカチカチと一定のリズムで小さな音が鳴る。
 時計が見える。見慣れた、いつも持ち歩いている懐中時計だ。私はそれを掴もうと手を伸ばした。
 「おはよう」
 懐中時計が遠ざかっていった。この声は、誰の声だったかな。時計をつかみそこねた伸ばした手をじっと見つめる。
 「いや、おはようはおかしいかしら。初めまして――。これもおかしいわね」
 私だ。
 私の目の前に懐中時計をぶら下げて微笑んでいたのは私だった。
 「何か用かしら?」私は鋭く言った。
 「私が持っていて、あなたが持っていないものはなにかしら?」
 まっすぐと見つめてくる目。私はこの目を知っている。
 「懐中時計」
 「残念」もう一人の私は私のポケットに手を差し入れて、懐中時計を取り出した。「あなたも持っている」
 片方の懐中時計を私に手渡して、彼女は離れた。
 「何を聞かれているかわかっているでしょう?」もう一人の私は椅子に座った。そうか、ここは私の部屋だ。
 「答える必要はない」
 「あらそう」いつの間にか彼女はティーカップを手に持っていた。「まあ、いいでしょう」
 紅茶を飲む音。
 意識の認識外で私は地下室への階段へ立っていた。
 「あなたと誰かを区別するための顔」
 螺旋階段の下りのほうから声が聞こえた。振り返れば、もう一人の私の服の端が一瞬見えた。
 「それと意識しない声」
 私は私を追って下へと降りていく。
 「目覚めの時に見つめる手」
 閉鎖的空間に足音と彼女の声だけが聞こえる。
 「幼かった頃の記憶や未来の予感」
 足を速めても、彼女にはどうしても追いつけない。
 「それだけじゃなく」
 彼女の足音が止まった。
 「現在、過去、未来。それらすべてがあなたと同じ人間がいるとしたらどうかしら?」
 私は私に追いついた
 そこには、今日私が時間を止めた時とまったく変わらない状態で動かない魔理沙ともうひとりの私がいた。
 「あなたは私ではないし、また、完全にあなたのコピィというわけでもない」彼女は振り返った。「でも、だからこそ現実世界のあなたを乗っ取れる存在になりうる」
 瞳には獲物を見る色が浮かび、口元には狡猾な微笑みをたたえて。
 「……私が私でないような違和感はやっぱりあなただったのね」
 「ええ。もちろん」
 彼女は魔理沙の少し後ろになびいた髪に手を入れて、金色の髪を指で弄んでいた。
 「さて、私がここにいる理由はなんでしょうか?」
 「さっきの問いに答えさせるため」
 彼女は少し目を丸くして「正解。さすが私ね」と言った。
 「それで、答えは?」
 魔理沙の髪から手を離して彼女は言った。
 「やっぱり、答えたくない……」私は答えた。
 「あら、そう」彼女は視線を魔理沙へ移した。「じゃあいいわよね」
 そう言うと彼女は魔理沙の前で少しかがんだ。
 水音が響く。
 私はただ立ったまま、彼女の行為を見ているだけだった。
 彼女が魔理沙から離れた。口の端から零れていた透明な液体を彼女は指ですくい取って舐めた。
 「時間を止めて、こうすれば簡単」狂気の目だ。「欲望に素直な心のままにね」
 私は後ずさりをした。
 階段を走って駆け上がる。
 それでも、登っても登っても、そこにあるのは螺旋を巻いた無機質な階段だった。
 息が切れ始めた。心臓は血液の回転数を急激に上げている。
 立ち止まった。
 「……私ってこの程度か」目の前に彼女が立っていた。「残念ね」
 階段を下って近づいてくる。
 「すべては私の思考のまま。あなたはここで眠りなさい。現実は、あなたみたいな私には似合わないわ」
 現実か……。
 何かあったっけ。
 足元が定まらない。
 視界がゆがむ。
 記憶が脳内で交錯する。
 紅茶。
 青い炎。
 彼女。
 目。
 好奇心に満ちたあの目。
 それが私の現実だ。
 こんな私には……。
 渡さない。
 階段の上から見下ろしてくる私を私は睨みつけた。
 ナイフを手に取る。
 銀の刃先は私の迷いを断ち切るには十分なほどに鋭かった。
 一瞬驚いた顔をした私はすぐにまた口元に不敵な笑みを浮かべなおした。
 「その目よ」目から敵意が消えた。「もう大丈夫みたいね」
 彼女は私に抱きついてきた。
 「さて、キスの仕方でも教えましょうか?」
 彼女の顔が近づいてくる。
 私は、彼女の唇に指を当てた。
 「残念。自分とキスなんて魅力的だけど、ファーストキスを捧げるにはちょっと足りないのよ」
 彼女は少し残念な顔をしてから微笑んでいた。
 「それでこそ、私ね」
 私は私の横を通って下へと下っていく。
 私は私が暗い闇の中へと消えていくのを見ていた。
 「さようなら。私」
 「ええ、さようなら」
 「また逢えるかしら?」
 「あなたが望むなら。でも、心の迷いになんて、もう逢いたくないでしょう?」
 「そうでもない。あなたは私。私は私。あなたがいるから私がいる。だから、私はいつかまた、あなたに逢いに行く」
 「あらそう」小さな笑い声が聞こえた。「ときにさぁ」
 「何?」
 「さっきのファーストキスってジョーク?」
 「どうかしらね」私は吹き出した。
 ああ、私。
 さてと。
 目を覚まさないと。
 現実へ、還ろう。

 *

普段より甘いミルクティ

 朝の光。
 これは苦手。
 夢見心地から無理やり現実に引き戻される。もうちょっとと思っても、もうあの夢には戻れない。
 あんな魅力的な夢に、またいつ逢えるのかな……。
 魔理沙は横で小さな寝息を立てていた。
 ーー今は、この現実を見つめますか。
 私の顔を立てて、すこし勇気を出そう。
 どっちの私なのか。
 普段のようにポットに水を入れて火にかける。
 分量は普段の二倍。
 昨日の夜から、いろいろ二倍。
 人数は二倍の二人。
 私も二倍の二人だったか。
 上を見る。
 そんなことをしても、そこに答えは書いていないのだ。
 答えを求めるのが恋愛だと、小説から学んだ。
 「……ミルクティつくってくれ」髪が若干ボサボサになった魔理沙が立っていた。私と同じで朝は弱そう。
 昨日と同じ手順で紅茶を淹れる。
 ミルクを小瓶に入れて、先に椅子に座っていた魔理沙のところまで運んだ。
 魔理沙の前に私も座る。
 観察。
 琥珀色の紅茶はミルクで少しマーブル模様をつくった後でお互いに融け合った。
 息を吹きかけて少し冷ましてから魔理沙は口をつけていた。
 「お前は飲まないのか?」
 「あとでいただくわ」淹れるのは私だが。
 魔理沙の、その純粋な瞳を見つめる。綺麗な金色の髪が動いた。
 少し、素直になろう。
 その程度の決意。
 「じゃあ、帰るぜ」
 「もちろん」
 手を握って少しこちらに引き寄せる。
 目を瞑って、私は彼女の唇に触れた。
 コンマ数秒単位の時間、よりは長い時間。
 「ほら、帰っていいわよ」
 魔理沙は一瞬驚いた顔をして、何も言わずに慌ただしく部屋を出て行った。
 窓の外から雪に反射した光が差し込んでくる。
 「私は彼女のことが好きか?」
 今度あの私に聞いてみようかな。
 答えは自明ではあるが……。
 雪にあたった光のように、私の声は壁で吸収か反射を繰り返し選択する。
 振動数がゼロになるまで。
 口の中はほんのりと甘いミルクティの味。
 普段より甘いミルクティ。
咲マリは尊い。(百合は尊い)

紅茶の描写は某古本屋で買ってきた紅茶の本を片手に書きました。ティー・ロワイヤル。ブランデーを入れてつくるそれは、青い幻想的な炎を魅せる……。一目見て惹かれました。未成年なんで飲めないんですけどね。そもそも紅茶は苦手です(おいおい)。
咲夜さんの葛藤というかなんというか。夢咲夜もいいかもしれません。さくさく。ナイフ刺さってそうなカップリング。

ミルクティは愛が持つ甘美なもので甘くなりました。けっして魔理沙がミルク入れすぎたとかそういうわけじゃないです。キスは甘いっていうじゃないですか!(逆ギレ)

また逢いましょう

***以下、コメントへの感謝の返信(2016/2/7)***

>>奇声を発する程度の能力さん
いつもありがとうございます。今回は雰囲気に力を入れたのでそう言ってもらえると嬉しいです。

>>2
ロマンチックか―(*´∀`*) 素敵かー(^^) そう言われると2回書き直したかいがありますねぇ。
独白って単語を初めて知ったのは秘密。心情の細を書きたいから自然と独白が多くなります。

>>4
読了ありがとうございます。
咲マリは正義(じゃすてぃす)マイナなカップリングかと思ったらそうでもないのかなぁ。

>>6
ありがとうございます。もちろん私も咲マリ好きです。
なんか思いついたらまた書きますね

>>8
なんか……少女たちが何かしてるだけでいいんですよ(核爆)
まあ筆者、少女趣味ですし(水爆)

>>名前さん
……すみませんでした。やっぱり大事なのはネットより本より実演ですね。次からできるものは試してからやりますね……。
指摘ありがとうございました。とりあえず、若気の至りか初心忘るべからず理論で修正はしないでおきますね。
雨朔いめ
http://twitter.com/amasaku_ime
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コメント



0.430簡易評価
1.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
素敵でした。
描写とか独白がロマンチックでいいですね。
4.90名前が無い程度の能力削除
咲マリは何気に共通点やお茶会やらの設定多いですよね
雰囲気を大事にする描写は咲夜にぴったりで良いですね
6.90名前が無い程度の能力削除
咲マリ好き
8.80名前が無い程度の能力削除
いいですねえ
10.100名前削除
気になったので言わせてもらいます、その方法で火をつけても砂糖は炭になりませんよ、溶けて砂糖水になったあたりで火が消えます、あと火でアルコールが完全に飛んでるので未成年でも飲むことは可能ですよ、もちろん買うには大人の協力が要りますがw