私は一体何をやっているのか……。
折角来てくれた慧音を自分勝手な理由で追い払って、閉じ篭って。
”もう少し考えたい”とは言ったものの、自分の気持ちが今どうなっているのかぐらいは良く分かっている。
では、私は何を考えたいのか?
決まっている。
――私は本当に慧音の事が好きなのだろうか?
”あれ”のせいで一時的に気が迷っているだけ……それならいいと思う。
考えて、そう結論を出して、自信を持ってそう思えるのなら――すぐにでも慧音に会いに行ける。
でも、もしそうじゃなかったら?
今まで私が気づいていなかっただけで。
ほんとは、ずっと前から慧音が好き――――
もしそうだったら私はどうすればいいのか?
少なくとも慧音に好意は持たれている。それだけは現時点で自信を持って言える。
私が幻想郷に迷い込んで最初に出遭ったのが慧音だった。
何があったか――この際それは置いておくとして、それからはいつも慧音が傍に居てくれた。
『幻想郷』という場所の事を教えてくれたり、世話を焼いてくれたり――
そんな事がもう長く続いている。
だからどういう類のものなのかにせよ、好意を持ってくれているのは確かだ。
では、その好意というのが、どういう類のものなのか――?
正直なとこ、それは全く分からない。
慧音は性格的に流されやすい。
あの”事故”に流されて、好意が妙な方向にいってしまったのならいい。
時間を置けば元に戻ってくれると思う。
でも、そうでなく――本当に私を好きになってしまっていたら?
私はどうする?
いつ出るともしれない答えを長い時間かけて……その間、私は慧音を苦しめてしまう。
そんな事は私は望まない。
でも分からなくて。
そうだとしても私には気づく事が出来なくて――
慧音の気持ちが、知りたい。
それから、もう幾日も経っている。
あれから慧音は私の言葉通り、来ていない。
私は相変わらず頭の中で堂々巡りを繰り返している。
妹紅の元へと行かなくなって幾日。
私は相変わらずの毎日を送っている。
村は何事もなく、至って平穏。
平和で退屈で、私は妹紅が自分を見つけやすいように、と一日の大半を村はずれにある小高い丘で過ごすようになっていた。
そんなある日の夕刻。
「よぅっ。珍しいところに珍しいやつがいるな」
今日も村を後にしてから丘で過ごしていた私は、突然の来訪者に驚いた。
振り向くと、そこにはいつかの月の異変の時と竹林で出会った白黒の魔法使いがいた。
名は……確か、霧雨魔理沙と言ったか。
「珍しいところ――とは心外だな。私はここのところ、毎日ここにいるぞ」
「そうか。むしろそれは私の方なんだがな」
すぐにからかわれたと気づき、私の眉間に皺が寄ってしまう。
私のムッとした表情に満足したらしく、白黒の魔法使いはニッと笑った。
そのまま白黒の魔法使いは私の横へと歩み寄り、腰を下ろした。
「それで、”珍しいところにやって来た珍しいやつ”は私に何か用があるのか?」
「何、面白い事でもないかと思ってふらふらとぶらついてたら、夕日に黄昏てるやつがいたから声をかけただけだぜ」
「用はない、という事か」
「強いて言えば――そうだな。何か悩みがあるようだから聞いてやるぜってとこだな」
どうやら、傍目から見ても悩んでいるのは分かってしまうらしい。
すぐに「そんな事はない」とはねつける心算だったが、この霧雨魔理沙が複数の女人に好かれている事を思い出してそれを押し留めた。
相談してみてもいいかもしれない。
「どういう心算かは知らないが、聞いてくれるというのなら話してもいいが……」
「どういうも何も、単なる暇つぶしだけどな。それでいいなら聴くぜ」
「そうか。ならやめておこう」
「まぁ別に言いふらす訳でもないし、話して楽になる事もあるぜ? だから遠慮せずに話してみるといい。というか、話せ。わざわざ話しかけた私が馬鹿らしい」
前半が建前で後半が本音らしい。
あまりの明け透けっぷりにげんなりしたものの、まぁそういう軽い気持ちなら別に構わないか、とも思ってしまい、結局私は話す事に決めた。
「そうだな……まぁ、聞いてくれるのなら話してみよう」
横目で魔理沙がコクリと頷いたのを確認し、私は本題へと入った。
「好きになった相手とトラブルが起きて会う事が出来なくなり、またそのトラブルで相手が悩んでしまっている場合、どうすればいいのだろうか?」
「ふむ――。トラブルの内容と何故会えないか、によるな」
トラブルの内容を話す事に物凄い抵抗を感じるが、もう既に話してしまったのだ。
話してしまおう。
「その……ちょっとした事故で……く、唇、が合わさってしまって、気まずくなってしまったのだ。会えないのは、相手が少し一人で考える時間が欲しいと言ったからだ」
「会わなくなってどのくらい経ってるんだ?」
「す、数日ぐらいだ」
話してしまおう、と思ったものの、話す事はやっぱり恥ずかしい。
思いっきりどもって声が上ずってしまった。
恥ずかしさで頬が熱くなり、思わず下を向いてしまう。
何も答えてくれず、沈黙に耐え切れなくなってチラリと横目で魔理沙を見てみる。
そこには腕を組んで真剣な顔をして考え込んでいる姿があった。
魔理沙はしばらくそうやって考え込んでいたが、考えが纏まったらしく、納得した表情になって口を開いた。
「答えを言ってしまえば、どう行動しても悪い結果にはならないぜ」
「むっ? それはどういう意味だ?」
「話を聞く限りじゃどう考えても好き合ってるからな。相手にその気がないんならとっくに出て来てるぜ。そんだけ考え込んでるって事は、確実に真剣になってるな。今は――さしずめ、お前がどう思ってるかわからなくて勇気が出ないんだろうぜ」
「ほ、本当かっ?」
まったくの予想外の答えに顔を上げて魔理沙の顔を見る。
真面目な、キリッとした表情だ。
嘘でも出鱈目でもない――らしい。
「いや、でも、そうだとしても、結局私はどうすればいいのか……。こっちから会いに行くのは約束を破る事になる」
「別に問題はないと思うぜ? 言っただろ――”悪い結果にはならない”ってな。お前らしくいればそれでいいと思うぜ」
「……いや……でも……」
そうは言われても、こっちとて決心はつかない。
こちらから会わない約束を破っていきなり押し掛けて、私と妹紅は好き会っている――そう伝える?
―――混乱して慌てふためく姿の妹紅しか想像出来ないぞ……。
「――仕方ないな、私が一肌脱いでやるぜ。お前は夜になったら竹林を歩いて蓬莱人のとこへ向かってくれ。じゃなっ!」
「え? お、おい、ちょっとっ!」
うだうだとしている私を見かねたのか、魔理沙は唐突にそう言って傍らに置いていた箒に跨り、物凄いスピードで飛び去って行ってしまった。
止めようとした時には既に米粒程になっていて、とても追いつけそうになかった。
しかも名前を一切出していないのに相手が妹紅と確信してしまっている。
まったく、恐ろしい洞察力だ。
そして夜ー―。
この日は丁度満月で、私の姿はハクタクである。
あまりこの姿で会いたくはないのだが、仕方ない。
訪ねる理由にならないかと思って右手には月見用の団子の入った袋。
魔理沙の言葉通り、現在私は竹林を歩いて妹紅の庵へと向かっている。
歩く速度は非常にゆっくりとしたもので、それが私の気が進まないという心境をそのまま表していた。
そうして夜道を歩いていると、突然私の背筋をゾクリとしたものが駆け上った。
冷たいものが心に入り込み、全身が総毛立つ。
これは――殺気だ。
何処からか、私へと殺気を向けているものがいる。
それも、尋常でない程に強い――
「だっ、誰だっ!?」
突然の事態に心が乱れ、思わず周囲に向かってそう叫ぶ。
「今晩は。いい夜ねぇ」
声は背後から。
振り向くと、其処には幾度か顔を合わせた事のある人物――蓬莱山 輝夜の姿。
私に向ける殺気に似つかわしくない笑顔を湛えていて、それにどうしようもなく恐怖を感じてしまう。
輝夜が殺気を向ける人物は私ではなく、妹紅の筈――
それが何故?
訳が分からず、私の心は更に乱れる。
相変わらず突き刺さり続けている殺気で、さっきから心臓は煩い程に早鐘を打っている。
頬を伝う冷や汗は、焦燥感を更に煽る。
「な、何の用だ?」
「あら、気づかない? いや、ほんとは気づいてて訊いてるだけじゃないかしら? こんないい夜に殺気を向けられているんだもの。気づいて当然だわ」
「何を言っている、お前が殺し合う相手なんて妹紅だけだろう? 私ではない筈……。だ、だから訊いているんだっ」
「ま、”気が向いた”ってやつよ。運が悪かったとでも思いなさい。さて、こんなうだうだ話してたんじゃ興醒めしてしまいそうだし――」
――始めましょうか
右手に淡く光る妖弾とそれに照らされる妖しい笑顔は、そう言っているように思えた。
もう話す気はないらしい。
とにかく、この距離でアレを撃たれては避ける事は叶わないっ。
すぐに私は上空へと上がる。
直後、足元で爆音と竹の倒れる音が響き、それが間一髪であった事を物語っていた。
前方を見やると、そこには妖気を発して臨戦態勢となっている姿の輝夜。
「ふふっ、よく避けたわね。まぁあれで終わられたんじゃ面白くないし、いいんだけどね。じゃ、次いくわよ」
――神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」
輝夜の宣言と共に前方に式が展開され、そこから恐ろしい程の槍状の弾が吐き出され、私へと襲い掛かってきた。
――かなり広い範囲にばら撒かれているものの、よく見極めれば問題はないだろう。
私は自身へと襲い来る槍状の弾を僅かに左へと移動する事でこれを回避。
しかしまだ気は抜けなかった。
既にかなり近い距離に円い弾幕が押し迫っていた。
少し慌てたものの、間一髪でこれを回避――しかし次の瞬間にはもう槍状の弾が迫っていた。
しかし一度は避けられた事で僅かに余裕が生まれていて、次は難なく回避する事が出来た。
これを数度繰り返したところで輝夜の最初のスペルカードは終息、辺りはシンと静まり返った。
この一瞬の沈黙が立ち込める殺気を際立たせ、まだまだ始まったばかりだと言う事を雄弁に物語っている。
「いきなりスペルカードとは、遠慮する気はさらさらないようだなっ!」
「遠慮なんてしたら面白くないじゃない?」
「そうか……。じゃあ私も遠慮なしでいかせてもらおうっ」
――旧史「旧秘境史 -オールドヒストリー-」
やられてばかりではいられない。
私はお返しにと胸元から取り出したスペルカードを宣言。
すぐにスペルカードから発現した妖力は式となり、私の左右と前方二箇所の計4箇所へと配置された。
展開される規則正しい弾幕に合わせ、私自身も弾幕を展開する。
「ふふっ、そんなキッチリした弾幕じゃすぐに攻略方法を悟られるわよ?」
言葉通り、最初は少々慌ててた様子だったのに次からは慌てる事も無く輝夜は私の弾幕を潜り抜けていた。
まぁ私とてこの程度で勝てるなど思っていない。
次は私から攻めさせてもらおう。
スペルカードが終了するや否や私は胸元からすぐに次のスペルカードを取り出した。
「そうか。ならばこれはどうだ?」
――転世「一条戻り橋」
スペルカードから発現した妖力はそのまま私へと宿り、私はそれを一気に具現化させた。
私の周囲を覆う弾幕は弧を描きながら輝夜へと襲い掛かり、その弾幕はまた私の周囲へと戻る。
「私のところへと行く事も遠ざかり戻る事も許されない一条逆戻り橋、さぁどうする?」
「そんな橋、渡らなければ何も問題はないわっ」
前方と後方から襲い来る弾幕の隙間を縫って移動し、輝夜は私に余裕を見せつける。
しかしこの弾幕は生理的に避けづらいものだ。
その事が輝夜の表情から僅かに窺え、それは私に精神的な余裕を与えてくれた。
「無理せず当たって寝ておくといいぞ? 負けた者に追撃する趣味はないからなっ!」
「お生憎様。この程度の弾幕、あの子のスペルカードに比べれば何でもないわよ? さて、こうしてても何だし。私からも行かせてもらうわ」
――神宝「サラマンダーシールド」
私のスペルカードが解除された瞬間を狙ったのだろう、輝夜はすぐにスペルカードを使用してきた。
具現化された炎はすぐに弧を描いて弾幕を形成し、私へと襲い掛かってきた。
だがこの程度ならば容易い――
先ほど生まれた余裕がそう思わせたのか、私は安易に弾幕の間に身を置いてしまっていた。
そこを狙って撃たれていた、鋭い刃を思わせる赤い弾は容赦なく私の手を弾いた。
「あぐっ!?」
それが命取りとなり、私の腹部を強烈な痛みが襲った。
――直撃してしまったらしい。
痛みに一瞬気を失ってしまっていたらしく、そう気づいた時にはもう私は落下をしている真っ最中だった。
私はすぐに停止して体勢を戻す。
「さて、当たっちゃったけど。どうする? まだ続けるかしら?」
「けほっけほっ――。何を言っている……お前はやめるつもりなんかないだろう。殺すつもりなのだからな」
「分かってるじゃない。じゃあ覚悟しなさい。次で痛みさえ感じさせずに息の根を止めてあげるわ」
確かに、今の一撃で一気に追い詰められはした。
しかしむざむざと殺されてなどやれない。
私はまだ妹紅に何も伝えていないんだ。
たとえ勝てずとも……逃げる隙が出来るまで……最後まで、抵抗させてもらう。
「正直なところ、何故私が殺されなければならないのかは分からない。しかし死ぬわけにはいかないんだ。だから、抵抗させてもらうぞっ!」
――「無何有浄化」
輝夜がスペルカードを宣言するより早く、私はラストワードを宣言した。
しかしラストワードは大量の妖力を消費してしまう。
具現化する為に大量の妖力を消費し、維持する妖力は更に大きい。
ラストワードが起動し、私の身体から大量の妖力が吸い取られていく。
全身の力が抜けるのを歯を食い縛って耐え、既に二度のスペルカードを使用して減っていた妖力を維持の為に更に振り絞る。
「あは、あはははははははっ! どうしたのどうしたのっ!? さっきのスペルカードより簡単じゃないっ。こんなんじゃ当たらないわよ?」
――だが、それでも足りなかった。
弧を描いて輝夜へと前後から襲い掛かる弾幕は一条逆戻り橋よりも遥かに遅い。
維持しながらも必死に撃ち出した大弾は半分もない。
不完全なラストワード――
僅かに霞み始めた視界の中、軽やかな身のこなしで避け続ける輝夜の姿が映る。
そして苦渋の思いの中、ラストワードは終了する。
「これで終わり? じゃあもう限界みたいだし……そろそろ終わりにしましょうか」
輝夜が懐からスペルカードを取り出している。
それが死の宣告のように思え、恐怖で全身を怖気が襲った。
――嫌だ。
死にたくなどない。
伝えたい想いがあるのに。
何故死ななければならないのか。
その理不尽さに怒りを覚え、自身の状況に恐怖を感じて、何も考えられない。
死ぬ覚悟さえ決まらぬまま、私はただその瞬間を待つ事しか出来なかった。
せめて恐怖を少しでも減らそうと堅く目を閉じた――
その、瞬間――
「きゃぁっ!?」
あまりにも似つかわしくない、輝夜の短い悲鳴が耳に届いた。
不思議に思って目を開いて輝夜を見やると、何故かあらぬ方向を向いていた。
その方向の先には――
夜空に浮かぶ満月を背負い、背に不死鳥の羽を羽ばたかせる妹紅の姿。
妹紅が何故ここに――?
わからないが、助かったのは事実らしい。
その事にほっと安堵した瞬間、私の意識はすっと途切れた。
最後に感じたのは、夜闇に吸い込まれる落下の感覚。
そして一瞬の浮遊感と温かい感触――
後頭部に柔らかくて温かい感触。
額には温かい、いつか感じた手の感触。
そっと目を開くと、視界には久しぶりに見る妹紅の顔。
「慧音、気がついた?」
「……ああ。……輝夜は?」
「慧音を苛めた分と私の怒りを合わせてぶちのめしてやったわよ」
そう言って、妹紅は二コリと微笑んだ。
いつも見ている柔らかい笑顔。
ほっとして、心が落ち着いて、漸く私は気づいた。
膝枕されている事に。
「あっ、す、すまんっ」
急に恥ずかしさがこみ上げ、私は勢い良く身体を起こした。
「いや、別にいいわよ。それより身体は大丈夫なの?」
身体……?
そう言われて、私はやっと気を失う経緯を思い出した。
自身の中に意識を集中し、身体の状態を探る。
「―――ああ、大丈夫だ。妖力も少しは戻ってきたらしい。どうにか動けるよ」
「そう、なら良かった。それより、なんで輝夜に襲われてたの? 突然この間やって来た二人組みの人間の方が来て、慧音がピンチだーって言うもんだから急いで来たんだけど」
「それが突然現れたと思ったらいきなり勝負――というか殺し合いを仕掛けられてな……。それで、まぁああなってた訳だが……正直なところ、何故私が狙われたのかは分からないよ」
「ふぅん……。まぁ宇宙人の考える事だし、分からなくてもしょうがないかもしれないわね」
「あぁ、まったくだな。――――む?」
輝夜が現れた時の事を思い出していると、ふとある事に気がついた。
そういえば、私は妹紅に会う口実として月見用の団子を持っていなかったか?
自分の身体をペタペタと触ってみるが、当然ある筈がない。
そもそも自分の身体にひっつく状況があり得ないしな。
「どうしたの?」
「あ、ああ……ちょっと待っててくれ。探し物だ」
「へ? あっ、ちょっと慧音っ!」
急いで立ち上がり、私は慌てて駆け出す。
幸いにもあの弾幕合戦で竹林はかなり荒らされていて、場所の特定は容易だった。
程なく見覚えのある袋が視界に映り、私はそこへと急いだ。
「あーもうっ。いきなり走り出して、どうしたのよ?」
後を追って来た妹紅の言葉も右から左へと抜けていってしまった。
何故なら、袋の中身がかなり大変な状態になっていたからだ。
丸かった団子は潰れたり中身が飛び出していたり複数の団子がくっついていたりと、散々たる有様。
「うわっ、酷いわねこれは……」
「うぅ……。何でこんな目に……」
私は落胆し、がっくりと膝をつく。
今日はあまりにも厄日すぎるぞ……。
「えーっと、その……まぁ汚れてるわけでもないし、食べられない事もない……わよ?」
あまりにも苦しい慰めをありがとう、妹紅……。
「でも、そんなに食べたかったの? お団子」
まぁ確かに団子が食べられないぐらいで落ち込みはしないが、生憎とこれには重大な理由がある訳で。
妹紅に話す事にした。
「……今日は満月で秋だし、妹紅と月見でもしようと思ってたんだよ。それがこんな事になってしまったから落ち込んでるんだ……」
すると、唐突に妹紅は私の右手にぶら下がっている袋の中へと手を伸ばし、団子をひとつ摘み出した。
「あ、お、おいっ」
私が静止するのも聞かず、妹紅は摘み出した不恰好な団子を口の中へと放り込んだ。
「その……やっぱり不味いだろう?」
喉がゴクンと鳴るのを見て、私は不安げな声でそう尋ねる。
「うぅん。そんな事はないよ。まぁ確かに形は崩れちゃってるけど、美味しい」
質問の内容とはまったく正反対の答えと、それが嘘ではないと語る笑顔に嬉しさや恥ずかしさがこみ上げ、胸の中がじぃんとなった。
目頭が熱くなって、気づくと頬を温かい雫がいくつも流れていた。
「ちょっ、ちょっとなんでここで泣くのよ、慧音っ」
「ふぇ……ひっく……だ、だって……嬉しくて……」
はぁ……まったく、この白黒魔法使いもとんだ厄介事を持ち込んでくれたもんだわ。
事の起こりは今日の夕方を過ぎた頃ー―
「よぅ。久しぶりだな。今日も元気に引き篭もってるか?」
「久しぶりねぇ。ええ、元気に引き篭もってるけど。それがどうかしたかしら? 泥棒さん」
「いやいや、今は考古学者の時間だぜ」
「そう。わざわざ来たんだから、何か面白い話でも持ってきたのかしら?」
「勿論だぜ。ちょっと苦労するかもしれないが、上手くいけばその苦労に見合う分の面白いもんが見れるぜ」
そんな訳で話を聞いてみると、妹紅といつも一緒にいる半獣の娘を殺すつもりで狙えばそれでいい、との事だった。
それでどうなるかって尋ねても「聞かない方がより楽しめるぜ」の一点張りで全然教えてくれなかった。
で、その通りに襲ったら後一歩のところでブチ切れた妹紅が現れた、という訳。
確かに怒りで一切の容赦がないあの子はほんとに凄くて、確かに楽しめたんだけど……。
まさか細切れにされた上で丁寧に完全焼却されるとは思わなかったわ。
そして復活するなり白黒魔法使いに引っ張られて向かった先はというと――
「お、いい雰囲気になってきたぜっ」
「……なんでデバガメみたいな真似しなきゃならないのよ」
「みたいな、じゃなくてデバガメだぜ?」
「いや、自覚があるならやめてよ」
あの二人の見える竹やぶの中。
しかも思いっきりデバガメ。
「何言ってんだ、見てると面白いぜ」
そう言われて見てみると、まぁ確かに面白いんだけど……って、ちょっともこたん慰めながら抱き締めるなんてやるじゃないっ。
ってそうじゃなくて……ああもういいか、この際楽しんでしまおう。
「お、動き出した」
「この方向は確か妹紅の住んでる庵、ね……」
「追いかけるぜっ」
「ええ、こっちよ。近道っ」
そんな訳で先回り。
妹紅の庵に辿り着いた頃にはすっかり私は落ち着き、先ほどの醜態を顔を紅くしながら悔いていた。
思い出すだけで恥ずかしい。
「ねぇ慧音。どうしたのよ、急に黙り込んじゃって」
私は態と妹紅の前に立って顔を見られないようにしている。
声を出さないのも動揺とかを悟られたくないから。
しかしいつまでもこうしてはいられない。
さて、どうするべきか……。
「んー……まぁいいや。慧音はそこらで座って待ってて」
そう考えていると、妹紅が唐突にそんな事を言って駆け出し、私を追い越して庵の方へと向かって行った。
「え? おい妹紅、何処へっ!?」
「お月見の準備してくるからーっ」
ああ、なんだ、そういう事か。
しかし……ほんとにこんな不恰好な団子で月見になるのか?
袋の中を覗き込んで少々不安になるものの、既に妹紅は庵の中に入ってしまっている。
仕方なく、壁に背を預けて座り込んだ。
「お待たせ、慧音」
程無くして庵の扉が開き、敷物と酒の入っているであろう一升瓶にコップを携えた妹紅が出てきた。
私はすぐに立ち上がり、妹紅が敷物を敷きやすいようにと少し場所を移動した。
妹紅が手際良く敷いたのを見届け、私は靴を脱いで敷物の上に腰を下ろした。
「はい、慧音」
酒の注がれたコップを妹紅から受け取り、私はそれを一気に煽った。
「っぷはぁ」
「いきなり一気飲みしちゃって大丈夫?」
「ああ、大丈夫さ」
いつまでも先ほどの事を引き摺って仏頂面のままではいられない。
気分を変える為にと煽った酒は期待通りの効果を発揮してくれ、ふわっと心が軽くなった。
妹紅の方を見やると、袋を開けて団子を拡げていた。
それから妹紅は自分のコップと私のコップに順に酒を注いだ。
「じゃあ乾杯」
「ああ、乾杯」
妹紅の差し出したコップに軽く自分のコップをぶつけると、カキン、と澄んだ音が響いた。
月見が始まってから暫く経ち、私は少しだけ酔いを感じ始めていた。
その間会話は無く、私と妹紅は月を見ながら酒を飲み、たまに団子を口にしながら時を過ごしていた。
ふと妹紅の顔を見やると、そこにはやはりいつもの妹紅の横顔。
「……? どうしたの?」
「ん……いや、相変わらずの妹紅の横顔だなって思っただけだ」
「相変わらず……か――。私はもう酔えないから、それも当然ね。こんな身体だもん」
「いや、そんな意味じゃなくてっ」
「うぅん、無理しなくていいよ。慧音がどれだけ私を”人間”って言ってくれても、やっぱり私は普通じゃないから。慧音もほんとはそう思ってるんじゃない?」
「そんなわけないだろう。私は妹紅を人間としてしか見ていない。それだけは絶対だぞ」
何故、妹紅はそんな事を……?
妹紅は無言で首を振り、私はそれが嘘だ、と言っているように思えて動揺を隠せない。
「お酒飲んでる今なら言えるでしょ? ほんとの事……言っちゃっていいよ」
ったく、さっきまであんなに笑ってたのに……。
けど分かった。
なら言ってやろう。
言ってどうなるかはもうこの際考えない。
「では言ってやろう。私は妹紅の事が――好きだ」
「―――え?」
「だから、好きだと言ってるんだ」
「な、なんでこのタイミングでそんな事言うのよっ!?」
「お前が言えと言ったんだろうっ。……じゃあ逆に聞こう。お前は私をどう思っている?」
段々喧嘩のようになってきているが、酒に酔った頭ではそんな事はもう些末事にしか感じていないらしい。
抑えようとしてもまったく収まらない。
「わ、私はその……」
「どうなんだ?」
目を逸らす妹紅を逃がすまい。と私は肩を掴み、詰め寄る。
「……わからない」
ポツリ、と妹紅はそう呟いた。
「まだわからない……。私が慧音を好きかどうかなんて、全然わからない。ずっと友達と思ってた慧音とあんな事あって、思い出すたびに胸がどきどきして会いたいと思っても会うのが怖くて……今慧音に好きって言われて嬉しいのに、自分はどうなのかなんてわからないのよっ」
「……分かった、じゃあ私が教えてやる」
そう言って、私は強引に妹紅の唇に自分の唇を押しつけた。
妹紅の唇はあの時と同じで柔らかく、湿っている。
流れ込んでくる吐息には酒の匂いが混じっていて、それが思考を奪い去っていく。
「ん……ぷぁっ」
貪りたくなる気持ちを抑え、名残惜しく思いながらも唇を離した。
ここから先は妹紅の答え次第だから。
「ど、どうだ?」
「あ、ぅ……どうだ、と言われたって……」
「その、嫌……だったか? それとも、嫌じゃなかったか?」
質問に、妹紅は軽く首を横に振った。
「うぅん。嫌じゃなかったよ。ただ胸がどきどきして頭の中ぐちゃぐちゃで……でも、多分嬉しいんだと思う」
「じゃあそれがきっと答えだ」
「そ、そう、なのかな……」
「ああ。今からそれを教えてやる――んっ」
まだ僅かに言い終わらないうちに私はもう一度唇を重ねた。
今度は我慢しない。
「は……ん……んぅ…………ちゅるっ……チュゥ……」
少しの間唇を押しつけるだけだったが、もっと深く感じようと私は歯が閉じられていないのをいい事に、強引に舌を入れて気づかれる前に妹紅の舌へと絡めた。
「ん、んんぅっ!?」
妹紅は驚いたのかすぐに舌を引っ込めた。
それをしつこく突っつくと、観念したのか、妹紅はおずおずと舌を差し出してきた。
私は喜々としてそれに舌を絡める。
脳に直接湿った音が響き、それが思考を更に鈍く、麻痺させていくかのよう。
ただただ、甘い感覚が広がっていくのだけは感じられる。
その感覚を求め、私は息が苦しくなるまでひたすらに唇を貪り続けた。
「ん……はぁっ――」
唇を離すと、妹紅は肩で小さく息をしていた。
私と違ってされるがままになっていた妹紅の方は思ったより大変だったらしい。
さて、ここからどうしよう――と考えた瞬間、あの白黒魔法使いの言葉が脳裏に蘇った。
「――お前らしくいればそれでいいと思うぜ」
私らしく――か。
そうだな、そうしよう。
「なぁ妹紅。下、脱いでくれるか?」
「……う、うん……」
耳元でそう囁くと、妹紅は思いの外素直に従ってくれた。
横目でチラリと顔を見ると、ぼぅっとしているのが見て取れた。
どうやら先ほどのキスは刺激が強かったらしい。
身体を離すと、僅かに躊躇ったものの、妹紅は下を脱いで下半身を露にした。
その姿に思わず見とれそうになるが、ぐっと耐える。
「壁に手をついてくれるか?」
その要求にも妹紅は素直に従い、コクリと頷いて立ち上がった。
「こ、これで……いいの?」
「ああ」
私の言った通り、妹紅は壁に手をついた。
首を捻って後ろを向き、私を不安げな表情で見つめている。
やはり不安があるらしく、妹紅は僅かに身体を震わせている。
……しかし、それも当然だとは思う。
だから安心させようと、私は小さく微笑んでみせた。
それで少しは安心してくれたのか、妹紅は顔を前に向けた。
私は近づき、腎部を掴んだ。
そのまましゃがんで頭を下げ、照準を合わせた。
―――”角”を。
「caved!!!!!」
「いっ――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
ぶっちゃけこの悲鳴は予測済み。
後日、私と妹紅が妙な噂の的になっていた。
-FIN-
けっ……けっ……けーぶど……
まったく砂糖吐いてたら今度は吹き出したよ……
ああっと18禁はいけませんと気が緩んだ瞬間に一撃。
多分てるよとマリーサも爆笑してたんだろうな。
ちなみにcaved!!!!は、エクステンションマークを半角で4つ、らしいです…
前編、後編ともにべたーならぶーを見せていただきました。べたなものをしっかり読ませるのって難しいと思うので、本当素敵だと思います。
ただ、前後編ともに視点の変わる際に、もう少し間を空けるなどしても良かったのではないかなぁ、と……素敵な作品だっただけに、気になりまして;
いろんな意味でいい仕事でしたw このままべたべたらぶーに終わらせてくれると思ったのにっ…タイトルはしっかり読めということなのですねw
先生、この吹いたお茶を無かった事にorz
「タイトル見て「あー掘りネタかー」と思ってたらベタ甘かー」と思ったらどう見てもcaved!!!!です。
本当にありがとうございました。
いくらネタでも流石に肛姦はまずかですよ!
でも笑ったから俺の負け
もう、大爆笑ですわ・・・
いや、ネタは判ってたんですよ? 判ってたんですよ!?
百合系はあまり興味がない私がここまで引き込まれたのにぃぃぃ(泣
というか、此処までcaveの状況が克明に表現されたのは初めてでは(caved!!!!
これ反則。吹いたよ。やべえよ先生ww
もうホリーデヴェルチですねけーねさn(caved!!!!
本当にありがとうございました。
タイトルに相応しい(つーかそのままか)オチ、見事でした、
うおぉい!突っ込みどころ満載じゃねぇか!
台無しだよ!ぶち壊しだよ!けーね先生www
いやいや、笑わせていただきましたw
でもGJ!!!
皆さん見事にオチで笑って頂けたようで何よりです(笑
前後編っていう長さで話引っ張ってちゃんとオチてくれるか割と心配でしたが、杞憂に終わってくれたようで安心しました(笑
>ちなみにcaved!!!!は、エクステンションマークを半角で4つ、らしいです…
あらら、そうでしたかー……目が悪いもので、てっきり5つだと勘違いしておりました(汗
>ただ、前後編ともに視点の変わる際に、もう少し間を空けるなどしても良かったのではないかなぁ、と……素敵な作品だっただけに、気になりまして;
なるほどなるほど……今後の参考にさせて頂きますね。
これらの意見は今後の作品に活かしたいと思います。
ほんと、20を超える感想ありがとうございましたm(_ _)m
と思わせて……。オチがそれかいw
タイトルで期待してはいたんですが
それまでのストーリーが正統派だっただけに…、やられました。
つーか自分らしくでそれでいいんですか先生!!
もこたんかわいそす
オチwww