Coolier - 新生・東方創想話

死体探偵

2016/01/18 22:39:25
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 嫌な所で嫌な奴と出会ってしまった。私はこいつが苦手なんだ。こいつらの縦長の瞳に見つめられると、背筋がゾッとする。こればかりはいくら修行を積んだって克服のしようがない。只の鼠だった頃の私の本能がそうさせているのだ。言うなれば、遺伝子に刻まれた呪いである。まったく、世の中はままならない……。
 私は奴に悟られぬようにロッドを持ち直した。このロッドは仕込みがある。柄のある部分を叩くと、先端から退魔針が飛び出すという仕掛けだ。飛び出す針は、あの博麗の巫女が使っている針と同じ。どんな悪魔だってイチコロってものだ。窮鼠猫を噛む、私なら龍にだって噛み付いてみせるさ。
 夕闇の中、奴は私の挙動を不思議そうに眺めて、首を傾げた。
「なんだい、やるつもりかい? あたいにはその気は無いんだがね、ナズーリン」
 嘘をつけ。現に奴、火焔猫燐の瞳は縦長の野獣の目になっている。見た目は只の赤毛三つ編み少女だが、舐めちゃいけない。こいつの正体は化け猫、鼠の妖怪である私の天敵なのだ。そりゃあ背筋も凍えるってもの。
「私だってやる気は無いさ。だが、どうやら目的は一緒らしいからな。奪い合いになるのは避けられないだろう、燐」
 燐は火車と呼ばれる妖怪である。火車は死体を地底へと持ち去り、灼熱地獄の燃料にすると言う。燐ご自慢の猫車に被せられた布には、既に嫌な膨らみが見える。
 私の目的も、彼だった。
 燐は目を細めて笑った。
「ははぁん。あんたかい。最近、巷で有名な死体探偵ってのは。なるほどねぇ」
「別に死体だけを探しているわけじゃあないんだがな」
 宝石、財宝、掃除に説法、人生相談から恋人探しまで、なんでもござれの探し屋「星鼠亭」。然れども、何の因果か死体探しばかりを依頼され、誰が呼んだか、死体探偵。今宵も半ばやけくそ気味に、迷える死体を探しておったという次第で御座います。
 主の寅丸星が世話になっている、命蓮寺の家計の足しになればと……あと、晩酌をちょっと豪勢にする為に始めた、この仕事。あんまり割に合わないなぁと最近思い始めている。
「その死体には待ってる人がいるんだ。善良な市民の為に、私に譲っちゃ貰えないか」
 ……それと、私の晩酌の為に。おっといけない、命蓮寺の為に。
「ウム……。そう言われちゃあ、善良妖怪のあたいとしちゃあ、返す言葉に困っちまうねぇ……」
 燐は顎に手を当てて考える素振りをする。何が善良か、この泥棒猫めが。
「そうだ、こうしよう」
 そしてポンと手を打った。一挙手一投足が大袈裟な奴だ。
「この仏さんは、あんたに渡そう。あんたはその待ち人とやらに、仏さんを渡すがいいさ」
「何だい、馬鹿に気前がいいじゃないか」
「だけど条件を一つ。後で仏さんを埋めた場所、教えてくれないかい? あたいはそこから戴くとするさ。悪かない条件だろう? あんたは金が入る、あたいは仏さんが手に入る、おまけに待ち人は死体処理の手間が省けるってもんだ。これぞ三方一両得ってもんさね、どうだい?」
 燐はニコニコ人懐っこく笑いながら言う。
 なるほど、口が上手い奴である。確かに損は無い。待ち人の感情も満足させる事が出来るし、私の晩酌も豪勢になる……いやいや、命蓮寺の家計も助かる。私にとっては魅力的なプランだ。
 しかし、私は騙されない。
 火車に持ち去られた死体は、怨霊になると言う。成仏できる死体をわざわざ怨霊にするなんざ、仏門に関わる者のする事じゃあない。正義の味方のナズーリン様には、到底飲めない条件だ。
 だが、ここで燐と争うのも避けたい所である。戦って死体が傷ついても嫌だし、何よりその……ちょっと怖いし。
「なるほどな。良いだろう」
 私はうんうんと頷いて見せた。
「交渉成立だね。よし、仏さんを渡そう。あんたとはこれからも、いいお付き合いをさせて貰いたいねぇ」
 燐は揉み手しながら言う。調子の良い奴である。
 私は猫車に近づいて、被せられていた布を取った。
 ……少し腐乱してはいるが、綺麗な死体だ。ここが魔法の森の中である事が幸運だったろう。魔法の森は年がら年中、魔法茸の胞子が舞っていて、妖怪でも辟易するような場所なのである。死体を食害される事は少ないのだ。生えかけた茸を取り除けば、十分に遺族と対面させられるだろう。
 大方、森に住む魔女に恋でもして魔法の森に入り込み、そのまま迷って餓死したのだろう。馬鹿な話だ。しかし、恋に命を捧げるその生き方は嫌いじゃあない。一念に全てを懸けるその行為は、一切の執着を捨てよと教える仏道に反してはいるが、しかし何処か似通ってもいる。そこには邪念や雑念など無いだろうから。叶わぬ恋に挑むその時、彼の心は真理に近づいたに違いない。
 私は持ってきた白布で丁寧に彼を包むと、抱き抱えて猫車から下ろした。
「移動はどうするんだい? 何なら、乗せてってやるが」
 なんだかんだで人の良い燐が、私を気遣って声をかける。人間性は嫌いじゃあないんだがな……。
「それには及ばないよ。鼠達に運ばせる。しかし、君がいると怖がって姿を見せないんだ、すまんが席を外してくれないか」
「ああ、いいともさ。また会いに行くよ」
「すまんな」
「気にしてないよ」
 燐は猫車を押して去っていった。それを見送ると、私は部下の鼠達を呼び集め、死体を無縁塚の私の家まで運ばせた。
 翌朝、死体にこびり付いた茸を払い、少々の死化粧を施す。死んでいる人間、しかも男に化粧なんてナンセンスだが、これをやるのとやらないのでは、遺族の感情が違ってくる。せめて安らかに死んだ、そう思わせてやらなければ、誰も救われない。私も。
 化粧が終わると、用意していた棺桶に死体を入れ、妖怪だとバレないよう少し変装をしてから、里の依頼人の所まで引きずって行った。里中では、私を見かけると人が避けた。ずきりと胸が痛むが、その時私は、死を運んでいたのだから仕方ない。
 依頼人の老夫婦は、私の報らせにがくりと膝を落とし、咽び泣いた。いつもの光景、何度見ても慣れない。苦い思いが臍を噛ませる。死神とはこういう気分なのだろうか。彼女達も大変だなぁ、いつもそんな事を考えている。
 老夫婦は息子の綺麗な死に顔を見ると、私に対して礼を言った。それが、せめてもの救いだった。
 仕事を終え、重い足取りで依頼人の家を出ると、里の外で燐が待ち構えていた。
「お疲れさん。で? で? 何処に埋めたんだい? あたいに教えとくれよぉ〜」
 ニコニコと無邪気に問いかける。なんて空気の読めない猫だろう。私は少し笑ってしまった。私はそれに救われたのだ。まったく、忌々しい化け猫の癖に、嫌いになれない奴である。
「命蓮寺の墓地に埋めるってさ。私が勧めておいた」
「ええっ? そんなぁ! 話が違うじゃあないか!」
「違うもんか、埋める場所を教えるまでが約束だったろう。行って掘り起こしてくりゃいいじゃないか」
「むむむ、無理だよぉ。あの怪力尼さん、聖白蓮に殺されちまうよぉ!」
 お下げがあばれヌンチャクのようにぶるんぶるん音を立てるほど、燐は首を振る。
「聖は殺生はしないぞ。ただ説教されるだけだろう、死ぬ程な」
「どっちにしたって死ぬじゃないか!」
 ウワァン、あぁんまりだぁ~!
 燐が子どものように声を上げて泣きじゃくるので、辟易した私は、そっと耳元で囁いてやった。
「無縁仏を見つけたら、今度から都合してやるから」
 それを聞くと燐はすぐさま泣き止み、私に抱きついてきた。
「イヤッホゥ! ナズちゃん大好き!」
「や、やめろ! 抱きつくな、ムシャぶりつくな、腰を振るなーっ!」
 変態猫に鉄拳制裁を加えて、私は青い空を見上げた。
 帰るべき場所に帰れた彼は、成仏出来たのだろうか。その手伝いが出来たのなら、私も甲斐があったというものだ。
 しかし。今日はふと、こうも思ってしまったのだ。死してなお楽しく。迷う余地があるのなら、あるいはこの火車に連れられて、地獄巡りも悪くはないのかもしれない、と。
 そうだ、久し振りに今日の晩酌、肴はチーズにしよう。私は上機嫌で家路へと就いた。
 初投稿です。ちょっと勝手が分かってないです……。
 短編連作の第一話のつもり。

 2016/01/19追記
 すみません、初投稿ってのは少し語弊がありましたね、ここでは初投稿ってことです。
 コメント返しの作法がよく分かってないんで、ここで返させて頂きます。皆様、コメントありがとうございます。こんなにコメントを頂けたのは初めてなので、とてもうれしいです。本当に励みになります。もっと楽しいものを書けるように頑張ります。
 あと、誤字指摘ありがとうございました。修正しました(ついでにちょっと気になるところも直しました)。キャラ名間違えるのめっちゃ恥ずかしい。今度から気をつけます。

 2020/04/29追記
 表現の一部修正。あと、ゆかりさんに朗読してもらってみました。sm36764833。
チャーシューメン
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コメント



0.1030簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
1ゲット!
2.100名前が無い程度の能力削除
読みやすく内容もまとまってて良かったです。
ナズとお燐の可愛い、しかし妖怪特有のやり取りもなかなか……
これからも楽しみにしています。
3.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい!
このお燐はとてもいいものです、ハイ
4.90名前が無い程度の能力削除
短編連作って事は「死体探偵シリーズ」とでも言うのか
短編としても尚、尺が短めの気もしましたが少なくともこの話は面白いです

>森に住む魔女に恋でもして魔法の森に入り込み、そのまま迷って餓死したのだろう
こう言うフレーバーなテキストは好物です
直接登場しなくても物語に影響を与えてるようなの

泣き出す燐に対しても、死体を機会があったら「都合してやるから」って会話が残酷なんだか優しいんだかわからなくて苦笑しながら楽しみました
7.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
なんというか立場の違いが
世の善悪は白か黒かではなく割だと思うのですが
お燐とナズーリンでは求める結果の割が違う
そんな感じの距離感がよかったです
13.90名前が無い程度の能力削除
短いですが、起承転結がきちんとしていて面白かったです。
二人とも妖怪らしく、でもナズーリンは仏教徒らしい心も持ち合わせていて魅力的でした。

ただ一点、「寅丸」が「虎丸」となっています。
14.100名前が無い程度の能力削除
初投稿に敬意としての100点。
これからも精進していただければ、読む側も嬉しいです。
15.100削除
小心だからこそ対策をもって尊大さを保ったり、ドライなようで情に厚かったり、とてもいいナズーリンでした。
連作楽しみにしています!
16.100名前が無い程度の能力削除
死体ひとつ見ても幻想郷の営みが感じられる
大変面白かったです
17.70名前が無い程度の能力削除
いいねぇ
19.100名前が無い程度の能力削除
 楽しませて頂きました。
20.70とーなす削除
面白かったです。
22.100とらねけ削除
短いながらも良くまとまっていて楽しめました。
こっちの世界とは少し違った価値観の幻想郷で、しかも怖い相手に対して自分の倫理を貫こうとするナズーリンが良かったです
23.90名前が図書程度の能力削除
短い中にも展開が練られていて、良い作品でした。
26.100名前が無い程度の能力削除
シリーズなら続きが見たいという期待もこめて
28.100名前が無い程度の能力削除
面白かった! ふたりともかわいい
32.90名前が無い程度の能力削除
可愛らしくもちょびっと毒のある感じ、とてもキャラらしいと思います。
33.90名前が無い程度の能力削除
小気味の良いまとまり方で面白かったです。
連載となるなら続きにも期待。
43.100南条削除
とても面白かったです
抜け目のないナズーリンが素敵です
44.90福哭傀のクロ削除
設定といいキャラの掛け合いといい、非常に続きを読みたくなる作品。と思えば連載作なのですね。
なるほどゆっくりと続きを楽しませていただきます。
無縁仏ならいいのかとも思いますが、締めがまたいい。