私はこの暑い中、空を飛んでいた。そう、太陽に近づいて。
あーもう。
黒い服が熱を吸収してしまう。汗をかいているから服が体に張り付いて気持ち悪い。自分の体から出るものがこれほど不快に感じるとは何とも不思議な話だ。
神社と、紅く塗られた鳥居が見えた。この暑さなら、アイツはへばって寝転がっているだろう。
箒を下に傾ける。高度が下がるごとに、夏の暑さを思い出す。蝉の声もだんだんと大きくなってきた時に私は地面に足をつけた。
*
普段通り霊夢が部屋で巫女職をサボって寝転がっている姿を想像しながら神社の中を覗いた。しかし、そこに霊夢の姿はなかった。
「はて?」はて、どこに行ったのか?
とりあえず部屋の中に居座ることに。そこらに帽子を投げて寝転がる。菓子らしいものも見当たらないし、何かを探す気もしない。普段ならアイツといろいろ喋りながら日暮れまでいるのだが……。
退屈だ。
里に買い物にでも行ったのだろうか。
大の字になって天井を眺める。鮮やかな木目も見える。横を見れば境内が見える。遮るものはない。蝉の声は一定のリズム。
汗は少しおさまったものの、依然として体にまとわりついていた。ああ、気持ち悪い。
もう一度天井を見た。
霊夢も、いつもこうやっているのだろうか。
いま私が見ているものと同じものを見ているのだろうか。
同じことを考えて、同じように思っているのだろうか。
暑さに思考が溶けていく。
――確か、神社の横に井戸があったか。
少し、水浴びでもしようかな。
*
水の音が聞こえた気がした。こんな、閑古鳥が鳴きそうな神社の近くなのに。
少し、ほんの少し、足が早まる。
はやる気持ちを抑えて平静を装う。いや、装わなくてもいいだろう。相手はただの霊夢だ。いつもと同じだ。
だとしたら、どうして?
どうしてこんなにも……。
木が切り開かれた空間。そこに井戸はあった。
そしてその横に、紅がない白い人影を見つける。
頭から井戸の底の冷水をかぶっていた。全身が濡れている。
「なんだ、魔理沙か」
霊夢は私の方を一度見て、また井戸から水を汲み上げ始めた。
綺麗な艶のある黒髪から、それに反するような白い手の先から、井戸の底の清められた冷水が垂れていた。
霊夢は汲み上げた水を一旦桶に移して、それを頭からかぶった。
地面に水が零れていく。
私の視線は、意識はその光景に固定されていた。ただ、普段の霊夢が水浴びをしている。
それだけなのに……。
「で、なにしにきたの?」
その声と微笑みが、私を現実に引き戻す。蝉の声が耳に侵入してきて、汗で肌に服が張り付く。
普段の夏。
「……いや、神社に寝転がってなかったから帰ろうかと思ってたとこだ。まさか霊夢が巫女の仕事をしてるなんてな。今日は雪でも降るのか?」笑ってみせた。
心臓がまだ戻らない。ドクドクと血を送り続けている。
「この暑いのに降るわけないでしょ。それに、禊くらい何度をしてるわよ」
「その後に神事でもすれば完璧なんだがな」いつも通りの皮肉。
その後に言葉が続かなかった。
霊夢にもう一度視線を移す。
白装束と、濡れた髪。
これは、普段通りじゃない。
白装束が水で霊夢の体に張り付いている。体のラインがはっきりとわかった。
急いで、視線を外す。
それが、まずかった。
霊夢の顔にいたずらな微笑みがうかんだ。
*
「空飛んできてたでしょう? この暑いのに太陽に近づくなんてどうかしてたの?」
「お前も知っての通り、上に行けば行くほど気温は下がる。来てたのが見えたならこっちに顔くらい出せよ」魔理沙は私から顔を逸らしていた。少し、顔が赤い。
――ああ、かわいい。
不覚にもそう思った。まあ、実際かわいい。必死に何かを隠しているのは明白だ。隠しているものが何なのかということも含めて。
「……帰るなら帰ったら?」私はそっけなく言った。
「まさか、ここにお前がいるとわかったからには水ようかんの一つや二つは頂いていく」魔理沙は今度は地面を見ていた。
「何か今日変よ?」
「いや、別に何もないぜ……」魔理沙は目を丸くして、しばらく何か口ごもっていた。
近づいて、まだ濡れている手で魔理沙の頬に触れる。
「ちょっと、なにするんだよ!」魔理沙は私の手を払いのけて言った。
少し驚いた顔をして、それからすこし悲しそうな顔をしてみる。バツが悪そうに魔理沙から顔を逸らす。
沈黙、そして遠くから聞こえる蝉の声。しばらくそれだけだった。
「その……寂しかったの。一人で神社にいるのが寂しかったの。魔理沙のことをね、あの……待ってたの」それだけ言ってしばらく無言。最後に「……ごめん」とだけ言って魔理沙の横を通りすぎて神社へ向かう。
でも、魔理沙の手が私の掴んだ。
驚き、振り返ると魔理沙は私の目を見ていた。
「いや……私もそんな感じだったんだ。霊夢のいないのが変に思えて、それで……」
そこまで言って魔理沙はまた顔を逸らした。声もだんだん小さくなっていく。
私は、魔理沙がまた口を開く前に魔理沙を抱きしめた。腰に手を回して抱きしめた。
魔理沙がどんな顔をしているのか見れないのが残念だけれど、こうしたかったのだから仕方ない。
「ごめん。ちょっと意地悪したかっただけ」
「え?」魔理沙の金色の髪が揺れる。
「だって、かわいかったから」
「へ?」
すっとんきょうな声を出して魔理沙は後ろに何歩か下がった。
「口数が多いし、何か隠してることも見え見えな魔理沙ちゃんがかわいくて一芝居打っただけってことよ」
また魔理沙は俯いていた。黒いスカートの裾を固く握りしめているだけで何も言わなかった。
「ねえ、私のこと好き?」いたずらっぽく言ってみせる。
魔理沙はゴニョゴニョと何か言った。
「聞こえないわよ」
「好きだって言ってんだこのバカ霊夢!」
大声でそう言った魔理沙は神社の方に走っていた。
私はそれを追いかける。
そして、服の袖を掴んだ。
「魔理沙」
「なんだよもう!」
振り返った魔理沙に、私は優しくキスをした。
魔理沙は首まで赤くして思考停止のまま立っていた。
「私も魔理沙のこと好きよ」
夏の日差しが私の服の水分を蒸発させていく。ああ、普段通りの夏。
「片付けしてくるから待ってなさいよ。水ようかんくらい出してあげるから」そう言って私は井戸へ向かう。
後ろから、「バカ霊夢!」と叫ぶ声が聞こえた。
私はそれに微笑みながら片付けを始めた。
少し、甘い味が口の中に残っていた。
*
普段通りの夏。のはずだったが大変なことになった神社。
それでも普段通り白黒と紅白が並んで水ようかんとお茶を頂いている。
「水ようかんって美味しいわよね」
「ああ」
「なんでそんなに不機嫌なのよ」
「夏だからだろうな」
「そう」
数秒間の沈黙。
「……どうせ寂しかったとか嘘なんだろ?」
私は微笑んだ。
「案外ほんとだったりするかもよ?」
「ああ、そうかい」
魔理沙は帽子を深くかぶってお茶を飲み始めた。
「好きっていうのも嘘じゃないと思うけどね」
盛大にお茶が吹き出された。縁側で飲んでいてよかった。
「別にそんなにむせなくても」
「あーもう!」
イライラしている空気を読まず、魔理沙にまたキスをする。
「ね、ほんとでしょ?」
「……ッ」
また、赤い顔をして地面を見ていた。
今度は水ようかんの味がした。
蝉が鳴き、太陽は地面を温め、私たちから体力と気力を奪う普段の夏。
そう、普段の夏。
でも、少しだけ違う。
少しだけ距離が近づいた。
空の入道雲に手を伸ばす。
「何の距離かしら?」
あーもう。
黒い服が熱を吸収してしまう。汗をかいているから服が体に張り付いて気持ち悪い。自分の体から出るものがこれほど不快に感じるとは何とも不思議な話だ。
神社と、紅く塗られた鳥居が見えた。この暑さなら、アイツはへばって寝転がっているだろう。
箒を下に傾ける。高度が下がるごとに、夏の暑さを思い出す。蝉の声もだんだんと大きくなってきた時に私は地面に足をつけた。
*
普段通り霊夢が部屋で巫女職をサボって寝転がっている姿を想像しながら神社の中を覗いた。しかし、そこに霊夢の姿はなかった。
「はて?」はて、どこに行ったのか?
とりあえず部屋の中に居座ることに。そこらに帽子を投げて寝転がる。菓子らしいものも見当たらないし、何かを探す気もしない。普段ならアイツといろいろ喋りながら日暮れまでいるのだが……。
退屈だ。
里に買い物にでも行ったのだろうか。
大の字になって天井を眺める。鮮やかな木目も見える。横を見れば境内が見える。遮るものはない。蝉の声は一定のリズム。
汗は少しおさまったものの、依然として体にまとわりついていた。ああ、気持ち悪い。
もう一度天井を見た。
霊夢も、いつもこうやっているのだろうか。
いま私が見ているものと同じものを見ているのだろうか。
同じことを考えて、同じように思っているのだろうか。
暑さに思考が溶けていく。
――確か、神社の横に井戸があったか。
少し、水浴びでもしようかな。
*
水の音が聞こえた気がした。こんな、閑古鳥が鳴きそうな神社の近くなのに。
少し、ほんの少し、足が早まる。
はやる気持ちを抑えて平静を装う。いや、装わなくてもいいだろう。相手はただの霊夢だ。いつもと同じだ。
だとしたら、どうして?
どうしてこんなにも……。
木が切り開かれた空間。そこに井戸はあった。
そしてその横に、紅がない白い人影を見つける。
頭から井戸の底の冷水をかぶっていた。全身が濡れている。
「なんだ、魔理沙か」
霊夢は私の方を一度見て、また井戸から水を汲み上げ始めた。
綺麗な艶のある黒髪から、それに反するような白い手の先から、井戸の底の清められた冷水が垂れていた。
霊夢は汲み上げた水を一旦桶に移して、それを頭からかぶった。
地面に水が零れていく。
私の視線は、意識はその光景に固定されていた。ただ、普段の霊夢が水浴びをしている。
それだけなのに……。
「で、なにしにきたの?」
その声と微笑みが、私を現実に引き戻す。蝉の声が耳に侵入してきて、汗で肌に服が張り付く。
普段の夏。
「……いや、神社に寝転がってなかったから帰ろうかと思ってたとこだ。まさか霊夢が巫女の仕事をしてるなんてな。今日は雪でも降るのか?」笑ってみせた。
心臓がまだ戻らない。ドクドクと血を送り続けている。
「この暑いのに降るわけないでしょ。それに、禊くらい何度をしてるわよ」
「その後に神事でもすれば完璧なんだがな」いつも通りの皮肉。
その後に言葉が続かなかった。
霊夢にもう一度視線を移す。
白装束と、濡れた髪。
これは、普段通りじゃない。
白装束が水で霊夢の体に張り付いている。体のラインがはっきりとわかった。
急いで、視線を外す。
それが、まずかった。
霊夢の顔にいたずらな微笑みがうかんだ。
*
「空飛んできてたでしょう? この暑いのに太陽に近づくなんてどうかしてたの?」
「お前も知っての通り、上に行けば行くほど気温は下がる。来てたのが見えたならこっちに顔くらい出せよ」魔理沙は私から顔を逸らしていた。少し、顔が赤い。
――ああ、かわいい。
不覚にもそう思った。まあ、実際かわいい。必死に何かを隠しているのは明白だ。隠しているものが何なのかということも含めて。
「……帰るなら帰ったら?」私はそっけなく言った。
「まさか、ここにお前がいるとわかったからには水ようかんの一つや二つは頂いていく」魔理沙は今度は地面を見ていた。
「何か今日変よ?」
「いや、別に何もないぜ……」魔理沙は目を丸くして、しばらく何か口ごもっていた。
近づいて、まだ濡れている手で魔理沙の頬に触れる。
「ちょっと、なにするんだよ!」魔理沙は私の手を払いのけて言った。
少し驚いた顔をして、それからすこし悲しそうな顔をしてみる。バツが悪そうに魔理沙から顔を逸らす。
沈黙、そして遠くから聞こえる蝉の声。しばらくそれだけだった。
「その……寂しかったの。一人で神社にいるのが寂しかったの。魔理沙のことをね、あの……待ってたの」それだけ言ってしばらく無言。最後に「……ごめん」とだけ言って魔理沙の横を通りすぎて神社へ向かう。
でも、魔理沙の手が私の掴んだ。
驚き、振り返ると魔理沙は私の目を見ていた。
「いや……私もそんな感じだったんだ。霊夢のいないのが変に思えて、それで……」
そこまで言って魔理沙はまた顔を逸らした。声もだんだん小さくなっていく。
私は、魔理沙がまた口を開く前に魔理沙を抱きしめた。腰に手を回して抱きしめた。
魔理沙がどんな顔をしているのか見れないのが残念だけれど、こうしたかったのだから仕方ない。
「ごめん。ちょっと意地悪したかっただけ」
「え?」魔理沙の金色の髪が揺れる。
「だって、かわいかったから」
「へ?」
すっとんきょうな声を出して魔理沙は後ろに何歩か下がった。
「口数が多いし、何か隠してることも見え見えな魔理沙ちゃんがかわいくて一芝居打っただけってことよ」
また魔理沙は俯いていた。黒いスカートの裾を固く握りしめているだけで何も言わなかった。
「ねえ、私のこと好き?」いたずらっぽく言ってみせる。
魔理沙はゴニョゴニョと何か言った。
「聞こえないわよ」
「好きだって言ってんだこのバカ霊夢!」
大声でそう言った魔理沙は神社の方に走っていた。
私はそれを追いかける。
そして、服の袖を掴んだ。
「魔理沙」
「なんだよもう!」
振り返った魔理沙に、私は優しくキスをした。
魔理沙は首まで赤くして思考停止のまま立っていた。
「私も魔理沙のこと好きよ」
夏の日差しが私の服の水分を蒸発させていく。ああ、普段通りの夏。
「片付けしてくるから待ってなさいよ。水ようかんくらい出してあげるから」そう言って私は井戸へ向かう。
後ろから、「バカ霊夢!」と叫ぶ声が聞こえた。
私はそれに微笑みながら片付けを始めた。
少し、甘い味が口の中に残っていた。
*
普段通りの夏。のはずだったが大変なことになった神社。
それでも普段通り白黒と紅白が並んで水ようかんとお茶を頂いている。
「水ようかんって美味しいわよね」
「ああ」
「なんでそんなに不機嫌なのよ」
「夏だからだろうな」
「そう」
数秒間の沈黙。
「……どうせ寂しかったとか嘘なんだろ?」
私は微笑んだ。
「案外ほんとだったりするかもよ?」
「ああ、そうかい」
魔理沙は帽子を深くかぶってお茶を飲み始めた。
「好きっていうのも嘘じゃないと思うけどね」
盛大にお茶が吹き出された。縁側で飲んでいてよかった。
「別にそんなにむせなくても」
「あーもう!」
イライラしている空気を読まず、魔理沙にまたキスをする。
「ね、ほんとでしょ?」
「……ッ」
また、赤い顔をして地面を見ていた。
今度は水ようかんの味がした。
蝉が鳴き、太陽は地面を温め、私たちから体力と気力を奪う普段の夏。
そう、普段の夏。
でも、少しだけ違う。
少しだけ距離が近づいた。
空の入道雲に手を伸ばす。
「何の距離かしら?」
所々脱字が見られますので、その辺は雑でも注意してください。
次はもっと中身ボリュームがあるレイマリが読みたいですね。お待ちしております。
どきどきするよいレイマリでした。