目を開けるとぼんやりとした意識の中で冷たい空気が体の中を駆けまわっていくのを感じた。
「寒いな……」
ベッドの上で体を起こして長袖の寝間着の上から腕をさすって温める。どの季節でも、寝間着は生地の厚さがさほど変わらない。所詮、服は服。厚着でもしなければ温まらないものと割り切っている。違うのは布団だろうか。分厚く、軽く、温かい。そんな布団がまだ私の体を半分以上覆っていた。これは二度寝するしかないだろう。そうしろとささやくのだ。この布団が。
布団を首までかぶってウトウトしていると、家の外で何か重いものが落ちた音がした。
さすがに私でもこれは音の正体を確かめないといけない。こんな森の奥深くに入ってくるような奴はどうせ普通のやつじゃないからだ。
かと言って、音の正体に心当りがないかといえばあるのである。だから私は薄く微笑みながら窓を開けた。
フラッシュ。
目に飛び込んできた光に私は目を細めた。
一面の雪だった。
窓から体を乗り出しながら、私は喜びのあまり叫びたくなる衝動を抑えて外の空気を吸った。
昨日の夜から吹雪いていたのだ。ついでに言えば、昨日の夜から積もったらいいなと願望を抱きながら寝た。
冷気が肌を刺してきた。その冷たさにすら心は沸き立っていた。
とりあえず、窓は閉めた。寒いのはやっぱり嫌だ。でも、布団への欲求はそれこそ雪の下にでも埋もって消えた。
いつものモノクロカラーの服。
この前香霖のところからもらった(盗んだ)ブーツを箱のなかから取り出して履く。ボタンでとめるタイプの黒いやつ。
「いつも同じ服ね」などと言われたことがあったが、あの紅白に言われるのは心外だ。アイツこそいつも同じじゃないか。私は毎日ちょっとずつアレンジをしている。リボンの形とか。まあ、アイツもアレンジしてないこともないか。
帽子をとって外に出る――。ん?
押せども引けども扉が開かない。もともと外開きだから引いても開かないが。
ああ、雪か。
これだけ積もっているのだから雪が扉を開かないようにしているのも無理は無い。
さすがに私の背丈ほども積もっていることもないだろうと思い、強引に扉に体当たり決めたが開かなかった。
ミニ八卦炉で扉ごと吹き飛ばそうかと思ったが修理が面倒なので諦めた。
奇妙な密室に閉じ込められた私は窓から白銀で彩られた森の景色をふてくされながら眺めていた。
蒼天極まれりといった模様の空を見た時、私はいいことを思いついた。
ちょっと後ろに下がってから走る。助走をつけて窓の近くで踏み切った私は次の瞬間宙に浮いていた。家の窓がドンドン遠くなるのを眺めつつ、私の体は雪に埋まった。
クックックと変な笑い声が出る。そうだ、最初からこうすればよかったんだ。
服についた服を払いながら立ち上がる。帽子も拾い上げてかぶった。
戸締まりはしていないが、まあいいだろうと思い家の中から魔法で箒を取り出す。
急上昇。青い青い空と白い白い森の絶妙なコントラストを見ながら遊覧飛行する。雪からの反射がある分、普段より世界は明るかった。
白い息が後ろに流れていく。手や顔や、肌の出ている部分は外気が冷やしていた。
神社へとほうきの先を向けた時、果たしは思わず箒を止めた。
「なんだあれ……」
奇妙な現象に目を奪われた私が博麗神社に着いたのはそれから半刻ほど先のことだ。
*
これはひょっとすると人間を自堕落にするために妖怪が作った罠なのかもしれないと巫女服に厚手の服を一枚羽織った私は思った。コタツ。人を引き寄せる魔力を持っているのは確かだろう。もし、妖怪の罠ならそいつを退治すば済む話だし。
外で雪が積もっているのはわかっている。でも、雪かきなんて冬が終わってからしないと意味が無い。また積もっちゃうし……。
「巫女が仕事しないと神社は廃れるぜ」
戸が開き、冷気とともに白い雪より黒い奴が私の眼の前に現れた。コタツは余計な奴まで引き寄せる魔力を持っているらしい。
「あと、コタツで丸くなってると猫になっちまう」わけのわからないことを言いながら魔理沙はニヤニヤ笑っていた。
「あんたは庭を駆け回る犬にでもなったらどう?」私はとりあえずコタツから這い出して魔理沙が開けっ放しにしている障子を閉めに行く。
「外を見てみろよ」
「雪でしょ。知ってる――」そういった瞬間、私は魔理沙に抱きかかえられて空高く舞い上がった。
「ちょっと、何するの?」一応抵抗したが、ふたりとも空を飛べるのだから埒が明かなかった。
「ほら、あっち」
魔理沙が指さした方を私は見た。
神社の鳥居の向こうに――永い永い階段の先にきらめくもの。空にキラキラした大きな柱が立っていた。大きいような小さいような。鳥居の向こうは不思議な遠近感でよくわからなかった。
「こんなものを見ないのは損だろ?」
魔理沙は私を箒に乗せながら言った。
光はよく見れば小さな欠片が集まってできているようだった。
しかし、輝きは薄れていくようだった。だんだんとただの雪景色に溶け込んでいく。
そして、柱は空気中へ解き放たれた。かすかに残る輝きもやがては消えてしまうのだろうか。
感傷に浸っていた時にようやく気がついた。なぜ私は魔理沙の横に座っているのか。
文句を言おうと口を開いたが、やめた。
こんな風に目を輝かせているヤツに何を言えばいいのかよくわからなくなった。
まあ、いいか。
ほんの少しの満足。
箒が下降を始めた。地面が近くなる。
「酒でも飲まないか?」
ああ、こいつ最初からそのつもりで来たのか……。
「朝からだけど、いいんじゃない?」私は微笑んだ。
「普段から開店休業状態の神社だしなぁ。構わないよな」
思い切り蹴ってやった。
痛がる魔理沙を放って私は先に地面に降りた。
お酒は体を温める。それに、酔えば冬は早く終わるかもしれない。――記憶が飛んで。
とりあえず神社の中へ。開け放たれた障子は、室内の空気をすべて冷たい外気にするには十分だった。
降りてきた魔理沙に八卦炉で部屋を暖めさせる作戦に出る。
その間に先は誰からということもなく机の上に増えていった。
朝か、昼か。大した問題ではない。
そう、夜まで飲めば。
*
用意した酒は切れたし、もうすっかり夜は更けていた。私も霊夢も酒を取ってこようなんて考えていなかった。というよりも、これほど酔っていて果たして倉庫まで歩けるのかどうかよく分からなかった。
霊夢はコタツでもう寝ていた。
八卦炉で部屋の中はすっかり暖まり、空気が薄くなったような感覚だった。それって死にかけでは? まあ、死なない程度に。
暖かい空気、酒のせいで回らない頭。眠るお膳立ては完璧だった。
しかし、布団がない。押入れに一組だけあるのだから出せばいい。そう思って立ち上がったが、面倒になってコタツに戻った。
何を思ったか霊夢の横に。
酔いは少しずつ覚めてきた。
霊夢の寝顔が近い。
なぜこんなことをしているのかという自問。自答ができないどころか体が機能していない。やっぱり酔っている。
顔を霊夢の反対の方に向ける。
でも、遅かった。
霊夢は私という熱源を感知した。
私は霊夢に抱きつかれて、もはや動く余地がなかった。
酔いなどどこかへ飛んでいった。それなのに頭はショートして思考停止。
どうしてドキドキしてるんだろ。ただの霊夢だ。落ち着け私。
そう考えても霊夢の柔らかい肌の感触や温かさが私の理性を吹き飛ばしそうになる。
霊夢の手が私の首の後ろに巻きついてきて、足はなぜか絡められている。なぜだ。
それ以前に、顔が近い。
小さな吐息が私の顔にかかる。
甘い香りと少しの酒の匂い。
ああ、もう……。
とりあえずじっとして、この状態を打破する機会をうかがう。
――霊夢ってこんな顔だっけ?
ゲシュタルトは崩壊しました。
確かに顔立ちはいい。色白だし、目元とかも……。
顔に髪の毛が何本かかっている。艶のある黒髪。
私という魂は、もはや全神経を霊夢の顔に向けていた。
そして、唇。
柔らかそうで、顔の白さ、髪や影の黒さといった白黒のパーツの中で唯一赤い色。まさに、異彩を放っている。
綺麗だ。
口に出せないその言葉は、きっと心から。
心は、どこにあるのか。
手が動く。
顔に近づく。
そして触れる。
唇は思っていたよりも柔らかく、温かかった。
体温。そう、生きているものの証。
私の顔が霊夢の顔に近づいていく。
この衝動に逆らうことはできない。
すごく近い。
お互いの呼吸が重なる。
私の息はだんだん不規則になる。
霊夢は一定の呼吸。
ずるいぞ。寝てるなんて。
私だけが緊張して、私だけが勝手に動く。
そんなのずるい。
でも、お前がこんなに綺麗だからいけないんだぞ。
――綺麗?
私は動きを止めた。
――綺麗とは?
そもそもこの感情とは?
好意?
――それは友人としての? それともその枠を超えて?
……ノーコメント。
時間は過ぎ去った。
数秒か、数時間か。脳内を整理するには十分な時間。
明かりはいつからか消えていた。
八卦炉は動作を停止した。
部屋はすでに冷えきっている。
寒い。
八卦炉が部屋を暖めなくとも、私の横には熱源がある。
「キスはやめとくから。……これくらい許せよ」
そうつぶやいて、私は霊夢に抱きついた。
不可抗力だ。
最初に抱きついてきた霊夢が悪い。いや、この魔力を持ったコタツが悪い。そんなはずはないのだが。
私は霊夢が好きだ。
霊夢は私のことが好きなのだろうか。
――何を考えているんだ私は……。
*
思考は落ちた。
最後に寝たのはだぁれ?
*
朝は寒さじゃなくて蹴りで起きました。霊夢の。
境内に出て(強制イベント)神社の中からなにか叫んでいる霊夢のシルエットを眺めていた。
二日酔いと睡眠不足。痛みまで鈍かった。
「朝起きて最初に見るのがどうしてあんたの寝顔なのよ!」
かろうじて聞き取れたのはそれだけ。
私は地面に寝転がった。
雪が冷たい。
空を見る。
冬空。
晴天。
そして輝き。
私は霊夢に叫び返した。
霊夢には私の声など聞こえておらず、いつものお払い棒を持ってこっちに向かってきた。禍々しいオーラが出てますはい。
「黙って退治されなさい!」
「いや、ちょっと。あっち見てみろって!」
私は必死に呼びかける。
「誰がそんな手に乗るか」
ピチューン。
「いや……あっち……」何度も言ってようやく霊夢は私の言ってる方を見てくれました。残機はゼロです。
「あ……」
霊夢が驚きと感嘆の混ざった声を出した。
きらめくもの。
光の柱。
だんだんと明るくなっていく。何か、構成されていく感じ。
再び現れた幻想的な光景を私も霊夢も静かに眺めていた。
「ねえ、魔理沙」
私が振り返った、その一瞬。
距離はゼロ。
霊夢の柔らかい唇は、的確に私の唇を捉えていた。
「……え?」思考は凍ったまま。
二日酔いは知らない子に。
「昨日、私に何しようとしてたの?」
小悪魔的微笑み。
こいつ、寝てなかったのか……。
私は昨日の夜のことを思い出した恥ずかしさで顔を伏せた。
「どう? 念願がかなった感想は」笑顔のまま見下ろしてくる。
「お前、私の事好きか?」
聞いてしまった。
もうあとには戻れない。
答えが帰ってこない。
隣で霊夢が屈んだ。
霊夢の手が私の頬を包み込む。
数秒間。
体温を感じる。
どちらのものとも取れない唾液は糸を引いて、やがて地面に落ちた。
「これじゃ答えにならない?」
まっすぐに見つめてくる目。
「……ならいいんだ」私は微笑んだ。
*
「で、寝てたくせにどうして私が……あんなこと言ったって知ってたんだ?」
「方法はいろいろあるのよ」
「そもそもあれはお前が抱きついてきたからでだな……」
「コタツの横に入ってきたのは誰よ」
「お前、起きてたんだよな?」
「うん」
「じゃあどうして抱きついてきたりなんかしたんだよ。足まで絡ませやがって」
「……好きだからじゃ、ダメ?」
「寒いな……」
ベッドの上で体を起こして長袖の寝間着の上から腕をさすって温める。どの季節でも、寝間着は生地の厚さがさほど変わらない。所詮、服は服。厚着でもしなければ温まらないものと割り切っている。違うのは布団だろうか。分厚く、軽く、温かい。そんな布団がまだ私の体を半分以上覆っていた。これは二度寝するしかないだろう。そうしろとささやくのだ。この布団が。
布団を首までかぶってウトウトしていると、家の外で何か重いものが落ちた音がした。
さすがに私でもこれは音の正体を確かめないといけない。こんな森の奥深くに入ってくるような奴はどうせ普通のやつじゃないからだ。
かと言って、音の正体に心当りがないかといえばあるのである。だから私は薄く微笑みながら窓を開けた。
フラッシュ。
目に飛び込んできた光に私は目を細めた。
一面の雪だった。
窓から体を乗り出しながら、私は喜びのあまり叫びたくなる衝動を抑えて外の空気を吸った。
昨日の夜から吹雪いていたのだ。ついでに言えば、昨日の夜から積もったらいいなと願望を抱きながら寝た。
冷気が肌を刺してきた。その冷たさにすら心は沸き立っていた。
とりあえず、窓は閉めた。寒いのはやっぱり嫌だ。でも、布団への欲求はそれこそ雪の下にでも埋もって消えた。
いつものモノクロカラーの服。
この前香霖のところからもらった(盗んだ)ブーツを箱のなかから取り出して履く。ボタンでとめるタイプの黒いやつ。
「いつも同じ服ね」などと言われたことがあったが、あの紅白に言われるのは心外だ。アイツこそいつも同じじゃないか。私は毎日ちょっとずつアレンジをしている。リボンの形とか。まあ、アイツもアレンジしてないこともないか。
帽子をとって外に出る――。ん?
押せども引けども扉が開かない。もともと外開きだから引いても開かないが。
ああ、雪か。
これだけ積もっているのだから雪が扉を開かないようにしているのも無理は無い。
さすがに私の背丈ほども積もっていることもないだろうと思い、強引に扉に体当たり決めたが開かなかった。
ミニ八卦炉で扉ごと吹き飛ばそうかと思ったが修理が面倒なので諦めた。
奇妙な密室に閉じ込められた私は窓から白銀で彩られた森の景色をふてくされながら眺めていた。
蒼天極まれりといった模様の空を見た時、私はいいことを思いついた。
ちょっと後ろに下がってから走る。助走をつけて窓の近くで踏み切った私は次の瞬間宙に浮いていた。家の窓がドンドン遠くなるのを眺めつつ、私の体は雪に埋まった。
クックックと変な笑い声が出る。そうだ、最初からこうすればよかったんだ。
服についた服を払いながら立ち上がる。帽子も拾い上げてかぶった。
戸締まりはしていないが、まあいいだろうと思い家の中から魔法で箒を取り出す。
急上昇。青い青い空と白い白い森の絶妙なコントラストを見ながら遊覧飛行する。雪からの反射がある分、普段より世界は明るかった。
白い息が後ろに流れていく。手や顔や、肌の出ている部分は外気が冷やしていた。
神社へとほうきの先を向けた時、果たしは思わず箒を止めた。
「なんだあれ……」
奇妙な現象に目を奪われた私が博麗神社に着いたのはそれから半刻ほど先のことだ。
*
これはひょっとすると人間を自堕落にするために妖怪が作った罠なのかもしれないと巫女服に厚手の服を一枚羽織った私は思った。コタツ。人を引き寄せる魔力を持っているのは確かだろう。もし、妖怪の罠ならそいつを退治すば済む話だし。
外で雪が積もっているのはわかっている。でも、雪かきなんて冬が終わってからしないと意味が無い。また積もっちゃうし……。
「巫女が仕事しないと神社は廃れるぜ」
戸が開き、冷気とともに白い雪より黒い奴が私の眼の前に現れた。コタツは余計な奴まで引き寄せる魔力を持っているらしい。
「あと、コタツで丸くなってると猫になっちまう」わけのわからないことを言いながら魔理沙はニヤニヤ笑っていた。
「あんたは庭を駆け回る犬にでもなったらどう?」私はとりあえずコタツから這い出して魔理沙が開けっ放しにしている障子を閉めに行く。
「外を見てみろよ」
「雪でしょ。知ってる――」そういった瞬間、私は魔理沙に抱きかかえられて空高く舞い上がった。
「ちょっと、何するの?」一応抵抗したが、ふたりとも空を飛べるのだから埒が明かなかった。
「ほら、あっち」
魔理沙が指さした方を私は見た。
神社の鳥居の向こうに――永い永い階段の先にきらめくもの。空にキラキラした大きな柱が立っていた。大きいような小さいような。鳥居の向こうは不思議な遠近感でよくわからなかった。
「こんなものを見ないのは損だろ?」
魔理沙は私を箒に乗せながら言った。
光はよく見れば小さな欠片が集まってできているようだった。
しかし、輝きは薄れていくようだった。だんだんとただの雪景色に溶け込んでいく。
そして、柱は空気中へ解き放たれた。かすかに残る輝きもやがては消えてしまうのだろうか。
感傷に浸っていた時にようやく気がついた。なぜ私は魔理沙の横に座っているのか。
文句を言おうと口を開いたが、やめた。
こんな風に目を輝かせているヤツに何を言えばいいのかよくわからなくなった。
まあ、いいか。
ほんの少しの満足。
箒が下降を始めた。地面が近くなる。
「酒でも飲まないか?」
ああ、こいつ最初からそのつもりで来たのか……。
「朝からだけど、いいんじゃない?」私は微笑んだ。
「普段から開店休業状態の神社だしなぁ。構わないよな」
思い切り蹴ってやった。
痛がる魔理沙を放って私は先に地面に降りた。
お酒は体を温める。それに、酔えば冬は早く終わるかもしれない。――記憶が飛んで。
とりあえず神社の中へ。開け放たれた障子は、室内の空気をすべて冷たい外気にするには十分だった。
降りてきた魔理沙に八卦炉で部屋を暖めさせる作戦に出る。
その間に先は誰からということもなく机の上に増えていった。
朝か、昼か。大した問題ではない。
そう、夜まで飲めば。
*
用意した酒は切れたし、もうすっかり夜は更けていた。私も霊夢も酒を取ってこようなんて考えていなかった。というよりも、これほど酔っていて果たして倉庫まで歩けるのかどうかよく分からなかった。
霊夢はコタツでもう寝ていた。
八卦炉で部屋の中はすっかり暖まり、空気が薄くなったような感覚だった。それって死にかけでは? まあ、死なない程度に。
暖かい空気、酒のせいで回らない頭。眠るお膳立ては完璧だった。
しかし、布団がない。押入れに一組だけあるのだから出せばいい。そう思って立ち上がったが、面倒になってコタツに戻った。
何を思ったか霊夢の横に。
酔いは少しずつ覚めてきた。
霊夢の寝顔が近い。
なぜこんなことをしているのかという自問。自答ができないどころか体が機能していない。やっぱり酔っている。
顔を霊夢の反対の方に向ける。
でも、遅かった。
霊夢は私という熱源を感知した。
私は霊夢に抱きつかれて、もはや動く余地がなかった。
酔いなどどこかへ飛んでいった。それなのに頭はショートして思考停止。
どうしてドキドキしてるんだろ。ただの霊夢だ。落ち着け私。
そう考えても霊夢の柔らかい肌の感触や温かさが私の理性を吹き飛ばしそうになる。
霊夢の手が私の首の後ろに巻きついてきて、足はなぜか絡められている。なぜだ。
それ以前に、顔が近い。
小さな吐息が私の顔にかかる。
甘い香りと少しの酒の匂い。
ああ、もう……。
とりあえずじっとして、この状態を打破する機会をうかがう。
――霊夢ってこんな顔だっけ?
ゲシュタルトは崩壊しました。
確かに顔立ちはいい。色白だし、目元とかも……。
顔に髪の毛が何本かかっている。艶のある黒髪。
私という魂は、もはや全神経を霊夢の顔に向けていた。
そして、唇。
柔らかそうで、顔の白さ、髪や影の黒さといった白黒のパーツの中で唯一赤い色。まさに、異彩を放っている。
綺麗だ。
口に出せないその言葉は、きっと心から。
心は、どこにあるのか。
手が動く。
顔に近づく。
そして触れる。
唇は思っていたよりも柔らかく、温かかった。
体温。そう、生きているものの証。
私の顔が霊夢の顔に近づいていく。
この衝動に逆らうことはできない。
すごく近い。
お互いの呼吸が重なる。
私の息はだんだん不規則になる。
霊夢は一定の呼吸。
ずるいぞ。寝てるなんて。
私だけが緊張して、私だけが勝手に動く。
そんなのずるい。
でも、お前がこんなに綺麗だからいけないんだぞ。
――綺麗?
私は動きを止めた。
――綺麗とは?
そもそもこの感情とは?
好意?
――それは友人としての? それともその枠を超えて?
……ノーコメント。
時間は過ぎ去った。
数秒か、数時間か。脳内を整理するには十分な時間。
明かりはいつからか消えていた。
八卦炉は動作を停止した。
部屋はすでに冷えきっている。
寒い。
八卦炉が部屋を暖めなくとも、私の横には熱源がある。
「キスはやめとくから。……これくらい許せよ」
そうつぶやいて、私は霊夢に抱きついた。
不可抗力だ。
最初に抱きついてきた霊夢が悪い。いや、この魔力を持ったコタツが悪い。そんなはずはないのだが。
私は霊夢が好きだ。
霊夢は私のことが好きなのだろうか。
――何を考えているんだ私は……。
*
思考は落ちた。
最後に寝たのはだぁれ?
*
朝は寒さじゃなくて蹴りで起きました。霊夢の。
境内に出て(強制イベント)神社の中からなにか叫んでいる霊夢のシルエットを眺めていた。
二日酔いと睡眠不足。痛みまで鈍かった。
「朝起きて最初に見るのがどうしてあんたの寝顔なのよ!」
かろうじて聞き取れたのはそれだけ。
私は地面に寝転がった。
雪が冷たい。
空を見る。
冬空。
晴天。
そして輝き。
私は霊夢に叫び返した。
霊夢には私の声など聞こえておらず、いつものお払い棒を持ってこっちに向かってきた。禍々しいオーラが出てますはい。
「黙って退治されなさい!」
「いや、ちょっと。あっち見てみろって!」
私は必死に呼びかける。
「誰がそんな手に乗るか」
ピチューン。
「いや……あっち……」何度も言ってようやく霊夢は私の言ってる方を見てくれました。残機はゼロです。
「あ……」
霊夢が驚きと感嘆の混ざった声を出した。
きらめくもの。
光の柱。
だんだんと明るくなっていく。何か、構成されていく感じ。
再び現れた幻想的な光景を私も霊夢も静かに眺めていた。
「ねえ、魔理沙」
私が振り返った、その一瞬。
距離はゼロ。
霊夢の柔らかい唇は、的確に私の唇を捉えていた。
「……え?」思考は凍ったまま。
二日酔いは知らない子に。
「昨日、私に何しようとしてたの?」
小悪魔的微笑み。
こいつ、寝てなかったのか……。
私は昨日の夜のことを思い出した恥ずかしさで顔を伏せた。
「どう? 念願がかなった感想は」笑顔のまま見下ろしてくる。
「お前、私の事好きか?」
聞いてしまった。
もうあとには戻れない。
答えが帰ってこない。
隣で霊夢が屈んだ。
霊夢の手が私の頬を包み込む。
数秒間。
体温を感じる。
どちらのものとも取れない唾液は糸を引いて、やがて地面に落ちた。
「これじゃ答えにならない?」
まっすぐに見つめてくる目。
「……ならいいんだ」私は微笑んだ。
*
「で、寝てたくせにどうして私が……あんなこと言ったって知ってたんだ?」
「方法はいろいろあるのよ」
「そもそもあれはお前が抱きついてきたからでだな……」
「コタツの横に入ってきたのは誰よ」
「お前、起きてたんだよな?」
「うん」
「じゃあどうして抱きついてきたりなんかしたんだよ。足まで絡ませやがって」
「……好きだからじゃ、ダメ?」
機会があればまた雨朔さんのレイマリを読みたいです。
ある意味ではyes、ある意味ではnoです。権利侵害とかそういうものではないです。
ここじゃあまり多くを語れません。
意思を継ぐものであるとだけは言っておきましょう。その作品群と同系列にあるが別物である。これは、僕の作品です。
返信ありがとうございます。了解しました。名前が違っていたので疑ってしまいました、すみませんです…。これからも作品期待しています!