アリスはタコ料理に凝っていた。
毎日タコを捕えてはタコ焼きにしたりタコわさにしたり、とにかく毎日三食タコを食べていた。
アリスによってタコが乱獲された結果、ある海域ではタコの姿を見ることが出来なくなってしまうほどであった。
これに怒ったのはタコの神様である。
タコの怒り、思い知らせるべし。
しかしながら魔界出身のアリスを殺してしまうと魔界からどんな報復があるかわかったものではない。
そこでタコの神様はアリスに呪いをかけることにした。
そしてある朝、アリスの下半身はタコの足になっていた。
自分の下半身がタコになっていることにアリスは驚いた。
しかしながら驚いたままではいられないのでアリスはタコツボを探すことにした。
タコになったならばタコツボに入らなければならないからだ。
探せども探せども自分に合うタコツボはなかなか見つからない。
普通のタコ用のタコツボはあっても人の大きさに合わせたタコツボはないのだ。
それに加えて、タコツボは探さなければならないけれど、それだけをしていては生計が成り立たない。
タコ足のままでは人形劇も見栄えが悪そうだ。
そこでアリスはタコ漁で培った能力を活かして魚料理屋を開くことにした。
料理には自信があるし、魚料理屋なら店員がタコ足でも違和感がない。
魚を捕まえるのもタコ足効果で漁の効率は倍増だ。
実際、アリスの魚料理屋は好評で天狗の新聞にも掲載された。
常連の客も出来て生計の心配はなくなった。
これであとはタコツボを見つけるだけだ。
けれども自分に合うタコツボだけはなかなか見つからない。
タコツボを探すよりも、自分で作ってしまった方が早いのではないだろうかとも思う。
しかしながらタコツボ作成に時間を掛けすぎて料理屋をおろそかにしたくはない。
アリスはジレンマに陥っていたのだ。
そんなある日、アリスの目の前を一匹の妖怪が通り過ぎた。
桶に入った釣瓶落としの妖怪、キスメである。
キスメの入った桶を見てみると、自分が入るのにちょうどよさそうな大きさをしている。
アリスはキスメに近づいて行った。
「アリスさん、こんにちは。」
アリスに気づいたキスメが挨拶をする。
「ええ、こんにちは。ちょっと失礼するわね。」
そう言ってアリスは桶に手をかけた。
そしてキスメが「なんだろう?」と思った時にはすでに体を桶の中ににゅるにゅると入り込ませていた。
「ぎゃ~。何してるんですか~。」
キスメは叫んだ。自分の大切な桶の中に土足で侵入されたのだ、キスメは精一杯の力でアリスを押し出そうとした。
しかしながらアリスの下半身は骨のないタコなので、押してもぐんにゃりと足が変形するだけで全く効果がなかった。
「なかなかいい桶ね。気に入ったわ。」
「気に入ったじゃないです。狭くてきついし早く出て行ってください。」
「安心して。タコには骨がないから狭く感じても意外となんとかなるのよ。」
「なんともなってない~。」
叫ぶキスメに対してアリスは温泉に浸かっているかのように安らいだ顔をしていたという。
そしてアリスはそのままキスメを連れて桶の中で暮らすようになった。
キスメを連れていることで人手が増えたため、漁の効率はさらに上昇した。
釣瓶落としという、ものを吊るすことに長けた妖怪というだけあって、筋がいい。
鬼火で魚も焼けるし料理屋の運営も余裕ができた。
アリスの生活は順風満帆であった。
しかし数か月後、
「いいかげんにしてください。私の桶から出て行ってください。」
アリスはキスメから怒りの声をぶつけられていた。
キスメはずっと、アリスに桶を占拠されていることに我慢していたのである。
桶に侵入された上にいつのまにか料理屋の手伝いまでしていたことに対して、アリスに一言いってやろう。いつか言ってやろう。
と思いながらいつのまにか数か月が経っていたが、ついに、キスメは精一杯の勇気をもってアリスに抗議の声を上げたのだった。
キスメはこれからアリスを追い出すどころか、アリスに自分が追い出されてしまうのではないかと考え震えていた。
体を小刻みに震わせながら、じっと目を閉じてアリスの行動を待った。
「そう、迷惑をかけてしまったわね。ごめんなさい。」
意外にもアリスは文句を言うこともなく桶から出た。
「短い間だったけれど、あなたと一緒にいた時間は楽しかったわ。ありがとう。」
そう言って、俯きながらとぼとぼとどこかへ去っていった。
アリスが桶から出ていき、釣りやお店の手伝いをさせられる事もなくなった。
キスメは久方ぶりの自由を手に入れたのである。
けれども、広々とした桶の中はなんだか無性に寂しく感じられたのであった。
一方、桶を失ったアリスはしょんぼりとしていた。
キスメと別れてから数日が経っていたが、お店を開く気にもならず里の周辺をぶらぶらと歩いていた。
とくに何をすることもなくそこいらを歩く日々が続いていたが、ある日海辺を歩いていると、数日前には見かけなかったタコツボが落ちていることに気が付いた。
それも普通のタコツボではなく、自分が入っても余裕がありそうなほどに大きなタコツボだ。
普段のアリスなら警戒して、危険がない事を確かめてからタコツボに入っていたことであろう。
しかしながらこの時のアリスは正常な判断能力を失っていた。
特に警戒することもなくタコツボに入ってしまったのだ。
そしてアリスがタコツボにすっぽりと入った瞬間、タコツボに何重にも網が被せられた。
驚いたアリスはあわててタコツボから出ようとしたが、なんだか力がはいらない。
このタコツボには内側にお札が貼ってあり、妖怪の力を妨げるようになっていたのだ。
この時点でアリスは自分が罠にかかってしまったのだということに気づくがもう遅い。
アリスは抵抗することも出来ずに捕まってしまったのである。
アリスを捕まえたのは漁業界隈でも評判が悪い事で知られている闇競り市漁業組合の人々であった。
彼らは暴力に訴える乱暴な手段で良い漁場を独占し、質の良い魚を捕えて相場よりも割高になるような競りを開いてお金を稼いでいた。
組合の暴力的な行動に腹を立てるものは多かったが、歯ぎしりをしながらも競りに参加せざるを得ない料亭もあった。
しかしながらいつからか、彼らが漁場を独占することはできなくなっていった。
アリスという力を持った妖怪が漁に出るようになったためだ。
妖怪は人間が漁場を独占するための策略など気にしない。
アリスは堂々と占領されていた漁場で漁を行った。
なんとかアリスを出ていかせようともしたけれど、人間では妖怪にかなわない。
そして、アリスが漁に出るのに合わせて他の漁師たちも漁場に寄るようになってしまった。
独占体制を破壊された組合の売り上げは大幅に減少した。
あの妖怪さえいなければ独占を続けていくことが出来たのに。
組合はアリスに復讐する機会を絶えず窺っていたのである。
そして、アリスがタコになったことを知った彼らは、タコツボの罠を仕掛けてアリスを捕えることに成功したのだ。
アリスを捕えた彼らは早速、海に出て他の漁師達を海から追い出した。
組合の天下が戻ってきたのである。
久しぶりに競りが開ける。彼らは大喜びで競りの準備をした。
一週間、寝る間も惜しんで漁に出かけた。埃をかぶった競りの会場は大掃除したし、チラシだって作った。
せっかく捕まえたのだから、アリスもついでに競りに出して売り払ってしまい、買主にそのままアリスを処分してもらおう。
彼らの表情は希望に満ちていた。
そして一週間後、競りの会場にはかなりの人が集まっていた。
漁師の世界は弱肉強食。漁場が組合の手に戻ってしまったのならば、質の良い魚を手に入れるためには組合の開く競りに参加せざるを得ないのだ。
競りは順調に進んでいた。鯛もマグロもどんどん売れる。
売値は相場から割高などころか割安なほどである。
しかしながら、久しぶりに競りを開くことが叶った彼らにとって自分達が釣った魚が売れていく光景は感動するものであり、涙を流すものまでいたのである。
一方で、アリスは悲しみで涙を流していた。
競りが進むということは自分が競りに掛けられる時が近づくということだ。
なんとかしてタコツボから脱出したいけれど、お札に動きを封じられて身動きをとることも出来ない状態だ。
アリスに出来ることはなにもない。
アリスに出来ることといえば、白いタコツボに乗った王子様が助けに来てくれることを祈りながらしくしくと泣くことだけであった。
そして、とうとうアリスが競りに掛けられる時がきた。
組合員がタコツボに手を掛けてアリスの競りを始めようとした、その時である。
「まてぇーい。」
会場の扉が勢いよく開かれて、大きな声とともに一匹の妖怪が会場に乱入してきた。現れた妖怪はキスメである。
アリスと別れたキスメはその後、気まずさから直接アリスに会うことはなかった。
しかしながら、悲しそうに去って行ったアリスのことが気になっていたので時折、遠目からアリスの事を見ていたのである。
そしてこの数日間アリスの姿が里から消えていることに気づき、アリスのことを探していたのである。
そして、アリスがよく行動していた海辺周辺で聞き込みをしていたところ、今日、闇競り市漁業組合が開く競りが行われることと、競りの商品としてアリスが出品されることを知ったのだ。
「アリスを返せ。」
キスメが空中で回転しながらそこいらじゅうに鬼火を放つ。
木製の壁に火が付き、燃え広がり始める。
会場にいる人たちは大慌てだ。
鮮度が命の魚たちがこのままでは熱さで傷んでしまう。
1秒でも早く魚を運びだし冷蔵しなくてはならない。
組合員も突然の事態に大混乱である。
騒然とした中、キスメはアリスの傍まで猛スピードで飛んだ。
そしてアリスの入ったタコツボを抱えて会場を脱出したのであった。
キスメはアリスを家まで運び、金槌でタコツボを叩き割った。
「アリス、大丈夫?」
「うん。大丈夫。」
タコツボから出てきたアリスはすっきりとした顔で大きく伸びをした。
「ありがとうキスメ。あなたが来てくれなかったら私は今頃、サシミかタタキにでもされてしまっているところだったわ。」
「お礼なんていいよ。私が助けたかっただけなんだし、たいしたことなんかじゃないよ。」
キスメは照れて顔を伏せた。
アリスはそんなキスメの傍に寄り、キスメの右手を取り両手で握った。
「そんなことないわ。まるで王子様のようにかっこよかったもの。」
やさしく微笑むアリスの顔を見てキスメの顔はさらに赤くなった。
「あ、あの、アリスのタコツボ、壊れちゃったね。」
「そうね、私もバカな事をしてしまったわね。今度はちゃんとしたタコツボを探すことにするわ。」
今度はアリスが顔を伏せた。
少しの間があり、キスメはアリスの手を両手で握り返した。そしてアリスに怒った時以上の勇気を出して言った。
「それでね、アリスさえよければ、わ、私の桶に、一緒に私の桶に入ってください。」
桶の中に一緒に入る。それは釣瓶落としのプロポーズであった。
アリスははっとした表情で顔を上げてキスメを見た。キスメはアリスの視線をしっかりと受け止めた。
少しずつ、アリスの驚いた顔は柔らかくなっていき、
「はい、よろこんで。」
アリスはキスメのプロポーズを満面の笑みでを受け入れた。
そして再び二人は一つの桶の中に入り暮らすようになったのだ。
料理屋も再開し、二人で人形劇も行うようになった。
そしていつまでも仲睦まじく仲良くすごしたのだという。
毎日タコを捕えてはタコ焼きにしたりタコわさにしたり、とにかく毎日三食タコを食べていた。
アリスによってタコが乱獲された結果、ある海域ではタコの姿を見ることが出来なくなってしまうほどであった。
これに怒ったのはタコの神様である。
タコの怒り、思い知らせるべし。
しかしながら魔界出身のアリスを殺してしまうと魔界からどんな報復があるかわかったものではない。
そこでタコの神様はアリスに呪いをかけることにした。
そしてある朝、アリスの下半身はタコの足になっていた。
自分の下半身がタコになっていることにアリスは驚いた。
しかしながら驚いたままではいられないのでアリスはタコツボを探すことにした。
タコになったならばタコツボに入らなければならないからだ。
探せども探せども自分に合うタコツボはなかなか見つからない。
普通のタコ用のタコツボはあっても人の大きさに合わせたタコツボはないのだ。
それに加えて、タコツボは探さなければならないけれど、それだけをしていては生計が成り立たない。
タコ足のままでは人形劇も見栄えが悪そうだ。
そこでアリスはタコ漁で培った能力を活かして魚料理屋を開くことにした。
料理には自信があるし、魚料理屋なら店員がタコ足でも違和感がない。
魚を捕まえるのもタコ足効果で漁の効率は倍増だ。
実際、アリスの魚料理屋は好評で天狗の新聞にも掲載された。
常連の客も出来て生計の心配はなくなった。
これであとはタコツボを見つけるだけだ。
けれども自分に合うタコツボだけはなかなか見つからない。
タコツボを探すよりも、自分で作ってしまった方が早いのではないだろうかとも思う。
しかしながらタコツボ作成に時間を掛けすぎて料理屋をおろそかにしたくはない。
アリスはジレンマに陥っていたのだ。
そんなある日、アリスの目の前を一匹の妖怪が通り過ぎた。
桶に入った釣瓶落としの妖怪、キスメである。
キスメの入った桶を見てみると、自分が入るのにちょうどよさそうな大きさをしている。
アリスはキスメに近づいて行った。
「アリスさん、こんにちは。」
アリスに気づいたキスメが挨拶をする。
「ええ、こんにちは。ちょっと失礼するわね。」
そう言ってアリスは桶に手をかけた。
そしてキスメが「なんだろう?」と思った時にはすでに体を桶の中ににゅるにゅると入り込ませていた。
「ぎゃ~。何してるんですか~。」
キスメは叫んだ。自分の大切な桶の中に土足で侵入されたのだ、キスメは精一杯の力でアリスを押し出そうとした。
しかしながらアリスの下半身は骨のないタコなので、押してもぐんにゃりと足が変形するだけで全く効果がなかった。
「なかなかいい桶ね。気に入ったわ。」
「気に入ったじゃないです。狭くてきついし早く出て行ってください。」
「安心して。タコには骨がないから狭く感じても意外となんとかなるのよ。」
「なんともなってない~。」
叫ぶキスメに対してアリスは温泉に浸かっているかのように安らいだ顔をしていたという。
そしてアリスはそのままキスメを連れて桶の中で暮らすようになった。
キスメを連れていることで人手が増えたため、漁の効率はさらに上昇した。
釣瓶落としという、ものを吊るすことに長けた妖怪というだけあって、筋がいい。
鬼火で魚も焼けるし料理屋の運営も余裕ができた。
アリスの生活は順風満帆であった。
しかし数か月後、
「いいかげんにしてください。私の桶から出て行ってください。」
アリスはキスメから怒りの声をぶつけられていた。
キスメはずっと、アリスに桶を占拠されていることに我慢していたのである。
桶に侵入された上にいつのまにか料理屋の手伝いまでしていたことに対して、アリスに一言いってやろう。いつか言ってやろう。
と思いながらいつのまにか数か月が経っていたが、ついに、キスメは精一杯の勇気をもってアリスに抗議の声を上げたのだった。
キスメはこれからアリスを追い出すどころか、アリスに自分が追い出されてしまうのではないかと考え震えていた。
体を小刻みに震わせながら、じっと目を閉じてアリスの行動を待った。
「そう、迷惑をかけてしまったわね。ごめんなさい。」
意外にもアリスは文句を言うこともなく桶から出た。
「短い間だったけれど、あなたと一緒にいた時間は楽しかったわ。ありがとう。」
そう言って、俯きながらとぼとぼとどこかへ去っていった。
アリスが桶から出ていき、釣りやお店の手伝いをさせられる事もなくなった。
キスメは久方ぶりの自由を手に入れたのである。
けれども、広々とした桶の中はなんだか無性に寂しく感じられたのであった。
一方、桶を失ったアリスはしょんぼりとしていた。
キスメと別れてから数日が経っていたが、お店を開く気にもならず里の周辺をぶらぶらと歩いていた。
とくに何をすることもなくそこいらを歩く日々が続いていたが、ある日海辺を歩いていると、数日前には見かけなかったタコツボが落ちていることに気が付いた。
それも普通のタコツボではなく、自分が入っても余裕がありそうなほどに大きなタコツボだ。
普段のアリスなら警戒して、危険がない事を確かめてからタコツボに入っていたことであろう。
しかしながらこの時のアリスは正常な判断能力を失っていた。
特に警戒することもなくタコツボに入ってしまったのだ。
そしてアリスがタコツボにすっぽりと入った瞬間、タコツボに何重にも網が被せられた。
驚いたアリスはあわててタコツボから出ようとしたが、なんだか力がはいらない。
このタコツボには内側にお札が貼ってあり、妖怪の力を妨げるようになっていたのだ。
この時点でアリスは自分が罠にかかってしまったのだということに気づくがもう遅い。
アリスは抵抗することも出来ずに捕まってしまったのである。
アリスを捕まえたのは漁業界隈でも評判が悪い事で知られている闇競り市漁業組合の人々であった。
彼らは暴力に訴える乱暴な手段で良い漁場を独占し、質の良い魚を捕えて相場よりも割高になるような競りを開いてお金を稼いでいた。
組合の暴力的な行動に腹を立てるものは多かったが、歯ぎしりをしながらも競りに参加せざるを得ない料亭もあった。
しかしながらいつからか、彼らが漁場を独占することはできなくなっていった。
アリスという力を持った妖怪が漁に出るようになったためだ。
妖怪は人間が漁場を独占するための策略など気にしない。
アリスは堂々と占領されていた漁場で漁を行った。
なんとかアリスを出ていかせようともしたけれど、人間では妖怪にかなわない。
そして、アリスが漁に出るのに合わせて他の漁師たちも漁場に寄るようになってしまった。
独占体制を破壊された組合の売り上げは大幅に減少した。
あの妖怪さえいなければ独占を続けていくことが出来たのに。
組合はアリスに復讐する機会を絶えず窺っていたのである。
そして、アリスがタコになったことを知った彼らは、タコツボの罠を仕掛けてアリスを捕えることに成功したのだ。
アリスを捕えた彼らは早速、海に出て他の漁師達を海から追い出した。
組合の天下が戻ってきたのである。
久しぶりに競りが開ける。彼らは大喜びで競りの準備をした。
一週間、寝る間も惜しんで漁に出かけた。埃をかぶった競りの会場は大掃除したし、チラシだって作った。
せっかく捕まえたのだから、アリスもついでに競りに出して売り払ってしまい、買主にそのままアリスを処分してもらおう。
彼らの表情は希望に満ちていた。
そして一週間後、競りの会場にはかなりの人が集まっていた。
漁師の世界は弱肉強食。漁場が組合の手に戻ってしまったのならば、質の良い魚を手に入れるためには組合の開く競りに参加せざるを得ないのだ。
競りは順調に進んでいた。鯛もマグロもどんどん売れる。
売値は相場から割高などころか割安なほどである。
しかしながら、久しぶりに競りを開くことが叶った彼らにとって自分達が釣った魚が売れていく光景は感動するものであり、涙を流すものまでいたのである。
一方で、アリスは悲しみで涙を流していた。
競りが進むということは自分が競りに掛けられる時が近づくということだ。
なんとかしてタコツボから脱出したいけれど、お札に動きを封じられて身動きをとることも出来ない状態だ。
アリスに出来ることはなにもない。
アリスに出来ることといえば、白いタコツボに乗った王子様が助けに来てくれることを祈りながらしくしくと泣くことだけであった。
そして、とうとうアリスが競りに掛けられる時がきた。
組合員がタコツボに手を掛けてアリスの競りを始めようとした、その時である。
「まてぇーい。」
会場の扉が勢いよく開かれて、大きな声とともに一匹の妖怪が会場に乱入してきた。現れた妖怪はキスメである。
アリスと別れたキスメはその後、気まずさから直接アリスに会うことはなかった。
しかしながら、悲しそうに去って行ったアリスのことが気になっていたので時折、遠目からアリスの事を見ていたのである。
そしてこの数日間アリスの姿が里から消えていることに気づき、アリスのことを探していたのである。
そして、アリスがよく行動していた海辺周辺で聞き込みをしていたところ、今日、闇競り市漁業組合が開く競りが行われることと、競りの商品としてアリスが出品されることを知ったのだ。
「アリスを返せ。」
キスメが空中で回転しながらそこいらじゅうに鬼火を放つ。
木製の壁に火が付き、燃え広がり始める。
会場にいる人たちは大慌てだ。
鮮度が命の魚たちがこのままでは熱さで傷んでしまう。
1秒でも早く魚を運びだし冷蔵しなくてはならない。
組合員も突然の事態に大混乱である。
騒然とした中、キスメはアリスの傍まで猛スピードで飛んだ。
そしてアリスの入ったタコツボを抱えて会場を脱出したのであった。
キスメはアリスを家まで運び、金槌でタコツボを叩き割った。
「アリス、大丈夫?」
「うん。大丈夫。」
タコツボから出てきたアリスはすっきりとした顔で大きく伸びをした。
「ありがとうキスメ。あなたが来てくれなかったら私は今頃、サシミかタタキにでもされてしまっているところだったわ。」
「お礼なんていいよ。私が助けたかっただけなんだし、たいしたことなんかじゃないよ。」
キスメは照れて顔を伏せた。
アリスはそんなキスメの傍に寄り、キスメの右手を取り両手で握った。
「そんなことないわ。まるで王子様のようにかっこよかったもの。」
やさしく微笑むアリスの顔を見てキスメの顔はさらに赤くなった。
「あ、あの、アリスのタコツボ、壊れちゃったね。」
「そうね、私もバカな事をしてしまったわね。今度はちゃんとしたタコツボを探すことにするわ。」
今度はアリスが顔を伏せた。
少しの間があり、キスメはアリスの手を両手で握り返した。そしてアリスに怒った時以上の勇気を出して言った。
「それでね、アリスさえよければ、わ、私の桶に、一緒に私の桶に入ってください。」
桶の中に一緒に入る。それは釣瓶落としのプロポーズであった。
アリスははっとした表情で顔を上げてキスメを見た。キスメはアリスの視線をしっかりと受け止めた。
少しずつ、アリスの驚いた顔は柔らかくなっていき、
「はい、よろこんで。」
アリスはキスメのプロポーズを満面の笑みでを受け入れた。
そして再び二人は一つの桶の中に入り暮らすようになったのだ。
料理屋も再開し、二人で人形劇も行うようになった。
そしていつまでも仲睦まじく仲良くすごしたのだという。
突拍子もない設定と世界観からの話なのに、しっかりとした起承転結で終わらせる。
そこがなんともわざとらしくて面白い