まさか妹に恋をするなんて、思わなかった。
確かにフランが私の眷属になったときから、なんて可愛らしいのだろうと愛しんできた。それは家族の情愛だと思っていた。けれど、フランが歳を重ねるごとに、細くて柔らかな髪のなびく姿や、少し朱に染まったふにふにの頬、私と同じ、深紅の眼、それらすべてが私の鼓動を早くさせた。私はペドフィリアなのか、近親相姦に片足突っ込んでいるのではないか、とか、悩みは尽きず、とうとう夜も眠れなくなった。朝から晩まで0時から0時までフランドール・スカーレットのことを考えている。自分でもおかしい、なんてことは分かっていた。けれど、日に日に成長し、よちよち歩きができるようになったフランをみて、ほほえましく姉として嬉しい反面、劣情がむくむくと首を擡げていた。
泣きたい、泣きたいと思った。こんなに好きなのに。相手はまだ赤ん坊なのだ。そもそも妹なのだから、近親相姦に当たるのだ。
「そんなの気にしなければいいじゃない」
そうパチェは言う。
「犯罪なんて、とうに幻想入りよ」
いや、それはないだろう友よ、と思ったりもしたが、一応泣いておいた。
毎日ゆりかごを覗く。すやすやと安らかな寝息を立てて、少し唾液が口の端についていたりして、たまに寝返りを打ったりして、もうそのすべてが愛おしかった。早く大きくなってお姉さまと呼んで欲しい、抱きついてきてほしい、ほっぺにチューくらいならしてくれるかしら、そんな妄想を24時間中しているのである。まるでもって変態の所業である。
吸血鬼は思いのほか他の悪魔より成長が早い。2ヶ月もすれば人間でいう4歳くらいにはなるのではないかと思われる。フランも例外ではなかった。言葉も話すようになるし、一人で飛べるようにもなった。
「おねーさまー」
あどけない声で私を呼ぶ愛妹。
「なあに、フラン」
ついついそれに答える声も猫を撫でるようになってしまう。
「ふらんのくまさんこわれちゃった」
しゅん、とうな垂れているフランの先には、四肢がないテディベアが落ちていた。綿も散り散りになっていて、何事だ、と一瞬思考が追いつかなかった。
「きゅって、するとね、いろんなものが、こわれちゃうの」
そういえば能力の発現も2,3ヶ月くらいだったな、とパチェに教えてもらったことを思い出していた。
「大丈夫だよ、フラン。お姉さまに全部まかせていいんだよ」
そのとき、命をかけて、この子を守ろうと思った。他の何にかえても、この子だけは、と。
フランはそれからも度々物を壊すことがあった。力の制御が難しいのかもしれない。だって、フランはまだ子どもも子どもなんだから。
「ごめんなさい……」
そのたびにフランは謝る。泣き出しそうな顔をして謝る。たまに泣きながら謝る。私は自分でも最低だとは思うけれど、ちょっとそそられた。フランを守りたい、という気持ちと、フランといかがわしいことをしたい、というまったく逆方向の気持ちを抱えているままこの子のそばにいるのは、とても辛かった。最近は口を開けば、死にたいか泣きたいしか言っていなかった。もちろん、フランの前ではそんなことは言わない。優しくて美しいお姉さまを演じた。
けれど、少し、疲れてしまったのだ。
ふらり、と紅魔館を出てみた。満月がきれいな夜だった。雲ひとつなく、月光浴には最適ね、なんて思いながら青白い空にぐんと上っていった。なんて気持ちがいいのだろう。館でフランのことだけを考えているのがいつのまにか苦痛になっていたのかもしれない。でも。
「フランが世界で一番すきなんだ……」
涙がぽろぽろ溢れてくる。好きなのに、絶対実らない恋なんて、したくなかった。すきだよ、すきだよフラン。
館に戻るとフランが門の前で待っていた。
「おねーさま、おかえりなさい!」
にっこり笑顔。ちらりと覗く八重歯。私のいとしい妹。
「ただいま、フラン」
言いたいこと、したいこと、全て飲み込んで、そう答えた。だって、私はフランを守るためにいるんだ。フランは私の、全てなのだ。だから泣きたくなっても、泣かない。フランは私の妹で、私はフランの愛すべきお姉さま。それだけなんだ。
ある日美鈴が、結婚式でも挙げますか? なんて気の抜けたことを口にした。私が嗜めようとすると、一生懸命クッキーを頬張っていたフランが「やりたーい!」と声をあげた。
「誰と誰の」
私の嫌な予感は大体当たるのだ。
「え? もちろんお嬢様と妹様の結婚式ですけど。あ、披露宴でもいいですよ」
こいつ1回しばいたろか、なんて思ったけれど、私もまんざらでもない。一回くらい、幸せな夢を見てもいいよね、なんて思ったりしてね。
フランは金色のお星様のような指輪をパチェに教えてもらいながら作っていた。もしかしたら、結婚指輪なのかもしれない。私も何か用意したほうがよいのだろうか、と思い、化粧棚の引き出しをあさってみた。ちょうどきれいなオパールがあったのでこれでも加工するかなーと美鈴の元へ向かった(作り方がわからないから)。
美鈴は手際よく宝石をリングに固定してくれた。
「上手いもんねぇ」
美鈴は、そういう仕事をしてたときもありましたからね、と鼻の頭にかいた汗を人差し指で拭いながら答えた。
「刻字できますけれど、どうします?」
こんなことは初めてだから、どうしていいのか分からなかった。愛の言葉を刻めばよいのだろうか、名前でも彫ればいいのだろうか。
「Just for you. なんて、どうですか?」
「私英語分からないんだけど」
主人に対するあてつけかこの駄犬は。
「すべてはあなたのためだけに、という意味ですよ」
慣れた手つきで指輪に鑢をかけながら美鈴は言う。
すべて。その言葉は私にぴったりな気がした。フランは私の全てなのだ。
「なんで英語なの?」
「イギリス紳士っぽいじゃないですか」
フランには、白いドレスを着て欲しい。天使のように、無垢なあの子には、きっと白が似合う。紅の悪魔が妹に首ったけ、そんな記事を書かれてもおかしくはない溺愛っぷりだった。
「現世一般では処女厨というのよレミィ」
いつからか背後に佇んでいた紫色の魔女が呟いた。現世って、おまえはスキマ妖怪か、という心のツッコミも虚しく、というか何故心の声が聞こえているんだとめまぐるしく考えていると、パチェが一冊の本を差し出してきたので題名に視線を移した。私はもう嘆息することもなくその本を受け取り、力なく自室に向かった。
『ペドフィリア』
本の題名からしてストレートすぎた。ぱらぺらりと悪戯にめくってみるものの、気分は落ちこむばかりで、どうしたものかと思っていると、こんこん、と部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
美鈴が出来上がったリングを持ってきたのかしら。
けれど、きぃと音をたてて開いた扉から現れたのは予想していたよりかなり小さな背丈の子どもで、最愛の妹フランドールだった。
「あら、どうしたの?」
涼しい顔をしているが内心バックバクである。砂糖菓子をまぶしたような白くてちいちゃな指で重いドアを持たせているのが可哀相になってくる。
「パチェが、新婚さんは同じ部屋で寝るんだって言うから」
あの魔女いつか屠る。
「寒くない?」
フランが私の隣で眠ろうとしている。布越しに二の腕が触れ合って、羞恥心が湧いた。
「うん」
まるで向日葵が咲くようににっこり笑うフランドール。やばいまずい、可愛い。泣けてくる。ほんとうに泣きたいのだ。フランに笑っていて欲しい、健やかに育って欲しい、一緒に紅茶を飲みたい。
でも、もう半分の私は、フランに触れたい、舐めたい、泣かせたいその他もろもろやましいことを考えている。
今こうして一緒にいるだけでも、私の心は真っ二つに引き裂かれそうなのだ。人はこれを葛藤というのかもしれない。
「おやすみ、フラン」
少し涙声で呟いた就寝の挨拶は、しんとした夜にやけに響いていた。
私の作った(主に美鈴が作った)指輪が粉々に割れていたのは翌朝のことだった。私はフランの泣き声で目を覚ましたのだ。
「きれいだなって、おもって、さわろうとしたら」
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながらフランは状況を説明しようとしてくれる。
「いいよ、フランが怪我をしていないなら、なんだっていいよ」
フランの透き通る琥珀色の髪を撫でた。その日はずっとフランと一緒に居た。肩を並べて、日が暮れるまでベッドの上に居た。ドキドキは、しなかった。
数週間後、結婚式が行われた。私は砕けたオパールを水晶に閉じ込めてネックレスを作ったものをフランにプレゼントした。
「お姉さま」
フランは真鍮の指輪を私の左手薬指にはめる。
「大好き」
私は胸が詰まりそうになって、泣きそうになって、というか、泣いた。堰を切ったように抑えていた感情があふれ出してきた。
フランに一目惚れしたあの日から、今日のことは決まっていたのだ。何故だか結婚式をする羽目になったけれど、それももう良い思い出だ。フランが好きだ。世界で一番フランが好きなんだ。
「愛しているよ、フラン」
それはお決まりの失恋文句で。
私と『妹』の関係はようやく始まった。
確かにフランが私の眷属になったときから、なんて可愛らしいのだろうと愛しんできた。それは家族の情愛だと思っていた。けれど、フランが歳を重ねるごとに、細くて柔らかな髪のなびく姿や、少し朱に染まったふにふにの頬、私と同じ、深紅の眼、それらすべてが私の鼓動を早くさせた。私はペドフィリアなのか、近親相姦に片足突っ込んでいるのではないか、とか、悩みは尽きず、とうとう夜も眠れなくなった。朝から晩まで0時から0時までフランドール・スカーレットのことを考えている。自分でもおかしい、なんてことは分かっていた。けれど、日に日に成長し、よちよち歩きができるようになったフランをみて、ほほえましく姉として嬉しい反面、劣情がむくむくと首を擡げていた。
泣きたい、泣きたいと思った。こんなに好きなのに。相手はまだ赤ん坊なのだ。そもそも妹なのだから、近親相姦に当たるのだ。
「そんなの気にしなければいいじゃない」
そうパチェは言う。
「犯罪なんて、とうに幻想入りよ」
いや、それはないだろう友よ、と思ったりもしたが、一応泣いておいた。
毎日ゆりかごを覗く。すやすやと安らかな寝息を立てて、少し唾液が口の端についていたりして、たまに寝返りを打ったりして、もうそのすべてが愛おしかった。早く大きくなってお姉さまと呼んで欲しい、抱きついてきてほしい、ほっぺにチューくらいならしてくれるかしら、そんな妄想を24時間中しているのである。まるでもって変態の所業である。
吸血鬼は思いのほか他の悪魔より成長が早い。2ヶ月もすれば人間でいう4歳くらいにはなるのではないかと思われる。フランも例外ではなかった。言葉も話すようになるし、一人で飛べるようにもなった。
「おねーさまー」
あどけない声で私を呼ぶ愛妹。
「なあに、フラン」
ついついそれに答える声も猫を撫でるようになってしまう。
「ふらんのくまさんこわれちゃった」
しゅん、とうな垂れているフランの先には、四肢がないテディベアが落ちていた。綿も散り散りになっていて、何事だ、と一瞬思考が追いつかなかった。
「きゅって、するとね、いろんなものが、こわれちゃうの」
そういえば能力の発現も2,3ヶ月くらいだったな、とパチェに教えてもらったことを思い出していた。
「大丈夫だよ、フラン。お姉さまに全部まかせていいんだよ」
そのとき、命をかけて、この子を守ろうと思った。他の何にかえても、この子だけは、と。
フランはそれからも度々物を壊すことがあった。力の制御が難しいのかもしれない。だって、フランはまだ子どもも子どもなんだから。
「ごめんなさい……」
そのたびにフランは謝る。泣き出しそうな顔をして謝る。たまに泣きながら謝る。私は自分でも最低だとは思うけれど、ちょっとそそられた。フランを守りたい、という気持ちと、フランといかがわしいことをしたい、というまったく逆方向の気持ちを抱えているままこの子のそばにいるのは、とても辛かった。最近は口を開けば、死にたいか泣きたいしか言っていなかった。もちろん、フランの前ではそんなことは言わない。優しくて美しいお姉さまを演じた。
けれど、少し、疲れてしまったのだ。
ふらり、と紅魔館を出てみた。満月がきれいな夜だった。雲ひとつなく、月光浴には最適ね、なんて思いながら青白い空にぐんと上っていった。なんて気持ちがいいのだろう。館でフランのことだけを考えているのがいつのまにか苦痛になっていたのかもしれない。でも。
「フランが世界で一番すきなんだ……」
涙がぽろぽろ溢れてくる。好きなのに、絶対実らない恋なんて、したくなかった。すきだよ、すきだよフラン。
館に戻るとフランが門の前で待っていた。
「おねーさま、おかえりなさい!」
にっこり笑顔。ちらりと覗く八重歯。私のいとしい妹。
「ただいま、フラン」
言いたいこと、したいこと、全て飲み込んで、そう答えた。だって、私はフランを守るためにいるんだ。フランは私の、全てなのだ。だから泣きたくなっても、泣かない。フランは私の妹で、私はフランの愛すべきお姉さま。それだけなんだ。
ある日美鈴が、結婚式でも挙げますか? なんて気の抜けたことを口にした。私が嗜めようとすると、一生懸命クッキーを頬張っていたフランが「やりたーい!」と声をあげた。
「誰と誰の」
私の嫌な予感は大体当たるのだ。
「え? もちろんお嬢様と妹様の結婚式ですけど。あ、披露宴でもいいですよ」
こいつ1回しばいたろか、なんて思ったけれど、私もまんざらでもない。一回くらい、幸せな夢を見てもいいよね、なんて思ったりしてね。
フランは金色のお星様のような指輪をパチェに教えてもらいながら作っていた。もしかしたら、結婚指輪なのかもしれない。私も何か用意したほうがよいのだろうか、と思い、化粧棚の引き出しをあさってみた。ちょうどきれいなオパールがあったのでこれでも加工するかなーと美鈴の元へ向かった(作り方がわからないから)。
美鈴は手際よく宝石をリングに固定してくれた。
「上手いもんねぇ」
美鈴は、そういう仕事をしてたときもありましたからね、と鼻の頭にかいた汗を人差し指で拭いながら答えた。
「刻字できますけれど、どうします?」
こんなことは初めてだから、どうしていいのか分からなかった。愛の言葉を刻めばよいのだろうか、名前でも彫ればいいのだろうか。
「Just for you. なんて、どうですか?」
「私英語分からないんだけど」
主人に対するあてつけかこの駄犬は。
「すべてはあなたのためだけに、という意味ですよ」
慣れた手つきで指輪に鑢をかけながら美鈴は言う。
すべて。その言葉は私にぴったりな気がした。フランは私の全てなのだ。
「なんで英語なの?」
「イギリス紳士っぽいじゃないですか」
フランには、白いドレスを着て欲しい。天使のように、無垢なあの子には、きっと白が似合う。紅の悪魔が妹に首ったけ、そんな記事を書かれてもおかしくはない溺愛っぷりだった。
「現世一般では処女厨というのよレミィ」
いつからか背後に佇んでいた紫色の魔女が呟いた。現世って、おまえはスキマ妖怪か、という心のツッコミも虚しく、というか何故心の声が聞こえているんだとめまぐるしく考えていると、パチェが一冊の本を差し出してきたので題名に視線を移した。私はもう嘆息することもなくその本を受け取り、力なく自室に向かった。
『ペドフィリア』
本の題名からしてストレートすぎた。ぱらぺらりと悪戯にめくってみるものの、気分は落ちこむばかりで、どうしたものかと思っていると、こんこん、と部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
美鈴が出来上がったリングを持ってきたのかしら。
けれど、きぃと音をたてて開いた扉から現れたのは予想していたよりかなり小さな背丈の子どもで、最愛の妹フランドールだった。
「あら、どうしたの?」
涼しい顔をしているが内心バックバクである。砂糖菓子をまぶしたような白くてちいちゃな指で重いドアを持たせているのが可哀相になってくる。
「パチェが、新婚さんは同じ部屋で寝るんだって言うから」
あの魔女いつか屠る。
「寒くない?」
フランが私の隣で眠ろうとしている。布越しに二の腕が触れ合って、羞恥心が湧いた。
「うん」
まるで向日葵が咲くようににっこり笑うフランドール。やばいまずい、可愛い。泣けてくる。ほんとうに泣きたいのだ。フランに笑っていて欲しい、健やかに育って欲しい、一緒に紅茶を飲みたい。
でも、もう半分の私は、フランに触れたい、舐めたい、泣かせたいその他もろもろやましいことを考えている。
今こうして一緒にいるだけでも、私の心は真っ二つに引き裂かれそうなのだ。人はこれを葛藤というのかもしれない。
「おやすみ、フラン」
少し涙声で呟いた就寝の挨拶は、しんとした夜にやけに響いていた。
私の作った(主に美鈴が作った)指輪が粉々に割れていたのは翌朝のことだった。私はフランの泣き声で目を覚ましたのだ。
「きれいだなって、おもって、さわろうとしたら」
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながらフランは状況を説明しようとしてくれる。
「いいよ、フランが怪我をしていないなら、なんだっていいよ」
フランの透き通る琥珀色の髪を撫でた。その日はずっとフランと一緒に居た。肩を並べて、日が暮れるまでベッドの上に居た。ドキドキは、しなかった。
数週間後、結婚式が行われた。私は砕けたオパールを水晶に閉じ込めてネックレスを作ったものをフランにプレゼントした。
「お姉さま」
フランは真鍮の指輪を私の左手薬指にはめる。
「大好き」
私は胸が詰まりそうになって、泣きそうになって、というか、泣いた。堰を切ったように抑えていた感情があふれ出してきた。
フランに一目惚れしたあの日から、今日のことは決まっていたのだ。何故だか結婚式をする羽目になったけれど、それももう良い思い出だ。フランが好きだ。世界で一番フランが好きなんだ。
「愛しているよ、フラン」
それはお決まりの失恋文句で。
私と『妹』の関係はようやく始まった。
面白かったです。
作者さまが書きたいことをしっかりと書かれていて、好感が持てます。
もしかしたら年齢周りで少し設定と矛盾が生じているかも?
(レミリア:500歳くらい、フラン:495歳くらい
パチュリーは100歳くらい……だったはず)
背徳的で、ちょっと切ないお話でした。
壊す妹が壊れないように。家族であること、お姉ちゃんであることを決めたレミリアが切なくて、胸が痛い