「霊夢、土産だぜ」
霧雨魔理沙が小さな折り詰めを差し出す。
開けてみると、稲荷寿司二つとカンピョウ巻きが六個、隅に薄切りの紅ショウガ添えられている。い
わゆる助六寿司だ。歌舞伎の人気演目【助六】(これは通称だが)の主人公、助六の愛人で花魁の【揚巻】(あげまき)
に因んだと言われる折り詰めの寿司。油“揚げ”とカンピョウ“巻き”にかけた洒落らしい。
「あら、可愛いお弁当ね。二つ?」
「だろ? お前と一緒に食べようと思ってさ」
そう言って輝くような笑顔を向けた。
ゴギッゴギンッ 博麗霊夢のハイマンガンスチール製の心臓が大きく鼓動した。
(くうっ! たまんないわ)
この天然ジゴロ娘はこんなことをサラッとやってしまうからあちらこちらで物議を醸すのだ。
「あ、ありがとね、お茶入れるわ」
霊夢は全力で平静を保ち、立ち上がった。
人里の弁当屋で買ってきたのだろう。
魔理沙もたかってばかりではない。たまにこうやって差し入れをする。
差し入れは何でもウエルカムの霊夢だが、魔理沙のは特に嬉しい。シイタケ以外は。
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「もおおーー! 聞いて下さいよっ!」
ノイズィーなヴィジターは毎度おなじみ東風谷早苗。
挨拶もそこそこに魔理沙と霊夢に詰め寄っている。
「わかったってっ、聞くから落ち着けって」
「はいはい、まずは座んなさいよ」
魔理沙はいつも通りのやれやれ顔だが、霊夢のそれは閻魔フェイスの三歩ほど手前。ちょっと甘めのランチタイムを邪魔されたのだから無理もない。まだカンピョウ巻きをひとつ食べたところだったのだ。
「天子さんがおすすめだって言うから先ほど、“カツ丼風カツ丼”を食べたんですっ」
「なにそれ? どこでよ? 里の定食屋さん?」
「あそこの店の名は確か【くいだおれバカ娘】だったっけか?」
「……それ、誰のことですか? 【くいだおれバハムート】と間違ってませんか? ですよねっ? しかもお店が違いますっ! 【満腹ザウルス】でっ・すっ・よっ!」
珍しく激昂している早苗は発声に合わせてバムッバムッと地面を踏みつける。
「そ、そうか、悪かったぜ……それで?」
「おっきなカツでビックリしたんですよっ しかも安かったんです!」
「そりゃ良かったじゃないか」
「でもそのカツを一口食べたら……」
「どうだったの?」
「信じられないくらい柔らかい噛み心地だったんです」
「上等な肉だったのか?」
「それがっ」
「それが?」×2
「なんと、コロッケだったんですよっ コロッケの玉子とじだったんですよぉ!」
聞いてどっと疲れる霊夢&魔理沙。
「……すぐに気づきなさいよ」
「……お前、コロッケ好きのくせに分かんなかったのかよ」
「天子さん、私を見ながらずーーっと笑っててっくやしーーいっ! カツ丼風だなんてどうりで安いわけですっ」
「お前たちホント楽しそうだよな」
「仲が良いわよね」
「そーんな訳ありません! 今度はきっと、ぎゃふんと言わせてやります!」
「ぎゃふんって久しぶりに聞いたわね」
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「美味しかったんですけどね、コロッケの玉子とじ。あれはアリですよ、ええ」
散々騒いで気が済んだ早苗は現在賢女タイム。
「明日、コロッケ買ってきて神奈子様たちに作ってあげますかねー」
「今の騒ぎは何だったんだよ」
「転んでもタダじゃ起きないわね」
「汁を少なくしないとボロっボロになっちゃいますからそこだけ注意ですね【カツ丼風コロッケ丼】悪くないですよ、ええ」
勝手に騒いで勝手に納得、完結している。
誰が呼んだか暴風少女、よく言ったものだ。
「だいたい『なになに風』って言うとちょっと怪しいよな」
「そうね〝風〟の字がそもそもまがいモノっぽいわよね」
「……聞き捨てなりませんね」
風祝の東風谷早苗が眉をつり上げる。
「まあまあ、いちいち熱り立つなよ、カンピョウ巻き食べるか?」
一つ摘んで早苗の鼻先に持って行く。
「あ、どうも。ぱくっもぐもぐ……美味しいですね」
「私はあげないわよ」
「け―――そうですか」
「け、なに? ああん?」
「そう言えば可愛らしい助六ですね。
【彩芭梨庵】のですか?」
「……ごまかしたわね」
「そうだぜ、よく知ってるな」
「おやつにちょうどいい大きさですよね」
「おやつ?」×2
「じょ、冗談ですよー」
この程度の大きさでは4折りくらい食べないと満足できないサナエ・ザ・ヘヴィイーター。
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「幻想郷には握り寿司は無いみたいですね」
「握り寿司?」
「ご存知ありませんか?」
「魚の刺身がご飯の上に乗っているやつだろ?
聞いたことはあるけど」
新鮮な海の魚が手に入らない幻想郷では江戸前寿司の店があるはずもない。
「だいぶ前に酔っぱらった紫が持ってきたわね。紐を掛けた折り詰めをブラブラさせながら」
「それはまたベタなエントリーですね……
で、どうでした?」
「んー」
霊夢は腕組みしながら首をひねる。
「生臭かったわ。美味しいモンじゃないわね」
「ええええーっ あんなに美味しいのに」
あちらの世界にいたとき、マグロの赤身六十貫を10分でたいらげた早苗には信じがたい反応だった
。
だが、生魚を食べる習慣がほとんどなければこんな感想かもしれない。
「妖怪や獣じゃないんだからそうそう生魚にかぶりつけるわけないじゃない」
「お前ならやれそうだけどな」
レイム・ザ・バーバリアン。
……おっとこれは余計なひとことだ、つるかめつるかめ。
「生魚って、まあそうなんですけど」
「そうだな、鯉の洗いは格別美味しいとは思えなかったし」
クセのある淡水魚の刺身は好みの分かれるところだ、特に若い娘さんには。
「でも、ナマズの刺身は美味しかったわよ」
「へえー、どこで食べたんだ?」
「里の高級料亭にお呼ばれされた時に一回だけ」
これはかなりの珍味だが機会があれば食べて欲しい。きっと驚くよ。
「でも、握りは無くても五目寿司はありますよね、たまに食べますもん」
「混ぜ寿司のことか?」
「ばら寿司でしょ」
これらの名称は地域による違いだけでほぼ同じ物を指している。寿司飯(酢飯)に具を混ぜ込んで作るタイプで、握り寿司のネタ(魚介類)を乗せる【散らし寿司】とは異なる。
「あれは華やかで良いよな~」
「まさに女の子の食べ物ですよねー」
「作ったことないけど面倒臭そうよね」
乙女カルマがマイナス領域に入りかけている霊夢のいつものフレーズに鼻白む二人。
「お前なあ、ここはウソでも乗ってくるタイミングだぜ?」
「女子力がダダ下がりですよ」
「だって、ここで乗っかったら『じゃあ作ろう』ってなりそうなんだもん」
「むぅ」×2
「大体、お祝い事や行事、ハレの日の食べ物なんでしょ?」
「んーと、菊の節句(九月九日)はやってなかったよな、これからどうだ?」
「マイナーな行事ね」
「えーと明日は私とお前が出会った記念日だぜ」
「そうだったっけ?」
「えへへへ、なんでも良いじゃないか」
「私とあんたの結婚記念日でも良いわよ」
「……正気かよ」
「そんじゃ、魔理沙の花が散った記念日にしようかしら、今日を」
舌をでろりと伸ばし、淫猥な流し目の霊夢がにじり寄ってくる。
「よ、よせよー!」
貞操の危機を感じた魔理沙が悲鳴を上げた。
「冗談よ」
あっという間にいつもの霊夢。
「……ん、はぁ、まったく、やめてくれよな」
目尻にちょびっとだけ涙を溜めている。
「あと二年だけ待ってあげるわよ」
「二年? それ―――」
「―――え-っと、そろそろ本線に戻ってイイでしょうか?」
しばらく蚊帳の外にいた早苗がうんざり口調で割り込んだ。
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「お婆ちゃんが作ってくれたんだよなー、あれは美味しかったな」
魔理沙が遠くを見ながら呟いた。
祖母の五目寿司と聞いて郷愁を感じる方は多いのではなかろうか。
「ウチでは諏訪子様が作ってくれるんですよ」
「ふーん、意外ねえ」
「諏訪子はお婆ちゃんってことか?」
「違いますよ」
東風谷早苗は曳矢諏訪子の子孫説が有力視されているから、違うわけではないだろうが本人は知らないらしい。
「五目って他にも色々あるよな、五目そば、五目チャーハンとかさ」
「五種類に決まりはあるのかしら?」
「別に五種類に限ったわけではないんですよ。
様々な食材が見た目を彩っていることを言っているんでしょうね。でも二、三種類で〝五目〟はあり得ないと思います」
「そりゃそうだ、五種類以上は欲しいぜ。
五目寿司の場合は何が入ってたっけな?」
「そうですね……」
「ストッーーップ!」
霊夢が二人に手の平を見せている。
「どうしたんですか?」
「ウエイト、ブレイク、シャラップよ!
このストリームはソーバッドだわ」
「ホワ~イ?」
「ビコーズ、このままだと五目寿司をメイクするストリームだからよっ」
「オウッ マイガッ! だぜ」
「あの、お二人ともそのインチキ臭い英語はなんなんですか?」
「向こうの生活が長かったからつい、な」
「気をつけてないとインテリジェンスがこぼれて困るわね」
「うそばっかり」
幻想郷生まれで幻想郷育ち、口も荒いが気も荒い無法松コンビに早苗は胡乱なモノ用の視線を浴びせた。
「とにかく英語とやらも教養の一つってことね。ちなみに私の英語は―――」
「―――そんなことより五目寿司の具だぜ」
「そうでしたね」
「ぐおおっ」
霊夢の話題コンバートはスポイルされた。
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「単なる話題、雑談、他愛のないおしゃべりよ、良いわね?」
「おふこーす」×2
「作んないからね」
「あんだすたんっ」×2
霊夢はしぶしぶ五目寿司の話題を承認した。
「稲荷も巻物も寿司はあの酢飯がいいんだよなー」
「そうですね、絶妙の甘酸っぱさが食欲をそそって、いくらでもたべられちゃうんですよねー」
日本各地で独特の寿司文化が発展したのもこの酢飯あってのことだ。
本来は保存性の向上を意図された酢、砂糖、塩の添加だが、常用主食である白米にこの組み合わせを導入した古人の発想は真に素晴らしい。
「五目寿司の具はカンピョウの煮しめ、茹でたニンジン、酢漬けのレンコンがベースでしょうか」
「シイタケの煮しめも入ってるぜ」
「………………そうね」
「確かに入ってますね、ええ」
「お前ら、何でそんなに悔しそうなんだよ。五目寿司にシイタケはマストだろうが。霊夢、舌打ち聞こえてるんだぜ」
「あとは高野豆腐、刻み油揚げ、コンニャク、サヤインゲンなどでしょうかー」
「おい、シイタケは今回譲らないからな」
「はいはい、……って作んないからね」
「こちらでは見かけませんがチクワやカマボコ、エビ、タコ、アナゴ、イクラなんかを入れる時もありますよ」
「海産物は無理よ。どうせ作んないけど」
「まあ、そのへんは無理だとしても、季節によっては桜の花びらの甘酢漬けやタケノコも入るぜ」
「そしてキンタ……錦糸玉子ともみ海苔、紅生姜が彩りですよ」
「そうそう、それは忘れちゃいけないよな」
「ご馳走ですよね~」
「具を一つ一つ用意するのに手間かかりそうね。作んないけど」
いちいちしつこく釘を刺す霊夢。
「お皿に盛ってお箸で食べるんだよな」
「そう言やそうね」
「実のところ食べにくいぜ」
「見た目の華やかさを楽しむため広げるんじゃないですか?」
「あ、それ正解っぽいぜ」
「女の料理って感じがしますね」
「オッサンが作ってたら様にならないわね。私も作んないけど」
暗に自分がオッサンだと言って―――つるかめつるかめ。
「歯ざわり、食感も楽しめます。あ、今、レンコンだった、今度はカンピョウだな、とか」
「そうなると具は色々入っていた方が良いってことだよな」
「ホント、面倒臭いわ。作んないからいいけど」
「五目寿司はそういうモンだろ?」
「作んないからね」
「手順は大体覚えてるんですけど、確実じゃないんですよね」
「作んないわよ、分かってる?」
「こちらに盤台はありますか?」
「ばんだい? ああ、タライみたいなヤツか」
「そんなの無いわよ、って作んないって言ったじゃないの」
「ウチ(守矢神社)から持ってくるようですね」
「ついでに専門家に頼んでみてくれよ」
「専門家? 諏訪子様ですか? そうですね聞いてみましょう」
「だ、か、ら、作んないって」
「お米と玉子、紅生姜と海苔はここにあるからいいぜ、米酢もあるしな」
「ちょっと、魔理沙」
「下ごしらえの必要な煮しめの具材や酢レンコンは諏訪子様に聞いてみないとですから私が担当します」
「早苗、なに言ってんの」
「明日、朝飯食べたらここで集合な」
「了解です。なんとか諏訪子様を連れてきます」
「あんたたちーっ、ヒトの話を聞きなさいよっ」
「じゃあ、今日のところは解散だぜ」
「お疲れ様でしたー」
「うきいいいーー!」
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「というわけで明日、五目寿司を作ることになったんです」
マイ神社に帰宅した早苗はいつものように今日一日の出来事を報告していた。
それを穏やかな笑顔で聞いているのは八坂神奈子と曳矢諏訪子。
「あの二人に本当に美味しい五目寿司を食べさてあげたいんです」
自分が食べたいと言わないところがナンだが、そのあたり二柱は良く分かっているので突っ込まない。
「霊夢のところで色々とご馳走になってるんだからたまには良いんじゃないかしら、ねえ諏訪子」
「気が進まないなあ」
神奈子の提案に明後日の方を向いてだるそうに答える諏訪子。
「たまには外の空気を吸っておいでよ」
よほどの行事でもない限り外部との接触を持ちたがらない守矢の黒幕こと曳矢諏訪子。
「私はいいんだよ、かなことさなえが外回りなんだから」
「でも早苗は宴会に弱いからねえ」
「仕方ないじゃありませんか」
極端にお酒に弱く、飲む度に愉快な武勇伝を築き上げている早苗ちゃんが口を尖らせている。
「さなえー、宴会に出るのも大事な活動(営業)なんだよ。神様稼業でお酒が飲めないと色々と都合が悪いんだからね」
他人事のように言う諏訪子。
「諏訪子だってそんなに強くはないでしょ」
「そこそこは飲めるさ。私は下戸(ゲコ)じゃなくてケロだもの」
「……うまいこと言うわねぇ」
目を輝かせる神奈子、このネタはイタダキだと顔に書いてある。
「かなこー、それ、余所で言うんじゃないよ」
諏訪子は喜色の浮かんだ相方の顔を見て眉根を寄せた。
「なにゆえ?」
「かなこは冗談を言うたんびに神格が下がるんだから」
「は? なによそれ?」
「えー、分かんないの? オバサンのオヤジギャグほどキッツいものは無いんだよ」
「ちょっとー、オバサンってなによっ アンタより年下だ!」
「このあいだの『帽子を忘れてハットした』には私ゃ涙が出そうだったよ」
「……そんなにヒドかった?」
守矢神社のウリの一つに生(ナマ?)神様のありがたい話が聞けることが上げられる。
八坂神奈子は難しい話一辺倒ではなく、硬軟取り混ぜることが一般信者には有効だと確信している。それは決して間違ってはいないが、【軟】の部分にオヤジギャグを無理矢理ぶっ込んでくる主神に相方
の土着神と風祝は少々、いやかなり困っているのだ。
「神社に来る人、皆、笑ってくれるわ」
「『モナカを買いに行ったら、もーなかった』」
「あれはバカウケだったでしょ」
「『このツクネ、ちょっと、あつくねー』とか」
「会心の出来だったわ、手応え十分ね」
「あの乾いた笑いの意味が分かってないの?」
「かわい……た?」
愕然とする山坂と湖の権化。
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「かなこー」
諏訪子が声をかけるが本人(神)は虚ろな目で壁に向かって何事かブツブツと呟いている。
かわいてる、すべってる、はずしてる、れんびん……漏れ聞こえてくるのはそんな言葉の羅列。
「もー、なんであのくらいで故障するかなー」
腕組みしてため息をつく土着神の頂点に早苗は喉まで出かかっていた言葉を飲み込む。それでも顔には『あれを言っちゃあ、オシマイですよ』と出てしまっていたが。
「仕方ないなあ、かなこー、おーい、お笑いの権化さーん」
最後のフレーズにぴくっと反応した。
「……それって私のことかしら」
「そーだよ、天界随一のユーモリスト」
「んん、それは言い過ぎでしょ。お笑いで天下取るにはあと三年はかかるものー、くふふふ」
途端にご機嫌になり、座ったままの姿勢でもぞもぞと近寄ってきた。
(あと三年って、どんだけ見通しが甘いんだか……こんなのに戦で負けた私って……はあー情けないねえ、まあいいんだけどさ)
かつての怨敵に対し割り切ったはずの思いが少しだけぶり返し、なんとも複雑な表情になってしまう祟り神の統括者。
「諏訪子様、もっと外向けのアピールをしましょうよ」
殊更明るい声で早苗が提案した。
諏訪子の雰囲気を読んだ上としたら大したものだが、定かではない。
それでも諏訪子は愛しい“娘”に口元を緩めた顔を向けてみる。
「アピールかい?」
「諏訪子様はとっても素敵なんですから、もっと皆に知って欲しいんです」
(このコったら、いまだに真顔でこんなことを言ってくれるんだねえ)
嬉しくなってしまう。
「キャラ付けも重要ですっ」
「きゃらづけ?」
今さっきの心が温かくなる言葉の次にしては理解の及ばない得体の知れないセリフだ。
つい、胡散臭そうな顔をしてしまう諏訪子。
「白瓜を酒粕で漬け込んだアレ、旨いのよね~」
ここで長年の相方、八坂の神奈子さんが口をはさんできた。
「かなこ、それは奈良漬けだから」
「ん? 蕗(ふき)の佃煮かしら?」
「それ、きゃらぶきだよ」
「あー、早苗が好きだった甘くて柔らかい飴か」
「それはキャラメル」
「分かった、剣崎順の左の必殺パンチね?」
「それはギャラクティカマグナム、ってどんどん遠くなってるじゃないか」
「あのー、お二人ともそのへんでオチてくださいませんか」
二柱の悪ノリが始まると手に負えなくなる。
早苗は経験上、三、四往復くらいで止めることにしている。
「それに諏訪子様、剣崎クンの左はギャラクティカファントムですよ」
そしてツッコミエラーは見逃さない真面目な良い子だった。
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「それでは明日はお願いして良いんですね、諏訪子様」
「あー、はいはい、仕方ないねー」
どうのこうの言っても早苗には甘いのだ。
「下ごしらえに時間のかかるシイタケとレンコンは今からやっておくかね。さなえ、手伝っておくれな」
「はいっ」
元気の良い返事で立ち上がった愛娘とともに台所へ向かう。
が、すぐに振り返り声をかける。
「かなこー、あんたも手伝ってくれるよね?」
「もろちん」
「……下ネタは教育上よろしくないって御法度にしただろ?」
「い、今のはナシ! リテイク願います!」
「……かなこ、あんたも手伝ってくれるよね?」
「もちろん」
ため息一つついて諏訪子は気を取り直す。
「まずは干しシイタケを戻しておこうか。かなこはレンコンの皮剥いてねー」
「お任せあ~れ」
大き目の干しシイタケ六個を取り出し、軽く湿らせた布巾で軽く拭く。
「さなえー、そんなにゴシゴシ拭かなくていいんだよ。ホコリやゴミが取れれば十分だって言ったでしょ」
「は、はい、すいません」
次に金属製のボウルに水を張ってシイタケを浮かべながら軽く揺すって傘のウラのゴミを水に移す。
「洗ったシイタケをその深皿に並べて水をひたひたに入れて。そうそう、それで明日の朝まで放っておけばいいよ」
「皮剥いたわよ、今、水にさらしてる」
「おっけー、さなえはお鍋にお湯沸かしておいて。かなこはレンコンを輪切りね、五ミリくらいだよ。
私は甘酢作っとくから。んー、昆布出汁残ってたよね?」
甘酢は出汁一カップ、酢はその半分、砂糖大さじ五に塩二つまみ。
溶けるまでちゃぽちゃぽかき回す。
「お湯沸きましたー」
「じゃあ、塩を少し入れて、切ったレンコンを茹でなさい」
「はーい」×2
三柱とも料理はするが、共同で作業する時は諏訪子がリーダーのようだ。
あとは茹で上がったレンコンを並べて軽く塩を振り、粗熱が取れてから甘酢に漬け込む。明日になれば美味しい酢レンコンの出来上がりだ。
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「おーー来た来た」
片手をおでこの前にかざして空を見ていた霊夢が呟く。
ゆるゆると飛んでくるのは守矢神社の三柱。
東風谷早苗と洩矢諏訪子は風呂敷包みをぶら下げているが、八坂神奈子は盤台を背負っている。いつもの注連縄と同じ位置にあるのがまがい物っぽくて妙に可笑しい姿だ。
「久しぶりね、元気だった?」
「霊夢も元気そうね」
神奈子と霊夢が挨拶を交わしている中、諏訪子はピョコっと手を挙げただけでグリーティングを済ませていた。
金髪のショートボブに冗談のような市女笠、青と白を基調にした壺装束と狙いすぎにも見える白いニーソ。
一方の神奈子の髪は紫がかった青で左右に広がったセミロング、冠のように細い注連縄を巻いて赤い楓と銀杏の葉の飾りを付けている。いつもの注連縄は背負っていないが、豊満な胸には諏訪大社の宝物の鏡を下げ、ロングスカートは臙脂色。
簡易ではあるがお出かけ着の二柱だった。
「今日は五目寿司を作ってくれるんでしょ?」
いつもより機嫌の良い霊夢を訝しがる早苗。
昨日の顛末から相当の不機嫌を予想していたのにこれは変だと感じる。
そう言えば魔理沙が見当たらない。
「魔理沙さん、どうしたんですか?」
「そこにいるじゃない」
霊夢が指差す先に珍しく静かに座っている霧雨魔理沙がいた。
「感謝しなさいよー、魔理沙はさっきまであんたの分も罪を償っていたんだから」
「罪? 昨日のことですか?」
「他に何があんのよ」
おとなしく座っていた魔理沙の様子を改めてうかがってみると、顔を赤くして俯き、小刻みに震えている。
「償いって、いったい何をしたんです?」
「ネコ魔理沙にミルク―――」
「―――わああー! 言うなあー!」
------------------------------
「アイツ(諏訪子)、苦手なんだよな。神奈子はいいんだけど」
「得体が知れないのよね」
やや特殊な羞恥プレイにより精神の大切な部分が相当削られていた魔理沙だが、五目寿司への期待によりほぼ回復していた。
「神奈子のバイタリティもスゴいけど、諏訪子はなんて言うか、ここに居るようで居ないような、別の次元の存在みたいなのよね」
「それは……どういう意味なんですか?」
早苗が真剣な面持ちで聞いた。
「深い意味は無いわよ、そんな気がするだけ」
その真剣さを軽く肩をすくめながら躱す霊夢。
博麗の巫女の直感は、商売ごと以外では本質に迫ることが多い。
二柱の秘密に気づいているのか? 疑念は膨らむが、今この場にはまったくふさわしくない話題だ。早苗は引きつった笑いでごまかしながら、そうですかとだけ答えた。
「ところで神社を留守にしていいのか?」
いいところで話題を振ってくれたのは魔理沙。
「たまにはね。下働きの者くらいはいるからね」
神奈子の余裕のある答えに霊夢は対抗心を煽られる。
「ウチにだって魔理沙がいるわよ」
「うおいっ」
「たまには父兄参観……この場合は母姉参観、かしら?」
神奈子が首を傾げる。
「そんな言葉あったか?」
「あんたたち、どっちが母親役なの?」
その問いかけに互いを見るかな&すわ。
アイコンタクトの応酬が終わり神奈子が口を開いた。
「あちらでは母親はいない設定で、私が早苗のお姉さんってことにしていたわ」
「……高めギリギリいっぱいだぜ」
低めの好きな審判ならボールと判定するだろう。
「まったく【花街の母】の歌詞、そのまんまだったよ」
諏訪子の呟きに魔理沙が反応する。
「なんだ、それ?」
「ん? あちらの世界で昔流行った演歌だよ」
元ネタが分からない方は後でググりましょう。
「あんたの役どころは?」
霊夢が諏訪子に聞いた。
「私は早苗の妹役」
「それは完全にボールだろ」
「ビーンボールじゃないの?」
「冗談だよ、私は表に出なかったからね。親戚ってことにしてたよ」
しれっと言い放った。
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「よーしみんなー、五目寿司を作るよー。
さあさあ、張り切っていこー」
何が起こったのか、両手を広げた曳矢諏訪子が突然ハイテンションでしゃべり始めた。
気味が悪いくらいニコニコしている。
霊夢と魔理沙はちょっとだけ引いているが、早苗はドン引きだった。
「おお、でっかいお釜だね~ こ~れなら一升は炊けるケロ」
羽釜を指差し、歌うように告げる。
「お米を研いだらザルに上げて~、一時間放置ケロ。
これ【洗い米】って呼ぶケロ、いいかな~?
水を含んで二、三割量が増えるケロ……どうしたのさなえちゃん?」
「あの諏訪子様、その『ケロ』ってなんですか?」
「対外的なキャラ付けが重要って、さなえが言ってたんじゃないか」
「確かに言いました。でも……それはナシにしませんか?」
その声音は提案よりも懇願に近かった。
「そうかい」
トーンがガタっと落ち、目も半分閉じ気味のいつもの諏訪子になる。
早苗のためと思って考えたのに、当人からダメ出しをもらうとは。
少し離れた所で神奈子が腹を抱えているのが実に不快だった。
「仕切り直すかね。まずは米研ぎだよ、一升やろうか。かなこ、あんたがやっておくれ」
「くははは……え? 私? 一升も研ぐの?」
笑い転げていた主神は唐突な指名にビックリ。
「そーだよ」
有無を言わせぬトップ・オブ・ザ・祟り神。
「混ぜ込む具はニンジン、コンニャク、レンコン、カンピョウ、そしてシイタケだよ」
っしゃ! 魔理沙のガッツポーズはスルーされている。
「飾りの具は錦糸玉子、キヌサヤ、紅生姜ともみ海苔だね」
「ひいふうみい……諏訪子様、九種類ですよ」
「んーキリが悪いかな、白ごまはあるかい?」
「あるぜ」
「なんであんたが答えんのよ」
「よーし、これで豪勢に十種類といこうかね」
諏訪子が不敵に笑う。
------------------------------
「頭数がいるから作業を分けるよ。さなえ」
「はい」
「お前は茹でる係。キヌサヤはそのままでさっと、ニンジンは短冊に切って軽く塩茹でだよ、柔らかくなるまでね。そのお湯を使って細かく刻んだコンニャクを茹でな」
「先に刻んでいいんですか?」
「コンニャクは旨味は無いから切ってから茹でても構わないんだよ」
「コンニャクは誰といつ食べるのか知ってる?」
米研ぎの手を止めた神奈子がニヤニヤしながら魔理沙と霊夢に出題した。
「なんだよヤブから棒に」
「決まりでもあるっての?」
「コンニャク(婚約)者とコンニャ(今夜)食う……なんてね、くふふ」
ひょーーう 季節はずれの木枯らしが吹いた。
「野菜は粗熱が取れたら刻んでおいて」
諏訪子は全く影響を受けていないかのように段取りを進めている。
「粗熱を取るってどのくらいになればいいの?」
霊夢が実はよく分からない料理用語について質問する。
「手で触って大丈夫なくらい冷めたらってこと。れーむはこの酢レンコンを刻んで、紅生姜、白ごま、海苔、あと玉子を仕度しといて」
「おっけー」
「それじゃ、まりこは煮しめをやろうか」
「魔理沙だぜ。シイタケとカンピョウだよな」
「紐のカンピョウは塩もみをして、塩のついたまま熱湯で完全に柔らかくなるまで煮るよ」
「完全にってどのくらいだ?」
「爪で切れるくらい、10分ちょいかな」
「じゃあこっちでお湯を沸かすか」
「戻した干しシイタケはこれだよ。柔らかくなったカンピョウと一緒に煮るんだ」
そう言って広口のガラス瓶に入れられたシイタケの水浸しを取り出す。
「味付けは?」
「シイタケを戻した汁をこのまま使うんだよ。小さめの鍋にあけてひたひたになるまで水を足す、こうやって」
じゃばじょぼと小鍋にシイタケをあけて水を少しずつ差していく。
「まりな、戻し汁と足した水、合わせてどのくらいだったかい?」
「魔理沙な。一カップと半分、三百CCと見た」
「おー、さすがは魔法使い、良い目をしてる」
「へへへ」
「その一割ずつの醤油と砂糖とみりんを入れてカンピョウと一緒に煮るんだよ、調味料は三十ずつってことだ。アクを取りながら三十分、煮汁ごと冷ましてから刻んでね」
「長丁場だな」
「一時間は見ておきな、まりりん」
「魔理沙だって。こっちは任せてくれていいぜ」
------------------------------
「もう少しでお米が炊けるわよー」
炊飯係の神奈子が皆に声をかけた。
「あ、かなこー、水を減らして炊いてくれた? 言い忘れちゃったよ」
「寿司酢を入れるから少し硬めに炊くんでしょ? ぬかりはないわ」
「へえ~や~るじゃないの」
「神奈子様、スゴいですっ」
「さすがは神様ってとこね」
「見直したぜ八坂神奈子様」
たかがこんなことでと思う気持ちに加え、純粋な賞賛はたった一人という状況に顔をしかめる守矢の主神。ここは改めて一般人達に神の威厳を示すべきだと判断する。
「二人とも聞きなさい」
「どうしたのよ、真面目な顔して」
「お米を炊くとき醤油と出汁を入れるだけで味付きご飯になるのよ」
「ふーん茶飯ね。やったことはないけど」
「簡単そうだな、茶飯、今度作ってみるか」
「そう、是非一度おちゃめしください……なーんてね」
そう言ってドヤ顔の八坂さん。
辺りは静寂に包まれた。
関係者の一人が真っ赤な顔で俯いている。
霊夢がその関係者を睨みつけながら言う。
「早苗」
「……はい」
「コイツ連れて帰んなさいよ、今すぐ」
「えっと……そう言うわけにも」
「それじゃ寿司酢を作ろうかね」
諏訪子は相変わらずのマイペース。見ようによっては神奈子をフォローしているようにも見える。これも名コンビと言って良いのだろう。
「酢と塩と砂糖を混ぜればいいだけさ、これと言った正解はありゃしないのさ」
「おいおい、それじゃやりようがないぜ」
「だから、私の合わせでやらせてもらうからね」
「お願いします、諏訪子様」
「米が一升だから酢は一カップ、塩は大さじ一、砂糖は大さじ八」
「大さじで八杯も?」
「……スゴい量だな」
「カロリーが気になります」
(えっ? 気にしてたの?)×4
「五目寿司の酢飯は甘くないと旨くないよ。砂糖を減らしたら間の抜けた味になるんだ」
「でもさー、その量でとけるのか?」
「酢を煮立てないように弱火でとかすんだよ、さあやるよ」
------------------------------
「諏訪子様、私、キンタ……錦糸玉子を作れるようになりたいです」
「そうだな、私もだぜ」
「私はどうでもいいけど」
満場一致ではないが熱いリクエストがあがる。
今日は機嫌の良い諏訪子さま、応えることにしたようだ。
「要は薄焼き玉子なんだよね、今の時代ならできるだけ大きな丸いフライパンがいいね。蓋がついてりゃなおいいよ。
ああ、それくらい大きけりゃ申し分ないね」
霊夢が掲げたフライパンに採用通知を出す。
玉子 … 三個
砂糖 … 大さじ一
酒 … 小さじ二
塩 … ひとつまみ(約一グラム)
「―――以上を良くかき混ぜるんだよ。厚焼き玉子はすくい切るくらい軽く混ぜないとふっくらしないけど、薄焼き玉子はしっかり混ぜないと破れちゃうからね」
「そうだったんだ、知らなかったぜ」
「あー、だからでしたか。冷やし中華の時はさっくりまぜただけでしたもんね」
「きれいな錦糸玉子にしたけりゃこの〝玉子液〟をザルで漉せばいいんだけど、今日は面倒臭いからやらないよ」
「そうね、面倒臭いわ」
「ちっ、諏訪子は霊夢寄りかよ」
「油を入れたフライパンを中火でしっかり熱くするんだよ、ここ要点だからね」
パンから微かに煙が上がってくる。
「よし、ここで玉子液を流し入れるよ」
「量はどんくらいだ?」
「フライパン全体にギリギリ広がるくらい。
こうしてお玉を使った方が失敗しないね」
じょわわわー
「そしたらすぐにフライパンを傾けて全体に広げるよ」
諏訪子がパンをクイクイとひねると玉子液がきれいに広がった。
「ほわ~見事なもんだぜ」
「コツが要りそうだわね」
「カッコいいです!」
感心すること頻りの三人組。
「玉子と言えば―――」
「かなこ、今、素早さ勝負の大事なとこだから」
言っただけで顔も上げずに機先を制した。
「う、うん、分かったわ」
「すぐに表面が固まって動かなくなっただろ?
これで焼くのはお終い」
火から下ろし、蓋をして濡れ布巾に置いた。
じゅじゅっ
「これで一分待てば出来上がりだよ」
「あれ? ひっくり返さないのか?」
「これが一番簡単で失敗しないやり方だよ」
蓋を取ってみると両面にしっかり火が通った薄焼き玉子ができていた。箸で摘んでも破れない。
実にあっけなかった。
「こんなに簡単なの?」×3
感心を飛び越え、ビックリしている三人組。
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「さあて、仕上げだ。ここが見せ場だね」
タスキをかけて気合十分の洩矢諏訪子さま。
盤台を濡れ布巾で拭いて湿らし、炊きたてのご飯を釜からわっせわっせとあける。
ご飯を十字に溝を切って寿司酢をまんべんなく振りかける。
そしてしゃもじで切るように掬うようにさくっさくっと混ぜる。
「うわーこの匂い、むせちゃうわ、けほっ」
「あおがなくていいのか?」
「ご飯が熱いほうが酢が良く染み込むんだよ。
ぱくっもぐもぐ……よーし、具を入れとくれ」
シイタケ、カンピョウ、ニンジン、コンニャク、酢レンコンが次々と投入される。
さくっぱさ さくっぱさ
具が均一になるように優しく手早くあおるように混ぜる。
「こんなもんかね」
「よっしゃ、上の具ものせて早く食べようぜ」
「ちょっーと待った、ここで時間をおいて味を馴染ませるんだよ」
「ええー」×3 ちょっと遅れて「えー」
「かなこ、無理して乗っかんなくていいんだよ、分かってるくせに。
さあ、今のうちに台所の片付けをやんなさい」
「はーい」×4
どたばたがしゃがちゃ 洗い物まで済ませる。
「すっかり冷めちゃったぜ」
「熱々のも食べてみたかったわ」
「あ、それ、あんまり美味しくなかったです」
「昔、早苗は我慢できずにつまみ食いしたことあるもんね」
「か、神奈子様!」
「だからこれでいいんだよ。さ、銘々皿をよこしとくれ」
よそわれた五目寿司は未完成品、はっきり言うと地味。
これに皆で華やかなトッピングを施していく。
キヌサヤ、白ごま、錦糸玉子、紅生姜、もみ海苔でデコレート、あるいはメイクアップか。
「うわああーー」
「待ってたぜ~」
「これですよ、これっ」
「さあ、召し上がれ」
「いただきまーす!」×4
------------------------------
「美味しかったわー、でも手間がかかるのね」
「食べるのはあっという間なのにな」
「まだ結構残ってるわね」
「一升分だからな。でも、放っておいたら早苗が全部食べちゃうぜ」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
早苗はおかわりをよそいながら抗議する。
「諏訪子、あれ、教えて上げたら?」
神奈子が洗い立ての布巾をひらひらさせながら意味ありげに言う。
「そうだね。皆、こっちをご覧、五目寿司が残ったらきれいな布巾に包んで一口手鞠寿司にするといいよ」
「先に紅生姜や錦糸玉子をちょっと置いて、その上に寿司飯を乗せて軽くきゅっきゅっと握れば可愛く仕上がるわ」
実演してみせる八坂神奈子。
「へえー、きれいね」
「五目手鞠寿司ですね! これこそキング・オブ・乙女の食べ物ですっ」
「こりゃいいなー。霊夢、少しお持ち帰りして良いよな?」
そう言って可否も聞かずに手毬寿司を握り始める魔理沙。
「魔理沙、なにせっせっと作ってんのよ」
「いや、ちょっと土産にと思ってだな」
「誰に?」
「誰でもいいじゃないか」
「アリスね?」
「悪いかよ」
めりりっ 霊夢に踏みしめられた大地が苦悶の声を上げた。
「ん~、六個ありゃ良いな。
―――そんじゃ、ごっそさん、ま~たな~」
言うやいなやひらりと箒に跨り、すこーんっと飛んで行ってしまった。
「このっ、この浮気モノーー!」
霊夢の絶叫はおそらく届いていないだろう。
「ええーっと、神奈子様、諏訪子様、私たちもお暇しましょうか」
赤巫女の様子を見ていた緑巫女は速やかな撤収を具申する。二柱も即諾した。赤い魔獣のジェラシーハリケーンに巻き込まれるのはまっぴらだ。
そそくさと博麗神社をあとにした守矢の三柱、その道すがら。
「ねえ諏訪子」
「あん?」
「確信したよ」
「何を?」
「やっぱりウチの早苗が一番美人だわね」
「あははは、まーったく、神奈子は親馬鹿ちゃんりんだなあ」
そう言いながらも優しく笑う諏訪子だった。
閑な少女たちの話 了
霧雨魔理沙が小さな折り詰めを差し出す。
開けてみると、稲荷寿司二つとカンピョウ巻きが六個、隅に薄切りの紅ショウガ添えられている。い
わゆる助六寿司だ。歌舞伎の人気演目【助六】(これは通称だが)の主人公、助六の愛人で花魁の【揚巻】(あげまき)
に因んだと言われる折り詰めの寿司。油“揚げ”とカンピョウ“巻き”にかけた洒落らしい。
「あら、可愛いお弁当ね。二つ?」
「だろ? お前と一緒に食べようと思ってさ」
そう言って輝くような笑顔を向けた。
ゴギッゴギンッ 博麗霊夢のハイマンガンスチール製の心臓が大きく鼓動した。
(くうっ! たまんないわ)
この天然ジゴロ娘はこんなことをサラッとやってしまうからあちらこちらで物議を醸すのだ。
「あ、ありがとね、お茶入れるわ」
霊夢は全力で平静を保ち、立ち上がった。
人里の弁当屋で買ってきたのだろう。
魔理沙もたかってばかりではない。たまにこうやって差し入れをする。
差し入れは何でもウエルカムの霊夢だが、魔理沙のは特に嬉しい。シイタケ以外は。
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「もおおーー! 聞いて下さいよっ!」
ノイズィーなヴィジターは毎度おなじみ東風谷早苗。
挨拶もそこそこに魔理沙と霊夢に詰め寄っている。
「わかったってっ、聞くから落ち着けって」
「はいはい、まずは座んなさいよ」
魔理沙はいつも通りのやれやれ顔だが、霊夢のそれは閻魔フェイスの三歩ほど手前。ちょっと甘めのランチタイムを邪魔されたのだから無理もない。まだカンピョウ巻きをひとつ食べたところだったのだ。
「天子さんがおすすめだって言うから先ほど、“カツ丼風カツ丼”を食べたんですっ」
「なにそれ? どこでよ? 里の定食屋さん?」
「あそこの店の名は確か【くいだおれバカ娘】だったっけか?」
「……それ、誰のことですか? 【くいだおれバハムート】と間違ってませんか? ですよねっ? しかもお店が違いますっ! 【満腹ザウルス】でっ・すっ・よっ!」
珍しく激昂している早苗は発声に合わせてバムッバムッと地面を踏みつける。
「そ、そうか、悪かったぜ……それで?」
「おっきなカツでビックリしたんですよっ しかも安かったんです!」
「そりゃ良かったじゃないか」
「でもそのカツを一口食べたら……」
「どうだったの?」
「信じられないくらい柔らかい噛み心地だったんです」
「上等な肉だったのか?」
「それがっ」
「それが?」×2
「なんと、コロッケだったんですよっ コロッケの玉子とじだったんですよぉ!」
聞いてどっと疲れる霊夢&魔理沙。
「……すぐに気づきなさいよ」
「……お前、コロッケ好きのくせに分かんなかったのかよ」
「天子さん、私を見ながらずーーっと笑っててっくやしーーいっ! カツ丼風だなんてどうりで安いわけですっ」
「お前たちホント楽しそうだよな」
「仲が良いわよね」
「そーんな訳ありません! 今度はきっと、ぎゃふんと言わせてやります!」
「ぎゃふんって久しぶりに聞いたわね」
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「美味しかったんですけどね、コロッケの玉子とじ。あれはアリですよ、ええ」
散々騒いで気が済んだ早苗は現在賢女タイム。
「明日、コロッケ買ってきて神奈子様たちに作ってあげますかねー」
「今の騒ぎは何だったんだよ」
「転んでもタダじゃ起きないわね」
「汁を少なくしないとボロっボロになっちゃいますからそこだけ注意ですね【カツ丼風コロッケ丼】悪くないですよ、ええ」
勝手に騒いで勝手に納得、完結している。
誰が呼んだか暴風少女、よく言ったものだ。
「だいたい『なになに風』って言うとちょっと怪しいよな」
「そうね〝風〟の字がそもそもまがいモノっぽいわよね」
「……聞き捨てなりませんね」
風祝の東風谷早苗が眉をつり上げる。
「まあまあ、いちいち熱り立つなよ、カンピョウ巻き食べるか?」
一つ摘んで早苗の鼻先に持って行く。
「あ、どうも。ぱくっもぐもぐ……美味しいですね」
「私はあげないわよ」
「け―――そうですか」
「け、なに? ああん?」
「そう言えば可愛らしい助六ですね。
【彩芭梨庵】のですか?」
「……ごまかしたわね」
「そうだぜ、よく知ってるな」
「おやつにちょうどいい大きさですよね」
「おやつ?」×2
「じょ、冗談ですよー」
この程度の大きさでは4折りくらい食べないと満足できないサナエ・ザ・ヘヴィイーター。
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「幻想郷には握り寿司は無いみたいですね」
「握り寿司?」
「ご存知ありませんか?」
「魚の刺身がご飯の上に乗っているやつだろ?
聞いたことはあるけど」
新鮮な海の魚が手に入らない幻想郷では江戸前寿司の店があるはずもない。
「だいぶ前に酔っぱらった紫が持ってきたわね。紐を掛けた折り詰めをブラブラさせながら」
「それはまたベタなエントリーですね……
で、どうでした?」
「んー」
霊夢は腕組みしながら首をひねる。
「生臭かったわ。美味しいモンじゃないわね」
「ええええーっ あんなに美味しいのに」
あちらの世界にいたとき、マグロの赤身六十貫を10分でたいらげた早苗には信じがたい反応だった
。
だが、生魚を食べる習慣がほとんどなければこんな感想かもしれない。
「妖怪や獣じゃないんだからそうそう生魚にかぶりつけるわけないじゃない」
「お前ならやれそうだけどな」
レイム・ザ・バーバリアン。
……おっとこれは余計なひとことだ、つるかめつるかめ。
「生魚って、まあそうなんですけど」
「そうだな、鯉の洗いは格別美味しいとは思えなかったし」
クセのある淡水魚の刺身は好みの分かれるところだ、特に若い娘さんには。
「でも、ナマズの刺身は美味しかったわよ」
「へえー、どこで食べたんだ?」
「里の高級料亭にお呼ばれされた時に一回だけ」
これはかなりの珍味だが機会があれば食べて欲しい。きっと驚くよ。
「でも、握りは無くても五目寿司はありますよね、たまに食べますもん」
「混ぜ寿司のことか?」
「ばら寿司でしょ」
これらの名称は地域による違いだけでほぼ同じ物を指している。寿司飯(酢飯)に具を混ぜ込んで作るタイプで、握り寿司のネタ(魚介類)を乗せる【散らし寿司】とは異なる。
「あれは華やかで良いよな~」
「まさに女の子の食べ物ですよねー」
「作ったことないけど面倒臭そうよね」
乙女カルマがマイナス領域に入りかけている霊夢のいつものフレーズに鼻白む二人。
「お前なあ、ここはウソでも乗ってくるタイミングだぜ?」
「女子力がダダ下がりですよ」
「だって、ここで乗っかったら『じゃあ作ろう』ってなりそうなんだもん」
「むぅ」×2
「大体、お祝い事や行事、ハレの日の食べ物なんでしょ?」
「んーと、菊の節句(九月九日)はやってなかったよな、これからどうだ?」
「マイナーな行事ね」
「えーと明日は私とお前が出会った記念日だぜ」
「そうだったっけ?」
「えへへへ、なんでも良いじゃないか」
「私とあんたの結婚記念日でも良いわよ」
「……正気かよ」
「そんじゃ、魔理沙の花が散った記念日にしようかしら、今日を」
舌をでろりと伸ばし、淫猥な流し目の霊夢がにじり寄ってくる。
「よ、よせよー!」
貞操の危機を感じた魔理沙が悲鳴を上げた。
「冗談よ」
あっという間にいつもの霊夢。
「……ん、はぁ、まったく、やめてくれよな」
目尻にちょびっとだけ涙を溜めている。
「あと二年だけ待ってあげるわよ」
「二年? それ―――」
「―――え-っと、そろそろ本線に戻ってイイでしょうか?」
しばらく蚊帳の外にいた早苗がうんざり口調で割り込んだ。
------------------------------
「お婆ちゃんが作ってくれたんだよなー、あれは美味しかったな」
魔理沙が遠くを見ながら呟いた。
祖母の五目寿司と聞いて郷愁を感じる方は多いのではなかろうか。
「ウチでは諏訪子様が作ってくれるんですよ」
「ふーん、意外ねえ」
「諏訪子はお婆ちゃんってことか?」
「違いますよ」
東風谷早苗は曳矢諏訪子の子孫説が有力視されているから、違うわけではないだろうが本人は知らないらしい。
「五目って他にも色々あるよな、五目そば、五目チャーハンとかさ」
「五種類に決まりはあるのかしら?」
「別に五種類に限ったわけではないんですよ。
様々な食材が見た目を彩っていることを言っているんでしょうね。でも二、三種類で〝五目〟はあり得ないと思います」
「そりゃそうだ、五種類以上は欲しいぜ。
五目寿司の場合は何が入ってたっけな?」
「そうですね……」
「ストッーーップ!」
霊夢が二人に手の平を見せている。
「どうしたんですか?」
「ウエイト、ブレイク、シャラップよ!
このストリームはソーバッドだわ」
「ホワ~イ?」
「ビコーズ、このままだと五目寿司をメイクするストリームだからよっ」
「オウッ マイガッ! だぜ」
「あの、お二人ともそのインチキ臭い英語はなんなんですか?」
「向こうの生活が長かったからつい、な」
「気をつけてないとインテリジェンスがこぼれて困るわね」
「うそばっかり」
幻想郷生まれで幻想郷育ち、口も荒いが気も荒い無法松コンビに早苗は胡乱なモノ用の視線を浴びせた。
「とにかく英語とやらも教養の一つってことね。ちなみに私の英語は―――」
「―――そんなことより五目寿司の具だぜ」
「そうでしたね」
「ぐおおっ」
霊夢の話題コンバートはスポイルされた。
------------------------------
「単なる話題、雑談、他愛のないおしゃべりよ、良いわね?」
「おふこーす」×2
「作んないからね」
「あんだすたんっ」×2
霊夢はしぶしぶ五目寿司の話題を承認した。
「稲荷も巻物も寿司はあの酢飯がいいんだよなー」
「そうですね、絶妙の甘酸っぱさが食欲をそそって、いくらでもたべられちゃうんですよねー」
日本各地で独特の寿司文化が発展したのもこの酢飯あってのことだ。
本来は保存性の向上を意図された酢、砂糖、塩の添加だが、常用主食である白米にこの組み合わせを導入した古人の発想は真に素晴らしい。
「五目寿司の具はカンピョウの煮しめ、茹でたニンジン、酢漬けのレンコンがベースでしょうか」
「シイタケの煮しめも入ってるぜ」
「………………そうね」
「確かに入ってますね、ええ」
「お前ら、何でそんなに悔しそうなんだよ。五目寿司にシイタケはマストだろうが。霊夢、舌打ち聞こえてるんだぜ」
「あとは高野豆腐、刻み油揚げ、コンニャク、サヤインゲンなどでしょうかー」
「おい、シイタケは今回譲らないからな」
「はいはい、……って作んないからね」
「こちらでは見かけませんがチクワやカマボコ、エビ、タコ、アナゴ、イクラなんかを入れる時もありますよ」
「海産物は無理よ。どうせ作んないけど」
「まあ、そのへんは無理だとしても、季節によっては桜の花びらの甘酢漬けやタケノコも入るぜ」
「そしてキンタ……錦糸玉子ともみ海苔、紅生姜が彩りですよ」
「そうそう、それは忘れちゃいけないよな」
「ご馳走ですよね~」
「具を一つ一つ用意するのに手間かかりそうね。作んないけど」
いちいちしつこく釘を刺す霊夢。
「お皿に盛ってお箸で食べるんだよな」
「そう言やそうね」
「実のところ食べにくいぜ」
「見た目の華やかさを楽しむため広げるんじゃないですか?」
「あ、それ正解っぽいぜ」
「女の料理って感じがしますね」
「オッサンが作ってたら様にならないわね。私も作んないけど」
暗に自分がオッサンだと言って―――つるかめつるかめ。
「歯ざわり、食感も楽しめます。あ、今、レンコンだった、今度はカンピョウだな、とか」
「そうなると具は色々入っていた方が良いってことだよな」
「ホント、面倒臭いわ。作んないからいいけど」
「五目寿司はそういうモンだろ?」
「作んないからね」
「手順は大体覚えてるんですけど、確実じゃないんですよね」
「作んないわよ、分かってる?」
「こちらに盤台はありますか?」
「ばんだい? ああ、タライみたいなヤツか」
「そんなの無いわよ、って作んないって言ったじゃないの」
「ウチ(守矢神社)から持ってくるようですね」
「ついでに専門家に頼んでみてくれよ」
「専門家? 諏訪子様ですか? そうですね聞いてみましょう」
「だ、か、ら、作んないって」
「お米と玉子、紅生姜と海苔はここにあるからいいぜ、米酢もあるしな」
「ちょっと、魔理沙」
「下ごしらえの必要な煮しめの具材や酢レンコンは諏訪子様に聞いてみないとですから私が担当します」
「早苗、なに言ってんの」
「明日、朝飯食べたらここで集合な」
「了解です。なんとか諏訪子様を連れてきます」
「あんたたちーっ、ヒトの話を聞きなさいよっ」
「じゃあ、今日のところは解散だぜ」
「お疲れ様でしたー」
「うきいいいーー!」
------------------------------
「というわけで明日、五目寿司を作ることになったんです」
マイ神社に帰宅した早苗はいつものように今日一日の出来事を報告していた。
それを穏やかな笑顔で聞いているのは八坂神奈子と曳矢諏訪子。
「あの二人に本当に美味しい五目寿司を食べさてあげたいんです」
自分が食べたいと言わないところがナンだが、そのあたり二柱は良く分かっているので突っ込まない。
「霊夢のところで色々とご馳走になってるんだからたまには良いんじゃないかしら、ねえ諏訪子」
「気が進まないなあ」
神奈子の提案に明後日の方を向いてだるそうに答える諏訪子。
「たまには外の空気を吸っておいでよ」
よほどの行事でもない限り外部との接触を持ちたがらない守矢の黒幕こと曳矢諏訪子。
「私はいいんだよ、かなことさなえが外回りなんだから」
「でも早苗は宴会に弱いからねえ」
「仕方ないじゃありませんか」
極端にお酒に弱く、飲む度に愉快な武勇伝を築き上げている早苗ちゃんが口を尖らせている。
「さなえー、宴会に出るのも大事な活動(営業)なんだよ。神様稼業でお酒が飲めないと色々と都合が悪いんだからね」
他人事のように言う諏訪子。
「諏訪子だってそんなに強くはないでしょ」
「そこそこは飲めるさ。私は下戸(ゲコ)じゃなくてケロだもの」
「……うまいこと言うわねぇ」
目を輝かせる神奈子、このネタはイタダキだと顔に書いてある。
「かなこー、それ、余所で言うんじゃないよ」
諏訪子は喜色の浮かんだ相方の顔を見て眉根を寄せた。
「なにゆえ?」
「かなこは冗談を言うたんびに神格が下がるんだから」
「は? なによそれ?」
「えー、分かんないの? オバサンのオヤジギャグほどキッツいものは無いんだよ」
「ちょっとー、オバサンってなによっ アンタより年下だ!」
「このあいだの『帽子を忘れてハットした』には私ゃ涙が出そうだったよ」
「……そんなにヒドかった?」
守矢神社のウリの一つに生(ナマ?)神様のありがたい話が聞けることが上げられる。
八坂神奈子は難しい話一辺倒ではなく、硬軟取り混ぜることが一般信者には有効だと確信している。それは決して間違ってはいないが、【軟】の部分にオヤジギャグを無理矢理ぶっ込んでくる主神に相方
の土着神と風祝は少々、いやかなり困っているのだ。
「神社に来る人、皆、笑ってくれるわ」
「『モナカを買いに行ったら、もーなかった』」
「あれはバカウケだったでしょ」
「『このツクネ、ちょっと、あつくねー』とか」
「会心の出来だったわ、手応え十分ね」
「あの乾いた笑いの意味が分かってないの?」
「かわい……た?」
愕然とする山坂と湖の権化。
------------------------------
「かなこー」
諏訪子が声をかけるが本人(神)は虚ろな目で壁に向かって何事かブツブツと呟いている。
かわいてる、すべってる、はずしてる、れんびん……漏れ聞こえてくるのはそんな言葉の羅列。
「もー、なんであのくらいで故障するかなー」
腕組みしてため息をつく土着神の頂点に早苗は喉まで出かかっていた言葉を飲み込む。それでも顔には『あれを言っちゃあ、オシマイですよ』と出てしまっていたが。
「仕方ないなあ、かなこー、おーい、お笑いの権化さーん」
最後のフレーズにぴくっと反応した。
「……それって私のことかしら」
「そーだよ、天界随一のユーモリスト」
「んん、それは言い過ぎでしょ。お笑いで天下取るにはあと三年はかかるものー、くふふふ」
途端にご機嫌になり、座ったままの姿勢でもぞもぞと近寄ってきた。
(あと三年って、どんだけ見通しが甘いんだか……こんなのに戦で負けた私って……はあー情けないねえ、まあいいんだけどさ)
かつての怨敵に対し割り切ったはずの思いが少しだけぶり返し、なんとも複雑な表情になってしまう祟り神の統括者。
「諏訪子様、もっと外向けのアピールをしましょうよ」
殊更明るい声で早苗が提案した。
諏訪子の雰囲気を読んだ上としたら大したものだが、定かではない。
それでも諏訪子は愛しい“娘”に口元を緩めた顔を向けてみる。
「アピールかい?」
「諏訪子様はとっても素敵なんですから、もっと皆に知って欲しいんです」
(このコったら、いまだに真顔でこんなことを言ってくれるんだねえ)
嬉しくなってしまう。
「キャラ付けも重要ですっ」
「きゃらづけ?」
今さっきの心が温かくなる言葉の次にしては理解の及ばない得体の知れないセリフだ。
つい、胡散臭そうな顔をしてしまう諏訪子。
「白瓜を酒粕で漬け込んだアレ、旨いのよね~」
ここで長年の相方、八坂の神奈子さんが口をはさんできた。
「かなこ、それは奈良漬けだから」
「ん? 蕗(ふき)の佃煮かしら?」
「それ、きゃらぶきだよ」
「あー、早苗が好きだった甘くて柔らかい飴か」
「それはキャラメル」
「分かった、剣崎順の左の必殺パンチね?」
「それはギャラクティカマグナム、ってどんどん遠くなってるじゃないか」
「あのー、お二人ともそのへんでオチてくださいませんか」
二柱の悪ノリが始まると手に負えなくなる。
早苗は経験上、三、四往復くらいで止めることにしている。
「それに諏訪子様、剣崎クンの左はギャラクティカファントムですよ」
そしてツッコミエラーは見逃さない真面目な良い子だった。
------------------------------
「それでは明日はお願いして良いんですね、諏訪子様」
「あー、はいはい、仕方ないねー」
どうのこうの言っても早苗には甘いのだ。
「下ごしらえに時間のかかるシイタケとレンコンは今からやっておくかね。さなえ、手伝っておくれな」
「はいっ」
元気の良い返事で立ち上がった愛娘とともに台所へ向かう。
が、すぐに振り返り声をかける。
「かなこー、あんたも手伝ってくれるよね?」
「もろちん」
「……下ネタは教育上よろしくないって御法度にしただろ?」
「い、今のはナシ! リテイク願います!」
「……かなこ、あんたも手伝ってくれるよね?」
「もちろん」
ため息一つついて諏訪子は気を取り直す。
「まずは干しシイタケを戻しておこうか。かなこはレンコンの皮剥いてねー」
「お任せあ~れ」
大き目の干しシイタケ六個を取り出し、軽く湿らせた布巾で軽く拭く。
「さなえー、そんなにゴシゴシ拭かなくていいんだよ。ホコリやゴミが取れれば十分だって言ったでしょ」
「は、はい、すいません」
次に金属製のボウルに水を張ってシイタケを浮かべながら軽く揺すって傘のウラのゴミを水に移す。
「洗ったシイタケをその深皿に並べて水をひたひたに入れて。そうそう、それで明日の朝まで放っておけばいいよ」
「皮剥いたわよ、今、水にさらしてる」
「おっけー、さなえはお鍋にお湯沸かしておいて。かなこはレンコンを輪切りね、五ミリくらいだよ。
私は甘酢作っとくから。んー、昆布出汁残ってたよね?」
甘酢は出汁一カップ、酢はその半分、砂糖大さじ五に塩二つまみ。
溶けるまでちゃぽちゃぽかき回す。
「お湯沸きましたー」
「じゃあ、塩を少し入れて、切ったレンコンを茹でなさい」
「はーい」×2
三柱とも料理はするが、共同で作業する時は諏訪子がリーダーのようだ。
あとは茹で上がったレンコンを並べて軽く塩を振り、粗熱が取れてから甘酢に漬け込む。明日になれば美味しい酢レンコンの出来上がりだ。
------------------------------
「おーー来た来た」
片手をおでこの前にかざして空を見ていた霊夢が呟く。
ゆるゆると飛んでくるのは守矢神社の三柱。
東風谷早苗と洩矢諏訪子は風呂敷包みをぶら下げているが、八坂神奈子は盤台を背負っている。いつもの注連縄と同じ位置にあるのがまがい物っぽくて妙に可笑しい姿だ。
「久しぶりね、元気だった?」
「霊夢も元気そうね」
神奈子と霊夢が挨拶を交わしている中、諏訪子はピョコっと手を挙げただけでグリーティングを済ませていた。
金髪のショートボブに冗談のような市女笠、青と白を基調にした壺装束と狙いすぎにも見える白いニーソ。
一方の神奈子の髪は紫がかった青で左右に広がったセミロング、冠のように細い注連縄を巻いて赤い楓と銀杏の葉の飾りを付けている。いつもの注連縄は背負っていないが、豊満な胸には諏訪大社の宝物の鏡を下げ、ロングスカートは臙脂色。
簡易ではあるがお出かけ着の二柱だった。
「今日は五目寿司を作ってくれるんでしょ?」
いつもより機嫌の良い霊夢を訝しがる早苗。
昨日の顛末から相当の不機嫌を予想していたのにこれは変だと感じる。
そう言えば魔理沙が見当たらない。
「魔理沙さん、どうしたんですか?」
「そこにいるじゃない」
霊夢が指差す先に珍しく静かに座っている霧雨魔理沙がいた。
「感謝しなさいよー、魔理沙はさっきまであんたの分も罪を償っていたんだから」
「罪? 昨日のことですか?」
「他に何があんのよ」
おとなしく座っていた魔理沙の様子を改めてうかがってみると、顔を赤くして俯き、小刻みに震えている。
「償いって、いったい何をしたんです?」
「ネコ魔理沙にミルク―――」
「―――わああー! 言うなあー!」
------------------------------
「アイツ(諏訪子)、苦手なんだよな。神奈子はいいんだけど」
「得体が知れないのよね」
やや特殊な羞恥プレイにより精神の大切な部分が相当削られていた魔理沙だが、五目寿司への期待によりほぼ回復していた。
「神奈子のバイタリティもスゴいけど、諏訪子はなんて言うか、ここに居るようで居ないような、別の次元の存在みたいなのよね」
「それは……どういう意味なんですか?」
早苗が真剣な面持ちで聞いた。
「深い意味は無いわよ、そんな気がするだけ」
その真剣さを軽く肩をすくめながら躱す霊夢。
博麗の巫女の直感は、商売ごと以外では本質に迫ることが多い。
二柱の秘密に気づいているのか? 疑念は膨らむが、今この場にはまったくふさわしくない話題だ。早苗は引きつった笑いでごまかしながら、そうですかとだけ答えた。
「ところで神社を留守にしていいのか?」
いいところで話題を振ってくれたのは魔理沙。
「たまにはね。下働きの者くらいはいるからね」
神奈子の余裕のある答えに霊夢は対抗心を煽られる。
「ウチにだって魔理沙がいるわよ」
「うおいっ」
「たまには父兄参観……この場合は母姉参観、かしら?」
神奈子が首を傾げる。
「そんな言葉あったか?」
「あんたたち、どっちが母親役なの?」
その問いかけに互いを見るかな&すわ。
アイコンタクトの応酬が終わり神奈子が口を開いた。
「あちらでは母親はいない設定で、私が早苗のお姉さんってことにしていたわ」
「……高めギリギリいっぱいだぜ」
低めの好きな審判ならボールと判定するだろう。
「まったく【花街の母】の歌詞、そのまんまだったよ」
諏訪子の呟きに魔理沙が反応する。
「なんだ、それ?」
「ん? あちらの世界で昔流行った演歌だよ」
元ネタが分からない方は後でググりましょう。
「あんたの役どころは?」
霊夢が諏訪子に聞いた。
「私は早苗の妹役」
「それは完全にボールだろ」
「ビーンボールじゃないの?」
「冗談だよ、私は表に出なかったからね。親戚ってことにしてたよ」
しれっと言い放った。
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「よーしみんなー、五目寿司を作るよー。
さあさあ、張り切っていこー」
何が起こったのか、両手を広げた曳矢諏訪子が突然ハイテンションでしゃべり始めた。
気味が悪いくらいニコニコしている。
霊夢と魔理沙はちょっとだけ引いているが、早苗はドン引きだった。
「おお、でっかいお釜だね~ こ~れなら一升は炊けるケロ」
羽釜を指差し、歌うように告げる。
「お米を研いだらザルに上げて~、一時間放置ケロ。
これ【洗い米】って呼ぶケロ、いいかな~?
水を含んで二、三割量が増えるケロ……どうしたのさなえちゃん?」
「あの諏訪子様、その『ケロ』ってなんですか?」
「対外的なキャラ付けが重要って、さなえが言ってたんじゃないか」
「確かに言いました。でも……それはナシにしませんか?」
その声音は提案よりも懇願に近かった。
「そうかい」
トーンがガタっと落ち、目も半分閉じ気味のいつもの諏訪子になる。
早苗のためと思って考えたのに、当人からダメ出しをもらうとは。
少し離れた所で神奈子が腹を抱えているのが実に不快だった。
「仕切り直すかね。まずは米研ぎだよ、一升やろうか。かなこ、あんたがやっておくれ」
「くははは……え? 私? 一升も研ぐの?」
笑い転げていた主神は唐突な指名にビックリ。
「そーだよ」
有無を言わせぬトップ・オブ・ザ・祟り神。
「混ぜ込む具はニンジン、コンニャク、レンコン、カンピョウ、そしてシイタケだよ」
っしゃ! 魔理沙のガッツポーズはスルーされている。
「飾りの具は錦糸玉子、キヌサヤ、紅生姜ともみ海苔だね」
「ひいふうみい……諏訪子様、九種類ですよ」
「んーキリが悪いかな、白ごまはあるかい?」
「あるぜ」
「なんであんたが答えんのよ」
「よーし、これで豪勢に十種類といこうかね」
諏訪子が不敵に笑う。
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「頭数がいるから作業を分けるよ。さなえ」
「はい」
「お前は茹でる係。キヌサヤはそのままでさっと、ニンジンは短冊に切って軽く塩茹でだよ、柔らかくなるまでね。そのお湯を使って細かく刻んだコンニャクを茹でな」
「先に刻んでいいんですか?」
「コンニャクは旨味は無いから切ってから茹でても構わないんだよ」
「コンニャクは誰といつ食べるのか知ってる?」
米研ぎの手を止めた神奈子がニヤニヤしながら魔理沙と霊夢に出題した。
「なんだよヤブから棒に」
「決まりでもあるっての?」
「コンニャク(婚約)者とコンニャ(今夜)食う……なんてね、くふふ」
ひょーーう 季節はずれの木枯らしが吹いた。
「野菜は粗熱が取れたら刻んでおいて」
諏訪子は全く影響を受けていないかのように段取りを進めている。
「粗熱を取るってどのくらいになればいいの?」
霊夢が実はよく分からない料理用語について質問する。
「手で触って大丈夫なくらい冷めたらってこと。れーむはこの酢レンコンを刻んで、紅生姜、白ごま、海苔、あと玉子を仕度しといて」
「おっけー」
「それじゃ、まりこは煮しめをやろうか」
「魔理沙だぜ。シイタケとカンピョウだよな」
「紐のカンピョウは塩もみをして、塩のついたまま熱湯で完全に柔らかくなるまで煮るよ」
「完全にってどのくらいだ?」
「爪で切れるくらい、10分ちょいかな」
「じゃあこっちでお湯を沸かすか」
「戻した干しシイタケはこれだよ。柔らかくなったカンピョウと一緒に煮るんだ」
そう言って広口のガラス瓶に入れられたシイタケの水浸しを取り出す。
「味付けは?」
「シイタケを戻した汁をこのまま使うんだよ。小さめの鍋にあけてひたひたになるまで水を足す、こうやって」
じゃばじょぼと小鍋にシイタケをあけて水を少しずつ差していく。
「まりな、戻し汁と足した水、合わせてどのくらいだったかい?」
「魔理沙な。一カップと半分、三百CCと見た」
「おー、さすがは魔法使い、良い目をしてる」
「へへへ」
「その一割ずつの醤油と砂糖とみりんを入れてカンピョウと一緒に煮るんだよ、調味料は三十ずつってことだ。アクを取りながら三十分、煮汁ごと冷ましてから刻んでね」
「長丁場だな」
「一時間は見ておきな、まりりん」
「魔理沙だって。こっちは任せてくれていいぜ」
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「もう少しでお米が炊けるわよー」
炊飯係の神奈子が皆に声をかけた。
「あ、かなこー、水を減らして炊いてくれた? 言い忘れちゃったよ」
「寿司酢を入れるから少し硬めに炊くんでしょ? ぬかりはないわ」
「へえ~や~るじゃないの」
「神奈子様、スゴいですっ」
「さすがは神様ってとこね」
「見直したぜ八坂神奈子様」
たかがこんなことでと思う気持ちに加え、純粋な賞賛はたった一人という状況に顔をしかめる守矢の主神。ここは改めて一般人達に神の威厳を示すべきだと判断する。
「二人とも聞きなさい」
「どうしたのよ、真面目な顔して」
「お米を炊くとき醤油と出汁を入れるだけで味付きご飯になるのよ」
「ふーん茶飯ね。やったことはないけど」
「簡単そうだな、茶飯、今度作ってみるか」
「そう、是非一度おちゃめしください……なーんてね」
そう言ってドヤ顔の八坂さん。
辺りは静寂に包まれた。
関係者の一人が真っ赤な顔で俯いている。
霊夢がその関係者を睨みつけながら言う。
「早苗」
「……はい」
「コイツ連れて帰んなさいよ、今すぐ」
「えっと……そう言うわけにも」
「それじゃ寿司酢を作ろうかね」
諏訪子は相変わらずのマイペース。見ようによっては神奈子をフォローしているようにも見える。これも名コンビと言って良いのだろう。
「酢と塩と砂糖を混ぜればいいだけさ、これと言った正解はありゃしないのさ」
「おいおい、それじゃやりようがないぜ」
「だから、私の合わせでやらせてもらうからね」
「お願いします、諏訪子様」
「米が一升だから酢は一カップ、塩は大さじ一、砂糖は大さじ八」
「大さじで八杯も?」
「……スゴい量だな」
「カロリーが気になります」
(えっ? 気にしてたの?)×4
「五目寿司の酢飯は甘くないと旨くないよ。砂糖を減らしたら間の抜けた味になるんだ」
「でもさー、その量でとけるのか?」
「酢を煮立てないように弱火でとかすんだよ、さあやるよ」
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「諏訪子様、私、キンタ……錦糸玉子を作れるようになりたいです」
「そうだな、私もだぜ」
「私はどうでもいいけど」
満場一致ではないが熱いリクエストがあがる。
今日は機嫌の良い諏訪子さま、応えることにしたようだ。
「要は薄焼き玉子なんだよね、今の時代ならできるだけ大きな丸いフライパンがいいね。蓋がついてりゃなおいいよ。
ああ、それくらい大きけりゃ申し分ないね」
霊夢が掲げたフライパンに採用通知を出す。
玉子 … 三個
砂糖 … 大さじ一
酒 … 小さじ二
塩 … ひとつまみ(約一グラム)
「―――以上を良くかき混ぜるんだよ。厚焼き玉子はすくい切るくらい軽く混ぜないとふっくらしないけど、薄焼き玉子はしっかり混ぜないと破れちゃうからね」
「そうだったんだ、知らなかったぜ」
「あー、だからでしたか。冷やし中華の時はさっくりまぜただけでしたもんね」
「きれいな錦糸玉子にしたけりゃこの〝玉子液〟をザルで漉せばいいんだけど、今日は面倒臭いからやらないよ」
「そうね、面倒臭いわ」
「ちっ、諏訪子は霊夢寄りかよ」
「油を入れたフライパンを中火でしっかり熱くするんだよ、ここ要点だからね」
パンから微かに煙が上がってくる。
「よし、ここで玉子液を流し入れるよ」
「量はどんくらいだ?」
「フライパン全体にギリギリ広がるくらい。
こうしてお玉を使った方が失敗しないね」
じょわわわー
「そしたらすぐにフライパンを傾けて全体に広げるよ」
諏訪子がパンをクイクイとひねると玉子液がきれいに広がった。
「ほわ~見事なもんだぜ」
「コツが要りそうだわね」
「カッコいいです!」
感心すること頻りの三人組。
「玉子と言えば―――」
「かなこ、今、素早さ勝負の大事なとこだから」
言っただけで顔も上げずに機先を制した。
「う、うん、分かったわ」
「すぐに表面が固まって動かなくなっただろ?
これで焼くのはお終い」
火から下ろし、蓋をして濡れ布巾に置いた。
じゅじゅっ
「これで一分待てば出来上がりだよ」
「あれ? ひっくり返さないのか?」
「これが一番簡単で失敗しないやり方だよ」
蓋を取ってみると両面にしっかり火が通った薄焼き玉子ができていた。箸で摘んでも破れない。
実にあっけなかった。
「こんなに簡単なの?」×3
感心を飛び越え、ビックリしている三人組。
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「さあて、仕上げだ。ここが見せ場だね」
タスキをかけて気合十分の洩矢諏訪子さま。
盤台を濡れ布巾で拭いて湿らし、炊きたてのご飯を釜からわっせわっせとあける。
ご飯を十字に溝を切って寿司酢をまんべんなく振りかける。
そしてしゃもじで切るように掬うようにさくっさくっと混ぜる。
「うわーこの匂い、むせちゃうわ、けほっ」
「あおがなくていいのか?」
「ご飯が熱いほうが酢が良く染み込むんだよ。
ぱくっもぐもぐ……よーし、具を入れとくれ」
シイタケ、カンピョウ、ニンジン、コンニャク、酢レンコンが次々と投入される。
さくっぱさ さくっぱさ
具が均一になるように優しく手早くあおるように混ぜる。
「こんなもんかね」
「よっしゃ、上の具ものせて早く食べようぜ」
「ちょっーと待った、ここで時間をおいて味を馴染ませるんだよ」
「ええー」×3 ちょっと遅れて「えー」
「かなこ、無理して乗っかんなくていいんだよ、分かってるくせに。
さあ、今のうちに台所の片付けをやんなさい」
「はーい」×4
どたばたがしゃがちゃ 洗い物まで済ませる。
「すっかり冷めちゃったぜ」
「熱々のも食べてみたかったわ」
「あ、それ、あんまり美味しくなかったです」
「昔、早苗は我慢できずにつまみ食いしたことあるもんね」
「か、神奈子様!」
「だからこれでいいんだよ。さ、銘々皿をよこしとくれ」
よそわれた五目寿司は未完成品、はっきり言うと地味。
これに皆で華やかなトッピングを施していく。
キヌサヤ、白ごま、錦糸玉子、紅生姜、もみ海苔でデコレート、あるいはメイクアップか。
「うわああーー」
「待ってたぜ~」
「これですよ、これっ」
「さあ、召し上がれ」
「いただきまーす!」×4
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「美味しかったわー、でも手間がかかるのね」
「食べるのはあっという間なのにな」
「まだ結構残ってるわね」
「一升分だからな。でも、放っておいたら早苗が全部食べちゃうぜ」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
早苗はおかわりをよそいながら抗議する。
「諏訪子、あれ、教えて上げたら?」
神奈子が洗い立ての布巾をひらひらさせながら意味ありげに言う。
「そうだね。皆、こっちをご覧、五目寿司が残ったらきれいな布巾に包んで一口手鞠寿司にするといいよ」
「先に紅生姜や錦糸玉子をちょっと置いて、その上に寿司飯を乗せて軽くきゅっきゅっと握れば可愛く仕上がるわ」
実演してみせる八坂神奈子。
「へえー、きれいね」
「五目手鞠寿司ですね! これこそキング・オブ・乙女の食べ物ですっ」
「こりゃいいなー。霊夢、少しお持ち帰りして良いよな?」
そう言って可否も聞かずに手毬寿司を握り始める魔理沙。
「魔理沙、なにせっせっと作ってんのよ」
「いや、ちょっと土産にと思ってだな」
「誰に?」
「誰でもいいじゃないか」
「アリスね?」
「悪いかよ」
めりりっ 霊夢に踏みしめられた大地が苦悶の声を上げた。
「ん~、六個ありゃ良いな。
―――そんじゃ、ごっそさん、ま~たな~」
言うやいなやひらりと箒に跨り、すこーんっと飛んで行ってしまった。
「このっ、この浮気モノーー!」
霊夢の絶叫はおそらく届いていないだろう。
「ええーっと、神奈子様、諏訪子様、私たちもお暇しましょうか」
赤巫女の様子を見ていた緑巫女は速やかな撤収を具申する。二柱も即諾した。赤い魔獣のジェラシーハリケーンに巻き込まれるのはまっぴらだ。
そそくさと博麗神社をあとにした守矢の三柱、その道すがら。
「ねえ諏訪子」
「あん?」
「確信したよ」
「何を?」
「やっぱりウチの早苗が一番美人だわね」
「あははは、まーったく、神奈子は親馬鹿ちゃんりんだなあ」
そう言いながらも優しく笑う諏訪子だった。
閑な少女たちの話 了
面白かったです
良いじゃない
コロッケに限らず、フライを卵でとじて丼にするのはありふれた調理法だと思ってましたがそうでも無いのだろーか
しかし霊夢は食欲だけでなく性欲にもどんどん素直になってるような、もう思春期の年頃だし仕方ないかな
あと魔理沙って『香霖堂』の舎利の話でちらし寿司も作って霊夢たちに振舞ってたような
しかしちらし寿司か もう長いこと食ってないな
ところで猫魔理沙にミルクについて詳しく
一文一文で笑いをきちんと取ってくるし、何より料理が美味そうでたまらんっ!
丁寧に作り方も描写されているし、今度参考にしてみようかしら……ジュル
今回もご馳走様でした!(拝)
おいし…じゃない面白かったです。
いつもありがとうございます。
3番様:
神奈子様が今回のメインですw ま、カツ丼風と銘打つところが味噌ということで。
5番様:
ご指摘ありがとうございます。『香霖堂』ネタは持ってくるのが難しくて絡ませにくいんですよね……頑張ります。
7番様:
ありがとうございます。耳とグローブは当然として尻尾はアナ(魔爆)。
大根屋様:
ありがとうございます。 久しぶりなのでヒヤヒヤしてます。
絶望様:
「おいしかった」もありがとうございます、ですよ!