Coolier - 新生・東方創想話

何処までも一緒に、風に乗って

2015/09/22 22:20:30
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「はぁぁ・・・」
 神社の境内の掃除の最中、早苗がため息を付く。酷くやつれていると言う訳では無いが、如何にも表情が優れない。箒を持つ手は止まり、瞳は力無く山の峰を眺めている。
 そんな早苗を私は、八坂神奈子は今、影から見守っていた。別に隠れているわけでは無い。ただ、神社の軒下で膝を付きながら、ちらちらと早苗の様子を伺っているだけだ。決して暇なわけでもない、私とてやりたい事ややるべき事が沢山ある。だが私にとって、早苗の心配は何よりも大事な事なのである。
 一週間位前からだろうか、早苗は急に物思いに耽る事が多くなった。食事中も読書中も、そして今みたいに仕事中でも、ああして何かを考えて、そして虚空を眺めて呆けている。
 天真爛漫、多感放縦がデフォルトである早苗は、基本的にいつも元気で明るい。しかし感情の起伏が激しく、一度機嫌を損ねると部屋から出て来なくなったりする。とは言っても、それも短期的な物で、一日経てば直ぐに元気になる。そう、普段はそうであるからこそ、ここ一週間この調子なのは本当に異常なのだ。
 そう言う訳で、早苗の異変が気になる私は、こうしてちらりちらりと早苗の様子を見ていると言うのである。
「あら、神奈子様?いかがなさったのですか?」
 神社の軒下で、不自然にも一人親父座りしている私に、早苗が気が付いて寄って来た。その声は明るく、さっきまでの物憂げな表情は影も無い。だが、つい今まで彼女を観察していた私からすれば、それが繕った物だとは容易に知れた。早苗は優しい子だから、私や諏訪子に心配をかけさせまいとしているのだろう。
「う、うん。ちょっとひなたぼっこをな」
 空を見上げて私が言う。今日の天気は曇り、日向どころか秋の冷たい風が肌の上を吹いている。言い訳としてはあまりにも下手過ぎた。ぎこちなく誤魔化す私を見て、早苗はクスクスと笑う。
「神奈子様がのんびりしてらっしゃるのは、珍しいですね。いつもあれをしようこれをしようって、忙しくしてらっしゃるのに」
「わ、私だって時には、空を仰いで倭歌を詠みたくなるさ」
「そうなのですか。では今日位は、ゆっくりお休みになって下さいね」
 そうだけ言って、早苗は掃除に戻ってしまった。いや、正しくは呆ける作業に逆戻りした、だろうか。お喋り好きな早苗は人と話すと、普段なら三時間四時間ずっと続けていたりする。なのに今日は、随分とあっさり会話が終わった。おいてけぼりにされた私は、のっそりと立ち上がって軒下から自室へ向かう。
 自室に入り、部屋の真ん中に親父座りで座り込む。そして深い思案に耽った、やはり最近の早苗は様子がおかしい。
 早苗が何かで悩んでいるのは、どう考えても明白な事だ。けれど、何故かは分からないがわけを話してくれない。むしろ、悩んでいる事を知られたくない様で、私達には普段通りに接してくる。
 一体早苗に、何があったのだろう。一人部屋の中で、うんうんと唸って考えたけれど、小一時間掛けても何も分からなかった。
 そもそも私に、人の悩みや心情を言い当てる事なんて出来ないのだ。合理的に読み取る事は出来ても、思い悩みや物思いに関しては全く知識も経験も無い。私の感情を読み取る能力は、純粋に宗教家としてのポテンシャルでしか無いのだから。
 そんな固い頭で、早苗の悩みの種を一生懸命推理してみたって、答えが出ないのは当然の事だ。
(他所の知恵を借りようか)
 腰を上げて、私は再び境内に出て行く。そして神社から抜けて、或る場所を目指して飛んで行った。早苗の悩みについて、相談をする為に。
 向かった先は、博麗神社である。


 長い道のりを経て、私は博麗神社の鳥居前に立った。そして辺りを一瞥してみる。相変わらずの様で、この神社は何も変わらない。
 夏を越えて秋になったと言うのに、この神社が放つ独特の雰囲気が枯れる事は無い。この空間だけは、万年春のままなのである。仕える巫女の頭が万年春だからだろうか、それとも彼女の大らかな雰囲気がそうさせるのか。定かでは無いが、この雰囲気を好いて神社に居つく連中は少なくない。人であろうと妖怪であろうと、果ては仙人まで霊夢を気に入っているのだとか。
 その無差別に好かれる人柄は宗教家として捨てがたいのだが、本人に商才や人心掌握の妙がまるで無いので、宗教家として頭角を現す事は無い。彼女が人畜無害の人寄せ巫女から格上げされる日は、きっとこれからも来ないだろう。同業者としては有難い限りである。
 こじんまりとした境内に入って行き、私は軒下に寝転がっている少女に目をやった。黒い帽子にエプロンドレス、霧雨魔理沙だ。此方に気が付いた魔理沙は、倒していた体を起こして私を見る。
「おお、神奈子じゃないか。珍しいんじゃないか?お前が外出って。いや、何か企んでるのか?」
「ん?ああ、いや、特には何も」
 気が抜けていたので適当に答えてみたけれど、改めて魔理沙の目を見て、彼女が本気で私を怪しんでいる事に気が付いた。魔理沙は目を細めて、私をじろじろと見やってくる。
「ど、如何したんだ?私はただ、霊夢に話をしようと思って来ただけだぞ?」
「ええー?本当か?何か変な事考えてるんじゃ」
 心外だ、私は嘘なんて何も言っていないのに、如何してこんな言われようをされなくてはいけないのだ。
「本当だ、良いから霊夢に会わせてくれ。彼女は何処に・・・」
「中よ」
 障子の先から声がして、私はその方を向いた。少しの間の後、左の障子が開いて中から少女が顔を出す。赤いリボンに殿下の仏頂面、博麗霊夢である。
「ああ、霊夢。久しぶりだな、少し話があるんだが,良いかな」
「話?・・・良いわよ、別に何の用事も無いし。入ってきなさい」
 私は靴を脱いで、縁側に上がる。そして軒下に腰を下す魔理沙の傍らを通り、部屋の中に入って障子を閉じた。外に魔理沙がいるのに障子を閉じたのは、話の内容を彼女には聞かれたくなかったからだ。まぁ、この神社の薄っぺらい障子一枚では、恐らくは筒抜けだろうけど。
「ちょっと待ってて、お茶出すから」
 庫裏の方へ霊夢が歩いて行く。私はちゃぶ台の前に座して、彼女の帰りを待った。
 少しして、お茶の入った湯呑みを二つ持った霊夢が、いつもどおりの愛想無い顔で帰って来る。私は左のお茶を受け取って、ちゃぶ台の上に置いた。水面を見れば、茶柱は立っていない。
「それで、話って?」
 湯呑を一つ啜って、ため息を付いた霊夢が聞く。私は本題を思い出してハッとした。そして、真剣な面持ちで話を始める。
「実は、早苗の件で少しな」
「早苗?アイツがどうかしたの?」
 私は少しだけ話すのを躊躇いつつ、改めてその重い口を開いた。
「最近、早苗の元気が無いんだ」
「は?」
 聞いた霊夢が、顎を全開に開いて私を呆け見た。そして、まるで拍子抜けだと言わんばかりに表情を緩ませる。しかし私からすれば、むしろその反応が予想外だった。
「は、とは何だ。私は真剣に話をしてるんだぞ」
「いや、早苗が元気ないって、話ってそれだけ?」
「まぁ、そうだ」
 私が頷くと、霊夢は呆れる様に頭を掻く。
「アンタが話するって言って、それも凄い形相だったからどんな話かと思えば・・・。アンタらしくないわね」
 随分と失礼な物言いでは無いか。頭を茹蛸の様に真っ赤にし、私が激昂して霊夢に食って掛かる。
「な、何だと?私が身内の心配で悶えてはいけないと言うのか!」
「だってアンタって、いつも強かなイメージがあるんだもの。それでいて変な事企んでるし、抜け目無いし。だから、そんな普通の事で相談なんてされたら、気が抜けちゃうわ」
 む、一理ある。そう言えば、似た事を魔理沙にも言われたが、霊夢の言う事を聞いて少しだけ納得した。確かに、私らしくは無いかも知れない。
 根っから策を弄する性分だから、人の考える事は大体先読み取る事が出来る。そうして人の意図の一つ二つ先を行く為に、霊夢や魔理沙からすれば、油断ならない奴と見えるのだろう。そもそも、私には前科があるのだし、怪しむのは当然かも知れない。
 しかし、私が出来るのは合理的に策を弄する事だけで、こう言った情の混じる話になってしまえば、私は誰よりも優柔不断で、また要領が悪くなってしまう。だからこそ、私には早苗の悩み事で、こんなにも苦しんでいるし、いつもの様に強気に相手に振舞えないのだ。
「まぁ、どんな風の吹き回しだと笑ってくれても構わない。だが話は聞いてくれ、最近早苗は、何かに悩んでいる様なんだ」
「アイツが、何かに悩んでるの?あんまり、想像出来ないんだけど。アイツいつもニコニコしてるじゃない」
「そうだな、早苗は元気が取り柄なんだ。だが、最近はその元気が衰えているんだよ。いや、私達には決して見せないが、影では何かで物思いをして、幾度もため息を付いている」
「そう。で、それで如何してうちに来て、私に話そうと思ったわけ?」
 面倒臭いと口に出さんばかりに、霊夢が眉に皺を寄せる。お門違いな相談をされて、要らない面倒が増えたと思っているのだろうか。
「他に相談できる奴がいなかったんだ。諏訪子にも相談してみたが、女の子は思い煩う事もあるんだよ、とか決め顔で言うだけで、何も話が進展しない。その点、お前は早苗とも歳が近いし、何か思い当たる節があるんじゃないかと思ってな」
「そうは言っても、いつも一緒にいるアンタがわからなくて、私が分かるわけ無いじゃない。アイツが家に来たの、この間の蛇の被害の件で呼び付けたのが最後よ?もう一月経ってるわ」
 それを聞いて、私はガクッと肩を落とす。霊夢の天賦の勘を期待して来たのだが、どうやら当てが外れてしまったらしい。
「そうか。分からないか」
「本人に聞いてみたら?一番手っ取り早いと思うけど」
「さりげなく聞いてみたんだが、誤魔化されてしまってな。どうやら、私達には話したくないらしいんだ」
「ふぅん。じゃぁ、もう如何しようも無いんじゃない?放っときなさいな」
 前からやる気の無かった霊夢の声が、更に投げやりになる。そんな彼女とは裏腹に、私は半ば膝を立てて身を乗り出し、机を拳で強く叩いた。
「そう出来ないから、こうしてあれこれと努力しているんだろう!」
 怒鳴り散らして、霊夢の肝を抜かれた顔を見てから、私は一人で興奮している事を自覚した。再び座布団に座りなおして、咳払いを一つ。
「つ、つまりだな、早苗の心配で夜も眠れんから、お前に相談しに来たんだ。諦めると言って諦められる事では無いんだよ」
「そ、そう。・・・アンタって、早苗をえらく大切にしてるわよね。神様っぽくないわ」
 怪訝そうに霊夢が言う。それに私は胸を突かれた心地になった。
「神らしくない、か。そう思うか?」
「だって神様って、巫女や神官はともかくして、人間の事米粒か何かだと思ってないでしょ?何度か話してそう思ったんだけど、優しい神様でもそう言う傾向ある気がするのよね。だから、アンタみたいに早苗を大切にしていると、ちょっと神様らしくは無い気がするわ」
 霊夢の言う事は、恐らくは半分は経験で半分は偏見だろう。だが、その見解は間違っていない。
「やはり、おかしいだろうなぁ」
「え?」
 思わず霊夢が間抜けな声を漏らす。実は彼女の言う事は、私も同感だった。
「私にも、早苗と言う存在が不可解で仕方ないんだよ。お前の言う通り、私達が人間を思いやる事など絶対に無いのだから」
 残酷に思えるかも知れないが、巨大な階級社会が築かれたらば、天上から見た天下は米粒より小さく見える物だ。平安の時代の貴族からすれば、京の外で野に下る民一人は蟻より小さく、戦国の時代の城主からすれば、戦に駆り出される兵一人は将棋駒よりも軽い。同じく、神を頂点とするピラミッドが出来てしまえば、その下に位置する人間はとても小さい存在である。人が蟻を平気で踏み潰し、それに感懐を催さないと考えれば、よく理解出来るだろう。
 それは私だって、例に外れていなかった。それどころか、他の神よりも合理的な思考を持つ私は、人どころか他の神にだって利害以外の感情を抱いた事は無い。
「だが、だからこそ私にも、早苗の存在が不思議なんだよ。元は人だと言うのに、彼女は私や諏訪子を心配して、幻想郷へ付いてきてくれたんだ。嬉しかったし、私はそんな早苗を大切に思っている。しかし・・・人間、なんだよな。私も、困惑しているんだよ」
 早苗は私にとって、大切な存在だ。だが、それが「人間」だと考えると、どうしても違和感が拭えない。
 手を掴めば、温もりを感じる。声を聞けば、愛しさを感じる。それが「人間」だと考えれば、情など感じないはずなのに。矛盾する思いを解決出来ないまま、今私は此処に座って悩んでいる。矛盾した愛を抱えたまま、今私は早苗を想って右往左往しているである。
「へぇ、アンタも意外と色々悩んでるのね。で、その大切な早苗がため息ばっかり付いてるから、保護者としては放っとけないと」
 意地の悪い言い方を霊夢はするけれど、私は口惜しくも頷いた。
「早苗の事だから、しょうもない事で悩んでるだけなんじゃない?」
「それなら、良いんだがな」
「アンタは考え過ぎなのよ。何がそんなに怖いって言うの。早苗が明日死ぬとでも?」
 考えすぎ、と指摘されるとどうにも弱い。本当にその通りだ、ただ早苗が悩んでいるだけなのに、私はその事で彼女以上に悩んでしまっている。大袈裟だといわれてしまえば、何も言い返せない。
 しかし、それには理由がある。彼女の悩みに、嫌な、心当たりがあるのだ。
「もしかしたら、早苗は後悔をしているんじゃないかと、考えてしまうんだ」
「後悔?何の?」
 聞かれてから、話してしまおうか悩んで黙り込む。本当は、この話はしたくなかったのだけれど。顔を俯かせる私の口が、ぼそぼそと言葉を紡いでいく。
「私の見立てでは、既に外の世界での仕事は限界が近かった。仏に人の人気を食われ、一時は神仏習合で息を吹き返したと思ったが、後に廃仏毀釈で今度は仏もろとも地に落とされた。だから、私たちは幻想郷に可能性を求めたんだ。そんな私達を心配して、早苗は一緒に来てくれた。だが、彼女は神でもあり、一人の少女でもある。外の世界でも、彼女は人間の友人と仲良くやっていた。だからもしかしたら、帰りたいと思っているんじゃないか?その事で、悩んでいるんじゃないか?そう、考えてしまうと、辛いんだよ」
 だから、私は早苗の悩んでいる理由を他に求めた。彼女はそんな事を考える様な子では無い。それは私が誰よりも知っているが、それでも気になってしまうのだ。実際に、それ以外に悩みの原因が思いつかないのだから。
「ふぅん。正直、アンタがそこまで早苗を思いやってるって言うのは、意外だったわ。まるで、母親みたいね」
「母親、か。もしかしたら、これが親の子を思う気持ちなのだろうか」
「・・・そう、なんじゃない?」
 そう答える霊夢は、何処かを眺めて呆けたまま黄昏ていた。声も上の空で、何かを思慮している様だ。まるで、遠い日の記憶に想いを馳せている様な。遠く、儚げな色をその目はしていた。
「だが、その母親の思いも、甲斐は無かったな」
 私は腰を上げて、中身の無くなった湯のみをお盆に戻す。
「え、帰るの?」
「ああ、お前にも分からない様だしな。長居は迷惑だろう?出来る事ももう無いし、この神社にもう世話になる用事も無い。あとは神社で一人考えるさ」
「そう。ま、機会があったら本人に聞き出しといてあげるわよ」
「ああ、ありがとう。それではな」
 軽く会釈をして、私は障子を開けて外へ出た。軒下には、魔理沙はいない。境内の方から声がするに、誰かと会話をしているらしい。私も声のする方へ向かってみると、そこには魔理沙ともう一人。
「あ、神奈子様!」
 蛇の髪飾りを揺らしながら、その少女は駆け寄って来る。魔理沙の話し相手は、早苗だった。
「さ、早苗。この神社に、何か用があったのか?」
「はい、ちょっと霊夢に相談したい事があったので。神奈子様は如何なさったんですか?」
「お、おお。私も、似た様な物だ。だが、もう用事は終わったから、帰るとするよ」
「そうですか!私も直ぐに帰りますね、おゆはん待っててください!」
「あ、ああ」
 やたらとぎこちない返事をして、私はそそくさと鳥居を潜って神社を抜けた。そして、一人で勝手に迷走している自分に対して、ため息を吐く。
(母親とは、心労の多い生き物だな)
 思いやる事に慣れないばかりに、全く勝手が分からない。いつか私にも、早苗の相談に乗ってやれる日が来るのだろうか。いつかは、言葉を交わさずに早苗と以心伝心出来る日が来るのだろうか。・・・こんな調子では、いつまで経ってもその日は来ないだろうな。
 結局、早苗の悩みについて知る事は出来なかった。仕方ないので、母は一人で娘を見守っているとしよう。
 空を仰げば、そこは青く澄んでいる。それとは対比して、私の心は曇天のままである。煙鬱開き難し、私は重い気持ちを抱えたままで、もう一つ大きなため息を付いた。


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 「プレゼント、何が良いと思う?」
 出されたお茶を音を立てて啜ってから、本日三人目の客がまずそんな事を言った。ちゃぶ台を介して対称に座る私、博麗霊夢は、あまりの突飛な話にうんともすんとも言えない。
「ええと、何の?」
 やっと口を利けたと思えば、出た言葉はそんな物だ。困惑する私を置いて、その客は、東風谷早苗は意気揚々と舌を捲くし立てる。
「来週の月曜日は記念日なの。私と神奈子様と諏訪子様が幻想郷に来た日のね」
 語る早苗は嬉しそうである。この連中が来た日なんて覚えていないが、思えば早苗達が起こした異変からも、もう随分と日が経っているんだった。記念日どうこうと言っても、おかしくはない。
「それでね、その記念日を祝って、神奈子様や諏訪子様にプレゼントをしようと思ってるの。諏訪子様はこの間、「孫の手が欲しいな」って仰ってたから、もう用意してあるんだけど、神奈子様に贈るプレゼントが、まだ決まってないのよ」
「で、その相談を私にしに来たの?」
 嫌な予感がしてそう聞くと、早苗は大きく頷いた。
「そう!」
 私の肩がガクッと崩れる。ああ、コイツもそんな感じか。
「何でどいつもこいつも、うちに相談しに来んのよ」
「え?何か言った?」
「何でも無いわ。それより、どうして私に聞きに来たのよ。そう言うの得意そうなの、他にもっといるでしょ。魔理沙とか、小鈴ちゃんとか得意そうじゃない」
 と、言うかそもそも、コイツこんなに元気だったのか。何かでは知らないが、神奈子の話では相当悩んでいたと聞くのに、他人のプレゼントどうこうを考える余裕はあるんじゃないか。やっぱり、神奈子の心配が過ぎていたのだろうか。
 何でも良いけどとりあえず、相談とかそう言うのは私が一番嫌いで億劫な事なんだ。今日は既に一つ終えていると言うのに、また一つなんて冗談じゃない。顔をいかつくしかめて、私は早苗の相談を邪険に扱った。一方の早苗は、私の不機嫌なんて気にも留めずに、無邪気な笑顔を振舞って、いや押し付けて来る。
「だって、霊夢は何か、変な包容力があるんだもん。誰かに頼りたいなーって思ったら、何か霊夢の所に来ちゃうのよね」
 褒められているんだろうが、全然嬉しくない。結局は絡みやすいって理由で、絡まれているだけなのだから。そんなんだからうちには妖怪が理由も無く集って来て、妖怪神社だ何だと言われて客が寄り付かないのだ。まぁ、今更な話だけど。
「何でも良いけど、私を当てにするのとうちに集るのは止めて欲しいわね。プレゼントだっけ?石と草で良いんじゃない?」
「さ、流石に適当過ぎよ!」
「大丈夫大丈夫、アイツは早苗からならきっと、何貰っても喜ぶと思うわ」
 確かにぞんざいに答えてはいるが、意外と的を外れてもいないと思う。早苗も、神奈子のプレゼントを考える位の余裕はあるみたいだし、早苗が切羽詰まっていないと知っただけで、神奈子は嬉しいんじゃないだろうか。
「それは、確かに神奈子様はお優しいから、きっと何を貰っても喜んで下さるでしょうけど、そんな適当に決めたくないのよ。ただの記念日のプレゼントってわけでも、ないから」
 途端早苗が神妙な表情になって、声から普段の明るさが消えた。あれ、いつもニコニコしてばかりかと思ったけれど、こんな顔も出来るのか。
「ただのプレゼントじゃないって、じゃあ何なのよ。他の記念も掛かってるとか?」
「ううん、そうじゃなくて」
 首を横へ振った早苗は、浮かない顔のままで重そうな口を開いた。
「神奈子様への、応援も込めたプレゼントなの」
「応援?」
「うん、何か最近神奈子様、何かで悩んでるみたいで」
「んん?」
神奈子が、何かで悩んでる?・・・早苗がじゃなくて?ついさっき話した神奈子は、早苗が何かで悩んでいると言っていた。だが早苗は、神奈子が何かで悩んでいると言っている。これは一体、如何言う事だろう。
 少なくとも、神奈子が何かで悩んでいる様子は無かった。早苗の見当違いでは無いだろうか。
「神奈子が、何かで悩んでるの?さっきアイツと話してたけど、そんな素振りはしてなかったわよ?」
「ええー?嘘だ、絶対その事を霊夢に相談しに来たと思ったのに」
「少なくとも神奈子の話じゃ、アイツが幸せそうだって事だけしか分からなかったわ。どこら辺が悩んでるって思ったの?」
 話の根幹に触れてみると、早苗は突如顔を伏せて、重いオーラを漂わせ出す。しまった、地雷を踏んでしまったか?いや、ただ思い当たる節を聞いただけじゃないか。それで如何して早苗が落ち込むんだ。
 声を掛けられず、私は一人でおろおろとうろたえる。一方の早苗は、相変わらず酷い顔で突っ伏しながらも、懸命に言葉を紡ごうとしていた。
「最近、神奈子様の御様子がおかしいのよ」
 やっと言葉をひねり出した早苗は、今にも泣き出しそうだ。
「おかしいって、具体的には?」
「いつも、沢山の事を思慮なさってる神奈子様が、最近はずっと、空をぼうっと見上げて、何か考えに耽ってらっしゃるの。だから心配しちゃって、わけを聞いてみたんだけど、しどろもどろに誤魔化されちゃって・・・。それから、私に対する神奈子様の態度が、ずっとぎこちないの。ついさっきそこで話した時も、そうだったわ。理由は分からないけど私、避けられてるみたい」
 なるほど、その思案している事と言うのは、恐らく早苗の心配だろう。だから早苗自身に聞かれても、答えることなんて出来るわけもなく、誤魔化すにも不自然になってしまったわけだ。
「避けられる理由は分からないし、もしかしたらそれが神奈子様の悩みと、関係してるのかも知れない。神奈子様が悩んでらっしゃる事も、その原因が私だったとしても、凄く辛いわ。けど、だからこそ私が、神奈子様の為に出来る事をしたいと思ったのよ。そこで、プレゼントの話を思い出して。だったら、励ましの意味でも、プレゼントを奮発すれば良いんじゃないかなって思って」
 長い懺悔の様な話が終わった。相変わらず、話を終えても早苗は顔を俯かせたまま顔を蒼くしている。どうやら、本当に胸を痛めて悩んでいるらしい。
 あれ?悩んでいる?早苗はこの事で、悩んでいる?・・・もしかして、神奈子の言っていた話って。
「ねぇ、もしかしてだけど、アンタがやたらと最近ため息付いてたのってさ」
「あ、あれ。意識はしてなかったからわかんないけど、やっぱりため息沢山ついてたんだ。うん、神奈子様の心配とかプレゼントの事とか考えてたりしてたから、結構気持ちは落ち込んでたと思う。特に昨日今日は、神奈子様に避けられてショックだったから」
(ああ、もう、コイツらは)
 ドッと体が重くなった。
力が抜けて、私は座布団に重く圧し掛かって、畳の上で項垂れる。
「え、ちょ、ちょっと!どうしたの、突然!」
「アンタらは、幸せよね」
 力無く私が答える。話の全容が見え、突然馬鹿らしくなってしまった。
分かりやすく纏めれば、神奈子は「近頃の早苗が何かで悩んでいる」と言う事を心配していた。そして早苗は「神奈子様に贈るプレゼントを何にするかと、神奈子様が何かで悩んでらっしゃる」と言う事で悩んでいた。お分かりだろうか、ループしているのである。
 話の発端は、早苗がプレゼントを何にするかから始まった。しかしここまでは、特に悩むほどの事でも無かった。それを勘違いした神奈子が、早苗が何かで悩んでいるのだと誤解した。そしてそれについて心配している神奈子を見て、今度は早苗が「神奈子様が何かで悩んでらっしゃる」と勘違いをした。ついでに早苗に対して挙動不審になった神奈子を見て、早苗は自分が避けられているとも誤解した。
 神奈子は早苗の心配をして、その心配して悩む姿を見て早苗が心配して、そして更にそれで心配して悩む姿を見て神奈子が更に悩む。見事、此処にループが成立したのである。
 酷い茶番もあった物だ。だってこんなの、早苗か神奈子がしっかり悩んでる理由を問い正したら解決する話じゃないか。
 しかし、そのループは解決されなかった。今もまだ、二人は勘違いをお互いにし続けている。それは二人が、互いに想いあっているからなのかも知れない。相手を想う故に、相手が自分をどう想っているかが盲点になってしまった。その為に、こんな想いの行き違いが出来上がってしまったのでは無いか。悲しい事故と言うべきか。いや、一番悲しいのは関係無いのに振り回された私なんだけど・・・。
『もしかしたら、これが親の子を思う気持ちなのだろうか』
 神奈子の言葉を思い出す。彼女はまるで母の様な心地がすると言った。そして、早苗もまた、まるで子の様に神奈子を慕い、想っている。二人は本当に、親子の様に互いを想い合っているのだ。
(幸せな、家族じゃない)
 呆れつつ、微笑ましい気分になった。なのに、どうしてだろう、何処か軋んだ心もある。
「お願い霊夢、やる気出してよ。私、分からないのよ。どうしたら神奈子様を励ませられるのか、どうしたら恩返しできるのか分からないの」
 悩む早苗が、縋る様に私の目を見て言う。そんな彼女の瞳には、微かに光る涙があった。
 私は面倒事が嫌いだ。ましてや、うちに集って来るなんて堪った物じゃない。だから、こんなお悩み相談だって、聞き流して追い出してやりたい。
 そうしてやりたい、はずなのに。
「笑ってやりなさい」
 不意に呟いた私の言葉を、早苗が訝しむ。
「わ、笑う?」
 きょとんとする早苗の目を見て、私は深く息を吸って告げる。
「アイツが悩んでるのはね、早苗が幻想郷に来た事を後悔してるんじゃないかって事よ」
「!」
 当然、早苗は驚きを隠さずに顕にしている。それはそうだ、彼女がこの事を知っているわけが無いのだから。言えば、早苗の困惑を収める為に、あれこれ口を添えなければいけない。面倒だし、厄介な事だ。だがそれでも、私は言った。言いたかった。
「違うでしょう?アンタは、後悔なんてしてないでしょう?なら、笑ってやりなさい。私は今、幸せだって。アンタと一緒に、この幻想郷に来れて、幸せだって。それで・・・沢山笑顔を見せて、ありがとうって言ってやりなさい」
 早苗が目を見開く。途端、直ぐに表情を明るくし、座布団の上に立ち上がった。その表情は早苗らしい、いつもの爛漫な笑顔である。
「ありがとう、霊夢」
 その一言だけを残して、早苗は部屋から駆けて出て行った。部屋に残された私は、一つ大きく息を付く。面倒な仕事が、何とか上手く片付いた。
「お前らしくないな」
 早苗が開けた障子の先から、やおら声がした。気が抜けた私は、その声に肩をビクつかせて飛び上がる。そして即座に声の方を睨み付けた。声の主は、魔理沙だった。
「アンタ、盗み聞きしてたでしょ」
「神奈子の話から、全部な。霊夢なら、知らん出て行けとでも言うと思ったんだけどな」
 悪びれる事無く、魔理沙はそんな事を言う。ムカつくけど、図星だったから何も言い返さない。
 面倒事は、大嫌いだ。集られるのだって、妖怪だろうが仙人だろうが金と信仰心を落とさない奴は全員叩き出してやる。だから、早苗の相談だって・・・面倒だと思っていた。
 それでも、私は口を出してしまった。まるで本当の親子の様に想い合える二人が、このまますれ違ったままだなんて、嫌だったのだ。
 だって、声が届かなくなってからでは、遅いのだから。
(どれだけ、嘆いたって)
 失くした温もりには、二度と手を触れられない。
「魔理沙」
「ん、何だ?」
「家族って、良い物ね」
 魔理沙は、何も言わない。私の事をよく知っているからこそ、何も言わないんだ。帰ってこない返事を待つ事無く、私は外の空を眺める。
 灰の混じった秋の空には、煙の様な雲が遠くに立っていた。その雲の隙間から、微かに秋の頼りない陽が顔を出す。昼間に似つかないその清清しい光が、私の目元を微かに光らせた。
 秋は、物が枯れて物思う季節だ。私は秋の本意通り、遠い昔の記憶に想いを寄せて。
 緑の巫女はマイペースに、アイツらしい清清しい笑顔のままで、目の前の春の道をひた走る。


-----


 人によく、早苗はいつも明るいと言われます。
 否定は勿論しません、だっていつも、幸せだから。満たされている心地がするから、私は、東風屋早苗は、いつだって笑顔でいられるんです。
 ですが、人は知りません。私は人一倍人見知りで、人一倍傷つきやすい人間なのです。だから、嫌な事があったら直ぐに不機嫌になるし、傷付いたら一日中布団から出られません。嘘だと思うかも知れませんが、本当です。だって、昔そうだったんですから。
「早苗ちゃんって、何か暗いよね」
 クラスのリーダー的存在の少女が、ふとして言ったその言葉。それだけで、私に対する虐めは始まりました。それまでは、まるでそんな様子も無く、上手くやっていたんです。ですが、私は思った事を率直に言葉に表せない子だったので、虐めをされても何も言う事が出来なかったんです。小学三年生の、一年間きりの虐めでした。
 いつの間にか虐めの雰囲気も解け、私は再び日常の中に溶け込んで行きます。ですが、私の中での人への恐怖や失望は、消える事はありませんでした。だから私は、人の前ではやたらと愛想笑いをして、適当に誤魔化して適当な友好関係を維持する様になったのです。
 人から逃げた私が行き着いた先は、物語でした。物語の中の人は、現実とは違って良い人ばかりです。それに、物語の中の世界はいつだって、私に夢をくれます。探究心と言う生命力をくれます。私はいつしか、人と触れ合う時間よりも、家の書庫に篭る時間が多くなっていきました。
 中学生になっても、高校生になっても、それは変わりません。人の前では嘘で笑って、物語の世界に閉じ篭る。退屈で、空しい生活でした。
 そんな冷めた目の私に、突如その出会いは訪れます。
「どうしてそんなに綺麗な目をしているのに、そんな冷めた目で世間を見る?」
 家族が管理していた、寂れた神社で。何の気なしに忍び込んだ私は、その人と出会います。中に入った私の視界が突然光り、次に目を開いた時には、そこには背の高い女性が一人いました。その荘厳な雰囲気に、私は直感で気が付きます。この人は人間では無いと。
「つ、つまらなくて、下らないからです。生きてる、事が」
 怯えつつ、生意気にも答えて見せた私を、鋭い眼光が射抜きます。射竦められた私の方へその人が寄って来て。
 世界が、一転しました。
 ハッとして我に返ると、頬に鈍い痛みがあります。私は、頬を叩かれたのです。
「な、何を!」
 食って掛かろうとするより早く、その人が言います。
「しっかりと、目を開いて周りを見なさい」
「え、ええ?」
「周りを、見てみなさい」
 語気が強い為に、私は強いられるままに周りを見ました。そこはやっぱり、ぼろ臭くて散らかった社の屋内があるだけ。真暗なそこは埃が舞っていて、とても煙たいです。
 ですが、室外から差される陽の光が、暗い室内を一筋照らしてくれています。その眩しくも儚げな光が、私には趣深く感じられました。
(あ、綺麗だな)
 ハッとします。今までは深く物を見ることが無かったから、そんな綺麗な一面に気がつけなかったのです。
「退屈だと?」
 目の前の女性が再び口を開きます。怒られるのかと思ってビクッとしたけれど、顔を上げるとその人は、優しく微笑んでいました。
「お前の目は、世界を愛せる目だ。色んな世界を見て、心を躍らせて、笑顔になれる者の目だ。だから、一人の世界に篭って、退屈だ何だと言って自分を誤魔化すな」
 もう一度、頬を叩かれた様な気持ちになりました。そして、何かの堰が切られた様に、私の目から涙が溢れます。
 私は、その人の袂でわんわん泣きました。私は自分が、人を嫌いなのだと言う風に思っていました。現実の世界が退屈だと考えていると、思っていました。ですが、本当は違ったのです。
 私は誰よりも、人が大好きでした。誰よりも、この世界が大好きでした。ですが、幼い頃の虐めの記憶が、私と他人の間に、世界の間に、見えないフィルターを作っていたのです。
 世界を眺めれば、誰よりもその景色を見て心を振るわせられるのに。人にそれを語れば、きっと人も感動を同じくしてくれるのに。
 私は物語が好きなのではありませんでした。ただこの世界が、この世界で「生きる」事が好きだったんです。それをこの時、この人に・・・神奈子様に教えていただいたんです。
 それからの私は、全てが一変しました。
「ねぇ、今度の週末、皆でどこか遠出しない?ディズニーとか、USJとか良いよね!」
 いつも一緒にいる学校の子が、そんな話で盛り上がっていた所。
「早苗はどうする?ディズニー行きたいよね」
 話が私の方へ回ってきました。いつもは適当な愛想笑いを浮かべて、本当は無いバイト予定でも立てて断るはずでした。けれど。
「遠出かぁ。私、富士山を見に行きたいなぁ。あ、吉野山の桜も見に行きたいかも」
 マイペースに、物語で見た場所に行きたいとせがみました。いつもの私と違うと、ポカンとする皆を他所に、私は一人、満面の笑みを見せます。今までの、嘘の愛想笑いではありません。
 心からの、本当の笑顔でした。


「もう、この世界で信仰を得るのは難しい」
 相変わらずぼろぼろで汚い神社の中で、どっしりと座る神奈子様が或る日、そんな事を仰いました。神奈子様がこの神社に顕現なさってから、私は神奈子様と話す為に、よく神社に来る様になったのです。
 神官の一族であり、神に仕える者としての力を存分に持つ私ですが、信仰云々の話なんて分かるはずがありません。だって、そう言った話は親がやっていましたし、その親が先立ってしまってから、神奈子様の為に掃除やらなにやらする様になるまでは、私は神社とは一切関係がなかったんですから。
 ですので、そんな事を神奈子様が仰られても、私は「はぁ、そうですか」としか言えません。
 しかし、その次神奈子様が仰った言葉は、私を大きく揺さぶります。
「だから、決めたんだ。私は此処から、出て行こうと思う」
 ・・・言われて数分、私はずっと呆然としてました。確か、上の空でも聞こえた話によると、この科学が進歩した世界では、人の信仰を得るのは難しい。人が不安に仰がれなければ、信仰とは得られない物だ。だから、幻想郷と言う世界に行って、信仰を得られないか賭けてみようと思う。一か八かだが、何もせずに廃れるよりはマシだ。と、言っていた気がします。
 ですが、私からすればそんな話はどうだって良かったんです。一番大事な所は、その次でした。
「今まで、話し相手になってくれて助かった。暇を持て余していたからな。だが、安心してくれ。それももう終わりだ」
 私は愕然としました。神奈子様は、私を連れて行くまいと考えてらっしゃったのです。
 ですが、私は知っています。それは神奈子様の優しさが故の事です。自分の危うい賭けに、関係ない私を巻き込むまいとして、私を連れて行かないと決めたのでしょう。
(甘いですね、神奈子様)
 私がニヤリと微笑みます。この早苗が、神奈子様の言われた通りにするはずが無いでしょう。
「私も、連れて行ってください!」
 唐突なそのお願いに、神奈子様は目が飛び出る程に驚かれます。
「な、何だと?そ、それは駄目だ。早苗は、確かに、その力のあまり、既に信仰を得て半ば神にもなりかけてはいるが、私や諏訪子と違って、お前は信仰が尽きても消滅する事は無い。そんな賭けに出る必要は無いんだぞ?」
「私、神奈子様に付いて行きたいんです」
 神奈子様の言葉を遮って、私は言います。口ごもった神奈子様は、私の意気に圧されてしまい、口を閉ざされてしまわれました。
「勿論、神奈子様に教えてもらった事も、忘れてません。私は今は、この世界も大好きです。けど、神奈子様がその、幻想郷に行くと仰るなら、私も行きます!まだまだ、恩返しが出来てないんです。それに私は、神奈子様の仰るとおり、何処でだって笑顔で生きていけます!」
 私は厚かましい程眩しい笑顔で、神奈子様に微笑みます。神奈子様に教えて頂いた、神奈子様が呼び起こして下さった、私だけの笑顔で。
「分かったよ、早苗」
 呆れた様に、神奈子様がため息をつかれます。そして私は、ガッツポーズをしておもむろに喜びました。
「やったー!」
 そんな一日を経て、在りし日。私達は、幻想郷へやって来ました。
 そして、神奈子様に深く感謝します。この幻想郷に連れて来て下さって。
 未知と神秘と、絶景に溢れたこの世界に、連れて来て下さって。


 幻想郷に来て私達は、色々と面倒事を起こしたり、色んな所に観光に行ったりと、本当に楽しい生活を送っていました。ですが、それを初めて早三年。初めて、その平穏な生活に不穏な波が立ちます。
 私が二週間後に迫った記念日のプレゼントを考えていると、ふと神社の軒下で佇まれている神奈子様を見かけました。何か悩んでらっしゃる様で、しかめっ面でうんうんと唸ってらっしゃいます。
「どうなさったんですか?神奈子様」
 私がいつもの笑顔で聞くと、神奈子様は私を見るなり、ギョッと目を見開かれました。
「さ、早苗。い、いや、何でもないよ」
 そう言えばまだ仕事が残っていたな、と仰って、神奈子様は神社の中へ行ってしまわれました。残された私は、重く心に圧し掛かったショックに対応出来ず、暫くぼうっとしているしか出来ませんでした。
 私に対しての神奈子様の反応は、明らかに異様です。まるで、私がいると都合が悪いみたいじゃないですか。当然、何かした覚えは私にはありません。
 もしかしたら、神奈子様が悩んでらっしゃる原因が、私なのかも知れません。だから、私と顔を合わせるのが気まずくって、わざと避けられたのかも。最悪、顔も見たくないと言う可能性もあるのかも知れません。
 神奈子様が何で悩んでらっしゃるのか、私は考えても考えても分かりませんでした。すると、同時にプレゼントの事にも頭が回らなくなり、何のアイディアも閃かないまま、期限は一週間を切ってしまいました。
 ですが、その一週間前になって閃きます。
(私が景気の良いプレゼントをすれば、励ましになるんじゃないかな)
 どうにかして、神奈子様の応援や悩みの解消が出来ればと考えた結果、思い浮かんだ方法はそれしかありませんでした。ですが、期限はもう一週間前。もう時間もありません。私では良いアイディアが浮かばないかも知れない。そう考えた私の頭に、ある人の顔が浮かんで来ます。
「霊夢なら何か、閃いてくれるかも」
 突然、霊夢に頼りたくなったんです。何でかは分からないんですが、霊夢は何と言うか、言い得もない安心感があると言うか、言葉で表せない魅力があると言うか、何となく霊夢なら何とかしてくれると思ったので。
 ですが・・・いざ、博麗神社に顔を出してみれば。
「石か草で良いんじゃない?」
 初めにくれたアドバイスは、酷い物でした。そうでした、霊夢は超が付くほど愛想が無かったのです。ですが、私はへこたれません。
「そんな適当に決めたくないのよ。ただの記念日のプレゼントってわけでも、ないから」
「ただのプレゼントじゃないって、じゃあ何なのよ」
「神奈子様への、応援も込めたプレゼントなの」
「応援?」
 首を傾げて霊夢が聞いてきます。私は霊夢に、事の経緯を事細やかに話しました。若干、話してて凹みました。何て言うか、神奈子様に嫌われているんじゃないかって、再認識してしまって。
 話を一通り聞いた霊夢は、目を閉じて思案に耽っています。ですが、何に気が付いたのでしょう、ハッとした霊夢が途端顔を青くして、私の方を見ます。
「ねぇ、もしかしてだけど、アンタがやたらと最近ため息付いてたのってさ」
 あれ、意外でした。霊夢とは最近会ってなかったので、そんな事気付かれると思ってなかったのです。それに、そんなに私、ため息を付いていたんでしょうか。はいと頷いてみると、霊夢は突然項垂れて、顔から覇気が抜けてしまいました。
「え、ちょ、ちょっと!どうしたの、突然!」
「アンタらは、幸せよね」
 一体、どうしたと言うんでしょう。もしかして、面倒臭くなって聞く気が無くなってしまったのでしょうか。それでは私は困るんです。期限はもう一週間しかありません。背水に立たされている私は、この目の前の赤色巫女に頼る他に方法が無いのですから。
「お願い霊夢、やる気出してよ。私、分からないのよ。どうしたら神奈子様を励ませられるのか、どうしたら恩返しできるのか分からないの」
 まるで神様に頼み込む様に、私は霊夢に縋りつきます。微かに目に涙が滲んで来ました。お願い、霊夢。私に道を示してください。私を助けてください。
 貴方はいつだって、皆を助けてきたじゃないですか。
「笑ってやりなさい」
 ふと、霊夢がポツリと呟きました。私はバッと顔を上げます。私の願いは、霊夢に届いたのです。
「わ、笑う?」
 一つ長い間と息を置いてから、霊夢がゆっくりとお告げを始めます。
「アイツが悩んでるのはね、早苗が幻想郷に来た事を後悔してるんじゃないかって事よ」
 聞いて、私は唖然とします。それを、どうして霊夢が知っているのでしょう。やっぱり、さっき神奈子と話した時に聞いたのでしょうか。何にしても、そのカミングアウトは私を強烈に動揺させました。
 何と神奈子様は、私の心配をなさっていたのです。それも、私が幻想郷に来た事を、後悔しているかなんて。忘れたのですか神奈子様、此処に来たいと言い出したのは私なのですよ?
 そんな私の思いを、霊夢は、神奈子様よりもずっと分かってくれていました。
「違うでしょう?アンタは、後悔なんてしてないでしょう?なら、笑ってやりなさい。私は今、幸せだって。アンタと一緒に、この幻想郷に来れて、幸せだって。それで、沢山笑顔を見せて、ありがとうって言ってやりなさい」
 強く、頬を叩かれた様な錯覚を覚えました。熱い叱咤激励です。これで、しっかりしなさいと怒られたのは、三度目です。
 私は、忘れていました。神奈子様の心配をして、神奈子様が私を嫌っているんじゃないかと勘違いをして、大切な事をすっかり忘れていたのです。
(笑ってやりなさい)
 笑顔、私の一番の取り得。神奈子が褒めて下さった、無二の笑顔。それこそが私の全てであり、そんな私を、神奈子様は慕って下さったのです。
 途端視界が開けて行きます。思えば、最近は全く私らしくありませんでした。かつての、思いを心の裡に閉じ込めてしまう自分に逆戻りして、本当の自分を再び見失いかけていました。
 私はいつも、笑顔で、気儘に空を駆けるんです。見果てぬ世界を欲し、草原を駆け、海を渡り、蒼天を仰いで飛び、そして更に次の場所へと、想いを馳せて向かうんです。
 無尽蔵に躍動し、ときめく心を携えて。
 空を仰いで、爛漫な笑顔を煌かせて。
「ありがとう、霊夢」
 私は一つお礼を言って、神社を出て行きます。目指すは守矢神社、神奈子様へのプレゼントの準備をする為です。
 東風谷早苗の一世一代の大作戦の、始まりです!

 あれから、一週間が経ちました。今日は、私達が幻想郷に来た記念日です。さて、そんな記念日の神奈子様は、と言うと。
 私は箒を持って、境内に出てきます。そして神社の縁側を見れば、案の定。そこでは神奈子様が、難しい顔を何かを思案なさっていました。いえ、私の心配をなさってくれているのですよね。分かってしまうと凄く嬉しい反面、少しだけ気恥ずかしいですね。
 ですが、そんな神奈子様の心配も今日までです。諏訪子様には孫の手を贈りました。とても喜んで下さいました、嬉しいです!
 そして、諏訪子様に、神社の留守のお願いもしてきました。準備は、万端です!
 箒を放り、私は神奈子様の前へ躍り出ます。
「神奈子様!」
 やおら声をかけられ、神奈子様は声を上げて驚かれました。
「さ、早苗か。どうしたんだ?何か、あったのか?」
 ええ、ありますとも。これから、最高に楽しい物が。
 私は少しやつれている神奈子様の手を、この手で取りました。そして、高らかに叫びます。
「物見遊山に出かけましょう!」
「え?」
「行きますよ!」
 有無を言わさず、私は神奈子様の手を引いて、神社を飛び立ちました。
「う、うわわっ!」
 自分で浮いているわけでないからか、神奈子様が足をバタバタなさいます。ですが、次第に慣れてくると自分で飛び始め、困惑した目で私の方を見てきます。
「ど、どうしたんだ、早苗。何があったんだ」
 困惑なさるのも無理はありません。ですが、決して気が狂ったわけでは無いのです。これが私の出した決断です。私が贈ると決めた、神奈子様へのプレゼントなのです。
 私は、神奈子様の問いに答える気はありませんでした。神奈子様に伝えたい事は、ただ一つ。いつもの「私の笑顔」を携えて、私は口を開きます。
「私は、幸せです」
「え、ええ?」
「私は、この幻想郷に来れて、本当に良かったって思ってます。初めは、神奈子様の後に付いて行きたいと思ったからでしたけど。今は私は、この世界が本当に好きなんです」
 神奈子様の心配を無くす為には、神奈子様を安心させる他はありません。なら、する事は決まっています。霊夢の言ったとおり、私がこの幻想郷で幸せだと神奈子様に示せば良いんです。
「幻想郷には、綺麗な景色や物が、奇妙な物や事件が沢山あります。毎日が、楽しくて堪らないんです!だから、私は後悔なんてしてません」
「さ、早苗」
 心中を突かれて、さぞかし動揺なさっているでしょう。ですが、私が後悔していないと知ったからか、神奈子様の表情は和らげです。
 私は、本当に後悔なんてしていません。この幻想郷は本当に、沢山の不思議に満ちているんです。毎日が楽しくて、毎日が輝いていて。そして、まだ見ていない世界が、沢山あります。
「私、神奈子様と一緒に見に行きたいんです!まだ見ない不思議な世界も、綺麗で奇妙な宝物も。全部全部、神奈子様と一緒に見に行きたいんです!」
 だって、神奈子様は私を、本当の私に変えてくれた人だから。きっと神奈子様は、私を娘か何かだと思っているでしょう。私だって、お母さんでも構わないと思っています。・・・ですが、もしかしたらこの気持ちは、恋と呼べる物なのかも知れません。だから私は、神奈子様と一緒に行きたいんです。
 密かに想う、初恋の人と。
「大丈夫です、お留守番は諏訪子様に任せて来ました。後顧の憂いはありません、行きますよ!」
 風を一層舞わせて、私は更に高い天へと飛んで行きます。いつまでもどこまでも、神奈子様と一緒に、私は飛んで行きます。
 天真爛漫な笑顔を以て、気の向くままに風に乗って。

―――終わり―――
 夏休み終了まであと二日、なんとか一作品上げられました、風水です。
 早苗さんと神奈子さんの親子愛みたいなのを描きたかったのが書き始めた理由です。

追記、コメント下さった方、ありがとうございます。
    >>3様
    「・・・」の多用については、仰る通りです。私個人の癖で、描写の傾向に関係無く、無駄に多用してしまう悪癖がありまして、普段より気をつけてはいるのですが、この製作に関しては全く気が抜けてしまっていました。後日、大幅に修正を加えようと考えています。御意見活用させて頂きます、ありがとうございました。
    >>6様
    ありがたいお言葉、痛み入ります・・・。描写についてはとりわけ丁寧にと心がけているので、評価を頂けると本当に嬉しいです。これからも同じく評価して頂ける様に、努力、精進を惜しまない所存です。
風水
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コメント



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3.30名前が無い程度の能力削除
ちょっと「・・・」の使いすぎじゃないですかね? もう少しでも文章の方で補う努力をすべきかと思います。
6.100名前が無い程度の能力削除
丁寧に描写されていて、早苗さんの気持ちが伝わって来ました。
素晴らしかったです。