ビック・アヤ作戦
PART1 妖怪からの妖怪退治
博麗神社に天狗が降り立った。
「霊夢さん、こんにちは」
「新聞の勧誘ならお断りよ」
「一言目がそれとは酷いですね」
この程度のやり取りはいつものことで、射命丸文は笑顔を少しも崩さない。笑っていない彼女を見ることは霊夢にはほとんどなかった。宴会の時にお涙頂戴物語を聞いて泣き出したことがあったがその位しかない。ちなみに、その物語は改変されて後日彼女の新聞に掲載された。
「折り入って頼みたいことがありまして」
「妖怪退治をする私に、妖怪が頼み事?冗談きついわ」
「頼みたいのはその妖怪退治です」
話がつかめなかった霊夢は首を傾げた。それを見た射命丸は矢継ぎ早に喋りだす。
「天狗と河童の若い衆が人間の里を襲う計画を立てています。霊夢さんにはアジトを襲撃して計画を阻止してほしいのです。アジトの場所は既に把握していますが、襲撃のタイミングはこちらの指定した日時でお願いします」
縁側に腰掛けながら霊夢は文を注視した。いつも通りの営業スマイルの文から何を考えているかはよくわからなかった。
「言いたいことがよくわからないから。詳しく話して」
「もちろんです」
文が語った内容は次の通りだった。
天狗を中心とした妖怪の山の組織と人間の里とは長い間小康状態にある。上層部はこの関係をしばらく維持する方針を決めており、末端の天狗や河童にもこれは伝わっている。その反動のためか、人間を襲った妖怪には組織からの追放を含め厳罰をもって処分すべしとの考え方が広まっている。今回、人里を襲おうとしている妖怪たちも成功しても失敗しても組織に戻れないのではないかと射命丸は危惧していた。
「そこで、霊夢さんの出番です。博麗の巫女が事前に計画を嗅ぎ付け、退治したとなれば上も重い処罰を与えるのは難しくなります。いいとこ説教と修行で終わって、御山に戻ることができるでしょう」
「あんたが情報を上に流せばいいでしょう。そうなれば私が出ることもなく未遂で解決するわ」
「いえいえ。『霊夢さんにやられた』というのが重要な要素なんです。一番軽い罰にするには未遂で霊夢さんにやられるのがベストだと思います」
「なんなのそれ。私は台風なの?」
「保険も効かない厄介な自然災害ですね。言っときますけど褒め言葉ですよ」
納得いかないといった表情の霊夢であった。
「それで、日時を指定するのはなんでなの?」
「アジトの場所は人間と妖怪のテリトリーの境界線上で誰も通らないんです。その時間なら巡回の天狗が近くを通るので、襲撃後のアジトも簡単に見つけてくれるでしょう。人間に気づかれず、我々だけで処理するためですね」
顎に手をやって霊夢は考え込んだ。このような形で妖怪退治をすることがなかったので慎重になっていた。
「そもそも、どうしてそんなにおせっかいを焼くの?いつもなら火が大きくなるのを楽しんで見ているでしょ」
「お世話になった方の息子さんが参加しているのです。その人から知った計画なのですが御山から追放されるのを黙っておけなくて」
霊夢は視線を落とした。どこかしら迷っているように見えた。
「いかがです?内容自体はいつもの妖怪退治ですから。霊夢さんにとってはちょちょいのちょいでしょう」
おどけた様子で射命丸は語る。友人を食事に誘うような軽妙さだった。
霊夢は顔を上げる。
「何か隠していない?」
射命丸は余裕を感じさせる様子で手を振った。
「いえ。ありませんよ。霊夢さんを騙したら後が怖いですから」
「言っとくけどね、嘘をついたら許さないから。博麗の巫女は妖怪の利益になるような行動は決してしない。今回は里の安全を守るためだから聞いてるけど、裏でコソコソ動いていたらあんたにも罰が下るからね」
「ええ。わかってます。私から持ちかけましたし、謝礼も考えています」
「へえ。どのくらい?」
霊夢の眼が輝いた。
「お米一俵分でどうでしょう」
「結構な量ね」
「口止め料も入ってます。私が関わったことは絶対に秘密にしてください」
「じゃあ、全部前金で」
「ダメですよ。やってくれなかったらどうするんですか」
「腹が減っては戦はできぬっていうじゃない」
「どれだけ食べる気ですか。前金半分、成功半分です」
霊夢は口を尖らせた。
「ケチね……まあ、わかった。引き受ける」
「ありがとうございます」
射命丸は綺麗にお辞儀をした。今日もずっと笑顔だったなと霊夢は感じており、新聞記者は表情を固定できる機能があるのかと不思議に思った。
PART2 小さな矛盾
どこを見渡しても規則性なく木々が乱立しており、腰ぐらいの高さまで伸びた雑草が霊夢の進行を邪魔していた。見上げても空はほとんど見えず、身を隠すのに絶好の場所だと霊夢は考えた。襲撃を依頼された天狗たちのアジトはこの近くに存在し、今回は下見として空から位置を確認した。山の斜面にある洞窟を拡張して作ったと射命丸は言っており、その山を中心にうっそうとした森が広がっている。
相手に気づかれずアジトに近づくには森の中を歩いたほうが良い。しかし、実際に歩いてみると雑草が足にまとわりつくし盛大に音を立ててしまう。ゆっくりでもいいから軽く浮かびながら近づいて音を立てないほうがよさそうだ。どのみち、周囲の警戒は本格的にはやっていないだろうから、ゆっくりでも問題ない。攻撃法を考えると、洞窟の中をくり抜いているので崩落の危険を考慮すると弾幕などの派手な方法では攻撃できない。札と針を中心とした地味な戦い方になってしまう。いっそのこと、出入り口を崩落させて閉じ込めるのが一番楽な戦い方だが文はそれでは納得しない。痛めつけるのが今回の目的だ。多人数を一度に相手にするには……
「あれ、霊夢さんじゃないですか」
思考に誰かの声が割り込んできた。声の聞こえた方を見ると河城にとりがいた。
「何やってるんですか?」
「見回りよ。悪いことしてないわよね?」
「してないですよ。最近は人間の催し物もないですし。工房で発明をやってます」
「いいことね。そのまま引きこもってなさい。私も楽ができるから」
「相変わらずひどいですね。じゃあ、私は用事があるので。儲け話があったら教えてください」
草をかき分けて進もうとするにとりを横目で見ながら、霊夢には気になったことがあった。
「にとり。この辺りの道って他の河童は使うの?」
「使うやつもいますよ。人間は来ないし、抜け道ってことで有名です」
霊夢の中である疑惑が生じた。ただ、それはささくれのようなもので彼女を疑うにはあまりにも小さなことだった。しかし、ささくれだって時には鋭い痛みが生じることもまた事実だった。
PART3 山への忠誠
薄暗い空間の中で天狗と河童の若者たちが作業をしていた。それぞれ自分たちの役割に集中しているようで視線を交わすことはほとんどない。それでも、彼らの意志は統一されており団結という熱気がその空間を支配していた。妖怪の山に詳しいものなら天狗と河童がここまで協力することは珍しいと感じるだろう。彼らの共通点は若く、向こう見ずなところにあった。
「武器の用意はどのくらいで終わる?」若い烏天狗が武器を手入れしながら訪ねた。
図面を見ていた河童が返答する。「あと一週間ですかね」
烏天狗は微笑む。興奮と冷静さがブレンドされた表情だった。
「人間の平和もあと一週間だな。人間に一撃を加えて昔の強い御山を取り戻す」
「そうすれば『負け軍神』に頼る必要もなくなりますね。楽しみです」
『負け軍神』とは守矢神社の八坂神奈子のことである。妖怪の山の上層部は彼女との交渉の末、彼女を中心とした守矢神社の神々を信仰することになった。上層部としては神話の時代にさかのぼる由緒ある神を信仰し、守護を受けることで山の力を増大させる狙いがある。しかし、彼女らは技術革新を中心とした産業革命ばかりに熱心であり幻想郷に対する妖怪の山の影響力は変わっていないというのが一部の若者の意見だった。そもそも彼女らは外の世界から信仰を求めて幻想郷に移住した者たちであり『外の人間に負けた軍神』という評判が移住当初から存在した。加えて、人間の里にも布教を行っている噂がありいずれ妖怪の山を捨てるのではないかという疑惑が広がり、かつての強い妖怪の立場を取り戻そうという機運が高まっていた。しかしながら、天狗や河童もかつては外の世界から幻想郷へ移住し、鬼に支配されていた歴史があったことについてはこの集団のなかでは語られない。
「しかし、里の内部情報が手に入ったのはラッキーでしたよね。作戦が成功したらお礼に行かないといけませんね」
「ああ。今後とも支援して欲しいしな」
彼らは自分たちの成功を全く疑っていないようだった。
しばらくすると、遠くから物音が聞こえてきた。複数人が全力で走り、時おり鈍い音が振動と共に聞こえてきた。
戦闘音だと気づいた白狼天狗が立ち上がった瞬間、勢いよく扉が開かれ河童がなだれ込んできた。それと同時に大量の砂ぼこりが部屋にガスのように入り込む。
「博麗が来た!!」叫んだ瞬間、河童は吹き飛び壁に激突した。
粉塵が立ち込める中、針を持った霊夢がその部屋に入った。薄暗い部屋の中で、その紅白の衣装は圧倒的な存在感を放っていた。
部屋の中で立っているのは霊夢のみだった。その他の者、つまり里への襲撃を計画していた妖怪たちは体のどこかに札が張られていたり、針が刺さっており全員が倒れこんでいる。時おりうめき声が聞こえるが立ち上がる気力を持っているものは誰もいない。
これで目的は達成できた。アジトの中にいた妖怪は全て倒したし、博麗の札や針も大量にばらまいた。後はアジトの入り口で火を焚いて煙を上げれば、巡回の天狗が気づいて発見してくれるはずだ。
呼吸を整えた霊夢は辺りを見回してみた。この部屋が一番大きな部屋であり、中心的な役割を持っていたことがうかがえた。中央には大きな机と大量の書類の束があった。壁には大きな紙が貼りつけられていて、霊夢には読めない字で書かれているが全体の形から人間の里の地図であることが読み取れた。ところどころに赤い字で書きこまれている部分があり襲撃の計画に使っていたことが推察された。
気になった霊夢は中央の机に近づき、書類を一枚ずつ手に取って眺めてみた。書類に使われている文字は霊夢には読むことができないため、一目見て別の書類に手を伸ばす動作を繰り返していた。すると、ある一枚に目が留まった。その書類には霊夢が読める文字が一部使われていた。それを袂にしまった霊夢は部屋を後にした。
PART4 貸本屋の娘
鈴奈庵に来客が訪れた。入口へ目をやった本居小鈴は客を確認して微笑んだ。
「霊夢さん。いらっしゃいませ」
「こんにちは。小鈴ちゃん。解読して欲しいものがあるの」
「霊夢さんが妖魔本を持ち込むなんて珍しいですね」
「妖魔本てほどでもないわ。紙切れ一枚よ。これ」
「へえ。人間の文字と天狗の文字が一緒に書かれてるなんて、レア度高いですよ。最近のものですか?」
「あげないからね」
PART5 射命丸の作戦
報酬を持った射命丸が博麗神社にやってきた。この時も最初から笑顔だった。
「霊夢さん。ありがとうございました。これ、残りの謝礼です」
「計画通りになった?」
「おかげさまで。軽い罰で終わりました。彼らも痛い目にあって反省したようです。本当に感謝しています」
「それに関係してだけどね」
霊夢は袂から一枚の紙を取り出して、射命丸に見えるように突き出した。
「これ。奴らのアジトで見つけたんだけど、あんたの字よね。あんたの新聞の字とそっくり」
射命丸は笑顔のまま返答しない。
「解読した結果、慧音とか、里の祓い師の名前や住所、得意な戦い方とかが書いてあったわ。タイトルは『要注意人物』」
霊夢は射命丸をにらみつけた。彼女は黙ったままだった。
まるで人形のようだと、霊夢は感じた。笑顔のまま、あらかじめ作ったセリフを読み上げるだけで、一切腹の内を見せない。その態度、その真意に霊夢は腹が立ってきた。
紙を袂にしまい、代わりにお祓い棒を握りしめた。
「あんた。あいつらに情報を渡したでしょ」
彼女はもう喋らないと判断した霊夢は間髪を入れずに言葉をつづける。
「最初は新聞のネタにしようと軽い気持ちだったんでしょうね。けど、予想以上に本気で行動してたから、協力者として自分も一緒に処罰される可能性がでてきた。そこで、私を利用して処罰を回避しようとした。それが本音よね?これも推測だけど、私がアジトを離れたとき近くにいたでしょ。証拠隠滅とあいつらへの口止めをするために。日時を指定したのも工作活動をしやすくするため。違う?」
いつのまにか射命丸はいままでの営業スマイルのような笑顔を止めていた。わずかに開いた目蓋から見える瞳は霊夢をしっかりと見据えており、口角は微かに持ち上がっていた。確固たる自信を持った強者の笑みだった。これがこの女の本当の顔だと霊夢は確信した。誰よりも高く、早く飛び一撃で地上の獲物をしとめる。烏というより猛禽だ。
「そうです。馬鹿なことをしましたよね。彼らから作戦も聞きましたが穴だらけで、実際にやっても失敗していたでしょう。情報管理もできていなかったし、やはり若造でした。むしろ感謝して欲しいぐらいですよ」
射命丸と霊夢はにらみ合ったまま動かなかった。特に霊夢の視線は鋭く、針で突き刺そうとするかのようだった。時おり吹く風が霊夢の巫女服を静かに揺らした。
「文、飛びなさい」霊夢の足が地面から離れた。
霊夢の後に続いて射命丸が飛んだ。霊夢が射命丸を見下ろす位置で静止した。
霊夢がスペルカードを取り出したのが見えた。
「何枚ですか?」射命丸は懐に手を伸ばす。
「一枚」
「一枚とは?」
射命丸は聞き返した。使用するスペルカードが一枚のみというのは珍しいことだった。
「勘違いしないで。これは弾幕ごっこじゃない。博麗の巫女を利用した制裁よ。歯ぁ食いしばりなさい」
神籤「反則結界」
博麗神社に天狗が落ちた。
窓にいきなり「ビシッ」て狙撃された事を示す穴が空いて文の脳天に針が突き刺さる
みたいなのだと想像してたらそうでも無かった
全編通してのあっさり具合は、むしろゴルゴっぽいといえばゴルゴっぽい。
落とし方も幻想郷らしくて実にグッドな感じだったけどもう少し文は酷い目にあった方が後々の為じゃないかなぁw
まあゴルゴ的というか最近の東方にじてきって感じ
陰謀やら工作が好きというか
情緒少なく、目的と意図を中心とする物語構成はゴルゴ的と言える