「人形遣いの話」
庭に人形用の10階建ての家を建てた。
人形用の家なので人間の住むものと比べるととても小さいのだが、それでも10階建てのものともなると家の中に入りきらないほど大きいので庭に建てざるをえなかったのだ。
どうしてこのような人形用の家を建てたのかというと、人形の研究と人形劇のシナリオ作りに役立てるためである。
それぞれの階に何体かの人形を配置して、人形を自動操縦でランダムに動かす。
そうすると、いつまでも部屋の隅にいて動かない人形がいたり、階を移動して他の人形と鉢合わせする人形がいたりする。人形はランダムに動いているだけであり、意思があるわけでも会話ができるわけでもない。しかしながら、複数の人形が
不自然なほどに同じ行動をすることがあったり、2体の人形がまるで会話をしているかのように向かい合って手を動かすようなしぐさをしているのを観察していると、人形に意思があるかのように感じられることがある。
そのような時に、この人形はどういった性格で、この人形達はなんの会話をしているのかということを考えることはなかなか楽しい事であるし、人里で行う人形劇のシナリオを作る時の参考になるのだ。
そうして、最初は2階建てだった人形の家が、人形の数を増やしたり内装を変えるために増築していった結果、今では家に入りきらないほどの大きな人形の家になってしまったのである。
そんなわけで人形達の動きを観察しているわけだが、何回も繰り返し人形を動かしていると、さすがに人形達の動きも決まったものが多くなってきてしまう。決まった行動を観察するのはつまらないことだし、人形の創作意欲も高まらない。
人形達の行動をさらに予測のつかないものにしていく必要がある。
そこで考えたのがランダムイベントカードである。
数十枚のカードを用意して、それぞれのカードに「地震が起きる」、「特定の階段が封鎖される」といったようなイベントを書いていく。そして、一定の時間が経過するごとにカードを1枚引いて、そのカードに書かれているイベントを人形の家に起こす。そうすると、地震を起こした途端に部屋の隅でじっとしていた人形が突然、活発に動き回るようになったりしておもしろいのだ。
ちょうどカードを引く時間になった。1枚カードを引いてイベントの内容を見てみると、「人形の家をロケットに改造して宇宙に飛ばす」と書かれている。
こんなカードを作った覚えはない。
見なかったことにしてもう1枚カードを引くと、「兎の人形と兎用の家を作る」と書かれている。
このカードも作った覚えのないものだ。
「おやおや、一体そんなところで何をしているウサ。」
背後からわざとらしい語尾と「ウサウサ」というわざとらしい笑い声?をあげながら因幡てゐがやってきた。私のカードに変なカードを紛れ込ませたのはこいつにちがいない。
「ちょっと、私のカードに変なカードを混ぜたのはあなたでしょ。」
「何を言っているのか全然わからないウサ。自分のしたことを勝手に人のせいにするのはやめてほしいウサ。」
私の文句に対してこの兎の態度はしれっとしたものである。物を壊されたというわけではないし、弾幕をぶつけてやるのは大人げない気がする。こういう奴は相手にするだけこちらが疲れてしまうだけだ。
「もう、人参でもあげるから研究の邪魔をしないでちょうだい。」
「ありがとウサ。私のせいにしたことも許してやるウサ。きっといいことあるウサ。兎達に手伝ってほしいことがあったら力を貸してやるから言うといいウサ。」
人参を受け取ると、てゐは何をすることもなくウサウサ言いながら去っていった。
食べ物がほしかっただけだったのだろうか。
そのわりにずいぶんとまわりくどい方法だった気もする。
気を取り直して1枚カードを引いてみると、「すべての人形を同じ階に集める」と書かれている。これは私の作ったカードだ。
う~む、つまらない。なんだか無性に私の作ったイベントカードの内容が陳腐なもののように感じる。
てゐの作った突拍子もないようなカードを見たからだろうか。
人形の家を宇宙に飛ばすのは別にして、兎の人形でこの作業をしてみるのはとてもおもしろいかもしれないと思ってしまう。
癪だが、イベントカードも自分で作るには限りがあるし、自分で作るとなんとなく結果を想像してしまうので、他の人に作ってもらったほうが予想がつかなくて面白味があるかもしれない。
てゐや兎達には協力してもらえそうだし、試しに永遠亭の兎達にカードを作ってもらうことにしようか。
てゐのウサウサという声が聞こえるような気がして本当に癪ではあるのだが。
てゐの去っていった方角の空を見上げると流れ星が一つ流れていった。
なんだか人参の形をしているような気もしたけれど。
きっと見間違いだろう。
「宇宙船の話」
地球に隕石群が衝突することが判明したのは、X100年のことである。
そしてさらなる研究の結果、隕石群が地球に衝突するのは×200年ごろであると判明した。この隕石群は大小数千個に及ぶ隕石の集まりで、地球に衝突すると地表全てを膨大な熱と衝撃波で覆ってしまい、地球上の生物のほとんどは死滅してしまうのだということがわかった。
またそれだけではなく、隕石の衝突によって舞い上げられた塵が地球に届く太陽光を遮ってしまい、地球は氷のように冷たい惑星になってしまうというのだ。
幸い、最も大きな隕石が地球に衝突しても地球の内部にある核の部分までは壊れないということだが、再び人類が地球に住むことが出来るようになるまでには5050年から7188年を要するとされた。
そこで人類は宇宙船を開発し、地球がふたたび人類が住むことが可能になるまでの期間を宇宙空間で過ごすことにした。
宇宙空間で長い年月を過ごす場所は月の周辺が良いと考えられた。
月に避難するという案があったが、月にも隕石が衝突することが分かったので月に避難するということはできなかった。
地球に戻るまで火星に一時的に避難するという案や、第2の地球を探してそこに移住するという案もあった。
火星は地球との位置が近い惑星であり、太陽系にある他の惑星に比べて避難した後も過ごしやすい惑星であると考えられたからだ。しかしながら、他の惑星に比べれば過ごしやすいとはいっても、人類が暮らしていくには状況が過酷すぎるため、火星に着陸しても宇宙船の中に居続けなければならないと考えられた。
宇宙船の中に居続けなければならないのならばわざわざ火星の中へ行く意味はない。
また、そもそも無事に火星に着陸することができるのかということや、長い年月を経た後に火星から宇宙へと宇宙船を飛び立たせることが出来るのかということについても技術的な不安が残っていた。
長い年月の間に火星にも隕石が衝突することはありうるし、地殻変動などが生じて宇宙船が壊れてしまう可能性もあると考えられた。
第2の地球を探すという案については、現在見つけることが出来ていない星を100年の間に見つけることが出来るのか、見つけられたとして何光年も先にある星に辿り着くことができるのかという問題があった。
このようなことから、火星や第2の地球に行くことを考えるよりも、
宇宙空間に居続けることのほうが現実的であり、不確定要素を除きやすいと判断された。
そうして発案されたのが地球の近く、月の周辺で7000年をすごすということであった。地球の近くにいるだけでは地球に衝突する隕石群に宇宙船が巻き込まれる恐れがあるが、宇宙船を動かして月を宇宙船の盾になるようにすれば隕石の衝突に巻き込まれることを避けることが出来るだろうと考えられた。
そして、7000年を宇宙で過ごすなかでは太陽風や隕石といった外的要因によって宇宙船に悪影響が生じる可能性があるが、地球や月から生じる重力や磁場を利用して宇宙船に向かってくる障害物の軌道をずらすことができれば宇宙船を守ることが可能であるとも考えられた。
月の近くにいれば、地球に人類が戻ることも容易にできるはずだ。
宇宙船の開発においては、宇宙船の大きさは大きければ大きいほどよいとされた。
多くの人と多くの機材を積んで長い時間を過ごすのだから大きい方が良いに決まっている。宇宙船は大きく、そして外からの衝撃に負けないように壁は厚く造られた。
宇宙船での時間の過ごし方は、人間を冬眠状態にして、地球に戻ったら冬眠状態を解除する方法ではなく、宇宙船の中で地球での生活とあまりかわらない生活をおくる方法が採用された。
太陽光による自然エネルギーと微生物によるバイオテクノロジーを活かして極限まで効率化された循環社会を形成し、作物を育てて生活をする。
また、子孫の教育や知識の習得においては、宇宙のことは秘密にするべきと考えられた。
こうすることで将来、宇宙船のなかでの暮らしに不満を抱き、無謀にも宇宙船を壊してしまうような人間が出てくるのを防ごうというのだ。宇宙を見ることができないようにするために、宇宙船の外壁には窓がひとつも付けられなかった。
子孫には、宇宙船の配管などの設備維持の方法と、宇宙船の中での植物栽培に関することを教育することとされた。
冬眠状態により数千年を過ごす方法が不採用になった理由でもあるが、どれほど宇宙船を丈夫に作ったとしても設備には耐用年数があり、機械が人間の冬眠状態を維持するだけのものであったとしても、設備の維持を行わなければ1000年を経つまでもなく耐用年数が過ぎてしまい設備が壊れてしまうのだ。
このため、人間に日常の生活をさせながら設備の維持を行わせることが良いと考えられた。植物の栽培を行わせれば地球に戻ったあとでも混乱を生じることなく地球で植物を栽培することが可能となり、地球に適応していくことが出来るはずだ。
ただ、実際のところ、この方法も不確定要素が多く、冬眠状態による方法と比べて本当に安全なのかといえば疑問が残るものであった。
それでも冬眠状態による方法は採用されなかった。
地球を出発する時に人類全員を冬眠状態にする必要があるが、この時に誰かが、もしくはどこかの国や、あるいはテロ組織が機械を誤作動させたり壊してしまったらどうするのか。
もしそのようなことが起きてしまった場合には、冬眠状態では対応することもできずに人類が滅亡してしまう可能性がある。
地球に隕石が衝突することがわかり、世界中の国々が協力して宇宙船を開発している。
数千年を宇宙船の中で暮らすことになり、国も人種も、その差異を考えるだけ無駄と思えるようなことである。
しかしながら、それでも、今まで戦争を続けてきた相手国の技術者の目の前で眠ったまま命を預けるという選択はできなかったのである。
そうして×190年頃、紆余曲折はあったが、宇宙船はほぼ完成していた。
宇宙船の通称は「ジェットキャロット号」だ。ふざけたような通称だが理由はある。
宇宙船が巨大な人参を思わせるような形をしており、宇宙船の発射台もまた人参の葉を広げたような形をしていたこと。
熱や衝撃などから宇宙船を守るために壁に何重にもコーティングが行われた結果、壁の色が人参のような橙色になっていたこと。
そして、宇宙船の船長に選ばれた人物がジェット・キャロット船長であったことだ。
こうして、各国が宇宙船の名前について言い争いをしている間に世間ではジェットキャロット号という通称が広まり、出発直前の時期になりようやく正式名称として、各国の文字が複雑に並べられて言い終えるまでに10秒を要する名前が付けられた時にはその名称を使う人はおらず、国の要人ですら宇宙船のことをジェットキャロット号と呼ぶ状態であった。
そして×195年、隕石の衝突まで5年を残して宇宙船は地球を出発した。
5年間あれば機械に初期不良が見つかったとしても地球に戻って修理することが可能だと考えられたからだ。幸い、地球から出発しても宇宙船に初期不良は出なかった。そしてそのまま、宇宙船は月のそばで宇宙を漂っている。
宇宙船が今どうなっているのかは誰も知らない。
「塔の話」
地上1000階、地下1000階、1階あたりの大きさは埼玉県1000個分の、幻想郷と名付けられた巨大な塔の中で暮らしている。
塔には外に出る扉がなく、外を見ることのできる窓もない。
なので、この建物が本当に塔の形をしているのかということは誰にもわからない。
埼玉県とは一体なんなのか、地上1000階、地下1000階まで階数が実際にあるのかということも誰も知らない。
けれど昔からの教えではそういう事になっている。
私が暮らしているのは塔の1階なのだという。
内部で塔を支える支柱や壁、あるいは無造作に設置されている看板などいたるところに「1階」の文字が書かれているのできっとここは1階なのだろうということになっている。
塔の中には階を移動するための昇降機があり、各地に点在している昇降機を使って1階昇れば「2階」、1階下りれば「地下1階」という看板をすぐに見つけることができる。昇降機を使って階を移動していけば、昔からの教えを信じれば地上1000階も地下1000階も本当に存在しているに違いないはずだ。
しかしながら、実際に1000階にまで行った人はいない。なにぶん、1階あたりの大きさが埼玉県1000個分もあるわけで、私の暮らす1階は人が暮らす家以外には何もないような場所なのだけれども、それ以外の階では埼玉県1個分に及ぶ巨大な貯水タンクが設置されている場所があったり、大小さまざまな管が植物の根のように細かく敷き詰められるように伸びているような場所もある。さらには周りが壁で囲われていて特定の昇降機からしか行けないようになっている場所までも存在する。
そして、昇降機で階を自由に行き来できればいいのだけれども、昇降機にはそれぞれ移動できる階の範囲に限りがあり、その範囲はだいたい上下10階ほどである。
そのようなわけなので実際のところ、1000階どころか100階に行ったことがある人すらほとんどいない。
1階は塔の中でも最も人口が多い階といわれていて、階の中では幾つかの街が形成されている。人口が多くて平地も多いということもあって、野菜を育てて自分で食べたり販売をしている人が多い。特に人参が人気だ。
そんな場所で私が何をして生計を立てているのかというと、物を街から街へ運ぶ運搬業をしている。
はるか昔には燃料を使用して動く自動車というものがあったらしい。けれども、いまではそのような便利な道具はないので人力で物を運ぶしかない。
広大な塔の中では同じ階の中であっても街から街へ移動するのは大変だ。
なので私のように、我が家に代々伝わる4トン用荷車「燐ちゃん号」を引きながら1時間で埼玉県を3周できる脚力を持つ人材はなかなか重宝される人材であり、私と同じように力持ちで足が速い人は運搬業をして生計をたてている人が多い。
ひとつの街のなかでの運搬をする人もいれば遠くの場所への運搬を専門にしている人もいる。大抵の人は自分の育った階から上下5階程度の範囲で運搬を行っていて、1階で育った私は基本的に1階での運搬を行っている。
ただ、時には他の階への荷物の運搬を頼まれることもあるので、そんなときには3階にあるお寺や10階にある神社などへ物を運ぶこともある。そして今、私は地下5階にある紅魔館というお屋敷へと荷物を運んでいる最中である。
地下5階に行くのは3か月ぶりだ。
紅魔館は地下5階では唯一人が住んでいる建物である。
紅魔館には「お館様」と呼ばれている女性がいて、なんでも年齢500歳を超える吸血鬼なのだという。以前、紅魔館に物を運んだ際に館の門前で物の受け渡しをしている人から聞いた話だ。私は姿を見たことがないのだけれども、そのお館様が紅魔館の統括をしているというので、今回のように、荷物の中に「お館様」宛ての手紙がある時などは、お館様とは一体どんな人なのだろうかと姿を想像してみたりする。
1階から地上地下20階までの行き来が可能な昇降機までたどり着くと、私の荷車よりもはるかに大きな荷車が昇降機のそばに置かれている。
どうやら同業の人がいるらしい。荷車のそばまで行くと頭上から「おう、久しぶりじゃないか。」と声が掛けられ、荷車に積み重ねられた荷物の頂上から1人の女性が目の前に飛び降りてきた。
「どうもです。今日も荷物が多いですね。」
降りてきた女性は私と同様に運搬業をしている人だ。
私よりも力持ちで、40トンの荷物であっても軽々と運んでいってしまう。
荷物を運ぶ速さは私のほうが速いのだけれども、1度に多くの荷物を運ぶことができるので、1階付近での運搬をしている私に対してこの人は100階付近まで荷物を運ぶこともあるのだという。
荷物を運ぶ場所が異なることが多いので出会う事はあまりないけれど、街にある荷物の集配所で待機している時などに出会うことがあり、そんな時には各地の情報や噂話などを交換しあっている。
「猫さんは今日はどこまで行くんだい。」
「今日は紅魔館までですね。」
「それはよかった。猫さんが昇りだったらまた順番を待たなきゃいけなくなるところだったよ。」
「鬼さんは今日はどちらまで行くんですか。」
「とりあえず地下20階で半分荷物をおろして、それから地下50階までかな。」
猫というのは私の名前ではない。しかしながら燐ちゃん号に猫のマークがプリントされているので通称としてそう呼ばれている。
塔の中では、親から付けられた名前はとても大切なものであると教えられる。
そして、親子や親族間では名前を呼んでもよいけれど、友人や他人とは通称で呼び合うのが礼儀であるとされているのだ。このため、私が他人から呼ばれるときは大抵「猫さん」と呼ばれるし、私の目の前にいる鬼さんは荷車に鬼のマークがプリントされているので周りの人から「鬼さん」と呼ばれている。
ちなみに私の友人で、1階の、それも1つの街の中での運搬を中心に行っている人は羽が付いた帽子を被っているので「鳥さん」と呼ばれている。
また、鬼さんが言った順番を待たなければいけなくなるというのは、昇降機を使う時に昇る人と降りる人が同時にいる場合には、原則として階の移動が少ない人に昇降機の順番を譲ることになっているためだ。昇降機は少人数用の小さなものから荷車を乗せても十分な広さがある大きなものまで様々ある。しかしながら、小さいものに比べて大きな昇降機は数が少ない。そして、運搬をしている時は大きな昇降機でないと荷物が運べないところ、他の人よりも移動する階数が多くなりやすいので昇降機の順番を譲ることが多い。なので、今回のようにお互いの行先が同じだと順番を譲る必要がないので楽なのだ。
昇降機に2台の荷車を押しこみ、地下5階と地下20階のボタンを押すと昇降機が緩やかに動き出す。
「そういえば、鬼さんは紅魔館にいるお館様に会ったことはありますか。」
「いや、私は会ったことないね。」
「鬼さんでも会ったことがないんですか。誰に聞いても噂を聞いたことがある程度で実際に会ったことのある人がいないし、写真も見たことがないし、紅魔館の人達が言っているだけで、本当はお館様なんていないのかもしれないなぁ、って思うんですよ。」
「う~ん、どうなんだろうねぇ。」
「だって、吸血鬼だなんて嘘くさすぎますよ。昔からいるならそれこそ会ったことがある人がいてもいいと思いますし。」
「う~ん、実は、門番の人にお館様の写真を見せてもらったことがあるんだよ。」
「本当ですか。どんな人でした。」
「いや、たしかに写真は見せてもらったんだけど、その写真に写ってたのがどうみても10歳くらいの幼い女の子でさ、お館様っていうよりお嬢さんって感じなんだよ。どうみても吸血鬼なんていう大層なモノには見えなかったしさ。その人の話だと紅茶と赤いものが好きなんだって言ってたけど、猫さんの言うとおり紅魔館の人達で架空の人物を創ってるのかもしれないって思うくらいだったね。そんなことをして何になるのかはわからないけどさ。」
「10歳くらいの女の子ですか、女性という話は聞いてましたけど、なんだか
想像できないなぁ。今日、紅魔館に着いたら門番の人に話をしてもらえないか試してみますよ。」
「うん、面白い話でも聞けたら今度会ったときに教えてよ。」
「はい、あ、そういえば例のドリンクなんですけど試供品がまた出来たんですよ。」
「本当かい。それじゃあ今回の仕事が終わったら飲みに行かせてもらうよ。」
「いえ、私いまちょうど試供品を持ってるんで1本受け取ってください。運搬先に配ろうと思って大量に持って来てるんです。」
「ありがとう。後で飲ませてもらうよ。」
例のドリンクとは、1階で商店を営んでいる人達と運搬業をしている人達が力を合わせて開発しようとしている運搬業用栄養ドリンクのことだ。
人参成分が入っているので名前は「ジェット人参」と名付けられた。ラベルには人参の絵が描かれている。
1階での運搬を主に行っている私もドリンク開発協力者の1人だ。そして鬼さんにも協力してもらっている。鬼さんは頻繁に開発に参加できるわけではないのだけれども、率直な意見を言ってくれるのでありがたい存在だ。
ジェット人参の試供品とアンケート用紙を渡したところで5階に到着したので
鬼さんと別れて、昇降機から降りる。
それから10分ほど走ると紅魔館に到着する。
紅魔館の門前では、門番の人が折りたたみ式の椅子に座っていた。
右手に小さな旗を持って、こちらへ向けてパタパタと振りながら笑顔を向けている。
門番をしているので門番さんと呼ばれている人で、いつでも笑顔を絶やさない元気な人である。
「おはようございます猫さん。荷物はこちらで受け取りますよ。」
「おはようございます門番さん。今日も元気ですね。」
「いつでも万全な状態でいられるように気功を使っていますからね。」
「あはは、私もそれぐらい元気になりたいです。」
「何言ってるんですか。重い荷物を持って走り回っている猫さんのほうがよっぽど元気だと思いますよ。」
「いやいや、私なんてまだまだですよ。荷物はここでいいですか。」
「はい、お願いします。」
門の隣に燐ちゃん号を寄せて、紅魔館宛ての荷物を降ろしはじめる。門番さんも荷物を降ろすのを手伝ってくれる。単純な筋力は私よりも門番さんのほうが強いぐらいなので、門番さんが荷物の受け取りをしている時は荷降ろしがとても楽だ。
「そういえば、今日はお館様宛てにお手紙が来ていましたよ。」
「そうですか。お館様も喜ばれるでしょう。」
「お館様って、どんな人なんですか。」
「お館様はお館様ですよ。紅魔館を支え、統括されています。」
うーむ、返事が硬い気がする。あまり詳しい話を聞かせてくれそうにない感じだ。
「いやぁ~、噂は聞くことがあるんですけれども1回も会ったことがなくて、お顔だけでも見てみたいんですよね。」
「お館様は日中、館内にて業務を行われていますのでお会いするのは難しいでしょう。」
「そこをなんとか、写真だけでも見せてもらえないでしょうか。」
「写真ですか。」
門番さんは少し考えこむような仕草をしてから、猫さんに納得いただけるかはわかりませんが、特別にお見せしましょう。
そう言って門番さんはポケットから手帳を取り出して、手帳に挟まれていた一枚の写真を私に渡した。
写真に写っていたのは10歳くらいのかわいらしい女の子だった。
女の子には不釣り合いな大人用の椅子に座りこちらを見ている。
鬼さんが言っていた外見と一致しているようだ。けれども、本当にこの少女がお館様なのだろうか。もしかすると最近、代替わりをしたのだろうか。それでお館様としての教育が終わるまでは公には姿を現すことが出来ないとか。
「へぇ~、これがお館様なんですか。きれいでかわいらしい方ですね。」
「ええ、とても魅力的な方だとおもいます。」
「ちなみにおいくつなんですか。」
「存じ上げません。」
「意外と門番さんと同じぐらいとか。」
「ご想像におまかせします。」
これは手強い反応だ、いつもはどちらかというと話好きな門番さんが徹底して余計な情報を話さないようにしているようだ。
これ以上お館様について聞いても話をしてくれそうにないし、また次回、荷物を運びに来た時に門番さん以外の人が荷物の受け取りをしている時にはその人に聞いてみることにしよう。受け取った写真を門番さんに返す。
「いやいや、なんだかお答えしづらいことを聞いてしまって申し訳ありません。」
「構いませんよ、よく聞かれますし。」
「いえ、お詫びにぜひともこの栄養ドリンクを受け取ってください。」
自分用の荷物の中から300mlほどの液体の入った瓶を取り出す。ラベルには人参の絵が描かれている。そう、鬼さんにも渡したジェット人参の試供品だ。
「なんですか、それ。」
門番さんは訝しげだ。
「運搬をしている人達と1階の人達とで開発した、運動をする人がいつでも必要な時に必要な栄養を補給することのできるスーパー栄養ドリンク、その名も「ジェット人参」です。」
「ジェット・・・なんでそんな名前になったんですか。」
「ジェット人参の名前の由来ですか。それはもう、人参成分たっぷりで、飲んだらたちまちジェットのようにパワー全開。というところからですよ。」
私もこの栄養ドリンクの開発に協力している1人なので、名前の由来や効果ぐらいなら自信満々で答えられるのだ。
「さぁ、受け取ってください。そして私と一緒にジェットな気分になりましょう。」
「いえ、せっかくなのですが遠慮します。」
即座に拒まれた。しかしここで引いてはいけない。
「お願いしますよ~。もらってくださいよ~。いや、本当の事をいうとですね。効果の部分は自信があるんですけれども、味の部分では不安が残ってるんですよ。いやいや、けっしてまずいというわけではないんですよ。しかしながらですね、街の人達みんな、人参が入ってれば基本的においしいって言うんですよ。私ももちろん試飲して味について意見を出してますよ。けどみんな、人参が入っていればそれだけでおいしいっていうし、それにつられて人参味の試作品ばかり出来てしまって、何回も試飲を繰り返しているうちに人参に味覚が支配されてきておいしさの基準がもうわからなくなってしまっているんです。人助けと思ってこのドリンクを飲んで客観的な感想をください~。」
「う~ん・・・わかりました。今すぐにはいただきませんが、後ほど試飲させていただきます。」
しぶしぶといった感じながらも、門番さんはジェット人参を受け取った。これで門番さんは私の事を、お館様の事を詮索しようとするあやしい人からおいしい飲み物をくれた親切な運び屋さんと思うようになったはずだ。
「いや~、ありがとうございます。今度感想を聞かせてください。あ、あと1箱分試供品が余ってるので他の人にもあげてください。アンケート用紙も置いておきますのでよろしくお願いしますね。」
「ええっ、そんなには受け取れませんよ。」
「でももう置いちゃいましたから、それでは私は他にも運ぶ荷物がありますので失礼しますね。」
「ちょっと猫さん・・・」
引き留めようとする門番さんを無視してジェット人参を置いて門から離れる。門番さんの人柄なら捨てるようなことはしないはずだ。これでより多くの人から感想を聞くことができるし、感想を聞くついでに他の人からお館様のことを訊きだすこともできるはずだ。
紅魔館が小さく見えるぐらいの場所まで離れて紅魔館を振り返ると、紅魔館の屋上近くを蝙蝠が飛んでいるのが見えた。
蝙蝠は地下5階の、それも紅魔館の近くにしかいないらしい。
なので紅魔館と蝙蝠には何かしらの関係があるのだろうといわれている。
蝙蝠がどこに飛んでいくのか追ってみようかとも考えたけれど、紅魔館について考え事をするのは今回はこれぐらいでいいだろう。お館様の写真は見れたし、ドリンクのサンプルも1箱捌けたし、これからも紅魔館に来る機会はあるのだから。
他の場所へ運ぶ荷物はまだまだあるし、いつまでもここにいて時間を潰すわけにはいかない。次はどこに荷物を運ぼうか、街についたら宿をとろうか。
そんなことを考えながら昇降機を目指して歩き出す。
歩く少女の上空から1匹の蝙蝠が荷車に着地して、空になった瓶と手紙を荷車の中に入れて飛び去って行ったが、考え事をしていた少女は気が付くことはなかった。
庭に人形用の10階建ての家を建てた。
人形用の家なので人間の住むものと比べるととても小さいのだが、それでも10階建てのものともなると家の中に入りきらないほど大きいので庭に建てざるをえなかったのだ。
どうしてこのような人形用の家を建てたのかというと、人形の研究と人形劇のシナリオ作りに役立てるためである。
それぞれの階に何体かの人形を配置して、人形を自動操縦でランダムに動かす。
そうすると、いつまでも部屋の隅にいて動かない人形がいたり、階を移動して他の人形と鉢合わせする人形がいたりする。人形はランダムに動いているだけであり、意思があるわけでも会話ができるわけでもない。しかしながら、複数の人形が
不自然なほどに同じ行動をすることがあったり、2体の人形がまるで会話をしているかのように向かい合って手を動かすようなしぐさをしているのを観察していると、人形に意思があるかのように感じられることがある。
そのような時に、この人形はどういった性格で、この人形達はなんの会話をしているのかということを考えることはなかなか楽しい事であるし、人里で行う人形劇のシナリオを作る時の参考になるのだ。
そうして、最初は2階建てだった人形の家が、人形の数を増やしたり内装を変えるために増築していった結果、今では家に入りきらないほどの大きな人形の家になってしまったのである。
そんなわけで人形達の動きを観察しているわけだが、何回も繰り返し人形を動かしていると、さすがに人形達の動きも決まったものが多くなってきてしまう。決まった行動を観察するのはつまらないことだし、人形の創作意欲も高まらない。
人形達の行動をさらに予測のつかないものにしていく必要がある。
そこで考えたのがランダムイベントカードである。
数十枚のカードを用意して、それぞれのカードに「地震が起きる」、「特定の階段が封鎖される」といったようなイベントを書いていく。そして、一定の時間が経過するごとにカードを1枚引いて、そのカードに書かれているイベントを人形の家に起こす。そうすると、地震を起こした途端に部屋の隅でじっとしていた人形が突然、活発に動き回るようになったりしておもしろいのだ。
ちょうどカードを引く時間になった。1枚カードを引いてイベントの内容を見てみると、「人形の家をロケットに改造して宇宙に飛ばす」と書かれている。
こんなカードを作った覚えはない。
見なかったことにしてもう1枚カードを引くと、「兎の人形と兎用の家を作る」と書かれている。
このカードも作った覚えのないものだ。
「おやおや、一体そんなところで何をしているウサ。」
背後からわざとらしい語尾と「ウサウサ」というわざとらしい笑い声?をあげながら因幡てゐがやってきた。私のカードに変なカードを紛れ込ませたのはこいつにちがいない。
「ちょっと、私のカードに変なカードを混ぜたのはあなたでしょ。」
「何を言っているのか全然わからないウサ。自分のしたことを勝手に人のせいにするのはやめてほしいウサ。」
私の文句に対してこの兎の態度はしれっとしたものである。物を壊されたというわけではないし、弾幕をぶつけてやるのは大人げない気がする。こういう奴は相手にするだけこちらが疲れてしまうだけだ。
「もう、人参でもあげるから研究の邪魔をしないでちょうだい。」
「ありがとウサ。私のせいにしたことも許してやるウサ。きっといいことあるウサ。兎達に手伝ってほしいことがあったら力を貸してやるから言うといいウサ。」
人参を受け取ると、てゐは何をすることもなくウサウサ言いながら去っていった。
食べ物がほしかっただけだったのだろうか。
そのわりにずいぶんとまわりくどい方法だった気もする。
気を取り直して1枚カードを引いてみると、「すべての人形を同じ階に集める」と書かれている。これは私の作ったカードだ。
う~む、つまらない。なんだか無性に私の作ったイベントカードの内容が陳腐なもののように感じる。
てゐの作った突拍子もないようなカードを見たからだろうか。
人形の家を宇宙に飛ばすのは別にして、兎の人形でこの作業をしてみるのはとてもおもしろいかもしれないと思ってしまう。
癪だが、イベントカードも自分で作るには限りがあるし、自分で作るとなんとなく結果を想像してしまうので、他の人に作ってもらったほうが予想がつかなくて面白味があるかもしれない。
てゐや兎達には協力してもらえそうだし、試しに永遠亭の兎達にカードを作ってもらうことにしようか。
てゐのウサウサという声が聞こえるような気がして本当に癪ではあるのだが。
てゐの去っていった方角の空を見上げると流れ星が一つ流れていった。
なんだか人参の形をしているような気もしたけれど。
きっと見間違いだろう。
「宇宙船の話」
地球に隕石群が衝突することが判明したのは、X100年のことである。
そしてさらなる研究の結果、隕石群が地球に衝突するのは×200年ごろであると判明した。この隕石群は大小数千個に及ぶ隕石の集まりで、地球に衝突すると地表全てを膨大な熱と衝撃波で覆ってしまい、地球上の生物のほとんどは死滅してしまうのだということがわかった。
またそれだけではなく、隕石の衝突によって舞い上げられた塵が地球に届く太陽光を遮ってしまい、地球は氷のように冷たい惑星になってしまうというのだ。
幸い、最も大きな隕石が地球に衝突しても地球の内部にある核の部分までは壊れないということだが、再び人類が地球に住むことが出来るようになるまでには5050年から7188年を要するとされた。
そこで人類は宇宙船を開発し、地球がふたたび人類が住むことが可能になるまでの期間を宇宙空間で過ごすことにした。
宇宙空間で長い年月を過ごす場所は月の周辺が良いと考えられた。
月に避難するという案があったが、月にも隕石が衝突することが分かったので月に避難するということはできなかった。
地球に戻るまで火星に一時的に避難するという案や、第2の地球を探してそこに移住するという案もあった。
火星は地球との位置が近い惑星であり、太陽系にある他の惑星に比べて避難した後も過ごしやすい惑星であると考えられたからだ。しかしながら、他の惑星に比べれば過ごしやすいとはいっても、人類が暮らしていくには状況が過酷すぎるため、火星に着陸しても宇宙船の中に居続けなければならないと考えられた。
宇宙船の中に居続けなければならないのならばわざわざ火星の中へ行く意味はない。
また、そもそも無事に火星に着陸することができるのかということや、長い年月を経た後に火星から宇宙へと宇宙船を飛び立たせることが出来るのかということについても技術的な不安が残っていた。
長い年月の間に火星にも隕石が衝突することはありうるし、地殻変動などが生じて宇宙船が壊れてしまう可能性もあると考えられた。
第2の地球を探すという案については、現在見つけることが出来ていない星を100年の間に見つけることが出来るのか、見つけられたとして何光年も先にある星に辿り着くことができるのかという問題があった。
このようなことから、火星や第2の地球に行くことを考えるよりも、
宇宙空間に居続けることのほうが現実的であり、不確定要素を除きやすいと判断された。
そうして発案されたのが地球の近く、月の周辺で7000年をすごすということであった。地球の近くにいるだけでは地球に衝突する隕石群に宇宙船が巻き込まれる恐れがあるが、宇宙船を動かして月を宇宙船の盾になるようにすれば隕石の衝突に巻き込まれることを避けることが出来るだろうと考えられた。
そして、7000年を宇宙で過ごすなかでは太陽風や隕石といった外的要因によって宇宙船に悪影響が生じる可能性があるが、地球や月から生じる重力や磁場を利用して宇宙船に向かってくる障害物の軌道をずらすことができれば宇宙船を守ることが可能であるとも考えられた。
月の近くにいれば、地球に人類が戻ることも容易にできるはずだ。
宇宙船の開発においては、宇宙船の大きさは大きければ大きいほどよいとされた。
多くの人と多くの機材を積んで長い時間を過ごすのだから大きい方が良いに決まっている。宇宙船は大きく、そして外からの衝撃に負けないように壁は厚く造られた。
宇宙船での時間の過ごし方は、人間を冬眠状態にして、地球に戻ったら冬眠状態を解除する方法ではなく、宇宙船の中で地球での生活とあまりかわらない生活をおくる方法が採用された。
太陽光による自然エネルギーと微生物によるバイオテクノロジーを活かして極限まで効率化された循環社会を形成し、作物を育てて生活をする。
また、子孫の教育や知識の習得においては、宇宙のことは秘密にするべきと考えられた。
こうすることで将来、宇宙船のなかでの暮らしに不満を抱き、無謀にも宇宙船を壊してしまうような人間が出てくるのを防ごうというのだ。宇宙を見ることができないようにするために、宇宙船の外壁には窓がひとつも付けられなかった。
子孫には、宇宙船の配管などの設備維持の方法と、宇宙船の中での植物栽培に関することを教育することとされた。
冬眠状態により数千年を過ごす方法が不採用になった理由でもあるが、どれほど宇宙船を丈夫に作ったとしても設備には耐用年数があり、機械が人間の冬眠状態を維持するだけのものであったとしても、設備の維持を行わなければ1000年を経つまでもなく耐用年数が過ぎてしまい設備が壊れてしまうのだ。
このため、人間に日常の生活をさせながら設備の維持を行わせることが良いと考えられた。植物の栽培を行わせれば地球に戻ったあとでも混乱を生じることなく地球で植物を栽培することが可能となり、地球に適応していくことが出来るはずだ。
ただ、実際のところ、この方法も不確定要素が多く、冬眠状態による方法と比べて本当に安全なのかといえば疑問が残るものであった。
それでも冬眠状態による方法は採用されなかった。
地球を出発する時に人類全員を冬眠状態にする必要があるが、この時に誰かが、もしくはどこかの国や、あるいはテロ組織が機械を誤作動させたり壊してしまったらどうするのか。
もしそのようなことが起きてしまった場合には、冬眠状態では対応することもできずに人類が滅亡してしまう可能性がある。
地球に隕石が衝突することがわかり、世界中の国々が協力して宇宙船を開発している。
数千年を宇宙船の中で暮らすことになり、国も人種も、その差異を考えるだけ無駄と思えるようなことである。
しかしながら、それでも、今まで戦争を続けてきた相手国の技術者の目の前で眠ったまま命を預けるという選択はできなかったのである。
そうして×190年頃、紆余曲折はあったが、宇宙船はほぼ完成していた。
宇宙船の通称は「ジェットキャロット号」だ。ふざけたような通称だが理由はある。
宇宙船が巨大な人参を思わせるような形をしており、宇宙船の発射台もまた人参の葉を広げたような形をしていたこと。
熱や衝撃などから宇宙船を守るために壁に何重にもコーティングが行われた結果、壁の色が人参のような橙色になっていたこと。
そして、宇宙船の船長に選ばれた人物がジェット・キャロット船長であったことだ。
こうして、各国が宇宙船の名前について言い争いをしている間に世間ではジェットキャロット号という通称が広まり、出発直前の時期になりようやく正式名称として、各国の文字が複雑に並べられて言い終えるまでに10秒を要する名前が付けられた時にはその名称を使う人はおらず、国の要人ですら宇宙船のことをジェットキャロット号と呼ぶ状態であった。
そして×195年、隕石の衝突まで5年を残して宇宙船は地球を出発した。
5年間あれば機械に初期不良が見つかったとしても地球に戻って修理することが可能だと考えられたからだ。幸い、地球から出発しても宇宙船に初期不良は出なかった。そしてそのまま、宇宙船は月のそばで宇宙を漂っている。
宇宙船が今どうなっているのかは誰も知らない。
「塔の話」
地上1000階、地下1000階、1階あたりの大きさは埼玉県1000個分の、幻想郷と名付けられた巨大な塔の中で暮らしている。
塔には外に出る扉がなく、外を見ることのできる窓もない。
なので、この建物が本当に塔の形をしているのかということは誰にもわからない。
埼玉県とは一体なんなのか、地上1000階、地下1000階まで階数が実際にあるのかということも誰も知らない。
けれど昔からの教えではそういう事になっている。
私が暮らしているのは塔の1階なのだという。
内部で塔を支える支柱や壁、あるいは無造作に設置されている看板などいたるところに「1階」の文字が書かれているのできっとここは1階なのだろうということになっている。
塔の中には階を移動するための昇降機があり、各地に点在している昇降機を使って1階昇れば「2階」、1階下りれば「地下1階」という看板をすぐに見つけることができる。昇降機を使って階を移動していけば、昔からの教えを信じれば地上1000階も地下1000階も本当に存在しているに違いないはずだ。
しかしながら、実際に1000階にまで行った人はいない。なにぶん、1階あたりの大きさが埼玉県1000個分もあるわけで、私の暮らす1階は人が暮らす家以外には何もないような場所なのだけれども、それ以外の階では埼玉県1個分に及ぶ巨大な貯水タンクが設置されている場所があったり、大小さまざまな管が植物の根のように細かく敷き詰められるように伸びているような場所もある。さらには周りが壁で囲われていて特定の昇降機からしか行けないようになっている場所までも存在する。
そして、昇降機で階を自由に行き来できればいいのだけれども、昇降機にはそれぞれ移動できる階の範囲に限りがあり、その範囲はだいたい上下10階ほどである。
そのようなわけなので実際のところ、1000階どころか100階に行ったことがある人すらほとんどいない。
1階は塔の中でも最も人口が多い階といわれていて、階の中では幾つかの街が形成されている。人口が多くて平地も多いということもあって、野菜を育てて自分で食べたり販売をしている人が多い。特に人参が人気だ。
そんな場所で私が何をして生計を立てているのかというと、物を街から街へ運ぶ運搬業をしている。
はるか昔には燃料を使用して動く自動車というものがあったらしい。けれども、いまではそのような便利な道具はないので人力で物を運ぶしかない。
広大な塔の中では同じ階の中であっても街から街へ移動するのは大変だ。
なので私のように、我が家に代々伝わる4トン用荷車「燐ちゃん号」を引きながら1時間で埼玉県を3周できる脚力を持つ人材はなかなか重宝される人材であり、私と同じように力持ちで足が速い人は運搬業をして生計をたてている人が多い。
ひとつの街のなかでの運搬をする人もいれば遠くの場所への運搬を専門にしている人もいる。大抵の人は自分の育った階から上下5階程度の範囲で運搬を行っていて、1階で育った私は基本的に1階での運搬を行っている。
ただ、時には他の階への荷物の運搬を頼まれることもあるので、そんなときには3階にあるお寺や10階にある神社などへ物を運ぶこともある。そして今、私は地下5階にある紅魔館というお屋敷へと荷物を運んでいる最中である。
地下5階に行くのは3か月ぶりだ。
紅魔館は地下5階では唯一人が住んでいる建物である。
紅魔館には「お館様」と呼ばれている女性がいて、なんでも年齢500歳を超える吸血鬼なのだという。以前、紅魔館に物を運んだ際に館の門前で物の受け渡しをしている人から聞いた話だ。私は姿を見たことがないのだけれども、そのお館様が紅魔館の統括をしているというので、今回のように、荷物の中に「お館様」宛ての手紙がある時などは、お館様とは一体どんな人なのだろうかと姿を想像してみたりする。
1階から地上地下20階までの行き来が可能な昇降機までたどり着くと、私の荷車よりもはるかに大きな荷車が昇降機のそばに置かれている。
どうやら同業の人がいるらしい。荷車のそばまで行くと頭上から「おう、久しぶりじゃないか。」と声が掛けられ、荷車に積み重ねられた荷物の頂上から1人の女性が目の前に飛び降りてきた。
「どうもです。今日も荷物が多いですね。」
降りてきた女性は私と同様に運搬業をしている人だ。
私よりも力持ちで、40トンの荷物であっても軽々と運んでいってしまう。
荷物を運ぶ速さは私のほうが速いのだけれども、1度に多くの荷物を運ぶことができるので、1階付近での運搬をしている私に対してこの人は100階付近まで荷物を運ぶこともあるのだという。
荷物を運ぶ場所が異なることが多いので出会う事はあまりないけれど、街にある荷物の集配所で待機している時などに出会うことがあり、そんな時には各地の情報や噂話などを交換しあっている。
「猫さんは今日はどこまで行くんだい。」
「今日は紅魔館までですね。」
「それはよかった。猫さんが昇りだったらまた順番を待たなきゃいけなくなるところだったよ。」
「鬼さんは今日はどちらまで行くんですか。」
「とりあえず地下20階で半分荷物をおろして、それから地下50階までかな。」
猫というのは私の名前ではない。しかしながら燐ちゃん号に猫のマークがプリントされているので通称としてそう呼ばれている。
塔の中では、親から付けられた名前はとても大切なものであると教えられる。
そして、親子や親族間では名前を呼んでもよいけれど、友人や他人とは通称で呼び合うのが礼儀であるとされているのだ。このため、私が他人から呼ばれるときは大抵「猫さん」と呼ばれるし、私の目の前にいる鬼さんは荷車に鬼のマークがプリントされているので周りの人から「鬼さん」と呼ばれている。
ちなみに私の友人で、1階の、それも1つの街の中での運搬を中心に行っている人は羽が付いた帽子を被っているので「鳥さん」と呼ばれている。
また、鬼さんが言った順番を待たなければいけなくなるというのは、昇降機を使う時に昇る人と降りる人が同時にいる場合には、原則として階の移動が少ない人に昇降機の順番を譲ることになっているためだ。昇降機は少人数用の小さなものから荷車を乗せても十分な広さがある大きなものまで様々ある。しかしながら、小さいものに比べて大きな昇降機は数が少ない。そして、運搬をしている時は大きな昇降機でないと荷物が運べないところ、他の人よりも移動する階数が多くなりやすいので昇降機の順番を譲ることが多い。なので、今回のようにお互いの行先が同じだと順番を譲る必要がないので楽なのだ。
昇降機に2台の荷車を押しこみ、地下5階と地下20階のボタンを押すと昇降機が緩やかに動き出す。
「そういえば、鬼さんは紅魔館にいるお館様に会ったことはありますか。」
「いや、私は会ったことないね。」
「鬼さんでも会ったことがないんですか。誰に聞いても噂を聞いたことがある程度で実際に会ったことのある人がいないし、写真も見たことがないし、紅魔館の人達が言っているだけで、本当はお館様なんていないのかもしれないなぁ、って思うんですよ。」
「う~ん、どうなんだろうねぇ。」
「だって、吸血鬼だなんて嘘くさすぎますよ。昔からいるならそれこそ会ったことがある人がいてもいいと思いますし。」
「う~ん、実は、門番の人にお館様の写真を見せてもらったことがあるんだよ。」
「本当ですか。どんな人でした。」
「いや、たしかに写真は見せてもらったんだけど、その写真に写ってたのがどうみても10歳くらいの幼い女の子でさ、お館様っていうよりお嬢さんって感じなんだよ。どうみても吸血鬼なんていう大層なモノには見えなかったしさ。その人の話だと紅茶と赤いものが好きなんだって言ってたけど、猫さんの言うとおり紅魔館の人達で架空の人物を創ってるのかもしれないって思うくらいだったね。そんなことをして何になるのかはわからないけどさ。」
「10歳くらいの女の子ですか、女性という話は聞いてましたけど、なんだか
想像できないなぁ。今日、紅魔館に着いたら門番の人に話をしてもらえないか試してみますよ。」
「うん、面白い話でも聞けたら今度会ったときに教えてよ。」
「はい、あ、そういえば例のドリンクなんですけど試供品がまた出来たんですよ。」
「本当かい。それじゃあ今回の仕事が終わったら飲みに行かせてもらうよ。」
「いえ、私いまちょうど試供品を持ってるんで1本受け取ってください。運搬先に配ろうと思って大量に持って来てるんです。」
「ありがとう。後で飲ませてもらうよ。」
例のドリンクとは、1階で商店を営んでいる人達と運搬業をしている人達が力を合わせて開発しようとしている運搬業用栄養ドリンクのことだ。
人参成分が入っているので名前は「ジェット人参」と名付けられた。ラベルには人参の絵が描かれている。
1階での運搬を主に行っている私もドリンク開発協力者の1人だ。そして鬼さんにも協力してもらっている。鬼さんは頻繁に開発に参加できるわけではないのだけれども、率直な意見を言ってくれるのでありがたい存在だ。
ジェット人参の試供品とアンケート用紙を渡したところで5階に到着したので
鬼さんと別れて、昇降機から降りる。
それから10分ほど走ると紅魔館に到着する。
紅魔館の門前では、門番の人が折りたたみ式の椅子に座っていた。
右手に小さな旗を持って、こちらへ向けてパタパタと振りながら笑顔を向けている。
門番をしているので門番さんと呼ばれている人で、いつでも笑顔を絶やさない元気な人である。
「おはようございます猫さん。荷物はこちらで受け取りますよ。」
「おはようございます門番さん。今日も元気ですね。」
「いつでも万全な状態でいられるように気功を使っていますからね。」
「あはは、私もそれぐらい元気になりたいです。」
「何言ってるんですか。重い荷物を持って走り回っている猫さんのほうがよっぽど元気だと思いますよ。」
「いやいや、私なんてまだまだですよ。荷物はここでいいですか。」
「はい、お願いします。」
門の隣に燐ちゃん号を寄せて、紅魔館宛ての荷物を降ろしはじめる。門番さんも荷物を降ろすのを手伝ってくれる。単純な筋力は私よりも門番さんのほうが強いぐらいなので、門番さんが荷物の受け取りをしている時は荷降ろしがとても楽だ。
「そういえば、今日はお館様宛てにお手紙が来ていましたよ。」
「そうですか。お館様も喜ばれるでしょう。」
「お館様って、どんな人なんですか。」
「お館様はお館様ですよ。紅魔館を支え、統括されています。」
うーむ、返事が硬い気がする。あまり詳しい話を聞かせてくれそうにない感じだ。
「いやぁ~、噂は聞くことがあるんですけれども1回も会ったことがなくて、お顔だけでも見てみたいんですよね。」
「お館様は日中、館内にて業務を行われていますのでお会いするのは難しいでしょう。」
「そこをなんとか、写真だけでも見せてもらえないでしょうか。」
「写真ですか。」
門番さんは少し考えこむような仕草をしてから、猫さんに納得いただけるかはわかりませんが、特別にお見せしましょう。
そう言って門番さんはポケットから手帳を取り出して、手帳に挟まれていた一枚の写真を私に渡した。
写真に写っていたのは10歳くらいのかわいらしい女の子だった。
女の子には不釣り合いな大人用の椅子に座りこちらを見ている。
鬼さんが言っていた外見と一致しているようだ。けれども、本当にこの少女がお館様なのだろうか。もしかすると最近、代替わりをしたのだろうか。それでお館様としての教育が終わるまでは公には姿を現すことが出来ないとか。
「へぇ~、これがお館様なんですか。きれいでかわいらしい方ですね。」
「ええ、とても魅力的な方だとおもいます。」
「ちなみにおいくつなんですか。」
「存じ上げません。」
「意外と門番さんと同じぐらいとか。」
「ご想像におまかせします。」
これは手強い反応だ、いつもはどちらかというと話好きな門番さんが徹底して余計な情報を話さないようにしているようだ。
これ以上お館様について聞いても話をしてくれそうにないし、また次回、荷物を運びに来た時に門番さん以外の人が荷物の受け取りをしている時にはその人に聞いてみることにしよう。受け取った写真を門番さんに返す。
「いやいや、なんだかお答えしづらいことを聞いてしまって申し訳ありません。」
「構いませんよ、よく聞かれますし。」
「いえ、お詫びにぜひともこの栄養ドリンクを受け取ってください。」
自分用の荷物の中から300mlほどの液体の入った瓶を取り出す。ラベルには人参の絵が描かれている。そう、鬼さんにも渡したジェット人参の試供品だ。
「なんですか、それ。」
門番さんは訝しげだ。
「運搬をしている人達と1階の人達とで開発した、運動をする人がいつでも必要な時に必要な栄養を補給することのできるスーパー栄養ドリンク、その名も「ジェット人参」です。」
「ジェット・・・なんでそんな名前になったんですか。」
「ジェット人参の名前の由来ですか。それはもう、人参成分たっぷりで、飲んだらたちまちジェットのようにパワー全開。というところからですよ。」
私もこの栄養ドリンクの開発に協力している1人なので、名前の由来や効果ぐらいなら自信満々で答えられるのだ。
「さぁ、受け取ってください。そして私と一緒にジェットな気分になりましょう。」
「いえ、せっかくなのですが遠慮します。」
即座に拒まれた。しかしここで引いてはいけない。
「お願いしますよ~。もらってくださいよ~。いや、本当の事をいうとですね。効果の部分は自信があるんですけれども、味の部分では不安が残ってるんですよ。いやいや、けっしてまずいというわけではないんですよ。しかしながらですね、街の人達みんな、人参が入ってれば基本的においしいって言うんですよ。私ももちろん試飲して味について意見を出してますよ。けどみんな、人参が入っていればそれだけでおいしいっていうし、それにつられて人参味の試作品ばかり出来てしまって、何回も試飲を繰り返しているうちに人参に味覚が支配されてきておいしさの基準がもうわからなくなってしまっているんです。人助けと思ってこのドリンクを飲んで客観的な感想をください~。」
「う~ん・・・わかりました。今すぐにはいただきませんが、後ほど試飲させていただきます。」
しぶしぶといった感じながらも、門番さんはジェット人参を受け取った。これで門番さんは私の事を、お館様の事を詮索しようとするあやしい人からおいしい飲み物をくれた親切な運び屋さんと思うようになったはずだ。
「いや~、ありがとうございます。今度感想を聞かせてください。あ、あと1箱分試供品が余ってるので他の人にもあげてください。アンケート用紙も置いておきますのでよろしくお願いしますね。」
「ええっ、そんなには受け取れませんよ。」
「でももう置いちゃいましたから、それでは私は他にも運ぶ荷物がありますので失礼しますね。」
「ちょっと猫さん・・・」
引き留めようとする門番さんを無視してジェット人参を置いて門から離れる。門番さんの人柄なら捨てるようなことはしないはずだ。これでより多くの人から感想を聞くことができるし、感想を聞くついでに他の人からお館様のことを訊きだすこともできるはずだ。
紅魔館が小さく見えるぐらいの場所まで離れて紅魔館を振り返ると、紅魔館の屋上近くを蝙蝠が飛んでいるのが見えた。
蝙蝠は地下5階の、それも紅魔館の近くにしかいないらしい。
なので紅魔館と蝙蝠には何かしらの関係があるのだろうといわれている。
蝙蝠がどこに飛んでいくのか追ってみようかとも考えたけれど、紅魔館について考え事をするのは今回はこれぐらいでいいだろう。お館様の写真は見れたし、ドリンクのサンプルも1箱捌けたし、これからも紅魔館に来る機会はあるのだから。
他の場所へ運ぶ荷物はまだまだあるし、いつまでもここにいて時間を潰すわけにはいかない。次はどこに荷物を運ぼうか、街についたら宿をとろうか。
そんなことを考えながら昇降機を目指して歩き出す。
歩く少女の上空から1匹の蝙蝠が荷車に着地して、空になった瓶と手紙を荷車の中に入れて飛び去って行ったが、考え事をしていた少女は気が付くことはなかった。
ただ、文の途中で改行が加わっていたりと読みにくさが目立ったのですが、これは何か意図したものなのでしょうか。出来るならば、作者様の対応をお願いします。
さておき、千階建ての塔に準えて読んでいたので、
深く読んでいくにしたがってより深い真相を知っていくような
感覚があり、いい演出だなと。
学校遅刻するの覚悟で一気に読んじゃいました。不思議な感じで面白かったです。
良いじゃないですか、やりましょう! やらない? それは残念。
面白かったです。