Coolier - 新生・東方創想話

Wlii  ~其は赤にして赤編 6

2015/08/02 21:36:41
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夢が偽りだというのならこの世界は嘘吐き達の住む箱庭

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    第七節 首輪付きの探偵

「霊夢、世の中不公平だって思わないか?」
 少女が言った。
 デスクが二つに、四人がけの応接セット、資料棚が二つに観葉植物が一つの、質素なオフィスにて、窓枠に腰掛けた少女が言った。窓から外を見ると、眼下には人の往来。誰とも知れない人間達があちらこちらで歩いている。
「魔理沙は何が言いたいの?」
 ソファに座っていた霊夢はニュースから目を離さない。ニュースでは華やかな少女が舞台に立ち、観客から賞賛を受けている。魔理沙もそれを見て、目を細める。
「見ろよ、そのレミリアってモデル。世界中で人気だって話だ。それが日本に来るってんで、日本は今大騒ぎだ。まさしくそいつは、そいつだけしか立つ事の出来無いでかい舞台に立ってる」
「そうね。だから?」
「見ろよ、そいつの笑顔。自分は幸せだって信じきってる。今まで飢えた事なんて無さそうだ。私達よりも年下そうなのに」
「そうね。それで?」
「羨ましい!」
 魔理沙の叫びが響き渡る。
「そうね」
 口では同意しつつも、霊夢の内心は羨ましいのと少し違った。霊夢は、今のご飯を心配してなくて良い生活に対してそれなりに満足している。だから他人を羨む必要なんて無い。
 数年前は違った。霊夢も魔理沙もこの町から遠く離れた場所で、住む所も無く、施設にも入れず、孤児であり、毎日の食事にありつけるかも不確かな貧しい生活を送っていた。飢えて寝転がる自分達の傍には往来する人人、遠くを見れば立ち並ぶビルの光、自分と関わりの無い何もかもが煌めいて見えた。本当に羨ましかった。
 それが八雲紫というこの町の資産家に拾われた事で一変した。食事に事欠く事は無く、住まいも与えられ、必要であれば何もかもが手に入る生活を送る事になった。
 それは幸福だろうと霊夢も魔理沙も分かっている。
 けれど空恐ろしいのだ。
 突然自分達に与えられた幸福の訳が見えなくて。
 数多く存在する孤児の中から、八雲紫はどうして自分達を選んだのか。一体何の理由で、見知らぬ他人だった自分達を拾い、そして衣食住を与えてくれるのか。
 分からないから怖い。
 怖いから、決して今の立場に安住しようとは思わない。
 だから明るい舞台に立つレミリアを見て思うのは、羨ましいではなく、自分達も同じ舞台に立ちたいという憧れだ。
 今、霊夢と魔理沙は八雲紫の掌の上で育てられている。そこから抜けだして、二人だけの力で生きていける様になりたい。霊夢も魔理沙もそう願っている。だから八雲紫が学校へ行く事を頻りに勧めてきても、二人はそれを拒否した。将来の為の勉学ではなく、今を生きる力を手に入れる為に、二人は仕事をする事にした。
 そうして立ち上げたのが博麗探偵事務所。探偵小説に影響を受けた二人は探偵業で生計を立て八雲紫から独立しようとしたのだ。
 とは言え、二人の決心はともかく、傍からは子供の遊びにしか見えない。
 そもそも二人が探偵の資質を備えているかと言えば、能力はともかく、探偵というものが実際にどんな活動をしているのかすら分かっていない。とにかく依頼人が来て、その失せ物探しや殺人事件を解決すれば良いのだろう位にしか思っていない。
 八雲紫から独立する為に探偵を始めたと言ったって、現状は事務所のフロアも家具も何も八雲紫が用意した物だ。
 何より客が来ない。宣伝すらしていないのだから当然と言えば当然だが、閑古鳥すら見当たらない程で、一年続けて探偵としての仕事は一件だけ。それも八雲紫の紹介で、仕事内容もちょっとした失せ物探し。
 このまま続けて、八雲紫から独立する日がいつの事になるのか、それどころか独立出来るのか、疑問を呈さざるを得ない。
「このレミリアとか言うのはこんなに人気があってみんなに認められてるのにさ、私達は未だに紫にすら探偵だって認めてもらえてないんだぜ! ちゃんと認めさせて、世界にも私達を認めさせて、私達が凄い探偵だって知らしめたいじゃん!」
「そうは言っても、まず仕事が来ないし」
「それ! 今日はどうしたら仕事が来るのか考えようぜ!」
「どうしたらって……宣伝?」
「前も言っただろ。探偵が宣伝するって格好悪いじゃん。だから私はこう考えた」
 魔理沙はニュースに映るモデルの少女を指す。
「こういう有名人の依頼を解決する。そうすれば、こいつが私達の事を話して、私達も有名になって、仕事が一杯来る。どう?」
「それって結局宣伝じゃない?」
「違う! 折角こんな有名人が日本に来るんだからそれを利用しないって手は無い。どう?」
「けど、どうやって依頼を受けるの?」
「それを考える!」
 霊夢は、無理と言って、ソファにもたれかかった。
 魔理沙は窓枠から降りると、取り繕う様な笑みを浮かべながら、霊夢の傍に寄る。
「いや、ほら、何か方法が。そうだ! 紫に頼めば良いんだ! あいつ、色色顔広そうだし」
 霊夢が目を細めて魔理沙を睨む。
「誰かに頼るなんて探偵のやる事じゃない」
「う、じゃあ、こいつが日本に来たら会いに行って、依頼させれば」
「こっちから依頼をお願いしに行くなんて探偵じゃない」
 提案をあっさりと両断された魔理沙は肩を落とし、曖昧に笑いながら霊夢を空目する。弱弱しい上目遣いに見つめられた霊夢は、魔理沙を睨んでいた目を瞑って、ソファから起き上がり、溜息を吐くと言った。
「分かった。どうしたら良いか。一緒に考えましょう」
 魔理沙が笑顔になる。
「そうそう。二人で考えればきっと」
「まあ、その前に、お茶でも飲みましょう」
 霊夢が立ち上がろうとした時、来客を告げるベルが鳴り響いた。
 魔理沙と霊夢は顔を見合わせる。
「誰?」
「誰って、客なんて来る訳無いし」
「分からないじゃない」
「そうだけど。そう思うか?」
「まあ。紫、よね?」
「ああ、間違いないぜ。期待したって」
「そうね。期待したって」
 もしかしたらお客さんかもしれない。二人は期待を隠し切れない笑みを浮かべて、訪問者を確認する為にディスプレイを点けた。
 そして依頼人の顔を見た瞬間、それがよく知る人物だと分かって、二人は一気に落胆した。ディスプレイ越しに見知った顔が抗議の声を上げる。
「ちょっとちょっと! 今、私の顔を見た瞬間、残念がったでしょ!」
 霊夢と魔理沙は顔を見合わせて溜息を吐く。
「だってさぁ」
「ねえ」
「あんた等ね! 良いから開けて! こちとら客よ!」
 二人は落胆しながらも、下の階の扉を解錠して、射命丸文を招き入れる。
「どうせ射命丸の依頼って事は、探偵の依頼じゃないんだぜ」
「どうせ副業の妖怪退治の方」
 二人が溜息を吐いていると、下の階から上ってきた射命丸が仏頂面で事務所に入ってきた。
「これでもあんた等にとっては上得意。どころか殆ど唯一の客でしょ? 敬って欲しいわね」
「お前が、一回でも仕事を私達に持ってきた事があったか?」
 呆れて肩を竦める魔理沙に、射命丸はむきになって言い返す。
「いつも頼んでるでしょ? つい一ヶ月前だってちゃんと頼んだじゃない! お金だって払ったでしょ?」
「それも妖怪退治だったじゃない。仕事っていうのは探偵の仕事を言うのよ」
「私達は探偵だぜ?」
 射命丸は疲れた顔でソファに腰を下ろした。
「あんた達面倒臭いわね。お金払う時は、ああ射命丸様、これで紫さんに頼らないで自立出来ます、ありがとうとか喜んでた癖に」
 不満気な魔理沙と霊夢の顔を見据えた射命丸は、急に鷹揚な笑顔を浮かべた。
「でも安心なさい。今回は探偵のお仕事よ」
 すると魔理沙が食いついて、テーブルに手をつき身を乗り出し、射命丸に顔を寄せた。
「本当か!」
 だが背後の霊夢が疑わしげな目つきを崩さない。
「騙されちゃ駄目よ、魔理沙。そいつの用事に妖怪が関わっていない訳が無いもの。どうせまた、妖怪同士の決まり事がどうとかで、既に決着した事件の犯人を連れてきて、人間の私達に形だけの退治をさせるんでしょ?」
「本当だってば」
「じゃあ、指切りげんまん」
「分かった分かった! 針千本飲みます! 誓って、探偵の仕事!」
 それを聞いた霊夢は、奥へ引っ込み、しばらくしてお盆に湯のみを乗せて戻ってきた。
「どうぞ、お客様」
 射命丸は苦笑して、霊夢からお茶を受け取った。
「現金な奴等ね」
 お茶に口をつけてから、鋭い目付きを霊夢達に送る。
「いつも思うけど、あんた等、私がどういう存在で、いつもあなた達に頼んでいる事がどういう事かも分かっているのよね。私が言うのもなんだけど、私が怖くないの?」
 射命丸の言葉に魔理沙が胸を張る。
「勿論、恐ろしいぜ!」
 霊夢も頷いた。
「妖怪にあんたの名前を出すと大抵怯えるもの。よっぽど怖い妖怪なんでしょ?」
 全く恐ろしそうな素振りを見せない二人に、射命丸は疑いの目を向ける。
「全然怖がっている様には見えないけど」
「探偵っていうのは腹の内を隠すもんだ。いつだって掴み所の無いあやふやな奴じゃないと駄目なんだぜ!」
「怖がったって舐められるだけ。探偵は怖がったら駄目なのよ」
 射命丸は厳しい表情のまま「ふーん」と二人の全身を値踏みする様に眺めてから、元の鷹揚な笑みに戻った。
「じゃ、下らない話は止めにして、お仕事の話と行きましょうか?」
「おお! 待ってました!」
 魔理沙と霊夢が飛び込む様にして射命丸の向かいのソファに腰を下ろす。それを合図に、射命丸はテーブルの上に端末を置いて起動した。
「初めに言っておくけど、ご心配の通り、私が持ってきたのだから妖怪関連の仕事ではある」
「騙したのかよ!」
「いいえ、でも退治じゃない。探偵のお仕事なの」
「よく分からんが、それなら良し!」
 魔理沙が偉そうに腕を組んだので、射命丸は笑い声を上げながら、端末に少女を映し出した。その顔を見て、魔理沙と霊夢は驚きで目を見開く。
「そいつって」
「知ってる?」
「だって今丁度」
 魔理沙がもう一度端末の少女を見る。生気を感じさせない程端正な顔立ちの少女。その銀色の髪の、宝石を熔かした様な煌きは、一度見れば二度と忘れる事が無いだろう。射命丸の端末に映る少女は他でも無い、先程ニュースに出ていたモデルのレミリアだ。
「妖怪に関わってるのか? こいつが何したんだ?」
 魔理沙の問いを聞き流して、射命丸は端末に映るレミリアにバツ印を付ける。
「今回のターゲットはこの吸血鬼」
「吸血鬼! こいつが?」
「この吸血鬼の事を知ってるんでしょ? 見た時、気が付かなかったの? あなた達ともあろう者が」
「映像だけじゃ分からないし。でも吸血鬼なのかよ。こいつが」
「そう。絶大な人気を誇るカリスマモデル。それが人間として生きるレミリアの表の顔」
 霊夢は顎に指を添え、レミリアを見つめる。
「それで裏の顔は?」
「スカーレット家の現当主、吸血鬼レミリア・スカーレット」
「スカーレット家? 有名なのか?」
「随分昔に栄えた貴族よ。今は落ちぶれたけれど」
「の割に、世界中で人気みたいだぜ」
「それは吸血鬼の貴族としてではなく、レミリア個人の話で、しかもモデルとしてじゃない」
 霊夢は顎に添えていた指をおろして、テーブルを一つ叩く。
「それで、依頼っていうのは? ちゃんと探偵の仕事を持ってきたっていう事は、いつもみたいな、あんた等妖怪のルールから外れた妖怪を退治しろって話じゃないのよね?」
「今回は違う」
 射命丸が端末に触れると、レミリアの画像が下がり、続いてオフィスビルの外観画像が現れた。
「内密の話なんだけど、レミリアはこの町に移住しようとしている」
「この町に住む? 何で? 日本人じゃないんだろ?」
「両親を失ったから。後見人である紫さんの居るこの町に引っ越してくるという事に一応はなっている」
「一応はって、引っ掛かる言い方だな。本当は違うのか?」
「少なくとも、レミリアが両親を失ったのは確かだし、紫さんが後見人であるという事も本当。引き取られて湖の町に来るというのも」
「何か問題があるの?」
「紫さんは受け入れに賛成しているし、私達妖怪の山も拒絶する理由は無い。レミリアも乗り気みたいね。ただ引っ掛かるのよ。レミリアは後見人なんて必要としていないんだもの。妖怪同士の抗争や人間達の積極的な排除があった昔ならともかく、このご時世、隠れて住んでれば少なくとも迫害される事は無い。生活する場所と手段が確保出来ていれば誰かに頼る必要なんて無いの。その点、レミリアはモデルという人間社会での地位を持っているし、金銭的に不自由していない。住んでいる近隣の人間や妖怪との軋轢も無い。屋敷には多くの従者を従えていて、それを養うだけの余力もある。態態故郷を離れて、こんな極東の辺鄙な国にやって来て、新しい生活を営む必要なんて無い訳よ」
「後見人って事は、親と紫の間で決まってたんだろ? 昔なんかあって両親がそんな約束して、レミリアは親が決めた事だからって仕方無く従っただけじゃないのか?」
「それがね、レミリアとその両親は仲が悪かったらしいの。だから親の決め事に従うのも変なのよ。もう両親は居ないのに、仲の悪かった親の決め事を守るなんて変じゃない?」
「仲が悪いの程度によるだろ」
「屋敷に仕えていたかつての従者から聞いた話だと、レミリアの両親はレミリアの妹を幽閉したらしいの。気が触れていたとか何とかで。レミリアはそれに反発して、いずれ殺して妹を救い出してみせるって漏らしていたって話よ」
「物騒だな」
「物騒でしょ? 両親の死因は詳しく分からなかったけど、まだ寿命という年でも無かったらしいし、もしかしたらレミリアが。いえ、それを追及しても仕方ないわね。とにかくレミリアがここに来る理由が無いっていうのが問題」
「その両親の死因は今回の件と関わる可能性はあるぜ。寿命じゃなかったって事は、その両親の死には外因がある訳だろ? 例えば人間が襲ってきたとか。妖怪の住めない環境になったとか。何かあってそこに住んでいられなくなったから、日本に来る事にしたのかもしれないぜ」
「そうね。でも死因を知っているのは屋敷に居た者だけ。それを探ろうとすれば、私達とレミリアとの関係に角が立つ。流石にこれから仲間になろうっていう妖怪の腹を堂堂と探る訳にはいかない」
 そこで魔理沙が手を打った。
「つまりその死因を探れって訳か」
「違うわ」
「何だよ」
 魔理沙が項垂れる。
 それを横目に、霊夢がビルの外観を指差して聞いた。
「このビルは?」
「そのビルの中にレミリアの事務所がある」
「レミリアが居るのか?」
「いいえ。レミリアは今中国に居る」
「事務所があるって何で知ってんだ?」
「レミリアが中国に入る前日に、一日だけお忍びで日本に来て、この町の有力者へ面通しは済ませたの。新しい住まいを何処にするかとか、こちらでの仕事はどうするかとかも話し合ったわ」
「綺麗だった?」
「とても」
「その時に何か不審な感じがあったの?」
「少なくとも私は何も感じなかった。こちらでの生活プランも完璧。でもさっき言った通り、何故紫さんを頼ってきたのかというのが分からない」
 ビルを見つめていた霊夢が顔をあげ、射命丸と目を合わせた。不思議そうに見つめ返す射命丸に、霊夢は問い尋ねる。
「このレミリアって、今日本に居るでしょ」
 射命丸が目を見開いた。
「違う?」
「そんな事無いわ。何故?」
「何となく。さっき一瞬、あんたの態度に違和感を覚えて」
 霊夢の言葉を受けて、魔理沙が両手を頭の後ろに組んでソファに背を預け、ふてぶてしく笑う。
「となると、もしかして一週間前からか?」
 魔理沙の言葉に、射命丸が困惑の表情を向ける。
「何が?」
「レミリアがこっちに居るの」
「だから居ないってば」
「そうか? じゃあそういう事にしても、一週間前に何かなかったか? 射命丸は私達に何かを調べて欲しいんだろ? それが何か分からないけれど、その原因が一週間前から始まったんじゃないか?」
「何故そう思うの?」
「不審死が相次いでいるのがその日からだ。新聞記者やってるんだから知ってるだろ?」
「不審死?」
「まさか知らないのか?」
「何の話?」
「この辺りで不審死が相次いでいるのさ」
「そんな話まだ聞いて」
「そんな事無い筈だぜ。射命丸の新聞にも載ってた。ビルから中学生が二人飛び降りたって」
 射命丸は考え、そして三日前にそんな記事を書いた事を思い出す。遺書も無く、男女の二人がビルの上から飛び降りたという事件があった。ただそれに不審な点は無く、単に思春期にありがちな自殺だろうと。
「きっと連続してる。この一週間で、他にも自殺や事故、殺人があちこちで起こってる。この一週間で目についた事件の場所を、地図に印付けてみた」
 そう言って魔理沙はディスプレイを投影して、八意病院のある中央区を中心としたこの辺りの地図を映し出した。魔理沙が目を付けた不審死の場所に赤い点が付けられている。その点は無数で、確かに一週間で起こったとするには多い。
「これは……あんた達、これを調査しているの?」
「まだ。探偵は依頼が無いと調査出来無いからな。でもいつこれについて依頼が来るか分からないからデータだけは集めてる」
「一番初めに起こったのは?」
「このデータだと、こっから随分離れた場所で、小学生が自宅から転落したって奴だな。次がこの隣町で、高校生が車に引かれて三人中二人が死亡。後は中央区の病院で、一人飛び降り。ただ一つ一つの事件に特別おかしな事は無いから、本当は事故や自殺なのかもしれない。それから目を引くのは一昨日のこの町で起こった事件。何と一日で三件、自殺が二件に他殺が一件、事件のあった場所は離れてるけど全部同じ中学校の生徒だ。これは明らかに何かおかしいよな」
「成程」
「何だ? 記事にでもするのか? 依頼するなら受けるぜ」
「いえ、まだ。でもこの話、今回の依頼に関係しているかも。とにかく今貰った情報料は払う。今回の依頼料に上乗せするわ」
「それは毎度あり。まとめただけで大した情報じゃないけどな」
 にししと笑う魔理沙の頭を叩いて、霊夢が口を挟んだ。
「そんな事より、それよ。今回の依頼。私達に何を依頼するつもり。さっきから全然話が進んで無いんだけど」
「ごめんごめん。さっき話した通り、私達はレミリアに不信感を抱いている」
「私達っていうのは?」
「妖怪の山、そして紫さんも」
「なら受け入れなきゃ良いじゃない」
「そういう訳にもいかないわ。紫さんが後見人を任されているのだし、それが無くても、この都市が妖怪を受け入れない訳にはいかないのよ。例えどんな妖怪であろうとね」
「それが災厄を呼び込もうと?」
「例えそれが破滅の引き金になったとしても」
「そう。まあ良いわ。私の知った事じゃない。あんた等妖怪にも、この町にも、別に愛着がある訳じゃないしね。大事なのは依頼が何か。レミリアがどうしてこの町に来るのか。妖怪が探るのは角が立つから私達に探れって事で良いの?」
 霊夢が結論づけたのに合わせて、射命丸は封筒をテーブルの上に置いた。
「もう一歩踏み込んで、彼女達が何をしようと企んでいるのか、それを探ってきて欲しい」
 霊夢の目が細まる。
「テロとかしそうな訳?」
「分からない。分からないから、調べて欲しいの」
 会話する二人の横で、魔理沙はテーブルの上の封筒を拾い上げて中を覗き込んだ。すぐに「うええ」と呻いて、封筒をテーブルの上に放る。
「何だこれ!」
 射命丸が訝しげな顔を魔理沙に向けた。
「何だこれって、お金だけど。紙幣。電子マネーが主流とはいえ、見ない訳じゃないでしょ?」
「幾ら入ってんだよ!」
「一千万」
 それを聞いて霊夢も目を剥いた。
「はあ? 何よそれ! ふざけてんの!」
「足りない?」
「足りなくねえよ! 多すぎだよ!」
 魔理沙と霊夢に睨まれた射命丸は動じずに封筒を拾い上げて懐に入れた。
「ま、一千万が入ってるってのは嘘だけどね。こんな封筒に入らないし」
 魔理沙が前のめりにつんのめる。
「何だよ、それ!」
「報奨として一千万出すのは本当よ。ちゃんと振り込むわ。ただ分かりやすい様に、具体的な形を見せただけ。本気だって事を示す為にね」
「いや、でも、一千万て」
「私はこれでも少ないと思っている。だから判明した内容如何では、更に上乗せするわ。さっきのデータもそうね。百万追加する」
「待て待て待て! さっきから、ちょっと金額が、頭が追いつかないから!」
「これは本当に微妙な問題なのよ。吸血鬼っていうのはね、たった一個体で周辺社会をぶち壊すだけの力がある。防ぐには水際で食い止めるのが一番だけど、受け入れの拒絶は出来無いし、無理矢理排除したら妖怪社会から批判を受ける。いつもみたいにあなた達に退治させて、人間がやりましたって訳にもいかない。あなた達に頼むのは形式的なもので、裏に私達妖怪の山が居る事は公然の秘密だから、相手に非がなければ当然非難される。まだ相手は何にもしてないんだもの。けれど相手が動いてからなんて悠長に待っている訳にはいかない。もしも動き始めたら、吸血鬼という病は瞬く間に社会を覆い尽くす。だから相手が動くよりも先に相手の動きを察知して、危険があるのならしっかりと証拠を得た上で叩き潰さなくちゃいけない」
「その調査だって、妖怪が関わる訳にはいかないって事ね」
「そういう事。今回の事件を解決出来るのは、妖怪ではないけれど妖怪の存在を知っていて、ある程度の力と、何より絶対的な調査能力を持っている者じゃなくちゃいけない。それはあなた達だけよ」
 魔理沙は頭を掻いて、椅子にもたれた。
「なーんか、探偵の仕事ってよりは、スパイとかそういう感じだぜ」
「そんな事無いわよ。ほら、秘密を探り当てて、白日の下に晒すでしょう? 探偵探偵。お願い。あな達にしか出来無いのよ。あなた達を探偵と見込んで」
 射命丸が必死に懇願してくる前で、霊夢と魔理沙は顔を合わせた。
「ちょっとおべっかが過ぎるけど」
「そうまで言われちゃ仕方無い」
「本当?」
 いずれにせよ、この依頼を拒絶すれば、妖怪と八雲紫の心証が悪くなる。それはまだ何の下地も無い二人にとってはどうしても避けなければならない事だ。
 どんな依頼であっても相手がどういう態度であっても、最初から受けなければならない依頼であった。
 悔しいが、それが霊夢と魔理沙を取り巻く現状だ。
 けれどそんな内心はおくびにも出さず、あくまでおだてられたから乗ってやるという態度で、霊夢は告げる。
「レミリア・スカーレットの企みを看破するという依頼、確かに受領致します」
「ありがとう。必要な経費は勿論こちらで全て出すわ。口座を渡しておくから、必要ならそこから使って」
 次から次へと金に糸目を付けない射命丸に、魔理沙は何だかうんざりする。
「調子狂うなぁ。私達は別にお金なんて」
「独立したいんでしょ? ならお金は必要よ」
「泡銭を貰ったって仕方無いぜ。あるに越した事は無いけどな」
「今回の役目をきっちりこなせば、あなた達を見る紫さんの目も変わるでしょう」
「それで期限は?」
「一先ずレミリアが来る一月後」
「了解」
 射命丸はお茶を飲み干すと、よろしくねと言い残して、事務所を出て行った。

「胡散臭い話だったな。ま、射命丸の持ってくる話に胡散臭くない事なんて無かったけどさ」
 レミリアの事務所があるというビルに向かう為、電車に乗り込んだ魔理沙は、事務所での射命丸との会話を思い出しながら、吐き捨てる様に言った。霊夢も頷いて、外の景色を見つめる。
「いつもの事ね。ただいつもより危険みたいだけど」
 魔理沙も外を見る。次第にビルの立ち並ぶ中央区へ近付いている。レミリアの事務所はその手前の駅にある。研究所やオフィスの多いビジネス街だった筈だ。何の変哲も無い町だが、これから対決しなければならない敵の根城がある事を考えると、途端に暗雲垂れこめた魔都の様に思えた。
 吸血鬼。
 魔理沙はその特徴について、二三の書物で読んだ程度で詳しくは知らない。射命丸の言い分では随分恐ろしい妖怪の様だが、一体何故そこまで警戒するのだろう。
「霊夢は吸血鬼知ってるか?」
「多少は。呪われた死体が動き出したもので、非常な怪力。色んなものに化けられて、血を吸った相手を下僕にする。太陽と流水とにんにくと十字架と豆が苦手で、心臓に杭を刺して首を刎ねれば死ぬ。そん位」
「私もそんな感じ。後は自分が死んだ場所の土を敷かないと眠れないとか、目を合わせた相手を魅了するとか。あんま強そうには思えないよな。勿論人間よりは強いんだろうけど。何が怖いんだ?」
「噛んだら下僕に出来る所じゃない?」
「でも噛まないといけないんだぜ? 百人下僕にするのにどんだけ時間掛かるんだ?」
「下僕が噛んだ相手も下僕に出来るんじゃなかった。そうしたら倍倍ゲームの鼠算」
「どっちにしても十字架身につけてれば手出し出来ないんだろ?」
「私十字架なんて持ってないけど」
「今度貸してやるぜ」
 やがて電車が目的の駅に着く。
 開いたドアから他の乗客達と共に降りた魔理沙は、おかしな事に気がついた。
「なあ、霊夢。違和感覚えない?」
「何が?」
 霊夢は何も感じなかった様で不思議そうに魔理沙を見返した。
 魔理沙は黙ったまま駅の中を進んで、改札を抜ける。そうして駅を出てから、やっぱりと呟いた。
「どうしたの?」
 霊夢の問いに、魔理沙は答える。
「学生が多い」
 霊夢が辺りを見回す。辺りにはそこかしこに学生らしき姿が見える。だが大挙して押し寄せている訳ではなく、混雑している様子もない。訝しげに眉根を寄せて首を傾げる。
「そう? こんなもんじゃない」
「うちの近くみたいに学校があればな。でもここはオフィス街で、学校も無ければ、遊ぶ場所も殆ど無いんだぜ。学生が集まるなら一個前の駅だ」
「異常って訳ね。どうしてかしら?」
 魔理沙は唸りながら端末を取り出し、操作する。しばらくして目を見開くと声を上げた。
「そういう事か」
 魔理沙は端末をしまって顔をあげる。
 霊夢が顔を向けると魔理沙は言った。
「どうやらレミリアが居るって噂になってるみたいだぜ」
「噂? どういう?」
「レミリアが移住してきたって噂。私達がこれから行くビルにその新居があって、中国で仕事してるって言われているけど、実はもうそこに住んでるらしい」
 霊夢は顎に指を当てる。
「射命丸の話と食い違ってる。怪しいわね。レミリアはもう居るのかしら?」
「分からない。噂の出処は何処だ? まさか射命丸じゃないよな?」
「何で射命丸? メリットが無いでしょ」
「まあな。誰が何を企んでるのか知らないが、とにかくレミリアって吸血鬼を中心に何か起ころうとしてるのは確かだぜ」
「とにかく怪しいわ。やっぱり直接乗り込む前に情報収集をした方が良かったかしら」
「他に手掛かりも無いんだ。情報収集のしようが無いぜ。行くしか無いだろ」
「何も分からない。五里霧中。今見えているのは、吸血鬼に、妖怪の山。それに連続不審死も関わっていたら。とても危険だわ。大事になるかも」
 危険な臭いは鼻につく程に漂ってくる。下手に巻き込まれれば自分達もただでは済まないかもしれない。
 霊夢は何とかして今回の依頼を取りやめた方が良いかもしれないと、魔理沙の表情を窺う。
 だが心配する霊夢を余所に、魔理沙は笑っていた。
「私達だけがそれを止められる立場にいる。だろ?」
 自信に溢れた魔理沙の態度に、霊夢も笑みを浮かべた。
「そうね」
「誰が何を企んでいようと、私達がそれを暴いちまえば良い。最後に笑うのは、我等博霊探偵団だ」
 霊夢は声を上げて笑う。
「そうね。その通り」
 二人で笑い声をあげながら、怖気を払って、ビルへ向かって歩き出した。

 ビルに入るとエントランスホールに学生が屯していた。ビルに入っているテナントを確認するが、学生が用を持ちそうな所は無い。全員レミリアが目的と見て間違い無いだろう。
「どうしてこんな所で待ってるのかしら」
 霊夢がエントランスに居る学生達を不思議そうに眺める。噂にはレミリアの住居の場所まで書かれていた。レミリアに会いたいのなら一階で待っているのではなく直接乗り込めば良い。
「当てが外れたんだろう」
「どういう事?」
「射命丸の言ってた事と噂に齟齬がある。噂じゃレミリアの住まいだけど、射命丸は事務所だって言ってた。住まいのある階も、噂じゃ十五階だけど、射命丸は二十階って言ってた。多分噂は間違っていて、噂通りに行ってみたら、レミリアが居なかったから、みんな引き返してきたんだ」
「会えなかったからすごすご引き返してここで待ってるって事? 居ないって分かったのなら帰れば良いのに」
 学生達の目にはまだ期待の熱意が篭っている様に見える。
「多分レミリアが通るかもしれないって待ちぼうけてるんだ。一縷の望みを懸けて」
「執念深い事で」
 エレベータホールへ向かって歩いていると、学生達が霊夢と魔理沙へ視線を向けてきた。だが目当ての存在じゃ無い事に気がつくと、すぐに興味を失って目を逸らす。
 エレベータの前にも学生達が集っていた。
「邪魔だな」
「私達も人の事言えないけど」
「違いない」
 エレベータが来るのを待っている間、学生達の会話を聞いてみると、やはり話題はレミリアの事ばかり。学生達がレミリア目当てで集まったという見立ては間違っていない様だ。
 もうすぐエレベータが来るという頃に、また新しい学生がやって来た。その日本人離れした美貌に魔理沙は目を奪われる。
 その学生はフロアの案内板に目を通した後、後からやって来た友達に、レミリアの居る階を尋ねたていた。やはりレミリアが目当ての様だ。レミリアの人気の高さを改めて実感しつつ、魔理沙は再びエレベータに向き直る。
 少ししてエレベータが到着した。中から、残念そうな顔をした学生達が降りてくる。その顔を見て、彼等もまた当てが外れたのだろうと魔理沙は自分の推測が正しい事を確信した。やはり噂は間違いで、彼等はレミリアに会えなかったのだ。
 自分達だけが真実に近付いている事に愉悦を感じつつ、魔理沙はエレベータに乗り込もうとした。その時、突然先程の美貌の学生が、降りてきた人人を押しのけつつエレベータに乗り、あろう事か勝手にエレベータを閉じようとした。
「おい、まじかよ」
 辺りが呆然としている中、魔理沙と霊夢は慌ててエレベータに乗り込む。魔理沙が息を荒げつつ、エレベータ内を見ると、乗れたのは、勝手にエレベータを動かそうとした学生とその友達二人、そして霊夢と魔理沙だけだった。残りの待合客はエレベータの前で皆一様に呆けた顔をしており、彼等を置いて扉は閉まると、エレベータが上昇を始めた。
「お前、何すんだ!」
 魔理沙が抗議の声を上げると、勝手に扉を閉めた学生は、澄ました顔で、階を表すランプを眺めながら答えた。
「乗れたんだから良いじゃない」
「いや、私達だけじゃなくて」
「他の人間達も次のに乗れば良いでしょう?」
「あのなぁ」
 魔理沙が掴みかかろうとすると、学生の友達が両手を開きながら立ち塞がった。
「ごめんね。シャウナも悪気があった訳じゃなくて、レミリアの大ファンで、少しでも早く会いたいみたいで」
「だからって自分勝手過ぎんだろ」
 尚も文句を言おうとした魔理沙を、霊夢が止める。
「ねえ、魔理沙。何階だっけ」
「二十階」
「一番上ね」
 霊夢と魔理沙のやり取りを聞いた相手が不思議そうな顔をした。
「あんた達はレミリアに会いに行くんじゃないの?」
 魔理沙は思わず笑みが溢れそうになるのをこらえつつ、肩をすくめた。
「違うぜ。おたく等はレミリアの所へ行くのか?」
「そー。このビルの十五階に居るらしくて」
「他にも学生っぽいのが一杯居たもんな。あいつ等も全部そうだろ?」
「そうなんじゃない? 私は知らないけど」
「暇な奴等だな」
 魔理沙はふと考えて、気になっていた事を質問する事にした。
「今日は学校休みなのか?」
 学生というのは平日学校に通わねばならないと聞いていた。ところが、今日は平日だというのに、学生達が学校に行かず、このビルに集まっている。それが解せなかった。
「まさか。私達は学校が終わってから来たんだよ」
「終わったら? 休み時間て事?」
「違うって。もう学校は終わって、後は部活やってるの位じゃん? 残ってるの」
「一日中学校に居なくちゃいけないんじゃないのか?」
「何、その勘違い。そっちこそ学校は?」
「行ってないぜ」
「ホームスクールって奴?」
「まあ、そんな所」
 実際は勉強らしい勉強もしていない。必要も無いと思っているが、同年代の人間が通う学校というのがどんな所なのかは少し気になっていた。
「学校って楽しいのか?」
「物凄く! 友達居るしね!」
 そう言って相手は、まだ階数表示を見つめていた学生ともう一人の友達を引っ張って無理矢理肩を組み、笑顔を見せた。
 友達が居るというだけなら、魔理沙には霊夢が居る。やっぱり学校に行く必要なんか無いと思いつつも、どうしても学校というものが心に掛かる。
 その時電子音が鳴って、扉が開いた。
「おっと着いたみたい。じゃ、あたし達はここで降りるから」
 学生達がエレベータを降りる。魔理沙達が扉を閉めようとすると、相手が振り返った。
「私は美貴。こっちが芳香で、こっちがシャウナ。またどっかで会おう」
 魔理沙と霊夢の端末に、三人の情報が登録された。
 二人も名前を告げると、美貴は笑って手を振る。
「学校、通ってみたら? 面倒って思うのも何となく分かるけど、意外と楽しいよ」
「気が向いたらね」
 霊夢が扉を閉じると、三人は見えなくなった。
「学校ねぇ」
 霊夢が大きく息を吐いたので、魔理沙は茶化す様に言った。
「行きたくなった?」
「紫が学校通えってうるさいのを思い出しただけ」
 やがてエレベータが二十階に到着した。扉が開いて廊下に出ると、正面にガラス張りの扉があった。扉の向こうには覆いが掛かっていて、中が見えない。扉に耳を寄せてみると、何か物音が聞こえてくる。
「誰か居るみたい」
「レミリアか?」
 二人は扉から離れて、左右を見渡した。扉とエレベータの間には左右に長く伸びる廊下がある。廊下の長さから言って、ビルの幅一杯に伸びている。真っ白な廊下には、二人が前にしている扉の他に、扉らしきものは無い。試しに廊下を突き当りまで歩いてみたが、やはり扉はエレベータの前にあるもののみで、後は上下の階に続く階段と外に面した窓しか無い。どうやらこのフロアは一つの大部屋だけで構成されている様だ。エレベータの場所まで戻ってきた二人は、扉を前に腕を組んだ。
「さてどうするか。引き下がるか。押し入るか」
「押し入る以外の選択肢がある?」
 霊夢の問いに、魔理沙は口の端をきゅっと釣り上げる。
「無いな」
 魔理沙が扉に手をかけようとした時、背後で電子音が鳴った。
 驚いて振り返ると、エレベータの扉が開く。
 二人が険しい顔で身構えていると、エレベータから現れた人影が手を上げた。
「よっす。二人共」
 先程一緒になった三人がエレベータから降りてくる。
「何で?」
「さっきの階にレミリアが居なくて」
 美貴が頭を掻いて笑う。
 その横から、シャウナが進み出てきた。
「ここがレミリアの住居?」
 突然の問いに魔理沙達が戸惑っていると、シャウナは冷たい声音でもう一度問いかけてきた。
「あなた達もレミリアが目的なんでしょ?」
「何でそうなるんだよ。違うって言ったじゃん」
「さっき見た案内板では、二十階が空欄で、何も無いフロアだった。そこを目的地にするなんておかしいじゃない」
「そうだとしてもレミリアが目的とは限らないだろ?」
「レミリアが目的じゃないとも限らないでしょ?」
 真顔で尋ね返されて、魔理沙は自分の頭の上に手を載せた。
「あんた、何だ? 探偵か?」
「言っている意味は分からないけれど、レミリアがここに居るって事でいいのね?」
「そこまでは知らないぜ。私も噂を聞いてきただけだから」
「何故さっき嘘を?」
「他の奴等の先を越したいじゃん」
「噂の出処は?」
「ネット」
「噂だと十五階って書いてあったけど?」
「その噂の他にも二十階とか、別のビルだとか色色合ったぜ。で、エントランスの奴等がみんな当てが外れたみたいな顔してたから、きっと十五階は違うんだなと」
「それなら二十階というのだって、試した人が居るかもしれないでしょ? だったら二十階だって違うと思う筈じゃない? どうして二十階に?」
「確率薄くても可能性に掛けて」
「なら十五階に行かなかったのは? 十五階だってもしかしたらと思うでしょ? 十五階に行かず、二十階にだけ来るなんて整合性が合わないわ」
「そう思ったんだから仕方無いじゃん」
「納得出来無い」
「あんたに納得してもらう為に行動してる訳じゃないぜ」
 言い合いになった二人の間に、美貴が割って入る。
「とにかくレミリアがここに居るんでしょ? 早く会いに行こうよ」
「そうね」
「それが先決だ」
 シャウナと魔理沙の二人はあっさりと矛を収め、扉の前に立つ。その後ろで芳香がおずおずと扉を指さした。
「何か閉まってるみたいだよ。誰も居ないんじゃない?」
「居る」
 魔理沙とシャウナが同時に答える。芳香が驚きの声を上げた。
「何で分かるの?」
「音がするから」
 またも二人が同時に答える。そうして扉に手を掛けた。
「閉まってるんじゃないの?」
 芳香の問いに、シャウナが答える。
「押し通る」
「だな」
 魔理沙がシャウナを見て笑みを浮かべた。シャウナも笑みで応え、扉を押す。鍵が掛かっていて開かない事を想定していたが、予想に反して扉に鍵が掛かっておらず、あっさりと開いてしまった。中は暗く奥が見通せない。
「何だ、壊すまでもなかったな」
 魔理沙が物騒な事を言いながら中に踏み入って、入口近くのスイッチを入れた。明かりが灯り、部屋の中を見渡せる様になった。一言で言えばそこは何の変哲も無いオフィスだ。机と椅子が並んでいる。魔理沙が試しに近くの机を触れると、起動して認証を求められた。それを放置して、魔理沙はもう一度辺りを見回す。
「まだ奥があるな」
 廊下を歩いたて推測した部屋の大きさは、今居る部屋の広さよりもよりもずっと大かった。何処かに奥へ通じる扉がある筈だ。
「きっとあそこね」
 シャウナが奥の壁を指さした。ただの壁にしか見えないが、シャウナが確信を持っているので、皆で近付いてみた。すると表面の模様が歪み、扉が現れる。
「よく分かるな」
「何となくね」
 シャウナは素っ気無く答えて扉を開こうと手をのばす。
 その瞬間、奥から声が飛んできた。
「誰!」
 シャウナが手を引くと、扉の向こうから乱暴な足音が聞こえてきた。シャウナ達の方へ近付いてくる。足音が扉の前まで来たかと思うと、鈍い音がして壁が揺れた。魔理沙達は驚いて後ずさる。続いて、扉の向こうから何か甲高い声が二三聞こえたかと思うと、扉が開き、ぬっと人影が現れた。眼鏡を掛けた紫髪の女性で、しかめられた目の下に薄っすらと隈が浮いている。
 女性は魔理沙達をじろじろと眺め回してから億劫そうに口を開く。
「何の用?」
 魔理沙が何と答えようか迷っていると、美貴が手を挙げた。
「レミリアさんのファンで、会いたいと思って来たんですけど」
「レミリアなら中国よ。ファンなら知ってるでしょ?」
 女性がにべもなく答える。
「うう。そっすね。ごめんなさい」
「ここには私達スタッフしか居ない。あなた達のお目当ては居ないの。だから悪いけど今日の所は帰ってくれるかしら?」
 女性の微笑みを受けて美貴と芳香が頷く横で、魔理沙と霊夢は女性と扉の合間から奥を覗きこもうとしている。一方シャウナは直立不動で女性に尋ね返した。
「一ヶ月後に来ればレミリアに会えるという事ですか?」
「あなた達が何をしに来るかにもよるけれど、残念ながらファンだから会わせてくれというのは難しいわ。それに応えていたらきりが無いもの。ここはあくまでレミリアの事務所であって、ファンとの交流の場じゃない。お仕事に関わる話というのなら別だけれどね」
 女性が増増笑みを深くした。
 美貴と芳香が再度頷く横で、魔理沙と霊夢は尚も奥を覗きこもうとしている。シャウナは女性の顔を値踏みする様に眺めて問うた。
「レミリアは居ないんですね?」
「ええ、さっきも言った通りよ。今はスタッフしか居ない。後そっちの二人は幾ら何でも失礼過ぎないかしら」
 奥を覗きこもうと腰を屈めていた霊夢と魔理沙が慌てて退いた。
 それを無視して、シャウナは頭を下げる。
「分かりました。また改めます」
 もう用は無いとばかりに、シャウナは踵を返す。美貴と芳香も「今日はすみませんでした」と頭を下げてシャウナの後を追った。女性はその背に向かって「改めてもらっても、会わせてはあげられないからね」と声を掛ける。
 置いて行かれた霊夢と魔理沙は顔を見合わせてから、女性を見上げた。
「何?」
 見つめられた女性が笑顔を返すと、霊夢と魔理沙は首を横に振る。
「いや、ただ額に痣が出来てるなぁって」
 女性が顔を赤らめて額を隠すのを尻目に、霊夢と魔理沙も外へ向かった。
「レミリア居ないのか」
「まあそりゃそうだよな」
「奥は」
「何か本棚が沢山あったな。何かの資料か?」
「今時紙の資料?」
「怪しい機械とかは無かったけど」
 外に出てエレベータの所まで戻ると、美貴と芳香がはしゃいでいた。
「どうした?」
「何か凄くない? レミリアのスタッフと話しちゃったし、レミリアの事務所に来たの多分私達だけだよ」
 そんなに凄い事かと魔理沙は首を捻る。
 尚もはしゃぐ美貴と芳香にシャウナが言った。
「ここの事は秘密にしておきましょう」
 美貴と芳香がシャウナを見上げる。
「さっきのスタッフの方、迷惑そうにしていたでしょう? ばらして、沢山の人間が押しかけちゃもっと迷惑になるわ」
「そっか。そうだね」
「うん、秘密にしとこう」
 美貴が魔理沙へ振り返る。魔理沙としては最初からこの場所を他人に話すつもりはないので、頷いておいた。
 エレベータがやって来たので乗り込み、五人は下に降りる。下りながら魔理沙はシャウナへ話しかけた。
「ちょっと意外だったぜ。レミリアに会わせろってもっと強引に行くかと思ってた」
 最初に出会った時は、エレベータの客を押しのけて自分一人で乗り込み、勝手にエレベータを動かそうとしていた程だ。あの時の様に、スタッフを押しのけて奥に押し入ってもおかしくはないと魔理沙は思っていた。
「レミリアが居ないんじゃしょうがないじゃない」
「スタッフの嘘だったかもしれないじゃん」
「嘘は言っていなかったわ」
 魔理沙はシャウナを見上げる。さっきから話していて、どうにもレミリアのファンという感じがしない。だがレミリアに会おうとしていたのは確かだ。友達の付き添いでというには必死だし、ファンという割りには浮かれた様子がない。シャウナが何を考えているのか分からず魔理沙が悩んでいるとエレベータが一階に到達した。
 扉が開いて五人が降りると、数人の学生達が代わりに乗り込んだ。十五階という声が聞こえたので、レミリアに会おうとしているのだと分かる。しばらくしたら、当てが外れた顔をして戻ってくる事になるだろう。
「うーん、優越感」
「だね」
 美貴と芳香が笑い合う。
 顔には出さないが、魔理沙も優越感を覚えて上機嫌になり、出口に向かって歩いていると、ふと異常な光景が目に入った。
 一瞬光りが煌めいた。それが刃物に光が反射したのだと気がついた魔理沙は目を見張る。
 少し離れた場所のベンチに学生のカップルが座っていた。仲睦まじい様子で、それだけなら何の変哲も無い。だが何故か少年がナイフを持っていた。それが、何の変哲も無いカップルの姿に、異彩を付与している。
 何だあいつ。
 嫌な予感を覚えて、霊夢に声をかけようとした時、少年が立ち上がった。
 少年は、驚いている少女を突き飛ばすと、ナイフを振り上げると、「何でレミリア様に会えないんだよ!」と叫び声を上げた。
「何だ? 過激なファンか?」
 魔理沙が疑問を口にした瞬間、少年は自分の首にナイフを当て、躊躇う事無く掻っ切った。
 血が吹き出す。
 一拍遅れてエントランスホールに悲鳴と怒号が走る。
 狂乱するエントランスホールの中、霊夢と魔理沙は冷静に血を吹き出しながら倒れた少年へ駆け出した。どう見ても即死だが、万が一にも助かる可能性があるのなら放っておけない。
 だが二人の予想に反して、少年は即死どころか、首から血を流しながら立ち上がり、今度は何を言っているのか分からない叫び声を上げて、ベンチの傍に倒れ腰を抜かしている少女に血走った目を向けた。
 少女があらん限りの悲鳴を上げ這い逃れ様とする。それに、ナイフを持った少年がにじり寄る。
 ナイフを持った少年が首から血を流しながら少女を切り殺そうとしている異常な光景。
普通なら恐れと驚きで足を止めてしまう場面だが、臆する事無く霊夢と魔理沙は駆ける速度を更に上げた。
 二人が接近するよりも早く、少年は少女の前に立ち、ナイフを振り上げる。
 それに向かって、魔理沙が「止めろ!」と叫ぶ。
 少年の顔が魔理沙と霊夢に向く。
 目が合った。
 その瞬間、少年は顔に怒気を漲らせ、何事か叫びながら、霊夢達に向かって駆けて来た。
 霊夢も止まる事無く接近する。霊夢と少年は肉薄して、少年が手に持ったナイフを突き出してきた。
 霊夢はそれを上に跳んで躱し、少年の両肩を掴むと、躊躇する事無く、顔面に膝を入れた。少年がもんどり打って倒れる。その横に着地した霊夢だが、少年が倒れながらもナイフを振るってきたので、すぐにその場を飛び退った。少年は、首から血を流し、鼻がひしゃげる程の膝を受けているにも関わらず、まるでバッタの様に体を跳ね上げて立ち上がると、金切り声を張り上げた。
 少年が金切り声を上げている間に、魔理沙は一気に加速して近付いた。そして少年が魔理沙に気がついて目があった瞬間、魔理沙は少年の股間を蹴り上げて、そのまま跳び上がり少年の顔を蹴り飛ばした。
 少年は止まらない。少年はたたらを踏んだだけで、痛みを感じている風も無く、ナイフを両手に持って、霊夢と魔理沙を睨みつけてくる。
「おいおい、不死身かよ」
 魔理沙の軽口に、霊夢が「もしかして」と呟く。その続きを呟く前に、少年が前のめりになって駆け出してきた。霊夢と魔理沙はそれを迎撃しようと構えを取る。
 戦いはそこで終わった。
 駆けて来る少年が突然態勢を崩した。いつの間にか両手首と両足首をナイフが貫いていた。少年は態勢を崩したまま、地面に転がる。それでもまだ動いていたが、手と足の腱が切断された様で、立ち上がろうとしても手に力が入らず、立ち上がる事が出来無くなっていた。
 突然の助け舟に、魔理沙は驚いて振り返るが、ナイフを投げた人物は認められない。
 その時になってようやく、警備員達が怒声を上げながら駆け寄ってきた。
 倒れた少年に警備員が群がり、霊夢と魔理沙の周りを三人の警備員が囲んだ。
 警備員は魔理沙と霊夢に向かって何か言ってきたが、魔理沙は無視して、霊夢に尋ねた。
「さっきもしかしてって言ってなかった?」
「うん。確証は無いけど、吸血鬼って死体が動き出したものよね?」
 魔理沙は、首から血を流し明らかに致死量の血液を流しながらも未だに動いている少年に、目を落とす。
「これが、レミリア・スカーレットのやろうとしていた事だって言うのか?」
「分からないけど」
「そいつ、首切っても、顔潰しても、股間蹴ってもまだ動いて襲ってきたんだぜ。しかも明らかに狂ってた。こんなのがそこかしこで現れたら」
「そうね。こんなのが蔓延したら酷い事になる」
 エントランスは好奇心に染まったざわめきに満ちている。警備員達は焦った様子で、何処かに連絡をして、そこに警察まで加わった。魔理沙と霊夢は事件の始まりを予感し、そんな中、少年は糸が切れた様に、動かなくなった。



続き
~其は赤にして赤編 7(刑事2)
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コメント



0.150簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
相変わらずな独特な怪しい世界観最高ですね!