機械を作るのは好きだ。設計も実作業も。だが細かい作業よりは大きなパーツの組み立ての方が好みだ。
その点ただいま取り掛かっている、小型録音機の製作はちょいと骨が折れた。
「ああ、眼が疲れたよー」
紅魔館の魔女から請けた仕事で、防犯目的で使用すると言っていたが、実際どうなのかは知らないし興味もない。
というのも、小型録音機なんて呼んではいるが、普通こういうものは盗聴器と称する。
なぜなら、防犯のために自宅に取りつけるのなら、小型化する必要などないのだから。
まあ私としては、とにかく割のいい仕事だったから、深く追求して依頼人の機嫌を損ねることはしたくなかった。
「そろそろ休憩入れるか……ふぃー」
珈琲を淹れるべく、作業室を出る。
仲間には、湯を沸かすためのコンロや茶道具を、全部作業室に持ち込んで、作業しながら湯を沸かし、沸いたらそのまま作業机で休憩をとるというやつがいるが、それじゃ休憩にならないと思う。
休憩のため部屋を移り、目に入る景色を変えるのも、気分転換の大切な要素なのだ。いい仕事を成そうと思うなら、休憩を軽く考えてはいけない。
『適度な休憩は集中力を高める』とは我々河童の古くからの教えだ。
小型録音機は、二つの機械からなる。一つは周囲の音を集め、デジタル情報に変換し発信する送信機。もう一つはその情報を受信し、保存再生する受信機。
大図書館にその両方を置くのなら、有線接続でよいのだが、無線である必要があるらしい。
送信機と受信機はどのくらいの距離をおいて設置するのか、設計上の必要から知る必要があると前置きした上で尋ねたところ、「だいたい魔法の森から紅魔館までくらいかしらね」との返答があった。
それを聞いて真の目的を察してしまったが、依頼人の事情に口を挟む野暮はしたくないので、黙って前金を受け取った。
しかし魔法の森と紅魔館の間には結構な距離があり、要求通りの大きさの送信機でこれだけの距離をまかなうのは非常に難しかった。
本の背表紙に隠せるサイズとのことで、細長く薄っぺらいガワに強力な送信機を組み込む必要があった。
また、多少乱暴に扱っても壊れないように、との注文もあったため、余計に難儀した。
受注から五日間は、ああでもないこうでもないと、紙に頭に図面を描きつづけた。
なんとか設計が終わり、作業に取り掛かったのが八日前。
小型製品ゆえの、精密な作業の連続に辟易したが、なんとか送信機が完成した。
進捗の報告も兼ねて、一度依頼人に見てもらおうと思い、送信機を緩衝材に包んでリュックへ入れて、紅魔館を目指した。
「という訳で、送信機は完成して、これからは受信機の製作に入るよ。
こっちは大きさの制限もないし、楽な作業になるから、まあ来週末にはできるんじゃないかな?」
「送信機のサイズはこの魔道書の背表紙の空洞にぴったり。さすがね。
これで魔理沙のおはようからおやすみまでを! ……いや白黒の窃盗被害を抑えられそうね。感謝するわ」
進捗の報告と送信機のお披露目が済んだあたりで、その白黒の魔法使いが飛来した。
「なんだ珍しい奴が珍しいところにいるな」
「それだと私は存在自体が珍しいみたいだね。私はいつでもどこかにはいるよ」
「おっ、なんだその機械?」
魔理沙は降り立つと、送信機を机から取り上げた。
「あっ、それはほんとに持ってっちゃ駄目よ」
「誰もまだ借りてくとは言ってないぜ。なんなんだこの機械は?」
「それは……秘密よ!」
あ、そんな事言ったら。
「そう言われると余計に知りたくなってくるな。なあにとり、何の機械なんだ?」
「紅魔館の時計塔の部品だよ。老朽化が進んでてね、パーツの交換を頼まれたのさ」
「いーや騙されないぞ。さっきのパチュリーの反応からして、そんなものじゃないはずだ」
案の定、面倒な事になった。
「なんだ知られたくないような恥ずかしいものなのかー?
お前らが教えてくれないんだったら、それこそ本当に借りてくぜ?
何に使う道具かわかる程度の能力を持った知り合いがいるからな」
「そ、そんなの駄目よ!」
「じゃあ教えろよ」
「それも駄目なの! それは……あれよ! 有害なマジックアイテムの中には、そのアイテムの力を知ることを条件に害をなすものがあって、これもそれなのよ!
あなたはまだこのアイテムの力に抵抗できるほど、魔法使いとしての能力がないから、話せないのよ」
「なんだそりゃ。嘘が下手だな。
そういうアイテムがあるのかどうかは知らないが、だとしたらどうしてにとりは大丈夫なんだよ。魔法使いじゃないのに」
「……それは、妖怪だからであって」
「もういいぜ。香霖堂までこれを持って行く。まあすぐ戻ってくるぜ。
帰って来た時には、私はこの機械の使い道を知ってるから、なんだか知らんが覚悟しとくんだな」
「……盟友」
「なんだ? もう嘘は聞き飽きたぜ?」
「いいから聞いて。
君はこの機械の使い道がわからない」
「そうだぜ、だから今から――」
「黙って聞きなよ。でも、パチュリーがそれを知って欲しくないと思っていることはわかっただろう?
人が嫌がっていることを、無理やり知ろうとするのはどうなんだ?」
「君のその遠慮のない性格は、長所でもあると思う。幻想郷の住人には、相手に嫌われる事を恐れて、自分から積極的に交わりはしないが、その実交流を求めている者が多い。
君の自ら人と関わりを持とうとする姿勢は素晴らしい。だが相手が嫌だとはっきり言っている時には、身を引かなきゃ駄目だろう。
ましてパチュリーは、君にとって魔法の師匠のようなものなのだろう? だったらなおさら敬意をもって接しないと」
「お、おう。まあ……それはそうだな」
「プライバシーの尊重ってやつだよ。わかってくれたかい?
わかったら、パチュリーに返してあげてくれ」
「ああ、……悪かったよパチュリー」
「え? いや、わかってくれたならいいのよ」
魔理沙は送信機を置いた。
しばらく三人で世間話などしたが、気まずい空気は入れ替わらず、用を思い出したと言って魔理沙は帰って行った。
「なんとかごまかせたな。いやごまかせはしなかったか」
「でも、こんなものを作ったあなたと、作らせた私がプライバシーの尊重を説くとはねえ……」
「私は防犯のための装置を作っただけだよ」
「そうなのだけれども……。魔理沙は知らなかったとはいえ、事実からすれば魔理沙のしたことは自分のプライバシーを守る行動だった。
それを悪徳呼ばわりして、なんか悪いことしたわね」
悪いことするのはこれからだろうに。
「なんだそれじゃ私が悪人みたいじゃないか。
大体、倫理だとか正義なんてものは、他人を自分の都合で動かすための理屈だよ。
それに気づけないと、今の彼女のようにいいようにされてしまう」
「私はそうは思えないわ。
その考えは……寂しすぎる」
「思えないなら、誰かに利用されるだけだよ」
「でもあなたも寂しさを感じてるからこそ、わざわざ私にそんな話をしたのでしょう?」
「無駄話が好きなだけだよ」
言って紅茶を啜る。紅茶の味はわからないが、上等なものに違いない。
「さて、小型録音機についてはさっき話した通りなんだけど、
今日はもう一つ、小型録音機から発想を得た、特別な商品のプレゼンをしに来たんだ」
上等なはずの紅茶だったが、渋みがいつまでも口に残っていた。
その点ただいま取り掛かっている、小型録音機の製作はちょいと骨が折れた。
「ああ、眼が疲れたよー」
紅魔館の魔女から請けた仕事で、防犯目的で使用すると言っていたが、実際どうなのかは知らないし興味もない。
というのも、小型録音機なんて呼んではいるが、普通こういうものは盗聴器と称する。
なぜなら、防犯のために自宅に取りつけるのなら、小型化する必要などないのだから。
まあ私としては、とにかく割のいい仕事だったから、深く追求して依頼人の機嫌を損ねることはしたくなかった。
「そろそろ休憩入れるか……ふぃー」
珈琲を淹れるべく、作業室を出る。
仲間には、湯を沸かすためのコンロや茶道具を、全部作業室に持ち込んで、作業しながら湯を沸かし、沸いたらそのまま作業机で休憩をとるというやつがいるが、それじゃ休憩にならないと思う。
休憩のため部屋を移り、目に入る景色を変えるのも、気分転換の大切な要素なのだ。いい仕事を成そうと思うなら、休憩を軽く考えてはいけない。
『適度な休憩は集中力を高める』とは我々河童の古くからの教えだ。
小型録音機は、二つの機械からなる。一つは周囲の音を集め、デジタル情報に変換し発信する送信機。もう一つはその情報を受信し、保存再生する受信機。
大図書館にその両方を置くのなら、有線接続でよいのだが、無線である必要があるらしい。
送信機と受信機はどのくらいの距離をおいて設置するのか、設計上の必要から知る必要があると前置きした上で尋ねたところ、「だいたい魔法の森から紅魔館までくらいかしらね」との返答があった。
それを聞いて真の目的を察してしまったが、依頼人の事情に口を挟む野暮はしたくないので、黙って前金を受け取った。
しかし魔法の森と紅魔館の間には結構な距離があり、要求通りの大きさの送信機でこれだけの距離をまかなうのは非常に難しかった。
本の背表紙に隠せるサイズとのことで、細長く薄っぺらいガワに強力な送信機を組み込む必要があった。
また、多少乱暴に扱っても壊れないように、との注文もあったため、余計に難儀した。
受注から五日間は、ああでもないこうでもないと、紙に頭に図面を描きつづけた。
なんとか設計が終わり、作業に取り掛かったのが八日前。
小型製品ゆえの、精密な作業の連続に辟易したが、なんとか送信機が完成した。
進捗の報告も兼ねて、一度依頼人に見てもらおうと思い、送信機を緩衝材に包んでリュックへ入れて、紅魔館を目指した。
「という訳で、送信機は完成して、これからは受信機の製作に入るよ。
こっちは大きさの制限もないし、楽な作業になるから、まあ来週末にはできるんじゃないかな?」
「送信機のサイズはこの魔道書の背表紙の空洞にぴったり。さすがね。
これで魔理沙のおはようからおやすみまでを! ……いや白黒の窃盗被害を抑えられそうね。感謝するわ」
進捗の報告と送信機のお披露目が済んだあたりで、その白黒の魔法使いが飛来した。
「なんだ珍しい奴が珍しいところにいるな」
「それだと私は存在自体が珍しいみたいだね。私はいつでもどこかにはいるよ」
「おっ、なんだその機械?」
魔理沙は降り立つと、送信機を机から取り上げた。
「あっ、それはほんとに持ってっちゃ駄目よ」
「誰もまだ借りてくとは言ってないぜ。なんなんだこの機械は?」
「それは……秘密よ!」
あ、そんな事言ったら。
「そう言われると余計に知りたくなってくるな。なあにとり、何の機械なんだ?」
「紅魔館の時計塔の部品だよ。老朽化が進んでてね、パーツの交換を頼まれたのさ」
「いーや騙されないぞ。さっきのパチュリーの反応からして、そんなものじゃないはずだ」
案の定、面倒な事になった。
「なんだ知られたくないような恥ずかしいものなのかー?
お前らが教えてくれないんだったら、それこそ本当に借りてくぜ?
何に使う道具かわかる程度の能力を持った知り合いがいるからな」
「そ、そんなの駄目よ!」
「じゃあ教えろよ」
「それも駄目なの! それは……あれよ! 有害なマジックアイテムの中には、そのアイテムの力を知ることを条件に害をなすものがあって、これもそれなのよ!
あなたはまだこのアイテムの力に抵抗できるほど、魔法使いとしての能力がないから、話せないのよ」
「なんだそりゃ。嘘が下手だな。
そういうアイテムがあるのかどうかは知らないが、だとしたらどうしてにとりは大丈夫なんだよ。魔法使いじゃないのに」
「……それは、妖怪だからであって」
「もういいぜ。香霖堂までこれを持って行く。まあすぐ戻ってくるぜ。
帰って来た時には、私はこの機械の使い道を知ってるから、なんだか知らんが覚悟しとくんだな」
「……盟友」
「なんだ? もう嘘は聞き飽きたぜ?」
「いいから聞いて。
君はこの機械の使い道がわからない」
「そうだぜ、だから今から――」
「黙って聞きなよ。でも、パチュリーがそれを知って欲しくないと思っていることはわかっただろう?
人が嫌がっていることを、無理やり知ろうとするのはどうなんだ?」
「君のその遠慮のない性格は、長所でもあると思う。幻想郷の住人には、相手に嫌われる事を恐れて、自分から積極的に交わりはしないが、その実交流を求めている者が多い。
君の自ら人と関わりを持とうとする姿勢は素晴らしい。だが相手が嫌だとはっきり言っている時には、身を引かなきゃ駄目だろう。
ましてパチュリーは、君にとって魔法の師匠のようなものなのだろう? だったらなおさら敬意をもって接しないと」
「お、おう。まあ……それはそうだな」
「プライバシーの尊重ってやつだよ。わかってくれたかい?
わかったら、パチュリーに返してあげてくれ」
「ああ、……悪かったよパチュリー」
「え? いや、わかってくれたならいいのよ」
魔理沙は送信機を置いた。
しばらく三人で世間話などしたが、気まずい空気は入れ替わらず、用を思い出したと言って魔理沙は帰って行った。
「なんとかごまかせたな。いやごまかせはしなかったか」
「でも、こんなものを作ったあなたと、作らせた私がプライバシーの尊重を説くとはねえ……」
「私は防犯のための装置を作っただけだよ」
「そうなのだけれども……。魔理沙は知らなかったとはいえ、事実からすれば魔理沙のしたことは自分のプライバシーを守る行動だった。
それを悪徳呼ばわりして、なんか悪いことしたわね」
悪いことするのはこれからだろうに。
「なんだそれじゃ私が悪人みたいじゃないか。
大体、倫理だとか正義なんてものは、他人を自分の都合で動かすための理屈だよ。
それに気づけないと、今の彼女のようにいいようにされてしまう」
「私はそうは思えないわ。
その考えは……寂しすぎる」
「思えないなら、誰かに利用されるだけだよ」
「でもあなたも寂しさを感じてるからこそ、わざわざ私にそんな話をしたのでしょう?」
「無駄話が好きなだけだよ」
言って紅茶を啜る。紅茶の味はわからないが、上等なものに違いない。
「さて、小型録音機についてはさっき話した通りなんだけど、
今日はもう一つ、小型録音機から発想を得た、特別な商品のプレゼンをしに来たんだ」
上等なはずの紅茶だったが、渋みがいつまでも口に残っていた。
何故ならそれは暴力であるからだ
だから暴力を無意識におそれてそれに従う
なんちゃって
しかし妙にリアリティがある話だわにとりが魔理沙への説得するあたり
かねてより妖怪や魔法使いは自分の欲求を第一として描かれるから仕方ないね
少し気になったのは、
最初に「実際どうなのかは知らないし興味もない」と言っておきながら、
後で「それを聞いて真の目的を察してしまった」となっていたり、
「『適度な休憩は集中力を高める』とは我々河童の古くからの教えだ」という一文が、
前までの行と微妙に噛み合っていなかったり……というところです。
些細なことではありますが、
このような本筋とはあまり関係のない小さな描写にまで気を遣うと、
より良い作品になるのではないかと思いました。