Coolier - 新生・東方創想話

いのちのでんわ in 紅魔館

2015/07/24 06:06:28
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 なまえはいわなくても大丈夫です。
 
 切りたくなったらいつでも切っていいです。


 × × ×


 ある日私がお手洗いから帰ってくると、部屋に糸電話が置かれていた。糸は壁に埋められるように繋がっていて、なんだかシュールな光景だった。
「お姉さまかな……」
 こんなことをするのはお姉さまくらいだ。あの人(人じゃないけど)は私のことがすごく心配らしい。それもそうだ。もうずっと、私はこの地下室に引き篭もっているのだから。
「?」
 紙でできたコップの横に小さな紙が添えられていた。
『いのちのでんわ』
 そこにはお姉さまの字でそう書かれていた。



 ベッドに寝転んで天井を見上げていると、いろんなことが頭に浮かんでくる。どうして私はこんなに臆病なんだろうとか、心配ばかりかけていてだめだな、とか、いろいろ。
「……」
 ごろごろと寝返りを打っていると、固い床に転落した。結構痛い。
「電話、かけてみようかな」
 なんとなく、誰かと話がしたかった。
 仕組みは分からなかったけど、とりあえず壁をこんこんと叩いてから耳にコップを当ててみた。

「はい、いのちのでんわです」
 聞こえてきたのは優しそうな声だった。
「小悪魔?」
「はい、小悪魔です」 
「えっと……、あの、なに話すか、決めてないんだけど、いいかな」
「ええ」
 それから私は弱音を吐いたり愚痴を零したりした。
「妹様は、そう思われるんですね」
「うん……」
 小悪魔は私の話に相槌を打ちながらずっと話を聞いてくれた。
「今日はもう寝るね」
 私がそう言うと、
「はい、おやすみなさいませ」
 小悪魔はゆったりと就寝の挨拶をした。
 そんな風に、『いのちのでんわ』初日は終わった。

 × × ×

 嫌な夢を見た。輪郭は覚えているけれど、夢の内容はよく思い出せない。でもひどく不快だ。心がざわついて、どうにも落ち着かない。
 そんなとき、あの電話が目に入った。

  コンコンと壁をノックして今日も耳にコップを当てた。
「はい、いのちのでんわです」
 今日の声の主は、
「美鈴?」
「はい、美鈴です」
 美鈴だった。
「嫌な夢を見たの」

 怖かったこと、落ち着かないこと、一人だと不安なこと、今日もたくさん話を聞いてもらった。そして、
「美鈴これから夜勤?」
「ええ」
「がんばってね」
「ありがとうございます」
 少し、人のことを気にする余裕が出来た。
 
 そんな風に、『いのちのでんわ』二日目は終わった。

 × × ×

 ひきこもりをやめたいな、とふと思った。でも、どうしたらいいのか一人では考え切れなかった。こんなときは、そうだ。

 相談してみよう。

「はい、いのちのでんわです」
「パチェなんで敬語なの」
「いや、なんかデフォルトらしいから一応ね」
 久しぶりに聞いたパチェの声は、どこか慣れていないようなことをしているようで、聞いていて面白かった。
「今日はどうしたの?」
「ひきこもりをやめたいなって、思って」
「それ私に聞く?」
 そういえば、パチェはよく図書館に引き篭もっているのだった。
「冗談はさておいて。原因が何か分からないと、いつまで経っても引き篭もったままよ」
 パチェは真剣そうな声でそう呟いた。
「原因は……」
 分かっているけれど。
「切る」
 切りたくなったら切っていい、お姉さまの書いたメモにはそう記されていた。
 パチェ、ごめんね。

 どうしようもない気持ちを抱えたまま、『いのちのでんわ』三日目は終わった。

 × × ×

 私が引き篭もる理由は単純で、ただ力を制御できないからだ。今まで人を傷つけたことはないけれど、抑えられない力で大切な人を傷つけるのは、死んでも嫌だ。むしろそんな不安を解消できないまま生きているのも嫌だった。
「死にたいなぁ」
 そんなネガティブなことを口にしていると、壁のほうから小さい音が聞こえた。

 こんこん。

「……?」
 そろそろと壁に近寄りコップを手に取る。
「フランお嬢様」
 すると、糸を伝って咲夜の声が聞こえた。
「どうしても心配で、声をかけてしまいました」
 この部屋にプライベートはないのかもしれない。
 レミリアお嬢様に叱られてしまいますね、そう咲夜は苦笑していた。
「心配……してくれたの?」
 少し間をおいて、咲夜は、ええ、と返事をした。
「フランお嬢様、大丈夫ですよ。……レミリアお嬢様も、パチュリー様も、美鈴も、小悪魔も、私も、みんなフランお嬢様が思っていらっしゃるより、柔じゃないです」
 だから、安心してください、そう咲夜は続けた。少し、涙声だった。

 そんな風に、『いのちのでんわ』四日目は終わった。

 × × ×

 ぼーっと白い壁を見つめていた。机には少しよれた紙カップが置いてある。この数日間、たくさんのことをここで話した。もう十年分くらいは話したのではないか、というくらいに言葉を紡いだ。
 小悪魔、美鈴、パチェ、咲夜。私の話を聞いてくれた人たちを思い出す。

 足りなかった。一番大切な人が、来ていない。では、今日は。

 もしかして、と思い、壁際までよろよろと伝い歩いた。そうして、こんこんこんと壁を鳴らし、耳元にカップを当てた。
「お姉さま、いるんだよね、おねえさま……」
 壁の先から返事はない。
 お姉さまに会いたかった。もうずっと会っていない。


 やっぱり私からじゃないと、だめなのだろうか。


「っ……」
 カップを置いて、ドアの前まで来た。ドアノブを握ったまではいいがその先に進めない。外に出ることが、怖い。

 そこに。

「フラン」

 鈴の鳴るようなきれいな声がぽつりと落ちてきた。私が一番求めていたものだった。
 それに導かれたかのように、気がつくと、私は扉を開いていた。
「よくがんばったね」
 そこにはお姉さまが立っていた。お姉さまだけじゃない。パチェ、咲夜、美鈴、小悪魔、みんながいる。
「ようこそ」
 みんなの声が、まるで祝福のようだった。


 そうして、『いのちのでんわ』は五日目に役目を終えた。
ご読了ありがとうございます。
いのちのでんわはほとんど繋がらないけど、人の幸いを願う人がいるということが分かるだけで救われた気持ちになります。
桜野はる
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コメント



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5.80絶望を司る程度の能力削除
ほんわかしました。良かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
良かったです
10.90名前が無い程度の能力削除

あったかいお話で楽しめました。



16.80名前が無い程度の能力削除
よかです
19.100名前が無い程度の能力削除
優しいお話というのはこれを言うのだろう
素晴らしい