こころが初めて電話を扱ったのは
人里に有る缶詰屋さんを訪れた時だったでしょうか。
その頃のこころは博麗神社の方にやっかいになっていたので
巫女にお願いされたら従わなくてはいけない立場でありました。
博麗神社は古い古い家屋になるので梅雨の季節になると、雨漏りがひどい場合があります。
その日巫女はこころに缶詰を買ってくるよう頼みました。
もちろんその理由は買ってきた缶詰を食べた後、雨漏りがひどい所に置いておく為です。
ちなみに去年買った缶詰は、この前めったに来ることのない子供の参拝客に
缶ぽっくりなどを作ってあげたので余っていませんでした。
「ねえねえおばあちゃんおいしくってお安い缶詰をくださいな」
「こころちゃんいらっしゃい。ちょっと待っててな」
こころと缶詰屋のおばあちゃんは出会うと世間の話を井戸端で咲かせる仲なので
このような会話でも成り立ってしまうのです。
巫女からは「おいしくて安いの」としか頼まれていなかったものですから
こうしてこころはおばあちゃんに任せることにしました。
「あれおばあちゃん、どうしたの?」
「最近ひざが痛くてなあ。こころちゃん、ちょっと手を貸してくれないかい?」
「うん、いいよ」
こころは手をとっておばあちゃんを支えます。
ここはおばあちゃんが一人で切り盛りしている老舗の缶詰屋。
いつも里の誰かが買い物がてらお話をしにくる懐かしい匂いのするお店です。
おばあちゃんはこころに支えられながら小さな手でしばらくごそごそとやった後
缶詰を二つ取り出しました。
「こんなのはどうだい?」
「おいしそう! お金はこれで足りますか?」
「ううん、少し多いくらいだね。お菓子を付けてあげるから、少し待っててな。
確か貰い物のおいしくて安くてしっけないお菓子があったはずだから」
「やったあ」
こころは火男の面をかむってやったぜやったぜと舞を踊ります。
やったぜの舞も終盤のおしりをくいくいとやりながらトリプルアクセルを決める所だったでしょうか。
つまり五分ほど待っていると、こころのそばの黒電話がじりりりと鳴り始めました。
こころはぎょっとして獅子口の面をかむり「ぎょっ」と言いました。
「お、おばあちゃん! 家具が悲鳴を上げているよ!」
「あら、誰かしら。悪いんだけど今手が離せないからこころちゃん取ってくれるかい?」
「と、とる? とるって?」
こころは頭の上に浮かんだクエスチョンマークと一緒に頭を捻りました。
あれやこれやと考えましたが、おばあちゃんが
とれと言うのだからとればいいのだろうと
雄叫びを上げている黒い家具のなんとなく一番持ちやすいところを「取って」みました。
「ほ。良かった泣き止んだ。ところでこれは一体何だったのかな?」
こころは取ったそれをしげしげと見つめてみますが
なにやらもにゃもにゃ聞こえることに気付きます。
「何だ? なんだなんだ? こいつしゃべっているぞ。
付喪神の一種かな? でも聞いたこと有る声ー」
電話を掛けてきたのは博麗神社の巫女でした。
『あ、こころ? よかったまだお店ね。ついでにさ』
「なんで霊夢さんの声が聞こえるのー?」
『あ? まあいいから聞きなさい。あんまり長電話してると紫が怒るんだから』
「あいわかった」
『缶詰と一緒にお菓子も買ってきて。おいしくて安くてしっけないの』
「それならもう準備してもらってるよ」
『え、あ、そう。わかったわ。気をつけて帰って来なさいよ。
あ、あと一個だけだったらお釣りで好きなものを買っていいからね』
「わあい!」
電話をきちんと元に戻し、こころが愉快爽快に舞を舞っていると
おばあちゃんが戻ってきました。
おいしくて安くてしっけないお菓子を片手にこころに尋ねます。
「こころちゃん、誰だった?」
「霊夢さんだよ。私に用があったみたい。
ところでおばあちゃん、これは一体なあに?」
「これかい? この電話はねえ、息子が家を出るとき買ってくれたものでね。
まあ一人だと危ないから、ってことで買ったようだけど
私は電話じゃなくてきちんと顔を見せに帰ってくればいいと思うんだけどね」
そういう意味で聞いたんじゃないんだけどなあとこころは思いましたが
おばあちゃんの表情がどうにも懐しそうな、それでいて感傷的なものだということもあったので
こころはそのまま頷いて、話を続けます。
「おばあちゃんの息子さん、お家に帰ってないの?」
「里の外で妖怪退治の仕事をするって言って出てったきりさ。
肝心の電話も一度も掛けてこやしない。
家に来るお客さんから話は聞くから生きてはいるみたいなんだけどねえ」
「そっかー 複雑なんだね。私にはわからないや」
「そうねえ。こころちゃんみたいな優しい子なら心配ないかもしれないけど
お世話になった人とは疎遠になっちゃいけないよ。……はいおまたせ。缶詰とお菓子だよ」
「わあい!」
荷物を受け取ったこころはお礼を言って、小躍りしながらお店を後にします。
おばあちゃんはそんなこころを見て、いつものようににこにこしながら
「気をつけてね」と言うのでした。
帰り道、こころは余ったお金で買ったアイスバーを舐めつつ電話の事を考えていました。
それにしてもあの「電話」とは一体何だったのか。
遠くにいるのに耳元に巫女が現れた現象。
これが噂に聞く魔法なのかも知れないぞ。
もしかしてあのおばあちゃんはいつも笑顔をにこにこ浮かべているけれど
絶大な力を持った魔法使いかもしれないぞ。
こころはそう思いながらごくりと生つばと、ついでに口に入っていたアイスを飲み込みました。
「霊夢さん、缶詰屋のおばあちゃんは魔法使いかも知れないぞ」
「あ?」
巫女に電話の説明を受けるまで、こころは勘違いをしたままでした。
一から電話の説明を聞き、こころは初めて電話というものの素晴らしさと
だれでも魔法もどきが使えるという便利さを知ったのです。
ちなみに買った缶詰はみかんとコンビーフ。
コンビーフの缶詰は特に巫女に気に入られたので
こころはご褒美として巫女に缶ぽっくりを作ってもらったのでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなことがあってしばらく経ちました。
その間、こころの電話に対するあこがれというか、気持ちの昂ぶりは日に日に高まっていくのでありました。
くだんの缶詰屋さんと巫女を繋いだのは八雲紫による独自のネットワークであったので
こころはそれを利用して電話を使うのは何か気まずいものを感じていました。
きっとお願いをすれば一回くらい使わせてもらえるのかもしれませんが
そういうものに縛られず、こころは思い切り電話という名の魔法を味わってみたいと思っていました。
「ううむ、なかなか言い出しづらいな」
命蓮寺の庭をうろうろとしながら呟きます。
今は博麗神社ではなく命蓮寺にやっかいになっているので
お坊さんにお願いすればうまくいくのではないかと考えている所です。
こころはこのところ電話のことで頭がいっぱいでした。
ご飯を食べるときも、お風呂に入っている時も、舞を舞っている時も
弾幕ごっこに興じている時もずっと電話の事を考えていました。
あまりにこころがぽかんと締りのない顔をしているので、皆での食事の時にぬえが
「ひひひ。こころのこころがここにあらずだぞ。そんな状態で食べたらもったいない。私が頂いてやろう」
などと言ってこころの好物の茹でアスパラガスを盗み食いしても全く気づかないほどでした。
「そもそも私は電話というものを知らなさすぎる」
こころは一度だけ電話に触れた缶詰屋さんの事を思い出します。
「遠くの人と会話ができる家具のようなものなのは確かだが
霊夢さんは長電話はいけないと言っていた。何かダメな理由があるのかな?
私だったらきっとずっと誰かと会話をするのになあ。おばあちゃんとも、霊夢さんとも」
こころは頭をひねり、ひねりにひねってくるっと一回転して着地しました。
百点満点の着地をしましたがなぜかむなしさを感じているこころのもとに
偶然お寺に修行に来ていた救世主が現れます。
「私はあなたの目の前にいるけど後ろに居るよ。こころちゃんおはよういえーい」
「む、古明地のところのこいしだな。我が永遠のライバルめ! おはよういえーい」
こころとこいしは挨拶のハイタッチとハグを交わして
お寺の庭のふかふかしたところに肩を並べて座りました。
天気も良いので体の日光浴にお面の天日干しです。
「聞いておくれよ古明地こいし。私は今恋焦がれているんだ」
「なんですってこころちゃん。恋なんて、それは私の得意分野なんでない?」
「うん? あ、そういえばそうだった。そうだったそうだった。
ちょっとそうだったの舞を踊っていい?」
「そうだったの舞は置いといてこころちゃん。なんで早く私に相談しないのよう」
こいしはだんだんと地団駄を踏みました。
地面は「痛い痛い」と言っていましたが
こいしはそれどころではないので気にしないことにします。
帽子をかぶり直し、こころの言うことを真剣に聞く体勢になりました。
「こほん。そしてこころちゃんは誰に恋しているの?」
「うん、それはとても声が綺麗でね」
「ふんふん」
「見た目は黒くててかてかしてて」
「まさかの汗っかきの外人さん?」
「いろんなものにアンテナを張り巡らせてる」
「情報やさんなのねえ」
「電話っていうものなんだけど」
「って人じゃなくて電話なのかーい!」
一輪直伝の突っ込みをかましたあとに
二人はふうと一呼吸をおきました。
気を利かせてこころとこいしのおしりの下にいる星が緑茶を分けてくれたので
それをずずずと飲みました。
どうでもいいことですが、どうやら庭のふかふかした所は夏毛が生え変わる前の星だったようです。
「緑茶で落ち着いた所でこころちゃん」
「あいなんでしょう」
「電話に恋しているってどういうこと?」
「古明地こいしは電話ってどういうものか知ってる?」
「愚問ねこころちゃん。私はメリーさんなのよ。だから電話のことはなんでも知っている。
貴方の後ろに古明地こいし。こんにちは」
「はいこんにちは」
「ということで私はメリーさんだからなんでも知ってるよ」
「はーん。こいしはメリーさんなのね? だったら魅力もわかるよね。
電話は会わなくても話が出来るのよ」
「そうだねえ」
「さらに電話はうまく使えばアイスバーを買ってもらえるし」
「最近の電話はお金持ちで懐が深いのねえ」
「それに運が良ければ缶ぽっくりも作ってもらえるし!」
「最近の電話は器用でエコなのねえ」
「だから私は電話がほしい! そしたら電話しようね古明地こいし。
今度は電話越しで決闘が出来るぞよ」
こころは鼻息を荒らげ興奮しながら言い放ちました。
すっかり電話の魅力に取り付かれているようです。
ふむとこいしは考えました。
「最近の電話がそんなになっているとは知らなかった。
それじゃあこころちゃん。一緒に探しに行こうよ」
「え?」
「電話を探しに。ここのお寺のお坊さんはなんだかんだで
けちんぼだから買ってくれないよ。今はきっとバイクのパーツを買うのに忙しいんだ」
「確かにそうかも。それじゃあ探しに行こう」
「聖のわるくちはいけませんよ」
こうしてこころとこいしの電話探しの旅が始まったのでした。
二人は自分たちのおしりの下が喋ったことに気づいていましたが
これから大きなことをしようとしているので小さなことは気になりません。
電話を求めて二人は里の向こうへと飛び出しました。
きっといつか電話を手にれられると信じて――
◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんで飛んで行かないの古明地こいし」
「お気にの下着って見られたくなくない?」
「わっかるー」
そんなことで二人は歩いて向かうことにしました。
ぺちゃくちゃと無駄話をしていると
肩の後ろに特徴的なあざがあり屈強な腹筋をしたロココ調の服を着ている
おじさんが話しかけてきました。
「おい、里の外は……って、なんだ妖怪か」
「いかにも妖怪の秦こころだが決闘なら受けて立つぞ!」
「私も妖怪だけどそんな気分じゃないから無意識使っとくね」
こいしはすうっと気配と姿を消しました。
おじさんはびくりとしましたが、妖怪に理解の有る方なのか
すぐに納得したように頷きました。
「ところでおじさんはどなたですか」
「……お前らみたいな妖怪が里に入ってこないように
あとはお前らみたいな子供が里から出て行かないように見張ってるだけだ。
だが妖怪の子供が里から出てくのは特に止めたりしない。さっさと行け」
「守衛のおじさんだったのか。こいつはお仕事中失礼しました。では僭越ながら」
こころはお仕事中のおじさんに少しでも安らいでもらおうと
リフレッシュの舞を踊りました。
ほんの五分ほどの舞でしたが
その優美な足さばきは高貴なワルツを踊っているかのようで
上半身のその大げさとも思える情熱的な動きはキレのあるタンゴのような振りで
おじさんの心はすっかりリフレッシュされてしまったのです。
「ちゃん」
おじさんは感想は言わず、拍手でその舞に賛辞を贈りました。
あまりに真面目に拍手をくれるものですから
こころの方も「えへへこりゃどうもどうも」と火男のお面と福の神の仮面をとっかえひっかえ応えました。
「いいもんを見せてもらった」
「あっしはこんなことしか出来ないもんで。へへえ」
「あいにく手持ちがあまり無い。……甘いものは好きか? 団子が有るんだが」
「そんなつもりで舞を舞ったわけじゃないけどこころちゃんは甘いものが好きだよ!」
「おい古明地こいし! 私のお礼だぞ!」
お礼にと、おじさんからお団子を四つもらいました。
こころは自分に対するお礼なのだからと四つ全てを食べようと口を開けましたが
こいしがあまりにも輝いた目で見つめてくるので
仕方ないと溜息をついて半分こにすることにしました。
「これは美味しいお団子!」
「本当だ美味しいねーこころちゃん」
「あまりに美味しいからどんなに文句を言いたくなることがあっても
これをひとたび口に入れたらそんな不満など一瞬どこかに飛んでしまうほど美味しいぞ!」
「よくそんな感想がすらすらと出てくるねこころちゃん」
「ぺろりと平らげてしまった。おじさんありがとう」
「私は誰かと違って大人だから一気に食べずにいっこだけ食べて
もういっこはポッケに入れて後で味わって食べようっと。誰かと違って大人だから」
「なにか負けた気がする」
おやつもほどほどに、二人はおじさんに別れを告げました。
二人を見送るおじさんに、こころはどこかで会ったっけ?
と思いましたがこいしがちょうちょを追っかけていたのでそれを我先にと捕まえるため
急いでこいしの元へ向かって行きました。
さて、昼過ぎの霧の湖などというのは
その名に相応しくなく霧が晴れ絶好の遊び場になります。
その為、妖精やちびっこ妖怪などは湖周辺に集まり鬼ごっこや弾幕ごっこに興じているか
人間をどういたずらしてやろうかなどの作戦会議が開かれることもしばしばです。
今日は珍しく晴れた梅雨の合間というのもあり、きっと色々な者達が集まっていることでしょう。
こいしとこころはそこを狙って湖を訪れました。
「じゃあ電話ゲットだぜ大作戦のおさらいをするよこころちゃん」
「ほいきた」
「まず湖の中心に行って私がサブタレイニアンローズを発動するでしょ」
「私はそれに重ねて暗黒能楽を演じる」
「そうすると?」
「近くにいる妖怪や妖精たちの四肢はばらばら脳漿はぶち撒けられ
ここら一帯は血と骨と断末魔で埋め尽くされた地獄絵図と化すな」
「そう。そうすれば電話が手に入る…… あれ? 入らなくない?」
「あれ?」
「あれ?」
「ちょ、何か大分危ない発言が聞こえるのだけど」
湖の上で作戦会議する二人の前に人魚が飛び出してきました。
なにやらぷりぷりと怒っているようでしたが
こころは「わさび醤油に合いそう」と思っていましたし
こいしは「おろしを乗せてポン酢かな」としか思っていなかったので
二人の耳にはその人魚の言葉はほとんど入ってきませんでした。
「この湖でそういうことされると、っていうかどこに行ってもそういうことやるのは
まずいんじゃないの?」
「それはちがうだろう古明地こいし。お魚はお刺身でわさび醤油と昔から決まっている」
「でもこころちゃん想像してよ。
人魚の塩焼きジュウジュウ。大根おろしショリショリッ。
炊き立てご飯パカッフワッ。ポン酢トットットッ……
ハムッハフハフ、ハフッ!!」
「……あの」
「じゅるり。そっちの方が美味しそう」
「いえーい勝ったー」
「うーん負けてしまった」
「ちょっと話を聞いてよ!」
「ね、ねえどうしたのよわかさぎ姫」
人魚が怒鳴ったところで今度は狼女が現れました。
半分泣きながら怒っている人魚をどうどうと抑えて、こころとこいしに向き直ります。
「うちのわかさぎ姫を泣かせるなんて。なにをしたのよ貴方達」
「うーんと。私達はなにもしていないぞ!」
「ただどうやって食べようか考えてただけだもんね、こころちゃん」
「いかにも」
「美味しそうだけど食べちゃ駄目。草の根ネットワークの非常食担当はこの娘しか居ないんだから」
「ちょっと影狼」
「冗談冗談」
「ん?」
「ん?」
冗談冗談、と言う狼女の口の端によだれを見つけたこころとこいしでしたが
それよりもネットワークという言葉が気にかかりました。
二人は顔をくっつけて半分ずつ翁のお面をかむり、「にやり」と言いながらにやりと笑います。
「狼女さん!」
「なあにお面女さん」
「今ネットワークって言ったけどもしや電話を使っているの?」
「うん、使ってるわよ」
「リーチ! やったぜ!」
「それを言うならビンゴだよこころちゃん」
こころは獅子口と火男のお面を足して二で割ったようなお面をかむり
こいしの手をとってやったぜの舞を踊りました。
「お、お、狼女さん!」
「なあにお面女さん」
「も、もし良かったら何だけど。その、電話が余ってたら分けてくれませんか!」
「別にいいわよ。貴方も野良妖怪なんでしょ? ネットワークに入ってくれるなら電話を分けてあげる」
「入る入る! やったよ古明地こいし!」
「……ふむ」
こころはぴょんぴょん飛んで興奮します。
あまりの興奮にお面が飛び交いうまくかむれませんでしたが
とにかく興奮していました。
こいしはというと人差し指と親指でVを作りそれをあごにあてて眉をひそめます。
「こんなにうまくいくなんて」
「本当だよね古明地こいし! これは私が幸運という名の元に生まれし面霊気だから
こう上手いこと運命が味方してくれてそれはもう私の世界に光が満ちて」
「落ち着きなさいこころちゃん。二つの意味で妖しいよ」
「ん、どういうこと?」
「きっと罠だよこれは。電話なんて高級品、こんな野良妖怪が持ってるかなあ」
「失礼ね。はい、貴方の電話」
「わあい電話……だ……?」
「やっぱりねえ」
こころは狼女から電話を受け取りました。
なんとそれはちゃんと「こころ」という名前も入っており心遣いも完璧です。
ただそれはこころが想像していたよりも白く、線も露骨にびよよんと伸びており
一から零の番号も無く一番取りやすい部分も無く。
こころはお面をかむるのも忘れてただ口をぽかんと開けています。
「……」
「こころちゃん、言ったとおりでしょ? にしても糸電話かあ。子供じゃないんだから」
「これを貴方の家までずっと伸ばしていけばいつでも連絡が取れるわよ。
ネットワーク開通したからマイクテストね。聞こえますか、あおうん!」
「狼女の貴方ならこれ使わなくても声が届くんじゃない?」
「あ、よくわかったわね。わかさぎ姫も赤蛮奇もすっかり使ってないの。
なんでも私が遠吠えすればすぐどこに居るかわかるからって……あれ? いらないのお面女さん。
この糸電話の糸は特別製でね。私の体毛を一本一本つなぎ合わせる事によって
強度と音の伝達精度が普通の糸の六千倍くらいあるのよ」
「なにそれ怖いしきもい。
……あれこころちゃん、さっきから俯いてどうしたの?」
「い……」
「こころちゃん?」
「いらないわこんなもん! てやんでえべらぼうめい!」
「あ、江戸っこころちゃんだ」
こころは怒りの余りやっぱりお面を付け替えるを忘れて
狼女に詰め寄ります。
無表情で迫るこころにすっかり狼女はチワワの様にちわちわ震え上がります。
「ひ、ひいい!」
「電話ってのはもっと黒くて持ちやすくてお菓子を買ってくれて
ハイテクでハイカラでアイスバーなの! こんな紙コップと臭い糸でつながってるのは電話じゃない!」
「な、なんですって。人がせっかく親切に分けてあげたのに……」
「こんなものだったら私でも作れる! もう怒った。お前を殺して私も死ぬ!」
「ひいい怖いよう!」
「こころちゃん落ち着いて」
こいしはこころの背中をどうどうと撫ぜた後
顎の先端をフックで打ち抜き頸動脈を六秒ほど抑えて落ち着かせました。
的確な対処だったのでこころはすっかり落ち着き我を取り戻しました。
「ごめんね狼女さん。私ちょっと今電話の事になると見境なくて」
「ごめんね狼女さん。こころちゃんちょっと今電話ジャンキーで」
「な、なんなのよう貴方達! もう怖いからどっか行ってよう!」
すっかり狼女はチワワになってしまったので二人は退散することにしました。
相性が良くなかったのでしょう。こころが怒鳴った時に驚きの余り泡を吹いて倒れた人魚に
心の中でお詫びをしながら二人は次なる目的地へと足を運ぶことにしました。
◇◆◇◆◇◆◇◆
妖怪の山の麓の川で二人は足を付けて涼んでいました。
さてこれからどうしようと考えているとお腹がきゅうと鳴いたので
二人は遅めの昼食をとることにしました。
とはいってもこころとこいしはどちらも風来坊。
まとまったお金などありません。
たまに偉い人からお小遣いを貰っても、すぐにおやつや株やFXに使ってしまうので
貯蓄などは一切なく、いつも将来に不安を抱えていました。
「だからねこころちゃん、私はこの間お布団の中でいいアイデアを思いついたの。
こころちゃんも協力してね」
「ほう、一体どうするの?」
「まず私が大量に体に良いサプリメントを作るでしょ」
「ふむふむ」
「その後にこころちゃん売ってあげる。これでこころちゃんも健康そのもの!」
「やったぜ! あれ? でも儲かってないよ?」
「ここからが重要なんだよ。こころちゃんが他の人に残ったサプリメントを紹介して売りつける。
そうするとこころちゃんが儲かる! あ、儲かった分のちょこっとは私にちょうだいね」
「ほう!」
「今度はその紹介した人が他の人に売る。もちろん売った分は大本が私達なんだから
私達は何もしなくても儲かり続ける!」
「古明地こいし……お前は錬金術士だったのか…… すごい!」
「よしじゃあまずは体に良いサプリメントを作ろう。
こころちゃん、朝鮮人参にキレートレモン、あとはエルカゼイシロタカブを用意して」
「ほいきた」
「お、おいおい」
二人がお小遣い倍増計画を立てていると、背後から声をかけられました。
振り向くと、そこには誰もいなく二人は気のせいかと一緒に首をかしげます。
「古明地こいし、オロナミンCを入れて飲みやすくするのはどうだろう。
更に健康になるぞ」
「さすがこころちゃん!」
「おい、無視するな」
「さっきからうるさい空耳だなあ」
「古明地こいし、姿が見えずに声がするとなると
これはもしや近くにお前のようなさとり妖怪が居るのでは?」
「え、私みたいに可愛くてお茶目で少しドジっ子な所がチャーミングな
さとり妖怪がこのへんに居るって? どこどこ? あ、居た! ってこれは川に映った私でしたー」
「なんだこいつら……あ、そうか光学迷彩か……」
かちりという音と共に河童が現れました。
思ったよりさとり妖怪っぽく無かったのでこころはしばらく首を傾げましたが
それが以前お世話になったお面屋さんだということに気付きました。
「これはこれはくだんのインチキお面屋さん」
「こころちゃん、知り合い?」
「いや私、君たちのどっちも知ってるんだけど」
「え、やだひょっとしてストーカー? 私が可愛いから私の事なんでも知ってるってやつかな。
いつも私の後ろをつけてくるのってひょっとして貴方?
ひゃあ怖い! っていつも後ろに居るのはメリーさんこと私やないかーい!」
「古明地こいし、落ち着いた?」
「うん」
「話しかけなきゃ良かったなあ……」
一輪ばりの突っ込みで落ち着いた所で河童は話始めました。
どうやら先程のお小遣い倍増大作戦の内容を聞いていたようです。
「君たちのやろうとしてること、古典的な犯罪だからね。
巫女に退治されるよって注意してあげようとしたの」
「あれ、インチキお面屋さんの癖に優しい」
「ね、ストーカーの癖に」
「せっかくお金儲けのネタが聞けると思ったんだけどなあ。
まあさとりなんかに期待した私がバカだったか」
「あ、こころちゃん、ひょっとして私今バカにされた?」
「うん。八割くらい」
「もう二割は?」
「バカにしてた」
「結局全部じゃない! 河童の癖に私をバカにするなんていい度胸ね。
決闘する決闘? お? お?」
「どうする古明地こいし、処す? 処す?」
「な、なんだよ。せっかく飯が食えるいい話を教えてやろうと思ったのに」
「古明地こいし、この河童いいやつだよ。処するのはやめよう」
「こころちゃん、この河童いいやつだね。決闘はやめよう」
「まあ条件があるんだけどね」
河童は最後の科白を二人に聞こえないようにぽつりと呟きました。
さて、これから河童の講演が始まります。
こころはコーラを、こいしはキャラメルポップコーンを用意して話を聞く体勢に入りました。
ちなみに余談になってしまいますが、二人が持っているコーラとポップコーンは
こいしが無意識で持ってきたものなのでお腹の足しにはカウントされません。あしからず。
「こほん。それでは君たちがご飯にありつけるうまい話をします」
「古明地こいし、今のはひょっとしてご飯の美味しさと話のおいしさをかけたダジャレでは?」
「そうかもね。ぜんぜんおもしろくなかったけど」
「……我慢我慢。ええと、君たちにはこの天狗の家に行って来て欲しいんだ」
河童は一枚の写真を取り出しました。
そこには巷では一番有名な犬走という白狼天狗が写されていました。
こちらも余談になってしまいますが、その写真は斜め下から撮影されておりましたので
彼女に犬のような耳が生えてるかは不明でした。
界隈ではあまりふれてはいけない話なので、これくらいにしておきましょう。
こころは河童の行動がわからないので頭からクエスチョンマークを出しながら尋ねました。
「この天狗の家に行って何をすればいいの?」
「お金上げるからさ、この天狗に事情を説明してご飯でも食べさせてもらいなよ。
椛は親切だからご飯くらい気前よく作ってくれるはず」
「古明地こいし、私にはこの河童が何したいのかがわからない」
「奇遇だねこころちゃん。私もわからないや。
まさか最近需要が増えた銅か何かを取りに行くのに白狼天狗の監視があったら
思うように取れないから上手いこと足止めしてくれってことでも無さそうだし。
ねえ、なんで私達にこんなに親切にしてくれるの?」
「……最近需要が増えた銅を取りに行くのに白狼天狗の監視があると思うように取れないから
上手いこと足止めしてもらおうと思ってさ……」
「なんとそんな理由だったのか!」
「ね、意外ねこころちゃん!」
「あーこいつらとの会話なんかいらいらする!
とにかく足止め頼んだよ!」
河童は頭をぐしゃぐしゃとかいた後、住所の書かれた紙とそこそこのお金を二人に投げ渡し
さっさと飛んで行ってしまいました。
河童は激怒していましたがまとまったお金を手に入れましたので
結果はオールライト、ハイタッチを交わしました。
二人は川沿いを歩きながら犬走の家を探しました。
河童の残した紙には丁寧に地図まで書かれていたので
十二回だけしか迷わずに無事辿り着くことが出来ました。
「『妖怪の山わんわん区犬走の75-72-3204』ここだぞ古明地こいし」
「やっと着いたね。お腹ぺこぺこだよ早く御飯作ってもらおう。よーし頼もー!」
「古明地こいし、そんな挨拶だと道場破りみたいだと思われないか?」
「あははこころちゃんまさか今日び道場破りなんて」
「なんだ今の挨拶は道場破りか! いい度胸だなかかってこい!」
「って本気にしちゃってるやないかーい!」
「古明地こいし今日はそれ多いな」
流石は哨戒を仕事にしている白狼天狗です。
家の前で会話していた二人ですが、こいしの発言だけうまく聞き取り道場破りだと判断したようです。
「こころちゃん、私無意識使っとくから説明しといてめんどくさい」
「ひ、卑怯者! というかさっきからお前意識的に無意識を使い過ぎだぞ!」
こいしは二人の前からすうっと消えました。
犬走はびくりとしましたが、そういう妖怪に理解の有る方なのか
すぐに納得したように頷きました。
「道場破りはお前だけか。一対一とはいい度胸だ」
「え、と。いやあの。私はそうではないのですよ」
じゃきんと光る剣と犬走のいかつい剣幕にこころは心底びくびくしながらも説明をしました。
後になってわかったことですが、こころがびくびくとしながら説明した後
足元になにやら水たまりのようなものが残っていたという話もありますが、真相は定かではありません。
「ふむ。それは失礼した。まさか今日び道場破りなんて、とも思ったのだが」
「わ、私達は河童の紹介でご飯を作ってもらおうと思っただけだよ!
それだけだよ! 河童はにとりだよ!」
「にとりの? まあ危険な奴らじゃないようだな」
「危険じゃないよ! 危険じゃないからほら、舞だって踊るよ!」
こころは危険じゃないことを知らせる為に癒やしの舞を踊りました。
その舞は一言で説明するとハムスターとパンダとサボテンとオーケストラと
夕方町中で漂ってくるカレーの匂いを一緒くたにしたような舞です。
最初は眉間に皺を寄せていた犬走でしたが、こころの舞にすっかり癒やされ
最後の方には涙を浮かべつつ在りました。
「ね? 危険じゃないでしょ? ね、ね?」
「ああ、危険じゃないどころか感動させてもらった。
どうだろう? もしよければうちでご飯でも」
「ぜ、ぜひ!」
「あ、私もー」
「古明地こいし! お前はいつも都合のいい時ばかり!」
こうして二人はお金を一切使わずにご飯にありつけたのでした。
こいしの方は満足していましたが
こころはご飯の最中終始びくびくとして
何度も「あ、そろそろさっきの河童と約束があるんだよなー」と
時計もつけていない手首と犬走の顔をチラッチラッと様子を伺いましたが
まあまあまだ良いじゃないかと押さえつけられ、結局夕方まで付き合わされる始末でした。
天狗は元来、酔っ払うと面倒になるものなのです。
「遅くまで悪かったな。じゃあまた」
「うん、また今度もヒグマ料理食べさせてねー」
「ば、ばいばい」
最終的にはお酒が入り、犬走のぶっちゃけ質問大会や舞の強制などによりこころはすっかり疲れていました。
こいしはうまく意識的に無意識を使うので絡まれることはないようでしたが
へとへとになったこころを見て、こいしはそろそろ帰ろうかと提案しました。
こころは姥の面をつけ静かに頷きました。
疲れても二人は飛ばずに歩いて帰ります。
もちろんそれはお気にの下着のためです。
よちよちとぼとぼと歩いていると向こうから河童の顔が見えました。
「あ、おーい」
「こ、この河童! 我々を面倒な天狗のもとやって何をやってたんだ!」
「え、だから銅を取ってたんだって。もしかしてお酒飲んだ? 椛はお酒飲むと面倒になるんだよねえ」
「わかっててやったのか! もう怒った。お前を殺して私も死ぬ!」
「な、なんだよ悪かったって。でも椛のヒグマ料理はうまかったろ?」
「チョベリグでした」
「ならいいじゃん」
「ならいっか」
「あ、じゃあお詫びにこれあげるよ。結構取ったから古い銅線要らなくなったんだけど」
「こんなもの貰ったって私の心は癒やされないぞ!」
「まあまあこころちゃん。銅線にもいろんな使い道があるんだよ」
「例えば?」
「ほら、里の門の所に張っておいて危ないやつが入ってこないようにするとかさ。
これがほんとのどうせんぼ。なんちゃって!」
けらけら笑っているこいしとは対照的にこころと河童はしばらく黙っていました。
こいしが笑い終わった所できまずい空気を振り払い、話を続けます。
「ま、まあ貰えるものは貰っとく。だけど私が欲しかったのはこんなものじゃないんだぞ」
「あ、そういえばそうだったね。なんかご飯食べて満足しちゃってた。
電話探しの旅をしてたんだったね」
「え、何電話探してんの? いる?」
「え?」
「え?」
河童の話を聞くに、最近里の方で電話の需要が多くなったといいます。
博麗の巫女が電話を使えることになったことも大きいようで、里には小さな電話ブームが起きているようなのです。
にとりは里の電話の半数以上を供給しており、今日もその電話線のための銅を取ってきたということでした。
「欲しいなら売ってあげるけど?」
「買う買う! このお金で足りる?」
「ああ、うん。一番安い黒電話なら。じゃあこの後私のラボに来てよ。
電話線ひくのは後日になるけど、本体は今日渡せるよ」
「やった!」
「こころちゃん、そのお金ってさっき河童に貰った」
「古明地こいし静かに!」
「あ、うん」
こうしてこころは一円もお金を使うこと無く電話を手に入れたのでした。
なんともあっけなく、電話の旅は終わります。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「この黒光り。持ちやすさ。うふふ」
「無表情で電話に頬ずりしてる姿はとても恐ろしいし気持ち悪いよこころちゃん」
そんな悪口はこころに一切効きませんでした。
なぜならこころは今幸せの絶頂に居るからです。
先ほどまでとはうってかわってこころの足取りはあまりにも軽く
半分ほど地面に足は着いていませんでした。
そんな調子で歩くものですから、気づいた頃にはすでに里の門の前まで来ていました。
「あ、守衛のおじさんちっすー おつかれー」
「お、おう」
「こころちゃん馴れ馴れしすぎでしょ」
「おじさんみてみて。この黒電話。持ちやすそうでしょ。黒いでしょ。
私の電話なんだ。二年縛りだけどプロバイダ契約したから本体代は無料なんだ。
しかも7GBまで高速の回線なんだよ! 全然意味わからないけど」
「……そうか、良かったな」
「おじさんどうしたの? 元気ないの?」
「いや、なんでもないんだが……」
「だったら一緒に缶詰屋さんに行かない? あそこなら元気になる缶詰も有るよ。
私はおばあちゃんにこの電話見せたいし一緒に行こうー」
「缶詰屋……いや、そこには行かない。行けないんだ。
それよりもお前に頼みたいことが有る」
守衛のおじさんはこころに頭を下げました。
唐突な行動に思わずこころはぎょっとしてしまい「ぎょっ」っと言いながら
やっぱり獅子口の面を付けました。
こいしはふむと真剣な顔をしておじさんを見つめます。
「その電話を俺にくれないか」
「な、何言ってるのおじさん。これは私の物だよ。
私が苦労して手に入れた電話なの。だからあげられないぞ。
な、古明地こいし。これは私のだよな、な?」
「落ち着いてこころちゃん。それは紛れも無くこころちゃんのだよ」
「良かったー」
「でも気になるな。おじさん、なんで急に電話を?」
安堵したこころは早速獅子口のお面をしまい火男の面を付けました。
自分には関係ない話だと、こいしとは反対に、適当な調子でおじさんの話に耳を傾けます。
「実は、持っていた電話を質に入れちまってな……」
「お金が無いんだね守衛のおじさん。私達と一緒ー」
「こころちゃん、ちゃちゃをいれるのはやめなさい。それで?」
「金が無いのは最近のことって訳じゃないんだ。
家を出た後は良かったんだがどんどん仕事が無くなってきて、今はやりたくもないこんな仕事しかできない有り様さ」
「あれ? なんか聞いたこと有る話のような」
こころは狐の面に付け替え真剣におじさんの話を聞くことにしました。
「家を出るときにおふくろに電話を渡したんだ。
これでいつも連絡が取れるから心配無いってな。だが、肝心の俺の電話の方を売っちまって。
本来の仕事もやめちまったし、情けなくて帰るに帰れないんだ。
その電話さえあれば、面と向かわずにおふくろと話せると思ってな、はは。
情けない話なんだが」
「……そっかー」
「何か知ってるのこころちゃん」
「……」
「こころちゃん?」
「な、なんにも知らないよ! ごめんねおじさん、私達用があるの。
ほら、古明地こいし、早く行こう、早く!」
「こころちゃん痛い痛い腕が取れる」
「あ……」
こころはこいしの腕を引っ張りすぐさまその場を離れました。
残されたのはおじさん一人。
冷たい風がひゅうと流れました。
二人は急ぎ足で缶詰屋の前でやってきました。
汗を拭いつつ、こころはこいしに念を入れます。
「古明地こいし、今から私の知り合いのおばあちゃんと番号を交換するけど
余計なことは言うんじゃないぞ!」
普段より強気なこころを見て、こいしは首を傾げます。
ですが、きっと聞いてもこころは何も言わないだろうと黙って頷くことにしました。
「おばあちゃんこんにちは」
「あらこころちゃんいらっしゃい。お友達もいらっしゃい」
「こんにちは。私はこいしでさとりです。さとりのお姉ちゃんもさとりなんだけど
私もさとりのこいしです。要するにさとりのさとりの妹のこいしのさとりです。
まとめるとこいしはさとりでお姉ちゃんもさとりだからさとり。私はこいしだよ。さとり」
「おばあちゃん、こいつはこいし。私の永遠の宿敵」
「なるほどねえ、よろしくねこいしちゃん」
自己紹介も済んだ所でこころは説明を始めました。
この前はじめて出会った電話の衝撃と感動。
おばあちゃんの魔法使い説。
帰りに食べて美味しかったアイスバー。
神社の境内で遊んだ缶ぽっくりの楽しさ。
そして苦労の末手に入れた黒電話。
こころのスペクタクルな近況報告の舞は全三十六章にもわたり十五分も続きました。
「ちゃん」
「おー拍手拍手」
「こころちゃんは上手だねえ。
そうだそんなにいっぱい歩き回ったら疲れたでしょ、確かあれが余ってたかしら……」
おばあちゃんは棚の奥からごそごそと大きな缶詰を取り出しました。
白桃とパイナップルの缶詰ですが、その大きさはこころの両手の平くらい在りました。
あまりに大きいものなので、二ついっぺんに持ち上げたおばあちゃんは
思わずふらついてしまいます。
「おっとと、大丈夫? おばあちゃんさん」
「こいしちゃん、ありがとうね」
「このお店一人でやってるの? おばあちゃん一人じゃ大変なんじゃない?」
「息子が出て行く前は二人でやってたんだけど、もうしばらく一人ねえ」
「へえ、息子さんは?」
「出て行ったっきり連絡もよこさない親不孝者さ。
あの電話も心配だからって置いてったようだけど息子からの電話で鳴ったことはないわねえ……」
「ふうん……」
「お、おばあちゃん、その話よりも違う話をしよう! 今日天狗にいっぱい面白い話を聞いたんだ!」
「そうね。こころちゃんのお話聞かせてちょうだいな」
フルーツの缶詰を食べつつ、三人は話に花を咲かせました。
こころは大げさに今日起きたことを話しました。
ときおり舞もはさみつつ、おばあちゃんを笑わせるために頑張りました。
「今日はいろいろ頑張ったのねえ、こころちゃん」
「うん! ということでおばあちゃん、つながったら真っ先に電話をしよう。
おばあちゃんが寂しく無いよう私はいつだって電話するぞ」
「そうね、楽しみに待ってるわ」
こころは翁の面を付けて鼻息荒げに何度も頷きます。
おばあちゃんはそんなこころの頭を優しく撫ぜました。
ですが、こいしは反対に表情を曇らせていました。
そして、小さくこころにごめんね、と呟いておばあちゃんに話を切り出しました。
「突然ですけどおばあちゃんさん。少し聞いてもいいですか?」
「なあに、こいしちゃん」
「貴方の息子さんの話をしたいんです。いいですか?」
「古明地こいし! 余計なことは言うなと!」
「こころちゃんうるさい。これでも食べてなさい」
こいしはポッケに入れていたお団子をこころの口に詰めました。
「む、むぐっ。なんだこれ、うまい……もぐもぐ」
「あのお団子…… こいしちゃんも好きなの?」
「今日貰ったんです。里の門に立っている守衛さんから」
「そうなんだね、息子も好きだからよく私も買ってたのよ」
「……息子さんの特徴って、ありますか?」
「特徴ねえ、強いていうなら肩の後ろに特徴的なあざがあって
屈強な腹筋の持ち主でよくロココ調の服を着ているくらいかしら」
「……そうですか。ありがとうございます。では私達はこれで失礼しますね」
「あら、もう行っちゃうの?」
「はい。でもまた明日には来ます。あと」
「なあに?」
「きっとすぐ、息子さんから電話が来ると思いますよ」
そう言い残し、今度はこいしがこころの腕を引っ張ることになりました。
目的地はもちろん、あの守衛のおじさんのところです。
こころはその時もまだお団子の美味しさに酔いしれていました。
「何しに来たんだお前ら」
「はっ。古明地こいし。なんで私達はまたおじさんの所に居るんだ……?」
「はあ、わかるでしょこころちゃん」
「わ、わからない! 私はそろそろ用事があるから帰るぞ!」
「いいからこころちゃん。電話を渡して」
「嫌だ!」
「あ、電話に毛虫ついてるよ」
「ひい!」
こころは思わず電話を投げてしまいます。
こいしはそれをキャッチして、おじさんに差し出しました。
「はい。これあげるからおばあちゃんに連絡してあげて。
電話線は貴方の家につなげるよう河童に言っておくから」
「……いいのか?」
「うん」
「良くない! それは私の電話だぞ!
今日いっぱいいっぱい苦労して、やっと手に入れたものなんだぞ。
古明地こいし! お前だって一緒に苦労したじゃないか、なのになんでそんな簡単に渡しちゃうんだ!
それは、私の電話だ!」
「そうだね。でもさ、こころちゃんも見たでしょ?」
「何をだ!」
「おばあちゃん、寂しそうだったじゃん」
「……で、でも! それは私の電話なのに、私は苦労したのに……」
「こころちゃん、あのね」
「ちょっといいか」
二人の間におじさんが割って入ります。
こころの面は先程から暴れまわり、こころが混乱していることがわかります。
「こころと言ったな」
「あいこころです……」
「大丈夫だ。俺はこれは受け取れない。お前が苦労して手に入れたものなんだろう。
それをこんな情けない俺が受け取れるわけがない。心配するな」
「…………そう、そうだよ。それは私の電話なんだ、私が頑張ったんだから手に入れた電話なんだ……」
「ああ、だから奪ったりはしないさ。ほら、返すぞ。悪かったな」
おじさんはこころの手にしっかりと電話を握らせました。
こころはそれを胸の所でぎゅっと抱えます。
そんな様子のこころを見て、おじさんは苦笑いをしながらこころの頭を撫ぜてあげました。
その時、こころは気づいてしまいました。
おじさんの撫ぜるその手は、おばあちゃんの手と同じ温かさだったのです。
しばらくこころは俯いていましたが、そのうち振り絞るようにこいしに向かって口を開きました。
「古明地こいし……」
「何、こころちゃん」
「また付き合ってくれるか……?」
「何に?」
「電話探し」
「当たり前でしょ。私はこころちゃんの何だと思ってるの」
「永遠の宿敵……」
「そういうこと」
こころはもう一度ぎゅっと電話を抱きしめた後
おじさんに差し出しました。
「おじさん、もうおばあちゃんを悲しませないで」
「……」
「命蓮寺に帰ろう古明地こいし。私は疲れた」
「そうだね。今日はお酒でも一緒に飲む?」
「命蓮寺はお酒禁止だぞ」
「今日くらい良いじゃない。実はさっき天狗から盗んだお酒があるんだー」
「やるな古明地こいし! 今日は飲み比べだ!」
二人はおじさんの元をやかましく去っていきます。
こころは振り向きませんでした。
振り向いたらきっと、自分の決心は揺らいでしまうから。
辺りを動き回っていたこころの面はすっかり落ち着き、ゆっくりと二人の周りを漂っていました。
こころが振り向かない限り、きっとまたそれらが暴れまわることはないでしょう。
おじさんも、それをわかってもう二人へ呼びかける事をやめることにしました。
手元の電話を見つめます。
「……実家、帰るかなあ」
二人の背中を見送った後、おじさんはそう呟きました。
その場に残されたのはやっぱりおじさん一人。
でも、今度は寂しい風は流れませんでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日、こころが二日酔いの為最悪な気分で目覚めると
一通の手紙が枕元に置いてありました。
『こころちゃんへ。
命蓮寺の庭に置いてあるふかふかの毛を持って缶詰屋さんへ向かって下さい。
プリティこいし』
こころは一体なんのことかわかりませんでしたが、こいしの事ですので
きっと何かあると思い従うことにしました。
庭に出るとあいも変わらず星がいつもの所で寝ていましたので
落ちている毛と抜けかけの毛をストレス発散とばかりに毟り取りました。
最初、口では嫌がっていましたが体は正直なもので、すっかり夏毛に生え変わった星は
まんざらでも無さそうな顔でこころを見送ってくれました。
ナズーリンが隅の方で羨ましそうにこちらを見てきたのはきっと気のせいでしょう。
「はいはい、分かった分かった。やっぱりあんた仕事辞めたのね。
説教してやるから盆には帰って来なさいよ。はい、じゃあまたね。……ふう」
「長電話だったねー 息子さん?」
「全く、やっと電話してきたと思ったらちゃんと食べてるか、とか
体に悪い所はないか、ですって。そんなに心配なら顔出せっていうのに。
そう思わない? こいしちゃん」
「うーん、おじさんも恥ずかしいのかなあ」
「そんな年でもないってのにねえ」
くすくすとおばあちゃんとこいしは笑い合います。
「それではおばあちゃんさん。昨日みんなで食べたこの白桃とパイナップルの缶詰の空き缶だけど
私が貰っても良い?」
「良いけどこいしちゃん、そんな大きな空き缶何に使うの?」
「それはこころちゃんが来てからのお楽しみー」
「頼もー!」
「とか話してたら来た来た」
「古明地こいし、毛を一杯持ってきたが」
「わー上等上等。見て、私もほら、狼女の毛をこんなにごっそり」
「少し湿っているようだが?」
「泣いてる嫌がる所、無理やりシャンプーして刈ってきたからね」
「うーん、古明地こいし。私はお前が何をしたいか全然わからないぞ」
「ふふふ。こころちゃん、私の作戦聞きたい?」
「お前の作戦は失敗してばかりじゃないか」
「でも今回はきっと、こころちゃんは喜んでくれると思うよ」
こいしは、にこにことしながらこころに近づいて耳打ちします。
こいしの話に最初はただ頷いていただけのこころですが
その内ぽかんとして、その内鼻息を荒らげてきました。
最後の方にはお面が嬉々として飛び交い、こころが興奮しているのが目に見えてわかりました。
「こ、こここ、古明地こいし! 我が宿敵よ!」
「なあにこころちゃん」
「素晴らしい作戦だ! 感動した!」
「どういたしまして。それじゃあ早速作りはじめよう。作戦開始!」
二人は早速作業にとりかかりました。
作業はその日一日かかりましたが、こころはちっとも苦にはなりませんでした。
なぜなら、その作戦はこころが一番に所望していたことを叶えてくれる作戦だったのですから。
「う、うーどきどきしてきた」
「ネットワーク開通の最初の一声はおばあちゃんとこころちゃんだよ。しっかりね」
「よ、よし。まかされひゃ」
「さっそく噛んでるよこころちゃん」
二人は命蓮寺のこころの部屋に居ます。
こころは緊張のあまり、もはや文章で形容できないなぞのお面を付けていました。
きっとそれは希望の面か何かでしょう。
「じゃあこころちゃんの方は準備出来たから、私はおばあちゃんの所に行ってくるね」
「お、おおう。いってらっしゃい」
「いってきまーす。じゃあ先にこっちが喋るから、聞こえたら返事してね」
こころは大きな空き缶を持ち手に汗を流します。
もうしばらくしたらネットワーク開通テストが始まります。
こころは今、それに向けて自分の部屋で待機しているのです。
こいしの作戦は、以下の通りでした。
まず、おばあちゃんから貰った大きな空き缶二つに、穴を開けます。
それに河童から貰った銅線。
これを先ほど開けた穴に通し、狼女と星の頑丈な毛を巻きつけて伝導率を良くします。
二人は毛並みがいいものですから、音をうまく通してくれるのです。
そう、こいしの作戦はこれらを使って缶詰屋さんとこころをつなぐ
大きな大きな糸電話を作ることだったのです!
「思えば苦労したものだ。黒電話は手に入らなかったけど」
こころはきっと間違っていない、そう思いました。
自分のした選択は正しいものだと、そう信じました。
その時です。
『……ゃん。こころちゃん、聞こえますか』
手に持った空き缶からおばあちゃんの声が聞こえてきました。
こころは思わず空き缶を落としそうになりましたが
なんとか持ち直し、耳を近づけました。
『こいしちゃんから聞いたよ。こころちゃんの電話、うちのバカ息子にあげたんだって?
ありがとうね。おばあちゃん、本当に感謝しているよ。
こころちゃん、聞こえてますか』
その科白聞いて、やっぱり良かったと思いました。
その瞬間、こころの頬は少しだけ、ほんの少しだけですが
自分でも気づかないほどわずかに傾いたのです。
『こころちゃん聞こえるー? 聞こえてたら何か喋ってー』
今度はこいしの声が聞こえてきました。
そうだそうだとこころは気合を入れなおします。
ひとつ、深呼吸。
もうひとつ、深呼吸。
そしておまけに深呼吸。
咳払いをして、準備は万端。
できるだけ大きな声が出るように、お腹に力を入れて。
『もしもし、こちらはこころですが!』
終わり
人里に有る缶詰屋さんを訪れた時だったでしょうか。
その頃のこころは博麗神社の方にやっかいになっていたので
巫女にお願いされたら従わなくてはいけない立場でありました。
博麗神社は古い古い家屋になるので梅雨の季節になると、雨漏りがひどい場合があります。
その日巫女はこころに缶詰を買ってくるよう頼みました。
もちろんその理由は買ってきた缶詰を食べた後、雨漏りがひどい所に置いておく為です。
ちなみに去年買った缶詰は、この前めったに来ることのない子供の参拝客に
缶ぽっくりなどを作ってあげたので余っていませんでした。
「ねえねえおばあちゃんおいしくってお安い缶詰をくださいな」
「こころちゃんいらっしゃい。ちょっと待っててな」
こころと缶詰屋のおばあちゃんは出会うと世間の話を井戸端で咲かせる仲なので
このような会話でも成り立ってしまうのです。
巫女からは「おいしくて安いの」としか頼まれていなかったものですから
こうしてこころはおばあちゃんに任せることにしました。
「あれおばあちゃん、どうしたの?」
「最近ひざが痛くてなあ。こころちゃん、ちょっと手を貸してくれないかい?」
「うん、いいよ」
こころは手をとっておばあちゃんを支えます。
ここはおばあちゃんが一人で切り盛りしている老舗の缶詰屋。
いつも里の誰かが買い物がてらお話をしにくる懐かしい匂いのするお店です。
おばあちゃんはこころに支えられながら小さな手でしばらくごそごそとやった後
缶詰を二つ取り出しました。
「こんなのはどうだい?」
「おいしそう! お金はこれで足りますか?」
「ううん、少し多いくらいだね。お菓子を付けてあげるから、少し待っててな。
確か貰い物のおいしくて安くてしっけないお菓子があったはずだから」
「やったあ」
こころは火男の面をかむってやったぜやったぜと舞を踊ります。
やったぜの舞も終盤のおしりをくいくいとやりながらトリプルアクセルを決める所だったでしょうか。
つまり五分ほど待っていると、こころのそばの黒電話がじりりりと鳴り始めました。
こころはぎょっとして獅子口の面をかむり「ぎょっ」と言いました。
「お、おばあちゃん! 家具が悲鳴を上げているよ!」
「あら、誰かしら。悪いんだけど今手が離せないからこころちゃん取ってくれるかい?」
「と、とる? とるって?」
こころは頭の上に浮かんだクエスチョンマークと一緒に頭を捻りました。
あれやこれやと考えましたが、おばあちゃんが
とれと言うのだからとればいいのだろうと
雄叫びを上げている黒い家具のなんとなく一番持ちやすいところを「取って」みました。
「ほ。良かった泣き止んだ。ところでこれは一体何だったのかな?」
こころは取ったそれをしげしげと見つめてみますが
なにやらもにゃもにゃ聞こえることに気付きます。
「何だ? なんだなんだ? こいつしゃべっているぞ。
付喪神の一種かな? でも聞いたこと有る声ー」
電話を掛けてきたのは博麗神社の巫女でした。
『あ、こころ? よかったまだお店ね。ついでにさ』
「なんで霊夢さんの声が聞こえるのー?」
『あ? まあいいから聞きなさい。あんまり長電話してると紫が怒るんだから』
「あいわかった」
『缶詰と一緒にお菓子も買ってきて。おいしくて安くてしっけないの』
「それならもう準備してもらってるよ」
『え、あ、そう。わかったわ。気をつけて帰って来なさいよ。
あ、あと一個だけだったらお釣りで好きなものを買っていいからね』
「わあい!」
電話をきちんと元に戻し、こころが愉快爽快に舞を舞っていると
おばあちゃんが戻ってきました。
おいしくて安くてしっけないお菓子を片手にこころに尋ねます。
「こころちゃん、誰だった?」
「霊夢さんだよ。私に用があったみたい。
ところでおばあちゃん、これは一体なあに?」
「これかい? この電話はねえ、息子が家を出るとき買ってくれたものでね。
まあ一人だと危ないから、ってことで買ったようだけど
私は電話じゃなくてきちんと顔を見せに帰ってくればいいと思うんだけどね」
そういう意味で聞いたんじゃないんだけどなあとこころは思いましたが
おばあちゃんの表情がどうにも懐しそうな、それでいて感傷的なものだということもあったので
こころはそのまま頷いて、話を続けます。
「おばあちゃんの息子さん、お家に帰ってないの?」
「里の外で妖怪退治の仕事をするって言って出てったきりさ。
肝心の電話も一度も掛けてこやしない。
家に来るお客さんから話は聞くから生きてはいるみたいなんだけどねえ」
「そっかー 複雑なんだね。私にはわからないや」
「そうねえ。こころちゃんみたいな優しい子なら心配ないかもしれないけど
お世話になった人とは疎遠になっちゃいけないよ。……はいおまたせ。缶詰とお菓子だよ」
「わあい!」
荷物を受け取ったこころはお礼を言って、小躍りしながらお店を後にします。
おばあちゃんはそんなこころを見て、いつものようににこにこしながら
「気をつけてね」と言うのでした。
帰り道、こころは余ったお金で買ったアイスバーを舐めつつ電話の事を考えていました。
それにしてもあの「電話」とは一体何だったのか。
遠くにいるのに耳元に巫女が現れた現象。
これが噂に聞く魔法なのかも知れないぞ。
もしかしてあのおばあちゃんはいつも笑顔をにこにこ浮かべているけれど
絶大な力を持った魔法使いかもしれないぞ。
こころはそう思いながらごくりと生つばと、ついでに口に入っていたアイスを飲み込みました。
「霊夢さん、缶詰屋のおばあちゃんは魔法使いかも知れないぞ」
「あ?」
巫女に電話の説明を受けるまで、こころは勘違いをしたままでした。
一から電話の説明を聞き、こころは初めて電話というものの素晴らしさと
だれでも魔法もどきが使えるという便利さを知ったのです。
ちなみに買った缶詰はみかんとコンビーフ。
コンビーフの缶詰は特に巫女に気に入られたので
こころはご褒美として巫女に缶ぽっくりを作ってもらったのでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなことがあってしばらく経ちました。
その間、こころの電話に対するあこがれというか、気持ちの昂ぶりは日に日に高まっていくのでありました。
くだんの缶詰屋さんと巫女を繋いだのは八雲紫による独自のネットワークであったので
こころはそれを利用して電話を使うのは何か気まずいものを感じていました。
きっとお願いをすれば一回くらい使わせてもらえるのかもしれませんが
そういうものに縛られず、こころは思い切り電話という名の魔法を味わってみたいと思っていました。
「ううむ、なかなか言い出しづらいな」
命蓮寺の庭をうろうろとしながら呟きます。
今は博麗神社ではなく命蓮寺にやっかいになっているので
お坊さんにお願いすればうまくいくのではないかと考えている所です。
こころはこのところ電話のことで頭がいっぱいでした。
ご飯を食べるときも、お風呂に入っている時も、舞を舞っている時も
弾幕ごっこに興じている時もずっと電話の事を考えていました。
あまりにこころがぽかんと締りのない顔をしているので、皆での食事の時にぬえが
「ひひひ。こころのこころがここにあらずだぞ。そんな状態で食べたらもったいない。私が頂いてやろう」
などと言ってこころの好物の茹でアスパラガスを盗み食いしても全く気づかないほどでした。
「そもそも私は電話というものを知らなさすぎる」
こころは一度だけ電話に触れた缶詰屋さんの事を思い出します。
「遠くの人と会話ができる家具のようなものなのは確かだが
霊夢さんは長電話はいけないと言っていた。何かダメな理由があるのかな?
私だったらきっとずっと誰かと会話をするのになあ。おばあちゃんとも、霊夢さんとも」
こころは頭をひねり、ひねりにひねってくるっと一回転して着地しました。
百点満点の着地をしましたがなぜかむなしさを感じているこころのもとに
偶然お寺に修行に来ていた救世主が現れます。
「私はあなたの目の前にいるけど後ろに居るよ。こころちゃんおはよういえーい」
「む、古明地のところのこいしだな。我が永遠のライバルめ! おはよういえーい」
こころとこいしは挨拶のハイタッチとハグを交わして
お寺の庭のふかふかしたところに肩を並べて座りました。
天気も良いので体の日光浴にお面の天日干しです。
「聞いておくれよ古明地こいし。私は今恋焦がれているんだ」
「なんですってこころちゃん。恋なんて、それは私の得意分野なんでない?」
「うん? あ、そういえばそうだった。そうだったそうだった。
ちょっとそうだったの舞を踊っていい?」
「そうだったの舞は置いといてこころちゃん。なんで早く私に相談しないのよう」
こいしはだんだんと地団駄を踏みました。
地面は「痛い痛い」と言っていましたが
こいしはそれどころではないので気にしないことにします。
帽子をかぶり直し、こころの言うことを真剣に聞く体勢になりました。
「こほん。そしてこころちゃんは誰に恋しているの?」
「うん、それはとても声が綺麗でね」
「ふんふん」
「見た目は黒くててかてかしてて」
「まさかの汗っかきの外人さん?」
「いろんなものにアンテナを張り巡らせてる」
「情報やさんなのねえ」
「電話っていうものなんだけど」
「って人じゃなくて電話なのかーい!」
一輪直伝の突っ込みをかましたあとに
二人はふうと一呼吸をおきました。
気を利かせてこころとこいしのおしりの下にいる星が緑茶を分けてくれたので
それをずずずと飲みました。
どうでもいいことですが、どうやら庭のふかふかした所は夏毛が生え変わる前の星だったようです。
「緑茶で落ち着いた所でこころちゃん」
「あいなんでしょう」
「電話に恋しているってどういうこと?」
「古明地こいしは電話ってどういうものか知ってる?」
「愚問ねこころちゃん。私はメリーさんなのよ。だから電話のことはなんでも知っている。
貴方の後ろに古明地こいし。こんにちは」
「はいこんにちは」
「ということで私はメリーさんだからなんでも知ってるよ」
「はーん。こいしはメリーさんなのね? だったら魅力もわかるよね。
電話は会わなくても話が出来るのよ」
「そうだねえ」
「さらに電話はうまく使えばアイスバーを買ってもらえるし」
「最近の電話はお金持ちで懐が深いのねえ」
「それに運が良ければ缶ぽっくりも作ってもらえるし!」
「最近の電話は器用でエコなのねえ」
「だから私は電話がほしい! そしたら電話しようね古明地こいし。
今度は電話越しで決闘が出来るぞよ」
こころは鼻息を荒らげ興奮しながら言い放ちました。
すっかり電話の魅力に取り付かれているようです。
ふむとこいしは考えました。
「最近の電話がそんなになっているとは知らなかった。
それじゃあこころちゃん。一緒に探しに行こうよ」
「え?」
「電話を探しに。ここのお寺のお坊さんはなんだかんだで
けちんぼだから買ってくれないよ。今はきっとバイクのパーツを買うのに忙しいんだ」
「確かにそうかも。それじゃあ探しに行こう」
「聖のわるくちはいけませんよ」
こうしてこころとこいしの電話探しの旅が始まったのでした。
二人は自分たちのおしりの下が喋ったことに気づいていましたが
これから大きなことをしようとしているので小さなことは気になりません。
電話を求めて二人は里の向こうへと飛び出しました。
きっといつか電話を手にれられると信じて――
◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんで飛んで行かないの古明地こいし」
「お気にの下着って見られたくなくない?」
「わっかるー」
そんなことで二人は歩いて向かうことにしました。
ぺちゃくちゃと無駄話をしていると
肩の後ろに特徴的なあざがあり屈強な腹筋をしたロココ調の服を着ている
おじさんが話しかけてきました。
「おい、里の外は……って、なんだ妖怪か」
「いかにも妖怪の秦こころだが決闘なら受けて立つぞ!」
「私も妖怪だけどそんな気分じゃないから無意識使っとくね」
こいしはすうっと気配と姿を消しました。
おじさんはびくりとしましたが、妖怪に理解の有る方なのか
すぐに納得したように頷きました。
「ところでおじさんはどなたですか」
「……お前らみたいな妖怪が里に入ってこないように
あとはお前らみたいな子供が里から出て行かないように見張ってるだけだ。
だが妖怪の子供が里から出てくのは特に止めたりしない。さっさと行け」
「守衛のおじさんだったのか。こいつはお仕事中失礼しました。では僭越ながら」
こころはお仕事中のおじさんに少しでも安らいでもらおうと
リフレッシュの舞を踊りました。
ほんの五分ほどの舞でしたが
その優美な足さばきは高貴なワルツを踊っているかのようで
上半身のその大げさとも思える情熱的な動きはキレのあるタンゴのような振りで
おじさんの心はすっかりリフレッシュされてしまったのです。
「ちゃん」
おじさんは感想は言わず、拍手でその舞に賛辞を贈りました。
あまりに真面目に拍手をくれるものですから
こころの方も「えへへこりゃどうもどうも」と火男のお面と福の神の仮面をとっかえひっかえ応えました。
「いいもんを見せてもらった」
「あっしはこんなことしか出来ないもんで。へへえ」
「あいにく手持ちがあまり無い。……甘いものは好きか? 団子が有るんだが」
「そんなつもりで舞を舞ったわけじゃないけどこころちゃんは甘いものが好きだよ!」
「おい古明地こいし! 私のお礼だぞ!」
お礼にと、おじさんからお団子を四つもらいました。
こころは自分に対するお礼なのだからと四つ全てを食べようと口を開けましたが
こいしがあまりにも輝いた目で見つめてくるので
仕方ないと溜息をついて半分こにすることにしました。
「これは美味しいお団子!」
「本当だ美味しいねーこころちゃん」
「あまりに美味しいからどんなに文句を言いたくなることがあっても
これをひとたび口に入れたらそんな不満など一瞬どこかに飛んでしまうほど美味しいぞ!」
「よくそんな感想がすらすらと出てくるねこころちゃん」
「ぺろりと平らげてしまった。おじさんありがとう」
「私は誰かと違って大人だから一気に食べずにいっこだけ食べて
もういっこはポッケに入れて後で味わって食べようっと。誰かと違って大人だから」
「なにか負けた気がする」
おやつもほどほどに、二人はおじさんに別れを告げました。
二人を見送るおじさんに、こころはどこかで会ったっけ?
と思いましたがこいしがちょうちょを追っかけていたのでそれを我先にと捕まえるため
急いでこいしの元へ向かって行きました。
さて、昼過ぎの霧の湖などというのは
その名に相応しくなく霧が晴れ絶好の遊び場になります。
その為、妖精やちびっこ妖怪などは湖周辺に集まり鬼ごっこや弾幕ごっこに興じているか
人間をどういたずらしてやろうかなどの作戦会議が開かれることもしばしばです。
今日は珍しく晴れた梅雨の合間というのもあり、きっと色々な者達が集まっていることでしょう。
こいしとこころはそこを狙って湖を訪れました。
「じゃあ電話ゲットだぜ大作戦のおさらいをするよこころちゃん」
「ほいきた」
「まず湖の中心に行って私がサブタレイニアンローズを発動するでしょ」
「私はそれに重ねて暗黒能楽を演じる」
「そうすると?」
「近くにいる妖怪や妖精たちの四肢はばらばら脳漿はぶち撒けられ
ここら一帯は血と骨と断末魔で埋め尽くされた地獄絵図と化すな」
「そう。そうすれば電話が手に入る…… あれ? 入らなくない?」
「あれ?」
「あれ?」
「ちょ、何か大分危ない発言が聞こえるのだけど」
湖の上で作戦会議する二人の前に人魚が飛び出してきました。
なにやらぷりぷりと怒っているようでしたが
こころは「わさび醤油に合いそう」と思っていましたし
こいしは「おろしを乗せてポン酢かな」としか思っていなかったので
二人の耳にはその人魚の言葉はほとんど入ってきませんでした。
「この湖でそういうことされると、っていうかどこに行ってもそういうことやるのは
まずいんじゃないの?」
「それはちがうだろう古明地こいし。お魚はお刺身でわさび醤油と昔から決まっている」
「でもこころちゃん想像してよ。
人魚の塩焼きジュウジュウ。大根おろしショリショリッ。
炊き立てご飯パカッフワッ。ポン酢トットットッ……
ハムッハフハフ、ハフッ!!」
「……あの」
「じゅるり。そっちの方が美味しそう」
「いえーい勝ったー」
「うーん負けてしまった」
「ちょっと話を聞いてよ!」
「ね、ねえどうしたのよわかさぎ姫」
人魚が怒鳴ったところで今度は狼女が現れました。
半分泣きながら怒っている人魚をどうどうと抑えて、こころとこいしに向き直ります。
「うちのわかさぎ姫を泣かせるなんて。なにをしたのよ貴方達」
「うーんと。私達はなにもしていないぞ!」
「ただどうやって食べようか考えてただけだもんね、こころちゃん」
「いかにも」
「美味しそうだけど食べちゃ駄目。草の根ネットワークの非常食担当はこの娘しか居ないんだから」
「ちょっと影狼」
「冗談冗談」
「ん?」
「ん?」
冗談冗談、と言う狼女の口の端によだれを見つけたこころとこいしでしたが
それよりもネットワークという言葉が気にかかりました。
二人は顔をくっつけて半分ずつ翁のお面をかむり、「にやり」と言いながらにやりと笑います。
「狼女さん!」
「なあにお面女さん」
「今ネットワークって言ったけどもしや電話を使っているの?」
「うん、使ってるわよ」
「リーチ! やったぜ!」
「それを言うならビンゴだよこころちゃん」
こころは獅子口と火男のお面を足して二で割ったようなお面をかむり
こいしの手をとってやったぜの舞を踊りました。
「お、お、狼女さん!」
「なあにお面女さん」
「も、もし良かったら何だけど。その、電話が余ってたら分けてくれませんか!」
「別にいいわよ。貴方も野良妖怪なんでしょ? ネットワークに入ってくれるなら電話を分けてあげる」
「入る入る! やったよ古明地こいし!」
「……ふむ」
こころはぴょんぴょん飛んで興奮します。
あまりの興奮にお面が飛び交いうまくかむれませんでしたが
とにかく興奮していました。
こいしはというと人差し指と親指でVを作りそれをあごにあてて眉をひそめます。
「こんなにうまくいくなんて」
「本当だよね古明地こいし! これは私が幸運という名の元に生まれし面霊気だから
こう上手いこと運命が味方してくれてそれはもう私の世界に光が満ちて」
「落ち着きなさいこころちゃん。二つの意味で妖しいよ」
「ん、どういうこと?」
「きっと罠だよこれは。電話なんて高級品、こんな野良妖怪が持ってるかなあ」
「失礼ね。はい、貴方の電話」
「わあい電話……だ……?」
「やっぱりねえ」
こころは狼女から電話を受け取りました。
なんとそれはちゃんと「こころ」という名前も入っており心遣いも完璧です。
ただそれはこころが想像していたよりも白く、線も露骨にびよよんと伸びており
一から零の番号も無く一番取りやすい部分も無く。
こころはお面をかむるのも忘れてただ口をぽかんと開けています。
「……」
「こころちゃん、言ったとおりでしょ? にしても糸電話かあ。子供じゃないんだから」
「これを貴方の家までずっと伸ばしていけばいつでも連絡が取れるわよ。
ネットワーク開通したからマイクテストね。聞こえますか、あおうん!」
「狼女の貴方ならこれ使わなくても声が届くんじゃない?」
「あ、よくわかったわね。わかさぎ姫も赤蛮奇もすっかり使ってないの。
なんでも私が遠吠えすればすぐどこに居るかわかるからって……あれ? いらないのお面女さん。
この糸電話の糸は特別製でね。私の体毛を一本一本つなぎ合わせる事によって
強度と音の伝達精度が普通の糸の六千倍くらいあるのよ」
「なにそれ怖いしきもい。
……あれこころちゃん、さっきから俯いてどうしたの?」
「い……」
「こころちゃん?」
「いらないわこんなもん! てやんでえべらぼうめい!」
「あ、江戸っこころちゃんだ」
こころは怒りの余りやっぱりお面を付け替えるを忘れて
狼女に詰め寄ります。
無表情で迫るこころにすっかり狼女はチワワの様にちわちわ震え上がります。
「ひ、ひいい!」
「電話ってのはもっと黒くて持ちやすくてお菓子を買ってくれて
ハイテクでハイカラでアイスバーなの! こんな紙コップと臭い糸でつながってるのは電話じゃない!」
「な、なんですって。人がせっかく親切に分けてあげたのに……」
「こんなものだったら私でも作れる! もう怒った。お前を殺して私も死ぬ!」
「ひいい怖いよう!」
「こころちゃん落ち着いて」
こいしはこころの背中をどうどうと撫ぜた後
顎の先端をフックで打ち抜き頸動脈を六秒ほど抑えて落ち着かせました。
的確な対処だったのでこころはすっかり落ち着き我を取り戻しました。
「ごめんね狼女さん。私ちょっと今電話の事になると見境なくて」
「ごめんね狼女さん。こころちゃんちょっと今電話ジャンキーで」
「な、なんなのよう貴方達! もう怖いからどっか行ってよう!」
すっかり狼女はチワワになってしまったので二人は退散することにしました。
相性が良くなかったのでしょう。こころが怒鳴った時に驚きの余り泡を吹いて倒れた人魚に
心の中でお詫びをしながら二人は次なる目的地へと足を運ぶことにしました。
◇◆◇◆◇◆◇◆
妖怪の山の麓の川で二人は足を付けて涼んでいました。
さてこれからどうしようと考えているとお腹がきゅうと鳴いたので
二人は遅めの昼食をとることにしました。
とはいってもこころとこいしはどちらも風来坊。
まとまったお金などありません。
たまに偉い人からお小遣いを貰っても、すぐにおやつや株やFXに使ってしまうので
貯蓄などは一切なく、いつも将来に不安を抱えていました。
「だからねこころちゃん、私はこの間お布団の中でいいアイデアを思いついたの。
こころちゃんも協力してね」
「ほう、一体どうするの?」
「まず私が大量に体に良いサプリメントを作るでしょ」
「ふむふむ」
「その後にこころちゃん売ってあげる。これでこころちゃんも健康そのもの!」
「やったぜ! あれ? でも儲かってないよ?」
「ここからが重要なんだよ。こころちゃんが他の人に残ったサプリメントを紹介して売りつける。
そうするとこころちゃんが儲かる! あ、儲かった分のちょこっとは私にちょうだいね」
「ほう!」
「今度はその紹介した人が他の人に売る。もちろん売った分は大本が私達なんだから
私達は何もしなくても儲かり続ける!」
「古明地こいし……お前は錬金術士だったのか…… すごい!」
「よしじゃあまずは体に良いサプリメントを作ろう。
こころちゃん、朝鮮人参にキレートレモン、あとはエルカゼイシロタカブを用意して」
「ほいきた」
「お、おいおい」
二人がお小遣い倍増計画を立てていると、背後から声をかけられました。
振り向くと、そこには誰もいなく二人は気のせいかと一緒に首をかしげます。
「古明地こいし、オロナミンCを入れて飲みやすくするのはどうだろう。
更に健康になるぞ」
「さすがこころちゃん!」
「おい、無視するな」
「さっきからうるさい空耳だなあ」
「古明地こいし、姿が見えずに声がするとなると
これはもしや近くにお前のようなさとり妖怪が居るのでは?」
「え、私みたいに可愛くてお茶目で少しドジっ子な所がチャーミングな
さとり妖怪がこのへんに居るって? どこどこ? あ、居た! ってこれは川に映った私でしたー」
「なんだこいつら……あ、そうか光学迷彩か……」
かちりという音と共に河童が現れました。
思ったよりさとり妖怪っぽく無かったのでこころはしばらく首を傾げましたが
それが以前お世話になったお面屋さんだということに気付きました。
「これはこれはくだんのインチキお面屋さん」
「こころちゃん、知り合い?」
「いや私、君たちのどっちも知ってるんだけど」
「え、やだひょっとしてストーカー? 私が可愛いから私の事なんでも知ってるってやつかな。
いつも私の後ろをつけてくるのってひょっとして貴方?
ひゃあ怖い! っていつも後ろに居るのはメリーさんこと私やないかーい!」
「古明地こいし、落ち着いた?」
「うん」
「話しかけなきゃ良かったなあ……」
一輪ばりの突っ込みで落ち着いた所で河童は話始めました。
どうやら先程のお小遣い倍増大作戦の内容を聞いていたようです。
「君たちのやろうとしてること、古典的な犯罪だからね。
巫女に退治されるよって注意してあげようとしたの」
「あれ、インチキお面屋さんの癖に優しい」
「ね、ストーカーの癖に」
「せっかくお金儲けのネタが聞けると思ったんだけどなあ。
まあさとりなんかに期待した私がバカだったか」
「あ、こころちゃん、ひょっとして私今バカにされた?」
「うん。八割くらい」
「もう二割は?」
「バカにしてた」
「結局全部じゃない! 河童の癖に私をバカにするなんていい度胸ね。
決闘する決闘? お? お?」
「どうする古明地こいし、処す? 処す?」
「な、なんだよ。せっかく飯が食えるいい話を教えてやろうと思ったのに」
「古明地こいし、この河童いいやつだよ。処するのはやめよう」
「こころちゃん、この河童いいやつだね。決闘はやめよう」
「まあ条件があるんだけどね」
河童は最後の科白を二人に聞こえないようにぽつりと呟きました。
さて、これから河童の講演が始まります。
こころはコーラを、こいしはキャラメルポップコーンを用意して話を聞く体勢に入りました。
ちなみに余談になってしまいますが、二人が持っているコーラとポップコーンは
こいしが無意識で持ってきたものなのでお腹の足しにはカウントされません。あしからず。
「こほん。それでは君たちがご飯にありつけるうまい話をします」
「古明地こいし、今のはひょっとしてご飯の美味しさと話のおいしさをかけたダジャレでは?」
「そうかもね。ぜんぜんおもしろくなかったけど」
「……我慢我慢。ええと、君たちにはこの天狗の家に行って来て欲しいんだ」
河童は一枚の写真を取り出しました。
そこには巷では一番有名な犬走という白狼天狗が写されていました。
こちらも余談になってしまいますが、その写真は斜め下から撮影されておりましたので
彼女に犬のような耳が生えてるかは不明でした。
界隈ではあまりふれてはいけない話なので、これくらいにしておきましょう。
こころは河童の行動がわからないので頭からクエスチョンマークを出しながら尋ねました。
「この天狗の家に行って何をすればいいの?」
「お金上げるからさ、この天狗に事情を説明してご飯でも食べさせてもらいなよ。
椛は親切だからご飯くらい気前よく作ってくれるはず」
「古明地こいし、私にはこの河童が何したいのかがわからない」
「奇遇だねこころちゃん。私もわからないや。
まさか最近需要が増えた銅か何かを取りに行くのに白狼天狗の監視があったら
思うように取れないから上手いこと足止めしてくれってことでも無さそうだし。
ねえ、なんで私達にこんなに親切にしてくれるの?」
「……最近需要が増えた銅を取りに行くのに白狼天狗の監視があると思うように取れないから
上手いこと足止めしてもらおうと思ってさ……」
「なんとそんな理由だったのか!」
「ね、意外ねこころちゃん!」
「あーこいつらとの会話なんかいらいらする!
とにかく足止め頼んだよ!」
河童は頭をぐしゃぐしゃとかいた後、住所の書かれた紙とそこそこのお金を二人に投げ渡し
さっさと飛んで行ってしまいました。
河童は激怒していましたがまとまったお金を手に入れましたので
結果はオールライト、ハイタッチを交わしました。
二人は川沿いを歩きながら犬走の家を探しました。
河童の残した紙には丁寧に地図まで書かれていたので
十二回だけしか迷わずに無事辿り着くことが出来ました。
「『妖怪の山わんわん区犬走の75-72-3204』ここだぞ古明地こいし」
「やっと着いたね。お腹ぺこぺこだよ早く御飯作ってもらおう。よーし頼もー!」
「古明地こいし、そんな挨拶だと道場破りみたいだと思われないか?」
「あははこころちゃんまさか今日び道場破りなんて」
「なんだ今の挨拶は道場破りか! いい度胸だなかかってこい!」
「って本気にしちゃってるやないかーい!」
「古明地こいし今日はそれ多いな」
流石は哨戒を仕事にしている白狼天狗です。
家の前で会話していた二人ですが、こいしの発言だけうまく聞き取り道場破りだと判断したようです。
「こころちゃん、私無意識使っとくから説明しといてめんどくさい」
「ひ、卑怯者! というかさっきからお前意識的に無意識を使い過ぎだぞ!」
こいしは二人の前からすうっと消えました。
犬走はびくりとしましたが、そういう妖怪に理解の有る方なのか
すぐに納得したように頷きました。
「道場破りはお前だけか。一対一とはいい度胸だ」
「え、と。いやあの。私はそうではないのですよ」
じゃきんと光る剣と犬走のいかつい剣幕にこころは心底びくびくしながらも説明をしました。
後になってわかったことですが、こころがびくびくとしながら説明した後
足元になにやら水たまりのようなものが残っていたという話もありますが、真相は定かではありません。
「ふむ。それは失礼した。まさか今日び道場破りなんて、とも思ったのだが」
「わ、私達は河童の紹介でご飯を作ってもらおうと思っただけだよ!
それだけだよ! 河童はにとりだよ!」
「にとりの? まあ危険な奴らじゃないようだな」
「危険じゃないよ! 危険じゃないからほら、舞だって踊るよ!」
こころは危険じゃないことを知らせる為に癒やしの舞を踊りました。
その舞は一言で説明するとハムスターとパンダとサボテンとオーケストラと
夕方町中で漂ってくるカレーの匂いを一緒くたにしたような舞です。
最初は眉間に皺を寄せていた犬走でしたが、こころの舞にすっかり癒やされ
最後の方には涙を浮かべつつ在りました。
「ね? 危険じゃないでしょ? ね、ね?」
「ああ、危険じゃないどころか感動させてもらった。
どうだろう? もしよければうちでご飯でも」
「ぜ、ぜひ!」
「あ、私もー」
「古明地こいし! お前はいつも都合のいい時ばかり!」
こうして二人はお金を一切使わずにご飯にありつけたのでした。
こいしの方は満足していましたが
こころはご飯の最中終始びくびくとして
何度も「あ、そろそろさっきの河童と約束があるんだよなー」と
時計もつけていない手首と犬走の顔をチラッチラッと様子を伺いましたが
まあまあまだ良いじゃないかと押さえつけられ、結局夕方まで付き合わされる始末でした。
天狗は元来、酔っ払うと面倒になるものなのです。
「遅くまで悪かったな。じゃあまた」
「うん、また今度もヒグマ料理食べさせてねー」
「ば、ばいばい」
最終的にはお酒が入り、犬走のぶっちゃけ質問大会や舞の強制などによりこころはすっかり疲れていました。
こいしはうまく意識的に無意識を使うので絡まれることはないようでしたが
へとへとになったこころを見て、こいしはそろそろ帰ろうかと提案しました。
こころは姥の面をつけ静かに頷きました。
疲れても二人は飛ばずに歩いて帰ります。
もちろんそれはお気にの下着のためです。
よちよちとぼとぼと歩いていると向こうから河童の顔が見えました。
「あ、おーい」
「こ、この河童! 我々を面倒な天狗のもとやって何をやってたんだ!」
「え、だから銅を取ってたんだって。もしかしてお酒飲んだ? 椛はお酒飲むと面倒になるんだよねえ」
「わかっててやったのか! もう怒った。お前を殺して私も死ぬ!」
「な、なんだよ悪かったって。でも椛のヒグマ料理はうまかったろ?」
「チョベリグでした」
「ならいいじゃん」
「ならいっか」
「あ、じゃあお詫びにこれあげるよ。結構取ったから古い銅線要らなくなったんだけど」
「こんなもの貰ったって私の心は癒やされないぞ!」
「まあまあこころちゃん。銅線にもいろんな使い道があるんだよ」
「例えば?」
「ほら、里の門の所に張っておいて危ないやつが入ってこないようにするとかさ。
これがほんとのどうせんぼ。なんちゃって!」
けらけら笑っているこいしとは対照的にこころと河童はしばらく黙っていました。
こいしが笑い終わった所できまずい空気を振り払い、話を続けます。
「ま、まあ貰えるものは貰っとく。だけど私が欲しかったのはこんなものじゃないんだぞ」
「あ、そういえばそうだったね。なんかご飯食べて満足しちゃってた。
電話探しの旅をしてたんだったね」
「え、何電話探してんの? いる?」
「え?」
「え?」
河童の話を聞くに、最近里の方で電話の需要が多くなったといいます。
博麗の巫女が電話を使えることになったことも大きいようで、里には小さな電話ブームが起きているようなのです。
にとりは里の電話の半数以上を供給しており、今日もその電話線のための銅を取ってきたということでした。
「欲しいなら売ってあげるけど?」
「買う買う! このお金で足りる?」
「ああ、うん。一番安い黒電話なら。じゃあこの後私のラボに来てよ。
電話線ひくのは後日になるけど、本体は今日渡せるよ」
「やった!」
「こころちゃん、そのお金ってさっき河童に貰った」
「古明地こいし静かに!」
「あ、うん」
こうしてこころは一円もお金を使うこと無く電話を手に入れたのでした。
なんともあっけなく、電話の旅は終わります。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「この黒光り。持ちやすさ。うふふ」
「無表情で電話に頬ずりしてる姿はとても恐ろしいし気持ち悪いよこころちゃん」
そんな悪口はこころに一切効きませんでした。
なぜならこころは今幸せの絶頂に居るからです。
先ほどまでとはうってかわってこころの足取りはあまりにも軽く
半分ほど地面に足は着いていませんでした。
そんな調子で歩くものですから、気づいた頃にはすでに里の門の前まで来ていました。
「あ、守衛のおじさんちっすー おつかれー」
「お、おう」
「こころちゃん馴れ馴れしすぎでしょ」
「おじさんみてみて。この黒電話。持ちやすそうでしょ。黒いでしょ。
私の電話なんだ。二年縛りだけどプロバイダ契約したから本体代は無料なんだ。
しかも7GBまで高速の回線なんだよ! 全然意味わからないけど」
「……そうか、良かったな」
「おじさんどうしたの? 元気ないの?」
「いや、なんでもないんだが……」
「だったら一緒に缶詰屋さんに行かない? あそこなら元気になる缶詰も有るよ。
私はおばあちゃんにこの電話見せたいし一緒に行こうー」
「缶詰屋……いや、そこには行かない。行けないんだ。
それよりもお前に頼みたいことが有る」
守衛のおじさんはこころに頭を下げました。
唐突な行動に思わずこころはぎょっとしてしまい「ぎょっ」っと言いながら
やっぱり獅子口の面を付けました。
こいしはふむと真剣な顔をしておじさんを見つめます。
「その電話を俺にくれないか」
「な、何言ってるのおじさん。これは私の物だよ。
私が苦労して手に入れた電話なの。だからあげられないぞ。
な、古明地こいし。これは私のだよな、な?」
「落ち着いてこころちゃん。それは紛れも無くこころちゃんのだよ」
「良かったー」
「でも気になるな。おじさん、なんで急に電話を?」
安堵したこころは早速獅子口のお面をしまい火男の面を付けました。
自分には関係ない話だと、こいしとは反対に、適当な調子でおじさんの話に耳を傾けます。
「実は、持っていた電話を質に入れちまってな……」
「お金が無いんだね守衛のおじさん。私達と一緒ー」
「こころちゃん、ちゃちゃをいれるのはやめなさい。それで?」
「金が無いのは最近のことって訳じゃないんだ。
家を出た後は良かったんだがどんどん仕事が無くなってきて、今はやりたくもないこんな仕事しかできない有り様さ」
「あれ? なんか聞いたこと有る話のような」
こころは狐の面に付け替え真剣におじさんの話を聞くことにしました。
「家を出るときにおふくろに電話を渡したんだ。
これでいつも連絡が取れるから心配無いってな。だが、肝心の俺の電話の方を売っちまって。
本来の仕事もやめちまったし、情けなくて帰るに帰れないんだ。
その電話さえあれば、面と向かわずにおふくろと話せると思ってな、はは。
情けない話なんだが」
「……そっかー」
「何か知ってるのこころちゃん」
「……」
「こころちゃん?」
「な、なんにも知らないよ! ごめんねおじさん、私達用があるの。
ほら、古明地こいし、早く行こう、早く!」
「こころちゃん痛い痛い腕が取れる」
「あ……」
こころはこいしの腕を引っ張りすぐさまその場を離れました。
残されたのはおじさん一人。
冷たい風がひゅうと流れました。
二人は急ぎ足で缶詰屋の前でやってきました。
汗を拭いつつ、こころはこいしに念を入れます。
「古明地こいし、今から私の知り合いのおばあちゃんと番号を交換するけど
余計なことは言うんじゃないぞ!」
普段より強気なこころを見て、こいしは首を傾げます。
ですが、きっと聞いてもこころは何も言わないだろうと黙って頷くことにしました。
「おばあちゃんこんにちは」
「あらこころちゃんいらっしゃい。お友達もいらっしゃい」
「こんにちは。私はこいしでさとりです。さとりのお姉ちゃんもさとりなんだけど
私もさとりのこいしです。要するにさとりのさとりの妹のこいしのさとりです。
まとめるとこいしはさとりでお姉ちゃんもさとりだからさとり。私はこいしだよ。さとり」
「おばあちゃん、こいつはこいし。私の永遠の宿敵」
「なるほどねえ、よろしくねこいしちゃん」
自己紹介も済んだ所でこころは説明を始めました。
この前はじめて出会った電話の衝撃と感動。
おばあちゃんの魔法使い説。
帰りに食べて美味しかったアイスバー。
神社の境内で遊んだ缶ぽっくりの楽しさ。
そして苦労の末手に入れた黒電話。
こころのスペクタクルな近況報告の舞は全三十六章にもわたり十五分も続きました。
「ちゃん」
「おー拍手拍手」
「こころちゃんは上手だねえ。
そうだそんなにいっぱい歩き回ったら疲れたでしょ、確かあれが余ってたかしら……」
おばあちゃんは棚の奥からごそごそと大きな缶詰を取り出しました。
白桃とパイナップルの缶詰ですが、その大きさはこころの両手の平くらい在りました。
あまりに大きいものなので、二ついっぺんに持ち上げたおばあちゃんは
思わずふらついてしまいます。
「おっとと、大丈夫? おばあちゃんさん」
「こいしちゃん、ありがとうね」
「このお店一人でやってるの? おばあちゃん一人じゃ大変なんじゃない?」
「息子が出て行く前は二人でやってたんだけど、もうしばらく一人ねえ」
「へえ、息子さんは?」
「出て行ったっきり連絡もよこさない親不孝者さ。
あの電話も心配だからって置いてったようだけど息子からの電話で鳴ったことはないわねえ……」
「ふうん……」
「お、おばあちゃん、その話よりも違う話をしよう! 今日天狗にいっぱい面白い話を聞いたんだ!」
「そうね。こころちゃんのお話聞かせてちょうだいな」
フルーツの缶詰を食べつつ、三人は話に花を咲かせました。
こころは大げさに今日起きたことを話しました。
ときおり舞もはさみつつ、おばあちゃんを笑わせるために頑張りました。
「今日はいろいろ頑張ったのねえ、こころちゃん」
「うん! ということでおばあちゃん、つながったら真っ先に電話をしよう。
おばあちゃんが寂しく無いよう私はいつだって電話するぞ」
「そうね、楽しみに待ってるわ」
こころは翁の面を付けて鼻息荒げに何度も頷きます。
おばあちゃんはそんなこころの頭を優しく撫ぜました。
ですが、こいしは反対に表情を曇らせていました。
そして、小さくこころにごめんね、と呟いておばあちゃんに話を切り出しました。
「突然ですけどおばあちゃんさん。少し聞いてもいいですか?」
「なあに、こいしちゃん」
「貴方の息子さんの話をしたいんです。いいですか?」
「古明地こいし! 余計なことは言うなと!」
「こころちゃんうるさい。これでも食べてなさい」
こいしはポッケに入れていたお団子をこころの口に詰めました。
「む、むぐっ。なんだこれ、うまい……もぐもぐ」
「あのお団子…… こいしちゃんも好きなの?」
「今日貰ったんです。里の門に立っている守衛さんから」
「そうなんだね、息子も好きだからよく私も買ってたのよ」
「……息子さんの特徴って、ありますか?」
「特徴ねえ、強いていうなら肩の後ろに特徴的なあざがあって
屈強な腹筋の持ち主でよくロココ調の服を着ているくらいかしら」
「……そうですか。ありがとうございます。では私達はこれで失礼しますね」
「あら、もう行っちゃうの?」
「はい。でもまた明日には来ます。あと」
「なあに?」
「きっとすぐ、息子さんから電話が来ると思いますよ」
そう言い残し、今度はこいしがこころの腕を引っ張ることになりました。
目的地はもちろん、あの守衛のおじさんのところです。
こころはその時もまだお団子の美味しさに酔いしれていました。
「何しに来たんだお前ら」
「はっ。古明地こいし。なんで私達はまたおじさんの所に居るんだ……?」
「はあ、わかるでしょこころちゃん」
「わ、わからない! 私はそろそろ用事があるから帰るぞ!」
「いいからこころちゃん。電話を渡して」
「嫌だ!」
「あ、電話に毛虫ついてるよ」
「ひい!」
こころは思わず電話を投げてしまいます。
こいしはそれをキャッチして、おじさんに差し出しました。
「はい。これあげるからおばあちゃんに連絡してあげて。
電話線は貴方の家につなげるよう河童に言っておくから」
「……いいのか?」
「うん」
「良くない! それは私の電話だぞ!
今日いっぱいいっぱい苦労して、やっと手に入れたものなんだぞ。
古明地こいし! お前だって一緒に苦労したじゃないか、なのになんでそんな簡単に渡しちゃうんだ!
それは、私の電話だ!」
「そうだね。でもさ、こころちゃんも見たでしょ?」
「何をだ!」
「おばあちゃん、寂しそうだったじゃん」
「……で、でも! それは私の電話なのに、私は苦労したのに……」
「こころちゃん、あのね」
「ちょっといいか」
二人の間におじさんが割って入ります。
こころの面は先程から暴れまわり、こころが混乱していることがわかります。
「こころと言ったな」
「あいこころです……」
「大丈夫だ。俺はこれは受け取れない。お前が苦労して手に入れたものなんだろう。
それをこんな情けない俺が受け取れるわけがない。心配するな」
「…………そう、そうだよ。それは私の電話なんだ、私が頑張ったんだから手に入れた電話なんだ……」
「ああ、だから奪ったりはしないさ。ほら、返すぞ。悪かったな」
おじさんはこころの手にしっかりと電話を握らせました。
こころはそれを胸の所でぎゅっと抱えます。
そんな様子のこころを見て、おじさんは苦笑いをしながらこころの頭を撫ぜてあげました。
その時、こころは気づいてしまいました。
おじさんの撫ぜるその手は、おばあちゃんの手と同じ温かさだったのです。
しばらくこころは俯いていましたが、そのうち振り絞るようにこいしに向かって口を開きました。
「古明地こいし……」
「何、こころちゃん」
「また付き合ってくれるか……?」
「何に?」
「電話探し」
「当たり前でしょ。私はこころちゃんの何だと思ってるの」
「永遠の宿敵……」
「そういうこと」
こころはもう一度ぎゅっと電話を抱きしめた後
おじさんに差し出しました。
「おじさん、もうおばあちゃんを悲しませないで」
「……」
「命蓮寺に帰ろう古明地こいし。私は疲れた」
「そうだね。今日はお酒でも一緒に飲む?」
「命蓮寺はお酒禁止だぞ」
「今日くらい良いじゃない。実はさっき天狗から盗んだお酒があるんだー」
「やるな古明地こいし! 今日は飲み比べだ!」
二人はおじさんの元をやかましく去っていきます。
こころは振り向きませんでした。
振り向いたらきっと、自分の決心は揺らいでしまうから。
辺りを動き回っていたこころの面はすっかり落ち着き、ゆっくりと二人の周りを漂っていました。
こころが振り向かない限り、きっとまたそれらが暴れまわることはないでしょう。
おじさんも、それをわかってもう二人へ呼びかける事をやめることにしました。
手元の電話を見つめます。
「……実家、帰るかなあ」
二人の背中を見送った後、おじさんはそう呟きました。
その場に残されたのはやっぱりおじさん一人。
でも、今度は寂しい風は流れませんでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日、こころが二日酔いの為最悪な気分で目覚めると
一通の手紙が枕元に置いてありました。
『こころちゃんへ。
命蓮寺の庭に置いてあるふかふかの毛を持って缶詰屋さんへ向かって下さい。
プリティこいし』
こころは一体なんのことかわかりませんでしたが、こいしの事ですので
きっと何かあると思い従うことにしました。
庭に出るとあいも変わらず星がいつもの所で寝ていましたので
落ちている毛と抜けかけの毛をストレス発散とばかりに毟り取りました。
最初、口では嫌がっていましたが体は正直なもので、すっかり夏毛に生え変わった星は
まんざらでも無さそうな顔でこころを見送ってくれました。
ナズーリンが隅の方で羨ましそうにこちらを見てきたのはきっと気のせいでしょう。
「はいはい、分かった分かった。やっぱりあんた仕事辞めたのね。
説教してやるから盆には帰って来なさいよ。はい、じゃあまたね。……ふう」
「長電話だったねー 息子さん?」
「全く、やっと電話してきたと思ったらちゃんと食べてるか、とか
体に悪い所はないか、ですって。そんなに心配なら顔出せっていうのに。
そう思わない? こいしちゃん」
「うーん、おじさんも恥ずかしいのかなあ」
「そんな年でもないってのにねえ」
くすくすとおばあちゃんとこいしは笑い合います。
「それではおばあちゃんさん。昨日みんなで食べたこの白桃とパイナップルの缶詰の空き缶だけど
私が貰っても良い?」
「良いけどこいしちゃん、そんな大きな空き缶何に使うの?」
「それはこころちゃんが来てからのお楽しみー」
「頼もー!」
「とか話してたら来た来た」
「古明地こいし、毛を一杯持ってきたが」
「わー上等上等。見て、私もほら、狼女の毛をこんなにごっそり」
「少し湿っているようだが?」
「泣いてる嫌がる所、無理やりシャンプーして刈ってきたからね」
「うーん、古明地こいし。私はお前が何をしたいか全然わからないぞ」
「ふふふ。こころちゃん、私の作戦聞きたい?」
「お前の作戦は失敗してばかりじゃないか」
「でも今回はきっと、こころちゃんは喜んでくれると思うよ」
こいしは、にこにことしながらこころに近づいて耳打ちします。
こいしの話に最初はただ頷いていただけのこころですが
その内ぽかんとして、その内鼻息を荒らげてきました。
最後の方にはお面が嬉々として飛び交い、こころが興奮しているのが目に見えてわかりました。
「こ、こここ、古明地こいし! 我が宿敵よ!」
「なあにこころちゃん」
「素晴らしい作戦だ! 感動した!」
「どういたしまして。それじゃあ早速作りはじめよう。作戦開始!」
二人は早速作業にとりかかりました。
作業はその日一日かかりましたが、こころはちっとも苦にはなりませんでした。
なぜなら、その作戦はこころが一番に所望していたことを叶えてくれる作戦だったのですから。
「う、うーどきどきしてきた」
「ネットワーク開通の最初の一声はおばあちゃんとこころちゃんだよ。しっかりね」
「よ、よし。まかされひゃ」
「さっそく噛んでるよこころちゃん」
二人は命蓮寺のこころの部屋に居ます。
こころは緊張のあまり、もはや文章で形容できないなぞのお面を付けていました。
きっとそれは希望の面か何かでしょう。
「じゃあこころちゃんの方は準備出来たから、私はおばあちゃんの所に行ってくるね」
「お、おおう。いってらっしゃい」
「いってきまーす。じゃあ先にこっちが喋るから、聞こえたら返事してね」
こころは大きな空き缶を持ち手に汗を流します。
もうしばらくしたらネットワーク開通テストが始まります。
こころは今、それに向けて自分の部屋で待機しているのです。
こいしの作戦は、以下の通りでした。
まず、おばあちゃんから貰った大きな空き缶二つに、穴を開けます。
それに河童から貰った銅線。
これを先ほど開けた穴に通し、狼女と星の頑丈な毛を巻きつけて伝導率を良くします。
二人は毛並みがいいものですから、音をうまく通してくれるのです。
そう、こいしの作戦はこれらを使って缶詰屋さんとこころをつなぐ
大きな大きな糸電話を作ることだったのです!
「思えば苦労したものだ。黒電話は手に入らなかったけど」
こころはきっと間違っていない、そう思いました。
自分のした選択は正しいものだと、そう信じました。
その時です。
『……ゃん。こころちゃん、聞こえますか』
手に持った空き缶からおばあちゃんの声が聞こえてきました。
こころは思わず空き缶を落としそうになりましたが
なんとか持ち直し、耳を近づけました。
『こいしちゃんから聞いたよ。こころちゃんの電話、うちのバカ息子にあげたんだって?
ありがとうね。おばあちゃん、本当に感謝しているよ。
こころちゃん、聞こえてますか』
その科白聞いて、やっぱり良かったと思いました。
その瞬間、こころの頬は少しだけ、ほんの少しだけですが
自分でも気づかないほどわずかに傾いたのです。
『こころちゃん聞こえるー? 聞こえてたら何か喋ってー』
今度はこいしの声が聞こえてきました。
そうだそうだとこころは気合を入れなおします。
ひとつ、深呼吸。
もうひとつ、深呼吸。
そしておまけに深呼吸。
咳払いをして、準備は万端。
できるだけ大きな声が出るように、お腹に力を入れて。
『もしもし、こちらはこころですが!』
終わり
直視できないような眩しいまっすぐさを持ったふたりの物語がこころに沁みました。
ところで一輪さんは雑なノリツッコミを伝授するのやめようねえ。
ふたりの可愛さはもちろんだけど脇役やオリキャラまでしっかり物語に組み込まれてて面白い
ふわふわした話に見せかけて小道具やらの伏線もちゃんと活かしてるし、いやいいものを読ませてもらいました
かわいくてノリが良くてでも最後にはちゃんと意味があるお話で不思議な読後感!
伏線回収が綺麗で、読後すっきりした気分になれました。
それと、以前の『漱石、そうじゃないでしょう』でも思いましたが、タイトルが本当に素敵ですね。最後の『!』なんかとっても可愛い。
みんなかわいかったです!
二人とも可愛らしかった
雰囲気も大好きです。
よかったね、よかったね
実に良かったです
星ちゃんwww
テンポが良くて頭のネジが外されるような会話が良かったです。
2人形の軽妙なやりとりと、まとまりのよい構成で
スラスラと読むことができました。
特にこころの行動が可愛いらしくて良かったです。
自分もこのようにほのぼのとお話を書けたら、と羨ましく思ってしまいます
文体は児童文学、中身はシュールギャグ、全体の流れは王道の冒険譚、と
今までに読んだことのないタイプで大変混乱している!
こころが何というか、上手く子供っぽいキャラになっていて上手いなぁと思いました。
>もしかしてあのおばあちゃんはいつも笑顔をにこにこ浮かべているけれど
絶大な力を持った魔法使いかもしれないぞ。
もうこの一文でね。こころのこころのワクワクが伝わってきますよね。
スクロールさせてこころの最後の台詞を見た時、思わずはっと息をのんだので、作者さんの思惑通りに綺麗に決まったということなんでしょうね。
それあかんやつや
とても可愛らしいお話なのに最後の最後でおおってなったwww
面白かったです
おかげで心が浄化されていく気分になりました。
なんて温かいお話なんでしょう。
もっと早く読んでおけばよかったです。
皆かわいい…