※この作品は『姉がウツになりまして』の続きとなります。
あれから数ヶ月が経った。
美鈴は永遠亭でお姉さまを治す方法を調べている。パチェはあらゆる書物からお姉さまを元通りにするための勉強をしている。小悪魔はパチェのメンタルケアをしている。私とお姉さまは。
× × ×
「あくあ」
もうお馴染みのお姉さまの"咲夜"を呼ぶ声。
「ここにいるよ」
この声はお姉さまに届いていない。私はくせっ毛で薄紫色のその髪を優しく撫でた。まるで昔咲夜がお姉さまにしていたように。
「う、きた、よ」
好きだよ、そうお姉さまはにこにこと花が綻ぶように笑う。耳が聞こえず、自分の発音すらもう分からない今、もうお姉さまは正しく言葉を発せない。
「あくあ」
それでも痛いほどに伝わるお姉さまの咲夜への想い。耳をふさぎたいほどに真っ直ぐな愛情表現。
「うん、好きだよ」
聞こえていないはずなのに、お姉さまはにっこり笑った。
× × ×
「フラン」
図書館に本を借りに行くと、パチェに声をかけられた。久しぶりに彼女に会ったけれど、少しやつれているように感じた。パチェはお姉さまを治す方法を必死で探している。
「レミィになにか変わりはない?」
「特には」
そう呟くとなんだかこの数ヶ月が虚しく思えてきた。
「あのね、レミィはもう」
だからパチェがその後に言ったことはひどく私を困惑させた。てっきりお姉さまはもう治らないとか、そんなようなことが分かってしまったのかなって思っていたから。
「レミィ、目も耳も、正常なの」
この前脳の検査をしたときに分かったのだという。では。
では、今のレミリア・スカーレットはいったい、何だというのだろう。
「フランのことも見えてる、咲夜がいないってことも分かってる。あなたの声も聞こえてる。レミィが何を思っているのか私には分からないけれど、一応伝えなきゃいけないことだと思ったから」
そう言ってパチェは書斎に消えて行った。泣いていたのかもしれない。
私は呆然としながらも貸し出しカードに名前を書いた。すると本の間からはらりと一枚の紙が落ちていった。
× × ×
いつものようにお姉さまの部屋に向かう。扉を開けるとお姉さまはベッドに腰掛けていた。
「お姉さま」
聞こえているの、見えているの、フランドールだよ。
「ごめんね」
それは久しぶりに聞いたお姉さまのきれいな言葉だった。
「咲夜がいないことが、あまりにも辛くて、辛くて、フランに縋ってしまった。最初は本当に咲夜が来てくれたのかと思っていた。でも、抱きしめてもらう背丈も、私を撫でてくれる手も、香りも、咲夜のものではなかった。途中から気づいてはいたんだ。一ヶ月くらい前かな、私の視聴覚がまともに戻ったのは。その時、私の隣でフランが眠っていたんだ。それで全部分かってしまったんだ。いつ言おうかと、ずっと悩んでいた」
お姉さまはなんてひどいのだろう。ずっと私に演技をしていたのだ。
「私の隣にいてくれたのは咲夜じゃない、フランだったんだね」
涙をぽろぽろ零しながらそんなことを言われたら、私だって泣きたくなる。あの紙だって渡したくなくなる。お姉さまはずっと私のことを見ていてくれたのに、アレを渡してしまえばまたお姉さまは廃人のようになってしまうかもしれない。でも、絶対に必要なことだから。
咲夜だって人が悪い。全部見透かした上で私が読むであろう本にあんなものを。
「お姉さま」
無言でそれを差し出す。少し日焼けしているような一枚の紙だ。
「咲夜からの手紙だよ」
× × ×
お姉さまはその手紙を読んでから、少し明るくなった。部屋の隅から隅まで引かれていた遮光カーテンをなくし、三食きちんと食べるようになり、お風呂も面倒くさがりながらも入っている。
それでもお姉さまは少し不安定なところがある。夜になるとフラッシュバックのように咲夜が死んだ日のことを思い出しては自傷行為に走る。咲夜との思い出の品を見れば一日中泣いている。
衝動が私を襲う。心のどこかで咲夜をうらんでいる私がいる。
お姉さまのなかにいる咲夜を壊してしまおうか。そんな暴力的な考えが脳裏によぎる。そうすれば、きっとお姉さまはまた昔みたいに笑えるはずだ。
「私はもう、もうどうすればいいか分からないよ」
目をゆっくり握りつぶしてゆく。咲夜との思い出、咲夜の香り、咲夜の存在。全てを消そう。そうすれば、お姉さまは辛いことから開放されるはずなのだ。ごめんね咲夜、ごめんね、お姉さま。
きゅってした。
× × ×
お姉さまはいつも笑っている。幸せそうに、無垢な笑顔で。
けれど、一番大切なものを、忘れているような。
【来世でも、私を見つけてくださいね】
「この手紙、なんだかすごく懐かしい気がするんだぁ」
そうお姉さまは毎日呟いている。穏やかな表情で、愛おしげにその手紙を見つめている。なんの手紙かは全然分からないんだけどね、そう無邪気に笑うお姉さまを見ていると、今でもたまに分からなくなる。
本当にこれでよかったのかなって。
あれから数ヶ月が経った。
美鈴は永遠亭でお姉さまを治す方法を調べている。パチェはあらゆる書物からお姉さまを元通りにするための勉強をしている。小悪魔はパチェのメンタルケアをしている。私とお姉さまは。
× × ×
「あくあ」
もうお馴染みのお姉さまの"咲夜"を呼ぶ声。
「ここにいるよ」
この声はお姉さまに届いていない。私はくせっ毛で薄紫色のその髪を優しく撫でた。まるで昔咲夜がお姉さまにしていたように。
「う、きた、よ」
好きだよ、そうお姉さまはにこにこと花が綻ぶように笑う。耳が聞こえず、自分の発音すらもう分からない今、もうお姉さまは正しく言葉を発せない。
「あくあ」
それでも痛いほどに伝わるお姉さまの咲夜への想い。耳をふさぎたいほどに真っ直ぐな愛情表現。
「うん、好きだよ」
聞こえていないはずなのに、お姉さまはにっこり笑った。
× × ×
「フラン」
図書館に本を借りに行くと、パチェに声をかけられた。久しぶりに彼女に会ったけれど、少しやつれているように感じた。パチェはお姉さまを治す方法を必死で探している。
「レミィになにか変わりはない?」
「特には」
そう呟くとなんだかこの数ヶ月が虚しく思えてきた。
「あのね、レミィはもう」
だからパチェがその後に言ったことはひどく私を困惑させた。てっきりお姉さまはもう治らないとか、そんなようなことが分かってしまったのかなって思っていたから。
「レミィ、目も耳も、正常なの」
この前脳の検査をしたときに分かったのだという。では。
では、今のレミリア・スカーレットはいったい、何だというのだろう。
「フランのことも見えてる、咲夜がいないってことも分かってる。あなたの声も聞こえてる。レミィが何を思っているのか私には分からないけれど、一応伝えなきゃいけないことだと思ったから」
そう言ってパチェは書斎に消えて行った。泣いていたのかもしれない。
私は呆然としながらも貸し出しカードに名前を書いた。すると本の間からはらりと一枚の紙が落ちていった。
× × ×
いつものようにお姉さまの部屋に向かう。扉を開けるとお姉さまはベッドに腰掛けていた。
「お姉さま」
聞こえているの、見えているの、フランドールだよ。
「ごめんね」
それは久しぶりに聞いたお姉さまのきれいな言葉だった。
「咲夜がいないことが、あまりにも辛くて、辛くて、フランに縋ってしまった。最初は本当に咲夜が来てくれたのかと思っていた。でも、抱きしめてもらう背丈も、私を撫でてくれる手も、香りも、咲夜のものではなかった。途中から気づいてはいたんだ。一ヶ月くらい前かな、私の視聴覚がまともに戻ったのは。その時、私の隣でフランが眠っていたんだ。それで全部分かってしまったんだ。いつ言おうかと、ずっと悩んでいた」
お姉さまはなんてひどいのだろう。ずっと私に演技をしていたのだ。
「私の隣にいてくれたのは咲夜じゃない、フランだったんだね」
涙をぽろぽろ零しながらそんなことを言われたら、私だって泣きたくなる。あの紙だって渡したくなくなる。お姉さまはずっと私のことを見ていてくれたのに、アレを渡してしまえばまたお姉さまは廃人のようになってしまうかもしれない。でも、絶対に必要なことだから。
咲夜だって人が悪い。全部見透かした上で私が読むであろう本にあんなものを。
「お姉さま」
無言でそれを差し出す。少し日焼けしているような一枚の紙だ。
「咲夜からの手紙だよ」
× × ×
お姉さまはその手紙を読んでから、少し明るくなった。部屋の隅から隅まで引かれていた遮光カーテンをなくし、三食きちんと食べるようになり、お風呂も面倒くさがりながらも入っている。
それでもお姉さまは少し不安定なところがある。夜になるとフラッシュバックのように咲夜が死んだ日のことを思い出しては自傷行為に走る。咲夜との思い出の品を見れば一日中泣いている。
衝動が私を襲う。心のどこかで咲夜をうらんでいる私がいる。
お姉さまのなかにいる咲夜を壊してしまおうか。そんな暴力的な考えが脳裏によぎる。そうすれば、きっとお姉さまはまた昔みたいに笑えるはずだ。
「私はもう、もうどうすればいいか分からないよ」
目をゆっくり握りつぶしてゆく。咲夜との思い出、咲夜の香り、咲夜の存在。全てを消そう。そうすれば、お姉さまは辛いことから開放されるはずなのだ。ごめんね咲夜、ごめんね、お姉さま。
きゅってした。
× × ×
お姉さまはいつも笑っている。幸せそうに、無垢な笑顔で。
けれど、一番大切なものを、忘れているような。
【来世でも、私を見つけてくださいね】
「この手紙、なんだかすごく懐かしい気がするんだぁ」
そうお姉さまは毎日呟いている。穏やかな表情で、愛おしげにその手紙を見つめている。なんの手紙かは全然分からないんだけどね、そう無邪気に笑うお姉さまを見ていると、今でもたまに分からなくなる。
本当にこれでよかったのかなって。
その2ということは、その3に期待……してもいいのかな?
好きです。こういう完全なハッピーエンドにはならない作品。
続きは期待してもいいのカナー?