「ごめんなさい、よく聞こえなかったのだけれどもう一度お願いできるかしら」
「だ、だから……こ、恋文だよ。恋文!」
「ラブレター?」
「ああそうだ!」
「自分で言ってみなさい。リピート・アフター・ミー。ラブレター」
「ら、らぶれたぁ……」
白く透き通るような肌がリンゴのように染まる。赤面する魔理沙かわいい。
ラブレターもらっただけで顔が真っ赤になる、ウブな魔理沙はかわいい。たぶんラブという単語を口にすることすら恥ずかしいのだろう。
なんでも、今朝魔理沙が水を汲みに出ようとしたところ、玄関扉にこのラブレターが挟まっていたらしい。
差出人は名前からして人里に住む男のようだったが、魔理沙の知る名前ではないそうなので、里を訪れた際に一目惚れでもされたのだろう。
内容も読ませてもらったが、独りよがりのひどいものだった。
「毎日あなたの事ばかり考えてしまいます」だの、「私と共に生きて私の死を看取ってください」だの、自分がどれだけ魔理沙に恋い焦がれているかということばかり書いてある。
本当に魔理沙と交際したいのであれば、自分がどういう人間であるか、その人となりを書くべきと思うのだが。
相手を想う気持ちの強ささえ伝われば、きっと振り向いてくれるはずだ、という片思いをこじらせた人間特有の心理から書かれたのだろう。
身の程知らずの片思いは結構だが、このような不埒な手紙を送りつけ、私の魔理沙を動揺させた罪は重い。然るべき報いを与えてやらねば。
だがそれより先に確認すべきなのは……。
「で、もちろん断るのよね?」
「へっ?」
「へっ? じゃないわよ! ラブレターを受け取ったらちゃんと断る! 常識よ!」
「こ、断ること前提なのか」
「それは時と場合によるけど。あなたの場合はお断り一択よ」
「なんでだ?」
やれやれ、魔理沙にはもう少ししっかりしてもらわないと困る。
「あなたは、自分が人里の人間に、どういう印象を持たれてると思う?」
「私の印象……どうなんだろうな? 人里にはあまり行かないからほとんど誰とも喋らないし。
魔法の森に住んでて異変解決とかしてる変な奴って感じか?」
「まあ当たらずも遠からずといったところね」
「しかしそれだと、私のことを……す、好きになった理由がわからないな。いや別に! 私は自分にそんな魅力があるとは思ってないぞ!
ただこの……こ、恋文をよこしたからには、まーそうなんだろうなと考えただけだ!
まあ蓼食う虫も好き好きっていうからな! そういう奇特な奴もいるだろうぜ! はは!」
照れから、まくしたてるように喋る魔理沙。かわいい。
「あ、あれかもな、私の強さに憧れちゃったのかもな? 私はバンバン異変解決してるし!」
「もしかしたらそうかもね、ただそれだけじゃないわね。それなら異変解決の実績からいって、あなたより霊夢に惚れるはずだもの」
「んー確かに、悔しいがそれもそうか。しかしそれならどうして私に?」
「そうね、あなたと霊夢の違いから考えて……」
おほん、と咳払いをして続ける。
「あなたも霊夢も異変解決をしている人間だけど、霊夢は博麗の巫女であるがために、己の職務として異変解決をしているのに対して、
あなたは趣味でやっているのよね、実家から勘当されて、魔法使いとして魔法の森に住みながら」
「趣味というか仕事と呼んでほしいが……。それがどうかしたか」
ぷぅっと膨れる魔理沙。頬をつつきたい。
「つまり、同じ異変解決をする人間でも、霊夢は真っ当な生き方をしていて、あなたはそうではない生き方をしている。ということになるのよ、人間目線でいうと」
「むぅ。だがそれじゃ、やっぱり私を選ぶ理由がないぜ?」
「甘いわね。人間の男は完璧な女より、どこか欠点がある方が好むものなのよ」
「欠点?」
「そう、欠点。俺が助けてやらなきゃ! という風に庇護欲を掻き立てられるのね。
その点、あなたみたいな足りないとこだらけならモテモテね」
「つまりこの男は、私の事をダメなやつだと思ってるって訳か」
「そう! 魔法使いとして切磋琢磨し、異変を解決するあなたに惚れておきながら、
この子を真っ当な人間の社会に復帰させてやろう、俺が更生させてやろうなんて考えるぐらいに身勝手な存在。それがこの男の本性よ」
「そんなものかなぁ……」
「そうよ、そうに決まってるわ。だからそんなたわけた男にはノーと言ってやらなきゃいけないわ」
「わかったぜ。まあ会ったこともない相手だし、元々断るつもりだったが。
明日の昼、人里の入口で待ってるらしいから、行って断ってくるぜ」
「わざわざ直接会わなくても、手紙でいいんじゃない?」
「いや、こいつは勇気を出してこの手紙を書いたんだろうし、直接顔を合わせて断るのが、せめてもの礼儀だろう」
「まああなたがそう思うならそれでもいいけど……。誰と行くつもり?」
「へっ? 誰と? 一人で行くつもりなんだが?」
はぁ。全く何をのたまうのだ、このキラキラお星さま系魔法使いは。
「どうやら、あなたはまだ人間の男というものを理解していないようね。
男は庇護欲をそそられる、抜けたところのある女を好むってことは今言った通りだけど、そもそもなぜそうなのかわかる?」
「えーと、少しくらいダメなとこがあった方が、人間らしくて親近感が湧くからか?」
「残念ハズレよ。それは抜けたところがある、つまり隙がある女の方がガードが緩そう、下衆な言い方をすれば簡単にヤれそうだからよ。
この男はあなたのことをそういう目で見てるの。そこに、あなたがのこのこ一人で出て行って『ごめんなさいだぜー☆ つきあえないんだぜー☆』とか言って断ってみなさい。
十中八九、手篭めにされるわよ! 下衆な言い方をすれば陵辱よ! ドロワ脱がされちゃうわよ!」
「ちょ、そ、そんなのわかんないだろ? ちょっと話が飛びすぎじゃないか!?」
「魔理沙、あなたのその優しい心はとても美しいと思うわ。これからも大切になさい。
でもね、男が女に言い寄る時なんてそんなことばかり考えているものよ。下衆なたとえを挙げれば、『きれいな金髪だなー、下の毛も金髪なのかな?』とかそんなことを想像しているの」
私は何を言っているんだ。
だが、淫語を重ねるごとに、より紅く染まるかわいい魔理沙は、今やここ紅魔館の調度品と見紛うほどの赤度を記録していた。私の部屋に置こう!
「な、なんだってそんな自信満々に。というか大体、そのいちいち付け加える下衆なセリフは必要ないだろ! なんでそんなこと言うんだよ!?」
そんなもんリアクションがいちいちかわいいからに決まってるだろ! 少しは考えろ!
「魔理沙、これはあなたにとって必要な事なの。あなたはこれから色々なことを学ばなくてはいけないわ。魔法のことだけでなく、人情の機微、世渡りの不文律などについても」
全て私が教えてあげるから、毎日ここに通いなさい。いやむしろ私の部屋に棲みなさい。と続けようとして、さすがに不信感を抱かれる危険からやめる。
私はあくまで、魔理沙の庇護者、尊敬すべき魔法使いの先輩なのだ。
「とにかく、貞操を守りたいのであれば、誰かと共に行くことね」
「わ、わかった。一人で行くのはやめるぜ」
ようやく道理を知ったか。さて、あとは私がその同行者として立候補するだけね。
「それがいいわ。まあそうは言っても付添い人のアテもないでしょうし、乗り掛かった船で私がついて行ってあげても――」
「霊夢に頼んで、一緒に来てもらうぜ!」
はっ?
「あいつどうせ暇だろうからな! 私の役に立てれば本望だろう。お前は本読んでたいだろうし、こんなつまらないことに時間取られたくないだろ?」
「え、ええまあ、こんなことに付き合う義理はないわね」
「やっぱりそうだろ! じゃ霊夢に約束取り付けてくるぜ! またなー!」
「えっ、あっ、ちょ……っと」
「あ、ア、ア……」
「パチュリー様。ご指示の通り、魔道書の分類が終わりまし――」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「……」
背もたれを倒し、遥か天井を見上げる。
魔理沙は今ごろ、くだんの男と会っているはずだ。きちんと断れているだろうか。後腐れのないようきっぱりと。
まさかとは思うが、相手の男の強引さに負けて、お試しで付き合ってみるなんてことになっていないだろうな。
そんな心配を頭から振り払うべく、椅子に座り直し、眼前の魔道書に意識を集中させた。
「パチュリー様、魔道書上下逆さですよ」
しかし魔道書と魔理沙って文字も音も似てるな。そりゃ研究も手につかないわ。
ああ魔理沙まりさマリサ。魔理沙来ないかな魔理沙。
このままでは仕方がないので、気晴らしに庭を歩くことにした。
今年もあじさいが咲き始めたと咲夜に聞いたのは、ついこの前と思ったが、もう半分ほどが枯れ、残りの株も色褪せつつあった。
門番が頭にタオルを巻いて、植木の剪定に励んでいた。
「庭仕事をしている時のあなたは、門番じゃなくて庭師と呼ぶべきかしらね」
「名前で呼んで下さればいいと思うんですけど……」
風が弱く吹いて、切り落とされた枝から青い匂いがした。
美鈴は鼻歌を歌い、上機嫌だ。雄大な調べの、大陸風の歌だった。
「あっ、そうだパチュリー様! 聞いてくださいよ!」
庭を一周して、戻ってきたところに話しかけられる。
「どうしたの?」
「私今日はすっごく調子がいいんですよ。さっきまで門の番をしていて、黒い魔法使いが来たんですけど」
「なんですって!? それで!」
「門を通せというからいつも通り弾幕勝負になりまして、それでなんと! 私勝ったんですよ!」
はっ?
「いやぁ苦しい戦いでした。もうこれ以上避けきれない! ってところで、私が苦し紛れに放った弾幕が当たったんです! 少し手元が狂って狙いと違うところに飛んでいったんですが、それがかえって避けにくかったみたいで……」
「……」
「パチュリー様?」
「なんで黙って通さなかったの! というか何今日に限って勝っちゃってんのよ!!」
「ひゃっ! パ、パチュリー様どうなさったんですか!?」
「この莫迦門番がっ!」
「なんで怒ってるんですか!? やめてください痛い! 痛い!」
「バカ! 本みりん! ミドリムシ!」
近くに転がっていた、庭仕事で掘り起こされた土塊を投げつける。
土符 レイジィトリリトン(物理)は、翠の門番を茶色へと変えた。
「ヒドい……。このあいだ『たとえ本人が否定しても黒いのは泥棒だから通さないこと』とおっしゃってたから頑張って止めたのに」
「ハァ……ハァ……。次から魔理沙は通していいわ」
「わかりましたよぉ……ううっ」
レイジィトリリトンで汚れた服をはたきながら、美鈴は答えた。いやレイジィトリリトンではないけど。
無駄な運動をしたので疲れた。水術で手についた土を洗い流してから、茶美鈴をその場に残し、図書館へ戻った。
翌日、私がいつも通り大図書館にて魔道書を広げ、魔道を究めんとしていると、ついに念願の魔理沙が現れた。
「魔という字は二十一画、理は十一画、沙は七画。足して三十九画。
さんじゅうきゅう、さんきゅう、サンキュー……!
魔理沙がこの世に生まれてきてくれた事に、感謝しなければならないわね……」
大宇宙の大いなる意志を垣間見、世界の理に思いを馳せていたところ、突然声をかけられた。
「よう、パチュリー。ここは梅雨が明けても相変わらずジメジメしてんな」
「ひゃっ! ……嫌なら来なくていいのに」
「まあそうつれないこと言うなよ」
「これってどういうことなんだ?」
「その記述はつまり……」
「ああなるほどな!」
普段通り始まる、魔道講義。
だが講師は内心、魔法どころではなかった。
「ところであなた、昨日の告白は」
「これはどう解釈するんだ?」
「これはさっきの……」
「なるほど! さすがだな」
「ありがとう。それで昨日は」
「こいつはどうすれば?」
「これはこうよ」
「おお! こうなるのか、気づかなかった」
「で、昨日は」
「ここの記述は?」
「あなたわざとやってるでしょ!」
「ははっ、すまんすまん」
そう言いながらも、悪びれる様子もなく笑っている。かわいいから許す。
「で、ちゃんと断ったの?」
話を進める。
「いやそれが……」
いやそれが……?
いやそれが!? 何ィィッ! 『いやそれが……』とはどういうことだ!
「まさか付き合うことになったりなんかしてないでしょうね!?」
「いや違うんだよ!」
『違う』つまりは否定の意。ということは付き合うことになった……。
交際……交際……。
魔理沙と、どこぞやの男が、交際……。
「フフ、フフフッ」
「ぱ、ぱちゅりー?」
ま、まだだ! これは一時の気の迷いだ! 純粋無垢な魔理沙は、交際関係を持つということの意味をよくわかっていないんだ!
大丈夫、すぐ別れる。そして私の元へ帰ってくる。
そうだ、大丈夫。大丈夫だいじょうぶダイジョーブ。
「ま、まあいい勉強になるかもしれないかしらだわね! 別に、昨日はそのままデートして一緒にお泊りしたとかいうワケでもないんでしょうオホホ!」
「だから違くてさあ!」
違う
ちがう
チガウ
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――――――
――――――――
初めて彼女と会ったのも、ここ大図書館だった。
紅魔館とその主人である吸血鬼のチカラを幻想郷中に知らしめた、後に紅霧異変と呼ばれることになる事件の起こった、あの日。
紅い霧の発生を止めるべく、霧の中心に建つこの館へ乗り込んだ魔理沙。
だがそれは、七曜の魔女の巧妙な罠だった。
「八卦炉さえあれば……こんな奴……んっ!」
「よかったじゃないの、キノコのせいにできて」
そのあと紆余曲折あって、私は魔理沙に簡単で破壊力に優れた魔法、ノンディレクショナルレーザーを伝授した。
ところで、捨食や捨虫のような広く知れ渡ったものを除き、魔法使いの使う魔法は、自分で開発したものだけである。師弟関係にある者の間ですら、自分の魔法をそのまま教えることはない。
なぜかと言えば、他人の魔法をそのまま行使する事は、その魔法の持ち主の魂、意志をそのまま受け入れること、ひいてはその者への隷属を誓うことを意味するからだ。
魔理沙は私からノン(中略)レーザーを教わった。すなわち魔理沙は私の奴隷となることを受け入れたのであり、魔理沙は私の求めがあれば、心もカラダも喜んで差し出さなければならない。
だが魔理沙はこの事実を知らない。
なぜか?
私が今、適当に考えた設定だからだ。
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――――――
――――
「おい! パチュリー! パチュリー!!」
いくら強いショックを受けていたとしても、特別体調が悪いわけでもないのに、外界からの刺激を無視して、現実から逃避し続けることは難しい。
魔理沙の声に私は引き戻された。甘美な妄想の世界から現実世界へと。
「ま、まりひゃ……」
「うわっ! ちょっ! なんで泣いてるんだよ!」
「わたひ、まりさがよごされちゃっても、ずっと、まりさのこと……まりさのこと……!」
魔理沙の胸に飛び込む。この行動力をもっと早くに発揮できていれば、違う今があったのかもしれない。
「わわっ! ホントにどうしたんだよ! 今日のお前、なんかおかしいぜ!?」
「だって、まりさは、そのおとこと! そのおとこと!」
「違うんだ! アリスだったんだよ!」
アリス?
「私じゃなくて、アリス宛ての手紙だったんだよ!」
……ふぇっ?
「いやな、昨日待ち合わせ場所へ霊夢と行って、相手の顔も知らないからそれっぽいやつを捜したんだ。
するときょろきょろ見回してるやつがいたから、手紙をくれたのはお前かって聞いたんだ。
そしたら、へっ? 魔理沙さんが? なんで? とか言う。
よくわからんが、なにか知ってるみたいだから経緯を話してみたら、そいつはえらい驚いて、
自分はアリスさん家のドアに手紙を挟んだはずだって言う」
「詳しく聞いてみればこの男、アリスに会いたい一心で魔法の森に突っ込んだはいいが道も分からなくて、
キノコの瘴気で意識が朦朧とし始めたらしい。なんとか気力を振り絞って歩き続けて、ついに見つけた家の扉に手紙をねじ込んだ。
考えてみりゃ、普通の人間がうちまで一人で歩いてくるってのはなかなか大変なことだぜ?
だから『霧雨魔法店』の看板も見る余裕もなかったわけだ。
里へ帰り着いた途端、ばったり倒れ込んだんだとよ。いやー生きてて良かったよな」
「へ……あえ……」
「確かにおかしいと思ったんだ。人里なんかしばらく行ってないのに、いつ惚れられたりしたんだろうなと。
アリスのやつは、よく人形劇をやりに行ってるからな……パチュリー? どうした?」
「……むきゅー」
その後、魔理沙はアリスに事情を説明し、男のもとへ連れてきた。
男は改めて告白し、フラれたそうだ。
どうでもいいわ、解散。
そして美鈴かわいそう、マタ虐められてる
ある意味自分の欲に忠実なパチェさんは魔女の鑑なのかもしれない…。
半端ねぇ魔理沙愛が伝わりました!!