幻想郷のどこかにある屋敷にて、幻想郷の管理者であるスキマ妖怪八雲紫と、その従者、八雲藍が真剣な表情でとある相談をしていた。
「厄介なことになったものね」
物が勝手に動きだし、大人しい妖怪が暴れ出すという異変があった。博麗の巫女により首謀者はいつも通り調伏され、その異変は解決した、はずなのだが――
「ええ……まさか異変の黒幕が逃げ出すとは」
名目上は異変の首謀者は小人である少名針妙丸だ。しかし彼女は利用されただけで、唆した黒幕が別に存在していた。
鬼人正邪、天邪鬼にして今回の異変の真の首謀者である。正邪は針妙丸が博麗の巫女に倒された後すぐに逃げ出し、いまだ捕まっていない。
「ええ、主を見捨てて逃げ出すとは流石は天邪鬼、といったところね」
「黒幕が捕まらなくては本当の意味で異変解決となりません。この問題には即座に対処しませんと」
「いえ、問題なのはそこではないわ藍」
藍の把握している限り他に問題はない。考えても思いつかない藍は紫に問いかけた。
「……? では他にどのようなことが?」
「私のお気に入りの傘が取られたわ」
「は……? 今なんと?」
八雲紫の忠実な従者である藍は主の発言を一言一句聞き漏らさず聞いていた。聞き返したのはその言葉の意味がよく分からなかったためである。
「耳が遠くなったのかしら? マイお気に入りの傘が取られたの!」
「……えーとその傘は神器の一種みたいな珍しい物だったり?」
「そうね、幻想郷ではまず手に入らないわ――渋谷で買ったもの」
「何やってんだアンタは!」
あまりのアホらしさに藍の敬語とか緊張感とかその他諸々がぶっ飛んだ。
「あら、私は真剣よ藍。確かにその傘は渋谷で買った何の変哲もないものだけど――私が使っていたものなのよ?」
主の言葉に藍は気を引き締めなおす。
「――というと?」
「スキマ妖怪である私が使っていた物、そして異変、これらの事象によりその傘には私の能力が一部移った」
「なっ――!」
八雲紫の能力『境界を操る程度の能力』。その名の通り境界ならばあらゆるものを操ることができる。空間の境界を操り離れた場所同士を繋げることはもちろん、概念的な物―――たとえば人間と妖怪。たとえば夢と現。たとえば生と死―――八雲紫を八雲紫たらしめる、まさしく反則的で神に等しい力である。そんなものが他人に渡ったりしたら――
「……かなりまずいのでは」
「まあ流石に私の能力全てそのまま、なんてことはないでしょうが危険であることは確かね。と、いうことで鬼人正邪の捕縛のお触れを出しましょう、捕まえた者にはそれなりの褒美を与える、とね」
この日から異変の黒幕である鬼人正邪の逃亡生活が始まった。
少名針妙丸の朝は早い。
「まあ好きで始めた仕事ですから」
最近は霊夢がなかなか起きてくれないと愚痴をこぼした。まず、霊夢の布団に辿りつくことからはじ――
「何言ってんのあんた」
「あ、霊夢おはよう」
「アホなことやってないで、朝食の準備ができるまで大人しく待ってなさい」
霊夢が起きてきたので針妙丸の一人プ○ジェクトXごっこは中断された。
――こうして針妙丸の一日が始まる。
霊夢が起き、朝食が終わったら針妙丸は基本はボーっとして過ごしている。しかし退屈はしていない。何故なら神社には様々な人妖が来るからだ。
大抵霊夢は気怠そうにに対応するが――おそらく来る人妖らがまったく賽銭を入れようとしないからだろう、昨日も愚痴っていた――針妙丸はそんな霊夢を見るのが好きだった。
別にどこぞの天邪鬼みたいに他人の不幸が蜜の味、というわけではない。今まで外の世界に出たことのなかった針妙丸にとって、霊夢達が話す会話の内容はどれも新鮮で、聞いているだけで楽しい。そして夕食を食べ、お風呂に入り、寝る。単純だが針妙丸はそんな生活が気に入っていた。
ぐちぐち言いながらも、世話してくれている霊夢に針妙丸は感謝しているし、色々な人妖が来る博麗神社にいることは針妙丸にとってとても楽しい生活だった。
ただ一つ心残りがあるとするなら――
「邪魔するぞ」
「んー、なんだマミゾウか。邪魔するなら帰ってちょうだい」
鳥居をくぐり抜けてやって来たのは、幻想郷では比較的珍しい眼鏡っ娘、頭にトレードマークの葉っぱを乗せた佐渡の二ッ岩、捕らぬ狸のディスガイザー、大妖怪の二ツ岩マミゾウだ。
先述したとおりこの神社には様々な人妖が来る。中には鬼や天狗などの上級妖怪を見るのも珍しくは無い。最初はビクビクしていた針妙丸だが今では慣れっこである。
「冷たいのう。まあ儂としても帰ってもいいんだが……聞いておいたほうがいい情報だと思うぞ?」
「なによ、言いたいならさっさと話しなさい」
「なら遠慮なく話させてもらおう。鬼人正邪については知っておるな?」
「……」
鬼人正邪、という名前に針妙丸がピクリと反応する。
「そりゃあね。ついこの間の異変の黒幕だもの」
「お触れが出てな、天邪鬼を捕まえたら褒美が出る。だそうじゃ」
「へぇー褒美ねぇ」
「興味なさそうじゃの。褒美は欲しくないのか?」
「別に異変でもないし面倒くさい」
「ねぇ、霊夢」
と、暖簾に腕押しな霊夢に針妙丸が口を挟んだ。
「あん?」
「私、正邪を捕まえたい」
「えー」
「ほう、そこの小人は鬼人正邪と知り合いか」
「ああ、こいつは異変の主犯でもあり被害者でもあるからね」
「なるほど……それはさておき、霊夢。なんでも天邪鬼は色々なところからくすねたアイテムを持っておっての、その中におまえさんの陰陽玉があるそうなんだが」
「はぁ⁉ お祓い棒の次は陰陽玉⁉」
「別に陰陽玉はお祓い棒のように付喪神化しているわけではないが、まあ魔力の影響でおかしくなっているのは確かじゃな」
「あーもう分かったわよ、乗ってあげるわ。あの天邪鬼を捕まえてお金もらって、豪勢な食事にしてやるわ!」
「ほっほっほっ、その意気じゃ」
針妙丸の心残り――それは異変の最後に裏切られた天邪鬼、鬼人正邪のことだった。
鬼人正邪捕縛のお触れが出てから八日目。針妙丸、霊夢、マミゾウの三人は逆さ城、輝針城の中に来ていた。
「多分、正邪はここに来ると思う」
「なるほど、犯人は現場に戻るということわざもあるしな」
「そんなことわざあった? まあ、私の勘もここに来ると言っているわ」
「巫女の勘もそう言っておるなら信頼性は高いの。さて、まずは針妙丸が天邪鬼に降伏を促し、それで相手が応じなかったら儂らの不可能弾幕で捕まえる、という計画でいいな?」
「うん、多分正邪は降伏なんかしないと思うけどね……あ、そうだ。あの、ちょっと相談、ううん聞きたいことがあるんだけど」
不安そうに少し震えた声で針妙丸は続けた。
「正邪が捕まった後、その、こ、殺されたりしないよね。もしそうなら……いたっ!」
針妙丸の言葉は霊夢のデコピンによって遮られる。
霊夢は呆れたようにため息を吐いた。
「あんたね、私達をなんだと思っているのよ。」
「そもそも異変の首謀者であるおまえさんに何もお咎めがない時点で分かるじゃろ。幻想郷はそんな残酷なところではない、安心せい」
「うん……霊夢、マミゾウ、ありがとう」
二人の言葉を聞き、針妙丸はほっと胸をなでおろした。
「まあ紫のことだし、天邪鬼がこってりと絞られる可能性はあるけどもね」
「こってり絞る役目は私に任せてほしいな。この輝針剣で目を突いてやる!」
「そこまでやるのは拷問じゃろう……っと、どうやら奴さんが来よったぞ」
そうだ、まだ正邪を捕まえたわけではない、気を引き締めなくては。ここは思い切り、威厳を見せつけて降伏を促してやるのだ。
正邪が針妙丸の姿を見て驚いているのを見つつ、針妙丸は今自分ができる精一杯の威厳を出して告げる。
「こら、正邪や――」
「楽勝だな」
「うっ……」
予想通り説得に失敗した針妙丸、霊夢、マミゾウはそれぞれ不可能弾幕で正邪を捕まえようとしたが、反則アイテムを駆使した正邪に全て突破されていた。
得意げな顔で正邪は言った。
「やはりこの力は素晴らしい。私一人で幻想郷を支配するのもそう遠くはないね」
「……正邪の……」
「あん?」
「正邪の馬鹿! どうして降伏しないの! 一人でどうにかできると思ってるの⁉」
今まで溜まっていたものが爆発したのか、威厳や冷静さなど取り繕っていたものが全部頭から吹っ飛んだ針妙丸は正邪にぶちまけた。
「できるさ、この反則的な魔力があればね」
「それも元はといえば私の小槌の魔力でしょう!」
「知らないね~私が持っているんだから私のものだ」
「……本当にまだ下剋上なんてできると思ってるの⁉」
針妙丸のこの問いに正邪は迷わず、自信たっぷりに返答する。
「やれるさ。私はこの世界をひっくり返す。強者を叩き落とし、弱者が物を言う世界にしてやる」
「……正邪は変わらないね」
そう、私と出会ったときからずっと――
何故か正邪を直視できなくて、針妙丸は目を逸らし唇を尖らせた。
「私、やっぱりあなたが嫌いだよ」
「そうか、私もあんたのことがもっと嫌いだったよ」
「私の方がそれよりもーっともっと嫌いだったわ!」
「ハッ! 私はその百倍嫌いだね!」
「え、なに? 痴話喧嘩?」
「「違う!」」
霊夢の発言にツッコミを入れた両者はハッと我に返る。
針妙丸は正邪を掴もうと手を伸ばす、が、一歩遅く正邪は飛び去っていった。
「……まんまと逃げられたのう」
「うん……」
「ぽけーっとお喋りしているからよ。それと針妙丸、あんた手加減してたでしょ。異変の時の半分の力も感じなかったわ」
「……そんなことないよ。ほら、小槌はまだ魔力の回収期だからね、それを無理やり使っているからあまり上手く力を出せないの」
「ああ、前にそんなこと言ってたわね。後はあの天邪鬼の持っている道具の魔力だけ?」
「うん、あれを回収できれば異変のときと同じ位の力は出せると思う」
「まあそれができれば苦労しないわよね。しょうがないわ、ゆっくり待ちましょう。どうせ誰かが倒してくれるわー」
いくら反則的なアイテムを持っているとはいえ、正邪はたった一人だ。幻想郷を相手に逃げおおせるはずはない。そう思って針妙丸らはこの日は大人しく帰宅した。
――しかし大方の予想は外れ、その後鬼人正邪は吸血鬼・聖人・天人などの実力者からも逃げ切り、お触れが出てから十日間が過ぎた。
「それで結局逃がしたままと」
「……申し訳ありません」
「いえ、あなたのせいではないわ。私も逃がしてしまったし」
頭を下げる藍に紫は苦笑する。
「皆、遊び半分で追いかけていますからね。それでも誰かは捕まえるとは思ったのですが」
「ある意味幻想郷らしいわね。仕方ないわ、あんまりこの手は使いたくなかったけど……」
スペルカードも、不可能弾幕もダメなら残された手段は一つ。
「クソ……どいつもこいつも遊び半分で追いかけてきやがって……」
正邪は針妙丸と再会し、そして倒してから更に追っ手は激しくなり、幻想郷でも有数の実力者から追われていた。
正邪にとって気に食わないのは、どいつも遊び半分だったということだ。まるで「おまえにはこれで十分だ」「新しいスペルカードの実験台だ」とでも言うかのように。その余裕のおかげで正邪は逃げきれているわけだが……やはり気に食わない。
(疲れた……せめて今日ぐらいは――チッ)
十日間にも及ぶ逃亡生活で、研ぎ澄まされていた正邪の神経は新たな追っ手の存在を感じていた。
「やあ天邪鬼」
「今度は誰……あ? 確かおまえは……」
「幻想郷のため、そして私の酒のため――ちょっと退治されてくれ」
鬼人正邪逃亡十一日目。新たなお触れが下された。
「それってどういうこと!」
時を同じく、再び神社を訪れたマミゾウに針妙丸が針のような剣幕で食ってかかっていた。
「今言った通りじゃ、今日新たなお触れが出た。鬼人正邪を退治しろ、とな」
「なんで! ただ捕まえるだけだって! ここはそんな残酷なところじゃないって言ったじゃない!」
「事情が変わったんじゃ、あやつは幻想郷を相手に・・・・・・あまりにも上手く立ち回りすぎた」
「そんな……」
「おそらく予想外だったろうな。天邪鬼がここまで逃げおおせたことに。そして今度こそ逃がさないよう捕縛ではなく討伐に切り替えた」
「そんな……」
こんなはずでは。
このままでは正邪が殺される。
「……行かなきゃ」
「どこへじゃ?」
「正邪のところへ!」
針妙丸が焦った様子で飛び出した。
「何故鬼人正邪をそこまで助けようとする?」
針妙丸の足が止まった。
「おまえはあやつに裏切られたのだろう? 恨みこそすれ、助ける理由なんてないはずじゃ」
マミゾウの問いについて針妙丸は考える。
自分はどうして正邪を助けたいのだろう?
恨みはある、悔しさもある、嫉妬もある。
だけどこの前正邪と会ったときに、自分が感じたものはそれだけではなかった。
「正邪はどうしようもない奴で裏切り者だけど……今の私があるのは正邪のおかげなの。もし正邪がいなかったら霊夢やあなたにも会えなかったし、この世界を知ることもできなかった」
だから助けたい――のか?
感謝はある、憧憬もある、敬意もある。
しかしそれが理由かと問われれば――そうではない。
自分が助けたい理由は、あのいけ好かないムカつく天邪鬼を助けたい理由は、たった一つだ。
針妙丸はマミゾウへ振り向き、力強い声で宣言する。
「だから、正邪は私にきっかけをくれた初めての友達なの。そんな友達を、大切な仲間を、大嫌いで大好きなあいつを、死なせるなんて絶対に嫌だ!」
「……そうか」
マミゾウは満足したように頷いた。
「なら行ってくるといい。友達は大切にせんとな?」
「うん。……ねぇ、あなたはどうして私達を助けてくれるの?」
「そんな話をしている場合かの?」
「……それもそうだね」
「天邪鬼は無名の丘付近にいるそうじゃ。場所はこの地図の通りに行けばいい」
「うん!ありがとう!」
針妙丸が去ったのを見届けたマミゾウはひとりごちた。
「なぁに、くだらない理由じゃよ。例えば、天邪鬼が持っているアイテムに儂の持ち物もあったり、天邪鬼が儂の正体不明な寂しがり屋の友人に似ていたから、とかな」
正邪と追手の対決は、既に終わりを迎えようとしていた。
「なんだ、あっけない。肉弾戦なら所詮こんなもんか」
「クッ……」
追手の力に正邪は成す術なく倒れ伏していた。
アイテムを使うとか、不可能弾幕とか、そんな次元の問題ではなかった。
種族の差、力の差、技術の差、強者と弱者の差――二人の間には比べるまでもない圧倒的な差があった。
追手が手を掲げると火球を生成する。
「これで終わりだ。これで極上の酒が飲めるんだから楽なもんだね」
離れていても感じる熱に、死を悟り、倒れたまま正邪は呟く。
――ここまでか
火球が正邪を焼き殺そうとする、まさにその一瞬前の出来事だった。
誰かが、立ち塞がる。
その小さな背中の持ち主は正邪を守るように右手に持った小槌を前に翳し、火を打ち消した。
「なっ……おまえは」
「へぇ……こいつは」
正邪を守ったその人物はその手に持った針にも似た剣を追手に向ける。
「間に合った……!」
信じられないものを見るかのような目で正邪は目を見開いた。
「針妙丸……!」
「おまえは確か霊夢のところにいた小人か」
「なにやってんだおまえは!」
「何って、あなたを捕まえにきたのよ、正邪。だからあなたを殺させはしない」
「はぁ? 馬鹿かおまえは。今さらどうしようっていうんだ。私は自首なんか絶対しないし、あいつは捕まえるんじゃあなくて私を殺そうとする。もうどうしようもないんだよ。テメエまで追われたいのか、さっさと去れ」
逃げ場はない。仲間もいない。幻想郷の全てが正邪を追っているのだ。反則アイテムがあっても正邪には万に一つも逃げ切れる可能性は無い。
「なら……」
針妙丸が正邪の言葉を遮ぎり、続けた。
「なら、私が正邪を助ける! 世界(幻想郷)の全てと戦ってでも!」
下剋上を企んで、無謀にも幻想郷に喧嘩を売った弱者がいた。
確かに自業自得かもしれない。自分を騙して、幻想郷を混乱させた黒幕かもしれない。
けれど針妙丸は嫌だった。自分の友達が、自分の世界をひっくり返してくれた恩人が、自分の好きな人が、殺される未来なんて認めたくなかった。
少女は手に入れた幸せだった生活から背を向け、目の前の追手と対峙する。
下剋上のためではなく、友達を助けるために。
「……というわけで、あなたはよく神社に来てた鬼の伊吹萃香さん、だったよね? 正邪は自首させるから見逃してくれないかな?」
正邪を襲っていた追手の正体、それは小さな百鬼夜行、鬼の四天王の一人、伊吹萃香だった。
「ダメだね。直々に友人に頼まれたからな、そいつを退治してくれって。それに褒美に極上の酒を用意してくれるんだ」
「……どうしても?」
「どうしてもだねぇ、そっちこそ、退かないと――死ぬぞ?」
お互い退く気はない。
ならば戦うしか道はない。
「そう、ならあなたを倒すまで!……ってなわけで正邪、手伝って」
「えっ、この流れって姫様が私をお助けしてくれるんじゃないですかねぇ」
「いやいやいや、自信過剰な正邪と一緒にしないでよ。小槌が万全ならともかく、今の私で鬼になんて勝てるわけないじゃん……」
「うわダッサ……」
「幻想郷を支配できるとか格好つけておいて、さっき私に助けられた正邪がなんだって?」
「ああん⁉」
急に始まった漫才を遮るかのように、萃香は事も無げに告げる。
「いいよ、二人でかかってきなよ。そんな小っちゃいのが役に立つのか分からないけど」
針妙丸が萃香を睨みつけ、小槌を軽く振る。一瞬小槌が光り――針妙丸の大きさは萃香とほぼ同じ体格に変化する。
「どう? これで同じ大きさよ」
「流石は一寸法師の末裔。だが大きくなるのは私に勝った後のほうがいいんじゃないかな?」
「あら、お腹の中から針をちくちく刺される方が好き?」
「口の中に入ったときに噛み砕いてやろうと思ったのさ」
そんな軽口の応酬後、針妙丸が大地を蹴り、輝針剣を構え萃香に飛びかかる。
「はっ!」
瞬速の刺突を、萃香は寸前で顔を反らせて軽くかわす。
かわされた針妙丸が着地し、萃香が針妙丸と正邪に挟まれる構図となる。
「くそ! やってやるよ!」
正邪が萃香に弾幕を発射。それを萃香は軽々とグレイズし、光弾を乱射する。
「いくよ、正邪!」
「今だけだからな!」
二人は一言ずつの問答で理解しあう。
正邪がアイテム『天狗のトイカメラ』――撮影した場所にある弾幕を切り取る――で萃香の光弾を消去。
針妙丸はその撮影した隙間を狙い形成した多数のナイフを、発射していく。
萃香はナイフを避け、時には瓢箪で弾き飛ばしながら二人に迫る。
「『小人の地獄』!」
針妙丸が多数のばら撒き弾を展開。避ける隙間がないほどの密度の弾幕が萃香に迫る。
「こんなものか?」
萃香の拳に周囲の熱が集まり発火する。そのまま拳を突きだし、派手な爆発音と共に爆炎の塊が針妙丸の弾幕をかき消す。
(馬鹿が! 後ろだ!)
正邪はアイテム『血に餓えた陰陽玉』で萃香の後ろに瞬間移動、即座にアイテム『打ち出の小槌(レプリカ)』に持ち替え、振りかぶり――
「このっ!」
思いっきり萃香をぶん殴る。
まともに喰らった萃香が吹っ飛ばされ、
「なっ⁉」
文字通りに霧散した。
「残像だよ」
嘘である。
正確には分身と表現するのが正しい。弾幕をかき消した際、萃香は体の一部を霧散化させていた。残っていた体は囮であり、霧化した方が正邪の後ろに回り込んでいた。
これが萃香の『密と疎を操る程度の能力』の一部である。
そして実体化した萃香が拳を振り下ろし、正邪の頭を粉砕――したかに思われた。
バキン! という音ともに正邪だったそれは地蔵に代わり、砕かれた。
「ならこっちは身代わりだ」
ミスを無かったことにするアイテム『身代わり地蔵』だ。そのまま正邪は傘――アイテム『隙間の折りたたみ傘』――を取り出しスキマを開き、大きく後方へワープ。
「大きくなああああれえええええええええええ!!」
萃香の頭上に飛びあがり、打出の小槌を振り上げた針妙丸が叫ぶと――小槌が何十倍にも巨大化した。
圧倒的な質量が萃香を文字通り叩き潰さんと振り下ろされる!
「――へっ?」
しかし小槌は萃香を叩き潰すことはなく――あっさりと片手で受け止められていた。
「ほらよっ!」
軽快な掛け声で萃香は巨大化した小槌ごと正邪のほうへ投げ飛ばす。
針妙丸は即座に小槌の巨大化を解除するも、正邪にかかった衝撃は止められず、そのまま二人そろって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
萃香は瓢箪の蓋を開け、酒を飲み、上機嫌そうに言った。
「役に立たないなんて言って悪かった。天邪鬼一人のときよりもずっと面白い――だけど、これで本気だったらおまえら死ぬぞ?」
これが山の四天王の一角、酒呑童子、伊吹萃香である。
結局のところ最初から勝負は決まっていた。アイテムの力だけが頼りの弱者と、生まれながらの強者。
正邪と針妙丸は萃香に傷一つ付けられぬまま防戦一方となっていた。
傷だらけの正邪と針妙丸は息を絶え絶えにしながら岩に隠れていた。
「クソ……なんだよありゃあ。存在そのものが反則だろ」
「鬼が強いって分かっていたけど、その中でもずっと強い……!」
(アイテムもそろそろ使い切る。まともにやっても勝てねえ。何か助かる方法は――)
ふと、正邪は横にいる針妙丸を見る。
ああ、あった。助かる方法。
それはかつて一度自分がやった方法。
針妙丸を囮にして一人で逃げ出せば――
「逃げて、正邪」
虚をつかれた正邪の思考が停止した。
「……は?」
「かっこよく助けてあげようと思ったけど……私には時間稼ぎが精いっぱいみたい。」
「何言っているんだ。追われているのは私だぞ。おまえはいつでも逃げればいい、こんな裏切り者を放っておいてな」
自嘲的な笑みを浮かべる正邪に針妙丸は告げる。
「正邪、私はあなたの裏切りに救われたのよ」
「……なんだって?」
この危機的状況に気でも狂ったか、と正邪は思った。
「あなたが異変の決着後、逃げだしたことで異変の黒幕はアンタ一人ってことになった。私は哀れにも騙された被害者扱いで、博麗神社でぬくぬくと保護されることになった」
「はぁ? 何勘違いして、」
「分かっているわよ、正邪がそんなこと考えていたわけじゃないって。裏切られたのは私、今でも怒ってるよ。それでも、結果的に私は救われた。特に罰とか受けないで、博麗神社でご飯が食べられて、窓際でぼーっとしながら霊夢や魔理沙と話したりできたのも正邪のおかげ」
「……能天気な考えだな、吐き気がするぜ」
「それだけじゃないよ」
針妙丸は思いの丈を告げる。
「初めて正邪と会って、私は救われた。きっとあなたは私を利用するつもりで近づいたのだろうけど、小槌を使わせるための道具としか見なかったかもしれないけど、あなたが私をあの世界から助けてくれた」
「……」
「だから今度は私の番。でも私には正邪みたいに心が強くないから、弱いから、逃がすことしかできない。ごめんね」
針妙丸は立ち上がって小槌を振る。すると小槌から正邪の所持しているアイテムへ、魔力が流れ込んでいった。
「お、おい」
「これでしばらく持つと思う。行って、正邪」
針妙丸は正邪に背を向け、一人で目の前の鬼と対峙する。
萃香は瓢箪の酒を一気飲みし、手を広げ余裕そうな立ち振る舞いをしている。
「なんだ、今度はおまえ一人だけか? それにしても解せないねぇ、そこまであの天邪鬼にこだわるか?」
「こだわるよ。正邪は、ヒーローだから」
「ヒーロー……天邪鬼からは程遠い言葉だが」
「それは否定しないけど、私にとってのヒーローなの。」
鬼の世界でひとりぼっちだった私を連れ出してくれたのが正邪だ。
それまでの安全で、だけど退屈な日常とは違って、正邪との生活は危険で、それでいてとても楽しかった。囚われの自分を助けてくれた王子様……なんてのは恥ずかしくて言えないし認めたくないけど。
「正邪は弱者のために戦って、弱者を胸に戦い、弱者の立場のために立って戦っていた。それは私を裏切った後も変わらなかった。
私は弱いから、異変で失敗してもう下剋上は諦めたけど――」
針妙丸は剣を萃香に向け、高らかに宣言する。
「せめてこの時だけでも下剋上してみせる。這い上がることはできないけど――私は這いつくばってでも勝つ!」
針妙丸の強気の言葉を聞いた萃香は瓢箪をしまい、余裕の構えをやめ、代わりに拳を構える。
「……認識を改めるよ鬼人正邪、そして少名針妙丸。おまえらはただの小物じゃあない。強い、強い弱者だ。さあ小人よ、かつて鬼を倒した英雄の子孫よ、私を倒して見せろ!」
「っだあああああああああああああ!!」
針妙丸と萃香の戦いは――いや、それは戦いとは言えないかもしれない――ただの一方的な暴力だった。
「輝針『鬼ごろし両目突きの針』!」
高速のナイフ弾が萃香を襲う。
「その程度で鬼を殺せると思うなよ。萃符『戸隠山投げ』!」
萃香の能力で萃められた岩の塊がナイフを弾きとばし、針妙丸へ直撃する。
「が……ッ!」
「どうした、一撃くらい入れたらどうだ針妙丸!」
「はぁ、はぁ、……くっ」
一方的に萃香にやられている針妙丸は膝をついて肩で息をする。
針妙丸が萃香に担架を切って五分。たったそれだけの時間で体は満身創痍だった。魔力もほとんど残っていない。
――それでも針妙丸は折れない。萃香にまっすぐ目を向ける。
そんな針妙丸に萃香はにやりと笑い、拳を握る。
「心は折れてないようだな。……だがもう終わりだ。せめて苦しまないよう一撃で殺してやるよ」
萃香が針妙丸に向かって距離を詰め、殴りかかる。
針妙丸の体は動かない。
――ああ、ここで私は終わりか。弱いなあ私は。……だけど、ほんの少しだが時間も稼げた。あの逃げ足の速い正邪のことだ、きっともう遠くに逃げているだろう。それなら自分にとって勝ちも同然だ。
さようなら、正邪。
死を覚悟した針妙丸は目をつぶるが――
「ふざけんなぁ!」
後ろからの声にはっとして目を開ける。針妙丸の目に飛び込んできたのは――アイテム『四尺マジックボム』。
萃香は咄嗟に後ろに下がり、そして爆発。針妙丸と萃香の間に距離ができる。
それを投げた人物は――言うまでもない。
「正邪、なんで⁉」
まだ正邪が逃げていないことに針妙丸は驚きの表情をみせる。
正邪は怒りで声を震わせて叫んだ。
「針妙丸、誰がおまえの言うことなんか聞くか! 私は天邪鬼だぞ!」
正邪の言葉に応ずるように反則アイテムが全て宙に浮き、手を掲げると、道具から魔力が打出の小槌に流れ込む。
「さっきからヒーローだのなんだの虫唾の走ることばかり言いやがって! それでテメエは悲劇のヒロインのつもりかぁ? 吐き気がする!」
天邪鬼にとって情けだの憧れだの不愉快極まりない。オマケにそれがかつて見捨てた相手からだなんて我慢ならない。
だから正邪は反逆する。その優しさに反逆する。思いやりに反逆する。
「私はおまえなんかの思い通りにならねえ! おまえの施しなんていらねえ! 再びおまえを利用してこの場を切り抜けてやる!」
――そして正邪の持っていたアイテムから魔力が完全に消失した。もはやどれも二度と反則的な魔力は使えはしないだろう。
そのかわり、打出の小槌はかつて使用した全ての魔力が回収され、完全な姿を取り戻した。
「……ははっ、本当に――」
針妙丸は立ち上がって、笑った
――力が湧いてくる。
せっかく死ぬ気で逃がしたのになぁ、私の苦労はなんだったのよ
――勇気が湧いてくる。
本当に正邪は正邪だ。こんなの予想できたのに、私ったら本当バカだ
――体の痛みは感じない。
だったら、私ももうちょっと頑張らないといけないじゃない。
――今ならなんだってやってみせる。
小槌が万全の状態になったから、だけではない気がする。魔力ではない、何か温かいものが自身の中に流れ込んでくるのを針妙丸は感じた。
「大好きだよ正邪ぁ!」
右手の剣を力強く握りしめ、地面を蹴り、萃香に突撃する。
(これは……本気でいかないとマズい――!)
萃香は直感した。この攻撃には全身全霊で対応しなくては、と。
「妖剣――!」
「四天王奥義――!」
閃光のように駆ける針妙丸、それを萃香は真っ向から迎え撃つ。
百戦錬磨の萃香と小槌の力を手にして間もない針妙丸、その差は歴然だった。満身創痍な針妙丸が最後の力を振り絞っても、萃香に触れもできず、消し飛ばされるだろう。
――そのはずだった
「後ろが隙だらけなんだよこのマヌケ!」
「⁉」
背後から聞こえてきた声に萃香は驚愕する。
そんなバカな、天邪鬼はもうまともに動けないうえに、アイテムは使えないはず――
萃香はハッとして背後に目をやるが……誰もいない。
「ばーか」
中指を立ててしてやったりの表情を正邪は浮かべる。
鬼人正邪の能力――『何でもひっくり返す程度の能力』――小槌の力がない今では「何でも」という表現は正しくはない。異変のときのように相手の上下左右の認識をひっくり返すという芸当はできない。――だが、『声が聞こえてくる方向をひっくり返す』くらいのことなど造作もない。
そして気を取られた萃香の隙を針妙丸は逃さない!
閃光一閃、針妙丸は萃香の懐へ飛び込んだ!
(ありがとう。やっぱり正邪は私のヒーローだよ。)
「『輝針剣』!」
「『三歩壊殺』!」
全身全霊の力で繰り出された輝針剣、圧倒的な鬼の力の拳撃、真正面から全身全霊の攻撃がぶつかった。
交差した二人はそのまま動きを止めていた。衝突による風のざわめきの後には物音一つしない静寂。
一瞬にも、一時間にも思える時間を経て、
「ごめん、正邪」
針妙丸がゆっくりと、倒れた。
萃香の拳は針妙丸の腹に突き刺さり、針妙丸の輝針剣は萃香の肩を貫いた。お互いの攻撃は当たったが、針妙丸は倒れ、萃香は立ったまま。
伊吹萃香の勝利である。
「……刺されたのはいつぶりかな。弱者の強さ、見せてもらった」
「針妙丸! ……クソ!」
針妙丸が倒れ、自分にはもう使えるアイテムはない。
今度こそここまでか――正邪が思わず目を閉じたときだ。
「ここまで、じゃな」
「針妙丸! 無事⁉」
「霊夢と、二ッ岩マミゾウ、だったかな。」
正邪の前に現れたのは、数日前に城に針妙丸と一緒に待ち伏せていた腋巫女と狸の妖怪だった。
「鬼に覚えてもらえるとは光栄じゃの」
「ああもう針妙丸ったらこんなになるまで!……紫、見ているんでしょう!」
「あら、霊夢。何か用?」
何もない空間からぱっくりと境界が入り――八雲紫が現れた。もはや正邪はなにがなんだかわからない。
待ってましたとばかりにマミゾウが紫に話かけた。
「初めまして、かのうスキマ妖怪殿。早速だがそこの天邪鬼についてじゃ。奴さんが捕縛・討伐対象になったのは件の『反則アイテム』が原因じゃろう。そのアイテムの魔力は小槌に戻って、ただの物となった。もう天邪鬼を退治する理由はないと思うが」
「……だからなんだというのです?この天邪鬼が幻想郷の転覆を企んだのは事実。罰さない理由がありませんが」
「幻想郷の転覆の企みなんて今に始まったことじゃないじゃーん」
「萃香、貴方まで……」
「ねぇゆかりー私、こいつら気に入っちゃった。なんとか許してやってくれないかい? ボコボコにした私が言うのもなんだけどさー」
数秒間の沈黙の後、紫は口を開いた。
「――ええ、わかったわ。今の天邪鬼に脅威は無いと判断し、八雲の名において天邪鬼討伐のお触れを取り下げとします」
「あ、そうだ。ゆかりー私のお酒はー?」
「萃香がちゃんと頑張ってくれたのであげますよ」
「ならよし! それじゃあ宴会の準備をしよう!」
「まず治療が先だと思いますけどね」
けらけら笑う萃香に対し紫苦笑し、「これは返してもらうわね、お気に入りだったの」と、『隙間の折りたたみ傘』を回収して、スキマへ帰っていった。
あまりのあっけない逃亡生活の終わりに正邪はポカンとするほかなない。
「じゃあ解決したことだし、いますぐ宴会にしよう!」
「アホか!」
霊夢がペシリと萃香のおでこを叩く。
「えーなんでさー」
「ぶっ倒れた針妙丸とあんたの治療が先でしょう!」
「わー霊夢やさしー。刺されたところは痛いけど死にはしないよ。針妙丸のほうも命に別状はまだないし」
「まったく……さっさと永遠亭に行くわよ、ついでにあんたもね」
ハッと我に返り逃げようとしていた正邪を、霊夢は札を張り付けて身動きを封じる。
「おい!何をする、放せ!」
「放すわけないでしょう。あんまり暴れるとその傷を十倍ほど増やしてやるわ」
「ふざけんな! この暴力巫女!」
「百倍のほうがよかった?」
「まあまあ霊夢、落ち着けよ」
こうして十一日間に及ぶ、異変の延長戦であるアマノジャクの騒動は幕を閉じたのであった。
数日後
永遠亭の驚異の治療により一番の大怪我だった針妙丸は全快。正式に異変解決ということで博麗神社では宴会が催されていた。
いつも通りのドンチャン騒ぎ。そんな中で一人、不機嫌そうな顔をしている者がいた。
「で、なんで私まで参加しているんだ?」
「まあいいじゃないか、私は紫から極上の酒をもらえたし、おまえも退治されずに済んだ。ハッピーエンドってやつじゃないか」
異変の元凶である鬼人正邪である。
巫女によって背中に張り付けられた札により、博麗神社の外に出ることができない正邪は強制的に宴会に参加させられていた。
「何がハッピーエンドだ! そういうのが私は大嫌いなんだよ!」
人の嫌がることを好み、人を喜ばせると自己嫌悪に陥る。そんな天邪鬼にとってハッピーエンドは何よりも気分が悪いものなのだ。
そして何より正邪の気分を悪くしていたのは、自分の大嫌いな強者の代表である鬼――萃香に物理的に纏わりつかれているからだ。
「で、なんで私に近づいてんだよ。テメェら鬼は私みたいな天邪鬼が一番嫌いなタチだろ?」
「いいねぇ、あれだけコテンパンにされた相手に強気で突っかかるおまえの度胸。私はそんな奴が嫌いじゃないのさ」
「……本当に最悪の気分だ。」
それから数十分間は纏わりつかれた正邪は酔っぱらった萃香をなんとか追っ払って、一人でいられる場所を正邪は探すが――
「おーい正邪―!」
「チッ……」
「こっち来なよー!」
運の悪いことに一番会いたくない人物と目があった。
行きたくはないが行かないと面倒くさいことになる、と感じた正邪は会いたくない人物――針妙丸の傍に座った。
「あーあ、もう正邪のせいでまたしばらく小さいままだよ」
「それはおまえのせいだろ馬鹿」
回収期である打出の小槌を無理やり使った代償で、針妙丸はまたしても異変解決直後同様の数十センチほどの大きさになっていた。
針妙丸自身は「お腹いっぱい食べられるー」とアホみたいに喜んでいるようで気にしていなかったが。(まったくもって気に食わない)
「ねぇ、正邪」
「なんだよお姫様」
「……まだ、下剋上は諦めてない?」
「当然だ」
正邪は迷いなく答えた。
「そっか」
「……止めないのかよ」
「もう諦めたよ。それに私も弱者の味方な正邪が好きだし。」
「別に私は弱者の味方ってわけじゃねーただ強者を潰したいだけだ」
「そういうことにしておいてあげる。次に何かやるときは私も呼んでよ? 正邪は私がいないとなーんにもできないんだから」
完全に調子に乗ってる針妙丸にイラッとなった正邪はムキになって言い返した。
「はぁ~~~? 何を言っているんですかね。箸すら持てないお姫様がなんて? 城にいたときに着替えを手伝ってもらっていたのは誰なんですかね~」
「あー! またそんなこと言ってー!」
売り言葉に買い言葉。それから二人の口喧嘩はヒートアップしていった。
「今回は私のおかげで助かったんだから少しは感謝して!」
「別に頼んでねーし! 大体足手まといにしかなってなかったな!」
「むっかー! それは正邪のほうでしょ! このお調子ひねくれ無謀者!」
「ああ⁉ 単純バカなチビすけ姫様に言われても何も感じないねー!」
そんな低レベルな口喧嘩を萃香、霊夢、マミゾウは遠巻きから見つめている。
「いやあ、あいつらを見ていると面白いなあ」
「また痴話喧嘩しているの?」
「痴話喧嘩というか子供の喧嘩じゃな」
萃香が愉快そうに笑い、霊夢が呆れたようにため息をつき、マミゾウがニヤニヤしながら言った。
「天邪鬼って本当に面倒くさいわねえ」
「いや、儂の知り合いに似たような性格がいるから分かるがあれは天邪鬼というより――」
「馬鹿! 正邪なんて大嫌い!」
「ああ、私もおまえが大嫌いだよ、針妙丸」
「ただのツンデレ、じゃよ」
「「誰がツンデレだ!」」
「厄介なことになったものね」
物が勝手に動きだし、大人しい妖怪が暴れ出すという異変があった。博麗の巫女により首謀者はいつも通り調伏され、その異変は解決した、はずなのだが――
「ええ……まさか異変の黒幕が逃げ出すとは」
名目上は異変の首謀者は小人である少名針妙丸だ。しかし彼女は利用されただけで、唆した黒幕が別に存在していた。
鬼人正邪、天邪鬼にして今回の異変の真の首謀者である。正邪は針妙丸が博麗の巫女に倒された後すぐに逃げ出し、いまだ捕まっていない。
「ええ、主を見捨てて逃げ出すとは流石は天邪鬼、といったところね」
「黒幕が捕まらなくては本当の意味で異変解決となりません。この問題には即座に対処しませんと」
「いえ、問題なのはそこではないわ藍」
藍の把握している限り他に問題はない。考えても思いつかない藍は紫に問いかけた。
「……? では他にどのようなことが?」
「私のお気に入りの傘が取られたわ」
「は……? 今なんと?」
八雲紫の忠実な従者である藍は主の発言を一言一句聞き漏らさず聞いていた。聞き返したのはその言葉の意味がよく分からなかったためである。
「耳が遠くなったのかしら? マイお気に入りの傘が取られたの!」
「……えーとその傘は神器の一種みたいな珍しい物だったり?」
「そうね、幻想郷ではまず手に入らないわ――渋谷で買ったもの」
「何やってんだアンタは!」
あまりのアホらしさに藍の敬語とか緊張感とかその他諸々がぶっ飛んだ。
「あら、私は真剣よ藍。確かにその傘は渋谷で買った何の変哲もないものだけど――私が使っていたものなのよ?」
主の言葉に藍は気を引き締めなおす。
「――というと?」
「スキマ妖怪である私が使っていた物、そして異変、これらの事象によりその傘には私の能力が一部移った」
「なっ――!」
八雲紫の能力『境界を操る程度の能力』。その名の通り境界ならばあらゆるものを操ることができる。空間の境界を操り離れた場所同士を繋げることはもちろん、概念的な物―――たとえば人間と妖怪。たとえば夢と現。たとえば生と死―――八雲紫を八雲紫たらしめる、まさしく反則的で神に等しい力である。そんなものが他人に渡ったりしたら――
「……かなりまずいのでは」
「まあ流石に私の能力全てそのまま、なんてことはないでしょうが危険であることは確かね。と、いうことで鬼人正邪の捕縛のお触れを出しましょう、捕まえた者にはそれなりの褒美を与える、とね」
この日から異変の黒幕である鬼人正邪の逃亡生活が始まった。
少名針妙丸の朝は早い。
「まあ好きで始めた仕事ですから」
最近は霊夢がなかなか起きてくれないと愚痴をこぼした。まず、霊夢の布団に辿りつくことからはじ――
「何言ってんのあんた」
「あ、霊夢おはよう」
「アホなことやってないで、朝食の準備ができるまで大人しく待ってなさい」
霊夢が起きてきたので針妙丸の一人プ○ジェクトXごっこは中断された。
――こうして針妙丸の一日が始まる。
霊夢が起き、朝食が終わったら針妙丸は基本はボーっとして過ごしている。しかし退屈はしていない。何故なら神社には様々な人妖が来るからだ。
大抵霊夢は気怠そうにに対応するが――おそらく来る人妖らがまったく賽銭を入れようとしないからだろう、昨日も愚痴っていた――針妙丸はそんな霊夢を見るのが好きだった。
別にどこぞの天邪鬼みたいに他人の不幸が蜜の味、というわけではない。今まで外の世界に出たことのなかった針妙丸にとって、霊夢達が話す会話の内容はどれも新鮮で、聞いているだけで楽しい。そして夕食を食べ、お風呂に入り、寝る。単純だが針妙丸はそんな生活が気に入っていた。
ぐちぐち言いながらも、世話してくれている霊夢に針妙丸は感謝しているし、色々な人妖が来る博麗神社にいることは針妙丸にとってとても楽しい生活だった。
ただ一つ心残りがあるとするなら――
「邪魔するぞ」
「んー、なんだマミゾウか。邪魔するなら帰ってちょうだい」
鳥居をくぐり抜けてやって来たのは、幻想郷では比較的珍しい眼鏡っ娘、頭にトレードマークの葉っぱを乗せた佐渡の二ッ岩、捕らぬ狸のディスガイザー、大妖怪の二ツ岩マミゾウだ。
先述したとおりこの神社には様々な人妖が来る。中には鬼や天狗などの上級妖怪を見るのも珍しくは無い。最初はビクビクしていた針妙丸だが今では慣れっこである。
「冷たいのう。まあ儂としても帰ってもいいんだが……聞いておいたほうがいい情報だと思うぞ?」
「なによ、言いたいならさっさと話しなさい」
「なら遠慮なく話させてもらおう。鬼人正邪については知っておるな?」
「……」
鬼人正邪、という名前に針妙丸がピクリと反応する。
「そりゃあね。ついこの間の異変の黒幕だもの」
「お触れが出てな、天邪鬼を捕まえたら褒美が出る。だそうじゃ」
「へぇー褒美ねぇ」
「興味なさそうじゃの。褒美は欲しくないのか?」
「別に異変でもないし面倒くさい」
「ねぇ、霊夢」
と、暖簾に腕押しな霊夢に針妙丸が口を挟んだ。
「あん?」
「私、正邪を捕まえたい」
「えー」
「ほう、そこの小人は鬼人正邪と知り合いか」
「ああ、こいつは異変の主犯でもあり被害者でもあるからね」
「なるほど……それはさておき、霊夢。なんでも天邪鬼は色々なところからくすねたアイテムを持っておっての、その中におまえさんの陰陽玉があるそうなんだが」
「はぁ⁉ お祓い棒の次は陰陽玉⁉」
「別に陰陽玉はお祓い棒のように付喪神化しているわけではないが、まあ魔力の影響でおかしくなっているのは確かじゃな」
「あーもう分かったわよ、乗ってあげるわ。あの天邪鬼を捕まえてお金もらって、豪勢な食事にしてやるわ!」
「ほっほっほっ、その意気じゃ」
針妙丸の心残り――それは異変の最後に裏切られた天邪鬼、鬼人正邪のことだった。
鬼人正邪捕縛のお触れが出てから八日目。針妙丸、霊夢、マミゾウの三人は逆さ城、輝針城の中に来ていた。
「多分、正邪はここに来ると思う」
「なるほど、犯人は現場に戻るということわざもあるしな」
「そんなことわざあった? まあ、私の勘もここに来ると言っているわ」
「巫女の勘もそう言っておるなら信頼性は高いの。さて、まずは針妙丸が天邪鬼に降伏を促し、それで相手が応じなかったら儂らの不可能弾幕で捕まえる、という計画でいいな?」
「うん、多分正邪は降伏なんかしないと思うけどね……あ、そうだ。あの、ちょっと相談、ううん聞きたいことがあるんだけど」
不安そうに少し震えた声で針妙丸は続けた。
「正邪が捕まった後、その、こ、殺されたりしないよね。もしそうなら……いたっ!」
針妙丸の言葉は霊夢のデコピンによって遮られる。
霊夢は呆れたようにため息を吐いた。
「あんたね、私達をなんだと思っているのよ。」
「そもそも異変の首謀者であるおまえさんに何もお咎めがない時点で分かるじゃろ。幻想郷はそんな残酷なところではない、安心せい」
「うん……霊夢、マミゾウ、ありがとう」
二人の言葉を聞き、針妙丸はほっと胸をなでおろした。
「まあ紫のことだし、天邪鬼がこってりと絞られる可能性はあるけどもね」
「こってり絞る役目は私に任せてほしいな。この輝針剣で目を突いてやる!」
「そこまでやるのは拷問じゃろう……っと、どうやら奴さんが来よったぞ」
そうだ、まだ正邪を捕まえたわけではない、気を引き締めなくては。ここは思い切り、威厳を見せつけて降伏を促してやるのだ。
正邪が針妙丸の姿を見て驚いているのを見つつ、針妙丸は今自分ができる精一杯の威厳を出して告げる。
「こら、正邪や――」
「楽勝だな」
「うっ……」
予想通り説得に失敗した針妙丸、霊夢、マミゾウはそれぞれ不可能弾幕で正邪を捕まえようとしたが、反則アイテムを駆使した正邪に全て突破されていた。
得意げな顔で正邪は言った。
「やはりこの力は素晴らしい。私一人で幻想郷を支配するのもそう遠くはないね」
「……正邪の……」
「あん?」
「正邪の馬鹿! どうして降伏しないの! 一人でどうにかできると思ってるの⁉」
今まで溜まっていたものが爆発したのか、威厳や冷静さなど取り繕っていたものが全部頭から吹っ飛んだ針妙丸は正邪にぶちまけた。
「できるさ、この反則的な魔力があればね」
「それも元はといえば私の小槌の魔力でしょう!」
「知らないね~私が持っているんだから私のものだ」
「……本当にまだ下剋上なんてできると思ってるの⁉」
針妙丸のこの問いに正邪は迷わず、自信たっぷりに返答する。
「やれるさ。私はこの世界をひっくり返す。強者を叩き落とし、弱者が物を言う世界にしてやる」
「……正邪は変わらないね」
そう、私と出会ったときからずっと――
何故か正邪を直視できなくて、針妙丸は目を逸らし唇を尖らせた。
「私、やっぱりあなたが嫌いだよ」
「そうか、私もあんたのことがもっと嫌いだったよ」
「私の方がそれよりもーっともっと嫌いだったわ!」
「ハッ! 私はその百倍嫌いだね!」
「え、なに? 痴話喧嘩?」
「「違う!」」
霊夢の発言にツッコミを入れた両者はハッと我に返る。
針妙丸は正邪を掴もうと手を伸ばす、が、一歩遅く正邪は飛び去っていった。
「……まんまと逃げられたのう」
「うん……」
「ぽけーっとお喋りしているからよ。それと針妙丸、あんた手加減してたでしょ。異変の時の半分の力も感じなかったわ」
「……そんなことないよ。ほら、小槌はまだ魔力の回収期だからね、それを無理やり使っているからあまり上手く力を出せないの」
「ああ、前にそんなこと言ってたわね。後はあの天邪鬼の持っている道具の魔力だけ?」
「うん、あれを回収できれば異変のときと同じ位の力は出せると思う」
「まあそれができれば苦労しないわよね。しょうがないわ、ゆっくり待ちましょう。どうせ誰かが倒してくれるわー」
いくら反則的なアイテムを持っているとはいえ、正邪はたった一人だ。幻想郷を相手に逃げおおせるはずはない。そう思って針妙丸らはこの日は大人しく帰宅した。
――しかし大方の予想は外れ、その後鬼人正邪は吸血鬼・聖人・天人などの実力者からも逃げ切り、お触れが出てから十日間が過ぎた。
「それで結局逃がしたままと」
「……申し訳ありません」
「いえ、あなたのせいではないわ。私も逃がしてしまったし」
頭を下げる藍に紫は苦笑する。
「皆、遊び半分で追いかけていますからね。それでも誰かは捕まえるとは思ったのですが」
「ある意味幻想郷らしいわね。仕方ないわ、あんまりこの手は使いたくなかったけど……」
スペルカードも、不可能弾幕もダメなら残された手段は一つ。
「クソ……どいつもこいつも遊び半分で追いかけてきやがって……」
正邪は針妙丸と再会し、そして倒してから更に追っ手は激しくなり、幻想郷でも有数の実力者から追われていた。
正邪にとって気に食わないのは、どいつも遊び半分だったということだ。まるで「おまえにはこれで十分だ」「新しいスペルカードの実験台だ」とでも言うかのように。その余裕のおかげで正邪は逃げきれているわけだが……やはり気に食わない。
(疲れた……せめて今日ぐらいは――チッ)
十日間にも及ぶ逃亡生活で、研ぎ澄まされていた正邪の神経は新たな追っ手の存在を感じていた。
「やあ天邪鬼」
「今度は誰……あ? 確かおまえは……」
「幻想郷のため、そして私の酒のため――ちょっと退治されてくれ」
鬼人正邪逃亡十一日目。新たなお触れが下された。
「それってどういうこと!」
時を同じく、再び神社を訪れたマミゾウに針妙丸が針のような剣幕で食ってかかっていた。
「今言った通りじゃ、今日新たなお触れが出た。鬼人正邪を退治しろ、とな」
「なんで! ただ捕まえるだけだって! ここはそんな残酷なところじゃないって言ったじゃない!」
「事情が変わったんじゃ、あやつは幻想郷を相手に・・・・・・あまりにも上手く立ち回りすぎた」
「そんな……」
「おそらく予想外だったろうな。天邪鬼がここまで逃げおおせたことに。そして今度こそ逃がさないよう捕縛ではなく討伐に切り替えた」
「そんな……」
こんなはずでは。
このままでは正邪が殺される。
「……行かなきゃ」
「どこへじゃ?」
「正邪のところへ!」
針妙丸が焦った様子で飛び出した。
「何故鬼人正邪をそこまで助けようとする?」
針妙丸の足が止まった。
「おまえはあやつに裏切られたのだろう? 恨みこそすれ、助ける理由なんてないはずじゃ」
マミゾウの問いについて針妙丸は考える。
自分はどうして正邪を助けたいのだろう?
恨みはある、悔しさもある、嫉妬もある。
だけどこの前正邪と会ったときに、自分が感じたものはそれだけではなかった。
「正邪はどうしようもない奴で裏切り者だけど……今の私があるのは正邪のおかげなの。もし正邪がいなかったら霊夢やあなたにも会えなかったし、この世界を知ることもできなかった」
だから助けたい――のか?
感謝はある、憧憬もある、敬意もある。
しかしそれが理由かと問われれば――そうではない。
自分が助けたい理由は、あのいけ好かないムカつく天邪鬼を助けたい理由は、たった一つだ。
針妙丸はマミゾウへ振り向き、力強い声で宣言する。
「だから、正邪は私にきっかけをくれた初めての友達なの。そんな友達を、大切な仲間を、大嫌いで大好きなあいつを、死なせるなんて絶対に嫌だ!」
「……そうか」
マミゾウは満足したように頷いた。
「なら行ってくるといい。友達は大切にせんとな?」
「うん。……ねぇ、あなたはどうして私達を助けてくれるの?」
「そんな話をしている場合かの?」
「……それもそうだね」
「天邪鬼は無名の丘付近にいるそうじゃ。場所はこの地図の通りに行けばいい」
「うん!ありがとう!」
針妙丸が去ったのを見届けたマミゾウはひとりごちた。
「なぁに、くだらない理由じゃよ。例えば、天邪鬼が持っているアイテムに儂の持ち物もあったり、天邪鬼が儂の正体不明な寂しがり屋の友人に似ていたから、とかな」
正邪と追手の対決は、既に終わりを迎えようとしていた。
「なんだ、あっけない。肉弾戦なら所詮こんなもんか」
「クッ……」
追手の力に正邪は成す術なく倒れ伏していた。
アイテムを使うとか、不可能弾幕とか、そんな次元の問題ではなかった。
種族の差、力の差、技術の差、強者と弱者の差――二人の間には比べるまでもない圧倒的な差があった。
追手が手を掲げると火球を生成する。
「これで終わりだ。これで極上の酒が飲めるんだから楽なもんだね」
離れていても感じる熱に、死を悟り、倒れたまま正邪は呟く。
――ここまでか
火球が正邪を焼き殺そうとする、まさにその一瞬前の出来事だった。
誰かが、立ち塞がる。
その小さな背中の持ち主は正邪を守るように右手に持った小槌を前に翳し、火を打ち消した。
「なっ……おまえは」
「へぇ……こいつは」
正邪を守ったその人物はその手に持った針にも似た剣を追手に向ける。
「間に合った……!」
信じられないものを見るかのような目で正邪は目を見開いた。
「針妙丸……!」
「おまえは確か霊夢のところにいた小人か」
「なにやってんだおまえは!」
「何って、あなたを捕まえにきたのよ、正邪。だからあなたを殺させはしない」
「はぁ? 馬鹿かおまえは。今さらどうしようっていうんだ。私は自首なんか絶対しないし、あいつは捕まえるんじゃあなくて私を殺そうとする。もうどうしようもないんだよ。テメエまで追われたいのか、さっさと去れ」
逃げ場はない。仲間もいない。幻想郷の全てが正邪を追っているのだ。反則アイテムがあっても正邪には万に一つも逃げ切れる可能性は無い。
「なら……」
針妙丸が正邪の言葉を遮ぎり、続けた。
「なら、私が正邪を助ける! 世界(幻想郷)の全てと戦ってでも!」
下剋上を企んで、無謀にも幻想郷に喧嘩を売った弱者がいた。
確かに自業自得かもしれない。自分を騙して、幻想郷を混乱させた黒幕かもしれない。
けれど針妙丸は嫌だった。自分の友達が、自分の世界をひっくり返してくれた恩人が、自分の好きな人が、殺される未来なんて認めたくなかった。
少女は手に入れた幸せだった生活から背を向け、目の前の追手と対峙する。
下剋上のためではなく、友達を助けるために。
「……というわけで、あなたはよく神社に来てた鬼の伊吹萃香さん、だったよね? 正邪は自首させるから見逃してくれないかな?」
正邪を襲っていた追手の正体、それは小さな百鬼夜行、鬼の四天王の一人、伊吹萃香だった。
「ダメだね。直々に友人に頼まれたからな、そいつを退治してくれって。それに褒美に極上の酒を用意してくれるんだ」
「……どうしても?」
「どうしてもだねぇ、そっちこそ、退かないと――死ぬぞ?」
お互い退く気はない。
ならば戦うしか道はない。
「そう、ならあなたを倒すまで!……ってなわけで正邪、手伝って」
「えっ、この流れって姫様が私をお助けしてくれるんじゃないですかねぇ」
「いやいやいや、自信過剰な正邪と一緒にしないでよ。小槌が万全ならともかく、今の私で鬼になんて勝てるわけないじゃん……」
「うわダッサ……」
「幻想郷を支配できるとか格好つけておいて、さっき私に助けられた正邪がなんだって?」
「ああん⁉」
急に始まった漫才を遮るかのように、萃香は事も無げに告げる。
「いいよ、二人でかかってきなよ。そんな小っちゃいのが役に立つのか分からないけど」
針妙丸が萃香を睨みつけ、小槌を軽く振る。一瞬小槌が光り――針妙丸の大きさは萃香とほぼ同じ体格に変化する。
「どう? これで同じ大きさよ」
「流石は一寸法師の末裔。だが大きくなるのは私に勝った後のほうがいいんじゃないかな?」
「あら、お腹の中から針をちくちく刺される方が好き?」
「口の中に入ったときに噛み砕いてやろうと思ったのさ」
そんな軽口の応酬後、針妙丸が大地を蹴り、輝針剣を構え萃香に飛びかかる。
「はっ!」
瞬速の刺突を、萃香は寸前で顔を反らせて軽くかわす。
かわされた針妙丸が着地し、萃香が針妙丸と正邪に挟まれる構図となる。
「くそ! やってやるよ!」
正邪が萃香に弾幕を発射。それを萃香は軽々とグレイズし、光弾を乱射する。
「いくよ、正邪!」
「今だけだからな!」
二人は一言ずつの問答で理解しあう。
正邪がアイテム『天狗のトイカメラ』――撮影した場所にある弾幕を切り取る――で萃香の光弾を消去。
針妙丸はその撮影した隙間を狙い形成した多数のナイフを、発射していく。
萃香はナイフを避け、時には瓢箪で弾き飛ばしながら二人に迫る。
「『小人の地獄』!」
針妙丸が多数のばら撒き弾を展開。避ける隙間がないほどの密度の弾幕が萃香に迫る。
「こんなものか?」
萃香の拳に周囲の熱が集まり発火する。そのまま拳を突きだし、派手な爆発音と共に爆炎の塊が針妙丸の弾幕をかき消す。
(馬鹿が! 後ろだ!)
正邪はアイテム『血に餓えた陰陽玉』で萃香の後ろに瞬間移動、即座にアイテム『打ち出の小槌(レプリカ)』に持ち替え、振りかぶり――
「このっ!」
思いっきり萃香をぶん殴る。
まともに喰らった萃香が吹っ飛ばされ、
「なっ⁉」
文字通りに霧散した。
「残像だよ」
嘘である。
正確には分身と表現するのが正しい。弾幕をかき消した際、萃香は体の一部を霧散化させていた。残っていた体は囮であり、霧化した方が正邪の後ろに回り込んでいた。
これが萃香の『密と疎を操る程度の能力』の一部である。
そして実体化した萃香が拳を振り下ろし、正邪の頭を粉砕――したかに思われた。
バキン! という音ともに正邪だったそれは地蔵に代わり、砕かれた。
「ならこっちは身代わりだ」
ミスを無かったことにするアイテム『身代わり地蔵』だ。そのまま正邪は傘――アイテム『隙間の折りたたみ傘』――を取り出しスキマを開き、大きく後方へワープ。
「大きくなああああれえええええええええええ!!」
萃香の頭上に飛びあがり、打出の小槌を振り上げた針妙丸が叫ぶと――小槌が何十倍にも巨大化した。
圧倒的な質量が萃香を文字通り叩き潰さんと振り下ろされる!
「――へっ?」
しかし小槌は萃香を叩き潰すことはなく――あっさりと片手で受け止められていた。
「ほらよっ!」
軽快な掛け声で萃香は巨大化した小槌ごと正邪のほうへ投げ飛ばす。
針妙丸は即座に小槌の巨大化を解除するも、正邪にかかった衝撃は止められず、そのまま二人そろって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
萃香は瓢箪の蓋を開け、酒を飲み、上機嫌そうに言った。
「役に立たないなんて言って悪かった。天邪鬼一人のときよりもずっと面白い――だけど、これで本気だったらおまえら死ぬぞ?」
これが山の四天王の一角、酒呑童子、伊吹萃香である。
結局のところ最初から勝負は決まっていた。アイテムの力だけが頼りの弱者と、生まれながらの強者。
正邪と針妙丸は萃香に傷一つ付けられぬまま防戦一方となっていた。
傷だらけの正邪と針妙丸は息を絶え絶えにしながら岩に隠れていた。
「クソ……なんだよありゃあ。存在そのものが反則だろ」
「鬼が強いって分かっていたけど、その中でもずっと強い……!」
(アイテムもそろそろ使い切る。まともにやっても勝てねえ。何か助かる方法は――)
ふと、正邪は横にいる針妙丸を見る。
ああ、あった。助かる方法。
それはかつて一度自分がやった方法。
針妙丸を囮にして一人で逃げ出せば――
「逃げて、正邪」
虚をつかれた正邪の思考が停止した。
「……は?」
「かっこよく助けてあげようと思ったけど……私には時間稼ぎが精いっぱいみたい。」
「何言っているんだ。追われているのは私だぞ。おまえはいつでも逃げればいい、こんな裏切り者を放っておいてな」
自嘲的な笑みを浮かべる正邪に針妙丸は告げる。
「正邪、私はあなたの裏切りに救われたのよ」
「……なんだって?」
この危機的状況に気でも狂ったか、と正邪は思った。
「あなたが異変の決着後、逃げだしたことで異変の黒幕はアンタ一人ってことになった。私は哀れにも騙された被害者扱いで、博麗神社でぬくぬくと保護されることになった」
「はぁ? 何勘違いして、」
「分かっているわよ、正邪がそんなこと考えていたわけじゃないって。裏切られたのは私、今でも怒ってるよ。それでも、結果的に私は救われた。特に罰とか受けないで、博麗神社でご飯が食べられて、窓際でぼーっとしながら霊夢や魔理沙と話したりできたのも正邪のおかげ」
「……能天気な考えだな、吐き気がするぜ」
「それだけじゃないよ」
針妙丸は思いの丈を告げる。
「初めて正邪と会って、私は救われた。きっとあなたは私を利用するつもりで近づいたのだろうけど、小槌を使わせるための道具としか見なかったかもしれないけど、あなたが私をあの世界から助けてくれた」
「……」
「だから今度は私の番。でも私には正邪みたいに心が強くないから、弱いから、逃がすことしかできない。ごめんね」
針妙丸は立ち上がって小槌を振る。すると小槌から正邪の所持しているアイテムへ、魔力が流れ込んでいった。
「お、おい」
「これでしばらく持つと思う。行って、正邪」
針妙丸は正邪に背を向け、一人で目の前の鬼と対峙する。
萃香は瓢箪の酒を一気飲みし、手を広げ余裕そうな立ち振る舞いをしている。
「なんだ、今度はおまえ一人だけか? それにしても解せないねぇ、そこまであの天邪鬼にこだわるか?」
「こだわるよ。正邪は、ヒーローだから」
「ヒーロー……天邪鬼からは程遠い言葉だが」
「それは否定しないけど、私にとってのヒーローなの。」
鬼の世界でひとりぼっちだった私を連れ出してくれたのが正邪だ。
それまでの安全で、だけど退屈な日常とは違って、正邪との生活は危険で、それでいてとても楽しかった。囚われの自分を助けてくれた王子様……なんてのは恥ずかしくて言えないし認めたくないけど。
「正邪は弱者のために戦って、弱者を胸に戦い、弱者の立場のために立って戦っていた。それは私を裏切った後も変わらなかった。
私は弱いから、異変で失敗してもう下剋上は諦めたけど――」
針妙丸は剣を萃香に向け、高らかに宣言する。
「せめてこの時だけでも下剋上してみせる。這い上がることはできないけど――私は這いつくばってでも勝つ!」
針妙丸の強気の言葉を聞いた萃香は瓢箪をしまい、余裕の構えをやめ、代わりに拳を構える。
「……認識を改めるよ鬼人正邪、そして少名針妙丸。おまえらはただの小物じゃあない。強い、強い弱者だ。さあ小人よ、かつて鬼を倒した英雄の子孫よ、私を倒して見せろ!」
「っだあああああああああああああ!!」
針妙丸と萃香の戦いは――いや、それは戦いとは言えないかもしれない――ただの一方的な暴力だった。
「輝針『鬼ごろし両目突きの針』!」
高速のナイフ弾が萃香を襲う。
「その程度で鬼を殺せると思うなよ。萃符『戸隠山投げ』!」
萃香の能力で萃められた岩の塊がナイフを弾きとばし、針妙丸へ直撃する。
「が……ッ!」
「どうした、一撃くらい入れたらどうだ針妙丸!」
「はぁ、はぁ、……くっ」
一方的に萃香にやられている針妙丸は膝をついて肩で息をする。
針妙丸が萃香に担架を切って五分。たったそれだけの時間で体は満身創痍だった。魔力もほとんど残っていない。
――それでも針妙丸は折れない。萃香にまっすぐ目を向ける。
そんな針妙丸に萃香はにやりと笑い、拳を握る。
「心は折れてないようだな。……だがもう終わりだ。せめて苦しまないよう一撃で殺してやるよ」
萃香が針妙丸に向かって距離を詰め、殴りかかる。
針妙丸の体は動かない。
――ああ、ここで私は終わりか。弱いなあ私は。……だけど、ほんの少しだが時間も稼げた。あの逃げ足の速い正邪のことだ、きっともう遠くに逃げているだろう。それなら自分にとって勝ちも同然だ。
さようなら、正邪。
死を覚悟した針妙丸は目をつぶるが――
「ふざけんなぁ!」
後ろからの声にはっとして目を開ける。針妙丸の目に飛び込んできたのは――アイテム『四尺マジックボム』。
萃香は咄嗟に後ろに下がり、そして爆発。針妙丸と萃香の間に距離ができる。
それを投げた人物は――言うまでもない。
「正邪、なんで⁉」
まだ正邪が逃げていないことに針妙丸は驚きの表情をみせる。
正邪は怒りで声を震わせて叫んだ。
「針妙丸、誰がおまえの言うことなんか聞くか! 私は天邪鬼だぞ!」
正邪の言葉に応ずるように反則アイテムが全て宙に浮き、手を掲げると、道具から魔力が打出の小槌に流れ込む。
「さっきからヒーローだのなんだの虫唾の走ることばかり言いやがって! それでテメエは悲劇のヒロインのつもりかぁ? 吐き気がする!」
天邪鬼にとって情けだの憧れだの不愉快極まりない。オマケにそれがかつて見捨てた相手からだなんて我慢ならない。
だから正邪は反逆する。その優しさに反逆する。思いやりに反逆する。
「私はおまえなんかの思い通りにならねえ! おまえの施しなんていらねえ! 再びおまえを利用してこの場を切り抜けてやる!」
――そして正邪の持っていたアイテムから魔力が完全に消失した。もはやどれも二度と反則的な魔力は使えはしないだろう。
そのかわり、打出の小槌はかつて使用した全ての魔力が回収され、完全な姿を取り戻した。
「……ははっ、本当に――」
針妙丸は立ち上がって、笑った
――力が湧いてくる。
せっかく死ぬ気で逃がしたのになぁ、私の苦労はなんだったのよ
――勇気が湧いてくる。
本当に正邪は正邪だ。こんなの予想できたのに、私ったら本当バカだ
――体の痛みは感じない。
だったら、私ももうちょっと頑張らないといけないじゃない。
――今ならなんだってやってみせる。
小槌が万全の状態になったから、だけではない気がする。魔力ではない、何か温かいものが自身の中に流れ込んでくるのを針妙丸は感じた。
「大好きだよ正邪ぁ!」
右手の剣を力強く握りしめ、地面を蹴り、萃香に突撃する。
(これは……本気でいかないとマズい――!)
萃香は直感した。この攻撃には全身全霊で対応しなくては、と。
「妖剣――!」
「四天王奥義――!」
閃光のように駆ける針妙丸、それを萃香は真っ向から迎え撃つ。
百戦錬磨の萃香と小槌の力を手にして間もない針妙丸、その差は歴然だった。満身創痍な針妙丸が最後の力を振り絞っても、萃香に触れもできず、消し飛ばされるだろう。
――そのはずだった
「後ろが隙だらけなんだよこのマヌケ!」
「⁉」
背後から聞こえてきた声に萃香は驚愕する。
そんなバカな、天邪鬼はもうまともに動けないうえに、アイテムは使えないはず――
萃香はハッとして背後に目をやるが……誰もいない。
「ばーか」
中指を立ててしてやったりの表情を正邪は浮かべる。
鬼人正邪の能力――『何でもひっくり返す程度の能力』――小槌の力がない今では「何でも」という表現は正しくはない。異変のときのように相手の上下左右の認識をひっくり返すという芸当はできない。――だが、『声が聞こえてくる方向をひっくり返す』くらいのことなど造作もない。
そして気を取られた萃香の隙を針妙丸は逃さない!
閃光一閃、針妙丸は萃香の懐へ飛び込んだ!
(ありがとう。やっぱり正邪は私のヒーローだよ。)
「『輝針剣』!」
「『三歩壊殺』!」
全身全霊の力で繰り出された輝針剣、圧倒的な鬼の力の拳撃、真正面から全身全霊の攻撃がぶつかった。
交差した二人はそのまま動きを止めていた。衝突による風のざわめきの後には物音一つしない静寂。
一瞬にも、一時間にも思える時間を経て、
「ごめん、正邪」
針妙丸がゆっくりと、倒れた。
萃香の拳は針妙丸の腹に突き刺さり、針妙丸の輝針剣は萃香の肩を貫いた。お互いの攻撃は当たったが、針妙丸は倒れ、萃香は立ったまま。
伊吹萃香の勝利である。
「……刺されたのはいつぶりかな。弱者の強さ、見せてもらった」
「針妙丸! ……クソ!」
針妙丸が倒れ、自分にはもう使えるアイテムはない。
今度こそここまでか――正邪が思わず目を閉じたときだ。
「ここまで、じゃな」
「針妙丸! 無事⁉」
「霊夢と、二ッ岩マミゾウ、だったかな。」
正邪の前に現れたのは、数日前に城に針妙丸と一緒に待ち伏せていた腋巫女と狸の妖怪だった。
「鬼に覚えてもらえるとは光栄じゃの」
「ああもう針妙丸ったらこんなになるまで!……紫、見ているんでしょう!」
「あら、霊夢。何か用?」
何もない空間からぱっくりと境界が入り――八雲紫が現れた。もはや正邪はなにがなんだかわからない。
待ってましたとばかりにマミゾウが紫に話かけた。
「初めまして、かのうスキマ妖怪殿。早速だがそこの天邪鬼についてじゃ。奴さんが捕縛・討伐対象になったのは件の『反則アイテム』が原因じゃろう。そのアイテムの魔力は小槌に戻って、ただの物となった。もう天邪鬼を退治する理由はないと思うが」
「……だからなんだというのです?この天邪鬼が幻想郷の転覆を企んだのは事実。罰さない理由がありませんが」
「幻想郷の転覆の企みなんて今に始まったことじゃないじゃーん」
「萃香、貴方まで……」
「ねぇゆかりー私、こいつら気に入っちゃった。なんとか許してやってくれないかい? ボコボコにした私が言うのもなんだけどさー」
数秒間の沈黙の後、紫は口を開いた。
「――ええ、わかったわ。今の天邪鬼に脅威は無いと判断し、八雲の名において天邪鬼討伐のお触れを取り下げとします」
「あ、そうだ。ゆかりー私のお酒はー?」
「萃香がちゃんと頑張ってくれたのであげますよ」
「ならよし! それじゃあ宴会の準備をしよう!」
「まず治療が先だと思いますけどね」
けらけら笑う萃香に対し紫苦笑し、「これは返してもらうわね、お気に入りだったの」と、『隙間の折りたたみ傘』を回収して、スキマへ帰っていった。
あまりのあっけない逃亡生活の終わりに正邪はポカンとするほかなない。
「じゃあ解決したことだし、いますぐ宴会にしよう!」
「アホか!」
霊夢がペシリと萃香のおでこを叩く。
「えーなんでさー」
「ぶっ倒れた針妙丸とあんたの治療が先でしょう!」
「わー霊夢やさしー。刺されたところは痛いけど死にはしないよ。針妙丸のほうも命に別状はまだないし」
「まったく……さっさと永遠亭に行くわよ、ついでにあんたもね」
ハッと我に返り逃げようとしていた正邪を、霊夢は札を張り付けて身動きを封じる。
「おい!何をする、放せ!」
「放すわけないでしょう。あんまり暴れるとその傷を十倍ほど増やしてやるわ」
「ふざけんな! この暴力巫女!」
「百倍のほうがよかった?」
「まあまあ霊夢、落ち着けよ」
こうして十一日間に及ぶ、異変の延長戦であるアマノジャクの騒動は幕を閉じたのであった。
数日後
永遠亭の驚異の治療により一番の大怪我だった針妙丸は全快。正式に異変解決ということで博麗神社では宴会が催されていた。
いつも通りのドンチャン騒ぎ。そんな中で一人、不機嫌そうな顔をしている者がいた。
「で、なんで私まで参加しているんだ?」
「まあいいじゃないか、私は紫から極上の酒をもらえたし、おまえも退治されずに済んだ。ハッピーエンドってやつじゃないか」
異変の元凶である鬼人正邪である。
巫女によって背中に張り付けられた札により、博麗神社の外に出ることができない正邪は強制的に宴会に参加させられていた。
「何がハッピーエンドだ! そういうのが私は大嫌いなんだよ!」
人の嫌がることを好み、人を喜ばせると自己嫌悪に陥る。そんな天邪鬼にとってハッピーエンドは何よりも気分が悪いものなのだ。
そして何より正邪の気分を悪くしていたのは、自分の大嫌いな強者の代表である鬼――萃香に物理的に纏わりつかれているからだ。
「で、なんで私に近づいてんだよ。テメェら鬼は私みたいな天邪鬼が一番嫌いなタチだろ?」
「いいねぇ、あれだけコテンパンにされた相手に強気で突っかかるおまえの度胸。私はそんな奴が嫌いじゃないのさ」
「……本当に最悪の気分だ。」
それから数十分間は纏わりつかれた正邪は酔っぱらった萃香をなんとか追っ払って、一人でいられる場所を正邪は探すが――
「おーい正邪―!」
「チッ……」
「こっち来なよー!」
運の悪いことに一番会いたくない人物と目があった。
行きたくはないが行かないと面倒くさいことになる、と感じた正邪は会いたくない人物――針妙丸の傍に座った。
「あーあ、もう正邪のせいでまたしばらく小さいままだよ」
「それはおまえのせいだろ馬鹿」
回収期である打出の小槌を無理やり使った代償で、針妙丸はまたしても異変解決直後同様の数十センチほどの大きさになっていた。
針妙丸自身は「お腹いっぱい食べられるー」とアホみたいに喜んでいるようで気にしていなかったが。(まったくもって気に食わない)
「ねぇ、正邪」
「なんだよお姫様」
「……まだ、下剋上は諦めてない?」
「当然だ」
正邪は迷いなく答えた。
「そっか」
「……止めないのかよ」
「もう諦めたよ。それに私も弱者の味方な正邪が好きだし。」
「別に私は弱者の味方ってわけじゃねーただ強者を潰したいだけだ」
「そういうことにしておいてあげる。次に何かやるときは私も呼んでよ? 正邪は私がいないとなーんにもできないんだから」
完全に調子に乗ってる針妙丸にイラッとなった正邪はムキになって言い返した。
「はぁ~~~? 何を言っているんですかね。箸すら持てないお姫様がなんて? 城にいたときに着替えを手伝ってもらっていたのは誰なんですかね~」
「あー! またそんなこと言ってー!」
売り言葉に買い言葉。それから二人の口喧嘩はヒートアップしていった。
「今回は私のおかげで助かったんだから少しは感謝して!」
「別に頼んでねーし! 大体足手まといにしかなってなかったな!」
「むっかー! それは正邪のほうでしょ! このお調子ひねくれ無謀者!」
「ああ⁉ 単純バカなチビすけ姫様に言われても何も感じないねー!」
そんな低レベルな口喧嘩を萃香、霊夢、マミゾウは遠巻きから見つめている。
「いやあ、あいつらを見ていると面白いなあ」
「また痴話喧嘩しているの?」
「痴話喧嘩というか子供の喧嘩じゃな」
萃香が愉快そうに笑い、霊夢が呆れたようにため息をつき、マミゾウがニヤニヤしながら言った。
「天邪鬼って本当に面倒くさいわねえ」
「いや、儂の知り合いに似たような性格がいるから分かるがあれは天邪鬼というより――」
「馬鹿! 正邪なんて大嫌い!」
「ああ、私もおまえが大嫌いだよ、針妙丸」
「ただのツンデレ、じゃよ」
「「誰がツンデレだ!」」
正邪は原作でその枠から外された存在ですが、こんなifも素敵ですよね。
個人的にはこうならないのが正邪なんだと思ってますが。