“G”を知っているだろうか。
G……黒光りしてカサカサするアレだ。ときどき飛ぶ。ママは新聞紙を丸めて怖い顔をする。
さて、ここで、わたしはGである。
いや、まって、帰らないでほしい。新聞紙を丸めてはいけない。Gが語り手だっていいじゃないか!
Gがいったいなんの用なんだ、という顔をしているな?
はなしを始めるためにもほんの少しだけ自己紹介をさせてほしい。なに、ほんの少しだ。
まず、くり返しになるが、わたしはGだ。名前は特にない。気軽にGと呼んでほしい。
本来は野山にあるべき存在ながら、食物連鎖的な事情で、いまは博麗神社に(勝手に)居候している。
自己紹介は終わりである。ほんの少しだったでしょ?
ところで、わたしはGという身の上ゆえに、家具の陰でひっそりと過ごしているのが常だ。
夜にのそのそと抜け出してはモリモリ食事を摂っているが、それ以外はすべて隠れて過ごしている。
こういう存在は、ときによい観測者となることを知っているだろうか?
わたしはいま、たんすの隙間から縁側をのぞいている。
縁側にはお盆が1枚と、それに載せられた湯呑み、茶菓子。
そして、その横に腰かけている、赤と白の装束をまとった少女。
最早、彼女についてなにを説明するまでもないだろう。
未の刻の終わり、人間にとってはおやつの時間。
巫女の少女は毎日必ず、あの場所でお茶をすすっている。
そわそわと落ち着かない様子は、誰かを待っているように、いや待っているのだ。
「よ、霊夢」
来た。
すこしボーイッシュな声に、巫女は一瞬ブルリと肩を震わせて、しかしすぐ落ち着いた風になった。
「……魔理沙。ひさしぶりじゃない」
「おー、そうだな。3日ぶりくらいか?」
指を折って数えている白黒の魔法使い。この少女もまた、説明するまでもないだろう。
その魔法使いは、にわかににんまりと笑顔を見せた。
「もしかして、わたしが来なくてさみしかった?」
「そんな訳ないでしょ」
「即答かよ」
苦笑に変わった魔法使いは、どこか残念そうでもあった。
茶菓子を挟んで、魔法使いは巫女の横に腰かける。
「また実験でもしてたの?」と巫女。
「ん、まあ、そんな感じだぜ。マシン……を、作ってたんだ」
マシン? と首を傾げる巫女に、魔法使いは手提げかばんをガサゴソ漁り始めた。
なんだろうか、魔法使いの表情は妙に固く、緊張しているように見える。
やがて、1つの”マシン”を取り出した。
四角い箱型に2本のアンテナ、わたしにちょっと似て……いや、なんでもない。
「なにこれ」
「マシンだぜ」
「なんのマシンよ」
巫女の問いかけに、なぜか魔法使いは言葉につまる。
「いや、あー……それはだな。今ここで実際に……」
「なんなの。小さくて聞こえないわ」
「いやっ! 大丈夫だぜ!」
「なにがよ……」
「これは未完成なんだ。だから、このマシンの正体はまた完成してから、ってことで。いいね?」
早口でまくしたてた魔法使いに、意味が分からずといった様子で巫女は首を傾げっぱなしだ。
「それよりだ」
強引に話題を変える魔法使い。
再びゴソゴソかばんを漁り始め、今度は2枚の”紙切れ”を取り出した。
「今度はなに……”ぷらねたりうむ入場券”?」
読み上げると同時に、巫女の表情がすこし明るくなったように見える。
そんな巫女を一瞥すると、魔法使いは目をつむって上を向き、人差し指を立てた。
「いや~、それがさあ。アリスがパチュリーと見に行こうって言ってたのが、用事で行けなくなったらしくてさあ、それでちょうど2枚余ったから、わたしにあげるっていうから仕方なくな~」
「……なんで棒読み?」
「ぼっ、棒読みじゃないぜ! 本当のことだからな!」
ごほんごほん、魔法使いが咳払いをする。
「ともあれだ。霊夢、プラネタリウム好きだっただろ?」
「……べつに好きという訳では」
「え。キライだったっけ……?」
凍り付いた魔法使いに、巫女は慌てて手を振った。
「いや、キライとかじゃないし、好きだけどっ」
「そ、そうか、ならさ。その……」
「……か、考えておくわ」
「ち、長考か。それもまたありだぜ」
巫女は切符をいそいそと懐にしまうと、うつむいて黙りこくってしまう。
魔法使いも魔法使いで、安心したように息をついたと思えば、なにを話すでもなく黙ったままだ。
……。
諸君らは分かっていただけただろうか。
なにが? って、とぼけてはいけない。この光景を観測したのはわたしだけではなく、諸君らもだろう。
このむずむずとした感覚が分かるだろうか。
このもやもやとやりきれない気持ちが分かるだろうか。
どうしてハッキリ誘わないのか?
どうしてそこで長考!?!?!?
そんな気持ちがうずしおのようにわたしの中を駆け巡って、6本足と触覚をそわそわさせるほかない。
しかし、それこそが、わたしの観測するものの本質なのだ。
博麗霊夢? ちがう。
霧雨魔理沙? それもちがう。
わたしが観測しているもの、その名はずばり、レイマリだ。
「ところでっ」
「あのさっ」
「「……」」
なんて言っている間に、いまのを見ただろうか。
今の時代、こんなベッタベタの展開があっていいのか、と思うだろう。いいのだ。レイマリだからいいのだ。
「さ、先にいいぜ?」
「そ、そう? じゃあお言葉に甘えて」
気まずい雰囲気のなかで、改めて巫女が話をはじめる。
「その……ゆうべね。ふと用を足したくなって、厠に行ったのよ」
「夜中か?」
「うん。それで、そのときに……黒い影を見て」
ガタッ、と音を立てて立ち上がったのは魔法使いだ。
まるで家の近くに隕石でも落ちたかのように、驚いた表情をしている。
「……侵入者か? おい、どうしてもっとはやく」
「ち、ちょっと。落ち着きなさいよ。わたしが見た影は人間でも妖怪でもないわ」
「な、なんだ。ビックリしたぜ」
肩の力が抜けて、魔法使いはドサリと腰を下ろす。
安心しているように見えて、やはり残念そうなのは気のせいだろうか。
わたしには、魔法使いの心境がなんとなく察せられる。
巫女にふりかかった事件と思い込み、手柄をあげて距離を縮めようと考えていたのだろう。
実のところ、わたしもそういう展開を期待して胸殻を熱くさせていたのだが。
「それで、侵入者じゃなかったら、黒い影ってなんなんだ?」問いかける魔法使い。
「寝ぼけまなこだったからよく覚えてないんだけど。こう、これくらいの大きさでね」
巫女が右手の指で輪っかを作る。それくらいに小さい影だったのだろう。
「その影が、わたしの視界のすみっこで動いてたの」
「動いてたって、飛んでたとか?」
「いえ、たぶん床の上を歩いてたんだけど。というか」
ここで、巫女はしぶいものでも食べたみたいな表情をする。
「どうした?」
「その……歩いていたというか、這っていたというか」
「うーん?」
魔法使いは腕を組む。
「ただの虫とかじゃないのかな」
「ただの虫!」
「な、なんだよ」
「ただの虫なんかじゃないわ。その、アレなのよ。アレよ」
「……アレじゃ分からないぜ」
「察してよ。アレよ。カサカサしてるのよ。カサカサくんよ」
「カサカサくんってなんだよ……」
魔理沙のぼやきも当然である。アレではなにか分からないじゃないか。
なにしろ情報が少ないのだ。指の輪っかくらいの大きさで、虫で、床をカサカサ動いているなんて、それだけの情報では特定のしようがない。
ってわしやないか~~~いWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
「……あ、それってもしかして」
時を同じくして魔法使いも察したようだった。
「ゴ」
「それ以上はいけない」
「一文字しか喋ってないぜ……」
名前を言ってはいけないあの虫なのだ。
なに、今更傷つくということもない。わたしの存在が人間にとってショッキングなものだとは重々承知している。
だからこそ、絶対に巫女には見つかるまいと潜伏していたつもりだったのだが甘かった。
いくら生命力の塊とはいえ飲まず食わずでは絶命するので、夜にはそろそろと食料調達に出る。そのとき不覚を取ったのだろう。
「わたしは知っているわ。アレは放っておくとビシバシ増殖して家屋を乗っ取られかねないと」
「大げさだなあ」
あいにく非リアなので増殖する予定はないのだが。
そんなことはつゆ知らず青ざめる巫女、その横で、魔法使いはすっくと立ち上がる。
「だが、心配することはないぜ」
にっと笑い、拳を握りしめた。
「ゴ……Gの1匹や2匹、わたしの技術を総結集して退治してみせるっ」
自信たっぷりに言い放つ魔法使い。
そんな白黒に、巫女は救世主でも見るかのごとく目を輝かせている。
……マズイことになってしまった。
◆
“害虫”といえば、たとえばムカデやハチのように人を刺したりするもの、蚊やダニのように病を広めるもの、といったところが思いつく。
ところが人間は、実害がなくともそれを”不快である”という理由で害虫とすることもあるらしい。
そうして害虫の括りを受けたのが、わたしたちGであったり、ハエであったりするのだ。
はなはだ人間の都合と言えるが、とはいえ、人間も好きで不快に思っているわけではないのだろう。
いわゆる生理的に無理というやつで、生理的に無理なものが自分の周りをウロチョロしていれば、気分を害するのも致し方ないことだ。
だから、わたしたちのような種族は、人間から隠れてひっそりと暮らすのがお互いに損をしない知恵なのだと、わたしは思う。
と、神社へ勝手に上がり込んでコソコソしているヤツがほざいているらしい。
もはや説得力がマイナスに振り切っている。
結局なにが言いたいのかといえば、しばらく断食生活でもして、家具の陰から出ないことにした。ということだ。
数日くらいは何も食べずとも生きていけるので、ほとぼりが冷めるまではこうしていようと思う。
流石に家具ごと退かして物理的に殺しにくることはないだろう。
ないよね?
夜だ。辺りはすっかりと闇に包まれ、先ほどまで聞こえていた生活音がピタリと止んだ。
巫女は眠りに就いたのだろう。
こちらは当初の予定通り、今晩から数日ほど、夜の食糧調達はおあずけである。
このままなにごとも起こらず、レイマリの妄想でもしながら穏やかな夜を過ごそうと思っていた。
が、すでに賽は投げられたのだと、すぐに気づくこととなる。
わたしの心の中で、ちょうど魔法使いが巫女に○○して××したときであった。
それは”波”とでも形容すればよいのだろうか。
たんすの隙間の空気を押しのけ、波はわたしの全身を一瞬でさらい、蹂躙した。
その波がフェロモンと呼ばれるものであると、わたしは本能的に悟った。
すっかり動揺して、隙間中をキョロキョロと見まわすが、この場に見えるのは深い暗闇だけである。
しかし、謎のフェロモンはおさまりを見せない。
わたしは興奮した。全身の血が騒ぎ、体表の油をテカテカ光らせるほどのなにかが、フェロモンにはあった。
フェロモンの正体を知りたい。と感じたのは、おかしなことではないだろう。
ゆっくりと、カサカサではなくソロソロと、隙間の出口へ近づいていく。
フェロモンの波にはベクトルがあった。
つまり、発生源の大まかな方向が分かっていた。
おそらく、このたんすの隙間から抜け出して、台所に向かっていけば、そこにフェロモンの正体がある。
わたしの中の理性が、ようやくと目を覚ましたのは、いまにも隙間を這い出そうとしていたときだ。
そうだ。わたしは今日から数日、身を隠すために隙間から出ないはずだったではないか。
一瞬にして、とてつもなく巨大な葛藤がわたしに生まれる。
このフェロモンはわたしの本能的なところを、根源的な欲求に触れてくる、ものすごさがある。
しかし理性は、本能にもとづく欲求にあらがえと、強く主張してくるのだ。
……あいにくと、わたしの中で勝ったのは理性だ。
何度でも言うが、いまの博麗神社はビンカンな時期である。
すでに一度、巫女に正体を察知されているのだから、もはや次はないのだ。
危険をかえりみず、隙間を抜け出そうなどという考えは、ありえない。
そもそも、このフェロモンに違和感をもつべきではないのだろうか?
突然、このように強烈なフェロモンの波を感じて、それが自然発生によるものと考えるのはあまりに不自然だ。
その場合考えられるのは、人為的にしくまれた罠であるということ。
『ゴ……Gの1匹や2匹、わたしの技術を総結集して退治してみせるっ』
魔法使い――霧雨魔理沙はたしかにそう言っていた。
彼女の技術を総結集し、ゴ……Gを、退治してみせると。
ならば、もはや導き出される答えはひとつしかない。
これは魔法使いが仕組んだ罠だ。
ふふふ。甘かったな、魔法使い。
心の中でついほくそ笑んでしまう。
普通のGであれば一撃であったろう、ゆえに魔法使いの非力を責めるわけではない。
だがわたしは普通のGとちがう。
わたしはレイマリを通し真理を知った、いわば――哲学するGだ!
そんなわたしがこの程度の罠に釣られゴキー!!
◆
釣られたのである。
気がついたとき、わたしの6本の足はトリモチ状のなにかにガッシリと固められていた。
強烈なフェロモンを放つゼリーの、まさに目前であったのに。
本能には勝てなかったよ……
いまこの瞬間も、わたしは目前から放たれる濃厚なフェロモンに頭をクラクラさせている。
ああ、ほんとうに、あと数センチの近さだというのに。
近くて遠い魅惑の蜜は、わたしを魅了し、そしてわたしを殺すのだ。
永遠のように長い時間が流れたような気分だった。
居間の方から、床にひびく足音が聞こえてくる。
ランタンの光が見えて、照らされたその顔は、魔法使いのものだ。
「簡単なもんだな。Gってやつは」
魔法使いは笑っていた。食物連鎖の高位に立つものとして、余裕に満ち溢れた笑顔だ。
そして、その余裕にむくいる方法を、わたしはなにひとつ持っていない。
魔法使いの罠にはまった時点で、無論交渉が通じる相手でもなく、運命は決まってしまった。
わたしは死ぬのだ。
「さて、お別れだな」
いやだ。わたしはまだ死にたくない。
わたしはGゆえに、生きる理由とか、そういうものはなにもなかった。
ただ生きていたのだ。
そんなわたしに生きがいを与えてくれたのは、生きがいとなったのはレイマリだ。
わたしは死ねない。彼女たちの顛末をこの目で見届けるまでは、絶対に死ねないのだ。
「と……せっかくだし。ためしてみるか?」
魔法使いはなにかつぶやくと、手提げかばんからマシンを取り出した。
そう。あのときのマシンだ。
わたしに姿が似ているような似てないようなの、あのマシンだ。
「G相手に効果があるもんなのかなあ」
独りごちながら、なお魔法使いは笑っている。
わたしは、マシンの正体を、言われずとも察してしまった気持ちだった。
あれはきっと殺戮マシンだ。
わたしの身体など、造作もなく消し飛ばしてしまうような、マシン。
わたしの中でなにかが吹っ切れて、その瞬間から生への執着が薄らいでいく。
絶望、といっても相違はないと思う。
わたしの生に、もはや一片の希望もないことが分かってしまったのだ。
ここでわたしは、巫女のために立ち上がった魔法使いの手で、容赦なく殺される。
……いや、そう考えてみれば、わたしの死は無駄ではないかもしれない。
魔法使いは、Gに憂う巫女のためにこそ、わたしを討伐しようとしている。
ならばわたしの死は、2人の間を――レイマリを新たなステージへ進展させる、ひとつのコマとなり得るのではないか?
「起動……っと」
魔法使いが、マシンのスイッチを押した。
すぐに、わたしの命は幻想郷からなくなるだろう。
それはもはや、決定づけられた未来だ。
だが、わたしの死がなにひとつ残さないということはない。
魔法使いは――霧雨魔理沙は、わたしの死によって巫女の信頼を勝ち取る。
その信頼は、ふたりの仲をいっそう深くする、確かな一手となるだろう。
ああ、ふたりの未来に幸あらんことを。
さらば、わが短きGのいのち……いわばG生よ。
「……な、なんだ?」
……頭上にそびえる魔法使いが、ふいに動揺の表情を見せる。
なにかトラブったのだろうか、ひと思いに殺ってしまってほしいのに。
「んー……んー?」
魔法使いが困惑の表情で、手にもったマシンと、そしてわたしへ、視線を行ったり来たりさせている。
それから、魔法使いは難しい顔をして考え込んでしまう。
覚悟を決めたわたしも流石にじれてしまって、思わずなにをやっているんだという気持ちだ。
と思ったら、魔法使いは再びマシンのスイッチを押した。
なるほど、今度こそわたしの最期のときだ。レイマリに幸あれ!
「……なあ、お前。聞こえるか?」
不意に魔法使いはしゃがみこんで、わたしの身体を直視した。
なにが起こったのか、一瞬では理解することができない。
しばらくたって、わたしは”魔法使いがわたしに話しかけている”という事実に気づいた。
「聞こえるかどうかって訊いてるだろ? どうなんだ」
魔法使いはすこしこわい顔になって、わたしはひるんでしまう。
聞こえるもなにも、この距離にいるのだから当然聞こえている。
それどころか、魔法使いの声は、言葉は、ずっとずっと聞きつづけてきた。
「そうかい。うー……」
またしても魔法使いは、額を押さえてうめき声を上げ始める。
いったいなんだというのだろうか。
わけのわからないやり取りは、まだ続くようであった。
「お前は、いったい何者なんだ?」
何者といわれれば、見た通りのGである。
「ここにいるのはお前ひとりか?」
博麗神社に潜みこもうなどという命知らずはわたしくらいなものだ。
「……なんで博麗神社にいるんだい?」
観測者であり、そして応援するために、だ。
魔法使いと巫女の将来を、もちろん影から見守ることしかできないが。
「……」
魔法使いは、なぜか目を丸くして固まってしまう。
マシンを両手にもったまま、しゃがみこんだ体勢で、呆けたように口を半開きにして。
その口から、なにか声が漏れだしたかと思えば――魔法使いは、にわかに笑い声をあげていた。
「お、おっと、いけないな。霊夢が起きちまう」
いまだ冷めやらぬといった様子で、魔法使いは慌てて口元を押さえる。
本当になんなのだろう、この魔法使いは。
そして、ずいと顔を近づけてきたと思えば、こんなことを言い出した。
「なあ。この先、霊夢の前に姿を見せなければ助けてやる。……って言ったらどうする?」
ぽかんと、今度はわたしの思考が停止してしまう番だった。
言葉の意味が分からず、何度もこころの中で反芻される。
「助けてやる、って、言ってるんだぜ」
だが、やはり、魔法使いは言ったのだ。助けてやる、と。
……まったく、この状況が信じられない。
「まあ、霊夢にはやっつけたって言うけどさ。お前が出てこなければ、結局なにも変わりはないからな」
優しい笑顔だった。いつも巫女に見せている、素朴な魔法使いの笑顔。
いまだなにが起きたのかは理解できていない。
しかし、もしも、わたしがまだ生きられるのであれば、わたしは生きていたい。
魔法使いと巫女の未来を、わたしも見届けたい。
「……なんか、照れるな」
魔法使いが小さく頬をかいて、次の瞬間に、わたしの身体を指でつまんだ。
6本の足に小さな痛みを感じて、しかしすぐに消える。
同時に拘束感が消え、わたしはトリモチのない、台所の床に降ろされた。
魔法使いは、目前にあったフェロモンゼリーをつかむと、すぐかばんに押し込んでしまう。
「言っておくけど、次出てきたら容赦はしないぜ?」
魔法使いは踵を返して、台所をあとにしようとする。
と、ふすまを開く直前で、肩ごしにわたしをちらりと覗いた。
「……ありがとな」
ふすまの先に魔法使いの姿が消え、台所は闇につつまれた。
闇の中にいるのは、解放されたばかりのわたし、ひとりだ。
現実味がわかない。なぜ助かったのか、まったくその答えは見つからない。
だが、現実に、わたしの命はまだ残されている。
交渉の余地なしと決めつけておきながら、魔法使いはわたしを理解してくれたようだった。
それゆえに助けてくれたのだと、そう思うしかないだろうか。
っていうか。
……あれ?
どうして魔法使いは、わたしの心中の言葉がわかったのだろう?
◆
夜が明けた。
ゆうべの出来事は、いまだに夢のようにしか思えない。
もしかしたら、ほんとうに夢だったのかもしれない。
でも、あのとき感じたフェロモンの残滓は、わずかながらわたしの身体に残っている。
トリモチから引きはがされたときの、ほんのわずかな痛みさえも。
「よお、霊夢!」
ともあれ、今日もわたしは観測者だ。
いつものたんすの隙間から、縁側に座る巫女の姿を覗いている。
ちょうど、魔法使いも来たところのようだ。
「あら、連日の訪問ね。まだお茶の用意してないから、ちょっと待ってて」
「気をつかわなくていいぜ。わたしは、霊夢に会いにここまで来ただけだからさ」
「へ」
巫女がアホみたいな顔になる。
「……え、えっと、魔理沙?」
「なんだぜ」
「い、いや、なんでもないわっ」
巫女の頬がすこし赤くなって、それを隠すようにうつむいてしまう。
魔法使いはその横に腰をかけて、ななめ上の青空を見上げた。
……いつもと、どこか違うだろうか。
いいや、あの素振りや表情は、いつものように緊張している霧雨魔理沙だ。
観測者のわたしが言うのだから間違いない。
「そ、そういえば」口を開いたのは巫女だ。
「ん、なんだい」
「昨日見せてくれたマシン、だっけ? あれは結局なんだったの?」
マシン。その言葉に、思わずわたしの身体がぶるりと震えてしまう。
魔法使いは、あごに人差し指を当てると、「あ~……」と困った表情をした。
「あれは、さ」
「うん」
「もういいんだ。よくできてたけど、わたしには必要ないものだったんだ。それに……」
すこしだけ間が空いて、「勝手に見透かすのは卑怯だしな」と魔法使いは続けた。
巫女は?????といった顔で魔法使いを見つめるばかりだ。
「それよりだ!」
いつか見たような、強引な切り返しだ。
「霊夢、その……プラネタリウムの件だけどさ」
「え、あ……そういうのもあったわね。その、ふたりでいくの?」
「デート、だな」
「でっ、ででっ?」
「なあ霊夢。今度……いや、今度といわずさ。いまから一緒にプラネタリウムを見に行かないか?」
魔法使いは、ふいに巫女の右手を握って、言い放った。
巫女の顔が、一気に沸騰したようになる。
わたしも、突然の展開に、触覚が固まってしまった。
「さあ、行こうぜ!」
魔法使いが腕をひっぱり、巫女はなすがままに立ち上がる。
巫女は震えるくちびるで、なんとか言葉を紡ぎ出した。
「き、今日は……その、積極的なのね」
「ああ。わたしは積極的だぜ」
「そ、そうなの?」
「そうなんだ。……応援してくれるヤツも、いるみたいだしな」
巫女に反論のいとまを与えることなく、魔法使いは手を握ったままホウキにまたがった。
そのままふたりは、プラネタリウムのある里へ向かって、幻想郷の空に飛び立つ。
飛び立つ直前に、魔法使いがたんすに向けてウインクしたように見えたのは、気のせいだろうか?
まあ、そんなことはどうでもいいはなしだ。
わたしの観測生活も、きっと忙しくなることだろう。
レイマリは、まだまだこれからである。
ならレイマリの出来は…普通だな!
○○して××では判らないので具体的な説明を要求します。
レイマリもGJ!!
それはそれとしてやはりレイマリはいいものだな(G並の感想)
www、みたいな小説らしくない表記もGの感情表現なら仕方ないと思ってしまった
昔の人、特に子供はGとか虫を手で掴めるんだろうなぁ…自分にはもう無理だ
こういう変な感じのものが、私は好きですw
レイマリに幸あれ。
いや、だからと言って姿を現されたら思わず新聞紙を筒状に丸めるけど。
実に惜しい・・・!
面白かったです!レイマリありがとう!