ストーリー
夜の帳が下りる頃、迷いの竹林の自宅前で、影狼の目の前に一本角の鬼が立っている。勇儀ではない。黒髪で自らをこんがらと名乗った。
天使の翼が生えた少女を連れてきて紹介している。少女の背は赤蛮奇よりもやや小さい。
「いやあ、助かる。影狼殿の話は勇儀から聞かされていてな。面倒見が良いから、大丈夫だろうといわれてな」
「あの? どういうことですか? こちらの……サリエルさんでしたっけ? 預かる?」
「そうだ。おねがいする。この通りだ」 こんがらが頭を下げている。横の天使は困惑している。
「なあ、こんがら、私は別に旧都で十分だよ。わざわざ幻想郷に行く必要はない」
「ダメだ。サリエル、旧都は危険すぎる。かといって家に閉じこもりきりという分けにもいかん。
ようやく、願い事が半分かなったんだろう?」
「それはそうだけど……これで十分な気もするんだけど?」
「十分じゃないさ。君の体はあの戦いで弱体化もいいところだ。ひまわり妖精一匹に苦戦していただろう?」
完全に影狼は蚊帳の外だ。目の前でいまさらながらに説得が始まる。
振り返って自分の家を見る。まあ、これから居候がひとり増えた所で、部屋の数は問題ない。
大勢で集まってわいわいやるのも嫌いではない……が、影狼がいまひとつ乗り切れないのは勇儀が一枚かんでいる点である。
二人の会話から察するに、サリエルもこんがらも以前幻想郷で大暴れした人物らしい。
それも、永琳や紫を相手に大立ち回りをした挙句に、旧都に追いやられたというのが、話の流れのようだ。
二人にしてみれば”ほとぼりが冷めたころに戻って来た”程度の感覚なのだろうが、紫にばれたらただではすまない気がする。
大体、堂々と戻ってこれるならこんな所に来るわけ無い。自分で拠点を築いて居を構えればよいだけの話だ。
ためらいながらも”大丈夫なのか?”と聞いてみる。多分、聞きたくない答えが……予想の通りに返ってきた。
「いやあ、すまん。その辺の顔通しをしてくれると助かる」あっけらかんとしたこんがらの回答に影狼の胃がキリキリと痛み出した。
永琳の薬が欲しいが、あの医者は近づいただけで、こっちの事情を感づきそうな気がする。
影狼が悩んでいる。間接的ではあれ勇儀が一枚噛んでる頼みごとを断ったら……なし崩し的に後で力比べをさせられそうだ。
でも、話を受けた時のシミュレーションも最悪を想定しておかないといけない。ちょっと二人を無視して思想にふける。
被害が最大の条件は、神隠しのほとぼりが冷めていなかった場合で、かくまっていたのがバレたケースだ。
尋常で無い勢いで胃がよじれていく。どっちの方が損害が大きいか……勇儀なら多少なりとも話は聞いてくれる。
筋さえ通せばまあいいかぐらいで流してくれそうだ。
……よし、断ろう、覚悟を決めた影狼が顔を上げると、サリエルが一人取り残されていた。
「あ、あの、こんがらさんは?」
「旧都に帰ったよ。影狼さん、困惑するのは良く分かるよ。こんなことになるなんて思わなかっただろうけど……
私も置いて行かれた。……自力じゃ帰れない」 サリエルが口をとがらせえている。
「え゛っ!? あの、本当に?」
「ちょっと前の異変でやりすぎて……力の大半を封じ込まてしまって……正直な所……飛ぶのが精一杯」
影狼の顔色が一気に青くなる。とんでもない爆弾を家に置き去りにされた。
内密に旧都に連れて行くしかない。やばいのは博麗神社と旧都だ。
ばったり紫や勇儀に出会ったら目も当てられない。……勇儀はいい、声もでかいし、妖気も大体分かるから、避けていくことは出来る。
問題は神隠し、どこで見てるかは知らないが、いきなり、奇襲のごとく登場する。
登場するだけならまだいい、いきなりスキマ転送でお仕置きなんてされたら対処できない。
バレる前に可及的速やかに旧都に送り届けよう。
「サリエルさん、来てもらった直後に悪いけど……帰ってもらえるかな? 私が旧都に連れて行くよ」
「ん……そう…か、そうだよな」
どこか、残念そうに見えた横顔はすぐに戻らなきゃいけないという眼差しに変わった。
影狼も今日中に送り届けるつもりだ。開けっ放しになっていた玄関を後ろ手で閉めて、違和感を感じて振り返る。
戸と柱のスキマが閉まりきらな……ヤバイ、もう勘づかれた。どこにもそんなスペースは無いのに隙間から指が見える。
自宅の玄関が異界とつながる。全自動で全開になった引き戸の奥には影狼の胃痛の元が立っていた。
「帰っていただく必要はありませんわ」
さわやかな……影狼からすればこの上なくうそ臭いほほ笑みを貼り付けて紫が登場した。
「あ~、えっと、紫さん……どこから見ていました?」
「あら、心配しないで、こんがらさんが影狼さんにサリエルさんを押し付けているところから見学していました」
ほっとひと息つく。ならば事情は分かってくれそうだ。
……あれ? まてよ? ということは普段から筒抜けということか? プライベートまで?
影狼の疑問を無視して、サリエルの方を向く。サリエルは影狼を盾にして神隠しから隠れている。
「紫……あ、あの、今回の件は……その」
怯えたような声でサリエルが言葉をつなぐ。遅いといわんばかりに紫がさえぎった。
「ええ、あなたの言い分は知っていますわ。『不可抗力』と言いたいのでしょうけど……
地上に行くと言われた時に随分嬉しそうでしたわね?」
「!! お前は……最初から!!」 サリエルが怒りを放つが、紫は涼しい顔だ。
「そうです。あなた方は監視対象ですよ? ワタクシの情報網をそんなに甘く見ないで欲しいですわね。
影狼さん、別にあなたを見ていたわけではないのですよ。最初からこんがらさんを見ていただけですわ」
憤りに任せてサリエルが前に出ようとする。その行動を影狼が手を引いて本能的に止めた。
「紫さん……あまり聞きたくないんですけど、帰らなくていいってどういうことですか?」
「ふ~ん、面倒見…ねぇ。あなた……若死にしますわよ?」 紫のたった一言で影狼の顔からは血の気が引いている。
紫は笑みをますますきつくすると手振りで先ほどの言葉を取り消す。
「ふふ、冗談ですわ」 紫のジョークは心臓に悪い。
「……帰らなくていいというのは、あなたが驚異では無いからですよ。
別段、この際、いいタイミングだから、抹殺なんて欠片も思っていませんわ」
笑顔からでは馬鹿にしているのか、和ませようとしているのか全く分からない。
「本当に? それじゃあ何で出てきたんだ?」
「ああ、それは影狼さんがサリエルさんを旧都に帰そうとしていたからです。
ふふふ、サリエルさん歓迎しますわ。もしも、あなたが幻想郷にとけ込めたらですけどね」
意味深なことを口にしながら、紫が元来た様に異界をくぐって引き戸を閉める。後はいつもの玄関だ。
影狼は追い返そうとしていたことに後ろめたさを感じながら、サリエルを自宅に招き入れた。
……
紅魔館の門では珍しい人物が昼寝をしている。
真昼間だというのに美鈴をひざ枕にしてフランドールが熟睡していた。
「寝顔は天使なんだけどな~」
無防備に寝息を立てている少女の髪をなでながらそんな事をつぶやく。
どうせ、紅魔館に来る人などいない。咲夜さんも今は人里で買出し中……1時間ぐらいなら昼寝が出来る。
今日は朝からチルノと遊ぶなどといって、フランドールは無理して起きていたのだが、昼前に限界が来たらしい。
チルノも見つからずにどうしても眠くなって途中で戻って来たのだ。
戻ってくるなり日陰で正座しろと言われて、正座をしたとたんに太ももを枕にされた。もう動けない。
足がしびれた程度の理由で起こしたら後が怖い。侵入者が来てくれれば口実に……ダメだろうな。
どんな理由であれ、睡眠の邪魔をされたら怒り出すだろう。哀れにも侵入者と同じ末路をたどる可能性がある。
ここは一つ、思考を切り替えて、妹様の命令で休みを貰ったと考えるほうが利口だ。
風もさわやかで心地よい。疲れるとか気を張るとか考えずに私も寝よう。
どのくらいたったのだろうか? 物音を感じて薄目を開ける。
門番が昼寝してるのをいいことに侵入者の類だろうか?
今日だけは特別でまずい。フランドールが目の前で寝ているのに侵入なんてされたら対処できない。
「あれ? 今日は美鈴さんいないのかな?」
声はよく知っている人物、橙だ。
ほっと一息つく。橙なら、馬鹿騒ぎしてフランドールを起こすこともないだろう。
しかし、先手を取るかのごとく橙に大声を出された。目当ては自分だったらしい。
物陰で座っていた自分も悪いが、視覚に入らなかったんだろう。
「美鈴さん!!! いませんか!!!」
フランドールをとっさに見る。
凄い、目と目が合う、視線を合わせるだけで心臓が止まりかけるなんて経験は滅多にできることでは無い。
たたき起こされた所為で瞳に怒気が見える。
美鈴の制止よりも早くフランドールが飛び出す。
「……うるさい!!!」
ほんのちょっと、睡眠を妨げただけ、たった一回大声を上げただけなのに、すさまじい魔力を放っている。
目の前に飛び出してきた怪物を相手に橙は完全に硬直した。
「あ゛、あ、すみ ません」
フランドールは相手が謝ったのと、一応、橙を知らないわけではないのでひと睨みすると寝癖の付いた頭をかきながら怒気を引っ込めた。
「あー、えっと……橙だっけ? 美鈴ならそこ、私眠いから早くしてよ」
フランドールに指差された方には赤い髪が見える。安堵の表情で美鈴が手招きしている。
硬直が解けきらないがちがちの動作で美鈴の所まで歩いていく。正直、腰が抜けているのでおばあさんみたいによろよろしている。
それを見てフランドールが冷たい視線を送る。背中で視線を感じてますます動きがギクシャクする。
「妹様、そんなにふてくされないでください。すぐ終わりますから」
答えの代わりに視線をそらすと、頭をかきながら背を向ける。
「ふふふ、橙ちゃん。無事でよかったです。今日は何のようですか」
美鈴は”無事”のところだけ妙に小さい声で言うと笑顔で迎えてくれた。
「あ、あの、えっと……あ、遊びに……」
目が挙動不審にゆれて、か細く消え入るような声で橙が答える。
なるほど、高々遊びと言う理由でフランドールの睡眠を邪魔したらただじゃすまないだろう。
こちらもひそひそ声で答える。
「私としても非常に嬉しいんですが、また明日にしましょう」
橙が激しく頭を縦に振っている。余程怖かったんだろう。
美鈴は肩を軽く叩いて緊張をほぐす、人里に向かって軽く橙の背中を押してあげる。
「お、お邪魔、しました」 すれ違おうとした橙をフランドールが後ろ向きのまま手振りで止める。
「……遊ぶ? 無事? 馬鹿にしてるの?」 姉妹そろって地獄耳だ。橙の瞳孔が開いて冷や汗が噴出する。
「フランドール様、聞こえちゃいました? でも、手は出さないでください。お願いしますよ」
美鈴は普通の声で話しかけている。レミリアの命令で時々、フランドールの相手をさせられていたので大体の感情が分かる。
今のフランドールは不機嫌なだけだ。下手に刺激さえしなければこれでも何とか押さえてもらえる。
橙の尻尾は恐怖で膨れ上がっている。
「私だって……遊びたいのに」 いつの間にか立ち上がって橙の顔を触っている。
瞳の奥で遊べなかったやるせなさが燃えている。しかし、たとえチルノを捕まえたところで一緒に遊ぶことは出来なかっただろう。
「それが、どれほど難しいかはご自身で理解なさっているでしょう?」
「それでも! 遊びたかった!!」 美鈴に怒鳴りつけるように向き直る。ようやくターゲットから橙が外れた。
「仕方ないです。力の差がありすぎるんですよ。失礼ですが、まともに相手を出来るのはお嬢様しかいません」
「そんなこと! 分かってる!! 私に匹敵できるのは姉さまだけ……でも 遊びぐらい、いいじゃない!!!」
至近距離で魔力が爆発する。怒ったのとは違うな、感情の高まりと魔力が制御できて無いだけ。
壁に叩きつけられたが、この程度で済めば丸く収まったほうだ。
橙ちゃんは……しっかり受身を取ったか、流石、九尾の弟子だ。
フランドールも少しやりすぎたことを自覚しているらしい。
”やりすぎた”と言う表情、木の葉のごとく吹き飛んだ美鈴を見て、悔しそうに下唇をかんで、さっさと館の中に戻ってしまった。
「大丈夫ですか橙ちゃん?」 優しく声をかけたつもりだが、放心状態でうなずかれた。念のため医者に連れて行ったほうがいいかな?
美鈴は門番の役目と医者に行く事を天秤に掛けて、あっという間に永遠亭に向かっていった。
……
「はい、これ胃薬、ストレス性の奴だけど……本当は元を断つほうが良いのよ?」
「元を断てたら、ここに来ていないよ」
ぶっきらぼうに言って、薬を受け取る。永琳も”そりゃそうだけど”なんてお手上げの態度だ。
少し、勇儀のことでアドバイスでももらえたら何て考えていたけど、次の客が来たらしい。せわしない足音が聞こえた。
早々に話を切り上げて診察室から出ると廊下でばったりと美鈴に出会った。
服があちこち裂けて所々こげている。背負っている橙も同じだ。
黙って道を開けると会釈して診療室に入っていく。
「あら? 珍しいわね? どういう組み合わせ?」
「遊び友達ですよ。ただ、ちょっと……今日は妹様に当てられちゃって……私はいいんですが、橙ちゃんを診てもらえますか?」
「美鈴さん、大丈夫です。もう本当に、無理してないです」
「そういうのはそこの医者に言ってもらいますよ。永琳さん、治療費は紅魔館付けでお願いします」
「じゃあちょっと高めに請求しようかしら?」
永琳の冗談交じりの言葉を美鈴は聞いていないようなそぶりでさっさと診察室を出てしまった。
外では影狼が待っていた。目的は橙である。預かっているサリエルの遊び相手に丁度いいと思ったからだ。
橙ならかなりの融通が利く、それに紫の許可は取った。紫の式神の弟子なら多分大丈夫だろうと言う打算だ。
サリエルから聞いた話では自分で起こした異変で相当な範囲にケンカを売ったらしい。
それこそ紅魔館から命蓮寺まで、巻き込んでいない勢力がいないレベルだ。
へたに他の子と一緒にするとそれぞれの所属のトップまで話が漏れる可能性がある。
この話で注意しなければならないのは許可を取った勢力は八雲のみと言う事実だ。
他の勢力がサリエルの事を許しているかいまいち不明だ。おっかなくて永琳にすら相談できなかった。
美鈴にもこの話は伏せておきたい。出来れば橙と二人っきりで話したいところだ。
「え~っと、美鈴さんでしたっけ?」
「そうです。あなたは……そう、思い出した影狼さんですね。駅伝大会のことまだ覚えてますよ。
ふふふ、凄かったです。最後の大逆転」
「あ、あれは針妙丸ががんばってくれただけで、私は大して活躍してないですよ」
美鈴は話し相手の気を探っている。今までほとんど面識がなかった。それなのに話しかけてきた。
……警戒する癖がついたのは門番をやってからかな? そんな事を考えながらも気を探るのをやめない。
もう職業病になってしまった。流れてくる気を分析すれば大体の人物像が分かる。
……真面目で、随分甘い人だ。それでいて芯は強い。我の強さとはまた別か……いい人のようだ。
「どうしました? 何か悩み事でも?」
わずかな気の乱れから迷いを見抜く。言葉で見抜かれたことにより気の乱れがひときわ大きくなる。
「いや、な、悩みなんて事は無いんですけど。
そう、橙ちゃんとどうしたのかな~? 何て思っただけで」
美鈴は”本心とはだいぶ違うことを聞く”なんて思いながら答える。
「今日少し、フランドール様といさかいがあったもので、その確認のためですよ。
打ち身が夜に痛くなっても可哀そうですから」
「打ち身?」 頭に疑問符をつけている間に診察が終わったらしい。
本人の言うとおりに全く問題ない。フランドールは魔力を暴発させただけだったし、受身をきれいに取れたことが幸いした。
「美鈴さん、永琳さんが呼んでますよ」 元気のよい声で美鈴と入れ替わる。
美鈴は「私は診てもらっても仕方ないんだけどな」何て言いながら、頬をかきつつ診察室に入っていった。
「影狼さんですよね? 私に用ですか?」
「もしかして、さっきの会話が筒抜けだったかな?」 ニコニコ笑顔でうなずかれた。
筒抜け……まあ仕方ないか、さっきよりも小声で話せばいいだろう。二人で身を寄せてひそひそ秘密会議を行う。
「ちょっと、相談したいことがあってね。知人の紹介で君と同い年ぐらいの子が遊びに来たんだけど……
相手をしてもらえないかな? その子に今流行りの遊びを教えてもらえると嬉しいんだけど?」
「いいですよ? じゃあ、メディスンとかチルノも誘って――」
「あ、あ~。ごめん、人見知りが激しい子だから、あまり大勢だとだめなんだ」
影狼は大嘘を言っている。しかし、いきなり大人数に顔が知れたら、どこからどう情報が漏れるか分かったものではない。
それでも疑うことなく頷いてくれた。良かった。
サリエルもこれで少しは楽しんでくれたら、そうしたら少しずつ呼ぶ人を増やしていこう。
のんびりそんな事を考えながら、奇襲のごとく放たれた次の言葉に橙が硬直した。
「私にも紹介してよ。その子」
天井から放たれた言葉につられて影狼が顔を上げて凍りつく。
フランドールが天井からぶら下がっている。
「なに? その態度? 私が怪我させたか気になっちゃいけないわけ?」
橙は恐怖で何もいえない。影狼も衝撃の展開で頭が真っ白だった。
冷や汗だけが出ている二人を眺めてフランドールがあからさまにふてくされた。
「……ふん。もういいわよ。お邪魔しました。私は厄介者なのね。どこでも、いつでも、誰よりも……くそっ!!!」
言葉と共に魔力が膨れ上がるが、流石に永遠亭、館がうなってしなるだけで済んだ。
へたり込んだ二人を尻目に永琳と美鈴が飛び出してくる。
「フランドールさん、そういうのは家の外でお願いできないかしら?」
「ここは家の外よ。私の家(紅魔館)じゃ無いわ」膨れっ面のまま屁理屈を答えている。
「建屋という意味よ。もう少し、加減を身に付けたらどう?」
「これだってしてる!! 加減は目一杯してるのに!!!」
「出来てくれないと困るのだけど?」 永琳がうそ臭い……小ばかにしたような笑みを作る。それが逆鱗に触れた。
「じゃあ!!! 全力を見舞ってやろうか!!!?」 先程の感情で加減をミスった程度ではない、館が地鳴りのように揺れている。
結界があっても、この前震のあとの本震には耐えられないだろう。
こんな所で、全力を出されたらたまらない。館がなくなったら明日から野宿だ。
永琳が頭を下げる。今の出力で大体の全力も分かった。
「ごめんなさい。フランドールさん。謝るから抑えてもらえないかな?」
「ぐっ!! わ、わかればいいのよ」 一度、魔力を跳ね上げ手しまうと自分でも手に負えないようだ。
高まった魔力を霧散させるのに跳ね上げた時間の数百倍の時間をかけている。
「あまり、刺激しないでよ」 ……フランドールにしたら丁寧に力を抜いたのだろう。これだけで少し疲れているように見える。
「ごめんなさいね。少し私も悪い癖が出たわ。でも、本当にもう少し加減が身につけられたらいいのだけど」今度の永琳の表情は真剣だ。
「出来るなら、とっくにやってる」フランドールも相手が真剣なら応えて感情で反応することはしない。
そんな状況を冷静に分析して、永琳がなんとなくフランドールの憤りと言うか悩みのヒントをつかんだ。
フランドールは永琳の推定において相手の感情に過剰反応している。
相手の恐怖や怯えというものを不快に感じて悪い方向に一気に振り切れる。
フランドールからすれば繕った表情とか嘘なんてものは直感で理解できる。そしてフランドールに限らずそれらの物は不快なものだろう。
自分で不快と感じたものには手加減するほど優しくは無い。そして、その逆もまた真なり。
チルノが唯一、フランドールの友人になりえたのもそういった理由だろう。
幻想郷でたったひとり、恐怖を偽りで取り繕うほどの頭脳が無く、実力差に気付かない鈍感さを兼ね備え、
偽りも恐怖もない純粋な感情をフランドールに持てたからだろう。
そこまで考えて周りを見てみる。橙はもう恐怖でおなか一杯の表情だし、影狼は……ストレスで胃に穴が開いたか?……真っ青だ。
唯一、美鈴だけが苦笑いしている。フランドールがふてくされてそっぽを向いているのは仕方の無いことだ。
「感情的になるな」と言うだけ無駄である。暴発はこれからも起こるだろう。
しかし、これからの幻想郷のためにも加減はどうしても身につけて欲しい。
馬鹿な奴がフランドールを刺激してあたり一面の惨劇を招く前にだ。
フランドールの暴走は感情と魔力の連動にある。この連動さえ切り離せれば……せめて、ワンクッションおけるようになればだいぶ状況が変わる。
様々な感情を学べば、次第に連動もしなくなる。嬉しさや可笑しさが爆発して焼け野原になんてならないのだ。
とかく、怒りや不快と言った感情が魔力の暴発を招くのである。
そんな感情を抱かせない友達と一緒にすごしてもらえば、事態が好転してくれるのだが……一緒に騒げる友人が足りない。
チルノひとりでは荷が重過ぎる。
そこまで考えて影狼の話を思い出した。新しい子がいると言っていた。小声だろうと永遠亭の中なら筒抜けだ。
その子なら、もしかしたなら、恐怖の先入観なく、フランドールと付き合えるかもしれない。
となると、そうだ。魔力を必要としないで遊べる。どちらもが勝って負けることが出来る遊びが必要だ。
後は、この際、一気に遊べる人数を増やしておこう。
ストッパーも入れて暴走に対応できるように、……私は忙しいから代わりはあいつにして……
「これで良し!!」 永琳がいきなり声を上げる。フランドールすらが視線を永琳に向けた。
ぽかんとしている3人を尻目にフランドールにささやく。
「フランちゃん。ちょっとお薬試してみない?」当人はいきなりの”ちゃん”付で面食らっている。
「く、薬? 何の? 風邪なんか引かないよ?」
「ふふっ、体のじゃなくて心の奴よ」 悪戯っぽく笑った永琳の顔から今度は好意を読み取り、フランドールが薬を言葉で受け取った。
……
影狼が自宅にてサリエルと話をしている。
既に永琳からもらった胃薬は使った。それも普段の2倍の量である。
しかし、蒼白になった顔が元に戻らない。
サリエルは降ってわいた話よりも正直影狼の体調の方が気になっている。
「話の内容は大体分かった。3日後に紅魔館前に行けばいいんだ?」
「そう……なんだけど、うう、もうプレッシャーで気分が悪くて……」
「無理なら断ればよかったのに……頑張り過ぎじゃない?」
「だって、永琳が、滅茶苦茶笑顔でごり押ししてくるんだもの、断りきれなくて、
サリエルは大丈夫? ダメなら……いや、ダメって言い切ってくれたほうがまだ断りやすいんだけど?」
もう、すがるようなまなざしを向けられてサリエルの方が引いている。
地上で遊ぶ機会はまだ他にもある。今、世話になっている人からこんな顔をされたら「行きたい」なんて言えない。
わがままをおさえこんで、「行きたくない」と言う。
そうして表情を読んだ影狼が「ごめん、言い過ぎた……当日案内する」と言って、蒼白のまま自分の部屋に行ってしまった。
……
太陽の畑、橙が幽香に事の次第を話している。
永琳からは「あなたが頼めば大丈夫」なんていわれたが、幽香を利用しようとしているこの状況で本人が納得してくれるかわからない。
しかし、幽香を連れて行く事に失敗したら、恐らく……フランドールの相手は自分になる。
いつに無く、必死に熱心にお願いした。
「……で? 私はわざわざ紅魔館に行かなきゃいけないって事?」
「お、お願いします。幽香さんが出てくれないと私が……」 ごくりとのどが鳴る。かすれながらにフランドールと聞こえた気がした。
橙の目を見ていたが、ため息が出る。もう少し、堂々と言えない物か? こんな扱いを受けているフランドールの方が不憫に感じる。
確かに、橙からしたら恐怖の対象だろうが、あれはあれで子供である。魔力が他の連中を遥かに超えているだけの子供だ。
推定精神年齢は多分同程度だろう。多感な年頃でこんな扱いされたらぶち切れしても不思議ではない。
幽香は頭をかいている。他人のお願いを聞くのは嫌だが……橙にはメディスンのことで貸しがある。
不承不承ながらも明後日の予定を了解した。
但し、橙が当日来なかったら「話は無し」ということを目の前で断言した。
……
フランドールがいつに無くウキウキとしている。明日、永琳が提案した遊びがある。
そう考えただけでも心がなんとなく軽い。流石に名医が処方した薬だった。
今日は美鈴がチルノに話をつけている。
ルールなどは当日のお楽しみ……いつに無く、明日が待ち遠しい。
永琳から楽しみで眠れないと困るからと渡された睡眠薬を一気飲みすると普段よりも早い段階で眠りについた。
明日の天気は曇天、雨は永琳が降らせないと宣言している。日傘もいらない。起きたらいよいよ遊びだ。
全力で遊ぶぞ。
……
いつもならとっくに寝ている時間帯で目が覚めた。昼間……なのだろう。夜の明るさとは異なる曇天の薄暗さが幻想郷を包んでいる。
自分の姉は現在睡眠中……姉さまですら知らない秘密の遊びをするんだ……そんな事を考えると興奮する。
体調はばっちり、いつに無く軽快な寝起き、伸びをしてもスムーズだ。耳を澄ませばドアの向こうから足音が聞こえる。
美鈴だ。起こしにきたのか? 寝た振りして脅かしてやるのもいいかもしれない。
美鈴の手はノック直前で止まる。
「妹様? 起きていらっしゃいますね? 軽食を持ってきましたよ?」
「……んもう!! 何で気付いたのよ!?」
「……いつもの寝息が聞こえなかったもので、もしやと思いました。ご機嫌ですね?」
「それは今日が楽しみだからに決まってるじゃない?」 ドアを開けた先は笑顔だ。普段以上……すさまじい陽気にあてられてこちらもウキウキする。
「私も……楽しみですよ。そうだ、食事が終わったら、軽く運動でもしますか。準備運動もかねて」
「いいね!! 美鈴!! ちゃんと付いてきてね!!」
「ええ、出来うる限りのお供をしますよ」
陽気に当てられたせいだろうか? 自らフランドールの相手に名乗り出ている。でもこの陽気なら多分大丈夫な気がする。
いつもなら滞っている気が、今日は吹き抜ける風のような心地よさを持つ、嵐のような全方位からの圧力ではなく、背中だけを押す春一番の烈風だ。
陽気に当てられるだけでいつに無い力が出せる気がしたのは今日が特別な日に違いないからだ。
……
今日は曇りか……少し肌寒い、動いて体を暖めるには丁度いいかもしれない。
そんな事を考えながら、幽香がメディスンをつれて紅魔館に到着する。
別段早く来たつもりは無いのだが他の参加者では一番だったようだ。
息切れしてぼろぼろの美鈴と、ハイテンションのフランドールが出迎えてくれた。
美鈴の服は汚れているが直撃が無い。普段ならありえない状況だ。
「歓迎するよ幽香!!! なんか今日は調子が凄くいい!!」
「私も遊びに来てくれて感謝していますよ。それにメディスンさんも歓迎します」
「ふ~ん。なんだ。これなら私が来た意味は無いわね。メディスンと橙で十分」
「一応、お招きいただきありがとう。でも、遊びは加減しないからね? よろしく」
メディスンは常時幽香を相手にしている。その所為で、実力差を感じる感覚と言うものが麻痺している。
真正面から啖呵を切ってきたメディスンにフランドールは凄い興味を引かれた。
「ふ~ん、あなたがメディスンね? これから覚えておこうっと」
悪戯っ子のように笑う。悪巧みよりも楽しさの方が勝っている。極めて快活な笑顔だった。
次にきたのは永琳だ。何か小箱を持ってきている。中身を聞くと、今日の遊びで使うものらしい。
全員集まったら説明するとの事だ。
続けてきたのは影狼とサリエル……影狼は空腹と腹痛でふらふらしている。3日ほど、不安で何も食べられなかったようだ。
背の低いサリエルの方が肩を貸している。
一目見て永琳と幽香はすぐにサリエルの正体を見抜いた。大体、サリエルの力を引き抜いたのは永琳だ。知らないわけが無い。
しかし、二人ともにやっと笑っただけで流した。弱体化しているなら何の問題も無いのだ。影狼が勝手に不安がっていただけである。
青い顔の影狼を放置してフランドールとサリエルが挨拶している。
「あなたが新人さん? どこかで会ってない? なんとなく見覚えがあるんだけど?」
「……君とは別の姿で会ったよ。ちょっと前のことだけど……サリエルだよ」
「……ごめん誰だっけ? のどまで出掛かってるんだけど?」
「本当に? それなら……もし直接私に勝ったら正体を教えるよ」
少なくとも真正面からケンカを売ったと思ったが……名乗ったはずなのに……覚えていないとは、
あれほど暴れて……記憶に残ることすら難しいのか……
サリエルは少し呆れている。しかしそれだけ、物怖じなどしていない。
「う~ん。まあいいか、勝てばいいのよね? 勝てば」
「そう、その通り。勝てばいいのさ。勝てればね」
弱体化したくせに自信満々なのは永琳が魔力の大小に関係ない遊びを考えてきているからだ。
あの医者ならそういう公平なルールを考えるのは得意だろう。
むしろ今まで強すぎて出せなかった全力を弱体化した今からだからこそ、感情の赴くまま出してみたかった。
最後に来たのは橙とチルノ……チルノはいつもどおり今日のフランドールにも負けない陽気さだ。
しかし、橙は表情が壊滅している。影狼と同様に心労にやられたらしい、真っ青だ。
「フランド~ル!! 負けないからな!! あたいこそ最強だ!!」
「うん、期待してる!! チルノ!!! 私も負けない!!!」
二人して高らかに笑っている。
全員そろった所でルール説明……といきたいところだが、橙と影狼の顔色が悪すぎる。
永琳が二人に胃薬と偽った心の薬を飲ませている。平常心を取り戻す物ではなくハッピーな方向に吹っ飛ぶクスリだ。
わずか数分で信じられないくらいテンションが上がって帰ってきた。
「……ちょっと。いくらなんでも あれ、やばいんじゃない?」
「大丈夫よ。後遺症なんて無いから」幽香の質問を軽い笑顔で流す。しかし、幽香の目の前で橙が、
今まで見たことも無いほどの幸せそうな、毒々しいぐらいの笑顔を放っている。
普段の橙を知っているメディスンがドン引きしている。
「二人ともあのぐらいじゃないと理性が邪魔して楽しめないのよ」
サリエルが影狼に捕まって大好き宣言されたうえに絞め落とされるような勢いで抱擁されている。
悲鳴すら上げられないサリエルを無視してルール説明が始まった。
永琳が小箱を開けて風船とティッシュ、手袋を出している。
ルール
1. 身に付けた風船が割れたら負け、飛んでいっても負け
2. タイマンによるトーナメントで、最終勝者が優勝である
3. 風船を割る方法は問わない。
……以上!!!
永琳は見本として極薄のティッシュを一枚、手首に巻くとそれにガスを入れた風船の紐を結び付けている。
ざっと参加者を見渡した上で利き手に取り付けるように指示を出した。
紐の長さは5cmもない。手首に巻きつけるのは不可能だ。
風船の大きさは顔より少し小さいくらい。そして、手ではつかむことが出来ない。
参加者に配られた手袋は風船を割りやすいようにちくちくしている。
こんなもので風船をつかんだら自爆するのだ。
参加者の中で悲鳴を上げたものがいる、メディスンだ。フランドールも凄い難しい顔をしている。
フランドールの速さで手を振ると一瞬でティッシュが散る。全速力どころか普段の1割出力ですら出せない。魔力はさらにまずい。
わずか、コンマ数%の出力で巻きつけているものが燃え上がる。
メディスンも同様だ。毒霧を使えばあっという間にティッシュが腐り落ちる。
加えて身体能力もこの中では劣る。力を出さなければ負け、しかし、力を出しても負け、どのようにあがいても負けが確定する。
「ちょ、ちょっと!! いくらなんでも厳しすぎるんだけど!!?」
「わ、私も、加減どころの話じゃないんだけど? これじゃ動けないよ?」
「どう? 凄いでしょ? 強い子も弱い子も同様に制限がかかるなんてすっごい公平じゃないの?」
二人の戸惑いをよそに永琳は得意満面の笑みだ。フランドールの全力を制限し、且つ加減も練習してもらう。
もってこいの条件だと自負している。
さて、後はトーナメント表だが、全員にくじ引きしてもらう。
もはやあきらめモードのメディスンから引く。
一回戦の組み合わせが決まるとメディスンからため息が漏れている。
メディスン VS 橙
美鈴 VS 影狼
幽香 VS フランドール
サリエル VS チルノ
メディスンはいきなりの試合である。しかも相手は橙……身体能力で既に負けている。
そして当の橙は目の前でいきなり式神を発動している。テンションが無茶苦茶に高い。
こっちはルールの対処法すら思いつかないのに、試合開始されたらいきなり瞬殺される。
しかし、永琳が早速はじめましょうかなんて言っている。
慌てて練習時間をとらせてもらったが、余計にどうしようもないことが発覚する。
今まで、毒霧を全身から出していた。それに不都合を感じることも無く過ごしてきたのだが、今回はまずい。
体の一部分、手からだけ出そうとしても全身が連動している。
どうしてもにじみ出る分が止められない。
繊細な加減と言うものが全然出来ない。威力の大小、毒霧の濃度ならいざ知らず。
全身で覚えたコントロールを片手のみで行うことが出来ない。
フランドールはさらに悪い、威力の大小が調整できない。大雑把に半分とか2割なんてものは出来るが
風船と止め具からしたらそれは加減の内に入らない。一人で腕を組んで悩んでいる。
しかし、二人からは信じられないことに他の参加者は早くも対応を始めている。
幽香だけはぼけっと全体を見ているが、当人にとってこのルールが問題ないのだろう。
ほんのわずかな時間で練習が終わり、いきなり第一試合が始まる。
第一試合……メディスン VS 橙
橙の笑いはもう、狂気のそれに近い。永琳は公平なルールなんて言っていたが、身体能力だけで決まる勝負だ。
毒を使えば自滅、使わなければ瞬殺、悔しいが手も足も出ない。
永琳の試合開始の合図で橙がダッシュ……してこない。
普通に歩いて距離をつめてくる。……くそっ、馬鹿にして!!
つかみかかろうとした動作のカウンターを取られた。
まっすぐ伸びた左手が指先で風船を貫く。決着……恐らく最短時間だ。
極あっさり、メディスンの負けが決まる。
美鈴が「お見事!!」なんて言っているが……何が見事なものか!!
口をへの字に曲げて美鈴をにらむ。悔しさが駄々漏れしても止めるすべが無い。
「くそっ!! 何が公平よ!! こんなルール!!」 思わず悪態をつく。
悔しい、ルールで完封されるなんて思いもしなかった。何の手も打てない。
多分、幽香もフランドールも同じだろう、このルールは身体能力が強化できる橙の独壇場だ。
一方的なルールで力が発揮できない、この悔しさは後で永琳にぶつけてやる。そんな事を考えている間に第二試合だ。
第二試合……美鈴 VS 影狼
影狼もテンションが高い。普段なら絶対に言わないであろう「いよっ!! 待ってました!!」等という台詞をはいている。
美鈴は微笑んでいる。相手が橙とかメディスンなら加減しようかと思っていたが、この人なら大丈夫だろう。体もしっかりしている。
静かに足を開いて構えた。
永琳の合図で影狼が飛び出してくる。しかし、風船があるので遅い。あまり速く動くと慣性で手首の止め具を引きちぎる可能性があった。
見え見えの速度に自信満々の笑みを加えて真正面から接近してくる。カウンターは取りやすいことこの上ない。
しかし、拳法家の射程ギリギリで影狼が止まる。大きく息を吸い込んで……奇襲のごとく遠吠え!!!
声を絞りに絞った音速攻撃が炸裂する。速く動けないからと言って高速の攻撃が出来ないわけではない。
ただし、あまりにも動作がでかすぎた。加えて美鈴は気で大体の行動が読める。
それがオーバーアクションで息を吸ったり、両手を口に添えたりしたら……対策を打ち放題と言うものだ。
利き手を背に回し、体を盾に風船を隠す。音って言うものは物理的な威力はさほど無い。多少耳が痛いが、奇襲を読んでいれば面食らうことも無い。
さて反撃しようか? 歩いて距離をつめる。影狼も応えて二人で距離を潰しあう。二人とも利き手は背中に回した。
多少の打合いがあったものの、美鈴が影狼を押し切る。
少々、影狼にとって条件が悪すぎた、3日間の絶食、昼間、相手は拳法の達人……
せめて空腹でなく、夜であれば互角以上の戦いが出来たのだが、コンディション調整が出来なかった時点で勝ち目が無かった。
影狼の遠吠えは本人にしてみれば、唯一勝機があった戦法だった。
10合ともたず決着が付く。勝者 美鈴。
影狼は……なぜか爆笑している。何がつぼに入ったのか理解できないが……大丈夫だろうか?
「大丈夫ですか? 頭でも打ちましたか?」
「いえいえ、いや~。お腹が空きすぎて、視界が面白いぐらいゆがんでいるんですよ」
笑っている内容も、回答している内容もおかしい。
美鈴は永琳に頼んで1回戦が終わったら休憩時間をとってもらうことにした。
何かこの際、口に入れておかないと、見ててこっちが可哀そうになってくる。
次は困った顔をしているフランドールといつもどおりの幽香だ。
第三試合……幽香 VS フランドール
フランドールが困った顔で幽香を見ている。よける動作一つとっても普段どおりに行かない。
いつもの調子で動くと、自爆、それも第一試合を軽く上回る短時間で決着する。
攻撃はさらにたちが悪い、レーヴァテインなど使おうものなら風船が割れる暇なく燃え上がる。
恐らく相手の風船も一緒に破裂するだろうが、どう考えてもこっちが一瞬はやい。
秘弾「そして誰もいなくなるか?」を使えば自分をすり抜けた風船がどこかに飛んでいく。
攻撃も防御も移動もままなら無い。
物理拘束なら引きちぎれたのだが……ルールで拘束されてしまった。
条件は一緒ではあるがすさまじくやりづらい。
「……なにしてるの? もう、開始してるわよ?」
いつの間にか始まっていたらしい。自分の手を見たまま動かないフランドール相手に幽香が問いかける。
「えっ!? そう? 油断してた~。 危ない、危ない」
ひらりとバックステップ、とたんに利き手から紙が破れるような音がする。
慌てて空中で動きを止めた。見てみれば、ティッシュに亀裂が入っている。手を引き切っていたらそのまま風船がどっかに飛んでいっただろう。
「む、難しい……」フランドールの言葉に幽香が肩をすくめている。隙だらけなのだが、飛び込んだらこっちの自爆で決着する。
幽香は頭をかいている。早く決着させてこの遊びから開放されたい。他人の都合で時間を拘束されるとストレスがたまる。
ささっとフランドールを自爆させればよいのだが、隙をみせても飛び込んでくるような気配が無い。
攻撃力と言うものが高すぎて自ら攻めることが出来ないようなのだ。
ふたりしてぼ~っと突っ立っている様にしか見えない。
「仕方ない」などと言って幽香がおもむろに距離をつめだす。
フランドールは対策も無いのに幽香を迎え撃つことが出来ずに同じ速度で歩いて距離をとる。
二人を見ていたチルノやメディスンが痺れを切らせて野次を飛ばす。
「なにやってんのよ! 幽香!! 早く決着つけなさいよ!!」
「フラン!! いつもの速さはどうした? 幽香なんて楽勝だろ!?」
「……言いたいこと言ってくれて。フランちゃん。攻めてきてくれない? 逃げてばかりじゃつまらないでしょ?」
「う~、攻めたいのは山々なんだけど、無理」
幽香が頭をかいている。仕方ない手本を見せるか。野次もうるさいし、私が力を使えないなんて思われてもシャクだ。
指先の一点に力を集める。それも利き手、しかし風船も止め具もなんら変わらない。
極大化すれば極太のレーザになるものを指先だけから収束させて放つ。
普段のフランドールなら即座に反応して反撃するのだが、よく見て、よく自分を抑えた。
元から風船も体も狙っていない。至近距離を狙って自爆するかだけを試したのだが……これは直接攻撃しない限り決着が付かない。
「オ~ケイ、直接やって終わりにしましょう」
フランドールはあせっている。自分と同じように幽香は妖力を使えないと思っていた。とっさに体の後ろに風船を隠すのだが……最悪だ。
幽香の攻撃力なら体を貫通する。さっきみたいな一撃が来たら負ける。
障壁を張ればその余波で風船が割れる。よけてかわせば止め具が千切れる。ノーガードは貫通する。八方ふさがりだ。
繊細さにかかわる技術は一つとして身につけていない。
力が10の敵も、1000の敵も同じように100万パワーでぶっ飛ばしてきた。
10の相手に15、1000の相手に1100とかの力で勝つことが出来ない。しかし、この目の前の幽香は別のようだ。
相手にあわせて出力を調整できる。基本的に圧倒するのは変わりないが、10の敵には50、1000の敵なら3000等と桁あわせだけはしている。
だからこんなことが出来るのだ。初めて相手がはるか格上であることを自覚する。
そんなことにショックを受けていて、幽香ばかりをみていて足元の違和感に気付くのが遅れる。
……やられた!! 草が足に絡まってる!!!
見る間に太く、複雑に絡まってきている。しかも早い。引きちぎろうとしたら自爆する。
丁寧に引きちぎっていたら草に飲まれる。力を出せば風船が破裂する。
「ふふふふ、どう? これなら逃げられないでしょ?」
「凄い!! 幽香!! 私もこんな技術を身に付けられるかな?」
泣き言の一つでも聴こうと思っていたが当てが外れた。キラキラ笑顔でこっちを見られて毒気が抜けた。
フランドールは幽香がみせた攻撃とは異なる技術に魅せられている。
草の成長が止まる。手を伸ばせば互いに届く距離まで接近する。
「我ながら甘いわ~。どう? フランちゃん。ラストチャンスをあげるわ。敵は目の前……互いに利き手は動かさない。
早撃ち勝負、やってみよっか?」
「やるよ!! やるやる!! 幽香って優しいね!!」
やっぱり子供だ……圧殺できなかった。
互いに構える。狙うのは風船のみ。互いが互いの左手に注視する。
「永琳合図!!!」幽香の声に、永琳が答える。
風船を取り出すと、二人を面白そうに見比べてから叩き割った。
決着……勝者 フランドール・スカーレット
音に反応するが早いか、目視できない速度でフランドールの左手が動いた。式神を貼り付けた橙どころの騒ぎではない。
こちらの手はようやく半分まで動いただけだ。
種族的な問題……はじめから勝ち目が無いのは知っていた。
それでも、こんな勝負を持ちかけてわざと負けたのは……毒気を抜かれたからか?
いや違う、風見幽香は早く帰りたかったのだ。そうに違いない。そんな事を自分で考えて納得している。
決して、真剣に戦って勝ったときのフランの笑顔が見たかったからではない。……断じて。
しかし、キラキラ笑顔だ。まあ、負けても悔しくないし、このルールなら余裕で後、100戦して100勝出来る。
たった1回の負けぐらい、どうと言うことは無い。
「幽香の馬鹿!! 何で勝たないのよ!! 楽勝だったはずでしょ!!」
「ちょっと、吸血鬼の全速力を見たかっただけよ。でも流石だわ、見えなかった」
「何それ!!? 馬鹿じゃないの!!?」
普段より強い口調のメディスンを見て思う。
メディスンが憤っているのは、私が負けたせいだろうか? 手を抜いていることに怒っているのだろうか?
それとも、自分の自慢の”最強”が負けたことが信じられないのかもしれないな。
早く帰りたいからなんて言ったら……もっと怒るだろうな。
”どうでもいい”なんて言っても、「じゃあ、勝て!!」で一蹴される。
まあいいか、こういうことが分かる年ではない。幽香に対するメディスンの罵詈雑言を笑いながら聞き流す。
今日は特別だ。勝利して当たり前と流されるよりも、負けることでしか受けられないこっちの言葉の方が凄く楽しいものだった。
第4試合 サリエル VS チルノ
「ようやく出番だ。パンパカパ~ン!! あたい登場!!」 自分で擬音を出しながら、これまでの誰よりも高いテンションでチルノが出てくる。
サリエルも自分の高揚が抑えられない。他の連中と異なり、サリエルの場合、全力を出しても止め具が千切れることは無い。
どのぐらいの速さで動いたらいいだろう? なんて考えなくて良い分だけ、サリエルが有利だった。
但し、攻撃力も相応に落ちている。パンチ一発では風船が割れない可能性があった。力をためて極、至近距離から魔力を塊にしてぶつけるしかない。
永琳の開始の合図と共にチルノが信じられない速度で距離をとる。止め具がなぜか引きちぎれない。
いままでの参加者は大概歩いて移動していた。走るなんて速度以上で飛べば止め具が千切れるはず。
他の参加者も異常に気が付いたものは注視している。
ひとしきり距離をとるとスペルカード宣言、「あたい、最強だから手加減してあげる!!!」等と言ってアイシクルフォールを撃ち始めた。
サリエルにはたまったものではなかった。相手は自分以上の速度で飛び回り、撃ち放題撃って来る。
必死によけ続けるだけではジリ貧、襲い来るツララをかわして距離をつめる。
このスペルはチルノの正面だけ妙に弾幕が薄い。
恐らく風船を気にして、自分に当たらないようにしているのだろうが、もぐりこめば勝機がある。
必死にかいくぐる。軌道を読む、風船にあたらないように……体に当たる氷は痛い……しかし、ニヤリと笑うチルノに追いついてみせる。
「おー、やるじゃん。Easyモードはよけられるんだ?」
「そ、そうさ。このぐらいで負ける私じゃ無い!!」
ようやくもぐりこんだ。ここから格闘戦なのだが……何の冗談だろうか?
チルノが氷で武装している。アイスソード、アイスシールド、アイスアーマー、アイススケート、アイスヘルム……完全武装と言う奴だ。
同時にチルノが考えられない速度で動けた理由も分かった。
利き手の止め具が完全に凍結している。ちょっと水分を加えて冷やしたのだろう。
あれを速度だけで千切れるのは幽香かフランドールぐらいだ。チルノからすれば自分自身の全速力が出せる。
そしてそれはこのルールで苦戦しているほかの参加者から見れば垂涎ものの特殊能力だった。
「さあ、やろうぜ!!!」と構えたチルノの攻撃を防ぐ手立てが無い。そしてその装甲を破って風船には手が届かなかった。
なすすべなく、風船を叩き割られる。
勝者 チルノ
生まれて初めてだろう、手も足も出ずに完封されたのは、「あたいったら最強ね!!」なんて言っているが事実その通りだろう。
今回のルールがある限り、フランドールですら勝ち目が無い。唯一勝ち目があったとすれば幽香だが、本人が否定している性質の所為で既に敗れた。
フランドールもチルノの勝利を祝福している。準決勝で戦う二人だが恐らく勝者はチルノだろう。
大口叩くだけの実力があった。初めて悔しいとおもう。
そうして一回戦が全て終了し、休憩時間に突入した。
「影狼……大丈夫か? そんなに食べて?」
「うん? だいじょうふだよ? なんか、いくあでもたべられうよ」
美鈴が持ってきた食べ物を夢中でほおばっている。
声をかけたら口に物を入れながら影狼はしゃべり続けた。気苦労でおなか一杯だったのは知っていたが、
気苦労が無くなったとたんにこの様では……まあ、いいか、今日は二人とも負けてしまった。
後は見学だけ、特にチルノだけは良く見ておきたい。
全力を出しても届かない遥かな高み……あくまでこのルールの上でだが……頂点を極めるものって言うものが見てみたかった。
美鈴は紅魔館から飲み物や食べ物を持ってきて配っている。
橙もおにぎりをほうばって幸せそうだ。最初と比べて随分血色がいい、幽香が呆れながら見ている。
おにぎりでそんなに幸せを感じてしまうクスリを心底危険なものと判断した。
「永琳……あれ今すぐ戻せない? ヤバイなんてものじゃないんだけど?」
「大丈夫よ。あと1時間もしたら効果が切れるから」
「まさか、今日の記憶も吹っ飛ぶなんてこと無いでしょうね?」
「それこそ心配無用、いいことがあった記憶しか残らないわ」
自信満々で笑う永琳を幽香が白い目で見ている。……もしも、仮にだ、後遺症の一つでも残ったら医療区画を残して、永遠亭の居住区画を壊滅させる。
そんな、幽香の決意を知らずに永琳は楽しそうにこの先の展開を予想していた。
「フラン! 次は決戦だな!!!」 えらそうな口でフランドールを呼び捨てる。
「うん、楽しみ!! 勝敗はどうあれ全力でいくよ!!」 まるで問題ないかのような口調で答える。
自分の名を短く呼び捨てに出来るのは姉を除いてしまえば他にはいない。
互いの呼び方と言うのは一種の親しさのパラメータだ。
チルノとてここまで来るのには相応の苦労があった。でもへこたれずに、挑んで壁を越えたのだ。
そうして、唯一の友人になった。
でも、今日の遊びが終わったら、親しい友人がもっと増えるかもしれない。
メディスンが爪を噛んでいる。
幽香が負け、チルノが勝った。どちらも普段の実力で言えば勝ち負けは逆のはずだ。
それに、なんだ? あの移動速度は? 遠めに見ただけでは速い事は分かったのだが、理由が分からない。
「飲み物どうですか? それとも毒入りがいいかな?」
「うっさい!! そんなものいらないんだから!!」
美鈴が肩をすくめている。きっと橙に「お見事!!」なんて言ったからだろう。
悔しそうな顔でこっちを見ていたから、間違いない。
「じゃあ、おにぎりなんていかがですか?」
「おなかも減ってない!! もう、かまわないでよ!!」
「まあ、そんなこと言わずに、今日は楽しく行きましょうよ。一人だけふてくされてちゃいけません。
次の戦いは是非応援してもらいたいものです」
「誰が!! あんたなんかを!」 メディスンはぶちギレ寸前だ。
でも、あんまり怒気を振りまいてフランドールが影響されても困る。
それに、もっと他の人の動きを見て欲しいと思った。
橙の動きは……顔の表情こそクスリでぶっ飛んでいたが……きれいなものだ。
止め具を一切動かさず、全身を一直線に伸ばす。自然な動きの中で、最短距離を最速で最大の効果を引き起こす動作だ。
瞬殺された所為で、メディスンが見えないのは仕方ないが、武術的にこれほど興味を引かれる相手は中々いない。
おそらく、式神の所為……作成者の九尾こそ本当の化け物なのだが……
橙の速度を最大限に引き出し、効率的に連撃を組み込めるのであれば面白い戦いになる。
是非見てもらいたい。今まで、演舞だって人に見てもらう機会が無かった。
ちょっとこの機会に自分をアピールしてみたい。これまで自分の所属の紅魔館は住人が化け物ぞろいで自分に注目されることが無かった。
折角スポットが当たったのだから誰にも彼にも見て欲しい。
美鈴は熱心にメディスンに見るべきポイントを説明する。少しでも今日出会えたことをプラスにしたかった。
休憩が終わり、準決勝が始まる。
準決勝 第一試合 橙 VS 美鈴
橙は式神を既に発動している。美鈴もなぜか楽しそうだ。10mほどの距離で左拳を右の掌で押さえ頭を下げる。
ゆっくり構えた。永琳の合図で橙が距離をつめる。
メディスンは橙の動きに注視している。なるほど、美鈴の言ったとおり、ダッシュはしない。
同じような速度で美鈴が距離を保つ。止め具の所為で速度的な上限が決まっているからだ。
……くそっ、最初にこれに気付いていれば!! 同じ速度でいくらでも時間が稼げたのに!!
そうしたら、そうしたら……少しずつでいい毒を散らせば、長時間……10分あれば橙は倒せた!!
1秒で一気に噴出させるのではなく、数分でゆっくり散布すれば……くやしい!!!
実際の所、橙が数分も同じ動作を繰り返すとは到底思えないのだが、メディスンは自ら勝機を手放したことが悔しくてならない。
次!! 次の機会があれば!! 必ず勝つ!!!
メディスンの気配が変わったのを感じ取り、美鈴が距離を取るのを止めた。
多分、よく見てくれるだろう。後は、自分の時間だ。
距離を詰め切られる前に、背に風船を隠す。橙も同じ行動をとる。
互いに使えるのは左手、両足、あとは橙の場合は牙か? こちらは頭突きを使うしかないかな?
素早さなら恐らく橙が上だろう。連撃の持続時間なら自信があるが、滅多打ちできる攻撃回数になるとやや不利か?
なんて考えていると橙が突っ込んできた。目を見張る、いきなり尻尾による奇襲!!
しかも二刀流だ。巻きつけることも出来る。縦横無尽、自由自在の橙のみに許された最強武器……しかし、根元は一つ、
即座に橙の腰を抑えて止める。こっちは大人の体だ。決定的にリーチが足らない。美鈴が両腕を最大に伸ばせば尻尾だけでは絶対に届かない。
しかし、それは美鈴も同じ、橙が体を伸ばせば容易に届くものではない。
奇襲が通じず、二人が距離を取り直す。美鈴があせっている。
使える武器は橙が左手、両足、尻尾×2本、牙、まとわり付かれたら残念ながら手が回りきらない。
肘や肩にひざ、果ては体当たりまで使わないと、しのぎきれない。しかし、橙の胴体に膝蹴りを入れたら流石にまずい。
ダメージもさることながら、見た感じ、幽香が黙って無いだろう。同じ箇所に数十倍の威力の膝蹴りを入れられるかもしれない。
一方で、橙も攻め手を欠いた。式神も美鈴がまだ肘やひざなどの部位での攻撃を解禁してないことを見抜いている。
全部解禁された場合、単純な打撃戦では話にならない。作戦を変更する。
後ろに回した風船を尻尾で包み込む。慣性で止め具が切れないように……このようにすれば、体の動きに風船が遅れることは無い。
止め具も風船も割らずに速度アップが出来る。そうすれば美鈴の後ろを取ることもできるだろう。
どの道、尻尾の奇襲は通じなかった。ならば新手で打ち破るのみ。
風船を身につけてるとは思えないほどの速度で橙が移動する。
美鈴は面食らった。いつもからすれば遅いがそれでも全速力の4割の速さは出ている。
風船をつけたままで対応できる速度を超えている。
あっという間に背後に回られる……ならばいっそのこと!!
利き手を正面に晒し、上下に両手を開く。下が利き手だ。美鈴は構えることで攻撃の方向を絞った。
攻撃は恐らく利き手側の側面から……橙のリーチだと背中からでは風船に届かない。
正面ならある程度の対応できる。とすれば風船への距離が近くて対応がそこそこ難しい利き手側に限定されるのだ。
方向さえわかれば、最後の勝負……攻撃方法は恐らく体を伸ばし切っての蹴りだな。
美鈴を中心にして数周している。方向さえ分かっていれば惑わされることは無い。
ほんの2~3分後、予測の通りに橙が側面から突っ込んでくる。左手で着地し、体を前転、そのまま全身を伸ばす、つま先が尋常で無い速度で迫る。
無理やり風船とつま先の間に体を入れて攻撃を止める。しかし、橙は止められた衝撃を利用してきれいに体を折りたたんできた。
止める動作を利用されて体に着地されたのである。この体の使い方を本当に九尾が組んだのだろうか? ちょっと信じられない。
ここからの逆転は……やり方はあるが、橙が傷つく、降参だ。
こちらが動けないように尻尾も絡ませてくる。完全に動きが止まり、力が抜けた美鈴に橙が問いかけた。
「どうしました? 美鈴さん?」
「もう、あきらめましたよ。降参です」
風船を割られて勝負が終わる。
勝者 美鈴
? 勝者コールを聞き間違えたか?
手を見て橙が絶叫している。
手元に風船が無い、飛ばないようにしっかり尻尾で押さえていたはずだ。放したのは体の動きを止めた後、切れるわけが……あ゛!!
止め具が自分に張り付いている。……汗だ。
走り回った所為で汗でふやけて、風船の浮力に負けたんだ。尻尾を使って背中で固定してたから止め具のもろさに気が付かなかった!!!
最後、美鈴にしがみついて尻尾を巻き付けた時に切れて飛んで行ったのだ。
ポカンとしている美鈴にメディスンが興奮して話しかけてくる。
「すごい。美鈴、橙におにぎり食べさせた時点からの作戦だったんだ」
「えっ!? そ、そんなことは無いんだけど」
「隠さなくてもいいよ。凄い戦略を見せてもらった。
おにぎりを食べて体温を上げさせて、走り回らせる。勝負が決まればそれ以上の力を出さない……凄い。
まさか休憩時間の提案から作戦を考えていたの?」
メディスンがものすごい勘違いをして話を無駄に高度に理解しようとしている。
おにぎりは、作戦でもなんでもない。単純に善意で用意したものだ。
ご飯で体温を上げるとか、汗をかきやすいように暖かい飲み物(紅茶)を勧めたとかそんな他意は一切無い。
「このルールって体力勝負だけかと思ってた。凄いね。こういう作戦が成り立つなら私にも勝ち目があるよ」
……ものすっごい勘違いをされた。そしてそのまま納得している。
しかし、とっさに否定する言葉が出てこない。橙も「もっと気をつけなきゃ」なんて言っている。……おぉ~い、私、そんなに頭良く無いよ?
二人を相手に必死に弁明している美鈴を置いて準決勝第2試合が始まる。
準決勝 第2試合 フランドール VS チルノ
「あ~あ、橙は間抜けだな。勝てる勝負を捨てるなんて」
「そう? 私は美鈴ががんばったからだと思うけどな?」
チルノはフランドールの意見に鼻を鳴らすと「まあいいか。どの道決勝であたいに負けるんだから!!!」と言葉を放つ。
フランドールも負けてはいない。「決勝は私のだよ!!!」勝利はどちらも自分の物だとして譲らない。
そして、決闘の合図が鳴る。チルノは一回戦と同じだ。止め具は凍りつき、完全武装、その上距離を置いてスペルカードを撃ちまくる。
フランドールも一回戦と同じ、接近するツララは左手一本だけで消滅させる。手で振り払う動作が速すぎて旋風がまき起こっている。
まるでフランドールの周りだけ粉雪が舞っているようだ。しかし、いつまでも続けられない。
止め具が今にも散りそうだ。フランドールがそれを見て動きをやめる。
ツララが数本直撃するがどうと言う事は無い。歩いて距離を詰めようとしている。それを見てチルノがタイムをかけた。
「なんだからしくないな~。もっと、いつもは速かったじゃん?」
「止め具がもう千切れそうで、これで精一杯だよ」 苦笑いしながらのフランドールの言葉にチルノが呆れている。
「……じゃあ固めてやるから待ってろよ。手、出してみな」
あっさり利き手を見せる。チルノもチルノでチャンスだということに気が付かない。
見る間にがっちり固めてこれで大丈夫なんて言っている。自殺点を決めたことにすら気が付いていない。
「ありがとう。チルノ。でも加減しないよ?」
「うん? あたい最強だからハンデをあげただけだよ?」 フランドールの疑問にチルノが笑顔で答える。
もう一度距離をとって試合を再開する。
フランドールが嬉しそうだ、氷が砕けない範囲なら普段の5割ぐらいの速度が出せる。
流石に魔力を出したら氷が一瞬で無くなるが、通常の5割以下の身体能力だけでもチルノ相手に負ける気は無い。
再開の合図と言わんばかりにアイシクルフォール……しかし、速度が違う。弾幕の交差が始まる前……弾幕が展開を開始した時点で懐だ。
「う、うぉ……流石に速いな!!」
「へへへ、そうでしょ!」 あっけに取られるチルノに向かって手を伸ばす。
チルノが振ったアイスソードは、フランドールに刃を捕まれた。0.1秒と持たない、チルノが握る柄まで粉々にされた。
アイスシールドなんてものは、指先ひとつでぶつ切りにしている。
チルノはその隙にバックステップ……距離をとったつもりだろうが、気付く間もなく、後ろに回りこみ抱きしめてきた。
圧力でアイスアーマーが一気にひび割れる。
フランドールが身動き取れないチルノの耳元でささやいている。
「チルノちゃん大好きだよ。この油断も、弱いところも、足りない頭も全部……
でも何よりも、こんな事をされても私を恐れない心が、大好き!!!」
「ば、馬鹿いうなよ!! 弱い? 足りない? 見てろよ!! ここから大逆転するんだから!!!」
「それがどれほど絶望的であっても期待してるよ!!!」
鎧は大小様々な氷の欠片になって飛び散る。そして破片が飛ぶよりも速く腕がチルノの体にめり込む。
舞い散る氷をフランドールが不思議そうに見ている。……やたらと飛び散るのが遅いような?
チルノの十八番、パーフェクトフリーズ。飛散する氷が影響を受けて静止する。
最大パワーの氷結攻撃だ。飛び散った破片を巻き込んでフランドールごとチルノも氷漬けになるが……しかしこの程度、抵抗にすらならない。
フランドールにしてみれば完全凍結には程遠い、最大限の加減を持って絞め落とす。
二人を閉じ込めた氷塊はあっという間に残骸の山になる。
チルノは勝利に向かって手を伸ばしているような格好で気絶した。
勝利コールと同時にあせり狂って永琳が飛び出してくる。
フランドールは信じられない様子だ。……そうか、私は風船を割っていなかった。
気が付けば自分の風船が割れて落ちている。
チルノがパーフェクトフリーズで最後に攻撃したのは……なるほど……風船の方か、まるでガラス細工のように割れている。
ついうっかり、風船のことを忘れていた。止め具を凍らせて、問題がなくなったように見せかけて、至近距離から風船を凍結粉砕。
油断して近づいたのがいけなかった。
密着状態でパーフェクトフリーズを受けた風船が凍結しないわけが無い。そしてそれを自分で締め上げて叩き割ってしまった。
自爆させられたのだ。油断も、頭が足りないのも、弱かったのも自分じゃないか。
純粋に自分に食い下がったチルノが凄かったし、ハンデを貰った上で負けた事がちょっと悔しい。
素早く診察した永琳が気付けを行うとチルノが目を覚ます。勝利コールが聞こえなかったから当然だが咄嗟にスペルカードを使ってきた。
両手を挙げて降参する。
「あははは、負けちゃった。流石だね」
「?! ? あれ? いつ? あたい勝ったの? 実感が無いんだけど?」
「それでも、チルノの勝ちだよ。あと、ごめん! 力入れすぎちゃった」 フランドールが両手を合わせて謝っている。
疑問を浮かべている氷精はこのぐらいいつものことと流した。そんなチルノを尻目に永琳が驚いている。
痣はあるが、骨も内臓も異常なし、フランドールがどれほど加減したらこの奇跡が起こるのか?
本来なら抱きつかれた時点で止めるべきだったのだが、幽香に邪魔された。
チルノが絞め落とされた時には最悪を想定したのだ。
それが痣を除けば無傷、にわかには信じられない。
「ふん、理論だけじゃわかんないことだってあるでしょう?」
「あんたねぇ、今回は良かったものの、万が一ってものがあるでしょう?」
「二人を馬鹿にしすぎよ。万が一なんてものは無いわ」
自信満々の幽香を理解できない顔で永琳が見ている。
しかし、いつまでも考えているわけにはいかない。
次は3位決定戦だ。しかし、幽香が待ったをかける。
休憩を入れると言うのだ。確かにチルノの痣を消しておいたほうが良いだろう。
永琳が15分と言ったのを幽香が1時間と押し切った。狙いは、橙のクスリ切れである。
フランドールの友達を増やすつもりなら、クスリなんて頼ったらいけないのだ。
永琳は”また飲ませればいい”なんて考えて、あっさり引き下がったが、幽香には飲ませる気は無い。
15分後、チルノの治療を終えた永琳は、後ろからこっそり近づいた幽香の問答無用と言わんばかりのボディブローを無防備に受け沈んだ。
「あ、んた……どうす……」
きっちり絞め落として、意識も”さよなら”だ。
驚いた表情でこちらを見ている参加者を見渡して宣言する。
「これで邪魔者はいないわね?」
「幽香、どういうつもり?」
「遊ぶのに大人は必要ないってことよ。じゃあ私はこれ(永琳)をもって帰るわ。
いっぱい遊んで、痣でも作ってなさいな。後は美鈴、任せた。
影狼、あんたもこっちに来てこれを担ぐの手伝いなさい」
影狼はニコニコ笑顔で永琳を担ぐとサリエルに「すぐ戻るから」なんていいながら幽香に並ぶ。
美鈴は幽香の口の端が影狼の言葉を受けてゆがんだことに気が付いている。
恐らく戻ってこれない。幽香は完全に大人をはずす気だ。永遠亭で恐らくボディブローだろう。
「3位決定戦は30分以上後にやること」を言い残して幽香が去る。
美鈴は橙を見るが……まあ、その通りだろう。クスリが効きすぎている。
みんなに休憩用のおやつを持ってきて時間を潰しながらおしゃべりをしてもらった。
フランドールにはこんなこと初めてで、みんなに話を聞きまくっている。
この雰囲気の中、30分なんてあっという間だ。親しそうに話しながら、いつの間にか橙のクスリが切れている。
しかし、楽しそうな雰囲気が消えない。
今日はこのまま終わっても御の字だと思うが……チルノがまだ一番になっていないことに気が付く。
そうして、ようやく3位決定戦が始まる。
3位決定戦 橙 VS フランドール
橙は式神を発動する。準決勝と同じ様に尻尾を風船に巻きつける。……恐らくフランドールは瞬殺だろう。
他の参加者ではその戦法を取ることができなかった。幽香、美鈴、メディスンには尻尾が無い。
チルノ、フランドールは代わりに翼があるが、尖っている。翼で包むなんてしたら自爆だ。
サリエルはそんなことしたら逆に速度が落ちる。
影狼にはその戦法を取る選択肢が無かった。腹ペコで全力疾走……1回戦では先に空腹で倒れただろう。
橙は絶対に勝てるという顔をしている。準決勝の反省を生かせば、まあその通りだろう。
しかし、美鈴が開始の合図をしようとしたらチルノに止められた。
「フラン、手、出せよ。もう、いっかい固めてやるから」
橙があせった顔をした。しかし、止めるまもなくガッチリ氷漬けだ。
「橙、別にいいじゃん? 必ず勝てるなんてつまらないだろ?
それに、フランが可哀そうだ。まともに動けないんだから。
美鈴もいいだろ? フラン、いつもの速さを橙に見せてやれよ」
フランドールは笑顔でうなずいている。橙も「それならこっちも固めてよ」なんて言っている。
チルノが橙の止め具もガッチリ固めてしまった。
もう、ここまで来たら、後には引けない。
3位決定戦は、バル一ンファイトにあるまじきスピード対決になった。
二人とも風を切り裂く直前の速度を維持したまま走り回る。
最高速度ではフランドールが上回るが橙も逃げているばかりではない。
高速を維持したまま橙が尻尾×2、両足、左手の連撃をぶち込んでいる。
フランドールは片手でそれらを捌くが、捌ききれる手数ではない。
数回、距離を取り直す。しかし、楽しそうだ。制限があるとはいえ、スピードだけでも釣り合うとこんなに夢中になれる。
本来、橙の腕でもなんでも掴めばよいのだが、この握力で掴んだら橙が怪我をする。
フランドールが自身の力を理解して掌で止めるだけに専念している……相手を怪我させないように振舞う……快挙である。
嬉しそうな哄笑が響く。勝負は長引きはしたものの、フランドールの勝利で決着が付いた。
橙の体温が高すぎた所為だ。フランドールよりも早く止め具が解凍されて、一気に失速した。
「今度は、止め具なしでやらない? 風船は紐を掴んでさ」
「うん。そうしましょう。そうすれば負けっこないですから」
フランドールが面白そうに橙を見ている。
私に対して負けないだって? 絶対、最初にはこんなこと言わなかったはずなのに、何かがいい方向に変わった気がする。
掴むのではなく、触れる。これだけでも出来るようになったことは大きい。
無造作に橙の頬に手を伸ばして触れてみた。橙は理解しているのか、手に頬ずりしてくる。
あったかくて、やわらかくて気持ちいい。ちょっと羽交い絞めにして持って帰りたいが、今日はまだやめておこう。
アイスアーマーも無い橙だと、絶対に最初の一回で押しつぶす。今日はまだ触れるだけ……
でも、近いうちに手をつないだり、多少のど付き合いぐらいは出来るまでになりたい。
ようやく自分を抑えるヒントを掴んだ。このヒントをこのまま伸ばしていきたい。
いつか幽香みたいな加減が出来たら……どれだけ楽しいだろうか?
これからの期待で気分が高揚する。
フランドールの才能なら……手加減なんて技術……本気出せば1ヶ月かからずに身に付けるだろう。
但し、今までは学ぶ意欲なんてものがなかった。0か100か、単純なON/OFFしかできなかったし、幻想郷に来る前はそれでも良かったのだ。
ここでは違う、0の状態が壊れるととんでもないことになるし、相手に合わせた加減が出来ないと遊べない。今日ようやくそれを気持ちで理解した。
今日ほど前向きに技術を身につけたいなんて思ったことは無い。
これからをこの気持ちでがんばれるような気がする。さあ、残りは決勝……チルノが勝っても負けても一緒に騒いで楽しく過ごそう。
決勝 美鈴 VS チルノ
意気揚々とチルノは止め具を凍結している。はっきり言ってチルノの体温で橙のようなことは起こりえない。
そしていつもの完全武装……剣、盾、鎧、兜、加えて美鈴はチルノの「止め具凍結しようか?」との申し出を断った。
この上で断言する。勝てる。風船で利き手が使えない。これを計算に入れても勝てる、勝ててしまう。
ちょっと自分で馬鹿なことをしたと思う。勝ち進みすぎた。狙いとしては準決勝、橙戦で負けておくべきだった。
折角こんな戦いなのだから最後の勝者はチルノにしてあげたい。
苦笑いを顔に出さないようにしてゆっくりと構える。合図よりも先にタイムがかかった。
妹様だ。
「美鈴、手加減するつもりでしょ? 顔に出てるよ?」
「え~? 美鈴、そんなの要らないぞ? 全力で来いよ。どうせあたいが勝つんだからさ」
自信満々のチルノの笑顔を見て、苦笑いする。隙だらけだ。
「美鈴……その顔はやめてくれない? 少しイラッとするわ。
それに、全力出したくないなら命令してあげようか?」
「いえ、それには及びません。……先に全力を見せてあげようか。
チルノ、盾を持って構えてくれないかな?」
言われるままに構えた盾に利き手を当てる。疑問を浮かべたチルノの目の前で構えて寸勁を入れる。
チルノの手に衝撃を伝えることなく盾だけが崩れ去った。参加者が目を見張る。
魔力も妖力も感じなかった。単純な体術のみの力技だ。そして、止め具や風船に一切影響を及ぼさない、武術の極みでもある。
「これと同じことが全身で出来るよ。チルノ頼むから最大限警戒してくれないかな?」
「美鈴 すげぇな!! でも勝つのはあたいだ!!!」
文句をたれるわけでもなく、使用禁止とも言われなかった。純粋な賞賛はいつ以来だったろうか……ちょっと思い出せない。
そうだな、ほめてくれたチルノの名誉のためにも全力を出そう。
再び氷で盾を作ってチルノが構える。美鈴も静かに足を開く。
「妹様!!! 合図をお願いします!!!」
「さあ!!! いよいよ大詰め、ラストバトル!!! 我こそ最強!!! かかって来いよ!!! フラン、合図だ!!!」
フランドールが二人のために特上の魔力をこめた両手を打ち鳴らす。
離れていたチルノと美鈴はいざ知らず、近くのメディスンや橙、サリエルが衝撃波でのけぞっている。
美鈴は流石に気を取られたが……チルノが真正面から突っ込んでくる。
「隙あり!!! 美鈴!!!」
「ダメですよ!? 声に出してはいけません!!!」
チルノが振るう剣を片手ではじいた。後は、シールドに手を密着させれば勝ちだ。寸勁で盾の破片を散らして風船を割る!!
寸勁で盾にひびが入るとほぼ同時にパーフェクトフリーズ!!!
盾に走ったヒビを飲み込んでさらに巨大な氷壁になった。
思わず感嘆の声が漏れる。流石に得意技だ。発動のタイミングも自分の風船を凍らせない威力調整もパーフェクト(完璧)だ。
「ほう。中々やりますね!!」
「当たり前だ!! チルノ様だぞ!!」
さらに振った剣を蹴りのみで弾き飛ばして、一度距離をとる。
あの大きさの氷塊を砕くには力溜めが必要だ。
チルノもさらに作戦を変える。剣ではリーチが足らないのだ。ならば……長い長いツララを手元で作る……アイススピアである。
美鈴も目を見張っている。……普段バカにされているのが嘘みたい、勘やセンスだけなら相当なものだ。
よく自分を理解している。最適な手段を本能的に選択できる。欠片も悩まずに槍を選択した事を凄いと思う。
しかし、感心している場合ではない。槍なんて幻想郷で相手をした覚えが無い。
加えてチルノがスペルカード宣言、アイシクルフォール……大人が相手だから加減していない。
弾幕と一緒になって突っ込んできた。
風船は……なるほど、氷の結晶で包んだか!! あれなら確かにツララぐらいじゃ貫通しない。
分厚い氷で覆われて大きくゆがんで見える。風船を包んだ結晶は盾と一体化している状態だ。
そして、美鈴の手の届かない距離で槍を繰り出す。しばらくの間、拳と槍の攻防が続いた。
チルノはパーフェクトフリーズで時折弾幕の軌道を変えながらも、攻撃し続ける。
美鈴は見切り、かわし、そらし、はじいて、流し、止めて、耐える。
……久々だ……こんなに武術を使ったのは。利き手がもう少し自由に使えれば……正直、楽しくて遊んでいたかもしれない。
しかし、勝負である。全力を出すと決めた。それにもう十分、力を溜めたのだ。
力を指先に集中する。体術の極技……ワンアクションで一点を穿つ。
槍を足で捕らえると、わざと蹴りの衝撃をチルノの腕に伝動させる。チルノがまさかと言う表情で体勢を大きく崩した。
大股一歩分の距離をつめて、最速の動作で氷壁を穿った。肘までめり込んだ氷壁の深奥で指先が風船に届く。
!? 割れない!!?……そんな、バカな!!!?
遅れてチルノがパーフェクトフリーズをぶちかます。
肩まで丸々、腕一本分が氷漬けになってしまった。
破裂音が耳に届く、美鈴の風船が割れた音だ。
割れない風船に驚いてフリーズした美鈴の間隙を縫ってチルノの攻撃が直撃したのだ。
長い戦いに決着が付く。しかし、納得がいかない。風船が割れない?
大体、風船は……風船は、おかしい、随分小さいぞ?
まるで空気を入れて無いみたい……に、まさか、いやそのまさかだ。
チルノが冷たすぎて中のガスが縮んだな!!?
通常の風船なら割れる威力はぶち込んだはずだ。それで割れないのだから、縮んで割れなくなったと言うのが妥当な推論だろう。
チルノに頼んで、風船を見せてもらう。……やっぱりだ。普通なら頭ぐらいの風船が拳大ぐらいに縮んでいる。
「ぷっふふふ、いや~参りました。完敗です」
「……なんで、あたいの風船縮んだの?」
「あははは、チルノががんばったからだよ。不思議そうな顔をしてないで、胸を張ってください、優勝者なんだから。
今日は遊んでくれてありがとう。本当に楽しかったよ」
「何言ってるんだ? 美鈴? まだ、時間はあるよ。再戦しようよ。
今度はもっと、すっきり勝つからさ」
「う~ん、そうしたいんだけど……お嬢様が起きたみたい。ごめんね、仕事しないと怒られちゃうから。
私はここまでだよ。フランドール様と一緒に遊んでもらえないかな?」
「勝ち逃げされたみたい」なんて複雑そうな顔でチルノが悩んでいるが、他のメンバーが違うことをしようと相談を始めている。
すでにフランドールは風船をつかんで、橙と鬼ごっこを始めた。恐らく風船が割れたら帰ってきてくれるはずだ。
今日の妹様なら大丈夫、怪我はさせないだろう。チルノは美鈴を誘えなかったことを本当に残念がりながら鬼ごっこに参戦していく。
さて、私は後ろでブチギレ寸前のレミリアお嬢様にどういう言い訳をしようか? あ~あ、妹様の特大合図でたたき起こされて不機嫌そのものだ。
それでも、本日の楽しさを抑えきれずにウキウキと説明を始める。きっと納得してくれるだろう。
だって、こんなにも妹様が楽しそうなのだから……
おしまい
夜の帳が下りる頃、迷いの竹林の自宅前で、影狼の目の前に一本角の鬼が立っている。勇儀ではない。黒髪で自らをこんがらと名乗った。
天使の翼が生えた少女を連れてきて紹介している。少女の背は赤蛮奇よりもやや小さい。
「いやあ、助かる。影狼殿の話は勇儀から聞かされていてな。面倒見が良いから、大丈夫だろうといわれてな」
「あの? どういうことですか? こちらの……サリエルさんでしたっけ? 預かる?」
「そうだ。おねがいする。この通りだ」 こんがらが頭を下げている。横の天使は困惑している。
「なあ、こんがら、私は別に旧都で十分だよ。わざわざ幻想郷に行く必要はない」
「ダメだ。サリエル、旧都は危険すぎる。かといって家に閉じこもりきりという分けにもいかん。
ようやく、願い事が半分かなったんだろう?」
「それはそうだけど……これで十分な気もするんだけど?」
「十分じゃないさ。君の体はあの戦いで弱体化もいいところだ。ひまわり妖精一匹に苦戦していただろう?」
完全に影狼は蚊帳の外だ。目の前でいまさらながらに説得が始まる。
振り返って自分の家を見る。まあ、これから居候がひとり増えた所で、部屋の数は問題ない。
大勢で集まってわいわいやるのも嫌いではない……が、影狼がいまひとつ乗り切れないのは勇儀が一枚かんでいる点である。
二人の会話から察するに、サリエルもこんがらも以前幻想郷で大暴れした人物らしい。
それも、永琳や紫を相手に大立ち回りをした挙句に、旧都に追いやられたというのが、話の流れのようだ。
二人にしてみれば”ほとぼりが冷めたころに戻って来た”程度の感覚なのだろうが、紫にばれたらただではすまない気がする。
大体、堂々と戻ってこれるならこんな所に来るわけ無い。自分で拠点を築いて居を構えればよいだけの話だ。
ためらいながらも”大丈夫なのか?”と聞いてみる。多分、聞きたくない答えが……予想の通りに返ってきた。
「いやあ、すまん。その辺の顔通しをしてくれると助かる」あっけらかんとしたこんがらの回答に影狼の胃がキリキリと痛み出した。
永琳の薬が欲しいが、あの医者は近づいただけで、こっちの事情を感づきそうな気がする。
影狼が悩んでいる。間接的ではあれ勇儀が一枚噛んでる頼みごとを断ったら……なし崩し的に後で力比べをさせられそうだ。
でも、話を受けた時のシミュレーションも最悪を想定しておかないといけない。ちょっと二人を無視して思想にふける。
被害が最大の条件は、神隠しのほとぼりが冷めていなかった場合で、かくまっていたのがバレたケースだ。
尋常で無い勢いで胃がよじれていく。どっちの方が損害が大きいか……勇儀なら多少なりとも話は聞いてくれる。
筋さえ通せばまあいいかぐらいで流してくれそうだ。
……よし、断ろう、覚悟を決めた影狼が顔を上げると、サリエルが一人取り残されていた。
「あ、あの、こんがらさんは?」
「旧都に帰ったよ。影狼さん、困惑するのは良く分かるよ。こんなことになるなんて思わなかっただろうけど……
私も置いて行かれた。……自力じゃ帰れない」 サリエルが口をとがらせえている。
「え゛っ!? あの、本当に?」
「ちょっと前の異変でやりすぎて……力の大半を封じ込まてしまって……正直な所……飛ぶのが精一杯」
影狼の顔色が一気に青くなる。とんでもない爆弾を家に置き去りにされた。
内密に旧都に連れて行くしかない。やばいのは博麗神社と旧都だ。
ばったり紫や勇儀に出会ったら目も当てられない。……勇儀はいい、声もでかいし、妖気も大体分かるから、避けていくことは出来る。
問題は神隠し、どこで見てるかは知らないが、いきなり、奇襲のごとく登場する。
登場するだけならまだいい、いきなりスキマ転送でお仕置きなんてされたら対処できない。
バレる前に可及的速やかに旧都に送り届けよう。
「サリエルさん、来てもらった直後に悪いけど……帰ってもらえるかな? 私が旧都に連れて行くよ」
「ん……そう…か、そうだよな」
どこか、残念そうに見えた横顔はすぐに戻らなきゃいけないという眼差しに変わった。
影狼も今日中に送り届けるつもりだ。開けっ放しになっていた玄関を後ろ手で閉めて、違和感を感じて振り返る。
戸と柱のスキマが閉まりきらな……ヤバイ、もう勘づかれた。どこにもそんなスペースは無いのに隙間から指が見える。
自宅の玄関が異界とつながる。全自動で全開になった引き戸の奥には影狼の胃痛の元が立っていた。
「帰っていただく必要はありませんわ」
さわやかな……影狼からすればこの上なくうそ臭いほほ笑みを貼り付けて紫が登場した。
「あ~、えっと、紫さん……どこから見ていました?」
「あら、心配しないで、こんがらさんが影狼さんにサリエルさんを押し付けているところから見学していました」
ほっとひと息つく。ならば事情は分かってくれそうだ。
……あれ? まてよ? ということは普段から筒抜けということか? プライベートまで?
影狼の疑問を無視して、サリエルの方を向く。サリエルは影狼を盾にして神隠しから隠れている。
「紫……あ、あの、今回の件は……その」
怯えたような声でサリエルが言葉をつなぐ。遅いといわんばかりに紫がさえぎった。
「ええ、あなたの言い分は知っていますわ。『不可抗力』と言いたいのでしょうけど……
地上に行くと言われた時に随分嬉しそうでしたわね?」
「!! お前は……最初から!!」 サリエルが怒りを放つが、紫は涼しい顔だ。
「そうです。あなた方は監視対象ですよ? ワタクシの情報網をそんなに甘く見ないで欲しいですわね。
影狼さん、別にあなたを見ていたわけではないのですよ。最初からこんがらさんを見ていただけですわ」
憤りに任せてサリエルが前に出ようとする。その行動を影狼が手を引いて本能的に止めた。
「紫さん……あまり聞きたくないんですけど、帰らなくていいってどういうことですか?」
「ふ~ん、面倒見…ねぇ。あなた……若死にしますわよ?」 紫のたった一言で影狼の顔からは血の気が引いている。
紫は笑みをますますきつくすると手振りで先ほどの言葉を取り消す。
「ふふ、冗談ですわ」 紫のジョークは心臓に悪い。
「……帰らなくていいというのは、あなたが驚異では無いからですよ。
別段、この際、いいタイミングだから、抹殺なんて欠片も思っていませんわ」
笑顔からでは馬鹿にしているのか、和ませようとしているのか全く分からない。
「本当に? それじゃあ何で出てきたんだ?」
「ああ、それは影狼さんがサリエルさんを旧都に帰そうとしていたからです。
ふふふ、サリエルさん歓迎しますわ。もしも、あなたが幻想郷にとけ込めたらですけどね」
意味深なことを口にしながら、紫が元来た様に異界をくぐって引き戸を閉める。後はいつもの玄関だ。
影狼は追い返そうとしていたことに後ろめたさを感じながら、サリエルを自宅に招き入れた。
……
紅魔館の門では珍しい人物が昼寝をしている。
真昼間だというのに美鈴をひざ枕にしてフランドールが熟睡していた。
「寝顔は天使なんだけどな~」
無防備に寝息を立てている少女の髪をなでながらそんな事をつぶやく。
どうせ、紅魔館に来る人などいない。咲夜さんも今は人里で買出し中……1時間ぐらいなら昼寝が出来る。
今日は朝からチルノと遊ぶなどといって、フランドールは無理して起きていたのだが、昼前に限界が来たらしい。
チルノも見つからずにどうしても眠くなって途中で戻って来たのだ。
戻ってくるなり日陰で正座しろと言われて、正座をしたとたんに太ももを枕にされた。もう動けない。
足がしびれた程度の理由で起こしたら後が怖い。侵入者が来てくれれば口実に……ダメだろうな。
どんな理由であれ、睡眠の邪魔をされたら怒り出すだろう。哀れにも侵入者と同じ末路をたどる可能性がある。
ここは一つ、思考を切り替えて、妹様の命令で休みを貰ったと考えるほうが利口だ。
風もさわやかで心地よい。疲れるとか気を張るとか考えずに私も寝よう。
どのくらいたったのだろうか? 物音を感じて薄目を開ける。
門番が昼寝してるのをいいことに侵入者の類だろうか?
今日だけは特別でまずい。フランドールが目の前で寝ているのに侵入なんてされたら対処できない。
「あれ? 今日は美鈴さんいないのかな?」
声はよく知っている人物、橙だ。
ほっと一息つく。橙なら、馬鹿騒ぎしてフランドールを起こすこともないだろう。
しかし、先手を取るかのごとく橙に大声を出された。目当ては自分だったらしい。
物陰で座っていた自分も悪いが、視覚に入らなかったんだろう。
「美鈴さん!!! いませんか!!!」
フランドールをとっさに見る。
凄い、目と目が合う、視線を合わせるだけで心臓が止まりかけるなんて経験は滅多にできることでは無い。
たたき起こされた所為で瞳に怒気が見える。
美鈴の制止よりも早くフランドールが飛び出す。
「……うるさい!!!」
ほんのちょっと、睡眠を妨げただけ、たった一回大声を上げただけなのに、すさまじい魔力を放っている。
目の前に飛び出してきた怪物を相手に橙は完全に硬直した。
「あ゛、あ、すみ ません」
フランドールは相手が謝ったのと、一応、橙を知らないわけではないのでひと睨みすると寝癖の付いた頭をかきながら怒気を引っ込めた。
「あー、えっと……橙だっけ? 美鈴ならそこ、私眠いから早くしてよ」
フランドールに指差された方には赤い髪が見える。安堵の表情で美鈴が手招きしている。
硬直が解けきらないがちがちの動作で美鈴の所まで歩いていく。正直、腰が抜けているのでおばあさんみたいによろよろしている。
それを見てフランドールが冷たい視線を送る。背中で視線を感じてますます動きがギクシャクする。
「妹様、そんなにふてくされないでください。すぐ終わりますから」
答えの代わりに視線をそらすと、頭をかきながら背を向ける。
「ふふふ、橙ちゃん。無事でよかったです。今日は何のようですか」
美鈴は”無事”のところだけ妙に小さい声で言うと笑顔で迎えてくれた。
「あ、あの、えっと……あ、遊びに……」
目が挙動不審にゆれて、か細く消え入るような声で橙が答える。
なるほど、高々遊びと言う理由でフランドールの睡眠を邪魔したらただじゃすまないだろう。
こちらもひそひそ声で答える。
「私としても非常に嬉しいんですが、また明日にしましょう」
橙が激しく頭を縦に振っている。余程怖かったんだろう。
美鈴は肩を軽く叩いて緊張をほぐす、人里に向かって軽く橙の背中を押してあげる。
「お、お邪魔、しました」 すれ違おうとした橙をフランドールが後ろ向きのまま手振りで止める。
「……遊ぶ? 無事? 馬鹿にしてるの?」 姉妹そろって地獄耳だ。橙の瞳孔が開いて冷や汗が噴出する。
「フランドール様、聞こえちゃいました? でも、手は出さないでください。お願いしますよ」
美鈴は普通の声で話しかけている。レミリアの命令で時々、フランドールの相手をさせられていたので大体の感情が分かる。
今のフランドールは不機嫌なだけだ。下手に刺激さえしなければこれでも何とか押さえてもらえる。
橙の尻尾は恐怖で膨れ上がっている。
「私だって……遊びたいのに」 いつの間にか立ち上がって橙の顔を触っている。
瞳の奥で遊べなかったやるせなさが燃えている。しかし、たとえチルノを捕まえたところで一緒に遊ぶことは出来なかっただろう。
「それが、どれほど難しいかはご自身で理解なさっているでしょう?」
「それでも! 遊びたかった!!」 美鈴に怒鳴りつけるように向き直る。ようやくターゲットから橙が外れた。
「仕方ないです。力の差がありすぎるんですよ。失礼ですが、まともに相手を出来るのはお嬢様しかいません」
「そんなこと! 分かってる!! 私に匹敵できるのは姉さまだけ……でも 遊びぐらい、いいじゃない!!!」
至近距離で魔力が爆発する。怒ったのとは違うな、感情の高まりと魔力が制御できて無いだけ。
壁に叩きつけられたが、この程度で済めば丸く収まったほうだ。
橙ちゃんは……しっかり受身を取ったか、流石、九尾の弟子だ。
フランドールも少しやりすぎたことを自覚しているらしい。
”やりすぎた”と言う表情、木の葉のごとく吹き飛んだ美鈴を見て、悔しそうに下唇をかんで、さっさと館の中に戻ってしまった。
「大丈夫ですか橙ちゃん?」 優しく声をかけたつもりだが、放心状態でうなずかれた。念のため医者に連れて行ったほうがいいかな?
美鈴は門番の役目と医者に行く事を天秤に掛けて、あっという間に永遠亭に向かっていった。
……
「はい、これ胃薬、ストレス性の奴だけど……本当は元を断つほうが良いのよ?」
「元を断てたら、ここに来ていないよ」
ぶっきらぼうに言って、薬を受け取る。永琳も”そりゃそうだけど”なんてお手上げの態度だ。
少し、勇儀のことでアドバイスでももらえたら何て考えていたけど、次の客が来たらしい。せわしない足音が聞こえた。
早々に話を切り上げて診察室から出ると廊下でばったりと美鈴に出会った。
服があちこち裂けて所々こげている。背負っている橙も同じだ。
黙って道を開けると会釈して診療室に入っていく。
「あら? 珍しいわね? どういう組み合わせ?」
「遊び友達ですよ。ただ、ちょっと……今日は妹様に当てられちゃって……私はいいんですが、橙ちゃんを診てもらえますか?」
「美鈴さん、大丈夫です。もう本当に、無理してないです」
「そういうのはそこの医者に言ってもらいますよ。永琳さん、治療費は紅魔館付けでお願いします」
「じゃあちょっと高めに請求しようかしら?」
永琳の冗談交じりの言葉を美鈴は聞いていないようなそぶりでさっさと診察室を出てしまった。
外では影狼が待っていた。目的は橙である。預かっているサリエルの遊び相手に丁度いいと思ったからだ。
橙ならかなりの融通が利く、それに紫の許可は取った。紫の式神の弟子なら多分大丈夫だろうと言う打算だ。
サリエルから聞いた話では自分で起こした異変で相当な範囲にケンカを売ったらしい。
それこそ紅魔館から命蓮寺まで、巻き込んでいない勢力がいないレベルだ。
へたに他の子と一緒にするとそれぞれの所属のトップまで話が漏れる可能性がある。
この話で注意しなければならないのは許可を取った勢力は八雲のみと言う事実だ。
他の勢力がサリエルの事を許しているかいまいち不明だ。おっかなくて永琳にすら相談できなかった。
美鈴にもこの話は伏せておきたい。出来れば橙と二人っきりで話したいところだ。
「え~っと、美鈴さんでしたっけ?」
「そうです。あなたは……そう、思い出した影狼さんですね。駅伝大会のことまだ覚えてますよ。
ふふふ、凄かったです。最後の大逆転」
「あ、あれは針妙丸ががんばってくれただけで、私は大して活躍してないですよ」
美鈴は話し相手の気を探っている。今までほとんど面識がなかった。それなのに話しかけてきた。
……警戒する癖がついたのは門番をやってからかな? そんな事を考えながらも気を探るのをやめない。
もう職業病になってしまった。流れてくる気を分析すれば大体の人物像が分かる。
……真面目で、随分甘い人だ。それでいて芯は強い。我の強さとはまた別か……いい人のようだ。
「どうしました? 何か悩み事でも?」
わずかな気の乱れから迷いを見抜く。言葉で見抜かれたことにより気の乱れがひときわ大きくなる。
「いや、な、悩みなんて事は無いんですけど。
そう、橙ちゃんとどうしたのかな~? 何て思っただけで」
美鈴は”本心とはだいぶ違うことを聞く”なんて思いながら答える。
「今日少し、フランドール様といさかいがあったもので、その確認のためですよ。
打ち身が夜に痛くなっても可哀そうですから」
「打ち身?」 頭に疑問符をつけている間に診察が終わったらしい。
本人の言うとおりに全く問題ない。フランドールは魔力を暴発させただけだったし、受身をきれいに取れたことが幸いした。
「美鈴さん、永琳さんが呼んでますよ」 元気のよい声で美鈴と入れ替わる。
美鈴は「私は診てもらっても仕方ないんだけどな」何て言いながら、頬をかきつつ診察室に入っていった。
「影狼さんですよね? 私に用ですか?」
「もしかして、さっきの会話が筒抜けだったかな?」 ニコニコ笑顔でうなずかれた。
筒抜け……まあ仕方ないか、さっきよりも小声で話せばいいだろう。二人で身を寄せてひそひそ秘密会議を行う。
「ちょっと、相談したいことがあってね。知人の紹介で君と同い年ぐらいの子が遊びに来たんだけど……
相手をしてもらえないかな? その子に今流行りの遊びを教えてもらえると嬉しいんだけど?」
「いいですよ? じゃあ、メディスンとかチルノも誘って――」
「あ、あ~。ごめん、人見知りが激しい子だから、あまり大勢だとだめなんだ」
影狼は大嘘を言っている。しかし、いきなり大人数に顔が知れたら、どこからどう情報が漏れるか分かったものではない。
それでも疑うことなく頷いてくれた。良かった。
サリエルもこれで少しは楽しんでくれたら、そうしたら少しずつ呼ぶ人を増やしていこう。
のんびりそんな事を考えながら、奇襲のごとく放たれた次の言葉に橙が硬直した。
「私にも紹介してよ。その子」
天井から放たれた言葉につられて影狼が顔を上げて凍りつく。
フランドールが天井からぶら下がっている。
「なに? その態度? 私が怪我させたか気になっちゃいけないわけ?」
橙は恐怖で何もいえない。影狼も衝撃の展開で頭が真っ白だった。
冷や汗だけが出ている二人を眺めてフランドールがあからさまにふてくされた。
「……ふん。もういいわよ。お邪魔しました。私は厄介者なのね。どこでも、いつでも、誰よりも……くそっ!!!」
言葉と共に魔力が膨れ上がるが、流石に永遠亭、館がうなってしなるだけで済んだ。
へたり込んだ二人を尻目に永琳と美鈴が飛び出してくる。
「フランドールさん、そういうのは家の外でお願いできないかしら?」
「ここは家の外よ。私の家(紅魔館)じゃ無いわ」膨れっ面のまま屁理屈を答えている。
「建屋という意味よ。もう少し、加減を身に付けたらどう?」
「これだってしてる!! 加減は目一杯してるのに!!!」
「出来てくれないと困るのだけど?」 永琳がうそ臭い……小ばかにしたような笑みを作る。それが逆鱗に触れた。
「じゃあ!!! 全力を見舞ってやろうか!!!?」 先程の感情で加減をミスった程度ではない、館が地鳴りのように揺れている。
結界があっても、この前震のあとの本震には耐えられないだろう。
こんな所で、全力を出されたらたまらない。館がなくなったら明日から野宿だ。
永琳が頭を下げる。今の出力で大体の全力も分かった。
「ごめんなさい。フランドールさん。謝るから抑えてもらえないかな?」
「ぐっ!! わ、わかればいいのよ」 一度、魔力を跳ね上げ手しまうと自分でも手に負えないようだ。
高まった魔力を霧散させるのに跳ね上げた時間の数百倍の時間をかけている。
「あまり、刺激しないでよ」 ……フランドールにしたら丁寧に力を抜いたのだろう。これだけで少し疲れているように見える。
「ごめんなさいね。少し私も悪い癖が出たわ。でも、本当にもう少し加減が身につけられたらいいのだけど」今度の永琳の表情は真剣だ。
「出来るなら、とっくにやってる」フランドールも相手が真剣なら応えて感情で反応することはしない。
そんな状況を冷静に分析して、永琳がなんとなくフランドールの憤りと言うか悩みのヒントをつかんだ。
フランドールは永琳の推定において相手の感情に過剰反応している。
相手の恐怖や怯えというものを不快に感じて悪い方向に一気に振り切れる。
フランドールからすれば繕った表情とか嘘なんてものは直感で理解できる。そしてフランドールに限らずそれらの物は不快なものだろう。
自分で不快と感じたものには手加減するほど優しくは無い。そして、その逆もまた真なり。
チルノが唯一、フランドールの友人になりえたのもそういった理由だろう。
幻想郷でたったひとり、恐怖を偽りで取り繕うほどの頭脳が無く、実力差に気付かない鈍感さを兼ね備え、
偽りも恐怖もない純粋な感情をフランドールに持てたからだろう。
そこまで考えて周りを見てみる。橙はもう恐怖でおなか一杯の表情だし、影狼は……ストレスで胃に穴が開いたか?……真っ青だ。
唯一、美鈴だけが苦笑いしている。フランドールがふてくされてそっぽを向いているのは仕方の無いことだ。
「感情的になるな」と言うだけ無駄である。暴発はこれからも起こるだろう。
しかし、これからの幻想郷のためにも加減はどうしても身につけて欲しい。
馬鹿な奴がフランドールを刺激してあたり一面の惨劇を招く前にだ。
フランドールの暴走は感情と魔力の連動にある。この連動さえ切り離せれば……せめて、ワンクッションおけるようになればだいぶ状況が変わる。
様々な感情を学べば、次第に連動もしなくなる。嬉しさや可笑しさが爆発して焼け野原になんてならないのだ。
とかく、怒りや不快と言った感情が魔力の暴発を招くのである。
そんな感情を抱かせない友達と一緒にすごしてもらえば、事態が好転してくれるのだが……一緒に騒げる友人が足りない。
チルノひとりでは荷が重過ぎる。
そこまで考えて影狼の話を思い出した。新しい子がいると言っていた。小声だろうと永遠亭の中なら筒抜けだ。
その子なら、もしかしたなら、恐怖の先入観なく、フランドールと付き合えるかもしれない。
となると、そうだ。魔力を必要としないで遊べる。どちらもが勝って負けることが出来る遊びが必要だ。
後は、この際、一気に遊べる人数を増やしておこう。
ストッパーも入れて暴走に対応できるように、……私は忙しいから代わりはあいつにして……
「これで良し!!」 永琳がいきなり声を上げる。フランドールすらが視線を永琳に向けた。
ぽかんとしている3人を尻目にフランドールにささやく。
「フランちゃん。ちょっとお薬試してみない?」当人はいきなりの”ちゃん”付で面食らっている。
「く、薬? 何の? 風邪なんか引かないよ?」
「ふふっ、体のじゃなくて心の奴よ」 悪戯っぽく笑った永琳の顔から今度は好意を読み取り、フランドールが薬を言葉で受け取った。
……
影狼が自宅にてサリエルと話をしている。
既に永琳からもらった胃薬は使った。それも普段の2倍の量である。
しかし、蒼白になった顔が元に戻らない。
サリエルは降ってわいた話よりも正直影狼の体調の方が気になっている。
「話の内容は大体分かった。3日後に紅魔館前に行けばいいんだ?」
「そう……なんだけど、うう、もうプレッシャーで気分が悪くて……」
「無理なら断ればよかったのに……頑張り過ぎじゃない?」
「だって、永琳が、滅茶苦茶笑顔でごり押ししてくるんだもの、断りきれなくて、
サリエルは大丈夫? ダメなら……いや、ダメって言い切ってくれたほうがまだ断りやすいんだけど?」
もう、すがるようなまなざしを向けられてサリエルの方が引いている。
地上で遊ぶ機会はまだ他にもある。今、世話になっている人からこんな顔をされたら「行きたい」なんて言えない。
わがままをおさえこんで、「行きたくない」と言う。
そうして表情を読んだ影狼が「ごめん、言い過ぎた……当日案内する」と言って、蒼白のまま自分の部屋に行ってしまった。
……
太陽の畑、橙が幽香に事の次第を話している。
永琳からは「あなたが頼めば大丈夫」なんていわれたが、幽香を利用しようとしているこの状況で本人が納得してくれるかわからない。
しかし、幽香を連れて行く事に失敗したら、恐らく……フランドールの相手は自分になる。
いつに無く、必死に熱心にお願いした。
「……で? 私はわざわざ紅魔館に行かなきゃいけないって事?」
「お、お願いします。幽香さんが出てくれないと私が……」 ごくりとのどが鳴る。かすれながらにフランドールと聞こえた気がした。
橙の目を見ていたが、ため息が出る。もう少し、堂々と言えない物か? こんな扱いを受けているフランドールの方が不憫に感じる。
確かに、橙からしたら恐怖の対象だろうが、あれはあれで子供である。魔力が他の連中を遥かに超えているだけの子供だ。
推定精神年齢は多分同程度だろう。多感な年頃でこんな扱いされたらぶち切れしても不思議ではない。
幽香は頭をかいている。他人のお願いを聞くのは嫌だが……橙にはメディスンのことで貸しがある。
不承不承ながらも明後日の予定を了解した。
但し、橙が当日来なかったら「話は無し」ということを目の前で断言した。
……
フランドールがいつに無くウキウキとしている。明日、永琳が提案した遊びがある。
そう考えただけでも心がなんとなく軽い。流石に名医が処方した薬だった。
今日は美鈴がチルノに話をつけている。
ルールなどは当日のお楽しみ……いつに無く、明日が待ち遠しい。
永琳から楽しみで眠れないと困るからと渡された睡眠薬を一気飲みすると普段よりも早い段階で眠りについた。
明日の天気は曇天、雨は永琳が降らせないと宣言している。日傘もいらない。起きたらいよいよ遊びだ。
全力で遊ぶぞ。
……
いつもならとっくに寝ている時間帯で目が覚めた。昼間……なのだろう。夜の明るさとは異なる曇天の薄暗さが幻想郷を包んでいる。
自分の姉は現在睡眠中……姉さまですら知らない秘密の遊びをするんだ……そんな事を考えると興奮する。
体調はばっちり、いつに無く軽快な寝起き、伸びをしてもスムーズだ。耳を澄ませばドアの向こうから足音が聞こえる。
美鈴だ。起こしにきたのか? 寝た振りして脅かしてやるのもいいかもしれない。
美鈴の手はノック直前で止まる。
「妹様? 起きていらっしゃいますね? 軽食を持ってきましたよ?」
「……んもう!! 何で気付いたのよ!?」
「……いつもの寝息が聞こえなかったもので、もしやと思いました。ご機嫌ですね?」
「それは今日が楽しみだからに決まってるじゃない?」 ドアを開けた先は笑顔だ。普段以上……すさまじい陽気にあてられてこちらもウキウキする。
「私も……楽しみですよ。そうだ、食事が終わったら、軽く運動でもしますか。準備運動もかねて」
「いいね!! 美鈴!! ちゃんと付いてきてね!!」
「ええ、出来うる限りのお供をしますよ」
陽気に当てられたせいだろうか? 自らフランドールの相手に名乗り出ている。でもこの陽気なら多分大丈夫な気がする。
いつもなら滞っている気が、今日は吹き抜ける風のような心地よさを持つ、嵐のような全方位からの圧力ではなく、背中だけを押す春一番の烈風だ。
陽気に当てられるだけでいつに無い力が出せる気がしたのは今日が特別な日に違いないからだ。
……
今日は曇りか……少し肌寒い、動いて体を暖めるには丁度いいかもしれない。
そんな事を考えながら、幽香がメディスンをつれて紅魔館に到着する。
別段早く来たつもりは無いのだが他の参加者では一番だったようだ。
息切れしてぼろぼろの美鈴と、ハイテンションのフランドールが出迎えてくれた。
美鈴の服は汚れているが直撃が無い。普段ならありえない状況だ。
「歓迎するよ幽香!!! なんか今日は調子が凄くいい!!」
「私も遊びに来てくれて感謝していますよ。それにメディスンさんも歓迎します」
「ふ~ん。なんだ。これなら私が来た意味は無いわね。メディスンと橙で十分」
「一応、お招きいただきありがとう。でも、遊びは加減しないからね? よろしく」
メディスンは常時幽香を相手にしている。その所為で、実力差を感じる感覚と言うものが麻痺している。
真正面から啖呵を切ってきたメディスンにフランドールは凄い興味を引かれた。
「ふ~ん、あなたがメディスンね? これから覚えておこうっと」
悪戯っ子のように笑う。悪巧みよりも楽しさの方が勝っている。極めて快活な笑顔だった。
次にきたのは永琳だ。何か小箱を持ってきている。中身を聞くと、今日の遊びで使うものらしい。
全員集まったら説明するとの事だ。
続けてきたのは影狼とサリエル……影狼は空腹と腹痛でふらふらしている。3日ほど、不安で何も食べられなかったようだ。
背の低いサリエルの方が肩を貸している。
一目見て永琳と幽香はすぐにサリエルの正体を見抜いた。大体、サリエルの力を引き抜いたのは永琳だ。知らないわけが無い。
しかし、二人ともにやっと笑っただけで流した。弱体化しているなら何の問題も無いのだ。影狼が勝手に不安がっていただけである。
青い顔の影狼を放置してフランドールとサリエルが挨拶している。
「あなたが新人さん? どこかで会ってない? なんとなく見覚えがあるんだけど?」
「……君とは別の姿で会ったよ。ちょっと前のことだけど……サリエルだよ」
「……ごめん誰だっけ? のどまで出掛かってるんだけど?」
「本当に? それなら……もし直接私に勝ったら正体を教えるよ」
少なくとも真正面からケンカを売ったと思ったが……名乗ったはずなのに……覚えていないとは、
あれほど暴れて……記憶に残ることすら難しいのか……
サリエルは少し呆れている。しかしそれだけ、物怖じなどしていない。
「う~ん。まあいいか、勝てばいいのよね? 勝てば」
「そう、その通り。勝てばいいのさ。勝てればね」
弱体化したくせに自信満々なのは永琳が魔力の大小に関係ない遊びを考えてきているからだ。
あの医者ならそういう公平なルールを考えるのは得意だろう。
むしろ今まで強すぎて出せなかった全力を弱体化した今からだからこそ、感情の赴くまま出してみたかった。
最後に来たのは橙とチルノ……チルノはいつもどおり今日のフランドールにも負けない陽気さだ。
しかし、橙は表情が壊滅している。影狼と同様に心労にやられたらしい、真っ青だ。
「フランド~ル!! 負けないからな!! あたいこそ最強だ!!」
「うん、期待してる!! チルノ!!! 私も負けない!!!」
二人して高らかに笑っている。
全員そろった所でルール説明……といきたいところだが、橙と影狼の顔色が悪すぎる。
永琳が二人に胃薬と偽った心の薬を飲ませている。平常心を取り戻す物ではなくハッピーな方向に吹っ飛ぶクスリだ。
わずか数分で信じられないくらいテンションが上がって帰ってきた。
「……ちょっと。いくらなんでも あれ、やばいんじゃない?」
「大丈夫よ。後遺症なんて無いから」幽香の質問を軽い笑顔で流す。しかし、幽香の目の前で橙が、
今まで見たことも無いほどの幸せそうな、毒々しいぐらいの笑顔を放っている。
普段の橙を知っているメディスンがドン引きしている。
「二人ともあのぐらいじゃないと理性が邪魔して楽しめないのよ」
サリエルが影狼に捕まって大好き宣言されたうえに絞め落とされるような勢いで抱擁されている。
悲鳴すら上げられないサリエルを無視してルール説明が始まった。
永琳が小箱を開けて風船とティッシュ、手袋を出している。
ルール
1. 身に付けた風船が割れたら負け、飛んでいっても負け
2. タイマンによるトーナメントで、最終勝者が優勝である
3. 風船を割る方法は問わない。
……以上!!!
永琳は見本として極薄のティッシュを一枚、手首に巻くとそれにガスを入れた風船の紐を結び付けている。
ざっと参加者を見渡した上で利き手に取り付けるように指示を出した。
紐の長さは5cmもない。手首に巻きつけるのは不可能だ。
風船の大きさは顔より少し小さいくらい。そして、手ではつかむことが出来ない。
参加者に配られた手袋は風船を割りやすいようにちくちくしている。
こんなもので風船をつかんだら自爆するのだ。
参加者の中で悲鳴を上げたものがいる、メディスンだ。フランドールも凄い難しい顔をしている。
フランドールの速さで手を振ると一瞬でティッシュが散る。全速力どころか普段の1割出力ですら出せない。魔力はさらにまずい。
わずか、コンマ数%の出力で巻きつけているものが燃え上がる。
メディスンも同様だ。毒霧を使えばあっという間にティッシュが腐り落ちる。
加えて身体能力もこの中では劣る。力を出さなければ負け、しかし、力を出しても負け、どのようにあがいても負けが確定する。
「ちょ、ちょっと!! いくらなんでも厳しすぎるんだけど!!?」
「わ、私も、加減どころの話じゃないんだけど? これじゃ動けないよ?」
「どう? 凄いでしょ? 強い子も弱い子も同様に制限がかかるなんてすっごい公平じゃないの?」
二人の戸惑いをよそに永琳は得意満面の笑みだ。フランドールの全力を制限し、且つ加減も練習してもらう。
もってこいの条件だと自負している。
さて、後はトーナメント表だが、全員にくじ引きしてもらう。
もはやあきらめモードのメディスンから引く。
一回戦の組み合わせが決まるとメディスンからため息が漏れている。
メディスン VS 橙
美鈴 VS 影狼
幽香 VS フランドール
サリエル VS チルノ
メディスンはいきなりの試合である。しかも相手は橙……身体能力で既に負けている。
そして当の橙は目の前でいきなり式神を発動している。テンションが無茶苦茶に高い。
こっちはルールの対処法すら思いつかないのに、試合開始されたらいきなり瞬殺される。
しかし、永琳が早速はじめましょうかなんて言っている。
慌てて練習時間をとらせてもらったが、余計にどうしようもないことが発覚する。
今まで、毒霧を全身から出していた。それに不都合を感じることも無く過ごしてきたのだが、今回はまずい。
体の一部分、手からだけ出そうとしても全身が連動している。
どうしてもにじみ出る分が止められない。
繊細な加減と言うものが全然出来ない。威力の大小、毒霧の濃度ならいざ知らず。
全身で覚えたコントロールを片手のみで行うことが出来ない。
フランドールはさらに悪い、威力の大小が調整できない。大雑把に半分とか2割なんてものは出来るが
風船と止め具からしたらそれは加減の内に入らない。一人で腕を組んで悩んでいる。
しかし、二人からは信じられないことに他の参加者は早くも対応を始めている。
幽香だけはぼけっと全体を見ているが、当人にとってこのルールが問題ないのだろう。
ほんのわずかな時間で練習が終わり、いきなり第一試合が始まる。
第一試合……メディスン VS 橙
橙の笑いはもう、狂気のそれに近い。永琳は公平なルールなんて言っていたが、身体能力だけで決まる勝負だ。
毒を使えば自滅、使わなければ瞬殺、悔しいが手も足も出ない。
永琳の試合開始の合図で橙がダッシュ……してこない。
普通に歩いて距離をつめてくる。……くそっ、馬鹿にして!!
つかみかかろうとした動作のカウンターを取られた。
まっすぐ伸びた左手が指先で風船を貫く。決着……恐らく最短時間だ。
極あっさり、メディスンの負けが決まる。
美鈴が「お見事!!」なんて言っているが……何が見事なものか!!
口をへの字に曲げて美鈴をにらむ。悔しさが駄々漏れしても止めるすべが無い。
「くそっ!! 何が公平よ!! こんなルール!!」 思わず悪態をつく。
悔しい、ルールで完封されるなんて思いもしなかった。何の手も打てない。
多分、幽香もフランドールも同じだろう、このルールは身体能力が強化できる橙の独壇場だ。
一方的なルールで力が発揮できない、この悔しさは後で永琳にぶつけてやる。そんな事を考えている間に第二試合だ。
第二試合……美鈴 VS 影狼
影狼もテンションが高い。普段なら絶対に言わないであろう「いよっ!! 待ってました!!」等という台詞をはいている。
美鈴は微笑んでいる。相手が橙とかメディスンなら加減しようかと思っていたが、この人なら大丈夫だろう。体もしっかりしている。
静かに足を開いて構えた。
永琳の合図で影狼が飛び出してくる。しかし、風船があるので遅い。あまり速く動くと慣性で手首の止め具を引きちぎる可能性があった。
見え見えの速度に自信満々の笑みを加えて真正面から接近してくる。カウンターは取りやすいことこの上ない。
しかし、拳法家の射程ギリギリで影狼が止まる。大きく息を吸い込んで……奇襲のごとく遠吠え!!!
声を絞りに絞った音速攻撃が炸裂する。速く動けないからと言って高速の攻撃が出来ないわけではない。
ただし、あまりにも動作がでかすぎた。加えて美鈴は気で大体の行動が読める。
それがオーバーアクションで息を吸ったり、両手を口に添えたりしたら……対策を打ち放題と言うものだ。
利き手を背に回し、体を盾に風船を隠す。音って言うものは物理的な威力はさほど無い。多少耳が痛いが、奇襲を読んでいれば面食らうことも無い。
さて反撃しようか? 歩いて距離をつめる。影狼も応えて二人で距離を潰しあう。二人とも利き手は背中に回した。
多少の打合いがあったものの、美鈴が影狼を押し切る。
少々、影狼にとって条件が悪すぎた、3日間の絶食、昼間、相手は拳法の達人……
せめて空腹でなく、夜であれば互角以上の戦いが出来たのだが、コンディション調整が出来なかった時点で勝ち目が無かった。
影狼の遠吠えは本人にしてみれば、唯一勝機があった戦法だった。
10合ともたず決着が付く。勝者 美鈴。
影狼は……なぜか爆笑している。何がつぼに入ったのか理解できないが……大丈夫だろうか?
「大丈夫ですか? 頭でも打ちましたか?」
「いえいえ、いや~。お腹が空きすぎて、視界が面白いぐらいゆがんでいるんですよ」
笑っている内容も、回答している内容もおかしい。
美鈴は永琳に頼んで1回戦が終わったら休憩時間をとってもらうことにした。
何かこの際、口に入れておかないと、見ててこっちが可哀そうになってくる。
次は困った顔をしているフランドールといつもどおりの幽香だ。
第三試合……幽香 VS フランドール
フランドールが困った顔で幽香を見ている。よける動作一つとっても普段どおりに行かない。
いつもの調子で動くと、自爆、それも第一試合を軽く上回る短時間で決着する。
攻撃はさらにたちが悪い、レーヴァテインなど使おうものなら風船が割れる暇なく燃え上がる。
恐らく相手の風船も一緒に破裂するだろうが、どう考えてもこっちが一瞬はやい。
秘弾「そして誰もいなくなるか?」を使えば自分をすり抜けた風船がどこかに飛んでいく。
攻撃も防御も移動もままなら無い。
物理拘束なら引きちぎれたのだが……ルールで拘束されてしまった。
条件は一緒ではあるがすさまじくやりづらい。
「……なにしてるの? もう、開始してるわよ?」
いつの間にか始まっていたらしい。自分の手を見たまま動かないフランドール相手に幽香が問いかける。
「えっ!? そう? 油断してた~。 危ない、危ない」
ひらりとバックステップ、とたんに利き手から紙が破れるような音がする。
慌てて空中で動きを止めた。見てみれば、ティッシュに亀裂が入っている。手を引き切っていたらそのまま風船がどっかに飛んでいっただろう。
「む、難しい……」フランドールの言葉に幽香が肩をすくめている。隙だらけなのだが、飛び込んだらこっちの自爆で決着する。
幽香は頭をかいている。早く決着させてこの遊びから開放されたい。他人の都合で時間を拘束されるとストレスがたまる。
ささっとフランドールを自爆させればよいのだが、隙をみせても飛び込んでくるような気配が無い。
攻撃力と言うものが高すぎて自ら攻めることが出来ないようなのだ。
ふたりしてぼ~っと突っ立っている様にしか見えない。
「仕方ない」などと言って幽香がおもむろに距離をつめだす。
フランドールは対策も無いのに幽香を迎え撃つことが出来ずに同じ速度で歩いて距離をとる。
二人を見ていたチルノやメディスンが痺れを切らせて野次を飛ばす。
「なにやってんのよ! 幽香!! 早く決着つけなさいよ!!」
「フラン!! いつもの速さはどうした? 幽香なんて楽勝だろ!?」
「……言いたいこと言ってくれて。フランちゃん。攻めてきてくれない? 逃げてばかりじゃつまらないでしょ?」
「う~、攻めたいのは山々なんだけど、無理」
幽香が頭をかいている。仕方ない手本を見せるか。野次もうるさいし、私が力を使えないなんて思われてもシャクだ。
指先の一点に力を集める。それも利き手、しかし風船も止め具もなんら変わらない。
極大化すれば極太のレーザになるものを指先だけから収束させて放つ。
普段のフランドールなら即座に反応して反撃するのだが、よく見て、よく自分を抑えた。
元から風船も体も狙っていない。至近距離を狙って自爆するかだけを試したのだが……これは直接攻撃しない限り決着が付かない。
「オ~ケイ、直接やって終わりにしましょう」
フランドールはあせっている。自分と同じように幽香は妖力を使えないと思っていた。とっさに体の後ろに風船を隠すのだが……最悪だ。
幽香の攻撃力なら体を貫通する。さっきみたいな一撃が来たら負ける。
障壁を張ればその余波で風船が割れる。よけてかわせば止め具が千切れる。ノーガードは貫通する。八方ふさがりだ。
繊細さにかかわる技術は一つとして身につけていない。
力が10の敵も、1000の敵も同じように100万パワーでぶっ飛ばしてきた。
10の相手に15、1000の相手に1100とかの力で勝つことが出来ない。しかし、この目の前の幽香は別のようだ。
相手にあわせて出力を調整できる。基本的に圧倒するのは変わりないが、10の敵には50、1000の敵なら3000等と桁あわせだけはしている。
だからこんなことが出来るのだ。初めて相手がはるか格上であることを自覚する。
そんなことにショックを受けていて、幽香ばかりをみていて足元の違和感に気付くのが遅れる。
……やられた!! 草が足に絡まってる!!!
見る間に太く、複雑に絡まってきている。しかも早い。引きちぎろうとしたら自爆する。
丁寧に引きちぎっていたら草に飲まれる。力を出せば風船が破裂する。
「ふふふふ、どう? これなら逃げられないでしょ?」
「凄い!! 幽香!! 私もこんな技術を身に付けられるかな?」
泣き言の一つでも聴こうと思っていたが当てが外れた。キラキラ笑顔でこっちを見られて毒気が抜けた。
フランドールは幽香がみせた攻撃とは異なる技術に魅せられている。
草の成長が止まる。手を伸ばせば互いに届く距離まで接近する。
「我ながら甘いわ~。どう? フランちゃん。ラストチャンスをあげるわ。敵は目の前……互いに利き手は動かさない。
早撃ち勝負、やってみよっか?」
「やるよ!! やるやる!! 幽香って優しいね!!」
やっぱり子供だ……圧殺できなかった。
互いに構える。狙うのは風船のみ。互いが互いの左手に注視する。
「永琳合図!!!」幽香の声に、永琳が答える。
風船を取り出すと、二人を面白そうに見比べてから叩き割った。
決着……勝者 フランドール・スカーレット
音に反応するが早いか、目視できない速度でフランドールの左手が動いた。式神を貼り付けた橙どころの騒ぎではない。
こちらの手はようやく半分まで動いただけだ。
種族的な問題……はじめから勝ち目が無いのは知っていた。
それでも、こんな勝負を持ちかけてわざと負けたのは……毒気を抜かれたからか?
いや違う、風見幽香は早く帰りたかったのだ。そうに違いない。そんな事を自分で考えて納得している。
決して、真剣に戦って勝ったときのフランの笑顔が見たかったからではない。……断じて。
しかし、キラキラ笑顔だ。まあ、負けても悔しくないし、このルールなら余裕で後、100戦して100勝出来る。
たった1回の負けぐらい、どうと言うことは無い。
「幽香の馬鹿!! 何で勝たないのよ!! 楽勝だったはずでしょ!!」
「ちょっと、吸血鬼の全速力を見たかっただけよ。でも流石だわ、見えなかった」
「何それ!!? 馬鹿じゃないの!!?」
普段より強い口調のメディスンを見て思う。
メディスンが憤っているのは、私が負けたせいだろうか? 手を抜いていることに怒っているのだろうか?
それとも、自分の自慢の”最強”が負けたことが信じられないのかもしれないな。
早く帰りたいからなんて言ったら……もっと怒るだろうな。
”どうでもいい”なんて言っても、「じゃあ、勝て!!」で一蹴される。
まあいいか、こういうことが分かる年ではない。幽香に対するメディスンの罵詈雑言を笑いながら聞き流す。
今日は特別だ。勝利して当たり前と流されるよりも、負けることでしか受けられないこっちの言葉の方が凄く楽しいものだった。
第4試合 サリエル VS チルノ
「ようやく出番だ。パンパカパ~ン!! あたい登場!!」 自分で擬音を出しながら、これまでの誰よりも高いテンションでチルノが出てくる。
サリエルも自分の高揚が抑えられない。他の連中と異なり、サリエルの場合、全力を出しても止め具が千切れることは無い。
どのぐらいの速さで動いたらいいだろう? なんて考えなくて良い分だけ、サリエルが有利だった。
但し、攻撃力も相応に落ちている。パンチ一発では風船が割れない可能性があった。力をためて極、至近距離から魔力を塊にしてぶつけるしかない。
永琳の開始の合図と共にチルノが信じられない速度で距離をとる。止め具がなぜか引きちぎれない。
いままでの参加者は大概歩いて移動していた。走るなんて速度以上で飛べば止め具が千切れるはず。
他の参加者も異常に気が付いたものは注視している。
ひとしきり距離をとるとスペルカード宣言、「あたい、最強だから手加減してあげる!!!」等と言ってアイシクルフォールを撃ち始めた。
サリエルにはたまったものではなかった。相手は自分以上の速度で飛び回り、撃ち放題撃って来る。
必死によけ続けるだけではジリ貧、襲い来るツララをかわして距離をつめる。
このスペルはチルノの正面だけ妙に弾幕が薄い。
恐らく風船を気にして、自分に当たらないようにしているのだろうが、もぐりこめば勝機がある。
必死にかいくぐる。軌道を読む、風船にあたらないように……体に当たる氷は痛い……しかし、ニヤリと笑うチルノに追いついてみせる。
「おー、やるじゃん。Easyモードはよけられるんだ?」
「そ、そうさ。このぐらいで負ける私じゃ無い!!」
ようやくもぐりこんだ。ここから格闘戦なのだが……何の冗談だろうか?
チルノが氷で武装している。アイスソード、アイスシールド、アイスアーマー、アイススケート、アイスヘルム……完全武装と言う奴だ。
同時にチルノが考えられない速度で動けた理由も分かった。
利き手の止め具が完全に凍結している。ちょっと水分を加えて冷やしたのだろう。
あれを速度だけで千切れるのは幽香かフランドールぐらいだ。チルノからすれば自分自身の全速力が出せる。
そしてそれはこのルールで苦戦しているほかの参加者から見れば垂涎ものの特殊能力だった。
「さあ、やろうぜ!!!」と構えたチルノの攻撃を防ぐ手立てが無い。そしてその装甲を破って風船には手が届かなかった。
なすすべなく、風船を叩き割られる。
勝者 チルノ
生まれて初めてだろう、手も足も出ずに完封されたのは、「あたいったら最強ね!!」なんて言っているが事実その通りだろう。
今回のルールがある限り、フランドールですら勝ち目が無い。唯一勝ち目があったとすれば幽香だが、本人が否定している性質の所為で既に敗れた。
フランドールもチルノの勝利を祝福している。準決勝で戦う二人だが恐らく勝者はチルノだろう。
大口叩くだけの実力があった。初めて悔しいとおもう。
そうして一回戦が全て終了し、休憩時間に突入した。
「影狼……大丈夫か? そんなに食べて?」
「うん? だいじょうふだよ? なんか、いくあでもたべられうよ」
美鈴が持ってきた食べ物を夢中でほおばっている。
声をかけたら口に物を入れながら影狼はしゃべり続けた。気苦労でおなか一杯だったのは知っていたが、
気苦労が無くなったとたんにこの様では……まあ、いいか、今日は二人とも負けてしまった。
後は見学だけ、特にチルノだけは良く見ておきたい。
全力を出しても届かない遥かな高み……あくまでこのルールの上でだが……頂点を極めるものって言うものが見てみたかった。
美鈴は紅魔館から飲み物や食べ物を持ってきて配っている。
橙もおにぎりをほうばって幸せそうだ。最初と比べて随分血色がいい、幽香が呆れながら見ている。
おにぎりでそんなに幸せを感じてしまうクスリを心底危険なものと判断した。
「永琳……あれ今すぐ戻せない? ヤバイなんてものじゃないんだけど?」
「大丈夫よ。あと1時間もしたら効果が切れるから」
「まさか、今日の記憶も吹っ飛ぶなんてこと無いでしょうね?」
「それこそ心配無用、いいことがあった記憶しか残らないわ」
自信満々で笑う永琳を幽香が白い目で見ている。……もしも、仮にだ、後遺症の一つでも残ったら医療区画を残して、永遠亭の居住区画を壊滅させる。
そんな、幽香の決意を知らずに永琳は楽しそうにこの先の展開を予想していた。
「フラン! 次は決戦だな!!!」 えらそうな口でフランドールを呼び捨てる。
「うん、楽しみ!! 勝敗はどうあれ全力でいくよ!!」 まるで問題ないかのような口調で答える。
自分の名を短く呼び捨てに出来るのは姉を除いてしまえば他にはいない。
互いの呼び方と言うのは一種の親しさのパラメータだ。
チルノとてここまで来るのには相応の苦労があった。でもへこたれずに、挑んで壁を越えたのだ。
そうして、唯一の友人になった。
でも、今日の遊びが終わったら、親しい友人がもっと増えるかもしれない。
メディスンが爪を噛んでいる。
幽香が負け、チルノが勝った。どちらも普段の実力で言えば勝ち負けは逆のはずだ。
それに、なんだ? あの移動速度は? 遠めに見ただけでは速い事は分かったのだが、理由が分からない。
「飲み物どうですか? それとも毒入りがいいかな?」
「うっさい!! そんなものいらないんだから!!」
美鈴が肩をすくめている。きっと橙に「お見事!!」なんて言ったからだろう。
悔しそうな顔でこっちを見ていたから、間違いない。
「じゃあ、おにぎりなんていかがですか?」
「おなかも減ってない!! もう、かまわないでよ!!」
「まあ、そんなこと言わずに、今日は楽しく行きましょうよ。一人だけふてくされてちゃいけません。
次の戦いは是非応援してもらいたいものです」
「誰が!! あんたなんかを!」 メディスンはぶちギレ寸前だ。
でも、あんまり怒気を振りまいてフランドールが影響されても困る。
それに、もっと他の人の動きを見て欲しいと思った。
橙の動きは……顔の表情こそクスリでぶっ飛んでいたが……きれいなものだ。
止め具を一切動かさず、全身を一直線に伸ばす。自然な動きの中で、最短距離を最速で最大の効果を引き起こす動作だ。
瞬殺された所為で、メディスンが見えないのは仕方ないが、武術的にこれほど興味を引かれる相手は中々いない。
おそらく、式神の所為……作成者の九尾こそ本当の化け物なのだが……
橙の速度を最大限に引き出し、効率的に連撃を組み込めるのであれば面白い戦いになる。
是非見てもらいたい。今まで、演舞だって人に見てもらう機会が無かった。
ちょっとこの機会に自分をアピールしてみたい。これまで自分の所属の紅魔館は住人が化け物ぞろいで自分に注目されることが無かった。
折角スポットが当たったのだから誰にも彼にも見て欲しい。
美鈴は熱心にメディスンに見るべきポイントを説明する。少しでも今日出会えたことをプラスにしたかった。
休憩が終わり、準決勝が始まる。
準決勝 第一試合 橙 VS 美鈴
橙は式神を既に発動している。美鈴もなぜか楽しそうだ。10mほどの距離で左拳を右の掌で押さえ頭を下げる。
ゆっくり構えた。永琳の合図で橙が距離をつめる。
メディスンは橙の動きに注視している。なるほど、美鈴の言ったとおり、ダッシュはしない。
同じような速度で美鈴が距離を保つ。止め具の所為で速度的な上限が決まっているからだ。
……くそっ、最初にこれに気付いていれば!! 同じ速度でいくらでも時間が稼げたのに!!
そうしたら、そうしたら……少しずつでいい毒を散らせば、長時間……10分あれば橙は倒せた!!
1秒で一気に噴出させるのではなく、数分でゆっくり散布すれば……くやしい!!!
実際の所、橙が数分も同じ動作を繰り返すとは到底思えないのだが、メディスンは自ら勝機を手放したことが悔しくてならない。
次!! 次の機会があれば!! 必ず勝つ!!!
メディスンの気配が変わったのを感じ取り、美鈴が距離を取るのを止めた。
多分、よく見てくれるだろう。後は、自分の時間だ。
距離を詰め切られる前に、背に風船を隠す。橙も同じ行動をとる。
互いに使えるのは左手、両足、あとは橙の場合は牙か? こちらは頭突きを使うしかないかな?
素早さなら恐らく橙が上だろう。連撃の持続時間なら自信があるが、滅多打ちできる攻撃回数になるとやや不利か?
なんて考えていると橙が突っ込んできた。目を見張る、いきなり尻尾による奇襲!!
しかも二刀流だ。巻きつけることも出来る。縦横無尽、自由自在の橙のみに許された最強武器……しかし、根元は一つ、
即座に橙の腰を抑えて止める。こっちは大人の体だ。決定的にリーチが足らない。美鈴が両腕を最大に伸ばせば尻尾だけでは絶対に届かない。
しかし、それは美鈴も同じ、橙が体を伸ばせば容易に届くものではない。
奇襲が通じず、二人が距離を取り直す。美鈴があせっている。
使える武器は橙が左手、両足、尻尾×2本、牙、まとわり付かれたら残念ながら手が回りきらない。
肘や肩にひざ、果ては体当たりまで使わないと、しのぎきれない。しかし、橙の胴体に膝蹴りを入れたら流石にまずい。
ダメージもさることながら、見た感じ、幽香が黙って無いだろう。同じ箇所に数十倍の威力の膝蹴りを入れられるかもしれない。
一方で、橙も攻め手を欠いた。式神も美鈴がまだ肘やひざなどの部位での攻撃を解禁してないことを見抜いている。
全部解禁された場合、単純な打撃戦では話にならない。作戦を変更する。
後ろに回した風船を尻尾で包み込む。慣性で止め具が切れないように……このようにすれば、体の動きに風船が遅れることは無い。
止め具も風船も割らずに速度アップが出来る。そうすれば美鈴の後ろを取ることもできるだろう。
どの道、尻尾の奇襲は通じなかった。ならば新手で打ち破るのみ。
風船を身につけてるとは思えないほどの速度で橙が移動する。
美鈴は面食らった。いつもからすれば遅いがそれでも全速力の4割の速さは出ている。
風船をつけたままで対応できる速度を超えている。
あっという間に背後に回られる……ならばいっそのこと!!
利き手を正面に晒し、上下に両手を開く。下が利き手だ。美鈴は構えることで攻撃の方向を絞った。
攻撃は恐らく利き手側の側面から……橙のリーチだと背中からでは風船に届かない。
正面ならある程度の対応できる。とすれば風船への距離が近くて対応がそこそこ難しい利き手側に限定されるのだ。
方向さえわかれば、最後の勝負……攻撃方法は恐らく体を伸ばし切っての蹴りだな。
美鈴を中心にして数周している。方向さえ分かっていれば惑わされることは無い。
ほんの2~3分後、予測の通りに橙が側面から突っ込んでくる。左手で着地し、体を前転、そのまま全身を伸ばす、つま先が尋常で無い速度で迫る。
無理やり風船とつま先の間に体を入れて攻撃を止める。しかし、橙は止められた衝撃を利用してきれいに体を折りたたんできた。
止める動作を利用されて体に着地されたのである。この体の使い方を本当に九尾が組んだのだろうか? ちょっと信じられない。
ここからの逆転は……やり方はあるが、橙が傷つく、降参だ。
こちらが動けないように尻尾も絡ませてくる。完全に動きが止まり、力が抜けた美鈴に橙が問いかけた。
「どうしました? 美鈴さん?」
「もう、あきらめましたよ。降参です」
風船を割られて勝負が終わる。
勝者 美鈴
? 勝者コールを聞き間違えたか?
手を見て橙が絶叫している。
手元に風船が無い、飛ばないようにしっかり尻尾で押さえていたはずだ。放したのは体の動きを止めた後、切れるわけが……あ゛!!
止め具が自分に張り付いている。……汗だ。
走り回った所為で汗でふやけて、風船の浮力に負けたんだ。尻尾を使って背中で固定してたから止め具のもろさに気が付かなかった!!!
最後、美鈴にしがみついて尻尾を巻き付けた時に切れて飛んで行ったのだ。
ポカンとしている美鈴にメディスンが興奮して話しかけてくる。
「すごい。美鈴、橙におにぎり食べさせた時点からの作戦だったんだ」
「えっ!? そ、そんなことは無いんだけど」
「隠さなくてもいいよ。凄い戦略を見せてもらった。
おにぎりを食べて体温を上げさせて、走り回らせる。勝負が決まればそれ以上の力を出さない……凄い。
まさか休憩時間の提案から作戦を考えていたの?」
メディスンがものすごい勘違いをして話を無駄に高度に理解しようとしている。
おにぎりは、作戦でもなんでもない。単純に善意で用意したものだ。
ご飯で体温を上げるとか、汗をかきやすいように暖かい飲み物(紅茶)を勧めたとかそんな他意は一切無い。
「このルールって体力勝負だけかと思ってた。凄いね。こういう作戦が成り立つなら私にも勝ち目があるよ」
……ものすっごい勘違いをされた。そしてそのまま納得している。
しかし、とっさに否定する言葉が出てこない。橙も「もっと気をつけなきゃ」なんて言っている。……おぉ~い、私、そんなに頭良く無いよ?
二人を相手に必死に弁明している美鈴を置いて準決勝第2試合が始まる。
準決勝 第2試合 フランドール VS チルノ
「あ~あ、橙は間抜けだな。勝てる勝負を捨てるなんて」
「そう? 私は美鈴ががんばったからだと思うけどな?」
チルノはフランドールの意見に鼻を鳴らすと「まあいいか。どの道決勝であたいに負けるんだから!!!」と言葉を放つ。
フランドールも負けてはいない。「決勝は私のだよ!!!」勝利はどちらも自分の物だとして譲らない。
そして、決闘の合図が鳴る。チルノは一回戦と同じだ。止め具は凍りつき、完全武装、その上距離を置いてスペルカードを撃ちまくる。
フランドールも一回戦と同じ、接近するツララは左手一本だけで消滅させる。手で振り払う動作が速すぎて旋風がまき起こっている。
まるでフランドールの周りだけ粉雪が舞っているようだ。しかし、いつまでも続けられない。
止め具が今にも散りそうだ。フランドールがそれを見て動きをやめる。
ツララが数本直撃するがどうと言う事は無い。歩いて距離を詰めようとしている。それを見てチルノがタイムをかけた。
「なんだからしくないな~。もっと、いつもは速かったじゃん?」
「止め具がもう千切れそうで、これで精一杯だよ」 苦笑いしながらのフランドールの言葉にチルノが呆れている。
「……じゃあ固めてやるから待ってろよ。手、出してみな」
あっさり利き手を見せる。チルノもチルノでチャンスだということに気が付かない。
見る間にがっちり固めてこれで大丈夫なんて言っている。自殺点を決めたことにすら気が付いていない。
「ありがとう。チルノ。でも加減しないよ?」
「うん? あたい最強だからハンデをあげただけだよ?」 フランドールの疑問にチルノが笑顔で答える。
もう一度距離をとって試合を再開する。
フランドールが嬉しそうだ、氷が砕けない範囲なら普段の5割ぐらいの速度が出せる。
流石に魔力を出したら氷が一瞬で無くなるが、通常の5割以下の身体能力だけでもチルノ相手に負ける気は無い。
再開の合図と言わんばかりにアイシクルフォール……しかし、速度が違う。弾幕の交差が始まる前……弾幕が展開を開始した時点で懐だ。
「う、うぉ……流石に速いな!!」
「へへへ、そうでしょ!」 あっけに取られるチルノに向かって手を伸ばす。
チルノが振ったアイスソードは、フランドールに刃を捕まれた。0.1秒と持たない、チルノが握る柄まで粉々にされた。
アイスシールドなんてものは、指先ひとつでぶつ切りにしている。
チルノはその隙にバックステップ……距離をとったつもりだろうが、気付く間もなく、後ろに回りこみ抱きしめてきた。
圧力でアイスアーマーが一気にひび割れる。
フランドールが身動き取れないチルノの耳元でささやいている。
「チルノちゃん大好きだよ。この油断も、弱いところも、足りない頭も全部……
でも何よりも、こんな事をされても私を恐れない心が、大好き!!!」
「ば、馬鹿いうなよ!! 弱い? 足りない? 見てろよ!! ここから大逆転するんだから!!!」
「それがどれほど絶望的であっても期待してるよ!!!」
鎧は大小様々な氷の欠片になって飛び散る。そして破片が飛ぶよりも速く腕がチルノの体にめり込む。
舞い散る氷をフランドールが不思議そうに見ている。……やたらと飛び散るのが遅いような?
チルノの十八番、パーフェクトフリーズ。飛散する氷が影響を受けて静止する。
最大パワーの氷結攻撃だ。飛び散った破片を巻き込んでフランドールごとチルノも氷漬けになるが……しかしこの程度、抵抗にすらならない。
フランドールにしてみれば完全凍結には程遠い、最大限の加減を持って絞め落とす。
二人を閉じ込めた氷塊はあっという間に残骸の山になる。
チルノは勝利に向かって手を伸ばしているような格好で気絶した。
勝利コールと同時にあせり狂って永琳が飛び出してくる。
フランドールは信じられない様子だ。……そうか、私は風船を割っていなかった。
気が付けば自分の風船が割れて落ちている。
チルノがパーフェクトフリーズで最後に攻撃したのは……なるほど……風船の方か、まるでガラス細工のように割れている。
ついうっかり、風船のことを忘れていた。止め具を凍らせて、問題がなくなったように見せかけて、至近距離から風船を凍結粉砕。
油断して近づいたのがいけなかった。
密着状態でパーフェクトフリーズを受けた風船が凍結しないわけが無い。そしてそれを自分で締め上げて叩き割ってしまった。
自爆させられたのだ。油断も、頭が足りないのも、弱かったのも自分じゃないか。
純粋に自分に食い下がったチルノが凄かったし、ハンデを貰った上で負けた事がちょっと悔しい。
素早く診察した永琳が気付けを行うとチルノが目を覚ます。勝利コールが聞こえなかったから当然だが咄嗟にスペルカードを使ってきた。
両手を挙げて降参する。
「あははは、負けちゃった。流石だね」
「?! ? あれ? いつ? あたい勝ったの? 実感が無いんだけど?」
「それでも、チルノの勝ちだよ。あと、ごめん! 力入れすぎちゃった」 フランドールが両手を合わせて謝っている。
疑問を浮かべている氷精はこのぐらいいつものことと流した。そんなチルノを尻目に永琳が驚いている。
痣はあるが、骨も内臓も異常なし、フランドールがどれほど加減したらこの奇跡が起こるのか?
本来なら抱きつかれた時点で止めるべきだったのだが、幽香に邪魔された。
チルノが絞め落とされた時には最悪を想定したのだ。
それが痣を除けば無傷、にわかには信じられない。
「ふん、理論だけじゃわかんないことだってあるでしょう?」
「あんたねぇ、今回は良かったものの、万が一ってものがあるでしょう?」
「二人を馬鹿にしすぎよ。万が一なんてものは無いわ」
自信満々の幽香を理解できない顔で永琳が見ている。
しかし、いつまでも考えているわけにはいかない。
次は3位決定戦だ。しかし、幽香が待ったをかける。
休憩を入れると言うのだ。確かにチルノの痣を消しておいたほうが良いだろう。
永琳が15分と言ったのを幽香が1時間と押し切った。狙いは、橙のクスリ切れである。
フランドールの友達を増やすつもりなら、クスリなんて頼ったらいけないのだ。
永琳は”また飲ませればいい”なんて考えて、あっさり引き下がったが、幽香には飲ませる気は無い。
15分後、チルノの治療を終えた永琳は、後ろからこっそり近づいた幽香の問答無用と言わんばかりのボディブローを無防備に受け沈んだ。
「あ、んた……どうす……」
きっちり絞め落として、意識も”さよなら”だ。
驚いた表情でこちらを見ている参加者を見渡して宣言する。
「これで邪魔者はいないわね?」
「幽香、どういうつもり?」
「遊ぶのに大人は必要ないってことよ。じゃあ私はこれ(永琳)をもって帰るわ。
いっぱい遊んで、痣でも作ってなさいな。後は美鈴、任せた。
影狼、あんたもこっちに来てこれを担ぐの手伝いなさい」
影狼はニコニコ笑顔で永琳を担ぐとサリエルに「すぐ戻るから」なんていいながら幽香に並ぶ。
美鈴は幽香の口の端が影狼の言葉を受けてゆがんだことに気が付いている。
恐らく戻ってこれない。幽香は完全に大人をはずす気だ。永遠亭で恐らくボディブローだろう。
「3位決定戦は30分以上後にやること」を言い残して幽香が去る。
美鈴は橙を見るが……まあ、その通りだろう。クスリが効きすぎている。
みんなに休憩用のおやつを持ってきて時間を潰しながらおしゃべりをしてもらった。
フランドールにはこんなこと初めてで、みんなに話を聞きまくっている。
この雰囲気の中、30分なんてあっという間だ。親しそうに話しながら、いつの間にか橙のクスリが切れている。
しかし、楽しそうな雰囲気が消えない。
今日はこのまま終わっても御の字だと思うが……チルノがまだ一番になっていないことに気が付く。
そうして、ようやく3位決定戦が始まる。
3位決定戦 橙 VS フランドール
橙は式神を発動する。準決勝と同じ様に尻尾を風船に巻きつける。……恐らくフランドールは瞬殺だろう。
他の参加者ではその戦法を取ることができなかった。幽香、美鈴、メディスンには尻尾が無い。
チルノ、フランドールは代わりに翼があるが、尖っている。翼で包むなんてしたら自爆だ。
サリエルはそんなことしたら逆に速度が落ちる。
影狼にはその戦法を取る選択肢が無かった。腹ペコで全力疾走……1回戦では先に空腹で倒れただろう。
橙は絶対に勝てるという顔をしている。準決勝の反省を生かせば、まあその通りだろう。
しかし、美鈴が開始の合図をしようとしたらチルノに止められた。
「フラン、手、出せよ。もう、いっかい固めてやるから」
橙があせった顔をした。しかし、止めるまもなくガッチリ氷漬けだ。
「橙、別にいいじゃん? 必ず勝てるなんてつまらないだろ?
それに、フランが可哀そうだ。まともに動けないんだから。
美鈴もいいだろ? フラン、いつもの速さを橙に見せてやれよ」
フランドールは笑顔でうなずいている。橙も「それならこっちも固めてよ」なんて言っている。
チルノが橙の止め具もガッチリ固めてしまった。
もう、ここまで来たら、後には引けない。
3位決定戦は、バル一ンファイトにあるまじきスピード対決になった。
二人とも風を切り裂く直前の速度を維持したまま走り回る。
最高速度ではフランドールが上回るが橙も逃げているばかりではない。
高速を維持したまま橙が尻尾×2、両足、左手の連撃をぶち込んでいる。
フランドールは片手でそれらを捌くが、捌ききれる手数ではない。
数回、距離を取り直す。しかし、楽しそうだ。制限があるとはいえ、スピードだけでも釣り合うとこんなに夢中になれる。
本来、橙の腕でもなんでも掴めばよいのだが、この握力で掴んだら橙が怪我をする。
フランドールが自身の力を理解して掌で止めるだけに専念している……相手を怪我させないように振舞う……快挙である。
嬉しそうな哄笑が響く。勝負は長引きはしたものの、フランドールの勝利で決着が付いた。
橙の体温が高すぎた所為だ。フランドールよりも早く止め具が解凍されて、一気に失速した。
「今度は、止め具なしでやらない? 風船は紐を掴んでさ」
「うん。そうしましょう。そうすれば負けっこないですから」
フランドールが面白そうに橙を見ている。
私に対して負けないだって? 絶対、最初にはこんなこと言わなかったはずなのに、何かがいい方向に変わった気がする。
掴むのではなく、触れる。これだけでも出来るようになったことは大きい。
無造作に橙の頬に手を伸ばして触れてみた。橙は理解しているのか、手に頬ずりしてくる。
あったかくて、やわらかくて気持ちいい。ちょっと羽交い絞めにして持って帰りたいが、今日はまだやめておこう。
アイスアーマーも無い橙だと、絶対に最初の一回で押しつぶす。今日はまだ触れるだけ……
でも、近いうちに手をつないだり、多少のど付き合いぐらいは出来るまでになりたい。
ようやく自分を抑えるヒントを掴んだ。このヒントをこのまま伸ばしていきたい。
いつか幽香みたいな加減が出来たら……どれだけ楽しいだろうか?
これからの期待で気分が高揚する。
フランドールの才能なら……手加減なんて技術……本気出せば1ヶ月かからずに身に付けるだろう。
但し、今までは学ぶ意欲なんてものがなかった。0か100か、単純なON/OFFしかできなかったし、幻想郷に来る前はそれでも良かったのだ。
ここでは違う、0の状態が壊れるととんでもないことになるし、相手に合わせた加減が出来ないと遊べない。今日ようやくそれを気持ちで理解した。
今日ほど前向きに技術を身につけたいなんて思ったことは無い。
これからをこの気持ちでがんばれるような気がする。さあ、残りは決勝……チルノが勝っても負けても一緒に騒いで楽しく過ごそう。
決勝 美鈴 VS チルノ
意気揚々とチルノは止め具を凍結している。はっきり言ってチルノの体温で橙のようなことは起こりえない。
そしていつもの完全武装……剣、盾、鎧、兜、加えて美鈴はチルノの「止め具凍結しようか?」との申し出を断った。
この上で断言する。勝てる。風船で利き手が使えない。これを計算に入れても勝てる、勝ててしまう。
ちょっと自分で馬鹿なことをしたと思う。勝ち進みすぎた。狙いとしては準決勝、橙戦で負けておくべきだった。
折角こんな戦いなのだから最後の勝者はチルノにしてあげたい。
苦笑いを顔に出さないようにしてゆっくりと構える。合図よりも先にタイムがかかった。
妹様だ。
「美鈴、手加減するつもりでしょ? 顔に出てるよ?」
「え~? 美鈴、そんなの要らないぞ? 全力で来いよ。どうせあたいが勝つんだからさ」
自信満々のチルノの笑顔を見て、苦笑いする。隙だらけだ。
「美鈴……その顔はやめてくれない? 少しイラッとするわ。
それに、全力出したくないなら命令してあげようか?」
「いえ、それには及びません。……先に全力を見せてあげようか。
チルノ、盾を持って構えてくれないかな?」
言われるままに構えた盾に利き手を当てる。疑問を浮かべたチルノの目の前で構えて寸勁を入れる。
チルノの手に衝撃を伝えることなく盾だけが崩れ去った。参加者が目を見張る。
魔力も妖力も感じなかった。単純な体術のみの力技だ。そして、止め具や風船に一切影響を及ぼさない、武術の極みでもある。
「これと同じことが全身で出来るよ。チルノ頼むから最大限警戒してくれないかな?」
「美鈴 すげぇな!! でも勝つのはあたいだ!!!」
文句をたれるわけでもなく、使用禁止とも言われなかった。純粋な賞賛はいつ以来だったろうか……ちょっと思い出せない。
そうだな、ほめてくれたチルノの名誉のためにも全力を出そう。
再び氷で盾を作ってチルノが構える。美鈴も静かに足を開く。
「妹様!!! 合図をお願いします!!!」
「さあ!!! いよいよ大詰め、ラストバトル!!! 我こそ最強!!! かかって来いよ!!! フラン、合図だ!!!」
フランドールが二人のために特上の魔力をこめた両手を打ち鳴らす。
離れていたチルノと美鈴はいざ知らず、近くのメディスンや橙、サリエルが衝撃波でのけぞっている。
美鈴は流石に気を取られたが……チルノが真正面から突っ込んでくる。
「隙あり!!! 美鈴!!!」
「ダメですよ!? 声に出してはいけません!!!」
チルノが振るう剣を片手ではじいた。後は、シールドに手を密着させれば勝ちだ。寸勁で盾の破片を散らして風船を割る!!
寸勁で盾にひびが入るとほぼ同時にパーフェクトフリーズ!!!
盾に走ったヒビを飲み込んでさらに巨大な氷壁になった。
思わず感嘆の声が漏れる。流石に得意技だ。発動のタイミングも自分の風船を凍らせない威力調整もパーフェクト(完璧)だ。
「ほう。中々やりますね!!」
「当たり前だ!! チルノ様だぞ!!」
さらに振った剣を蹴りのみで弾き飛ばして、一度距離をとる。
あの大きさの氷塊を砕くには力溜めが必要だ。
チルノもさらに作戦を変える。剣ではリーチが足らないのだ。ならば……長い長いツララを手元で作る……アイススピアである。
美鈴も目を見張っている。……普段バカにされているのが嘘みたい、勘やセンスだけなら相当なものだ。
よく自分を理解している。最適な手段を本能的に選択できる。欠片も悩まずに槍を選択した事を凄いと思う。
しかし、感心している場合ではない。槍なんて幻想郷で相手をした覚えが無い。
加えてチルノがスペルカード宣言、アイシクルフォール……大人が相手だから加減していない。
弾幕と一緒になって突っ込んできた。
風船は……なるほど、氷の結晶で包んだか!! あれなら確かにツララぐらいじゃ貫通しない。
分厚い氷で覆われて大きくゆがんで見える。風船を包んだ結晶は盾と一体化している状態だ。
そして、美鈴の手の届かない距離で槍を繰り出す。しばらくの間、拳と槍の攻防が続いた。
チルノはパーフェクトフリーズで時折弾幕の軌道を変えながらも、攻撃し続ける。
美鈴は見切り、かわし、そらし、はじいて、流し、止めて、耐える。
……久々だ……こんなに武術を使ったのは。利き手がもう少し自由に使えれば……正直、楽しくて遊んでいたかもしれない。
しかし、勝負である。全力を出すと決めた。それにもう十分、力を溜めたのだ。
力を指先に集中する。体術の極技……ワンアクションで一点を穿つ。
槍を足で捕らえると、わざと蹴りの衝撃をチルノの腕に伝動させる。チルノがまさかと言う表情で体勢を大きく崩した。
大股一歩分の距離をつめて、最速の動作で氷壁を穿った。肘までめり込んだ氷壁の深奥で指先が風船に届く。
!? 割れない!!?……そんな、バカな!!!?
遅れてチルノがパーフェクトフリーズをぶちかます。
肩まで丸々、腕一本分が氷漬けになってしまった。
破裂音が耳に届く、美鈴の風船が割れた音だ。
割れない風船に驚いてフリーズした美鈴の間隙を縫ってチルノの攻撃が直撃したのだ。
長い戦いに決着が付く。しかし、納得がいかない。風船が割れない?
大体、風船は……風船は、おかしい、随分小さいぞ?
まるで空気を入れて無いみたい……に、まさか、いやそのまさかだ。
チルノが冷たすぎて中のガスが縮んだな!!?
通常の風船なら割れる威力はぶち込んだはずだ。それで割れないのだから、縮んで割れなくなったと言うのが妥当な推論だろう。
チルノに頼んで、風船を見せてもらう。……やっぱりだ。普通なら頭ぐらいの風船が拳大ぐらいに縮んでいる。
「ぷっふふふ、いや~参りました。完敗です」
「……なんで、あたいの風船縮んだの?」
「あははは、チルノががんばったからだよ。不思議そうな顔をしてないで、胸を張ってください、優勝者なんだから。
今日は遊んでくれてありがとう。本当に楽しかったよ」
「何言ってるんだ? 美鈴? まだ、時間はあるよ。再戦しようよ。
今度はもっと、すっきり勝つからさ」
「う~ん、そうしたいんだけど……お嬢様が起きたみたい。ごめんね、仕事しないと怒られちゃうから。
私はここまでだよ。フランドール様と一緒に遊んでもらえないかな?」
「勝ち逃げされたみたい」なんて複雑そうな顔でチルノが悩んでいるが、他のメンバーが違うことをしようと相談を始めている。
すでにフランドールは風船をつかんで、橙と鬼ごっこを始めた。恐らく風船が割れたら帰ってきてくれるはずだ。
今日の妹様なら大丈夫、怪我はさせないだろう。チルノは美鈴を誘えなかったことを本当に残念がりながら鬼ごっこに参戦していく。
さて、私は後ろでブチギレ寸前のレミリアお嬢様にどういう言い訳をしようか? あ~あ、妹様の特大合図でたたき起こされて不機嫌そのものだ。
それでも、本日の楽しさを抑えきれずにウキウキと説明を始める。きっと納得してくれるだろう。
だって、こんなにも妹様が楽しそうなのだから……
おしまい
もったいない(毎回こんな感想)
>シュミレーション
シミュレーションだと思うんですけど(適当)
>繕うほどの頭脳が無い
馬鹿さを取り繕う為の知恵すら無い、みたいな事でしょうか
他にも似たような、微妙にわかりづらい、微妙に間違っている(?)文章が微妙にあります
こればかりは作者さんの言葉選びのセンスと言うか語彙なんですが、細かく指摘すると良い所まで変わってしまいそうで怖くて指摘できないのが悩ましいです
ありがとう!
流れ的に美鈴優勝か?と思っていた所にあの決着・・・納得のラストでしたw
サリエルの紹介もいい感じに終わり次回作が楽しみです