Coolier - 新生・東方創想話

私を海へ連れてって

2015/06/09 20:30:46
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海が見たい、と普段通りの口調で願望を口にしただけのはずだった。
それは喉が渇いたから何か飲みたいとか、面白い本があるらしいから読んでみたいとか、そういうものと何ら変わらない。
ありきたりな欲を口にしただけだというのに、八雲紫は普段の読めない食えないそんな態度を一切出すこともなく真顔のまま淡々と言った。

「それは出来ないわ」

幻想郷に海はない。
なのでつまりは外の世界に行って海を見てみたい、という意味であることを紫は理解しているはずだ。
紫には何度か外の世界に連れて行ってもらった事がある。
山の中の旅館、現代的な建物に囲まれた茶屋、谷の中の秘湯。
それは私が行ってみたいと言ったこともあったし、紫から誘ってくれたこともあった。
しかしその上で紫は出来ないと言っている。何故?たかが海でしょう。

「海ってそんなに危ないとこなの?」

「ええ、危ないわ」

言うなり紫は私にゆっくりと近付いて、これまたゆっくりと抱きついてきた。

「あなたが遠くへ行ってしまう気がする」


これが八雲紫の大変めんどくさい部分だ。

普段は私を征服しきった態度を取る癖に、ふたりきりでいる時にはこれだ。私に強くしがみついて離れようとしない。
子供かお前は。
しかしこんなに情けない姿を見せるのは私ぐらいなので多少の優越感がなくもない。

「どこにも行かないってば」

私は紫をゆるやかに抱きしめ返して、あやすように頭を撫でた。
これで泣きそうな顔をしているのならばまだ可愛げもあるのに、こういう時の紫はいつも真剣な顔をしている。かわいくない。
どうして行ったこともない場所に連れて行かれていなくなりそうだなんて思うのだろう。
知らない土地で迷子ぐらいにはなるかもしれないが。

あんたのほうが知らないうちにいなくなってしまいそうなのにね。

そう心の中でつぶやいて、私は海に代わる妥協案をねだってみることにした。



〜少女旅行中〜



そんなわけで、紫の用意した外の世界の衣類に着替えて私達は海(の代わりとなる場所)にやってきた。
そばにはどんなに上を向いても頂上が見えないほど高い塔のようなものが立っている。
紫はあとでそっちも行きましょうね、と先ほどまでの情けない姿は何処へやら、柔らかな笑みを浮かべていた。

近くに川はあったが海には程遠いその建物の中に、海(の代わり)はあった。
鈴奈庵で読んだ本で見た内容に近からず遠からずの景色が薄暗い館内で小さく、時にそれなりのサイズで表現されていた。

はしゃぐ私を見て、紫は目を細めていた。


水槽を眺めながら歩く隙を見て、紫の手を握った。
紫はやや驚いたようだったが、そのまま手を繋いで私達は青く揺らめく海の生き物達を眺め続けた。



私が海に行きたかった理由は、大した理由じゃない。
まだ見たこともない海のそばをこうして手を繋いでのんびりと歩いてみたかっただけだ。

私はどこへも行かないよ。

紫もどこへも行かないで。


旅行中、私はできるだけ紫と手を繋いだ。紫は何も言わずにそれに応えてくれた。







「ペンギン、可愛かったなぁ」

日帰り旅行から戻った私達は、またいつものように神社に戻って晩酌を楽しんでいた。

「あなたがあんなに海の生き物に喜んでくれるとは思わなかった。また行きましょっか」

「うん」


「ねぇ、紫。水族館って普通は海の近くにあるんでしょ」

「…そうね」

「今度はそっちも見てみたいな。」

あの水族館にはイルカがいなかったから、と私はまた紫と約束をした。

「ねえ。それじゃ次は私から手を繋いでもいい?」

「いいけど。どうして?」




紫は私の手を取って言った。

「あなたが、霊夢がいなくならないように」


行かないよ。

「…どこへも行かないよ。」

私はできるだけ優しく、紫を抱きしめてあげた。




今は、水族館で我慢する。

でもいつか。

いつか私を本物の海に連れていってね。








去年初めてす○だ水族館に行きましたがひとりで行っても充分に楽しめたのでオススメです。泣いてない
塩八
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コメント



0.920簡易評価
2.40名前が無い程度の能力削除
タグでゆかれいむと謳っている割には本文最後まで霊夢の名前は出てこないし、ひょっとして先代なのか未来の巫女なのか深読みしたけど、あっさり終わったし。
逆にそこで霊夢の名前を出さなければ、また違った創造意欲を掻き立てる結果となったんではないでしょうか?
3.90名前が無い程度の能力削除
いいゆかれいむでした。
10.80名前が無い程度の能力削除
ゆかれいむ
12.80名前が無い程度の能力削除
良かったです
14.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
15.80絶望を司る程度の能力削除
スッキリした甘さでした。