Coolier - 新生・東方創想話

のっぺらぼう

2015/06/04 01:30:03
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のっぺらぼう
                                     

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 人間の里から離れた木立の中を秦こころは歩いていた。太陽は西に傾き始め、自分自身の影が長く伸びていることに彼女は気づいていた。昼には命蓮寺の掃除を手伝い昼飯と駄賃をもらった後人里をぶらついていたのだが散策にも飽きいつしか里から離れた林の中を歩いていた。
 楽器の付喪神のところにでも行こうかなと、こころはぼんやりと考え始めていると、片隅の石に座り込んでいる女を見つけた。女は焦点の定まらない視線で目の前を飛んでいる蝶を眺めていた。顔は無表情で焦りや困惑の様子は見られなかった。
 こころはその女に声をかけた。道に迷ったのか、どうしてここにいるのか尋ねてはみたのだが女は曖昧な返事をするばかりで遅々として会話が進まなかった。最後に里まで遠いが帰れるかと尋ねると、女は返事もしなくなり自分の足元を見るだけだった。空は夕焼けの色に染まりつつあった。
こころは女に背中を見せてしゃがみこんだ。「おんぶするよ」と、伝えると素直に従った。危なげなくこころは立ち上がり、里とは別の方向に向かって歩き出した。

 ほどなくして、地面は獣道から石畳に変わり大きな階段が見えた。女を背負ったままこころは階段を上って行った。一番上まで上がると、夕日を浴びた大きな鳥居と神社が姿を表した。頂上に到達したところでこころは膝を折り女に降りるよう促した。背中から降りると女は頭を下げ礼を伝えた。再びこころは女の顔を見たが女は相変わらず無表情だった。

 こころが先導して目の前の神社に向かうと特に大きな音を立てていないのに奥から紅白の巫女装束を着た少女が出てきた。こころと女を見た後に少女、博麗霊夢はこころに尋ねた。
 「だれ、この人」
 「拾った」
 こころの発言に霊夢は呆れたようだった。
 「拾ったって……犬猫じゃないんだから」
 「今日は泊めて」と、こころは言った。このとき、こころは狐の面を被っており真剣に頼んでいるんだなと霊夢は思った。


-2-
                                         


 陽はすっかり落ち、月と星の光があたりを照らす時間となった。外では名も知れぬ虫たちが鳴きあって存在を主張していた。霊夢は一室で茶を飲んでいると女に付き添っていていたこころが障子をあけて部屋に入ってきた。「寝たよ」と霊夢に伝えながら腰を下ろした。
 こころはちゃぶ台の急須を指さした。「お茶、残ってたら頂戴」
 「渋いわよ」と霊夢が言うと「飲む」と返した。
 急須に残っていた茶を湯呑に注いでこころに渡した。冷めていたのか湯気はほとんど上らなかった。こころが茶を飲むと被っていた面が姥の面に変化した。「ほんとに渋い……」とつぶやきながら舌を突き出した。

 「それで」と、霊夢はこころの顔を凝視した。「どうしてあの人を連れてきたの」
 こころの面が狐に変わった。「霊夢は変だと思わなかったの」
 「無表情で覇気のない人だとは思ったけど、それだけが理由じゃないでしょ」
 「うん」と返事をしたこころは人差し指を顎にあてながらゆっくりと話し出した。 「あの人変だよ。お面がすごい少ない」
 霊夢は意味を掴みきれなかった。
 「面て感情の面のこと?」
 「そう」
 「つまり、あの人は感情がほとんどないってこと?」
 「そう」
 「それってどういうこと?」
 「あの人の周りで何か起こってるんだと思う。ひょっとしたら妖怪かも」
  うーんと、腕を組みながら霊夢は唸った。「さっき見た感じでは妖怪が関わってる様子はなかったわ。そういう性格じゃないの」
 「けど」とこころが異議を唱えようとすると霊夢は片手を突き出してそれを静止した。「どうしてそこまで関わろうとするの」
 こころは正面のちゃぶ台に視線を落とした。数秒おきに面が変化し、どう伝えればいいか必死に考えているのが見てとれた。対照的だなと、霊夢は感じた。こころもあの女も無表情だ。しかし、こころは面と体全体で感情を表現する。女は動かず喋ることも少ないので感情は少しもわからなかった。
 やがて、こころの面は狐の面で固定された。
 「なんか気になるの。助けたいんだ」強い意志に裏打ちされた凛とした声だった。


-3-
                                       


 朝になっても女は帰ろうとしなかった。考える時間が欲しいと神社の裏に向かってずいぶんとなる。待っている時間がもったいなかったので霊夢は日課の掃除を始めた。鳥居の下で掃き掃除していると、男性が訪ねてきた。その男は里との連絡役を務めていて手紙や軽い荷物のやりとりをしている。挨拶をするとすぐに本題に入った。無駄な世間話をしないこの男のやり方を霊夢は気に入っていた。
 「昨日か今日なんだけど、女性がここに来なかったか。霊夢ちゃんより一回り年上の人なんだけど」
 霊夢はいつもより声の調子を抑えて聞き返した。
 「どうかしたの。いい年して迷子にでもなったの」
 「もし見つけたらだけどさ。里の自警団のところまで連れてきて欲しいんだ」
 自警団という単語を聞いて霊夢は箒を掃くのをやめた。
 「自警団てどういうこと。その人なにかやらかしたの」
 男はばつが悪そうに頭をかいていたが事情を説明した。とある男性の死体が自宅で発見された。状況から考えて殺人で、男の妻が行方不明となっている。自警団では妻が犯人と踏んで捜索しているとのことだった。
 「けど、旦那さんを殺すなんてよっぽどね。なにか理由があったんじゃないの」と、霊夢は話を誘導した。そこについても男は話してくれた。
 「俺の家内から聞いた話だけどな。旦那がずいぶんと横暴な人っていう噂でもちきりだったらしい。会うたびに疲れ切って表情がなかったとか。実家の方も立場が弱いみたいで助けてくれなかったらしい」男はうかない表情をしながら話を続けた。「だからって罰は受けなきゃいけないしさ。そもそも、犯人じゃないっていう可能性もあるし早く見つかってほしいよ」そう言った後、水を一口もらってから男は帰って行った。

 霊夢は掃き掃除を再開した。たっぷりと時間をかけて神社の正面を掃除してから裏手に向かっていった。日光が届かない日影特有の薄暗さと肌寒さを感じながら女のもとに近寄った。
 「さっき里から人が来たわよ。たぶんあんたを探しに来たのね」
 里という単語を聞いた途端女の肩が大きく動いた。顔を霊夢の方に向けているのだが相変わらずの無表情だった。既に予想していたのかつくるべき表情がわからなかったのかは不明だが女に向かって伝えた。
 「私はね。里の内部の問題には関わらないようにしているの。早めにここを出て行ってほしいの」
 女は足元に視線を落としたが、やがて霊夢に向かってゆっくりと礼をした。その様子をこころは遠くから眺めていた。


-4-
                                        


 「おねーさーん」
 博麗神社いっぱいに火焔猫燐の声が響き渡った。上機嫌な様子で縁側に座って茶を飲む霊夢に近寄った。猫車にかかった布が膨らんでいるのが見えた。
 「お姉さん見てよ。いいのが取れたんだ」お燐は布を取っ払った。
 「いいわよ」
 「見なよ」お燐にしては珍しく命令口調であり、威圧的な声であった。
 霊夢は猫車に載った荷物を見た。人間の女性であり、霊夢が知っている人だった。
 「お面の付喪神から話を聞いたんだけど、ちょっとお姉さん……冷たすぎやしないかい」
 お燐は口角を上げて笑顔を作っていたが細く開いた眼は確実に霊夢を捉えていた。獲物を見つめる肉食獣を思わせた。返答次第では行動を起こすと言わんばかりの威圧感があった。
 霊夢は茶をゆっくり飲んでから返答した。「こいしが気になるの」
 お燐の顔からは笑みが消え視線は宙をさまよい始めた。曖昧な表情で自分の頬を搔いた。
 「こいしとその人は違うから。大丈夫よ。さとりとかあんた達がいるでしょ」霊夢の言葉にお燐は「うん」と答えた。
 「あと、聞きたいことがあるんだけど」
 「何」
 「どうしてこの人を逃がしたんだい」
 「里の問題に関わりたくないのよ。妖怪は関係なかったし」
 「かくまった時点で十分関わっているじゃないか。引き渡したところで問題なかったはずだし、なんで逃がしたんだい」
 霊夢はしばらく黙っていたがやがて答えた。
 「しいて言えば、恋心かしら」
 意外な答えにお燐は目をパチクリさせた。
 「恋心って。お姉さんこの人に惚れてたのかい」
 「違うわよ。こころの方」
 お燐はわかっていない様子だったので「お面の付喪神の方よ」と付け加えた。
 「こころは言っていたわ。その人を助けたいって。出会ったその場でうちに連れ込んで助けたいなんていうのよ」
 ここで霊夢は今日初めてお燐の方に顔を向けた。地上で起こる全ての出来事に関心がないと言わんばかりの眠たげな目をしていた。
 「それって一目惚れでしょ。応援しようかなって思ったのよ」

 一瞬の空白の後お燐は笑い出した。
 「だったらこのラブストーリーはバットエンドだね。相手が死んでしまったんだから」
 「そうかしら」
 霊夢はもう一度猫車に乗った女の顔を見た。以前よりも穏やかな顔をしており笑っているようにも見えた。
初投稿です。最後まで読んでいただきありがとうございます。
カワセミ
http://twitter.com/0kawasemi0
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コメント



0.560簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
おりんの台詞とビターな余韻(ハッピーではないがバッドでもない)が結構好みです
2.60名前が無い程度の能力削除
最後のシーンだけはちょっとよく分からなかったです
お燐が憤ってのも違和感あったし
結局何があったのかわからないままなのがちょっと残念でした
5.80名前が無い程度の能力削除
粗いながらもなにか感じるものがあった
6.80奇声を発する程度の能力削除
こういう感じは嫌いじゃないです
16.70名前が無い程度の能力削除
女性が死体になった後、こころがどう思ったのかも描いたほうがいい
苦い後味は結構好き