<注意>
東方深秘録ED後のネタバレ有りです。
まだクリアしてないネタバレ勘弁な方はご注意ください。
動く時、気温はどれくらいがちょうどいいだろう?大抵の人は寒いと人はあまり外に出歩かない。
かと言って暑くてもあまり動きたくない。これも大抵の人に言える事だと思う。人はわがままなものだ。
そして今の季節は春から夏に移行途中の気候。日中は暑く夜は少し寒い、といった按配の気温になる。
今はそんな時期の日中で、ぶっちゃけあまり動きたいわけじゃない。燦々と照る日の下に洗濯物を干したり
縁側でお菓子でも食べながら日向ぼっこをするにはいいとは思うが、運動をするならもう少し日が落ちてからにしてほしいものだ。
私・博麗霊夢の得物と、小人・少名針妙丸の得物同士がガキン、パキンとぶつかり合う音が大気中に響くような運動は。
◇
私が振るうのは神木から作られた大幣。強度は今までの異変を共にしてきたというだけで事足りる。
それにぶつかってくるのは、金属質の剣……いや、本当は針なのだが、持ち主が長剣のように扱っているので、針剣とする。
幣と針剣がカチ合い、それに共鳴するように私の袖が空を泳ぎ、この子の草履の蹴りで砂が宙を跳ねる。
小槌の力で体を大きくしたといっても、私の下胸程度の小ささ。なのにその足が大地を蹴りまくることで
砂塵を吹き上げんばかりに砂埃が舞い上がっていた。
「そぉ、れ!」
掛け声と共に勢いに乗って、しかしあまり力まず素早い動作で縦に、横に、そのまま回転して逆袈裟斬りと連続技を繰り出す
私はその一つ一つを黙っていなす。事も無げなく、動きを観察してそれに見合った回避行動をとる。
縦斬りは体を横にし、横斬りはバックステップ、回転斬りなら大幣で受け止め、反撃の蹴りを出す。
「ひぇ、危なっと!」
それをこの子は横に転がり避け、体勢を立て直した、と思った時には。
「さあて、行っくぞー!」
すでに私に向かって飛びかかってきている。小さなナリなのに大した瞬発力だ。ここだけは素直に認めてあげなくもない。
だが動きが直線的過ぎる。いつもの縦斬り。ならいつも通り体を横にするだけで簡単に回避できる。実際その通りになった。
しかし今回はそれだけでは終わらなかった。避けて通り過ぎていった後には、大きな砂埃しか残っていなかったのだ。
一瞬訝しんだがすぐ答えが返ってきた。言葉でも思考でもなく、物理的に。背後から。
「獲ったぁ!」
その声は喜びに満ちていた。が、そうはならなかった。
「何を、獲ったって?」
背中越しに目を向けて、さっきまで歓喜の声を上げていたはずの、冷や汗をたっぷり掻いて目を見開いて驚愕する顔を睨みつける。
その針剣は確かに私の背中を貫こうと伸びていた。持ち手は真っ直ぐ伸ばされ、逆側の手は引き金を引いた後のように折りたたまれていた。
渾身の力を込めた、必殺の突き。構えからもそれが見て取れる。
しかしそれは私を貫かなかった。それどころか届きもしていない。私が大幣を背後に回し、受け止めたからだ。
幣を持った腕を背負うようにして背後に回し、その細い得物で必殺の突き技を受け止めきったのだ。
「ちょ、そんなんアリィ!?」
「アリもナシも無い」
素早く振り向き。
「これが結果よ」
幣を逆袈裟に一振り。動揺しながらも針剣で防御したが、無理やり体が宙に飛ばされ、着地してからも
草履と大地を削って大きく後退してしまった。
「はあ、はあ……ちぇー、しきり直しかぁ」
砂埃の向こうから軽そうに、しかし実際はかなり悔しがっているであろう言葉を漏らす。当然のことだろう。
あの背後から突きは初めて見る技だった。先ほどまでの動きはあの技を生かすための布石だったのだろう。
なんとか一矢報いようと必死に考えたとっておきの技。それを防がれて悔しくないわけがない。
だが、それでも以前戦意は健在だった。それどころか、もっとやる気になったような気配すらする。
砂埃越しに見える、肩まで両腕を持ち上げ、針剣の持った腕は引いて切っ先は前に向け
逆側の手は照準を合わせるように前に突き出す、あの子の基本の構え。
基本のままなのに、どこか勢いを増しているように思えた。
しかし……。その勢いもここまで。
「やめ」
短く、端的に、はっきり聞こえるよう発する。
「えっ?」
「聞こえなかった?やめよ。今日はもう終わり。お開き」
「え、えぇー!?なんでー!?私まだやりたいのにー!」
「もう疲れたのよ。大体あんたに付き合ってあげてんのだって仕方なくなのよ」
「なによーぅ、暇そうだったくせにぃー」
「うるさい。大福いらないの?」
「いるー!よっしゃー今日は上っがりー!」
不満タラタラに口突き出してブーブー言ってたのに、一瞬にしてこの満面の笑みの変わりようである。
現金なヤツね、ったく。
◇
その後、私達は縁側でお茶と大福を食べながら休みを取った。
針妙丸は初めのうちは大福おいしいーだのお茶おいしいーだの日光気持ちいいーだの霊夢今日もお賽銭空だったの?だのと
どうでもいいこと言っていたが今はすっかり横に丸まって寝ている。
決して最後のセリフの後、幣でグリグリしてやって気絶させたわけではない。断じて違う。違うのだ。多分。
ふう、と目を瞑ったまま空を仰いで一息つく。まったく、今日は面倒な客が多い日だ。
「いるんでしょ?とっとと出てきなさい」
「ありゃー、バレてーら」
返事が返ってくるが主の姿は無い。声は上の方から聞こえてきた。すなわち屋根から。
「よく言う、ずっと見てたくせに」
「いやあ神社の屋根っていうのは、なかなかどーして座り心地が良くって。眺めもいいしね」
「知らないわよ、とっとと出てこいっつってんの」
はいはい、という声と共に屋根から人が軽快に降りてくる。ご丁寧にくるっと回って決めポーズ付きときた。
栗色の髪に赤い眼鏡をかけて白いリボンをつけた黒帽子を被り、白色の長袖シャツの上に紫色のベスト、
同色のスカート、リボンのワンポイントのついた靴下に革靴を履いた人間の女の子。
最近幻想郷に顔を見せるようになった外の世界の人間。宇佐見菫子だ。
「いやー我ながらいいタイミングでこっち来れたわー。なんたって、しんちゃんのあーんな勇ましい姿が見られるだなんてー!
ああ、カッコ可愛いってもう最っっっ高だわぁ……!!」
「あー?しんちゃん?」
「そそ、針妙丸だからしんちゃん。可愛いでしょー?」
「……随分と馴れ馴れしい」
菫子が、にしても寝顔も可愛いわ~~~、とうっとりした顔で猫みたいな仕草でくねくね体を動かしながら観察して回っていたので
それをとりあえず冷ややかな眼で見ていた。あんまり騒ぐと起きるか、とハッとしたようだが短く、起きないわよとだけ返しておいた。
実際この子の眠りの深さはものすごい。以前この子の家をうっかり落としてしまっても起きなかったことがあるほどだ。
「けど意外ねー、あなたがこの子の特訓に付き合ってあげてるなんて。前からやってるの?」
「まあね。けどただの暇潰しよ。突っかかられたから乗ってあげただけ」
「それだけにしてはしんちゃんの事結構知ってるみたいだけど。その大福、好物なんでしょ?」
「そりゃ前までここに住んでたから」
「えっ!?住んでた!?どういう事よそれ!この子、なんか飛んでるなんか逆さの城に住んでるじゃない!」
「この子の行く宛が無かったから一時的に保護してやってただけ。大層なもんでもなんでもない。
で、最近行く宛ができたから蹴り出してやったって感じね」
「えぇ~~~、も、もったいない……こんな可愛い子を放り出すなんて……!」
「……いつまでも神社にいちゃいけないのよ、この子は」
「え?」
「この神社は妖怪が多く立ち寄るのよ、神社なのに。最初は少なかったけど今では一種の溜まり場にすらなってしまっている。
そういうわけで、人間達には正直あまりいい評判は得られていないの」
「はあ。それとこれがなんの……」
「あんたは知らないでしょうけど、針妙丸は幻想郷からしたらまだ新米なの。あんたよりちょいと先輩ってだけ。
だから人間の事もよくわかってないのよ。そんな中で、もしここに居るせいで人間達にあらぬ疑いをかけられたらどうなる?
人間はこの子を忌避的に扱い、この子の心が傷ついてしまう事になるかもしれない。そんなの、誰も得することがない」
「だから、放り出したの?つまり、しんちゃんの身を案じて?」
私は何も反応をしなかった。なぜかは知らないが、したくなかったのだ。だから話を続けた。
「それにこの子自身も望んでいた。いつまでも霊夢の世話になってるわけにはいかない、
異変の後行方不明になってた輝針城も見つかったし、いい機会だから一人立ちしてみるってね」
「おお、立派……!」
「一人立ちすると宣言したなら私も甘やかす道理はない。この前、外の世界であんたと会った後
神社に帰ってきてからメソメソしてたんだけど、すぐ出て行かせたりしたし」
「えっ、うそ、あの後泣いてたの!?どどど、どうしよ~~~!しんちゃんに嫌われたら私寝込んじゃうよ~~~!」
「寝込んだらまたこっちくんじゃない」
「あっそうか、ていうか寝込んでる間ずっといられるからむしろ寝込むのアリじゃない?いやでも理由が理由だし~~~!」
「……まあ、その原因、ちょっとは私にもあるかも」
「えっ?なんで?」
「オカルトボールのことを針妙丸に伝えたのは私。巷で都市伝説だの願いが叶うボールだので騒いでるけど
ボール自体とても危険な代物だから、あんたは近づくなって釘刺したのよ」
「ああ、それが逆に」
「あの子のバカさを忘れてたわ。気になったものは直接確かめなくては気が済まないっていうバカ正直さ。
結局一時期七個のボールを揃えて外へ行って泣いて帰ってきた。やれやれね、ほんと」
「危ないって言われてたのに、かあ。まあ私も人の事言えないけどさ、無茶するわね」
「そう、無茶をする。しかも集める時やたら色んな奴煽りまくってたらしいし。
大方、荒事に首突っ込んでテンション上がって勝気になってたんでしょうね」
「なるほど、危機的状況に飛び込んだ事でアドレナリンがドッパドッパ沸いてたのかも。
過剰な興奮状態は正常な思考を奪うから、あんまりいいものじゃないわね」
「まあ、子供だからでお咎め無く済んでるけど……ホント、無茶をする」
「そうね、さっきの特訓中もやってたし」
「気付いてたの?」
「もち。最後の攻防の後、足元が生まれたての小鹿みたいになってた。
あんなのでまともに動けるわけがない。あなたが切り上げなかったら止めに入ってたわ」
「この子自身は気付いてなかったんでしょうけどね……めんどくさいわ、ったく」
針妙丸はそんな事は言われてるとは夢にも思っていないであろう寝顔を浮かべていた。
なにちょっとニヤケてんのよ、なに平和なツラしてんのよ、こっちの気も知らずに。呑気なもんだ。
腹が立ったので寝てるけどちょっかい出してやる。頭に手を伸ばし、お椀を外し、薄紫の髪を撫でる。
そういえばこうして撫でたことは一回も無かったな。そうか、こんなサラサラだったんだ。そうか……。
なんて撫でていると、針妙丸がもぞもぞと動き、ゆっくりと目を開けてきた。やべ、起こしちゃった?
「れい、む……?あれ、私寝ちゃってた……?」
「おはよ~~~しんちゃ~~~~~ん!!あ~ん、目擦るのもかーわーいーい~~~~~~!!」
「ぎょわー!いつかの変態だー!!なんでいるの!?なんでいるの!?」
起こした事に触れる前に菫子がくねくねしながら目前にまで迫っていった。
小人に擦り寄るキモい動きした女。ひどい絵面だ。
「しんちゃん!今日こそはお姉さんと一緒に来ない!?小さい頃買ってもらったシルバニアファミリーまだあると思うんだ~。
多分しんちゃんにすっごい合うから!ね!いこ!ね!ね!」
「よ、よだれ垂れてる!息荒い!キモイ!霊夢!助けて霊夢!メーデー霊夢!」
「自分でなんとかしなさーい。自立のための修行よー」
「こんなのから逃げるのも!?自立って怖い!」
「しんちゃーん!怖いならまず私と一緒に!一緒になろう!ちょっとずつ慣れてけば大丈夫よ!
痛くしないから!痛くても最初だけだから!ね!ね!」
「鼻血出てるキモイーーーー!!もう逃げるーーーーーー!!」
待って~~~~と追いかけていく菫子。追われる針妙丸。つーか菫子は触れない事忘れてない?
「まったく、騒々しいわね」
一人ごちりながらお茶を啜る。まさか例のオカルトボールのせいでまた神社が騒がしくなるとは思わなかったな。
まだ月の都のボールの謎が解明されてないから全て終わったわけじゃないけど。
全ての問題が解決されてない、というのはそれに限ったことじゃない。針妙丸自身も同様だ。
まだ小槌の魔力が戻りきっていなかったり、この世界との付き合い方がわかっていなかったり
妖怪や人間の事がわかっていなかったり、まだ子供だったり、無鉄砲だったり、半人前だったりと、問題点が山積みだ。
もう突き出してしまった私があの子にしてあげられる事は少ないかもしれない。
少なくとも以前のように身の回りを世話をすることは無い。せいぜい特訓に付き合ってあげて
こうして好物を用意して、平和なツラで寝させて、頭を撫でてあげるくらい。本当に大したことはしてやれないだろう。
けれど、それでも私は願う。良い方向へ成長してほしいと。少名針妙丸はまだまだ発展途上。いわば可能性の塊だ。
その可能性が少しでも良い方向、あの子自身が納得いく方向へ成長してくれることを私は願っている。
「しんちゃ~~~ん!ね!着せ替え人形って興味ない!?絶対可愛いんだけど~~~~!!」
「やだ!知らない!ていうか追っかけてこないでってば変態ーーーー!!」
こうして新しい方向から接してくれる奴も出てきたしね。
暑い陽気に照らされたせいか、らしくない事ばかり考えている事に気付いた。
けれど、まあ、悪くないかな、と思いながら、大福を一つ頬張った。
終わり
東方深秘録ED後のネタバレ有りです。
まだクリアしてないネタバレ勘弁な方はご注意ください。
動く時、気温はどれくらいがちょうどいいだろう?大抵の人は寒いと人はあまり外に出歩かない。
かと言って暑くてもあまり動きたくない。これも大抵の人に言える事だと思う。人はわがままなものだ。
そして今の季節は春から夏に移行途中の気候。日中は暑く夜は少し寒い、といった按配の気温になる。
今はそんな時期の日中で、ぶっちゃけあまり動きたいわけじゃない。燦々と照る日の下に洗濯物を干したり
縁側でお菓子でも食べながら日向ぼっこをするにはいいとは思うが、運動をするならもう少し日が落ちてからにしてほしいものだ。
私・博麗霊夢の得物と、小人・少名針妙丸の得物同士がガキン、パキンとぶつかり合う音が大気中に響くような運動は。
◇
私が振るうのは神木から作られた大幣。強度は今までの異変を共にしてきたというだけで事足りる。
それにぶつかってくるのは、金属質の剣……いや、本当は針なのだが、持ち主が長剣のように扱っているので、針剣とする。
幣と針剣がカチ合い、それに共鳴するように私の袖が空を泳ぎ、この子の草履の蹴りで砂が宙を跳ねる。
小槌の力で体を大きくしたといっても、私の下胸程度の小ささ。なのにその足が大地を蹴りまくることで
砂塵を吹き上げんばかりに砂埃が舞い上がっていた。
「そぉ、れ!」
掛け声と共に勢いに乗って、しかしあまり力まず素早い動作で縦に、横に、そのまま回転して逆袈裟斬りと連続技を繰り出す
私はその一つ一つを黙っていなす。事も無げなく、動きを観察してそれに見合った回避行動をとる。
縦斬りは体を横にし、横斬りはバックステップ、回転斬りなら大幣で受け止め、反撃の蹴りを出す。
「ひぇ、危なっと!」
それをこの子は横に転がり避け、体勢を立て直した、と思った時には。
「さあて、行っくぞー!」
すでに私に向かって飛びかかってきている。小さなナリなのに大した瞬発力だ。ここだけは素直に認めてあげなくもない。
だが動きが直線的過ぎる。いつもの縦斬り。ならいつも通り体を横にするだけで簡単に回避できる。実際その通りになった。
しかし今回はそれだけでは終わらなかった。避けて通り過ぎていった後には、大きな砂埃しか残っていなかったのだ。
一瞬訝しんだがすぐ答えが返ってきた。言葉でも思考でもなく、物理的に。背後から。
「獲ったぁ!」
その声は喜びに満ちていた。が、そうはならなかった。
「何を、獲ったって?」
背中越しに目を向けて、さっきまで歓喜の声を上げていたはずの、冷や汗をたっぷり掻いて目を見開いて驚愕する顔を睨みつける。
その針剣は確かに私の背中を貫こうと伸びていた。持ち手は真っ直ぐ伸ばされ、逆側の手は引き金を引いた後のように折りたたまれていた。
渾身の力を込めた、必殺の突き。構えからもそれが見て取れる。
しかしそれは私を貫かなかった。それどころか届きもしていない。私が大幣を背後に回し、受け止めたからだ。
幣を持った腕を背負うようにして背後に回し、その細い得物で必殺の突き技を受け止めきったのだ。
「ちょ、そんなんアリィ!?」
「アリもナシも無い」
素早く振り向き。
「これが結果よ」
幣を逆袈裟に一振り。動揺しながらも針剣で防御したが、無理やり体が宙に飛ばされ、着地してからも
草履と大地を削って大きく後退してしまった。
「はあ、はあ……ちぇー、しきり直しかぁ」
砂埃の向こうから軽そうに、しかし実際はかなり悔しがっているであろう言葉を漏らす。当然のことだろう。
あの背後から突きは初めて見る技だった。先ほどまでの動きはあの技を生かすための布石だったのだろう。
なんとか一矢報いようと必死に考えたとっておきの技。それを防がれて悔しくないわけがない。
だが、それでも以前戦意は健在だった。それどころか、もっとやる気になったような気配すらする。
砂埃越しに見える、肩まで両腕を持ち上げ、針剣の持った腕は引いて切っ先は前に向け
逆側の手は照準を合わせるように前に突き出す、あの子の基本の構え。
基本のままなのに、どこか勢いを増しているように思えた。
しかし……。その勢いもここまで。
「やめ」
短く、端的に、はっきり聞こえるよう発する。
「えっ?」
「聞こえなかった?やめよ。今日はもう終わり。お開き」
「え、えぇー!?なんでー!?私まだやりたいのにー!」
「もう疲れたのよ。大体あんたに付き合ってあげてんのだって仕方なくなのよ」
「なによーぅ、暇そうだったくせにぃー」
「うるさい。大福いらないの?」
「いるー!よっしゃー今日は上っがりー!」
不満タラタラに口突き出してブーブー言ってたのに、一瞬にしてこの満面の笑みの変わりようである。
現金なヤツね、ったく。
◇
その後、私達は縁側でお茶と大福を食べながら休みを取った。
針妙丸は初めのうちは大福おいしいーだのお茶おいしいーだの日光気持ちいいーだの霊夢今日もお賽銭空だったの?だのと
どうでもいいこと言っていたが今はすっかり横に丸まって寝ている。
決して最後のセリフの後、幣でグリグリしてやって気絶させたわけではない。断じて違う。違うのだ。多分。
ふう、と目を瞑ったまま空を仰いで一息つく。まったく、今日は面倒な客が多い日だ。
「いるんでしょ?とっとと出てきなさい」
「ありゃー、バレてーら」
返事が返ってくるが主の姿は無い。声は上の方から聞こえてきた。すなわち屋根から。
「よく言う、ずっと見てたくせに」
「いやあ神社の屋根っていうのは、なかなかどーして座り心地が良くって。眺めもいいしね」
「知らないわよ、とっとと出てこいっつってんの」
はいはい、という声と共に屋根から人が軽快に降りてくる。ご丁寧にくるっと回って決めポーズ付きときた。
栗色の髪に赤い眼鏡をかけて白いリボンをつけた黒帽子を被り、白色の長袖シャツの上に紫色のベスト、
同色のスカート、リボンのワンポイントのついた靴下に革靴を履いた人間の女の子。
最近幻想郷に顔を見せるようになった外の世界の人間。宇佐見菫子だ。
「いやー我ながらいいタイミングでこっち来れたわー。なんたって、しんちゃんのあーんな勇ましい姿が見られるだなんてー!
ああ、カッコ可愛いってもう最っっっ高だわぁ……!!」
「あー?しんちゃん?」
「そそ、針妙丸だからしんちゃん。可愛いでしょー?」
「……随分と馴れ馴れしい」
菫子が、にしても寝顔も可愛いわ~~~、とうっとりした顔で猫みたいな仕草でくねくね体を動かしながら観察して回っていたので
それをとりあえず冷ややかな眼で見ていた。あんまり騒ぐと起きるか、とハッとしたようだが短く、起きないわよとだけ返しておいた。
実際この子の眠りの深さはものすごい。以前この子の家をうっかり落としてしまっても起きなかったことがあるほどだ。
「けど意外ねー、あなたがこの子の特訓に付き合ってあげてるなんて。前からやってるの?」
「まあね。けどただの暇潰しよ。突っかかられたから乗ってあげただけ」
「それだけにしてはしんちゃんの事結構知ってるみたいだけど。その大福、好物なんでしょ?」
「そりゃ前までここに住んでたから」
「えっ!?住んでた!?どういう事よそれ!この子、なんか飛んでるなんか逆さの城に住んでるじゃない!」
「この子の行く宛が無かったから一時的に保護してやってただけ。大層なもんでもなんでもない。
で、最近行く宛ができたから蹴り出してやったって感じね」
「えぇ~~~、も、もったいない……こんな可愛い子を放り出すなんて……!」
「……いつまでも神社にいちゃいけないのよ、この子は」
「え?」
「この神社は妖怪が多く立ち寄るのよ、神社なのに。最初は少なかったけど今では一種の溜まり場にすらなってしまっている。
そういうわけで、人間達には正直あまりいい評判は得られていないの」
「はあ。それとこれがなんの……」
「あんたは知らないでしょうけど、針妙丸は幻想郷からしたらまだ新米なの。あんたよりちょいと先輩ってだけ。
だから人間の事もよくわかってないのよ。そんな中で、もしここに居るせいで人間達にあらぬ疑いをかけられたらどうなる?
人間はこの子を忌避的に扱い、この子の心が傷ついてしまう事になるかもしれない。そんなの、誰も得することがない」
「だから、放り出したの?つまり、しんちゃんの身を案じて?」
私は何も反応をしなかった。なぜかは知らないが、したくなかったのだ。だから話を続けた。
「それにこの子自身も望んでいた。いつまでも霊夢の世話になってるわけにはいかない、
異変の後行方不明になってた輝針城も見つかったし、いい機会だから一人立ちしてみるってね」
「おお、立派……!」
「一人立ちすると宣言したなら私も甘やかす道理はない。この前、外の世界であんたと会った後
神社に帰ってきてからメソメソしてたんだけど、すぐ出て行かせたりしたし」
「えっ、うそ、あの後泣いてたの!?どどど、どうしよ~~~!しんちゃんに嫌われたら私寝込んじゃうよ~~~!」
「寝込んだらまたこっちくんじゃない」
「あっそうか、ていうか寝込んでる間ずっといられるからむしろ寝込むのアリじゃない?いやでも理由が理由だし~~~!」
「……まあ、その原因、ちょっとは私にもあるかも」
「えっ?なんで?」
「オカルトボールのことを針妙丸に伝えたのは私。巷で都市伝説だの願いが叶うボールだので騒いでるけど
ボール自体とても危険な代物だから、あんたは近づくなって釘刺したのよ」
「ああ、それが逆に」
「あの子のバカさを忘れてたわ。気になったものは直接確かめなくては気が済まないっていうバカ正直さ。
結局一時期七個のボールを揃えて外へ行って泣いて帰ってきた。やれやれね、ほんと」
「危ないって言われてたのに、かあ。まあ私も人の事言えないけどさ、無茶するわね」
「そう、無茶をする。しかも集める時やたら色んな奴煽りまくってたらしいし。
大方、荒事に首突っ込んでテンション上がって勝気になってたんでしょうね」
「なるほど、危機的状況に飛び込んだ事でアドレナリンがドッパドッパ沸いてたのかも。
過剰な興奮状態は正常な思考を奪うから、あんまりいいものじゃないわね」
「まあ、子供だからでお咎め無く済んでるけど……ホント、無茶をする」
「そうね、さっきの特訓中もやってたし」
「気付いてたの?」
「もち。最後の攻防の後、足元が生まれたての小鹿みたいになってた。
あんなのでまともに動けるわけがない。あなたが切り上げなかったら止めに入ってたわ」
「この子自身は気付いてなかったんでしょうけどね……めんどくさいわ、ったく」
針妙丸はそんな事は言われてるとは夢にも思っていないであろう寝顔を浮かべていた。
なにちょっとニヤケてんのよ、なに平和なツラしてんのよ、こっちの気も知らずに。呑気なもんだ。
腹が立ったので寝てるけどちょっかい出してやる。頭に手を伸ばし、お椀を外し、薄紫の髪を撫でる。
そういえばこうして撫でたことは一回も無かったな。そうか、こんなサラサラだったんだ。そうか……。
なんて撫でていると、針妙丸がもぞもぞと動き、ゆっくりと目を開けてきた。やべ、起こしちゃった?
「れい、む……?あれ、私寝ちゃってた……?」
「おはよ~~~しんちゃ~~~~~ん!!あ~ん、目擦るのもかーわーいーい~~~~~~!!」
「ぎょわー!いつかの変態だー!!なんでいるの!?なんでいるの!?」
起こした事に触れる前に菫子がくねくねしながら目前にまで迫っていった。
小人に擦り寄るキモい動きした女。ひどい絵面だ。
「しんちゃん!今日こそはお姉さんと一緒に来ない!?小さい頃買ってもらったシルバニアファミリーまだあると思うんだ~。
多分しんちゃんにすっごい合うから!ね!いこ!ね!ね!」
「よ、よだれ垂れてる!息荒い!キモイ!霊夢!助けて霊夢!メーデー霊夢!」
「自分でなんとかしなさーい。自立のための修行よー」
「こんなのから逃げるのも!?自立って怖い!」
「しんちゃーん!怖いならまず私と一緒に!一緒になろう!ちょっとずつ慣れてけば大丈夫よ!
痛くしないから!痛くても最初だけだから!ね!ね!」
「鼻血出てるキモイーーーー!!もう逃げるーーーーーー!!」
待って~~~~と追いかけていく菫子。追われる針妙丸。つーか菫子は触れない事忘れてない?
「まったく、騒々しいわね」
一人ごちりながらお茶を啜る。まさか例のオカルトボールのせいでまた神社が騒がしくなるとは思わなかったな。
まだ月の都のボールの謎が解明されてないから全て終わったわけじゃないけど。
全ての問題が解決されてない、というのはそれに限ったことじゃない。針妙丸自身も同様だ。
まだ小槌の魔力が戻りきっていなかったり、この世界との付き合い方がわかっていなかったり
妖怪や人間の事がわかっていなかったり、まだ子供だったり、無鉄砲だったり、半人前だったりと、問題点が山積みだ。
もう突き出してしまった私があの子にしてあげられる事は少ないかもしれない。
少なくとも以前のように身の回りを世話をすることは無い。せいぜい特訓に付き合ってあげて
こうして好物を用意して、平和なツラで寝させて、頭を撫でてあげるくらい。本当に大したことはしてやれないだろう。
けれど、それでも私は願う。良い方向へ成長してほしいと。少名針妙丸はまだまだ発展途上。いわば可能性の塊だ。
その可能性が少しでも良い方向、あの子自身が納得いく方向へ成長してくれることを私は願っている。
「しんちゃ~~~ん!ね!着せ替え人形って興味ない!?絶対可愛いんだけど~~~~!!」
「やだ!知らない!ていうか追っかけてこないでってば変態ーーーー!!」
こうして新しい方向から接してくれる奴も出てきたしね。
暑い陽気に照らされたせいか、らしくない事ばかり考えている事に気付いた。
けれど、まあ、悪くないかな、と思いながら、大福を一つ頬張った。
終わり
みんな可愛くて面白かったです