「ねぇ。魔理沙さん」
「なんだ」
紅魔館の一室で、魔理沙はつっけんどんに答える。その顔には疲労が色濃く浮かび上がっている。
それに対する少女は、とても朗らかで、気力に溢れている様子である。
「掃除しに往きましょう」
「大人しくしてろ」
魔理沙より2~3歳ほど幼い少女は頬を膨らませてそっぽを向いた。
少女の名は十六夜咲夜。若返りの薬によって、記憶喪失状態のメイド長である。
話は、一時間前に遡る。
***
「よっ、と」
魔理沙は紅魔館の門に降り立った。
それは、お行儀良く門から入ろうと思ったわけではなく、門番の美鈴に軽く挨拶くらいしていこうと思ってのことであった。
そうして目当ての相手をキョロキョロと探してみるが、門の周辺にそれらしい人は居なかった。というよりも、誰も居ない。
「あれ? 妖精メイドも……もしかして留守か? ん-。いっか、本借りるのに人は要らないぜ」
気を取り直し、箒に跨がり、門を飛び越える。
そして屋敷に着くと、何やら慌ただしい声がしてきた。人は居るらしい。そして、なにかあったらしい。
「賑やかだな。美鈴とかもこっちに掛かってたのかな? 何だろ」
好奇心で、魔理沙は賑やかな方へ往く。
すると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「子供の声?」
その声は紅魔館に居る一番子供らしい子供、フランドールの声ではない。というより、魔理沙の知っているどの子供の声でもない。
とすれば、里の子供相手になにかやっているということだろう。
「なんかやってるのかな」
騒いでいる子供と、それを宥めている美鈴の声。
耳を澄ましてみると、掃除や洗濯がやりたいと子供が駄々を捏ねており、美鈴が困っている様子であった。
子供の扱いにはいくらか自信のある魔理沙は、ふむと考える。ここで手を貸して、一つ二つの恩を売っておいても面白いかも知れないと。
「恩にならなくても、何やるのか聞いておいて悪いこともないだろう」
人里でなんかやるのだろう。そう決めてかかり、魔理沙は美鈴の傍に寄った。
すると、美鈴の正面に居た少女が魔理沙に気付く。少女は少し大きめのメイド服を着込んでいる。
「誰ですか?」
その言葉に、美鈴も気付いて振り返る。
「あ、魔理沙さん。丁度良いところに」
すると、美鈴の顔がぱぁっと明るくなった。
その言葉と表情に、来なきゃ良かったと魔理沙は瞬時に判断した。恩を売れるには違いないが、これはきっと、なかなかの面倒事だと。
「お、おう。どうしたんだその子」
「話すと少し長くなるんですけど」
美鈴が困った顔で云う。そして二人揃って少女の顔を見た。
すると少女は胸を張ってはにかむ。
「はじめまして。私の名前は十六夜咲夜です。あなたはどなたですか?」
丁寧に頭を下げて挨拶をしてきた。
だがその名に、魔理沙は固まる。
「……は?」
そうして美鈴の方を向く。
「……そういうことです」
溜め息と共にそう呟いた。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
その返答で、原因とか、経緯とか、そういったことはさっぱり判らないが、差し当たり、目の前の少女が咲夜なのだと云うことを、魔理沙は理解した。
***
細かな内容については、一旦レミリアから聞くことになった。
「先に云っておくけれど、あれ……私の仕業なのよ」
仕業、という割に、レミリアも頭を抱えていた。
察するに、原因はレミリアであるものの、あの咲夜は想定外の出来事であるようだ。
「なんかしくじったのか、あれ?」
そう云う雰囲気だった。
しばらくレミリアは沈黙して、やがて、ゆっくりと頷く。
「正確には、若返りの薬の効果よ」
「若返り? なんでそんなもの……なんで咲夜に?」
魔理沙は思ったことをそのまま問い掛けた。そして、問い掛けながら、魔理沙は色々と考える。
若返りの薬。薬と付くから、出所は永遠亭だろうなと勝手に決めつける。ちなみに、大正解であった。
咲夜に飲ませた理由。これは、誤って咲夜が飲んでしまったということなのではないか、と推察する。だが、これは外れた。
「永遠亭に頼んで用意して貰ったんだ。あくまで試験的なもので、ほんの少しばかり若返る薬というものを」
「なんでそんなもの頼んだんだよ」
その問いに、レミリアは顔を背ける。
「……云いづらいことなのか?」
そう訊ねてから気付く。レミリアは、頬を赤くしていた。
「あの、えっと。咲夜は人間でしょ? いつか老いて、体が動かなくなってきた時に、若返りたいなんて云い出すかもしれないと思って」
消え入りそうな声で、レミリアはそう云い切った。思わぬ話に、魔理沙は目を丸くする。
普段通りの咲夜を思い出してみる。そして、その咲夜が成長する様を空想する。
喩え腰が曲がり、耳が聞こえなくなり、目が見えなくなっても、咲夜はそのまま笑っている気がした。
「……云うかな。そんなこと」
「云わないでしょうね。云って欲しいって私の願望よ。で、馬鹿みたいな、その準備」
自重して、ヘッと笑い飛ばした。レミリアの白い顔が、やたら赤い。
咲夜が生まれるより前から生きていて、咲夜が死んでなお長い時間を生きる。そんな吸血鬼が、一人の人間に対してふと思い立ち、そして堪えられなくなった結果であった。
「お前長生きするんだもんな」
「そ。だから、あいつが、望んでくれたらなって思ったのよ」
そんな会話で、沈黙する。
さすがに恥ずかしくなったのか、それ以上レミリアはその話題を進める気がない様だった。
「話を戻すわ。それで、試しに作って貰った薬の効果を見ようとしたの。少しって云ってたから問題ないと思ったんだけど、あそこの薬屋の調整が甘かったのか、随分と遡ってしまったのよ」
「あぁ、それで、あんなんに……戻せるのか、あれ?」
魔理沙がそう訊ねると、ふぅとレミリアは溜め息を返す。
「それをこれから永遠亭に聞きに往こうと思ってるの」
その返答に、魔理沙は暫く固まってしまった。
「え。はぁ!? 戻せないかも知れないのか、あれ!? そんな薬飲ませたのか!?」
「少しばかり見た目が若返るだけだと思ったのよ! それに、記憶が戻るなんて聞いてなかったわ! それが判ってたら、実験なんてしなかった!」
思わずレミリアは怒鳴ってしまい、ハッとして口を噤む。
そして、小さく咳払い。
「……見た目はまだしも、記憶が戻せるかどうか、あいつに確認を取りに往く。その間、咲夜のことを見ててくれない?」
「なんで私が?」
魔理沙がそう訊ねると、さっきまで深刻そうな顔をしていたレミリアがニヤリと笑った。
「別に面倒見なくても良いわよ。その代わり、お前がこの間咲夜の育てていた花壇に誤って着地して花踏み潰したの、咲夜にバラすわ」
「任せろ!」
恩を売るつもりが脅された。
二ヶ月ほど前、雨の日、魔理沙は強風に煽られてバランスを崩し、花壇に着地した際に花を踏み潰してしまったのである。その事件から三日後、咲夜が珍しく落ち込んでいて、うっかり誤魔化してしまったことが、魔理沙にとっては今一番心に痛い内緒であった。
「っていうか、なんで知ってるんだそれ!」
「雨を見ていたら、墜落してきた魔法使いがいたから見てたのよ。云わないであげたんだから感謝しなさい」
「そりゃ、ありがとう……でもなんで?」
「いつか使えると思ったからよ」
「こ、こいつ……」
咲夜を助けるってことなら全然恩売るとか関係なしに手伝うつもりではあったが、レミリアの言葉に、激しい敗北感を憶える魔理沙であった。
「こんな安い交渉のカードにしてあげたんだから、それこそ感謝して欲しいわ」
「まぁ、そうだけどな……判った。お前が戻ってくるまで面倒見てる」
こうして、事態の説明と交渉は完了した。
***
「で、だ」
「はい。なんでしょう、魔理沙さん」
少女は好奇心旺盛そうな目で魔理沙を見上げる。
掃除したいさせろと聞かない少女に、この状態の咲夜に何かをさせてしまって良い物か判らず、レミリアはほぼ軟禁状態を強いた。それなので欲求不満状態である咲夜は、やはりお手伝いがしたいと美鈴に云い続けており、子供の扱いに慣れていない美鈴はすっかり疲労してしまった様である。
そこでバトンタッチをした魔理沙が、咲夜と咲夜の自室に入り、美鈴は門番へと戻っていった。
「えーっと。なんだっけ。なんか聞いたか?」
「魔理沙さんについてですか?」
「いや、自分について」
魔理沙は、咲夜が今此処に居る事情を知っているのかどうか、それを訊ねた。
それをしばらく考えてから、咲夜はうんうんと云うことを整理して、話を始めた。
「私が若返りの薬を飲んで、今に至ると云う話は聞いてます」
そこまで聞いているのか、と魔理沙は頷いた。
「他には? なんでこんなとこでメイドしてるとか」
「十六夜咲夜という名をつけてもらったということ、ここでメイド長をしていたということ、そういったことは、幾らか。でも、思い出せはしなかったです」
「そうか……」
記憶ない割に随分としっかりしてるなぁと感心する。だが、咲夜だもんなと思うと、不思議とそれほど意外にも思えなかった。
しかし、突然そんなことを云われて受け容れられるものなのか、魔理沙には判らない。しかも周囲が吸血鬼だの妖精だのばかりで、まともな人間が居ないこの紅魔館。幾ら咲夜といえども、不安なのではないだろうか。
「不安だったりしないか? 辺りに人間いないし」
魔理沙が咲夜のことを案じると、咲夜はきょとんとしてから、朗らかに笑う。
「魔理沙さんが優しいから大丈夫です」
云われて、魔理沙が呆気にとられる。
「い、いや、そうじゃなくて」
思わぬ言葉に魔理沙が戸惑う。
「えへ。冗談ってわけではないですよ。魔理沙さんが云った通り、ここには人間が居ないと判って、少し心細くはありましたから」
「あぁ、やっぱり?」
魔理沙はダヨネーという顔をした。
「でも、レミリア様も、美鈴さんも、パチュリーさんも、小悪魔さん? でいいんでしたか」
名前の呼び方で僅かに詰まる。
「皆さん、本気で心配して頂きましたので、不安は特にありません。むしろ、気を遣わせてしまっていることが、少し心苦しいくらいです」
そう云って、少し沈んだ表情を見せた。
が、次の瞬間キラキラした目で顔を上げる。
「と、云う訳で、掃除や料理をしようと思うんです」
「駄目」
咲夜は唇を尖らせた。
「私は皆さんのお役に立ちたくて。仮にもメイド長だったわけですし」
「安心しろ。今お前が何もしないのが、一番助かる」
「……掃除したい」
「それが本音か」
メイドの本能が色々な理由を付けて暴れていた。子供化したことで、微妙に自制心が弱っている様子。
「この部屋、綺麗過ぎて、掃除する余地がなくて」
「そりゃお前の部屋だもんな」
部屋にある無駄を最大限こそぎ落とすとこんなにも殺風景なのか、という好例になっていた。生活感がなさ過ぎて、魔理沙はとても落ち着かない。
「なんか暇つぶしでもするか?」
「はい!」
過剰に乗ってきた。
「良し。じゃあまず、私の箒から手を放せ」
「ええ……」
やたら不満そうであった。
「お前変なところ大人っぽいのに、変なところ子供っぽいな」
「子供ですから」
「都合良いな」
そうして咲夜は駄々を捏ねた。そして、それを魔理沙は押しとどめた。
「大人しくしてるのが大事だって判るだろ?」
「判るんですけど、なんかこう、凄く衝動が」
「私がちょっと欲しいくらいだなその衝動」
ちなみに魔理沙の部屋は、あまり綺麗ではない。
「んー。あぁ、そうだ、咲夜。お前、時止めることはできるのか?」
「時間ですか? 止められますよ」
「なるほど」
紅魔館に来る前から、その能力は使えたのだなと魔理沙は一人でうんうんと頷く。
「その能力を使って、色んな異変を解決してきたんだが、その話、聞きたくないか?」
「そんなことよりお料理がしたいです」
「ぐっ!」
食い付くかなと思ったら見向きもされなかったので、魔理沙がややダメージを負う。
「判った。少しくらい料理できないか、ちょっと美鈴とかに確認取ってくる。だから大人しくしてろ」
「わぁ、ありがとう、魔理沙さん」
咲夜は両手を合わせ、ころころと笑っていた。珍しいものを見ているなと、魔理沙は今の現状を改めて思った。
***
およそ三十分ほどして、魔理沙は部屋に戻ってきた。
「遅いです。置いて逃げられたのかと思いました」
迎えたのは、咲夜のジト目であった。
「うっ。悪い、美鈴とパチュリーに確認取ってたら手間取った。少しくらいなら料理作ってもいいってさ」
「本当ですか?」
咲夜の目がキラキラと輝く。
魔理沙も今までこういう目の子供を見てきたことがあったが、料理や掃除でここまで輝いた子供を見るのは初めてであった。
「では、往きましょう魔理沙さん」
そう云うと、咲夜は魔理沙の手を取り、早歩きで部屋を飛び出した。
「ま、待て! 危ないから引っ張るな!」
そして途中まで歩き、急に止まる。
「ところで、台所はどこでしょうか?」
「知らずに歩き出すな!」
しかし魔理沙も知らないので、そこらの妖精から適当に聞き出して、どうにか台所へ辿り着いた。
籠にある野菜を見て、咲夜は目を輝かせる。
「見てて、魔理沙さん」
「はいはい」
咲夜が野菜の籠を持っている。
咲夜が切り終えた野菜を籠に入れて持っている。
「……ん!?」
一瞬で野菜が皮剥きを終え均一なサイズにカットされた。
「お前時間止めて調理してるな!?」
「この方が時間を無駄にしないでしょ」
そうして軽やかに、咲夜は野菜炒めを仕上げていく。
簡単だからと提示されたその料理は、二分という時間で終了してしまった。
「作ったのはいいけど……レミリア様も不在だし、どうしよう」
「そこ考えて作れよ」
昼食は終えているが、夕飯は遠い午後三時。
「仕込みだけかと思ったら完全に作り終えたな」
「が、我慢ができなくて……」
仕方ないので、二人で食べた。
味は結構美味しかった。
三時のおやつ代わりに野菜炒めを完食すると、二人は咲夜の自室まで戻った。
「さて。あとは我慢だ」
「満足したから、我慢します」
「我慢しなかったから満足したんだろうに」
こうして二人は、レミリアが戻るまでの間、延々としりとりをして時間を潰していた。
***
やがてレミリアが戻り、魔理沙を呼んだ。
「ありがとう。咲夜を見ていてくれて。元に戻す目処は立ったわ」
「本当か!」
ふぅ、とレミリアが安堵の息を吐き。魔理沙もそれに合わせて息を吐く。
「記憶については、肉体を幼くする際に、それに見合うだけの記憶を一時的に封じていただけらしい。だから、戻す薬で問題なく体と記憶は戻るそうよ。元に戻す薬も用意されていて、渡し損ねていたらしい。ちゃんと受け取ってきたわ」
そう云いながら、レミリアは小瓶を見せる。
ちなみに、過剰な掃除や料理の欲求は、封じ漏れていた欲求があらわになっていただけだったとのことであった。
「それは良かったぜ……飲んだらすぐに戻るのか?」
「いや、今飲ませたら、目が覚める頃には戻っているらしい」
「へぇ」
一晩で成長したり戻ったり、便利だなと魔理沙は思った。その薬を、飲んでみたいとは思わなかったけれど。
お騒がせな異変は、何の後遺症もなく無事に解決できることになった様だ。と、魔理沙は安堵し、それじゃあ帰ると云って、紅魔館から出ようとした。
レミリアの部屋を出て廊下を歩いていると、幼い咲夜に袖を引っ張られる。
「どうした? あぁ。明日には戻れるらしいぜ。良かったな」
魔理沙がそう云うと、咲夜もうんと頷いた。
「明日には元に戻ります。だから、一緒に寝てくれませんか?」
想定外の言葉に、魔理沙の目が点になる。
「なんでだ?」
「やっぱり、幼くなったり、成長したり、っていうのが少し心細くて。一緒に居てくれると、嬉しいなって思いまして」
魔理沙は、咲夜の部屋を思い出す。
あの簡素な部屋で一人で寝るのか。そう思うと、一晩くらい付き合っても良いかなと思った。
「……はぁ。いいぜ。魔理沙お姉ちゃんが一緒に寝てやる」
「ありがとう、魔理沙さん」
お姉ちゃんとは呼んでくれなかった。
というわけで、魔理沙は紅魔館に泊まり、咲夜と同じベッドで一夜を過ごした。
***
翌朝。魔理沙が目を覚ますと、横に咲夜はいなかった。
外を見る。咲夜は花壇を整えていた。
「おお。すげぇな完璧に戻ってる」
永遠亭の技術、というより、永琳の薬の効力に、ややゾッとする。
「さて、と。それじゃあお役御免かな」
呟き、着替え、魔理沙は咲夜の居る花壇へと向かった。
「よう、おはよう」
「あぁ、おはよう。魔理沙」
呼び捨てになってしまった。そう気付き、どうせならもっとさん付けを意識して聞いておけば良かったなと軽く後悔した。
「無事戻れたみたいだな」
「えぇ。幼くなっていた間の記憶は胡乱なのだけれど。色々と迷惑を掛けたみたいね。ありがとう」
見た目も中身も、完全に戻れた様である。
安心したので、魔理沙は箒に跨がり、上昇を始める。
「そっか。じゃあ私は帰るぜ」
「えぇ、ありがとう。魔理沙お姉ちゃん」
魔理沙は墜落し花壇に頭を突っ込んだ。
「……記憶、胡乱なんだよな?」
「そこは憶えてたの」
「なんでだ!」
花壇から顔を上げた。
「大丈夫? ほらこっちに来なさい。花壇が可哀想だわ」
「あ、ごめん。って、私の心配はしてくれないのか」
「あら」
咲夜は不服そうな顔をしながら、魔理沙の服と顔をハンカチで拭く。
「心配してるから、不問にしてあげてるんじゃない。今回のも、二週間前のも」
魔理沙は固まった。
「……はい?」
思わず訊き返す。
しかし、咲夜は気にした様子もなく、花壇の土を整え始めた。
「新しく買ったお花だったから勿体ないけど、魔理沙が怪我をしなくて良かったわ」
「し、知ってたのか!?」
隠しているつもりだったのだが、どうやら隠せていなかったらしい。
「? だってあの日、来客は魔理沙だけだったじゃない?」
その言葉に、魔理沙が衝撃を受ける。
咲夜は毎日花壇を弄る。そしてあの日、紅魔館に来たのは魔理沙だけだったという。
……なんで隠せたと思ったのか聞きたいレベルの状況証拠であった。
「あぁ、えっと……ごめんなさい」
「気にしてないわ。魔理沙が無事で良かった。怪我はないわね?」
立ち上がり、にこりと笑う咲夜。
勝てないな、こいつには。魔理沙はそう思った。
「……えっと、なんだ。今度、なんかの花の種持ってくるぜ」
「あら。ありがとう。楽しみにしているわ」
恩も売れず、交渉に使われた秘密は既に秘密でなく、魔理沙は酷い徒労感に襲われた。
「はぁ……ま、無事で良かった」
「本当ね」
お互いが、お互いの無事を口にする。
魔理沙は溜め息を吐きながら空を見上げた。
空はどこまでも青かった。
「なんだ」
紅魔館の一室で、魔理沙はつっけんどんに答える。その顔には疲労が色濃く浮かび上がっている。
それに対する少女は、とても朗らかで、気力に溢れている様子である。
「掃除しに往きましょう」
「大人しくしてろ」
魔理沙より2~3歳ほど幼い少女は頬を膨らませてそっぽを向いた。
少女の名は十六夜咲夜。若返りの薬によって、記憶喪失状態のメイド長である。
話は、一時間前に遡る。
***
「よっ、と」
魔理沙は紅魔館の門に降り立った。
それは、お行儀良く門から入ろうと思ったわけではなく、門番の美鈴に軽く挨拶くらいしていこうと思ってのことであった。
そうして目当ての相手をキョロキョロと探してみるが、門の周辺にそれらしい人は居なかった。というよりも、誰も居ない。
「あれ? 妖精メイドも……もしかして留守か? ん-。いっか、本借りるのに人は要らないぜ」
気を取り直し、箒に跨がり、門を飛び越える。
そして屋敷に着くと、何やら慌ただしい声がしてきた。人は居るらしい。そして、なにかあったらしい。
「賑やかだな。美鈴とかもこっちに掛かってたのかな? 何だろ」
好奇心で、魔理沙は賑やかな方へ往く。
すると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「子供の声?」
その声は紅魔館に居る一番子供らしい子供、フランドールの声ではない。というより、魔理沙の知っているどの子供の声でもない。
とすれば、里の子供相手になにかやっているということだろう。
「なんかやってるのかな」
騒いでいる子供と、それを宥めている美鈴の声。
耳を澄ましてみると、掃除や洗濯がやりたいと子供が駄々を捏ねており、美鈴が困っている様子であった。
子供の扱いにはいくらか自信のある魔理沙は、ふむと考える。ここで手を貸して、一つ二つの恩を売っておいても面白いかも知れないと。
「恩にならなくても、何やるのか聞いておいて悪いこともないだろう」
人里でなんかやるのだろう。そう決めてかかり、魔理沙は美鈴の傍に寄った。
すると、美鈴の正面に居た少女が魔理沙に気付く。少女は少し大きめのメイド服を着込んでいる。
「誰ですか?」
その言葉に、美鈴も気付いて振り返る。
「あ、魔理沙さん。丁度良いところに」
すると、美鈴の顔がぱぁっと明るくなった。
その言葉と表情に、来なきゃ良かったと魔理沙は瞬時に判断した。恩を売れるには違いないが、これはきっと、なかなかの面倒事だと。
「お、おう。どうしたんだその子」
「話すと少し長くなるんですけど」
美鈴が困った顔で云う。そして二人揃って少女の顔を見た。
すると少女は胸を張ってはにかむ。
「はじめまして。私の名前は十六夜咲夜です。あなたはどなたですか?」
丁寧に頭を下げて挨拶をしてきた。
だがその名に、魔理沙は固まる。
「……は?」
そうして美鈴の方を向く。
「……そういうことです」
溜め息と共にそう呟いた。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
その返答で、原因とか、経緯とか、そういったことはさっぱり判らないが、差し当たり、目の前の少女が咲夜なのだと云うことを、魔理沙は理解した。
***
細かな内容については、一旦レミリアから聞くことになった。
「先に云っておくけれど、あれ……私の仕業なのよ」
仕業、という割に、レミリアも頭を抱えていた。
察するに、原因はレミリアであるものの、あの咲夜は想定外の出来事であるようだ。
「なんかしくじったのか、あれ?」
そう云う雰囲気だった。
しばらくレミリアは沈黙して、やがて、ゆっくりと頷く。
「正確には、若返りの薬の効果よ」
「若返り? なんでそんなもの……なんで咲夜に?」
魔理沙は思ったことをそのまま問い掛けた。そして、問い掛けながら、魔理沙は色々と考える。
若返りの薬。薬と付くから、出所は永遠亭だろうなと勝手に決めつける。ちなみに、大正解であった。
咲夜に飲ませた理由。これは、誤って咲夜が飲んでしまったということなのではないか、と推察する。だが、これは外れた。
「永遠亭に頼んで用意して貰ったんだ。あくまで試験的なもので、ほんの少しばかり若返る薬というものを」
「なんでそんなもの頼んだんだよ」
その問いに、レミリアは顔を背ける。
「……云いづらいことなのか?」
そう訊ねてから気付く。レミリアは、頬を赤くしていた。
「あの、えっと。咲夜は人間でしょ? いつか老いて、体が動かなくなってきた時に、若返りたいなんて云い出すかもしれないと思って」
消え入りそうな声で、レミリアはそう云い切った。思わぬ話に、魔理沙は目を丸くする。
普段通りの咲夜を思い出してみる。そして、その咲夜が成長する様を空想する。
喩え腰が曲がり、耳が聞こえなくなり、目が見えなくなっても、咲夜はそのまま笑っている気がした。
「……云うかな。そんなこと」
「云わないでしょうね。云って欲しいって私の願望よ。で、馬鹿みたいな、その準備」
自重して、ヘッと笑い飛ばした。レミリアの白い顔が、やたら赤い。
咲夜が生まれるより前から生きていて、咲夜が死んでなお長い時間を生きる。そんな吸血鬼が、一人の人間に対してふと思い立ち、そして堪えられなくなった結果であった。
「お前長生きするんだもんな」
「そ。だから、あいつが、望んでくれたらなって思ったのよ」
そんな会話で、沈黙する。
さすがに恥ずかしくなったのか、それ以上レミリアはその話題を進める気がない様だった。
「話を戻すわ。それで、試しに作って貰った薬の効果を見ようとしたの。少しって云ってたから問題ないと思ったんだけど、あそこの薬屋の調整が甘かったのか、随分と遡ってしまったのよ」
「あぁ、それで、あんなんに……戻せるのか、あれ?」
魔理沙がそう訊ねると、ふぅとレミリアは溜め息を返す。
「それをこれから永遠亭に聞きに往こうと思ってるの」
その返答に、魔理沙は暫く固まってしまった。
「え。はぁ!? 戻せないかも知れないのか、あれ!? そんな薬飲ませたのか!?」
「少しばかり見た目が若返るだけだと思ったのよ! それに、記憶が戻るなんて聞いてなかったわ! それが判ってたら、実験なんてしなかった!」
思わずレミリアは怒鳴ってしまい、ハッとして口を噤む。
そして、小さく咳払い。
「……見た目はまだしも、記憶が戻せるかどうか、あいつに確認を取りに往く。その間、咲夜のことを見ててくれない?」
「なんで私が?」
魔理沙がそう訊ねると、さっきまで深刻そうな顔をしていたレミリアがニヤリと笑った。
「別に面倒見なくても良いわよ。その代わり、お前がこの間咲夜の育てていた花壇に誤って着地して花踏み潰したの、咲夜にバラすわ」
「任せろ!」
恩を売るつもりが脅された。
二ヶ月ほど前、雨の日、魔理沙は強風に煽られてバランスを崩し、花壇に着地した際に花を踏み潰してしまったのである。その事件から三日後、咲夜が珍しく落ち込んでいて、うっかり誤魔化してしまったことが、魔理沙にとっては今一番心に痛い内緒であった。
「っていうか、なんで知ってるんだそれ!」
「雨を見ていたら、墜落してきた魔法使いがいたから見てたのよ。云わないであげたんだから感謝しなさい」
「そりゃ、ありがとう……でもなんで?」
「いつか使えると思ったからよ」
「こ、こいつ……」
咲夜を助けるってことなら全然恩売るとか関係なしに手伝うつもりではあったが、レミリアの言葉に、激しい敗北感を憶える魔理沙であった。
「こんな安い交渉のカードにしてあげたんだから、それこそ感謝して欲しいわ」
「まぁ、そうだけどな……判った。お前が戻ってくるまで面倒見てる」
こうして、事態の説明と交渉は完了した。
***
「で、だ」
「はい。なんでしょう、魔理沙さん」
少女は好奇心旺盛そうな目で魔理沙を見上げる。
掃除したいさせろと聞かない少女に、この状態の咲夜に何かをさせてしまって良い物か判らず、レミリアはほぼ軟禁状態を強いた。それなので欲求不満状態である咲夜は、やはりお手伝いがしたいと美鈴に云い続けており、子供の扱いに慣れていない美鈴はすっかり疲労してしまった様である。
そこでバトンタッチをした魔理沙が、咲夜と咲夜の自室に入り、美鈴は門番へと戻っていった。
「えーっと。なんだっけ。なんか聞いたか?」
「魔理沙さんについてですか?」
「いや、自分について」
魔理沙は、咲夜が今此処に居る事情を知っているのかどうか、それを訊ねた。
それをしばらく考えてから、咲夜はうんうんと云うことを整理して、話を始めた。
「私が若返りの薬を飲んで、今に至ると云う話は聞いてます」
そこまで聞いているのか、と魔理沙は頷いた。
「他には? なんでこんなとこでメイドしてるとか」
「十六夜咲夜という名をつけてもらったということ、ここでメイド長をしていたということ、そういったことは、幾らか。でも、思い出せはしなかったです」
「そうか……」
記憶ない割に随分としっかりしてるなぁと感心する。だが、咲夜だもんなと思うと、不思議とそれほど意外にも思えなかった。
しかし、突然そんなことを云われて受け容れられるものなのか、魔理沙には判らない。しかも周囲が吸血鬼だの妖精だのばかりで、まともな人間が居ないこの紅魔館。幾ら咲夜といえども、不安なのではないだろうか。
「不安だったりしないか? 辺りに人間いないし」
魔理沙が咲夜のことを案じると、咲夜はきょとんとしてから、朗らかに笑う。
「魔理沙さんが優しいから大丈夫です」
云われて、魔理沙が呆気にとられる。
「い、いや、そうじゃなくて」
思わぬ言葉に魔理沙が戸惑う。
「えへ。冗談ってわけではないですよ。魔理沙さんが云った通り、ここには人間が居ないと判って、少し心細くはありましたから」
「あぁ、やっぱり?」
魔理沙はダヨネーという顔をした。
「でも、レミリア様も、美鈴さんも、パチュリーさんも、小悪魔さん? でいいんでしたか」
名前の呼び方で僅かに詰まる。
「皆さん、本気で心配して頂きましたので、不安は特にありません。むしろ、気を遣わせてしまっていることが、少し心苦しいくらいです」
そう云って、少し沈んだ表情を見せた。
が、次の瞬間キラキラした目で顔を上げる。
「と、云う訳で、掃除や料理をしようと思うんです」
「駄目」
咲夜は唇を尖らせた。
「私は皆さんのお役に立ちたくて。仮にもメイド長だったわけですし」
「安心しろ。今お前が何もしないのが、一番助かる」
「……掃除したい」
「それが本音か」
メイドの本能が色々な理由を付けて暴れていた。子供化したことで、微妙に自制心が弱っている様子。
「この部屋、綺麗過ぎて、掃除する余地がなくて」
「そりゃお前の部屋だもんな」
部屋にある無駄を最大限こそぎ落とすとこんなにも殺風景なのか、という好例になっていた。生活感がなさ過ぎて、魔理沙はとても落ち着かない。
「なんか暇つぶしでもするか?」
「はい!」
過剰に乗ってきた。
「良し。じゃあまず、私の箒から手を放せ」
「ええ……」
やたら不満そうであった。
「お前変なところ大人っぽいのに、変なところ子供っぽいな」
「子供ですから」
「都合良いな」
そうして咲夜は駄々を捏ねた。そして、それを魔理沙は押しとどめた。
「大人しくしてるのが大事だって判るだろ?」
「判るんですけど、なんかこう、凄く衝動が」
「私がちょっと欲しいくらいだなその衝動」
ちなみに魔理沙の部屋は、あまり綺麗ではない。
「んー。あぁ、そうだ、咲夜。お前、時止めることはできるのか?」
「時間ですか? 止められますよ」
「なるほど」
紅魔館に来る前から、その能力は使えたのだなと魔理沙は一人でうんうんと頷く。
「その能力を使って、色んな異変を解決してきたんだが、その話、聞きたくないか?」
「そんなことよりお料理がしたいです」
「ぐっ!」
食い付くかなと思ったら見向きもされなかったので、魔理沙がややダメージを負う。
「判った。少しくらい料理できないか、ちょっと美鈴とかに確認取ってくる。だから大人しくしてろ」
「わぁ、ありがとう、魔理沙さん」
咲夜は両手を合わせ、ころころと笑っていた。珍しいものを見ているなと、魔理沙は今の現状を改めて思った。
***
およそ三十分ほどして、魔理沙は部屋に戻ってきた。
「遅いです。置いて逃げられたのかと思いました」
迎えたのは、咲夜のジト目であった。
「うっ。悪い、美鈴とパチュリーに確認取ってたら手間取った。少しくらいなら料理作ってもいいってさ」
「本当ですか?」
咲夜の目がキラキラと輝く。
魔理沙も今までこういう目の子供を見てきたことがあったが、料理や掃除でここまで輝いた子供を見るのは初めてであった。
「では、往きましょう魔理沙さん」
そう云うと、咲夜は魔理沙の手を取り、早歩きで部屋を飛び出した。
「ま、待て! 危ないから引っ張るな!」
そして途中まで歩き、急に止まる。
「ところで、台所はどこでしょうか?」
「知らずに歩き出すな!」
しかし魔理沙も知らないので、そこらの妖精から適当に聞き出して、どうにか台所へ辿り着いた。
籠にある野菜を見て、咲夜は目を輝かせる。
「見てて、魔理沙さん」
「はいはい」
咲夜が野菜の籠を持っている。
咲夜が切り終えた野菜を籠に入れて持っている。
「……ん!?」
一瞬で野菜が皮剥きを終え均一なサイズにカットされた。
「お前時間止めて調理してるな!?」
「この方が時間を無駄にしないでしょ」
そうして軽やかに、咲夜は野菜炒めを仕上げていく。
簡単だからと提示されたその料理は、二分という時間で終了してしまった。
「作ったのはいいけど……レミリア様も不在だし、どうしよう」
「そこ考えて作れよ」
昼食は終えているが、夕飯は遠い午後三時。
「仕込みだけかと思ったら完全に作り終えたな」
「が、我慢ができなくて……」
仕方ないので、二人で食べた。
味は結構美味しかった。
三時のおやつ代わりに野菜炒めを完食すると、二人は咲夜の自室まで戻った。
「さて。あとは我慢だ」
「満足したから、我慢します」
「我慢しなかったから満足したんだろうに」
こうして二人は、レミリアが戻るまでの間、延々としりとりをして時間を潰していた。
***
やがてレミリアが戻り、魔理沙を呼んだ。
「ありがとう。咲夜を見ていてくれて。元に戻す目処は立ったわ」
「本当か!」
ふぅ、とレミリアが安堵の息を吐き。魔理沙もそれに合わせて息を吐く。
「記憶については、肉体を幼くする際に、それに見合うだけの記憶を一時的に封じていただけらしい。だから、戻す薬で問題なく体と記憶は戻るそうよ。元に戻す薬も用意されていて、渡し損ねていたらしい。ちゃんと受け取ってきたわ」
そう云いながら、レミリアは小瓶を見せる。
ちなみに、過剰な掃除や料理の欲求は、封じ漏れていた欲求があらわになっていただけだったとのことであった。
「それは良かったぜ……飲んだらすぐに戻るのか?」
「いや、今飲ませたら、目が覚める頃には戻っているらしい」
「へぇ」
一晩で成長したり戻ったり、便利だなと魔理沙は思った。その薬を、飲んでみたいとは思わなかったけれど。
お騒がせな異変は、何の後遺症もなく無事に解決できることになった様だ。と、魔理沙は安堵し、それじゃあ帰ると云って、紅魔館から出ようとした。
レミリアの部屋を出て廊下を歩いていると、幼い咲夜に袖を引っ張られる。
「どうした? あぁ。明日には戻れるらしいぜ。良かったな」
魔理沙がそう云うと、咲夜もうんと頷いた。
「明日には元に戻ります。だから、一緒に寝てくれませんか?」
想定外の言葉に、魔理沙の目が点になる。
「なんでだ?」
「やっぱり、幼くなったり、成長したり、っていうのが少し心細くて。一緒に居てくれると、嬉しいなって思いまして」
魔理沙は、咲夜の部屋を思い出す。
あの簡素な部屋で一人で寝るのか。そう思うと、一晩くらい付き合っても良いかなと思った。
「……はぁ。いいぜ。魔理沙お姉ちゃんが一緒に寝てやる」
「ありがとう、魔理沙さん」
お姉ちゃんとは呼んでくれなかった。
というわけで、魔理沙は紅魔館に泊まり、咲夜と同じベッドで一夜を過ごした。
***
翌朝。魔理沙が目を覚ますと、横に咲夜はいなかった。
外を見る。咲夜は花壇を整えていた。
「おお。すげぇな完璧に戻ってる」
永遠亭の技術、というより、永琳の薬の効力に、ややゾッとする。
「さて、と。それじゃあお役御免かな」
呟き、着替え、魔理沙は咲夜の居る花壇へと向かった。
「よう、おはよう」
「あぁ、おはよう。魔理沙」
呼び捨てになってしまった。そう気付き、どうせならもっとさん付けを意識して聞いておけば良かったなと軽く後悔した。
「無事戻れたみたいだな」
「えぇ。幼くなっていた間の記憶は胡乱なのだけれど。色々と迷惑を掛けたみたいね。ありがとう」
見た目も中身も、完全に戻れた様である。
安心したので、魔理沙は箒に跨がり、上昇を始める。
「そっか。じゃあ私は帰るぜ」
「えぇ、ありがとう。魔理沙お姉ちゃん」
魔理沙は墜落し花壇に頭を突っ込んだ。
「……記憶、胡乱なんだよな?」
「そこは憶えてたの」
「なんでだ!」
花壇から顔を上げた。
「大丈夫? ほらこっちに来なさい。花壇が可哀想だわ」
「あ、ごめん。って、私の心配はしてくれないのか」
「あら」
咲夜は不服そうな顔をしながら、魔理沙の服と顔をハンカチで拭く。
「心配してるから、不問にしてあげてるんじゃない。今回のも、二週間前のも」
魔理沙は固まった。
「……はい?」
思わず訊き返す。
しかし、咲夜は気にした様子もなく、花壇の土を整え始めた。
「新しく買ったお花だったから勿体ないけど、魔理沙が怪我をしなくて良かったわ」
「し、知ってたのか!?」
隠しているつもりだったのだが、どうやら隠せていなかったらしい。
「? だってあの日、来客は魔理沙だけだったじゃない?」
その言葉に、魔理沙が衝撃を受ける。
咲夜は毎日花壇を弄る。そしてあの日、紅魔館に来たのは魔理沙だけだったという。
……なんで隠せたと思ったのか聞きたいレベルの状況証拠であった。
「あぁ、えっと……ごめんなさい」
「気にしてないわ。魔理沙が無事で良かった。怪我はないわね?」
立ち上がり、にこりと笑う咲夜。
勝てないな、こいつには。魔理沙はそう思った。
「……えっと、なんだ。今度、なんかの花の種持ってくるぜ」
「あら。ありがとう。楽しみにしているわ」
恩も売れず、交渉に使われた秘密は既に秘密でなく、魔理沙は酷い徒労感に襲われた。
「はぁ……ま、無事で良かった」
「本当ね」
お互いが、お互いの無事を口にする。
魔理沙は溜め息を吐きながら空を見上げた。
空はどこまでも青かった。
紅魔館における咲夜と神社における魔理沙とは違う顔が見れる咲夜と魔理沙の関係は素晴らしい。
ふとそれが逆転したときに魔理沙がお姉さんぽく振舞おうとするのが可愛かったです。
とにかくメイド長が可愛かったです!