気が付いたら私は、暖かな風が心地いい草原の真ん中に一人でぽつんと立っていた。
ここはどこだろう、どうして私はここにいるんだろうと考えてみるが、何故だか頭が上手く働かない。
思考がまとまらなくて頭が風船のようにふわっふわ。なんでだろう。なんでだろう。
「ハッ、これ夢だ」
そして唐突に悟った。
これ明晰夢ってやつじゃないの、地味に初めてのだったりしないこれ? ウッヒョー。
真実を知った私は有頂天。だってマイドリームにおける私はゴッドに等しい、ここでなら私は何だってできるのだ。
「おっぱいおっきくな~れ☆」
なんとなく右手の人差し指と中指を立ててステッキっぽく振りながら念じてみる。
するとどうしたことか、胸のあたりがムズムズとしたくすぐったい感覚と共に膨れ上がり始めた。
「おおおお!!!」
感動のあまり声が上がる。
この光景を願って幾星霜、とうとう夢が実現する日が来たのだ! いや夢だけど!
「でかい! 重い! 柔らかい!」
AAAから一気にFサイズに変貌したおっぱい様を、両手で下から持ち上げるように揉んでみる。
素晴らしい重量感になんという万能感。今この瞬間から私は神をも殺せる無敵の存在となったのだ。
「ふはははは! 勝てる! 今の私ならあのにっくきババアをギッタンギタンにしてやれ……ん?」
全能感に酔いしれていたのも束の間、立っている地面から妙な揺れを感じて我に返った。
これは地震と言うよりも、何か大きなものが押し寄せてくるようなもので、段々とそれは大きくなってきて地鳴りをも伴い始めた。
「なに!? なになに、なによ!!?」
大きく首を振って辺りを警戒する私の元へ、地平線の向こう側に地響きとともにせり上がってきたのは天界でよく見かける二本の角と見慣れない青黒い帽子。
どこぞの説教閻魔のコスチュームを身にまとって雲をもしのぐほど巨大化した萃香が、右手にいつもの瓢箪と左手に卒塔婆を手に持って現れた。
「ゆ、夢とは言えなぜに映姫コス?」
「てぇぇぇぇんんんんしぃぃぃぃ、お前は許されないことをしたぁぁぁぁ」
腹の底の底まで響くような重低音間延びボイスが雲を押しのけ大地を揺らがせる。
うぉぉぉぉ、超うるさい。でも声の振動で私のおっぱいが揺れてる、感激!
「自らの身体を偽り、貧乳キャラなのに巨乳になるとは言語道断なりぃぃぃぃ」
「何よその理不尽! 良いじゃない私が私の身体どうしたって! 絶壁キャラなんて死に腐れ!」
「田舎のゆかりん泣いてるぞぉぉぉぉ」
「そんなこと……いやあるかも」
あのババア妙に私の貧乳に執着してるからなぁ。あいつとのボディタッチで一番多いのが髪の毛で二番目が胸だ。
場合によってはガチ泣きしたりとか……いやいや、あいつならどんな私でも受け止めてくれると信じたい、うん。
「よってその罪を裁くぅぅぅぅ! 抜け駆けしてなぞ許さんんんん」
「あっ、それが本音か!」
「酒責めの刑なりぃぃぃぃ!!」
私のツッコミを無視して鬼らしい微妙に間の抜けた刑を宣言をした萃香は、手に持っていた巨大瓢箪を逆さに向けて大きく振りかざした。
地面に向けられた瓢箪の口からは大量の酒が流れ落ち、それはアルコールの臭いを放ちながら津波のように押し寄せてきて、あっという間に私の身体は酒の中に巻き込まれた。
「ガボゴボ! ガボガ!?」
「ふははははは、重くなった今のお前では助かれまいぃぃぃぃ」
酒の中で泡を吐きながら必死にもがくけど、残念巨大化したおっぱいが重しになって中々浮かべない。
っていやいやおかしいでしょ。おっぱいって言ったらほとんど脂肪の塊なんだら水に浮くはずでしょ、風呂で紫のはいつもプカプカ浮いてるわよ!
マズイ、死ぬ! 死んでしまう! 夢の中だから大して問題ない気がするけど、こんな意味なく苦しんで死ぬのは嫌だ!
必死の思いで全身を使って酒の中を泳いで、苦労しながらやっとのことで水面に顔を出せたけど、すぐにまた胸の重しが私を水底に引きずり込もうとする。
「た、助け……!」
「天子、大丈夫!?」
飛んできた声に空を見上げてみれば、溺れる私の真上には雲の上に乗った紫が心配そうにこちらを見下ろしていた。
もがきながら届かない手を伸ばせば、紫はそれに応えて一本のロープを雲から垂らしてくれた。
「さあこれに捕まりなさい!」
「あ、ありがと……紫……!」
「頑張って天子、もう少しよ」
まさに天の助け。私がしがみついたロープを、紫は力強く握って引っ張り上げた。
ロープと共に私の身体は少しずつ引き上げられて行き、命からがら酒の海から脱出することができた。
酒に満ちた地上を見ながら、つい安堵の声を漏らす。
「ハアハア……助かったわ……」
「えぇ、ところで安心したところで悪いんだけど天子」
「へ?」
「涙目で助けを求めるあなたが見たいからもう一回お願い」
満面の笑顔でそう言った紫が握っていたロープをパッと離したのが見え、一瞬の浮遊感の後に落っこちる感覚。
「ウソでしょゆかりぃぃいいい!?」
悲鳴を上げるかわいそうな私は、再び酒の海へと飲み込まれていった。
――――――
――――
――
「ハッ、夢か……」
日が昇って明るくなった部屋で目が覚めた私は、天井を見つめながら何があったのか理解した。
そうだ先程まで見ていたのは私の夢だ。明晰夢だったはずが途中から完全に私の手を離れて内容が一人歩きしだして、なんとも嫌な夢になってしまったものだ。
特に嫌なのが最後の紫の裏切りだ……でも現実の紫も、平気で同じことをしてきそうな気がするのが怖い。
「大丈夫、天子? うなされていたようだけど」
声がして横を向くと、すぐそばに同衾していた紫が私を覗き込んでいた。
あー、昨日は紫の家に止まったんだっけ。って、確か布団は並べて寝てたはずなんだけど、何さも自然に私の布団に入ってきてるのこいつ……別にいいか。
「変な夢見ちゃってね」
「嫌な目にでもあったの?」
「最後は紫に裏切られる夢よ」
「あら、いつも通りじゃない」
「残酷なことをシレっと言うな」
「ところで、ちょっと湿っぽいものを感じるんだけど」
「はあ? 湿っぽいって――!!?」
夢の内容を思い出して、まさかと思って掛け布団をめくって中を覗く。
私が着た寝巻の股の辺りに広がる、この何かに濡れて変色した布地は……!?
「あぁ、いやそんな! 嘘でしょ……」
脚をこすってみると確かに感じる、濡れた服のひんやりとした感触。
まさか、齢数百にもなるこの私が、よりにもよって紫の前で!?
「あらぁ、これはまた盛大ね」
「あっ、いや紫見ないで! もう出てってよ!」
慌てて片手で掴んだ布団で決定的な光景を塞いでしまって、もう片方の手で紫を押し出そうとする。
だけど紫にはそのくらいのことお見通しだったみたいで、狭い布団の中でひらりと私の手を避けると力が緩んだ隙を狙って、私から布団を剥ぎ取ってしまった。
「ああ!? 紫、止めて返してよ!」
「駄目よ、そんな風に抑えつけたら掛け布団に染みがついちゃうわ。ほらいつものあなたらしく堂々としてなさい」
「そんなこと言ったって……!」
外気に触れて一気に水の冷たさが肌に伝わってきて、反射的に膝を合わせるように脚を閉じる。
せめてもの抵抗で濡れたところを両手で覆い隠そうとしてみるけど、大きく広がった染みはそんなことじゃ隠しきれなくてねぶるような紫の視線を振り払うことはできなかった。
妖美に微笑む紫にジッと自分でしでかした粗相を見られ続けていると、なんだかすごく惨めな気持ちになってきて、こんな情けない自分に涙が溢れてきた。
「もう見ないでよ、ゆかりぃ……!」
「ほら泣かないで天子」
優しく言い聞かせてきた紫は、私の身体に覆いかぶさってゆっくりと顔を近づけると、頬を伝って流れた一筋の涙を舌の先ですくい取った。
「そんな顔してないで、元気を出して。だってこれは」
「だって?」
私を慰めてくれる紫がスキマから取り出したのは、『お茶』と書かれたラベルのペットボトル。
「これは私がこぼしたお茶だから」
「バカー!!!」
とりあえずビンタった。
◆ ◇ ◆
「紫に愛情表現はおかしいと思うのよ」
「あらそうかしら?」
あのくっだらない悪戯のあとでいつもの道士服に着替えて庭に出た紫を追って、私も普段の服装に袖を通して縁側に腰を下ろした。
ひと仕事やりきった後のような清々しい笑顔で、お茶の染み抜きが終わった布団を干す紫に、私は頬杖でふくれっ面を支えながら不満を投げかける。
「まず紫さ、私のこと嫌い?」
「まさか、そんなわけないじゃない」
「じゃあ好き?」
「もちろん愛してるわ」
「なら私が困ってた時にどうする?」
「困って泣きそうな顔を思う存分楽しんだ後で助けるわ」
「おかしいわね」
私も相当捻くれてる方だけど、紫も大概歪んでる。妖怪だから仕方ないとでも言うつもりか。
無駄に頭のいい馬鹿に悩まされている私の前で、紫は一歩下がって濡れた布団を眺めがら、うっとりとした表情で赤い手形の残った頬を撫でた。
「ふう……こうやって布団を干すと、なんだか天子の粗相を見せびらかしてるみたいで興奮するわね」
「これをしでかしたのは紫だけどね」
「……なんだか天子に粗相を見せびらかしてるみたいで興奮するわね」
「もうやだこの変態」
まったく何言ってるんだか、紫のおねしょとかそんなの見たって、結構面白そうじゃないのよ大変興味があります。
お酒で酔ったところに利尿薬でも盛れば……いや寝る前にトイレ行かれたら意味ないし、やるとしたら睡眠薬と一緒にか。
お酒に混ぜて大丈夫で併用できる睡眠薬と利尿薬、こっそり探しとこう。
「いいから朝ごはん食べに行きましょうよ。私もう腹ペコよ」
「そうね、行きましょうか。でも何だかんだ言って、私のためにご飯を待ってくれる天子が好きよ」
「う、うるさいわよもう!」
家に戻って紫と肩を並べて朝食を食べる。藍と橙はもう食べ終わってしまって私たちだけでの食事だ。
少し熱が冷めたがまだギリギリ温かさを保った味噌汁をすする。うん、今日も藍はいい仕事してる。
けど私の心はまだ晴れない。庭でのお世辞一つで許してやれるもんかと、隣に座った紫に怒気を込めた視線を投げかけた。
「紫ったら、いっつも私に変な意地悪ばっかりして。いい加減愛想尽かしちゃうわよ!」
「うふふ、ごめんなさいね」
飯をかきこみながら私は不満をぶつけるけど、紫はさっきから笑ってばかりで、私の話を真剣に聞いているのかいないのか。
「笑ってないでちゃんと反省してよ!」
「えぇ、反省するわ。お詫びにアーンしてあげるから許して?」
そんな都合のいいこと言いながら、目の前に差し出された鮭の切り身。
「あむっ」
とりあえず食べた。
「ハグハグ、ごく。もうこんなことくらいじゃ誤魔化されないんだからね!」
「はいアーン」
「……あむっ。ハグアグ、ごくっ。こ、こんなことくらいじゃ……」
「はいアーン」
「…………あー、んむっ」
やっべえぇ、今私超誤魔化されてる。
だってしょうがないじゃん、アーンとかみたいに紫に優しくされるとなんか脳みそとろけてくるのよ仕方ないわよ。
っていやいや、こんなことしてるから駄目なのよ。意志を強く持ってここで巨悪巨乳を打ち砕かねば。頑張れ私!
「も、もう! 紫ちょっとストップ!」
「あら、今度は天子がしてくれるの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「あー」
年甲斐もなく雛みたいに口を開ける紫。
どうしようか迷った末、卵焼きを口元に差し出した。
卵焼きは箸の先ごと紫の口内に飲み込まれて、閉じた口から端を引き抜くと少し粘り気のある液体が少し糸を引いてすぐ千切れた。
ゆっくりと卵焼きを咀嚼して飲み込んだ紫は、とても満足そうに笑いかけてくれる。
「ありがとうね天子。大好きよ」
もう誤魔化されてもいいや。
「お二人とも、早くお皿洗いたいんでイチャついてないでさっさと食べ終わって欲しいんですが」
「チッ、空気読みなさいよ白面金毛」
「ちょっと人里に下りて馬に蹴られてきなさいな藍」
「理不尽すぎるくらい息ピッタリですね!」
「ドンマイです藍様」
ちょっと残ったストレスは、開きっぱなしのふすまの向こうから声をかけてきた九尾に押し付けることで良しとしよう。
とは言えあんまり待たせるのも悪いということで、私も紫もその後は特に話もせずに黙々とご飯を食べ進めて、早々に食事を切り上げた。
それからはしばらく各人思い思いに時間をつぶした後、洗い物が終わった藍が一息つきにやってきたのをきっかけに、橙含む八雲一家と私の四人で駄弁りタイムだ。
「それにしても毎日天子さん弄ってて、よく飽きませんね紫様」
どこぞの悪徳スキマ妖怪と違って、かわいく無邪気な橙から疑問が飛んでくる。
何故か最近橙からさん付けされてるが、それはまあ私の才能を考えれば仕方ないことだろう。ふふふ尊敬するがよいよい。
「だって好きな子ほどイジメてみたくなるものでしょう?」
「ハイハイハーイ! 私はイジメられるよりイジメる方だと思いまーす!」
「そして私はそんな天子の鼻っ柱を折るのが好き」
「やーめーろー」
綺麗な人差し指で鼻の先っぽを突いてくる紫を押しのける。
本当に隙あらば攻めてくるのが困りものだ。
「でもこれで天子をからかうのも結構大変なのよねぇ。本気で怒らせないラインを見極めないといけないし」
「この前、天子さんを怒らせて正座させられてましたね」
「流石の私も、五体バラバラになった死に芸なんてされたら怒るわ」
あれは本気で衝撃を受けて、その場で座り込んで泣きはらしたもんだ。
遊びに来てふすまを開けたら想い人のバラバラ死体とか寿命が縮むってレベルじゃない。首とか内臓とかのポロリとか誰得なのよ、ポロリなんておっぱいだけで十分よ。
しかしドッキリネタ晴らしの後で普通に四散した肉と肉がくっついて再生したけど、どうやったんだろうあれ。グロキモかったけどちょっと面白かったと思わないでもない。
「心配させるようなことは止めてよね」
「ごめんなさいね。私も本気の涙は見たくはないし、あればかりは心から反省するわ」
「何であそこまで過激な方向に行っちゃったのよ」
「藍に相談してあれこれ調整してるうちについね」
「お前の差し金かナインテール!」
「ちょっ、家の中で剣を抜くな!」
ちゃっかりとんでもないことに加担してた藍を睨み付けて緋想の剣を光らせる。
今宵の愛剣は血に飢えてるぞ。まだ朝だけど。
「その物騒なものをしまえ。私は式として紫様に一つ二つ助言をしただけだ」
「本当に?」
「……まあ、紫様が橙に言い寄ってきたやつに対する警告だと思ってやれというから、ついアクセルを踏み過ぎたりは……」
「完璧にフルスロットルよねそれ!」
「ちなみに内臓ポロリの首ポロリが藍の助言よ」
「案の定最悪なやつ担当だった!」
大人しく緋想の剣をしまって聞いてみたら、やっぱり全部お前のせいじゃねえかっていう。
だと言うのに藍のやつはまるで悪びれず、ほがらかに笑いながら口を開いた。
「アッハッハ、バカだなぁ天子、十分に手加減しているよ。本当にそんなの間違いが起きそうならあの程度じゃ終わらせず、先回りして相手を呪い殺すに決まってるじゃないか」
「橙、気になるやつができたらまず私か紫に言いなさいよ。間違ってもこのバカ親には言うな」
「その時はお願いします、紫様、天子さん……」
愛情があるのは良いことだが時折橙が無性にかわいそうになる。よくこの家に来るうちに妹分みたいになってきたし、何かあった時は融通してあげよう。
私と同じで、紫もこれには流石に呆れ顔だ。
「藍、あなたねもう少し立場を弁えなさい。橙の成長を率先して潰すような真似してどうするのよ」
「では紫様。もし天子を狙う不届き者が現れたらどうしますか?」
「当然、社会的に抹殺して絶望させた後にスキマに落として拷問にかけるわね」
「…………」
「…………」
「無言で握手すな」
どうして主従揃って駄目な方向に突っ走るのか、八雲って付くやつはみんなこうなのか。
……八雲天子になったら私も似たようなのになるんだろうか、なんて考えてみちゃったり思ってみちゃったりして。
「八雲天子になったら、天子さんも同じようになるのかな」
「ぶふぉっ!?」
凶兆の黒猫から思いがけないキラーパス!
「ちょ、ちょっと橙! 何で誰も考え付かないようなそんな意味不明なこと言い出すのよ!」
「いやぁ、紫様が将来八雲天子になった時のために今から敬語で話すよう言われてたからつい」
私にさん付けしてた理由はそれか! 尊敬してたのと違うのか!?
ハッとなって振り返ってみれば、やっぱりこれを仕掛けていた張本人は私を見てニヤニヤと笑っていた。
「そんなに顔を赤くしちゃって、どうしたのかしら天子?」
「どうしたのじゃないわよ。も~、バカ! バカ紫!! 変なこと仕込んでるんじゃないわよ恥ずかしいじゃないの!」
反抗としてポカポカと肩を叩くも、紫のやつはまったく動じない。
岩程度なら砕けるくらいのフルパワーでぶっ叩いてるっていうのに、インチキ能力のせいで一切手ごたえが感じられないのが嫌らしい。
「あらあら、天子は八雲がお気に召さない?」
「むうー、いじわるな紫はキラい! そんなの貰ってあげないわよ」
どうしようもなくなって、頬を含ませてそっぽを向く。
けど紫はさも楽しそうに私の肩に抱き付いてきた。
「うふふ、ごめんなさいね。可愛い顔してないで機嫌直してちょうだい」
「うぐ、その頬っぺた突くのヤメー! うっとうしいったら」
「天子……ゆ、る、し、て……?」
「うぅ、耳元で囁くのもやめぇ……」
ヤバイ、これはヤバいのだ。
耳元に吐息が当たるのを感じながらの囁きは、私の脳に入り込んできて中枢神経を痺れさせてくる麻薬だ。
骨抜きにされて紫に身体を預けそうになっていると、橙がおずおずと右手を上げて質問をしてきた。
「あの~、前から天子さんに疑問だったんですけど」
「ほら、橙が聞いてるわよ天子」
「もう……ハイハイわかったわよもう」
橙からの助けもあって、ようやく紫は離れてくれた。
……ちょっと残念なのは内緒。
「で、何よ橙? 何でも答えてあげるから言ってみなさい」
「そんなに弄られるのが嫌なのに紫様と別れたりしないんですか?」
「さあ天子、天気も良いし散歩にでも出かけましょう」
「おっけー、今日は山の方に行ってみたいわ」
「あれスルー!? 何で!?」
「わかっててやってるから無駄だ橙よ。結局はそういうプレイだ」
ここはどこだろう、どうして私はここにいるんだろうと考えてみるが、何故だか頭が上手く働かない。
思考がまとまらなくて頭が風船のようにふわっふわ。なんでだろう。なんでだろう。
「ハッ、これ夢だ」
そして唐突に悟った。
これ明晰夢ってやつじゃないの、地味に初めてのだったりしないこれ? ウッヒョー。
真実を知った私は有頂天。だってマイドリームにおける私はゴッドに等しい、ここでなら私は何だってできるのだ。
「おっぱいおっきくな~れ☆」
なんとなく右手の人差し指と中指を立ててステッキっぽく振りながら念じてみる。
するとどうしたことか、胸のあたりがムズムズとしたくすぐったい感覚と共に膨れ上がり始めた。
「おおおお!!!」
感動のあまり声が上がる。
この光景を願って幾星霜、とうとう夢が実現する日が来たのだ! いや夢だけど!
「でかい! 重い! 柔らかい!」
AAAから一気にFサイズに変貌したおっぱい様を、両手で下から持ち上げるように揉んでみる。
素晴らしい重量感になんという万能感。今この瞬間から私は神をも殺せる無敵の存在となったのだ。
「ふはははは! 勝てる! 今の私ならあのにっくきババアをギッタンギタンにしてやれ……ん?」
全能感に酔いしれていたのも束の間、立っている地面から妙な揺れを感じて我に返った。
これは地震と言うよりも、何か大きなものが押し寄せてくるようなもので、段々とそれは大きくなってきて地鳴りをも伴い始めた。
「なに!? なになに、なによ!!?」
大きく首を振って辺りを警戒する私の元へ、地平線の向こう側に地響きとともにせり上がってきたのは天界でよく見かける二本の角と見慣れない青黒い帽子。
どこぞの説教閻魔のコスチュームを身にまとって雲をもしのぐほど巨大化した萃香が、右手にいつもの瓢箪と左手に卒塔婆を手に持って現れた。
「ゆ、夢とは言えなぜに映姫コス?」
「てぇぇぇぇんんんんしぃぃぃぃ、お前は許されないことをしたぁぁぁぁ」
腹の底の底まで響くような重低音間延びボイスが雲を押しのけ大地を揺らがせる。
うぉぉぉぉ、超うるさい。でも声の振動で私のおっぱいが揺れてる、感激!
「自らの身体を偽り、貧乳キャラなのに巨乳になるとは言語道断なりぃぃぃぃ」
「何よその理不尽! 良いじゃない私が私の身体どうしたって! 絶壁キャラなんて死に腐れ!」
「田舎のゆかりん泣いてるぞぉぉぉぉ」
「そんなこと……いやあるかも」
あのババア妙に私の貧乳に執着してるからなぁ。あいつとのボディタッチで一番多いのが髪の毛で二番目が胸だ。
場合によってはガチ泣きしたりとか……いやいや、あいつならどんな私でも受け止めてくれると信じたい、うん。
「よってその罪を裁くぅぅぅぅ! 抜け駆けしてなぞ許さんんんん」
「あっ、それが本音か!」
「酒責めの刑なりぃぃぃぃ!!」
私のツッコミを無視して鬼らしい微妙に間の抜けた刑を宣言をした萃香は、手に持っていた巨大瓢箪を逆さに向けて大きく振りかざした。
地面に向けられた瓢箪の口からは大量の酒が流れ落ち、それはアルコールの臭いを放ちながら津波のように押し寄せてきて、あっという間に私の身体は酒の中に巻き込まれた。
「ガボゴボ! ガボガ!?」
「ふははははは、重くなった今のお前では助かれまいぃぃぃぃ」
酒の中で泡を吐きながら必死にもがくけど、残念巨大化したおっぱいが重しになって中々浮かべない。
っていやいやおかしいでしょ。おっぱいって言ったらほとんど脂肪の塊なんだら水に浮くはずでしょ、風呂で紫のはいつもプカプカ浮いてるわよ!
マズイ、死ぬ! 死んでしまう! 夢の中だから大して問題ない気がするけど、こんな意味なく苦しんで死ぬのは嫌だ!
必死の思いで全身を使って酒の中を泳いで、苦労しながらやっとのことで水面に顔を出せたけど、すぐにまた胸の重しが私を水底に引きずり込もうとする。
「た、助け……!」
「天子、大丈夫!?」
飛んできた声に空を見上げてみれば、溺れる私の真上には雲の上に乗った紫が心配そうにこちらを見下ろしていた。
もがきながら届かない手を伸ばせば、紫はそれに応えて一本のロープを雲から垂らしてくれた。
「さあこれに捕まりなさい!」
「あ、ありがと……紫……!」
「頑張って天子、もう少しよ」
まさに天の助け。私がしがみついたロープを、紫は力強く握って引っ張り上げた。
ロープと共に私の身体は少しずつ引き上げられて行き、命からがら酒の海から脱出することができた。
酒に満ちた地上を見ながら、つい安堵の声を漏らす。
「ハアハア……助かったわ……」
「えぇ、ところで安心したところで悪いんだけど天子」
「へ?」
「涙目で助けを求めるあなたが見たいからもう一回お願い」
満面の笑顔でそう言った紫が握っていたロープをパッと離したのが見え、一瞬の浮遊感の後に落っこちる感覚。
「ウソでしょゆかりぃぃいいい!?」
悲鳴を上げるかわいそうな私は、再び酒の海へと飲み込まれていった。
――――――
――――
――
「ハッ、夢か……」
日が昇って明るくなった部屋で目が覚めた私は、天井を見つめながら何があったのか理解した。
そうだ先程まで見ていたのは私の夢だ。明晰夢だったはずが途中から完全に私の手を離れて内容が一人歩きしだして、なんとも嫌な夢になってしまったものだ。
特に嫌なのが最後の紫の裏切りだ……でも現実の紫も、平気で同じことをしてきそうな気がするのが怖い。
「大丈夫、天子? うなされていたようだけど」
声がして横を向くと、すぐそばに同衾していた紫が私を覗き込んでいた。
あー、昨日は紫の家に止まったんだっけ。って、確か布団は並べて寝てたはずなんだけど、何さも自然に私の布団に入ってきてるのこいつ……別にいいか。
「変な夢見ちゃってね」
「嫌な目にでもあったの?」
「最後は紫に裏切られる夢よ」
「あら、いつも通りじゃない」
「残酷なことをシレっと言うな」
「ところで、ちょっと湿っぽいものを感じるんだけど」
「はあ? 湿っぽいって――!!?」
夢の内容を思い出して、まさかと思って掛け布団をめくって中を覗く。
私が着た寝巻の股の辺りに広がる、この何かに濡れて変色した布地は……!?
「あぁ、いやそんな! 嘘でしょ……」
脚をこすってみると確かに感じる、濡れた服のひんやりとした感触。
まさか、齢数百にもなるこの私が、よりにもよって紫の前で!?
「あらぁ、これはまた盛大ね」
「あっ、いや紫見ないで! もう出てってよ!」
慌てて片手で掴んだ布団で決定的な光景を塞いでしまって、もう片方の手で紫を押し出そうとする。
だけど紫にはそのくらいのことお見通しだったみたいで、狭い布団の中でひらりと私の手を避けると力が緩んだ隙を狙って、私から布団を剥ぎ取ってしまった。
「ああ!? 紫、止めて返してよ!」
「駄目よ、そんな風に抑えつけたら掛け布団に染みがついちゃうわ。ほらいつものあなたらしく堂々としてなさい」
「そんなこと言ったって……!」
外気に触れて一気に水の冷たさが肌に伝わってきて、反射的に膝を合わせるように脚を閉じる。
せめてもの抵抗で濡れたところを両手で覆い隠そうとしてみるけど、大きく広がった染みはそんなことじゃ隠しきれなくてねぶるような紫の視線を振り払うことはできなかった。
妖美に微笑む紫にジッと自分でしでかした粗相を見られ続けていると、なんだかすごく惨めな気持ちになってきて、こんな情けない自分に涙が溢れてきた。
「もう見ないでよ、ゆかりぃ……!」
「ほら泣かないで天子」
優しく言い聞かせてきた紫は、私の身体に覆いかぶさってゆっくりと顔を近づけると、頬を伝って流れた一筋の涙を舌の先ですくい取った。
「そんな顔してないで、元気を出して。だってこれは」
「だって?」
私を慰めてくれる紫がスキマから取り出したのは、『お茶』と書かれたラベルのペットボトル。
「これは私がこぼしたお茶だから」
「バカー!!!」
とりあえずビンタった。
◆ ◇ ◆
「紫に愛情表現はおかしいと思うのよ」
「あらそうかしら?」
あのくっだらない悪戯のあとでいつもの道士服に着替えて庭に出た紫を追って、私も普段の服装に袖を通して縁側に腰を下ろした。
ひと仕事やりきった後のような清々しい笑顔で、お茶の染み抜きが終わった布団を干す紫に、私は頬杖でふくれっ面を支えながら不満を投げかける。
「まず紫さ、私のこと嫌い?」
「まさか、そんなわけないじゃない」
「じゃあ好き?」
「もちろん愛してるわ」
「なら私が困ってた時にどうする?」
「困って泣きそうな顔を思う存分楽しんだ後で助けるわ」
「おかしいわね」
私も相当捻くれてる方だけど、紫も大概歪んでる。妖怪だから仕方ないとでも言うつもりか。
無駄に頭のいい馬鹿に悩まされている私の前で、紫は一歩下がって濡れた布団を眺めがら、うっとりとした表情で赤い手形の残った頬を撫でた。
「ふう……こうやって布団を干すと、なんだか天子の粗相を見せびらかしてるみたいで興奮するわね」
「これをしでかしたのは紫だけどね」
「……なんだか天子に粗相を見せびらかしてるみたいで興奮するわね」
「もうやだこの変態」
まったく何言ってるんだか、紫のおねしょとかそんなの見たって、結構面白そうじゃないのよ大変興味があります。
お酒で酔ったところに利尿薬でも盛れば……いや寝る前にトイレ行かれたら意味ないし、やるとしたら睡眠薬と一緒にか。
お酒に混ぜて大丈夫で併用できる睡眠薬と利尿薬、こっそり探しとこう。
「いいから朝ごはん食べに行きましょうよ。私もう腹ペコよ」
「そうね、行きましょうか。でも何だかんだ言って、私のためにご飯を待ってくれる天子が好きよ」
「う、うるさいわよもう!」
家に戻って紫と肩を並べて朝食を食べる。藍と橙はもう食べ終わってしまって私たちだけでの食事だ。
少し熱が冷めたがまだギリギリ温かさを保った味噌汁をすする。うん、今日も藍はいい仕事してる。
けど私の心はまだ晴れない。庭でのお世辞一つで許してやれるもんかと、隣に座った紫に怒気を込めた視線を投げかけた。
「紫ったら、いっつも私に変な意地悪ばっかりして。いい加減愛想尽かしちゃうわよ!」
「うふふ、ごめんなさいね」
飯をかきこみながら私は不満をぶつけるけど、紫はさっきから笑ってばかりで、私の話を真剣に聞いているのかいないのか。
「笑ってないでちゃんと反省してよ!」
「えぇ、反省するわ。お詫びにアーンしてあげるから許して?」
そんな都合のいいこと言いながら、目の前に差し出された鮭の切り身。
「あむっ」
とりあえず食べた。
「ハグハグ、ごく。もうこんなことくらいじゃ誤魔化されないんだからね!」
「はいアーン」
「……あむっ。ハグアグ、ごくっ。こ、こんなことくらいじゃ……」
「はいアーン」
「…………あー、んむっ」
やっべえぇ、今私超誤魔化されてる。
だってしょうがないじゃん、アーンとかみたいに紫に優しくされるとなんか脳みそとろけてくるのよ仕方ないわよ。
っていやいや、こんなことしてるから駄目なのよ。意志を強く持ってここで巨悪巨乳を打ち砕かねば。頑張れ私!
「も、もう! 紫ちょっとストップ!」
「あら、今度は天子がしてくれるの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「あー」
年甲斐もなく雛みたいに口を開ける紫。
どうしようか迷った末、卵焼きを口元に差し出した。
卵焼きは箸の先ごと紫の口内に飲み込まれて、閉じた口から端を引き抜くと少し粘り気のある液体が少し糸を引いてすぐ千切れた。
ゆっくりと卵焼きを咀嚼して飲み込んだ紫は、とても満足そうに笑いかけてくれる。
「ありがとうね天子。大好きよ」
もう誤魔化されてもいいや。
「お二人とも、早くお皿洗いたいんでイチャついてないでさっさと食べ終わって欲しいんですが」
「チッ、空気読みなさいよ白面金毛」
「ちょっと人里に下りて馬に蹴られてきなさいな藍」
「理不尽すぎるくらい息ピッタリですね!」
「ドンマイです藍様」
ちょっと残ったストレスは、開きっぱなしのふすまの向こうから声をかけてきた九尾に押し付けることで良しとしよう。
とは言えあんまり待たせるのも悪いということで、私も紫もその後は特に話もせずに黙々とご飯を食べ進めて、早々に食事を切り上げた。
それからはしばらく各人思い思いに時間をつぶした後、洗い物が終わった藍が一息つきにやってきたのをきっかけに、橙含む八雲一家と私の四人で駄弁りタイムだ。
「それにしても毎日天子さん弄ってて、よく飽きませんね紫様」
どこぞの悪徳スキマ妖怪と違って、かわいく無邪気な橙から疑問が飛んでくる。
何故か最近橙からさん付けされてるが、それはまあ私の才能を考えれば仕方ないことだろう。ふふふ尊敬するがよいよい。
「だって好きな子ほどイジメてみたくなるものでしょう?」
「ハイハイハーイ! 私はイジメられるよりイジメる方だと思いまーす!」
「そして私はそんな天子の鼻っ柱を折るのが好き」
「やーめーろー」
綺麗な人差し指で鼻の先っぽを突いてくる紫を押しのける。
本当に隙あらば攻めてくるのが困りものだ。
「でもこれで天子をからかうのも結構大変なのよねぇ。本気で怒らせないラインを見極めないといけないし」
「この前、天子さんを怒らせて正座させられてましたね」
「流石の私も、五体バラバラになった死に芸なんてされたら怒るわ」
あれは本気で衝撃を受けて、その場で座り込んで泣きはらしたもんだ。
遊びに来てふすまを開けたら想い人のバラバラ死体とか寿命が縮むってレベルじゃない。首とか内臓とかのポロリとか誰得なのよ、ポロリなんておっぱいだけで十分よ。
しかしドッキリネタ晴らしの後で普通に四散した肉と肉がくっついて再生したけど、どうやったんだろうあれ。グロキモかったけどちょっと面白かったと思わないでもない。
「心配させるようなことは止めてよね」
「ごめんなさいね。私も本気の涙は見たくはないし、あればかりは心から反省するわ」
「何であそこまで過激な方向に行っちゃったのよ」
「藍に相談してあれこれ調整してるうちについね」
「お前の差し金かナインテール!」
「ちょっ、家の中で剣を抜くな!」
ちゃっかりとんでもないことに加担してた藍を睨み付けて緋想の剣を光らせる。
今宵の愛剣は血に飢えてるぞ。まだ朝だけど。
「その物騒なものをしまえ。私は式として紫様に一つ二つ助言をしただけだ」
「本当に?」
「……まあ、紫様が橙に言い寄ってきたやつに対する警告だと思ってやれというから、ついアクセルを踏み過ぎたりは……」
「完璧にフルスロットルよねそれ!」
「ちなみに内臓ポロリの首ポロリが藍の助言よ」
「案の定最悪なやつ担当だった!」
大人しく緋想の剣をしまって聞いてみたら、やっぱり全部お前のせいじゃねえかっていう。
だと言うのに藍のやつはまるで悪びれず、ほがらかに笑いながら口を開いた。
「アッハッハ、バカだなぁ天子、十分に手加減しているよ。本当にそんなの間違いが起きそうならあの程度じゃ終わらせず、先回りして相手を呪い殺すに決まってるじゃないか」
「橙、気になるやつができたらまず私か紫に言いなさいよ。間違ってもこのバカ親には言うな」
「その時はお願いします、紫様、天子さん……」
愛情があるのは良いことだが時折橙が無性にかわいそうになる。よくこの家に来るうちに妹分みたいになってきたし、何かあった時は融通してあげよう。
私と同じで、紫もこれには流石に呆れ顔だ。
「藍、あなたねもう少し立場を弁えなさい。橙の成長を率先して潰すような真似してどうするのよ」
「では紫様。もし天子を狙う不届き者が現れたらどうしますか?」
「当然、社会的に抹殺して絶望させた後にスキマに落として拷問にかけるわね」
「…………」
「…………」
「無言で握手すな」
どうして主従揃って駄目な方向に突っ走るのか、八雲って付くやつはみんなこうなのか。
……八雲天子になったら私も似たようなのになるんだろうか、なんて考えてみちゃったり思ってみちゃったりして。
「八雲天子になったら、天子さんも同じようになるのかな」
「ぶふぉっ!?」
凶兆の黒猫から思いがけないキラーパス!
「ちょ、ちょっと橙! 何で誰も考え付かないようなそんな意味不明なこと言い出すのよ!」
「いやぁ、紫様が将来八雲天子になった時のために今から敬語で話すよう言われてたからつい」
私にさん付けしてた理由はそれか! 尊敬してたのと違うのか!?
ハッとなって振り返ってみれば、やっぱりこれを仕掛けていた張本人は私を見てニヤニヤと笑っていた。
「そんなに顔を赤くしちゃって、どうしたのかしら天子?」
「どうしたのじゃないわよ。も~、バカ! バカ紫!! 変なこと仕込んでるんじゃないわよ恥ずかしいじゃないの!」
反抗としてポカポカと肩を叩くも、紫のやつはまったく動じない。
岩程度なら砕けるくらいのフルパワーでぶっ叩いてるっていうのに、インチキ能力のせいで一切手ごたえが感じられないのが嫌らしい。
「あらあら、天子は八雲がお気に召さない?」
「むうー、いじわるな紫はキラい! そんなの貰ってあげないわよ」
どうしようもなくなって、頬を含ませてそっぽを向く。
けど紫はさも楽しそうに私の肩に抱き付いてきた。
「うふふ、ごめんなさいね。可愛い顔してないで機嫌直してちょうだい」
「うぐ、その頬っぺた突くのヤメー! うっとうしいったら」
「天子……ゆ、る、し、て……?」
「うぅ、耳元で囁くのもやめぇ……」
ヤバイ、これはヤバいのだ。
耳元に吐息が当たるのを感じながらの囁きは、私の脳に入り込んできて中枢神経を痺れさせてくる麻薬だ。
骨抜きにされて紫に身体を預けそうになっていると、橙がおずおずと右手を上げて質問をしてきた。
「あの~、前から天子さんに疑問だったんですけど」
「ほら、橙が聞いてるわよ天子」
「もう……ハイハイわかったわよもう」
橙からの助けもあって、ようやく紫は離れてくれた。
……ちょっと残念なのは内緒。
「で、何よ橙? 何でも答えてあげるから言ってみなさい」
「そんなに弄られるのが嫌なのに紫様と別れたりしないんですか?」
「さあ天子、天気も良いし散歩にでも出かけましょう」
「おっけー、今日は山の方に行ってみたいわ」
「あれスルー!? 何で!?」
「わかっててやってるから無駄だ橙よ。結局はそういうプレイだ」
超ベタあまだ!
実に素敵ではありませんか
ごちそうさまでした
ボケとツッコミがリズム良くて面白かったですw