Coolier - 新生・東方創想話

有閑少女隊その5 おでんと私の歌

2015/04/17 21:26:58
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「早苗はどうしたんだ? 最近見かけてないけど」

「部屋に閉じこもってるらしいわよ」

「具合悪いのか? こないだの宴会、絶好調だったのに」

「そうだったっけ?」

 毎度お馴染み博麗神社。
 霊夢と魔理沙が腰掛けてダベっている。

「酔っ払ったアイツが歌った【金●の大冒険】がバカウケだったよな」

「あー、あの変な歌ね」

「途中、四番か五番でブッ倒れちゃったからな」

「早苗はお酒弱いもんね」

「あの歌、最後まで聞きたいってヤツ多いんだぜ」    

「低俗な連中ねぇ。でも、多分それが原因じゃないかしら?」

「原因? 閉じこもりのか?」

「神奈子の話だと、乙女人生の終了だとか何とか言ってるみたいよ」

「ふーん、面白かったのになー」

 確かに若い娘さんが熱唱するにはふさわしくない歌かも。
 どこで覚えてきたんだか。

「こんにちはー」

「あら、早いわね、妖夢」

 やってきたのは半人半霊、冥界の庭師、魂魄妖夢だった。

「幽々子様のお言いつけで今夜の宴会のお手伝いに参りました」

「えらいえらい」

「私だって手伝いに来てやったんだぜ?」

「はいはい、えろいえろい」

「おいっ 私のどこがえろいんだよ」

「存在そのものが」

「失敬だなー。ん? ……なあ妖夢、お前、ちょっと太ったか?」

「そうですか?」

 魔理沙が妖夢を上から下までじろじろ見ながら言った。

「その目線がえろいのよ」

「そうか? 妖夢、私の目線ってえろいか?」

「えと……どうなんでしょうか……」

 こんな耳を疑うような質問にサクッと答えられるほど世慣れていない。

「えろくないよな、なっ?」

(なんて答えたらいいのかな……)

「そ、そうですね、ははは」

 取りあえず笑ってごまかしてみる妖夢。

「ほらみろ、私は潔白だぜっ」

「あのね魔理沙……まあいいわ」

 霊夢はこのどーでもいい問答を切り上げることにした。

「それよか、妖夢の太っちゃった問題だぜ」

 太ったと決めつけている魔理沙。
 一方霊夢はちょっと首をかしげる。

「んー、少し筋肉が付いたんじゃない? かえって締まったように見えるけど」

 この場合、霊夢が正解だった。
 数ヶ月前から命蓮寺の寅丸星に剣術の稽古をつけてもらっている妖夢。
 基本の大切さを説かれ、素振りを中心とした基礎体力作りに日々励んでいるのだ。
 二の腕や肩、ふくらはぎに靭やかな筋肉が少量だが付いてきている。
 それでも女体評論家のナズーリンが『いずれ幻想郷屈指の美姫になる』と断言した通り、幽玄、可憐の要素はまったく損なわていない。

「そうですか? 自分じゃよく分かりません」

(そんなにじっくり見られると恥ずかしい……)

 もじもじ妖夢。

 ------------------------------

「こんにちわー」

 来客二号は東風谷早苗だった。

「早苗、もういいの?」

「神奈子様が『いつまでも閉じ込もっているな』とおっしゃって」

 乙女道を失道しかけていた風祝は復活したようだ。

「そりゃそうだぜ、また、ぱあーっといこうぜっ」

 魔理沙がお気楽に声をかける。

「早苗、今日は宴会だからねー」

 霊夢の言葉に顔をしかめる早苗。
 下戸な自分にグイグイ酒をすすめるのはいつもこのグータラ巫女なのだ。
 前回はそのせいでウルトラ級の大失態を演じてしまった。

「霊夢さん、お酒を無理に呑ませる行為は外の世界ではヴァルハラと言って重大なマナー違反ですっ」

「ぶぁるはら? なにそれ?」

 きょとん霊夢。

「何の略だか忘れましたが、死後、その魂は可変戦闘機によって拘束され、終末戦争の戦闘要員(鉄砲玉)としてその日まで監禁されてしまうのですよ!」

 社会マナーと北欧神話とマ●ロスがごっちゃになって訳が分からない。

「大体、お酒でコミュニケーションを取ろうとするのがもはや古いんです」

 紅白巫女を睨みつける。

「何ですって?」

 霊夢も睨み返す。
 ちょいと険悪なムード。

(ああ、なんだかこれ、良くないな……)

 生真面目な妖夢は何とかせねばと焦る。
 だが、こんな時の仲裁の仕方など分からない。
 それでも取りあえず何か言おうと浮かした腰を、軽く叩かれた。

「早苗、またあの歌、頼むぜー」

 妖夢を制したのは魔理沙だった。

「……え?」

 早苗はいきなりな話に面食らったようだ。

「あ、あれは私の黒歴史として封印します」

「黒歴史?」

「魔理沙さんの『うふふふ』と同じですよ」

「なっ! お前、どうしてそれを!?」

「さて、何故でしょうかね~?」

 ちょっと意地悪そうな顔の早苗。
 攻撃対象がすり替わっていることに気付いているかどうか。

「とにかくですねっ あんな恥は二度と晒しません!」

「恥ってほどじゃないだろ?」

「このままではナンバーワン美少女巫女の地位が危ういんですっ」

「あんたと私、二人しかいないじゃないの」

「美少女と巫女ってカブってないか? 『頭痛が痛い』みたいだぜ?」

「参拝に来た人が言ってくれるんですっ」

「あー、それはチャコールグレイって言うんだぜ」

「は?」

「知らないのか? 早苗は世間知らずだなー」

「……チャコールグレイは色ですよね?」

「魔理沙は、社交辞令って言いたいのよ」

 霊夢が乗っかってきた。

「……え? そうなのか?」

「どっちが世間知らずですかねー、ふふん」

「どーでもいいけどね」

 いつの間にか場の雰囲気は和やいでいた。
 だが、妖夢は一人、落ち込んでいた。

(魔理沙さん、スゴいな……私、一言も口を挟めなかった)

 世慣れていない自分が嫌になってしまう。 

 ------------------------------

「歌といえばさ」

 魔理沙が仕切り直す。

「ヒーローにはテーマソングがいると思うんだ」

「なによ唐突に」

「主題歌みたいなものですかね?」

「霊夢の歌を作ったんだぜ」

「私の?」

「まあ聞いてくれよ」

 ピョンと庭に降りた魔理沙。
 肩を大げさに揺すりながらリズムをとり始めた。

「ウッファーウファウファ、ウッファッファアー
 ウッファーウファウファ、ウッファッファアー」

「待ってよ、それ、何の歌なの?」

 霊夢の眉間に皺が寄る。

「だからお前のテーマソングだって。続けるぜ。

『大きーな山をひとまたぎ、
 はくれーい れいむがやってくる、
 怖くなんかあるんだよー、
 はくれーい れいむは凶暴さー』

 なあ、これ、いーだろ?」

「……続けてみ」

「『異変も怪異も妖怪もー
 はくれーれいむにゃ敵わないっ
 加減を知ってよ れーいむ、世界のおおじゃー』

 どうだ? これ、良くないか?
『加減をしてよ』じゃなくて『加減を知ってよ』ってところがミソだぜ」

 霊夢は腕組みをして目を閉じたまま微動だにしない。
 だが、隣に座っていた妖夢には歯軋りが聞こえたような気がした。

(気のせい……かな?)

「なってませんねっ」

 早苗が立ち上がった。

「主人公の名前をハッキリ言っているのは良いと思います。
 最近のは誰の歌か分からないモノが多いですからね」

「そう言やそうだな」

「ですが、もっと強調すべきなんですよ。
 例えば主人公の外観の特徴、霊夢さんは赤いリボンでしょうかね。
 能力についても言及します。ここは空を飛ぶ程度の能力のことを如何なく表現しましょう。
 さらに、敵、あるいはライバルの名前が出てきても良いです。
 そしてなにより大事なのが主人公の使命です。異変解決をすることを明確に歌い上げるべきですね」

「なるほど、それっぽいな。
 でも、そんな盛りだくさんで歌になるのか?」

「以上全てを盛り込んだ簡潔な歌詞を親しみやすいメロディーラインに乗せるとこうなります」

 今度は早苗が庭(ステージ?)に立つ。

「んんんー。では……

『真っ赤なリボンがおシャレだねー
 来たーぞ僕らの霊夢ちゃん
 時速は91キロだい!
 霧雨魔理沙も遅れるな
 くるくる旋回、くるりのぱあ、くるりのぱあー
(セリフ)
 おーい霊夢ちゃーん、どこいくのー?
 うきー、異変が起きちゃったのよー 

 はくれい、はくれい、はくれいれいむっ
 雲のうーえー』

 ……いかがですか? 申し分ないでしょう」

「私はオマケなのかよ」

「霊夢さんの歌ですからね」

 すううーー ふうううー

 その博麗霊夢ちゃんは先ほどの姿勢のまま、天を仰いで深呼吸している。

「なあ、早苗」

「はい」

「今のうちに逃げようぜ」

「そうですね」

「お前じゃ追いつかれる。私の後ろに乗れっ」

「恩に着ますっ」

 早苗が魔理沙の箒にまたがる。

「飛ばすぜ!」

 ばひゅん!

 すってんコロリンと振り落とされた早苗。

「ああー!? さなえーーっ」

「まりささーーん! 私に構わず逃げてー!」

「お前をおいて逃げられるもんかー!」

「バカよ! アナタはバカよ、私なんかのためにー」

 両手を組んでハラハラと見守る妖夢。
 自分が今、何をなすべきか全く分からない。

「茶番はそこまでよ」

 結局二人とも霊夢に取っ捕まった。

 ゴチンッ ゴチンッ

 そしてゲンコツを食らった。

(茶番? ……どーゆーこと?)

 魂魄妖夢はこのノリに全くついて来れないでいた。

------------------------------

「これ、クラッカーか?」

「里の雑貨屋さんにもらったのよ」

 言いながら霊夢はカショっと齧る。
 魔理沙と霊夢は歌や鉄拳制裁のことなど無かったかのようにケロッと会話をしている。
 このあたりが腐れ縁の力だろうか。

「霊夢さんは有名人ですからね」

 妖夢は素直に感心している。
 博麗の巫女は一応有名人。人間の里に赴けばそれなりに声もかけられるし、時にはこのように差し入れもある。

「たくさんあるなぁ、外の世界のモンか……。
 おりょ? どれも賞味期限ギリギリだぜ?」

 六つほどあるパッケージをいちいち確認していた魔理沙が気付いた。

「売れないからタダでいいって」

「廃棄処分係ですか? 大した有名人ですね」

 早苗はタンコブをさすりながらイヤミを言った。
 もちろん霊夢の射程外からだ。

「腐るモンじゃないから構わないわよ」

「クラッカーだけでどうすんだよ。お茶請けにすんのか?」

 5~6cm四方の白いクラッカー。多少塩味がついているとは言え、このまま食べるのはいかにも味気ない。

「何か乗せるんだろ? なんて言ったっけ」

「カルパッチョ、ですよね」

「それを言うならフラッペでしょ」

「えと、あの」

「どした妖夢?」

「カナッペ、だと思います」

 スルーしない方が良いと考え、思い切って言ってみた。

「えーそうなの?」×2

 巫女二人の不審そうな顔に怯んでしまう。

「ふーん」

 魔理沙は三人を順番に見ている。
 そして冥界の剣士に強い視線を注いだ。

「妖夢、私はお前を信じるぜ」

 そう言ってニカッと笑った。

「ど、どうも」

 ちょっと嬉し恥ずかし妖夢。

「ふ~ん、こんな風にして勘違いさせるわけね」

「女の敵ですよねー」

 たまにイカした言動をする魔理沙。
 若い人妖(ちなみに女ばっか)を不必要に惑わしていると評判なのだ。

「人聞きの悪いこと言うなよ」

「それはともかく、おつまみには良いんじゃないですか?」

 早苗もカシっとクラッカーを齧る。

「でも、これだけじゃなあ」

 パリョッと魔理沙も齧ってみる。

「このままでも美味しいですけどね」

「ええー、私はイヤだぜ」

「魔理沙さんは好き嫌いが多すぎますよ」

「じゃ早苗、お前水気なしでこのまま十枚食って見ろよ」

「十枚? いいですけど」

 ザクッザクッ、ガッショ、ガッショ

「食べましたよ」

「どうだ旨いか?」

「はい」

「……もう十枚いけ」

 ザクッザクッ、ガッショ、ガッショ

「食べましたよ」

「どうだ?」

「特には。何が言いたいんですか?」

「くそっコイツじゃダメだっ 妖夢!」

「はい?」

「十枚だっ とにかく食え」

「ふえ?」

 カリッ、モショ、パリッ、モショモショ

「く、口の中が乾いて、喉が苦しいですよ。十枚も無理……ケホッ」

 涙目で訴えている。
 五枚でギブアップだった。

「そーだ、それが普通なんだよ」

 妖夢に湯呑みを渡しながら早苗を睨みつける。

「普通? 私が普通じゃないとでも?」

「妖夢と自分を比べてみろよ」

「あ、それって女子力が足りないと言う結論ですか!?」

 こと女子力問題になると早苗は勘違い込みの過剰反応をする。

「んー、そう思ってるんならそうだろうぜ」

「納得がいかないんですけどっ」

「もういーだろそれは。
 大体、こんなモン、このままガツガツ食べたって旨かないぜ」

「そうですかねー」

「霊夢、お前もいつまでも齧ってないでどうしたら良いか考えろよ」

「うん(モショモショ) ほーねえ(モショモショ)」

「オリーブやカマンベールチーズ、アンチョビなんか乗せるとおしゃれですよね」

 まったく凹んでいない早苗が外の世界の常識を口にした。

「そんな得体の知れないモン無いわよ」

 霊夢にとっては聞いたこともない食材だ。

「他に乗せられるモンないのか?」

「梅干しあるわよ」

「多分、合わないぜ」

「じゃタクアン」

「正気か?」

「あとはゴマせんべい?」

「真面目に考えろっ」

「はーい、味噌を塗るのはどうですか?」

 早苗が手を挙げた。

「んー、悪くなさそうだけど飽きそうだな」

「せめてチーズがあれば良いんですけどね」

「チーズは無いけど、バターはあるわよ」

 霊夢の一言。

「へー、意外だな」

「使いみちが無いのよねー」

「長く置いておくと悪くなっちゃいますよ」

「霊夢もパン食べないもんな」

 魔理沙はこれまでにパンは十三枚しか食べていないと広言しているが、最近はアリスのところで食べる機会が増えている。
 しかし、この連中に言うべきではないと判断した。

「クラッカーにバターか、まあ順当だけどな」

「おつまみにはどうですかねえ」

「あの」

 妖夢が真似をして手を挙げる。

「はい、魂魄さん」

「味噌バターはどうでしょう?」

「……混ぜるのか?」

「そう言えばそんなディップがありますね」

「霊夢、取ってきて良いよな?」

 魔理沙はすでに腰を浮かせている。

「どーぞ、ご勝手にー」

 味噌とバター、ねりねり混ぜるだけ。
 早速塗ってみる。

「(ジョリッジョリ)むっ、良いんじゃないか?」

「ちょっと塩気がきついですけど(ゾリッゾリ)」

「酒のつまみだからだから丁度良いわよ(シャクシャク)」

「妖夢っ」

「はいっ?」

「ぐっじょーぶ!」

 魔理沙のかけ声に併せて霊夢も早苗も親指を立てた。

「ど、どうも……てへへ」

 ------------------------------

「さっきも言ったけど、今日、宴会だからね」

「またですか」

 早苗は嬉しそうではない。お食事会ならエニタイムウェルカムだが、下戸なので宴会はちょっと苦手。

「針妙丸はどうしたんだ?」

「今日は萃香に預けてあるわ」

「大丈夫なんですか?」

「結構気が合うみたいよ」

「でも、一寸法師は鬼退治したんですよね」

「あのコが退治したわけじゃないもの」

「無茶しなければいいんですがね」

 小さくて可愛いモノが好きな早苗は、針妙丸を気に入っているようだ。

「針妙丸に何かあったら角をへし折るって言っておいたから」

「コイツ、ホントにやりそうだからな」

「それって、モンスターペアレンツの域じゃありませんか?」

 確かに過保護に見える。

「何か仕度しておきましょうか?」

 手持ち無沙汰にしていた妖夢が提案した。

「そうだな、そろそろ始めるか。今日は何を作るんだ?」

「今日はねー、鶏皮の醤油煮、ピリ辛こんにゃく、厚揚げネギ味噌、レンコンのキンピラ、ナスの浅漬け、キュウリとネギのゴマ油塩和え……そんくらいかしら」

「それだけですか?」

「テキトーで良いのよ。あとは持ち寄り。きっとレミリアのところが豪勢なツマミを持ってくるでしょうよ」

「ヒト任せかよ」

「アリスはキッシュを持ってくるって言ってたわよ」

「キッシュとは何ですか?」

 妖夢が素直に質問した。

「ま、パイだな。パイ生地に玉子やチーズ、ハムなんかを入れて焼いたヤツだぜ」

「お酒に合うんですか、それ?」

 早苗はやや懐疑的。

「アリスのパイはバリエーションが多いからな。こんな時はチリソースを使うんじゃないかな」

「ふん、嫁のレパートリーは把握してるってわけね」

 霊夢が面白くなさそうに言う。

「嫁って……そう言うのよせよ」

「え! アリスさんはお嫁さんなんですか?」

 ビックリ妖夢。

「まだ愛人枠ですけどね」

 最近スレてきた早苗が余計なことを吹き込む。

「じゃあ、ほ、本妻はどなたなんですか?」

「ここにいるじゃない」

 自分の膝をパシィッと叩く霊夢。
 アリスが嫁って言ってたくせに。

「知りませんでした……」

「まー、嫁いでくるのは魔理沙の方だけどね」

「あ、あの、おめでとうございます!」

「そうきましたか。なかなかの跳躍力(ぶっ飛び)ですね」

「よーーむー、コイツらの言うこと、いちいち信じちゃダメだぜ」

 魔理沙はうんざりしている。

「そうなんですか?」

「私はどこであろうと嫁になんか行かないぜ」

「今は好きなように生きなさい。グッフッフフ」

 霊夢の不気味な笑いに場が静まりかえる。

「戦い疲れ、全てを失い、ボロボロになった霧雨魔理沙が最後に帰るのは私のところなのよ」

「なんだかカッコいいです……」

「意味深ですね」

「あのな、そーゆーの無いから、絶対無いから」

 ------------------------------

「仕度しませんか?」

 妖夢が腰の重い三人組に再び提案する。

「先ほどの内容でしたら、難しいものはありませんので私だけでも大丈夫ですけど」

「へえー、頼もしいぜ」

 白玉楼には食事専門の係(霊)は別にいる。
 だが、作れないわけではない。食道楽の西行寺幽々子を満足させるほどの凝った料理は作れないが、簡単な惣菜や酒肴なら手早く用意できる。
 生来の気働きに加え、手際がとても良い。
 その実力は食の激戦地とうたわれる命蓮寺でも認められているほどだ。

「あと、メインはおでんね」

 霊夢が今更のように付け足した。

「そうなんですか?」

「私が食べたいのよ」

「そーゆー大事なことは先に言えよな」

「だから皆で仕度するわよ」

「おでん、いいですね。幽々子様もお好きですからよく作るんですよ」

「具は何にするんですか?」

「玉子、大根、こんにゃく、がんもどき、牛すじは用意してあるわ」

 ちなみに生鮮海産物が流通していない幻想郷では〝練り物〟が無い。

「牛すじ、今から煮込むのか? 味がしみないだろ?」

「んー、下茹でして、切って、串に刺して、煮込んで……三、四時間あるから大丈夫でしょう」

「自信あんのね? んじゃ、牛すじは早苗に任せるわ。五十本くらいよ、私好きだから」

 トロトロの牛すじにカラシをちょんちょん。これは堪えられない。
 霊夢はカラシではなく、一味唐辛子を少量振る。大好物なのだ。

「ご、五十本ですか?」

「霊夢さん、串打ちには意外と時間がかかりますから私もやりますよ」

 妖夢が助け舟を出した。
 段取りの現実的なイメージが描けるからこその発言だ。

「大根は蒸し器で下拵えね」

「茹でるんじゃなのか?」

「蒸した方が味がしみやすいのよ」

 これは本当のこと。蒸し器があれば是非試していただきたい。

「あと玉子も茹でておきませんとね」

「おでんの玉子、大好きです!」

 妖夢が邪気のない笑顔を皆に向けた。

「あれがキライってヤツは滅多にいないよな」

「私、何個でも食べられますよ」

「あのね早苗、一人一個に決まってんでしょ」

「ええっ? そうなんですか?」

「そんなのクラッカーよ」

「は? おでんにクラッカーですか?」

「霊夢は『あたりまえだ』と言いたいんだぜ」

「わっかりにくいですね~」

「あんたに言われたかないわ」

「どういう意味なんですか?」

「あー『俺がこんなに強いのは、あたりまえだのクラッカー』ってフレーズがあってだな……」

 魔理沙は妖夢に不毛な解説をしながら思った。

(何でこんな説明をせにゃならんのか?
 あれ? 妖夢が普通なのか? 私たち、普通じゃないのか?)

「楽しみです」

「あとは何入れましょうか」

「ジャガイモもイイんだけどな」

「崩れると濁って粘りが出ちゃいますからねぇ」

「やめましょう」

「ちくわぶは? あれって太いうどんだよな?」

「女将さんのところではありましたね」

「女将さん?」

 早苗の発言に霊夢が反応した。

「ミスティアさんですよ、以前お世話になったんです。
 ……あ、これ内緒でした、なんでもありませんっ」

 以前早苗がナズーリンと上白沢慧音から受けた【特別補習講座】。
 その実践編で早苗の妖怪に対する認識を変えた一人がミスティア・ローレライだった。
 でも、このことは公にはしていない。
 口が滑ってしまった。

「まあ、いいわ。でも、ちくわぶは買ってないから無しね」

 早苗の挙動を見た霊夢は追求をやめたようだ。

「なあ、いそぎんちゃくはどうするんだ?」

「……なに?」

「あ、分かりました。魔理沙さんたら、それを言うなら腰ぎんちゃくですよ」

 立ち直りの早い早苗がドヤ顔で訂正した。

「あの、きんちゃく袋のことですよね? おでん種のことですよね?」

 困り顔の妖夢が口を挟んだ。

「妖夢、放っておいてイイわよ」

「きんちゃく袋か……地域によってはそう言うらしいぜ」

「あれ、面倒臭いわよ。イヤよ」

「またそう言うしー」 

 巾着袋、油揚げの中に各種具材を入れ、煮含めたり揚げたりする。
 元はお祝い用で縁起物とされていた。しのだ袋、宝袋、延命袋とも呼ばれる。

「ウチ(白玉楼)ではもっぱら【延命袋】と呼んでます」

「あんたのところで〝延命〟ってどうなの?」

「…………言われてみれば……そう、ですね」

 霊夢のツッコミに激しく動揺する冥界のチャンバラ娘だった。

「コンテンツはどうなんですか?」

「こん……てんつ?」

「内容、具は何にするかって言いたいんだろ」

「ウチはインゲンとニンジン、鶏肉と豆腐ですね。
 命蓮寺のはシメジ、ネギ、お餅、そしてぎんなんが入ってました」

 稽古のあと、たまにお寺の夕飯にお呼ばれする妖夢。

「むう、どっちのも旨そうだなあ」

「どちらも厨房力が高そうですものね」

「ちゅーぼーりょく? なんだそりゃ?」

「造語です」

「意味するところはなんとなく分かるぜ」

「で、どうですか霊夢さん」

「だから、やらないって。イヤって言ったでしょ」
 
「おい、早苗」

「はい」

「【おねだりの歌】……いくぜ」

「了解です」

 二人はささっと並んで立つ。

「なに? また、歌?」

 霊夢の顔が曇る。
 
「せーの、
『たーべたいなー たべたいなー
 きんちゃくぶくろがたべたいなー
 おねがいしますよ れーむさんー』」

 魔理沙と早苗が首を左右に傾けながら斉唱した。

「……今の、【桃太郎】の節ですか?」

「そうだぜ、ほら、妖夢も一緒に」

 魔理沙は妖夢の腕をとって隣に立たせる。

「は、はいっ」

 なんだか流されちゃう妖夢ちゃん。

「せーのっ、
『たーべたいなー たべたいなー
 きんちゃくぶくろがたべたいなー
 おねがいしますよ れーむさんー』」

------------------------------

「ふううううーーーー」

 目を閉じたまま、長々と息を吐き出した霊夢。

「中身は餅とネギと生姜。あんたたちが作んのよ」

「やたぁー!」

 ぱちんっ どんっ
 三人はハイタッチして胸をぶつけ合う。

(んん?……妖夢、いつの間に?)

 魔理沙は自分と妖夢はどっこいだと思っていた。
 だが、何かが有る。早苗ほどではないが、明らかに何かが有る。

「袋の口はどうやって閉じます?」

 疑念は早苗によってかき消された。

(まあいいや)

 この問題は次の機会に検証することにした。

「カンピョウ? 無いわよ」

「爪楊枝でいいだろ?」

「あれ、ちょっと怖いです」

 そう言って口をすぼませる妖夢、ちょっと可愛い。
 早苗の眉がピクっと上がった。
 女子力センサーに〝感アリ〟だ。

 爪楊枝。気を付けていればどうということはないが、なにせ酒の席。
 万が一があっては大変だ。

「ウチ(白玉楼)ではミズナをさっと茹でて、紐にしてるんですが」

「あ、それイイな」

「シャレオツですね」

「ミズナか……一束あったわね」

------------------------------

「七輪、二つあるから使って」

 玉子、コンニャク、牛すじは茹でる。
 油揚げとがんもどきは油抜きをする。
 大根は蒸し器にかける。
 とにもかくにも〝お湯〟がたくさんいるのだ。
 神社の台所の火点は二箇所。一つは大鍋でおでんツユを作るので火の口が足りない、そこで七輪も使うわけだ。 
 効率良くやらないと時間が無くなってしまう。

「なあ霊夢、あと何入れようか?」
 
 魔理沙が七輪を熾しながら聞いた。

「もう十分でしょ?」

「外の世界では、一時トマトが流行っていましたよ」

「トマトォ?」 ×3

 早苗の発言に、こちら生まれの三人は声を揃えてビックリ。

「私は試したことはありませんけどね」

「そんなの、クズっクズになっちゃうだろ?」

「一緒に煮るわけではないみたいです。ヘタとって切れ込み入れて丸のまんまツユで別煮ですかね。五分くらい」 

「そんなんじゃ煮えないでしょ」

「おでんのツユ味で暖かいトマトをかじり食べるって感じですかね」

「んー、どうなのかな、冒険だぜ」

「入れてみますか?」

 妖夢が誰にともなく問うた。

「……今回はやめときましょ」

 霊夢の結論は全体が首肯するところだった。

「シイタケは? 良いよな?」

「ダメよバカ」

「おいっ バカってことないだろ?」

「聞いたことありませんね」

「くそー……妖夢!」

「はひ?」

「【おねだりの歌】だっ」

「私も……おでんにシイタケはちょっと……」

「ぬおっ 孤立無援かよっ」

 結局、これ以上具は増えなかった。

------------------------------

 四人はそれぞれに手を動かしながらおしゃべりを続ける。

「妖夢は穏やかになったわよね」

「前はいきなり斬りかかってきたからな」

「へー、そんなことがあったんですか」

「あ、あれは、その……黒歴史です」

 寅丸星から凶器を携える武人の心構えを教えられている。
 もうあんな真似はしない。いやできない。

「黒歴史……」×2

 魔理沙と早苗は顔を見合わせる。

「なるほど妖夢の黒歴史か、これであとは霊夢だけだな」

「なにがよ」

「黒歴史を晒していないのは霊夢さんだけってことですよ」

「不公平だぜ」

「だって私、そんな恥ずかしい過去、ないもーん」

 そう言って両の人差し指を頬にあて、いかにもの作り笑いを浮かべる。

「なーにが『もーん』だよ。
 あのな、そーゆーの気味が悪いぜ。全然可愛くないから」

「普段のイメージがありますしね」

「霊夢さんは美人だと思いますけど」

「へ?」×3

 妖夢の発言に霊夢までも驚いている。

「幽々子様も紫様もそう仰ってますし、私も綺麗だなって思ってます」

 嫌味でもお世辞でもないピュアな言葉。
 まあ、霊夢が美人なのは間違いない。
 いろいろたくさん山ほど注釈は付くだろうけど。

「マジか」

「そ、そうなんですか」

「妖夢、おでんの玉子、三個食べていいわよ」

「ホントですか?」

 ピョコッと飛び上がって喜ぶ。

「あー、私も霊夢は美人だと思ってるぜ」

「ええ、もちろん私もですよ」

「……あんたたちは馬糞でも喰らいなさい」

「ひでっ!」

------------------------------

「ふうー、牛すじの串、準備完了です」

「きんちゃく、包み終わったぜ」

「大根も蒸けたわね。おツユも仕度できたから大鍋に入れていって」

「ゆで玉子、大根、こんにゃく、がんもどき、牛すじ、きんちゃく……揃いましたね」

「さあ、どんどん入れてくぜー。
 ウッファーウファウファ、ウッファッファアー
 おおきーなやまーを――」

「張り倒すわよ」

 大鍋におでん種をどんどこ投入する。

「くつくつ煮立ったらアクを掬って火から降ろしてよ。
 煮っぱなしはツユがしみないから」

「冷めるときに味がしみますもんね」

「おでんは私が面倒見ておくぜ。おっとその間にカラシだカラシ」

 粉ガラシは少しの水で硬めに溶いてしっかりねりねり。この練り込みで辛味が出るのだ。
 そして食べるときにお湯でゆるめる。

「むわっ!」

 カラシをかき混ぜていた魔理沙が顔を上げて叫んだ。

「魔理沙さん?」

 妖夢が様子をうかがう。

「これ」

 カラシを練った茶碗を妖夢の鼻先に突き出した。

「へ? ……ふにゃあああー!」

「な? スンゴいツーーンときたろ? へへへ」

「ま、魔理沙、さん、ヒドいっ」

 あっという間に涙目の妖夢。

「あんたたち、遊んでないで手を動かしなさいよ」

 おでんは一段落ついた。

「おでんは結局のところ、ツユとカラシで食べるんだよなー」

「ちょっとのおツユに玉子の黄身を溶いて、それで食べる大根がイケるんですよねー」

「はー、美味しそうですー」

「おっしゃ、他のツマミも作るわよー」

 霊夢がネクストステージを指示する。

「はーい、こんにゃく炒めまーす」

「厚揚げ焼くぜー」

「レンコンとキュウリ、ナス、切るのは私がやりますね」

 たったか、たかたか、と進んでいく。
 この四人の連携はなかなかのものだった。

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 そして宴会開始。

 レミリア、咲夜、幽香、アリス、幽々子、河童や天狗、そして小妖や妖精たちが集う。
 わいのわいのといつものように賑々しい。

「おでん配るわよー、欲しい奴は取りに来なさーい」

「待ってました!」

「ひゃっほーう!」

 博麗の巫女の宣告に歓声が上がる。
 皆がわらわらと寄ってきた。

「大根、大根」

「がんもどきちょーだい」

「おー、宝袋だあ!」

 博麗神社のおでんでは珍しいきんちゃく袋が好評のようだ。

「妖夢は玉子三個ねー」

 冗談めいた約束だったが、霊夢は忘れていなかった。

「え? ホントに良いんですか?」

「たくさん手伝ってもらっちゃったしね」

「ありがとうございますっ」

(幽々子様に一つ差し上げて、二個ずつ食べようっと、うふふふ)

 こんな些細な幸せでも主と分かち合いたい妖夢。  

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「今日は妖夢からスタートだぜい!」

 宴会も中盤、そろそろ余興の時間だ。
 司会の魔理沙が指名した。

「私ですか?」

「なんでもイイぜ、景気付けだからっ」

「でも……」

 根はとても恥ずかしがりの純情少女。腰が引けてしまう。

「よーむ~、がーんばって~」

 幽々子がニコニコと応援してくれている。

「はいっ」

(そうだ、いつまでも引っ込んでちゃダメだ。よし、今日は歌にしよう!)

「では、エントリーナンバー1番、魂魄妖夢、歌いますっ」

 立ち上がって背筋を伸ばし気を付けの姿勢。

「いよっ 待ってましたー」

「妖夢の歌って初めてじゃない?」

 やんや やんや パチパチ ピーピー

『……あーる晴れた ひーる下がりー いーちばーへ続くみちー』

 ざわっ

『にーばーしゃあが ごーとごーと こーうしーを』

 ひゅうーーーぃ

『どなどなどおなーどおなー』

 場内は夜風が通り抜ける音しか聞こえない。
 なまじ上手なだけに笑えない。そしてノれない。
 だが、参加者の大方の見解は――

(なんだか可愛い。……これはこれで……アリだな)

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 おまけ。

 そのあと、酔っ払った守矢神社の風祝は【金●の大冒険】フルコーラスをノリノリで歌い上げた。

 そして翌日から一週間、部屋から出てこなかったそうな。



          閑な少女たちの話    了
紅川です。
本編がまだ仕上りません。ナズーリンはもうちょっとお待ちください。
ホント、ダラ~っとした話です。
妖夢の設定は本編ナズーリンシリーズを見ていただくと分かるかも……
キングコングやパーマン(初代アニメ)とか、いつの話なんでしょうね。
例大祭「か41b」です。声をかけてくださると嬉しいです。
新刊は命蓮寺閑話書きおろしです。
リニューアルしたサイトも御覧ください。
紅川寅丸
http://benikawa.official.jp
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コメント



0.550簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
もうおでんも終わりの季節ですねぇ。
しかし海産物はないのに西洋料理のスパイスや調味料類なんかはあるのが何やらちぐはぐな感じが…。
霊夢の黒歴史…昔はもっと丸々としてて、自力で飛べず魔理沙に特訓と称して高いところから落とされたりしてたこととかかな。
4.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
6.90名前が無い程度の能力削除
おでんのタねは全国1位が大根で2位が玉子らしいですな
3位以下は地域でばらばらっぽいですが
自分は玉子が一番好きです
10.100名前が無い程度の能力削除
nice
11.10019削除
先生、何をしているんですか・・・
せっかくですから「極付け!お万の方」も歌わせないとw

12.90名前が無い程度の能力削除
魔理沙と早苗はすっかりブタゴリラみたいなボケが板についてますね…
14.90大根屋@例大祭お-39b削除
おでんと言えば大根! そりゃあ大根屋ですもの、使って戴かねば名が廃ります。
そんな私ですが、一番好きなおでんの具は玉子です。(ぉぃ
例大祭は確かに位置が近いですねw 御来訪をお待ちしております。是非お越しくださいませ(拝)
16.90名前が無い程度の能力削除
平和でいいなあ…。楽しそうでいいなあ…。
17.無評価紅川寅丸削除
3番様:
 ありがとうございます。幻想郷は外の世界と地続き、すべてではありませんが、保存の効くものは流通している、と設定しております。原作でも西洋風の特殊なものは紅魔館が【独自のルート】で手に入れているとありましたから良いかなあ……と思っています。

奇声様:
 いつもありがとうございます。

6番様:
 3位は【結びシラタキ】が強いようですね。ありがとうございました。

10番様:
Thank you for reading this to the end!

19様:
 いや、ここは【吉田松陰物語】くらいに抑えたいと……

12番様:
 ありがとうございます。本来は霊夢がボケ役のはずだったんですが、どうしてこうなっちゃったんでしょう?

大根屋様:
 たくさん食べられるかなと思って、うずらの玉子を試したことがあるんですがダメですね。他の具に押されてクズクズのバラバラになっちゃいました。
 おうかがいしまーす。

16番様:
 ありがとうございます。のんべんだらりともう少し続けます。
18.100絶望を司る程度の能力削除
妖夢ちゃんかわいすぎんだろ・・・・・
19.100名前が無い程度の能力削除
この妖夢かわいい
21.無評価紅川寅丸削除
絶望様:
 いつもありがとうございます。妖夢は私にとって「大事な箱入り娘」ですからww

19番様:
 ありがとうございます。これからも妖夢をご贔屓に願います。