Coolier - 新生・東方創想話

異文化レミフラ論

2015/03/19 16:30:54
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① クールなレミリア×ネガティブなフランの場合







また、お姉様の物を壊した。

今度こそ大丈夫だって思ったのに
せっかく勇気をもらったのに


――わたしはまた目の前で、自分の希望を破壊した





 広くもない地下室の真ん中、フランドールは地べたに座り込んでいた。
この部屋には家具がない。冷たい床を遮るイスもなければ服をしまうクローゼットもないし、安眠できるベッドもない。

理由は簡単。
壊してしまうから。
だったら最初から家具なんて置かなければいい。フランはそう思っていた

だから咲夜に家具の設置を提案されても、フランは全部断っている。
――咲夜は優しい

今回のことだって咲夜が提案してくれたものなのだ。
レミリアとフランは姉妹でありながら、同じ館にいても環境の違いからまったくコミュニケーションが取れていない。
レミリアから話しかけることも見たことないし、まるで妹に関心がないのか気にかける様子もない。
そしてなにより、フランは冷たい姉を恐れて敬遠していた

そんな繋がりのない姉妹関係を見かねた咲夜が、フランに提案したのだ。

〝妹様。明日の昼ごろ、お嬢様の部屋でお茶会を開くことになりました。それで是非、妹様も出席していただけたらと思いまして。………大丈夫ですよ。私も一緒にいますから〟

そう言ってお膳立てをしてくれた。
聞かされたフランは最初こそ怖じ気づいていたが『もしかしたら姉と仲良くなれるかもしれない』と思い、咲夜の提案にうなづいた。緊張はするし怖いけど、こんな自分たちのことを考えてくれた彼女に感謝していた

 それなのに


「ごめん……ごめんね、咲夜……」


体育座りをしながら一人、消えてしまいそうな声で呟く。
さっきのことを思い出すと胸がまた痛んだ




扉の前までは平気だった
咲夜も隣にいてくれたし、一緒に選んだお茶菓子も手に持っていた。
おしゃべりする話題も考えて、
笑顔もぎこちなくないよう練習した。
だけど――



咲夜に促されて扉を開けると、まず目に映ったのは足を組んで椅子に座っている姉。
特に何かしているわけではないのに、それを見ただけで

――体が固まってしまった


そんなことはつゆ知らず、自分たちに気づいた姉がこっちに顔を向ける
ずっと昔から変わらない冷めた顔は作り物のようで
関心をもたない瞳は自分がみえているかもわからない。
そんな姉を前にして、今までシミュレーションしてきた言葉が一切出てこず、頭の中が真っ白になる。
そして

パサっと

袋に包んで持っていたお茶菓子を
落とした

「あっ……」


手ぶらとなった自分の右手に顔を落とす。
すると、そこには〝目〟があった。

ギョロリ、と視線が合う。


(……なんで……なんで、こんな時に、また)



どこまでも深くこちらを見つめてくる真っ赤な目。
これが現れるときは嫌なことが起きる
心がざわついて乱されて、どうにもできなくなって、見てはいけないと頭ではわかっているのに
 視線を外すことはできなかった。

この〝目〟は似ている
奥底にある自分の狂気を見透かすような冷たい〝目〟
姉の目に、似ている


そう思うと固まった体に戦慄が走る


―――嫌だッ!!!


我慢できなくなった心が叫びだし
無意識に、反射的に


キュッと右手を握りしめてしまった



部屋の空気が震え出し、気づいて顔を上げた時にはすでに遅かった。耳鳴りのような甲高い音が響いた次の瞬間、
部屋にあったベッドが粉々に砕け散った


骨組みの破片がレミリアとフランの間を隔てるように飛び散り、豪奢な枕は羽根を撒き散らす。
横にいる咲夜が驚いた声を上げた。


(また、だ……わたし)


先に続く言葉は口から出ることはなく
発作のような呼吸が溢れ出るだけ
混乱する頭の中、両手の震えを見据えたあと、目の前にいるであろう姉に目を向ける。 すると

「…ッ…」

無感情の瞳が怒りに満ち、射抜くように姉がこちらを睨みつけていた

まるで手をつけられない化物を見るみたいに
ただひとりの肉親を、血の繋がった実の妹を、
見ていた


「ぁ……あ…」

それを見て、自分の体が勝手に動くのを止められなかった
一歩、二歩と脚が後ろに下がる。そしてすぐさま駆けるように部屋を飛び出した
後ろから咲夜の呼ぶ声が聞こえたが振り返らない。
もう、なにも見たくはなかった




そんな今朝のことを思い出して再びフランの気持ちは沈んでいく。
地下室に止まない雨が降っているみたいに、この場から動けず力が出ない。
抱えた膝に顔を押し付ける

咲夜の気遣いを無駄にした。姉をまた怒らせた。嫌われた。


「お姉様のあの目……」


最後に向けられたあの目は、いままで自分が物を壊すたびに姉が浮かべてきたもの。突きつけられたもの。
ずっと変わらないトラウマであり姉に近づくことができない原因でもある。
それは言葉のない圧倒的な拒絶。自分に対する憎しみと蔑みを口にすることさえ汚らわしいとでも言うかのように、
ただ睨みつける。血を分けた家族だろうが関係ない。

でもそれ以前に――

「……わたしを妹だなんて、きっと思ってない」

 しかし当然のこと。
こんな危険で不安定な妹がいるってだけでも姉にとっては汚点なんだ
極力かかわらないに越したことはない。同じ屋根の下に入れてくれるだけ、感謝をしなくてはいけないだろう

(でも……)

どんなに長く過ごしても
屋根の下にいても
姉との間にはずっと〝雨〟が降っているみたいだった
冷たい雨が壁となって
まだらに流れる雫がお互いを見えなくさせる。
雨音で言葉も途切れていく


それが昔からの姉との関係
これからも変わることは、きっと――



「フラン」


地下室の扉の向こうで、声が聞こえた
膝にうずめていた顔をバッと上げて音の方向へと視線を向ける。


なにかに心臓が掴まれ、空気が消え失せたように呼吸ができない


(お姉、様……?どうして)


部屋の物を壊したのだ。本来はお咎めがあってしかるべきだろう。
しかし姉はその度にあの〝目〟をするだけで、今まで声さえかけてこなかったのだ
叱ることもしたくないほど、関わりたくないんだと理解していた。
それが、なぜ


「開けるぞ」


そう言って無機質な扉が開かれ、無機質な表情をした姉が入ってきた。
カツカツと靴を鳴らし迷うことなく歩いてくる。
姉が近づいてくる度に自分の鼓動が早くなっていった

やがて目の前までくると静かに自分を見下ろし、冷たい声で言い放った

「なにをしたのか、わかっているんだろうな?」

久しぶりにかけられた言葉は
今朝の破壊を問い詰めるものだった。
それほどに憤りを感じているのだろう

しかし姉の顔を見上げることができない。体育座りで、目線は自然と下を向いていた。
またあの目をしてるかも、そう思うと目も合わせられず唇が震えて声も出せなかった。
だが自分が悪いことは明白で、二度も逃げるわけにはいけない

 覚悟を決め、絞り出すように声を出した

「ごめんなさい……お姉様のベッドを、壊しました」
「……あぁそうだな」

無感情な声から、あからさまに不機嫌そうな声色になって返事をした。
それにまたビクッと肩が震える


少し間があった。そして


「正座をしろ」


再び無感情な声に戻り、告げる


「ッは、はい!」

慌てて佇まいを直し正座をした。
顔は上げられず太ももに置いた手に力がこもる。
今日は今までにないほど怒っているのだとこの時確信し、これから何を言われてどんな罰が与えられるのか、想像しては血の気が引いていく


「そこから、動くなよ」

目線の下にある足が片膝を立てる。
下を向いていても同じ位置に姉の顔があるのはわかった

――叩かれる

そう思ってギュッと目を瞑った



しかし
頬にも頭にも衝撃が来ることはない、
そのかわりに、正座したスカートから伸びる自分の太ももに、柔らかな髪を感じた。

(……え)


予想外の感触に目を開く。
するとそこには 瞳を閉じた姉の顔があった

(うわっ!?)

驚き思わず顔を上げるが、足を動かせないためこれ以上遠ざけることもできない。
何が起こっているのか、どういう状況なのか。頭の中は疑問に塗りつぶされていく。しかし姉はなにも動じることなく、私の太ももに頭を乗せた―――俗に言う〝膝枕〟の状態のまま。

もちろんそんなことをするような仲の良い姉妹でもないし、こんな近くで姉の顔を見たこともない。
なにより恐怖で視界に入ることもできなかったのにいきなりこの距離感は刺激が強すぎた。
というより、なぜ膝枕なのか。
動揺が喉を伝い、かろうじて絞り出した声が震える

「どう………したの?」

正直叩かれると思っていた手前この行動が理解できなくて怖い。
それでも声を出して叫んだりしなかったのは、姉が〝目〟をつむっていたから

「どうしただと? こっちはお前がベッドも枕も壊したおかげで寝る場所がないんだ。ならば、お前が代わりに私の枕になるのは当然の報いだろう」

〝目〟を閉じたまま答える。
不機嫌そうな顔は変わらないが目が合わないからか、いつもよりは怖くない

「…でも……」
「文句があるのか?」
「な、ないよ。だけど、お姉様はいいの……?」
「ふん、良くはないな。足が細くて寝心地が悪い」
「ごめんなさい……」
「これでは私の枕失格だぞ」

まったく、とため息をついた。

少しの時間
二人の間には言葉もなかった。
しかしこの沈黙は不思議なことに気まずいものではなく、先ほどの姉の言葉もとげとげしいものは感じなかった。
まるで眠っているかのように目を閉じる姉と、それを恐る恐る見降ろす自分。別に寝ているわけではないんだろうけど、こんな近くで目を閉じた顔は初めてみるかもしれない。緊張はあるもののまじまじと見降ろす。長いまつ毛が目元に影を作り、スッと伸びた鼻がまるで作り物のような精巧さを感じさせた

(綺麗だなぁ……)


いつの間にかボーッと見惚れていた。それに気づき今更ながら膝枕をしている状況に恥ずかしさがこみ上げてくる。次第に姉の髪が触れている太ももがムズムズしてきて、そんな感覚に戸惑っていると小さく結んでいた姉の口が開いた


「私の目が、怖いか?」


その言葉を聞いて
油断していた身体が強張る。

――知られていた

核心を突かれ、とっくに考えは見透かされていたと、静かに思い知った
ジワリと冷たい汗が背中を伝う。

 それでも

「…………はい……怖い、です」

今はなぜか正直に答えることができた。
怒られるかもしれない、と覚悟したが
姉の顔は、わずかに眉をひそめただけだった

「そうか。やはりな………お前が出て行ったあと、咲夜に言われたんだよ」
「咲夜に……?」
「あぁ。 『なんちゅう目つきしたんですか!そんなだから妹様が怖がるんですよ!謝ってきて下さいっ!』ってな」

ひどい剣幕だったぞ、と目をつむりながら疲れたような顔をする。

それを聞いて、私は少し驚いた。
普段怒ることのない、ましてや主である姉に怒るなんて滅多にないことだから

 呆然と見下ろしていると、姉がポツリと呟く


「…………怖がらせるつもりはなかった」


 やるせないようにため息をついた


「あれは、お前に怒ってるんじゃない。もちろん壊すことは悪いかもしれないが、お前の能力や性格を知っているつもりだった」

 独り言のように
だけども瞼を閉じた瞳からこちらを見据えるみたいにしっかりと言葉を投げかけている。

「今までだってそうだ。いくら物を破壊したって疎ましく思ったことはない………だから、違うんだ。本当に私が、私自身が怒りを覚えるのは………」

 そこで言葉を切り、考え込むように口を結んだ。




「……」


――心が、感情が、乱される
初めて耳にした、姉の想いにまだ整理がつかず混乱したまま
ただ一つ、頭の中に反響するのは

〝お前に怒ってるんじゃない〟

その言葉だけが意識に残っていた。。
ずっと恐れていたあの目は、わたしに向けてじゃない
それなら
それなら誰に対して ?


口を閉ざし、苦虫を噛み潰したような顔をしていた姉が、低く囁いた。

「不甲斐ないんだよ、自分が。 
力に怯えたお前の顔が見えているのに。
声にもならない叫びを肌で感じているのに……――心の、傷つく音が………ッ……聞こえているのに」

苦しそうに言葉をつなげていき、
一瞬語気を強めたが、怒りを自分で抑えるように途中で小さく息を吐いた。

「……どうにもできない自分が情けないし、腹が立つ」

 それだけだ、と吐き捨てるように言った。
それでも目を開けたりはせず、ただ悔しそうに唇をかんでいた


 (……お姉様…?)


見下ろした先の姉は、普段の様子からは考えられないほどに感情をあらわにしている。
こんなにも表情が変わっていく姉をみたことがないしなによりも、自分に対してこれだけ考えてくれていたことに今更ながらにまた、驚いていた

「いや、どうにもできないなんて言い訳だな。お前に言葉を投げかけることすらしなかったからな。それに、私の〝目〟が原因で能力が暴走してたわけだ……滑稽だよ」
「っ、そ、そんなこと」

しばらく出していなかった声はかすれて続かない
それに気づいた姉は、フっと微かに口元が緩む。

「だが、もう怖くないだろう?私の目に怯えるなんて、しなくていいんだから」


怒ってなんかいない


そう言ってくれた


「お姉様……」
「とにかく、だ。明日からこの部屋に家具を置くぞ」
「……え?」
「まずクローゼット。なんだこの脱ぎ散らかした衣服は……変な輩がきたらどうする。当然ベッドもだな。私も注文するからお前のも一緒に頼むぞ。フン、私だっていつまでもこんな寝心地の悪い膝に頼りたくない。それと時計も壁に掛けるから生活リズムを整えろ。あとは小物入れと本棚と」

 早口でまくしたて次々と決定していく。
言葉を挟む間もなかった。えと、あの、と戸惑っていると

「それとテーブル、椅子もだな。茶会のもてなしぐらいはできるようになってもらわないと困るぞ。 今度は、お前が招待してくれ」
「………」

その言葉にすぐ、返事はできなかった。
だけど



「…………今のわたしに、できるかな?」

絞り出すように声を出す。
怒ってはいないってわかったけど、だからといってこれから普通の姉妹みたいにできるか不安だった。今までが長すぎた。
またなにかの拍子で能力が発動したら、今度こそ姉は距離を置く。
だって次は姉の〝目〟が原因じゃない。わたし自身の問題になるから

 そうなったらまた、わたし達の間に雨が降ってしまう。

きっとこの地下室は浸水して
わたしも呼吸ができなくて
二度とあがって来れない


それでも
早くわたしは、この人の妹になりたかった
認めてもらいたかった
ずっと迷惑をかけてきたわたしがこの人の妹である資格を得るには、〝普通〟にならなくてはいけない。姉妹が目を見て話せないなんて、おかしいんだ。
わたしが普通にならないと
姉妹になれない


しばらく考えていた姉は、重い口を開くと、冷然と答えた


「色々言ったが、私も長い間お前から目を背けていた。 ………今のお前が、すぐにでもそんなことが出来るとは思わない」
「…………そう、だよね」
「あぁ、だから―――明日からはまずお互いの〝目〟を見ることから、始めよう。 最初はそれでいい」


決して大きな声ではない
それでも凛と、力強い声が響く


「ただ、今日だけはこうして〝目〟をつむってやる。私は今とてもとても、眠いからな」

「だが明日からは違うぞ。 もちろん今のお前には茶会を開くことも、目を見て話し合うこともできないのはわかってる。しかし焦ることはない。私たちは他人じゃないし、すぐにでもお互いに慣れて、距離を詰めなきゃ離れるようなものではないんだ」

淡々と告げる
おかしいことなどなにもない、と疑いもしない

「部下でもないし、友でもない。私たちはもっと確かな繋がりであるはずだ。……生まれた時から決まってたはずだ」

呆れたような声色で
それでも柔らかに、諭すみたいに言葉を紡ぐ



「――お前は、私の妹だろう」



見えていないはずなのに
惑うことなく伸ばした姉の手が、慣れない手つきでわたしの頬をなでる
冷たく感じた指先は一瞬だけ、触れられた箇所から温かな余韻を残していく

少しがさつで不器用な撫で方
でも、まるでそこにいるのが当たり前だと
そう言ってくれているような

優しい手




「…………」


緊張で強ばった肩の力がゆっくりと抜けていくのを感じた。
へたり、と腕が下がる


勝手に絡まって、固まって、動けなくなっていた心が簡単に解かれていく
 


(あぁ………そうだ…)


澄んだ頭の中、何かでボヤける視界の中、当たり前のことを今更になって思った


――生まれた時からわたしは、お姉様の妹なんだ


こうだから姉妹じゃない
こうじゃなきゃ姉妹じゃない

そう考えていたのはわたしだけで
そんなのは最初から間違ってて

 お姉様はずっと わたしを


「間違ったことを言ってるか?」
「…………ううん」
「姉とも思わないほど、私が嫌いか?」
「……ううん……そんなこと、ないよ」
「だったらいい、私も同じだ。………今はこれで充分なんだよフラン。いつか二人の茶会を開くための、長い長い下準備だと思えばいいじゃないか。 私はその膨大な時間を、お前と少しづつ近づける瞬間を、楽しみにしてるよ」


撫でていた手をゆっくりと下ろし、
口元だけで微笑んだ。

閉じた瞳は自分を映すことはなくても、まるですべてを見てくれているような
それはどこまでも安心できる優しい笑みで。
もうそこには、目を背け無感情に接する姉はいなかった。今日開かれるはずだったお茶会で紅茶を飲みながらお菓子をつまみながら、自分に向けて欲しかった笑顔を浮かべる姉がいた。

――ずっと見てくれていた、ただ一人の、わたしのお姉様がいた


「……ん?」

ふと
姉は自分の顔にかかる温かいモノに気づき、再び苦笑して困ったように呟く

「吸血鬼が雨に弱いのは知ってるだろう?…………しょうがないやつだ」
「はい……ごめん、なさい……」


わたしは顔を両手で覆ったまま
それでも絶えず、こぼれる温かさは
細く震える指の隙間から


――流れていった






芯から冷える地下室で
二人のあいだに雨が降る 温かな雨が降る
流れる水を忌み嫌えど
妹想いの吸血鬼は、そこから決して動かずに
眠るように目を閉じて
その雨だけは受け止める

それでも願わくは






―――明日は地下が、晴れますように








② 女王『S』レミリア×良妻『M』フランの場合




「今帰ったわ」

レミリアが紅魔館の玄関を開けた。寒い外の空気から一転、暖かい部屋の温度に冷たくなった耳が染みる。同じく外出に付き添っていた咲夜が静かに扉を占めた。

「おかえりなさい、お姉様」

外から帰ってきたレミリアに、妹のフランドールがふんわりとした優しい笑顔で出迎える。
見てると心まで暖かくなるような笑みは、外の寒さを忘れてしまうみたいだった。

――いつからここにいたのだろう

廊下から走ってくるのではなく、扉を開けた時から既に玄関に立っていたフラン。
主人を待つペットみたいに姉を待っていたのだろうか
そんな様子を気にすることなく、レミリアは防寒具のボタンを外しつつ部屋へ向かうため歩いていった

「あ、コート預かるよ。今日は寒かったし、疲れたでしょ?」
「ありがとう。ええそうね、朝から出掛けてたから体に応えるわ」
「……どこへ、いってたの?」

コートを両手で抱え、子犬のように寄り添ってレミリアについていくフラン。
精一杯笑顔で話しかけるも少し言葉に詰まってしまう。
それを見てレミリアは気づかれないようほくそ笑んだ

「アリスの家へ行ってたわ。あと霊夢、魔理沙も一緒よ」
「……そうなんだ。たのしかった?」
「ええ楽しかったわ。あの三人と遊ぶと時間も忘れちゃうわね。そうそう、アリスって紅茶を淹れるのがとても上手なのよ?咲夜も驚いてたわ。それと魔理沙ったら普段はあんないい加減なやつなのに手土産にサンドウィッチを作って持ってきてくれたの。恥ずかしそうにアリスへ手渡してたのがおかしくおかしくて。でも一番面白かったのは霊夢ね。あの子、ティーカップを湯呑みみたいに手で底を抑えて飲んだのよ。皆で笑っちゃったわ」

レミリアが楽しそうに友人たちと遊んだ様子を喋る。
しかしそれとは逆に、傍らで聞いていたフランは段々と笑顔がぎこちなくなっていった
ぎゅっと胸が締め付けられるような痛みがフランを襲う

「それでね、また遊ぶ約束をしたのよ」
「たはは、よかったね……」
「今度は私もなにか持っていこうかしら?咲夜に頼んで焼き菓子とか」
「うん……」
「皆で遊べるボードゲームもいいわね。あー会えるのが待ち遠しいわ」
「……」

フランは目を伏せ、歩みを遅めた。痛む心を紛らわすようにコートを強く抱きしめる。
それに気づいたレミリアは振り向いて、下を向いてついて来る妹を見据えた
妖しく微笑むとフランの肩に触れ、その場で足を止める。
そして、そっと耳打ちをした

「あとで私の部屋に来なさい?」

顔を上げたフランを横目に
レミリアは自分の部屋へ戻っていった






「来たよ、お姉様」


恐る恐るといった様子で扉を開け、フランは姉の自室に入った。

「待ってたわフラン」

ベッドに腰掛けていたレミリアは妹の姿を確認すると、不自然なほどにニッコリと笑いかける。フランは後ろ手に扉を閉めてソワソワと落ち着かない様子で姉を見つめた。その顔はどこか不安そうで、先ほどの自分の態度を気にしているみたいである。
少しの沈黙の後、フランはささめくように声をかけた

「お姉様、さっき」
「なにをしてるの?」

笑顔から急に冷たい表情となったレミリアは、フランの言葉を無下に遮る

「わかってるでしょ?早くしなさい」
「あっ……ごめんなさい!すぐに着けるね」

そう言うとフランは慌てて胸ポケットから
〝犬用の赤い首輪〟を出すと
それが当然かのように自分の首に取り付けた

「これで、いいかな?」
「ええ。まったく、忘れないでちょうだい? 私の部屋に来たら〝首輪〟をつけるのが約束でしょ?」
「う、うん。ごめんね」
「忘れるぐらいだったら自分の部屋から着けてきなさい」
「え……だってそれは……みんなに、見られちゃう、から」
「そうね。バレちゃうわね?フランが本当は、私の従順な”犬〟だってことが」

妖しく笑う姉の言葉を聞いて顔が真っ赤になる。
レミリアはゆっくり立ち上がると、子犬のように縮こまったフランの前まで近づいていった


――これは昔からの取り決め。
この姉妹の歪な関係を形付ける印だった。
首輪を着けている間、フランは従順な〝犬〟としてレミリアと接し、レミリアは〝犬〟となったフランを気ままに奉仕させる。
いつから始まったのか、始めてしまったのか。最初は単なるお遊びみたいなものだったのだろうが、気づけばその領域を逸した異質なものへと変わっていた。
しかし普通のことではないと、お互いにわかってはいてもやめることはできない。なぜなら――


「言わないでお姉様……こんなの、お姉様以外に見せらんないよ」
「フフ、可愛いわよフラン」

いつまでも慣れることはない首に感じる違和感。
それにレミリアの言葉と絡みつくように自分を眺める視線が重なり、
恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった
ギュッとスカートを握る

「本当に可愛い………さっきみたいに、嫉妬してしまうところもね」
「う……」
「気にしないでいいわよ?ずっと帰りを待っていたのに、大好きなお姉様はそんなこと知らず、あの子達と楽しく過ごしていたんだから当然よね。 あなたがいることなんて忘れて、ね?」

 なぜここにきてそんなことを言うのか
レミリアの辛辣な言葉が突き刺さり、フランは悲しそうにまた目線を下げる。
今にも泣きそうで、瞬きをするたびに潤っていく瞳。
ヘタリと下がった八の字の眉。
下唇を噛む仕草。
誰もが抱き締めてあげたくなるような、庇護欲をそそる姿


――あぁ、なんて顔するの……!


しかし
それを見てレミリアはゾクゾクと背筋を震わせていた。
可愛い妹が恥ずかしさで頬を染める姿も、傷ついて泣きそうな姿も
なんて魅力的なのだろう。
そして首輪。 幼い肢体には挑発的すぎる真っ赤な首輪は、白い喉元をさらに強調し香り立つような背徳感に溢れている。なによりも首輪を付けることにより、こんなにも可愛くて自分のことを慕ってくれる妹を外側からも内側からも支配してるような感覚を得ていた。
この子は私のためだけに首輪を付け、服従していることを見せつけてくれているのだ。
私のためだけに

あぁ これだから やめられない

「ふふ、ごめんなさいフラン。今のは嘘。あなたを忘れるなんてあるわけがない」
「……ぁぅ…ホント?」
「当たり前でしょ?ほらほら、寂しい思いをさせたおわびに今日はケーキを用意したわ。一緒に食べましょう」

レミリアはテーブルに置いてあるショートケーキを指さした
咲夜が作ってくれたケーキはフランの大好物だった

「うん……わー!美味しそうだね!」

悲しそうな顔から一転、パァっとこぼれそうな笑顔で嬉しそうに手を合わす。
その単純で幼い様子にレミリアはまた愛しさを感じた。しかし――

「そうでしょ?……でも困ったわ。フォークを用意するのを忘れちゃって」

ケーキをみて目を輝かせるフランの前でわざとらしくため息をつく。
それをみて、フランは少しの違和感を感じてしまった

「そ、そうなの? じゃあわたしが台所から持ってくるよ」

こういう遠回しの言い方をした時、決まって姉はなにかを企んでる。
嫌な予感がしつつ後ずさり、部屋を出ようと扉に手をかけた。
すると


「待ちなさい」


ドン、とレミリアの手が、フランの顔のすぐ横を通り過ぎて扉を抑えつけるように置かれる。その衝撃に驚いて姉の顔を見上げた

「だれがそんな命令をした? 勝手なことをしないで」

部屋の明かりが逆光となりフランを覆うようにレミリアの影が差す。
身長も少しレミリアが高いだけのはずだが、なぜかいつも以上の圧力をフランは感じていた。光を背にしたレミリアの暗い影に、鋭く紅い瞳が一層目立つ。
その姿と、姉に追い詰められているような体勢に、胸の鼓動が早くなる

「ご……ごめんなさいお姉様」
「わかったならいいわ。まったく、犬としての自覚を持ちなさい」

扉から手を離し、近くの椅子へ座るレミリア。
解放されたもののフランはまだ少しドキドキしていた。

「そもそも、フォークなんてあなたにはいらないでしょ? ほら」

レミリアはテーブルに置いてあるケーキに手を伸ばす。
そしてスポンジを覆う生クリームを指ですくい取ると、その指をフランの方に向ける

「さぁ、召し上がれ」

悪びれもせず、ニコッと微笑んだ



――どう考えても妹への接し方ではない。
しかしそれでも、フランは姉に逆らうことはできなかった。
そういう躾をされてきたから身体が勝手に動いてしまうのだ

この状況を理解してフランは姉の方へとフラフラと歩いて行く。

椅子に座り、楽しそうにフランの様子を見届けるレミリアの前で両膝をつき、目の前に向けられた指をボーっと眺める。
白く細い指にまとわりついたクリーム。その何とも言えない淫靡さにフランは一層緊張した。ゴクリと息を呑む。だがこのまま躊躇していてはいつまで経ってもおわらない。きっとこの姉は、命令をちゃんと遂行するまで許さないだろうから。
覚悟を決めたフランは口を開け、レミリアの指に顔を寄せていく
緊急のためか呼吸が少し乱れる。それでもなるべく指に触れないよう、小さくついばむように指の上のクリームを唇で挟んだ。
ちゃんと取れたことに安心しつつ、ゆっくり顔を離し、唇のクリームを舌で舐めとる。軽い甘さが口に広がった

「んっ……これで、いい?」

いまだドキドキと騒ぐ心臓に戸惑いながら、懇願するみたいにレミリアを見上げた


「いいわよ」

その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす
しかし

「じゃあ、今度は指を綺麗にしてくれるかしら?」

意地悪そうに笑みを浮かべたレミリアは手を引っ込めることをせず、
フランの前に指を浮かべたまま。
上に乗ったクリームがなくなってしまったため、ほとんど指が見えている状態である。
まばらについている白いクリームが微かに姉の指を汚しているように見えるが、さっきとは違い、このまま口で取ろうものなら確実に唇と指が接触してしまう。流石にそれははしたないとフランは思っていたが、傍から見たらすでにその段階は超えてしまっていることだろう。

待ってても下げる気配がないことにとうとう諦めて、そっと姉の手を指先で固定する。
そしてまた口を開け、今度は小さな舌を控えめに突き出す。
考えた末、指をくわえるのは抵抗があるため、舐めてクリームを取ろうという結論に至ったフラン。言われるがまま、再び姉の指へと口を寄せていく。
最初から命令に逆らうつもりは微塵もなく、ただ姉の言葉は絶対なのだと自然に体が動くだけ。

「……っ…」

しかし、寄せた舌先は触れる一歩手前のところで止まってしまった。
やはり緊張が邪魔をして舌がわずかに震える。どうしても踏み出せず、半開きの口からは悩ましい吐息が溢れてレミリアの指にかかる。

(ど、どうしよう……やっぱ恥ずかしい。でも、このままだとお姉様を怒らせてしまうかも……だけどこんなの)

 羞恥と姉の命令の間に揺れ、逡巡していると


「はい、時間切れ」


スッとフランの目の前から指が離れていった。 (あ……)と反応する間もなく、
そのままレミリアは自分の指についたクリームをペロっと舐め取る


「うん、甘いわ………ふふふ。そんな物欲しそうに舌を出して。まるでお預けをくらった犬みたいよ? 今のあなた」

おかしそうに目を細めるレミリアの言葉に、呆然と指を目で追いかけていたフランは、慌てて口を両手で隠す。

「だ、だってお姉様が言うから」
「あら?私は指を綺麗にして、とは言ったけど舌で舐めてなんて言った記憶はないわ」
「え……」
「タオルでもなんでも使えばよかったのに。そんなに舐めたかったのかしら?」
「…~っ!…きょ、今日はいつもより意地悪だよ!」
「あらあら、ごめんなさい。フランがあまりにも可愛くて」

そうは言いつつもレミリアがまた楽しそうに微笑んだのを見て、最初からずっと手のひらの上で転がされていたことに気づく。事実、弄ばれていた。

「もう………お姉様ぁ」

そして、またも泣きそうな顔をする妹を見てレミリアは悦びが抑えきれない
――それがいつもの彼女のはず、だった。

不貞腐れたような表情をするフランを目の前に、
今ままでの嗜虐的な表情はなりを潜め、今のレミリアは優しく微笑むようにフランを見つめていた。それに気づいたフランはキョトンと小首をかしげる。
しばらくの間があり、レミリアが口を開く


「ねぇ………フランは私のこと、好き?」


 あまりにも突然すぎる質問に言葉を失う
だがすぐに意味を理解し、「え!?」と声がこぼれ、耳まで真っ赤になるフラン
今までこんなストレートなことを聞かれた記憶がない。いつだって焦らされ、恥ずかしいことをわざと言わされたりと何かにつけて意地悪なことしかレミリアは質問しなかった。
そういう問いにしか、この関係は成立しないはずなのだ。

 わかりきった好意の確認。
答えなど、これまでどんな命令にも従ってきて、今日だって何時間も玄関で彼女を待っていたことで証明されている。
フランは頬を染めながらも言い淀むことなく、答えた


「うん。もちろん、好きだよ」
「……こんなにあなたを辱めても?」
「ぅ……でもべつにいいよ。お姉様らしいなって思う」
「――犬みたいに、首輪だって着けさせているのに?」

下げられたレミリアの指がフランの首元、真っ赤に塗られた革の首輪に添えられた。
きっかけはもう覚えていないが、この首輪は確実にレミリアが手渡したものだった。

〝二人の時だけはこれを着けていなさい〟

懐かしむように首輪を撫で、あの時はどんな気持ちでこれを渡したのか思い出そうとした。
『誰にも知られず大好きな妹を独り占めにしたい』・『誰にも知られない二人だけの秘密を作りたい』
自分だけしか知らない、フランを見たい。
きっとそんな我侭すぎる独占欲から当時プレゼントしたのだろう。
でもフランは嫌がらなかった。それに甘えて自分の欲望をただ満たすため、段々とエスカレートしていった禁忌のお遊び

正しくない。歪んでいる

だから毎回、一通り弄んだあと訪れる罪悪感にレミリアは悩んでいた。
行為そのものにも勿論だが、なによりも―――

先ほどのレミリアの質問に、フランは迷いなく満面の笑みを浮かべて答えた


「わたし、平気だよ。だってこの首輪さえつけていればお姉様はわたしを見てくれる。着けている間は、わたしだけのお姉様でいてくれるから」

そうだよね、と屈託なく微笑むフラン
その純真な姿にほんの少し、レミリアは胸が痛んだ。


――わかっていた。 だから、利用したのだ


 フランがレミリアの〝犬〟をやめない理由。
それは、大好きな姉にかまってもらうためだった。
自由に外へは出られない自分と違い、姉は社交的でよく外へと行っては宴会やら買い物やらで色んな人と遊んで交流している。だからせめて、館にいる間は姉を独り占めにしたい。なんでも言うことを聞くから自分だけを見て欲しい。それがフランなりの一生懸命なアプローチだった。だからレミリアの望む通り、従順な犬として健気に振舞ってきた。


「………そうね、フラン」

眩しい笑顔を目にして静かに顔を伏せるレミリア。
直視できなかった。妹の願望、弱い所を理解した上での行為だったし、虐める楽しさを感じていたのも事実だ
だからこそこんな弱みにつけこむようなやり方、大事な妹の気持ちを弄ぶような行為は
 最低なことだ

それでもお互いに利益があり、目的がある。
これは互いに満足することができる行為なのだと、自らに言い聞かせてきた
だからこのお遊びはやめられなかった


――今までは。


「………でもダメよ。今日で、おしまいなんだから」
「え」

そう言うと、撫でていた指でカチャリと首輪を外す音が聞こえた。。
戸惑う間もなくフランの首から外されていく、毎日肌身離さず持っていた首輪が
レミリアの手に渡った瞬間だった

「お姉様……? どうして」

首輪を取り上げたレミリアを、ぺたん、と床に座ったまま呆然と見上げる。
まず疑問が湧き、そのあとすぐに恐怖が訪れた。

今までの姉との関係が壊れる。
二人だけの秘密が。
誰も知らない自分と姉だけの繋がりが。

 なくなっちゃう

青ざめるフランを前にレミリアは言葉を投げかける

「これは預かるわ。 代わりに、こっちをあげる」

片方の手で首輪を持ち、もう片方の手をフランの前に差し出す
そして、何かを包み込むように閉じられた指をゆっくり広げた


「あ……」


その中身の物を見てフランは目を見開き、呟いた

「指輪……?」
「ええそうよ。アリスに作ってもらってたの。それで今日は注文してたのを取りに行っただけなんだけど、霊夢や魔理沙もいたからずいぶん冷やかされたわ」

ま、開き直ってやったけどね、と自慢げに言った。

「――これは妹にあげるのよ、って。 だから、はい」

持っていた首輪を手首に引っ掛け、空いた手で手の平から指輪を取る。
銀色に輝くシンプルな形。だからこそ、込められた意味合いをまっすぐに伝えている
レミリアは未だに固まってるフランの左手を優しく掴むと、そっと薬指に指輪をはめた

「今度からこれが〝首輪〟の代わり。………いままでごめんなさい。変な我儘に付き合わせちゃって」

「でもこれからは私たちだけの秘密じゃない。来週には私のもできるし、二人の繋がりを印として皆に見せ付けられるわ。ふふ、公式で私を独り占めよ?」

いたずらっぽく笑いかける。
自分の指にはめられた指輪を恐る恐る見ていたフランは、ポーッとレミリアの顔を見上げる。潤んだ瞳が感情を伝える

「だからもう、私の〝犬〟にはならなくていいわフラン。 でも、今度から」

フランの赤くなった頬を優しくなでる。
胸を通してではない、緊張と期待が手に伝わってくる。
レミリアは蠱惑的に口元を緩ませ、紅の双眸で強く見つめた


「私の〝お嫁さん〟にはなってもらうわよ」


指輪をはめたフランの左手をぐっと引き寄せて、膝立ちにさせる。
そして想いを確かめるように強く握った

――本当は心配するまでもなく、レミリアはとっくにフランしか見えていない。

だからこそ、大好きな妹を支配するという征服感に囚われ続けてしまっていた。
犬のように扱われて良い気分なんてしないだろうに。だから今日で最後だと、少し調子に乗っていじめてしまったのは悪いが、もうこれで吹っ切ることができた。
フランと自分はこれから新しい関係へと変わっていくのだと、決心をつけるための指輪。 それを渡せたのだから。
レミリアは、恥ずかしそうにうつむいてる妹の返事を待った

しばらくしてフランが顔を上げる。

パッチリと愛らしい瞳は少し潤んでいて、ただレミリアのことだけを目に映している。
自分の指を強く握っているレミリアの手の甲に、フワリと手の平を重ねた。汗でじんわりと湿った手は緊張を絶えず伝える。フランは震える口を開けて、こみ上げる感情を大切に紡ぐように、言葉にした

「ありがとう、お姉様………本当に、本当にうれしいよ。生きてて今が一番幸せだと、思う」
「私もよ。フラン」
「こんな綺麗な指輪……嬉しい」
「ふふ、そう」
「うん――――――でもね、お姉様」


フランは重ねていた指を滑らし、レミリアの手首に下がった〝赤い首輪〟をスルリと抜き取った。
そして告げる


「わたし、〝首輪〟も欲しいの」


そう言って赤い首輪を再び、自分の喉元に取り付ける。
カチャッと無機質な音を響かせ、レミリアを見上げた。
自分でも困ったように微笑む

「フラン……?」
「ごめんなさいお姉様……〝繋がり〟はもちろん欲しかったよ。だからこの指輪、大切に着けさせて。でも、今はわたし…………お姉様に〝繋がれて〟いたいの」

胸を抑え、切なげな瞳で見上げるフラン。
流石のレミリアもこれは予想していなかった。

驚いた表情のまま固まっているレミリアを
熱のこもった妹は今までのお返しとばかりに、今度は自分の欲望をぶつけ始めた

「言葉も行動も、想いも全部。お姉様の下でずっと支配されていたい。監視されていたいし、悪いことをしたら躾て欲しいの。それにその、お姉様は自分の我儘って言ってたけど……わたし、あの……」

頬に赤に染めながら自分の首輪を撫でる

「こ、こここういうの嫌じゃないというか……お姉様にだったら、ペットみたいに扱われるの全然構わないし……その、最近は……お姉様にいじめられるのもなんか………良い、って思えちゃって……」

視線を泳がせながら恥ずかしそうに時々レミリアを見上げるフラン。
聞かされているレミリアはいまだに言葉も出せずにいた

だがそんなことはお構いなく、フランは膝立ちでレミリアの指に自分の指を絡ませ、胸に引き寄せると

「だから、だからお願い………〝首輪〟はまだ取らないで。 お姉様の、〝犬〟でいさせて………?」

請うように、誘うように熱っぽい上目遣い。
興奮してるみたいに落ち着かない吐息。

 不覚にもゴクリ、と生唾を飲み込んでしまった

普段からは想像つかない積極的な姿、そのギャップは
ずっと理解が追いつかずに固まっていた、レミリアの理性を吹き飛ばすには
――充分すぎた

乾いた笑いが口から溢れ、だんだんと声が上がっていく

「………はは、あはは……良い………良いわよ、フラン!! そうよね?フランは私の大切な妹で、素敵なお嫁さんで、なにより虐めたくなるほど可愛い可愛い私の――――犬、だものね?」
「はい……!そうです……フランはお姉様の犬です………だからいっぱい、いっぱい可愛がってください」

ずっと押さえつけていた劣情の背中を押すみたいに、フランは甘い言葉を囁く
恍惚とした顔は、姉に支配されることを望んでいるかのようだった

もはや、レミリアにとって自分を抑える理由はない。
一方通行の行為だと思ってわずかに罪悪感があったからこそ、レミリアは今回みたいに軌道修正をして普通に想い合っていこうとしたのだ。しかし知ってしまった。
レミリアはフランを責めるのが好きで、そして―――フランもレミリアに責められるのが好きだと、知ってしまったのだ。
そうなれば、罪悪感もなくなり今更背徳的な行為だと悩むこともない。
むしろそれこそ、互いを燃え上がらせる材料にしかならなかった

再びレミリアの目は嗜虐的に輝き、くっとフランの顎を自分の方へと向けさせる

「あらあら、おねだりしてるの?はしたないわね」
「あぁ……お姉様ごめんなさい……」
「ふふ、いいわよ。いいお返事ができたから、ご褒美に撫でてあげる」

レミリアの冷たい指が喉元に触れ、フランの体はビクッと反応する。
こらえきれず声が漏れた。少し触られるだけで脳に電気が走り、その甘美な刺激がまたフランを悦ばせた
それほど桜色に火照った肌は敏感に姉を求めてしまう
その反応をみてレミリアは静かにほくそ笑んだ。触れた細い指を滑らして、まるで犬をあやすようにあごを撫でつける。
軽く指先で掻くたびに、フランの半開きの口から熱い吐息がこぼれる。本来はただくすぐったいだけの行為も、姉がすることによってフランの官能を刺激するものへと変わっていた。そしてなにより、大好きな姉にまるでペットみたいに扱われていることに高揚が止まらない。支配される快楽に頭がくらくらとする。

「お姉様ぁ……もっと、もっと……」
「うふふ、だらしない顔」

そう言いながらも辛抱たまらなくなったレミリアは椅子から立ち上がり、膝立ちだったフランの頭をぶつけないよう手で押さえ、肩を押し、ゆっくりと絨毯に押し倒した。
「あ…」と短い声を出してフランは仰向けになる。

「ほら、もっと……どうしたいの?言葉にしないとわからないわ」
「う、その…」

レミリアの体の下で、〝首輪〟をつけた妹がうっすらと汗をかきながら、羞恥で顔を真っ赤にしている。
そんな姿を見て誰が我慢できようか

「ふふふ。私としたことが、いけないわね。犬に喋らせるなんて意地悪したわ。 だから」

そう言って赤を基調とした服のボタンを外し、中の白いシャツもプチプチ、と同じくとっていく。
はらり、とおへその辺りまであらわになったまだ未成熟な体。眩しいほどに白い腹部は痩せていながらも柔らかそうで、幼い肢体には似つかわしくない誘うようなしっとりとした汗が浮き出た肌 は、薄い桃色を帯びていた
そこまで脱がされたフランはしかし何も抵抗することはなく、むしろ期待を込めた視線を姉に向けている
それがまた、レミリアの気持ちを高ぶらせた


「だからね、フラン? 犬は犬らしく何をされても――――ただ、鳴いていなさい」


そういうと、レミリアは自分の下で無防備にさらされている白いお腹に指をそっと這わせる。
普段誰にも触られることのない場所。それ故に慣れてなく、むず痒いような刺激にピクリと幼い体が反応する。我慢できなかったフランの「ん……」とくぐもった甘い声が零れて、それを合図にレミリアの手は紅いスカートの方へと伸びていき―――


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・
・ ・





「で、あるからして。私とフランの組み合わせは三千世界を繋ぐ奇跡であり、受けに回ったフランの可愛さは花も恥じらい月も光を失い山は雄叫びをあげる素晴らしさであると。以上の二つの話からここに、論じたい」

紅魔館にある自室にて
赤いメガネをかけたレミリアが「レミフラ論」と書いてあるホワイトボードを横に、熱弁していた


「…………」

その講義を聞いていたパチュリー、咲夜、美鈴は能面もびっくりの無表情である。
講義が一段落したみたいなのでパチュリーはスっと手を挙げた

「はい、教授」
「なにかねパチェくん」
「なんであなたはいちいち私たちを集めては花も腐り月も割れて山は雄叫びをあげるほどの絶望的な頭の悪い妄言を巻き散らかして紅魔館の明日を曇らすの?」
「喘息を裏設定に感じるぐらいの早口、どうもありがとう」

クイッとメガネを人差し指で上げる

「君たちを集めたのは身内から固めていこうと思ったからだよ」
「なによそれ」
「いやね、さっき聞かせた論文を稗田家当主に頼んで出版してもらおうと思ってさ」
「論文じゃなくて妄想でしょ……ん?出版??はぁあ?なんで!?」
「ふふ、この論文をみんなに読んでもらって、私とフランが好き合っているというのを幻想郷の公式になるよう刷り込むためさ!そうすればフランも『公式ならしかたない』と私を好きになってくれるかもでしょ?」
「…………」
「いやーまぁ②の話に関しては途中で恥ずかしくなって未完成だけどね。ダメだったらもう一つ話考えてさ。ほら、例えば今私メガネかけてるじゃん?このメガネをフランがかけたらめっちゃ似合うと思うのよ。あの冷たい瞳にメガネの知的さを掛け合わせたら最強だから今度はそれを題材に私たちの魅力を伝える論文をさ」

再び始まった講義を尻目に、パチュリー、咲夜、美鈴は一斉に立ち上がった

「すいませんお嬢様。ちょっと花壇に水やらないといけないんで」
「ま、まって美鈴!」
「私も小悪魔に水やらないと」
「まだみずみずしいから大丈夫!」
「あ、えと……私も、お風呂に水いれないと……?」
「無理に合わせなくてもいいよ咲夜!」

 バタン、と無慈悲に紅魔館当主を置き去りにする住人たち



「う~……この計画に賛同できないなんて!これからティータイム挟もうと思ったのに、しかたのない奴らね」

ため息をつき、かけていたメガネを机に置く。
そして、おもむろに横を向いた




「フランもそう思うでしょ?」
「ほざけッッ!!!!」



――渦中の受けヒロインことフランドール・スカーレットは ガンッ!!とホワイトボードを叩く

「本人を横にしてよくあんな妄想を発表できたね!!?神経がしめ縄で出来てんの??」
「えー、だって論文のメイン人物だし聞いてもらわないと」
「なにがメインだよ!!あんなのわたしじゃないでしょ!?異文化だよ!!」
「そ、そこはほら……妄想上の設定でしかたなく」
「……お姉様はああいうのがいいんだ?」
「いやいやもちろん現実のフランが一番よ!?その冷たい瞳が……そうだ!!実はメガネフランを開拓しようと」
「聞き及んでるよ!!」
「そうだったわね!じゃあ話が早い!今度かけてm」

 ギロリ、と姉を睨みつけるフラン
その有無を言わさない迫力にレミリアはたじろいだ。

「お姉様?ここは創作の世界じゃないから」
「で、でも絶対に可愛いわよ!?」
「………お姉様に可愛いなんて思われても日々の危険度が増えるだけじゃん。――あんな妄想と違って、言う事を聞く理由もないし?」
「くっ……現実は従順な妹なんて存在しないのか……!」
「姉が好きな妹もね」
「そっちはかすってて欲しかった!!」

 もったいないなぁーとぶつぶつ言いながらフランに背を向け、
咲夜が用意していたティーセットの前まで歩いていく

「まぁいいわ。せっかくだし二人で紅茶でも飲みましょうよ」
「はぁ?お姉様と??」
「たまにはいいじゃない。私が淹れてあげるからさ?ね?」
「……チッ…しょうがないなぁ」
「ありがとう。じゃあフランはそこに座ってて」

 不機嫌そうにフランは近くの椅子に座る
その少し先では、背中を向けたレミリアがカチャカチャと準備をしていた

「ミルクティーで良かったわよね?」
「………ミルク多め」
「はいはい。ふふ、なんだか懐かしいわ」

 手を動かしながら嬉しそうにレミリアが呟く

「二人だけだった頃は、よくこうやってフランに淹れてあげてたっけ。今は咲夜の仕事だけど」
「ふん、覚えてないよ。咲夜の淹れてくれる紅茶が美味しすぎてお姉様の淹れた苦い紅茶なんて記憶にも残ってない」
「昔はクリスマスに二人でプレゼント交換してさ。楽しかったなぁ」
「知らないってば。バカバカしい。それならお姉様が十字架を喉に詰まらせたほうがよっぽど楽しいよ。ていうかお姉様って毎年マフラーをプレゼントしてたし本当ワンパターンだよね?今も渡してくるから部屋に溜まっちゃってマジで迷惑なんだけど?それに今年の柄、12回前のクリスマスに貰ったやつと同じ柄だったでしょ?信じらんない」
「眠る前はいつも本を読んであげてたし」
「だから記憶にないって!!お姉様の声なんて聞いてたら悪夢を見そうだし、そもそもあんな眠気を誘うような声で話されたら本の内容が入ってこないじゃん!!!」」

 椅子から立ち上がり姉に向かって憤慨したように叫ぶ。
しかしレミリアは気にすることなくカップへ注ぐお湯の音と、鼻歌を交えていた。

「いやーホント、フランは私のことが大好きだったわよね」
「そそそそういう自意識過剰なとこが嫌いっ!!」
「お茶会も毎回楽しみにしてくれてたもの」
「勘違いするとこも嫌い!!」
「私は今も大好きだけど」
「わたしは大嫌いッ!!」

ぜーぜーと肩で息をするフラン。
意に介さないレミリアの背中を恨みがましそうに睨んでから、「全く……」と
諦めて椅子に座る。そして改めて思った

 しょせん、この姉には何を言ったって無駄なのだ。
おめでたい思考回路をしていることは先ほどの勝手な妄想で明らかだし、無駄にポジティブな耳はどんな罵倒も甘い言葉に変換されるらしい。気持ちの悪いことこの上ない、てかあんなあざとい妹を求めているのかと思うと非常に腹が立つ。
いや、悔しいわけでも妄想の妹に嫉妬してるというわけでもないし、もちろんどうでもいいけど。
まぁひたすら情けないと思うのみである。

当然こっちとしては、可愛いとか可愛くないとかどう思われようと興味ない。だがせめてこれ以上好かれないよう、現実の自分は冷たく相手をするだけだ。

 はぁ、としんどそうにため息をついた


そうこう考えているうちに
レミリアは紅茶を淹れ終わったみたいである。

「よし!久しぶりにしては上手く出来たかな! は~い、フラン!ミルクティーできt」


にこやかに振り向いたレミリアだったが
途中で言葉を失ってしまった


不機嫌そうに座る妹は健在なのだが、妙な違和感を発している。
おかしい。なにかがおかしい。フランの顔もなんか赤いし、妙にソワソワしている。
原因を探してよくよく見ると、さっき机の上に置いた〝アレ〟がないことに気づいた


「え~と………」


違和感の正体に気づき嬉しい半面、単純な疑問でもあるため
レミリアは勇気を出して聞いてみた








「………………なんでメガネかけてるの?」
「ど、どうでもいいじゃんか!??」






―――③でれでれレミリア×つんつんフランの場合
で、あるからして。
レミフラとは、能力・環境・狂気などに悩むフランをレミリアが優しく、時にカリスマを持って支えてあげる大変素晴らしいもので、最高の姉妹であるとここに論じます。
以上で講義を終わります
ありがとうございました
むーと
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コメント



0.1400簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
とても素晴らしい講義でした
3.100名前が無い程度の能力削除
興味深い講義お疲れ様です・・・
しかし先生!私はこの講義のレミリア嬢とフランドール嬢の性格が反対の作品も見たことがあるのですが!そういう設定の作品も興味深いと思います!
5.90名前が無い程度の能力削除
3は、
レミリア:ボケ
フラン:ツッコミ
の芸人タイプだと思うんですがそれは
6.80名前が無い程度の能力削除
最初との温度差がヤバすぎるw
8.100名前が無い程度の能力削除
これはこれは・・・誠に洗練された論文ですね。ノーベルレミフラ賞も夢ではないのではないでしょうか?
10.90絶望を司る程度の能力削除
よしナイスだ良くやった。
13.100名前が無い程度の能力削除
うちゅうのほうそくがみだれる
14.100名無しです削除
レミリアがMでフランがSも欲しいなー(チラッ
16.100大根屋削除
このスカーレット姉妹好き過ぎるwww
なんなのこの夫婦系漫才型百合バカップルはwwww
20.100名前が無い程度の能力削除
この論文は再提出ですね。
早急に次回作期待してます。
とてもすばらしいSSでした。おつかれさまです。
24.100名前が無い程度の能力削除
相変わらずクオリティ高いです
25.100名前が無い程度の能力削除
東方・他作品の様々なカップリングを網羅してきたがレミフラが一番好きなんだよ
この作品は私の人生を潤す絶大な効果を持っていると言えようグッジョブ!!