「ふぇ……っくちゅんっ」
店内に響く、かわいいくしゃみ。
くしゃみをした人物は顔を赤くして、そそくさと厨房の中へと逃げ込んでいる。
「はっくちゅんっ」
「どうしたのよ。幽香」
この店――喫茶『かざみ』のパトロンであり、実質的経営者のアリス・マーガトロイドが、さっきから子供のようなかわいいくしゃみを連発している人物に尋ねる。
「ああ、うん。
私ね……くちゅんっ。花粉症で……はくちゅっ……うぅ……。
この時期はちょっと……くちゅんっ……辛いのよ……」
「……はい?」
思わず、アリスは首を傾げてしまった。
風見幽香。言わずと知れた花を操る妖怪。
その『花を操る妖怪』が『花粉症』とはこれいかに。
首をかしげるアリスに『実はね』と事細かに自分の事情をお話しする幽香。その事情を聞いて、アリスは『あー……』と呻いた。
「……まさに、飼い犬に手をかまれた状態というわけね」
「そこまでひどくはないけど……くちゅんっ。困るのよね、この時期……ふぇくちゅっ。
何せ、鼻が詰まって、料理の味とか……はくちゅっ……わからないから……」
「とりあえず、マスクしなさい。マスク」
ここ、『かざみ』は料理を扱う店なのだから、マスクもしないでくしゃみを連発されたら不衛生だ、と言うことである。
なお、『ゆうかりんのくしゃみつきケーキだと!? 言い値で買おう!』という紳士が多数来店する店であるということは、この際、無視しておくといい。そちらのほうが幸せである。
「……あ~……困ったわ……。
また病院行かないと……」
「病院ねぇ。
永琳さんの?」
「そう。……注射やだなぁ」
「……あんたいくつよ……」
今時、注射がいやだ、とおおっぴらに言ってのける人物など、アリスの知り合いでは、とある館のお嬢様くらいしか知らないため、さすがの彼女も呆れてしまう。
「何言ってるのよ! 注射、痛いじゃない!」
「いやそりゃ痛いけどさ……。
あんた、普段、注射よりよっぽど痛い殴り合いとかしてなかった……?」
「それとこれは別よ! ……ふぇくちゅっ」
「……もう」
困ったわね、とアリス。
とりあえず、この店にとって、幽香の存在はなくてはならないものである。何せ店主兼コックだ。彼女がいないと店がそもそも開けられないのである。
花粉症の辛さに関しては、アリスも聞き及んでいる。
頭痛やら集中力の低下やら目のかゆみやらその他諸々何でもござれ。
そういう症状に苦しむ患者が、この時期、多いのだと永遠亭のとあるつきのうさぎも言っていた。
「まずは病院かしらね」
結局のところ、医学の心得などないアリスにとって、解決手段はそれしかないのである。
「……困ったわね。
何とかして、花粉症の症状を抑えつつ、体質改善、とか出来ないのかしら」
片手に永遠亭でもらった薬を飲みつつ、幽香。
ちなみに本日、永遠亭は大盛況。やはり、その患者の大半は、幽香のような花粉症の人物であった。
治療の際には『注射いやですー!』とすったもんだあったのだが、とりあえず、現状は落ち着いている状況である。
「……うぇ。苦い……」
「あなた、薬もダメなわけ……?」
「苦いものと辛いものが苦手なのよ!」
これまたかわいい弱点であった。
幽香曰く、『カレーは甘口じゃないと絶対ダメ』だそうな。
「何か、早苗に聞いたけど、外の世界じゃ花粉症の治療の時、鼻の粘膜を焼くといいって言っていたわね」
「何それ!?」
その恐ろしい治療方法を聞いて、早速、幽香は及び腰になる。心なしか目も涙目だ。
「いや、それをあんたにやれとは言わないから」
だけど、効くらしいわよ、とアリス。
しかし、幽香の脳内に展開されるのは『汚物は焼却だー!』というモヒカンが鼻の穴に火炎放射器突っ込んでくる光景である。
いくら絶大な効果があろうとも、絶対にそんな治療方法やりたくない、と彼女は全身で訴えていた。
なお、余談であるが、アリスには、その時の幽香はぷるぷる震えている子犬のように見えたと言う。
それはともあれ。
「体質改善は無理じゃない? アレルギーってそういうものだって聞くし」
「永琳先生でも何とかならないのかしらね」
「彼女は天才ではあっても万能ではないでしょう」
永遠亭の主治医曰く、『私にも治せない病気はありますよ』とのこと。
果たして、それを字面どおりに受け取っていいものかどうかは悩みどころだが、さりとて下手に疑うことも出来ない。
人間関係って難しいな、とアリスは思いながら『付き合っていくしかないでしょ』と話を打ち切った。
「料理は大丈夫なの?」
「大抵のものなら。
だけど、微妙なさじ加減が重要なのはきついわね。あれは本当に、自分の舌が頼りだから」
鼻が詰まってると味がわからない、と幽香。
永遠亭から渡された薬には、彼女の事情も察して、『鼻の通りがよくなる薬』もあるのだが、あまり効果は出ていないらしい。
これまた永琳曰く、『薬はあくまで治療の補助。一番重要なのは、自分で自分を治す力を引き出すことですよ』ということだ。
「まぁ、営業に支障が出ることはなさそうね」
「けれど、一部の人気商品は出せないわね」
「そう。
まぁ、仕方ないわね。それはカウンターのところに注意書きでも出しておきましょう」
「あ~……杉を幻想郷から全滅させたい……」
「……あなた、花を操るのに杉は敵なのね……」
「あれ、木だもの!」
木だろうと花だろうと植物は植物で変わらないのだから、そういうのはどうなんだろう、とアリスは思った。
幽香の中では一応、明確にそこら辺の区別はついているのだろう。とはいえ、『やるんじゃないわよ』と釘を刺すしか出来ないのだが。
「さて。
じゃあ、明日の仕込をしましょう。あと、明日は人里に行くからね」
「は~い……。
……というか、アリスはいいわね。花粉症じゃなくて」
「アレルギーって器があるからね」
私はたまたま、それが大きかったのよ、とアリスは幽香の肩を叩いたのだった。
「……ふぇっ……くしゅんっ!」
「ちょっと、華扇。あんた、くしゃみする時くらい口許隠しなさいよ」
「ああ、ごめんなさい。
……はぁ。この時期は、何だかくしゃみが多くなって困りますね」
所変わって博麗神社。
相変わらず、縁側でお茶を飲みながらだらだらごろごろしていた巫女の下に、とある仙人が訪れていた。
くしゃみつきで。
「はくしゅんっ! ……うぅ」
「どうぞ、華扇さん」
「ああ、すみません。ありがとうございます」
そして、たまたま神社に遊びに来ていた東風谷早苗が、彼女にティッシュを差し出した。
彼女――茨木華扇はぐすぐす鼻をすすりながら、ティッシュで鼻をかむ。
「もしかして、華扇さん、花粉症じゃないんですか?」
「花粉症……ですか。
あれって、あれですよね? 杉の木とかの」
「ええ。
この時期は花粉が飛ぶ時期ですから、もし、この時期限定でくしゃみが多くなるなら、多分、間違いないかと」
「ああ……そうかもしれないですね。
へっくしゅんっ!」
「……あんた、くしゃみでかいわね」
「仕方ないじゃないですか!」
「そうですよ、霊夢さん。そういう態度はいけません」
『めっ、ですよ』と言わんばかりの口調で、早苗。
霊夢は『あたしゃ子供かっての』と思ったものの、彼女は決して、早苗には逆らえないため、『……はい、ごめんなさい』と頭を下げる。
「花粉症って大変なんですから。わたしの友達にも、花粉症の子達はいましたけど、この時期は本当に辛そうでしたよ。
学校を休む人もたくさんいたくらいですしね」
「外の世界でも大変なんですね」
「そうなんですよ。
華扇さん、何か治療とか予防はやってますか?」
「……何も。と言うか、今の今までそれに気付きませんでしたから」
「じゃあ、何個か民間療法を知ってますので。やってみますか?」
「ぜひ!」
何やら仲のよい二人。
霊夢はその彼女たちを見送りながら、『……そういや、いつだったか、あの花妖怪とそんなどたばたしたことあったっけなぁ』と遠い空を眺めながらお茶をすする。
「おーい、霊夢ー」
「帰れ」
「まだ何もしてないし言ってないぜ」
「あんたが来るとろくでもないことが起きるからね」
「ほい、500円」
「いらっしゃい魔理沙。お茶とお菓子、どうぞ」
「……お前、ほんと、人生楽しんでるよな」
冷たく寄る辺のない態度の霊夢も、たった一枚の硬貨で豹変する。ちゃりーん、という音が賽銭箱の中から響くと、巫女は途端に『笑顔の女神』へと変貌する、それが幻想郷であった。
……んな幻想郷、心からお断りだ、と彼女の友人、霧雨魔理沙は思っているのだが。
「今日、人里の幽香の店に幽香が来ていてだな」
「へぇ」
「ケーキとか一杯買い込んできたから、お前らもどうだ、と思って来てみたんだ」
「ケーキですって!?」
『ケーキ』と言う単語に即座に反応して、神速を思わせる速さで仙人が境内へと飛び出してきた。
なお、彼女の手には、なぜかお茶が握られている。
「な、何のケーキですか!?」
「え? えっと、チーズケーキと、ショートケーキ、エクレア、オペラ……」
「オペラ……!? 聞いたことのないケーキですね! 私はこれを!」
「え? いや、あの、ちょっと……」
「さあ、霊夢! お茶です、お茶! ケーキですよ、ケーキ! ひゃっほー!」
「………………なぁ、霊夢。仙人に何があったんだ?」
「……花粉症で辛い思いをしてるから、たまの楽しみにたがが外れたのよ、きっと」
仙人も大変なんだなぁ、とこの時、二人は心の底からそれを思ったとか思わないとか。
ともあれ、一同は居間に移動し、テーブルを囲む。
華扇はマイフォーク片手にケーキを前に目を輝かせ、早苗が全員にお茶を配ったところで、一番にケーキを口にした。
しかし、
「……………………」
「……ねぇ、その……華扇。そんな、『此の世の終わりが来た』みたいな絶望した顔するのやめてくれない……?」
その対面に座る霊夢が顔を引きつらせるほど、今の彼女は茨華仙であった。
手にしたフォークをお皿の上に戻して、くすんくすんと泣き出したりする。
『どーするよこれ?』『私に聞くな』
そんなアイコンタクトを交わす魔法使いと巫女。
恐る恐る、早苗が「……どうしたんですか?」と尋ねた。
「……鼻が詰まっていて味がわかりません……」
「……あー」
「美味しいのにっ! きっと、美味しいはずなのにっ!
ええいっ! こうなったら、この幻想郷から花粉症の原因全てを消し去って……!」
「やめぇぇぇぇぇぇいっ!」
巫女が手にした座布団が、華扇の顔面に『ぼふん』と直撃した。
もんどりうってひっくり返った彼女は、ごつん、と後頭部を畳の上にぶつけてしばし悶絶する。
「な、何をするのですか、霊夢!」
「何をも何ももないわ! 幽香みたいなこと言ってんじゃないわよ!
っていうか、仙人のくせに大量破壊行為すなっ!」
「あなたにはわからないっ! 長い時間を生きる、私達仙人の、ほんの少しの幸せを邪魔された悲しみ、辛さ、そして絶望を!」
「そこまでのもんなのかっ!?」
ケーキ一つでここまで情熱を引出し、幸せに浸れるというのは、実に色んな意味で幸福な人生を歩んでいることは間違いなかった。
霊夢のツッコミ何のその。
華扇は、ばん、とテーブルを叩くと、
「あなたはいいわよね!? 美味しい味がちゃんとわかるんだもの! 私みたいになってみなさいよ!」
「逆切れすんな!」
「……仙人ってやつは、色々と大変なんだなぁ」
「人生、色々ですからね……」
テーブル挟んで喧々諤々の言い合いをする二人。
その対決はおよそ10分ほど続き、そろって『げほげほ!』と喉をからしたところで終了する。
「とりあえず、病院行って来いっ!」
「……そうですね。
民間療法は、しょせん、民間療法ですし……」
「お役に立てなくて申し訳ありません」
「いいえ。あなたのせいではありません。
……それでは」
がっくり肩を落として、ふらふら漂いながら空を行く仙人。
その背中を見送る魔法使いは、「……オペラ、二つくらい買ってきておいてやるか」と、寂しそうにぽつりとつぶやいたのだった。
「ねぇ、アリス」
「何?」
「……辛い」
「……はいはい」
小さな子の面倒を見ているような、そんな感じを覚えながら、アリスはため息をついた。
相変わらず続く、幽香の花粉症。
薬でだいぶ症状は治まってきているようなのだが、まだまだ、完治には程遠いのだ。
そんな彼女を心配して、店には『幽香さん、大丈夫ですか』と尋ねてくる客が大勢、来ている。
「……何かないのかしら」
「う~ん……。
早苗が言うには、『一度、始まってしまったらシーズンが終わるのを待つのが最善』だしねぇ」
「もうね、私は仕方ないとして、他の人たちへの対策とかにならないかしら」
「ん? どういう風の吹き回し?」
「子供たちに『お姉ちゃん、病気なの?』って聞かれるのが辛くてね」
この彼女が相当な子供好きだと判明したのは、今からしばらく前のこと。
そんな子供好き妖怪にとって、もしも将来、この子達が自分と同じようになったら、と考えると辛いものがあるのだろう。
「予防はありそうね」
「う~ん……」
「永琳さんは、この時期は『健康でも、なるべく外を歩く時はマスク着用のこと』って張り紙とかチラシを作って、人里とかに配っているようよ」
その手伝いが出来たらいいわね、とアリスは言った。
ちょうどその時、外につながる店のドアが開いて、『こんにちはー』と早苗がやってくる。
「あ、早苗。その服かわいいわね」
「そうですか? 似合います?」
ひらひらのフリルのついたスカートを翻らせ、早苗は言う。
普段の巫女衣装とは違う、かわいらしい『活発な女の子』のイメージを漂わせる衣装の彼女は、『今日はイメチェンです』とポーズをとった。ちなみに、髪型も少し変えている。
「お手伝いに来ました」
「ありがと。
じゃあ、接客、お願い」
「お任せください。
外の世界でのアルバイトを続けた実力をお見せしましょう」
喫茶『かざみ』人里支店のアルバイトの女の子達を統率する実力を示す彼女は、ふっふっふ、と不敵に笑った。
――そして。
「花粉症の予防ですか?」
時刻はお昼休み。
店の一角、イートインスペースのテーブル一つを3人で囲み、お昼ご飯と相成った。
今日のメニューは、幽香が作ったオムライス。たまごはふんわりとろとろ、ライスの味付けも超がつくほど絶妙。サイドメニューのオニオンスープとフルーツサラダもまた絶品だ。
「……ダメね。味付けいまいち」
しかし、そんな見事な料理にも、幽香は満足してないらしい。
味が満足にわからないと本人が言っている通りの結果となってしまったわけだが、アリスと早苗からしてみれば『……これで?』と思わず顔を引きつらせてしまう。
「ねぇ、早苗。何か知らない?」
「う~ん……そうですねぇ……」
腕組みして考え込む彼女。
普段、こういう時は、アリスや幽香の方が早苗よりも遥かに知見に優れているのだが、今は立場は逆である。
この二人が知らない知識を早苗は知っている。もちろん、その逆もしかり。
「あ、そうだ」
その『頼れる知恵袋』がぽんと手を打ったのは、その時だった。
「確か、花粉症にはヨーグルトが効くって聞いてますよ。あと、赤ワイン」
「へぇ。何で?」
「……さあ?」
「根拠はないのね。
けど、実際に効くの?」
「まぁ……薬よりは効かないでしょうけど、これも民間療法の一種ですよ」
「なるほどね」
どうかしら、とアリス。
視線を向ければ、幽香が何やら悩んでいる。
「うちでさ、ほら。そういうのを使った新メニューとか提供して、『美味しい食べ物で花粉症予防!』とかキャンペーンを張ってみたりね」
「……そうねぇ」
悩む幽香の背中を一つ押してから、アリスは肩をすくめた。
そして、その視線を早苗へと戻して、
「……にしても、花粉症ね。大変だわ」
「そうですねぇ。
実際問題として、杉の花粉はひどいですからね。かといって、全部切り倒してしまうことも出来ないんですけど」
「付き合っていかないとね」
あとはやっぱり、野菜や果物をしっかり食べること、と早苗は付け加える。
要するに、偏った食事はやめて、バランスよく、色んな食べ物を食べるのが病気の予防には必要なのだということだ。
それは誰もがわかっている『当たり前』のことなのだが、その当たり前を当然のように実施するのは、今の世の中、なかなか難しいものである。
「……よし。ちょっとやってみましょう」
「お、何か閃いたわね?」
「ええ。
……ああ、だけど、味とかちゃんとうまく出来るかしら」
「大丈夫だと思いますよ」
早苗は、『このオムライス、わたしが作るよりずっと美味しいです! 自信持ってください!』と幽香の肩を叩く。
その彼女の一言に、幽香とアリスはそろって顔を見合わせると、
『鍋爆破魔に言われても……』
そろって、同じことをつぶやいたのだった。
「ふぇっくしゅんっ! ……あー」
「あんた、悪化してない?」
また所変わって博麗神社。
日を追うごとに、花粉症に悩む華扇の調子が悪くなっているように見えて、霊夢は心配して尋ねてみる。
すると華扇は、『ちゃんと薬も飲んでるし、対策もしているから大丈夫』と笑顔を浮かべた。霊夢に心配されているのがいやなのだろう。
「だけど、それじゃ、あんたの好きなもの食べても味とかわかんないんでしょ?」
「そうですね……。
だけど、仕方ないですから」
「何か一発で治す方法、あればいいんだけどね」
「一応、永遠亭で注射は打ってもらいました。おかげで、一時期より、だいぶ楽になりましたよ」
そうは見えないのだが、華扇の言葉を疑うつもりも、霊夢にはない。
それならよかったわね、と彼女は言って、手にした箒で境内の掃き掃除を再開する。
「この時期は幻想郷も、あちこちで大変です」
「そうね」
「……杉の木、2割か3割くらい伐採しても罰は当たらないんじゃないでしょうか?」
「……あのね」
さりげに大量破壊活動を行なおうとする華扇に、霊夢のこめかみがひきつる。
「いえ、ほら。杉はいい建材になりますし」
「その住宅事情はどれくらいのもんなのよ」
「……いっそのこと、建て替えキャンペーンを行なってみるとか」
「そのお金は誰が出すのさ!」
世の中、何をするにも先立つものが必要だ。それを無視することなどできはしない。それが自然の摂理であり、幻想郷の大原則だからである。
その点、誰よりも何よりも、よぉぉぉぉくわかっている霊夢のツッコミには勢いとキレがあった。
「うぐぐ……」
「ったく。
まぁ、マスクして、薬飲んで、辛い時はおとなしく家の中で寝てればいいでしょ」
「……はあ」
相変わらず人間くさい仙人だな、と霊夢は思った。
ちょうどその時、『おーい、霊夢ー』とあの悪友がやってくる。
彼女はひょいと境内の上に飛び降りると、『面白いもの見つけたぜ』と何やらチラシを取り出した。
「何これ?」
「幽香の店の、新しいキャンペーンだ」
「へぇ。次から次へとよくやるわね」
「アリスがその辺り、仕切ってるからな」
この頃、彼女は経営学の勉強も始めたらしい、と巫女の悪友、霧雨魔理沙は言う。
一体そんな知識を学んでどこに生かすんだと霊夢は思ったが、考えてみれば、幽香の店の経営者は実質的にはアリスである。
速攻でその考えを捨てて、『あいつは一体、何を目指してるんだろうなぁ』という、割と深刻な問題点に思いを馳せる。
「キャンペーンですか」
横から顔を覗かせる華扇。
魔理沙が持って来たチラシには『新商品』の文字が躍っている。
「あら、フルーツヨーグルトなんて美味しそうですね」
「ああ、ヨーグルト、いいよね。私もたまに食べるわ」
「お前の場合、牛乳腐らせただけじゃないんだろうな?」
「お前は私を何だと思ってる」
蹴飛ばすぞ、というセリフと共に強烈な横蹴りが放たれ、魔理沙はそれを『はっ!』とバク転で回避した。
ちっ、と霊夢は舌打ちする。
「それからパウンドケーキに、特製ぶどうジュース……。ああ……美味しそう……」
「……えーっと」
よだれをたらさんばかりに、そして世界の終わりを感じて全てに絶望したかのように。
何ともいえない微妙な顔でつぶやく華扇に、『……薬、飲んだら?』と霊夢は言う。
「鼻づまりの解消なら、ほら、永遠亭行けばちょっとの間くらいならやってくれるんじゃないかな……?」
「……! その手があったか!
霊夢、さすがですね!」
びしぃっ、とサムズアップした華扇は『ちょっと待ってなさい!』と空の彼方に向かって飛んでいった。
その5分後、『今の私なら料理の味がわかりますよ!』という宣言と共に帰ってくる。
「ただし、この状態が持続できるのは30分が限度とのことです!
さあ、霊夢、そして魔理沙! 急いでお店に行きますよ! 新商品をげっとするんです! とうっ!」
「……なぁ、霊夢」
「……何?」
「あの仙人……ほんとに仙人なんだよな……?」
「この頃自信がなくなってきた」
輝く笑顔で空を行く仙人の背中を見て、二人はポツリとつぶやいてしまう。
仙人ってやつも、ほんと、色々なんだよな、と。
そんな当たり前の常識を今更ながらに思い出し、『……とりあえずついていくか』と、そろって空へと舞い上がったのだった。
「よう、アリス」
「あら、魔理沙。それに霊夢も。
いらっしゃい」
にこやか笑顔のアリスが彼女たちを出迎える。
魔理沙はその彼女に『営業スマイルか~?』とからかいを入れるのだが、相手からは『その通りよ』と言う言葉と共に人形からのパンチが報復として返ってくる。
「新メニュー、作ったんだって?」
「そう」
『対・花粉症メニュー』と銘打って、『かざみ』が販売を開始したのは以下のメニューである。
「『赤ワインのパウンドケーキ』に『新鮮ぶどうジュース』、『フルーツたっぷりつやつやヨーグルト』ねぇ」
アリスから渡されるメニュー一覧を見て、『よくわからん』と霊夢。
「割と好評よ。
まぁ、これを食べたからといって、すぐに効果が出るわけではないけれど。
だけど、病気に苦しんでいる人にとっては、少しでも助けになるのなら、というところもあるでしょうし」
人の不幸につけこむみたいでいやだけどね、と彼女。
しかし、それも商機であるのなら、商売をやっているものとしては見逃せないのだ、とも続ける。
つくづく、経営者向けの性格をしている相手だ。
「あっ、霊夢さん。霊夢さんも、ケーキ、食べにきたんですか?」
ウェイトレスとして店内各所を飛び回っている早苗が、霊夢の姿を見つけて近寄ってくる。
霊夢は『まぁ、そんなところ』と彼女に笑顔を返して、『……ポニーテールも似合うなぁ』と思っていた。
「幽香さんのケーキはいいですよねー。
美味しい! 低カロリー! サイズも大きい! 甘いもの好きの女性の夢を一発でかなえてくれる奇跡のメニュー!」
そう言った後、『……だけど2kg太りました』と彼女は肩を落とした。
魔理沙が、「……だからって、食べ過ぎたら同じだろ、お前」とツッコミを入れている。
「どうせなら食べていってちょうだい。あっち、今、席が空いたから」
「そうする。ここ、遠いしね」
「ああ、全くだ」
「何してるんですか、あなた達! 料理が乾いてしまいますよ! さあ、さあ、さあ!」
そしてすでに新メニュー全てを制覇していた華扇が、いつの間にか、その空いている席に陣取って霊夢たちを呼びつけていた。
アリスは沈黙し、その視線を霊夢に向ける。霊夢は無言で、静かに首を左右に振った。続けて、アリスの視線は魔理沙に向かう。魔理沙は『私に聞くな』と言わんばかりに、かぶっていた帽子のつばを下げる。
「私にはタイムリミットがあるんですからね! 急ぎなさい!」
「……わかったから」
「……怒鳴るなよ。周りの迷惑だから」
普段、周りの迷惑などこれっぽっちも顧みたことのない魔理沙ですら正論を言ってしまうほど、今の華扇は色々と華扇ちゃんだった。
さて、彼女が獲得してきた新メニューは3人前。
テーブルの上に載せられたそれを見て、霊夢は『……ふぅん』とうなずく。
「では、頂きま~す」
マイフォーク片手に華扇はケーキをぱくりと一口。途端に、『美味しい~!』と喚声を上げる。
「赤ワインのケーキ、ねぇ。
ちょい渋いな」
「そうね。だけど、そのおかげで、中のソースの甘味が増すでしょ?」
「このソースは……ああ、こいつもぶどうだな」
パウンドケーキの大きさは、直径10cmほど。かなりの大きさだ。これで『一人分』なのだから驚きである。
ふんわりふっくら焼き上げられたケーキ生地の色は紫のかかった赤色。鼻を近づけると、ワインの独特の香りが漂ってくる。アリスが言うには『ケーキの生地に赤ワインを混ぜてみた』のだそうな。
そして、その中心部にはとろ~り甘いぶどうのソース。その二つが重なると、実に絶妙な味わい。ワインの渋みが少し残るケーキの生地に絡む爽やかな甘さのソースは、その味が引き立てられてこうかはばつぐんだ。
「このジュース、美味しいわね」
「幽香さんが懇意にされている果樹園の方が『そうと聞いちゃ黙ってられない! うちのぶどうを使ってくれ! お代? いらねぇよ!』って持ってきてくれたそうです」
「あいつ、妙に人脈豊富ね……」
「割と精力的に、あちこちに仕入れに行ってるみたい」
幽香は何かと凝り性であり、自分が気に入った素材でなくては使おうとはしないのだという。
だから、仕入れにも金がかかって仕方ない、とアリスは言うのだが、そのアリスに文句を言われるのがいやなのだろう。そのため、幽香は自分からあちこちに足を運んで価格交渉だの仕入れの数・時期の交渉をしているのだとか。
「美人に頼まれると、男性は断りきれませんからね」
早苗の一言を聞いて、霊夢は『なるほど』とうなずいた。
もっとも、幽香にその辺りの意識はないだろう。あの妖怪は、変なところで純粋なところがあるからだ。
「ヨーグルトもいいな、これ。
普通に売ってるのよりずっと甘いし。中に入ってるフルーツは、これ、季節で変わるんだろ?」
「みたいね。あと、どうやってるのか知らないけど、常温でも三日もつんですって」
その辺りの細工はよくわからない、とアリス。
魔理沙が食べているヨーグルトは、彼女の言う通り、市販のものよりもずっと味が濃く、濃厚だった。また、ヨーグルト独特の酸味などは一切なく、ただ見事な甘さだけが口の中に残るほど。
そこに、トッピングで入れられている果物の数々の味が絡み、残り、実に見事な逸品となっている。
「ちょっとお代わり行ってきます」
そして気付けば、華扇は自分の分はさっさと完食し、皿の中身を空っぽにしていた。
席を立つ彼女を見送る一同。
「……いいお客さんだわ」
「あれでもあいつ仙人なんだぜ?」
「仙人といっても色々いるでしょう……」
言外に、『他のまともな仙人をあれと一緒にしたらかわいそうだ』と、なかなか辛らつでひでぇことを、アリスは言ってのけた。
魔理沙は『……ああ、そうだな』と、しかし、それに同意してしまう。と言うか、あの華扇の後ろ姿を見て、なお、彼女の擁護が出来るほど、魔理沙は深い人生を送ってきてはいなかった。
「これで花粉症が治るのかねぇ……」
「治るってことはないでしょうけど、症状が軽くなったり、まだ症状が出てない人にとっては予防になりますよ」
と、早苗。
ちなみに、彼女には、その根拠はわからないらしい。
もっとも、民間療法とはそのようなものだろう。根拠がわからなくとも、『何となく』や『とりあえず効くから』という理由で伝わっている治療方法は多いのだ。これも、その中の一つと考えればいいだけの話である。
「って、またえらい大量に持って来たわね!?」
「ここのところ、ずっと食べられませんでしたからね! 今のうちに幸せを満喫するんです!」
「……お買い上げありがとうございます」
新たに、皿の上に山盛りケーキだの何だの持ってきて笑顔の華扇に、アリスの頬に一筋、引きつり笑いの汗が流れたのだった。
~以下、文々。新聞一面より抜粋~
『救いの女神となるか!? 喫茶「かざみ」で新メニュースタート!
本紙読者諸兄にはおなじみの店である喫茶「かざみ」にて、このほど、新メニューの販売がスタートしたことをお伝えしよう。
以下に記載する三つの品が、今回、新しいメニューとして加わった。味は当然、いつもの「かざみ」。そこは全く心配する必要はないことをあらかじめ言っておく。
今回、これらの商品がラインナップされた理由を、店主である風見幽香女史にインタビューにてお伺いすることが出来た。
それによると、女史は最近、花粉症に悩んでいるのだと言う。恐らく、本紙読者諸兄の中にも、この季節、外出するのが億劫になるほどの症状に悩まされているものも数多いだろう。かく言う本紙記者も、最近、花粉症気味である。
風見幽香女史曰く、「この季節、花粉症に悩んでいる自分のためにも、花粉症によく効くメニューをラインナップとして加えた」とのことだ。これは、店主の繊細な心配りと気配りがなせる妙技である。
花粉症シーズンには、これらのメニューを割引価格で販売するとのこと。また、それ以外のシーズンでも、通年メニューとして提供していくとのことだ。
花粉症に悩む方は、わらにもすがる思いで色々な民間療法に手を出している方もいることだろう。そうした方に、また、将来に向けて花粉症の予防を検討している方に、ぜひとも、本メニューを味わって欲しいとのことだった。
なお、注意事項として付け加えておくが、すでに花粉症の症状を発症し、それに悩んでいる諸兄にとって、本メニューはあくまで『症状を緩和する』もしくは『症状が出るのを予防する』ためのものである。決して、花粉症を『治療する』ものではないことを意識しておいて欲しい。
花粉症を発症されている方は、まずは最寄の診療所か、竹林の医者の元を訪れて欲しい。これは、店主からのお願いでもある。
自分の病気とうまく付き合うためのお手伝いをさせてほしいとのメッセージを、当紙は店主より頂いている。
その店主の心意気に感謝しつつ、新メニューに、ぜひとも舌鼓を打って欲しい。また、病気が悪化している場合は、改めて、素直に病院に行くことをお勧めしよう。
その上で、「かざみ」の新メニューを楽しんで欲しい(著:射命丸文)
店内に響く、かわいいくしゃみ。
くしゃみをした人物は顔を赤くして、そそくさと厨房の中へと逃げ込んでいる。
「はっくちゅんっ」
「どうしたのよ。幽香」
この店――喫茶『かざみ』のパトロンであり、実質的経営者のアリス・マーガトロイドが、さっきから子供のようなかわいいくしゃみを連発している人物に尋ねる。
「ああ、うん。
私ね……くちゅんっ。花粉症で……はくちゅっ……うぅ……。
この時期はちょっと……くちゅんっ……辛いのよ……」
「……はい?」
思わず、アリスは首を傾げてしまった。
風見幽香。言わずと知れた花を操る妖怪。
その『花を操る妖怪』が『花粉症』とはこれいかに。
首をかしげるアリスに『実はね』と事細かに自分の事情をお話しする幽香。その事情を聞いて、アリスは『あー……』と呻いた。
「……まさに、飼い犬に手をかまれた状態というわけね」
「そこまでひどくはないけど……くちゅんっ。困るのよね、この時期……ふぇくちゅっ。
何せ、鼻が詰まって、料理の味とか……はくちゅっ……わからないから……」
「とりあえず、マスクしなさい。マスク」
ここ、『かざみ』は料理を扱う店なのだから、マスクもしないでくしゃみを連発されたら不衛生だ、と言うことである。
なお、『ゆうかりんのくしゃみつきケーキだと!? 言い値で買おう!』という紳士が多数来店する店であるということは、この際、無視しておくといい。そちらのほうが幸せである。
「……あ~……困ったわ……。
また病院行かないと……」
「病院ねぇ。
永琳さんの?」
「そう。……注射やだなぁ」
「……あんたいくつよ……」
今時、注射がいやだ、とおおっぴらに言ってのける人物など、アリスの知り合いでは、とある館のお嬢様くらいしか知らないため、さすがの彼女も呆れてしまう。
「何言ってるのよ! 注射、痛いじゃない!」
「いやそりゃ痛いけどさ……。
あんた、普段、注射よりよっぽど痛い殴り合いとかしてなかった……?」
「それとこれは別よ! ……ふぇくちゅっ」
「……もう」
困ったわね、とアリス。
とりあえず、この店にとって、幽香の存在はなくてはならないものである。何せ店主兼コックだ。彼女がいないと店がそもそも開けられないのである。
花粉症の辛さに関しては、アリスも聞き及んでいる。
頭痛やら集中力の低下やら目のかゆみやらその他諸々何でもござれ。
そういう症状に苦しむ患者が、この時期、多いのだと永遠亭のとあるつきのうさぎも言っていた。
「まずは病院かしらね」
結局のところ、医学の心得などないアリスにとって、解決手段はそれしかないのである。
「……困ったわね。
何とかして、花粉症の症状を抑えつつ、体質改善、とか出来ないのかしら」
片手に永遠亭でもらった薬を飲みつつ、幽香。
ちなみに本日、永遠亭は大盛況。やはり、その患者の大半は、幽香のような花粉症の人物であった。
治療の際には『注射いやですー!』とすったもんだあったのだが、とりあえず、現状は落ち着いている状況である。
「……うぇ。苦い……」
「あなた、薬もダメなわけ……?」
「苦いものと辛いものが苦手なのよ!」
これまたかわいい弱点であった。
幽香曰く、『カレーは甘口じゃないと絶対ダメ』だそうな。
「何か、早苗に聞いたけど、外の世界じゃ花粉症の治療の時、鼻の粘膜を焼くといいって言っていたわね」
「何それ!?」
その恐ろしい治療方法を聞いて、早速、幽香は及び腰になる。心なしか目も涙目だ。
「いや、それをあんたにやれとは言わないから」
だけど、効くらしいわよ、とアリス。
しかし、幽香の脳内に展開されるのは『汚物は焼却だー!』というモヒカンが鼻の穴に火炎放射器突っ込んでくる光景である。
いくら絶大な効果があろうとも、絶対にそんな治療方法やりたくない、と彼女は全身で訴えていた。
なお、余談であるが、アリスには、その時の幽香はぷるぷる震えている子犬のように見えたと言う。
それはともあれ。
「体質改善は無理じゃない? アレルギーってそういうものだって聞くし」
「永琳先生でも何とかならないのかしらね」
「彼女は天才ではあっても万能ではないでしょう」
永遠亭の主治医曰く、『私にも治せない病気はありますよ』とのこと。
果たして、それを字面どおりに受け取っていいものかどうかは悩みどころだが、さりとて下手に疑うことも出来ない。
人間関係って難しいな、とアリスは思いながら『付き合っていくしかないでしょ』と話を打ち切った。
「料理は大丈夫なの?」
「大抵のものなら。
だけど、微妙なさじ加減が重要なのはきついわね。あれは本当に、自分の舌が頼りだから」
鼻が詰まってると味がわからない、と幽香。
永遠亭から渡された薬には、彼女の事情も察して、『鼻の通りがよくなる薬』もあるのだが、あまり効果は出ていないらしい。
これまた永琳曰く、『薬はあくまで治療の補助。一番重要なのは、自分で自分を治す力を引き出すことですよ』ということだ。
「まぁ、営業に支障が出ることはなさそうね」
「けれど、一部の人気商品は出せないわね」
「そう。
まぁ、仕方ないわね。それはカウンターのところに注意書きでも出しておきましょう」
「あ~……杉を幻想郷から全滅させたい……」
「……あなた、花を操るのに杉は敵なのね……」
「あれ、木だもの!」
木だろうと花だろうと植物は植物で変わらないのだから、そういうのはどうなんだろう、とアリスは思った。
幽香の中では一応、明確にそこら辺の区別はついているのだろう。とはいえ、『やるんじゃないわよ』と釘を刺すしか出来ないのだが。
「さて。
じゃあ、明日の仕込をしましょう。あと、明日は人里に行くからね」
「は~い……。
……というか、アリスはいいわね。花粉症じゃなくて」
「アレルギーって器があるからね」
私はたまたま、それが大きかったのよ、とアリスは幽香の肩を叩いたのだった。
「……ふぇっ……くしゅんっ!」
「ちょっと、華扇。あんた、くしゃみする時くらい口許隠しなさいよ」
「ああ、ごめんなさい。
……はぁ。この時期は、何だかくしゃみが多くなって困りますね」
所変わって博麗神社。
相変わらず、縁側でお茶を飲みながらだらだらごろごろしていた巫女の下に、とある仙人が訪れていた。
くしゃみつきで。
「はくしゅんっ! ……うぅ」
「どうぞ、華扇さん」
「ああ、すみません。ありがとうございます」
そして、たまたま神社に遊びに来ていた東風谷早苗が、彼女にティッシュを差し出した。
彼女――茨木華扇はぐすぐす鼻をすすりながら、ティッシュで鼻をかむ。
「もしかして、華扇さん、花粉症じゃないんですか?」
「花粉症……ですか。
あれって、あれですよね? 杉の木とかの」
「ええ。
この時期は花粉が飛ぶ時期ですから、もし、この時期限定でくしゃみが多くなるなら、多分、間違いないかと」
「ああ……そうかもしれないですね。
へっくしゅんっ!」
「……あんた、くしゃみでかいわね」
「仕方ないじゃないですか!」
「そうですよ、霊夢さん。そういう態度はいけません」
『めっ、ですよ』と言わんばかりの口調で、早苗。
霊夢は『あたしゃ子供かっての』と思ったものの、彼女は決して、早苗には逆らえないため、『……はい、ごめんなさい』と頭を下げる。
「花粉症って大変なんですから。わたしの友達にも、花粉症の子達はいましたけど、この時期は本当に辛そうでしたよ。
学校を休む人もたくさんいたくらいですしね」
「外の世界でも大変なんですね」
「そうなんですよ。
華扇さん、何か治療とか予防はやってますか?」
「……何も。と言うか、今の今までそれに気付きませんでしたから」
「じゃあ、何個か民間療法を知ってますので。やってみますか?」
「ぜひ!」
何やら仲のよい二人。
霊夢はその彼女たちを見送りながら、『……そういや、いつだったか、あの花妖怪とそんなどたばたしたことあったっけなぁ』と遠い空を眺めながらお茶をすする。
「おーい、霊夢ー」
「帰れ」
「まだ何もしてないし言ってないぜ」
「あんたが来るとろくでもないことが起きるからね」
「ほい、500円」
「いらっしゃい魔理沙。お茶とお菓子、どうぞ」
「……お前、ほんと、人生楽しんでるよな」
冷たく寄る辺のない態度の霊夢も、たった一枚の硬貨で豹変する。ちゃりーん、という音が賽銭箱の中から響くと、巫女は途端に『笑顔の女神』へと変貌する、それが幻想郷であった。
……んな幻想郷、心からお断りだ、と彼女の友人、霧雨魔理沙は思っているのだが。
「今日、人里の幽香の店に幽香が来ていてだな」
「へぇ」
「ケーキとか一杯買い込んできたから、お前らもどうだ、と思って来てみたんだ」
「ケーキですって!?」
『ケーキ』と言う単語に即座に反応して、神速を思わせる速さで仙人が境内へと飛び出してきた。
なお、彼女の手には、なぜかお茶が握られている。
「な、何のケーキですか!?」
「え? えっと、チーズケーキと、ショートケーキ、エクレア、オペラ……」
「オペラ……!? 聞いたことのないケーキですね! 私はこれを!」
「え? いや、あの、ちょっと……」
「さあ、霊夢! お茶です、お茶! ケーキですよ、ケーキ! ひゃっほー!」
「………………なぁ、霊夢。仙人に何があったんだ?」
「……花粉症で辛い思いをしてるから、たまの楽しみにたがが外れたのよ、きっと」
仙人も大変なんだなぁ、とこの時、二人は心の底からそれを思ったとか思わないとか。
ともあれ、一同は居間に移動し、テーブルを囲む。
華扇はマイフォーク片手にケーキを前に目を輝かせ、早苗が全員にお茶を配ったところで、一番にケーキを口にした。
しかし、
「……………………」
「……ねぇ、その……華扇。そんな、『此の世の終わりが来た』みたいな絶望した顔するのやめてくれない……?」
その対面に座る霊夢が顔を引きつらせるほど、今の彼女は茨華仙であった。
手にしたフォークをお皿の上に戻して、くすんくすんと泣き出したりする。
『どーするよこれ?』『私に聞くな』
そんなアイコンタクトを交わす魔法使いと巫女。
恐る恐る、早苗が「……どうしたんですか?」と尋ねた。
「……鼻が詰まっていて味がわかりません……」
「……あー」
「美味しいのにっ! きっと、美味しいはずなのにっ!
ええいっ! こうなったら、この幻想郷から花粉症の原因全てを消し去って……!」
「やめぇぇぇぇぇぇいっ!」
巫女が手にした座布団が、華扇の顔面に『ぼふん』と直撃した。
もんどりうってひっくり返った彼女は、ごつん、と後頭部を畳の上にぶつけてしばし悶絶する。
「な、何をするのですか、霊夢!」
「何をも何ももないわ! 幽香みたいなこと言ってんじゃないわよ!
っていうか、仙人のくせに大量破壊行為すなっ!」
「あなたにはわからないっ! 長い時間を生きる、私達仙人の、ほんの少しの幸せを邪魔された悲しみ、辛さ、そして絶望を!」
「そこまでのもんなのかっ!?」
ケーキ一つでここまで情熱を引出し、幸せに浸れるというのは、実に色んな意味で幸福な人生を歩んでいることは間違いなかった。
霊夢のツッコミ何のその。
華扇は、ばん、とテーブルを叩くと、
「あなたはいいわよね!? 美味しい味がちゃんとわかるんだもの! 私みたいになってみなさいよ!」
「逆切れすんな!」
「……仙人ってやつは、色々と大変なんだなぁ」
「人生、色々ですからね……」
テーブル挟んで喧々諤々の言い合いをする二人。
その対決はおよそ10分ほど続き、そろって『げほげほ!』と喉をからしたところで終了する。
「とりあえず、病院行って来いっ!」
「……そうですね。
民間療法は、しょせん、民間療法ですし……」
「お役に立てなくて申し訳ありません」
「いいえ。あなたのせいではありません。
……それでは」
がっくり肩を落として、ふらふら漂いながら空を行く仙人。
その背中を見送る魔法使いは、「……オペラ、二つくらい買ってきておいてやるか」と、寂しそうにぽつりとつぶやいたのだった。
「ねぇ、アリス」
「何?」
「……辛い」
「……はいはい」
小さな子の面倒を見ているような、そんな感じを覚えながら、アリスはため息をついた。
相変わらず続く、幽香の花粉症。
薬でだいぶ症状は治まってきているようなのだが、まだまだ、完治には程遠いのだ。
そんな彼女を心配して、店には『幽香さん、大丈夫ですか』と尋ねてくる客が大勢、来ている。
「……何かないのかしら」
「う~ん……。
早苗が言うには、『一度、始まってしまったらシーズンが終わるのを待つのが最善』だしねぇ」
「もうね、私は仕方ないとして、他の人たちへの対策とかにならないかしら」
「ん? どういう風の吹き回し?」
「子供たちに『お姉ちゃん、病気なの?』って聞かれるのが辛くてね」
この彼女が相当な子供好きだと判明したのは、今からしばらく前のこと。
そんな子供好き妖怪にとって、もしも将来、この子達が自分と同じようになったら、と考えると辛いものがあるのだろう。
「予防はありそうね」
「う~ん……」
「永琳さんは、この時期は『健康でも、なるべく外を歩く時はマスク着用のこと』って張り紙とかチラシを作って、人里とかに配っているようよ」
その手伝いが出来たらいいわね、とアリスは言った。
ちょうどその時、外につながる店のドアが開いて、『こんにちはー』と早苗がやってくる。
「あ、早苗。その服かわいいわね」
「そうですか? 似合います?」
ひらひらのフリルのついたスカートを翻らせ、早苗は言う。
普段の巫女衣装とは違う、かわいらしい『活発な女の子』のイメージを漂わせる衣装の彼女は、『今日はイメチェンです』とポーズをとった。ちなみに、髪型も少し変えている。
「お手伝いに来ました」
「ありがと。
じゃあ、接客、お願い」
「お任せください。
外の世界でのアルバイトを続けた実力をお見せしましょう」
喫茶『かざみ』人里支店のアルバイトの女の子達を統率する実力を示す彼女は、ふっふっふ、と不敵に笑った。
――そして。
「花粉症の予防ですか?」
時刻はお昼休み。
店の一角、イートインスペースのテーブル一つを3人で囲み、お昼ご飯と相成った。
今日のメニューは、幽香が作ったオムライス。たまごはふんわりとろとろ、ライスの味付けも超がつくほど絶妙。サイドメニューのオニオンスープとフルーツサラダもまた絶品だ。
「……ダメね。味付けいまいち」
しかし、そんな見事な料理にも、幽香は満足してないらしい。
味が満足にわからないと本人が言っている通りの結果となってしまったわけだが、アリスと早苗からしてみれば『……これで?』と思わず顔を引きつらせてしまう。
「ねぇ、早苗。何か知らない?」
「う~ん……そうですねぇ……」
腕組みして考え込む彼女。
普段、こういう時は、アリスや幽香の方が早苗よりも遥かに知見に優れているのだが、今は立場は逆である。
この二人が知らない知識を早苗は知っている。もちろん、その逆もしかり。
「あ、そうだ」
その『頼れる知恵袋』がぽんと手を打ったのは、その時だった。
「確か、花粉症にはヨーグルトが効くって聞いてますよ。あと、赤ワイン」
「へぇ。何で?」
「……さあ?」
「根拠はないのね。
けど、実際に効くの?」
「まぁ……薬よりは効かないでしょうけど、これも民間療法の一種ですよ」
「なるほどね」
どうかしら、とアリス。
視線を向ければ、幽香が何やら悩んでいる。
「うちでさ、ほら。そういうのを使った新メニューとか提供して、『美味しい食べ物で花粉症予防!』とかキャンペーンを張ってみたりね」
「……そうねぇ」
悩む幽香の背中を一つ押してから、アリスは肩をすくめた。
そして、その視線を早苗へと戻して、
「……にしても、花粉症ね。大変だわ」
「そうですねぇ。
実際問題として、杉の花粉はひどいですからね。かといって、全部切り倒してしまうことも出来ないんですけど」
「付き合っていかないとね」
あとはやっぱり、野菜や果物をしっかり食べること、と早苗は付け加える。
要するに、偏った食事はやめて、バランスよく、色んな食べ物を食べるのが病気の予防には必要なのだということだ。
それは誰もがわかっている『当たり前』のことなのだが、その当たり前を当然のように実施するのは、今の世の中、なかなか難しいものである。
「……よし。ちょっとやってみましょう」
「お、何か閃いたわね?」
「ええ。
……ああ、だけど、味とかちゃんとうまく出来るかしら」
「大丈夫だと思いますよ」
早苗は、『このオムライス、わたしが作るよりずっと美味しいです! 自信持ってください!』と幽香の肩を叩く。
その彼女の一言に、幽香とアリスはそろって顔を見合わせると、
『鍋爆破魔に言われても……』
そろって、同じことをつぶやいたのだった。
「ふぇっくしゅんっ! ……あー」
「あんた、悪化してない?」
また所変わって博麗神社。
日を追うごとに、花粉症に悩む華扇の調子が悪くなっているように見えて、霊夢は心配して尋ねてみる。
すると華扇は、『ちゃんと薬も飲んでるし、対策もしているから大丈夫』と笑顔を浮かべた。霊夢に心配されているのがいやなのだろう。
「だけど、それじゃ、あんたの好きなもの食べても味とかわかんないんでしょ?」
「そうですね……。
だけど、仕方ないですから」
「何か一発で治す方法、あればいいんだけどね」
「一応、永遠亭で注射は打ってもらいました。おかげで、一時期より、だいぶ楽になりましたよ」
そうは見えないのだが、華扇の言葉を疑うつもりも、霊夢にはない。
それならよかったわね、と彼女は言って、手にした箒で境内の掃き掃除を再開する。
「この時期は幻想郷も、あちこちで大変です」
「そうね」
「……杉の木、2割か3割くらい伐採しても罰は当たらないんじゃないでしょうか?」
「……あのね」
さりげに大量破壊活動を行なおうとする華扇に、霊夢のこめかみがひきつる。
「いえ、ほら。杉はいい建材になりますし」
「その住宅事情はどれくらいのもんなのよ」
「……いっそのこと、建て替えキャンペーンを行なってみるとか」
「そのお金は誰が出すのさ!」
世の中、何をするにも先立つものが必要だ。それを無視することなどできはしない。それが自然の摂理であり、幻想郷の大原則だからである。
その点、誰よりも何よりも、よぉぉぉぉくわかっている霊夢のツッコミには勢いとキレがあった。
「うぐぐ……」
「ったく。
まぁ、マスクして、薬飲んで、辛い時はおとなしく家の中で寝てればいいでしょ」
「……はあ」
相変わらず人間くさい仙人だな、と霊夢は思った。
ちょうどその時、『おーい、霊夢ー』とあの悪友がやってくる。
彼女はひょいと境内の上に飛び降りると、『面白いもの見つけたぜ』と何やらチラシを取り出した。
「何これ?」
「幽香の店の、新しいキャンペーンだ」
「へぇ。次から次へとよくやるわね」
「アリスがその辺り、仕切ってるからな」
この頃、彼女は経営学の勉強も始めたらしい、と巫女の悪友、霧雨魔理沙は言う。
一体そんな知識を学んでどこに生かすんだと霊夢は思ったが、考えてみれば、幽香の店の経営者は実質的にはアリスである。
速攻でその考えを捨てて、『あいつは一体、何を目指してるんだろうなぁ』という、割と深刻な問題点に思いを馳せる。
「キャンペーンですか」
横から顔を覗かせる華扇。
魔理沙が持って来たチラシには『新商品』の文字が躍っている。
「あら、フルーツヨーグルトなんて美味しそうですね」
「ああ、ヨーグルト、いいよね。私もたまに食べるわ」
「お前の場合、牛乳腐らせただけじゃないんだろうな?」
「お前は私を何だと思ってる」
蹴飛ばすぞ、というセリフと共に強烈な横蹴りが放たれ、魔理沙はそれを『はっ!』とバク転で回避した。
ちっ、と霊夢は舌打ちする。
「それからパウンドケーキに、特製ぶどうジュース……。ああ……美味しそう……」
「……えーっと」
よだれをたらさんばかりに、そして世界の終わりを感じて全てに絶望したかのように。
何ともいえない微妙な顔でつぶやく華扇に、『……薬、飲んだら?』と霊夢は言う。
「鼻づまりの解消なら、ほら、永遠亭行けばちょっとの間くらいならやってくれるんじゃないかな……?」
「……! その手があったか!
霊夢、さすがですね!」
びしぃっ、とサムズアップした華扇は『ちょっと待ってなさい!』と空の彼方に向かって飛んでいった。
その5分後、『今の私なら料理の味がわかりますよ!』という宣言と共に帰ってくる。
「ただし、この状態が持続できるのは30分が限度とのことです!
さあ、霊夢、そして魔理沙! 急いでお店に行きますよ! 新商品をげっとするんです! とうっ!」
「……なぁ、霊夢」
「……何?」
「あの仙人……ほんとに仙人なんだよな……?」
「この頃自信がなくなってきた」
輝く笑顔で空を行く仙人の背中を見て、二人はポツリとつぶやいてしまう。
仙人ってやつも、ほんと、色々なんだよな、と。
そんな当たり前の常識を今更ながらに思い出し、『……とりあえずついていくか』と、そろって空へと舞い上がったのだった。
「よう、アリス」
「あら、魔理沙。それに霊夢も。
いらっしゃい」
にこやか笑顔のアリスが彼女たちを出迎える。
魔理沙はその彼女に『営業スマイルか~?』とからかいを入れるのだが、相手からは『その通りよ』と言う言葉と共に人形からのパンチが報復として返ってくる。
「新メニュー、作ったんだって?」
「そう」
『対・花粉症メニュー』と銘打って、『かざみ』が販売を開始したのは以下のメニューである。
「『赤ワインのパウンドケーキ』に『新鮮ぶどうジュース』、『フルーツたっぷりつやつやヨーグルト』ねぇ」
アリスから渡されるメニュー一覧を見て、『よくわからん』と霊夢。
「割と好評よ。
まぁ、これを食べたからといって、すぐに効果が出るわけではないけれど。
だけど、病気に苦しんでいる人にとっては、少しでも助けになるのなら、というところもあるでしょうし」
人の不幸につけこむみたいでいやだけどね、と彼女。
しかし、それも商機であるのなら、商売をやっているものとしては見逃せないのだ、とも続ける。
つくづく、経営者向けの性格をしている相手だ。
「あっ、霊夢さん。霊夢さんも、ケーキ、食べにきたんですか?」
ウェイトレスとして店内各所を飛び回っている早苗が、霊夢の姿を見つけて近寄ってくる。
霊夢は『まぁ、そんなところ』と彼女に笑顔を返して、『……ポニーテールも似合うなぁ』と思っていた。
「幽香さんのケーキはいいですよねー。
美味しい! 低カロリー! サイズも大きい! 甘いもの好きの女性の夢を一発でかなえてくれる奇跡のメニュー!」
そう言った後、『……だけど2kg太りました』と彼女は肩を落とした。
魔理沙が、「……だからって、食べ過ぎたら同じだろ、お前」とツッコミを入れている。
「どうせなら食べていってちょうだい。あっち、今、席が空いたから」
「そうする。ここ、遠いしね」
「ああ、全くだ」
「何してるんですか、あなた達! 料理が乾いてしまいますよ! さあ、さあ、さあ!」
そしてすでに新メニュー全てを制覇していた華扇が、いつの間にか、その空いている席に陣取って霊夢たちを呼びつけていた。
アリスは沈黙し、その視線を霊夢に向ける。霊夢は無言で、静かに首を左右に振った。続けて、アリスの視線は魔理沙に向かう。魔理沙は『私に聞くな』と言わんばかりに、かぶっていた帽子のつばを下げる。
「私にはタイムリミットがあるんですからね! 急ぎなさい!」
「……わかったから」
「……怒鳴るなよ。周りの迷惑だから」
普段、周りの迷惑などこれっぽっちも顧みたことのない魔理沙ですら正論を言ってしまうほど、今の華扇は色々と華扇ちゃんだった。
さて、彼女が獲得してきた新メニューは3人前。
テーブルの上に載せられたそれを見て、霊夢は『……ふぅん』とうなずく。
「では、頂きま~す」
マイフォーク片手に華扇はケーキをぱくりと一口。途端に、『美味しい~!』と喚声を上げる。
「赤ワインのケーキ、ねぇ。
ちょい渋いな」
「そうね。だけど、そのおかげで、中のソースの甘味が増すでしょ?」
「このソースは……ああ、こいつもぶどうだな」
パウンドケーキの大きさは、直径10cmほど。かなりの大きさだ。これで『一人分』なのだから驚きである。
ふんわりふっくら焼き上げられたケーキ生地の色は紫のかかった赤色。鼻を近づけると、ワインの独特の香りが漂ってくる。アリスが言うには『ケーキの生地に赤ワインを混ぜてみた』のだそうな。
そして、その中心部にはとろ~り甘いぶどうのソース。その二つが重なると、実に絶妙な味わい。ワインの渋みが少し残るケーキの生地に絡む爽やかな甘さのソースは、その味が引き立てられてこうかはばつぐんだ。
「このジュース、美味しいわね」
「幽香さんが懇意にされている果樹園の方が『そうと聞いちゃ黙ってられない! うちのぶどうを使ってくれ! お代? いらねぇよ!』って持ってきてくれたそうです」
「あいつ、妙に人脈豊富ね……」
「割と精力的に、あちこちに仕入れに行ってるみたい」
幽香は何かと凝り性であり、自分が気に入った素材でなくては使おうとはしないのだという。
だから、仕入れにも金がかかって仕方ない、とアリスは言うのだが、そのアリスに文句を言われるのがいやなのだろう。そのため、幽香は自分からあちこちに足を運んで価格交渉だの仕入れの数・時期の交渉をしているのだとか。
「美人に頼まれると、男性は断りきれませんからね」
早苗の一言を聞いて、霊夢は『なるほど』とうなずいた。
もっとも、幽香にその辺りの意識はないだろう。あの妖怪は、変なところで純粋なところがあるからだ。
「ヨーグルトもいいな、これ。
普通に売ってるのよりずっと甘いし。中に入ってるフルーツは、これ、季節で変わるんだろ?」
「みたいね。あと、どうやってるのか知らないけど、常温でも三日もつんですって」
その辺りの細工はよくわからない、とアリス。
魔理沙が食べているヨーグルトは、彼女の言う通り、市販のものよりもずっと味が濃く、濃厚だった。また、ヨーグルト独特の酸味などは一切なく、ただ見事な甘さだけが口の中に残るほど。
そこに、トッピングで入れられている果物の数々の味が絡み、残り、実に見事な逸品となっている。
「ちょっとお代わり行ってきます」
そして気付けば、華扇は自分の分はさっさと完食し、皿の中身を空っぽにしていた。
席を立つ彼女を見送る一同。
「……いいお客さんだわ」
「あれでもあいつ仙人なんだぜ?」
「仙人といっても色々いるでしょう……」
言外に、『他のまともな仙人をあれと一緒にしたらかわいそうだ』と、なかなか辛らつでひでぇことを、アリスは言ってのけた。
魔理沙は『……ああ、そうだな』と、しかし、それに同意してしまう。と言うか、あの華扇の後ろ姿を見て、なお、彼女の擁護が出来るほど、魔理沙は深い人生を送ってきてはいなかった。
「これで花粉症が治るのかねぇ……」
「治るってことはないでしょうけど、症状が軽くなったり、まだ症状が出てない人にとっては予防になりますよ」
と、早苗。
ちなみに、彼女には、その根拠はわからないらしい。
もっとも、民間療法とはそのようなものだろう。根拠がわからなくとも、『何となく』や『とりあえず効くから』という理由で伝わっている治療方法は多いのだ。これも、その中の一つと考えればいいだけの話である。
「って、またえらい大量に持って来たわね!?」
「ここのところ、ずっと食べられませんでしたからね! 今のうちに幸せを満喫するんです!」
「……お買い上げありがとうございます」
新たに、皿の上に山盛りケーキだの何だの持ってきて笑顔の華扇に、アリスの頬に一筋、引きつり笑いの汗が流れたのだった。
~以下、文々。新聞一面より抜粋~
『救いの女神となるか!? 喫茶「かざみ」で新メニュースタート!
本紙読者諸兄にはおなじみの店である喫茶「かざみ」にて、このほど、新メニューの販売がスタートしたことをお伝えしよう。
以下に記載する三つの品が、今回、新しいメニューとして加わった。味は当然、いつもの「かざみ」。そこは全く心配する必要はないことをあらかじめ言っておく。
今回、これらの商品がラインナップされた理由を、店主である風見幽香女史にインタビューにてお伺いすることが出来た。
それによると、女史は最近、花粉症に悩んでいるのだと言う。恐らく、本紙読者諸兄の中にも、この季節、外出するのが億劫になるほどの症状に悩まされているものも数多いだろう。かく言う本紙記者も、最近、花粉症気味である。
風見幽香女史曰く、「この季節、花粉症に悩んでいる自分のためにも、花粉症によく効くメニューをラインナップとして加えた」とのことだ。これは、店主の繊細な心配りと気配りがなせる妙技である。
花粉症シーズンには、これらのメニューを割引価格で販売するとのこと。また、それ以外のシーズンでも、通年メニューとして提供していくとのことだ。
花粉症に悩む方は、わらにもすがる思いで色々な民間療法に手を出している方もいることだろう。そうした方に、また、将来に向けて花粉症の予防を検討している方に、ぜひとも、本メニューを味わって欲しいとのことだった。
なお、注意事項として付け加えておくが、すでに花粉症の症状を発症し、それに悩んでいる諸兄にとって、本メニューはあくまで『症状を緩和する』もしくは『症状が出るのを予防する』ためのものである。決して、花粉症を『治療する』ものではないことを意識しておいて欲しい。
花粉症を発症されている方は、まずは最寄の診療所か、竹林の医者の元を訪れて欲しい。これは、店主からのお願いでもある。
自分の病気とうまく付き合うためのお手伝いをさせてほしいとのメッセージを、当紙は店主より頂いている。
その店主の心意気に感謝しつつ、新メニューに、ぜひとも舌鼓を打って欲しい。また、病気が悪化している場合は、改めて、素直に病院に行くことをお勧めしよう。
その上で、「かざみ」の新メニューを楽しんで欲しい(著:射命丸文)
にべもない、取り付く島もない、素っ気ない、などの誤用かと思うのですが、いかがでしょうか。
あっ、違うんです花の蜜って言おうとしたら花粉症で鼻声なせいではなのみづにギャアアアア(マスパ
鼻づまりだと味もわかんないなんて。ご愁傷様です。しかし華扇ちゃんはこれを機に節制してみては? 無理か。
でも幻想郷には花粉症の人、少なそうな気がします。食生活違うし化学物質ないし杉は無計画に植えてないはずだし花粉はアスファルトやコンクリなしの地面に落ちれば土に帰るし。
いつも可愛いゆうかりんをありがとうございます!
面白かったです!