「今日は太陽がぽかぽかしてて気持ちいいなー」
「どういたしましてー」
魔理沙の言葉に、その女性はへんてこりんな返事をした。
ほとんどの人間が冬に飽きていた。
確かに、冬は魅力に満ちている。世界を白一色に染める雪景色、淡くて遠い青空、命がないからこそ生まれる静謐な静寂。
けれど、さすがに凍るように冷たさが三ヶ月近く続けば、辛くなってくる。
だから、その日、風が止んで太陽がいつもよりほんの少しあたたかく感じられるようになると、人々は大いに喜んだ。
魔理沙もその一人であった。目を覚まし、太陽のあたたかい光を感じると、顔に笑みを浮かべた。朝食後すぐ箒に飛び乗ると、そのまま幻想郷を駆け巡った。リリーホワイトの姿を探した。
残念ながら春告精の姿を見つけることは出来なかったが、それでも彼女はるんるん気分で博麗神社の境内に降り立った。
そして冒頭のシーンに至る。
博麗神社の居間に一人の女性がいて、こたつに足を突っ込んでいた。魔理沙が初めて会うこの女性がへんてこりんな返事をしたのだ。
「むしゃむしゃ」
ミカンをおいしそうに頬張っている。
おそらく二十代半ば。これといって特徴がある女性には思えなかった。強いて言うならば、腰まで伸ばした黒髪、やさしそうな顔をしている、ぐらいだろうか。和服を着ている。
特徴は、ない。
「わたしに会いにきたんだってさ」
霊夢が気だるげそうに言った。霊夢もまたこたつに入り、頬をぐでーと置いている。
「もうすぐ帰るんですけどねー」
「あれ、もう帰るの」
「これから忙しくなりますからね。がんばらなくちゃ」
「まったく、たいへんね」
「みんなのためですから」
さて、どうしようか。魔理沙は思案する。どうやら目の前の女性は霊夢の個人的な客らしい。要するにいま霊夢はお取り込み中、というやつだ。
自分がとるべき行動はなんだ。ああ、考えるまでもなかったな。
「私にもミカンよこせー!」
魔理沙は猫のように飛びかかり、猫のようにコタツへ一直線。
そしてミカンに手を伸ばす。
「ふふふ。話に聞いた通りですね、魔理沙ちゃん」
「うん? 私のこと知ってるのか?」
「ええ。元気一杯で、最近めきめき実力をつけている魔法使いがいるって、我々の業界では噂になっていますから」
「元気すぎて困るんだけどねー。それにしても」
霊夢が言った。
「わたしの顔なんて見に来て楽しい? わざわざ遠くからさぁ」
お客さんは柔和な笑みを浮かべながら、返す。
「もちろん楽しいです。博麗の巫女を見るのも楽しいし、霊夢あなた自身を見るのも楽しい。我々からすれば、かわいい娘みたいなものなのですよ。ああ、本当に長生きしてほしいなぁ」
「やれやれ、勝手にしなさい」
霊夢はこたつから出て立ち上がる。そしてそのまま台所へと足をむけた。せんべいを取ってくる、とのことだった。
「……」
「むしゃむしゃ」
霊夢がいなくなると、お客さんと魔理沙は居間で二人っきりになる。お客さんは相変わらずミカンをおいしそうに食べている。
魔理沙はぼー、と思った。
霊夢とこのお客さん、一体どのような関係なのだろう。どんな付き合いがあるのだろう。
そもそもお客さんはどんな人なのだろうか。
しかし不思議なことに、それらに対して、魔理沙は強い興味を抱けなかった。どうでもいいやという感情が支配し、質問をする気が失せてしまう。
どうしてなんだろう。なぜなんだろう。
魔理沙はそんなふうにただ、ぼー、と思うだけだ。
「ねえ、魔理沙ちゃん」
「なんだ」
「一言、お礼を言わせてください。霊夢が普通の女の子に近づいていっているのは、やっぱり魔理沙ちゃんの影響が大きいと思うんです。霊夢は優しくなりました。我々からすれば博麗の巫女は道具でも問題はないですけれども……でもやっぱり、女の子には笑っていてほしいです。ありがとう、魔理沙ちゃん。これからも霊夢と仲良くしてあげてください」
「……あんた一体なにものだ、って言っても答えてくれないんだろうなぁ」
「ごく普通のお客さん、ですよ。いまはオフなので、そういうことで」
ごく普通のお客さんは、しばらくして、ごく普通に帰った。
「また時間があったら来ますね。その時は部下の誰かがついてくるかもしれません」
軽く会釈、ばいばいと手を振り、てくてく歩いて鳥居のむこうに消えていった。
「……ぐてー」
魔理沙は先ほどの霊夢と同じように、こたつと同化しようとしているかのように頬を置く。
別に、いろいろこの巫女に聞いてもよいのだ。
だが、質問する気が起きない。
たぶん、あの客は本当に遊びに来ただけなんだろうな。
なんとなく、そう思った。
その後、魔理沙はこたつを再び猫のように飛び出し、箒に飛び乗った。春告精を捕まえてくるぜ。陽気にそう一言いい残して。
「……皮、片付けましょうか」
こたつの上には、客と闖入者が残したミカンの皮が広がっていた。やれやれめんどくさい。こういうことは家主がやらなければいけないのだ。
そもそもあの客もいきなりやってくることもないのに。連絡もせず、「こんにちは!」だ。妖怪もそうだが、あの連中も大概やりたいほうだいである。よくもまあ、他者に自らへの疑問を抱かせないようにする御業まで大層に使ったもんだ。
魔理沙にも何か言っていたようだが、まったく誰かに語りかけるのが好きなことで。まあ、だからこそ、自分のような巫女という職業がなりたつのだが。もし今度なにかの機会に、この身に降ろしたとき、フレンドリーに喋りかけられたら困る。威厳というものが台無しになってしまう。
「今度来るときは連絡さえしてくれれば、もうちょっと良いおかしをあげるのに」
霊夢は一つ、ため息。
「困ったものね、アマテラス様にも」
「どういたしましてー」
魔理沙の言葉に、その女性はへんてこりんな返事をした。
ほとんどの人間が冬に飽きていた。
確かに、冬は魅力に満ちている。世界を白一色に染める雪景色、淡くて遠い青空、命がないからこそ生まれる静謐な静寂。
けれど、さすがに凍るように冷たさが三ヶ月近く続けば、辛くなってくる。
だから、その日、風が止んで太陽がいつもよりほんの少しあたたかく感じられるようになると、人々は大いに喜んだ。
魔理沙もその一人であった。目を覚まし、太陽のあたたかい光を感じると、顔に笑みを浮かべた。朝食後すぐ箒に飛び乗ると、そのまま幻想郷を駆け巡った。リリーホワイトの姿を探した。
残念ながら春告精の姿を見つけることは出来なかったが、それでも彼女はるんるん気分で博麗神社の境内に降り立った。
そして冒頭のシーンに至る。
博麗神社の居間に一人の女性がいて、こたつに足を突っ込んでいた。魔理沙が初めて会うこの女性がへんてこりんな返事をしたのだ。
「むしゃむしゃ」
ミカンをおいしそうに頬張っている。
おそらく二十代半ば。これといって特徴がある女性には思えなかった。強いて言うならば、腰まで伸ばした黒髪、やさしそうな顔をしている、ぐらいだろうか。和服を着ている。
特徴は、ない。
「わたしに会いにきたんだってさ」
霊夢が気だるげそうに言った。霊夢もまたこたつに入り、頬をぐでーと置いている。
「もうすぐ帰るんですけどねー」
「あれ、もう帰るの」
「これから忙しくなりますからね。がんばらなくちゃ」
「まったく、たいへんね」
「みんなのためですから」
さて、どうしようか。魔理沙は思案する。どうやら目の前の女性は霊夢の個人的な客らしい。要するにいま霊夢はお取り込み中、というやつだ。
自分がとるべき行動はなんだ。ああ、考えるまでもなかったな。
「私にもミカンよこせー!」
魔理沙は猫のように飛びかかり、猫のようにコタツへ一直線。
そしてミカンに手を伸ばす。
「ふふふ。話に聞いた通りですね、魔理沙ちゃん」
「うん? 私のこと知ってるのか?」
「ええ。元気一杯で、最近めきめき実力をつけている魔法使いがいるって、我々の業界では噂になっていますから」
「元気すぎて困るんだけどねー。それにしても」
霊夢が言った。
「わたしの顔なんて見に来て楽しい? わざわざ遠くからさぁ」
お客さんは柔和な笑みを浮かべながら、返す。
「もちろん楽しいです。博麗の巫女を見るのも楽しいし、霊夢あなた自身を見るのも楽しい。我々からすれば、かわいい娘みたいなものなのですよ。ああ、本当に長生きしてほしいなぁ」
「やれやれ、勝手にしなさい」
霊夢はこたつから出て立ち上がる。そしてそのまま台所へと足をむけた。せんべいを取ってくる、とのことだった。
「……」
「むしゃむしゃ」
霊夢がいなくなると、お客さんと魔理沙は居間で二人っきりになる。お客さんは相変わらずミカンをおいしそうに食べている。
魔理沙はぼー、と思った。
霊夢とこのお客さん、一体どのような関係なのだろう。どんな付き合いがあるのだろう。
そもそもお客さんはどんな人なのだろうか。
しかし不思議なことに、それらに対して、魔理沙は強い興味を抱けなかった。どうでもいいやという感情が支配し、質問をする気が失せてしまう。
どうしてなんだろう。なぜなんだろう。
魔理沙はそんなふうにただ、ぼー、と思うだけだ。
「ねえ、魔理沙ちゃん」
「なんだ」
「一言、お礼を言わせてください。霊夢が普通の女の子に近づいていっているのは、やっぱり魔理沙ちゃんの影響が大きいと思うんです。霊夢は優しくなりました。我々からすれば博麗の巫女は道具でも問題はないですけれども……でもやっぱり、女の子には笑っていてほしいです。ありがとう、魔理沙ちゃん。これからも霊夢と仲良くしてあげてください」
「……あんた一体なにものだ、って言っても答えてくれないんだろうなぁ」
「ごく普通のお客さん、ですよ。いまはオフなので、そういうことで」
ごく普通のお客さんは、しばらくして、ごく普通に帰った。
「また時間があったら来ますね。その時は部下の誰かがついてくるかもしれません」
軽く会釈、ばいばいと手を振り、てくてく歩いて鳥居のむこうに消えていった。
「……ぐてー」
魔理沙は先ほどの霊夢と同じように、こたつと同化しようとしているかのように頬を置く。
別に、いろいろこの巫女に聞いてもよいのだ。
だが、質問する気が起きない。
たぶん、あの客は本当に遊びに来ただけなんだろうな。
なんとなく、そう思った。
その後、魔理沙はこたつを再び猫のように飛び出し、箒に飛び乗った。春告精を捕まえてくるぜ。陽気にそう一言いい残して。
「……皮、片付けましょうか」
こたつの上には、客と闖入者が残したミカンの皮が広がっていた。やれやれめんどくさい。こういうことは家主がやらなければいけないのだ。
そもそもあの客もいきなりやってくることもないのに。連絡もせず、「こんにちは!」だ。妖怪もそうだが、あの連中も大概やりたいほうだいである。よくもまあ、他者に自らへの疑問を抱かせないようにする御業まで大層に使ったもんだ。
魔理沙にも何か言っていたようだが、まったく誰かに語りかけるのが好きなことで。まあ、だからこそ、自分のような巫女という職業がなりたつのだが。もし今度なにかの機会に、この身に降ろしたとき、フレンドリーに喋りかけられたら困る。威厳というものが台無しになってしまう。
「今度来るときは連絡さえしてくれれば、もうちょっと良いおかしをあげるのに」
霊夢は一つ、ため息。
「困ったものね、アマテラス様にも」
霊夢の慣れた様子も神社の日常なのだと思えて楽しかったです。
次の作品も楽しみにしています。
というかアマテラスて二人いるんですよね?この方はどちらのアマテラス様なのでしょうか?
日本の神様は怒ると怖いけどフランクなのが多いね
作者の青坂章也です。
うーん、アマテラスが二人という話はちょっと聞いたことがないですね……。
この作品ではそれについて考慮していません。申し訳ありませんでした。
九鬼文書という古文書によれば二人のアマテラスは伯母と姪という関係で、1人はスサノオの姉のアマテラス。もう1人はスサノオの娘のアマテラスだそうです。さらに現在の天皇家の系譜は娘の方のアマテラスに繋がってるらしいです。
長々と失礼致しました。これからも青坂さんの作品を楽しみにしております。
作者の青坂章也です。
ごめんなさい! 「たゆたう」だと意味が通じませんよね。確認を怠り、誤意の文字を残したままにしていました。
2015年2月14日に修正しました。