博麗神社の昼下がり。のんべんだらりと過ごす〝れ・ま・さ〟。
「面白いことないかな~」
霧雨魔理沙が誰にともなく呟いた。
「このあいだ某女子と面白いことしましたよ」
にっこり笑って答えたのは東風谷早苗。
「某女子って、もう天子でいいじゃないの」
博麗霊夢が面倒くさそうに言う。
「大きなお皿に粒餡の大福を山盛りにします」
「何個くらいだ?」
「最低十個は必要です。そして順番に一つずつ食べていくんです」
「それが面白いの?」
「実はこの中に一個だけ〝こし餡〟の大福が混じっているのです」
「こし餡?」
「そのこし餡に当たった方が負けなんです、これ、すなわちっ」
「コシアンルーレットって言いたいんだろ?」
「ああーー! 何で言っちゃうんですか!」
「どっかで聞いた話だぜ」
「くっだらないにも程があるわ」
「もーー」
早苗は心底がっかり。
「結局どっちが勝ったんだ?」
「ノーコンテスト(無効試合)でした」
「どうして?」
「天子さん、三個食べた時点で『もういらない』って」
「……ま、そうだよな」
「聞いて損した感がハンパじゃなかったわね」
「霊夢ー、今のはどういう意味なの?」
霊夢のお腹のあたりから甲高い声がした。
「説明するのもバカバカしいわね」
首を下に向け少名針妙丸に答える。
異変後、針妙丸は博麗霊夢に保護されている。
ほとんど力失ってしまったので、野生動物に襲われたらひとたまりもないからだ。
今は座っている霊夢の膝の上に腰掛けている。
霊夢は小人がずり落ちないように片手で支えてやっている。
「でも知りたいわー」
霊夢はふーっとため息をついたあと、ロシアンルーレットを解説し、こし餡とかけた洒落であることを説明した。
「なるほどねー、面白いじゃない、ね? 早苗っ」
小さな体なので大きな声でしゃべってようやく聞こえる。
「……どうも」
早苗は赤くなって俯いたままだった。
ギャグを冷静に解説されるのはかなり厳しい羞恥プレイだ。
「もうそのへんで勘弁してやれよ」
世間ずれしていない針妙丸には悪意がない。
それがまた早苗には痛かった。
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「今時のオサレ女子はどんなトークしてるのかしら?」
「霊夢、〝おシャレ〟、だぜ?」
「何でもいいじゃない」
「幻想郷でイケてるおシャレ女子と言えば守矢神社の風祝ですね」
「お前、自分で言うなよ」
「立ち直るの早いわねー」
早苗はメゲていない。あの程度で凹んでいてはこの二人とは付き合えないのだ。
「で、最近の話題は?」
「そうですね、この前某女子と盛り上がった話題といえば」
「某女子? また天子のことか?」
「早苗と仲良しだもんね」
「仲良しじゃありませんよっ」
「何をムキになってんだよ、友達なんだろ」
「違いますってっ」
なんとか否定したい早苗。
「はいはい某女子、某女子、そんで?」
「ぐむっ まあ良いです。
幻想郷のイマドキおシャレ巫女、東風谷早苗が教えてあげましょう」
「お願いしまーす」
「福神漬けかラッキョウかって話題ですね」
「は?」
「ライスカリーの付け合せのことですよ。私は福神漬けなんです」
「それがおシャレ女子の話題なのか?」
「天子さんはラッキョウの甘酢漬けだって言い張るんです。
福神漬けの奥深さを理解できないんです」
「スルーかよ」
「私、カレーにはラッキョウかなあ」
「ふん、どっちでもオッケーだぜ」
「福神漬けですってば」
「やけに押してくんなあ」
「福神漬けって何が入ってるんだっけ?」
「大根、ナス、カブ、瓜、紫蘇、レンコン、そして鉈豆です。
七福神にちなんでこの七種類が基本ですが、何を入れても良いようです」
「さすがに詳しいな、キュウリは?」
「良いと思います。しかし、鉈豆は外したくありません」
「ま、こだわりがあるのは悪いこっちゃないわ」
「ベースを形成する大根、カブ、瓜、色合いと風味を支える紫蘇、明快な食感でアクセントとなっている鉈豆とレンコン、素晴らしいハーモニーなのですよっ」
ビシイッと音が聞こえそうなポーズを決めた早苗。
「ほへー、大したもんだな」
「賢さ三割り増しに見えるわ」
「〝福神漬けクイーン東風谷早苗〟だな」
「〝ミス福神漬け〟と呼ばなくちゃね」
「……それ、流行らせようとしてますか?」
「ダメなの?」
「ダメに決まってるでしょっ」
「ミス福神漬けさーん!」
早苗に向かって針妙丸が元気に声をかけた。
「ですからダメですって……」
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「何だか食べたくなってきたな、カレーライス」
幻想郷に固形のカレールウはほとんど流通していないが、カレー粉はあるので割とポピュラーな料理になっている。
「ライスカリー良いですね」
「さっきから気になってたんだが、ライスカリーって、なに気取ってんだよ」
「生意気ね」
「そうですか? あちらにいた時はそう呼んでいましたが」
「ホントか? カッコつけてないか?」
「い、いえ、そんな」
「そんじゃライスチキンとかライスオムって言ってたの?
意味わかんないわ」
「あれは……ライスに味を付けてあるわけですから別ですよ。
ライスにカリーが乗っているからライス・カリーなんですよ」
「苦しそうだな、おっと、決定打を思いついたぜー」
ニヤーっと笑い顔を近づける。
「ハヤシライスはどうなんだ?」
「なるほど、形はカレーライスと全く同じだわね」
「あちらではライスハヤシって呼ぶのか?」
「それは……」
「どうなのよ」
ご飯とカレールーが別々になって供される(レストランとか)カレーライス。
ご飯とカレールーが同じ皿に盛られているのがライスカレーと呼ばれていた。
この国にカレーが紹介され、国民食として浸透していった頃はライスカレーと呼ばれていたが、高度経済成長期以後、オリンピック開催あたりから一般的にカレーライスと呼ばれるようになったらしい。
『まぁ、どちらの呼び方が正しいとは決められないね』byナズーリン。
「楽になっちゃえよ、今なら暗黒大魔神様のご慈悲もあるぜ」
「ちょっと、暗黒大魔神って私?」
「うう、カッコつけてましたあ……」
「やっとゲロしたな」
「どーでもいーんだけどね」
「あとさ、カレー? カリー? どっちだ?」
「どっちでもいいじゃないの」
「正式な発音では〝カリー〟の方が近いんですけどね」
小さくなった早苗がポショポショ言う。
「カリーの方がシャレてる気もするが言いにくいぜ」
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「お二人は何カリーがお好きですか?」
「色々あんのよねー」
「お前、ホント、頑丈だな」
早苗はメゲていない。あの程度で凹んでいては(以下略)。
「この国の場合、入れる具によって呼び名も変わりますけど、だいたいは肉の名が冠されますよね」
「牛肉、豚肉、鶏肉、魚介、もっと色々あるよな」
ビーフ、ポーク、チキン、シーフードなどなど。
「グリーンカリーと言うのもありますね」
「なにそれ」
「元はタイ料理で緑色のカリーです」
「緑色? それ妖怪の食べ物?」
「霊夢、この世のグリーンカレー全てに謝れ」
「でも、こちらではレモングラスやココナッツミルクが入手しにくいでしょうから無理ですね」
「豆のカレーもあるらしいな」
「豆はイヤよ。せっかくのカレーに肉が入っていないって許せないわ」
「んー、ヘルシー志向なんですかね」
「ヘルシー? バカみたい。
そんなの幻覚が見えてくるほどお腹が減ったことがないヤツの戯言よっ」
気色ばむ素敵な巫女様。
「お前、見たことあんのか?」
「むぅ」
「悪かったぜ……次行こうか」
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「何の肉がいいかより、何の肉なら手に入るかだろ」
「そのへんの鳥をシメればいいのよ」
「待てったら。あ、チキンカレーならたまに食べるぜ」
「そうなの?」
「うん、美味いんだぜー」
「魔理沙さんがカリー作りですか、ちょっと意外ですね」
「いや、作んのはアリスだけどさ」
「ふっ、そんなこったろうと思ったわ」
「別にいいだろ」
「魔理沙さんのために甲斐甲斐しいですね、キュンとしちゃいます」
「あのな、たまたまだからな?」
「そう思ってんのはあんただけよ」
「そうかなあ」
「あー、アリス、カレー作りに来てくんないかしら、材料持って」
「お前、何様だ?」
「アリスはあんただけのものじゃないのよ」
「何言ってんだよ」
「ここで『アリスは私のものだっ』って言うとカッコいいんですがねー」
「お前ら、おかしいぜ」
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「やっぱりカレーには肉が入ってないとね。あー肉食べたい」
「こう言うのを肉食系女子って呼ぶんだろ?」
「それ、ちょっと違うと思うんですけど」
「あっそうだ! 今日だわっ」
霊夢が手を打って立ち上がった。
「ひゃああー」
針妙丸が転げ落ちてしまった。
「うあっ! だ、大丈夫?」
慌てて拾い上げる霊夢。
「……うん、大丈夫、ビックリしただけだよ」
「悪かったわ」
そっと胸に抱き、指先で頭を優しく撫でている。
「このくらい、なんでもないよ、平気、平気ー」
ほのぼのした光景なのだが、このままでは話が続かない。
「霊夢、なんなんだ?」
魔理沙が慎重に問うた。
そのセリフで元(?)に戻る博麗の巫女様。
「グッフッフフフ フハハハハハ」
邪悪な笑い。
「ど、どうしたんですか?」
「霊夢、その笑い方と顔、完全に極悪人だぜ」
「とっても怖いですよお」
「実はね~、今回は当てがあんのよお~」
霊夢はそう言って再びグフグフ笑った。
「もしかして肉のですか?」
「いえあーーす」
「家康? 徳川家康?」
「イエスって言いたいんだろ。当てって、またナズーリンかよ」
「違うのよ、こないだ里でちょっとした妖怪騒ぎを治めたのよ」
「えー、私知らないぜ、抜けがけかよ」
魔理沙はちょっとむくれた。
「あんたがアリスと乳繰り合ってた時のことよ」
「ちちくり……あ、温泉に行ってたあの時か」
「アリスさんと温泉旅行だったんですか?」
早苗が話に飛びついてきた。
「おい、その話はいいだろ? 霊夢の話だぜ」
「そん時に商店会の顔役さんが何かお礼をって言ってくれたの」
「お前、それで『肉よこせ』って言ったのか?」
「うわー、さいてーですよそれ」
「そんな訳ないでしょ、最後まで話を聞きなさいよ。
私は『妖怪退治は博麗の巫女の使命です、お気になさいますな』って言ったわ」
「へー、カッコイイじゃないか」
「それが当たり前なんでしょうけどね」
「こっからが本番よ。
『皆さんはニク親がニクらしい妖怪に襲われ頭ニクることもあるでしょう。
警戒しようにも、あいニク、ニク眼では確認しニクい相手です。
私はこのニク体がある限りニク弾戦になってでもニックき妖怪と戦います。
でも、寄進していただけるのならとても助かりますわ、ニクニクッ(笑)』って言ったの。
ここまで言えばさすがに分かるでしょうよ」
さあどうだとばかりに二人を見る霊夢。
「なあ早苗、こういうのはどうなんだ?」
「そこまでするのかーって感じでしょうか」
魔理沙と早苗は自分のことでもないのになんだかとても辛くなってきた。
「今日、顔役さんがお礼を持って神社に来るはずなのよ」
「それが肉だと?」
「これで肉じゃなかったら大笑いだぜ」
「だいじょーぶよ、精肉店の親父さんの顔をずーっと見ながらしゃべってたんだから」
「おい早苗、これが幻想郷の平和を守ってる巫女様だ」
「ありがたくって涙が出てきますね」
「……あんたたち、カレー食べたくないわけ?」
「ごめんくださーい」
表から男性の声がした。
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「カレーだ!」
「カリーだ!」
「らんららんらら~~ん」×2
歌いながら腕を組んでクルクル踊る魔理沙と早苗。
顔役から届けられたのは豚バラ肉の大きなブロックだった。
「どうよっ 私を見直した?」
EXボスを撃破した時のようなドヤ顔で肉の包みを掲げる霊夢。
「いえあーーす!」
包みの上で針妙丸がバンザイしている。
きっと意味は分かっていないのだろうが。
「いよっ幻想郷の守護神!」
「さすがっ博麗霊夢さま!」
んぶふーーっ
霊夢は鼻の穴から盛大に息を吹き出し得意満面。
安い、ホントに安い。
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「豚バラ肉がゴロゴロ入ってるカレーだぜい、いえい!」
「これでいよいよカレー作りですね」
「こうなったら、いっちょ作りますかっ」
「おーー」
今夜はカレーに決まった。
「かれーってなーに?」
未体験の針妙丸が当然の質問をした。
「えーっと、肉や野菜が入っててですね」
「茶色くてちょっと辛くて、ご飯にかけて食べるんだ」
「んんー?」
カレーを知らない相手に説明するのは難しいかも知れない。
「見て食べれば分かるわよ、美味しいから」
結局はそうなる。
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「ナンはご存じですか?」
「知らないわ、ナンなのそれ」
「ナンはナンなのだって、きゃはははは」
針妙丸が笑い転げている。
「お前、お笑いの沸点が低いなー」
これまで身近にこんなトンチキな会話をするモノがいなかったのだ。
針妙丸にはいちいちツボにはまるようだ。
「カリーの本場インドではメインです。平べったいパンみたいなものです」
「カレーをパンで食べろっての?」
「でも、カレーパンは旨いぜ」
「あれは別でしょうが」
「カリーパンのカリーは味付けが違うようですからね」
「とにかくパンはダメ」
「ドライカレーって手もあるよな」
「あれはアリね」
「でも、せっかくの大きなお肉ですよ」
「そうね、なんかもったいないわ」
「やめようぜ」
「やっぱり普通の白いご飯がいいわ」
「だな」
「ご飯にアーモンドやレーズンを散らすのも良いですよね」
「却下だ、ご飯は白いまんまがいいぜ」
「そうですかあ」
早苗はちょっとガッカリ。
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「辛さはどのくらい?」
「辛けりゃいいってモンじゃないよな」
「そうですね、激辛カリーは量が食べられませんからね」
「そーゆー問題か?」
「辛味はカイエンペッパーの入ったガラムマサラが良いのですが、一味唐辛子でもOKです」
「へー、詳しいな」
「そんなわけで、カリールウは私に任せてもらえますか?」
「今日は強気ね」
「自信満々な早苗の打率は三割三分三厘だからなあ」
「十分強打者じゃないですかっ」
「自信の根拠を知りたいわね」
「あちらの世界にいた時、【調理実習】で【カリー粉から作る本格カリー】を習得しました、それにこちらに来てからも何度か作ってますからね」
鼻息の荒い風祝さま。
「どうする霊夢?」
「んー、今までは適当に作ってたから任せてもいいかな」
「おまっ、適当って」
「大体は食べられたわよ」
「それなら私に! きっと美味しいカリーにしますからっ」
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「とろみは小麦粉で付けるんだろ?」
「はい、でも小麦粉をそのまま入れちゃダメなんです」
「ダマになるのよね」
霊夢がボソッと呟いた。
「さてはやったことがあるな?」
「あんたは黙ってなさいよ」
「ダマになって黙ってって、きゃははははは」
針妙丸でした。
「楽しそうだなあ」
「うん! なんだかとっても楽しいわー」
しがらみから解放され、やり直しの人生のスタートに立った少名針妙丸。
日々、諸々のことが輝いて見え、そして楽しい。
「そりゃ良かったな」
「うん、そして小麦粉はどうするの? ねえ?」
「針妙丸、落ち着きなさいって」
膝の上でピョコピョコ飛び跳ねる小人を見る霊夢の顔はいつもより少しだけ柔らかい。
「小麦粉はバターで炒めてから煮汁でのばして加えるんですよ」
早苗も針妙丸に向かって穏やかに答えている。
「それにカレー粉入れるわけだな?」
「いえっ、それだけじゃいけません」
魔理沙に向き直った時にはやや険しい表情になった。
「コクと風味付けにバター、辛さのために唐辛子、香り付けにニンニク、そして砂糖を加えるのです」
「お、おう、そうか、任せるぜ」
気圧された魔理沙は少し仰け反った。
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「カリー粉、その他ルウ関係の材料を提供します」
例によって材料調達の打ち合わせ。
「そんだけ?」
「これがないとカリーになりませんよ、あと福神漬けですね」
「らっきょはどーすんだ?」
「いるんですか?」
嫌な顔をする早苗。
「いや、別にいらないぜ、へへへ」
わざとだった。今の顔を見たいだけだった。
「私も無くてもいーわ」
「野菜は私が持ってくるぜ」
「ジャガイモ、ニンジン、タマネギは外せませんよね」
「基本中の基本ね」
「キノコどうする?」
「好きじゃないわ」
「シイタケの入ったカリーには正直ガッカリでした」
「まーたダメなのか? キノコが浮かぶ瀬は無いのか?
アリスはマッシュルーム入れてくれんのに」
「あんたこそ、まーたアリス?」
「マッシュルームくらいなら良いんじゃないですか?」
「んー、そうね、良しとしましょう」
「そうか、じゃあ〝魔法のマッシュルーム〟採ってきてやるぜ」
「え? そ、それっ絶対ダメなキノコですよ!」
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「リンゴとハチミツはどうする? なんか聞いたことがあるんだが」
「とろーり溶けてる、ヒデキ、カンゲキ! ですね」
「なんだか甘口カレーじゃなくて甘いだけのカレーになりそうだわ」
「確かに隠し味はマイナスになることが多いみたいですよ」
「そうだな、やめとくか」
「ヒデキのカンゲキはまた今度ね」
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「トッピングはどうしましょう?」
「玉子あるわよ」
「生? 目玉焼き? ゆで玉子?」
「それは黄味のとろとろが好きかどうかだなー」
「私、白身のドロってしてるの嫌いなのよ」
「黄身だけ乗せりゃいいだろ」
「白身は?」
「取っといて味噌汁の具にでもするんだな」
「ウチ、それよくやりますよ」
「んー、面倒臭いからゆで玉子ね」
「また面倒がるし」
「ゆで玉子も剥くのが大変ですよ」
「そういう手間を面倒くさがっちゃダメでしょ」
「お前の面倒の基準が分かんないぜ」
「私が玉子の殻を剥こうか?」
針妙丸が提案した。
「ダメ、危ないから」
保護者が即座に却下した。
「おい、霊夢、それは過保護なんじゃないか」
「玉子の殻は固くて鋭いのよ。このコの手じゃ無理」
「う……」
うなだれる針妙丸。
スケールで見れば確かに危険物かも知れない。
でもやりたかった。
世話になりっぱなしの自分、少しは役に立ちたかったのに。
「チーズが合うんですよね」
空気を変えようと早苗がつとめて明るく言ってみた。
「そんな洒落たモンないわよ」
「ハンバーグ、ウインナ、チキンカツ、コロッケ……いいですよねー」
「無いものねだりは止してちょうだい」
重ための空気は変わらなかった。
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「トッピングの王様はトンカツだよな」
そう言いながら魔理沙は霊夢の肩を軽く叩いた。
その意味が分からない霊夢ではない。
「ふん、それって、カツカレー?」
ギアをニュートラルに戻した。
「トッピングと言うには存在感が有り過ぎますけどね」
早苗もシフトが変わったことに気付き、話をノせてくる。
「私、カツカレーで気づいたことがあるんだが」
「なに」
「里の喫茶店でカレーライス出すとこあるだろ?」
「メイド服の女給がいる大きな店のこと?」
「そうだ」
「今どき女給って言いますか?」
「あそこはカツカレーもあるんだ」
「一回食べました、美味しかったです」
「なら思い出してみてくれ、カツカレーの汁には具が極端に少ないんだ」
「んー、そう言えばそうでしたね」
「カツがあるから具が無くてもいいってことかしら」
「女給に聞いてみたらこっそり教えてくれた」
「いつものようにたらし込んだのね」
「女の敵ですね」
「……お前たち、黙って聞けよ」
「はいはい」
「あの店はカレーの汁と具を別にしてないんだ」
「他所は注文受けてから合わせるの?」
「あんまりカリーが出ないなら鍋を二つ使うこともないからでしょうね」
「さてここからだぜ。早苗がその店でカツカレーを注文したとする」
「すみませーん、カツカリーお願いしますぅ」
早苗がよそいきの声でノってきた。
「そうするとお店はカレーの大鍋からなるべく汁だけをすくってカツとご飯にかける」
「そうね」
「そして早苗がカツカレーをおかわりしたとする」
「え? ……すみませーん、カツカリーおかわりお願いしますぅ」
とりあえずもう一回ノる。
「また具を避けて汁だけをかける」
「そうなるわね」
「そしてまた早苗はカツカレーをおかわりする」
「あんた、随分食べるわね」
「例え話ですよ」
さすがにもうノってこない。
「また具を避けて汁だけをカツにかける」
「そんで?」
「更に早苗はカツカレーをおかわりだ」
「あんた、スゴいわね」
「あの、例えですからね?」
「我らが早苗はまだまだいける、もういっちょおかわりだっ」
「いやはや超人ね」
「だからっ例えですって!」
「そうこうして、十杯目のおかわりをしたときどうなってると思う?」
「早苗が食い倒れてる?」
「いや、この場合、早苗はどうでもいいんだ」
「ヒドいっ」
「問題は店のカレー鍋の中だ」
「……なるほど具がギッシリね」
「つまり、あの店で具だくさんのカレーライスを食べたければ早苗がカツカレー十杯食ったあとに注文すればいいんだぜ」
「早苗、今度その店に行きましょう」
「カツカリー十杯も食べるわけ無いでしょうがっ」
「食べらんないの?」
「四杯が限度です!」
「四杯?」
「へ? じょ、冗談ですよお」
両手をバサバサ振っている。
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「野菜のトッピングなら千切りキャベツ、ほうれん草、素揚げのナスなんかですね」
「店のカレーで糸みたいに細く切ったキャベツが付いてたぜ」
「キャベツはウチにあるけど、美味しいの?」
「これが合うんだよなー」
「細ければ細いほど良いんですよね」
「そんなに細くってどうやって切るのよ」
「うーん、職人技ですかね」
「ねえ霊夢、私が切ろうか?」
針妙丸からの再提案。
「私なら細ーく切れるよ」
少しの間考える霊夢。
「やってくれる?」
「うん! 任せてっ」
とても嬉しそう。
「よーし、そんじゃ調達に行ってくるぜー」
「いってきまーす!」
魔理沙も早苗もなんだか嬉しくなった。
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「コロッケも買ってきましたっ」
「おおっ でかしたぜ!」
調達部隊が全て戻ってきた。
「これでトッピングはゆで玉子とコロッケと糸切りキャベツね」
「糸切りキャベツ?」
「糸みたいに細くすんでしょ?」
霊夢が指を差す先で針妙丸がキャベツの葉をうんしょ、うんしょと折りたたんでいる。
そして小さな小さな包丁(彼女にとってはそれでも巨大な刃物)で、さくっ、さくっと丁寧に切っている。
「へえー、やるもんだな」
「刃物は大丈夫なんですか?」
「自分が気をつければすむことよ」
「玉子剥きはダメだったのになんでですか?」
早苗には霊夢の危険基準が理解できない。
「玉子の殻は剥くときにどんな割れ方するか分からないもの」
「ああ、なんとなく分かったぜ、急にベロっと大きく剥けたりするもんな」
あの体では相当の力をかけなければ剥けないだろう。
素手で扱うには確かに危険だ。
全体がグシャグシャになるほど細かいヒビを入れれば安全だろろが、それでは日が暮れてしまう。
「出来ることをやれば良いのよ」
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ようやく調理開始。
「生姜入れるか?」
「無いわよ」
「しょうがないなー」
「ぷは、久しぶりに聞いたわ、そのしょーもないダジャレ」
霊夢はつい笑ってしまった。
「あははは、祖父さんが何度も言ってたんだぜ」
「里の八百屋のオジサンもしょっちゅう言うわ」
「神奈子様も必ず言いますけど」
言ってから『しまった』の顔になる早苗。
「あっ、今のはナシでお願いします」
「んー、一周回って面白いのかな。ははは」
「早苗、ドンマイよ」
「神奈子様、申し訳ありません……」
「生姜が無くてしょうがない! きゃははは」
オヤジギャグに耐性の無い針妙丸がきゃらきゃら笑っていた。
「笑ってると手ぇ切るわよ」
そう言いながら自分も笑っていた。
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「タマネギを飴色になるまで炒めるのは意味あんの?」
「あります、コクが全然違いますから」
「飴色ってどんな色よ?」
「半透明のやや明るい茶色だな」
「飴って無色透明よね」
「昔の水飴は麦芽を加えていたから薄い茶色だったみたいだぜ」
「詳しいわね」
「だてに魔法薬を作ってないからな」
本に記述された色合いが分からなくては調合もうまくいかないだろう。
「うんと薄切りにして水分を飛ばすように炒めるんです。
弱めの火で焦げ付かないように丹念に混ぜます」
「どんくらいかかるんだ?」
「いい感じの飴色になるまで一時間弱でしょうかね」
「そんなに!?」
魔理沙と霊夢が同時に叫んだ。
「元の量の五分の一くらいいなります。
そしてタマネギ特有の辛味が飛んで、甘味が凝縮された【アメタマ】の出来上がりです」
「かーーっ 面倒臭そうねー」
「絶対言うと思ったぜ。誰がやるんだ?」
「私は」
「霊夢さんっ、ここだけは面倒臭がっちゃいけませんよ」
「むう」
「公平にジャンケンといくか」
「あんたたち私の勝負強さを忘れたの?」
「ジャンケンには関係ないですよ、多分」
「言ったわね」
「よし、それじゃ、ジャーンケーーン ポォン!」
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魔理沙と早苗がニンジンとジャガイモを剥いている。
皮に栄養があるからと主張する早苗に『皮だけ取っといてあげるから残さず食べんのよ』と責任者が宣ったので剥くことなった次第だ。
「それで温泉旅行はどうだったんですか?」
「はあ? お前しつこいなー、温泉入って食事しただけだぜ」
「それだけですか?」
「それだけだ」
「桃色ハプニングはなかったんですか?」
「何だよそれ、まあ……洗いっこはしたけどさ」
「きゃあ! いやっふーーいっ!」
「早苗! 真面目にやんなさいよっ」
意外にゴシップ好きなイマドキおシャレ巫女さんをお腐れ巫女が怒鳴りつけた。
「魔理沙! 肉は大きめに切るのよっ」
「はいはーい」×2
霊夢が炒めているタマネギはまだまだ飴色には程遠い。
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肉と野菜を煮ている大鍋にルウが投入された。
「うーーん、カレーの匂いだぜ~」
「まさに加齢臭ね」
「霊夢」
「なに」
「いや、なんでもないぜ」
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「早苗にとって、カレーは飲み物なんじゃないのか?」
「冗談はやめてください、玉子かけご飯とお茶漬け、そしてとろろ飯くらいですよ」
「……あ、そっ」
------------------------------
「よーし、カレーはこんなモンで十分だろ」
味見をし、納得のいった魔理沙は他の進捗を見てみる。
―― 針妙丸のキャベツはどんな感じだ? ――
早苗に小声で聞いた。
―― うーん、まだしばらくかかりそうですね ――
見れば、うんしょ、よいしょ、と丁寧に刻んでいる。
キャベツの葉はまだ何枚も残っていた。
魔理沙は同じように針妙丸の奮戦を見つめている保護者に意見する。
―― 霊夢、あれ、どうする? ――
―― 私たちも切るの手伝った方が良いんじゃないですか? ――
「カレーはもう少し煮込まなきゃダメよ」
霊夢は針妙丸から視線を外さないままで答えた。
―― え? もう十分だぜ? ――
―― 三十分くらいはかかりそうですよ ――
「あと三十分、弱火で煮込んだらちょうど食べごろになるのよ」
それを聞いた早苗の顔がぱあっと明るくなった。
「針妙丸」
霊夢が声をかける。
「へは? なに?」
少し息を切らしながら答える針妙丸。
「カレーはあと三十分かかりそうよ」
「三十分? それまでには切り終わるから大丈夫っ」
「任せたわよ」
「うん!」
―― 霊夢 ――
「なによ」
―― お前、良いおっかさんになるぜ ――
「……ふん」
「それじゃお皿やトッピングの準備やっちゃいましょう!」
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「お醤油出しといて」
「醤油?」
「カレーにお醤油かけないの?」
「かけようとしたら怒られたからな」
「誰に、ってアリスね?」
「うん」
「霊夢さん、せっかく美味しそうなカリーですからこのままで食べましょうよ」
「分かったわよ」
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「スプーンは水に漬けとかなきゃだぜ」
「コップに突っ込んでおくんでしょ?」
「これは何でなんですか?」
「冷やすんだろ?」
「お湿りをくれてるんじゃないの?」
一口目の熱さを緩和して滑りを良くするため、とか言われていたが現在は流行っていない。
「スプーンを直置きしたくないからかな」
「そうかも知れませんね」
「でも、いかにもカレーって雰囲気で良いじゃないの」
「そうだな」
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そして、いただきます。
「はほっ! うんまーーい!」
「お肉がおっきいですー!」
霊夢は小柄のような小さなナイフで米粒や具をちょんちょん刻んでやっている。
「霊夢ー、ありがとうね」
「熱いから気を付けんのよ」
「うん」
小さなスプーンであーんと口に運ぶ。
「ふぐ(もぐ)、ちょっとハラいけろ(もぐ)おいひい(もぐ)」
「慌てなくていいわ」
自分も口にする。
「うん、うーん! これは確かに今までとは違うわっ」
「針妙丸、このキャベツ、イイな! でかしたぜっ」
「ナイスなテクスチャー(食感)になりますね」
「えへー」
二人に誉められ、てれてれ針妙丸。
------------------------------
もう少しで食べ終わりそうだった風祝のペースが極端に落ちた。
チラチラと周囲をうかがっている。
「早苗、おかわりしていいわよ」
「ホントですか!?」
「どうしたんだ、霊夢」
「あんたたち、私をなんだと思ってんのよ」
(因業巫女)
(業突張り)
当たり前だが、二人とも声には出さない。
「その面ぁ見れば分かるけどね。〝おうちのカレー〟はおかわりがつきものでしょ?」
ニヤっと笑った。
「ぃよっしゃっ 太っ腹! いただくぜ」
「いただきまーすっ」
わっせわっせとおかわりをよそう。
―― 霊夢、機嫌がスゴく良いぜ ――
―― これも【針妙丸効果】でしょうね ――
「あんたたち、聞こえてんのよ」
ビクッ! ×2
「わ、私、えーと、次は生玉子いきますっ」
「コロッケもらうぜーい」
------------------------------
「カレーは二日目も旨いからなー」
「あれってなんでなの?」
「味が馴染むからじゃないのか」
「お肉のうま味や野菜の甘みが染み出て美味しくなるというのは俗説みたいですよ」
早苗があちらにいた頃に観たテレビ番組【ためしてみたけどガチョ~ン】のカレー編を思い出そうとしている。
「そうなのか? でも、旨くなるぜ」
「えーと……確かジャガイモが溶けてカリーに粘りが出るからだったような」
「粘ると美味しくなるの?」
「粘り、粘度が高いと舌で味を感じる時間が長くなって、結果的に前よりも美味しく感じるんだったような」
「まあいいじゃないか、旨いのは確かだから」
「ええ、そうですね、楽しみですよね」
「ああ、楽しみだぜ」
「あんたたち、明日も来るつもりなの?」
「おい、霊夢、独り占めはよくないぜ」
「欲をかくとロクなことになりませんよー」
欲をかいて失敗する程度の能力を持つ楽園の素敵な巫女は憮然。
すると針妙丸がピョンと飛び上がって霊夢の肩に乗り、耳打ちした。
―― 霊夢ー、明日の朝、二人が来る前に食べちゃおうか? ――
―― ふふふ、そうね、そうすべきね ――
「二人とも、聞こえてるぜ」
「ズルいですよおー」
閑な少女たちの話 了
「面白いことないかな~」
霧雨魔理沙が誰にともなく呟いた。
「このあいだ某女子と面白いことしましたよ」
にっこり笑って答えたのは東風谷早苗。
「某女子って、もう天子でいいじゃないの」
博麗霊夢が面倒くさそうに言う。
「大きなお皿に粒餡の大福を山盛りにします」
「何個くらいだ?」
「最低十個は必要です。そして順番に一つずつ食べていくんです」
「それが面白いの?」
「実はこの中に一個だけ〝こし餡〟の大福が混じっているのです」
「こし餡?」
「そのこし餡に当たった方が負けなんです、これ、すなわちっ」
「コシアンルーレットって言いたいんだろ?」
「ああーー! 何で言っちゃうんですか!」
「どっかで聞いた話だぜ」
「くっだらないにも程があるわ」
「もーー」
早苗は心底がっかり。
「結局どっちが勝ったんだ?」
「ノーコンテスト(無効試合)でした」
「どうして?」
「天子さん、三個食べた時点で『もういらない』って」
「……ま、そうだよな」
「聞いて損した感がハンパじゃなかったわね」
「霊夢ー、今のはどういう意味なの?」
霊夢のお腹のあたりから甲高い声がした。
「説明するのもバカバカしいわね」
首を下に向け少名針妙丸に答える。
異変後、針妙丸は博麗霊夢に保護されている。
ほとんど力失ってしまったので、野生動物に襲われたらひとたまりもないからだ。
今は座っている霊夢の膝の上に腰掛けている。
霊夢は小人がずり落ちないように片手で支えてやっている。
「でも知りたいわー」
霊夢はふーっとため息をついたあと、ロシアンルーレットを解説し、こし餡とかけた洒落であることを説明した。
「なるほどねー、面白いじゃない、ね? 早苗っ」
小さな体なので大きな声でしゃべってようやく聞こえる。
「……どうも」
早苗は赤くなって俯いたままだった。
ギャグを冷静に解説されるのはかなり厳しい羞恥プレイだ。
「もうそのへんで勘弁してやれよ」
世間ずれしていない針妙丸には悪意がない。
それがまた早苗には痛かった。
------------------------------
「今時のオサレ女子はどんなトークしてるのかしら?」
「霊夢、〝おシャレ〟、だぜ?」
「何でもいいじゃない」
「幻想郷でイケてるおシャレ女子と言えば守矢神社の風祝ですね」
「お前、自分で言うなよ」
「立ち直るの早いわねー」
早苗はメゲていない。あの程度で凹んでいてはこの二人とは付き合えないのだ。
「で、最近の話題は?」
「そうですね、この前某女子と盛り上がった話題といえば」
「某女子? また天子のことか?」
「早苗と仲良しだもんね」
「仲良しじゃありませんよっ」
「何をムキになってんだよ、友達なんだろ」
「違いますってっ」
なんとか否定したい早苗。
「はいはい某女子、某女子、そんで?」
「ぐむっ まあ良いです。
幻想郷のイマドキおシャレ巫女、東風谷早苗が教えてあげましょう」
「お願いしまーす」
「福神漬けかラッキョウかって話題ですね」
「は?」
「ライスカリーの付け合せのことですよ。私は福神漬けなんです」
「それがおシャレ女子の話題なのか?」
「天子さんはラッキョウの甘酢漬けだって言い張るんです。
福神漬けの奥深さを理解できないんです」
「スルーかよ」
「私、カレーにはラッキョウかなあ」
「ふん、どっちでもオッケーだぜ」
「福神漬けですってば」
「やけに押してくんなあ」
「福神漬けって何が入ってるんだっけ?」
「大根、ナス、カブ、瓜、紫蘇、レンコン、そして鉈豆です。
七福神にちなんでこの七種類が基本ですが、何を入れても良いようです」
「さすがに詳しいな、キュウリは?」
「良いと思います。しかし、鉈豆は外したくありません」
「ま、こだわりがあるのは悪いこっちゃないわ」
「ベースを形成する大根、カブ、瓜、色合いと風味を支える紫蘇、明快な食感でアクセントとなっている鉈豆とレンコン、素晴らしいハーモニーなのですよっ」
ビシイッと音が聞こえそうなポーズを決めた早苗。
「ほへー、大したもんだな」
「賢さ三割り増しに見えるわ」
「〝福神漬けクイーン東風谷早苗〟だな」
「〝ミス福神漬け〟と呼ばなくちゃね」
「……それ、流行らせようとしてますか?」
「ダメなの?」
「ダメに決まってるでしょっ」
「ミス福神漬けさーん!」
早苗に向かって針妙丸が元気に声をかけた。
「ですからダメですって……」
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「何だか食べたくなってきたな、カレーライス」
幻想郷に固形のカレールウはほとんど流通していないが、カレー粉はあるので割とポピュラーな料理になっている。
「ライスカリー良いですね」
「さっきから気になってたんだが、ライスカリーって、なに気取ってんだよ」
「生意気ね」
「そうですか? あちらにいた時はそう呼んでいましたが」
「ホントか? カッコつけてないか?」
「い、いえ、そんな」
「そんじゃライスチキンとかライスオムって言ってたの?
意味わかんないわ」
「あれは……ライスに味を付けてあるわけですから別ですよ。
ライスにカリーが乗っているからライス・カリーなんですよ」
「苦しそうだな、おっと、決定打を思いついたぜー」
ニヤーっと笑い顔を近づける。
「ハヤシライスはどうなんだ?」
「なるほど、形はカレーライスと全く同じだわね」
「あちらではライスハヤシって呼ぶのか?」
「それは……」
「どうなのよ」
ご飯とカレールーが別々になって供される(レストランとか)カレーライス。
ご飯とカレールーが同じ皿に盛られているのがライスカレーと呼ばれていた。
この国にカレーが紹介され、国民食として浸透していった頃はライスカレーと呼ばれていたが、高度経済成長期以後、オリンピック開催あたりから一般的にカレーライスと呼ばれるようになったらしい。
『まぁ、どちらの呼び方が正しいとは決められないね』byナズーリン。
「楽になっちゃえよ、今なら暗黒大魔神様のご慈悲もあるぜ」
「ちょっと、暗黒大魔神って私?」
「うう、カッコつけてましたあ……」
「やっとゲロしたな」
「どーでもいーんだけどね」
「あとさ、カレー? カリー? どっちだ?」
「どっちでもいいじゃないの」
「正式な発音では〝カリー〟の方が近いんですけどね」
小さくなった早苗がポショポショ言う。
「カリーの方がシャレてる気もするが言いにくいぜ」
------------------------------
「お二人は何カリーがお好きですか?」
「色々あんのよねー」
「お前、ホント、頑丈だな」
早苗はメゲていない。あの程度で凹んでいては(以下略)。
「この国の場合、入れる具によって呼び名も変わりますけど、だいたいは肉の名が冠されますよね」
「牛肉、豚肉、鶏肉、魚介、もっと色々あるよな」
ビーフ、ポーク、チキン、シーフードなどなど。
「グリーンカリーと言うのもありますね」
「なにそれ」
「元はタイ料理で緑色のカリーです」
「緑色? それ妖怪の食べ物?」
「霊夢、この世のグリーンカレー全てに謝れ」
「でも、こちらではレモングラスやココナッツミルクが入手しにくいでしょうから無理ですね」
「豆のカレーもあるらしいな」
「豆はイヤよ。せっかくのカレーに肉が入っていないって許せないわ」
「んー、ヘルシー志向なんですかね」
「ヘルシー? バカみたい。
そんなの幻覚が見えてくるほどお腹が減ったことがないヤツの戯言よっ」
気色ばむ素敵な巫女様。
「お前、見たことあんのか?」
「むぅ」
「悪かったぜ……次行こうか」
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「何の肉がいいかより、何の肉なら手に入るかだろ」
「そのへんの鳥をシメればいいのよ」
「待てったら。あ、チキンカレーならたまに食べるぜ」
「そうなの?」
「うん、美味いんだぜー」
「魔理沙さんがカリー作りですか、ちょっと意外ですね」
「いや、作んのはアリスだけどさ」
「ふっ、そんなこったろうと思ったわ」
「別にいいだろ」
「魔理沙さんのために甲斐甲斐しいですね、キュンとしちゃいます」
「あのな、たまたまだからな?」
「そう思ってんのはあんただけよ」
「そうかなあ」
「あー、アリス、カレー作りに来てくんないかしら、材料持って」
「お前、何様だ?」
「アリスはあんただけのものじゃないのよ」
「何言ってんだよ」
「ここで『アリスは私のものだっ』って言うとカッコいいんですがねー」
「お前ら、おかしいぜ」
------------------------------
「やっぱりカレーには肉が入ってないとね。あー肉食べたい」
「こう言うのを肉食系女子って呼ぶんだろ?」
「それ、ちょっと違うと思うんですけど」
「あっそうだ! 今日だわっ」
霊夢が手を打って立ち上がった。
「ひゃああー」
針妙丸が転げ落ちてしまった。
「うあっ! だ、大丈夫?」
慌てて拾い上げる霊夢。
「……うん、大丈夫、ビックリしただけだよ」
「悪かったわ」
そっと胸に抱き、指先で頭を優しく撫でている。
「このくらい、なんでもないよ、平気、平気ー」
ほのぼのした光景なのだが、このままでは話が続かない。
「霊夢、なんなんだ?」
魔理沙が慎重に問うた。
そのセリフで元(?)に戻る博麗の巫女様。
「グッフッフフフ フハハハハハ」
邪悪な笑い。
「ど、どうしたんですか?」
「霊夢、その笑い方と顔、完全に極悪人だぜ」
「とっても怖いですよお」
「実はね~、今回は当てがあんのよお~」
霊夢はそう言って再びグフグフ笑った。
「もしかして肉のですか?」
「いえあーーす」
「家康? 徳川家康?」
「イエスって言いたいんだろ。当てって、またナズーリンかよ」
「違うのよ、こないだ里でちょっとした妖怪騒ぎを治めたのよ」
「えー、私知らないぜ、抜けがけかよ」
魔理沙はちょっとむくれた。
「あんたがアリスと乳繰り合ってた時のことよ」
「ちちくり……あ、温泉に行ってたあの時か」
「アリスさんと温泉旅行だったんですか?」
早苗が話に飛びついてきた。
「おい、その話はいいだろ? 霊夢の話だぜ」
「そん時に商店会の顔役さんが何かお礼をって言ってくれたの」
「お前、それで『肉よこせ』って言ったのか?」
「うわー、さいてーですよそれ」
「そんな訳ないでしょ、最後まで話を聞きなさいよ。
私は『妖怪退治は博麗の巫女の使命です、お気になさいますな』って言ったわ」
「へー、カッコイイじゃないか」
「それが当たり前なんでしょうけどね」
「こっからが本番よ。
『皆さんはニク親がニクらしい妖怪に襲われ頭ニクることもあるでしょう。
警戒しようにも、あいニク、ニク眼では確認しニクい相手です。
私はこのニク体がある限りニク弾戦になってでもニックき妖怪と戦います。
でも、寄進していただけるのならとても助かりますわ、ニクニクッ(笑)』って言ったの。
ここまで言えばさすがに分かるでしょうよ」
さあどうだとばかりに二人を見る霊夢。
「なあ早苗、こういうのはどうなんだ?」
「そこまでするのかーって感じでしょうか」
魔理沙と早苗は自分のことでもないのになんだかとても辛くなってきた。
「今日、顔役さんがお礼を持って神社に来るはずなのよ」
「それが肉だと?」
「これで肉じゃなかったら大笑いだぜ」
「だいじょーぶよ、精肉店の親父さんの顔をずーっと見ながらしゃべってたんだから」
「おい早苗、これが幻想郷の平和を守ってる巫女様だ」
「ありがたくって涙が出てきますね」
「……あんたたち、カレー食べたくないわけ?」
「ごめんくださーい」
表から男性の声がした。
------------------------------
「カレーだ!」
「カリーだ!」
「らんららんらら~~ん」×2
歌いながら腕を組んでクルクル踊る魔理沙と早苗。
顔役から届けられたのは豚バラ肉の大きなブロックだった。
「どうよっ 私を見直した?」
EXボスを撃破した時のようなドヤ顔で肉の包みを掲げる霊夢。
「いえあーーす!」
包みの上で針妙丸がバンザイしている。
きっと意味は分かっていないのだろうが。
「いよっ幻想郷の守護神!」
「さすがっ博麗霊夢さま!」
んぶふーーっ
霊夢は鼻の穴から盛大に息を吹き出し得意満面。
安い、ホントに安い。
------------------------------
「豚バラ肉がゴロゴロ入ってるカレーだぜい、いえい!」
「これでいよいよカレー作りですね」
「こうなったら、いっちょ作りますかっ」
「おーー」
今夜はカレーに決まった。
「かれーってなーに?」
未体験の針妙丸が当然の質問をした。
「えーっと、肉や野菜が入っててですね」
「茶色くてちょっと辛くて、ご飯にかけて食べるんだ」
「んんー?」
カレーを知らない相手に説明するのは難しいかも知れない。
「見て食べれば分かるわよ、美味しいから」
結局はそうなる。
------------------------------
「ナンはご存じですか?」
「知らないわ、ナンなのそれ」
「ナンはナンなのだって、きゃはははは」
針妙丸が笑い転げている。
「お前、お笑いの沸点が低いなー」
これまで身近にこんなトンチキな会話をするモノがいなかったのだ。
針妙丸にはいちいちツボにはまるようだ。
「カリーの本場インドではメインです。平べったいパンみたいなものです」
「カレーをパンで食べろっての?」
「でも、カレーパンは旨いぜ」
「あれは別でしょうが」
「カリーパンのカリーは味付けが違うようですからね」
「とにかくパンはダメ」
「ドライカレーって手もあるよな」
「あれはアリね」
「でも、せっかくの大きなお肉ですよ」
「そうね、なんかもったいないわ」
「やめようぜ」
「やっぱり普通の白いご飯がいいわ」
「だな」
「ご飯にアーモンドやレーズンを散らすのも良いですよね」
「却下だ、ご飯は白いまんまがいいぜ」
「そうですかあ」
早苗はちょっとガッカリ。
------------------------------
「辛さはどのくらい?」
「辛けりゃいいってモンじゃないよな」
「そうですね、激辛カリーは量が食べられませんからね」
「そーゆー問題か?」
「辛味はカイエンペッパーの入ったガラムマサラが良いのですが、一味唐辛子でもOKです」
「へー、詳しいな」
「そんなわけで、カリールウは私に任せてもらえますか?」
「今日は強気ね」
「自信満々な早苗の打率は三割三分三厘だからなあ」
「十分強打者じゃないですかっ」
「自信の根拠を知りたいわね」
「あちらの世界にいた時、【調理実習】で【カリー粉から作る本格カリー】を習得しました、それにこちらに来てからも何度か作ってますからね」
鼻息の荒い風祝さま。
「どうする霊夢?」
「んー、今までは適当に作ってたから任せてもいいかな」
「おまっ、適当って」
「大体は食べられたわよ」
「それなら私に! きっと美味しいカリーにしますからっ」
------------------------------
「とろみは小麦粉で付けるんだろ?」
「はい、でも小麦粉をそのまま入れちゃダメなんです」
「ダマになるのよね」
霊夢がボソッと呟いた。
「さてはやったことがあるな?」
「あんたは黙ってなさいよ」
「ダマになって黙ってって、きゃははははは」
針妙丸でした。
「楽しそうだなあ」
「うん! なんだかとっても楽しいわー」
しがらみから解放され、やり直しの人生のスタートに立った少名針妙丸。
日々、諸々のことが輝いて見え、そして楽しい。
「そりゃ良かったな」
「うん、そして小麦粉はどうするの? ねえ?」
「針妙丸、落ち着きなさいって」
膝の上でピョコピョコ飛び跳ねる小人を見る霊夢の顔はいつもより少しだけ柔らかい。
「小麦粉はバターで炒めてから煮汁でのばして加えるんですよ」
早苗も針妙丸に向かって穏やかに答えている。
「それにカレー粉入れるわけだな?」
「いえっ、それだけじゃいけません」
魔理沙に向き直った時にはやや険しい表情になった。
「コクと風味付けにバター、辛さのために唐辛子、香り付けにニンニク、そして砂糖を加えるのです」
「お、おう、そうか、任せるぜ」
気圧された魔理沙は少し仰け反った。
------------------------------
「カリー粉、その他ルウ関係の材料を提供します」
例によって材料調達の打ち合わせ。
「そんだけ?」
「これがないとカリーになりませんよ、あと福神漬けですね」
「らっきょはどーすんだ?」
「いるんですか?」
嫌な顔をする早苗。
「いや、別にいらないぜ、へへへ」
わざとだった。今の顔を見たいだけだった。
「私も無くてもいーわ」
「野菜は私が持ってくるぜ」
「ジャガイモ、ニンジン、タマネギは外せませんよね」
「基本中の基本ね」
「キノコどうする?」
「好きじゃないわ」
「シイタケの入ったカリーには正直ガッカリでした」
「まーたダメなのか? キノコが浮かぶ瀬は無いのか?
アリスはマッシュルーム入れてくれんのに」
「あんたこそ、まーたアリス?」
「マッシュルームくらいなら良いんじゃないですか?」
「んー、そうね、良しとしましょう」
「そうか、じゃあ〝魔法のマッシュルーム〟採ってきてやるぜ」
「え? そ、それっ絶対ダメなキノコですよ!」
------------------------------
「リンゴとハチミツはどうする? なんか聞いたことがあるんだが」
「とろーり溶けてる、ヒデキ、カンゲキ! ですね」
「なんだか甘口カレーじゃなくて甘いだけのカレーになりそうだわ」
「確かに隠し味はマイナスになることが多いみたいですよ」
「そうだな、やめとくか」
「ヒデキのカンゲキはまた今度ね」
------------------------------
「トッピングはどうしましょう?」
「玉子あるわよ」
「生? 目玉焼き? ゆで玉子?」
「それは黄味のとろとろが好きかどうかだなー」
「私、白身のドロってしてるの嫌いなのよ」
「黄身だけ乗せりゃいいだろ」
「白身は?」
「取っといて味噌汁の具にでもするんだな」
「ウチ、それよくやりますよ」
「んー、面倒臭いからゆで玉子ね」
「また面倒がるし」
「ゆで玉子も剥くのが大変ですよ」
「そういう手間を面倒くさがっちゃダメでしょ」
「お前の面倒の基準が分かんないぜ」
「私が玉子の殻を剥こうか?」
針妙丸が提案した。
「ダメ、危ないから」
保護者が即座に却下した。
「おい、霊夢、それは過保護なんじゃないか」
「玉子の殻は固くて鋭いのよ。このコの手じゃ無理」
「う……」
うなだれる針妙丸。
スケールで見れば確かに危険物かも知れない。
でもやりたかった。
世話になりっぱなしの自分、少しは役に立ちたかったのに。
「チーズが合うんですよね」
空気を変えようと早苗がつとめて明るく言ってみた。
「そんな洒落たモンないわよ」
「ハンバーグ、ウインナ、チキンカツ、コロッケ……いいですよねー」
「無いものねだりは止してちょうだい」
重ための空気は変わらなかった。
------------------------------
「トッピングの王様はトンカツだよな」
そう言いながら魔理沙は霊夢の肩を軽く叩いた。
その意味が分からない霊夢ではない。
「ふん、それって、カツカレー?」
ギアをニュートラルに戻した。
「トッピングと言うには存在感が有り過ぎますけどね」
早苗もシフトが変わったことに気付き、話をノせてくる。
「私、カツカレーで気づいたことがあるんだが」
「なに」
「里の喫茶店でカレーライス出すとこあるだろ?」
「メイド服の女給がいる大きな店のこと?」
「そうだ」
「今どき女給って言いますか?」
「あそこはカツカレーもあるんだ」
「一回食べました、美味しかったです」
「なら思い出してみてくれ、カツカレーの汁には具が極端に少ないんだ」
「んー、そう言えばそうでしたね」
「カツがあるから具が無くてもいいってことかしら」
「女給に聞いてみたらこっそり教えてくれた」
「いつものようにたらし込んだのね」
「女の敵ですね」
「……お前たち、黙って聞けよ」
「はいはい」
「あの店はカレーの汁と具を別にしてないんだ」
「他所は注文受けてから合わせるの?」
「あんまりカリーが出ないなら鍋を二つ使うこともないからでしょうね」
「さてここからだぜ。早苗がその店でカツカレーを注文したとする」
「すみませーん、カツカリーお願いしますぅ」
早苗がよそいきの声でノってきた。
「そうするとお店はカレーの大鍋からなるべく汁だけをすくってカツとご飯にかける」
「そうね」
「そして早苗がカツカレーをおかわりしたとする」
「え? ……すみませーん、カツカリーおかわりお願いしますぅ」
とりあえずもう一回ノる。
「また具を避けて汁だけをかける」
「そうなるわね」
「そしてまた早苗はカツカレーをおかわりする」
「あんた、随分食べるわね」
「例え話ですよ」
さすがにもうノってこない。
「また具を避けて汁だけをカツにかける」
「そんで?」
「更に早苗はカツカレーをおかわりだ」
「あんた、スゴいわね」
「あの、例えですからね?」
「我らが早苗はまだまだいける、もういっちょおかわりだっ」
「いやはや超人ね」
「だからっ例えですって!」
「そうこうして、十杯目のおかわりをしたときどうなってると思う?」
「早苗が食い倒れてる?」
「いや、この場合、早苗はどうでもいいんだ」
「ヒドいっ」
「問題は店のカレー鍋の中だ」
「……なるほど具がギッシリね」
「つまり、あの店で具だくさんのカレーライスを食べたければ早苗がカツカレー十杯食ったあとに注文すればいいんだぜ」
「早苗、今度その店に行きましょう」
「カツカリー十杯も食べるわけ無いでしょうがっ」
「食べらんないの?」
「四杯が限度です!」
「四杯?」
「へ? じょ、冗談ですよお」
両手をバサバサ振っている。
------------------------------
「野菜のトッピングなら千切りキャベツ、ほうれん草、素揚げのナスなんかですね」
「店のカレーで糸みたいに細く切ったキャベツが付いてたぜ」
「キャベツはウチにあるけど、美味しいの?」
「これが合うんだよなー」
「細ければ細いほど良いんですよね」
「そんなに細くってどうやって切るのよ」
「うーん、職人技ですかね」
「ねえ霊夢、私が切ろうか?」
針妙丸からの再提案。
「私なら細ーく切れるよ」
少しの間考える霊夢。
「やってくれる?」
「うん! 任せてっ」
とても嬉しそう。
「よーし、そんじゃ調達に行ってくるぜー」
「いってきまーす!」
魔理沙も早苗もなんだか嬉しくなった。
------------------------------
「コロッケも買ってきましたっ」
「おおっ でかしたぜ!」
調達部隊が全て戻ってきた。
「これでトッピングはゆで玉子とコロッケと糸切りキャベツね」
「糸切りキャベツ?」
「糸みたいに細くすんでしょ?」
霊夢が指を差す先で針妙丸がキャベツの葉をうんしょ、うんしょと折りたたんでいる。
そして小さな小さな包丁(彼女にとってはそれでも巨大な刃物)で、さくっ、さくっと丁寧に切っている。
「へえー、やるもんだな」
「刃物は大丈夫なんですか?」
「自分が気をつければすむことよ」
「玉子剥きはダメだったのになんでですか?」
早苗には霊夢の危険基準が理解できない。
「玉子の殻は剥くときにどんな割れ方するか分からないもの」
「ああ、なんとなく分かったぜ、急にベロっと大きく剥けたりするもんな」
あの体では相当の力をかけなければ剥けないだろう。
素手で扱うには確かに危険だ。
全体がグシャグシャになるほど細かいヒビを入れれば安全だろろが、それでは日が暮れてしまう。
「出来ることをやれば良いのよ」
------------------------------
ようやく調理開始。
「生姜入れるか?」
「無いわよ」
「しょうがないなー」
「ぷは、久しぶりに聞いたわ、そのしょーもないダジャレ」
霊夢はつい笑ってしまった。
「あははは、祖父さんが何度も言ってたんだぜ」
「里の八百屋のオジサンもしょっちゅう言うわ」
「神奈子様も必ず言いますけど」
言ってから『しまった』の顔になる早苗。
「あっ、今のはナシでお願いします」
「んー、一周回って面白いのかな。ははは」
「早苗、ドンマイよ」
「神奈子様、申し訳ありません……」
「生姜が無くてしょうがない! きゃははは」
オヤジギャグに耐性の無い針妙丸がきゃらきゃら笑っていた。
「笑ってると手ぇ切るわよ」
そう言いながら自分も笑っていた。
------------------------------
「タマネギを飴色になるまで炒めるのは意味あんの?」
「あります、コクが全然違いますから」
「飴色ってどんな色よ?」
「半透明のやや明るい茶色だな」
「飴って無色透明よね」
「昔の水飴は麦芽を加えていたから薄い茶色だったみたいだぜ」
「詳しいわね」
「だてに魔法薬を作ってないからな」
本に記述された色合いが分からなくては調合もうまくいかないだろう。
「うんと薄切りにして水分を飛ばすように炒めるんです。
弱めの火で焦げ付かないように丹念に混ぜます」
「どんくらいかかるんだ?」
「いい感じの飴色になるまで一時間弱でしょうかね」
「そんなに!?」
魔理沙と霊夢が同時に叫んだ。
「元の量の五分の一くらいいなります。
そしてタマネギ特有の辛味が飛んで、甘味が凝縮された【アメタマ】の出来上がりです」
「かーーっ 面倒臭そうねー」
「絶対言うと思ったぜ。誰がやるんだ?」
「私は」
「霊夢さんっ、ここだけは面倒臭がっちゃいけませんよ」
「むう」
「公平にジャンケンといくか」
「あんたたち私の勝負強さを忘れたの?」
「ジャンケンには関係ないですよ、多分」
「言ったわね」
「よし、それじゃ、ジャーンケーーン ポォン!」
------------------------------
魔理沙と早苗がニンジンとジャガイモを剥いている。
皮に栄養があるからと主張する早苗に『皮だけ取っといてあげるから残さず食べんのよ』と責任者が宣ったので剥くことなった次第だ。
「それで温泉旅行はどうだったんですか?」
「はあ? お前しつこいなー、温泉入って食事しただけだぜ」
「それだけですか?」
「それだけだ」
「桃色ハプニングはなかったんですか?」
「何だよそれ、まあ……洗いっこはしたけどさ」
「きゃあ! いやっふーーいっ!」
「早苗! 真面目にやんなさいよっ」
意外にゴシップ好きなイマドキおシャレ巫女さんをお腐れ巫女が怒鳴りつけた。
「魔理沙! 肉は大きめに切るのよっ」
「はいはーい」×2
霊夢が炒めているタマネギはまだまだ飴色には程遠い。
------------------------------
肉と野菜を煮ている大鍋にルウが投入された。
「うーーん、カレーの匂いだぜ~」
「まさに加齢臭ね」
「霊夢」
「なに」
「いや、なんでもないぜ」
------------------------------
「早苗にとって、カレーは飲み物なんじゃないのか?」
「冗談はやめてください、玉子かけご飯とお茶漬け、そしてとろろ飯くらいですよ」
「……あ、そっ」
------------------------------
「よーし、カレーはこんなモンで十分だろ」
味見をし、納得のいった魔理沙は他の進捗を見てみる。
―― 針妙丸のキャベツはどんな感じだ? ――
早苗に小声で聞いた。
―― うーん、まだしばらくかかりそうですね ――
見れば、うんしょ、よいしょ、と丁寧に刻んでいる。
キャベツの葉はまだ何枚も残っていた。
魔理沙は同じように針妙丸の奮戦を見つめている保護者に意見する。
―― 霊夢、あれ、どうする? ――
―― 私たちも切るの手伝った方が良いんじゃないですか? ――
「カレーはもう少し煮込まなきゃダメよ」
霊夢は針妙丸から視線を外さないままで答えた。
―― え? もう十分だぜ? ――
―― 三十分くらいはかかりそうですよ ――
「あと三十分、弱火で煮込んだらちょうど食べごろになるのよ」
それを聞いた早苗の顔がぱあっと明るくなった。
「針妙丸」
霊夢が声をかける。
「へは? なに?」
少し息を切らしながら答える針妙丸。
「カレーはあと三十分かかりそうよ」
「三十分? それまでには切り終わるから大丈夫っ」
「任せたわよ」
「うん!」
―― 霊夢 ――
「なによ」
―― お前、良いおっかさんになるぜ ――
「……ふん」
「それじゃお皿やトッピングの準備やっちゃいましょう!」
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「お醤油出しといて」
「醤油?」
「カレーにお醤油かけないの?」
「かけようとしたら怒られたからな」
「誰に、ってアリスね?」
「うん」
「霊夢さん、せっかく美味しそうなカリーですからこのままで食べましょうよ」
「分かったわよ」
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「スプーンは水に漬けとかなきゃだぜ」
「コップに突っ込んでおくんでしょ?」
「これは何でなんですか?」
「冷やすんだろ?」
「お湿りをくれてるんじゃないの?」
一口目の熱さを緩和して滑りを良くするため、とか言われていたが現在は流行っていない。
「スプーンを直置きしたくないからかな」
「そうかも知れませんね」
「でも、いかにもカレーって雰囲気で良いじゃないの」
「そうだな」
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そして、いただきます。
「はほっ! うんまーーい!」
「お肉がおっきいですー!」
霊夢は小柄のような小さなナイフで米粒や具をちょんちょん刻んでやっている。
「霊夢ー、ありがとうね」
「熱いから気を付けんのよ」
「うん」
小さなスプーンであーんと口に運ぶ。
「ふぐ(もぐ)、ちょっとハラいけろ(もぐ)おいひい(もぐ)」
「慌てなくていいわ」
自分も口にする。
「うん、うーん! これは確かに今までとは違うわっ」
「針妙丸、このキャベツ、イイな! でかしたぜっ」
「ナイスなテクスチャー(食感)になりますね」
「えへー」
二人に誉められ、てれてれ針妙丸。
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もう少しで食べ終わりそうだった風祝のペースが極端に落ちた。
チラチラと周囲をうかがっている。
「早苗、おかわりしていいわよ」
「ホントですか!?」
「どうしたんだ、霊夢」
「あんたたち、私をなんだと思ってんのよ」
(因業巫女)
(業突張り)
当たり前だが、二人とも声には出さない。
「その面ぁ見れば分かるけどね。〝おうちのカレー〟はおかわりがつきものでしょ?」
ニヤっと笑った。
「ぃよっしゃっ 太っ腹! いただくぜ」
「いただきまーすっ」
わっせわっせとおかわりをよそう。
―― 霊夢、機嫌がスゴく良いぜ ――
―― これも【針妙丸効果】でしょうね ――
「あんたたち、聞こえてんのよ」
ビクッ! ×2
「わ、私、えーと、次は生玉子いきますっ」
「コロッケもらうぜーい」
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「カレーは二日目も旨いからなー」
「あれってなんでなの?」
「味が馴染むからじゃないのか」
「お肉のうま味や野菜の甘みが染み出て美味しくなるというのは俗説みたいですよ」
早苗があちらにいた頃に観たテレビ番組【ためしてみたけどガチョ~ン】のカレー編を思い出そうとしている。
「そうなのか? でも、旨くなるぜ」
「えーと……確かジャガイモが溶けてカリーに粘りが出るからだったような」
「粘ると美味しくなるの?」
「粘り、粘度が高いと舌で味を感じる時間が長くなって、結果的に前よりも美味しく感じるんだったような」
「まあいいじゃないか、旨いのは確かだから」
「ええ、そうですね、楽しみですよね」
「ああ、楽しみだぜ」
「あんたたち、明日も来るつもりなの?」
「おい、霊夢、独り占めはよくないぜ」
「欲をかくとロクなことになりませんよー」
欲をかいて失敗する程度の能力を持つ楽園の素敵な巫女は憮然。
すると針妙丸がピョンと飛び上がって霊夢の肩に乗り、耳打ちした。
―― 霊夢ー、明日の朝、二人が来る前に食べちゃおうか? ――
―― ふふふ、そうね、そうすべきね ――
「二人とも、聞こえてるぜ」
「ズルいですよおー」
閑な少女たちの話 了
会話中心で描写もほとんど無いけど、その会話自体でキャラが何をしているかが容易に想像できるのがその理由でしょうか? そしてそれがいちいち可笑しいのがまた良いもので。
この行間を想わせるように読ませる感覚は見習いたいものです。
天子がここに加わると大変なことになりそう。次が楽しみです。
「本物のカレーとは何だ? カレーの定義を答えてもらおう」
って海原雄山みたいな事言ってくるかと思ったがそんな事は無かった
作家様でしたか、失礼をいたしました。
恐縮です。すぐには時間が取れませんが必ず読ませていただきますね。
2番様:
ありがとうございます。
3奇声様:
いつもいつも本当にありがとうございます。
4番様:
自分でも新し目の試みです。ありがとうございました。
5番様:
天子はちょっとあとの【手作り餃子】の回に出てくる予定です。
気長にお待ちいただければ幸いです。
6番様:
グルメをかけるほどの者ではございません。
好きな食べ物のことをネタにしたおバカ話ですので。
ありがとうございました。
絶望を司る様:
そこっ そこなんス! 今回は針妙丸なんス!
よかったあああーー! ありやとやんした!
平和な一日かしましいお話でした。いちいち料理の描写がおいしそうです。
秀樹感激!? 自分はマッチのククレカレーでした。リンゴとココナッツ。
やっちまいました、直しました。ご指摘ありがとうございます。
今夜はカレーにしよう様:
西城秀樹の『ハウスバーモントカレーだよ~』のCMは歳がバレてしまいますね。
ありがとうございました。
一つ間違えばヤマなしイミなしオチなしになる日常ものですが、とても面白かったです。
今回も楽しませていただきました。
ナズーリンの活躍もそろそろよみたいです、先生
日常系って難しいですよね。もうちょっと頑張ります。
ありがとうございました。
21番様:
スイマセン! ナズーリン本編はもう少しお待ちください!
書いてはいるんです! ホントです!