Coolier - 新生・東方創想話

You're just an invisible man, I mean ~透明探究殺戮即興劇~

2015/01/18 13:37:52
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 物語は、何処で区切り、何処に焦点を当てるかによって、同じ題材であっても千差万別色を変える事は承知の通りである。
 この物語にも当然それが当て嵌まる。
 紅魔館で催されたケーキ食べ放題の切っ掛け。
 さとりの黒歴史がばらまかれる予兆。
 こころの花嫁騒動の原因。
 魔理沙の家で開かれた映画鑑賞会のその後。
 ある一部分を切り取れば、どの様にも見立てる事が出来る。
 また全体を俯瞰したとしてもやはり焦点の違いにより意味が変わる。
 三人の古く幼い妖怪が透明人間を探求する物語。
 幻想郷の住人が順番に透明人間を殺していく物語。
 幻想郷の何事も無い平穏な一日の写し絵。

 ケーキと紅茶を運びながら美鈴は思わず鼻歌を歌っていた。
 今日はフランの友達が遊びに来ている。
 古明地こいしと、秦こころ。
 孤独に苦しんでいたフランに友達が出来て、その友達が遊びに来ている事を思うだけで頬が緩む。フランもこいしもこころも、古い妖怪であるのに世間擦れしていないから子供の様に純粋で、気が合うらしい。三人揃って遊び回り、最近では永遠亭で催されている子供の会に参加している。
 今日はそこで出された宿題を片付ける為に、フランの部屋に集まっている。
 外の世界でやっている子供向けの教育番組を見て、そこで流れた歌の感想を考えなければならないそうだ。美鈴も外でどんな音楽が流行っているのかちょっと気になって、一緒にその番組を見ようと提案してみたのだが、宿題に集中したいと追い払われてしまった。
 仕方無く美鈴は三人の為にケーキと紅茶を運んでいる。一緒に音楽を聞けなかったのは残念だが、想像の中で音楽を聞いているフラン達を思うだけでも幸せだ。子供向けだからきっと柔らかく優しく温かい音色の曲だろう。それをうっとりと聞いている三人が如何に愛らしいか。想像するだけで、美鈴の心も温かくなる。知らず相好が崩れてしまう。
 部屋の前に辿り着いた美鈴は、扉の向こうの幸せそうな顔を想像しながら、ノックをしようとした。
「ん?」
 手が止まった。
 呻く様な湿っぽい声が聞こえた。
 鼻を啜る様な音が聞こえた。
 泣いている?
 耳を澄ます。
 そして確信する。
 部屋の中で三人が泣き声をあげている。
 一体何が起こったのか。
 総毛立つ。
「フラン様!」
 ノックを忘れて扉を開ける。
 美鈴が中に踏み込んだ途端、泣いていた三人が美鈴に気がついて、駆け寄ってきた。美鈴は油断無く部屋の中を見回しながら、床に紅茶とケーキを置いて、フラン達を抱き締め何があったのかを問う。
 フランが泣きながらテレビを指差し言った。
「透明人間が! 何とかしてあげて!」
「テレビ?」
 テレビには、マスコットとそれに群がる子供達が映っている。フラン達が泣く様な光景には見えない。とにかく命の危険は無い様なので、安堵する。
「何か、怖いお化けでも出てたんですか?」
「違うよ! 透明人間が可哀相なの!」
 透明人間?
 透明というからには姿が見えないのだろう。姿が見えない化け物が画面には映っているのだろうか。訳が分からずに居ると、こいしが涙を拭いながら説明してくれた。
 どうやら、フランが言っている透明人間とは歌の中に出てきた登場人物らしい。その人物は姿のみならず声まで透明で、持ち物すら透明だから誰にも気が付かれず、存在していたかどうか自分でも分からない程定かではないらしい。
 実に珍妙で徹底した妖怪だと思うが、美鈴には三人が泣いている理由が分からない。
 その透明人間が怖いから泣いているのなら分かる。そんなのが居たらいつ寝首を掻かれるか分かったものではないから、恐ろしい奴だと美鈴は思う。だが三人は透明人間が可哀相だと泣いている。それが美鈴には良く分からなかった。
 美鈴から離れてこころが言った。
「我我は透明人間が存在出来ないこの世界に対して断固抵抗する」
 泣き顔に仮面をかぶせ、両手を広げる。
「旧体制を打倒し、素晴らしき新世界を作る表情」
 するとフランとこいしが拍手する。
「私達もついていくよ!」
「透明人間を助けてあげよう!」
 そう言って二人はこころに突撃し、三人もつれ合って勢い余って床に倒れた。
 何と無く三人が泣いている理由は分かったが、流石に居るかどうかも分からない透明な人間を助けるのは無理だろう。そもそも見つける事すら殆ど不可能だ。美鈴は苦笑しながら三人を助け起こした。
「幻想郷にも透明人間って居る?」
 起き上がったフランに尋ねられた。
 居ない。
 自分の常識からすればそう答える事になる。
 だが躊躇った。
 安易に否定しては、フランを残念がらせてしまうかもしれない。そう思ったから、美鈴は言葉を濁してしまった。
「まだ私は幻想郷に来たばかりで日が浅いですから、見た事はありません」
「じゃあ、居るの?」
「かもしれませんね」
「そういう話聞いた事ある?」
「いえ、私はまだ」
 軽い気持ちで照れながら美鈴は言った。だがフランは深刻な表情でやっぱりと呟いて、こいしとこころに目配せをした。
 それに気が付いて、美鈴は自分が間違った事を知る。
 透明人間が存在する可能性を示してしまった所為で、三人は本気で透明人間を助けようとしている。
 だがそんな事不可能だ。
 透明人間とは実在するにせよしないにせよ、その存在に気がつく事が出来無いから透明人間と呼ばれる。透明人間の特徴はずまり透明な事であり、透明人間が自分でばらそうとしない限り滅多な事では見つけられない。そして透明人間は自分の存在を知らせようとは思わないだろう。透明人間が自分の存在をばらすという事は、自分だけが持ちえる最大の利点を捨ててしまうという事だから。
 だから透明人間が実在しているにせよ、実在していないにせよ、それを見つけるのは殆ど不可能だ。そして見つけるのが不可能な以上、助ける事も不可能である。
 分かりきった事だ。
 それなのに、フラン達の目は真剣だった。
 もしも見つからなければ、見つかるまで探し続けるといった決意が満ち満ちている。
「私、探してくるよ」
 フランがそう言った。
 ああ、これはまずい。
 フランが無茶する事を美鈴は知っている。
 自分に対しても他人に対しても、無理な事だと考えずに突っ走ってしまう事がある。
 もしもその無茶が透明人間を探す事に向けば、フランはいつまでも永遠に見つかる筈もない透明人間を探し続けてしまうかもしれない。
 相手を助けようとする。それは普段であれば美徳だが、今は必要以上にという形容詞がつく。透明人間なんて見つかる訳が無い。それはフラン自身も分かっている筈だ。フランは決して無知でも無分別でもない。透明人間を見つけるという不可能性にだって当然気が付いているに違いない。それが分かっておりながら救おうとするのだから、そう簡単に諦めはしないだろう。
 曖昧に濁した答えをしなければ良かった。美鈴は後悔した。僅かな希望を懸けて、美鈴は透明人間を否定しようと口を開く。
「フラン様、透明人間は」
 だが駄目だった。
「止めないで、美鈴。あの歌を聞いちゃったらね、じっとしていられないの」
 そう言われたら、もう何も言えない。そんな真っ直ぐな目で見つめられたら、反対する事なんて出来無い。例えそれが間違っていても正す事が出来無い。フランは優しくなった。特に友達が出来て毎日が充実してからは、相手を思いやろうとする傾向が強くなった。それは間違い無く美しい事である。それを捨てろだなんて言えなかった。
 駄目な従者だと美鈴は己を嘆く。
「ケーキと紅茶もありますし、それを召し上がってからでも」
 お腹が満ちれば判断も正常に戻るのではないかと期待するが、フランは首を横に振る。
「少しでも早く助けてあげたいんだ」
 ケーキは美鈴が食べて、とフランは言って、こいしとこころと共に、元気良く部屋を出て行った。
 それを見送った美鈴は、床に置いたケーキと紅茶に目を落とす。
 最後物で釣ろうとした自分を浅ましく思いつつ、フォークを手に取った。
「透明人間が居たとしても、きっと手を差し伸べて欲しいなんて願っていませんよ、フラン様」
 透明人間が自分の存在をばらすという事は、自分だけが持ちえる最大の利点を捨てる事に他ならない。ただそれでも、どうしても寂しくて誰かに存在を知ってもらいたいのなら、その時透明人間は自分から姿を明かすだろう。そうすればその存在は幻想郷中に知れ渡る筈だ。
 だが美鈴は透明人間の噂なんてこの幻想郷で聞いた事が無い。それはつまり、透明人間が実在していないか、居たとしても正体を明かそうとはしていないという事で。恐らくフランが望む様な、透明人間を救う展開にはならないだろう。
 ケーキを咀嚼しつつ、美鈴は考える。
 レミリアは寝ており、パチュリーは甘味を控えている。咲夜は出掛けており、自分も流石に残り二つのケーキを食べるのは躊躇われる。
 そこへ丁度良く、妖精メイド二人が廊下を歩いていた。妖精メイド達であればケーキを喜んでくれるだろうと考え、二人に声を掛けた。内緒にする様に言って、ケーキを上げると、二人は大層喜んでケーキを食べ紅茶を飲み干した。
 それを見ながら、美鈴は思う。
 相手が見えているのであれば、こんなにも簡単に喜ばせてあげられる。
 だが見えない存在に対しては困難だ。ケーキで喜んでくれるのかも分からないし、そもそも廊下を歩いている事にも気が付けない。
 助ける事も同じ。
 殆ど不可能に近い。
 だがだからと言って、難しい事を理由に諦めるのか。
 そう問われた時、今の美鈴であれば諦めると答える。透明人間なんて居ないと信じ、透明人間を助けよう等とは思わない。
 だがきっと、と美鈴は昔を思う。かつての自分なら違った。遥か昔の、物を知らなかった自分は、可能性の低さ等頓着せずに、もしかしたらという僅かな希望の万能性を信じていた。例えどれだけ零に近かろうと、それが零で無いのなら百と同じだと嘯けた。
 それはきっと、無謀と呼べるのだろうが、間違いなく美徳と呼べるものだ。それを持ち得る者は美しい。それは間違い無い。
 それを捨ててしまった自分と違い、フランにはその美しさをずっと持っていて欲しいと思う。
 だから結局美鈴は幾らそれが理屈の上では困難で、止めた方が良い事だと理解しつつも、透明人間を救いに行ったフランに喜びを覚えて、その姿を応援してしまう。
 優しさとは褒められるべき事である。
 だが優しさだって時には狂気となる。透明人間を救い出す事は、今、狂気と形容して何ら誤謬は無い。
 狂気は止めるべきものであるが、美鈴にはフランの幼い狂気を止める事が出来無かった。

 元気良く透明人間を探しに飛び出した三人だったが、当然の如く難航を極めた。
 そして、一生諦めないかもしれないという美鈴の心配を余所に、三人は午前を過ぎる頃になると殆ど諦めかけていた。
 妖精に尋ねながら湖を探し回った。
 妖怪の山にも赴いて透明人間の事を尋ねて回った。
 朝からずっと探し始めて正午になろうかというまで、ずっと探し続けた。
 それなのに透明人間の手掛かりとなりそうなものを得られない。透明人間という存在を見つけ出すなんて困難な事は分かっていたが、散散探し回っても見つからないというのは精神を蝕んで、必要以上に疲労が蓄積する。
 全く透明の存在を見つけ出すなんてどうすれば良いのか。
 鼻の良い妖怪達にも聞いて回ったが透明人間の匂いなんて嗅いだ事が無いと言う。
 耳の良い妖怪達に聞いて回っても透明人間の足音なんて聞いた事が無いと言う。
 妖怪達に讃えられている守矢神社の神神に聞いても透明人間なんて居ないと言う。
 遥か古き年月を生きてきた天狗の頭領に聞いても透明人間なんて見た事が無いと言う。
 こうなるともうお手上げで、三人は疲弊しきって、思考が段段と後ろ向きになっていった。木陰に座り込み、黙りこんでしまった三人の間に、弱気が忍び寄る。もしかしたら居ないんじゃないか。居ても見つけられないんじゃないか。何年何十年と掛かって探そうとしても無駄なんじゃないか。こんな面倒なら探そうなんて言わなければよかった。
「やっぱり透明人間なんか居ないのかな」
 フランが力無く呟いた。
 二人も殆ど同じ言葉を口にしようとしていた。
 誰か一人が止めようと言えばそれで終わりになる。黙り合う三人は、お互いが自分と同じ事を考えているのだと分かった。誰か一人が止めたいと言えば、それでこの疲れる探索は終わり、何か楽しい事が出来る。
 それは分かっていた。
 透明人間の探索を中止する方が、楽だし、つまらない思いをしないで済むと分かっていた。世の中の皆が透明人間を探して居ない事からも、それが如何に不毛な事なのか分かる。自分達も皆と同じ様に透明人間の存在なんて忘れてしまった方が良い。そんな事は分かっていた。
 だからこいしは言った。
 諦めの言葉ではなく、自分を奮い立たせる為の言葉を。
「私、透明人間の気持ち分かる」
 フランとこころが顔を上げてこいしを見る。こいしは何か深い穴蔵の底を覗いているかの様に、茫洋とした表情で下を向いている。
「私もね、昔は、みんなに気がついてもらえなかったから。気が付いて貰えないのが悲しいって良く分かる。私にはお姉ちゃんが居てくれた。地霊殿のみんなも。こころにもフランにも会えた。私には気が付いてくれる存在が一杯居た。それは嬉しい事。もしそういう存在が居なかったら、私は一人ぼっちだった。もし透明人間が一人ぼっちだったら。それは。とても怖い事」
 こいしは淡淡と語り、顔を上げてフランとこころを見つめた。感情の窺えないこいしの独白に気圧されて、二人は息を詰める。こいしはじっと二人を見つめ、そうしていつの間にか手の中で弄んでいた木の枝を折った。乾いた破裂音がする。驚いたこころとフランの体が跳ねる。
 首を傾げたこいしは自分の手の中で二つになった枝を見つめ、笑顔になる。
「お姉ちゃんならきっと知っているよ!」
 こいしがいきなり立ち上がった。突然の事に面食らう二人に近付くと、こいしは早く早くと言いながら、二人の腕を引っ張り出す。
「だってお姉ちゃんは相手の心が読めるんだもん! 透明人間が幾ら透明だって、お姉ちゃんならきっと見つけられるよ! それに地底には、表に居られない妖怪が一杯居るから、その中に透明人間が居るかもしれない!」
 そうに違いない。間違い無い。
 確信したこいしは嬉しそうに、二人の手を更に強く引っ張った。二人が立ち上がると、こいしは二人を振り回す様に回り出す。三人が手を繋いで作った輪が、ぐるぐるとその場で回る。
 自分の素敵なアイディアが嬉しくて、透明人間を救える事が嬉しくて、こいしはどんどん速度を上げながら回り続け、最後は三人同時に足がもつれて転んだ。土埃が立ち、三人は土だらけになる。唾と一緒に土を吐き出したフランは、しばらく息を荒らげて空を見上げていたが、やがて拳を握ると倒れた姿勢のまま力強く言った。
「そうだね。透明人間は今も寂しい思いをしているんだもん。私達が諦めたら駄目だよ!」
 三人は立ち上がるとお互い見つめ合う。不意にこころが踊す。他の二人もそれにつられて踊る。
 一頻り踊ってから、こころは遠くの空を指差し言った。
「我我は孤独の屋敷に囚われた姫を救い出すのだ!」
 三人は頑張るぞと叫ぶと、笑顔で地霊殿へと向かった。

「待ちなさい! 返しなさい!」
 三人が地霊殿でさとりを探していると、廊下の奥からさとりの声が聞こえた。見ると、さとりが猫を追っていた。
「それは見ちゃ駄目って言っているでしょ! 返しなさい!」
 紙の束を咥えた猫が三人の傍を駆け抜ける。後からさとりも駆けて来て、廊下の真ん中で立ち尽くす三人と目が合った。さとりの目が驚きで見開かれる。ぶつかりそうになって三人を避けようとしたさとりは足を滑らせてすっ転び、勢い余って傍の障子に頭から突っ込んで部屋の向こうに消えた。三人は呆然とそれを眺めていた。
 やがてさとりが痛みに呻きつつ破れた障子窓を開いて姿を現すと、三人は一斉に拍手と賞賛の言葉を浴びせる。
「流石師匠!」
「凄い転び方だったよ、お姉ちゃん!」
「やっぱり師匠の転び方は一味違うね!」
 さとりは一瞬理解が出来なかった様子で固まり、すぐに理解が及んで顔を真赤にした。
「こいし! いつの間に帰ってきたの?」
「今、かな?」
「何で疑問形なのよ!」
「うーむ、時間とは何なのか。私には理解出来無い」
「それより師匠今の凄い!」
 拍手を続けるフランをさとりが睨む。
「フランちゃんにこころちゃん、いらっしゃい。その師匠って言うのは何? 初めて聞いたけど」
 質問をしてはいるが、心が読めるさとりは当然その答えを知っている。
「笑いの」
「私達の目指す境地」
「みんなを笑顔にするの」
 みんなの幸せ代理人と言って三人が決めポーズを取った。
「言っておくけど、わざと転んでいる訳じゃないのよ?」
「またまたぁ」
「あんな綺麗な転び方出来ない」
「頭から突っ込んでたもん」
 さとりは恥ずかしくなって顔を俯け、あからさまに話題を逸らした。
「そんな事より、透明人間を探しに来たの?」
 フランが嬉しそうに頷く。
「流石、師匠! 話が早い! そうなんだよ! 透明人間見た事ある?」
 三人の期待に満ちた目に曝されて、さとりは怯む。
 さとりはフィクションの中でしかそんな存在を知らない。
「悪いけど」
 途端に三人は心を読まずとも分かる位に落胆した。
 申し訳無い気分になりつつ、さとりははっきりと告げる。
「見た事も心を読んだ事も無いし、恐らく地霊殿にも住んでいない」
「本当に?」
「本当に。姿を消せるのは居たわ。それにこいしだってある意味姿を消せる。でもそういう事じゃないんでしょ? あなた達が考えている透明人間は見えないだけでなく、誰にも気が付かれず知られていない存在。残念だけど私はそんな存在を知らない」
 さとりの言葉に、三人は項垂れる。地底世界を知り尽くしているさとりであれば透明人間を知っているのではないかと期待していた。表の世界から爪弾かれた世界になら透明人間が居るのではないかと期待していた。その期待が裏切られた。
 落ち込んでしまった三人を見て、さとりは何とか慰めて上げたいと心配に思ったが、心を読んだ途端、杞憂だったと分かり笑顔になる。
 フランもこころも落ち込んでは居るが、まだ諦めては居ない。こいしもきっとそうだろう。友達に感化されて、まだ目には希望が宿っている。辛い事から逃げ出して完全に心を閉ざしていた昔のこいしであれば、少し困難に当たれば逃げてしまっていたかもしれない。でも今は違う。仲の良い友達がついていてくれれば、かつての様に孤独へ逃げる事は無い。
 それが嬉しくてさとりは笑みを浮かべる。
 そんな笑顔に見つめられた三人は、恐ろしさで身を退いた。
「お姉ちゃんが何か気持ち悪い顔している」
「まさか私達に熱熱おでんを? 笑いの修行?」
「熱湯風呂かも。押すなよ、絶対に押すなよ」
「違う! とにかく、悪いけど、透明人間の居場所は知らない」
 そっかと残念がる三人に、さとりは、でもと続けた。
「私だって、何もかも知っている訳じゃない。もしかしたら何処かに透明人間が居るかもしれない」
 三人が顔を上げる。熱の篭った眼差しが向けられる。希望に溢れた三人を見ていると、何だか嬉しくなって、さとりの口調にもついつい力が入った。
「でも見つけるのはとても大変な事よ。あの八雲紫だって知らないでしょう。それを見つけだそうっていうのは本当に難しい事で、当然今日一日じゃ無理だし、何年経っても無理かもしれない」
 三人が頷く。
 言われずとも分かっていたのだろう。そしてその上で、尚も諦めずに居るのだろう。その熱意は透明人間を助けだすという優しさの産物だ。とても喜ばしく、愛おしい事だ。だからこそ、きちんと分かっておいて欲しい事がある。さとりは諭す為に一人一人順番に頭を撫でた。
「困難だからと言ってあなた達を止めるつもりは無い。あなた達のしたい様にすれば良い。透明人間を救ってあげようって気持ちはとても良い事だし大事な事。でも、知っておいて欲しいのは、あなた達の周りにはあなた達を大事に思っている者が沢山居るの。それを無視してはいけない。あなた達に何かあれば悲しい。あなた達に幸せになって欲しい。そんな周りの思いを踏みにじらないで欲しい」
「危ない事はしないよ」
「うん、心配する様な事はしない」
「ありがとう。なら約束。どんなに透明人間の事を可哀想に思って、早く見つけてあげたくても、夜になったらちゃんとお家に帰る事。それが出来るなら、周りは安心する。この約束をちゃんと守ってくれるなら、あなた達の透明人間探しを手伝ってあげる。でもこの約束を破って周りを心配させる様なら、無理矢理にでもあなた達を止める」
 ね、とさとりが三人を促すと、三人は少し考えてから頷いた。
 さとりは安堵してほっと息を吐く。自分達が三人を大切に思っている様に、三人もまた周りの事を大切に思っている。
 さとりが安堵したのも束の間、急にフランがくすくすと笑い出した。
「でも私、夜の眷属なんだけど」
 釣られた様に、こころとこいしも笑い出した。
「確かに吸血鬼なのに夜に出歩いちゃ駄目って変だよねぇ」
「エスプリって奴だよ、きっと。西洋の笑いを取り入れて」
 笑いに曝されたさとりは赤くなる。
「ちょっと、真面目な話をしているのに」
「だって、さとりさん、あ、ごめんなさい、師匠にしんみりは似合わないよ」
「良いから。師匠って呼ばなくて良いから」
「私達強いから襲われても大丈夫なのに」
「幾ら強くても駄目。子供が夜に出歩くのは危ないの」
 すると三人が言い返す。
「私、五百歳」
「私もそれ位」
「私、それ以上!」
 次次に手が挙がり申告される年齢に、さとりがうるさーいと怒鳴り返すと、三人はくすくすと笑いながら外へ飛び出していった。

「周りを心配させちゃいけないって言うのは分かるけど」
「早く見つけてあげたいよね」
 地上へ戻りながら三人は決意を新たにした。
 こころは決意を新たにする面を被りくるくると回る。
「きっと苦しい。私分かる。絵を書いても誰も見てくれないなんて。私もずっと踊りを見てもらえなかった。偶に見てもらってもすぐに忘れられて。昔はそれで良いって思ってた。誰にも見てもらえなくても踊っているだけで幸せだって思ってた。でも違った。この間、沢山の人の前で踊って、初めて自分が生きているって感じられた。今の私ははっきり分かる。昔の自分は不幸だったんだって。自分を見てくれる人に囲まれて初めて幸せになれるんだって」
 だから何としても助けてあげようというこころの言葉に、三人は今まで以上の熱意が篭った。
「我我は早く見つけてあげる為に最善手を打つ必要がある」
「シンプルに考えるべきだね。オッカムの剃刀」
「シンプルにシンプルに」
「シンプルシンプル。シンプルに考えるってどうするの?」
「分からない」
 地底から這い出たフランは空を見上げて悩む。燦燦と照る太陽が眩しい。
「守矢神社も知らないって言ってたし、さとりさんは八雲紫も駄目だって言ってたよね。残っているのは」
 三人の目が同じ方向に向く。
「あそこなら知ってそうだよね」
「そう言えば、お坊さんて偉いんだって。誰かが言ってたよ」
「お母さんなら何か知っているかも。我我はシンプルにそう思う」
 という事で、三人は命蓮寺に向かって歩き出した。

 星は命蓮寺の座敷でこころ達を前に首を捻った。
「ふむ、透明人間か」
「何処に居るか知らない?」
 こころの問いに、星は無念そうに首を横に振った。
「いや、聞いた事が無い」
「見つけられない?」
「見つけると言ってもなぁ。姿を消せるだけじゃなくて、存在自体が無く、そいつの持ち物まで存在しなくなる妖怪となると、そもそも如何にして見つけるかというのも見当が」
 すると横から布都が現れ、嘲る様に言った。
「やはり仏教はその程度よ。だが安心せい、こころ! 道であれば即座に解決じゃ」
 自信満満の布都にこころ達は目を輝かせた。
「本当?」
「うむ」
 布都は躊躇無く頷いて、星を突き飛ばした。
 こころとこいしとフランの三人の表情に喜びがあふれる。
 突き飛ばされた星が「それでどうやって見つけるんですか」と聞くと、布都は胸を張る。
「勿論太子様にお願いするのじゃ! 太子様は三界に知らぬ物は無い博識なお方だからな」
「結局他人だよりじゃないですか」
「頼る力もまた己の力じゃ」
 そうして、奥に居る神子に呼びかけた。
「太子様! こころが何やら聞きたい事があると」
 ずっと言い争いの声が聞こえていた方角から、神子の声が聞こえてきた。
「本当か!」
 そしてどたどたと二人分の足音が駆けくる。
「やはり私の選んだ衣装の方が良かったんだな、こころ!」
 現れた神子は、次の踊りにと用意した衣装をこころの前に差し出した。
 更に白蓮がそれを押しのけて、自分が用意した衣装をこころの前に広げる。
「いえいえ、きっとそんな金と赤のごてごてした金ぴかの悪趣味な衣装は着たくないと言いたいんでしょう。ね? こちらの薄紅色の衣装の方が、如何にも春を迎えるのに相応しく、その上こころの可愛さを引き出せるもの」
「はあ? 次の公演は今まで以上に人が来ると予想される。そんな地味なのじゃ駄目だ。派手で、見る人の目をひきつけ、新しい年が始まったのだとはっきり分かる様な」
 二人が再びさっきから聞こえていたのと同じ言い争いを始める。
 こころは無神経で無理解な親に苛立つ思春期の表情をつけた。
 途端に二人はびくついて黙った。
 こころはそれに追い打ちをかける。
「お父さん、お母さん、本当に今そういうの良いから」
「はい、すみません」
 二人して平身したのを見て、こころは表情を外す。
「相談に乗ってもらいたい」
「おお! 何でも御座れだ!」
「私に任せて下さればもう安心です」
「こんな、知った風を装いながら結局何の解決も出来ない坊主より的確な助言をしてやれるぞ」
「こんな偉そうにしておきながら殆ど全部他人の功績の横取りしかしてない偽聖人よりよっぽど為になる助言をしてあげられますよ」
 また睨み合い初めた二人には構わず、こころは事の経緯を話した。
 こころが今までの苦難の道程を語り終えると、神子が尊大な様子で頷いてみせた。
「透明になる奴の見つけ方かそれなら造作も無い」
「そうですね。眼等、五根の一つでしかありません」
 得意気にしている二人に、星が横から口を挟んだ。
「いえ、それが違うんです。透明なだけでなく、存在として認識出来無いものを言うらしいんですね」
「存在していない?」
 星が透明人間の歌について話すと、神子と白蓮は眉根を寄せ、そしてすぐにこころへ視線を戻した。
「ふむ、分かったよ。だがそうすると、それを見つけ出す事は不可能だ」
 こころが不思議そうに顔を歪める。
「どうして?」
「何故って認識した段階で存在してしまうからさ。透明人間とは最後の最後まで誰にも、それどころか自分にすら認識されていなかったのだろう? 誰にも知覚されざる存在が透明人間の条件であるならば、誰かがその透明人間を知覚したその瞬間から透明人間は透明人間でなくなり、透明人間を見つけた事にはならない。透明人間は誰も見つけられない存在だ」
「そうなんだ」
 確かにその通りだとこころは俯いた。透明人間は自分が居た事すら分からない存在だ。もしも見つけたとしたら、本当は居ると分かってしまうのだから、歌に出てきた透明人間とは別物だ。
 神子の言う事は正しい。
 だがそうすると困ってしまう。それでは最初から透明人間を探しだすなんて不可能だったという事だ。僅かな可能性すらも無い。
 今までの自分達のした事は全部無駄。
 透明人間はいつまでも一人ぼっちのまま。
 何だかやるせない気持ちになってこころは涙が溢れそうになった。
 フランの声がそれを止めた。
「それで良い。どうしたら見つけられるの?」
 見ると、フランが膝立ちになって身を乗り出していた。何がそれで良いのか分からないでいると、フランと目が合った。
「透明人間が透明人間じゃなくなっても良いよ。別に透明人間っていう名前の妖怪を見つけたい訳じゃない。一人ぼっちで居る妖怪が可哀想だから見つけてあげたいだけ」
 フランの真っ直ぐな目に、こころは真理を見る。
「本当だ」
 こころの口から思わず声が漏れる。
 そうだった。透明人間という特別な存在を見つけて自慢したかった訳じゃない。透明人間を救う事が目的だった。
 それなのにいつの間にか自分の欲を優先していた。
 今も透明人間は苦しんでいるかもしれないのに。
 当初の目的から逸れていた自分を恥じ、こころは改めて神子に向き直った。
「どうすれば見つけられる?」
 一瞬、神子が目を逸らした。顔を突き合わせていたこころですら見逃す程の一瞬だったが、隣に居て、同じ思いをしていた白蓮だけはそれに気が付き、助け舟を出した。
「透明人間というのは見つける見つけないというものではありません」
「じゃあ、見つけられないって事?」
「いいえ」
 白蓮はそこで言葉を切り、じっとこころを見つめた。こころが何となく気圧されて身を退いたのを見計らって、白蓮は言った。
「霊夢か魔理沙に聞きなさい。あの二人が、この幻想郷で一番透明人間を見つける術を心得ています」
「お姉ちゃん達が?」
「はい。幻想郷の者は皆そう思っているでしょう」
 少なくともこころはそう思っていない。というより理解が出来ていない。透明人間を見つける術というのが良く分からないし、それを霊夢と魔理沙の二人が一番心得ているというのも想像が付かない。だがあまりにもきっぱり言われてしまったから、反論の余地が無い。
 納得がいかないまま分かったと言って、三人は立ち上がる。理解出来て居らずとも、次の指針は示された。白蓮と神子達に見送られて三人は寺を出る。
 それを見届けてから、白蓮は言った。
「愛がありませんわ、愛が」
「何だ急に」
 神子が口を尖らせる。
「こころには嘘を吐けないとでも思ったのでしょう? 愛があれば、方便位吐いてみなさいな」
 白蓮に見透かされて神子は呻き、言い返した。
「お前こそ、結局霊夢と魔理沙に丸投げしたじゃないか」
「まあ、それは」
 白蓮が言い返せずに口ごもる。
 二人は同時に溜息を吐くと、従者達を伴って命蓮寺に戻る。
「存在しない存在を見つけるか。不可能ではないだろうがなぁ。特にこの幻想郷であれば」
「それは新しい存在を生み出す事に他なりませんね」
「まだあの三人には無理だろう。出来ても困るがね。犬猫を飼うのとは責任の重さが違う」
「あらあなたが責任というと滑稽ですね」
「何を」
「それに問題はそこではないでしょうに」
「と言うと?」
「存在しない存在を見つけ出す。素敵な話です。ロマンスです。そういうのは大抵婚姻に結びつきますよ。こころが選んだ者ならとも思いますが、いきなり透明な者を連れてきて結婚させてくれと言われても、ねえ?」
「成程」
 神子は沈思し、そして言った。
「輝夜姫を真似て、七つの難題でも作っておくか?」
「そんなご無体な。それじゃあ誰もこころと結ばれる事がありません。こころが婚期を逃したらどう責任を取るのです?」
「なら、私とお前を倒したら認めるとか」
「まあそれ位なら」
 それも不可能だと思うんですけど、という星達の言葉を無視して、神子と白蓮は如何にして花婿を試すかの思案を巡らせ続けた。

「何故、霊夢と魔理沙なんだろう」
 こころが不思議そうに言った。
 その後ろを歩いていたフランがそれに答える。
「私は何となく分かるよ」
 こころとこいしの視線がフランに集まる。
「お父様とお母様が亡くなってから私は外が怖くなって、何もかもが憎くて、お屋敷の外に出たいと思わなかったし、出しても貰えなかった。外の世界なんて酷くて、怖くて、汚らわしい所だと思ってた。美鈴は閉じこもっていた私の為に外の話を聞かせてくれて、それを聞いていると外に出ても良いかなと思う事もちょっとはあったけど、でも外の世界は怖いっていう印象が強くて外に出たいとは思えなかった。美鈴が外に出られる様に頼んでくれた時も私は拒絶したし、外に連れ出してくれた子を壊しちゃったりもしてた。
「でもね、それを霊夢と魔理沙は変えてくれた。部屋に閉じこもっていたら、ある日知らない声が上の階から聞こえた。後で聞いたら、霊夢と魔理沙の二人がお屋敷に攻め込んで来ていたんだって。それから二人はしょっちゅう遊びに来て、その度に上の階から楽しそうな声が聞こえる様になった。二人が来る度にお屋敷の中はいっつも楽しそうに笑ってた。お姉様までね。
「私はずるいって思った。そんな楽しそうな声を聞かされたらどうしたって外が気になっちゃうよ。それで私は我慢出来なくなって外に出て、霊夢と魔理沙と遊んだ。ちょっと苛苛してたから本気で壊そうとした。
「もしその時、私が二人を壊す事が出来ていたら、多分また引きこもっていたと思う。でも二人は壊そうとしても壊せなくて。そして私を受け入れてくれて。私は外の世界に出てみようと思った。
「その時、私は私としてこの世界に生まれ落ちた。屋敷に閉じ込められた気違い吸血鬼じゃなくて、お姉様の妹のフランドール・スカーレットになれた。それをこの世界は受け入れてくれた。今では霊夢や魔理沙も、こころやこいしも、他にも沢山の友達が出来て。私はあの二人が来てくれたお陰で救われた」
 きっとあの二人なら透明人間を同じ様に救えるかもしれないと思うと言って、フランは独白を終えた。聞いていたこころとこいしは顔を見合わせて、首を捻る。
「まあ、面白い人達ではあるよね。けど」
「大事なお姉ちゃん達だけど」
 透明人間を見つけるのが上手いのかと言われると分からない。ただ幻想郷において、無視出来ない存在である事は確かだ。
「考えてみれば、魔理沙なら透明人間の友達位居るかもしれないしね」
「どうかなぁ? でも透明人間になれる薬とか持ってそう」
「そう言えば、霊夢お姉ちゃんの夢想転生って透明人間って言えるかも。類は友を呼ぶ?」
「二人共変な友達が一杯居るし、私達よりも人間らしくないから、きっと透明人間の友達も居るよ」
 考えてみると確かに希望があるかもしれない。
 三人は嬉しくなって駈け出した。それは決して希望が見えたからだけではなく、霊夢と魔理沙の事を考えるだけで何だか楽しくなってしまったからだ。
 透明人間の知り合いが居るかはともかく、確かに二人が変な者にもそうでない者にも好かれ易いのは確かだった。

「まーりーさー!」
 大声で魔理沙の名を呼びながら、力強く魔理沙の家の玄関をノックをし続けていると、やがて扉が開いて、魔理沙が顔をのぞかせた。一目で寝不足と分かる疲労の濃い顔色だ。
「ああ、お前等か。何だ朝っぱらから」
 気怠そうな魔理沙に、こころが手を上げる。
「おはよう、魔理沙お姉ちゃん! 今はもうとっくにお昼過ぎてる」
「おはよう。ってマジかよ。そんな寝てたのか」
 そう言って、空を見上げ、マジだと呟いて愕然とした。
 フランが呆れて肩を竦める。
「それどころか夕暮れになりそうだよ。こんな時間まで寝てたの?」
「徹夜して、日が上った後も起きてたからなぁ」
 魔理沙は大きな欠伸をしてから、三人に視線を彷徨わせる。
「で、どうしたんだ? 遊んでやりたいところだが、今は勘弁してくれ。眠いから。それとも咲夜に用事があるのか?」
「え? 咲夜も居るの?」
「ああ、一緒に遊んでたんだ。それで気がついたら昼過ぎに。いや、阿呆な事したぜ」
 魔理沙がはにかんで笑うと、三人は驚いて少し魔理沙と距離を取り、集まって何か小声で話し始めた。
 それを不審に思って、魔理沙は三人に近づく。
「どうしたんだ?」
 三人は慌てて魔理沙から距離を取って、顔を赤くした。
「大人の遊び、か」
 魔理沙が唾を吹き出した。
「流石魔理沙だなって」
「流石咲夜だなって」
 魔理沙は顔を赤らめながら、三人の頭を順に叩く。
「変な想像すんな!」
 そこへ咲夜が入り口から顔をのぞかせた。
「フラン様が来ているの?」
 途端に、三人が嬌声を上げる。あまりの声量に咲夜が仰け反っていると、三人は甲高い声ではしゃぎながら咲夜にまとわりついた。
「どうだった?」
「気持よかった?」
「楽しかった?」
 当然咲夜には意味が分からない。
「え? すみません。何が何だか」
「咲夜、無視しとけ無視」
「えっと」
 困惑する咲夜に頭を撫でられながら、三人が尚も咲夜にまとわりついていると、そこにまた別の人物が現れた。
「あら、三馬鹿」
「遊びに来たの?」
 霊夢と早苗が出てくると、三人の目が更に驚きで剥かれた。
「四人で!」
「凄い!」
「高度!」
「え? 何が?」
「霊夢、無視しとけ」
 訝しむ霊夢と呆れる魔理沙を尻目に、早苗は嬉しそうに咲夜にひっつく三人の前で座り込んだ。
「こんにちはー」
 三人がこんにちはと挨拶を返すと、早苗は目を煌めかせて両手を握る。
「可愛い! 今度家にも遊びにおいで。お菓子もあるし、神様も居るよ」
 お菓子という単語に三人が反応を示すので、早苗はいかに守矢神社にお菓子の備蓄があり、それを目当てに子供達がやって来て、みんな幸せそうなのかを語りだした。
「隙あらば勧誘か」
「うちもああいうところを見習わなくちゃいけないのかしら」
「変な宗教に拐かさないで」
 魔理沙と霊夢が感心し、咲夜が三人をかばう。
「あの、純粋に可愛いからで、変な宗教じゃないですし、そういう風評は」
 困惑する早苗に、フランが咲夜の背後から声を掛けた。
「守矢神社ならさっき行ったよ」
「え? 嘘! 何で?」
「聞きたい事があって。あ、そうだよ、今日はそれで来たんだから」
「何で私が居ない時に!」と地面に崩れ落ちた早苗を無視して、三人は透明人間を探している事を伝えた。透明人間を知らないかと問うが、霊夢の反応も魔理沙の反応も芳しくない。
「透明人間て漫画とかに出てくる姿が透明の奴か?」
「私知らない。何それ」
「薬を飲んで透明になるって話よ。パチュリー様に借りた事ある」
「透明人間を探しているんですか? そういう事なら、私達守矢神社に」
 今度こそと早苗は顔を上げたが「さっき行ったけど知らないって言われた」と言われて声も無く崩れ落ちた。
 そんな早苗を無視して、三人は今までの経緯を話し、白蓮から魔理沙と霊夢であれば見つける術を知っていると言われて来た事を告げる。
 だが当の二人は全く心当たりが無い様で、お互い顔を合わせ、責任を擦り付ける様に目を細め合った。
 三人は残念に思ったが、これまでの事で透明人間を見つけるのが如何に困難かは良く分かっている。今更落胆等せず、更に質問をぶつける。
「じゃあさ、透明になる薬とか無い?」
「ただ透明になるだけで良いのか? なら作れない事は無いぜ」
 魔理沙の答えにフランは首を横に振る。
「見えないだけじゃない。触れられもしないし、音も立たないし、匂いも無い、存在自体が無くなりたい」
 魔理沙は苦笑する。
「それがお前達の考える透明人間か」
「そう。描いた絵は誰にも見えないし、歌を歌っても誰にも聞こえない。自分ですら自分が存在しているかも分からない」
「なら私には無理だね。私は実存の世界に生きているからな」
「駄目かぁ」
「薬なら永遠亭の方が詳しいとは思うけど」
「あ、そっか」
「それでも、存在自体を消すのは至難だと思うぜ。むしろ霊夢に夢想転生を教えてもらったらどうだ?」
「いや流石に自分で自分は認識しているわよ」
 あれも駄目これも駄目となると、流石に気落ちしてくる。どうしたものかと悩み俯きだしたフラン達を見て、魔理沙は少し考えてから言った。
「なあ、透明人間を見つけてどうするんだ?」
「どうするって? 救うんだよ」
「それで救えるのか? 透明人間が何で消えているか考えた事があるか?」
「何で消えているか?」
「お前等透明人間の気持ちになって良く考えてみろよ。ずっと消えていたんだろ、その透明人間は。そんな奴が見つけて欲しなんて願っていると思うか?」
「見つけて欲しいよ、絶対!」
 フランは声を荒らげた。
 それは間違い無い。
 透明人間は寂しがっていて、見つけて欲しいと願っている。
 誰にも認識してもらえず、踊りを見てもらえず、ずっと閉じこもっていたフラン達は、自分達こそ透明人間を理解してあげられると信じている。自分達と同じ様に、みんなと関わる様になれば、透明人間は幸せになると信じている。
 だが魔理沙はそれを否定する。
「確かに周りと関わりを作るっていうのは、透明じゃない側からしたら良い事だろうが、透明になっている方は透明になっている方で透明でいる理由がある筈だ。相手の事情に立たず、その理由を無視してしまって良いのか?」
「だって絶対嬉しいもん!」
 むきになって言い返すフランに追随して、こいしも抑揚の無い声で言った。
「魔理沙の言いたい事は分かる。私も昔、誰にも気が付いてもらえなかった時、それを悲しいなんて思ってなかった。でも、今になってみれば、それは悲しい事を理解出来ていなかっただけ。本当は悲しい事だって今なら分かる。だから透明人間だって」
「それは押し付けだぜ、こいし。どう取り繕ったってそれは相手を否定する事だ」
 あんまりな物言いに、霊夢と早苗がそれを止めようと魔理沙の肩を掴む。
「ちょっと魔理沙」
「強く言い過ぎですよ」
 魔理沙はその手を払った。
「こいし、良く思い出してみろ。昔の自分を。その時、もしも全然知らない誰かが無理矢理こっちに来いって手を引っ張ってきたら、こいしはそれに喜んでついていったか? 嫌だと思うんじゃないか? いや、今だってそうだ。誰か知らない奴がやって来て、フランやこころと一緒に居るのは悲しい事だからこっちのグループに来いっていきなり引っ張られたら、お前はどう思う?」
「そしたら嫌だ。でもそれは私が今幸せだからで」
「幸せなのはお前だろ? その幸せを赤の他人の透明人間に押し付けるなって言っているんだ。透明人間がこいしと同じ状況になったって幸せに思わないかもしれない」
 魔理沙の言葉に押されて何も言えなくなったらこいしの代わりに、こころが傍から尋ねた。
「どうして、魔理沙お姉ちゃんはそんな必死なの?」
 フランの言う通り、魔理沙は妙に興奮気味で、余裕が無い様に見えた。
 魔理沙自身も初めて自分の様子に気が付いた様で目を丸くする。
「どうしてって」
 虚を突かれた魔理沙は、一瞬辺りに目を彷徨わせ、そしてすぐに笑い声を上げた。
「簡単さ。私が昔同じ思いをしたからだ」
「透明人間と同じ思い?」
「両方だ。両方の嫌な思いをしたんだよ。聞いて驚け。私だって昔は人里に住んでいた。ただな、私の幸せと里の幸せは全く違った。かたっ苦しいし、つまらないし、窮屈だし、何より気味が悪かった。それでもあいつ等は私にその気味の悪い幸せを押し付けようとしてくる。だから里を飛び出した。
「だが人ってのはどうにもみんな同じ様に出来ているらしい。新しく作った家に心地良さを覚えた私は、人里で仲の良かった友達を招待したんだ。里からすりゃ魔法の森に行くなんてとんでもなく危険な事で、その友達も魔法の森に行くって聞いたら泣き喚いていた。それでもいずれ楽しさが分かれば、友達も喜んでくれるだろうと考えて、無理矢理家まで連れて行ったんだが、残念な事にその泣き声に妖怪が寄ってきて私達は襲われた。先代の助けがなければ死んでたところだ。結局友達は最後まで泣きっぱなしのまま里に戻り、私には友達を失った喪失感と罪悪感、善良な人間を妖怪に引き渡したという汚名だけが残った。お陰で辛うじて繋がっていた家族や友達との絆も完全に断ち切れたぜ。
「さあ笑え。馬鹿な事をしたと思うだろう。だがお前等もそれとおんなじ事をしようとしている。お前達が言っているのは結果が良ければ全て良いって話だ。だが私はそう思わない。それは過ぎ去った後でようやく言える事であって、今を生きている奴が吐く台詞じゃない。結果を大雑把に纏めりゃ幸せと括れるのかもしれないが、過程に禍根があれば、それは必ず傷になる。玉に付いた傷は磨けば消えるが、過去に付いた傷はどうあがいたって消えないのさ。
「分かるか? お前達は救いだした後の透明人間しか見ていない。だがそれじゃあ今の透明人間はどうなる。無視して良いのか? 今の透明人間を見なけりゃ、助けるどころか見つける事だって出来ないぜ」
 魔理沙が見栄を切って三人を順繰りに見る。
 睨む様な視線に怯えながら、おずおずとフランが聞いた。
「魔理沙は今、幸せじゃないの?」
「幸せさ。おおまかに言えばな。私は今生きていて楽しい。それにさっき言った昔の友達も、噂じゃ里で幸せにやっているみたいだぜ。彼氏も出来て順風満帆だそうだ」
「それでも」
「それでも過去に付いた傷は消えないし、その傷を忘れる様な厚顔無恥にはなりたくない。なあ、こころ、さっき私の事を必死だって言ったよな? でも傍から見ればお前等も必死だぜ」
「そう?」
 こころの問いに、魔理沙ははっきりと頷く。
「余裕があれば人は笑っているものさ。透明人間について説明していた時、笑っていたか?」
「そっか」
 こころ達は見つめ合う。
「必死かな?」
「どうだろう? でも笑ってなかったかも」
「自分達の事って分かんないよね」
 こころ達の視線が霊夢達に向かう。視線で問われた霊夢達は視線を逸らしながら正直に答えた。
「正直、今の魔理沙の必死さに比べたらそんなに」
「あんまりそうは見えないけど」
「別に必死でも良いじゃない」
 完全に言葉を否定されて、魔理沙は肩を落とした。
「お前等ちょっとは合わせろよ」
「そう言われても」と霊夢達三人に揃って返されて、魔理沙は気まず気に、フラン達へ視線を戻した。
「とにかくだ、お前等北風と太陽って知っているか?」
「知っているよ」
「馬鹿にしないでよ」
「読み終えた時の表情」
 三人共知っている様なので、ちょっと安心しつつ、魔理沙は鷹揚に見える仕草で頷いてみせた。
「なら丁度良い。お前等は今、北風な訳だ」
 途端に三人は反発した。
「あんな空気読めないのと一緒にしないで」
「そこまで間抜けじゃないよ」
「あまりの侮辱に打ち震える表情」
 あっさり脱線したので、魔理沙は怒鳴る。
「聞けよ! 何かお前等、私と話すの面倒臭くなってないか?」
「そんな事無いよ」
「村人の話は全部聞く方だし」
「図星をつかれた表情」
 こころが面を二人に渡し、三人揃って掛けた。
 やっぱ面倒臭くなってんじゃないかと言って、魔理沙は項垂れる。
「もういいや。とにかくあんまり入れ込みすぎるなよ。多分お前達はその歌を聞いて感情的になっている。感情で相手にぶつかったら相手も感情的になって、結局お互い傷ついて終わるだけだぜ」
 フランは笑顔になって頷いた。
「ありがと。魔理沙の言いたい事は何となく分かったよ。柔能く剛を制すって奴だね」
「ちょっと違う」
 こころが首を傾げる。
「剛能く柔を断つ?」
「それじゃ駄目」
 こいしが嬉しそうに手を打った。
「弱能く強を制す!」
「そういう事だけど、ちゃんと意味分かって言っているか? とにかく、体を降すなら礼を以ちて、心を降すなら楽を以ちて、って事だな。うん。救うのは結構だが、その前に相手を無視して礼を失してたらお終いだぜ」
 フランがはっとして声を上げる。
「ドレスコードだね!」
「え?」
 魔理沙が首を傾げる。
 こいしも首を傾げた。
「透明人間のドレスコード?」
「そう! だからこっちも透明にならないと」
「あ、そっか」
 こいしとこころが得心して顔を晴れやかせた。
「それにこっちが透明になれば、透明人間を見える様になるかも」
 そういう事かと頷き合って、三人は魔理沙達に手を挙げた。
「ありがとう、魔理沙お姉ちゃん!」
「ちょっと惚れ直したよ」
「じゃあ、永遠亭に薬を貰いに行くね!」
 そう言うと、返事も聞かずに、フラン達は駆け去っていった。
「最初っから最後までこっちの話を無視して自己完結しやがった」
 魔理沙は呆然としていたが、しばらくして頭を振り、皮肉気な笑みになる。
「透明になっても、透明人間を見るなんて出来無いと思うけどね」
「でも仲間が増えたら喜んでくれるかも」
 早苗があっけらかんと言った。
 魔理沙は早苗を一瞥し、空を指差した。
「気付いているか?」
 早苗が空を見上げる。
「何が?」
「もう夕方になるぜ」
 魔理沙が家の中に戻った。
 早苗は空を見上げ、驚愕で目を見開く。
「ええ! だって起きたばっかりなのに!」
「何か一日無駄にした気分」
 霊夢が欠伸をしながら、魔理沙と一緒に家の中へ入った。
 早苗はそれを追う。
 最後に咲夜が家の中に入り、伸びをしている魔理沙に尋ねた。
「さっきの友達がどうのって何処までが本当?」
 魔理沙は咲夜に目を合わせず、何でも無い事の様に言った。
「全部嘘」
 横から早苗が驚きの声を上げる。
「はぁ? 全部って全部? 魔理沙の友達は? 全てを失って喪失感が残ったっていうのは?」
「魔法の森は確かに危険だが、だからって人が全く寄り付かない場所じゃないから、偶に人里の友達だって遊びに来るぜ。っていうか、人里の友達とは早苗も会っているだろう? それに私が里を出たのは、魔法の森の方が魔法の研究がし易いから。それで失った物なんて何も無いね。婿取らないなら帰って来るなって半勘当状態だけど、それでも最近じゃ里に行ったら顔を見せる位には繋がりを保っている。あの時話した設定は全部嘘」
 絶句している早苗に、咲夜が呆れて溜息を吐いた。
「その設定の殆どが昨日、じゃなくて、今日見た映画の設定をつぎはぎしたものだしね」
 咲夜はそのまま台所へと引っ込んだ。台所から何か飲むかという咲夜の問いが聞こえ、霊夢と魔理沙が水を所望した。早苗も同じものを頼んでから、魔理沙に顔を戻す。
「何でそんな事を?」
「言っている事が間違っていたとは思わないぜ。もしも本当に透明人間が居たら、迷惑な奴等が来たって怒鳴り散らすかもしれない。そのショックを和らげる為に心を鬼にして」
 魔理沙の言葉を遮って、咲夜から受け取った水を飲み干して、霊夢が言った。
「単に睡眠時間が狂って、テンションおかしくなって、昨日の映画の演技をしてみたくなっただけでしょ」
「そんな訳無いじゃないか」
 否定する魔理沙に水を渡しながら咲夜が呟く。
「棒読み棒読み」
 早苗は納得がいかない様子で唸っていたが、咲夜から水を受け取ると、考えたり非難したりする事を諦めた様で、無理矢理作ったと分かる笑顔を皆に向けた。
「でもああいう頃、あったよね? サンタを信じたり、お化けを信じたり」
「サンタは知らないが、お化けは実際居るけどな」
「そう。神奈子様や諏訪子様の存在だって、誰も信じてくれなかった。でも本当は居た。そう考えたら透明人間だって居るのかも」
「透明人間は居るぜ?」
「え? 幻想郷に?」
 早苗が驚いて魔理沙を見る。
「私達一人一人の心の中に」
 魔理沙はけたけたと笑い飛ばす。からかわれた早苗はそっぽを向いた。
 二人のやり取りを眺めていた咲夜は頬を指で一無ですると、振り返って時計を見上げた。
「さて、中途半端な時間だけど。そろそろお開き?」
「そうだな。取り敢えず映画は全部見終わったしな。後は、最後に飯食ってけよ。っていうか、作っていってくれ。楽だから」
「この時間に食べたら夕飯が食べられなくなる」
 早苗がお腹を抑えると、霊夢がからかう様に言った。
「夕飯抜けば良いでしょ。一日一食ダイエットだと思って」
「よーし、じゃあ折角だから甘ったるくて脂っこい豪勢な夕飯にしようぜ」
 魔理沙がそう言って台所へ向かう。「やめろ、こら」と言って、霊夢が後を追う。
「魔理沙は冗談ばっかり言って」
 早苗も呆れながら台所に向かおうとして、立ち止まっている咲夜に気が付き振り返る。
「どうしたの?」
「いえ。フラン様の事を。無事透明人間を見つけて下さると良いんだけど」
「でも居るかどうかも分からないのに」
「さっき魔理沙が居るって言ってたじゃない」
「それは冗談で」
 早苗が下らなそうに言うと、咲夜はくすりと笑った。
「あなたには見えないの?」
「何が?」
「心の中の透明人間」
「え? どういう意味?」
「そのままの意味。透明人間は心の中に居る」
「咲夜の?」
「みんなの」
 冗談か本気か判断つきかねている早苗に、咲夜は微笑んだ。
「それが存在しないという事でしょう?」

「頼もう!」
 フラン達が正門の呼び鈴を鳴らして叫ぶと、丁度近くを歩いていた輝夜とてゐが気が付いて門を開けた。
「あらあら、どうしたの?」
「今日は子供会無いよ」
 意外そうな二人に、こいしが答える。
「薬貰いに来た」
「あら、病気? 元気そうだけど」
「病気じゃない。透明人間になる薬を貰いに来たの。飲んだら、見えなくなって、絵を描いても誰にも見てもらえなくて、歌を歌っても誰も聞いてくれなくて、居たのかどうか自分でも分からなくなる様に」
「ほうほう」
 輝夜は如何にも興味の湧いた仕草で頷くと、屈みこんで三人の目を覗きこんだ。
「何か今日一日色色あったんじゃない? 出来れば教えて欲しいなぁ」
 輝夜に真っ向から見つめられた三人は、恥ずかしげに顔を赤らめたが、怯まず見つめ返し、今日あった事を話す。歌を聞いて飛び出し、紅魔館の周りや妖怪の山を探し、知り合いに聞いて回って、何とか透明人間を探そうとした。
「そうかそうか。宿題やって来れているのね。嬉しいなぁ」
 嬉しそうに笑いながらこいしの手を掴んで、診察室とは別の方角へ歩き出そうとした。フランとこころは慌てて輝夜にすがる。
「お姫様、何処行くの」
「私の部屋。一緒に遊びましょう」
「私達は先生にお薬貰わないと行けないから、今は遊べないよ」
「きっと凄く高いからあなた達じゃ買えないよ」
「うち、お金ならあるよ」
「うちもそこそこ」
「お母さんが一杯持っている」
 強気で答える三人に、輝夜は振り返り、袖を口に当てて眦を下げた。
「お金じゃないわ。それは、そう、例えば時間。あなた達がこれから送る千年が薬の代価。これから千年真っ暗な部屋に閉じ込められて誰にも会えない。そうしてまで、お薬が欲しい?」
 お金を払えば買えると思っていた三人は驚きで固まった。流石にそんなものを払う訳にはいかない。
「嫌でしょ? 私も嫌。だから薬は諦めてこっちで遊びましょう」
「でも透明人間を助けないと」
 輝夜は振り返り、突然屈むと、三人を思いっきり抱き締めた。
「三人共今日の歌を聞いたんでしょ? それで透明人間を可哀想に思ったのかな?」
「姫様、あまり強く抱き締めない様に」
 てゐの落ち着いた言葉で、輝夜は自分の腕力に気が付いて、慌てて体を離した。
 何ともない三人は、ごめんごめんと謝る輝夜に大丈夫と告げた。
 てゐが腕を組んで空を見上げた。
「今日のはどんな歌でしたっけ?」
「透明人間が絵を描いたけれど、透明人間の絵の具は透明で誰にも見えず、透明人間が歌を歌うけれど、透明人間の歌は透明で誰も分からず、透明人間は確かに居た筈なのに、自分すら本当に居たのか分からない」
「それで?」
「それだけ」
「え? 続き無いの?」
「無いよ。それだけ。悲惨でしょ?」
「確かに悲惨だけ……ですけど」
 てゐが三人の様子を窺う。
「それを助けたいと?」
 こころが頷く。
「そう。その為にはまず見つけないといけない。その為には透明人間に失礼が無い様にしないといけない。その為には透明にならないといけない」
「透明人間にならないといけないの? なんで? 同類になりたいって事?」
「ドレスコード」
「ドレスコードぉ?」
 素っ頓狂な声を上げて、理解出来無い事を示すてゐの横で、輝夜はしたり顔で頷いてから、でもそれは違うと思うなと否定的な姿勢になった。
「違う?」
「透明人間になっても、透明人間は出てきてくれないと思うけどなぁ」
「どうして? お姫様は透明人間にあった事があるの?」
「無いよ。でも分かる。私が透明人間だったら、同じ透明人間に会いたいなんて思わない」
 輝夜に否定されて、フランは唇を噛む。
「何でみんなそういうの? 何でそんな事分かるの? だってまだ会った事無いんでしょ?」
 魔理沙も輝夜もまるで見透かした様にフラン達のやり方を否定する。でもその理由がさっぱり分からない。二人共透明人間に会った事が無いのなら、透明人間の事を分かる訳が無い。
 理由も分からないまま否定ばかりされては、納得出来無い。
「そうね、会った事は無い。でも正しいと思っている。だってこれは理解ではなく信念だから」
 益益分からず余計に不機嫌さを募らせるフランに輝夜は笑いかけ、その笑顔のまま後の二人を順繰りに見つめた。
「私も昔透明人間みたいなものだった。この竹林に閉じこもって誰も寄せ付けなかった。私が絵を描いたって誰も見る事が無いし、私が歌を歌っても誰も聞かない。そんな透明な存在。だから分かるの。あの頃の私だったら、自分と同じ奴が来たって仲良くなれない。むしろ苛苛しちゃうかも」
「そんな事、無いよ。友達が居た方が良いもん」
 三人は納得がいかない。
 透明人間の心なら自分達の方が良く分かる。
 自分達なら、会いに来てくれた方が良いと信じている。
 合点がいかない様子の三人に、輝夜は頭を振ると、真面目な顔を作って言った。
「透明人間を見つける方法、教えて欲しい?」
 三人が目を見開く。
「お姫様は知っているの?」
 輝夜は自信に満ち溢れた顔で、胸を叩いた。
「簡単」
「どうすれば良いの?」
「透明人間に自分から出て来てもらえば良い。それだけが唯一素敵な方法だと私は思う」
 そう言って、隣のてゐの頭を撫でた。
「私が透明人間だった時、それを見つけてくれたのは、この兎だった。でも決して無理矢理入り込んでは来なかった。挨拶には来たけれど、それだけ。会いにも来ない。こちらを見ようともしない。連れだそうともしてくれない。こっちは一人閉じこもって寂しくしているのに、兎達は外で楽しそうにしている。寂しかったなぁ」
 輝夜が口元に笑みを浮かべながら、てゐを責める。
 三人も輝夜の話を聞くなり、酷いと言って、てゐに失望の表情を向けた。
「だってさ、てゐ」
 ころころと笑う輝夜を、てゐが非難がましく睨む。だがすぐに低頭してみせた。
「申し訳ございませんでした」
 謝ったのを見て、三人は輝夜に訴える。
「お姫様、てゐさんはこう言っているから許してあげて」
 輝夜は益益大きな声で笑って、許しましょうと言った。てゐは輝夜へ再び頭を下げて、ありがとうございますと答えた。それを見て、三人は安堵の息を吐いた。
 輝夜は背を伸ばして話を戻す。
「でもそのてゐのやり方が正しいの。もしも無理矢理で来られたら、反発して益益閉じこもっていたでしょう。てゐは違った。私には何もせず、ただ外で楽しそうにしていた。兎達は本当に楽しそうでねぇ、その楽しそうな様子が凄く気になるの。初めの内はそっぽを向いていたけれど、連日楽しそうな声を聞かされたらもう我慢出来なくなって、居ても立っても居られず、自分から外に飛び出しちゃった。そうして私は透明じゃなくなった。兎さん達にも見える様になった。てゐのお陰でね」
 輝夜が語り終えると、三人は一斉に拍手しててゐの事を偉いと褒め称えた。
「別に何も」
 言いかけたてゐの頭を輝夜が撫でる。
「本当に感謝しているのよ」
 てゐは黙って撫でられ、輝夜の手が離れると「勿体無いお言葉です」と頭を下げた。輝夜は微笑み、三人へ向き直る。
「分かったかな? 透明人間を見つける方法」
「え? えーっと」
 良く分からなかった。
 輝夜は苦笑して人差し指を立てる。
「それはね、楽しい事を沢山する事。心の底から楽しんで、透明人間に羨ましいって思わせる事。そうしたら透明人間は我慢が出来なくなって自分から出てくるの。分かる? だからね、辛い事ばかりしてちゃ駄目なのよ。透明人間に、あんな人達と一緒に居たくないなって思われたら駄目。分かる?」
 フラン達は、黙って俯いた。
 輝夜は意図せず三人を落ち込ませてしまった事に気が付き、慌てて口元に手を当て、「でもいつものみんな楽しそうだから大丈夫よ」と取り繕うが、三人は俯いたまま顔を上げない。
「姫」
 隣に立つてゐに小突かれて、振り向くと、てゐは空を見る様に目配せしてきた。見上げると、もう夕暮れが辺りを浸し始めていた。
 輝夜は残念そうに三人へ振り返る。
「あら、もうこんなに真っ暗。三人共お家に帰った方が良いんじゃない?」
 三人は驚いて空を見上げた。
「師匠に怒られちゃう」
「早く帰らないと」
 三人が慌てて帰ろうとしたところ、輝夜がその肩を掴んだ。
「待って。もう暗いから送らせるわ」
 輝夜が屋敷に向かって呼びかけると、すぐに電気自動車がやって来る。後部座席に三人が乗り込むと、窓が開いて外で見送る輝夜が顔を寄せてきた。
「じゃあ、また来てね。今日の話の続きをしましょう」
 手を振る輝夜に応えず、フランは躊躇いがちに先程の輝夜の言葉に対して反論した。
「私達、楽しいです。毎日。でも透明人間は何処にも居なかった」
 フランの言葉を追って、こころとこいしも輝夜に向かって頷く。
「今日も私達は楽しかった。なら、どうして見つからないの?」
「そう」
 輝夜が振っていた手を降ろす。
 その静かな挙動から何だか威圧感が滲み出ていて、怒らせてしまっただろうかと三人は体を縮こまらせる。怯える三人に輝夜は何かを言おうとした。だが何も言わず、自分の口の端を思いっきり引っ張って、笑顔を作った。
 驚いた三人に、輝夜は、口を引っ張っていた手を離し、改めて笑顔を見せる。
「楽しいのなら笑顔で居ないと駄目よ」
「笑顔?」
「さっきの話を聞くとね、周りの人達はみんなあなた達の事を心配していたと思うの。あなた達はあまりに必死で透明人間を探していて、時時笑顔を忘れていたんじゃないかな?」
 フラン達は顔を両手で挟み込んだ。
「そうかな?」
「きっとね。さっきも言ったでしょ? 相手を不安にさせちゃ駄目。透明人間を探したいのならいつだって楽しんで笑っていないと。不機嫌そうな顔をしている人に近付きたくないでしょう?」
 フラン達はその意味を考え、そしてこいしが尋ねた。
「だからお姫様とか、お姉ちゃん達はいつも笑っているの?」
「ん?」
「みんな透明人間を探しているの?」
 輝夜はフランの言葉の意味に気が付き、くすりと笑う。
「そうね。きっとそう。みんな、あなた達の家族もみんな、透明人間と一緒に居たいと願っている」
 輝夜が運転手に目配せをすると、止まっていた自動車のエンジンが掛かった。
 もうすぐ車が出発するのだと分かり、三人は声を揃えて礼を言う。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。またね」
 輝夜が笑顔で手を振ると、車が動き出す。輝夜の笑顔に見送られ、車は門を出て三人の家へ向かった。
 三人の姿が見えなくなると、輝夜は屋敷へと踵を返す。
「さて、まだ夕飯まで時間があるわね」
 てゐへと向けた言葉だったが、てゐはそれを無視して皮肉気に笑った。
「姫様が、一人でこの竹林に住んでたとは知らなんだ。確か私が来た時にはもう一人居た様な」
「永琳と私は一心同体だから一人」
「あんな嘘を吐いて、大した励ましでもなしに、何がしたかった訳?」
「え?」
 輝夜が意外そうな顔をした。
「え? えって何?」
「いえ、そういえば、何しようとしてたんだっけなと思って」
 考えなしな言葉に、てゐは呆れて肩を落とす。
「ぼけた? 遂に」
「人を年寄りみたいに」
「年寄りでしょうが」
 てゐが馬鹿にした様な視線で輝夜を見上げると、輝夜は偉ぶって腰に手を当て胸を張った。
「まだまだ子供よ!」
「図図しいわ!」
 てゐが輝夜のお尻を叩く。
 輝夜は痛いと笑う。
「でもね、本当」
 輝夜は笑みを引っ込め、呟く様な小声で言った。
「私もあの子も、見つかる筈の無い透明人間を探す子供」
 突然の抽象的な言葉に、てゐの理解が追いつかない。
「どういう事?」
「ただその透明人間が、あの子達からすれば哀れな孤独を孕む子供であったのに対して、私からすれば憧れの孤高を備えた大人だという違いがあるけれど。きっとさっきの私は、あの子達にそれを分かっていて欲しかったのね」
「ごめん、意味が分からない」
 本当にぼけたんじゃないかとてゐは不安になる。
 輝夜は肩を竦め、惚けた態度ではぐらかす様に言った。
「そういう事。さ、夕飯までゲームでもしていましょう」
 こうなると何を言っても真意は返ってこないと判断したてゐは質す事を諦めた。頭を振り、輝夜をじろりと睨む。
「良いけどさ、また詰まんないって分かりきったゲームを興味本位でやるのだけは止めようよ」
 詰まらないと評判のゲームをやろうとしていた輝夜は決まり悪気に笑い、それじゃあと代案を出す。
「囲碁にしましょうか」
 途端にてゐが不敵な笑顔になった。
「良いね。久しぶりに一勝負行こうか」
「今はてゐが勝ち越しだっけ?」
「どうだったかな? 忘れた。一から始めよう。先に百敗した方に罰を決めてさ」
 腕まくりの振りをするてゐの傍で、輝夜は静かに空を見上げる。夕闇から夜へ、月が空に浮かんでいる。
「あなたに見つけて貰って一番嬉しかった事は、同じ力量で戦える友達が出来た事かも知れないわね」
「あの薬師様は色色強すぎるんだよ」
 二人は笑い合うと、早速蔵へ碁盤と碁石を取りに向かった。

 フランが紅魔館に帰ると、美鈴が迎えてくれた。
「お帰りなさい、フラン様。心配してましたよ。魔理沙の家にも行ったんですって?」
「うん、透明人間探しでね」
「見つかったんですか?」

 こいしが地霊殿に帰ると、さとりの部屋に行った。
「お姉ちゃん、ただいま」
「おかえり。どうだった? 透明人間は見つかった?」

 こころが博麗神社に行くと、霊夢と共に言い争う神子と白蓮が居て、こころを出迎えた。
「おお、待っていたぞ! どうだ、この衣装は! どうやらさっきのは不服だった様だから新しいのを用意したんだ」
「お帰りなさい。そっちの趣味が悪いのは気にしないでいいわ。それより、この衣装、どう? お昼に見せたのから更に可愛い衣装に」
「お帰り、こころ。こいつ等はすぐ片付けちゃうから、先に手を洗ってきなさい」
「うん、ただいま。疲れた」
「透明人間は見つけたの?」

 三人は笑顔を浮かべてそれに答える。
「ううん、まだ」

 それぞれが帰った家は柔らかい光で満ちている。
 透明人間でさえも照らしてしまう様な優しい明かりが煌煌と夜を照らしている。



Real friend of the underdogs ~残酷潜在仮面即興劇~
I, said the blue birds ~内向独善調和即興劇~
Harmonic Household ~反故即興劇~
Historical Hysteric Poetry ~冷索即興劇~
Flowers in the sea of sunny ~時分陽溜即興劇~
You're just an invisible man, I mean ~透明探究殺戮即興劇~
Lovely Lovey ~贈答即興日記~
自分が透明人間いなれたら
フラン「うーん、とりあえず、紅魔館の恐怖で支配?」
こいし「パフェを食べる」
こころ「踊る」

妹が透明人間になったら
レミリア「どうせいたずらの限りを尽くすでしょうから、捕まえてお仕置きね」
さとり「そうですね、三左庵のパフェをあげてご機嫌をとりましょうか。本人も所望している様ですし」
霊夢「多分踊るだけじゃない、あの子。疲れたり寂しくなったりしたら、出てくるわ」

メリー「蓮子が透明になったら?」
蓮子「そう見えなくなったらどうする?」
メリー「見えなくなるだけでしょ?」
蓮子「えー、例えばこっそりいたずらとかしちゃうかも。見えないと怖くないの?」
メリー「匂いで分かるし」
蓮子「え?」
メリー「半径百メートル以内なら、匂いで蓮子が何処で何をしているのか分かるし。蓮子もそうでしょ?」
蓮子「何それ、怖い」
メリー「え?」
蓮子「え?」
烏口泣鳴
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コメント



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9.70名前が無い程度の能力削除
(時間無いので)少しだけ書いてみる
文章が硬いかも。自然な形で根を張り切れていない?(ストンと降りて来ない?)
文章も文脈もオカシク無いのに何か流れが悪い。硬さとか柔らかさとかちょっとしたニュアンスかも?(正確に指摘できる程判然としてないけど)
誤字:選ぶる>>>偉ぶる
『子供の世界』 私、全話読んでないです。一先ず全て読んからまた考えます
11.100名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです

人助けしたとしても相手の価値観次第で話が違ってくるし自分の価値観次第でそれらの意味が変わるんでしょうね
余計な啓蒙をしてくる相手はウザイでしょうが数年後なら過去の自分が黒歴史になってたことなんてザラにありますし、その評価自体また年をとれば違ってくることもよくあるでしょうし

シンプルですけど深いお話でした