「妊娠したみたいなんですけど、紅魔館って産休あります?」
「パードゥン?」
その日、ただでさえ紅い紅魔館が夕焼けによってますます紅く染まる時間。メイドがとんでもない爆弾を投下した。
前もって断っておけば、報告を受けた吸血鬼レミリア・スカーレットは正気である。
飲酒は今夜博麗神社で開かれる宴会のため控えており、マジカルな感じのポーションもやっておらず、マジックな感じのキノコだって食べてないし、数時間前に嗜んだハーブティーだって合法で『混ぜるな危険』も守っている。よって幻覚及び幻聴ではない。
居眠り中に見ている夢? NO。今朝の目覚めはスッキリ抜群。朝食だって納豆にネギを入れたし、玉子焼きは砂糖たっぷりの甘い奴。味噌汁は大根と白菜が入ってたし、さらに白いご飯で死角ゼロ。
それらを用意せしは確実に忠実なメイド十六夜咲夜。
そんな咲夜が何だって? どうしたって?
ではもう一度。はい。
「このたびわたくし、十六夜咲夜は妊娠致しました。産休が無いなら時間を加速させてインスタント出産しちゃおうかなーと」
特にふくらんでいるようには見えない腹部を撫でながら、十六夜咲夜はほがらかに言いました。
幻覚や幻聴といった可能性が断たれた今、果たしてレミリア・スカーレットはどのようにしてこの事態に当たるべきなのか。
取り合えず――。
「おめでたう」
噛んだ。
「ありがたうございます」
噛みながら応えてくれた。
主に恥をかかせまいとする心配りだ。ありがたう。
「……じゃなぁ~いっ!!」
レミリア、猛烈なちゃぶ台返し。
今さらながら現在地を説明するなら、紅魔館執務室だ。レミリアは書類仕事(パチュリーが作ってくれた書類にハンコを押すだけ)の最中だったので、破砕したデスクの木片とともに書類があっちへこっちへ散り散り舞い散る。
されど案ずるなかれ。ここには今、彼女がいる! 時間と空間を操る人間メイド咲夜さん!
まさしくゼロ秒ジャストで書類を回収してくれた。ありがたう咲夜さん!
「ににに、にん、にしんしたてどうゆうことよ!?」
「ああ、いいですわねニシン。今日のお昼はお刺身でしたが、今度シュールストレミングでも注文しましょうかしら?」
「臭テロすんなや!?」
シュールストレミングとは、ニシンの缶詰である。有名なので知ってる人間も多かろうが、これはとんでもなく臭い。
お嬢様の好物である納豆の臭気指数が『452 Au』であるのに対し、シュールストレミングの臭気指数は実に『8070 Au』である。
あまりの臭気からこれを開封する際はご近所への事前報告、人気のない場所への移動が必要であり、時には悪臭爆弾としてテロ活動にも使われているなんて噂もあったりなかったり。
「私が言ってるのは妊娠よ、に・ん・し・ん! どこで不順異性交遊してきおったこの十代の小娘ぇー!」
「お嬢様、息が乱れていますわ。落ち着いて呼吸しましょう。はい、ひっひっふー。ひっひっふー」
「ラマーズ法やめいー!」
もう泣きたくなっちゃうレミリアだった。でも泣かない、500歳だもん。紅魔館当主様だもん。咲夜の主人なんだもん。
いや主人とはいっても亭主や旦那という意味での主人ではなくて、なのでもちろん咲夜の妊娠の犯人っていうのはレミリアお嬢様じゃないんです。女同士なんだし。十八歳未満購入禁止の薄い本みたくお嬢様はグングニルを生やしたりなんかしません。だから違うんですパパはお嬢様じゃないんです。
「い、いいえ落ち着けなさい。よくあるパターンじゃないこーゆーの」
ハッと我に返るレミリア。
毎日が異変とも言える愉快痛快奇々怪々な幻想郷だもの、この手のおかしな事件なんて今までもあったじゃないのさ。
幻想郷ではよくあることじゃないか。
例えば、目が覚めたら性別が反転してるかもしれない。
例えば、階段から転げ落ちたらお互いの身体が入れ替わるなんてベタな展開もあるさ。
例えば、目が覚めたらなぜか無人島にいてサバイバル大冒険しちゃったりするかもしれない。
例えば、月一ペースで宇宙の天秤を打ち砕かんとする邪悪な影が復活するや美しき言霊によって封印するのだってきっと日常茶飯事。
そう、他にもあんなことそんなこと色々あったと脳内補完しておくのならばきっと、メイドが妊娠くらいして当然。
というかむしろ、妊娠したと報告されたのなら実は妊娠していないのがお約束だよね! ……だよね? うん、そうだよね。
「だいたい妊娠ったって、全然お腹がふくらんでないじゃない。なんで妊娠したなんて思ったの? 生理なんて体調次第で遅れるもんよ。ああ、何ヶ月もこないっていうんなら病気の可能性があるし、パチェに相談でも――」
「今日はなんだかお腹が重かったんですけど、パチュリー様が敷いた魔理沙対策生体エネルギー吸収結界の機能のひとつである生体反応レーダーに引っかかりまして。私のお腹にもうひとつ生体反応があったのです」
「せーたいはんのー」
細菌や微生物からレイシスト(差別主義者)と糾弾されることを恐れず言えば、人体に宿りし命は本来ひとつ限りのものである。
だがしかしそれがふたつ。
そう、生命は時に複数の生命を宿す。複数の生命を孕む。
それこそが命のバトンを次代へと渡す、生命が生命であるがゆえの命題。
時よ紡げ、命の名の元に。
今こそ産休の刻!
十六夜咲夜――懐妊!!
「いや待てちょっと待て」
もはや避けられぬ結論にまさかの待ったをかけるレミリア。
もはや逃げ場は無きに等しきこの状況、果たして如何に!? 大事なメイドが孕んでおらぬと理論を構築もとい言い訳しようというのか!
もはや咲夜の身体に別の生体反応があるという事実は、覆せぬというのに――。
いや待てちょっと待て。
生命を宿しているのがもう覆せないなら、生命が宿っていても妊娠ではないと定めればよい。
例えばそう、今夜の宴会芸のため人間ポンプの練習をして呑み込んだ金魚が、まだ腹の中で生きているとか。
例えばそう、いつぞやの異変の黒幕のリリパットだか小人だかが、腹の中から針でつついて咲夜を退治しようとしているとか。
例えばそう、多重次元のもう一人の咲夜と同一次元軸に重なって生体反応も多重感知されてしまったとか。
例えばそう、パチェの錬金術でホムンクルス的な――?
「ああ、要するにアレか。パチェの魔法やら錬金術なんかでホムンクルス的なナニカをフラスコじゃなく人の胎で培養しちゃおう的な」
「あのー、お嬢様の中のパチュリー様って、無許可でそういうことする鬼畜魔女なんです?」
「……いやぁ……まぁ……そのぉ……」
友情に誓って、するなどと言えるはずがない。
そのようなくだらない想像をする奴がいたら、助走つけて殴りに行く側だ。
「でもぉ……パチェの間違いとか……誤診? みたいな……」
「パチュリー様も最初は驚いておられました。実のところ最初の一回では生体反応がふたつということまでしか分かっておらず、誤作動を疑いながら確認のため私一人をサーチし直したところ、お腹から生体反応があったため急ぎお嬢様にご報告を……という経緯です。誤診ではないかと」
つまり、間違いなく妊娠してるってことなのか。
レミリアは激怒した。
咲夜にではない、罪無き赤ん坊にでもない。
「うちの咲夜を傷ものにしたファッキン・ホース・ボーンはどこのどいつだぁぁぁ!!」
手塩にかけて育てた咲夜。
成長の早い人間は例え肉体年齢が上回ろうとも、妖怪から見ればいつまでも子供のようなものである。
娘のようでもある。
だからきっと、この怒りは正当だ。
「うおおー咲夜を花嫁にしたくば紅魔館全戦力を真正面からぶち破ってその男気を示せやガオー!」
「落ち着いてくださいってば。私はどこかに嫁ぐ気はありませんって」
「私生児を産むつもり!? ダメよダメダメ。こういうのはちゃんと責任取らせにゃならんのよ。一生涯馬車馬奴隷家畜のように働き働き働かせ続けさせて飼い殺すとか、食卓に『ご招待』して一口だけ食べて糞不味いと吐き捨ててゴミ箱にポイするとか、美鈴にお願いして花壇にマンドラゴラ植えて肥料ドッサリ数十キロとか」
「責任=必殺ですか」
「さあ今すぐあなたの傷物にしたファッキン・ホース・ボーンの首に鎖を巻いて連れてきなさい」
「と、言われましても」
咲夜は小首を傾げて困り顔をする。
本当に妊婦かってくらいあどけない、少女のような可憐さで。
ああ――やっぱ殺すべきだわ、こんな咲夜を傷物にしたファッキン・ホース・ボーンは。
「私、傷物にはなってませんが」
「パードゥン?」
「殿方と肌を重ねた覚えはありません。吸血鬼なら乙女の純潔センサーで判断できるのでは?」
まさか、いや、そんな。
よいこのほけんたいいくに真っ向から反逆する咲夜のセリフを受け、レミリアは乙女の純潔センサーを稼動させた。
くんくん、くんくん。
センサーは嗅覚。
咲夜から漂ってくる香りを分析。
まず人間の匂い。生きて老いて死んでいく、人間の少女だ。
続いてハーブ。三時に淹れてくれたハーブティーの芳しさ。
さらに薄っすらと薔薇。紅魔館の薔薇の香り。薔薇のシャンプーの香り。美鈴が世話する薔薇園の香り。
それに紛れて魚の匂い。お昼ご飯はお刺身だった。今夜の宴会にも魚を持ってく予定だ。でも下手に魚ネタを引っ張ったら本当にシュールストレミングを注文しかねない。魚はやめて、肉を持っていこう。
奥底から――乙女の純潔、穢れを知らぬ血の香り――。
間違いなく、十六夜咲夜は乙女だった。
「いやいやいや。いやいやいやいやいやいや。待って咲夜待って、どういうこと? 妊娠したんでしょ?」
「はい」
「乙女なんでしょ?」
「はい」
「……えっ? 誰とも姦淫せず?」
「はい」
「処女のまま?」
「はい」
「処女受胎? ……ん? ああ?」
閃く一筋の解答。
悪魔なら誰もが知るひとつの奇跡。
処女受胎によって生まれし救世主。
おお! その者の名は――。
「ジーザス!」
の、継母になってしまったというのか。
野郎、あの野郎、神聖不可侵なる四文字の名前のあの野郎。
「マリアのみならず咲夜にまで手を出すとは……もし現代のメシアが生誕したら、紅魔館が紅聖館になってしまう!」
こうせいかん。
唇を動かしてみて、語呂の悪さを痛感する。
駄目だ、カリスマが崩壊してしまう。
妖精メイドは退職届を出すだろう。
小悪魔は契約更新を拒否するだろう。
美鈴は相変わらずだろう。
パチュリーは聖女になるだろう。
咲夜は聖母として祀られるだろう。
取り残されたレミリアとフランドールは住むべき館を追い出され、またメシアを輩出しやがった裏切りの悪魔として蔑まれ、薄汚い路地裏で寝起きしながら花を売って暮らさねばなるまい。
もしそんなことになったらせめて、せめてフランドールだけは汚れさすまい。
だってレミリア、お姉ちゃんなんだもん!
そんな最悪の未来を阻止すべく、己が為すべき運命は!?
「ハルマゲドン……ハルマゲドンよ! ガブリエルが受胎告知に来るより先に、四文字のハゲマルドンにハルマゲドンぶっ込んだるわゴルァ!」
最終戦争。神の座を蹂躙すべく悪魔の総力を結集して天に挑む覚悟を決めた。
おお! 見よ、この悲壮なる覚悟の眼差し。真紅の瞳の輝きを。
なんと数奇な運命だろう。悪魔が抱きし義憤の根源には愛があった。
神が尊ぶべきと定めた愛ゆえに、悪魔は正義の怒りを――神に向けているのだ。
「罪状、姦淫! 七つの大罪、色欲! 合意無し、すなわち強姦! 神は己の定めた戒律によって裁かれるのだ……今、神の時代は終わり、悪魔の時代は始まる。腹違いの兄ジーザス、聞こえていたら己の生まれの不幸を呪うがいい。お前の父親が悪いのだ。クリスチャンは強姦魔の信徒となり、サタニストが支配するディストピアで奏でようデスメタル! 力が総てを支配する暗黒時代の千年王国に祀られし紅霧の覇者レミリア・スカーレットの名が悪魔暦元年に刻まれる!」
ちょっと脳汁がほとばしりすぎて支離滅裂になり始めてしまい、レミリアは執務室のカーテンを雄々しく開いて窓から飛び立とうとする。
が、今はまだ夕暮れ。紅魔館がもっとも紅く輝く時間。射し込む光によって珠のような肌から蒸気が上がった。
「うわっちゃちゃちゃ!?」
「はいはい、ハルマゲドンはまた今度にしましょうね」
保母さんモードになった咲夜は落ち着いた動作でカーテンを閉め、焼け焦げた主の肌をパタパタとはたく。
陽射しをさえぎってしまえば吸血鬼の再生能力によって、焼け爛れた肌はあっという間に剥き立て卵のすべすべ肌。
触り心地もすべすべレモンちゃん!
咲夜さんも思わずうっとり。妊娠したという自覚のため母性愛も湧き上がっている。
そう、擬似母娘関係とは異なる血の通った母性が……。
果たしてそれは裏切りなのか? 育んでくれた主君、愛してくれたレミリアを。
そのような細かな心の機敏でありながら、敏感に感じ取ったのはもちろんレミリアだ。
「咲夜……安心なさい。例えなにがあろうと、誰の子を孕もうと……あなたは私の従者よ!」
「お、お嬢様……!」
ガシィッ。
硬く硬く熱い抱擁を交わす主従。
さっき散らばった書類をまとめて持ってた咲夜だけど、あまりに感動的なシチュエーションのため放り捨ててしまった。
色々と重要な書類が雪のようにひらひらと舞う中、二人は本当に硬く熱い抱擁を交わしたのだった。
身長差のためレミリアの頭部は咲夜の胸部と腹部の中間あたりにジャストフィット。
お嬢様の小振りなお鼻が咲夜の鳩尾にクリーンヒット。
「うごぶっ!?」
完全でも瀟洒でもない呻き声を上げた咲夜は、思わずお嬢様から離れるとその場にうずくまり、喉をめこりとふくらませた。
そして乙女の尊厳的に記述しがたい異音とともにべちゃりと吐き出す。
嘔吐ではない。
それは紅魔館らしい赤々しさを持ち、ピチピチと床を跳ね回っていた。
金魚だった。
「……は?」
金魚だった。
「……咲夜。なんで金魚が咲夜のお腹から……お腹?」
生きた金魚だった。
「ねぇ咲夜。随分前に美鈴が宴会芸で人間ポンプをやってくれて、あなたはたいそう面白がっていたわね」
「げっほごほ。え、ええ」
「今日、神社での宴会に向けて、宴会芸の練習とかした?」
「しました……」
「人間ポンプ?」
「……はい」
「金魚で?」
「…………はい」
「ちゃんと吐き出した?」
「………………うまくいかなかったので、ほっとけば消化するだろうと……忘れてました……」
そういえば、咲夜からかすかに魚の匂いがしてたっけ。お昼ご飯の刺身の残り香じゃなく金魚だったのね。
見事な伏線、してやられたわ……って分かるかこんなもん!
しかもだ。
――例えばそう、今夜の宴会芸のため人間ポンプの練習をして呑み込んだ金魚が、まだ腹の中で生きているとか。
ありえねーだろっていう例えの中のひとつが、レミリア・スカーレットの脳裏に蘇る。
蘇ってしまったので、ピチピチと跳ねる金魚を見る目は冷えていく。
産休をリクエストした従者を見る目も冷えていく。
咲夜の肝も冷えていく。
なにもかもが冷えていく極寒のテンションの中、レミリア・スカーレットは異様に高いテンションでヤケクソ気味に叫ぶ。
「ソーリー神様!」
一人の悪魔は罪を認め、神に詫びた。
悪魔の言葉は天に届くのか?
あまりにも深淵であり、宗教と哲学に対しひとつの結論を出せるであろう重大なクエスチョンである。
故に一朝一夕で答えが導き出されるはずがなく。
レミリアは、神への詫びに関してはこれだけでもういいやと強制終了。
◆ ◆ ◆
その後、咲夜を追いかけて執務室にやってきたパチュリーに生体反応を調べてもらい、妊娠は完全に勘違いだったと証明される。
金魚が胃の中で元気に生きていたのは、金魚を呑み込む時に動かれるとやりにくいので、金魚単体の時間を無意識に停止させてしまったためである。それが吐き出す際に解けてしまった、と考えるのが妥当なところ。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした……」
さすがにバツが悪く、しゅんとうなだれっぱなしの咲夜ではあったが、放り捨ててしまった書類を拾ってまとめる仕事を律儀にこなしている。メイドの鑑だ。
椅子に座ってその光景を眺めるパチュリーは、少々不機嫌な表情だ。なにせ散らばってしまった書類は彼女が作成したものなので。
デスクに腰かけてふんぞり返っているレミリアはまったく悪びれた様子がなく、妊娠が杞憂だった安堵を満喫しつつほがらかに語りかける。
「まっ、パチェが金魚と赤子の区別もつかない魔法なんか使ったせいでもあるし、気にしなさんな」
「いや……胃の中の魚なんて想定外よ。私の魔法はちゃんとしてるわ」
「だとしても、妊娠と判断したのは軽率だったわね」
「してないし。お腹からもう一個生体反応があるなんでしからって言ったら、咲夜が早合点してレミィに泣きつきに行っただけだし」
「ほー。早合点して泣きつきに」
見れば、咲夜は赤く染まった顔を背けている。
本当に妊娠したんかいってくらいマイペースだった咲夜より、ずっと咲夜っぽい態度だとレミリアには感じられた。
そういえば妊娠が勘違いだと分かった時も、騒がせてしまった申し訳なさの裏側に安堵の色が見えたような気がする。
ああ、そうか。
なんだかんだと言っても、咲夜はまだ十代の女の子なのだ。覚えのない妊娠なんてしたら戸惑うに決まっている。怖いに決まっている。
異様なまでのマイペースで産休を求めにくるなんてトンチンカンな行動こそ、マイペースではない証だった。
平静に努めることでパニックになるまいという自衛行動を取っていたにすぎないのだ。
まったく。
まったく、この娘は。
生体反応がふたつあると言われて不審に思い、出所がお腹からだと判明した際、目の前にパチュリーがいたはずなのに……そこでさらに詳しく検査すれば正体が金魚だと分かったろうに……人間ポンプの練習をしていたことも忘れ、疑念を抱いているパチュリーの前から逃げ出し、レミリアに泣きついてきた。
精いっぱいの強がりとして、マイペースを演じながら。
まったく、そんな風に真っ先に頼られちゃったんじゃあ、これ以上怒れないじゃないの。
振り回された立場でありながら、悪い気はしなかった。
だからきっと、今宵の宴会も健やかな気持ちですごせるだろう。
◆ ◆ ◆
博麗神社にて。
「こんばんは霊夢」
「あら、レミリアと咲夜も来てくれたのね。ありがと」
「妙に機嫌がいいわね。はい、差し入れに霜降り肉持ってきてやったわよ」
「おおー。豪勢でいいわね、お祝いはやっぱこうでなくっちゃ!」
「お祝い? この宴会ってなんかのお祝いだったの?」
「あー? 私の懐妊祝いよ」
「えっ」
「今月いっぱいで巫女引退して、それから人里の大工さんの家に嫁ぐからよろしく」
「ジーザス」
END
「パードゥン?」
その日、ただでさえ紅い紅魔館が夕焼けによってますます紅く染まる時間。メイドがとんでもない爆弾を投下した。
前もって断っておけば、報告を受けた吸血鬼レミリア・スカーレットは正気である。
飲酒は今夜博麗神社で開かれる宴会のため控えており、マジカルな感じのポーションもやっておらず、マジックな感じのキノコだって食べてないし、数時間前に嗜んだハーブティーだって合法で『混ぜるな危険』も守っている。よって幻覚及び幻聴ではない。
居眠り中に見ている夢? NO。今朝の目覚めはスッキリ抜群。朝食だって納豆にネギを入れたし、玉子焼きは砂糖たっぷりの甘い奴。味噌汁は大根と白菜が入ってたし、さらに白いご飯で死角ゼロ。
それらを用意せしは確実に忠実なメイド十六夜咲夜。
そんな咲夜が何だって? どうしたって?
ではもう一度。はい。
「このたびわたくし、十六夜咲夜は妊娠致しました。産休が無いなら時間を加速させてインスタント出産しちゃおうかなーと」
特にふくらんでいるようには見えない腹部を撫でながら、十六夜咲夜はほがらかに言いました。
幻覚や幻聴といった可能性が断たれた今、果たしてレミリア・スカーレットはどのようにしてこの事態に当たるべきなのか。
取り合えず――。
「おめでたう」
噛んだ。
「ありがたうございます」
噛みながら応えてくれた。
主に恥をかかせまいとする心配りだ。ありがたう。
「……じゃなぁ~いっ!!」
レミリア、猛烈なちゃぶ台返し。
今さらながら現在地を説明するなら、紅魔館執務室だ。レミリアは書類仕事(パチュリーが作ってくれた書類にハンコを押すだけ)の最中だったので、破砕したデスクの木片とともに書類があっちへこっちへ散り散り舞い散る。
されど案ずるなかれ。ここには今、彼女がいる! 時間と空間を操る人間メイド咲夜さん!
まさしくゼロ秒ジャストで書類を回収してくれた。ありがたう咲夜さん!
「ににに、にん、にしんしたてどうゆうことよ!?」
「ああ、いいですわねニシン。今日のお昼はお刺身でしたが、今度シュールストレミングでも注文しましょうかしら?」
「臭テロすんなや!?」
シュールストレミングとは、ニシンの缶詰である。有名なので知ってる人間も多かろうが、これはとんでもなく臭い。
お嬢様の好物である納豆の臭気指数が『452 Au』であるのに対し、シュールストレミングの臭気指数は実に『8070 Au』である。
あまりの臭気からこれを開封する際はご近所への事前報告、人気のない場所への移動が必要であり、時には悪臭爆弾としてテロ活動にも使われているなんて噂もあったりなかったり。
「私が言ってるのは妊娠よ、に・ん・し・ん! どこで不順異性交遊してきおったこの十代の小娘ぇー!」
「お嬢様、息が乱れていますわ。落ち着いて呼吸しましょう。はい、ひっひっふー。ひっひっふー」
「ラマーズ法やめいー!」
もう泣きたくなっちゃうレミリアだった。でも泣かない、500歳だもん。紅魔館当主様だもん。咲夜の主人なんだもん。
いや主人とはいっても亭主や旦那という意味での主人ではなくて、なのでもちろん咲夜の妊娠の犯人っていうのはレミリアお嬢様じゃないんです。女同士なんだし。十八歳未満購入禁止の薄い本みたくお嬢様はグングニルを生やしたりなんかしません。だから違うんですパパはお嬢様じゃないんです。
「い、いいえ落ち着けなさい。よくあるパターンじゃないこーゆーの」
ハッと我に返るレミリア。
毎日が異変とも言える愉快痛快奇々怪々な幻想郷だもの、この手のおかしな事件なんて今までもあったじゃないのさ。
幻想郷ではよくあることじゃないか。
例えば、目が覚めたら性別が反転してるかもしれない。
例えば、階段から転げ落ちたらお互いの身体が入れ替わるなんてベタな展開もあるさ。
例えば、目が覚めたらなぜか無人島にいてサバイバル大冒険しちゃったりするかもしれない。
例えば、月一ペースで宇宙の天秤を打ち砕かんとする邪悪な影が復活するや美しき言霊によって封印するのだってきっと日常茶飯事。
そう、他にもあんなことそんなこと色々あったと脳内補完しておくのならばきっと、メイドが妊娠くらいして当然。
というかむしろ、妊娠したと報告されたのなら実は妊娠していないのがお約束だよね! ……だよね? うん、そうだよね。
「だいたい妊娠ったって、全然お腹がふくらんでないじゃない。なんで妊娠したなんて思ったの? 生理なんて体調次第で遅れるもんよ。ああ、何ヶ月もこないっていうんなら病気の可能性があるし、パチェに相談でも――」
「今日はなんだかお腹が重かったんですけど、パチュリー様が敷いた魔理沙対策生体エネルギー吸収結界の機能のひとつである生体反応レーダーに引っかかりまして。私のお腹にもうひとつ生体反応があったのです」
「せーたいはんのー」
細菌や微生物からレイシスト(差別主義者)と糾弾されることを恐れず言えば、人体に宿りし命は本来ひとつ限りのものである。
だがしかしそれがふたつ。
そう、生命は時に複数の生命を宿す。複数の生命を孕む。
それこそが命のバトンを次代へと渡す、生命が生命であるがゆえの命題。
時よ紡げ、命の名の元に。
今こそ産休の刻!
十六夜咲夜――懐妊!!
「いや待てちょっと待て」
もはや避けられぬ結論にまさかの待ったをかけるレミリア。
もはや逃げ場は無きに等しきこの状況、果たして如何に!? 大事なメイドが孕んでおらぬと理論を構築もとい言い訳しようというのか!
もはや咲夜の身体に別の生体反応があるという事実は、覆せぬというのに――。
いや待てちょっと待て。
生命を宿しているのがもう覆せないなら、生命が宿っていても妊娠ではないと定めればよい。
例えばそう、今夜の宴会芸のため人間ポンプの練習をして呑み込んだ金魚が、まだ腹の中で生きているとか。
例えばそう、いつぞやの異変の黒幕のリリパットだか小人だかが、腹の中から針でつついて咲夜を退治しようとしているとか。
例えばそう、多重次元のもう一人の咲夜と同一次元軸に重なって生体反応も多重感知されてしまったとか。
例えばそう、パチェの錬金術でホムンクルス的な――?
「ああ、要するにアレか。パチェの魔法やら錬金術なんかでホムンクルス的なナニカをフラスコじゃなく人の胎で培養しちゃおう的な」
「あのー、お嬢様の中のパチュリー様って、無許可でそういうことする鬼畜魔女なんです?」
「……いやぁ……まぁ……そのぉ……」
友情に誓って、するなどと言えるはずがない。
そのようなくだらない想像をする奴がいたら、助走つけて殴りに行く側だ。
「でもぉ……パチェの間違いとか……誤診? みたいな……」
「パチュリー様も最初は驚いておられました。実のところ最初の一回では生体反応がふたつということまでしか分かっておらず、誤作動を疑いながら確認のため私一人をサーチし直したところ、お腹から生体反応があったため急ぎお嬢様にご報告を……という経緯です。誤診ではないかと」
つまり、間違いなく妊娠してるってことなのか。
レミリアは激怒した。
咲夜にではない、罪無き赤ん坊にでもない。
「うちの咲夜を傷ものにしたファッキン・ホース・ボーンはどこのどいつだぁぁぁ!!」
手塩にかけて育てた咲夜。
成長の早い人間は例え肉体年齢が上回ろうとも、妖怪から見ればいつまでも子供のようなものである。
娘のようでもある。
だからきっと、この怒りは正当だ。
「うおおー咲夜を花嫁にしたくば紅魔館全戦力を真正面からぶち破ってその男気を示せやガオー!」
「落ち着いてくださいってば。私はどこかに嫁ぐ気はありませんって」
「私生児を産むつもり!? ダメよダメダメ。こういうのはちゃんと責任取らせにゃならんのよ。一生涯馬車馬奴隷家畜のように働き働き働かせ続けさせて飼い殺すとか、食卓に『ご招待』して一口だけ食べて糞不味いと吐き捨ててゴミ箱にポイするとか、美鈴にお願いして花壇にマンドラゴラ植えて肥料ドッサリ数十キロとか」
「責任=必殺ですか」
「さあ今すぐあなたの傷物にしたファッキン・ホース・ボーンの首に鎖を巻いて連れてきなさい」
「と、言われましても」
咲夜は小首を傾げて困り顔をする。
本当に妊婦かってくらいあどけない、少女のような可憐さで。
ああ――やっぱ殺すべきだわ、こんな咲夜を傷物にしたファッキン・ホース・ボーンは。
「私、傷物にはなってませんが」
「パードゥン?」
「殿方と肌を重ねた覚えはありません。吸血鬼なら乙女の純潔センサーで判断できるのでは?」
まさか、いや、そんな。
よいこのほけんたいいくに真っ向から反逆する咲夜のセリフを受け、レミリアは乙女の純潔センサーを稼動させた。
くんくん、くんくん。
センサーは嗅覚。
咲夜から漂ってくる香りを分析。
まず人間の匂い。生きて老いて死んでいく、人間の少女だ。
続いてハーブ。三時に淹れてくれたハーブティーの芳しさ。
さらに薄っすらと薔薇。紅魔館の薔薇の香り。薔薇のシャンプーの香り。美鈴が世話する薔薇園の香り。
それに紛れて魚の匂い。お昼ご飯はお刺身だった。今夜の宴会にも魚を持ってく予定だ。でも下手に魚ネタを引っ張ったら本当にシュールストレミングを注文しかねない。魚はやめて、肉を持っていこう。
奥底から――乙女の純潔、穢れを知らぬ血の香り――。
間違いなく、十六夜咲夜は乙女だった。
「いやいやいや。いやいやいやいやいやいや。待って咲夜待って、どういうこと? 妊娠したんでしょ?」
「はい」
「乙女なんでしょ?」
「はい」
「……えっ? 誰とも姦淫せず?」
「はい」
「処女のまま?」
「はい」
「処女受胎? ……ん? ああ?」
閃く一筋の解答。
悪魔なら誰もが知るひとつの奇跡。
処女受胎によって生まれし救世主。
おお! その者の名は――。
「ジーザス!」
の、継母になってしまったというのか。
野郎、あの野郎、神聖不可侵なる四文字の名前のあの野郎。
「マリアのみならず咲夜にまで手を出すとは……もし現代のメシアが生誕したら、紅魔館が紅聖館になってしまう!」
こうせいかん。
唇を動かしてみて、語呂の悪さを痛感する。
駄目だ、カリスマが崩壊してしまう。
妖精メイドは退職届を出すだろう。
小悪魔は契約更新を拒否するだろう。
美鈴は相変わらずだろう。
パチュリーは聖女になるだろう。
咲夜は聖母として祀られるだろう。
取り残されたレミリアとフランドールは住むべき館を追い出され、またメシアを輩出しやがった裏切りの悪魔として蔑まれ、薄汚い路地裏で寝起きしながら花を売って暮らさねばなるまい。
もしそんなことになったらせめて、せめてフランドールだけは汚れさすまい。
だってレミリア、お姉ちゃんなんだもん!
そんな最悪の未来を阻止すべく、己が為すべき運命は!?
「ハルマゲドン……ハルマゲドンよ! ガブリエルが受胎告知に来るより先に、四文字のハゲマルドンにハルマゲドンぶっ込んだるわゴルァ!」
最終戦争。神の座を蹂躙すべく悪魔の総力を結集して天に挑む覚悟を決めた。
おお! 見よ、この悲壮なる覚悟の眼差し。真紅の瞳の輝きを。
なんと数奇な運命だろう。悪魔が抱きし義憤の根源には愛があった。
神が尊ぶべきと定めた愛ゆえに、悪魔は正義の怒りを――神に向けているのだ。
「罪状、姦淫! 七つの大罪、色欲! 合意無し、すなわち強姦! 神は己の定めた戒律によって裁かれるのだ……今、神の時代は終わり、悪魔の時代は始まる。腹違いの兄ジーザス、聞こえていたら己の生まれの不幸を呪うがいい。お前の父親が悪いのだ。クリスチャンは強姦魔の信徒となり、サタニストが支配するディストピアで奏でようデスメタル! 力が総てを支配する暗黒時代の千年王国に祀られし紅霧の覇者レミリア・スカーレットの名が悪魔暦元年に刻まれる!」
ちょっと脳汁がほとばしりすぎて支離滅裂になり始めてしまい、レミリアは執務室のカーテンを雄々しく開いて窓から飛び立とうとする。
が、今はまだ夕暮れ。紅魔館がもっとも紅く輝く時間。射し込む光によって珠のような肌から蒸気が上がった。
「うわっちゃちゃちゃ!?」
「はいはい、ハルマゲドンはまた今度にしましょうね」
保母さんモードになった咲夜は落ち着いた動作でカーテンを閉め、焼け焦げた主の肌をパタパタとはたく。
陽射しをさえぎってしまえば吸血鬼の再生能力によって、焼け爛れた肌はあっという間に剥き立て卵のすべすべ肌。
触り心地もすべすべレモンちゃん!
咲夜さんも思わずうっとり。妊娠したという自覚のため母性愛も湧き上がっている。
そう、擬似母娘関係とは異なる血の通った母性が……。
果たしてそれは裏切りなのか? 育んでくれた主君、愛してくれたレミリアを。
そのような細かな心の機敏でありながら、敏感に感じ取ったのはもちろんレミリアだ。
「咲夜……安心なさい。例えなにがあろうと、誰の子を孕もうと……あなたは私の従者よ!」
「お、お嬢様……!」
ガシィッ。
硬く硬く熱い抱擁を交わす主従。
さっき散らばった書類をまとめて持ってた咲夜だけど、あまりに感動的なシチュエーションのため放り捨ててしまった。
色々と重要な書類が雪のようにひらひらと舞う中、二人は本当に硬く熱い抱擁を交わしたのだった。
身長差のためレミリアの頭部は咲夜の胸部と腹部の中間あたりにジャストフィット。
お嬢様の小振りなお鼻が咲夜の鳩尾にクリーンヒット。
「うごぶっ!?」
完全でも瀟洒でもない呻き声を上げた咲夜は、思わずお嬢様から離れるとその場にうずくまり、喉をめこりとふくらませた。
そして乙女の尊厳的に記述しがたい異音とともにべちゃりと吐き出す。
嘔吐ではない。
それは紅魔館らしい赤々しさを持ち、ピチピチと床を跳ね回っていた。
金魚だった。
「……は?」
金魚だった。
「……咲夜。なんで金魚が咲夜のお腹から……お腹?」
生きた金魚だった。
「ねぇ咲夜。随分前に美鈴が宴会芸で人間ポンプをやってくれて、あなたはたいそう面白がっていたわね」
「げっほごほ。え、ええ」
「今日、神社での宴会に向けて、宴会芸の練習とかした?」
「しました……」
「人間ポンプ?」
「……はい」
「金魚で?」
「…………はい」
「ちゃんと吐き出した?」
「………………うまくいかなかったので、ほっとけば消化するだろうと……忘れてました……」
そういえば、咲夜からかすかに魚の匂いがしてたっけ。お昼ご飯の刺身の残り香じゃなく金魚だったのね。
見事な伏線、してやられたわ……って分かるかこんなもん!
しかもだ。
――例えばそう、今夜の宴会芸のため人間ポンプの練習をして呑み込んだ金魚が、まだ腹の中で生きているとか。
ありえねーだろっていう例えの中のひとつが、レミリア・スカーレットの脳裏に蘇る。
蘇ってしまったので、ピチピチと跳ねる金魚を見る目は冷えていく。
産休をリクエストした従者を見る目も冷えていく。
咲夜の肝も冷えていく。
なにもかもが冷えていく極寒のテンションの中、レミリア・スカーレットは異様に高いテンションでヤケクソ気味に叫ぶ。
「ソーリー神様!」
一人の悪魔は罪を認め、神に詫びた。
悪魔の言葉は天に届くのか?
あまりにも深淵であり、宗教と哲学に対しひとつの結論を出せるであろう重大なクエスチョンである。
故に一朝一夕で答えが導き出されるはずがなく。
レミリアは、神への詫びに関してはこれだけでもういいやと強制終了。
◆ ◆ ◆
その後、咲夜を追いかけて執務室にやってきたパチュリーに生体反応を調べてもらい、妊娠は完全に勘違いだったと証明される。
金魚が胃の中で元気に生きていたのは、金魚を呑み込む時に動かれるとやりにくいので、金魚単体の時間を無意識に停止させてしまったためである。それが吐き出す際に解けてしまった、と考えるのが妥当なところ。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした……」
さすがにバツが悪く、しゅんとうなだれっぱなしの咲夜ではあったが、放り捨ててしまった書類を拾ってまとめる仕事を律儀にこなしている。メイドの鑑だ。
椅子に座ってその光景を眺めるパチュリーは、少々不機嫌な表情だ。なにせ散らばってしまった書類は彼女が作成したものなので。
デスクに腰かけてふんぞり返っているレミリアはまったく悪びれた様子がなく、妊娠が杞憂だった安堵を満喫しつつほがらかに語りかける。
「まっ、パチェが金魚と赤子の区別もつかない魔法なんか使ったせいでもあるし、気にしなさんな」
「いや……胃の中の魚なんて想定外よ。私の魔法はちゃんとしてるわ」
「だとしても、妊娠と判断したのは軽率だったわね」
「してないし。お腹からもう一個生体反応があるなんでしからって言ったら、咲夜が早合点してレミィに泣きつきに行っただけだし」
「ほー。早合点して泣きつきに」
見れば、咲夜は赤く染まった顔を背けている。
本当に妊娠したんかいってくらいマイペースだった咲夜より、ずっと咲夜っぽい態度だとレミリアには感じられた。
そういえば妊娠が勘違いだと分かった時も、騒がせてしまった申し訳なさの裏側に安堵の色が見えたような気がする。
ああ、そうか。
なんだかんだと言っても、咲夜はまだ十代の女の子なのだ。覚えのない妊娠なんてしたら戸惑うに決まっている。怖いに決まっている。
異様なまでのマイペースで産休を求めにくるなんてトンチンカンな行動こそ、マイペースではない証だった。
平静に努めることでパニックになるまいという自衛行動を取っていたにすぎないのだ。
まったく。
まったく、この娘は。
生体反応がふたつあると言われて不審に思い、出所がお腹からだと判明した際、目の前にパチュリーがいたはずなのに……そこでさらに詳しく検査すれば正体が金魚だと分かったろうに……人間ポンプの練習をしていたことも忘れ、疑念を抱いているパチュリーの前から逃げ出し、レミリアに泣きついてきた。
精いっぱいの強がりとして、マイペースを演じながら。
まったく、そんな風に真っ先に頼られちゃったんじゃあ、これ以上怒れないじゃないの。
振り回された立場でありながら、悪い気はしなかった。
だからきっと、今宵の宴会も健やかな気持ちですごせるだろう。
◆ ◆ ◆
博麗神社にて。
「こんばんは霊夢」
「あら、レミリアと咲夜も来てくれたのね。ありがと」
「妙に機嫌がいいわね。はい、差し入れに霜降り肉持ってきてやったわよ」
「おおー。豪勢でいいわね、お祝いはやっぱこうでなくっちゃ!」
「お祝い? この宴会ってなんかのお祝いだったの?」
「あー? 私の懐妊祝いよ」
「えっ」
「今月いっぱいで巫女引退して、それから人里の大工さんの家に嫁ぐからよろしく」
「ジーザス」
END
笑いあふれる作品でした。
ここで限界でしたw
笑える作品、ありがとうございます。
…あと、巫女さん孕ませた人、ちょっと表出ようか。
咲夜さんの胃袋は魚石?
それと大工さんちょっとこっち来ようか
ああ、そうだ…大工さん テメェは俺を怒らせた
テンポが良すぎる。すごい!!
あと霊夢おめでたうございます
なんか色々と取り乱しちゃったレミリアも面白かったです
ただ、霊夢のくだりで目が点になりました
あと大工さんちょっと屋上こようか
相変わらずの芸人集団紅魔館で安心しました。おぜうのリアクション芸は天下一品やでぇ。
超面白かったです。
そして里の大工野郎、ちょっとツラ貸せや…………