誰かいる!
何者かの気配に魔理沙は跳ね起きた。
枕元の八卦炉を手繰り寄せるとあたりを見回す。
寝室には誰もいない。
紅魔館で拾った振り子時計は深夜一時ちょうどを指していた。
魔理沙は昨日、いつも通り朝起きてキノコを採って、昼から博麗神社で他愛もない話をしたり弾幕ごっこなどを嗜んだあと、魔法の森で夕方までキノコを採って、これまたいつも通り特にめぼしい収穫も無く帰宅した。
その後弾幕ごっこで駄目になった洋服をそこらへんに脱いで、それなりに丁寧にシャワーを浴びて寝間着を着て寝る。これ以上無いほどに日常だった。
だが、その日常は日付が変わるとともに終了したようだ。
魔理沙とて魔法使い、自分のテリトリーに誰かいればわかる。その第六感が深夜の霧雨邸に侵入者がいることを示していた。
とりあえず寝室には誰もいない。となるとリビングか物置か屋根裏か、まさかトイレやシャワールームにはいないだろう。魔理沙が寝る寝室に直行しないあたりどうやら物盗りの類らしい。そして夜中の魔法の森に来るくらいだから人外だろう。そこまで一息に考えて不敵に笑った。
泥棒は見過ごせない。
魔理沙は警戒を解かないままベッドから降りた。右手では既に八卦炉を構えている。
寝室のドアをゆっくりと開けて廊下に出ると真冬の夜の冷気と静寂が魔理沙を包んだ。
左に行けばトイレで、右に行けばリビングだ。そしてリビングへのドアの横には二階への階段が見えるが、その奥は闇が深く見通せない。
どちらに行くべきか迷った。
おそらく二階の物置か、リビングかどちらかに侵入者は居る。他の場所はゴミばかりだ。盗るものも無いので確率も低い。
貴重品が多いのは二階だ。魔理沙の大切なコレクションは基本的に二階にある。リビングにあるものは実験設備や魔法触媒、鉄屑など魔法使い以外には価値がほとんど無い物ばかりだ。
最悪、一階の物はなんでもいい。とりあえず二階へ行こう。
そう思った魔理沙はなるべく音を立てないよう、地雷原を歩くように一歩一歩階段へと近付く。しかし古めかしい木製の床はどんなに気をつけてもギシギシと鳴ってしまう。そのたびに、まだ見ぬ侵入者に気づかれないかと冷や汗をかいた。
そして魔理沙が階段の一段目に足をかけた時、
カチン
リビングから音が聞こえた。音は小さかったが聞き間違いではない。普段の魔法実験のなかで何度も聞いた音だ。間違いなく実験用テーブルに放置された丸底フラスコが何かと衝突した音だった。
魔理沙の口元がにやりと吊り上がる。
狩るか狩られるかというのは、どちらが先に見つけるにかかっているということを知っているからである。
魔理沙はリビングのドアの前まで慎重に近づくと、しばらく使っていなかった、弾幕用ではない実戦用の魔法を頭の中で確認した。相手は人外の泥棒だ。最悪戦闘になる。緊張と高揚で心拍数が上がるのを感じた。
一度、静かに深呼吸をした。冬の澄んだ空気を肺いっぱいいに入れて、吐く。
そしてドアノブに手をかけ、音を立てずに回すと一気に扉を開けた。
「動くと撃つ!」
魔理沙は部屋に突入すると、右手で八卦炉を構えながら即座に部屋の明かりを魔法で点けた。
そこには意外な光景が広がっていた。
いつも通りガラクタで足の踏み場もない部屋。その中央にあるロッキングチェアに、見知らぬ妖精がちょこんと乗っていた。魔理沙と同じ金髪のくせっ毛だ。どうやらひどく驚いたようで、青い両目を大きく見開いて固まってしまっている。
ロッキングチェアが虚しく妖精を揺らしていた。
魔理沙も予想外の可愛らしい侵入者に驚いて、しばらく八卦炉を構えたまま固まっていた。
静寂の中で先に口を開いたのは魔理沙だった。
「ええと……なにしてる?」
妖精は、はっとした顔になった。
そして突然にロッキングチェアから飛び降りると、魔理沙に背を向けた。逃げるつもりだ。
魔理沙は慌てて妖精に駆け寄ろうとする。しかしその必要はなかった。
妖精は一番近くの窓に向けて駆け出すが、一歩目で足元の魔道書を踏みつけ、そのまま足を滑らせ背中から床に落ちた。ルナチャイルドにも引けを取らないみごとな転倒だった。
慌てて立ち上がろうとするが、そこを魔理沙が取り押さえる。
「確保!」
なんとなく気分で叫ぶ。
床に両肩を押さえつけると、妖精は暫くの間、じたばたと逃れようとしたがやがて観念したのか脱力した。
妖精は目をぎゅっと瞑って口を一文字に閉じている。まるで今から捕食されるかのような表情だ。床に押さえつけるために両肩をつかむ魔理沙の手の平から、小さく震えているのが伝わる。
その様子に思わず魔理沙は吹き出した。
「べつに食いやしないよ」
改めて妖精を検分する。
背丈は自分の腰まで届くくらいだろうか、妖精だけあって小さかった。背中から透明の羽が生えていて、服はいかにも妖精といった感じのフリフリの白いワンピースを着ている。
右手には何やら黒い布を持っていた。
「よっと」
魔理沙は妖精を抱えあげるとロッキングチェアに座った。そして膝の上に置いた妖精を後ろから人形を抱えるようにして抱く。力を込めれば折れそうだった。冷えた夜には丁度よい温かさだ。
「んー?お前は何しにきたんだー?」
魔理沙は動物にでも話しかけるような猫なで声で問いただす。
暫く椅子を揺らして待つと妖精もだんだんと落ち着いてきたようだった。震えも止まり、縮こまっていた体も少しほぐれてきた。
妖精はおずおずと、右手の黒い布を魔理沙の眼前に持ち上げた。どうやら渡したいらしい。
受け取ったそれを広げてみると魔理沙の洋服だった。ただし、弾幕ごっこで傷ついていたはずのそれは新品同様になっていてほつれ一つ無かった。
「なるほど、裁縫妖精か」
妖精の中には、寝ている間に人間の仕事を勝手に進めるものがいる。おそらく人間の行動を真似して楽しんでいるのだろう。この妖精はそれのようだった。こうして実際に見るまではたかが妖精の仕事だと思っていたが、修繕された洋服は人里の職人とも遜色ない見事な出来栄えだった。
「ありがとな」
魔理沙の言葉に耳を赤くしてこくこくと頷く。なんだか動作の一つ一つが小動物めいていて面白かった。
さて、洋服を畳んでその辺に置くと、とたんに眠くなってきた。すっかり忘れていたが現在時刻はとっくに深夜である。
魔理沙は再び妖精を抱えあげた。そして今度は寝室まで運んでいって、そのままベッドに潜り込んだ。
「おお、これはなかなか…」
妖精は柔らかくて温かいので抱きまくらとして最高の性能だった。
妖精は腕の中でもぞもぞと動いていた。そうして体の向きを反転させると、魔理沙をじっと見上げた。なんだか物欲しそうだったので、頭をてっぺんから首にかけて何度かなでてやると目を細めて喜んだ。やわらかい金髪の感触は逆に手のひらを撫で返されてるようで、とても気持ちがいい。
「お前も寝ろよ」
しばらく妖精で遊んでいたが、流石に限界だった。先ほどまで緊張してたのもあってかなり眠かったのだ。腕の中の温もりに誘われるようにまぶたを閉じると、意識はすぐに夢の世界へ羽ばたいた。妖精はそれをじっと見つめていた。
「魔理沙ー!居ないのー!」
次の日、魔理沙は激しくドアがノックされる音で目が覚めた。
どうやらアリスが来たらしい。窓からは日光が差し込んでいる。振り子時計は昼前を指していた。かなりぐっすり眠れたようだ。
妖精はどこにも居なかった。先に起きて住処に帰ったのだろう。なんとなくそれを寂しく感じながら、魔理沙はアリスのノックを止めるため鈍い動作で玄関に向かった。
「今行くからちょっと待て!」
朝っぱらから非常識なやつだと苛ついたが、よく考えたらもう朝ではなかった。
玄関を開けるとアリスが腰に手をあてて、いかにも怒ってますという感じで立っていた。ご丁寧に傍らに浮かぶ人形も同じポーズをしている。
「ちょっと!いつになったらこの前の魔道書返すのよ!って……」
アリスは魔理沙の顔を見ると一瞬固まって、そのあと吹き出した。
「ぷっ、なにそれ、新しい宴会芸?」
いきなり人の顔を見て笑うとは無礼なやつだ。魔理沙は憤慨した。
「なんのことだ」
アリスは笑いをこらえきれないといった様子で手鏡を取り出して魔理沙に向ける。
そこには顔を白黒のまだらに塗り分けられた、パンダ柄の魔理沙がいた。
何者かの気配に魔理沙は跳ね起きた。
枕元の八卦炉を手繰り寄せるとあたりを見回す。
寝室には誰もいない。
紅魔館で拾った振り子時計は深夜一時ちょうどを指していた。
魔理沙は昨日、いつも通り朝起きてキノコを採って、昼から博麗神社で他愛もない話をしたり弾幕ごっこなどを嗜んだあと、魔法の森で夕方までキノコを採って、これまたいつも通り特にめぼしい収穫も無く帰宅した。
その後弾幕ごっこで駄目になった洋服をそこらへんに脱いで、それなりに丁寧にシャワーを浴びて寝間着を着て寝る。これ以上無いほどに日常だった。
だが、その日常は日付が変わるとともに終了したようだ。
魔理沙とて魔法使い、自分のテリトリーに誰かいればわかる。その第六感が深夜の霧雨邸に侵入者がいることを示していた。
とりあえず寝室には誰もいない。となるとリビングか物置か屋根裏か、まさかトイレやシャワールームにはいないだろう。魔理沙が寝る寝室に直行しないあたりどうやら物盗りの類らしい。そして夜中の魔法の森に来るくらいだから人外だろう。そこまで一息に考えて不敵に笑った。
泥棒は見過ごせない。
魔理沙は警戒を解かないままベッドから降りた。右手では既に八卦炉を構えている。
寝室のドアをゆっくりと開けて廊下に出ると真冬の夜の冷気と静寂が魔理沙を包んだ。
左に行けばトイレで、右に行けばリビングだ。そしてリビングへのドアの横には二階への階段が見えるが、その奥は闇が深く見通せない。
どちらに行くべきか迷った。
おそらく二階の物置か、リビングかどちらかに侵入者は居る。他の場所はゴミばかりだ。盗るものも無いので確率も低い。
貴重品が多いのは二階だ。魔理沙の大切なコレクションは基本的に二階にある。リビングにあるものは実験設備や魔法触媒、鉄屑など魔法使い以外には価値がほとんど無い物ばかりだ。
最悪、一階の物はなんでもいい。とりあえず二階へ行こう。
そう思った魔理沙はなるべく音を立てないよう、地雷原を歩くように一歩一歩階段へと近付く。しかし古めかしい木製の床はどんなに気をつけてもギシギシと鳴ってしまう。そのたびに、まだ見ぬ侵入者に気づかれないかと冷や汗をかいた。
そして魔理沙が階段の一段目に足をかけた時、
カチン
リビングから音が聞こえた。音は小さかったが聞き間違いではない。普段の魔法実験のなかで何度も聞いた音だ。間違いなく実験用テーブルに放置された丸底フラスコが何かと衝突した音だった。
魔理沙の口元がにやりと吊り上がる。
狩るか狩られるかというのは、どちらが先に見つけるにかかっているということを知っているからである。
魔理沙はリビングのドアの前まで慎重に近づくと、しばらく使っていなかった、弾幕用ではない実戦用の魔法を頭の中で確認した。相手は人外の泥棒だ。最悪戦闘になる。緊張と高揚で心拍数が上がるのを感じた。
一度、静かに深呼吸をした。冬の澄んだ空気を肺いっぱいいに入れて、吐く。
そしてドアノブに手をかけ、音を立てずに回すと一気に扉を開けた。
「動くと撃つ!」
魔理沙は部屋に突入すると、右手で八卦炉を構えながら即座に部屋の明かりを魔法で点けた。
そこには意外な光景が広がっていた。
いつも通りガラクタで足の踏み場もない部屋。その中央にあるロッキングチェアに、見知らぬ妖精がちょこんと乗っていた。魔理沙と同じ金髪のくせっ毛だ。どうやらひどく驚いたようで、青い両目を大きく見開いて固まってしまっている。
ロッキングチェアが虚しく妖精を揺らしていた。
魔理沙も予想外の可愛らしい侵入者に驚いて、しばらく八卦炉を構えたまま固まっていた。
静寂の中で先に口を開いたのは魔理沙だった。
「ええと……なにしてる?」
妖精は、はっとした顔になった。
そして突然にロッキングチェアから飛び降りると、魔理沙に背を向けた。逃げるつもりだ。
魔理沙は慌てて妖精に駆け寄ろうとする。しかしその必要はなかった。
妖精は一番近くの窓に向けて駆け出すが、一歩目で足元の魔道書を踏みつけ、そのまま足を滑らせ背中から床に落ちた。ルナチャイルドにも引けを取らないみごとな転倒だった。
慌てて立ち上がろうとするが、そこを魔理沙が取り押さえる。
「確保!」
なんとなく気分で叫ぶ。
床に両肩を押さえつけると、妖精は暫くの間、じたばたと逃れようとしたがやがて観念したのか脱力した。
妖精は目をぎゅっと瞑って口を一文字に閉じている。まるで今から捕食されるかのような表情だ。床に押さえつけるために両肩をつかむ魔理沙の手の平から、小さく震えているのが伝わる。
その様子に思わず魔理沙は吹き出した。
「べつに食いやしないよ」
改めて妖精を検分する。
背丈は自分の腰まで届くくらいだろうか、妖精だけあって小さかった。背中から透明の羽が生えていて、服はいかにも妖精といった感じのフリフリの白いワンピースを着ている。
右手には何やら黒い布を持っていた。
「よっと」
魔理沙は妖精を抱えあげるとロッキングチェアに座った。そして膝の上に置いた妖精を後ろから人形を抱えるようにして抱く。力を込めれば折れそうだった。冷えた夜には丁度よい温かさだ。
「んー?お前は何しにきたんだー?」
魔理沙は動物にでも話しかけるような猫なで声で問いただす。
暫く椅子を揺らして待つと妖精もだんだんと落ち着いてきたようだった。震えも止まり、縮こまっていた体も少しほぐれてきた。
妖精はおずおずと、右手の黒い布を魔理沙の眼前に持ち上げた。どうやら渡したいらしい。
受け取ったそれを広げてみると魔理沙の洋服だった。ただし、弾幕ごっこで傷ついていたはずのそれは新品同様になっていてほつれ一つ無かった。
「なるほど、裁縫妖精か」
妖精の中には、寝ている間に人間の仕事を勝手に進めるものがいる。おそらく人間の行動を真似して楽しんでいるのだろう。この妖精はそれのようだった。こうして実際に見るまではたかが妖精の仕事だと思っていたが、修繕された洋服は人里の職人とも遜色ない見事な出来栄えだった。
「ありがとな」
魔理沙の言葉に耳を赤くしてこくこくと頷く。なんだか動作の一つ一つが小動物めいていて面白かった。
さて、洋服を畳んでその辺に置くと、とたんに眠くなってきた。すっかり忘れていたが現在時刻はとっくに深夜である。
魔理沙は再び妖精を抱えあげた。そして今度は寝室まで運んでいって、そのままベッドに潜り込んだ。
「おお、これはなかなか…」
妖精は柔らかくて温かいので抱きまくらとして最高の性能だった。
妖精は腕の中でもぞもぞと動いていた。そうして体の向きを反転させると、魔理沙をじっと見上げた。なんだか物欲しそうだったので、頭をてっぺんから首にかけて何度かなでてやると目を細めて喜んだ。やわらかい金髪の感触は逆に手のひらを撫で返されてるようで、とても気持ちがいい。
「お前も寝ろよ」
しばらく妖精で遊んでいたが、流石に限界だった。先ほどまで緊張してたのもあってかなり眠かったのだ。腕の中の温もりに誘われるようにまぶたを閉じると、意識はすぐに夢の世界へ羽ばたいた。妖精はそれをじっと見つめていた。
「魔理沙ー!居ないのー!」
次の日、魔理沙は激しくドアがノックされる音で目が覚めた。
どうやらアリスが来たらしい。窓からは日光が差し込んでいる。振り子時計は昼前を指していた。かなりぐっすり眠れたようだ。
妖精はどこにも居なかった。先に起きて住処に帰ったのだろう。なんとなくそれを寂しく感じながら、魔理沙はアリスのノックを止めるため鈍い動作で玄関に向かった。
「今行くからちょっと待て!」
朝っぱらから非常識なやつだと苛ついたが、よく考えたらもう朝ではなかった。
玄関を開けるとアリスが腰に手をあてて、いかにも怒ってますという感じで立っていた。ご丁寧に傍らに浮かぶ人形も同じポーズをしている。
「ちょっと!いつになったらこの前の魔道書返すのよ!って……」
アリスは魔理沙の顔を見ると一瞬固まって、そのあと吹き出した。
「ぷっ、なにそれ、新しい宴会芸?」
いきなり人の顔を見て笑うとは無礼なやつだ。魔理沙は憤慨した。
「なんのことだ」
アリスは笑いをこらえきれないといった様子で手鏡を取り出して魔理沙に向ける。
そこには顔を白黒のまだらに塗り分けられた、パンダ柄の魔理沙がいた。
おのれ妖精!
>顔まで白黒にされたパンダ模様
これってどういう状況なんだかちょっと分からなかったです
青段さんの読みやすく映像が浮かびやすい文章素敵です
しかし妖精はやはり悪戯っこだけど可愛いな。
なんだかんだでこの妖精は魔理沙のところに遊びに来るようになると信じてる。
寝る前にもう一回見よ
これだから妖精ってやつはww
妖精すごく可愛かったです!
魔理沙も少年ぽい可愛らしさがたまらない。
幻想郷では服が縫い放題ですから妖精は暇しませんね。たぶん外に干しておけばいつのまにか直ってます。
普段魔理沙は誰に直して貰ってるんでしょうかね。
ちょい昔の女性は手習いで繕い物や料理は幼少から習うものかと。
魔理沙はお嬢様なのでそこいらは厳しく仕付けられてそうだけど、掃除とかは女中にやってもらってたかも。
魔理沙は油断し過ぎましたね
最後にきちんと悪戯していくところが妖精らしい。和みました。
オチも○。