Coolier - 新生・東方創想話

パジャマはセピアに色褪せない

2014/12/26 06:57:14
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「本日はよく集まってくれた。
咲夜、美鈴。幻想郷の大空を駆けるために必要な我が二つの翼よ。
そして、羽ばたく背中を預けられる唯一無二の親友――パチェ。
それを支える優秀な司書――小悪魔。
みんな、かけがえのない私の大事な家族だ。 だからこそ……だからこそ向き合い、共に考えて欲しいことがある」


 紅魔館の主――レミリア・スカーレットが自室の長机を前に宣言をする。
その顔はいつになく真剣であるがそれとは裏腹に、先ほど呼ばれた住民達は長机を囲みつつ、疑惑を孕んだ顔をしていた。

 全員がそんな表情となっている理由は、長机に置いてある物が原因であった。

何故これが置いてあるのか
どうやって手に入れたのか
コレでなにを話し合うのか

 疑問に満ちた視線を泳がせ、部屋の空気は静かに淀み始める。

〝レミィの意図が読み取れない〟

 それは長年成り行きで親友をやっているパチュリーでさえ、今回のことはみんなと同じ思いである。
誰もが困惑してる中、紅魔館の主はコホン、と咳払いし皆の注目を一つにあつめた。
この場にいるものは全員固唾を飲んで次の言葉に身構えた。
それに満足したレミリアはたっぷりと間を置き、仰々しく、告げる


「集まってもらったのは、他でもない。この天使の衣服―――フランのパジャマがなぜこんなにもイイ匂いなのか解明してもらうためだ」
「他であってほしかったわ」






はああぁ〜〜……と地獄の最下層からきこえてきそうなため息をこぼしながら、パチュリーは頭を抑える。

「いや、正直半分は予想してたわよ?ろくなことじゃないなってことぐらいは。ただ脳が認めたくなかったというか、妹の寝巻きを机に広げてる貴女を直視したくなかったというか」
「現実から逃げてもしょうがないわパチェ。ありのままの私を受け入れてちょうだい」
「寒気が止まらないから無理よ!」
「パチュリー様落ち着いて下さい……とは言いたいんですが……お嬢様、なんか色々と落ち着いてください」
「なんでよ咲夜!」
「いや咲夜さんの言うとおりですって。とりあえず、匂い、っていう表現は生々しいから香りって言いましょうよ」
「美鈴はちょっと黙ってて」

途端に騒ぎだす紅魔館メンバーにレミリアはどーどーと手で制した。

「おーけーまぁみんなの言いたいことはわかるわ承知承知。でもフランのパジャマが良いにお……香りなのは事実なのよマジで」
「なんで律儀に美鈴の提案は受け入れてんのよ」
「パチェも言ってないでさ、とにかくかいでみ?ほら、こんな風に」

 そういうとレミリアはフランのパジャマを机から手繰り寄せ、まるで愛しい者を抱き締めるようにそっと胸に抱く。
重ならない視線。交わらない体温。
しばらく見つめあったあと、一瞬の躊躇なくレミリアはパジャマに顔をうずめた。そして

すー…はー…すー…はー…

 と、呼吸が響き渡る



「…………」



 そこには、紅霧異変を起こし紅い悪魔と呼ばれブラドツェペシュの末裔とされる高貴なる吸血鬼が、妹のパジャマで深呼吸をする光景が広がっていた。
周りの絶対零度な空気を感じることなく、レミリアは妹のパジャマ越しの空気を感じていた。

しばらくして紅魔館の主はぷはっと顔を上げる

「うん。こんなにいい香りなんて、絶対におかしい」
「主語があなたなら同意だわ」

 部屋の隅まで後ずさりたい衝動をおさえ、せめてもの情けでツッコミを入れてやるパチュリー。だがそのジト目に色彩がなくなっているのに全員が気づいていた。親友とはいえ、形容できる性癖に限界が来たのだろう。主のメイドである咲夜も流石にかばいきれず、それでもなんとかこの事態を収拾しなくては、と恐る恐る声を掛ける

「……お嬢様。とやかく言いませんし、いろんな感情を押し殺してこれからも変わらない笑顔を浮かべますからとりあえず………とりあえずそのパジャマをお渡しください。洗濯しますので」
「洗濯??なにを洗い落とすつもりなのよ??貴女は和菓子の金箔を剥がしてから食べるっていうの!?」
「申し訳ありません、やっぱ価値観の違いに目眩が……」
「貴女だけはわかると思ってたのに!!所詮、人間と妖怪では考えも違ってくるのね……」
「安心して咲夜。人外も困惑中だから」

 よろける咲夜を後ろから支えるパチュリー。それでもこの主に忠誠を誓ってしまったメイドは、頭を押さえながら

「………今さらだとは思ってますが、特にどうしたんですか今日は」

 この場のみんなの声を代弁するかのように主に問いかける。
正直なところ、妹への目に余る求愛行為は全員が見慣れているため、改めて引くことはあっても驚くことはない。
しかし今回おかしいのは、その変態行動を皆に見せつけていることだ。
文字通り人の目を気にせず変態行為に勤しむレミリアが、わざわざ集めてそれを見せつけるなんて信じられないため、新たに性癖が追加されたのかと全員が身構えた。

 そんな咲夜の質問にレミリアはなぜか得意げに答える

「ふふん、よくぞ聞いてくれた!ほら私さ、最近フランにモーニングコールしてるじゃない?扉越しに」
「初耳ですが」
「今日もいつもみたいに 『私の可愛いお姫様フランちゃーーんおはよーー!!朝ですよー太陽が素敵に輝いてるわよー!だから私の部屋でモーニングコーヒー飲んだりモーニングハグしましょー!あ、ミルクティーしかのめないんだっけ??もーう可愛いなぁー!!!』 って10分ぐらいささやいてたらもうぶち壊すぐらい勢いよく扉が開いて 『うっさいッ!うっっザイ!!!朝から戯言わたし何事!?続けるようなら姉妹もお終い!仕舞い忘れたダサいアホ面見せないで下さい金輪際!!』 って扉も閉めないで出て行っちゃったのよフラン」
「韻を踏むほどキレたんですね」
「で、久しぶりに部屋に入った私は脱ぎ散らかしてあるパジャマを発見」
「あー……油断しないようにとあれほど……」
「姉らしく片付けてあげようと手に取ったら、フワっと……こう……」
「………」

 その時の感動を噛みしめるように目をつぶり、はぅ…と悩ましげなため息をつく

「これはもう、伝えるしかないと思ったわ。大事な家族であるあなたたちに、ね」
「……………」
「まぁ解明とかはどうでもいいんだわ。ていうかフランの物っていうだけで良い香りがするのは当たり前だし。だってフランだもん」
「……………」

 どうしようもなかった
すっかり身体が固まったパチュリーが咲夜に目だけで訴える。なんかうまいこと言ってこの部屋から私達を出して! と。
咲夜はそれをしっかり受け止め静かに頷く。

(しかしこの状況……)

――そう。これは本当にどうしようもない。この主は話し合いをしにきたのではない。妹のパジャマが良い香りであるということを自慢したいだけなのだ。なぜそれが自慢になるかは正直わからないが、シスコン業界ではトレンドなのかもしれない

(帰るタイミングさえつかめない……なによりも、今のお嬢様に言葉は届かないし…………くっ、ならば)

 咲夜は覚悟を決め、ある決断をする。いや、それしか方法がなかったとも言えるだろう。それは

「………お嬢様」
「ん?なに咲夜」

サワサワといやらしくパジャマをさすっている今の主を見るのは耐え難い。ならばこれしか方法はないのだ
 使命を胸に自らを鼓舞して、口を開く。



「私にも………妹様のパジャマを嗅がせていただけますか?」



―――空気が止まるというのは、こういうことを言うのかもしれない。
なにが起きたのかわからないような目で美鈴とパチュリーは咲夜を見る。そしてレミリアは一瞬だけポカン、としたもののすぐに感激の表情へと変わった。

「咲夜……私、信じてた!あなたは共にヴァンパイアロードを歩む人間なんだって……!!」
「ままま待ってください咲夜さん!?一体どうしたんですか!?」
「ウソ、よね……?咲夜あなた………その汚らわしいヴァンパイアロードを歩くつもりなの……?やめてあなたまで!!そんな子じゃなかったでしょ!?そこまで悪魔の犬になんなくていいから!!文字通り畜生道よそのロード!!」


 モップに振り回され小さな身体で掃除をする頃から、彼女のことを知っているのだ。知識を授け、家事を教えた、パチュリーや美鈴にとって娘みたいな子がまさに今悪魔の手に堕ちようとしている。一瞬の間のあと、2人はこれまでにないほど取り乱した。
私達をおいてかないでっ!!と、時期と場面さえ間違えなければ感動的なセリフで詰め寄るパチュリーと美鈴。
そんな涙目の2人に、咲夜は小声で話し掛ける。

(安心してください。私はなにもかわっていません)
(咲夜……!そ、そうなの……!?ホントに?)
(えぇ。これは作戦ですよ)
(作戦、ですか…?)
(物はなんであれ、今のお嬢様はみんなと意識の共有をしたがっている。ですから上面の言葉だけでは満足していただけないでしょう。しかし私が妹様のパジャマを目の前で嗅げばお嬢様は私と意識の共有ができるわけですから、いわばパジャマを共に嗅いだ仲間になるわけです)
(な、なるほど!)
(そうすればひとまず満足していただけるかと。その間に皆さんは『呆れたわ』とかなんとかいって部屋を出てください。仲間である私が残れば他を無理に引き止めたりしないでしょう)
(……犠牲になってくれるというのね)

 こくり、と真剣な顔で咲夜はうなづく。

そこには
悪魔の犬でもなく
紅魔館のメイド長でもない
愛する家族のため、汚名を被ろうとする少女の姿があった。

(……ありがとう。もちろんだけど、パジャマを嗅いでも私達はあなたのことを変態だなんて思わないからね)
(はい、パチュリー様)
(たのんだわ。あの荒ぶる親友を止めてきてちょうだい)
(お任せを。では、いってきます)

優しい笑顔と共にそう言うと、彼女は机の前まで歩いていった。それに固唾を飲んで見守る2人をよそに、レミリアは満足気に彼女の動向を見据える。


長机の前に到着し、咲夜は息を飲んだ。
目の前には、ピンクの水玉模様のパジャマが敷いてある。
シンプルながらも可愛らしい、フランドール・スカーレットお気に入りの寝巻き

「さぁ咲夜。今日だけは特別に、我が妹のパジャマの香りを楽しんでもいいわ」

――そんな物を私は今、汚そうとしているのかもしれない
パジャマを前にして罪悪感が湧いてくる。

(大丈夫……気にしないで私……そうよ、洗濯物が生乾きで変な匂いがしないか確かめる時があるじゃない。業務の一環よこれは)

そう思いながら咲夜は、上のパジャマを手に取り顔を近づける

「……失礼します」


首元の部分に鼻をつけ
スッと静かに香りを吸い込んだ


そして


「!!」

瞬間、咲夜の目が見開き
つぶやく

「……………すごく、良い香りです」


その言葉にレミリアはなぜかドヤ顔で腕を組んだ。

「フフン!!ほーら言ったじゃない!!これで私のたぎるパッションもわかったでしょ?」

 誇らしげにほくそ笑むレミリアの横で、見えないようグッと拳に力をこめるパチュリーと美鈴。
その目は、死地へ赴く英雄を見送るかのように遠くを見ていた。
そして2人は互いに目を合わせると

(美鈴……振り返ってはダメよ)
(わかってます………心痛いですが、行きましょう)


 パチュリーはうなづき、レミリアと咲夜を視界に入れる。そして同時に決心した。
必ずあとで助ける、と。
外に出たらどっかでうろついてるフランを呼んで親友を断罪させる――そう誓って。

懸念を振り切り、一刻も早く状況を変えるため口を開いた


「……あぁーあ全く、呆れたわ。勝手にやってなさい。私達は帰るわn」
「待ってください」

 踵を返し、部屋を出ようとしたパチュリーの言葉を遮ったのは
諸悪の根源であるレミリアでも、見捨てきれずとどまった美鈴でもない。
さっきまで、自分を犠牲に二人を逃がそうとした瀟洒な彼女

こともあろうに


 咲夜だった


「………な、なに、かしら?」


 しっぽを掴まれたように体が動かず、パチュリーはこの予想外の事態に対して確実に動揺した。

なぜだ。
どうして彼女はここで〝待って〟といったのか。
話が違うではないか。


 やはり人間の身じゃその歪んだ罪悪感に耐え切れず、呼び止めたのか。もちろんそれを攻めるつもりはない。こんな少女を一時とはいえ置き去りにしようとしていたのだから。
しかし、振り返り視界に捉えた咲夜の顔は、後悔をしているようでも懇願をするようでもなかった。

「パチュリー様………ちょっとこっち来てください」

 そう言って咲夜はカツカツと近寄り、パチュリーの手を掴むと机の前まで連れて行った

「えっ!え、なになに!?落ち着いて咲夜!!どうしたの!!?あの」
「いいからお願いします」

 グイグイと手を引っ張っていく腕の強さと真剣そのものの瞳に、言いようもない恐怖を感じた。そもそもさっきと言っていることが違うのだから、理解が追いつかない。混乱しているうちに机の前につき、再びフランのパジャマが目の前に広がる。

「パチュリー様。どうぞ」
「待って。ホントに待って。正気なの?」
「私はいつだって正気と書いてガチと読みます」
「あぁーおかしくなってる…ごめんなさい咲夜。置いていこうとした私たちが悪かったわ……でも信じて……?出たらすぐにでもフランを呼んでこようと」
「違うんですパチュリー様。私、みなさんに伝えたいだけなんです―――この、素晴らしい香りを」

 咲夜は「えへへ……」と恥ずかしそうにはにかんだ

その笑顔を見たとき、パチュリーの背中に悪寒が走った。
さっきまでの咲夜はいない。目の前の彼女は味方じゃない。
そして、私たちを部屋から出そうとはしていない

 これはもう―――堕ちてる!!


「冗談よね!?目を覚ましなさいッ!!!帰れなくなるわよ!!」
「大丈夫です嗅いでみればわかりますから」
「なにがわかるの!?そんなピリオドの向こうなんか知りたくないわ!!!……ってこんなことを咲夜に言いたくなかったわよ!!」
「常識にとらわれないでください」
「それを言えばこの世界では許されると思ってんのかコラァァ!!!とにかくお断りよ!私だけはあの子の味方じゃないといけないの!!それが、バカ姉の友としての責任ってやつなんだから!!!そもそも咲夜!!あなたまでレミィ症候群になったらだれも洗濯物をあずけることができなくなるでしょっ!自分の立場と信用というのを考えてちょうだ」
「――そのままでお願いします」

 ジト目を見開き、掴みかかりそうな勢いのパチュリーに対し、咲夜は流れるような仕草で後ろに周った。そして両脇に手を入れ机の前のパジャマを手に取る。

「ひっ!?」
「パチュリー様すいません。  失礼しますね」

そのまま羽交い絞めをするように、フランのパジャマを――

「わぷっ!!」

パチュリーの顔へと押し付けた。


(や…だ、だめ…!!……わたしは、あの子の……!!!あ  )



いつまでそうしていただろうか。はたまた刹那のひと時か。とうに言葉は消え、沈黙が支配する主の部屋。

咲夜は静かに手を下ろしパチュリーをパジャマの支配から開放した。
だが、目の前の魔女はピクリとも動かない。
咲夜側からその表情を伺うことはできないため、今、パチュリーはどんな顔をしているのか彼女にはわからなかった。

しかし不安はない。

「……………咲夜、 そのパジャマ」
「はい、パチュリー様」

だってそうだろう。
初めからわかっていた。
私たちはこの紅魔館に住まい、レミリア・スカーレットについていくと決めた――




「洗濯しなくていいわ」



―――同士なのだから







「これはやばいわね……すっっごい良い香りだわ……ミルクみたいに優しい安心感と、洋菓子のように気品がありつつも幼さを感じる独特の甘酸っぱさ……ずっと嗅いでいたい……」
「だから言ったじゃなーいパチェ。ほら、美鈴もご相伴に預かりなさい」
「あ、はい」

 まじまじと寝巻きを眺めるパチュリーを尻目に、レミリアに手招きされてなんのためらいもなくパジャマを嗅ぐ美鈴。
みんながやってるのなら特に拒否する理由はない。負けないこと逃げ出さないことよりも、長い尾に巻かれることが一番大事だと門番は理解していた。

「おお!流石フラン様!なんかこう甘い香りがしますね」
「美鈴美鈴、こっちのが甘いわよ。袖口の方」
「ありがとうございます咲夜さん……ほんとだっ!!すごい甘ったるい!!なんででしょうか?」
「あー、あれじゃない?夜中にお菓子食べる癖あるから口についたクリームとか袖で拭いて……ハっ!ち、ちょっと!!姉である私にそこ譲りなさいよ!!  いや、もう片方あるか」
「ごめんレミィ、広げるからそっちの胸元のボタン外してくれる?」

 長机に四人の少女が集まり、一つのパジャマを互いに引っ張り合いながら嗅いでいるこの光景は、間違いなく異様であった。
しかしここに止める者はおらず、まとめ役である咲夜もツッコミ役であるパチュリーもその役職を辞任している。

「スンスン…やめらんないわ…………ねぇ美鈴」
「ふむふむ、ここはまたマニアック……ん?なんでしょうパチュリー様」

 隣で一緒に横腹部分のにおいを嗅いでいる美鈴に、パチュリーは一旦動きを止めて問いかける

「この部屋の鍵って閉めてある?」
「大丈夫です。大事な会議ってことで最初からしっかり閉めてますよ。フラン様も入っては来ないと思います。ましてや嫌ってるお嬢様の部屋ですし」
「ならよかったわ………その、今の私たちって相当よね」
「見られたら明日からお嬢様と一緒の扱い受けますね」
「えぇそうね。今まで親友の変態行動を粛清してきたくせに、その妹のパジャマの匂いを嗅いでるところを本人に見られる………これ以上に恥ずかしいことはないわ」
「と、言いつつ離さないんですね。」
「しょうがないじゃない。今後このパジャマ越しの空気しか受け付けなくなったらどうしようかと悩んでるぐらいなんだから。 あ、レミィ!!流石にズボンを嗅いだら引くわよ!下だけは置いときなさい!」
「そうですよ!!そこは超えちゃいけません!変態になりますよ!」

 もはや境界線の基準が常人と異なってきている紅魔館メンバー。
美鈴とパチュリーはパジャマを握り締めながら忠告し、レミリアはズボンを首に巻いて抗議する。そして咲夜は、右袖と左袖の嗅ぎ比べをしていた。

疑いようもない、まさにここは幻想郷最底辺カーストの場所となっているだろう。
この狂宴がいつ終わるのか、それを阻止しようとしたミイラ取りがファラオとなって戻ってきたため誰もわからない。



―――ところで
ときに一つのモノに集中しすぎると、人間は明らかな違和感を見逃すことがある。もちろん欲望に忠実な妖怪、悪魔、魔女はなおさらである。
だから気づかなかった。
普段であったらみんな察知したであろう気配、本来は隠しきれないほど強大な波動。
いままで必死に隠してたのだろうが一瞬だけ机の下からこぼれてしまった、


吸血鬼の、魔力。


















いやいや……パチュリー……それ以上に恥ずかしいことはあるよ
 それはね

―――自分のパジャマをみんなの前で広げられつつ匂いを嗅がれ、感想を机の下で聞かされることだよ






 さきほどからずっと頭の上で聞こえてくるみんなの声。内容はもはや語りたくない。
体育座りのままここから動けずにいる、わたし――フランドール・スカーレットはとんでもない会場に紛れ込んでしまったのだと、みんなが群れてる長机の下で痛感している。

てかさ、あのさ、もういろいろと限界だから居もしない誰かに吐き出すよ





 ねぇ、なにこれ………なにこれッ!!!??
どういう状況なの!??頭痛いってかフットウするわっ!!!
ここ私の家だよねそうだよねなんかすごい帰りたいし死にたいしできることならこんな悪夢から目が覚めて欲しいし

(みんなしてなにやってんの!??!人の服を嗅いで、あ、甘いとか……っ!!バカじゃない??!)

破裂しそうな頭を抱える。
いつのまに紅魔館は変態の魔窟になってしまったのか。いや、ごめんたった今だった。浅いよ歴史。深いよ業


(これが百歩譲って……いやまァ譲るもなにも並び立ちたくないんだけどさ!?わたしのパジャマを、ヵ、嗅いでる……のがお姉様だけだったらいいよ??紅魔館から吸血鬼が一人消えるだけだから)

 でもさ。
パチュリー、美鈴、咲夜。 きみたちを失いたくないんだ……
多少変な部分はあったみんなだけど、こうも簡単に堕ちてしまうなんて思わなかったよ
なに、お姉様にはこんなカリスマがあったの?それともわたしのパジャマにカリスマがあったの?
どっちにしろ感性を疑って欲しいよみんな


パチュリー……あなたはわたしの味方だったじゃんか。これからは誰にお姉様のことを愚痴ればいいの?
美鈴………ちょっとは抵抗しよう? 「あ、はい」じゃねェよ……受け入れんの早すぎるでしょ。門番できない理由がちょっとわかっちゃったよ


咲夜……………ねぇ、なんでさっきからあなたの声だけ聞こえなくなったの!?みえないから超怖いんだけど!!?


(あぁーもうっ!!みんな信じらんないっ!!こんなサバト見るくらいだったらお姉様の部屋になんか来なきゃよかった!!)


さっきまでのわたしをグーで強めに殴ってあげたい!
まったく……

………
………


 いや、ちがうよ?
別にわたしがお姉様の部屋に来たくて来たわけじゃないから。だってお姉様が朝、『私の部屋で一緒にモーニングコーヒーを飲みましょう!』って言ったから来てやっただけだし。あと……ハグ……はどうでもいいけど。

 つまり、わたしは呼ばれたから来ただけ。
招待されちゃったんだから淑女としては断れないじゃん?わたしだって部屋に行く間はストレスで胸がドキドキして大変だったんだからさ、ほんと迷惑だよ
部屋に入っても落ち着かないし、建て付けが悪いんだろうね。


…………まぁ、扉の開く音に驚いて机の下に隠れてしまったのは、一生の不覚だったと思う。
しかもお姉様は部屋に入ってすぐに咲夜を呼んで 〝みんなを集めて欲しい〟 なんて言っちゃうし。
二人でコーヒー飲むんじゃなかったの!?なんて別に思わなかったけどさ

 で、始まったのがこのサバトですよミサですよ!
一体誰がイケニエなんだ!?わたしか!?ちくしょう!!


(てか、なんかもう精神が限界っぽいわ…………いっそ這い出てみんなに制裁を加えるか………うんそうしよう!全員の目を覚まさせなきゃいけないし、咲夜も人の道に路線変更させないとね!一生死ぬ人間ですってお姉様に誓ったんだから、それを守ってあげないと!)

 恥ずかしさを通り越して逆にテンション上がってきた。
ふふふ、と口元から笑いがこぼれつつ、ずっと体育座りで痺れかけた足を伸ばし、片膝を立てる。

 (多少は手加減できなくてもしょうがないよね?狂気の妹より絶対今のみんなの方が狂気だもん)

途端に自分の目が爛々と輝いていくのがわかり、もう机ごと破壊して飛び出してやろうと体から魔力を放出して
――すぐに止めた。

ふと冷静な部分が、袖を引っ張る


(いや、だめでしょ!?ここで出ていったらなんでお姉様の部屋にいたのか聞かれるかもじゃん!!それに制裁っていってもずっとわたしに痴態を聞かれてたってバレたら、みんなきまずいだろうし
……)

 よくよく考えても出てきた方の代償があまりにも大きい。絶対に美鈴あたりにツッコまれる。呼ばれたから来たんだって言っても、自分から会いたくてお姉様の部屋に来てたのでは?とか、とんでもない勘違いをされるかもだし、紅魔館のみんなとも今後ギクシャクしてしまいそうだ。咲夜なんか路線変更の前に罪悪感で辞職する可能性があるだろう。そうすればオヤツも食べられない。

 つまり、これはどうしようもない状況にまで陥ってしまっているんだ。


信じていた仲間の手の平返し
聞こえてくる変態談義
それを黙って聞くしかないという拷問

………わたしはこのまま、恥ずかしさで身体を震わせるしかないのだろうか


(あぁーあ、この机の下が地下室よりも地下に感じる……みんなが遠いよ……たはは)


 いつ出られるかも分からずやるせなく笑うしかない。机の下から部屋を見渡してみると、視界に映るみんなの脚。一見いつも通りだが、ここから見えない顔はさぞ歪んでいることだろうと気持ちをまた沈ませる。

(目を覚ましてよパチュリー、美鈴、咲夜、それと……ん?)


 ごくり、と息を飲む。
初めて意識し、目に飛び込んできた人物。
それはずっと感じていた違和感だった。
今まで恥ずかしさで顔をあげることができず、声だけを聞いてみんなを判別していた自分。そういえばお姉様が最初に挙げた紅魔館メンバーの名前に、彼女は含まれていた。ということはこの場所に来席しているということ。

そう。
ただ一人、部屋の壁まで下がってビクビクと他のメンバーを見ていた彼女。
お姉様曰く、優秀な司書――小悪魔。


 己を見失わずに、この場でなにかに集中することもなかった彼女は、
先ほど、机の下からわずかに溢れ出た魔力に気づいたのだ。
そして見つけてしまった。
もちろんわたしも。


 故に、ばっちりと目があった。


途端に目を見開き、驚愕の表情へと変わった小悪魔は、大きく口を開け――


(待って小悪魔ぁぁあーーーッ!!!!)

 コンマの遅れも許さず、わたしは全力で腕を振るい〝×〟のポーズをとった。
すると小悪魔もバッと自分の口を塞ぐ。流石優秀な司書。瞬時に理解できたのだろう

(落ち着いてっ!!!ここで叫んでわたしの存在を知らせても良いことなんてなにもないから!? ね?)

腕は〝×〟のまま、ブンブンと横に首を振って伝える。
まだ混乱しているのか、目を泳がしつつも高速で縦に首を振る小悪魔。

目を合わせ互いに硬直状態となる。
その間、わたしは冷静に考えた

(ひとまず、ひとまずわたしも落ち着こう……。えーと、今気づいてるのは小悪魔だけで、その小悪魔もまだ誰にも言っていないんだよね? だとしたら、客観的に見たらさっきと何も変わってないはず。 よし、それなら)

 劇的に変わった状況だがそれを逆手に取ろうと思う。
とっさに思いついた策だけどもしかしたらこれは、部屋から平穏に脱出できるチャンスかもしれないのだ。
自分のアイデアに感心しつつ、とりあえず小悪魔とボディランゲージで意思疎通をすることにした。

(いい?小悪魔? わたしは、ここから、出たいの)

 自分の胸を叩いて次に下を指差す。そして腕だけで走る真似をする。
それを見て一瞬考えたあと、コクコクと必死な顔でうなづく小悪魔

(うんそうだよ。だからあなたは、こいつらを、部屋から追い出してほしい………だからえっと……なんかみんなに上手いこと言ってください)

 小悪魔を指差し (人に指を指すのはよくないけど今は許してほしい) 、そのまま横にスライドしてみんなを指す。そのあと前方に両腕を押し出す仕草をする。そしてちょっと自分でも逡巡したあと、口元で指をパクパクしながら、苦し紛れにニコッと微笑んどいた。

ええぇ!!無理ですよぉ!!って顔をする小悪魔に手を合わせ懇願する

(おねがい小悪魔!わたしたちこの間、テディベア大好き同盟を組んだ仲でしょ?仲間を助けると思ってさ)

上目遣いで頼み込んでいると、流石に諦めたみたいで八の字に眉を下げながらもゆっくりとうなづいてくれた。
わたしもうなづき返し、グッと手のひらを握ってエールを送る。

(がんばって!)

 ため息をつきながら小悪魔は重い足取りでみんなのもとへと歩いていく。
なんとか思索を巡らせているようで、今にも頭から煙が出そうな様子。机の近くまできて立ち止まるも他の紅魔館メンバーは尋常じゃない集中力を発揮してるため気づかないみたいだ。

 小悪魔は改めて、その異常な光景に恐怖を覚えただろう。しかし、その白いノドが生唾を飲み込んだのを皮切りに、彼女は顔を引きつらせながらも笑顔でみんなに話しかけた。

「あの、えと、みなさん!!そ、そろそろお腹が空きませんか??よかったらわたし、何か作りますから食堂に行きましょうよ」」

 いままで黙っていた小悪魔が言葉を発したことにより、ほかの連中はピタリと談義をやめた。部屋が沈黙に包まれる。
その空気に小悪魔は汗が止まらないようだが、わたしとしては拍手を送りたかった。


(おぉ!いいとこ突いたんじゃない?今はお昼になったばかりだしちょうどいいタイミングでしょ!)

 年中腹鳴らし警報器の美鈴が「そうですね!」とかいって先導してくれればみんな出て行くかもしれない。
若干の期待をして全員の反応を待つ。

 すると

「小悪魔、あなた何を言ってるの?フランのパジャマを嗅いでるのにお腹が空くわけ無いでしょ」


なぜか、期待してもいないお姉様が平然と言い放つ。

(あ゛あーっッ!!マジうッざいっッ!!ほんと最初からなにいってんだこの姉よぉぉお!!!人の寝巻きで空腹を満たすなよっ!てか満ちるなよ!)

「そ、そうですよね」

(あんたも納得すんな!!)


 地団駄を踏みたくても動けないので余計にストレスが溜まる。
やっぱだめか!お姉様が邪魔すぎる!!

「まったく。パチェもそう思うでしょ?」
「いえ流石にそれはない。ちなみに私は空いてないわ。でも小悪魔、そもそもあなた料理作れないでしょ?」
「あ……はい、そうでした」

 あはは、と頭に手を当てて笑っている子悪魔を尻目に、他のみんなは再び談義に移ろうとしていた。
そんな様子にみかねて、わたしは机の下から同士をキッと睨みつける

(笑ってる場合じゃないよ!?次いって次!!)

 小悪魔はわたしの目線に気づいて慌てて佇まいを直し、咳払いをしてまた問いかける

「で、ですけど!ほら!その………仕事!そうですよ!みなさんそろそろお仕事に戻らないといけないんじゃないですか??ね?美鈴さん!」
「しご、と……?」

 だめだ!!そいつもう門番してる自覚さえ消滅してるよ!!サボりでさえないんだ!

目の前の咲夜の脚が、静かに美鈴に近づくと、ガン、と頭蓋骨を殴打するような音が聞こえた。恐らく鉄拳。
痛ったぁ!!?と、うずくまる美鈴に少し後ずさりして警戒する。

「しょうがないわねこの門番は……。お嬢様、ちょっと美鈴を門扉にくくりつけてきますね。それと掃除も残ってますし、そのまま私は仕事に戻ります」
「あぁわかった。また今度な」
「もちろんです。 もちろんです。 それでは」

 なぜ二回言ったのかわからないが、咲夜は痛がる美鈴の首根っこをつかみ二人揃ってパッと消えていった。
……偶然が重なったおかげでとりあえずは追い出すことに成功したみたいである。ナイス小悪魔。

「二人共行っちゃったわねぇ。うーん……次どうする?とりあえず着てみる?」
「私も人のこと言えないけどやっぱりあんたブッ飛んでると思う」


 あーうん、問題はこの二人だな。とくにこれといった仕事をしていない連中だからね。他の用事もないだろうし、ここから出すのはよっぽどの理由を見つけないとダメだろう。小悪魔にこれ以上期待するのも悪いというか、容量オーバーしちゃいそうだしなぁ

そう思って何気なく小悪魔の方を見ると



「ひっ……ぐすっ……部屋から、でましょうよぉ……」

 大きな目にいっぱいの涙を浮かべて
 なんか泣いてた。


今まで変態的な空気が流れていたこの部屋に混ざった、小悪魔の突然の涙は、確実に部屋の空気を変えていった。
ひっくひっく、と子供のような鳴き声が響き渡る。
一瞬、なにが起きたのかわからなかった。

(えええぇぇなんでなんでっ!!?やだ!わたしそんな怖い目したかな!?ちがうよ小悪魔!!よくやってくれたよ??二人も部屋から出したじゃん!?)

 どうしたらいいかわからず一人ワタワタと手を動かす。しかしそれも見ることはなく、小悪魔は顔を覆って泣き続けたまま。無茶をさせてしまったのかな、と非常に罪悪感がでてきてしまいこっちも泣きそうである。

 しかし、

この予想外の事態にアクションが起こった。
突如泣きはじめた自分の使い魔に驚いたパチュリーが、慌てて小悪魔に近寄っていったのだ。

「ど、どうしたの!?ぽんぽん痛い?おトイレ行く? ちょっとレミィ!!私、この子看護室に連れてくわ!」

 そう言って小悪魔の背中をさすりながら部屋を出て行こうとするパチュリー。棚からぼた餅、といいたいところだが、わたしも心配になって小悪魔を見守る。すると部屋から出る直前、小悪魔はこちらを向き〝あとはお願いします〟と口パクし、涙目で慣れないウィンクをしてきた。

(小悪魔……!!もう心配させないでよ!!ありがとう!でもそれウィンクじゃなくて強めのまばたきみたいになってるよ!両目閉じてるよ!)


 去りゆく同士に小さく手を振って見送った。

――ふーなんか色々とよかったよ……でも、一歩間違うと将来は立派な悪女になりそうだね小悪魔さん。
ともかく頑張ってくれた彼女には今度、私のお気に入りテディベアを貸してあげようと思う。
二日ぐらい。











よし、小悪魔のナイスフォローのおかげで悪夢のようなサバトはおしまいに


「パジャマを枕がわりにすれば……いや、興奮して眠れないか。私のスカーレットシュートで汚すかもしれないしな……いっそ冷凍保存して永遠に……ダメだ!香りが風化する!くそッ!どうして私の能力はパジャマの匂いを保存する程度の能力じゃないのよ!!」


 なってはいないんだよねこれが
むしろ元凶というか核であるゴミが処理されてない。
粗大な可燃したい生ゴミが。




 相変わらず、わたしが机の下にいるとは露ほども思っていないお姉様。

目の前の下半身を吹き飛ばしてやりたいが今更お姉様に部屋に居たことがバレてしまうのは、最もムカつく勘違いをさせそうで嫌だ。
むしろお姉様にだけは絶対に知られたくない。

 だからなんとか立ち退いてもらいたいが、ここはあいつの部屋だし出て行く理由もない。同士である小悪魔もいなくなってしまったため外部に頼れるものがなく、本当に手も足も出ない状態になってしまった。

(流石におやつの時間になれば食堂に移動するかもしれないけど、そこまで待つのもなぁ。正直、ちょっとおトイレにも行きたいし)

長時間体育座りのままなのだ。
起きてすぐ来たわけだし、まだ、その、朝は済ませてない……だからしょうがないじゃんか


ソワソワと体をよじらせつつ我慢していると、
ふと先程から少し部屋が静かになっていたことに気づいた。

(ん?、どうしたのかな)

 世にもおぞましい呼吸音も聞こえない
不思議に思っていると



「さて、そして誰もいなくなった、か。 じゃあそろそろやめてもいいな」



 急に変わったお姉様の声色。
今までの、普段わたしと接する時のようなテンションマックスの調子から、外部の連中と話すときみたいに落ち着き払った口調になる。




(……?なんかわかんないけどやった!!まぁずっと嗅いでるだけだしそりゃ飽きるよね!よかったよかった!)



 少し戸惑いつつも机の下で小さく拍手した。

さっきまでの盛り上がりから考えると唐突すぎる気もするが、このバカ姉もみんながいなくなったことでやっと冷静になれたのかもしれない。そもそも妹のパジャマの匂い嗅ぐなんて異常もいいとこだし、それに気づけたのなら妹として万々歳だ。部屋から出る出ないはともかくもとりあえず喜ぶべきところだろう。しかし、今の言葉に気になる部分があった。

(やめてもいいなってどういう意味?まるで誰かにやらされてたみたいな……)

確かに今日はみんなをわざわざ集めたりして変態性に拍車をかけてたけど、と少し考えたとき
ハッと息を飲んだ。


(一時的にメンバーを集める必要があった? それってもしかして、館内でなにかがあったの?まさか………)



――紅魔館に敵が入りこんだ

それに思い至った瞬間、背筋がゾッと凍りついた
そして嫌な汗が額を伝う
これはあくまで予想なのだが、よくよく考えてみたら辻褄が合ってしまう。


(それで自分の部屋に避難させたんじゃ……?
そ、そういえばあんなに堕ちきった咲夜が素直に部屋から出たのも、お姉様の意図を読んでのことなのかも。二人は最初から演技だったんだ!!美鈴も連れてったし間違いない!! 今、なにかと戦っている)

 扉を見つめてゴクリと息を呑む。
部屋を隔て繰り広げられているかもしれない戦闘。
音もなく済んでいるということは上手くいったのか、それとも……

ともかくこの事態において、お姉様の考えていることはこうなのかもしれない


 主要メンバーをかくまうことで、戦いに来た敵の目を錯乱させる。その隙に咲夜や美鈴の武闘派が少数部隊で敵にあたる。事前に教えなかったのも混乱を避けるためで、朝は調子の悪いパチュリーや戦闘向きではない小悪魔は、敵の関心が咲夜達に向いている間に安全な場所へと避難させる。

そんな作戦を実行するにあたって、冷静にことを運べるであろう咲夜に前もって教えたのかもしれない。



(きっとあのときだ。お姉様にパジャマの匂いを嗅ぐように言われて近寄った時。耳打ちでもされたのかも……いや、この二人ならアイコンタクトで十分か)


 よく考えても咲夜があんな狂うのはおかしかった。しかしこれで、今日の異様な集会を含めて、説明がいく。
全ては演技。なるべく最低限でこの緊急事態を収拾しようとしたお姉様の策なのだ。


(そうだよきっと……!!流石に今日のお姉様はおかしかったもんね)


今更ながら散々心の中で罵ってしまったことを申し訳なく思った。
そして同時に、自分はこんなところで隠れたままでいいのかと、自らに問う。
あの二人なら心配無いとはいえ、敵は誰なのかわからないのだ。
さっきもよぎったがこの妙な静けさは安息を意味するものではないかもしれない


ゆっくりと自分の手のひらを見つめる。


〝能力〟は絶対に使いたくない。これの恐怖は知っている。

遠い昔に刻み込まれ、支配してやると、耳元で囁きかけてきた力の奔流。
余韻として残る破壊の声


(―――だからわたしは、いままでもこれからもなるべく暴力を使わない。全部、言葉でなんとかしようとしていた)



でも もしも


みんなに危険が迫ったら お姉様に なにかあったら

そんなことを考えると――



「そろそろ、かな」



 声が聞こえる
それは覚悟を決めた、凛とした決意


(……っ……待って! 待ってよ、お姉様……わたしも)



だめだ 行ってしまう
また置いていかれる


その恐怖に体が震えて、心が怯えて 止まらない
この日常をなくしてしまうかもしれないと、脳裏にめぐるのは最悪の結末。
そして走馬灯のように思い出される、変わらない姉の姿や仕草。

――お姉様は、わたしにギリギリなセクハラしてくるし変態的なことも言ってくる。皆の目にも、後先も考えないでバカなことをしてるように見えることも多いだろう。
でも知ってる。わたしは知ってる。お姉様は、本当は――



 この声が届くうちに伝えなくてはと、ずっと閉ざしていた口を開けて。
息を整える間も空けず、わたしは叫ぶように――





「ぃよしっ!!誰もいないしフランのパジャマを着てみよう!!!」
「やっぱ変態じゃんかッッ!!!!!」





 立てた膝がガクッと地面に倒れる。
そしてさっきとは違う意味で身体が震えてきた。

(ヘンタイの階段を駈け上がろうとしてただけか!!?なにみんながいなくなってさらに開放的になってんだよ!!)

ちょっとでも心配してしまった自分の純粋さに後悔しつつ、再び座ろうとしたところで


「………誰?………フランの声に似てた気がするけど……」


 あ、 と
声を口に出してしまっていたことに気づいた



(しまったぁぁああああ!!??)



 途端に張り詰めたように空気が凍りつき、お姉様が警戒し出したのを見えない頭上から確かに感じた。
腐りきっても紅魔の主、バッと机から一定の距離を離れて何者かを感知しようと尋常じゃない魔力が吹き出る。

 時間の問題、このままではお姉様に気づかれてしまう



なんとか誤魔化さなくてはいけないと思い混乱した頭でまとめた、咄嗟に口に出た言葉。





「ち、ちがう!わた……ボクはフランじゃないよ!なんというかその、精霊みたいなものさ!!」



 シーン、と音が鳴っているかのような静寂。

自分でももうなにを口走ってるのかわからない。途中から声を普段より少し甲高く寄せてはみたものの、無理やり過ぎたかもしれない。とりあえず自分であることを否定しなくてはと考えたが末である

当然といえば当然なのだがお姉様の禍々しい魔力は収まらない
むしろ増し増しになった

「ほぉ精霊?私のフランを馴れ馴れしく呼び捨てにするとは、肝があぐらかいた輩だな?」
「いや、なんというかボクはその、フランと近い関係にあるというか」
「ッな、なんだとぉおお!?なおさら姿を現せッ!!誰の許可を得てフランと親しくなったんだコラァァアア!!」
「うわ!!??ごめん違う違う!!」

 琴線に触れてしまったのか、お姉様の空気を震わす程の怒号が響きわたった。ミシミシと床の軋む音と振動が足へ直に伝わってくる。その凄まじさにわたしは思わず、ヒッ!?と小さく悲鳴を上げてしまった。


(いやいやいやちょっと!?どんだけキレてんの!!?)


 少しあとずさりする。
普段からは想像つかないほどに怒りを振りまくお姉様に怖気づいた

「おちついてお姉さん!!ね?」
「お義姉さんと呼ばれる筋合いはないッ!!あんな幼い子に欲情したのか貴様!!」
「完全にブーメラン突き刺さってるよ!」
「ええい!!私のフランには指一本入れさせない!!」
「なんか卑猥になってるからホント落ち着いて!!」

 うぅ~……ッ!と見えない精霊に威嚇を続けるお姉さま。

「違うんだよ!!そういう関係じゃなくてボクはフランドールの守護霊的な、実体ない存在なんだって!あくまで精霊ですから!」
「……本当なんだな?たしかに姿は見えない」
「でしょでしょ??」
「ふん、だが怪しい……じゃあお前はなんの精霊だっていうんだ?パジャマの辺りから聞こえるが」
「……!!そ、そうそれ!!ボクは……パジャマの精霊なんだ!!うん!」

 追い詰められすぎて細胞が死んでるのか、とんでもないことを言ってしまう

「パジャマの精霊……フラン、の?」
「そうさ!主人が世話になってるねっお姉さん!」

(うあぁーなにいってんだろわたし!?他にもあったでしょうよ精霊チョイス!!)


 ええいもうやけくそだ!
とは言っても、こんだけ警戒心を剥き出しにしているお姉様がそう簡単に信用するわけもないだろうし、だいいちパジャマの精霊なんて聞いたことがない。自分でもなんでそんなこと言ったのかわかんないし、今日はもう過去の自分を色々と殴ってあげたい日だ。
とにかくも、これはさすがにお姉様の単細胞も怪しむことぐらいするだろうけど

「へー!パジャマの精霊なんているんだ!まぁフランのパジャマだもんね精霊の一体や二体宿っててもおかしくないわ」

 わーいよかった単細胞がK点超えてて!

「妹がお世話になってるわね」
「あ、いやいや、ボクの方こそ毎日綺麗に洗ってもらっちゃってありがとう」

 問題なくパジャマの精霊で通ってしまったため、こっちもあやふやになりきってみた。うん、まさか上手くいくなんて思わなかったよ。
お姉様の声もさっきまでの圧力がなくなってるしこのまま貫き通せそうで少しホッとしたが、こう言う意味でもウチの姉は頭がお花畑なのかと思うとため息が出る。

(でもやった!これで外へ出て行くよう誘導できるかもしんない!)

 またまた逆手に取ってやろうと意気込み、冷や汗が流れるもフフっと笑みがこぼれる。
変に感づかれても困るし、ひとまずは適当に話をしておくとしよう。
ついでに報復

「ところでお姉さん?さっきさ、ボクの匂い、嗅いでた?」
「なっ!?そ、そそそれはその!!」
「ごまかしてもムダだってば。ボクはパジャマの精霊なんだから」
「……まぁ、そうよね……!でもでもあれよ?!別に精霊さんの匂いじゃなくて、私はあくまでフラン自身の香りをパジャマという媒体を経て感じ取ろうとしただけで」
「いや、こっちとしてはご主人が辱めにあってるわけだからね。報告するべきかなぁ……?
あんな風にみんなと嗅いだりしてさ?知ったらきっともう口も聞いてくれなくなるだろうね」
「やめてください精霊さん!」

 お姉様の必死な声が上から聞こえてくる。ざまぁみなよ
ちょっとすっきりしたがこれは慣れてるからであり、常人ならばトラウマものだということを改めて理解して欲しい。

 でもこれで、今後勝手にパジャマの匂いを嗅がれることはひとまずないだろう。
適当に言っただけだが中々に効果てきめんだった精霊さん
冷静に考えたらおかしいはずなんだけど、わたしが関わっているものには基本的に頭上がんないみたい。単純。

「もう二度としないって約束してね?」
「ぜ、善処、します」
「持ち出した物はあるべきところに返してよ」
「はい、洗濯機に入れときます……」
「あとみんなの洗脳も解くこと」
「さっきからヒーロー物の主人公が反省したワルモノに言うセリフみたいよね」
「お姉さんの行動は怪人となんら遜色はなかったと思うけど」
「自分の正義に従ったまで!」
「言うよ?」
「すいません」

 しかし、どうやら再犯の可能性は捨てきれないみたいである。

「はぁ~あ、まったく仕方ない。ご主人はとんだ姉を持ったみたいだ」
「まァ運命ってやつよね」
「呪いだよ」
「くっ……さ、さすがの毒舌……!フランそっくりだわ」
「ボクは彼女の代弁者ですから。それに、寝る前によく愚痴ってるのを聴いてるからね」
「お風呂一緒に入ろう?って今日も恥ずかしくて言えなかったぁ~、とか?」
「寝言は死んでから言って」
「死人に口ないよ!?」
「てかよくそんな絵空事言えるよね。そんなにご主人が好きなんだ?」
「えぇもちろん。大好きに決まってるじゃない」
「……………………………そ、そう」


なにげなく出た言葉だったし、普段からの行動からしてその答えに意外性があったわけでもない。
別に自惚れとかじゃなくて、むしろお姉様がウザったい理由の大部分がわたしへの過剰な愛情なわけだから当然のこと。でも、しょうがないでしょ?


 恥ずかしいモノは恥ずかしい。



(そ、そんな即答されても………あぁーやだやだほんと小っ恥ずかしい姉!……………ほんとに)

パタパタと手で顔を仰いでいる自分に気づいて慌てて手を止める。
いや、これはアレですよ?
いつもと違って顔が見えない分、相手の言葉だけしか頼るものがない状況じゃん?だから余計に言葉の意味をすんなり受け止めてしまうのは仕方ないことだし、わたしが特段嬉しくて照れてるということではない。ていうか、逆にムカついて怒りとかで顔が熱いんだと思う。だって嫌いなヤツに「好き」とか言われたら気分悪いでしょ?はいQED



とりあえず今の自分に納得することはできた。
それなのに

 
なぜか自分の口だけは自然と続きを求め、言葉を投げかけていた。


「……どういうとこが好きなの?」
「優しくて素直で可愛いところかしら」
「ぅ……違うよ!もっと、具体的に!!」
「具体的?」

 なんでこんなことを聞いてしまうのか
自分でもよくわからない。でもお姉様は迷うことなく平然と答えてくれた。

「そうね。ご飯食べる時『いただきます』『ごちそうさま』をちゃんと手を合わせていうところとか、カギを閉める時にカシャって頭も同じ方向へ曲がるところ。それと誰かが調子悪そうだと心配で後をついていこうとするとこと、マグカップを両手で飲むところ。それとデザートを食べてる時は比較的機嫌がいいから『おいしい?』って聞くと、『うん、おいひーよ』って嬉しそうに答えてくれるとこ。猫のことを『ねこさん』ってさん付けするのも好きだし、あとは」
「そ、そんな細かいの見てんの!?」
「当然じゃない」

ペラペラと出てくる出てくるわたしのプライベート。ついでにカギのやつは今初めて知った。思い出すように空中で再現してみるとちょっと頭が傾いたのでショックを受ける。
わたしが気づいてない部分まで見てるとは、やっぱり油断ならない姉であることを再認識。

「凄まじいね。そりゃご主人も警戒するわけだよ……」
「ふふ、それだけ好きってことよ。だって私が一番、あの子を愛してるんだから」

 恥ずかしげもなく言い放つお姉様のその言葉が、耳に反復してちょっと頭がボーっとする。
そんな自分に気づき、忘れるように首を左右へ振った。
同時に目的を思い出していく。

(ち、ちがう!今はこんなことどうでも……!!とにかく、お姉様を外に出さなきゃ)

 パジャマの精霊ってことで騙せているものの、いつまでもこの状態ではしょうがない。
そもそもここまでやってバレたりなんかしたら言い訳もできないし、早く部屋から出なくては

 なんだかんだ普通にお姉様とお喋りができている今の状況を、少し名残惜しく感じてしまう感情は見ないふりをして
あくまでフランではなく、パジャマの精霊として話しかける

「ゴメンお姉さん。話は変わるけどさ、そろそろボクを洗濯してくr」
「でも、正直羨ましいわ。あなたが」


わたしの言葉を覆うみたいに、ポツリと響いた声。
決して大きな声ではないのにどこか強い圧力があるみたいだった。



「だってあの子が一番心を落ち着かせる時、精霊さんはそばに居ることができるんでしょ?」



 調子は変わらないはずなのに明らかにさっきとは違っていて。
その問いかけは肯定しか受け入れないような重圧を持ち、それ以外の答えを待っているようには思えない。投げかけられた言葉の意味も一瞬よくわからなかったが、しかし、すぐになんてことはないことに気づく。
ちょっと考えればわかるお姉様らしい意味だった。つまり

(……たはは、まさかパジャマに嫉妬してんの?)

 精霊が宿っている設定にしたってただの衣服まで妬ましくなるとは、シスコンもここまでくると見境無い性癖だ。気持ち悪いを通り越し、逆に子供っぽい感じがしてちょっと笑ってしまった。あまりにも単純。

それでもなぜなのか
わたしは遮られた言葉の続きを言う気にはなれず、とりあえず断定した問いに答えた。

「そう、なるのかな。特に意識してるわけではないんだけど」
「………私さ、じつはフランの眠った顔をしばらく見てないのよね。あの子、お昼寝するにしても今は必ず自分の部屋に帰るし」
「……そういえばそうかも」
「あなたはいいわよね。夜は、一日の終わりを目蓋に感じたあの子のそばに。朝だって、まどろみから覚めるあの子を一番に感じられる……………扉越しのモーニングコールよりずっと、ね」


 最後だけ消え入るみたいに、お姉様はつぶやく。
わたしはその声色に妙な不安を覚えた。


「精霊さん。ちょっと聞いてくれる?」
「……ぁ、うん、なにかな?」
「あのね、前からフランとしたいことがあってさ。本人に言っても軽くスルーされそうだし、その……怖くて。せめてあなただけでも聞いてもらいたいんだけど、いい?」
「か、かまわないよ」

(なにいきなり??怖いんだけど!)

独り言のように喋っていたかと思ったら、急に改まって問いかけられる。今どんな顔をしているのかわからないが、少なくとも普段の調子ではないことは確かだった
スー……と息を吸い込む音が聞こえる。

 そして


「私、フランと一緒に寝たいの」
「…………う、うん?そう、なんだ?」


 少しキョトンとする。
ずいぶんと間を空けたからてっきり常人には口にも出せない欲望を吐き出すのかと思ったが、ちょっと拍子抜けである。
さっきから普段とは違うひかえめなお姉様の発言に変に振り回されてしまっている。


(あーヒヤヒヤした……てか一緒に寝たいなんて、こんな改めて言うこと?………なんか真剣な感じだし)

 そう考えていると、
上からお姉様の声が聞こえてきた。

「………前にね、一緒に寝てくれた時があったのよ。完全に気まぐれなんだろうけど、枕を並べて同じ布団でさ。しかもフランから誘ってきてくれたの」
「あー……ボクも覚えてるよ。あれは主人なりに勇気を出して……じゃなくて!か、完全に気まぐれだね!」
「フフ、それでも嬉しかったわ。また昔みたいに眠れるかもって思ったし。だから前みたいに向かい合わせで寝ましょうって言ったら『キモいから嫌だ』って逆に向かれたけどね。まぁ後ろ頭を拝めるだけでもありがたく思わなきゃなんだけど」
「そんなの拝まなくていい」
「でもね」

 そこでお姉様は少し言い淀むと、ため息を尽きながら呟く。

「あの子、寝てなかったのよ」
「う……」

(お姉様のくせに気づいていたのか!!で、でもそれは)

「夜中にちょっと目が覚めてさ。もう一度寝ようかと思ったけど、せっかくだからフランの寝姿でも眼に焼き付けるか、ってフランを見てたの」
「………」
「そしたら寝返りどころか全く動かないし、寝息も聞こえないの。変だと思ったから試しに指で背中を触ってみたらビクッ!て反応したし」
「それはその……」

(しょうがないじゃん……お姉様が後ろにいるなんて落ち着かなくて……ほ、ほら、いつ襲われるかわかんないでしょ?がばーって)

言い訳しようにもこの場で言うことはできず
恐る恐るあの時のことを思い出していた。

「朝までずっとその調子。で、六時になったらベッドから慌てて飛び出してっちゃったの」
「いや、主人も限界だったというか……」
「やっぱり……。私とはもう、寝たくないのかな」

 悲しげにささやく声は虚空に向けてか、目にも見えない精霊に向けてか。
あいまいな言葉は続いていく。

「あのね、今じゃ信じられないだろうけど、昔はよく一緒に寝てたの。ベッドの中で私のパジャマに顔くっつけて『お姉様の匂いって大好き!』とか言ってくれたりしてね。嬉しくて私も『フランの匂いは落ち着くわ』ってお互いに目が覚めるまで離さなかったものよ」
「……うん」

 それはなんとなく覚えている。
かすかな遠い記憶。今みたいなわたしになる前の、純粋にお姉様を……その……
 
 好き、だったころ。

でもあのときはホント幼かったというかわたしにはお姉様しかいなかったんだ。
お姉さまだって今みたいな積極的な変態じゃなかったし、あのころのお姉様はずっとわたしだけを見て、わたしだけを守ってくれていた。
――外からのいろんな声に傷ついてもすぐに駆けつけてくれて、静かに遮ってくれたんだ。それを憧れの目で見てたことは認める。
そしてこれは最近知った単語というか、前のお姉様に対する自分のイメージにピッタリあてはまる名前を知った。
そう、当時のわたしは純粋にお姉様を…………『王子様』みたいに、思ってたのかもしれない。
気品があって凛々しくて
嫌な場所から、ひどい声から、連れ出してくれる
だから、好きだった。

(でもこんなの昔の話、今は違う。落ち着きもないし変態だしバカっぽいし変態だし。全然違うよ)

今は、興味ない。
興味ないんだ


「それでね」


 聞こえてきた声に、自分の意識が引き戻された。

「朝、あの子のパジャマを腕に抱えた時に気づいたの。昔と一緒の匂い。何も変わらなくってちょっと嬉しくなっちゃったのよね。だから皆に自慢しちゃったというか………変わらないあの子の部分をみんなを通して再認識したかったというか。それで、やっぱ思ったのよ」


〝もういちど、一緒に眠りたい〟


少し恥ずかしそうにお姉様は言った。


「確かにフランの私への接し方は変わったわ。けどそれ以外はきっと何も変わってない。だからそこだけはまた、昔みたいに戻って一緒に眠れたらなって、考えちゃった」
「…………そうなんだ」



でも――


 思っても口には出さないようにしていた。
一度問い詰めたら止まらなくなりそうだから、おとなしく聞いていようと思った。
あんなに嬉しそうに話すお姉様を変に困らすのは気が引けた。

それなのに
なぜか自分でも抑えが効かず、言ってしまった。


「……でも、お姉さんは―――変わったよね」


我慢できずにこぼれた言葉。
いつまでも憧れることができるような姉でいて欲しかった。
それに偽りはない

「前はもっと落ち着いてたし、変なことも言わなかった。わたしだけを見て守ってくれた。素直に……かっこよかったよ」

 顔が見えず、お姉様がどんな表情をしてるかはわからない。
でも見えないからこそ、こんなことが言えるのかもしれない。

言ったあとも少しの間があった
静まった部屋で、ボツリとお姉様が返事をした。

「そうね。 私は、変わった」
「………認めるんだ」
「ええ。 自分に素直になった。想いをちゃんと、伝えられるようになったわ」
「――――へ?」

 
 あっけらかんと、でも恥ずかしそうにお姉様は言った。
嫌味のつもりで言ったのだが、その意外な反応に戸惑う。


「な、なにそれ!ボクは昔の方が良かったって言ってるんだよ!?」
「ふふ、そう?」
「~~ッ!!笑わないで!」

 なぜだかおかしそうに笑うお姉様に、腹が立った。

「あらごめんなさい。だって精霊さんがあまりにもフランのことを考えてくれてるから」
「精霊なんだから当たり前だよ!」
「ほんとお世話になってるわ」
「むぐッ……じゃあもう遠慮しないで聞くけど、どうしてお姉さんは昔と変わったの!」

 声を荒げて問いかける。

すると一瞬、ピリッと空気が張り詰めたような息詰まりを感じた。
わたしはそれに少し違和感を覚えたが、問いかけられたお姉様は少し間を開けて、答える。

「そうね。 後悔したくないから、かな」
「後悔?」
「――ええ。もしいつか、私の元を離れた時に全力で愛を伝えられてなかったらっていう、後悔」

 
 部屋が、しんと静まった。

お姉様の言葉を理解するのに時間がかかってしまった。


(わたしが、お姉様の前から居なくなるってこと……?なんで突然)
 

 どうしていきなりそんなことを言ったのか。
散々ふりまわしてちょっかいをかけてきた姉の言葉とは思えない。

 なぜだかチクリと、胸が痛んだ。

「なにそれ?よくわかんない、よ」
「………未来なんてわかんないものよ。今まで地下にこもりっきりだった少女があこがれの外の世界へ旅立つなんて、物語の定番じゃない」

いままでとはうってかわって、言い捨てるような口調のお姉様。
わたしの中で、刺された針がだんだんと沈んでいくような痛みが
ゆっくりと心を蝕んでいく。

「それが、なんなの?この場所を捨てて、お姉様を置いてご主人もいずれ出て行くってこと?」
「嫌いな私を指して、置いていくもなにもないんじゃないかしら」
「だからって……あんなにお姫様お姫様言ってたのによく言えるね」
「そのお姫様みたいに可愛いあなたのご主人を、白馬に乗った王子様が迎えに来るかもしれないわよ?」
「な……」

 驚いて、言葉を失った。

それは毎日モーニングコールをしてくるほどに自分のことを好きだったくせに、いきなり身を引いて違う誰かに譲るみたいな、そんな今まで想像もしてなかったことを言われたからかもしれない。

――あの独占欲の塊みたいなお姉様がそんなこと言うなんて
信じられなかった

 そのまま耳を塞ぎたくなるような、無機質な冷たい声が続いていく。

「童話の王子様みたいな人が来たらさぞお似合いでしょうね。悪魔の城から連れ出しに来る素敵な王子様と、可愛いフラン。 絵になるわ」
「……っ!」


 あまりにも無神経な発言にカッと頭に熱が沸く。
隠れて見えないお姉様の顔を、机越しに睨みつけた。
怒りで手が震えているのも、砕けそうなほど歯を噛み締めているのも自分で分かっている。わかっているのだが

――なぜ、こんなにも自分が腹を立てているのかは、よくわからなかった


(絵になる……?そんなことを本気で思っているの?あったこともない、いるはずもない王子様を)


 そう思ったときに、
こっちの気も知らないでお姉様が言い放った〝王子様〟という単語が、今更ながら耳に厚かましく反響した。自分が先ほどお姉様に対して思っていたことを思い出し、顔が屈辱で熱くなっていく。


(こんなヤツをわたしは、さっき――!)


過去の自分にはもう、怒り飽きた。
ただ今はお姉様への憤りが、思考を支配していた。


(というかなんなのあの言い方!!いままであんなに、わたしのことを好きとか言ってたじゃんッ!!まさか嘘だったの?)


 もはや正体がバレるとかそういう理性は頭から抜け落ち、抑えきれない魔力がこぼれだす。
黒い蛇がのたまうようなたぎっていく激情に、体が反応する中

 ほんの少しの心は、水底のように静かで、自分を見つめていた





なんで

なんでよ

お姉様はそんな

そんな簡単にわたしを、手放すの?

暗い世界から見つけてくれて
孤独にかじかんだ手をほどいてくれた
壊れないように包んでくれたあなたの手は

遠くへ行く背中に、伸ばしてもくれないんだ



(………わたしの態度がやっぱ気に入らないの?でもあんな、見放すような言い方しなくたっていいじゃんかッ!!お姉様はそれでほんとにいいの? なんであんなこと言うの!? なんで勝手にわたしの気持ちを決め付けるの!? なんで! なんでッ!!)





―――なんで、気づいてくれないの……?




 いつのまにか、ぽろりと

手の甲で雫が弾けた。
その生暖かい水滴の感触に、とっさに目線が自分の手へ向ける。

 
(……うそ………どうして)


恐る恐る、指で頬に触れる。
そこにはわずかに湿った軌跡があった。

 自分が泣いていることに信じられず、呆気にとられる。それを認めたくなくて、振り払うかのようにザッと手の平で目を拭い、机の向こうのお姉様を睨みつけて口を開く。


「……ッ……バカみたい。ほんっとバカみたい!!じゃあそんなヤツがきたらお姉さんは黙って見送るんだ??手放すんだ!??」
「いいえ、絶対にさせないわ。フランを離すつもりなんてない」
「!! じ、じゃあどうしてそんなこと」
「そんなことを考えてしまうぐらいに、私は臆病なの」


 今にも消えてしまいそうな、ささめくように響いた声。
その様子に戸惑う間もなく、次に発せられたお姉様の声は
空気を淀ますほどの禍々しい怒声に変わっていた。



「もちろんそんなの許さないわよ……あの子を連れて行くヤツなんて現れたら、たとえどんな聖人君子でも、地に頭をこすりつけ、天に祈りを請おうとも必ず―――この手で殺してやる」



 最期の言葉を言ったとき、
肌をも突き刺す妖力が部屋を震わせる。机が、床が、低いうめき声を上げた。
それは弾幕ごっこに興じる闘気ではなく、ただひたすらに本能を剥き出しにした
吸血鬼の殺気。




 さきほど流した涙も忘れるほどの迫力に、わたしは静かに息を呑む。

こんな、お姉様の声を初めて聞いた。
自分が言われているわけでもないのに、座っている状態から足に力が入らない。
それほど、普段の姿からは想像できない紅い悪魔の威風に、たじろいでしまっていた。

 しばらくして、お姉様は短くため息を吐くと普段の声色へと変わる


「心配させたんならごめんなさい精霊さん………もしもの話よ。だからこそ、最悪を考えちゃうの」
「………ぁ………わ、わわわかってたよ。そんなの、気にしないで」
「ありがとう……でも精霊さんも感じてくれてるでしょ?私だけにしか心を開かなかったあの子がだんだん変わっていった。それはとても嬉しいことだし望んだこと。今のあの子が一番好きだけど、でも、不安でもあったの」


――変わったあの子は、誰かになびいてどこかへ行ってしまうんじゃないか

そもそも、
あの子を傷付ける言葉から守ることを、使命と言い聞かせた私は
あの子を〝好き〟と言ってくるやつが現れたらどうするのか。
そいつを遠ざけるのは、〝フランを守る〟ことではないだろう。
だったら受け入れるのか。姉として幸せを祝うのか。

私は、このままでいいのか?



「――そんなの、ぜったいに嫌だったわ。でも当時は本当に葛藤したのよ。だって、昔はフランが私だけを頼ってくれたからあの子のナイトでいられたの。でも、フランは私を頼らなくなった」
「………」
「あの子は変わった。そうすれば今までの私ではそばにいられない……フフ…今思えば『フランを守る』っていうのは、いつまでもあの子のそばにいたいっていう体裁だったのよね。で、その体裁がなくなったわけよ」
「………じゃあ、もう守ってくれないの?」

 急な私からの問いかけに、お姉様は迷うことなく答えた。

「いいえ。だけど、もうナイトじゃない。さっきも言ったけど、気持ちを押し殺して守るなんてできない………だから今の私はお姫様を閉じ込め、外へ出ないよう縛り付けるただの悪魔よ。いつか来るかもしれない、白馬に乗った王子様に怯える――強欲な悪魔」

そう言うとお姉様は自嘲気味に笑う。
そのあとすぐ「でもね」と続いた。


「だからこそ………だからこそ私は全力で〝好き〟を表現する!」


いままでの雰囲気を吹き飛ばすように
お姉様は無駄に高らかに声を張り上げる。


「フランは自分の気持ちに従って変わった。それなら私もそうするべきだって気づいたの……だから決めた!もしもの後悔なんてしたくない!離れないよう素直に、今の自分に正直になる!」

「いつだって大好きって言いたいし、いつだってフランを見ていたい!あの子の細かい癖も覚えていたい、あの子の香りだって感じたい――一あの子に一番に、おはようって言いたいの。それでたとえ変態だとか言われようとも」


「今の私で、あの子を全力で愛してあげたい」


 それが私の変わった理由、とお姉様は優しくつぶやいた






「…………」


 ここからじゃ決して見えはしない。だけれど
お姉様はきっと毎朝わたしに会った時に向けるような、綺麗な微笑みを浮かべているのだろうと、そう思ったところで気づいた。

(…………ああ、そうなんだ)


今みたいに声しか聞こえなくても、わたしはお姉様の笑顔が自然と浮かんでくる。
それは扉越しの〝モーニングコール〟でも一緒。

――そうだよ。お姉様は昔から、わたしに向ける笑顔はずっと一緒なんだ。ずっと同じ思いで見てきてくれたんだ。だから記憶に残ってる

さっきお姉様は自分でも〝私は変わった〟と言ってたけど、それは表面だけ
本当は昔から、変わってない。


(なにが不安だったんだろう。昔だって今だって、お姉様はわたしをみてくれてたのに)


――好きで、いてくれるのに



そう思い、わたしの顔がかつてないほど熱くなっているのは、さっきのような怒りからではないということも、なんとなくわかってしまっていた。

でも認めたくない


だってまだまだ不満なところはあるし、正直ちょっと直して欲しいところもある。全力で愛する、とか言ってるけどそれと変態行為をイコールにしてるのはどうかと思うしね。そうでしょ?ほんとバカなんだから


「……でもね精霊さん、私が自分勝手なことをしてるっていうのもわかってるわ。ウザイって思われてるのも知ってる。この間一緒に寝た時だってそう、きっと私がいたら寝られないの。だから正直、今更一緒に寝ようだなんて怖くて言えない………最近のモーニングコールだってあの子自身はわずらわしいって思ってるだろうし」


けれども―


「…………そんなの、わかんないじゃん」
「……精霊さん?」
「こ、後悔しないんだったら!!今の自分に自信を持ってよっ!!」
 

  けれども

わたしはこの姉を、嫌いになるなんてことはないだろう。
それはつくづく日々を過ごして感じている。わたしへの気持ちは変わってないだろうけど、表向きは憧れていた昔と似ても似つかなくなったのにね。キモイしウザイしかっこわるい

 それなのに


しんと静まった空気を感じ、さすがに我に返ったわたしは、慌てて声色を治す。
それでも自分の意見は変わらない。

「なん、てね!!!ハハハ!!………でもご主人は本当に、ウザイなんて思ってないよ」
「いやでもね精霊さん? 朝しっかり『ウザイ!』ってラップ調にディスられた記憶があって」
「あ、あれは言葉のあやってヤツだから!!いつもいい加減なくせに真に受けないで!!
「そう言われても……うーん……」
「あ゛ぁーーもうッ!!!もしかしたら、ご主人は貴方が起こしにくる15分前にはいつも起きててモーニングコールを楽しみにしてるかもしれないでしょ!!よく聞こえるように扉の前で待機してるかもよ!?」
「そうなの?」
「そうだy……ったらいいね!!ああああくまで可能性の話だけど!!?さ、さすがにそこまではないカナ~?みたいな!」


ハハハ、とまたぎこちなく溢れる笑い。
これ以上はなんだか自分の首を締めるような気がしたので、この流れを吹っ切るため言葉を投げかけた

――ふと浮かんだ、ほんの少しの気まぐれをのせて


「とにかくっ!!お姉さん!!」
「は、はい!?」
「……五分ぐらい、部屋から出ててよ」
「え」
「いいから!!!五分たったら戻ってきて!!はやくっ!!」

わ、わかったわ!と、動揺しているお姉様は慌てて部屋から出ていった。その素直な行動をみて、初めからこうしていればよかったのかもしれないなと少し後悔した。





 扉の閉まる音を聞いてからちょっと時間を置く。
キョロキョロと見回し誰もいないことを確認し、わたしは机の下から這い出て、久しぶりに立ち上がった。


「あ゛ぁー………!!足痛い!やっとだやっと」


安堵のため息をつく。
しかしここで行われたサミットをわたしは絶対に忘れない。今思い出しても背筋が寒くなる。
咲夜、パチュリー、美鈴、君らへの対応はのちのちに考えとくとして
まず、お姉様。

わたしは机の上に置いてあるマイパジャマを見据えて手にとった。いつのまにか綺麗に畳まれている。


「まったく……妹のパジャマ嗅いで、なーにが〝一緒に寝たい〟だよ。好きの表現が変態過ぎんのお姉様は」

ばーか、と小さくささやいた。

「素直に言えばいいじゃん………ま、まぁ人のこと言えないし、許可するかもわかんないけどさ!」


でも前はわたしが頑張ったんだから、今度はお姉様じゃないの?
無駄に自信満々で行動力バケモノのくせに変なとこで遠慮してんだから困る


「………後悔しないように、するんでしょ?」


 お姉様がわたしに……いや、パジャマの精霊に言った言葉を思い出す。
今思うととても恥ずかしいことを言っていたなあの姉は。それにあの異常な嫉妬。
どんだけわたしのことが好きなんだって感じだよね全くさ

…………

で、でもまぁ……ちょっぴり……その


「……ッ、しょうがないなもう!!」

 手にとっていたパジャマを乱暴に机へ置き、やけくそ気味に自分の服のボタンを外す。
これは気まぐれ。そう気まぐれ

「だから今回限りだし!!ホント!絶対!」

パサっと上着を脱ぎ、
机に置いたパジャマを手に取って「う~…!」と唸る。



――ヘタレなお姉様。三回目はないからね?
 





















「精霊さーん?そ、そろそろいいかしらー?」

 ガチャりと扉が開き、恐る恐るといった表情のお姉様が入ってくる。
そして、机の上に置いてあるはずのパジャマへと目線を動かし――



「え!??フラン!??なななんでここに!!?」



 机の前で腕を組み、仁王立ちしているわたしに気づいた。
いつものようにムスっとした顔をしているのは自分でも気づいているのだが、なぜかお姉様を前にするとやめることができない。
今は特に、である。


「……知らないよ。なんか、こう、いつの間にかここにいたんだよ。不思議な力で」
「そうなの? あ!パジャマ着てるじゃない!!!どうしたの!?それさっき精霊さんが」
「わ、わかんないってば!!いつのまにか着てたんだよッ!!不思議な力で!!」
「さすが幻想郷ね……」

 当然ではあるが信じられないような表情のお姉様。そりゃいきなりパジャマ着た妹が部屋に現れたら驚くよね。我ながら無理があるかなとは思うけど、でも力技で押せばお姉様は信じてくれると今日知ったからなんとかなるだろう

(そんなことより――)


 ここにきてまだ色々と言いたそうな顔をしているお姉様を無視し
わたしから言葉を投げかける。



「お姉様」
「な、なにかしら?フラン」
「…………今、眠いでしょ?」

 そう言うと、お姉様はキョトンとした顔でこちらを見つめる。

「え?……いや、それほど」
「今日は寝不足だったんじゃない?」
「そんなことないわよ。毎日快眠快調で」
「吸血鬼なんだから本能的には今、眠いよね?」
「アハハ!いつの話よ。もう慣れちゃったわ。フランだってそうでs」
「お・ひ・る・ね・し・た・い・で・しょ?」

 自分でも不自然すぎるほどニッコリと笑顔を浮かべてみせた。
わたしがお姉様に微笑むという異常事態を察したのか、喜ぶのではなく焦った顔でお姉様は後ずさりした。

「そう、ね!フランの言うとおりだわ!たまにはお昼寝もいいかもね!ハハハ……」
「だよね?実はわたしもすっっごく眠いの。どうしよっかな~……あっ!わたし、偶然にもパジャマを着てるじゃん!これならいつでも眠れるなぁ~。もう今すぐ寝たいからこの部屋のベッドを使うしかないかぁー。えっ?ここお姉様の部屋?じゃあお姉様のベッドで寝ることになるよね~嫌だけどしょうがないかな~」
「え、えぇ、私のでいいなら使ってもいいわよ」
「そう?でもお姉様も寝たいんだよね?
だったら」
「いいの。私はその……どっかリビングで寝るから気にしないで!」
「い、いや、でも」
「平気よ。フランの安眠のためだったら例え日の中水の中草の中だって全然眠れ」
「~~ッ!!」

 なにかが限界を迎え、
ガン!!と足踏みする


「あ゛ぁぁぁあもうッ!!!だから一緒に寝てあげるっつってんじゃんか!!?」


恥ずかしさと恨みを込めて、先ほどから遠慮がちに目を逸らし続けるお姉様を睨みつけた。
あまりにもあからさまに逃げているため、自分から言ってしまったじゃないか。あーッ!!ムカつく!!

そんなわたしを見て、お姉様も顔を真っ赤にしていた。

な、なによその顔は……!

「いっとくけど別にわたしはどうでもいいんだよ!?ただお姉様はわたしと一緒に寝たいんだろうなって」
「ぁ……えと……」
「ほ、ほら!!いいから寝るよっ!」

もう実は恥ずかしさで頭ショート寸前なのだが自分に踏ん切りをつけるため、思い切ってお姉様に近寄ろうとすると

「い、いやいやちょっと待ってちょっと待って!!フラン待って!!」
「ななななに!!?わたしだっていっぱいいっぱいなんだよぉ!!!!」
「な、なんかゴメンなさい!でもその………私と一緒になんて、フランは眠れないでしょ??」
「…っ……そんなことないってば!大丈夫だよ」
「無理しなくていいわ。自分でもちょっとは自覚あるし……私といると不安なのよね?」
「う、うるさいな!わたしがいいって言ってるんだからいいの!」
「でも、それでまたあなたに嫌われたら」
「考えすぎだよ!たしかに普段ウザイけど今日は特別だから!」
「んーだけど…」


 異常に自信なさげというか、まったくもって煮え切らない態度をとるお姉様。
よほどあの時一緒に眠ってあげられなかったのがトラウマらしい。
そこは自分から誘っといてわたしも悪いかもしんないけど

 でも

「……いいの?それで」

 伏し目がちになっていたお姉様は、わたしの言葉にピクリと反応し顔を上げた

「今日、紅魔館メンバーで集まって変態サバトを開いたのは、わたしの変わらない部分をみんなを通して実感したかったからでしょ?パジャマの匂いとかヤバイ題材は置いといてさ」
「うっ…その……」
「普段からキモく口説いてきたり、セクハラしてくるのは、全力でわたしを愛そうとしてくれたからなんだよね?」
「フラン……」
「だったら!!―――逃げないで。いつだって、わたしと向き合ってよ」

 逃げる瞳を捕らえるように、まっすぐにお姉様を見つめた。

「自信のないお姉さまなんて、らしくない。また一緒に寝たいんならそう言えばいいじゃん。……たまになら、寝てあげるから」
「…………」
「いつだって欲望に全力なのが、お姉様でしょ。  あとそれに、ほら―――」

コ、コホン、と控えめに咳払いをする
ちょっと気恥かしさがあるが、腰に手を当てて尊大に

自分なりにそれっぽく、言ってみた



 「――お、お姫様の言うことが、聞けないの?」



 言い慣れない、というより今後一生言わないであろう言葉を使ったため声が震えてしまった
目の前には何も言えず、呆然とわたしをみているお姉様。
部屋は静寂に包まれている。


(うっ……は、はずかしぃぃい……!!!!でもでも、普段からわたしを『お姫様』とかいってるし、いいよね?べ、べつに厚かましくないよね!?説得するためだし!)

 思わず勢いで言ってしまったが、顔から火が出そうである。
こんなのこそわたしらしくないよ

どうしたらいいかわからず、しばらく腰に手を当てた姿のままでいると

 お姉様の方からクスクスと笑いをこらえるような声が聞こえた
そしてそれは次第に大きな笑い声へと変わっていった。

「あははは!」

楽しそうに
何かが吹っ切れたように、お姉様は笑っている。

(なに…?どうしたの)

わたし自身、何が起きてるかわからず疑問符を浮かべた。
まさか、というかやはりわたしの発言がおかしかったのだろうかと、
ちょっと不安に思ったそのとき

さっきまで笑っていたお姉様はどこか満足そうに、ツカツカとわたしの前まで歩いてきた。
わたしが驚くひまもなく、すぐ近くまで来ると、
お姉様は服従するかのように片膝をついて帽子を取る。
それを胸に据え、さっとわたしの手を取った

そして顔を見上げて


「―――仰せのままに」


そう言って、優しく微笑んだ





(……………ッ~~~!!!)


自分の体が、顔が、触れている手が
危険信号を告げるかのようにカーッと熱くなり
勝手に早鐘を打つわたしの心臓は、今にも飛び出していきそうで

(こ、こんなの……だって……まるで……!!)

 紅く綺麗な目を細めて、微笑を浮かべるその姿は

どんな童話にも出てこないほど素敵で
かっこよくて

 それは
悪魔にも見えなければ
騎士にも見えない。
それらとはちがう、あまりにもぴったりと当てはまってしまった存在の名を。
わたしは純粋に無意識に、言葉に出していた



「――――王子、様」

「ん?なぁに?」
「……あっ!?いや……」
「なんか、おうじさまって」
「は、はぁあ??お姉様が王子様なわけないでしょ!?勘違いキモイ!!せいぜい召使だから」
「一日中フランのお世話ができるなら全然構わないわ。いやもうペットでいい」
「いやさすがに堕ちすぎだよ!」
「むしろフランのガラスの靴になりたい」
「さらなる急降下!!」

 普段のツッコミでなんとか心臓を落ち着かせるが、それでもまだ鼓動がうるさく主張する
これ以上お姉様の手に触れていると色々とヤバそうなのでサッと手を離した。やったあとで (あっ、まずかったかな……?)と思ったが、お姉様はゆっくり立ち上がり、わたしと目を合わせるともう一度笑った。 あぁーもうまた……!


「……ぐっ…!とりあえずっ!!一緒に寝てくr……寝たいんでしょ?」
「フフ、ええ。一緒にお昼寝してくれる?フラン」
「う、うむしょうがないね。じゃあ一緒に寝てあげるよ。  あ、でも、そのまえに」

モジモジと手を合わせ、視線が彷徨う。
机の下にいた時も我慢してたけどさっきの緊張も相まってか、限界が近い。

 恥ずかしいから小さい声でささやく。

「ゴメン、ちょっとその…………ぉ、お手洗いに………行ってくる」
「えっ!!!トイレ??」
「なけなしのオブラートで包めよ!!」
「じゃあ私も一緒に行った方がいいわよね!!」
「どんな方程式!?もう!いいからお姉様はパジャマにでも着替えてて!!」

一緒にお昼寝するんだから、と言い残して、きっと赤くなっているであろう顔を隠すように、
わたしは部屋を早足で出て行った。








 扉を閉め、お手洗いへと向かう途中。
最後の言葉に、満足そうに微笑んでいたお姉様の顔が頭をよぎる。

「あんな嬉しそうな顔しちゃってさ………ホント、単純だよね」

相変わらずバカっぽいんだからと、いつもみたいに悪態をついてみる。
だけど無意識に笑みをこぼしてる自分に気づき、苦笑いした。


てかさ、
色んなことに鈍感なんだよお姉様は。
主に頭が鈍いの




だってよく考えて?

いつもわたしを『天使』とか『お姫様』だとか浮ついたこと言ってるから忘れてるかもしんないけどさ
―――わたしだって『悪魔』だよ?

 お姉様がさっき言っていた「王子様に連れてかれたら」なんて妄想、おかしいって
王子様が悪魔を連れ去るなんて聞いたことないもの
単純にここは、悪魔の城に悪魔が二匹住んでるだけ
ようは囚われのお姫様なんか、最初からいないんだよ

 あーだけど、王子様はもしかしたらいるかもね?
パジャマの精霊を信じちゃうような奴がいる世界だもん。どっかで待機してるかも
中には悪魔を好きになる物好きな王子様もいるかもしんない


 でもさ、王子様
この悪魔の住む館には来なくても大丈夫だよ? むしろ、来たところでしょうがないと思うんだよね


だって――


素直で単純な小っ恥ずかしい言葉、ドキっとするような独占欲、それと……あの綺麗な微笑みを思い出して、また胸が甘くうずく。
口元も自然と緩んでいた。


 だから つまり そういうこと











―――間に合ってます












 ~エピローグ~



お姉様の部屋にて
2人が入るにはちょうどいい大きさという、どこかお姉様の陰謀を感じるベッドの中。
約束通りに、お昼寝の時間である。

「ちょっと!?近いってば!もう!ちゃんと寝るから大丈夫だから!!」
「ホント?約束よ??寝起きのフニャフニャした感じで『あ、お姉様が隣にいる……たはは、おはよう』ってはにかむまでがセットメニューだからね??」
「単品で右ストレート追加していい?」
「うん最高の目覚ましになるわ!よっしゃテンション上がってきた!ねぇねぇ!このまま向かい合わせで寝ましょうよ」
「だ、だめだよッ!そんなの緊張しちゃうじゃ……なくて!!キモいから無理だし!」
「あぁー……さっきから喋るたびにフランの甘い吐息がかかって」
「マジでキモいから本当に却下」
「えー天井向かないでよー!恥ずかしがりねぇ。じゃあ、手だけは繋いでていい?」
「………暑くなったら離すからね」
「やった!わかったわ!」
「もういいから寝るよ!静かにして」
「はいはーい、おやすみー」
「まったく……おやすみ」
「…………」
「…………」
「……………………ねぇフラン?」
「………なに?」
「なんでさっき、この部屋に皆がいたことを知っていたのかしら?確かフランはいなかったはずだけど」
「ん?あ…………ああぁぁッ!!そそそそれはその!!?ちがくて!!なんとなくというか………今日はみんなお姉様の部屋に集まってそうだなーって思っただけで」

ベッドの中、わたわたと焦って視線を泳がせるわたし。
そのかすかな視界の中で、お姉様はわたしの方を向きながら、

 一瞬だけ  ほんの一瞬だけ



「あら、そうなの?――――――フフフ」



優しく目を細めた顔から



『悪魔』みたいに妖しい笑みを、浮かべた気がする
六作目です。
お互いのことを「お姫様みたい」「王子様みたい」って密かに思ってたらいいな、と思います。
読んでいただきありがとうございます。

よろしかったら感想でもなんでも聞かせて下さると嬉しいです

>名無しです様。ありがとうございます!
これが私好みの甘さなんです
>奇声を発する程度の能力様。ありがとうございます!
レミフラという題材が良いんですよ。みんな書けばいいんです
>絶望を司る程度の能力様。ありがとうございます!
はい。そんな気概で書きました
>諏訪子の嫁様。ありがとうございます!
ホントですか?わー嬉しい、じゃあまたお話を考えますね
>9様。ありがとうございます!
ぐっど、いただけてよかったです。
>11様。ありがとうございます!
私はその作品を知らないのですが、変態加減が褒められたのならよかったです……よかったのか?
12様。ありがとうございます!
待っていただけて嬉しいです。思いついても書き出すのが遅いのですよ。書かせていただいたレミフラが気に入って下さったならもう冥利に尽きます。創想話のレミフラは傑作だらけですのでぜひ読んでない他の方のレミフラがあったら読んでみて下さい。近いのですと作品集199は豊作ですよ。
コメント嬉しいので早めに次回は書き出します
>大根屋様。ありがとうございます!
妹の衣服の匂いを嗅ぐという行為からなんとか綺麗な姉妹愛にひっくり返してやる、と思って書きました
>信者D様。ありがとうございます!
よかったらまた浮かび上がってきてくださいね。新しい砂糖を用意できるようにしますから
>18様。ありがとうございます!
オチはこんな感じで、でもレミリアはもっと早くに気づいてたかもしれません。フランことパジャマの精霊はどっかで完全なボロをだしてます。レミリアもそれにリアクションをとってます。どっかにありますよ
むーと
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コメント



0.930簡易評価
2.90名無しです削除
グハァッ!(砂糖吐いた音)
3.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね
4.100絶望を司る程度の能力削除
グハッ……貴方は、我々を殺めるおつもりか……!
8.100諏訪子の嫁削除
むーとさんの話ほんとに好きです!
次回作期待してます!
9.100名前が無い程度の能力削除
ぐっどです
実にぐっどです
11.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいッ!
それから、この作品前半のレミリア並の変態が仮面ライダースーパー1と言う作品に存在してるのも素晴らしい・・・
12.100名前が無い程度の能力削除
遅かったじゃないか
あなたを待っていたんだ

むーとさんのレミフラ最高です! ほんとうにすばらしい!
また次回作楽しみに待ってます
素晴らしい作品をありがとう
14.90大根屋削除
おかしいな……
てっきり私は、姉の吸血鬼が妹のパジャマをクンカクンカスーハスーハ―する『いつもの紅魔館』の話を読んでいたはずなのに、どうして今は感動の物語を読んでいるんだ……

うーん、お見事! まさかの良いレミフラでしたね!(笑)
17.100信者D削除
b(親指を立て満面の笑みで砂糖の海に沈む)
18.100名前が無い程度の能力削除
最後の最後に変態オチで締めるんだろうなと思ってたら、意外と綺麗に終わった・・・良いレミフラありがとうございました