Coolier - 新生・東方創想話

ありふれたラヴ・ストーリー

2014/12/23 18:23:58
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「ちょっと霊夢さん、聞いているんですか?」
「あー、うん」
「もう! 聞いていないですよね? もうすぐクリスマスなんですよ、だから霊夢さん。一緒に人里で美味しい物を」
「はいはい。わかったわ」
「もう!」
 博麗神社にて霊夢がせっせと筆を動かしている背中から早苗が不満げな顔をして睨み付ける。
 気が付けばすっかり年末である。新しい年を目前に控えた幻想郷は雪化粧に包まれていた。夜に多く降り注いだ雪は今もちらちらと舞っている。
「お出かけ、したくないんですね?」
「あー、寒いもんねぇ。出かけたくないわ……というより今忙しいの。話は後で聞くから」
 振り返りもせず霊夢はひらひらと片手を振って筆を動かす。
 霊夢が作成しているのはお札である。弾幕勝負に使うものではなくて、新年に参拝客に販売するお守りのお札。幻想郷はいつの間にか人間や妖怪たちの間に広がったクリスマスという西洋のお祭りのような日に浮かれている。しかし霊夢はクリスマスよりももうすぐ新年とあって参拝客向けのお札やお守りを作ることに精を出している。神社では初詣ほど多くの参拝客が来る日はない。さらに博麗の巫女として大晦日には天照大神を迎える儀式もしなければならない。霊夢にとって年末年始は浮かれているわけにはいかないのだった。
「……ふーんだ」
 再びお札作りに熱中する霊夢の後ろで早苗が拗ねて口を尖らせる。恋仲である以上はもちろんそうした事情は知っているのだが。早苗の手には鴉天狗の新聞の切れ端が握られていた。夜雀の屋台がクリスマス・イブの夜から翌日の朝まで割引値段で開店すると書かれてあった。先ほど博麗神社の庭へやって来た文に教えてもらい霊夢に知らせようと部屋へ飛び込んだのだった。
「あややや。これは面白いことになりそうですね」
 庭から二人のやり取りを眺めていた文だったが、早苗が睨むように振り返ると「では失礼」と空へ飛んでいってしまった。


 ※


「さーなーえ。話を聞かせてよ」
「なんのことですか?」
「だから悪かったって。でも私は新年の準備で忙しいのは知っているでしょ?」
「はいはい。私が悪かったです」
「そうじゃなくて……で、昼間の話はなんだったの?」
「なんでもありません。出かけたくないんですよね」
 その日の夕方。ようやく長時間のお札作りも終わり霊夢が肩を鳴らして振り返ると、そこには一日ほったらかしにされてすっかりご機嫌ななめの早苗が面白くなさそうに座っていた。またか、と霊夢は思いながら早苗に昼間の話を聞こうとしたのだが早苗は教えてくれない。
 その後、夕食を戴いたのだが早苗は口をきいてくれない。お風呂も今日は別々で入った。
 そうして寝る時間になり霊夢は早苗にもう一度謝りながら訊ねるもやっぱり教えてくれない。霊夢の方を見ないようにして寝床に二組布団を敷く。
「え? ちょっと早苗?」
 いつもは布団は一つしか敷かないのに、霊夢が驚いていると早苗は枕を向けた。薄い青色の生地に濃い青色の文字で「No!」と大きく刺繍されている。
「霊夢さん。おやすみなさい!」
 そうして反対側のピンクで「Yes!」と書かれた方を布団にボスンと叩きつけるようにすると、布団に倒れ込むように横になって掛布団を頭まですっぽり被ってしまう。
 一人残された格好の霊夢が「おーい」と声をかけるも早苗はまったく無視。
 ため息を吐いて霊夢はもう片方の布団に入ることにした。一人で布団に入るのはいつぶりだろうか。一ヵ月ぶりくらいだろうか。早苗の方をちらりと見るが掛布団に覆われて彼女の姿はみえない。霊夢は早苗に背中をみせた。
 二人が恋仲になって大分経つがこのところ一ヵ月に一回でこうして喧嘩になることがある。霊夢の方が先に機嫌が悪くなることもあったが、割合では早苗が先に怒り出すことが多かった。その理由は今となってはよくわからない。何故喧嘩になったのか、はっきりと覚えていないのだ。おそらく些細な理由からだと思うがその割には仲直りするまでに時間がかかる。長くて一週間口をきかなかったことがあった。そうしているうちにどちらともなしに謝り合い、仲直りをするのだが。
 寝付けずこれまでの早苗との喧嘩を頭に思い起こす。一度早苗が守矢神社に帰ってしまったとき、入れ替わりに額に青筋を立てた神奈子が「うちの娘をよくも泣かしたな!」と博麗神社に詰め寄ってきたことがある。霊夢と付き合うと早苗が報告したときも一人で大反対を叫んでいた。また神奈子が来たら面倒だ。霊夢は布団の中で苦虫を噛み潰したような顔をする。
 ふと思った。
 どうして私は早苗と付き合っているんだろう、と。
 また顔を上げて早苗の方を見つめる。
 頭から被った掛布団から早苗の寝息が聞こえてきた。


 ※


 翌日。霊夢が目を覚めると早苗の姿がなかった。
 寝室から居間へと入るとやはり早苗はいなかった。炬燵の上におにぎりが三つ置いてあった。早苗が作ってくれたのだろう。しかし置手紙などは見当たらなかった。今回もまた守矢神社に帰ってしまったのか、そう思うと霊夢は気が重くなる。
 梅干しが入ったおにぎりを頬張り霊夢は昨日の続きに取り掛かる。量が十分溜まって来たので、今日でお札作りは終了の予定だ。明日からはお守りを作ることになる。せっせと筆を動かし始めるが三十分もしないうちに動きが鈍くなり、やがて筆を放り投げて畳の上に仰向けになった。
「はぁ……やる気が出ないわねぇ」
 それも全て早苗のせいだ。心の中でぼそりと呟いて慌ててかき消す。自分にも非はあるだろう、少し筆を止めて話を聞いてあげればよかったのだし、大晦日までまだ一週間以上もある。早苗を放っておいてまで熱中することはなかったのだ。
 喧嘩をする度にいつも霊夢は心の中で反省をする。あの時ああしていればよかった、と。しかし何度も反省をしてもやっぱりまた喧嘩してしまう。そして反省して……霊夢は自信がなくなっていた。
 書きかけの札もそのままに首にマフラーを巻くと霊夢は外へ出た。今日は快晴で雪は降っていない。しかし幻想郷は雪で覆われて風がひどく冷たい。一度身震いしたが構わず霊夢は空へ飛び出した。
 高く飛ぶと風が強く当たって寒いので低めに飛ぶ。飛んでいる間妖怪たちとは合わなかった。冬の妖怪も今日は別の所で遊んでいるみたいだ。やがて霊夢は魔法の森へと着く。木々の間を飛んでやがて見慣れた二軒の家が目に映った。一つは人形遣いの家である。そしてもう一つは「霧雨魔法店」と看板を掲げていた。
 よくもまぁ、魔法で魔理沙の家をここまで持って来れたわね。と霊夢は来るたびにそう思う。
 アリスの方の家のドアをノックすると、少し時間を空けてアリスが顔を覗かせた。
「あら、霊夢じゃない。こんな寒い日にお出かけなんて珍しいわね」
「そうね。魔理沙は? 書斎兼実験室?」
 霊夢が指で「霧雨魔法店」を刺すとアリスは首を振った。
「いや、こっちにいるわ。でも昨日徹夜だったからまだ寝ているわ。魔理沙に用事?」
「ううん、そうじゃないのよ」
 アリスに招かれて家の中に入ると暖炉の火が温かい。すぐに人形たちが紅茶を持ってきてくれた。一口啜る。
「美味しいわ。ありがと」
「どういたしまして。ところで元気ないわね? 早苗と喧嘩でもした?」
「え? あー……」
 すぐに相談したいことを見抜かれて霊夢は苦笑いを浮かべる。霊夢と早苗が付き合うよりも早く魔理沙とくっ付いたアリスの方がこういう話に敏感だ。下手に誤魔化さず霊夢は素直にアリスに話すことにした。
「昨日、私が早苗を怒らせたんだけどね。私が悪いのはわかってる」
「そう、よっぽど怒っているの? 私でよかったら仲裁してあげようか?」
「いやそんなのは必要ないし、すぐに仲直りは出来ると思うよ。ただね……」
「ただ?」
「同じことの繰り返しでさ。喧嘩して、仲直りして、喧嘩して。何度も反省して次は気を付けようって思うんだけど、それでも喧嘩になっちゃってさ。早苗とこのまま付き合えるのかなぁって」
 しゅんとうな垂れる霊夢はようやく誰かに言いたいことを言えて安堵の息を漏らす。博麗の巫女と呼ばれ幻想郷の異変を数々解決しても、恋愛事にはまったく不得手だ。何度も早苗を怒らせてしまって、彼女を傷つけているのではないかと思っていた。
「早苗と別れたいの?」
「いや、そうじゃなくて。別れたくはないけど、このまま付き合える自信がなくてね……」
「……ふふっ」
 弱弱しい霊夢の声にアリスが口元に手を当てて笑う。霊夢が「むぅ」と膨れ顔をするが文句を口には出さない。恋愛事の先輩には黙って従っておいた方がいいのだ。
「霊夢。貴女はどうして私の家に来たの?」
「? それは相談するために……」
「でも、まだ早い時間よ。朝起きてすぐに来たみたい」
「え、あー。うん」
「起きてから何をしたのかしら?」
「ご飯を食べて、それから……」
「それから?」
「それからお札作りしたけど、やる気が出なくて。それでここに来たのだけど。あ、お守り作り手伝ってよ」
「はいはい。霊夢、どうしてやる気が出なかったの?」
「え? それは――」
「早苗がいなかったから、でしょ?」
 アリスが小首を傾げて「当たっている?」と視線を送った。霊夢は頷いて返事をした。そう早苗がいなかったからやる気が出なかったのだ。もし今朝起きた時に早苗がいたらお札作りをすることは出来ただろう。もし昨日喧嘩をしなかったら作業はもっと捗ったはずだ。早苗がいる、いないだけで一喜一憂している自分に気が付いた。
「気が付いたら私、早苗に依存してしまっているのかもね」
「恋愛事なんてそんなものよ。私も魔理沙と喧嘩して別居することあるけど、やっぱり寂しくて二三日で仲直りするから」
「別居ってすぐ隣じゃない」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 やがて霊夢はアリスの家を辞した。自信を得て満足そうに微笑む霊夢を見送ってアリスが家へ入ると、階段を下りる音がした。
「おはよう……誰か来ていたのか?」
「おはよう魔理沙。眠そうね。とりあえず服くらい着なさいよ」
「いやぁ、面倒で。昨日は『徹夜』だったから眠たいぜ」
「馬鹿っ」


 ※


 人里に寄ってから霊夢は博麗神社へ急ぐ。まだ早苗の姿を見ていない。やっぱり守矢神社に戻ってしまっているのだろうか。神奈子の怒り狂った顔を見るのは億劫だが仕方がない。早苗を迎えに行こう。しかし博麗神社が見えてくると、その境内に見慣れた姿があった。ダンプで雪かきをしている。
 早苗であった。
 霊夢が境内に降りると早苗は小さく微笑んだ。霊夢の顔にも笑みが浮かぶ。口元から白い息が漏れる。
「お帰りなさい、霊夢さん」
「ただいま、早苗」
 何度も交わした挨拶。おはよう。行ってきます。行ってらっしゃい。いただきます。ごちそうさま。おやすみ。これからもずっと繰り返すように交わすのだろう。そう思うと彼女の事が愛おしい。毎日交わしていたいのは、やっぱり彼女だ。
「早苗。あの、昨日はごめんね。私が気が利かなかったわ」
「いえ。私も悪かったですし、そのごめんなさい」
 小さくお互いに頭を下げて、そして声に出して笑った。
 これからも喧嘩するだろう。これからも仲直りを繰り返していくだろう。恋愛事はとっても面倒なのだ。それで、いいのだ。
 笑いながら二人は部屋へと入る。早苗が寝室を覗いて布団がそのままなのを見て「もうー」と口を尖らせた。
「そうそう早苗。昨日の話なんだけど」
「はい? あ、そうでした。その話なんですけどね――」
 早苗の前に霊夢は紙切れを差し出す。文の新聞の切れ端だ。そこにはミスティアの屋台の記事が載っている。早苗は目を丸くした。
「さっき人里に行ったら文がニヤニヤ笑いながら見てくるから嫌な予感がして、聞いてみたの。そしたら新聞を押し付けられたわ」
「ふふ……それで霊夢さん、よかったら一緒に」
「まぁ、一日くらい休んでもいいわねぇ。その代わりちょっとお守り作るの手伝ってよね」
 大きく早苗が頷いて、そして布団の上に座り込む。
「ところで早苗、朝からどこに行っていたのよ? まさか守矢神社?」
「いえ、諏訪子様に相談したかったのですが……守矢に帰って神奈子様に見つかるとさすがに私も億劫で」
「早苗も私と同じこと思っていたのね。確かに神奈子は親馬鹿過ぎる」
「あはは。それで途中で川を見ていました」
「一人で?」
「ええ。そうして反省しました。私がわがままだったかなって。ずっと見つめているうちに霊夢さんに謝らないとと思って帰って来たんです」
 そうして顔を上げて気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「霊夢さん、本当にごめんなさい」
「いや、それはもう済んだ――」
 話しかけて何かをひらめいた霊夢。
「どうしましたか?」
「そうね。昨日は早苗と一緒に寝られなくて寂しかったんだから……今日は一緒に寝てよね」
 顔を赤くしながらわざと怒っているような顔を作る霊夢。早苗はぽかんと見つめて、そして片手を伸ばした。
「はい」
 顔は照れで赤く染まっている。その顔をすぐに枕の裏に隠した。
 枕にはピンクの文字で「Yes!」と書かれている。
 
 明日、明後日とクリスマスですね。
aikyou
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コメント



0.270簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
爆発しろおおお
4.80名前が無い程度の能力削除
こんなん見せられたらクリスマス中止にできないじゃないか
7.90奇声を発する程度の能力削除
はよ爆発しろ
9.100絶望を司る程度の能力削除
C4設置してくるわ……(見苦しい嫉妬)
実に百合百合してて良かったです。