「行ってきまーす」
奥にひと声かけ、小鈴は元気よく外へ飛び出す。綿入り半纏に襟巻き、耳当てという重装備だ。
本日は雪が降るという話だし、相応のものだろう。
実際小鈴も外にでるなり、風が吹くたび寒い寒いと大声で叫んでいる。自然、他の人々と同じく前屈みの早歩きだ。
みんながこんな調子で歩くから、師走なんて呼ぶのかな。
小鈴はそんなことを考えた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ……暖かいよううう」
稗田家。幻想郷の中でも屈指の名家だ。その客間の一室で、小鈴はだらりと溶けていた。
周囲には火鉢、石油ストーブ、ハロゲン、電気行火、ホットカーペット、掘りごたつ……。
ありとあらゆる暖房器具がひしめき合い、この空間から冬という概念を消し去ろうと勇躍奮起、常夏もかくやという熱量を吐き出していた。
「全く……。わざわざこんな日に来なくても。降るわよ、今日。場合によっては吹雪くかもって」
やれやれといった表情で阿求はいった。こたつに潜り込んでみかんを口先で弄んでいる。
「やっぱり電気って偉大ねぇ、素敵ねぇ!こんなに良いものを無料でいいっていうんだもの、私も山の上の神社の信者になっちゃおうかしら」
ごろごろと転がりながら、小鈴が上機嫌で喋る。山の上の神社に住む外来の神様が里の人々の暮らしがもっと楽になるよう一念発起、地底に隠れていた烏の妖怪をとっちめ、人々のために働くように説得。そのあまりに有徳な言葉に妖怪は滂沱の涙、この身が役に立つのなら犬馬の労も惜しみませんと身を粉にして働き、里に電気の恵みをもたらしている……という話だ。天狗からの又聞きだけど。未だ供給は今ひとつ安定しないが、幻想郷に流れ着いたはいいものの、電気が無いために日の目を浴びることがなかったお役立ちアイテムの数々が幻想郷の生活の質を劇的に向上させつつあった。
小鈴自身もその一人だ。もうこの凍えそうな寒さの中、死ぬような思いをしてあの洗濯という苦行、氷のように冷たい水に指なんて繊細な器官を晒し続ける拷問をせずに済む。洗濯物を放り込んで洗濯機をピッとひと押し(あの押す部分はほっぺたに違いない、だってぷにっとしてるもの。小鈴はそう考えていた)それだけだ。なんという進歩。なんという堕落。たった一つの機械でこれなのだから、無数の機械を縦横に操る外界の人間たちはきっと、あらゆる家事を指一本で済ませてしまうに違いない。なんて退廃した世界なんだ。文明万歳。
小鈴はすりすりとハロゲンヒーターを拝み始めた。あんた何しに来たのよ、と阿求が呆れる。文明の力を肌で感じるためよ。半ば本気で小鈴は答えた。
今日は電気の供給日ではない。とはいえ、何事にも例外はある。里のいくつかの施設は優先的に電気が送られ、ほぼ恒常的に使うことが出来る。寺子屋や村医者の家などがそうだ。(お陰で寺子屋の出席率は以前の倍ほども良くなったらしい。最も、彼らが真面目に授業を受けているかは甚だ疑問だが)
稗田家もその一つ。その為に小鈴はこのところ頻繁に稗田家に通っている。まあ、そう言った行動は小鈴に限らないが。
「あんた、本当にそれだけのために来た訳?」
阿求がついに我慢の限界といった表情で、懐中から煙草を取り出す。燐寸を吸って火を点けると、燃えさしを火鉢に投げ込んた。一口吸って、ゆっくりと吐き出す。
「そ、そんなことないわ!ちょっと気になる話を小耳に挟んだから、相談に来たのよ」
慌てたように手をばたばたとうち振って、小鈴が答える。
「へえ。何?」
「なんでも最近、新しい妖怪が里のあちこちに現れているらしいの」
阿求の食べかけのみかんをつまみながら、小鈴が話し続ける。
「『足抜き』って言うらしいんだけど。電気を使う機械の足を抜いて回るらしいわ。それも、あと少しで洗濯が終わるとか、ようやく暖かくなってきたとか絶妙のタイミングで。酷い時は、電気の流れ自体を止めちゃうんだって」
「へえ、それはなかなかの悪さね。で、どんな見かけなの?」
「そこよ」
小鈴がずいっと身を乗り出す。
「いるのはわかってるのよ。被害はあちこちに出てるんだから。……でも、誰も姿を見たことがないの。誰一人、ね」
「ふうん。おかしなこともあったものね」
引っ張り出してきた灰皿に押し付けながら、阿求がのんびりと感想を述べた。
瞬間、
バチィッ
「きゃっ」
突然の衝撃音に、思わず小鈴は身をすくめる。
「び、びっくりしたわね」
阿求も胸に手を当てて、何とか落ち着こうと努めていた。
「あ、見て!」
阿求が電気製品を指差す。地獄の釜よろしく無限の熱量を吐き出し続けていた電化製品は、全て沈黙していた。
「足抜きよ、足抜きが出たんだわ!」
叫んで、小鈴が廊下に飛び出す。右、左と廊下の隅々まで凝視するが、怪しい姿は影も形もない。
「ねえちょっと、小鈴、これ電源はいらないわよ」
電気製品をいじっていた阿求が言う。
「足抜きが、電気ごと持っていったに違いないわ!もう許さない、絶対とっちめてやるんだから!」
怒りに燃え盛る小鈴の体が、突然ぶるりと震えた。
「さ……寒い……」
廊下にうずくまる小鈴を、阿求は呆れたように見つめた。
「暖房に囲まれてたからって、上着全部脱ぐからよ。ほら、暖かくなさい」
阿求は小鈴に着てきた上着を被せる。小鈴は嫌々しながらそれらを羽織った。
「寒い……寒いわ……電気の、文明のもたらす温もりに包まれないと死んじゃう……」
「あんたねぇ……」
阿求がなにか言いかけると同時、玄関の方から声が聞こえた。
「ごめんくださーい。守矢の者ですが―」
「あはは。足抜きなんて妖怪、いませんよ」
事情を聞いた東風谷早苗は、面白そうに笑った。
「で、でも、実際電気の足が抜けたり、突然電気止まっちゃったり」
小鈴が納得出来ない、というように抗弁する。
「足、ああコンセントですね、あれは皆さん、挿し方が甘いんですよ。恐る恐る挿して、機械が動いた瞬間びっくりしてそのままにしてしまいますからね。ちょっと動かした瞬間に外れてしまうんです」
「じゃあ、電気が止まるのは?」
「それはですね……」
ちょっと来てください、と早苗は客間の隅の方まで案内すると、そこに付けられた小さな箱を指さした。
「これですよ」
「これは?」
阿求が興味をそそられたようような表情で訪ねた。
「ブレーカーですよ。電気が流れ過ぎたりしないように管理しているんです。ちょっと繋ぎ過ぎてますから……」
早苗はコンセントをいくつか引っこ抜いてから、ブレーカーを上げた。たちまち、暖房たちが息を吹き返す。
「おお~」
小鈴は目を輝かせながら、早速暖房に手をかざす。
「暖かい……暖かいよぉ……」
「あ、あの……何も泣かなくても……」
困ったように微笑む早苗に、阿求が話しかけた。
「その子は気にしないで。それより、このぶれいかあ?とかいうやつのことだけど」
「あ、はい」
「電流を管理、って、どういうこと?」
阿求の問に、早苗はにっこりと営業スマイルを浮かべる。
「実は、発電所で作っている電気は、里全体に十分に行き渡る量があるんです。 ……ただ、電気を送る電線、これが面倒で。いまの設備だと、一定量以上送ると切れてしまう危険があるんです」
「なるほど。それで使える量を管理してるのね」
「ええ。……実は、今日お尋ねしたのもそれでして」
早苗はゴソゴソと懐を探りながら話した。
「里全体に電気を供給するには、先立つものが不可欠でして。……ああ別に、お布施を強制しているわけではないんですよ。ただちょっと、里の方々にも協力していただきたいと。……と、ありました」
早苗が懐から取り出したのは、小さな木の家のようなものだった。
「うちの神社のミニチュア分社です。このように手のひらサイズですが、きちんと分霊が宿ってるんですよ。これを1日1回拝んでいただければ、その分の信仰を使って、うちの神様が里の電気設備を整えていきます」
「神様が?」
「ええ。うち、今は電気のご利益も始めたんです」
あっけらかんと早苗が説明する。
「ふうん……」
いつの間にか小鈴がミニチュア分社を手に持ち、くるくると弄んでいた。
「つまり、これを毎日拝んでいるだけで、家でも電気が使い放題ってことですか?」
「はい、頑張らせていただきますよ」
「えぇ~、どうしましょう」
小鈴は迷ったような素振りをしているが、ちらちらと暖房の群れを見つめている。ひと押しでいける、素人でもそう思えるほどのカモっぷりだ。
(成る程ねえ)
阿求はその様子を見ながら心の中で納得した。最近妙に山の上の神社の信者が増えたと思ったら、こんなカラクリがあったのだ。
(又面倒なことが起きないといいけれど)
後日、鈴奈庵にて机の端に飾られた社を霊夢が見つけ、それが原因で一悶着起こるのだが、それは又別の話。
こういうタイムリーな題材の話は良いですね
暖かいところに人が集まりそう。
いずれはオンバシラが里中に建てられることでしょう、電気を送る分社として。