里の外れに、一輪の小さな花が咲いていることに最初に気がついたのは貸本屋の少女であった。
その花の名前はよく分からないが、青紫色で兎に角美しい花であった。
少女は、その花に見とれていたが、母が自分の名を呼んでいることに気がついたので
どことなく侘しい気持ちを抱きながら、その場を後にした。
いつもと変わらぬ昼間。ここは、平和だ。
境界で張り巡らされた僻遠の地幻想郷に於いて、この人間の里は
いたって平和であり、ここ以外の地はほぼハザードエリアと言っても良いだろう。
幻想郷は数々の妖怪変化が蔓延る、いや、棲まう永遠の楽園である。
この、楽園という記号だが、あくまで、これは我々人間視点の言葉ではなく、
妖怪視点であることに留意されたい。
外界で存在を否定、健忘な人間により忘れ去られた妖怪の行き着く先がここなのである。
起こりうる事象の一つ一つが科学によって証明される、外界に於いて
反科学的な事象である妖怪は存在しうることができない。
元来、妖怪というのは人間に恐れられ、蔑まれ、認知されることで実態を保つことができる。
その人間たちが、博学卓識、才穎な頭脳を持ち始め、ついに妖怪の存在を否定した。
ここに、妖怪の存在意義は無になった。
ある物は消滅し、ある物は人間として溶け込んでゆき、ある物は山窩の如く人目を憚りながら生きていった。
そんな中で別のある物は、東の方にある僻遠の地を目指した。
それが幻想郷である。幻想郷は忘れられもの達の最後の希望なのだ。
ここなら忘れられることがない。何故なら、ここは、妖怪がいて当たり前だからだ。
妖怪だらけの世界ではあるが、この人間の里は、冠する通り人間が住む。
妖怪もこの里に来ることはあるが、危害を加えられることはまず無い。
明治時代に、この幻想郷に結界が張られる以前から、人間は住んでいた。
妖怪など気候のようなもので、慣れに慣れている。
そんな人間たちの末裔たちがここに外界でいう大字程の数くらいには住んでいる。
幻想郷はこのような妖怪と人間の絶妙なバランスによって保たれている。
人間は慣れていると言っても、敵う存在では到底ないので形式上妖怪を恐れ、監視、抑圧される。
妖怪は人間による存在認識はもとより、恐懼されなければ妖怪たらしめることができない。
その上、妖怪は忘れられものであるため、ここの人間に忘れられたらもはや存在できない。
人間は妖怪たちによって経済循環をほどよく潤わせてもらっている立場がままある。
こんなバランスというか、小さな嵐というか、とにかくそういったものに人妖は巻き込まれている。
鈴奈庵の看板娘、本居小鈴。
先ほど、村の外れの花に見入っていた少女である。
彼女の家は貸本屋である。妖怪、人間問わず、やってくる。
今日の客は一人、あの稗田家の現当主の稗田阿求である。
阿求は転生を幾度かおこなった少女である。
始まりは稗田阿礼である。阿礼は古事記編纂に携わった昔の人物である。一度見聞きしたものは一切忘れない
聡明な人物だったという。そのため、阿求も同じ能力を持っている。
「村の外れの花。何という名前かはいざ知らず、とても綺麗なの」
小鈴は喜々として阿求に話した。
「へぇ、でも、綺麗な花には棘があるというじゃない。放っておいたほうが良いとおもうわ」
そう言うと阿求は読んでいた本を閉じ、立ち上がった。
「えぇー」
「あら、不満げね。だったら摘んでくれば?誰の花でもないのでしょう」
「そうだけど、一輪しか咲いてないのよ。なんだか、摘むに摘めなくて」
「優柔不断ね。この読み止しの本は家で読むことにするわ、それじゃあ」
阿求は小鈴から借りた妖魔本をひらひら見せながら帰っていった。
小鈴は、本棚から花の図鑑を一冊取り出して、例の花の下へ向かった。
花の場所へと着くと、その場にしゃがんで、膝を机替わりにして図鑑を開いた。
おおよそ、ベラドンナという花だろうと、見当をつけた。
毒があるとのことだ。
小鈴はぞっとした。今まで美しいと思っていたものに毒があった。憧れが一瞬にして砕け散った。
それは少女小鈴には、えも言われぬ恐怖であった。憎悪でもあった。だんだん、醜く見えてきた、腹が立った。
また同時に一抹の安堵も覚えた。
摘まないという踏ん切りがついたからである。醜いものを嫌う自分に安心したからである。
小鈴はその場から、鼻歌を交えながら引き返した。二度と小鈴はその花を見なかった。
その花の名前はよく分からないが、青紫色で兎に角美しい花であった。
少女は、その花に見とれていたが、母が自分の名を呼んでいることに気がついたので
どことなく侘しい気持ちを抱きながら、その場を後にした。
いつもと変わらぬ昼間。ここは、平和だ。
境界で張り巡らされた僻遠の地幻想郷に於いて、この人間の里は
いたって平和であり、ここ以外の地はほぼハザードエリアと言っても良いだろう。
幻想郷は数々の妖怪変化が蔓延る、いや、棲まう永遠の楽園である。
この、楽園という記号だが、あくまで、これは我々人間視点の言葉ではなく、
妖怪視点であることに留意されたい。
外界で存在を否定、健忘な人間により忘れ去られた妖怪の行き着く先がここなのである。
起こりうる事象の一つ一つが科学によって証明される、外界に於いて
反科学的な事象である妖怪は存在しうることができない。
元来、妖怪というのは人間に恐れられ、蔑まれ、認知されることで実態を保つことができる。
その人間たちが、博学卓識、才穎な頭脳を持ち始め、ついに妖怪の存在を否定した。
ここに、妖怪の存在意義は無になった。
ある物は消滅し、ある物は人間として溶け込んでゆき、ある物は山窩の如く人目を憚りながら生きていった。
そんな中で別のある物は、東の方にある僻遠の地を目指した。
それが幻想郷である。幻想郷は忘れられもの達の最後の希望なのだ。
ここなら忘れられることがない。何故なら、ここは、妖怪がいて当たり前だからだ。
妖怪だらけの世界ではあるが、この人間の里は、冠する通り人間が住む。
妖怪もこの里に来ることはあるが、危害を加えられることはまず無い。
明治時代に、この幻想郷に結界が張られる以前から、人間は住んでいた。
妖怪など気候のようなもので、慣れに慣れている。
そんな人間たちの末裔たちがここに外界でいう大字程の数くらいには住んでいる。
幻想郷はこのような妖怪と人間の絶妙なバランスによって保たれている。
人間は慣れていると言っても、敵う存在では到底ないので形式上妖怪を恐れ、監視、抑圧される。
妖怪は人間による存在認識はもとより、恐懼されなければ妖怪たらしめることができない。
その上、妖怪は忘れられものであるため、ここの人間に忘れられたらもはや存在できない。
人間は妖怪たちによって経済循環をほどよく潤わせてもらっている立場がままある。
こんなバランスというか、小さな嵐というか、とにかくそういったものに人妖は巻き込まれている。
鈴奈庵の看板娘、本居小鈴。
先ほど、村の外れの花に見入っていた少女である。
彼女の家は貸本屋である。妖怪、人間問わず、やってくる。
今日の客は一人、あの稗田家の現当主の稗田阿求である。
阿求は転生を幾度かおこなった少女である。
始まりは稗田阿礼である。阿礼は古事記編纂に携わった昔の人物である。一度見聞きしたものは一切忘れない
聡明な人物だったという。そのため、阿求も同じ能力を持っている。
「村の外れの花。何という名前かはいざ知らず、とても綺麗なの」
小鈴は喜々として阿求に話した。
「へぇ、でも、綺麗な花には棘があるというじゃない。放っておいたほうが良いとおもうわ」
そう言うと阿求は読んでいた本を閉じ、立ち上がった。
「えぇー」
「あら、不満げね。だったら摘んでくれば?誰の花でもないのでしょう」
「そうだけど、一輪しか咲いてないのよ。なんだか、摘むに摘めなくて」
「優柔不断ね。この読み止しの本は家で読むことにするわ、それじゃあ」
阿求は小鈴から借りた妖魔本をひらひら見せながら帰っていった。
小鈴は、本棚から花の図鑑を一冊取り出して、例の花の下へ向かった。
花の場所へと着くと、その場にしゃがんで、膝を机替わりにして図鑑を開いた。
おおよそ、ベラドンナという花だろうと、見当をつけた。
毒があるとのことだ。
小鈴はぞっとした。今まで美しいと思っていたものに毒があった。憧れが一瞬にして砕け散った。
それは少女小鈴には、えも言われぬ恐怖であった。憎悪でもあった。だんだん、醜く見えてきた、腹が立った。
また同時に一抹の安堵も覚えた。
摘まないという踏ん切りがついたからである。醜いものを嫌う自分に安心したからである。
小鈴はその場から、鼻歌を交えながら引き返した。二度と小鈴はその花を見なかった。
分割せずにまとめてくれるといいなと思う。
今後に期待
自分もそうありたかった
醜いものや毒に触れれば身体と心はそれになれる
なれれば賛美する
人間は案外機械的なもので慣れさせさえすれば簡単に調教されるし洗脳される
毒を醜いものを嫌悪するこれほど素晴らしいことがあるだろうか
毒や醜いものに負けない精神力と賢ささえあれば
内容の短さ、改行が少々見づらくありますが、今後どのような展開になるのか期待します。