夏の夜というものは早苗のいた世界では、ひどく過ごしづらいものであった。山間の町で育ったものだから、暑さに関しては幾分ましだったものの、山間部になると裏山からムカデがこんにちはとやってくるわ蚊は追っ払ってもキリがないわで大変だった。都会の人間が情緒だね、と表現する蚊取り線香も早苗からすれば何が珍しいんだか、とあきれるばかりだった。
今いる幻想郷では蚊取り線香は未だ現役だし、暑い盛りには風鈴を弦すし、かちわりなんてお目にかかれない。あれもないこれもないというような生活だが、これはこれで充実しているのだ。
「お茶、それとお菓子」
「……ちょ、ちょっと待って」
目の前でくつろぐ三人がやや余分なものだったが。
霊夢、紫、魔理沙。どうにもこの三人は口八丁手八丁といった連中で、押しかけてくるとあれこれと言いがかりをつけるし、とかく面倒臭い存在なのだ。
「美味しいわよねえ。霊夢のところの色付き水とは違うわ」
「だよな。小麦粉練ったものがお茶請けの霊夢とは違うぜ」
ムッとする霊夢だが、事実なだけに言い返せないらしい。不貞腐れたように、卓袱台に頬杖を突きなおして、フンと鼻で言うだけだった。
「そういえば、今日は神様コンビがいないのね?御挨拶しようと思ったのだけど」
紫が早苗を伺うように見て口を開いた。急須で三人のお茶と、自分の分を注いでお盆に乗せた早苗は、卓袱台にそれを置きながら答えた。
「神奈子さまと諏訪子さまは里の御神楽に誘われていますから明日まで帰ってきません。人里に行けば会えると思いますが」
「いやいや、いいのよ。大した用じゃないから。ええと、それでね……」
紫はもごもごと口の中で言葉をもてあそんでいる。何となく見覚えのある光景だった。
「今日は藍と橙が家を空けていてね。あの、ちょっと宿を貸してほしいの」
「私も。米が尽きたわ。よろしく」
「月末で誰にもタカれないから、よろしく」
「いや、帰って下さい」
呆れたように早苗が言うと、三人が目を合わしてまた早苗を見る。
「今日は藍と橙が家を空けていてね。あの、ちょっと宿を貸してほしいの」
「私も。米が尽きたわ。よろしく」
「月末で誰にもタカれないから、よろしく」
「いや、だから帰って下さい」
「今日は藍と橙が家を空けていてね。あの、ちょっと宿を貸してほしいの」
「私も。米が尽きたわ。よろしく」
「月末で誰にもタカれないから、よろしく」
「いや、その……」
「今日は藍と橙が家を空けていてね。あの、ちょっと宿を貸してほしいの」
「私も。米が尽きたわ。よろしく」
「月末で誰にもタカれないから、よろしく」
全く顔色を変えずに同じことをつづける三人が、早苗は何となく怖くなった。ついつい言ってしまった。
「……はい」
「いやあ流石巫女様!色だけ目出度い奴とは違うぜ!」
なぜだろう、悔しい。
「ご飯づくりくらいは手伝わせてもらうわ」
「いえ、簡単なものですから。大根の煮つけとほうれん草のお浸しです」
「あらあら。ならお浸しを作るわ」
早苗は米を研ぐ。家事全般は外の世界でもやっていた。神様二人はこんな事には門外漢だし、親は共働きで忙しかったという関係で、やっている内に上手くなったのだ。
蛇口をひねれば水が出てきたあの頃と違い、外の井戸から水瓶の中に水を汲まなければならない。これがまた大変なのだ。
さて、しっかりと水を研いだことだし、たらいから水を……
「あああっ!」
隣にいた紫が、鋭く叫んだ。肩がびくりと震えたせいで、米が零れかけた。
「な、なんですか……」
「も、もったいない事して。米のとぎ汁はいい肥やしになるのに……あーあーあー」
流れていく水をものほしげに眺めていた紫だが、すぐに早苗に向きなおる。
「……ご、ごめんなさい。取り乱したわ」
「い、いえ……」
何となく気まずくなって、目線を外した。
「菜っ葉ある?」
夕食後、紫が手土産で持ってきたスイカを切っていた早苗は、台所にやってきた霊夢を怪訝な顔で見た。
「菜っ葉?何のです?」
「大根よ。大根の菜っ葉。ある?」
はて、どうしただろう?菜っ葉なんて気にしなかった。ああ、そうだ。大根の生皮と一緒に捨てたんだった。そりゃ当たり前か、気にしないのも。
「捨てちゃいましたけど」
「はあああっ!?捨てたァ!?」
霊夢が恐ろしい形相で、早苗の肩を持って揺さぶる。
「何もったいない事してんのよ!あれすっごい美味しいのに!」
「い、いや。だから美味しい大根の煮つけだったじゃないですか」
「それはそれ!これはこれなの!」
「そ、そんな……」
とはいえ一回捨てた生ごみをもう一回出す気にはならないので、霊夢には抑えてもらい、スイカを余分に分けることで納得してもらった。なぜだろう、変に悔しい。
「おーい早苗。その皮どうすんだ?」
「捨てますよ、当然」
スイカを食べた後、寝るまでの時間をグダグダ過ごしていた早苗だが、そうしてばかりはいられず、台所に置かれたスイカの皮を小さく刻んでいた早苗は水を飲みにきた魔理沙と居合わせた。
「おいおいもったいねえなあ。食えるんだぜ、それ」
「まっさかァ。普通捨てますって」
「馬鹿馬鹿、捨てるくらいならもらいますっての。いい漬物になるんだから」
「漬けているうちに腐るんじゃないですか。あのゴミ屋敷じゃあ」
へへへ、と笑って魔理沙は、スイカの皮を持っていく。ついでに袋も持って行ったあたり手際の良さは流石、といったところか。
「馬鹿、ね……」
一人になった早苗は、独り言を呟く。
米の研ぎ汁をもったいなさげに見る紫。大根の菜っ葉を捨てた事に激怒する霊夢。スイカの皮を嬉々として持っていく魔理沙。
そこに在るのは、飢餓への恐怖だろう。飽食の世界からきた早苗には経験がない何かだ。
外の世界のコンビニの前に多くのおにぎりや惣菜が捨てられていることを知らせたら、彼女たちはどんな顔をするだろうか。呆れるだろうか、激怒するだろうか。
いや、案外表情を変えないかもしれない。こちらでの生活を、あちらの人々は楽しめないのと同じように、霊夢や魔理沙、紫も早苗の世界は楽しくないだろうから。
水を流そうとして、蛇口が無かった事に気付く。苦笑いしながら、早苗は柄杓で水瓶から水を出した。
火を起こしたりするのだって一苦労でしょうし、定期的にトイレの中身を肥料にするなりする必要もあるでしょう
河童が多少はあれこれ作ってくれるかもしれないけれど、レミリアが言うに人間のような内臓器官は妖怪にはないそうですから、
人間と同じように毎日何度も食べ物を食べて排泄をし代謝を行ってる訳でもないでしょうしQOLは低くなりそうですね
閉じられた世界では、食材だけでなく香辛料や甘味料など調味料の供給もない、もしくは低そうですし、現代と同じ食べ物を
同じ量だけ食べるのは難しそう…と考えると、現代人には理想郷どころか日々の生活も苦痛そうな気がします
あと皆なかよさそう
ただ霊夢魔理沙紫が早苗の所に来る理由が少々強引かな、と思いました。
もう少し自然な流れにすれば良かったかと思います。
今後の作品に期待しています。
特に後半部の幻想卿住人の反応を見てから前半部を見返すと義理実家同居の兄嫁があつかましい小姑の襲来を受けてる印象。
多少強引なのもそのためなのかも
ちょい早苗外の世界の気持ちが抜けてなくて目に余るぐらい常識がないから心配だよね注意しにいってあげようかみたいな
紫がいるってことは案外そういうことかも 早苗の知らぬところでヘイト稼いでいてでも悪気はなさそうだし嫌がらせするのも可愛いそうだし
悪気なくヘイト稼ぐのも不憫だからちょい強引に押し入ることにしたみたいな
そう考えると、現代人が昔の生活に順応するのは難しいだろう
この3人は厚かましいが