狂気の暴月抄ーNEXTー
第二次月面戦争……八雲紫の計画により月の都の技術を盗みだす為に行われた茶番劇……
「全く……紫にも困ったものね」
数ヶ月ぶりに幻想郷に帰還した博霊霊夢は溜息混じりに呟いた。
紫の計画の全貌は解らなかったが、紫が自分達と同じ時期に月の都に忍び込もうとした事を依姫から聞いていた。
その後の事は聞いていなかったが穢れを嫌う月の民が紫を殺す事は考えにくい、大方お説教と禁固刑でもくらっているのだろうと霊夢は特に心配する事はなかった。
しかし、その楽観はすぐに否定されることになる。
帰還から数日後の事
縁側でお茶を飲んでいる霊夢の前に 射命丸 文が血相を変えて現れた。
かなり焦っているのか自身の黒い羽が、先ほど掃除をしたばかりの庭に飛散している。
「た、大変ですよ!!大スクープですよ!!!」
「ちょっ、ちょっと落ち着きなさい!唾が飛んでるわよ!」
霊夢はこの後の掃除の事を考えながら文をなだめる。
「あっすみません、少し興奮してしまいました。記者にあるまじき醜態をさらしてしまいました。失敬失敬」
文は気恥ずかしそうに頭を搔く。
本人は気が付いていない様だが、彼女の落ち着きの無さは幻想郷の住人にとっては周知の事である。
「で?何が大変なの?帰ってきて早々異変かしら?」
霊夢は面倒くさそうに文を見る。
もし異変が起きていたとしても霊夢は動かなかっただろう、魔理沙・咲夜・早苗等、幻想郷には異変を解決出来る人間が幾らでもいるのだから、月での一件が霊夢に与えた肉体的・精神的な疲労はそうとうなものだったのだ。
文は勿体つけるように右手に持っている愛用のメモ帳を開いた。
「いえいえ、異変じゃないんですけどね~、もっと不味い事になるかもしれませんよ……」
不意に文の表情が真剣なものへ変わる。
霊夢も真剣な眼差しで文を睨み付ける。
幻想郷の歴史を見ても異変と呼ばれる茶番劇の程度を逸する程の出来事は、数えるほどしか起きていない。
現在の博麗の巫女である霊夢の代に至っては異変を越える事態は始めての事である、それ故に霊夢は疑心を捨てる事は出来ないでいた。
「異変より不味い事って……この幻想郷で?」
「今朝、八雲藍さんが月から帰って来ました」
「紫の式の狐、紫は?」
「藍さんだけでした。藍さんに取材した所ですね、紫さんは月人に捕らえられ一ヶ月後に処刑されるみたいです。藍さんは紫さんのお陰で逃げ出す事が出来たみたいですが……」
文はそのまま黙り込んでしまった。
幻想郷最強の妖怪であり、幻想郷の創造者である八雲紫の処刑など一妖怪に過ぎない文には手に負える事態では無かったのである。
「この事を知っているのは?」
今にも泣きそうな文の顔を両手で掴み無理矢理引き寄せて、霊夢は静かに聞いた。
「え?あ、はい……藍さんは現在同士を募って紫さんを奪還するための準備をしてます。紅魔館の面々がロケットの製作を開始しました。今回は共同戦線をはるようですね」
「そう、ありがとう…それなら心配いらないわね、頭に血が上った馬鹿は此処に来るってことね」
「はぁ……そうなんですか?」
霊夢は文から離れると急いで神社の自宅に戻り、お札に御払い棒そして陰陽玉の準備を始めた。
文はその様子をボーっと見る事しか出来なかった。
「文?あなたはもう帰りなさい、下手したらここが戦場になりかねないからね……弾幕ごっこじゃない本物の殺し合いになるかも知れない」
霊夢の表情は普段見せた事の無い、真剣な表情だった。
文は霊夢の鬼気迫るような気迫に圧されて博麗神社から逃げるように飛び出した。
霊夢は文の飛んで行った方を見つめて軽く頭を搔く、これから起こるであろう面倒事に苦笑いを浮かべながら
文が飛び立ってから数時間後、霊夢の予想した通り藍とレミリアが神社に現れた。
二人の様子は対照的であった。
藍は焦りと不安が混ざり合った様な困惑した表情を浮かべている、それに対してレミリアは普段と変わらず余裕の笑みを浮かべていた。
「珍しい組み合わせね?」
それだけ言うと霊夢は二人を自宅に招きいれた。
「お邪魔するわね」
「……」
二人は招かれるがまま居間に通された。
余計な物など何一つ存在しない質素な部屋の中心に、神妙な面持ちで座る霊夢の姿があった。
「あ、あの、ゆ、紫様がっ」
「ちょっと貴女は黙りなさいよ、ややこしくなるんだから」
焦る藍をレミリアが宥める、普段ではお目にかかれない新鮮な絵面を前に霊夢の顔が少し緩んだ。
普段と変わらない幻想郷の午後、いつもとは違う凄惨な悲劇の幕開けであった。
「紫……月の民に捕まったんでしょ?さっき文に聞いたわ」
努めて冷静に相手を――特に藍を刺激しないよう、霊夢なりに言葉を選びながら話す。
藍の心情が穏やかで無いのはその慌てようから容易に理解できる、ここで藍を説得出来なければ平和な幻想郷が失われる可能性が極めて高いからだ。
「知っているのなら話が早いわ、今紅魔館でロケットを作っているのよそれで──」
「住吉さんを神降ろしして欲しいって言うんでしょ?」
「……えぇそうね」
「そ、そうだ!紫様がいない今!それしか月の都に行く方法がないんだ!!」
急に立ち上がった藍は興奮しながら叫んだ。
その姿は普段のクールなイメージからは想像出来ないほど切羽詰っていた。
「良く聞きなさい藍……」
騒ぎ立てる藍を諭す様に言った。
「文から紫が一ヶ月後に処刑されるって聞いたけど、紫が手も足も出なかった月の都の綿月姉妹を相手に戦った所で無駄な死人が出るだけ、頭の良い貴女なら既に分かってるんじゃないの?」
「……うぅ……」
霊夢の言葉は藍の図星をついていた、藍は頭よりも感情で動いていたのだ。
兎に角紫を救い出したいと言う思いだけが先走り、勝つ為の算段など全く出来ていなかったのである。
「兎に角勝てる見込みも無いのにむざむざ死人を出す手助けなんて、私には出来ないわ」
「はぁ、それもそうね……あの依姫の実力は反則だわね……」
実際に戦ったレミリアは強がってはいたが綿月依姫の強さを認めていた。
「だったら!!」
黙って聞いていた藍が表情を歪ませて怒鳴る。
その顔は今にも泣き出しそうな程紅潮し、固く握られた拳は手の皮に爪が食い込んで流血していた。
「だったら!紫様は処刑されるのは仕方ないとでも言うつもりか!!!」
藍の悲痛な叫びは神社中に響き渡る、しまいには藍の頬には大粒の涙が零れていた。
「仕方ないじゃない!!そもそも紫の自業自得でしょ!?その為に幻想郷の住民を道連れには出来ないわよ!」
藍の怒声に負けない位の大声で霊夢は叫んだ。
幻想郷の巫女として私情で幻想郷を破滅へ導く事は何があっても避けねばならない事なのだ。
「月に攻め込んだ妖怪だけが殺されるのであればそれは仕方ない事だけど、もし私達が負けて月の民が地上に攻めて来たら──幻想郷は終わるわ」
「そう……それじゃあ藍?月の民に勝てる作戦が決まったら教えなさい、それまでは私もこの件からは手を引くわ」
そう言うとレミリアは神社を後にした。
この時レミリアは月の都も依姫にも興味を無くしており、霊夢の言い分は最もだと納得したのである。自分達の行いの所為で幻想郷が壊滅するのはあまりにもリスクが高い喧嘩だと思い直したのだ。
そして部屋には興奮冷めやらぬ藍と息を整えて冷静さを取り戻した霊夢が睨み合っていた。
「紫様のいない世界なんて……無くなった所でどうだっていい……」
力なく呟く藍の表情はどこか精気の抜けたように無表情だった。
「ん?」
「敵わなくても良い!紫様の居ない世界なんか消えてしまえば良いんだ!!」
藍はいきなり霊夢の首を鷲掴みにした。
いきなりの事で虚を突かれた霊夢は首を掴まれて片手で持ち上げられてしまった。
「うぐっ……藍?」
「私は月へ行く、たとえ負けるとしてもだ!せめて奴等に一矢報いてみせる」
「い、いやよ!」
霊夢はあらかじめ袖に忍ばせておいたお札を藍にぶつける。
藍は至近距離で霊夢のお札をもろにくらい、霊夢から手を離して庭まで吹き飛ばされた。
お札を浴びた肩口からは少しではあるが出血している、これは霊夢がごっこ遊びでは無く本気で攻撃した事を意味する。
霊夢としては藍との戦闘は避けたかったが、どこかで避けられない事を確信していた様だ。
彼女は持ち前の勘の鋭さに救われた形となった。
「くっ!お前は殺さない月に行けなくなるからな、だが!お前の仲間……あの魔法使いを今から殺しに行くぞ?」
藍の言葉に霊夢は少し反応するが喉まででかかった言葉を飲み込んだ。霊夢には言えない、いくら友人を人質に取られようとも藍の望みを叶える等と口が裂けても言えるはずは無かったのだ。
「どんな脅しをかけても私の気は変わらない、月になんて行かせない──」
霊夢の言葉を聞いて藍は神社を飛び出した。
向かったのは魔法の森の魔理沙の家だ。
「はぁ……紫……どうすればいいのよ……」
霊夢は膝を着いてうなだれる、紫の居ない中自分が一体何をするべきか分からない、不安に押しつぶされそうになるのを必死に堪えるしかなかった。
魔法の森の魔理沙の家。
何も知らない魔理沙は自室のベッドで安らかに昼寝をしている。
すぐそこまで迫る狂気の事など知る由も無く――
突如響き渡る轟音が魔法の森を包む、と同時に魔理沙の家が崩壊した。
「はっ?なんなんだ?おい?」
いきなりの事に状況を把握できていない魔理沙は崩壊した自宅を眺める事した出来ずにいた。
「悪いが巫女を説得する出汁になってもらうぞ……」
魔理沙の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
その刹那、殺気を帯びた腕が魔理沙に掴みかかる。
魔理沙は混乱しつつも持ち前の速さでスルりと身をかわし、藍との距離をとり対峙する。
「何だか知らないが──」
魔理沙は肌身離さず持っているミニ八卦炉を藍に向ける、得意のマスタースパークを放とうと考えたが、既に藍は魔理沙を上回る早さで次の行動に移っていた。
「は、はやい!」
弾幕ごっこ感覚でいた魔理沙と本気で挑んでいる藍との差が出たのだ。
藍は魔理沙の背後に回り込み、魔理沙は成す術も無く羽交い絞めされてしまう、藍によって八卦炉は叩き落され背後を取られては魔理沙に抵抗する術は無かった。
「一体……なんだよ、どうしたっていうんだ?」
魔理沙の思考は停止寸前だった。
いきなり家を破壊され拘束されたのだから無理も無い事ではあつた、しかしそれ故に魔理沙は現在起きている事態に気付く事が出来なかった。
藍がどれ程に本気で襲ってきたのかを……
「いい加減にしないと、本気で怒るぜ」
「うるさい……」
藍は冷酷に言い放つと魔理沙の右手の中指をへし折った。
「──っ!!」
小気味の良い音と共に魔理沙の指が有り得ない方向へと曲げられる。
魔理沙は声にならない悲痛の叫びを上げた。
今まで味わった事のない尋常ならざる痛みに魔理沙の思考は停止した。
「あぅ、やめて……おねがい」
「やめるかどうかは、巫女次第だ」
独り言のように呟いた藍は、涙ながらに懇願する魔理沙の腕を力の限り掴むと再び博麗神社に向かって飛び立った。
魔法の森に魔理沙の悲痛な叫びが木霊する。
博麗神社の居間で寝転がり天上を見詰める霊夢の表情は、何かを決意したかの様に落ち着いていた。
「……」
これから起こるであろう戦いがどれ程悲惨であろうとも、博霊の巫女として命を賭ける覚悟に満ちているようだった。
突然の事だった。
物凄い轟音と大きな地鳴りが博霊神社一帯に響き渡る、
「なっ!!」
家中の家具が次々と転倒する中、慌てて外に出た霊夢を迎えたのは想像を絶する光景であった。
石段に深く抉りこんで呻き声を上げる友人のアリス、恐らく全身を強打しているのだろう事が一目で分かる程傷ついている。
そして右の肩から下を失くし、そこから絶えず流れ出る液体を必死で止めようと蹲る魔理沙……
「藍……」
霊夢の視線の先には、返り血を浴びて紅く染まった右手を舐める藍の姿があった。
「そこの魔法使いは私の邪魔をした、誰であろうと私の邪魔はさせない」
藍は興奮した様子でアリスを指差す。
霊夢はアリスを見た時に大体の察しはついていた、アリスが魔理沙を好いている事は周知の事であったからだ。
「はぁ」
軽く溜息をついた霊夢は御払い棒を藍に向ける。
「これだけの事をしたんだから、わかってるわよね藍」
「紫様を救おうとしないこの世界は、お前もろとも消し去る!」
藍は霊夢に向かって飛び掛る、その手には触れる物全てを焼き尽くす程の狐火を纏っている
「紫は自身の身のために幻想郷を破滅させようなんて、絶対に思わないわ!」
巫力の篭った御払い棒で藍攻撃を受け止めると同時にお札を繰り出す。
並みの妖怪なら触れただけで消し飛ぶ程の威力を持つお札だったが、藍は片手で難なく打ち消した。
「うるさい、私が紫様に殺されても良い!紫様の為なら幻想郷など……」
藍はそのまま更に妖力を増して霊夢に詰め寄る。
「くっ、この、 分からず屋!!」
藍の腹を蹴り距離をとった霊夢は数十枚ものお札を撒き、結界を作り出した。
結界は藍を囲みその範囲を狭めていく、そして藍は身動きが取れなくなった、その結界に触れようものなら体中に激痛が走る。
「ぐぐぐぅ……ゆ、か、り、様……」
「アリスのお陰ね」
霊夢はアリスを助け起こそうと石段に向かった。
アリスが藍の邪魔をしたお陰で魔理沙を手放した藍は当初の目的であった魔理沙を人質にする事が出来なかったのだ。
幾ら霊夢でも魔理沙を人質にされていたら結果は変わっていただろう。
「大丈夫アリス?」
アリスは全身傷だらけだったが生きていた。
意識は無かったが呼吸、脈共に正常だった。
「霊夢!!」
突然魔理沙の声が神社に響く
「魔理……」
霊夢が振り返った時には既に藍が霊夢の心臓目掛けて狐火を纏った抜き手を繰り出していた。
藍は全身を結界に焼かれ失禁しながらも執念で脱出していたのだ。
「そんな……」
藍は既に狂っていた。
霊夢を殺したら月に行けない事等どうでも良くなっていた。
紫の式が消えかけている為なのか、紫を救えない現実に押し潰されたのか、それは定かでは無いが兎に角藍は正常な思考能力を無くしていたのだ。
ぬちゃっと言う音と共に霊夢の胸に藍の右腕が深く侵入する。
同時に霊夢の体が炎に包まれた。
「れ、霊夢!!」
「うぐっ、紫……様、お先に、地獄でお待ちしてます……」
そう言った藍の体中にひびが入り崩れ始める。
霊夢の結界をまともに浴びて尚攻撃の為に妖力を使った代償は己の命であった。
やがてそこには白い粉と黒い炭だけが残った。
「なんなんだよ、コレ……悪い夢なのか……」
月の都 とある部屋
そこには大掛かりな機械が設置され、その前には寝台が置かれている
「終わりました、豊姫様」
白衣を纏った玉兎が寝台に眠る八雲紫に取り付けてある機械を取り外す。
「そうですか、それでは彼女達を地上に戻します」
寝台は二つ八雲紫と八雲藍が寝ている。
二人は眠りながら大粒の涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。
「貴方達が見たのは起こりうる未来の映像……もう悪さしないで下さいね」
完
第二次月面戦争……八雲紫の計画により月の都の技術を盗みだす為に行われた茶番劇……
「全く……紫にも困ったものね」
数ヶ月ぶりに幻想郷に帰還した博霊霊夢は溜息混じりに呟いた。
紫の計画の全貌は解らなかったが、紫が自分達と同じ時期に月の都に忍び込もうとした事を依姫から聞いていた。
その後の事は聞いていなかったが穢れを嫌う月の民が紫を殺す事は考えにくい、大方お説教と禁固刑でもくらっているのだろうと霊夢は特に心配する事はなかった。
しかし、その楽観はすぐに否定されることになる。
帰還から数日後の事
縁側でお茶を飲んでいる霊夢の前に 射命丸 文が血相を変えて現れた。
かなり焦っているのか自身の黒い羽が、先ほど掃除をしたばかりの庭に飛散している。
「た、大変ですよ!!大スクープですよ!!!」
「ちょっ、ちょっと落ち着きなさい!唾が飛んでるわよ!」
霊夢はこの後の掃除の事を考えながら文をなだめる。
「あっすみません、少し興奮してしまいました。記者にあるまじき醜態をさらしてしまいました。失敬失敬」
文は気恥ずかしそうに頭を搔く。
本人は気が付いていない様だが、彼女の落ち着きの無さは幻想郷の住人にとっては周知の事である。
「で?何が大変なの?帰ってきて早々異変かしら?」
霊夢は面倒くさそうに文を見る。
もし異変が起きていたとしても霊夢は動かなかっただろう、魔理沙・咲夜・早苗等、幻想郷には異変を解決出来る人間が幾らでもいるのだから、月での一件が霊夢に与えた肉体的・精神的な疲労はそうとうなものだったのだ。
文は勿体つけるように右手に持っている愛用のメモ帳を開いた。
「いえいえ、異変じゃないんですけどね~、もっと不味い事になるかもしれませんよ……」
不意に文の表情が真剣なものへ変わる。
霊夢も真剣な眼差しで文を睨み付ける。
幻想郷の歴史を見ても異変と呼ばれる茶番劇の程度を逸する程の出来事は、数えるほどしか起きていない。
現在の博麗の巫女である霊夢の代に至っては異変を越える事態は始めての事である、それ故に霊夢は疑心を捨てる事は出来ないでいた。
「異変より不味い事って……この幻想郷で?」
「今朝、八雲藍さんが月から帰って来ました」
「紫の式の狐、紫は?」
「藍さんだけでした。藍さんに取材した所ですね、紫さんは月人に捕らえられ一ヶ月後に処刑されるみたいです。藍さんは紫さんのお陰で逃げ出す事が出来たみたいですが……」
文はそのまま黙り込んでしまった。
幻想郷最強の妖怪であり、幻想郷の創造者である八雲紫の処刑など一妖怪に過ぎない文には手に負える事態では無かったのである。
「この事を知っているのは?」
今にも泣きそうな文の顔を両手で掴み無理矢理引き寄せて、霊夢は静かに聞いた。
「え?あ、はい……藍さんは現在同士を募って紫さんを奪還するための準備をしてます。紅魔館の面々がロケットの製作を開始しました。今回は共同戦線をはるようですね」
「そう、ありがとう…それなら心配いらないわね、頭に血が上った馬鹿は此処に来るってことね」
「はぁ……そうなんですか?」
霊夢は文から離れると急いで神社の自宅に戻り、お札に御払い棒そして陰陽玉の準備を始めた。
文はその様子をボーっと見る事しか出来なかった。
「文?あなたはもう帰りなさい、下手したらここが戦場になりかねないからね……弾幕ごっこじゃない本物の殺し合いになるかも知れない」
霊夢の表情は普段見せた事の無い、真剣な表情だった。
文は霊夢の鬼気迫るような気迫に圧されて博麗神社から逃げるように飛び出した。
霊夢は文の飛んで行った方を見つめて軽く頭を搔く、これから起こるであろう面倒事に苦笑いを浮かべながら
文が飛び立ってから数時間後、霊夢の予想した通り藍とレミリアが神社に現れた。
二人の様子は対照的であった。
藍は焦りと不安が混ざり合った様な困惑した表情を浮かべている、それに対してレミリアは普段と変わらず余裕の笑みを浮かべていた。
「珍しい組み合わせね?」
それだけ言うと霊夢は二人を自宅に招きいれた。
「お邪魔するわね」
「……」
二人は招かれるがまま居間に通された。
余計な物など何一つ存在しない質素な部屋の中心に、神妙な面持ちで座る霊夢の姿があった。
「あ、あの、ゆ、紫様がっ」
「ちょっと貴女は黙りなさいよ、ややこしくなるんだから」
焦る藍をレミリアが宥める、普段ではお目にかかれない新鮮な絵面を前に霊夢の顔が少し緩んだ。
普段と変わらない幻想郷の午後、いつもとは違う凄惨な悲劇の幕開けであった。
「紫……月の民に捕まったんでしょ?さっき文に聞いたわ」
努めて冷静に相手を――特に藍を刺激しないよう、霊夢なりに言葉を選びながら話す。
藍の心情が穏やかで無いのはその慌てようから容易に理解できる、ここで藍を説得出来なければ平和な幻想郷が失われる可能性が極めて高いからだ。
「知っているのなら話が早いわ、今紅魔館でロケットを作っているのよそれで──」
「住吉さんを神降ろしして欲しいって言うんでしょ?」
「……えぇそうね」
「そ、そうだ!紫様がいない今!それしか月の都に行く方法がないんだ!!」
急に立ち上がった藍は興奮しながら叫んだ。
その姿は普段のクールなイメージからは想像出来ないほど切羽詰っていた。
「良く聞きなさい藍……」
騒ぎ立てる藍を諭す様に言った。
「文から紫が一ヶ月後に処刑されるって聞いたけど、紫が手も足も出なかった月の都の綿月姉妹を相手に戦った所で無駄な死人が出るだけ、頭の良い貴女なら既に分かってるんじゃないの?」
「……うぅ……」
霊夢の言葉は藍の図星をついていた、藍は頭よりも感情で動いていたのだ。
兎に角紫を救い出したいと言う思いだけが先走り、勝つ為の算段など全く出来ていなかったのである。
「兎に角勝てる見込みも無いのにむざむざ死人を出す手助けなんて、私には出来ないわ」
「はぁ、それもそうね……あの依姫の実力は反則だわね……」
実際に戦ったレミリアは強がってはいたが綿月依姫の強さを認めていた。
「だったら!!」
黙って聞いていた藍が表情を歪ませて怒鳴る。
その顔は今にも泣き出しそうな程紅潮し、固く握られた拳は手の皮に爪が食い込んで流血していた。
「だったら!紫様は処刑されるのは仕方ないとでも言うつもりか!!!」
藍の悲痛な叫びは神社中に響き渡る、しまいには藍の頬には大粒の涙が零れていた。
「仕方ないじゃない!!そもそも紫の自業自得でしょ!?その為に幻想郷の住民を道連れには出来ないわよ!」
藍の怒声に負けない位の大声で霊夢は叫んだ。
幻想郷の巫女として私情で幻想郷を破滅へ導く事は何があっても避けねばならない事なのだ。
「月に攻め込んだ妖怪だけが殺されるのであればそれは仕方ない事だけど、もし私達が負けて月の民が地上に攻めて来たら──幻想郷は終わるわ」
「そう……それじゃあ藍?月の民に勝てる作戦が決まったら教えなさい、それまでは私もこの件からは手を引くわ」
そう言うとレミリアは神社を後にした。
この時レミリアは月の都も依姫にも興味を無くしており、霊夢の言い分は最もだと納得したのである。自分達の行いの所為で幻想郷が壊滅するのはあまりにもリスクが高い喧嘩だと思い直したのだ。
そして部屋には興奮冷めやらぬ藍と息を整えて冷静さを取り戻した霊夢が睨み合っていた。
「紫様のいない世界なんて……無くなった所でどうだっていい……」
力なく呟く藍の表情はどこか精気の抜けたように無表情だった。
「ん?」
「敵わなくても良い!紫様の居ない世界なんか消えてしまえば良いんだ!!」
藍はいきなり霊夢の首を鷲掴みにした。
いきなりの事で虚を突かれた霊夢は首を掴まれて片手で持ち上げられてしまった。
「うぐっ……藍?」
「私は月へ行く、たとえ負けるとしてもだ!せめて奴等に一矢報いてみせる」
「い、いやよ!」
霊夢はあらかじめ袖に忍ばせておいたお札を藍にぶつける。
藍は至近距離で霊夢のお札をもろにくらい、霊夢から手を離して庭まで吹き飛ばされた。
お札を浴びた肩口からは少しではあるが出血している、これは霊夢がごっこ遊びでは無く本気で攻撃した事を意味する。
霊夢としては藍との戦闘は避けたかったが、どこかで避けられない事を確信していた様だ。
彼女は持ち前の勘の鋭さに救われた形となった。
「くっ!お前は殺さない月に行けなくなるからな、だが!お前の仲間……あの魔法使いを今から殺しに行くぞ?」
藍の言葉に霊夢は少し反応するが喉まででかかった言葉を飲み込んだ。霊夢には言えない、いくら友人を人質に取られようとも藍の望みを叶える等と口が裂けても言えるはずは無かったのだ。
「どんな脅しをかけても私の気は変わらない、月になんて行かせない──」
霊夢の言葉を聞いて藍は神社を飛び出した。
向かったのは魔法の森の魔理沙の家だ。
「はぁ……紫……どうすればいいのよ……」
霊夢は膝を着いてうなだれる、紫の居ない中自分が一体何をするべきか分からない、不安に押しつぶされそうになるのを必死に堪えるしかなかった。
魔法の森の魔理沙の家。
何も知らない魔理沙は自室のベッドで安らかに昼寝をしている。
すぐそこまで迫る狂気の事など知る由も無く――
突如響き渡る轟音が魔法の森を包む、と同時に魔理沙の家が崩壊した。
「はっ?なんなんだ?おい?」
いきなりの事に状況を把握できていない魔理沙は崩壊した自宅を眺める事した出来ずにいた。
「悪いが巫女を説得する出汁になってもらうぞ……」
魔理沙の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
その刹那、殺気を帯びた腕が魔理沙に掴みかかる。
魔理沙は混乱しつつも持ち前の速さでスルりと身をかわし、藍との距離をとり対峙する。
「何だか知らないが──」
魔理沙は肌身離さず持っているミニ八卦炉を藍に向ける、得意のマスタースパークを放とうと考えたが、既に藍は魔理沙を上回る早さで次の行動に移っていた。
「は、はやい!」
弾幕ごっこ感覚でいた魔理沙と本気で挑んでいる藍との差が出たのだ。
藍は魔理沙の背後に回り込み、魔理沙は成す術も無く羽交い絞めされてしまう、藍によって八卦炉は叩き落され背後を取られては魔理沙に抵抗する術は無かった。
「一体……なんだよ、どうしたっていうんだ?」
魔理沙の思考は停止寸前だった。
いきなり家を破壊され拘束されたのだから無理も無い事ではあつた、しかしそれ故に魔理沙は現在起きている事態に気付く事が出来なかった。
藍がどれ程に本気で襲ってきたのかを……
「いい加減にしないと、本気で怒るぜ」
「うるさい……」
藍は冷酷に言い放つと魔理沙の右手の中指をへし折った。
「──っ!!」
小気味の良い音と共に魔理沙の指が有り得ない方向へと曲げられる。
魔理沙は声にならない悲痛の叫びを上げた。
今まで味わった事のない尋常ならざる痛みに魔理沙の思考は停止した。
「あぅ、やめて……おねがい」
「やめるかどうかは、巫女次第だ」
独り言のように呟いた藍は、涙ながらに懇願する魔理沙の腕を力の限り掴むと再び博麗神社に向かって飛び立った。
魔法の森に魔理沙の悲痛な叫びが木霊する。
博麗神社の居間で寝転がり天上を見詰める霊夢の表情は、何かを決意したかの様に落ち着いていた。
「……」
これから起こるであろう戦いがどれ程悲惨であろうとも、博霊の巫女として命を賭ける覚悟に満ちているようだった。
突然の事だった。
物凄い轟音と大きな地鳴りが博霊神社一帯に響き渡る、
「なっ!!」
家中の家具が次々と転倒する中、慌てて外に出た霊夢を迎えたのは想像を絶する光景であった。
石段に深く抉りこんで呻き声を上げる友人のアリス、恐らく全身を強打しているのだろう事が一目で分かる程傷ついている。
そして右の肩から下を失くし、そこから絶えず流れ出る液体を必死で止めようと蹲る魔理沙……
「藍……」
霊夢の視線の先には、返り血を浴びて紅く染まった右手を舐める藍の姿があった。
「そこの魔法使いは私の邪魔をした、誰であろうと私の邪魔はさせない」
藍は興奮した様子でアリスを指差す。
霊夢はアリスを見た時に大体の察しはついていた、アリスが魔理沙を好いている事は周知の事であったからだ。
「はぁ」
軽く溜息をついた霊夢は御払い棒を藍に向ける。
「これだけの事をしたんだから、わかってるわよね藍」
「紫様を救おうとしないこの世界は、お前もろとも消し去る!」
藍は霊夢に向かって飛び掛る、その手には触れる物全てを焼き尽くす程の狐火を纏っている
「紫は自身の身のために幻想郷を破滅させようなんて、絶対に思わないわ!」
巫力の篭った御払い棒で藍攻撃を受け止めると同時にお札を繰り出す。
並みの妖怪なら触れただけで消し飛ぶ程の威力を持つお札だったが、藍は片手で難なく打ち消した。
「うるさい、私が紫様に殺されても良い!紫様の為なら幻想郷など……」
藍はそのまま更に妖力を増して霊夢に詰め寄る。
「くっ、この、 分からず屋!!」
藍の腹を蹴り距離をとった霊夢は数十枚ものお札を撒き、結界を作り出した。
結界は藍を囲みその範囲を狭めていく、そして藍は身動きが取れなくなった、その結界に触れようものなら体中に激痛が走る。
「ぐぐぐぅ……ゆ、か、り、様……」
「アリスのお陰ね」
霊夢はアリスを助け起こそうと石段に向かった。
アリスが藍の邪魔をしたお陰で魔理沙を手放した藍は当初の目的であった魔理沙を人質にする事が出来なかったのだ。
幾ら霊夢でも魔理沙を人質にされていたら結果は変わっていただろう。
「大丈夫アリス?」
アリスは全身傷だらけだったが生きていた。
意識は無かったが呼吸、脈共に正常だった。
「霊夢!!」
突然魔理沙の声が神社に響く
「魔理……」
霊夢が振り返った時には既に藍が霊夢の心臓目掛けて狐火を纏った抜き手を繰り出していた。
藍は全身を結界に焼かれ失禁しながらも執念で脱出していたのだ。
「そんな……」
藍は既に狂っていた。
霊夢を殺したら月に行けない事等どうでも良くなっていた。
紫の式が消えかけている為なのか、紫を救えない現実に押し潰されたのか、それは定かでは無いが兎に角藍は正常な思考能力を無くしていたのだ。
ぬちゃっと言う音と共に霊夢の胸に藍の右腕が深く侵入する。
同時に霊夢の体が炎に包まれた。
「れ、霊夢!!」
「うぐっ、紫……様、お先に、地獄でお待ちしてます……」
そう言った藍の体中にひびが入り崩れ始める。
霊夢の結界をまともに浴びて尚攻撃の為に妖力を使った代償は己の命であった。
やがてそこには白い粉と黒い炭だけが残った。
「なんなんだよ、コレ……悪い夢なのか……」
月の都 とある部屋
そこには大掛かりな機械が設置され、その前には寝台が置かれている
「終わりました、豊姫様」
白衣を纏った玉兎が寝台に眠る八雲紫に取り付けてある機械を取り外す。
「そうですか、それでは彼女達を地上に戻します」
寝台は二つ八雲紫と八雲藍が寝ている。
二人は眠りながら大粒の涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。
「貴方達が見たのは起こりうる未来の映像……もう悪さしないで下さいね」
完
作品自体は嫌いじゃないけど
セリフが原作っぽい偽物
こういう作風があってもいいんじゃないかな
作風を変えない次作に期待します
ちなみに、博霊じゃなくて博麗が正解。
でもまあ夢落ちでよかったかな・・・
死んで物語の彩を作るとは稚拙な作風に沿っておるわい