霊夢が目を覚ました時、すでに朝日が地平線の向こうから昇ろうとしていた。
薄暗い明け方の空を見上げて、ゆっくり体を起こす。
目の前の境内には昨夜の宴会の参加者たちが、それぞれ思い思いに体を横にして眠っていた。
七色の人形遣いも。
半人半霊の庭師も。
百鬼夜行の鬼も。
鴉天狗も。
多くの妖怪たちが幸せそうな表情を浮かべて、日をまたいで飲んだ酒の余韻を寝顔に浮かばせていた。
そんな彼女たちを見渡して霊夢は自分の後ろ髪を撫でながら、小さな欠伸を浮かべた。
一つ、頭痛がした。
飲み過ぎたのだろうか。
頭が上手く回らない。
胸の中がぽっかり穴が開いたような気がする。
縁側に座りなおした霊夢はぼんやりとした頭で、ただ神社の境内で寝ている彼女たちを見つめていた。
「お? 目が覚めたか」
背中から馴染み深い声がかかる。
ゆっくり振り返るといつの間にか魔理沙が霊夢の背中に立っていた。
髪には癖がついていて、つい先ほどまで寝ていたようだった。
酒が残っているのか頬はまだ赤い。
「……起きていたの?」
「今起きたんだ」
満面な笑みを浮かべながら魔理沙が霊夢の隣に座る。
霊夢はまた視線を前に向ける。
魔理沙も霊夢と同じ視線の先へ顔を向けた。
「それにしても今回の宴会も大盛り上がりだったな」
「そうね」
「アリスの人形劇は凝っていたな。やっぱりあいつの人形劇は面白いな」
「面白かったわね」
「萃香と文の飲み比べも見ていて楽しかったぜ」
「楽しそうだったわね」
「なぁ、霊夢……なんでお前そんな顔をしているんだ?」
いきなりの問いかけに霊夢は横目で魔理沙を見つめる。
魔理沙はじっと霊夢の顔を見つめていた。
また視線を戻して、霊夢はため息を吐く。
「幸せが逃げるぞ」
「あら? だったら億万長者になれるくらいの幸せがとっくに逃げてしまっているわね……ねぇ、魔理沙」
「ん?」
「どうして……どうして魔理沙は異変を解決するの?」
霊夢の問いに魔理沙が目を丸くさせた。
思いもよらなかった、という風に。
髪を乱暴にかきながら魔理沙は答えた。
「どうしてと言われてもだな。異変を解決すれば珍しいマジック・アイテムが手に入るかもしれないから、かな」
「……そう」
笑顔で話す魔理沙と対照的に霊夢の顔はますます寂しいものになっていく。
魔理沙も顔からすぐに笑顔を消す。
少しずつ辺りが明るくなっていった。
朝日が顔を覗かせようとしていたのだ。
「あのね……私、このままでいいのかなって、思うの」
ポツリ。ポツリと霊夢は語り始める。
魔理沙は何も言わずじっと聞いていた。
「幻想郷が紅い霧に包まれた異変の時も、春になっても雪が舞い落ちる異変の時も、私は解決の為に動いたわ。でも、多くの人間たちはそのことを知らない。異変があったことすら知らない。誰にも知られることがないまま、いくつもの異変を解決してきた……そんなこと繰り返しているうちに、私はこのままでいいんだろうかって思っていたの」
霊夢の言葉が途切れたのを確認して、魔理沙は両手を頭の後ろに回して話す。
「もしかして異変解決が嫌になったとか、飽き飽きしたって思っているのか?」
「そうじゃないけど……」
肩の力が抜けるように霊夢は俯く。
また一つため息が漏れた。
「別に褒められたいとか、そう思うわけじゃない。異変に立ち向かう自分を誇りに思う、なんて小さな自尊心を抱いている訳もない。異変が起きれば解決に向かうわ。でも……なんだか、そんな自分でいいのかって思ったりもするの。私は魔理沙と違って異変を解決したところで得られるものがないもの。激しい弾幕勝負を繰り広げても、その先にはまた何事もない生活に戻るだけ。まったく仕事損だわ。だからこうして宴会を開いたりして、この気持ちを忘れようとするんだけど……」
「ふーん、そうか」
魔理沙は事もなげに相槌を打つ。
霊夢も黙っていた。
しばらくして霊夢はゆっくり立ち上がると、魔理沙に振り向いた。
やはり寂しそうな顔をして。
「あー、酒に酔ったせいかしら。頭がボーっとしているせいで魔理沙に変なこと言っちゃった。ごめん、私が言ったこと全部忘れてちょうだい」
そうして縁側から下りると、横になって寝続ける妖怪たちに歩み寄った。
ゆっくりと彼女たちに近寄っていく。
「……本当に変なことを言うんだな。やっぱり霊夢、酒に酔っているな」
後ろから魔理沙の声が飛ぶ。
そのまま霊夢の足が止まった。
後ろで魔理沙が、にっと笑って霊夢に話しかける。
「異変を解決したところで何も得るものがないだって? 霊夢、目の前を見てみろよ……目の前の妖怪たちがお前が得たものじゃないか」
目の前には。
上海人形を胸に抱えたまま仰向けになる人形遣い。
半人半霊の庭師が主に寄り添うように寝ていた。
二人の鴉天狗が白狼天狗を挟むようにして横になっていた。
皆、幸せそうな顔をして。
「たしかに霊夢が異変を解決したことを知る人間はほとんどいないだろうな。でも、霊夢に退治されたこいつらは、お前になついてこうして傍にいるんだ。霊夢のことが好きでここに来るんだ。そんなこいつらとこうして楽しく飲む宴会が、お前にとってなんの得にもならないって言うのか?」
霊夢の目が大きく開かれる。
振り返ると、そこには人間の魔法使いがにっこりと笑っていた。
「人間だろうが妖怪だろうが、こんなにもお前のことを好きでいてくれるやつがいるんだぜ。これほどの幸せがどこにあるんだ?」
魔理沙の言葉に霊夢の頭が増々ぼんやりとしたものになる。
今まで積もったもやもやが、一気に晴れるように。
頭の中が真っ白になった。
霊夢の口から言葉が出ないうちに、魔理沙はゆっくりと立ち上がると霊夢まで歩み寄る。
目と鼻の先にまで近づいて、二人は見つめ合う。
「霊夢。お前はこのままでいい。私はこのままの霊夢でいてほしい。優しくもなく厳しくもない今まで通りの霊夢のことが、私は好きだ……それでも霊夢が挫けそうになるなら私が傍にいてやる。だから一人で思い悩むなよ」
じっと霊夢の目を見つめて、魔理沙は目を細めた。
霊夢がその顔を見つめていると、魔理沙の顔が涙でぼやけてしまう。
「魔理沙の……ばか」
腕を伸ばして魔理沙に寄りかかる。
魔理沙は両手で霊夢の頭を胸元に抱きしめる。
霊夢はしばらく顔を魔理沙の胸に押し当てていた。
辺りが急に明るくなる。
朝日が地平線から顔を覗かせたのだ。
幻想郷を。
博麗神社を。
寝転がる妖怪たちを。
そして抱き合う霊夢と魔理沙を。
朝日が黄金色に輝かせる。
「……あー。魔理沙に恥ずかしい顔を見られてしまったわ。こんなの隠したかったのに」
やがて魔理沙から離れた霊夢は彼女に背中を見せながら、うーんと背伸びをした。
「はぁ? なんだよそれ。霊夢の事を想って言ったのに、酷いなぁ」
魔理沙が顔をしかめながら不服そうな声を上げる。
しかし霊夢は魔理沙に振り返らないままだ。
背中を見せたまま、悩みなど吹き飛んだような明るい口調で話す。
「魔理沙……ありがとう。なんだかんだ言って傍にいてくれる魔理沙のこと、私は――」
最後の方は声が小さくて魔理沙の耳に届かなかった。
首を傾げる魔理沙をよそに、霊夢はまた一つ大きな背伸びをした。
そして博麗神社の境内中に響き渡るような大きな声を上げた。
「こら、あんたたち! もう朝になったわよ! そろそろ家に帰りなさい。宴会の後片付けをしてからね」
霊夢は目を細めながら、朝日を見つめていた。
悩みなど吹き飛んだように。
微笑みを浮かべて。
その顔が黄金色に光り輝いていた。
薄暗い明け方の空を見上げて、ゆっくり体を起こす。
目の前の境内には昨夜の宴会の参加者たちが、それぞれ思い思いに体を横にして眠っていた。
七色の人形遣いも。
半人半霊の庭師も。
百鬼夜行の鬼も。
鴉天狗も。
多くの妖怪たちが幸せそうな表情を浮かべて、日をまたいで飲んだ酒の余韻を寝顔に浮かばせていた。
そんな彼女たちを見渡して霊夢は自分の後ろ髪を撫でながら、小さな欠伸を浮かべた。
一つ、頭痛がした。
飲み過ぎたのだろうか。
頭が上手く回らない。
胸の中がぽっかり穴が開いたような気がする。
縁側に座りなおした霊夢はぼんやりとした頭で、ただ神社の境内で寝ている彼女たちを見つめていた。
「お? 目が覚めたか」
背中から馴染み深い声がかかる。
ゆっくり振り返るといつの間にか魔理沙が霊夢の背中に立っていた。
髪には癖がついていて、つい先ほどまで寝ていたようだった。
酒が残っているのか頬はまだ赤い。
「……起きていたの?」
「今起きたんだ」
満面な笑みを浮かべながら魔理沙が霊夢の隣に座る。
霊夢はまた視線を前に向ける。
魔理沙も霊夢と同じ視線の先へ顔を向けた。
「それにしても今回の宴会も大盛り上がりだったな」
「そうね」
「アリスの人形劇は凝っていたな。やっぱりあいつの人形劇は面白いな」
「面白かったわね」
「萃香と文の飲み比べも見ていて楽しかったぜ」
「楽しそうだったわね」
「なぁ、霊夢……なんでお前そんな顔をしているんだ?」
いきなりの問いかけに霊夢は横目で魔理沙を見つめる。
魔理沙はじっと霊夢の顔を見つめていた。
また視線を戻して、霊夢はため息を吐く。
「幸せが逃げるぞ」
「あら? だったら億万長者になれるくらいの幸せがとっくに逃げてしまっているわね……ねぇ、魔理沙」
「ん?」
「どうして……どうして魔理沙は異変を解決するの?」
霊夢の問いに魔理沙が目を丸くさせた。
思いもよらなかった、という風に。
髪を乱暴にかきながら魔理沙は答えた。
「どうしてと言われてもだな。異変を解決すれば珍しいマジック・アイテムが手に入るかもしれないから、かな」
「……そう」
笑顔で話す魔理沙と対照的に霊夢の顔はますます寂しいものになっていく。
魔理沙も顔からすぐに笑顔を消す。
少しずつ辺りが明るくなっていった。
朝日が顔を覗かせようとしていたのだ。
「あのね……私、このままでいいのかなって、思うの」
ポツリ。ポツリと霊夢は語り始める。
魔理沙は何も言わずじっと聞いていた。
「幻想郷が紅い霧に包まれた異変の時も、春になっても雪が舞い落ちる異変の時も、私は解決の為に動いたわ。でも、多くの人間たちはそのことを知らない。異変があったことすら知らない。誰にも知られることがないまま、いくつもの異変を解決してきた……そんなこと繰り返しているうちに、私はこのままでいいんだろうかって思っていたの」
霊夢の言葉が途切れたのを確認して、魔理沙は両手を頭の後ろに回して話す。
「もしかして異変解決が嫌になったとか、飽き飽きしたって思っているのか?」
「そうじゃないけど……」
肩の力が抜けるように霊夢は俯く。
また一つため息が漏れた。
「別に褒められたいとか、そう思うわけじゃない。異変に立ち向かう自分を誇りに思う、なんて小さな自尊心を抱いている訳もない。異変が起きれば解決に向かうわ。でも……なんだか、そんな自分でいいのかって思ったりもするの。私は魔理沙と違って異変を解決したところで得られるものがないもの。激しい弾幕勝負を繰り広げても、その先にはまた何事もない生活に戻るだけ。まったく仕事損だわ。だからこうして宴会を開いたりして、この気持ちを忘れようとするんだけど……」
「ふーん、そうか」
魔理沙は事もなげに相槌を打つ。
霊夢も黙っていた。
しばらくして霊夢はゆっくり立ち上がると、魔理沙に振り向いた。
やはり寂しそうな顔をして。
「あー、酒に酔ったせいかしら。頭がボーっとしているせいで魔理沙に変なこと言っちゃった。ごめん、私が言ったこと全部忘れてちょうだい」
そうして縁側から下りると、横になって寝続ける妖怪たちに歩み寄った。
ゆっくりと彼女たちに近寄っていく。
「……本当に変なことを言うんだな。やっぱり霊夢、酒に酔っているな」
後ろから魔理沙の声が飛ぶ。
そのまま霊夢の足が止まった。
後ろで魔理沙が、にっと笑って霊夢に話しかける。
「異変を解決したところで何も得るものがないだって? 霊夢、目の前を見てみろよ……目の前の妖怪たちがお前が得たものじゃないか」
目の前には。
上海人形を胸に抱えたまま仰向けになる人形遣い。
半人半霊の庭師が主に寄り添うように寝ていた。
二人の鴉天狗が白狼天狗を挟むようにして横になっていた。
皆、幸せそうな顔をして。
「たしかに霊夢が異変を解決したことを知る人間はほとんどいないだろうな。でも、霊夢に退治されたこいつらは、お前になついてこうして傍にいるんだ。霊夢のことが好きでここに来るんだ。そんなこいつらとこうして楽しく飲む宴会が、お前にとってなんの得にもならないって言うのか?」
霊夢の目が大きく開かれる。
振り返ると、そこには人間の魔法使いがにっこりと笑っていた。
「人間だろうが妖怪だろうが、こんなにもお前のことを好きでいてくれるやつがいるんだぜ。これほどの幸せがどこにあるんだ?」
魔理沙の言葉に霊夢の頭が増々ぼんやりとしたものになる。
今まで積もったもやもやが、一気に晴れるように。
頭の中が真っ白になった。
霊夢の口から言葉が出ないうちに、魔理沙はゆっくりと立ち上がると霊夢まで歩み寄る。
目と鼻の先にまで近づいて、二人は見つめ合う。
「霊夢。お前はこのままでいい。私はこのままの霊夢でいてほしい。優しくもなく厳しくもない今まで通りの霊夢のことが、私は好きだ……それでも霊夢が挫けそうになるなら私が傍にいてやる。だから一人で思い悩むなよ」
じっと霊夢の目を見つめて、魔理沙は目を細めた。
霊夢がその顔を見つめていると、魔理沙の顔が涙でぼやけてしまう。
「魔理沙の……ばか」
腕を伸ばして魔理沙に寄りかかる。
魔理沙は両手で霊夢の頭を胸元に抱きしめる。
霊夢はしばらく顔を魔理沙の胸に押し当てていた。
辺りが急に明るくなる。
朝日が地平線から顔を覗かせたのだ。
幻想郷を。
博麗神社を。
寝転がる妖怪たちを。
そして抱き合う霊夢と魔理沙を。
朝日が黄金色に輝かせる。
「……あー。魔理沙に恥ずかしい顔を見られてしまったわ。こんなの隠したかったのに」
やがて魔理沙から離れた霊夢は彼女に背中を見せながら、うーんと背伸びをした。
「はぁ? なんだよそれ。霊夢の事を想って言ったのに、酷いなぁ」
魔理沙が顔をしかめながら不服そうな声を上げる。
しかし霊夢は魔理沙に振り返らないままだ。
背中を見せたまま、悩みなど吹き飛んだような明るい口調で話す。
「魔理沙……ありがとう。なんだかんだ言って傍にいてくれる魔理沙のこと、私は――」
最後の方は声が小さくて魔理沙の耳に届かなかった。
首を傾げる魔理沙をよそに、霊夢はまた一つ大きな背伸びをした。
そして博麗神社の境内中に響き渡るような大きな声を上げた。
「こら、あんたたち! もう朝になったわよ! そろそろ家に帰りなさい。宴会の後片付けをしてからね」
霊夢は目を細めながら、朝日を見つめていた。
悩みなど吹き飛んだように。
微笑みを浮かべて。
その顔が黄金色に光り輝いていた。
もっと時間を掛けて作品作ったら?
纏まりのある話でしたが少しありがちかも知れませんね。
思春期の頃は、深夜や朝方にふと漠然とした不安が込み上げることがあったのを思い出します。
私的にはよくまとまった話よりも多少遊びのある話の方が好きなため、もう一展開あると良かったなと思いました。また、これも個人的な意見ですが、句点の量をもう少し減らしてもいいかなと思いましたが、雰囲気作りのためこの文体にしているのであれば申し訳ありません。
以下誤字です。
酒に寄っているな→酒に酔っているな
支え合うっていいですね。
作品自体は逆に文章量にあわせて台詞をあっさりさせてみるのも面白いかと感じました。